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カルナップの認識論的企図の実相

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Academic year: 2021

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カルナップの認識論的企図の実相

――『世界の論理的構築』における「構成理論」の認識論的機作――

小川 雄

(Takeru Ogawa)

同志社大学大学院 文学研究科 博士課程後期

本発表の目的は、『世界の論理的構築』(Der Logische Aufbau der Welt, 1928)

のなかでカルナップ(Rudolf Carnap, 1891-1970)が科学的な対象を認識するし 方にかんする包括的な理解として示している「構成理論」(Konstitutionstheorie)

に照準を定めて、『世界の論理的構築』で露わにしているかれの認識論的視座を析 出させるところにある。

クワイン(Willard van Orman Quine, 1908-2000)は、カルナップの企てをつ ぎのように理解している。すなわち、それは、科学を無媒介的な経験にかんする ことばへと還元しようとする経験主義的な試みであり、この企図が、理論から言 明 を 単 離 し そ れ を 確 認 し た り 無 効 に し た り で き る と い う 「 検 証 主 義 」

(verificationism)の礎になった(“Two Dogmas of Empiricism,” 1961)、と。しか し、アラン・リチャードソンは、「カルナップは還元主義(reductionism)をはっき りと拒否している」(Carnap’s Constraction of the World, 1998)と述べ、科学的 知識を直接的な経験に基礎づけるというクワインの示したカルナップの描像を論 難している。リチャードソンに従えば、カルナップの問いは、「私秘的な感覚のな かにある経験的知識の主観的源泉にもかかわらず、どのようにして、わたしたち は、科学のなかで客観的な知識を獲得するのか」ibid., 1998)にあり、それゆえ、

リチャードソンに言わせると、カントおよび新カント派の問題圏にカルナップを 位置づけるべきである。

たしかに、カルナップは、「あらゆる認識の主観的な出発点が体験のもろもろの 内 容 と そ れ ら の か ら み あ い と に あ る に も か か わ ら ず 、 構 成 体 系 (Konstitutionssystem)の構築が示すように、間主観的、すなわち、客観的な世界 に到達することはそれでも可能である」(Der Logische Aufbau der Welt , 1928)と 明言している。カルナップによれば、「構成」(Konstitution)は、ある概念につい てのあらゆる言明のそれぞれをその概念が現れない言明に翻訳するための一般的 規則、つまり、「構成的定義」(konstitutional Definition)を与えることで遂行で

きる(ibid., 1928)。それゆえ、カルナップは、「構成的定義」が形づくる体系によっ

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2 て認識の客観性を担保しようとしている。

しかしながら、ジョナサン・Y・ツーは、『世界の論理的構築』の力点を認識の 客観性に置く見方にたいして、つぎのように反論している。すなわち、カルナッ プにあっては、認識の客観性を担保するというのは、「科学的な概念的知識の正当 化のための経験的方法を提供する といういっそう一般的なねらい」のために存在 している(“The Justification of Concepts in Carnap’s Aufbau,” 2003)。ツーが際 だたせているのは、カルナップが「構成」に与えている、認知的な活動から捉えた 概念を科学的にしっかりと規定するという役目(opcit., 1928)、すなわち、「再構成 された概念について作られる言明が経験的な検査を被ることになるという意味で の有意味性」を当の言明に与えるという機能である(Justification, 2003) 。ツー の見立てでは、『世界の論理的構築』でカルナップが唱道している「構成理論」は、

「再構成された概念と観察可能な経験とのあいだにある関係が形式的に証示され るよう要請する、正当化にかんするある方法」(ibid., 2003)を述べているのである。

とはいえ、ツーは、この考え方を展開するにあたって、カルナップが『世界の 論理的構築』の着想を哲学の主題に適用しようとして著した「哲学における疑似問 題」(“Scheinprobleme in der Philosophie,” 1928)に拠りながら、カルナップの視点 が概念的 な知 識への 経 験的な意 味付 与にあ る とはじめ に断 定して し まっている (Justification, 2003)。「構成理論」の本旨は、ツーの言うような、概念と経験と の接合を明晰にするための形式的な手続きの定式化にあるのではなく、むしろ、

本発表で示すように、認識の進み行きにかんする包括的な把握のための論理的な 視座を提供するという点に求めなければならない。

そこで、本発表では、まず、『世界の論理的構築』に焦点を定め、カルナップが 提起している認識論的な問いに着目し、「構成理論」のねらいを明らかにする。つ ぎに、「構成的定義」によってカルナップが築こうとしている、いわゆる「現象主 義的な体系」(phenomenalistic system)の特徴を確認して、「検証可能な意味」

(verifizierbaren Sinn)のツーの捉え方が孕む問題点を洗い出す。しかし、「現象主 義的な体系」だけでは、知識の拡張をどのように遂行するのかという問いに答え るのが困難になるので、この課題についてカルナップが採っている方略を考察し て、さいごに、言明の検証可能性と認識の客観性という、科学的知識のふたつの 位相を見すえて、カルナップの認識論的企図を浮かびあがらせる。

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