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いや、それ以前に「正 しさ」とは一体何なんだろうか

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Academic year: 2021

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研究者と図書館

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 日本語に 正義 という「正しさ」を表現す る言葉がある。またこれに類する語は、英語の

justiceのように、他の言語にも有るはずだ。私

たちは日頃、なんとなく 正義 や「正しい」

という言葉までの距離を測りながら、毎日をあ たふたと生きている。しかし一旦、個人を越え て国家や民族という集団になると、人々は自分 の「正しさ」を振りかざして、世界の各地でい がみ合いや憎しみ合いを始める。自分の「正しさ」

を誰もが声高に叫び、世界は様々な「正しさ」

であふれかえる。

 「正しさ」には1つではなく、色んな種類が あるのだろうか。これは何処にでも簡単に転が っているものなのだろうか。いや、それ以前に「正 しさ」とは一体何なんだろうか。

 紙幅に制限があるが、「正」という漢字から「正 しさ」を考えよう。

 10 年位前のある日、私は海岸の道を歩いていた。

道と海の間には鉄道が走っている。天気が良くて、

何も考えずに歩いて行くと、点滅する赤い光と 警報音とが急に頭の中に飛び込んできた。電車だ。

目の前で踏切の遮断機が下がる。轟音と風圧。

体を強張らせてじっとしていたが、すぐに音は やみ、ランプの赤い点滅も停まった。遮断機が カラカラと音を立てて上がる。進もうと足元に 視線を落とす。すると、さっきのとは別の色が 目を打った。花束だ。きちんと束ねられた赤い 花と少しの葉の緑が、警報機の根元に置かれて いる。そう、ここには少し以前の …。次 の瞬間、私には「正しい」の意味が分かった。

それは この線を越えるな というメッセージ だった。

 「正」という漢字を見てほしい。眼前に置か れた線である「一」の前で「止」まるという形 になっている。なんと明け透けな形なのだろうか。

私が踏み切りで聴いたのは、字の形の通りに 線 の前で止まれ、越えれば死だ という脅しの言

葉だった。線を越えてはならない。線の前では 歩みを止めないと「正しくない」。そして「正 しくない」と、轟音と赤い光の点滅の中で身を 切り裂かれる…。この漢字は「正しさ」の本質を、

そのままに私たちの前に持ってくる。

 単純なことだ。線路のように人間が引いた線、

その前では止まるべきであり、越えると何らか の不利益が下される。他の種類の線、例えば国境。

国境とは人間が勝手に定めた線で、物理的には 越えることができるはずだが、これは一度引か れると、自由な通行を制限する。なぜならば、

自由に国境線を越えることは、線を保つ国家に とっては「正しくなく」、制限されるべきこと だからだ。

 このように「正しさ」は、線を引くと、何時 でも何処にでも勝手に作り出せる。すると引い た線の数だけ「正しさ」が世界に存在すること になる。こうなると1つではなく、個人や集団 ごとに固有な「正しさ」が出現する。色んな線 で分割された世界は、色んな種類の「正しさ」

でがんじがらめになる。

 だが 正義 という言葉が使い古された今だ からこそ、我々はもう一度「正しさ」の意味を 考え、この言葉の危うさと、これに固執するこ との滑稽さとを認識し、「正しさ」の適切な利 用を考えるべきだろう。

 恐らく、「正しさ」の最も有意義な利用方法は、

これに従来のような 線越え禁止 の絶対的な 正 を求めるのではなく、相対的で可変的な、

互いの benefit が接触する境界線としての「正し

さ」を認めることにあるのではないか。簡単に 言えば、自分にとって「正しい」ことは相手に とって必ずしも「正しい」とは限らず、人間の数 だけ「正しさ」の存在が許され、「正しい」と いう言葉は、単純に自己の利益が最大になるよ うな状態を指すのにすぎない、と認識することだ。

 過去の8年間に「正しい」・ 正義 という 言葉は、多くの人間を殺した。だが私は肌で変 化を感じる。今は、唯一で絶対的な「正しさ」

ではなく、多様で相対的な多くの「正しさ」を 認める時代に滑り込みつつある、と。

おかもと としひろ(教授・中国語学)

世界をみつめて 1

相対的な「正しさ」の時代へ

岡本 俊裕

参照

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