「京都 のアマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィ と私」
12022079
田 中俊 輔
指導教員
立木茂雄
「京都 のアマチュアバ ン ドコミュニテ ィと私」
目次
1
初 めに 1
2 本論―一京都 アマチ ェアバ ン ドコ ミュニテ ィ と私一 ‑ 2
第 1章 私 とコ ミュニテ ィ 2 1 テーマの決 定 に即 して 2 2 私 に しか書 けないテーマ 3 3 コ ミュニテ ィか らの影響
34 スーパー ノア ,コ ミュニテ ィ参画へ 3
第 2章 先行研 究一―『 ア ウ トサイ ダーズ』と『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』 ‑ 4 1『 ア ウ トサイ ダーズ』概説 4
2 『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』概説 5
第 3章 方法論一一 参与観察法一 ‑ 6 1 社会学 にお
:する調査法 6 2 調査方法 の選択 6 3 参与観察法 とはなにか 6 4 研 究対象 7
5 用具 7 6 具体的手法 7
第 4章 結果―― デー タ とその考察― ‑ 7
1
考察 にあた つて一 フィール ドノー ト観 察 ‑ 8 2 実際 のデー タ と考察 8
1 コ ミュニテ ィに共有 され る価値観 と自己観 「ダメ人間」 8
Ⅱ コ ミュニテ ィヘの関わ りの深 さとそれ によつて獲得 され る 逸脱状況へ の肯定性
113 ま とめ―逸脱状況への肯定性 の獲得度合いの違 いについて考察 ‑ 20
第 5章 結論
23後記
241
初 めに 社会学 とは何 か
ある学問分 野でひ とつの論文 を書 くに当たつて ,そ の作成者 には様 々な点でその「観 点」
の明確化 が求 め られ る。私の場合
,専攻
:ま社会学 であるが、始 めにそ もそ も社会学 とは何 で あるか ?と い つた ことを考 える必要がある
.私 は社会学 とはある程度論理 立 った思考 に基づいた理論・ 観 点 において 「社会」 とい う 人間集 団の 中で見 られ る様 々な事象・現象 を解釈・説 明す る学問であ る と考 える。今 昔
,社会学 と呼 ばれ る分野の諸文献 は この点 を共有 してい る。
本論 文の要 旨 と狙 い
上記 の点 を踏 まえ
,本論文では京都 にお けるアマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィに参画 して い る私 の経験 と観察 を通 じて ,コ ミュニテ ィの文化や意識 を説 明す る と同時に 「私」の進 路選択や社会 に対す る諸反応 にお けるコ ミュニテ ィか らの影響 を分析す る。
2 本論一―京都 アマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィ と私―一
第一章 私 とコ ミュニテ ィ
本章では私 とコ ミュニテ ィ との関係 ,そ してそのテーマの決定過程 について概説す る。
1
テーマの決 定に即 して
とにか く見つ める対象物 が無 けれ ば学問は成 り立たない ,テ ーマ を決 めるこ とは論文 を 書 くことに関 しての最重要課題 で あ る
.現在私 は京都 を中心 に活動 してい るアマチ ェアのバ ン ド (band,楽 団 )で ある 「スーパ
ー ノア」 に ドラム奏者 として参加 してお り ,3年 程前 よ り精力的 に関西 の ライブハ ウスや 音楽イベ ン トに出演 して きた .通 常 ,バ ン ドとい うものはバ ン ド単位 で各 々行動 してい る が ,同 時 にバ ン ド同士 の繋 が りを持 ち ,そ れ ら諸バ ン ドが集 まって形成 され るコ ミュニテ ィ とい つた ものに所属 してい る
.私のバ ン ドも多分 に漏れず京都 のアマチ ェア ,あ るいは
イ ンデ ィー ズ と呼ばれ るシー ンの 中でその コ ミュニテ ィに所属 してい る。とはい えその 「コ
ミュニテ ィ」 には明文化 された 「ルール」は存在 していない .し か しなが ら暗黙 の了角翠や
不文律 の存在 は経験 として確 実で あ り ,こ の点
:ま社会学的 に十分 な調査価値 を持つ と私 は
考 える。また ,こ ち らもあ くまで 「経験的 に」 とい う枠 を出 るこ とはないが 「京都 のバ ン
ドや コ ミュニテ ィは非 常 に排他的 な部分 を持 ち ,よ そ者意識 が強い傾 向にある」 とい つた
ことが考 え られてい る .こ れ は京都外 のバ ン ドや ライブハ ウス関係者
,観客 と接す る中で 強 く意識 され てい る と感 じた こ とで あ り ,ま た当の京都 のバ ン ドや コ ミュニテ ィ自身 もそ れ をはつき りと自覚 してい るふ しがあ る。一体 この よ うな状態 が何故発 生 してい るか とい
うことも大い に研 究対象 に成 り得 る と私 は考 える。
更 に最 も重要 な 「気付 き」 として私が社会成員 として生 きてい く中で適宜求 め られ る諸 問題 への反応 に対 して ,コ ミュニテ ィ と接す る申で獲得 してい った反応 ,コ ミュニテ ィか
らの影響 といった ものがあるのではないか とい うことである。
2 私 に しか書 けないテーマ
この様 な状況 か ら私 は 「京都 のアマチ ェアバ ン ド・ イ ンデ ィーズシー ンにお けるコ ミュ ニテ ィや ,そ の成員 であるバ ン ド間の相互作用 の特性や実態」 を研 究対象 に決 定 した。ま た
,一口にシー ン と言 つて も各バ ン ドの形体 は様 々であ り
,学生 によつて形成 され るバ ン ド
,社会人 (フ リー ター では無 く )主 体 のバ ン ド ,ア ルバイ トを しなが らバ ン ドを組 んでい る者 な どが挙 げ られ る
.私自身 が現在学生で あ り
,私のバ ン ドは学生のみで構成 され てい る .そ して卒業 とその後 の進路選択 に迫 られ てい る 「学生バ ン ド」の 「現在 の様 にバ ン ド を続 けたい」 とい う欲 求 と 「就職 しなけれ ばい けない」 とい つたその他諸 々のバイアスの 中でのジ レンマ に対 して各 々の反応 は どの よ うにな され るのか , とい うこ とも大 きなテー マ として取 り組 んでい く。
3 コ ミュニテ ィか らの影響
上記で 「気付 き」 と記 した コミュニテ ィか らの影響 であるが具体的 に どのよ うな もので あったのか。私 を含 む現代 日本 に生 きる学生 は卒業 に際 して社会へ と飛び 出 してい くこと にな る。 日本 において最早テ ンプ レー トにな りつつ ある中学校→ 高等学校→大学→就職 と い う一連 の過程 は
,守らなけれ ばな らない もの となつてい る傾 向があ る。それ は 「学歴社 会」 と呼 ばれ る昨今 の合理主義 か ら来 る
,企業 の新卒 を優先的 に採用 しよ うとす る傾 向な どか ら発 生 してい るこその 中で多 くの学生 はその過程 に忠実 にのっ とつて行動 してい くが
,こと私 に関 してはその流れ に乗 る ことはなかつたのである。そ して 「卒業後
,就職せず フ
リー ター を しなが らバ ン ドを続 け る」 とい う私 の反応 は
,私が参画す るアマチ ェアバ ン ド コ ミュニテ ィとの関わ りの中で獲得 された「何 か」 ,言 うなれ ば 「こ うい つた問題 には こ う い つた反応 をす る」 とい つた よ うな 「定義」 によつて発生 してい るのではないか と私 は考 えたのである
.4 スーパー ノア ,コ ミュニテ ィ参画ヘ
さて
,本節 では前述 のスーパー ノアが活動 を開始 した契機 や ,そ の後京都 のアマチ ェア バ ン ドコ ミュニテ ィに参画 してい くまでの過程 を概説 したい。
私のバ ン ドスーパー ノアがそ の活動 を始 めたのは 2004年 1月 の ことである。 当時私 が 所属 していた同志社 大学 の軽音サー クル
SMMA(SouthernMountainMusiユssociation)
において ,ギ ター ボーカル の井戸 , リー ドギター の赤井
,ベー スの岩橋 ,そ して私 の 4人
に よつて結成 され た .こ のバ ン ドには前身 と言 えるバ ン ドが存在 してお り
,その結成 は 2003年 11月 の こ とで ある。前身バ ン ドとは ドラムのメンバーが変 わつている。つ ま り私 が前身バ ン ドの ドラマー と入れ替 わ りになる形 でバ ン ドに加入 し ,ス ーパー ノアは誕生 し てい る。 このバ ン ドは当初 よ リオ リジナル の楽 曲製作や
,サー クル外 での活動 を 目指 して お り ,1月 か らの半年 間 を楽 曲製作 と学内活動 に終始 し ,2004年 7月 に京都 は鳥丸丸太町 に存在す るライブハ ウス 「陰陽」への出演 を最初 に学外 での活動 をスター トさせ た。そ し てその後京都 に存在す るアマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィヘ本格的 に参画 してい くことにな つたのである
.第 2章 先行研 究―一『 ア ウ トサイ ダーズ』 と『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』―一 本章では私 が本論文 を書 くにあたつて先行研 究 としておおい に参考 に させ ていただいた
『 ア ウ トサイ ダーズ』 と『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』 の 2書 について概説す る。
1『 ア ウ トサイダー ズ』概説
『 ア ウ トサイ ダー ズ』 (ハ ワー ド・ S・ ベ ッカー )は 1963年 に刊行 され た逸脱論 の古典 である
.本書 は社会病理学 に分類 され
,ベッカー によ り「逸脱」発生 のメカニズム として の 「ラベ リング理論」な らびにそれ を通 して見 る社会 をテーマに据 えてい る .ラ ベ リング 理論 を掻 い摘んで説 明す る と ,社 会集 団はそれ を破れ ば逸脱 とみ な され るよ うな規則 を設 け ,そ の規則 に反 した者 に対 し 「ア ウ トサイ ダー」 とい うレッテル (ラ ベル
)を貼 ること で ,更 な る逸脱 を生み出す。 とい うことである。例 えばなん らかの罪 を犯 した人間に対 し て ,社 会 は 「犯罪者 」 とい うレッテル を貼 る。そ して 「犯罪者」 として社会か ら扱 われ る 中で罪 を犯 した人間 は 「犯罪者 としての 自己」 を強化 してい くのである。結果 ,そ の人間 は 2度
,3度と犯罪 を繰 り返 して しま うよ うにな るのである。 これ を 「予言の 自己成就」
とい う .こ の理論 の斬新 であつた部分 はベ ッカーが逸脱発 生の契機 を 「他者」 に求 めた と
ころにある。当時の逸脱論 において ,な ぜ逸脱行為が発生す るのか とい うことは個人 の感
情や資質 の問題 とされ ていた .し か しベ ッカーは 「社会」 とい う他者 の レッテル員占りか ら
逸脱 が生 まれ る とし
,その点 を問題視 した ところが学史的な観 点か らの重要 な意義 と言 え る
.本 書 を執筆す るにあた り
,ベッカーはそのデー タ収集 にお ける方法論 と して参与観 察法 を採用 してい る。参与観 察法 について詳 しくは後述す るが
,観察者 がその 目で見聞 き した 会話やその周 囲のエ ピソー ドをフィール ドノー トに逐一記入 し ,そ の ログの中か ら重要な セ ンテ ンス を抜 き出 してい くことがその概要 である
.シカ ゴ大学在学 中よ リプ ロのジャズ ピアニス トとして活躍 していたベ ッカーは様 々な ミュージシャン との会話や付 き合 いをフ ィール ドノー トヘ詳細 に記録 してい つた
.集団の仲間 として彼 らと会話 し、同時 に観 察者 としてその会話 を記録 、分析 してい つたのである。そ してその よ うに して得 られた ログを 使用 してその集 団独特 の文化や意識 を描 いてい る。
2 『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』概説
次 に参与観察法 を語 る上では外す こ との出来ない本書 『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』
(ウ ィ リアム 0フ ッ ト・ ホ フイ ト 1943)に ついて概説す る。本書 ではイ タ リア人移 民居 住 区であるコーナー ヴィル とい うス ラム街 にお ける住人 た ちの社会的世界 が描 き出 され て い る。ホ フイ トは若者集 団の中に参与 し
,学生 の コ ミュニテ ィとその街 のギャングや政治 家 た ち との密接 な関係や
,賭博 にお けるその システムな どを内側 か ら鮮 明 に描 いてい る。
学術論文 とい う形 ではあるが
,むしろノンフィクシ ョン小説 な どとい つた趣 である点 もま た特色 である。
その中で も注 目すべ きは
80ペー ジに渡 つて綴 られてい るアペ ンデ ィクス (付 属物
,付録
)であろ う。その 中でホ フイ トは ,自 らの生い立 ち
,参与観察 に至 る経緯
,研究計画
,参入段階で注意 していた点
,調査終 了後 の調査対象 との関係 ,反 省 点な どを語 つてい る
.更 に当初 の予定通 り調査 が進 め られ たわけでな く
,調査 中に対象 との相互作用 な どを通 し て新 たな 「気付 き」 を獲得 してい つた こと等 も語 られ てお り
,非常 に教唆 に富んでい る
.全 て を紹介す ることはできないが
,私が参与観 察 を学ぶ上で特 に気 になった部分 を数点挙 げてお く
.「研究計画」においてホ フイ トは当初
,地区の歴 史
,経済
,政治
,教育な どの様 々なフ
ァクター とそれ らについての社会的諸態度 を特 に調査す るこ とに関心 を示 していた こと
,更 にそ の大仰 な人 数 を必 要 とす る計 画 を無理 に進 め る こ とを断念 した 旨を語 つて い る
(290‑1)。 少人数 での調査 が合理的 であるこ と ,ま た
,私自身京都 とい う日本 で も特殊
な地域 の コ ミュニテ ィを研 究す る上で ,ホ ワイ トが考 えた よ うなファクター を知 ることは
必要 である と考 えていたが ,(時 間的、量的 に )無 理 のある計画 は見直すべ きである と感 じ た .更 にホ フイ トは集 国内での立 ち位置 として
,グル ープヘ の影響 を避 けるため
,いかな
る集 団の役職 や指導者 的地位 も引き受 けるこ とを避 けた (308)こ とを注意点 として挙 げ てい る。
上記 の よ うに『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』は現代 において も参与観察法の手引き 本 としておおい に価値 のある文献 である。
第 3章 方法論一一 参与観察法――
本 章では私が本論文 を執筆す るにあた り採用 し
,前章 において も多分 にふれ られ た社会 調査 の伝 統的手法 「参与観 察法」 について述べ てい きたい
el 社会学 にお ける調査法
本論文 冒頭 の よ うに定義付 けた 「社会学」で あるが ,そ の性質上扱 うテーマは多岐 に渡 ってお り ,そ の範 囲は個人間の コ ミュニケー シ ョン (情 報伝達 )と い つた ミク ロな部分か らいわゆ る社会 問題 と呼ばれ る現象や 国家 レヴェル の現象 な どマ クロな部分 までカバー し てい る。そ して
,社会学 はその理論・ 観 点の展 開 において一定量 のデー タを必要 とす る。
そのデー タは社会調査 に基づいて取 られ ,そ の方法論 もまた様 々である。大まかに分 けれ ば
,観察や文書等の分析
,実験 な どとい った質的調査 と統計 な どに よる量的調査 に分 け ら れ ,そ の選択 は各論文 のテーマや理論・観 点な どによつて行 われ る。今回
,社会学 とい う 分野で論文 の執筆 をす るに当たつて
,私は上記 の よ うな点か ら自らの観 点や立 ち位 置 を明 確 にす るこ とが求 め られ るのであ る。
2 調査方法 の選択
研 究対象 のデー タを取 る上 での方法論 は前節 にておおまかなが ら述べ たが
,今回私 はそ
の中か ら 「参与観察法」 を選択す る
.理由を挙 げ る と 「参与観 察」 はその特性 として閉 じ られ た空間 を形成す るコ ミュニテ ィの調査 に向いてお り ,ま た既 に調査対象である 「京都 のバ ン ドコ ミュニテ ィ」 に所属 してい る私 に とつては コ ミュニテ ィに入 つてい く過程 が省 略 され てい るため非常 に都合 が良いか らである。
3 参与観察法 とはなにか
上記 の よ うに私 は社会調査 の方法 として参与観 察法 を採用 したわけであるが ,そ の概要
は既 に前章
,先行研 究 の項 であ らかた述べ て しまった。おお まかな内容 は既 に前章 で把握
していただ けた と思 う ,よ つて次節 か らは具体的手法や対象 について改 めて述べてい きた
い ◆
4 研 究対象
第 1章 です でに述べた通 り私 の研 究対象 は 「京都 のアマチ ェアバ ン ドコ ミュニテ ィ」で ある。具体的 に書 くな らば
,京都 とい う場所 にお けるライ ブハ ウスや その他音楽活動 の場 で ,そ こに活動拠点 を置 くバ ン ドた ちによつて形成 され るコ ミュニテ ィの ことであ る。
5 用具
基本的 にはフィール ドノー トを使用す る。ただ し ,フ ィール ドノー トに こだわ る必要 は 無 く
,適宜記録 しやす い媒体 に記録 を付 けてい けば良い と私 は考 える。テープ レコー ダー や カ メラな どが使用 され るこ ともあるが ,ま ず持 ち運びす るこ とが容易 であるこ と
,次に
素早い記録 を可能 とす る とい う理 由か ら ,今 回私 は記録媒体 として紙媒体 とデ ジタル媒体 を併用す ることに した。そ して前者 はいわゆる 「紙 とえんぴつ」であるが ,後 者 は携 帯電 話 で ある。携 帯電話 はその場 その場 で素早 く
,且つ紙媒体 よ りも自然 に ログを残す こ とが 出来 る利 点がある。 しか しまた
,見聞 き した会話・ エ ピソー ドだ けではな く ,よ り質 の高 いデー タを取 るためには
ICレコー ダの使用や ,イ ンタ ビューの手法 も必要である と感 じ た
.6 具体的手法
本来
,参与観 察法 において最 も時間をかけ ,そ して最 も注意深 く行 わなけれ ばな らない こ とは当該 コ ミュニテ ィヘの参入段階である。 しか しなが ら前述 の通 り
,私は京都 のアマ チ ェアバ ン ドコ ミュニテ ィを研 究対象 と決 定 した時点 (2006年 ,5回 生時 )で 既 に コ ミュ ニテ ィヘ参入 してか ら 3年 が経過 してお り ,こ の点は既 にク リアーであつた。 3年 間の中 で私 は コ ミュニテ ィ内で成員 としてのポジシ ョンを獲得 してお り
,研究の開始 にあた つて 私 はまず
,過去 に経験 したエ ピソー ドや
,記憶 に残 つてい る会話 を書 き出す こ とか ら始 め た。その中か らコ ミュニテ ィ内での規範やルール を暗示す るセ ンテ ンスを抜 き出 し ,そ し
て同時 に就職活動 に対す る私や私 のバ ン ドのメンバー ,そ の他学生バ ン ドマ ンの反応 を記 録す るよ うに努 めた
.第 4章 結果一― デー タ とその考察一―
本章では
,実際の フィール ドワー クの中か ら得 られ たデー タを基 に ,コ ミュニテ ィの具 体的解説や ログの紹介 を し ,ま たそれ ぞれ に考察 を加 えてい く。
具体的 なデー タの収集 に当たつては 2006年 夏頃か らは じめた ものであるが
,私自身 と
コ ミュニテ ィの繋が りはそれ以前か らの ものであるため
,私の記憶 の中か ら印象 に残 つて い るものを とりあげま とめる とい うことも必要であつた
.1
考察 にあたつて一 フィール ドノー ト観察一
さて様 々な情報 を書 き記 した フィール ドノー トはそのままでは無構 造 の情報群 で しかな い。 この様 々な情報 をいつたんフィール ドノー トを書 き記す 自分か ら離れ て見つ める必要 がある。そ してそれ らの情報 を諸 々のファクターや観 点か ら分別・整理 し ,そ の中で得 ら
れ る直感 的ひ らめきや ,規 則性 の発見 を通 して一定の論理 だ つた説 明 を与 える必要が ある。
私 は 自身 のフィール ドノー トの観 察過程 に於いて 「ダメ人間」 とい う頻 出単語 に 目を付 け ,そ こか らコ ミュニテ ィ全体 を包 んでい る精神性や価値観 をラベ リング論的観 点か ら説 明 した。そ してまた コ ミュニテ ィヘ の関わ りの違 いに よつて諸態度 が比例的 に変化す るこ
との発 見 の説 明 も本章の主題 である。
2 実際 のデー タ と考察
I コ ミュニテ ィに共有 され る価値観 と自己観 「ダメ人間」
コ ミュニテ ィ内ではいわゆる一般 の生活 (学 校へ行 き ,あ るいは定職 につ きなが ら社会 生活 をまっ とうす る
)の中で要求 され る社会的諸態度 を同 じく要求 され ,そ れ に答 えなけ
れ ば相応 のペナルテ ィを受 けるこ とにな る。つ ま リバ ン ド界隈で結成 され るコ ミュニテ ィ 内での法規 は一般社会 か ら見てそ う異常 に逸脱 した ものではない と言 える。に も関わ らず 彼 らは 自らに対 し「ダメ人間」、あるいは 「社会生活不適合者」といった烙 印 を押 したが る 傾 向にあ り ,さ らにはそ うい つた 自己観 に沿 つた行動 を と りたが る。 これ は何故か ?
私 が見 て来 た現状 の 中で彼 らは立派 にア ウ トサイ ダー ズで あ りなが ら貞淑 な社会 生活 者 で もあつた。加 えて コ ミュニテ ィ内で観 察 され る頻 出単語 は コ ミュニテ ィの本質 に深 く 関わつてい る と考 え られ るので
,本項 でヤ まこの 自己矛盾的状態 に何故陥 つたか とい うこと
と 「ダメ人 間」観 について考 えたい。
事例 コ ミュニテ ィ内での価値観 に関 しての会話
まず初 めに 2006年 10月 18日 未 明
,所属サー クル の リハーサル ス タジオでの練習後 の 深夜 ,メ ンバー宅 にてのメンバー との会話 を紹介す る。
赤井 「そ うい えば Yさ んのバ ン ド
,N(ライ ブハ ウス )の ホー ムペ ー ジで紹介 され てま し たね」
私 「ああ ,あ の載 ったバ ン ドは絶対売れ ないつてい う
?」赤井 「そ うです
,でも最近 の Yさ んの活躍 は 目を見張 るものがあ ります よね」
岩橋 「ね
,大きいイベ ン トも出てはる し。で もこつち (の コ ミュニテ ィ )と の絡みはあ ま りない よね
?」赤井 「あの人 Mさ ん (コ ミュニテ ィの中心人物 のひ とり
)に嫌 われ てます か らね」
私 「え ,そ れ はまた ど うして
?」赤井 「いや
,あの人前 に Aさ ん
(コミュニテ ィの 中心人物 のひ と り )と バ ン ドや つてた じ ゃないです か ?そ れ をい きな り脱退 してあんな音楽 (主 観 的表現 であるが、コ ミュニテ ィで 好 まれ る音楽 とは離れ た音楽 と捉 える )や られ た らね え」
私 「ああ
,干され て るつて こと
?」赤井 「 Aさ んは仲 良い人多い し顔 も広いです か らね」
⌒ 私 「 Aさ んってそんな人 だつた つけ
?」赤井 「 Aさ んが ど うつてい うよ りその周 りの人 に嫌 われ ちやつたつて感 じですね」
私 「うわ―
,怖いね」
岩橋 「ね
,嫌われ ない よ うに しな きゃ」
前 半で言及 され てい る よ うな ジ ンクスや そ の類 の ジ ョー クは どこの コ ミュニテ ィに も あ りがちな ものだが
,普段声高 に言 えない 「売れ たい」 とい う欲求か ら発 生 してい る と言 えな くもない。また
,後半では コ ミュニテ ィのあ り方 を見 て取れ る。おおむね コ ミュニテ ィでは数 人 の中心人物 とその ライ ンのバ ン ド (い わ ゆる 「横 の繋 が り」 ),そ してその下の 世代 のバ ン ドに よつて構成 され てお り ,中 心人物へのカ ウンター的な行動 はその報復 が行
⌒ われ る可能性 を持 つてい る。 当然 この よ うな現象 はあ らゆる集 団 において も見 られ る こと ではある。 しか しなが らそのツト 他性 の強 さが証 明 され るものであ る と言 える。
また コ ミュニテ ィ全体 を通 して見 られ る 自己に対す る感情 として 「ダメ人 間」 とい うフ レー ズがある。 コ ミュニテ ィ成員 は各 々が 自らに 「ダメ人間」 とい う烙印 を押 したが る傾 向にある
.例えば 「俺 はダメ人間だな ぁ」である とか 「お前達は本 当にダメ人間」 といつ た形 で使用 され るフ レー ズで あるが ,そ の概 ねの定義 は以下の様 な ものである。
① 定職 についお らず
,学業 に も勤勉 でない。
② 遵法精神 が低 い。
③ メイ ンス トリー ムに迎合 出来 ない
,あるいはす るつ も りがない。
④ それ らが一般 に歓迎 され ない態度 であ る と知 りなが ら訂正す るこ とが出来 ない
,あるい はす る必要 がない と感 じてい る
.「ダメ人間」は以上の 4つ を概 ね満 た してい る。特 に④ が重要 であ り ,「 ダメ人間」 は ダメである とはつき り自覚 していなが らそれ を訂正 出来 ないでい る状態 にある とき
,彼ら
は皮 肉めいた 日調 で 「ダメ人間だなあ」 と言 う。そ してそ こにはある種 の諦観 めいた もの さえ感 じさせ るので あ る。 しか しなが らそ こに悲壮感 は無 く ,そ の状態 をよ しとす る風潮 があるの もまた事実である。
さて ,「 ダメ人間」観 自体 については上記 が全 てであるが ,勿 論 コ ミュニテ ィが コ ミュニ テ ィである以上そ こでは更なるア ウ トサイ ダーズが生み出 され る。上記事例 の Yさ ん もそ れ に当た るが ,自 称 「ダメ人間」達 か ら更にダメ とみ な され て しま う人た ちも少 なか らず 発 生す るのである。そ うい つた人物 にたい しては 「あいつ はほん とにダメ」 ,「 奴 はま じで ダメだ よ」 とい うよ うに微妙 なニ ュア ンスの違 いで表現 され る。ニ ュア ンスの違 い を文章 で伝 えるのは非常に困難 であるが
,前記 「ダメ人間」 がやや 肯定的 に
,どこか嬉 しそ うに
唱 え られ るのに対 して
,彼ら 「ほん との」 ダメ人 間か らについて語 られ る時は 「′ い底 うん ざ り」 といつた感 がある と言 えばわか りやすいだ ろ うか
.この 「ダメ人間」観 の蔓延 に関 しては前述ベ ッカー のラベ リング論 で説 明出来 る。彼 ら は 「ダメ人間」とい うラベル をお互いに貼 り付 けるこ とで ,「 ダメ人間」観 を強 め ,更 な る
「ダメ人間」を生み出 してい くのである。「ダメ人間」 とい うラベル を貼 られ ,「 ああ
,私はダメ人 間なんだ」 と自己の定義 を得 た人間は
,加速度的 に 「ダメ人 間」 になってい く
.「ダメ人間」定義では触れなかったが
,彼らの特徴 として 「常軌 を逸 した行動」 を喜ぶ傾 向がある。例 えば深夜 に拾 つた車格子 に乗 つて街 中や学校 を走 り回 つた り (健 常者 に も関 わ らず),酔 つた勢い にまかせ て電柱や道路標識 に喧嘩 を売 つた りとい つた行動 が挙 げ られ る。 (余 談 ではあ るが ,あ らゆ る大学 でサブカル チ ャー を主体 としたサー クル活動等 を行 う 団体 の部室や ボ ックス と呼ばれ る空 間には道路標識等 の公 共物が多 く 「お持 ち帰 り」 され てい るのが見かけ られ た。れ つき とした犯罪 である
)その よ うな行動 に及ぶ とき
,彼らは
自らが 「ダメ人間」で ある と深 く自覚 し ,「 ダメ人 間」に認 め られ るこ とで更な る深 み に嵌 ってい くのである。 この時諌 めて くれ る人間があれ ば
,根つか らのア ウ トローでない彼 ら は我 に帰 ることが出来 るのである。 この ことか ら
,多くの 「ダメ人間」 と接す るこ とで彼
らは 「ダメ人間 をよ しとす る」逸脱状況へ の肯定性 を獲得 してい くのではないか と考 え ら れ る .コ ミュニテ ィ との接触 の深 さによつて比例的 に 「ダメ人間」度 を強 めてい くのでは ないだ ろ うか。次項以降では コ ミュニテ ィ との関わ りの深 さとい うファクター に関 して述 べてい く。
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Ⅱ コ ミュニテ ィヘの関わ りの深 さとそれ によつて獲得 され る逸脱状況へ の肯定性 本項 では コ ミュニテ ィ との関わ りの深 さの違 いが , どの よ うに各人 の諸態度 の違 い とな つて現れ るかについて説 明す る。前半では私 と
N君を中心 に どの よ うに コ ミュニテ ィに参 画 し ,そ の中で活動 したかについて描 く .後 半では コ ミュニテ ィ各員 の コ ミュニテ ィヘの 関わ りの度合 い を 「ボ ロフェスタ」 とい うコ ミュニテ ィのお祭 りを通 して説 明 し ,そ の結 果 どの よ うな態度 の違 いが生 じたか を 「ま とめ」 にて概説す る。
事例 N君 とい う人物
まず始 めに私の論文の中で最 も重要 な人物 のひ とりとして N君 の こ とを紹介す る。 N
君 は私 と同 じ同志社 大学 の 2002年 度入学生 で あ り ,ま た軽音サー クル の同期 で もある。
N君