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「京都のアマチュアバンドコミュニティと私」

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(1)

「京都 のアマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィ と私」

12022079  

田 中俊 輔

指導教員

  

立木茂雄

(2)

「京都 のアマチュアバ ン ドコミュニテ ィと私」

目次

初 めに  1

2  本論―一京都 アマチ ェアバ ン ドコ ミュニテ ィ と私一 ‑ 2

1章   私 とコ ミュニテ ィ  2 1  テーマの決 定 に即 して  2 2  私 に しか書 けないテーマ  3 3  コ ミュニテ ィか らの影響

 3

スーパー ノア ,コ ミュニテ ィ参画へ  3

第 2章   先行研 究一―『 ア ウ トサイ ダーズ』と『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』 ‑ 4 1『 ア ウ トサイ ダーズ』概説  4

2  『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』概説  5

第 3章   方法論一一 参与観察法一 ‑ 6 1  社会学 にお

:す

る調査法  6 2  調査方法 の選択  6 3  参与観察法 とはなにか  6 4  研 究対象  7

5  用具  7 6  具体的手法  7

第 4章   結果―― デー タ とその考察― ‑ 7

考察 にあた つて一 フィール ドノー ト観 察 ‑ 8 2  実際 のデー タ と考察  8

1  コ ミュニテ ィに共有 され る価値観 と自己観 「ダメ人間」 8

Ⅱ   コ ミュニテ ィヘの関わ りの深 さとそれ によつて獲得 され る 逸脱状況へ の肯定性

 11

3  ま とめ―逸脱状況への肯定性 の獲得度合いの違 いについて考察 ‑ 20

第 5章   結論

 23

後記

 24

(3)

初 めに 社会学 とは何 か

ある学問分 野でひ とつの論文 を書 くに当たつて ,そ の作成者 には様 々な点でその「観 点」

の明確化 が求 め られ る。私の場合

,専

:ま

社会学 であるが、始 めにそ もそ も社会学 とは何 で あるか ?と い つた ことを考 える必要がある

.

私 は社会学 とはある程度論理 立 った思考 に基づいた理論・ 観 点 において 「社会」 とい う 人間集 団の 中で見 られ る様 々な事象・現象 を解釈・説 明す る学問であ る と考 える。今 昔

,

社会学 と呼 ばれ る分野の諸文献 は この点 を共有 してい る。

本論 文の要 旨 と狙 い

上記 の点 を踏 まえ

,本

論文では京都 にお けるアマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィに参画 して い る私 の経験 と観察 を通 じて ,コ ミュニテ ィの文化や意識 を説 明す る と同時に 「私」の進 路選択や社会 に対す る諸反応 にお けるコ ミュニテ ィか らの影響 を分析す る。

2  本論一―京都 アマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィ と私―一

第一章   私 とコ ミュニテ ィ

本章では私 とコ ミュニテ ィ との関係 ,そ してそのテーマの決定過程 について概説す る。

テーマの決 定に即 して

とにか く見つ める対象物 が無 けれ ば学問は成 り立たない ,テ ーマ を決 めるこ とは論文 を 書 くことに関 しての最重要課題 で あ る

.

現在私 は京都 を中心 に活動 してい るアマチ ェアのバ ン ド (band,楽 団 )で ある 「スーパ

ー ノア」 に ドラム奏者 として参加 してお り ,3年 程前 よ り精力的 に関西 の ライブハ ウスや 音楽イベ ン トに出演 して きた .通 常 ,バ ン ドとい うものはバ ン ド単位 で各 々行動 してい る が ,同 時 にバ ン ド同士 の繋 が りを持 ち ,そ れ ら諸バ ン ドが集 まって形成 され るコ ミュニテ ィ とい つた ものに所属 してい る

.私

のバ ン ドも多分 に漏れず京都 のアマチ ェア ,あ るいは

イ ンデ ィー ズ と呼ばれ るシー ンの 中でその コ ミュニテ ィに所属 してい る。とはい えその 「コ

ミュニテ ィ」 には明文化 された 「ルール」は存在 していない .し か しなが ら暗黙 の了角翠や

不文律 の存在 は経験 として確 実で あ り ,こ の点

:ま

社会学的 に十分 な調査価値 を持つ と私 は

考 える。また ,こ ち らもあ くまで 「経験的 に」 とい う枠 を出 るこ とはないが 「京都 のバ ン

ドや コ ミュニテ ィは非 常 に排他的 な部分 を持 ち ,よ そ者意識 が強い傾 向にある」 とい つた

(4)

ことが考 え られてい る .こ れ は京都外 のバ ン ドや ライブハ ウス関係者

,観

客 と接す る中で 強 く意識 され てい る と感 じた こ とで あ り ,ま た当の京都 のバ ン ドや コ ミュニテ ィ自身 もそ れ をはつき りと自覚 してい るふ しがあ る。一体 この よ うな状態 が何故発 生 してい るか とい

うことも大い に研 究対象 に成 り得 る と私 は考 える。

更 に最 も重要 な 「気付 き」 として私が社会成員 として生 きてい く中で適宜求 め られ る諸 問題 への反応 に対 して ,コ ミュニテ ィ と接す る申で獲得 してい った反応 ,コ ミュニテ ィか

らの影響 といった ものがあるのではないか とい うことである。

2  私 に しか書 けないテーマ

この様 な状況 か ら私 は 「京都 のアマチ ェアバ ン ド・ イ ンデ ィーズシー ンにお けるコ ミュ ニテ ィや ,そ の成員 であるバ ン ド間の相互作用 の特性や実態」 を研 究対象 に決 定 した。ま た

,一

口にシー ン と言 つて も各バ ン ドの形体 は様 々であ り

,学

生 によつて形成 され るバ ン ド

,社

会人 (フ リー ター では無 く )主 体 のバ ン ド ,ア ルバイ トを しなが らバ ン ドを組 んでい る者 な どが挙 げ られ る

.私

自身 が現在学生で あ り

,私

のバ ン ドは学生のみで構成 され てい る .そ して卒業 とその後 の進路選択 に迫 られ てい る 「学生バ ン ド」の 「現在 の様 にバ ン ド を続 けたい」 とい う欲 求 と 「就職 しなけれ ばい けない」 とい つたその他諸 々のバイアスの 中でのジ レンマ に対 して各 々の反応 は どの よ うにな され るのか ,  とい うこ とも大 きなテー マ として取 り組 んでい く。

3  コ ミュニテ ィか らの影響

上記で 「気付 き」 と記 した コミュニテ ィか らの影響 であるが具体的 に どのよ うな もので あったのか。私 を含 む現代 日本 に生 きる学生 は卒業 に際 して社会へ と飛び 出 してい くこと にな る。 日本 において最早テ ンプ レー トにな りつつ ある中学校→ 高等学校→大学→就職 と い う一連 の過程 は

,守

らなけれ ばな らない もの となつてい る傾 向があ る。それ は 「学歴社 会」 と呼 ばれ る昨今 の合理主義 か ら来 る

,企

業 の新卒 を優先的 に採用 しよ うとす る傾 向な どか ら発 生 してい るこその 中で多 くの学生 はその過程 に忠実 にのっ とつて行動 してい くが

,

こと私 に関 してはその流れ に乗 る ことはなかつたのである。そ して 「卒業後

,就

職せず フ

リー ター を しなが らバ ン ドを続 け る」 とい う私 の反応 は

,私

が参画す るアマチ ェアバ ン ド コ ミュニテ ィとの関わ りの中で獲得 された「何 か」 ,言 うなれ ば 「こ うい つた問題 には こ う い つた反応 をす る」 とい つた よ うな 「定義」 によつて発生 してい るのではないか と私 は考 えたのである

.

4  スーパー ノア ,コ ミュニテ ィ参画ヘ

(5)

さて

,本

節 では前述 のスーパー ノアが活動 を開始 した契機 や ,そ の後京都 のアマチ ェア バ ン ドコ ミュニテ ィに参画 してい くまでの過程 を概説 したい。

私のバ ン ドスーパー ノアがそ の活動 を始 めたのは 2004年 1月 の ことである。 当時私 が 所属 していた同志社 大学 の軽音サー クル

SMMA(SouthernMountainMusiユ

ssociation)

において ,ギ ター ボーカル の井戸 ,  リー ドギター の赤井

,ベ

ー スの岩橋 ,そ して私 の 4人

に よつて結成 され た .こ のバ ン ドには前身 と言 えるバ ン ドが存在 してお り

,そ

の結成 は 2003年 11月 の こ とで ある。前身バ ン ドとは ドラムのメンバーが変 わつている。つ ま り私 が前身バ ン ドの ドラマー と入れ替 わ りになる形 でバ ン ドに加入 し ,ス ーパー ノアは誕生 し てい る。 このバ ン ドは当初 よ リオ リジナル の楽 曲製作や

,サ

ー クル外 での活動 を 目指 して お り ,1月 か らの半年 間 を楽 曲製作 と学内活動 に終始 し ,2004年 7月 に京都 は鳥丸丸太町 に存在す るライブハ ウス 「陰陽」への出演 を最初 に学外 での活動 をスター トさせ た。そ し てその後京都 に存在す るアマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィヘ本格的 に参画 してい くことにな つたのである

.

第 2章   先行研 究―一『 ア ウ トサイ ダーズ』 と『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』―一 本章では私 が本論文 を書 くにあたつて先行研 究 としておおい に参考 に させ ていただいた

『 ア ウ トサイ ダーズ』 と『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』 の 2書 について概説す る。

1『 ア ウ トサイダー ズ』概説

『 ア ウ トサイ ダー ズ』 (ハ ワー ド・ S・ ベ ッカー )は 1963年 に刊行 され た逸脱論 の古典 である

.本

書 は社会病理学 に分類 され

,ベ

ッカー によ り「逸脱」発生 のメカニズム として の 「ラベ リング理論」な らびにそれ を通 して見 る社会 をテーマに据 えてい る .ラ ベ リング 理論 を掻 い摘んで説 明す る と ,社 会集 団はそれ を破れ ば逸脱 とみ な され るよ うな規則 を設 け ,そ の規則 に反 した者 に対 し 「ア ウ トサイ ダー」 とい うレッテル (ラ ベル

)を

貼 ること で ,更 な る逸脱 を生み出す。 とい うことである。例 えばなん らかの罪 を犯 した人間に対 し て ,社 会 は 「犯罪者 」 とい うレッテル を貼 る。そ して 「犯罪者」 として社会か ら扱 われ る 中で罪 を犯 した人間 は 「犯罪者 としての 自己」 を強化 してい くのである。結果 ,そ の人間 は 2度

,3度

と犯罪 を繰 り返 して しま うよ うにな るのである。 これ を 「予言の 自己成就」

とい う .こ の理論 の斬新 であつた部分 はベ ッカーが逸脱発 生の契機 を 「他者」 に求 めた と

ころにある。当時の逸脱論 において ,な ぜ逸脱行為が発生す るのか とい うことは個人 の感

情や資質 の問題 とされ ていた .し か しベ ッカーは 「社会」 とい う他者 の レッテル員占りか ら

(6)

逸脱 が生 まれ る とし

,そ

の点 を問題視 した ところが学史的な観 点か らの重要 な意義 と言 え る

.

本 書 を執筆す るにあた り

,ベ

ッカーはそのデー タ収集 にお ける方法論 と して参与観 察法 を採用 してい る。参与観 察法 について詳 しくは後述す るが

,観

察者 がその 目で見聞 き した 会話やその周 囲のエ ピソー ドをフィール ドノー トに逐一記入 し ,そ の ログの中か ら重要な セ ンテ ンス を抜 き出 してい くことがその概要 である

.シ

カ ゴ大学在学 中よ リプ ロのジャズ ピアニス トとして活躍 していたベ ッカーは様 々な ミュージシャン との会話や付 き合 いをフ ィール ドノー トヘ詳細 に記録 してい つた

.集

団の仲間 として彼 らと会話 し、同時 に観 察者 としてその会話 を記録 、分析 してい つたのである。そ してその よ うに して得 られた ログを 使用 してその集 団独特 の文化や意識 を描 いてい る。

2  『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』概説

次 に参与観察法 を語 る上では外す こ との出来ない本書 『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』

(ウ ィ リアム 0フ ッ ト・ ホ フイ ト 1943)に ついて概説す る。本書 ではイ タ リア人移 民居 住 区であるコーナー ヴィル とい うス ラム街 にお ける住人 た ちの社会的世界 が描 き出 され て い る。ホ フイ トは若者集 団の中に参与 し

,学

生 の コ ミュニテ ィとその街 のギャングや政治 家 た ち との密接 な関係や

,賭

博 にお けるその システムな どを内側 か ら鮮 明 に描 いてい る。

学術論文 とい う形 ではあるが

,む

しろノンフィクシ ョン小説 な どとい つた趣 である点 もま た特色 である。

その中で も注 目すべ きは

80ペ

ー ジに渡 つて綴 られてい るアペ ンデ ィクス (付 属物

,付

)で

あろ う。その 中でホ フイ トは ,自 らの生い立 ち

,参

与観察 に至 る経緯

,研

究計画

,

参入段階で注意 していた点

,調

査終 了後 の調査対象 との関係 ,反 省 点な どを語 つてい る

.

更 に当初 の予定通 り調査 が進 め られ たわけでな く

,調

査 中に対象 との相互作用 な どを通 し て新 たな 「気付 き」 を獲得 してい つた こと等 も語 られ てお り

,非

常 に教唆 に富んでい る

.

全 て を紹介す ることはできないが

,私

が参与観 察 を学ぶ上で特 に気 になった部分 を数点挙 げてお く

.

「研究計画」においてホ フイ トは当初

,地

区の歴 史

,経

,政

,教

育な どの様 々なフ

ァクター とそれ らについての社会的諸態度 を特 に調査す るこ とに関心 を示 していた こと

,

更 にそ の大仰 な人 数 を必 要 とす る計 画 を無理 に進 め る こ とを断念 した 旨を語 つて い る

(290‑1)。 少人数 での調査 が合理的 であるこ と ,ま

,私

自身京都 とい う日本 で も特殊

な地域 の コ ミュニテ ィを研 究す る上で ,ホ ワイ トが考 えた よ うなファクター を知 ることは

(7)

必要 である と考 えていたが ,(時 間的、量的 に )無 理 のある計画 は見直すべ きである と感 じ た .更 にホ フイ トは集 国内での立 ち位置 として

,グ

ル ープヘ の影響 を避 けるため

,い

かな

る集 団の役職 や指導者 的地位 も引き受 けるこ とを避 けた (308)こ とを注意点 として挙 げ てい る。

上記 の よ うに『 ス トリー トコーナー ソサエテ ィ』は現代 において も参与観察法の手引き 本 としておおい に価値 のある文献 である。

第 3章   方法論一一 参与観察法――

本 章では私が本論文 を執筆す るにあた り採用 し

,前

章 において も多分 にふれ られ た社会 調査 の伝 統的手法 「参与観 察法」 について述べ てい きたい

e

l  社会学 にお ける調査法

本論文 冒頭 の よ うに定義付 けた 「社会学」で あるが ,そ の性質上扱 うテーマは多岐 に渡 ってお り ,そ の範 囲は個人間の コ ミュニケー シ ョン (情 報伝達 )と い つた ミク ロな部分か らいわゆ る社会 問題 と呼ばれ る現象や 国家 レヴェル の現象 な どマ クロな部分 までカバー し てい る。そ して

,社

会学 はその理論・ 観 点の展 開 において一定量 のデー タを必要 とす る。

そのデー タは社会調査 に基づいて取 られ ,そ の方法論 もまた様 々である。大まかに分 けれ ば

,観

察や文書等の分析

,実

験 な どとい った質的調査 と統計 な どに よる量的調査 に分 け ら れ ,そ の選択 は各論文 のテーマや理論・観 点な どによつて行 われ る。今回

,社

会学 とい う 分野で論文 の執筆 をす るに当たつて

,私

は上記 の よ うな点か ら自らの観 点や立 ち位 置 を明 確 にす るこ とが求 め られ るのであ る。

2  調査方法 の選択

研 究対象 のデー タを取 る上 での方法論 は前節 にておおまかなが ら述べ たが

,今

回私 はそ

の中か ら 「参与観察法」 を選択す る

.理

由を挙 げ る と 「参与観 察」 はその特性 として閉 じ られ た空間 を形成す るコ ミュニテ ィの調査 に向いてお り ,ま た既 に調査対象である 「京都 のバ ン ドコ ミュニテ ィ」 に所属 してい る私 に とつては コ ミュニテ ィに入 つてい く過程 が省 略 され てい るため非常 に都合 が良いか らである。

3  参与観察法 とはなにか

上記 の よ うに私 は社会調査 の方法 として参与観 察法 を採用 したわけであるが ,そ の概要

は既 に前章

,先

行研 究 の項 であ らかた述べ て しまった。おお まかな内容 は既 に前章 で把握

していただ けた と思 う ,よ つて次節 か らは具体的手法や対象 について改 めて述べてい きた

(8)

4  研 究対象

第 1章 です でに述べた通 り私 の研 究対象 は 「京都 のアマチ ェアバ ン ドコ ミュニテ ィ」で ある。具体的 に書 くな らば

,京

都 とい う場所 にお けるライ ブハ ウスや その他音楽活動 の場 で ,そ こに活動拠点 を置 くバ ン ドた ちによつて形成 され るコ ミュニテ ィの ことであ る。

5  用具

基本的 にはフィール ドノー トを使用す る。ただ し ,フ ィール ドノー トに こだわ る必要 は 無 く

,適

宜記録 しやす い媒体 に記録 を付 けてい けば良い と私 は考 える。テープ レコー ダー や カ メラな どが使用 され るこ ともあるが ,ま ず持 ち運びす るこ とが容易 であるこ と

,次

素早い記録 を可能 とす る とい う理 由か ら ,今 回私 は記録媒体 として紙媒体 とデ ジタル媒体 を併用す ることに した。そ して前者 はいわゆる 「紙 とえんぴつ」であるが ,後 者 は携 帯電 話 で ある。携 帯電話 はその場 その場 で素早 く

,且

つ紙媒体 よ りも自然 に ログを残す こ とが 出来 る利 点がある。 しか しまた

,見

聞 き した会話・ エ ピソー ドだ けではな く ,よ り質 の高 いデー タを取 るためには

ICレ

コー ダの使用や ,イ ンタ ビューの手法 も必要である と感 じ た

.

6  具体的手法

本来

,参

与観 察法 において最 も時間をかけ ,そ して最 も注意深 く行 わなけれ ばな らない こ とは当該 コ ミュニテ ィヘの参入段階である。 しか しなが ら前述 の通 り

,私

は京都 のアマ チ ェアバ ン ドコ ミュニテ ィを研 究対象 と決 定 した時点 (2006年 ,5回 生時 )で 既 に コ ミュ ニテ ィヘ参入 してか ら 3年 が経過 してお り ,こ の点は既 にク リアーであつた。 3年 間の中 で私 は コ ミュニテ ィ内で成員 としてのポジシ ョンを獲得 してお り

,研

究の開始 にあた つて 私 はまず

,過

去 に経験 したエ ピソー ドや

,記

憶 に残 つてい る会話 を書 き出す こ とか ら始 め た。その中か らコ ミュニテ ィ内での規範やルール を暗示す るセ ンテ ンスを抜 き出 し ,そ

て同時 に就職活動 に対す る私や私 のバ ン ドのメンバー ,そ の他学生バ ン ドマ ンの反応 を記 録す るよ うに努 めた

.

第 4章   結果一― デー タ とその考察一―

本章では

,実

際の フィール ドワー クの中か ら得 られ たデー タを基 に ,コ ミュニテ ィの具 体的解説や ログの紹介 を し ,ま たそれ ぞれ に考察 を加 えてい く。

具体的 なデー タの収集 に当たつては 2006年 夏頃か らは じめた ものであるが

,私

自身 と

(9)

コ ミュニテ ィの繋が りはそれ以前か らの ものであるため

,私

の記憶 の中か ら印象 に残 つて い るものを とりあげま とめる とい うことも必要であつた

.

考察 にあたつて一 フィール ドノー ト観察一

さて様 々な情報 を書 き記 した フィール ドノー トはそのままでは無構 造 の情報群 で しかな い。 この様 々な情報 をいつたんフィール ドノー トを書 き記す 自分か ら離れ て見つ める必要 がある。そ してそれ らの情報 を諸 々のファクターや観 点か ら分別・整理 し ,そ の中で得 ら

れ る直感 的ひ らめきや ,規 則性 の発見 を通 して一定の論理 だ つた説 明 を与 える必要が ある。

私 は 自身 のフィール ドノー トの観 察過程 に於いて 「ダメ人間」 とい う頻 出単語 に 目を付 け ,そ こか らコ ミュニテ ィ全体 を包 んでい る精神性や価値観 をラベ リング論的観 点か ら説 明 した。そ してまた コ ミュニテ ィヘ の関わ りの違 いに よつて諸態度 が比例的 に変化す るこ

との発 見 の説 明 も本章の主題 である。

2  実際 のデー タ と考察

I  コ ミュニテ ィに共有 され る価値観 と自己観 「ダメ人間」

コ ミュニテ ィ内ではいわゆる一般 の生活 (学 校へ行 き ,あ るいは定職 につ きなが ら社会 生活 をまっ とうす る

)の

中で要求 され る社会的諸態度 を同 じく要求 され ,そ れ に答 えなけ

れ ば相応 のペナルテ ィを受 けるこ とにな る。つ ま リバ ン ド界隈で結成 され るコ ミュニテ ィ 内での法規 は一般社会 か ら見てそ う異常 に逸脱 した ものではない と言 える。に も関わ らず 彼 らは 自らに対 し「ダメ人間」、あるいは 「社会生活不適合者」といった烙 印 を押 したが る 傾 向にあ り ,さ らにはそ うい つた 自己観 に沿 つた行動 を と りたが る。 これ は何故か ?

私 が見 て来 た現状 の 中で彼 らは立派 にア ウ トサイ ダー ズで あ りなが ら貞淑 な社会 生活 者 で もあつた。加 えて コ ミュニテ ィ内で観 察 され る頻 出単語 は コ ミュニテ ィの本質 に深 く 関わつてい る と考 え られ るので

,本

項 でヤ まこの 自己矛盾的状態 に何故陥 つたか とい うこと

と 「ダメ人 間」観 について考 えたい。

事例   コ ミュニテ ィ内での価値観 に関 しての会話

まず初 めに 2006年 10月 18日 未 明

,所

属サー クル の リハーサル ス タジオでの練習後 の 深夜 ,メ ンバー宅 にてのメンバー との会話 を紹介す る。

赤井 「そ うい えば Yさ んのバ ン ド

,N(ラ

イ ブハ ウス )の ホー ムペ ー ジで紹介 され てま し たね」

私 「ああ ,あ の載 ったバ ン ドは絶対売れ ないつてい う

?」

赤井 「そ うです

,で

も最近 の Yさ んの活躍 は 目を見張 るものがあ ります よね」

(10)

岩橋 「ね

,大

きいイベ ン トも出てはる し。で もこつち (の コ ミュニテ ィ )と の絡みはあ ま りない よね

?」

赤井 「あの人 Mさ ん (コ ミュニテ ィの中心人物 のひ とり

)に

嫌 われ てます か らね」

私 「え ,そ れ はまた ど うして

?」

赤井 「いや

,あ

の人前 に Aさ

(コ

ミュニテ ィの 中心人物 のひ と り )と バ ン ドや つてた じ ゃないです か ?そ れ をい きな り脱退 してあんな音楽 (主 観 的表現 であるが、コ ミュニテ ィで 好 まれ る音楽 とは離れ た音楽 と捉 える )や られ た らね え」

私 「ああ

,干

され て るつて こと

?」

赤井 「 Aさ んは仲 良い人多い し顔 も広いです か らね」

⌒       私 「 Aさ んってそんな人 だつた つけ

?」

赤井 「 Aさ んが ど うつてい うよ りその周 りの人 に嫌 われ ちやつたつて感 じですね」

私 「うわ―

,怖

いね」

岩橋 「ね

,嫌

われ ない よ うに しな きゃ」

前 半で言及 され てい る よ うな ジ ンクスや そ の類 の ジ ョー クは どこの コ ミュニテ ィに も あ りがちな ものだが

,普

段声高 に言 えない 「売れ たい」 とい う欲求か ら発 生 してい る と言 えな くもない。また

,後

半では コ ミュニテ ィのあ り方 を見 て取れ る。おおむね コ ミュニテ ィでは数 人 の中心人物 とその ライ ンのバ ン ド (い わ ゆる 「横 の繋 が り」 ),そ してその下の 世代 のバ ン ドに よつて構成 され てお り ,中 心人物へのカ ウンター的な行動 はその報復 が行

⌒      われ る可能性 を持 つてい る。 当然 この よ うな現象 はあ らゆる集 団 において も見 られ る こと ではある。 しか しなが らそのツト 他性 の強 さが証 明 され るものであ る と言 える。

また コ ミュニテ ィ全体 を通 して見 られ る 自己に対す る感情 として 「ダメ人 間」 とい うフ レー ズがある。 コ ミュニテ ィ成員 は各 々が 自らに 「ダメ人間」 とい う烙印 を押 したが る傾 向にある

.例

えば 「俺 はダメ人間だな ぁ」である とか 「お前達は本 当にダメ人間」 といつ た形 で使用 され るフ レー ズで あるが ,そ の概 ねの定義 は以下の様 な ものである。

① 定職 についお らず

,学

業 に も勤勉 でない。

② 遵法精神 が低 い。

③ メイ ンス トリー ムに迎合 出来 ない

,あ

るいはす るつ も りがない。

④ それ らが一般 に歓迎 され ない態度 であ る と知 りなが ら訂正す るこ とが出来 ない

,あ

るい はす る必要 がない と感 じてい る

.

(11)

「ダメ人間」は以上の 4つ を概 ね満 た してい る。特 に④ が重要 であ り ,「 ダメ人間」 は ダメである とはつき り自覚 していなが らそれ を訂正 出来 ないでい る状態 にある とき

,彼

は皮 肉めいた 日調 で 「ダメ人間だなあ」 と言 う。そ してそ こにはある種 の諦観 めいた もの さえ感 じさせ るので あ る。 しか しなが らそ こに悲壮感 は無 く ,そ の状態 をよ しとす る風潮 があるの もまた事実である。

さて ,「 ダメ人間」観 自体 については上記 が全 てであるが ,勿 論 コ ミュニテ ィが コ ミュニ テ ィである以上そ こでは更なるア ウ トサイ ダーズが生み出 され る。上記事例 の Yさ ん もそ れ に当た るが ,自 称 「ダメ人間」達 か ら更にダメ とみ な され て しま う人た ちも少 なか らず 発 生す るのである。そ うい つた人物 にたい しては 「あいつ はほん とにダメ」 ,「 奴 はま じで ダメだ よ」 とい うよ うに微妙 なニ ュア ンスの違 いで表現 され る。ニ ュア ンスの違 い を文章 で伝 えるのは非常に困難 であるが

,前

記 「ダメ人間」 がやや 肯定的 に

,ど

こか嬉 しそ うに

唱 え られ るのに対 して

,彼

ら 「ほん との」 ダメ人 間か らについて語 られ る時は 「′ い底 うん ざ り」 といつた感 がある と言 えばわか りやすいだ ろ うか

.

この 「ダメ人間」観 の蔓延 に関 しては前述ベ ッカー のラベ リング論 で説 明出来 る。彼 ら は 「ダメ人間」とい うラベル をお互いに貼 り付 けるこ とで ,「 ダメ人間」観 を強 め ,更 な る

「ダメ人間」を生み出 してい くのである。「ダメ人間」 とい うラベル を貼 られ ,「 ああ

,私

はダメ人 間なんだ」 と自己の定義 を得 た人間は

,加

速度的 に 「ダメ人 間」 になってい く

.

「ダメ人間」定義では触れなかったが

,彼

らの特徴 として 「常軌 を逸 した行動」 を喜ぶ傾 向がある。例 えば深夜 に拾 つた車格子 に乗 つて街 中や学校 を走 り回 つた り (健 常者 に も関 わ らず),酔 つた勢い にまかせ て電柱や道路標識 に喧嘩 を売 つた りとい つた行動 が挙 げ られ る。 (余 談 ではあ るが ,あ らゆ る大学 でサブカル チ ャー を主体 としたサー クル活動等 を行 う 団体 の部室や ボ ックス と呼ばれ る空 間には道路標識等 の公 共物が多 く 「お持 ち帰 り」 され てい るのが見かけ られ た。れ つき とした犯罪 である

)そ

の よ うな行動 に及ぶ とき

,彼

らは

自らが 「ダメ人間」で ある と深 く自覚 し ,「 ダメ人 間」に認 め られ るこ とで更な る深 み に嵌 ってい くのである。 この時諌 めて くれ る人間があれ ば

,根

つか らのア ウ トローでない彼 ら は我 に帰 ることが出来 るのである。 この ことか ら

,多

くの 「ダメ人間」 と接す るこ とで彼

らは 「ダメ人間 をよ しとす る」逸脱状況へ の肯定性 を獲得 してい くのではないか と考 え ら れ る .コ ミュニテ ィ との接触 の深 さによつて比例的 に 「ダメ人間」度 を強 めてい くのでは ないだ ろ うか。次項以降では コ ミュニテ ィ との関わ りの深 さとい うファクター に関 して述 べてい く。

10

(12)

Ⅱ   コ ミュニテ ィヘの関わ りの深 さとそれ によつて獲得 され る逸脱状況へ の肯定性 本項 では コ ミュニテ ィ との関わ りの深 さの違 いが ,  どの よ うに各人 の諸態度 の違 い とな つて現れ るかについて説 明す る。前半では私 と

N君

を中心 に どの よ うに コ ミュニテ ィに参 画 し ,そ の中で活動 したかについて描 く .後 半では コ ミュニテ ィ各員 の コ ミュニテ ィヘの 関わ りの度合 い を 「ボ ロフェスタ」 とい うコ ミュニテ ィのお祭 りを通 して説 明 し ,そ の結 果 どの よ うな態度 の違 いが生 じたか を 「ま とめ」 にて概説す る。

事例  N君 とい う人物

まず始 めに私の論文の中で最 も重要 な人物 のひ とりとして N君 の こ とを紹介す る。 N

君 は私 と同 じ同志社 大学 の 2002年 度入学生 で あ り ,ま た軽音サー クル の同期 で もある。

N君

は大阪 に生まれ ,そ の実家か ら大学まで通 つてい る。

N君

と私 の出会 いは 2002年 の 五月 ごろ

,サ

ー クル の新入生歓迎 コンパであった。最初 に見た とき彼 はサイケデ リックな 色彩 の古着 にサ ングラス を着 け甘い香 りのす る煙 草 を燻 らせ てお り

,私

は彼 に対 して非常 に軽薄 な印象 を受 けた。初対面 にも関わ らず人 に臆す ることな く接す る姿勢 を持 つてお り

,

N君 の私 に対 しての第一声が 「自分 ドラムや んな ?ち ょつ と叩いてや」であつた こ ともそ れ に拍車 をかけた。

N君

はギター奏者 であつたが ,そ の後私 と

N君

が一緒 にバ ン ドを組む こ とは無 く

,現

在 もその予定 は無い

.理

由は音楽的な方 向性 の違 いか らであ り

,本

文 には

あま り関係 の無い部分 で あるため ここでは割愛す る

.

その後

N君

も私 もサー クル の中でバ ン ドを組 みそれ ぞれ に活動 していたが ,N君 は 2002

年度末か らサー クル外 でのバ ン ド活動 をス ター トさせ た .そ のバ ン ドは 「アマガ ッパ」

1)

とい う名前 であ り ,メ ンバー は結成 か ら現在 まで変わっていない。

N君

よ りひ とつ上 の回

生であるベー シス トの Mさ ん ,N君 や私 と同 じ 2002年 度 にサー クルヘ入 つた同期 で ドラ

ムの Rさ んの 3人 で構成 され る .こ のバ ン ドはサー クル 内で結成 され ,当 初 よ リサー クル

外 での活動 を 目指 していた .サ ー クル とい う枠 を飛び出 して学外 にまでその活動 の幅 を広

げ るバ ン ドは どこのサー クル で も少数派 である。同志社大学 には大小合 わせ て 8つ 程 の軽

音サー クル が存在 してい るが ,そ の中で も特 に規模 の大 きいサー クル (60〜 100人 程度 で

構成 され る

)が

4つ あ り ,そ の中では常時 30程 度 のバ ン ドが活動 してい るが学外 で も活

動す るバ ン ドは 2つ 3つ とい つた ところである。その理 由 としては 「学外 ではオ リジナル

の楽 曲を求 め られ る」 とい うことが挙 げ られ る。学外 での活動 とはいわゆるライブハ ウス

に出演 をす る とい うことであ り ,出 演 の形式 は多様 であるが 「ブ ッキングライ ブ」 とい う

(13)

形式がそのほ とん どを占めてい る。ブ ッキングライブはデモ音源 をライブハ ウスに送 つた り渡 した りす る ところか ら始 まる。 ライブハ ウスの店長や ブ ッキングマネー ジャー と呼ば れ る人物 はその音源 を聞いて

,過

去 に出演 したバ ン ド等 とそのバ ン ドをライブに 「ブ ッキ ング」す るのである。 ライブに出演す るバ ン ドの顔ぶれ如何 でその 日の ライブの よ しあ し や

,ひ

いてはライブハ ウスの 「イ ロ」 といつた ものが決定 され るためライブハ ウス関係者 はブ ッキ ングに関 しては 日々心血 を注いでい る。またブ ッキングライブに集 め られ るバ ン ドはその音楽 の指 向が同 じで音楽的 に共通項 の多い もので あ り ,そ こか らバ ン ド間の横 の つなが りが発生す ることも多い .そ のためライブハ ウス側 に とつて も出演す るバ ン ド側 に とつて もブ ッキングライブは重要 な機会であ り ,も つ ともポ ピュラーな形式 となってい る。

そ してそのブ ッキングライブに出 るために送 る必要 のある音源 はオ リジナル の楽 曲に限 ら れ る場合 がほ とん どで あ り ,そ のためにいわゆるコピーバ ン ド (有 名 なバ ン ドや既存 の楽 曲を模倣す るスタイル)力 ` そのほ とん どである学生バ ン ドにおいては

,学

外での活動 は比

較的少数派 とな るのである。

上記 の よ うな状況 の中で

N君

はオ リジナル楽 曲を作 るバ ン ドとしてアマガ ッパ を結成す るこ とにな る。その発端 としては 「俺 はギター下手だ し ,コ ピー も苦手だか ら最初 か らオ

リジナル をや つて しまえば良い と思 つたんだ よ」 と

N君

は語 つてい る

.

その後

N君

は私 に先駆 けて京都 のアマチ ェアバ ン ドのシー ンに参戦 してい くことにな り

,

私 と同 じアマチ ェアバ ン ドコ ミュニテ ィに参加 し ,そ の中でバ ン ドに没頭す るあま り留年 を経験 し ,そ の後就職活動 を開始す ることになる。そ して これ らについては詳 しく後述 し てい く。

上記 の よ うに N君 とい う人物 を概説 したが ,こ こで非常 に重要 なのは

N君

と私 に非常 に 多 くの共通項 があるこ とである。同 じ学校 で ,同 じサー クル に所属 し ,同 じバ ン ドコ ミュ

ニテ ィに入 り ,こ れ また同 じく留年 まで経験 してい る。 しか しここまで共通 した コー スを 辿 ってい るに もかかわ らず

N君

は就職への道 を選ぶ こ とにな る .こ の反応 の差がいかに出 て きたのか を考 える上で ,N君 は私 に とつて非常 に貴重 な比較対象 にな るのである。

事例   私 とい う人物

方法 として私 とい う人間について も観察対象 とす る以上

,私

に関 して も詳 しく述懐す る 必要 がある

.私

は奈 良県 に生 まれ

,小

学校 ,中 学校

,高

校 と奈 良県で過 ごす

.現

役 で同志 社大学 に進学 した後 はその生活 の 中心 を京都 に移 し

,特

に二回生 か ら京都 市内に下宿 を始 めてか らはそのほ とん どを京都 で過 ごしてい る。そ して大学では入学 してす ぐに学 内の軽

12

(14)

音 サー クル

S.M.M.Aに

所属す るよ うにな る。私 とプ レイヤー としての音楽 との出会いは 高校 2年 の頃 に さかのぼ る。当時私 は中学校 か ら弓道 を続 けていたが ,高 校 での弓道部 で

の成績 は思 うよ うに振 るわずやや挫折 に近い感情 を抱 いていた。そんな折 に学友か ら 「文 化祭 でバ ン ドをや つてみないか」 と誘 いがあ り

,軽

い気持 ちでそれ に応 じたのが最初 であ る .そ の後高校 でのバ ン ド活動 は文化祭 までの軽 い ものであったが

,私

に とつては最初 に

音楽 に触れ ,そ の後大学での音楽活動 をスター トさせ た ことのきっかけになったのである。

そ して大学 に進学 してか らは弓道 ではな く音楽 をライ フワー クの一環 として行 つてい くこ とにな る

.理

由 として些細 な こ とではあるが音楽 と弓道 どち らを選択す るか迷 つていた私 に とつて同志社大学の弓道部 が私 の習 つた流派 と異なっていた ことも挙 げ られ る。そ して 一回生の間はサー クル 内で コピーバ ン ドを複数組 んで活動 していたが

,二

回生 の後 半か ら い よい よ学外 での活動 を始 めることになる。

そ してバ ン ド活動 に没頭 してい く中で私 は留年 を経験 し

,現

在 にいた るまで続 く就職活 動等 に対す るジ レンマ を持つ こ とにな る

.

ここで

N君

と私 を対比 して考 える と ,下 宿 を してい るか ど うかの違 いが ある。

N君

は実 家 か ら大学 に通 つてお り下宿 の経験 は無い。更 に私が下宿 を開始 した時期 と京都 のアマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィに深 く参画 してい く時期 あるいは過程 が大 き くシンクロ してい る とい う点で も下宿 の如何 は重要 なファクター になってい る.ま た

N君

は実家通い とい う都 合上バイ トに関 して も大阪周辺 で行 ってお り

,私

がバイ トのほ とん どを京都 で行 つていた こ と

,更

にバイ トをアマチ ェアバ ン ドコ ミュニテ ィの人た ちか ら紹介 して もら うこ とがあ った点で も大 き く異 なってい る。この ことか ら

N君

と私の中で コ ミュニテ ィとの関わ りの 深 さの度合 いが異 なってい る と考 え られ る

.

事例  N君 と私 の進路決定 に関す る会話

次 に ログの中か ら

N君

と私 の 「進 路選択や就職 」とい つた問題 に対 しての実際の会話 を 紹介 しよ う。 2006年 7月 31日 新町別館 においての会話 であ り ,こ の 日私 は N君 と二人 で 食事 をす ることになった .名 目は彼 の就職 内定祝 いで ある。内容 は以下の通 りである。

私 「内定お めで と う ,と ころで どこに受 かったんだつけ

?」

N「 おお ,あ りが とう。○○ (某 在阪企業 )に 決 まった よ」

私 「ああそ うか

,地

元 に就職す るんだ よね。それ はや つぱ リバ ン ドが あったか ら

?」

N「 うん ,バ ン ドは これか らも続 けてい きたい し

,京

都 でや ってい くつて考 えた ら転勤 のある とこはきび しい と思 つたか らね」

13

(15)

私 「ふ―ん

,バ

ン ドで食べてい くつて ことは考 えなかったの

?」

N「 うん ,そ れ は理想 だけ どね。で もそれ は今 の時代厳 しい こ とだ し ,(売 れ る 。売れ な い を考 えず )や りたい こ とをやれ る とい うメ リッ トもあるか らね」

私 「な るほ どね ,  じゃあある意味アーテ ィス トとしてス トイ ックに生 きて く道 で もある わ けだね」

N「 お う ,ま あ と りあえず就職 した ら見 えて くるもの もあるかな と思 つた。俺 はそ うい う結論 を出 した。お前 は どうす るんだ ?卒 業 した らフ リー ター

?」

私 「んん― ,そ れ がまだ 自分で もはつき りしてな くてね

,本

音 を言 えば就職 したい って の もある し。で も取 り敢 えず は卒業 した らフ リー ターや りつつバ ン ドや ることになるかな あ」

N「 まあ ,そ れ もいいん じゃないかな ?人 生長い し

,好

きに した らいい と思 う」

私 「なん とい うか

,働

きたい け ど働 きた くない とい う感 じかな」

N「 わか る気 はす るよ」。

上記 の様 に

N君

は就職 とい う選 択 に よつて ,「 音 楽 家 と してや りたい こ とを したい 自 分」 と 「 (バ ン ドとして )売 れ るた めにはあ る程度 アーテ ィス トとして耐 える必要 がある」

とい うこ とのジ レンマ を解消 してい る .ま た私 と彼 が進路選択 において異 なった結論 を出 したその背景 は各 々のバ ン ドの構成員 の進路選択 に対す る態度 の違 いが大 きい と感 じてい た .前 述 の通 り彼 のバ ン ドは 3人 編成 であ り

,既

1人 (ベ ー シス トの Mさ ん )が 社会人 として働 き始 めていた こ とが挙 げ られ る。それ に対 し私 のバ ン ドは 4人 編成 で あるが

,皆

現在 の所就職 の意思 は無 く ,「 しば らくはバ ン ドをや つてい く」とい う選択 を「なん とな く」

ではあるがな され ていたのである

.結

果 ,こ の 「バ ン ドとして」の総体的な反応 が

,私

N君 個人 の行動 に反 映 してい る と見 ることが出来 る。また この こ とに対す る詳 しい事情 は 次の事例 にて紹介す る。

そ してまた ,似 た状況下に置かれ てい る彼 の選択 は私 自身の選択 に対す るバイアス とな り

,

私 の態度 に反映 され て くるの も明 白な こ とで ある

.

事例   私 のバ ン ド内での進路決定 に関 しての会話

次 に私 のバ ン ド「スーパー ノア」 の構成員 間で交わ され た進路選択や就職活動 に対 して の会話 を紹介 してい こ うと思 う。

この会話 がな され たのは 2006年 11月 5日 深夜 ,京都 は四条大宮 を下 つてす ぐにあるバ

14

(16)

ン ドの リハーサル スタジオ 246で の こ とである。 12月 にスーパー ノアや あまが っぱが合 同で行 う自主企画イベ ン トに向けての練習 を終 えての一幕 である

.

赤井 「と りあえず

,お

疲れ様 です」

岩橋 「お疲れ様」

私 「あつ ,そ うい えばそ ろそ ろ結成 して 3年 にな りますね」

赤井 「そ うですね」

私 「も う 3年 も真剣 にバ ン ドをや つて きたわ けです か ら ,そ ろそ ろ今後僕 らも身 の振 り 方 をかんが えていかなきゃい けないね」

赤井 「ああ―

,確

かに。ず つ と若 い若 い とは言 われ てきま したが も うそ ろそ ろ良い時期 です よね」

私 「うん

,今

まで こ うい う話 はあんま りして こなかったけ ど ,自 分 たちの今後 の こ とと か ど う考 えてる

?」

赤井 「そ う来 ます か。そ うですね え ,と りあえずせ つか くここまでや ってきたか らには 就職活動 を しなきゃだ とか ,そ うい うのでバ ン ドを解散す るつてい うのはあんま りかんが えた くはないですね」

私 「それ は僕 もそ うなんだけ どね

,で

も実際問題 も う僕 は 5回 生だ し

,君

たち も 4回

なわ けで しょ ?い ろい ろ

,ほ

,家 庭 でのプ レッシ ャー とか も感 じて きて るん じゃない の

?」

赤井 「ああ―

,わ

か らな くもないです け どね。 とりあえず僕 はず つ とこのバ ン ドでや っ

^     てい きたい つてのはあ ります よ。まあ

,僕

が留年すでに決 まっていて就職活動 つてい うの があま り切迫 した問題 じゃないってのは当然 あるんで しょ うけ ど」

私 「赤井君 はそ うだ よね

,留

年 も決 まって る しとにか く就職活動 よ リバ ン ドの方 を優先 してい きたいつてい うのがあるわけか」

赤井 「それ に、学業 とバ ン ドと就職活動 を全部一緒 にや るつてい うのは僕 には無理 があ ります」

私 「な るほ ど。実家 のお父 さん とかお母 さんってのは何 も言 つて こないの

?」

赤井 「いや 、なんに も言 つて こないですね え

,け

っ こ うほった らか しに され てます」

私 「そ うなんだ」

赤井 「岩橋君 は ど うなの

?」

岩橋 「ん― ,ま あ ,そ うだね

,赤

井君 の話 聞いてて思 うのはや っぱ り僕 もバ ン ドや ってい

15

(17)

つた らいいん じゃないかなあ と思 うよ

.特

に俺 は今年 で卒業 だけ どあんま り就職活動す る 気 もない し」

私 「それ はまた何故

?」

岩橋 「や つぱ りこの中で一番バ ン ド歴長 いのが俺 つてい うの もあるんだ ろ うけ ど

,ず

っ と

バ ン ドで食べていけた らいいなってい うのが夢だつた し。まあ諦 めきれ ないってい うのも ある と思 うよ。特 に俺 の場合他 に もバ ン ドを掛 け持 ち してや って るわ けだ し .そ うや つて 色 々関わつて る と ,な んか こ う

,別

に これ で も良いん じゃないかなって気 が して くるんだ

:     よ」

私 「な るほ どね―

,大

学卒業 してす ぐ就職 つてい うテ ンプ レー トに従 う必要 もない よね」

岩橋 「そ うい うこと」

私 「岩橋君 の とこは親御 さんは何 も言 つて こない

?」

岩橋 「来 ないね ,そ れ も全 く .う ちはほん とにほつた らか しだか らね。まあで もこれ以上 迷惑かけた りす るわ けに もいかないってい う思い はち ょつ とはあるよ」

赤井 「それ はや つぱ りあ ります よね」

私 「な るほ ど

.井

戸君 は

?」

井戸 「僕 は とりあえず期 限 を決 めてや るのがいいかな とは思 つてます」

私 「期 限

?」

井戸 「そ うです

.僕

もまあ留年 じゃないです か。それ で岩橋君 と田中 さんは今年卒業 って こ とになっては ります け ど ,後 一年 くらい

,僕

と赤井君が卒業す るまで本気でバ ン ドに打

⌒      ち込む つてい うのは ど うです か

?」

私 「一年 た つて駄 目だつた らど うす るの

?」

井戸 「駄 目だつた らも う就職す るの も良い と思い ます よ ,  と りあえず僕 はそ うなった ら就 職活動 してみ よ うかな とは思います」

赤井 「それ はや つぱ り普通 の企業 とか

?」

井戸 「うん。まあなんで も良いんだ け ど ,と りあえず就職 してバ ン ドす るつてい うのが良 い よ うな気 がす る」

私 「や つぱ りそれ は親 か らのプ レッシャー とか もあつた りす るの

?」

井戸 「ああ― ,け っ こ うあ りますね え

,や

っぱ り」

私 「君 の家 はけっ こ う厳 しそ うな感 じだ もんね」

井戸 「う―ん ,ま あそ うで もない とは思 うんです け ど

,や

つぱ リチ クチ ク言われ た りは じ

16

(18)

ますね

.ほ

ん との こ と言 うと社会 に出た くは無いんです け どね」

私 「じゃあ ,と りあえず は僕 と岩橋君 が今年卒業 って ことになるわけだけ ど

,岩

橋君 は卒 業 した らど うす るの

?」

岩橋 「まあ、 フ リー ターかな。 フ リー ターで生活 しなが らバ ン ドもや つてい くって感 じだ ね .「 キキカイカイ ノルール」 2)の S君 とか Hさ ん もそ うや っては る しね .僕 もそ うしよ う かなって思 う .そ う言 う田中 さんは

?」

私 「うん

,僕

もまあフ リー ター にな るかな .と 言 つて も音楽 に完全 に専念す るつてわけに はいかないか も しれ ない け ど」

岩橋 「ど うい うこと

?」

私 「いや

,音

楽 に専念す るには専念す るけ ど

,や

っぱ リフ リー ターか ら普通の企業 に就職 す るつてのは この ご時世 なかなか厳 しい ものがある じゃない ?だ か ら公務員試験 とか受 け た り勉強す るつての もひ とつの手 だ と思 うよ」

岩橋 「ああ

,保

険か」

私 「そ う

,保

険」

岩橋 「まあで も最悪普通 の企業 に就職 は無理 だ として も

,な

ん とかな るん じゃないかなっ てのは思 うけ どね」

私 「ど うして

?」

岩橋 「いや 、諸先輩方 を見てた らけっこ うアマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィに属 してず つ と そ こにべ った りしてた人たちで もそ こで就職 の道 を見つ けてはるや んか

?」

  :

⌒      私 「ああ― ,ラ イブハ ウスの店長 とか

?」

岩橋 「そ う ,  リハーサル スタジオの経営者 とかね」

私 「そ うい えば

O君

(同 じアマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィに属す るバ ン ドの人間

)な

んか

も卒業 してか ら今バ ン ドや りなが らP A3)の 修行 して るもんなあ」

岩橋 「で しょ ?バ ン ドや って るつていって もその時間が全 くの無駄 になるつてい うのはあ んま り無い と思 うよ」

私 「な るほ どね。あんま り無闇に悲観す る必要は無いか も しれ ないね」

赤井 「僕 もや つぱ りけつ こ うど うにで もな る と思 つてますね。まあ ,そ れ は単純 に僕 が駄 目な人た ち と長 く関わ り過 ぎて るつてだけか も しれ ませ んけ ど」

岩橋 「まあ ,と りあえず 1年 ガ ッツ リとや つてみ よ うよ」

井戸 「なん とで もな ります よ」

17

(19)

私 「そ うだね ,あ 1年 頑 張 つてみ よ うか」

赤井 「駄 日で もバ ン ドをす ぐに解散 して ど うこ うつてい うので も無いです しね」

.

では最初 にメンバー間での家庭 の状況 の違 いか ら考 えてみ よ う。まず最年長ベー シス ト の岩橋 は 2年 間の浪人 (高 校時代 か らのバ ン ド活動 を延長 していたため

)か

ら入学 してい る。そ して生まれ育 った神戸 を離れ現在 は京都 で下宿 を してい る

.次

にギターの赤井 も生 まれ育 った岐阜 を離れ て現在京都 に下宿 してい る。そ してギターボーカル の井戸 は 3回 生 の時の一年 間だけは下宿 を経験 していたが

,そ

れ以外 の期 間は下宿 を してお らず

,実

家 の 神戸 か ら電車で大学 に通 つてい る。以上の こ とか らまず

,下

宿 を してい る とい うこ と ,そ

して下宿 の期 間の長 さが ,こ の就職活動 とい う問題 に対す る反応 の違いになって現れ てい るのではないか と考 え られ る。つ ま り下宿 を始 めるこ とによつて親元 を離れ る と

,単

純 に 親や家族 との直接的 な対話や コ ミュニケー シ ョンは減 る と考 え られ る .そ の こ とに よつて 親 な どか らの就職へ の考 え方 の補正 がかか らず ,ま たアマチ ェアバ ン ドコ ミュニテ ィ等ヘ 参画す る時間が単純 に増 えるこ とに よっていわゆるコ ミュニテ ィ側 の思考 を獲得す る傾 向 にある と考 え られ る。大学生活 において ,親 元 を離れ た期 間が最 も長 いのは赤井 と岩橋 で

,

その期 間は入学 当初 か らの 4年 間である .次 に長 いのは私 で大学 2回 生か ら 4回 生 の間の

3年 間で ある .そ して最 も短いのが 1年 間の下宿 を行 つた井戸である .そ して就職活動 に 対 し最 もあつけ らかん とした楽観 的 な反応 を してい るのは赤井 と岩橋 で あ り

,次

いで私

,

井戸 の順 にその反応 をややナーバ スな ものに させ てい る。

次 に下宿 を してい るか ど うか とい うファクター と絡 まつて コ ミュニテ ィに所属す る他者 との関わ りの度合 い も変わって くる。アマチ ュアバ ン ドコ ミュニテ ィの人間 と関わ る場 と い うものはそのほ とん どがライブハ ウスあるいはライブ会場 となって くる .コ ミュニテ ィ の人間同士の個人的な交友や親睦の場 といった ものは勿論存在 してい るがそれ以上 に コ ミ ュニケー シ ョンの場 として大 きいのはや は リライブ会場 になつて くる .そ して ライ ブ会場 に居 る とい う単純 な時間に長短 に よつて も

,や

は リコ ミュニテ ィ との関わ りの深 さが変わ つて くるこ とになる◆一度 の ライ ブ とい うものは準備 も含 めてた くさんの時間 を必要 とす る。例 えばあるライ ブハ ウスで 3バ ン ド出演す るライブが行 われ る として

,1バ

ン ドの演 奏時間が転換込みの 45分 だ として 19時 開場 19時 30分 開演 の場合 ,出 演バ ン ドは遅 くと

も 16時 には ライブハ ウスに入 り ,  リハーサルや その他打 ち合 わせ を行 わなけれ ばな らな い。演奏終了予定の 21時 45分 までに拘束 され る時間は 6時 間近 くにな るわけである。更

18

(20)

にライブ終 了後 には打 ち上 げが用意 され る場合 が ほ とん どで

,打

ち上 げに参加 す るこ とは バ ン ド間のつなが りを作 り ,あ るいは強化 し ,コ ミュニテ ィヘの参画 な どにも直結 してい く重要 な ファクター で ある .こ こにおいて実家住 まいは若千 の不利 を受 けるこ とにな る。

おお よそ打 ち上 げが行 われ るのは片付 けの終 了 した後 であ り,そ の開始時 間はおお よそ 23 時か ら

24時

の間である。県外 か ら京都へ通 つてい る人間に とつて これ は実質的 に打 ち上 げに参加 出来 ない こ とを意味す る。 当然

,京

都 に住 んでい るメンバー宅へ泊 めて も ら う了 承 を取 り付 けて打 ち上 げに参加す る とい う選択肢 もあるが ,そ れ で もや は り翌 日以降の予 定や家庭状況

,頻

繁 に誰 かの家 に泊 ま るのははばか られ る とい つた諸 々の事情 に よつて毎 回 の打 ち上 げに参加す るこ とはや は り下宿 を してい る人間 よ りは困難 であ るこ とは間違い ない .こ の コ ミュニテ ィ成員 に対す るコ ミュニケーシ ョンを獲得す る場 に参加 しがたい と い う状況 はや は り

,関

わ りの度合 いの深 さの相違 となって現れ て くるのである

.

事例   ボ ロフェスターー コ ミュニテ ィのお祭 り‐ 一―

次 に私 とそのバ ン ド「スーパー ノア」 の所属 してい るコ ミュニテ ィを象徴す る大規模 な 音楽イベ ン ト「ボ ロフェスタ」 を紹介 したい。

ボ ロフェスタの歴史 は 2002年 に始 まる。それ か らおおむね毎年 の 10月 第 2週 末 に 2 日ない し 3日 に渡 つて京都大学西部講堂 と講堂前広場 において開催 され て きてい る。年 々 その規模 を増 してお り

,京

都 のアマチ ュア・ イ ンデ ィーズシー ンの中で大 きな存在 となつ てい る.発 起人 は「ロボ ピッチ ャー」 (バ ン ド ),「 Limited Express(has gone?)」 (バ ン ド

),

「ゆ― きゃん」 (ユ ニ ッ ト )と い う 3組 のイ ンデ ィーズアーテ ィス ト 4)に ライブハ ウス店 長 である 「 MCハ ブちゃん」 5)を 加 えた 4組 である。その理念 として 「メジャー ,イ ンデ ィー ズの垣根 を越 え 自分達 の本 当に良い と思 える音楽 を集 める」 ことを掲 げてお り 「音楽 好 きの

,音

楽好 きに よる

,音

楽好 きのための祭典」 として評 され る。

このイベ ン トが他 の音楽イベ ン トと異なった特性 として持 つてい るのが 「全 て手作 りで ある」 とい うことである。つ ま リイベ ンターやその他様 々な中間業者 を一切介 さず に

,全

て コ ミュニテ ィの人間や募集 によつて集 め られたボランテ ィアスタ ッフに よつてイベ ン ト が作 り上 げ られ てい る。観 客動員数 がのべ 5,000人 を優 に超す規模 のイベ ン トとして これ は極 めて異例 な ことで ある

.具

体的 にその作業 を挙 げてい くとライブハ ウス と同 じくブ ッ キ ング作業 ,ア ーテ ィス トヘの出演依頼 とその交渉 ,ス ポ ンサー (フ ライヤー 6)そ の他ヘ

の広告 と引き換 え

)を

と りつ けるた めの依頼交渉 ,フ ライヤーの注文・ 作成 ,フ ライヤー の配布

,各

種 宣伝や メデ ィアヘ の営業 ,ラ イ ブ会場 の構築

,大

道具

,炊

き出 し ,イ ベ ン ト

19

(21)

当 日の各種雑務 と多岐 に渡 つてい るが ,こ れ らを全 て前述 のスタ ッフだけで行 つてい る

c

この京都 のイ ンデ ィーズシー ンにおいて最大のイベ ン トは京都 で活動す る若 いバ ン ドマ ンたちに とつては非常に魅力的な ものである。前述の 4組 の意 向によ り京都 とい う土地で や つてい る とい う地元意識 を高 め るために

,京

都 の若 手アマチ ェアバ ン ドヘの出演依頼 も 多数行 われ てい る。知名 度 ,注 目度 が共 に高い このイベ ン トヘ の出演 を果 たす こ とはひ と つ の若手 のアマチ ュアバ ン ドに とつてはひ とつのステー タス となつてい る

.要

す るにバ ン ドに 「ハ クがつ く」 わけである .さ らに コ ミュニテ ィ内の若手バ ン ドの中か らい くつかを ピックア ップ し ,中 心の 4組 に加 えて 「共催」 とい う形 を とる。 コ ミュニテ ィの中心人物 の多 くは 30代 前後 の年齢 で あ り ,20代 の若手バ ン ドを積極的にひ つぱ りあげることによ つて京都 とい うシー ン全体 の活性化 にも一役 買つてい る。

このボ ロフェスタにスタ ッフ ,出 演者 として参力日してい る どうか とい うことはアマチ ュ アバ ン ドコ ミュニテ ィに どれ ぐらい深 く関わつてい るかを判断す る上で大 きな指標 となっ て くる cコ ミュニテ ィに とつて最大 のイベ ン トであ り最 も多 くの コ ミュニテ ィ成員 が集 ま る ,そ して半年 間 もの準備期 間を経 て催 され るこのイベ ン トに関わ る とい うこ とは嫌 が上 に もコ ミュニテ ィ成員間の コ ミュニケー シ ョンが行われ る とい うことであ り ,こ のイベ ン

トヘ の関わ り方如何 で コ ミュニテ ィヘの関わ りの深 さが計れ る とい うことは当然 である と 私 は考 える .次 のま とめでは このイベ ン トヘ の関わ りの深 さの違 う人物 を数人 ピックア ッ プ し ,そ れ ぞれ に考察 を してい きたい

.

3  ま とめ一逸脱状況への肯定性 の獲得度合 いの違いについて考察 ―

a  私 とスーパー ノアの場合

私 のバ ン ド「スーパー ノア」は 2005年 に行 われ たボ ロフェスタにおいて 「共催バ ン ド」

として ピックア ップ され た

.ボ

ロフェスタの本格的な準備 が始まるのはイベ ン ト当 日か ら

1週 間前程度 ではあ るが主催 の数組 は半年 ほ どの期間 をか けて幾度 かの会議 を重ね る。そ の中で各 々に役割 が 当て られてい くことにな るが ,ス ーパー ノアの場合 はい くつかの広告 を とるた めの営業 に コ ミュニテ ィの先輩へ付 いてい くな どがあつた eこ れ らの過程 を通 し て コ ミュニテ ィの中でのバ ン ドの地位や責任 とい った ものを獲得 していったのである。 さ らに主催 ス タ ッフ としてだけでな く ,出 演者 として も初 日の トップバ ッター としての出演 を果 た した

.ボ

ロフェスタには西部講堂 (lststage)と 講堂前広場 の野外 ステー ジが大小

(順 に 2ndstage,3rdstage)2つ ,合 わせ て 3つ のステー ジが設置 されてお り ,私 た ちが

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参照

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