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Methodology or Ethos?: What is Realism in Political Theory?

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

Methodology or Ethos?: What is Realism in Political Theory?

山岡, 龍一

放送大学教養学部 : 教授

https://doi.org/10.15017/2230964

出版情報:政治研究. 66, pp.1-31, 2019-03-31. Institute for Political Science, Kyushu University

バージョン:

権利関係:

(2)

方 法 論 か エ ー ト ス か ?

︱︱ 政治 理論 にお ける リア リズ ムと は何 か︱

山 岡 龍 一

(3)

はじ めに 近年

︑英 語圏

︑と りわ けイ ギリ スの 規範 的政 治理 論の 領域 にお いて

︑リ アリ ズム

︵r ea li sm

︶の 復権 と呼 べる 現象 があ る︒ しか し︑ 現実 主義 とも 訳さ れる この

﹁リ アリ ズム

﹂と いう 言葉 は︑ 政治 学に おい て古 典的 な用 語で ある

︒い った い なぜ

﹁復 権﹂ なの か︑ そし てそ の意 味は 何で ある か︑ とい う問 いが 当然 浮上 する

︒し かも

︑こ のリ アリ ズム とい う用 語 で︑ 何が 意味 され てい るの かも

︑必 ずし も自 明で はな い︒ 本稿 は︑ この 問い を追 究す るこ とで

︑﹁ 政治 理論 とは 何か

﹂と いう より 一般 的な 問い を批 判的 に検 討す るこ とを 目指 す︒ この 現象 を有 意義 に理 解で きる 解釈 を探 るこ とで

︑政 治理 論 とい う営 みの 反省 を促 し︑

﹁優 れた 政治 理論 とは 何な のか

﹂と いう より 特殊 な問 いに 関し て︑ 根本 的な 問い が提 起で きる こと を示 すつ もり であ る︒ 一. 用語 の確 認︱

︱﹁ 政治 理論 にお ける

﹂リ アリ ズム まず

︑用 語を 明確 化し てお こう

︒問 題と なっ てい る現 象を 表わ すた めに 必要 な区 別と して

︑D

・ラ ンシ マン はI Rリ アリ ズム

︵I nt er na ti on al Re la ti on Re al is m︶ とP Tリ アリ ズム

︵P ol it ic al Th eo ry Re al is m︶ とい う用 語を 提示 して いる

︒ およ そ政 治学 に携 わる 者な ら︑ 自ら を﹁ 非現 実的 だ﹂ と称 する わけ はな いは ずだ

︑と いう 想定 の下

︑我 々が 対象 とす る 人々 は︑ 二つ の思 想と の対 比で その アイ デン ティ ティ を得 ると ラン シマ ンは 主張 する

︒つ まり

︑一 方に おけ る道 徳主 義

︵m or al is m︶ と︑ 他方 にお ける 国際 関係 リア リズ ムも しく はレ アル ポリ ティ ーク

︵R ea lp ol it ik

︶で ある

︒そ の上 で︑ それ ぞれ を象 徴的 に表 す人 物の 名前 を使 いな がら 彼は

︑こ こで の主 題が PT リア リズ ムで あり

︑そ れは

﹁ロ ール ズと キッ シ ンジ ャー のあ いだ のど こか

﹂に ある のだ と指 摘す る︵ Ru nc im an 20 17 :3

︶︒ これ は︑ 極め て有 益な 議論 の始 め方 であ る︒ だが

︑さ らな る洗 練化 が必 要だ ろう

︒ま ずI Rリ アリ ズム その もの が多 義的 であ り︑ それ をレ アル ポリ ティ ーク と同 一視 する のは 単純 に過 ぎる

︒例 えば

︑こ の伝 統の 古典 とさ れる E・ H・ カー

(4)

やH

・モ ーゲ ンソ ーの 議論 にし ても

︑近 年の 研究 は単 なる 権力 政治 の追 求に 還元 でき ない とし てい る︵ 西村 二〇 一二

;宮 下二

〇一 二; Sc he ue rm an 20 09

︶︒ IR リア リズ ムと いう 伝統 を︑ 道徳 と政 治︵ 権力

︶の 観点 から 考察 すれ ば︑ そこ には 様々 な両 義性 が見 出さ れ(

)

︒少 なく とも

︑国 際関 係論 にお ける リベ ラリ ズム

/リ アリ ズム 論争 から 生じ た︑ ネオ リア リ ズム

︵n eo re al is m︶

︵し ばし ば︑ 構造 的リ アリ ズム

︵s tr uc tu ra lr ea li sm

︶と 呼ば れる

︶と いう 潮流 があ

(

)

︒し たが って こ こで は︑ この 新潮 流を NI Rリ アリ ズム とし

︑カ ーや モー ゲン ソー に代 表さ れる 伝統 を︑ 古典 的︵ Cl as si ca l︶ IR とい う 意味 でC IR リア リズ ムと 呼ぶ

︒ かか る区 別が 可能 なら ば︑ PT リア リズ ムも

︑C PT とN PT リア リズ ムに 区別 でき そう であ る︒ しか しこ の区 別に は若 干の 注意 が必 要で あろ う︒ 本稿 の考 察対 象は NP Tリ アリ ズム であ ると して

︑こ のカ テゴ リー に属 する 議論 の新 し さ︵ 固有 性︶ を説 明す るの が︑ 本稿 の目 的と なる

︒し かし 実際 はこ うし た議 論が しば しば

︑自 らの 立場 を説 明す るた め に︑ リア リズ ムの 古典 を引 き合 いに 出し てい るの であ る︒ つま り︑ CP Tリ アリ ズム との 連続 性を 強調 する 傾向 があ り︑ この 点で

︑C IR との 非連 続性 を意 識し て生 まれ たN IR リア リズ ムの 同定 と︑ かな り事 情が 異な ると いわ ざる をえ な い︒ CP Tと NP Tリ アリ ズム の違 いに つい ては

︑本 稿の 論述 によ って 明ら かに した い︒ 同時 に注 意す べき なの が︑ CI Rリ アリ ズム とN PT リア リズ ムと の関 係性 であ る︒ ラン シマ ンが 示す よう に︑ NP Tリ アリ ズム は一 般に かな り意 識的 にN IR リア リズ ムと 距離 を置 く︵ Ge us s2 01 0: x︶

︒し かし

︑既 に述 べた よう にN P Tリ アリ ズム はそ の源 泉と して CP Tリ アリ ズム を示 すこ とが 多い ため

︑C IR リア リズ ムと の区 別が 曖昧 にな る︒ な ぜな ら︑ CI Rリ アリ ズム もま た︑ CP Tリ アリ ズム との 連続 性を 強調 する から であ る︒ 一般 に次 のリ スト が︑ リア リ ズム の古 典と して 理解 され てい る︒ すな わり

︑ト ゥキ ディ デス

︑ア ウグ ステ ィヌ ス︑ マキ アヴ ェッ リ︑ ホッ ブズ

︑ヒ ュー ム︑ ニー チェ

︑ウ ェー バー

︑シ ュミ ット 等で あり

︑こ れに パブ リア ス︵ つま り﹃ ザ・ フェ デラ リス ト﹄ の著 者達

︶を 加 えて もよ

(

)

︒こ のリ スト は︑ 政治 の理 論の みな らず 実践 でも

︑リ アリ ズム を説 明す る際 に頻 繁に 利用 され る︑ 汎用 性の 高い もの だと いえ る︒ NP Tリ アリ ズム の同 定に とっ て問 題と なる のが

︑こ のリ スト にC IR リア リズ ムの 古典

︑例 え ばカ ーや モー ゲン ソー 等を 付け 加え られ るか 否か であ る︒ これ に関 して は︑ 肯定 派︵ Sc he ue rm an 20 13

;S le at 20 17

;

(5)

Mc Qu ee n2 01 8︶ もい るが

︑多 くの 論者 が否 定と いう より は無 視・ 無関 心と いう 態度 を示 して いる

︒本 稿と して は︑ CP Tと NP Tリ アリ ズム の関 係性 を明 確化 する こと で︑ この 問題 の理 解の 仕方 を示 した い︒ 以上 のよ うな 用語 上の 区別 を前 提に して

︑以 下の 論述 にお いて リア リズ ムが 論じ られ ると き︑ それ はつ ねに NP Tリ アリ ズム が対 象と なっ てい るこ とを 確認 して おき たい

︒そ して 必要 に応 じ︑ NP T︑ CP T︑ CI R︑ NI Rと いっ た 区別 が使 用さ れる だろ う︒ 二. 基本 テー ゼ︱

︱ゴ イス とウ ィリ アム ズか ら リア リズ ムは かな りの 数の 研究 と論 争を 生み 出し てお り︑ 日本 でも この 論点 と論 争は ある 程度 紹介 され てき

(

)

︒こ こ では まず

︑リ アリ ズム が注 目さ れた 端的 な契 機と

︑そ こで の問 題提 起を 明ら かに した い︒ リア リズ ムの 名で なさ れる 議 論は

︑政 治理 論の 伝統 の中 で継 続的 にな され てき たと いえ る︒ これ が独 自の 現象 とし て広 く認 識さ れる きっ かけ とし て は︑ リア リズ ムを テー マと した 特集 が︑ 雑誌 Eu ro pe an Jo ur na lo fP ol it ic al Th eo ry ,v ol .9 (2 01 0) にお いて 組ま れた こと

︑ そし てそ こで リベ ラル な徳 性論 で有 名な W・ ギャ ルス トン が︑ 一種 の宣 言文 に近 い論 文を 発表 した こと に求 めら れる

︒ ギャ ルス トン はリ アリ ズム を︑

﹁理 想理 論﹂ に対 して 批判 し代 替案 を提 示せ んと する 一群 の思 想家 達に よる

︑現 在勃 興し つつ ある 運動 を指 すも のと して 理解 し︑ その 中に は︑ 哲学 者︑ 政治 理論 家︑ 政治 科学 者と いっ た︑ 多様 なジ ャン ルに 属 する 者が 含ま れる とし た︒ 彼が 列挙 した 人物 名は

︑B er na rd Wi ll ia ms ,S tu ar tH am ps hi re ,J oh nD un n, Gl en Ne we y, Ri ca rd Be ll am y, Ge of fr ey Ha wt ho rn e, Ra ym on dG eu ss ,J oh nG ra y, Wi ll ia m Co nn ol ly ,B on ni eH on ig ,C ha nt al Mo uf fe , Ma rk Ph il p, Qu en ti nS ki nn er ,J ud it hS hk la r, Je re my Wa ld ro n, St ep he nE lk in であ る︵ Ga ls to n2 01 0: 38 6︶

︒彼 自身 認め る よう に︑ この リス トは ある 種﹁ ごっ た煮

﹂で あり

︑こ れだ けで 分析 でき るこ とは あま りな い︒ それ にも かか わら ずこ の リス トを 提示 した のは

︑そ こに はあ る種 の感 情や テー マの 共有 があ ると いう 彼の 直感

︑︿ 現在 何か が起 こっ てい る﹀ とい う彼 自身 の時 代把 握感 覚に よる ので あり

︑そ れゆ えに この 論文 は︑

﹁宣 言文

﹂の よう に映 る︒ 我々 に必 要な のは

︑こ のリ

(6)

スト も依 拠し た︑ さら なる 分析 であ る︒ ギャ ルス トン の説 明に おい て特 に分 析が 必要 な用 語が

︑﹁ 理想 理論

︵i de al th eo ry

︶﹂ であ る︵ この 用語 の方 法論 争上 で の特 殊な 意味 につ いて は後 に検 討す る︶

︒こ こで はこ の雑 誌に 寄稿 され た多 くの 論文 に共 通す る論 点の 関係 から

︑こ の 用語 の意 味を 明ら かに した い︒ ラン シマ ンが 指摘 した よう に︑ リア リズ ムの 主た る特 徴と して 道徳 主義 批判 とい う要 素 があ る︒ 理想 理論 で言 われ てい るこ とは この 要素 に対 応し

︑そ の具 体的 な対 象は

︑ロ ール ズに 代表 され る現 代の 分析 的 政治 理論 の主 流派 であ る︵ Ga ls to n2 00 9︶

︒現 代の

︵規 範的

︶政 治理 論に

︑ロ ール ズ産 業と 呼べ る潮 流が ある こと は︑ 二

〇世 紀後 期に おけ るロ ール ズ政 治理 論の 衝撃 と影 響を 考え るな ら︑ 特段 の説 明の 必要 もな いで あろ

(

)

︒他 方︑ 批判 する 側に もキ ーパ ーソ ンが いる

︒こ の雑 誌の 論者 のみ なら ず︑ リア リズ ム論 者の 多く がそ の名 前を あげ るの が︑ R・ ゴイ ス とB

・ウ ィリ アム ズで あ(

)

︒ リア リス トが 注目 する ゴイ スと ウィ リア ムズ の議 論に は︑ リベ ラリ ズム 批判 とい う理 論の 実質 に関 する もの と︑ 政治 理論 の方 法論 に関 する もの があ る︒ ロー ルズ が︑ この 両方 の点 で圧 倒的 に影 響力 があ るた め︑ この 二つ はし ばし ば分 離 され ずに 論じ られ る︒ ここ では 以下 に︑ 理想 理論 批判 とし ての リア リズ ムの

︑基 本的 な考 え方 を明 確化 する こと に努 め たい

︒最 も基 底的 な考 え方 は︑

﹁政 治理 論は 応用 倫理 学で はな い﹂ とい うフ レー ズに 表さ れる

︒ゴ イス によ れば

︑ わた しが 退け よう とし てい る考 えに よれ ば︑ 最初 に倫 理学 の仕 事を 仕上 げる こと で︑ 我々 がい かに 行為 すべ きか

︑と いう 問題 を扱 う理 想理 論が 獲得 され

︑そ の上 で第 二段 階と して

︑こ の理 想理 論が 政治 の行 為者 の行 為に 適用 する こと がで きる

︑と いう こと にな って いる

︒⁝

⁝理 想理 論と して の﹁ 純粋

﹂倫 理学 が最 初に

︑そ の次 に︑ 応用 倫理 学が 成立 する ので あり

︑政 治学 は応 用倫 理学 の一 種で ある

︑と いう こと にな って いる

︵G eu ss 20 08 :8

︶︒ 他方

︑ウ ィリ アム ズも

︑現 代の 政治 理論 にお ける 二大 潮流 であ る︑ 功利 主義 とロ ール ズ主 義の 両者 に共 通す る性 質が あ るこ とを

︑以 下の よう に論 じて いる

(7)

両者 はと もに

︑政 治的 なも のに 対す る道 徳的 なも のの 優位 を表 象し てい る︒

︹功 利主 義︺ の下 では

︑政 治は

︵か なり 大 雑把 にい って

︶道 徳的 なも のの 道具 とな って いる

︒︹ ロー ルズ 主義

︺の 下で は︑ 政治 が正 当に

︵r ig ht fu ll y︶ 行な いう る こと に関 する 制約 を︵

﹃正 義論

﹄に おい ては

︑大 変厳 しい 制約 を︶

︑道 徳が 課す こと にな って いる

︒双 方に おい て︑ 政 治理 論は 応用 道徳 のよ うな もの とな って いる

︵W il li am s2 00 5: 2︶

︒ かか る批 判に 伴い 提示 され る標 語が

︑﹁ 倫理 第一 主義 から 政治 第一 主義 へ﹂ とい うも ので ある

︒ウ ィリ アム ズは

︑秩 序 の確 保︑ つま り安 全︵ se cu ri ty

︶の 問題 こそ が︑ 第一 の政 治的 問題

︵t he fi rs tp ol it ic al qu es ti on

︶だ とす る︒ なぜ なら

︑こ れは 時代 や場 所を 超え て普 遍的 に要 求さ れる 問題 であ り︑ 道徳 的問 題を 含め たあ らゆ る問 題の 解決 は︑ この 第一 の問 題 の解 決を 必要 とす るか らで ある

︵W il li am s2 00 5: 3︶

︒同 様に ゴイ スも

︑自 らの 立場 を﹁ 倫理 第一 主義

︵e th ic s- fi rs t︶

﹂の 否 定と しな がら

︑適 切な 政治 理論 の在 り方 を︑ 四点 に分 けて 説明 して いる

︒つ まり

︑① 政治 理論 は︑ 現実 の制 度の 作用 と︑ その 下で 行為 する 人々 の実 際の 行為 に注 意を 払う とい う意 味で

︑リ アリ スト でな けれ ばな らな い︒

②政 治が 第一 義的 に 関わ るも のは

︑信 念や 命題 では なく

︑行 為と その 文脈 であ るこ とを

︑政 治理 論は 認め ねば なら ない

︒③ 政治 とい うも の が︑ 歴史 の中 に位 置づ けら れた もの であ ると いう 事実 を︑ 政治 の研 究は 必ず 反映 しな けれ ばな らな い︒

④政 治は

︑理 論 の応 用と いっ た営 みと いう より は︑ 技能

︵c ra ft

︶や 技巧

︵a rt

︶の 行使 のよ うな もの であ るこ とを

︑政 治理 論は 忘れ ては いけ ない

︒こ うし た四 つの 命題 から ゴイ スが 主張 する のが

︑現 実の 人間 を動 かす もの への 注視 の必 要性 であ り︑ 権力 や イデ オロ ギー とい った もの が歴 史の 中で 実際 に作 用す る様 の研 究の 重要 性で あ(

)

︒ かか る立 場を 表明 する 際に ウィ リア ムズ とゴ イス が言 及す るの がホ ッブ ズで ある

︒ホ ッブ ズこ そ︑ 道徳 的対 立の 道徳 内在 的解 決の 不可 能性 を直 視し

︑秩 序の 問題 に縮 刷し た意 味で の政 治の 第一 主義 を唱 えた 政治 理論 家だ とさ れる

︒自 然 権︵ 自然 法︶ 思想 家で もあ るホ ッブ ズを

︑政 治第 一主 義者 とす る解 釈に は︑ いさ さか の躊 躇を 覚え るが

︑S

・ウ ォー リ ンが

﹁彼 は︑ 政治 的な もの の感 じ方 で︑ 我々 が失 って しま った もの が何 であ るか を教 えて くれ る﹂

︵W ol in 19 60 :2 88

=三 三五

︶と して いる よう に︑ 自然 状態 と国 家と の対 比と

︑そ の緊 張関 係を 描く ホッ ブズ の政 治理 論に

︑こ の性 質を 帰す る

(8)

こと は不 自然 では ない

︒だ が︑ 思想 史的 にい って 更に 問題 とな るの が︑ 倫理 第一 主義 批判 とい う営 みの 固有 性で ある

︒ NP Tリ アリ ズム の標 的が ロー ルズ のよ うな 道徳 主義 だと して

︑か かる 批判 対象 が新 しい もの かと いう と︑ そう では な いか らで ある

︒プ ラト ンを 引き 合い に出 すま でも なく

︑政 治に 対す る倫 理の 優位 性の 主張 は伝 統的 なも ので あり

︑政 治 理論 の伝 統で は多 数派 であ ると さえ 言え る︒ 例え ばジ ェン トル マン の息 子へ の教 育指 針を 書い た書 簡の 中で ロッ クは

﹁わ たし は真 の政 治学 は道 徳哲 学の 一部 だと 思い ます

﹂と 述べ てい

(

)

︒そ して カン トは

﹁道 徳と は︑ 無条 件に 従う べき 命 令を 示し た諸 法則 の総 体で ある

﹂と 記し た直 後に

﹁実 践の 法学 であ る政 治と

︑理 論的 な法 学で ある 道徳 のあ いだ に争 い はな い﹂

︵K an t1 91 4: 45 6= 二一 四︶ と主 張し てい た︒ NP Tリ アリ ズム に新 しさ があ ると すれ ば︑ 倫理 第一 主義 批判 とい う特 徴に

︑ど のよ うな 固有 性が 求め られ るだ ろう か︒ 政治 思想 史的 に転 換点 を求 める なら

︑そ れは 二〇 世紀 のロ ール ズで はな く︑ 一八 世紀 のカ ント にな るで あろ う︒ 先 に引 用し たロ ック の書 簡を 検討 する なら ば︑ そこ で道 徳哲 学の 著作 の例 だっ たの は︑ キケ ロの

﹃義 務に つい て﹄ とプ ー フェ ンド ルフ の﹃ 人間 と市 民の 義務 につ いて

﹄お よび

﹃自 然法 と万 民法 につ いて

﹄で あっ た︒ そし て何 より も重 要な の は︑ そこ でロ ック はこ うし た道 徳哲 学の 前に

︑リ ウィ ウス をは じめ とす る歴 史書 を︑ 実践 の導 きと して 学ぶ べき こと を 教授 して いる 点で ある

︒そ して

︑こ の書 簡と ほぼ 同じ 内容 をも つロ ック の他 の教 育論 では

︑ロ ック は政 治学 を二 つの 部 門に 分け

︑一 つは

﹁社 会の 起源 と︑ 政治 権力 の起 源と 限界 に関 する もの

﹂と し︑ もう 一つ を﹁ 社会 の中 にい る人 間統 治 の技 巧に 関す るも の﹂ して いた

︒前 者に 関し ては プー フェ ンド ルフ の二 著に 加え て︑ フー カー の﹃ 教会 統治 論﹄ とA

・ シド ニー の﹃ 統治 論﹄

︵そ して 自ら の﹃ 統治 二論

﹄︶ を︑ 後者 につ いて は自 国︑ つま りイ ング ラン ドの 歴史 書を 推薦 して い(

)

︒こ こに 見ら れる のは

︑理 論︲ 応用 関係 にあ ると いう より は︑ 道徳 哲学 と政 治哲 学が

︑歴 史研 究を 媒介 とし て融 合 され てい るよ うな 理解 であ り︑ ジェ ント ルマ ンの 息子 とい う未 来の 政治 的行 為者 が学 ぶべ き実 践的 教養 が︑ かか る融 合 とし て提 示さ れて いる 様で ある

︒こ うし た実 践学 的志 向は

︑幾 何学 を範 にす る政 治の 科学 を目 指し たホ ッブ ズ以 上に

︑ リア リズ ム的 なも のだ とい える

︒こ のこ とに 鑑み ると

︑大 きな 転換 点は むし ろカ ント であ

(10

)

︑カ ント 主義 哲学 のロ ール ズに 対す る影 響を 考え るな ら︑ NP Tリ アリ ズム の批 判の 焦点 は︑ 単な る道 徳主 義も しく は倫 理第 一主 義と いう より は︑

(9)

カン ト主 義に 影響 を受 けた 分析 的政 治理 論の 潮流 だと いう 仮説 が浮 上し てく る︒ こう した 道徳 主義 批判 と一 体と なっ たリ アリ ズム のテ ーゼ とし て︑ ギャ ルス トン をは じめ とし た人 々が 指摘 する のが

︑ 政治 の自 律性

︵a ut on om y︶ であ る︵ Ga ls to n2 01 0: 39 0- 39 4; Sl ea t2 01 6: 32

︶︒ つま り︑ 理論

︲応 用モ デル に依 拠す る道 徳主 義が

︑政 治を 道徳 に還 元し てし まう のに 対し

︑か かる 還元 可能 性を 否定 する 立場 が︑ リア リス トの 中に 見い だせ る︒ し かし これ もま た古 典的 なリ アリ スト や︑ 既存 のリ ベラ リズ ム批 判の 中に も見 出せ る見 解で ある

︒例 えば モー ゲン ソー は

﹁経 済⁝

⁝︑ 倫理

︑美 学︑ 宗教 とは 別の

︑行 為と 理解 の自 律し た領 域﹂ とし て政 治を 理解 する こと を政 治的 リア リズ ムの 根本 的な 特徴 とす ると いう

︑明 らか にシ ュミ ット を思 わせ る主 張を して い(11

)

︒あ るい は︑ 非政 治的 なリ ベラ ルへ 向け ら れた B・ クリ ック の批 判は

︑政 治の 自律 性と とも にそ の擁 護の 主張 であ った こと を︑ 想い 出せ ばよ い︵ Cr ic k1 99 2: 12 3f .︶

︒ この 点に 関し てN PT リア リズ ムの 特徴 は︑ ロー ルズ 批判

︑と いう より は﹃ 正義 論﹄ の成 功の 結果 生じ た政 治理 論の 支 配的 な研 究傾 向へ の批 判︑ に求 めら れる

︒ロ ール ズが 正義 を﹁ 第一 の徳

︵t he fi rs tv ir tu e︶

﹂と 主(12

)

して 以来

︑善 に対 する 正の 優位 とい う仕 方で

︑現 代リ ベラ リズ ムの 道徳

・政 治理 論に おい て義 務論 的傾 向が 主流 とな っ(13

)

︒こ れは リア リズ ム 批判 にお いて は︑ 政治 に対 する 道徳 の優 位と いう 問題 とし て表 象さ れる

︒ ここ で︑

﹁政 治の 自律 性﹂ テー ゼに つい て若 干の 分析 をし てお きた い︒ なぜ なら この テー ゼは

︑こ のま まで はき わめ て 曖昧 な意 味し か持 たな いか らで ある

︒マ ック イー ン︵ Mc Qe en 20 18 :2 46 -2 47

︶の 問題 提起 を参 考に して

︑以 下の よう な三 解釈 が可 能だ とい える

︒第 一が

︑字 義通 りの 自律 性︑ つま り存 在論 的独 立性 を主 張し てい ると いう 解釈 であ る︒ これ は 政治 の他 の領 域へ の非 還元 性を 最も 強度 のあ る仕 方で 主張 する こと を意 味す る︒ 第二 が︑ 政治 は独 自の 性質 や論 理を も つ活 動と して

︑他 の人 間活 動と 区別 して 認識 する こと がで きる し︑ その よう にし た方 がよ い︑ とい う主 張を 伴う 解釈 で ある

︒こ れは 認識 や解 釈の 上で の領 域的 別離 可能 性を 土台 に︑ ある 一定 の仕 方の 認識 や解 釈を 正当 化し よう とす る営 み だと 理解 でき る︒ 第三 が︑ 政治 の領 域と 道徳 の領 域が 相互 に深 く絡 まり 合っ てい るこ とを 指摘 する こと で︑ 政治 を道 徳 へと 還元 する こと の不 合理 を主 張し てい ると いう 解釈 であ る︒ この 立場 はこ うし た消 極的 なテ ーゼ に加 えて

︑政 治は 他 のあ らゆ る領 域と も絡 まり 合っ てい ると いう

︑政 治に 独自 の性 質が ある こと を指 摘し

︑そ の意 味で 政治 が特 別の 身分

︵つ

(10)

まり

︑﹁ 棟梁

(14

)

﹂と もい える 身分

︶を もつ こと を主 張す

(15

)

︒ リア リズ ムの 理論 家達 は必 ずし もこ の三 つの 理解 の区 別を 意識 して いな いが

︑第 一の 解釈 が支 持し がた いこ とは 明ら かで ある

︒も しも この 解釈 をと るな ら︑ 政治 は﹁ 政治 的な るも の﹂ によ って のみ 正当 に理 解で きる とい う︑ トー トロ ジー に陥 って しま う︒ さら には

︑﹁ 権力

﹂の よう な︵ たい てい は恣 意的 な仕 方で

︶特 殊政 治的 だと され る価 値に あら ゆる 政治 を還 元す ると いう

︑あ まり 生産 的で ない 別の 還元 論に 陥っ てし まう 危険 性が ある

︒し たが って

︑第 二と 第三 の解 釈の 方 が有 望で ある が︑ おそ らく

︑N PT リア リス トが コミ ット する のは 第三 のも のだ と思 われ る︒ なぜ なら

︑先 のロ ール ズ 主義 批判 の文 脈か ら出 てき た︑ 影響 力の ある テー ゼが

︑﹁ 正義 から 正統 性へ

﹂と いう もの だか らで ある

︒ロ ール ズ以 降︑ 正義 の研 究が 活況 を呈 した こと は言 うま でも ない

︒こ のこ と自 体︑ 研究 者共 同体 にあ る種 のト レン ドが ある こと が不 可 避な のだ から

︑そ れほ ど問 題の ない こと かも しれ ない

︒し かし リア リス トの 多く は︑ こう した 偏向 が政 治の 理解

︵と り わけ

︑政 治を 研究 する 者の 政治 の理 解︶ その もの に与 える 影響 を危 惧し てい るの であ る︒ そし てこ れに 対抗 して 提示 さ れる のが

︑特 殊政 治的 な倫 理的 価値

︵S ig wa rt 20 13

︶で あり

︑第 三の 意味 での 政治 の自 律性 と調 和す る価 値で ある

︑正 統 性︵ le gi ti ma cy

︶の 概念 なの であ る︵ Ru nc im an 20 12 :6 6︶

︒ 実際

︑ゴ イス もウ ィリ アム ズも

︑正 統性 に格 段の 注意 をは らっ てい る︒ 問題 とな るの は単 なる 正統 性で はな く︑ 政治 的正 統性

︑と りわ けウ ェー バー の国 家の 定義 にあ るよ うな

︑一 定領 域内 で暴 力の 独占 を正 当化 でき る根 拠と して の政 治 的正 統性 であ る︒ リア リス ト達 の正 統性 論に 顕著 な特 徴と して

︑歴 史性 の強 調が ある

︒ゴ イス は︑ 集合 的行 為︵ とり わ け暴 力︶ の理 由づ けで ある 正統 性の 形態 が︑ 不可 避的 に人 間の 行為 によ って 影響 を受 ける もの であ るが ゆえ に︑ 時代 や 社会 によ って さま ざま に異 なる こと を強 調す る︒ 政治 的行 為者 にと って 具体 的な 時点 で︑ 具体 的な 事柄 に関 する 特定 の 政策 につ いて

︑正 統性 を付 与で きる か否 かは

︑最 も重 要な 問題 であ ると しな がら ゴイ スは

︑そ うし た能 力は 特定 の文 脈 に配 慮し なけ れば 得ら れな いの であ り︑ しか も︑ その 正統 性の 内容 に関 して

︑そ れが 混乱 して いた り矛 盾を はら んで い たり して いる こと を︑ 政治 的行 為者 は受 け入 れな けれ ばな らな いと 主張 する

︵G eu ss 20 08 :3 4-(16

3)

6︶

︒そ して 政治 的正 統性 に関 して

︑そ れは 理由 づけ では ある が︑ 怜悧 に基 づく 道具 的な 正当 化や

︑道 徳的 公理 に訴 える 倫理 的な 正当 化に も還 元

(11)

でき ない 理由 づけ であ るこ とに

︑ゴ イス は注 意を 促し てい る︵ Ge us s2 00 1b :3 5- 37

︶︒ 同様 にウ ィリ アム ズも

︑政 治的 正統 性の 可変 性と 歴史 性を 強調 する が︑ ある 種の 普遍 性も 強調 して いる

︒既 にみ たよ うに 彼は

︑第 一の 政治 的問 題と して

︑す べて の協 調可 能性 の条 件で ある 秩序 や安 全︑ そし て︵ 相互

︶信 頼の 確保 をあ げ︑ それ を普 遍的 課題 とし た︒ この 課題 を歴 史上 実際 に担 って きた のが 国家 であ り︑ この 役割 を果 たす うえ で国 家が 援用 し てき たの が︑ 暴力 に基 づく 恐怖 と︑ 統治 の正 統性 だっ たの であ る︒ 恐怖 だけ では この 仕事 を果 たす こと はで きな い︒ な ぜな らそ の場 合︑ 解決 策そ のも のが 問題 とな って しま うか らで ある

︒し たが って 国家 には

︑政 治的 役割 を果 たす ため に 特殊 な正 統性 が必 要と なる

︒彼 はそ れを BL D︑ つま り﹁ 基本 的な 正統 性要 求︵ Ba si cL eg it im ac yD em an d︶

﹂と 呼ん で いる

︵W il li am s2 00 5: 4︶

︒ BL Dが BL Dで ある ため に必 要な 要素 とし てウ ィリ アム ズが 主張 する のが

︑受 容可 能性

︵a cc ep ta bi li ty

︶で ある

︒国 家は

︑政 治的 問題 に何 らか の解 決を もた らす が︑ その 解決 策が 人々 にと って 受容 可能 なも ので なけ れば なら ない

︒そ の 上で 彼が 強調 する のが

︑何 らか のB LD が受 容可 能で ある 理由 は︑ その 内容 によ るの では なく

︑被 治者 の承 認に よる と いう 点で ある

︒つ まり

︑リ ベラ ルで ある とか 正義 に適 うと いっ た︑ 何ら かの 道徳 原理 の充 足に よっ て正 当化 がな され る ので はな い︒ 人々 が実 際に 承認 する とい う事 実が

︑決 定的 に重 要な ので ある

︒か かる 承認 の有 無が

︑政 治的 服従 と隷 従︑ つま り市 民と 奴隷 の違 いを 生む

︒つ まり BL Dこ そが

︑政 治と 非政 治を 分か つ規 準と なる

︒第 一の 政治 的問 題を 具体 的 に解 決す るた めに は︑ 何ら かの 権力 行使 が必 要で あり

︑そ れは 抑圧 する 者と 抑圧 され る者 を生 みだ すで あろ う︒ BL D 的に 問わ れる べき は︑ この 時抑 圧さ れた 者に とっ て︑ この 解決 策が 問題 では なく

︑解 決だ と承 認さ れな けれ ばな らな い︑ とい うこ とで ある

︒そ うで ない なら

︑こ れは 解決 では なく

︑問 題の 継続 ない しは 増加 であ り︑ 換言 すれ ば︑ 政治 では な く支 配︵ do mi na ti on

︶で ある こと にな る︒ した がっ て︑

﹁力

︵m ig ht

︶は 正︵ ri gh t︶ を含 意し ない

︒権 力は それ 自体 で正 当化 する こと はな い﹂ とい うの が︑ 基本 公理 だと され る︵ Wi ll ia ms 20 05 :5

︶︒ かく して BL Dの 内容

︑つ まり その 実質 的な 妥当 性は

︑具 体的 な文 脈に よっ ての み決 定さ れう る︒ では

︑そ の妥 当性 をど のよ うに して 測る こと がで きる のか

︒︵ 普遍 的な

︶道 徳原 理に 訴え るこ とが でき ない 以上

︑そ れは 経験 的で 歴史 的な

(12)

方法 によ るし かな い︒ しか し︑ 政治 的な 規範 であ るB LD を統 治の 事実 から

︑何 らか の規 準な しに 引き 出す とす れば

︑ それ は単 なる 相対 主義 にな らざ るを えな い︵ これ は︑ 政治 の自 律性 に関 する 第一 の解 釈︑ つま り﹁ 存在 論的 独立 性﹂ の 解釈 にま つわ る問 題性 と同 じ恣 意性 をも つ︶

︒そ こで ウィ リア ムズ は︑ 道徳 原理 によ る基 準で はな く︑ 解釈 原理 によ る規 準を 提示 する

︒つ まり

︑﹁ 何ら かの 正当 化が 受容 され たと して も︑ その 受容 その もの が︑ 正当 化さ れる とさ れる 当該 の強 制権 力に よっ てつ くら れて いる 場合

︑そ の受 容は 妥当 性を もた ない

﹂と いう

﹁批 判理 論原 理︵ th ec ri ti ca lt he or yp ri nc i- pl e︶

﹂で ある

︒こ の原 理に は一 般的 な定 式化 がな され てい る︒ ある 社会 にお いて 二つ の集 団が あり

︑あ る集 団が 他の 集団 に対 して 優位 性を

︑特 に権 力と いう 点に おい て︑ 有し てい ると 仮定 しよ う︒ そし て︑ この よう な優 位性 の分 配を 正統 なも のと する とさ れる 何ら かの 物語 があ り︑ その 物語 は︑ 少な くと も優 位で ある 集団 によ って 公言 され てお り︑ 劣位 にあ る集 団に よっ ても 一般 的に 受け 入れ られ てい る︑ と仮 定し よう

︒そ して

︑こ の劣 位に ある 集団 がこ の物 語を

︑し たが って この シス テム を受 け入 れて いる とい う事 実を 生じ させ た原 因が

︑優 位で ある 集団 がも つ権 力だ と仮 定し よう

︒そ の場 合︑ 劣位 にあ る集 団が この シス テム を受 け入 れて いる とい う事 実は

︑こ のシ ステ ムを 正統 なも のと はし ない ので あり

︑そ して その よう に正 当化 でき ない 程度 にお いて

︑ この 分配 は不 正な ので ある

︵W il li am s2 00 2: 22 1︶

︒ これ は一 般化 され た原 理で ある が︑ ハー バー マス の討 議倫 理の よう に超 越論 的な もの では ない

︒ウ ィリ アム ズが 問題 にす るの は︑ 理 では なく 原 であ り︑ 具体 的に どの よう な事 実が あり

︑ど のよ うな 因果 関係 があ った のか とい う問 い が︑ この 解釈 原理 にお いて 必須 の要 素な ので ある

︒つ まり

︑あ らか じめ 定め られ た道 徳原 理︵ 例え ば正 義︶ が規 準と な るの では なく

︑具 体的 な︑ つま り歴 史的 な状 況の 解釈 に従 って

﹁不 正で ある

﹂と いう 道徳 的判 断が 下さ れる

︒し たが っ てB LD の妥 当性 は︑ 歴史 的に のみ 判断 でき るの であ り︑ もし も現 代の 西洋 社会 にお いて

︑リ ベラ リズ ム以 外に 適切 な BL Dが 見出 せな いと した ら︑ それ は普 遍的 妥当 性が ある から では なく

︑近 代社 会と いう 歴史 的・ 偶然 的条 件に よる か

(13)

ら︑ つま りそ の文 脈の 中に いる ので

︑リ ベラ リズ ムが 一番 納得 のい く物 語に なる から にほ かな らな いと

︑ウ ィリ アム ズ は主 張し てい る︵ Wi ll ia ms 20 05 :7 -1 1︶

︒ 三. リア リズ ム理 解の 深化 以上 のよ うな 仕方 で基 本テ ーゼ を整 理で きる リア リズ ムで ある が︑ ギャ ルス トン が認 知し た﹁ ごっ た煮

﹂に はさ まざ まな 要素 があ り︑ 多様 な方 向へ と発 展す る可 能性 をも って いる

︒こ こで は︑ ギャ ルス トン の宣 言文 以降 さま ざま に為 さ れた リア リズ ムに 対す る反 省を

︑論 争の 焦点 だと 一般 に解 され てい る方 法論 的関 心と いう 観点 から 検討 して みよ う︒ W・ ゴド ウィ ンや T・ ペイ ンの 研究 者で あり

︑政 治理 論と 政治 思想 史の 関係 性も 論じ るM

・フ ィリ プは

︑さ きに 紹介 した Eu ro pe an Jo ur na lo fP ol it ic al Th eo ry ,v ol .9 に論 文を 寄稿 した 一人 であ る︒ そこ で彼 が論 じた のは

︑規 範的 な政 治家 論も しく は政 治的 行為 論で あっ た︒ 政治 的行 為者 が依 拠す べき 規範

︑つ まり 政治 的判 断力 の根 拠は

︑不 可避 的に 文脈 依 存的 な仕 方で 求め られ るべ きな のだ

︵そ れゆ え現 代の 主流 派政 治理 論は 役に 立た ない

︶が

︑そ れに もか かわ らず

︑か か る根 拠が 相対 主義 的で はな い理 由で 擁護 可能 なも のに なる こと を示 す理 論と して

︑リ アリ ズム を提 示す るこ とが でき る とい うの が︑ フィ リプ の論 点で あっ

(17

)

︒彼 はそ の二 年後

﹁幻 想無 きリ アリ ズム

﹂と いう 論文 を発 表し

︑リ アリ ズム のメ タ理 論と 呼べ るも のを 提示 して いる

︵P hi lp 20 12

︶︒ CI Rと NP Tリ アリ ズム との 連続 性を 指摘 しな がら

︑ゴ イス と ウィ リア ムズ の議 論を 検討 する フィ リプ は︑ 五つ のテ ーゼ を析 出し てい ると 解釈 でき る︒

⑴政 治理 論は

︑理 想︵ 合理 性︶ では なく

︑事 実︵ 実際 の諸 制度 や人 間の 実際 の心 理等

︶か ら議 論を 始め なけ れば なら ない

︒⑵ 政治 理論 は行 為︵ ac ti on

︶ に焦 点を 絞ら なけ れば なら ない

︒⑶ 政治 は歴 史的 に位 置づ けら れた もの とし て理 解さ れね ばな らな いし

︑政 治の 研究 は この 事実 を反 映し なけ れば なら ない

︒⑷ 政治 的行 為は

︑理 論の 応用 とい う過 程と して では なく

︑あ る種 の技 能︵ cr af t︶ や技 巧︵ ar t︶ のよ うな もの とし て理 解さ れる べき であ る︒

⑸政 治的 行為 や判 断の 質は

︑時 間の 中で 示さ れた ある 特定 の 役割 を負 った 行為 者の 恒常 的な 判断 によ って

︑つ まり

︑行 為者 の徳 性︵ vi rt ue

︶に よっ て示 され るこ とが 多い

(14)

当然 のこ とな がら

︑こ のテ ーゼ はす でに 同定 され た基 本テ ーゼ と重 なる とこ ろが 多い

︒本 稿が ここ で注 目す るの は︑ 以上 のテ ーゼ が︑ 我々 を不 可避 的に 歴史 研究 や政 治思 想史 的な 営み へと 誘う とい うこ とで ある

︒ギ ャル スト ンの ごっ た 煮に

︑ダ ンや スキ ナー の名 前が あっ たこ とか ら示 唆さ れる よう に︑ リア リズ ムの 勃興 には

︑規 範的 政治 理論 研究 にお け る政 治思 想史 の復 権と いう 要素 を見 出す こと がで きる

︒フ ィリ プ自 身の 見解 は︑ こう した 歴史 を重 視す る政 治︵ 理論

︶ 研究 は︑ ロー ルズ のよ うな 規範 理論 に対 する 代替 案︵ フィ リプ によ れば

︑こ れが ゴイ スの 主張 であ る︶ では なく

︑補 完 物と なる べき だと いう もの であ る︒ たし かに

︑リ アリ スト が政 治研 究に 対し て要 求す るテ ーゼ は︑

﹁政 治の 本性

﹂に 関わ るが ゆえ に︑ 不可 避の 要素 をも つと され る︒ しか し彼 によ れば

︑こ れは

﹁リ アリ ズム か︑ ある いは ロー ルズ か﹂ とい う 二者 選択 を迫 るも ので もな いの であ る︵ Ph il p2 01 2: 64 5- 64 6︶

︒ リア リズ ム運 動全 体に 対す る︑ ロー ルズ 派か らの 整理 とし てA

・バ デー リン の議 論が ある

︵B ad er in 20 14

︶︒ 彼女 は︑ リア リズ ムの テー ゼを 基本 的に

︑既 存の 政治 理論 に対 する 批判 の試 みと して とら え︑ 二つ の類 型に 分け る︒ つま り︑

﹁離 れ置 き批 判︵ de ta ch me nt cr it iq ue

︶﹂ と﹁ 置き 換え 批判

︵d is pl ac em en tc ri ti qu e︶

﹂で ある

︒こ れは

︑理 論と 実践

︵政 治︶ とい う二 つの 項の 関係 性を めぐ る二 種類 の批 判の 在り 方で あり

︑前 者は 両者 を分 離し てし まう こと に対 する 批判 であ り︑ 後者 は理 論が 実践 を不 適切 なも のに 置き 換え たこ とに 対す る批 判だ とさ れる

︒バ デー リン によ れば

︑こ れは 二つ の異 なっ た伝 統で ある と同 時に

︑一 人の 思想 家の 中に 並存 する こと もあ りう るよ うな 批判 の様 式で ある

︒ 離れ 置き 批判 は︑ 理論 と政 治の 乖離 を問 題に し︑ その 連結 の必 要と 方法 を︑ 特に 実践 性の 文脈 に置 いて 論じ る︒ これ は基 本的 に︑ 方法 論的 な論 争に 読み 替え るこ とが でき ると バデ ーリ ンは 考え てい る︒ 他方

︑置 き換 え批 判は

︑理 論と 政 治と の接 近の 仕方 を問 題に し︑ 特に

︑前 者が 後者 に与 える 悪影 響を 問題 にす る︒ した がっ てこ こで は︑ 政治 の理 解も し くは 解釈 が論 点と なる

︒そ れは

︑政 治に 関す る真 正の 意味 の追 求と いう 形態 も取 りう るし

︑解 釈そ のも のの 政治 化と い う形 態も 取り うる

︒こ こか ら推 察で きる よう に︑ 置き 換え 批判 には いわ ゆる 大陸 哲学 アプ ロー チと 呼ば れる 政治 理論 と の重 なり があ る︒ バデ ーリ ンが この 類型 の下 に考 えて いる 批判 は︑ B・ ホー ニッ グを 典型 とし て︵ Ho nn ig 19 93

︶︑ 大陸 哲 学の 影響 を受 けた 分析 的政 治理 論で ある と整 理す るこ とも でき る︒ この 批判 は︑ 例え ば︑ 民主 的な 政治 の理 解を めぐ る

(15)

議論 にお いて

︑有 意義 な貢 献を する もの だと され てい る︒ つま り︑ この タイ プの リア リズ ムは

︑闘 技的 な政 治の 洞察 を 民主 政治 に導 入す るこ とで

︑主 流派 の規 範的 政治 理論 が誤 った 仕方 で表 象す る政 治の 問題 性を 糾弾 する

︒た だし

︑置 き 換え 批判 一般 の政 治理 論的 妥当 性に 関し て︑ バデ ーリ ンは 懐疑 的で ある

︒ バデ ーリ ンに 限ら ず︑ 一般 にロ ール ズ派

︵広 義に は︑ リア リス トよ りも ロー ルズ 的政 治理 論に より 強く 共感 する タイ プの 人々

︶は

︑方 法論 論争 と リア リス トの 批判 を受 け取 る傾 向に あ(18

)

︒実 際︑ 理論 と政 治の 距離 関係 とい うの は︑ 政治 理論 の実 践性 をめ ぐる 論争 とし て︑ それ 独自 の︵ 主と して 学問 的な

︶問 題圏 を形 成し てい る︒ この 論争 は二 つの タ イプ に分 けら れる

︒つ まり

︑実 行可 能性

︵f ea si bi li ty

︶を めぐ るも のと

︑理 想理 論︵ id ea lt he or y︶ をめ ぐる もの であ る︒ 前者 は理 論の 現実 化︑ とり わけ 政策 への 転用 可能 性を 問題 にし

︑理 論の 役目 は政 治の 実践 に何 らか の指 針を 提供 でき る こと にあ ると いう 立場 から

︑純 粋な

︑つ まり 観想 的な 理論 的試 みを

︑政 治理 論的 には 不適 切な もの とす るも のが ある

︒ 近年 では

︑J

・ウ ルフ のよ うに

︑政 治理 論の 政策 的含 意を 集中 的に 問う 研究 家も でて きた

︵W ol ff 20 11

︶︒ しか し政 治理 論と いう 学問 分野 にお いて 最も 激し い論 争を 提起 して きた のが

︑実 行可 能性 への 配慮 その もの を︑ 政治 理論 の発 展に とっ て障 害物 だと みな すG

・A

・コ ーエ ンの 理論 と︑ それ への 反発 であ る︒ マル クス 主義 の立 場を 支持 しな がら も︑ 分析 哲学 の方 法と 主題 を真 剣に 取っ たコ ーエ ンは

︑そ の晩 年の 著作 にお いて

︑ 原理 と事 実の 関係 をめ ぐる 方法 論的 な論 争を 提起 して いた

︵C oh en 20 03

;C oh en 20 08

︶︒ 実践 性に 関す るロ ール ズ政 治理 論の 立場 であ る︑

﹁現 実的 なユ ート ピア

︵r ea li st ic ut op ia

︶﹂ とい う考 えは

︑正 義や 平等 の構 想に

︑現 実に 基づ く歪 みを 与 える もの だと 考え たコ ーエ ンは

︑規 範的 原理 が究 極的 には

︑事 実か ら完 全に 独立 した 仕方 で定 立可 能で ある

︑と いう 主 張を 行っ た︒ これ は部 分的 には 論理 的な

︑つ まり 純粋 に方 法論 的な テー ゼで あっ たが

︑部 分的 には 現実 を裁 くユ ート ピ ア的 構想 の構 築を 政治 理論 の役 目と する

︑極 めて 実践 志向 的な 要求 でも あっ た︒ この 主張 は︑ 政治 理論 上の 立場 を超 え て︑ しか しと りわ け分 析的 政治 理論 に従 事す る人 々の あい だで

︑お びた だし い反 発と

︑そ れに 対す る擁 護を 惹起 し(19

)

︒ 論争 の詳 細に 入る こと は紙 幅の 限界 もあ り︑ ここ では 控え たい が︑ この 論争 にリ アリ スト と目 され る人 々も 参加 して い る事 実は

︑リ アリ スト 論争 と原 理- 事実 関係 論争 のあ いだ につ なが りが ある こと を示 して いる

(16)

同様 に理 想理 論を めぐ る論 争も

︑リ アリ スト の批 判を ロー ルズ 派の 人々 が分 析的 政治 理論 上の 方法 的問 題と して 受容 する 場で ある と理 解す るこ とが でき る︒ 方法 論に おけ る﹁ 理想 理論

﹂と いう 用語 とそ れに 付随 する 理論 は︑ ロー ルズ が

﹃正 義論

﹄に おい て導 入し たも ので ある

︵R aw ls 19 99 a: 7- 8= 一二

~一

(20

)

︶︒ それ には

︑正 義の よう な理 想を 探究 する

︑そ して かか る探 究に 必要 な理 想状 況を 設定 する

︑と いう 二つ の意 味で の﹁ 理想

﹂の 意味 が込 めら れて いる

︒そ れは

︑正 義 に適 う︑ 秩序 だっ た社 会︵ aj us t, we ll -o rd er ed so ci et y︶ を効 果的 に描 くた めに 必要 な理 論的 な道 具で あり

︑そ れが 単な るユ ート ピア では なく

︑現 実的 なユ ート ピア であ るた めに

︑非 理想 理論 とセ ット にな って 構想 され てい る︒ 非理 想理 論 とは

︑現 実を 描く 理論 では なく

︑理 想理 論に よっ て描 かれ た正 義が

︑政 治的 に実 現可 能に なる ため に︑ その 障害 にな る もの を理 念的 に︑ 理想 理論 を出 発点 とし て段 階的 に描 くも ので ある

︵し たが って リア リス ト的 に見 れば

︑両 者と も現 実 から の抽 象に すぎ ない し︑ 予め 定め られ た道 徳理 念に よっ て制 御さ れて いる

︶︒ した がっ て両 者は

︑厳 格な 遵守 理論

︵s tr ic tc om pl ia nc et he or y︶ と︑ 部分 的な

︵p ar ti al

︶遵 守理 論と も表 現さ れる

︒理 想理 論の 導出 に関 して

︑ロ ール ズは

﹁好 まし い状 況下

﹂と いう 要素 も付 加し てい る︵ Ra wl s1 99 9a :2 15 -2 16

=三 三〇

~三 三一

︶︒ つま り︑ 秩序 だっ た社 会の 実現 に対 する 自然 や歴 史的 偶然 性に よる 制約 を︑ 調整 可能 な問 題と して 非理 想理 論の 領域 に置 くこ とで

︑正 義の 実現 のた め に必 要な 目標 とし て︑ 好ま しい 状況 下に おけ る理 想状 態が 描か れる ので あ(21

)

︒ 理想

・非 理想 理論 とい う用 語は

︑﹁ 秩序 だっ た社 会﹂ や﹁ 現実 的な ユー トピ ア﹂ だけ でな く︑

﹁正 義の 状況

﹂﹁ 原初 状態

﹁無 知の ヴェ ール

﹂と いっ たロ ール ズ政 治理 論に おけ る鍵 概念 と密 接に 関係 して いる だけ でな く︑ 彼の 国際 政治 論で ある

﹃万 民の 法﹄ にお いて も︑ 理論 の基 軸と なる 役割 を果 たし てい る︵ Ra wl s1 99 9b

︶︒ それ ゆえ に︑ グロ ーバ ル正 義論 も含 ん だ広 範な 領域 にお いて この 用語 は論 争を 惹起 して い(22

)

︒上 記の 定式 から 明白 なよ うに

︑こ れは 原理 -事 実関 係に も︑ また 理論 -実 践関 係に も関 わる し︑ 倫理 第一 主義 が方 法論 的に 明示 化さ れた ケー スだ とみ なす こと がで きる がゆ えに

︑リ アリ ズム のテ ーゼ と深 く対 立す るも ので ある

︒ 方法 論と して この 論争 を真 正面 から とら え︑ リア リズ ムの 立場 を徹 底的 に批 判し たの がE

・エ ルマ ンと N・ ミュ ラー であ る︵ Er ma na nd Mö ll er 20 15

︶︒ 彼女 らが 方法 論論 争の 標的 とし たの は︑

︵リ アリ ズム がそ の一 部で ある とさ れる

︶﹁ 実

(17)

践︲ 依存 テー ゼ︵ Pr ac ti ce -D ep en de nt Th es is

︶P DT

﹂で あり

︑そ の提 唱者 の一 人で ある A・ サン ジョ バン ニに よれ ばそ の中 心テ ーゼ は﹁ 正(23

)

の構 想の 内容

︑範 囲︑ 正当 化は

︑そ の構 想に よっ て統 治す るこ とが 意図 され てい る実 践の 構造 と 形態 に依 存す る﹂

︵S an gi ov an ni 20 08 :1 38

︶と いう もの であ る︒ この 方法 論は

﹁実 践︲ 独立 テー ゼ︵ Pr ac ti ce -I nd ep en de nt Th es is

︶P IT

﹂と 対比 され

︑後 者に 属す ると され るの が︑ コー エン をは じめ とす る運 の平 等主 義や

︑リ バタ リア ニズ ム︑ そし て古 典的 功利 主義 のい くつ であ る︵ ib id :1 39

︶︒ 本稿 にお いて 興味 深い のが

︑P DT が﹁ 文化 的規 約主 義者

︵c ul tu ra l co nv en ti on al i(24

s)

t︶

﹂と

﹁制 度主 義者

︵i ns ti tu ti on al is t︶

﹂の 二種 類に 分け られ

︑ロ ール ズが 後者 の﹁ パラ ダイ ム的 な事 例﹂ とさ れて いる こと であ る︵ ib id :1 38 ,1 50

︶︒ これ はグ ロー バル 正義 論に おけ るロ ール ズ主 義者 が︑ PD Tの 制度 主義 者と

︑ PI Tの コス モポ リタ ンに 分け られ てい るこ とを 意味 する

︒そ して サン ジョ バン ニは

︑P DT の中 にウ ィリ アム ズや ゴ イス のリ アリ ズム を含 めて いる

︒ サン ジョ バン ニが PD Tと PI Tの 違い を提 示す る際 に︑ 最も 重要 視す るの は正 当化 の次 元で ある

︒P IT も実 践的 であ るた めに は︑ 当然 なが ら社 会実 践に 関す る︵ 経験 的︶ 事実 を考 慮に いれ る︒ しか しP IT は︵ コー エン に典 型的 な よう に︶ 規範 原理 の正 当化 が︑ 実践 の外 部に 依拠 しな けれ ばな らな いと する

︒こ れに 対し PD Tは

︑実 効的 で︑ 責任 の ある 政治 理論 は︑ PI Tの 立場 を取 るべ きで ない と主 張す るの であ る︒ エル マン とミ ュラ ーの PD T批 判は 多岐 にわ た るが

︑根 本的 な批 判は この 正当 化問 題に 向け られ てい る︒ 主と して 二種 類の 批判 が重 要で ある

︒第 一に PD Tは

︑実 践 に関 する 解釈 行為 であ ると され る︒ つま り実 践と いう テク スト をめ ぐり

︑そ れの 規範 的な 意味 を抽 出す る営 みが

︑方 法 論と して 提示 され てい る︒ しか し︑ 規範 原理 を同 定し

︑正 当化 する とい う行 為を

︑解 釈と いう 方法 を通 じて 行う とき

︑ PD Tで あっ ても 何ら かの 実践 の外 部に ある

︑も しく は普 遍的 に定 立さ れた

︑規 範的 な原 理を 必要 とす るは ずで ある

︒ 第二 に︑ PD Tは 規範 原理 の適 用と 正当 化を 厳密 に分 離し

︑P IT の問 題性 は︑ 前者 にお いて は実 践へ の依 存を 認め て いる が︑ 後者 にお いて は認 めて いな い点 にあ ると 主張 して いる

︒し かし エル マン とミ ュラ ーに よれ ば︑ PI Tと され て いる 方法 論で も︑ ロー ルズ のい う反 照的 均衡 の方 法を 採用 する なら ば︑ PD Tの 批判 はほ とん ど重 要性 を失 うこ とに な る︒ 我々 に反 照的 均衡 とい う方 法論 の詳 細を 検討 する 余裕 はな い︒ ここ では

︑そ の一 つの 特徴 が︑ 原理 や理 論と それ が

(18)

適用 され る現 実と のあ いだ で︑ 意味 同定 の往 復作 用が 繰り 返さ れる こと を要 求す ると いう もの であ るこ とを 確認 した い︒ つま り︑ たと えリ アリ スト が道 徳主 義と して 批判 する 理論 が︑ 道徳 原理 の同 定か ら始 める とし ても

︑そ れは やが てこ の よう な往 復作 用に よっ て調 整さ れる こと で︑ 暫定 的に より 適切 なも のへ と近 づい てい くは ずだ とさ れる ので ある

︒ エル マン とミ ュラ ーの 第一 の批 判に 応え るた めに は︑ 解釈 の理 論に 従事 する 必要 があ る︒ そし て︑ 第二 の批 判に 応え るた めに も︑ それ は同 様で ある

︒な ぜな ら︑ ロー ルズ の反 照的 均衡 の考 え方 を︑ 解釈 学と の関 連か ら論 じる こと がで き るか らで あ(25

)

︒こ こで も︑ この 主題 につ いて 詳細 に検 討す る余 裕は ない

︒こ こで は︑ NP Tの 固有 性と いう

︑本 稿の 主 題に 関す る限 りで

︑こ の批 判の 意味 を考 える

︒第 一に

︑我 々は ここ にロ ール ズ主 義の たく まし さと でも 呼べ るも のを 見 いだ す︒ リア リス トか らの 批判 をロ ール ズ主 義者 が真 剣に 捉え る場 合で も︑ それ をロ ール ズの 理論 装置 の中 に吸 収し て しま うの であ

(26

)

︒そ して いわ ゆる リア リス トの 立場 にあ ると され る者 の中 に︑ ゴイ スの ロー ルズ 批判 は誤 解だ とし て︑ ロー ルズ をリ アリ スト 批判 から 免責 する 者も いる ので ある

︵J ub ba nd Ro ss i2 01 5: 45 6︶

︒こ こか ら︑ リア リス トの 中で の 立場 の違 いの 同定 とか

︑方 法論 とし ての 洗練

︵反 照的 均衡 に吸 収可 能な のか 否か

︶と いっ た︑ リア リス ト理 解の さら な る深 化の 必要 性が 浮か び上 がっ てく る︒ しか し︑ もう 一つ の指 針と して 浮か び上 がっ てく るの が︑ 方法 論問 題は リア リ スト の主 張の 中核 では ない

︵R os si an dS le at 20 14 :6 96

︶︑ とい うリ アリ スト 理解 の可 能性 であ る︒ 四. リア リズ ムの 展開 もし も方 法論 とし ての 展開 がリ アリ ズム にと って 魅力 的で ない もの だと した ら︑ どの よう な展 開が 政治 理論 的に いっ て望 まし いの だろ うか

︒実 質的 な内 容で はな い︑ とい うこ とは

︑本 稿の 最初 に見 たよ うに その 論者 の議 論や 立場 の多 様 性を 考え ると

︑明 らか であ る︒ 多様 な議 論の 中に

︑何 らか のコ ミッ トメ ント が共 通し てう かが える こと はた しか であ る︒ ここ では

︑リ アリ ズム をエ ート

(27

)

とし て捉 える のが 有効 であ る︑ とい う仮 説を 提起 した い︒ リア リズ ムの 動向 を振 り返 える と︑ 二種 類の エー トス が有 望に 思え る︒ それ は︑ 否定 的批 判の エー トス と︑ 建設 的批 判の エー トス であ る︒

(19)

否定 的批 判の エー トス は︑ リア リズ ムの 主役 の一 人︑ ゴイ スに 象徴 され る︒ ここ では

︑ゴ イス の路 線を 引き 継ぎ つつ

︑ リア リズ ムの 内部 から NP Tリ アリ ズム を批 判す るフ ィン レイ ソン の議 論︵ Fi nl ay so n2 01 7︶ を検 討し たい

︒リ アリ ズ ムの 特徴 とし てし ては

︑反 ユー トピ ア主 義と 歴史 主義 があ り︑ 両者 は人 間本 性の 暗い 側面

︑つ まり 行動 予測 や対 立解 消 の困 難性 への 注目 を惹 起す る︒ こう した 傾向 はし ばし ば︑ 道徳 主義 の普 遍性 の反 転と して 人間 性に 関す る必 然的 な悲 観 主義

︵p es si mi sm

︶に 陥る

︒こ の必 然性 の感 覚は

︑あ る種 の運 命論 とな り︑ 現実 にお ける

﹁変 えら れる もの

﹂の 存在 を忘 却さ せて しま う︒ これ は︑ 政治 的可 能性 の認 識を 縮減 させ る効 果を もち

︑こ れに 秩序

︑安 定性

︑暫 定協 定と いっ たリ ア リズ ム的 概念 が加 わる と︑ 現状 維持 の肯 定と いう 保守 主義 へと 帰結 する 可能 性が ある

︒ フィ ンレ イソ ンに よれ ば以 上が

︑保 守的 リア リズ ムが 生ま れる 展開 なの だが

︑こ れは 現状 を変 えら れな いと いう 悲観 主義 が︑ 現状 が結 局は 最善 であ ると いう 楽観 主義 に反 転す ると いう 倒錯 した 保守 主義 であ るだ けな く︑ リア リズ ムの 主 張を 改革 の望 みを シニ カル に批 判す る仮 面と する 点で

︑あ けす けな 反動 より も性 質が 悪い こと にな る︒ 彼女 の憤 怒は

﹁ほ とん どの リベ ラル は︑ まさ しく リベ ラル とし て︑ リベ ラル な資 本主 義の 枠内 にい る政 治的 行為 者の 規制 と策 略の 側に 落 ち着 くこ とに なり

︑本 格的 な社 会改 革の 立場 をと らな いに 決ま って いる のだ

﹂︵ ib id :2 70

︶と いう 表現 に現 れて いる

︵彼 女が 批判 対象 に考 えて いる のは ギャ ルス トン であ る︶

︒た だし

︑悲 観主 義に 欠点 があ ると いっ ても

︑人 間性 の明 るい 側面

︑ 例え ば協 調や 約束 の力 のみ に注 目す れば よい わけ では ない

︒た とえ その 楽観 主義 が現 実に 即し たも ので も︑ この よう な リア リズ ムは 道徳 主義 の陥 穽︑ とり わけ 権力 の隠 蔽に 容易 に堕 して しま う︵ ここ で批 判さ れる のは J・ タリ ーで ある

︵i bi d: 27 2- 27 3︶

︒む しろ 悪し き悲 観主 義に 対抗 する 希望 は︑ 偶然 性へ の注 目に よっ ても たら され ると フィ ンレ イソ ンは 主張 する

︒彼 女が 支持 する のは

︑︿ 世界 は変 えら れる し︑ 変え なけ れば なら ない

︵こ の世 界は 首肯 し難 い︶

﹀と いう 意識 と結 びつ いた 悲観 主義 であ り︑ その 例と して あげ るの がア ドル ノで あ(28

)

︒つ まり

︑変 革へ の意 志が

︑現 実的 可能 性の 認 識と 結び つく タイ プの 政治 的な リア リズ ムが あり うる ので あり

︑ラ ディ カリ ズム への 可能 性を 摘む 展望 を︑ これ まで 多 くの リア リス トが 否定 して きた こと をフ ィン レイ ソン は糾 弾し てい る︒ こう して

︑C PT とN PT リア リズ ムに 共通 の 傾向 であ る︑ 悲観 主義 的な 人間 本性 論へ の警 戒が 示さ れた

︒つ まり

︑人 間本 性だ とさ れて いる もの が︑ いか に歴 史的

参照

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