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真宗研究14号 011寺倉 襄「覚存二師の行信思想」

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Academic year: 2021

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覚存二師の行信思想

, 6

︵ 同 朋 大 学 ︶ 宗祖より覚存二師に至る中間に﹃歎異抄﹄があるが、 ﹂の﹃歎異抄﹂は宗祖面授の唯円の著作にして、而もその内 容の過半は直聞の祖訓を連ねたものゆえ、古来殆ど宗祖教学と同列に扱われて来た。随って宗祖教学をつぐ最初のも のは覚如であり、次いで存覚である。宗祖は三経と七祖の論釈により一宗の教学を大成したのであるが、覚存二師は これを承けその教学研究の姿勢を、 どこまでも祖意開顕に求めた。 既に﹃歎異抄﹄に現われた如く一師会市祖︶の教 をうけながら、それを正当に理解することをえず、異議に陥るものが続出する有様であり、これを矯正し祖意を開顕 することが宗祖をつぐ者の責務である。覚如・存覚は当時の聖道諸宗は勿論、浄土具流に対し真宗の立場を聞明にす ることが、彼等にかかった最大の責務であったといえよう。この意味において覚如・存覚が如何にして祖意を開顕顕 彰して行ったか、その目的は一つでありつつ、彼等の取った方法論は必ずしも同一とはいえなかった。即ちそれぞれ その立場と背景を異にし、教学上に多彩な特徴を展開したことは当然である。人 7 はその中、行信思想について考察し 覚 存 二 師 の 行 信 思 想 九

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覚存二踊の行信思想 九 て み た い 。 まづ覚如は宗祖教学の根底をどこに捉えたか、 ﹃教行信証﹄を通観してその題号の﹁教行証﹂の三法立題よりすれ ば、行巻中心と見るのが最も常識的であろう。然し内容に入って信が別聞きれ、別序を設け信巻が聞説せられている 点より見る時、信巻にその根本があると見ることも決して無理とはいえない。市も信巻の中に﹁横超とは即ち願成就 一 実 円 満 の 真 教 真 宗 こ れ な り ﹂ ︵ 皇 一

δ

左︶とあり、第十八願成就の教説こそ真宗の根本なりとし、ここに宗祖教学の 根底がありと看破したことは、極めて妥当な見解といわねぽならぬ。果して覚如は﹃改邪紗﹄本︵聖全三、七五 P ︶ に しかるにわが大師聖人このゆへをもて他力の安心をさきとしまします。それについて三一経の安心あり、そのなか に大経をもて真実とせらる、大経のなかには第十八の願をもて本とす。十八の願にとりてはまた願成就をもて至 極とす、信心歓喜乃至一念をもて他力の安心とおぼしめさるるゆへなり。 といい、宗祖教学特に安心の根本は第十八願成就文にありと断言している。これは実に卓見であり、覚如はここに根 底をおいて、真宗の教学を展開して行ったのである。願成就文に根底をおく限り、名号間信の一念に即得往生住不退 転 の 益 を う る 、 所 謂 平 生 業 成 の 宗 義 が 強 調 せ ら れ る こ と は 必 然 の 理 で あ る 。 ﹃ 口 伝 紗 ﹄ 中 ︵ 竪 全 一 二 、 一 一 一 一 一 P ︶ ﹃ 願 々 一 紗 ﹄ ︵ 三 、 四 七 P ︶ ﹃ 改 邪 紗 ﹄ 本 ︵ 三 、 六 回 P ︶等みな願成就文に安心︵教学︶の根底があることを明かし、﹃執持紗﹄︵三、四 一 二 P ︶ ﹃ 口 伝 紗 ﹄ 下 ︵ 一 二 、 一 三 了 三 四 P ﹀ 等 に は 一 念 業 成 義 を 宣 明 し 、 以て浄土臭流の臨終業成義に簡び、 平生業成の 宗義を強調したのである。 一念業成、平生業成義の強調は必然的に信心正因、称名報恩義へと展開する。信一念の場で往生の業事成弁するか

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ぎり、その上の称名は再び往生を期する筈はない。即ちそこに必然的に称名を報思の行として実践することとなる。 このことは既に宗祖の上に顕わされてはいるが、 それは特に強調された義ではなかった。それを今覚如は祖意開顕の 立場から、宗祖教学の特質がここにありと、これを強調したのである。 ﹃ 口 伝 紗 ﹄ 下 ︵ 一 二 、 二 六 P ︶ ﹁ 信 の う へ の 称 名 の事﹂の一章を設け、高田の覚信房の臨終の称名が、報謝の称名であることの領解を出し、宗祖御感のあまり随喜の 御落涙千行万行なりと讃嘆し、祖意をえたる称名なることを述べ、 平生に善知識のおしへをうけて信心開発するきざみ、正定栗のくらゐに住すとたのみなん機は、 ふ た L び臨終の 時分に往益をまつべきにあらず。そののちの称名は仏恩報謝の他力催促の大行たるべき条、文にありて顕然也。 ︵ 三 、 二 八 P ︶ といい、更にこの義を強調し、最後﹃口伝紗﹄を結ぶに、 一念無上の仏智をもて凡夫往生の極促とし、 一形憶念の名願をもて仏恩報尽の経営とすべしとったふるものなり。 ︵ 一 二 、 一 二 六 P ︶ といっている。この外﹃最要紗﹄︿三、五二 P ︶にも同様の義を述べているが、覚如は更に﹃改邪紗﹄本︵三、七四 P ︶ にコ一季の彼岸をもて念仏修行の時節とさだむるいはれなき事﹂の条下に、善導の安心、起行、作業の三つの中、起 行作業を方便となし、往生浄土の正因は安心を定得するにありとなし、更にこの下、 この機のうへは他力の安心よりもよほされて仏恩報謝の起行作業はせらるべきによりて、行住坐臥を論ぜず長時 不 退 に 到 彼 岸 の 謂 あ り 。 ︵ 三 、 七 五 P ︶ と い い 、 一度方便の行として廃捨した起行作業を、報恩行として実践する意を開陳している。単に称名の一行のみな らず、起行作業まで報恩行となすことは確かに覚如の発揮の説といってよい。 覚 存 二 師 の 行 信 思 想 九

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覚 存 二 師 の 行 信 思 想 九 四 かくて称名を信の上の報恩行と見る覚如は、正定業としての称名を如何に見ていたであろうか、﹃改邪紗﹄末︵一二、 八

OP

﹀ に 、 正定業たる称名念仏をもて、往生浄土の正因とはからひっのるすら、なをもて九夫自カのくはだてなれば、報土 往生かなふべからずと云云。そのゆへは願力の不思議をしらざるによりてなり。 といい、善導、法然相承の正定業の称名すなわち順彼仏願故、依仏本願故という称名正定業義ではなく、当時の浄土 異流に喧伝された無信の称名を意味するものにして、 ﹁願力不思議を知らざる﹂称名を指すものである。こうした称 名が往生の正業たら、さるこというまでもなく、 また多念の称名をもって往生を期する自力の称名を極カ排除したので あ る 。 また﹃口伝紗﹄下︵一二、一三二P︶に下至一念と上尽一形を釈し﹁一念も多念もともに往生のための正因たるやうに、 ﹂ tふろえみだす条すこぶる経釈に違せるものか﹂といい、 一念は往生の正因であるが、多念は報謝の行であるから、 往生の正因とはならざることを注意している。ここに下至一念を﹁本願をたもつ往生決定の時刻なり﹂と釈して信の 一念とする。これは宗祖が行の一念釈下に引用して、 一戸の称名となされた釈とは呉る。これは覚如の極論というベ き で あ る 。 ﹃ 最 要 紗 ﹄ 。 二 、 五 二 P ︶ に は 、 信心歓喜乃至了念のとき即得往生の義治定ののちの称名は、仏思報謝のためなり。さらに機のかたより往生の正 行とつのるべきにあらず。 とあり、報謝の称名を往生の行とつのることの不当なるを力説している。

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これらの叙述を見るに、浄土異流の称名を批判する態度が濃厚に現われ、彼等が称名を往生の正業として﹁はから し 、 つのって﹂いる態度を極力否定したものにして、 そうした称名は自力の称名であり、往生の正業とはならず、願 力の不思議を知らざるがためである。この自力の称名を矯正して、他力廻向の称名の意義を判然と理解するためには、 信因称報義が最も適切な教化の方法であり、 また祖意顕彰の道であると確信したのである。 かくて覚如は﹃執持紗﹄ ︵一二、四二P︶に名号正定業義を主張している。既に宗祖は﹁本願の名号は正定の業なり﹂ といっているから、当然のこととはいえ、称名正定業義を極力否定していることは、宗祖には見られないことである。 また宗祖は名号と称名と念仏の語聞に殆どその相違を見ていないが、覚如は名目すと称名を画然と区別している。 ﹃ 執 持 紗 ﹄ ︵ 一 二 、 四 三

p

︶ ﹃最一安紗﹄︵コ一、五六P︶等を見るに名号は所称、称名は能称としている。而して称名を報恩の称 名以外に用いる時は﹃口伝紗﹄下︵三、二八P︶に﹁いはむやもとより自力の称名は、臨終の所期おもひのごとくなら ん定、辺地の往生なり﹂といっている如く自力の称名として扱っている。それ故覚如は名号を願成就文の如く聞信の 対象となし、名号大行義を成立する。 ﹃ 執 持 紗 ﹄ ︵ 三 、 四 一 P ︶ ﹃ 口 伝 紗 ﹄ 上 ︵ 二 一 、 四 P ︶ 等 に は 名 号 を 所 信 と す る 義 を 述 べ 、 ﹃ 執 持 紗 ﹄ ︵三、四三P︶には善導が称名として顕わした即是其行を、名号として受け取り、更に行巻の大行釈 を名号におさめて理解している。これは明らかに名号大行説である。 以上覚如の称名と名号の扱いを一瞥したのであるが、称名をどこまでも信の上の報恩の称名となし、称名の他力性 を強調したのである。それはいうまでもなく浄土異流の自力の称名に筒別せんがためであり、覚如の本願寺独立の念 願とともに、宗義の確立を目指したものとして窺われる。随って称名にかわるに名号をもってし、願成就文を基調と して一念業成義を強調したのである。即ち念仏為本の宗義より信心為本の宗義開顕に最大の努力を払ったと見てよい。 ﹃ 執 持 紗 ﹂ ︵ 三 、 コ 一 七 P ︶ ﹁ 往 生 浄 土 の た め に は 、 ただ信心をさきとす﹂といえる如きは、これを端的に表現せるもの 覚 存 二 師 の 行 信 思 想 九 五

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覚 存 二 師 の 行 信 思 想 九 六 である。信心為本の強調は必然信因称報義の確立となり、覚如の宗義はこの一点を中心として展開したといって過言 ではない。この覚如の立場よりする時、行巻の大行を如何に見るかが重大な問題となる。

覚如が第十八願成就文を根本として、宗祖教学を窺ったのに対し、存覚は因願を主として見て行ったようである。 ﹃ 真 要 紗 ﹄ 本 ︵ 一 二 、 一 一 九 P ︶ ﹁大経のなかに弥陀如来の四十八願をとくなかに、第十八の願に念仏の信心をすすめて 諸行をとかず、乃至十念の行者かならず往生をうべしととけるゆへなり﹂といい、 ま た ﹃ 同 ﹄ 末 ︵ 一 二 、 一 四 九 P ︶ さ れば十八の願に帰して念仏を行じ、仏智を信ずるものほ往生の益にあづかりで報土に化生し﹂等とあるは、 みな第十 入因願を基本として考えている。 前述の如く覚如は、宗祖が行一念の証明とした下至一念を、信の一念と釈したのに対し、存覚は宗祖が信の一念と 釈 し た 願 成 就 の 一 念 を 、 行 の 一 念 と し て 釈 し て い る 。 ﹁ 真 要 紗 ﹄ 末 ︵ 一 二 、 二 三 八 一 四 一 P ︶の釈がそれである。覚如と は全く逆行した見解を開陳している。 ま た ﹃ 真 要 紗 ﹄ 本 ︵ 二 一 、 一 一 一 八 P ︶に願成就文を引き、これを解説して、 一切の衆生、無碍光如来のみなをききえて、生死出離の強縁ひとへに念仏往生の一道にあるべしとよろこびおも ふ こ L ろの一念おこるとき往生はさだまるなり。 といい、この一念について隠顕の両義をたて﹁顕には十念に対するとき一念といふは称名の一念なり、隠には真因を 決了する安心の一念なり﹂といい、行信の両義を見ている。存覚は祖意を決して忘却せるには非ずして、祖意を理解 しつつ、然もその上に解明せんとして、独特な釈を設けたのである。

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﹃教行信証﹄を覚如は信心為本の書と見たのに対し、存覚は念仏為本の書と見たようである。 ﹃教行信証﹄の本来 の体制は、その題号より見るも念仏為本の書と日比ることが自然である。然しその念仏が﹃教行信証﹄の中に如何に説 かれているか、称名念仏は浄土教の中心生命であり、その称名念仏の真義を如何に体解するかは、世志向導・法然を通し て、宗祖の最も苦心せられた所である。その苦心の領解が行信二巻に表明せられた。信巻は行巻より別開せられたも のにして、信巻に別序のあるのもそのためである。信巻の開設は﹃教行信証﹄が念仏為本の書なるがためである。本 来信心為本の書なれば、信巻を別聞する必要はない。別開せられた信巻を中心として見れば、信心為本の書なること も成立するが、それは﹃教行信証﹄特に行信二巻撰述の祖意を窺う時、必ずしも正鵠をえた考えとはいえない。そう した意味において存覚の、行信関係を規定する能所論は、極めて注目すべきものがある。 先づ﹃六要﹄における行信の能所関係を明かす文は﹃同﹄一杭、二抗、三店折、四四針、四明日 れを見るに存覚は行信関係を所行、能信の語をもって説明している。これは行信を説明する時に限って用いる語であ 等 に 出 て い る 。 予 、 ー り 一般の能所関係とは異る特殊な説明である。果して存覚は何を顕わそうとしたのであろうか、 まづ吾々は所行・ 能信の関係を如何なる意味の能所関係なるかを、明らかにする必要がある。 存覚は﹃六要﹄一柳に﹁教行信証﹄の題号即ち﹁顕浄土真実教行証文類﹂の教行証を釈するに、 依、所修、所得の法なり﹂といい、この釈に対し信を如何に見るかはその釈がない。然し宗祖は﹁教行信証 L 総 序 の ﹁ 次 い で の 如 く 所 終りに﹁真宗の教行証を敬信してしといっている。教行証の三法は所信であり、信は能信の関係にあること勿論であ る。今これを存覚の三法釈に配当して見る時、信の立場は﹁能依、能修、能得﹂となる。之を図示すれば左の如し 証行。教

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所所。所

得修。依

能能・能

得修・依

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覚 存 二 師 の 行 信 思 想 九 七

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覚 存 二 師 の 行 信 思 想 九 八 この図により行信関係は﹁所修の行﹂と﹁能修の信﹂との関係になる。ここにいう所修、能修の修は如実修行を意 味するものであり、随って﹁所修の行﹂とは如実修行の称名のことであり、 ﹁能修の信﹂は称名を如実修行たらしむ る 信 心 を 意 味 す る 。 ﹃和讃﹄の﹁如実修行相応は信心ひとつにさだめたり﹂の信心である。 ﹃歎異抄﹄でいえば第 章の﹁念仏申さん﹂は所行であり、 ﹁ お も ひ た つ 心 ﹂ は 能 信 に 該 当 す る 。 それ故、存覚が所行能信の語をもって、行信関係を明らかにせんとした目的は、善導、元祖相伝の称名念仏が、曇 驚のいう如実修行の称名なることを明らかにせんが為であった。それは取りもなおさず宗祖が行信両巻に亘って、明 らかにせんとした大行そのものであることの論証に外ならぬ。このことは既に﹃真宗研究﹄第十一号に﹁行信の基本 的立場﹂として述べた通りである。

覚如が大行を名号として理解したのに対し、存覚は称名として領解している。両者がその領解を異にする根本的立 場は前述の通りであるが、今存覚における大行を称名として理解している実跡を、 一 瞥 す る こ と に す る 。 先 づ 行 巻 標 挙 の 二 行 の 細 註 を 釈 す る に ︵ 六 要 二 胡 ︶ 、 浄 土 真 実 行 者 往 生 行 中 仏 本 願 故 正 以 ニ 念 仏 一 為 − 一 其 生 因 ﹁ 故 云 一 一 真 実 日 是 称 名 也 。 余 非 − 一 本 願 一 故 非 − 一 真 実 可 選 択 本 願 行 者 其 意 又 向 。 念 仏 正 是 選 択 本 願 、 余 非 − 一 選 択 本 願 之 行 司 故 以 コ 念 仏 二 五 ニ 真 実 行 三 五 ↓ 一 選 択 行 可 といい、浄土真実之行、選択本願之行ともに念仏であり、称名であり、二行は全く同意であるという。 また行巻の大行釈を﹁先事一行体こ︵六要二仁︶といっている。今いう行体は信巻の最初大信を釈する一段を﹁先事一 信相一﹂︵六要四一七︶とあるに対するものにして、三大中の相対的な体・相を意味するものではなく、絶対的な行そのも

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の と い う 意 で あ る 。 大行釈はその文面の如く行相︵易︶と行徳︵勝︶の二面より、 称 名 の 如 実 相 を 釈 明 し て い る 、 か 、 存覚はそれを素直に行体と呼び、称名そのものとして受け取っている。 また﹃大経﹄の﹁其仏本願力、開名欲往生、皆悉到彼園、自致不退転﹂の文を釈するに、本願力を第十七願となし つつ、更に第十八願との関係を追究して﹁十七十八更不ニ相離一行信能所機法一也﹂︵六要一品︶といい、更にこの経文 が十七、十八、十一の三願に配当しうることを明し、これを結論して﹁今引ニ当巻一口称為レ本第十七意総言レ之時、此 文 専 為 ニ 十 八 願 意 一 置 而 不 レ 論 ﹂ ︵同前︶という。これを見てわかるように、存覚は第十七願の行は口称を本となすとい っている。随って大行を名号とするのではなく、称名となすこと明らかである。 ま た 信 巻 ︵ 白 一 軒 ︶ の ﹁ 真 実 信 心 必 具 − 一 名 号 寸 名 号 必 不 レ 具 一 一 願 力 信 心 一 也 ﹂ を 釈 す る 下 に ﹁ 又 縦 唱 レ 名 若 手 信 心 一 難 レ 得 一 一 往 生 ﹁ 経 一 五 一 一 至 心 信 楽 欲 生 ﹁ 依 レ 信 可 レ 生 其 理 灼 然 、 称 名 之 人 未 三 必 悉 具 一 一 真 実 信 心 一 ﹂ ︵ 六 要 四 畑 計 ︶ と 、 こ こ に 名 号 を 称 また称名する人悉く真実信心を具するとは限らないとして 名として領解し、信心のない称名は往生不可能なりとし、 いる。宗祖既に名号と称名を区別していないが、存覚はその祖意を端的に開顕し、名号を卒直に唱名、或いは称名の 人 と 表 現 し て い る 。 名号は単なる概念ではなく称名の実践とならねばならぬ。このことを更に顕著に表わすものとして、信巻末、真の 仏弟子釈下に引く聞名得忍の願についてである。 ﹃ 六 要 ﹄ 五 計 一 一 ﹁ 縦 雄 一 一 但 聞 一 唯 可 ニ 仰 信 ﹁ 況 聞 名 者 即 可 一 一 称 名 ﹁ 何 以 得レ知次下女人往生之願雌レ説一一聞名﹁観念法門引ニ此願二子称仏名号﹁尤可ニ准拠こと、ここに明らかに聞名の信心を 称名と理解している。信心を称名の上に体解することは、決して存覚の独創ではない。既に道騨・善導の上に明らか である。すなわち第十八願加減の文に、三信を略し称名を加えている。これについて存覚は﹃六要﹄二一詳及び寸同﹄ 七店針にその理由を説明している。三信は何を信ずるかといえば、念仏往生の願意を信ずるのである。その信心の具 覚 存 二 師 の 行 信 思 想 九 九

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覚 存 二 師 の 行 信 思 想

OO

体相は称名とならねばならぬ。信心と称名はその体不二にして、その相は不離というべきである。﹃六要﹄三工十に ま た ﹃ 同 ﹂ 四 九 引 九 に ﹁ 既 帰 ニ 仏 願 一 機 法 一 体 能 所 不 二 、 いづれも信行不離なることを明かし、信心は ﹁ 行 不 レ 離 レ 信 信 不 レ 離 レ 行 、 今 文 意 信 行 相 備 互 以 通 用 ﹂ と い い 、 自 有 ニ 不 行 市 行 之 理 ﹁ 故 弓 一 口 ニ 不 捨 ﹁ 非 ↓ 一 機 策 励 一 是 法 徳 也 ﹂ と い っ て い る 。 自 ら 称 名 と な る 体 験 を 、 不行市行の論理をもって、その実践原理を明示している。 ム ノ、、 以上覚存ニ師の行信思想を概観したのであるが、覚如は第十八願成就文に根基して、 一念業成、平生業成義を主張 した所より、必然的に信心為本の強調となり、信心正因称名報恩の宗義を確立し、自力の称名にま、ぎれやすい称名正 定業説を極力排除し、名号正定業義を強調したのである。随って大行の見方は名号大行説を取り、後世の所謂所行説 の先駆をなしたのである。これは浄土異流の称名義に簡別し、宗祖教学の特質を閏明にせんとした努力の現われに外 ならぬ。然し彼が所行説のみに偏向したのではなく、称名正定業義を﹁はからい、 つのる﹂所謂自力の称名を排除し たのであり、他力の称名まで否定したのではない。そのことは﹃執持紗﹄︵三、四三 P ﹀ ﹃ 改 邪 紗 ﹄ 末 ︵ 一 二 、 八 五 P ︶ 等 を 見 れ ば 明 ら か で あ る 。 存覚は覚如の触れることを好まなかった称名に、真向から取り組み、称名の実践の上に念仏往生の願意を仰いで行 った。それがために行信関係を所行・能信といい、称名の如実・不如実の批判の上に、如実修行の称名は信心の上の 称名であらねばならぬことを強調した。すなわち﹃教行信証﹄は念仏為本の書であり、 ﹂の念仏が如実修行の念仏で あることを、行信両巻に一日一って明かした祖意を、巧みに所行・能信の関係において捉え、後世の行信論解明に多大な 貢献をもたらしたのである。

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かくて後世の行信論は主としてこの覚存二師の行信思想に根拠をおいて、これを継承発展したものと考えられる。 然し存覚における所行・能信の意義を、明確に理解することは、この問題を解明する上に重大な鍵となることは費言 を要しないであろう。その意味において吾々は丹山及び成徳院師の学恩を忘れることは出来ない。

覚存二師の行信思想

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