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地方分権化時代の小・中一貫ものづくり科に関する調査研究(Ⅱ) 

――長野県諏訪市「相手意識に立つものづくり科」の普通教育的意義を中心に―― 

坂口  謙一

1.日本における普通教育としての技術・職業 教育の脆弱性 

  すべての子ども・青年のための普通教育とし ての技術・職業教育は、彼・彼女たちに、自ら の生きる社会を主権者として持続的発展可能な ものにしていくために必要な、技術・労働に関 する科学的認識と技能、技術・労働観を発達さ せ、そのことによって技術・労働の世界のすば らしさやおもしろさ、重要性と課題等を実感豊 かにわかち伝える役割を有している。普通教育 とは、性別や出自、経済的環境、障がいの有無 等にかかわらず、すべての人びとに学ぶ機会を 保障し、現にその教育機会を提供している教育 のことである。 

  2001 年のユネスコ「技術・職業教育に関する 改正勧告(Revised Recommendation concerning  Technical  and  Vocational  Education)」によれ ば、今日世界的には、普通教育の一環として、

「 技 術 お よ び 労 働 の 世 界 へ の 手 ほ ど き   an  initiation  to  technology  and  to  the  world  of  work」を与える「技術・職業教育」を行うべき とされ(Ⅳ-19)、普通教育はあらゆる子ども・

青年たちを社会・文化の基盤である技術・労働 の世界へ円滑に導く役割を有するとする思想が 強められている。実際に諸外国では、1980 年代 以降、イギリス、フランス、ドイツ、スウェー デン、ロシア等において、「技術教育(technology  education)」が、第 1 学年から第 10 ないし 11

学年までのおよそ 10〜11 年間、普通教育の一環 として提供されている(1)。 

  こうした技術・職業教育に関するユネスコの 文書(改正勧告や条約)には、その理論的支柱 として、「人権としての技術・職業教育という考 え方」が据えられており、「その根幹には、人間 らしく生きる権利を基礎とした労働権と教育権 の統一的把握がみられる」と理解されている(2) すなわち、普通教育としての技術・職業教育は、

世界的に見ると、すべての子ども・青年たちに 対する、リアリズムに裏打ちされた社会性豊か な営みの実現を志向しており、このことの標準 的思想としての定着度が増していると言える。 

  しかし、日本における普通教育としての技術・

職業教育は、中学校における必修制の一環とし ての技術・家庭科のうちの技術科で行われてい るもののみしか制度上存在しない。技術科とは、

今日的に言えば、「技術分野」と「家庭分野」か ら成る技術・家庭科のうちの「技術分野」のこ とである。また、知的障害者のための特別支援 学校中学部では、技術・家庭科ではなく、職業・

家庭科が必修化されており、差別的取り扱いが 続いている。職業・家庭科は、一般には 1958 年の技術・家庭科の発足と同時に廃止された。 

  本小論は、こうした日本における普通教育と しての技術・職業教育の脆弱性に注目しながら、

この特殊日本的な普通教育の弱点を克服してい くための具体的・実践的な課題の所在を、いわ 立教大学教職課程 2014 年 4 月 

(2)

ゆる地方分権化時代に入って以降に勃興し始め た、小・中一貫の義務教育課程編成の動きにそ くして考察しようとするものである。 

 

2.地域特有の小・中一貫義務教育課程編成の 勃興とものづくり科の登場 

  日本では、2000 年代に入って以降、地方分権 一括法施行(2000 年)、中央省庁再編(2001 年)、

三位一体財政改革(2002〜2006 年度)を主要な 契機としたいわゆる地方分権化時代を迎えた。

これ以降、地方自治体の新自由主義的再編と連 動して、地域特有の新たな公立学校教育づくり が大きく進展し始めた。 

  この新たな学校教育づくりは、多面的に進め られているけれども、筆者は、なかでも市(特 別区を含む)町村が、各地域の特色を打ち出し ながら、小 1 から中 3 までの義務教育 9 年間を 一貫した教育課程を編成しようとする動きに注 目している。たとえば、横浜市教育委員会によ る「横浜版学習指導要領」(2008〜2009 年)は その典型の一つであろう。このような地域特有 の小・中一貫義務教育課程編成の動向は、市町 村立学校数の規模から見ても、今日の日本の学 校教育界における看過し得ない新たな動きであ る。 

  さて、こうした小・中一貫に関する動向につ いては、技術・職業教育についても、対象外と はされずにそのうちに含まれている。むしろ、

2008 年の中央教育審議会答申により「社会の変 化への対応の観点から教科等を横断して改善す べき事項」の一つとして「ものづくり」が提案 されて以降、小・中を一貫した「ものづくり」

教育を担う教科等の新設という動きとしても現

れるようになった。前述のように、日本におけ る普通教育としての技術・職業教育の制度上の 位置づけは著しく貧困であるから、この新たな 動きは注目すべき動向である。 

  具体的には、製造業が主要な地場産業に位置 づく一部地域において、公立小・中学校が、地 元企業や地域住民と連携を取りながら、小・中 一貫の「ものづくり」教育を行う、地域独自の 教科教育を新たに発足させる動きが現れている。

東京都大田区での「Technology Education」の 試行(2004〜2006 年度)、長野県諏訪市での「ユ ーザー視点のものづくり」の試行(2005〜2007 年度)と「相手意識に立つものづくり科」の発 足(2008 年度)、富山県高岡市での「ものづくり・

デザイン科」の試行(2006〜2008 年度)と発足

(2009 年度)、新潟県三条市での「ものづくり 学習の時間」の試行(2007〜2009 年度)、栃木 県上三川町での「未来創造科」の試行(2010〜

2012 年度)などの動きである。 

  このうち恒常的な取り組みとして行われてい るのは、高岡市の「ものづくり・デザイン科」

と諏訪市の「相手意識に立つものづくり科」の 二つである。 

  高岡市の「ものづくり・デザイン科」は、小 5 から中 1 までの 3 年間の必修教科として位置 づけられている。 

  これに対して、諏訪市の「相手意識に立つも のづくり科」は、小 1 から中 3 までの 9 年間の 必修教科とされており、注目される。諏訪市で は、2008 年度から、市内のすべての市立小・中 学校(小学校 7 校、中学校 4 校、計 11 校)にお いて、小 1 から中 3 までの 9 年間を一貫した「相 手意識に立つものづくり科」が特設された。こ

(3)

の諏訪市の「相手意識に立つものづくり科」は、

管見の限り、技術・職業教育を行う普通教育と しては公立学校において唯一の、小 1 から中 3 までの 9 年間を一貫する教科教育である。 

  諏訪市教委は、2012 年度、この「相手意識に 立つものづくり科」の取り組みに対して、文科 省と経産省が共同実施する「キャリア教育推進 連携表彰」の最優秀賞を受賞した。 

  本小論は、この諏訪市の「相手意識に立つも のづくり科」に焦点を合わせながら、技術・職 業教育に関する新しい教科教育の動向について 普通教育の観点から一定の論点整理を行うとと もに、前述のように、日本における普通教育と しての技術・職業教育制度の弱点を克服してい くための具体的・実践的な課題の所在を明らか にすることを企図したものである。 

  以下、この「相手意識に立つものづくり科」

を「ものづくり科」と略記する。 

  筆者らは、「ものづくり科」については、この ように注目すべき事例であるにもかかわらず、

当事者のリポート(3)がごく一部現れたに過ぎな い状況に鑑みて、この教科が発足した翌年の 2009 年度から、現地調査を進めてきた。この研 究成果の一部はすでに公表済みである(4)。また 近年、筆者らとは別の研究グループによる学力 調査研究(5)も出現しているが、「ものづくり科」

については、教育課程構造や普通教育的意義、

教育条件整備の問題など、調査・解明すべき課 題が少なくない。 

 

3.「ものづくり科」の指導体制の概要  3.1.諏訪市の教育課程基準(6) 

  「ものづくり科」は、小 1 から中 3 までの全

学年に必修教科として設置され、年間標準授業 時数は各学年 25 時間である。このことは、諏訪 市の法規によって定められているのではなく、

運用によって制度化されている。すなわち、毎 年度、市教委が標準となる教育課程(表)を作 成し、校長会にて伝達・了解を得て、各学校が それぞれの教育課程を編成するという仕組みの 中で、市教委が標準として指導・提案している ものである。 

  また、これらの開設学年・授業時数を除くと、

各学校が「ものづくり科」の教育課程を編成す るに際しての公的基準は、市教委が、2008 年 4 月、「ものづくり科」の発足と同時に編纂・発行 した冊子『相手意識に立つものづくり科  指導 の手引き』(全 22 頁)が最も基本的な役割を果 たしていると見られる。この冊子は 2011 年 4 月に一部改訂版(全 22 頁)が出されて今日に至 っている。(以下、この冊子を『指導の手引き』

と略記する。) 

  換言すれば、「ものづくり科」の教育課程編成 に関する公的基準は、法令としてではなく、毎 年の市教委指導・提案や冊子『指導の手引き』

として存在しており、その意味で各学校の教育 課程編成の主体性が保障されている。 

3.2.授業時数等 

○前述のように「ものづくり科」は、小 1 から 中 3 までの全学年に必修教科として設置され、

年間標準授業時数は各学年 25 時間である。この 25 時間の確保の方法については(7)、2011 年度以 降、小学校では、第 1〜2 学年において生活科か ら 15 時間、図画工作科から 10 時間、第 3〜6 学年において図画工作科から 10 時間、総合的な 学習の時間から 15 時間、を減じて当てている。

(4)

中学校では同じく 2011 年度以降、美術科から 5 時間、技術・家庭科から 8 時間、総合的な学習 の時間から 12 時間を減じて確保している。 

○「ものづくり科」の教科指導は、この授業時 数の確保の方法などと関係して、小学校では総 合的な学習の時間などとの連携、中学校では技 術科や美術科等の他教科との連携など、 「もの づくり科」単独で完結するというよりも、むし ろそれを契機としながら、実際上とくに小学校 段階で、各学年の学びを横断化・総合化する役 割を果たしていると見られる。この点で、「もの づくり科」の年間授業時数は、事実上 25 時間以 上が当てられていると見ることができる。各中 学校における実際の授業時数の運用状況につい ては、前報でやや詳しく述べた(8)。 

3.3.指導者・教員研修会 

○「ものづくり科」の担当教員は、小学校につ いては学級担任、中学校については技術科教員 が主に当てられている。これらの教員のほか、

地元企業の社員や地域住民の支援による「もの づくりサポーター」と称する外部講師を各学校 ごとに活用している。 

○また、各校には、「ものづくり教育の推進役」

となる代表教員が各 1 名割り当てられている。

この代表教員等から成る「ものづくり委員会」

が組織され、月 1 回の定例会を開催している。 

3.4.教育課程・教育方法の工夫  3.4.1.プロジェクト学習方式の重視    「ものづくり科」では、児童・生徒の製作物 は、基本的に、自分以外の他者が利用する物品 とされている。このことは、この教科教育の核 心的な特徴である。 

  このため、この教科の指導・学習は、児童・

生徒を、他者が利用するのに適した物品づくり という緊張感のある生き生きとした現実の問題 に直面させ、その問題解決の方法・計画を考え させながら実際に問題の解決に取り組ませ、さ らに取り組み後に結果を省察させて、次の高ま りのある問題へと進ませるという、プロジェク ト・メソッドに類似した単元学習方式を採用し ている。 

  たとえば「ものづくり科」は、市の基準によ り、指導・学習過程を大きくは 4 つの段階から 成るサイクルを繰り返す一連の定型的方式とし て編成することが推奨されている。すなわち、

第 1 段階「調査」:①「だれに対して何をつくる か考える」

「相手の要望を知る」

→第 2 段階

「計画」

「使いやすいものを考える」

「い ろいろなアイディアを出す」

「考えたことを まとめる」

→第 3 段階「製作/改善」

:⑥「まと めにそって作る」→第 4 段階「反映」:⑦「作っ たものを発表・販売する」

→第 1 段階・・・、とい

う段階的・向上的に進行する一連のプロセスで ある(9)。 

3.4.2.「二度づくり」の推奨 

  児童・生徒の製作物が、基本的に、自分以外 の他者が利用する物品として位置づけられてい るため、製作物は他者が利用するのにふさわし いように、完成度を高める必要がある。このた め「ものづくり科」では、まず最初に「自分用」

を製作し、次に「相手用」を製作する、あるい は最初に模型を「試作」した後に「本製作」に 取り組むなどの、製作物を段階的に複数回製作 する方法が推奨されている。この積み上げ型の 製作学習は、「二度づくり」と称されている。な お、製作回数が 2 回以上になる場合もある。 

(5)

3.4.3.製図・図面の重視 

  また、「ものづくり科」では、この「二度づく り」と同じ文脈において、小学校段階から製図・

図面を重視した指導・学習が推奨されている。

児童・生徒たちに、製作物の完成度を高めるた めにはあらかじめ「設計図」や「完成予想図」

等の図面を作成しておく不可欠性を学ばせ、実 際にそれらの図面を描くことができるようにす ることである。 

3.4.4.製作物と単元 

  「ものづくり科」に関する各学校・学年の指 導内容の詳細や具体的な製作物・単元について は、市による強い拘束力を持つ法的基準は存在 しない。ただし、『指導の手引き』には、教育課 程編成の基本方針が具体的に記述・解説されて おり、その中に「事例」として、一定の教育段 階ごとに次のようないくつかの単元例が記載さ れている(10)。 

  たとえば、「小学生  低学年」向けとして「プ ラ板で作って  保育園の友だちにおくろう」、

「小学生  中学年」向けとして「家族にあてた  音楽会の招待状」、「小学生  中・高学年」向け として「家族が喜ぶ写真フレーム」「小学生  高 学年」向けとして「学校の回りの動植物調べ」、

「中学生  家庭科+ものづくり科」向けとして

「保育園児のための  おもちゃ製作」、「中学生  技術+美術+ものづくり科」として「小学生へ のプレゼント」、などである。 

3.4.5.「学習プリント(ワークシート)」

の活用 

  児童・生徒たちは、自分以外の者が利用する 物品、他者の要望にそくした物品等を製作する ことが要求されているので、製図・図面のほか

にも、各学校・教師が作成した各種の「学習プ リント(ワークシート)」にもとづいて、その都 度、製作物として実現すべき自分(たち)自身 の課題を整理・自覚化することが求められてい る。 

3.4.6.販売体験活動「チャレンジショッ プ」の開催 

  前述のように、「ものづくり科」は、指導・学 習過程の最終的段階において、「作ったものを発 表・販売する」活動を位置づけている。毎年 12 月に市内で開催される児童・生徒の販売体験活 動「チャレンジショップ」はこの代表的な活動 である。この「チャレンジショップ」では、各 校ごとに児童・生徒の代表者が販売ブースを構 え、教師や保護者の協力を得ながら、自らの手 で製作した物品を販売している。この活動では 現金処理が行われる。販売で得た売上金の取り 扱いは、各学校の判断に任されており、それぞ れの教育活動に資するように利用されている。 

  このように、「チャレンジショップ」では、模 擬的ではあるけれども、児童・生徒たちの製作 物が実際の商品として取り扱われる。筆者らの 聞き取り調査によれば、子どもたちは、商品の 売れ行きを基準として、自らの製作物が「相手 意識」に応えるものであったかどうかを緊張感 をもって実感豊かに判断している。 

 

4.他者が利用する物品の製作という「ものづ くり科」のめざす社会性 

  普通教育としての技術・職業教育の観点から 見ると、「ものづくり科」の取り組みのなかでと くに注目し得ることは、事実上、技術・職業教 育の本質的部分への志向性が示されていること

(6)

である。このことは、教科の名称のうちの「相 手意識に立つ」というユニークな字句に端的に 表現されている。以下、この字句の持つ意味を 簡単に整理しておきたい。 

  「相手意識に立つ」という字句は、教科の成 立経緯から見ると、この教科は、諏訪市が 2005

〜2007 年度の 3 年間、経産省の認可事業として 地元企業と共同で実施した「ユーザー視点のも のづくり」を継承・再編するかたちで創設され たことに由来している。「ユーザー視点」という 字句には、地元の製造業界の意向が強く反映し ていると見てよいだろう。諏訪市は、人口が約 5 万人の地方小都市であるが、第 2 次産業就業 者の割合が約 35%を占め、精密機械工業が地場 産業の一つに位置づいている。グローバル巨大 企業、セイコーエプソン株式会社も市内に本社 を構えている。 

  商品を生産するメーカー系企業は、今日、市 場に新たな商品を投入し、仮に比較的好調な売 り上げを記録したとしても、すぐに売れなくな る場合が少なくない等の厳しい経営状況をふま え、消費者のその時々の多様なニーズを的確に 捉えた商品を、次々と生産し、時機を逃さずに 市場に投じていくことが大きな課題になってい る。メーカー系企業にとって重要地域の子ども たちが、小学生のときから自らの手で「ユーザ ー視点」に立った擬似的な商品づくりの経験を 積むことは、経営戦略に見合った人材養成上有 効であると考えることは不自然ではない。「相手 意識に立つ」という字句には、それ以前の「ユ ーザー視点」という字句に込められた、消費者 の多様なニーズに的確に応える商品をフレキシ ブルに生産するという企業戦略が反映している

ことは間違いないと思われる。 

  実際に、「ものづくり科」の前身的取り組みで ある「ユーザー視点のものづくり」で利用され た指導者用の冊子には、「ユーザー(使う人)視 点の重要性」を述べる際に「相手意識」という 用語を使いながら次のように解説されている(11)。    「これからの産業界のものづくりを始めとし て全ての社会活動には、ユーザー(相手)をは っきり決めて、その人のことを積極的に知り、

発想する相手意識が重要になってきます。/将 来、子供たちが社会人になる頃には、この傾向 はさらに強まると予想されます。このような社 会の中で生き生きと活動するためには、ユーザ ー視点が自然に身に付いていることが、大変重 要になると考えられます。」 

  ただし、「ユーザー視点」(のものづくり)か ら「相手意識に立つ」(ものづくり)への字句の 変化も同時に看過できないところである。筆者 らの調査・分析では、この字句の変化は、上述 のようなメーカー系企業の戦略的人材養成観を、

「確かな学力、豊かな心、健やかな身体の調和 のとれた育成」をめざす「生きる力」の育成と いう今日的な教育課題にそくして、普通教育の 文脈で組み替え、意味づけ直した結果であると 考えられた(12)「ものづくり」教育の普通教育的 意義の明確化が改めて要請されたからであろう。

公立小・中学校のなかに企業側の人材養成等の 論理をそのまま導入しようとしても、教職員や 保護者らの賛同を得にくいばかりでなく、そも そも技術・職業教育の位置づけが著しく貧困な 小・中学校の現実にそくしても困難が大きいと 考えられる。 

  しかし、このことは、「ユーザー視点」(のも

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のづくり)の原則を大きく崩すほどの根本的変 化を生み出すものではなかったと見られる。す なわち、「ユーザー視点」(のものづくり)と「相 手意識に立つ」(ものづくり)という二つの中心 的概念は、共通する教育観で貫かれていると見 ることができる。子どもたちが製作する物品は、

基本的に、製作者(子どもたち)自身で使用す るためのものではなく、製作者以外の他者が利 用するものとして目的化されていることである。

このことは当該教育活動の原則とされている。 

  また諏訪市は、こうした他者利用の物品の製 作という基調にそくして、前節で述べたように、

児童・生徒たちが自らの製作物を自らの力で販 売する「チャレンジショップ」を開催している。

この企画では、児童・生徒は、自らの製作物が 実際に「相手意識」に応えるものであったかど うかを、販売状況から実感できるようにされて いる。実際に、この「チャレンジショップ」に おいて販売に臨む児童・生徒たちの意気込みは 著しく強く、担当教員によると、子どもたちは 販売の結果を真摯に反省的に受けとめ、改善点 は次の製作で克服するように努力するとのこと であった。 

  このように「ものづくり科」では、消費者ニ ーズに適った商品生産に貢献できる人材養成と いう地元企業の経営上の文脈を、「家族や友人、

使う人や買う人など」の「相手意識」に適った 技術・職業的活動の文脈へと教育的に組み替え、

児童・生徒が、地元企業や地域住民の協力を得 ながら、自分以外の者の要求に見合った物品を 製作したり、製作物の販売体験等を行っている。

他者利用を前提とした物品の製作と販売をめざ しているので、目的意識の明確化、他者とのコ

ミュニケーションや共同作業の尊重、製図・図 面の重視、道具・材料の取り扱い等が大切にさ れている。 

  日本では、類似の教育活動を展開しようとす ると、家庭内生活に役立つという発想を大切に した家庭科的「ものづくり」や、製作者個人の 独創的なアイディアを重視しようとする趣味的 あるいは芸術的な「ものづくり」を志向する傾 向が強くなることが多いけれども、諏訪市では、

製・販一体の社会・経済的観点を基礎とした社 会性豊かな「ものづくり」教育という枠組みが 事実上大切にされている。このことは、本小論 の冒頭で概略述べたような、普通教育としての 技術・職業教育の世界的課題に迫るものである と考えられる。 

実際に、たとえば、イングランドの義務教育 課程における全 11 年間一貫の必修教科「設計と 技術(Design and Technology)」では、「『使う 人が求める製品の構想・設計』及びその過程で の『問題解決』が重要であるとの共通理解」が 認められる(13)。 

 

5.小・中の接続関係の課題 

  「ものづくり科」の小学校段階の実際の取り 組みを概観すると、各校の 6 年間の教育課程全 体には、画一性はあまり認められず、全体とし ては多様である。発足初期の 2009 年度を例に取 ると、小学校全 7 校の取り組みは、①当該校独 自の伝統的な総合学習との関連・連携を基軸と した総合学習型、②中学校の技術科の加工学習 への接続も企図した加工学習重視の技術科型、

③「二度づくり」を重視した「二度づくり」重

視型、④全学年に同一の共通単元を設定した全

(8)

学年統一単元型、⑤生活科や国語科など他教科 との連携を相対的に重視した教科連携型、⑥外 部講師を積極的に活用し、教育課程の基調がこ の外部講師の専門性に大きく依存する外部講師 活用型、の 6 種に区別することができた(14)。    これに対して中学校段階については、2009 年 度以降、全 4 校のすべてで「ものづくり科」の 3 年間を通した教育課程の最初の段階(1〜2 年 生)に、木材加工中心の「多目的ボックスの製 作」と金属加工中心の「リサイクル水差しの製 作」が配置されるようになり、この二つの単元 は、中学校 4 校の共通単元となった。換言すれ ば、各中学校の「ものづくり科」の教育課程は、

単元編成の面から見ると、4 校共通単元を基礎 部分に位置づけながら、その上部に各校ごとの 独自性を発揮する単元が編成されるようになっ ている(15)。 

  こうした小学校と中学校の取り組みの違いは、

制度的には次のような事情によるものと考えら れる。 

○小学校の教育組織が学級担任制を基本として 構成されているのに対して、中学校の教育組織 は教科担任制を基本としていること。 

○「ものづくり科」の中学校段階の指導体制が 技術科担当教員(専任)を中心として組織され ていること。 

○この技術科担当教員は各校に 1 名しか配置さ れておらず、学校・教員間の横の交流・連携が 求められていること。 

○また、技術科は中学校のみに位置づいている 特殊な教科であり、小学校には技術科に相当す る教科が存在しないこと。 

  すなわち、「ものづくり科」の重要な課題の一

つは、この教科が小・中を一貫した 9 年間の教 育課程・教育実践を志向しているにもかかわら ず、小学校から中学校への接続が断絶的な関係 になりがちであることである。前述した小学校 段階の取り組みのうち中学校への接続を明確に 自覚化していると見られたのは技術科型の 1 校 のみである。この学校は、かつて中学校で技術 科を担当していた教員が「ものづくり科」を主 導しているという特殊な事情を有している。 

  こうした小・中の接続関係の問題は、本小論 の冒頭で述べたように、日本における普通教育 としての技術・職業教育制度の特殊性、すなわ ち、日本では普通教育の一環として技術・職業 教育を担う教科は制度上中学校の技術科のみし か存在しないという日本的事情に由来するとこ ろが少なくないと考えられる。その意味で、こ の問題の根は浅くはない。 

  しかし、「ものづくり科」において、子どもた ちに身につけさせようとする学力の発達、いわ ば「ものづくりの学力」の発達に一貫性を持た せ、この学力の発達を促す教育課程を上構型で 体系的に編成することにより、小・中を一貫し た教科教育を組み立てることは可能であろう。 

  「ものづくり科」の 2010 年度実践発表会では、

各小学校から、「子どもたちは、相手意識があれ ばこそ、ものづくりに夢中になれる」という報 告(S 小学校)、「作ることの意義と家族への思 いが、まだまだ不器用で、なれない手さばきの 子どもたちが、精一杯作ろうとする原動力にな るんだな、と感じた」という報告(J 小学校)

が出された(16)。これらの小学校では、子どもた ちが栽培したアサガオのつるを材料にしたリー スづくり(K 小学校)、子どもたちが飼育して

(9)

いるヒツジ「ももこちゃん」の羊毛を使ったフ ェルトボールづくり(T 小学校)など、動植物 の栽培・飼育を介して、実際生活の中で社会的 に通用する力を子どもたちに育てようとする実 践も少なからず見受けられる。 

  他方、中学校段階では、たとえば N 中学校が、

発足初年度の 2008 年度から一貫して、「ものづ くり科」の授業を通して生徒たちに、「使い手に 責任を持って渡すことのできる製作品が製作で きる」力を身につけさせるとしており、生徒た ちの製作責任の履行を重視していた(17)ことは示 唆深い。こうした、製作物には利用者の好みや 使い勝手の良さばかりでなく、利用者が安全・

安心に使用できるという条件も満たす必要があ るという思考を子どもたちに意識的に育てよう とする試みは、少なくとも小学校段階では顕在 化していないと見られるからである。中学校段 階における、製作者の側の製作責任を自覚化さ せようとするやや高次な技術・労働観の育成は、

小学校段階での素朴で低次な技術・労働観の上 に形成される中学校段階に特有の発達課題とし て理解されていると考えられる。 

 

6.「ものづくり科」の普通教育的意義:東日本 大震災後に生きる子ども・青年のために    以上に概略を述べたように、「ものづくり科」

の営みは、リアリティー豊かな社会性を重視し ている点で、世界標準に迫る技術・職業教育で ある。この教科指導では、あらゆる子どもたち に、自分以外の者が安全・安心に利用できる物 品を自らの責任で製作し、手渡すことのできる 力量を、段階的に身につけさせることを企図す るようになっている。「ものづくり科」が、すべ

ての子どもたちのためという普通教育の一環と して位置づくのは、まさにこのようなリアリズ ムに裏打ちされた豊かな社会性ゆえであろう。 

  こうした諏訪市の挑戦は、今後、日本全国に おいて普通教育としての技術・職業教育を世界 的水準に見合う上構型の体系として構築してい くとき、なによりも彼・彼女たちに開こうとす る技術・労働の世界を、個人的な自己満足に終 始する等の閉鎖的な世界としてではなく、つね に他者や自然との密な関係を取り結ぼうとする 社会性豊かな現実世界として理解しなければな らないことを改めて教えてくれている。 

  とりわけ東日本大震災以後、こうしたリアリ ティーに溢れる普通教育としての技術・職業教 育を、可能な限り多くの機会、あらゆる子ども・

青年たちに提供していくことがますます重大な 課題になっている。 

  巨大企業を中心に極度の経営合理化・効率化 を追求してきたメーカー系企業は、自動車産業 に典型的に見られたように、東日本大震災発生 後、半導体やゴム製品など、ある部品1つの生 産・流通が停滞しただけで、それに関連する製 造業界全体の活動が世界的規模で数ヶ月以上も

「正常化」できなくなる異常な事態に陥った。

物流・小売業界等も同様であり、食品等の生活 必需品や医薬品の流通・販売も著しく滞るなど、

被災地を中心として人びとの命や生活を脅かす 深刻な状態を招いた。 

  すなわち、東日本大震災は、子ども・青年た ちを取り巻く技術・労働の現実世界では、「働き がいのある人間らしい労働(ディーセント・ワ ーク)」を実現することがますます困難になって いる不合理さばかりでなく、働くことが、より

(10)

強力な合理化・効率化のうねりに組み込まれた 結果、人びとの暮らしを豊かにするどころか、

逆に、システムとして機能しなくなると図らず も人びとの生命を絶ちかねない事態を生み出す という、非人道的で破滅的な脈絡が強まってい る惨状をあらためて露呈することになった(18) この新自由主義的な束縛の構造から、すべての 子ども・青年たちが解放されなければならない。

そしてそのためには、彼・彼女たちが、技術・

労働の現実世界の本質的部分を自らが実感する ものとしてつかみ取ることができなければなら ず、またそれを、自らの手で、人びとが永続的 に生きる希望をつむぐことが可能なものへ高め ることができなければならない。 

  諏訪市の「ものづくり科」の営みの核心は、

児童・生徒たちが、自分(製作者)以外の者が 利用する物品を製作し、提供するという、資本 主義社会の根底に位置づく商品生産の基本的特 質を指導・学習活動の基盤に置いていることに ある。その意味で諏訪市のこの取り組みは、製・

販一体的な多様な実習を介して、現実社会を成 り立たせている原理へ子どもたちを導き、彼・

彼女たちに社会で通用する力量を身につけさせ ようとする営みであり、リアリズムに裏打ちさ れた社会性に富む重い試みであると言えよう。 

  すべての子ども・青年たちは、人間らしく生 きる権利を持つ。「相手意識に立つ」という「もの づくり科」の教育的意図が日本の普通教育界に 投じた民主的意味は決して小さくないであろう。 

    謝辞 

  「ものづくり科」の調査に関して、諏訪市教 育委員会の大坪久芳氏、小島雅則氏、五味聖氏、

E クリエイトの河野満氏から多大なご支援を得 た。記して謝意を表する。 

    注 

(1)田中喜美ほか『国民教育でのテクノロジー・リテ ラシーの学力到達度アセスメントに関する国際比 較調査』(科研費報告書:課題番号 14310117)、2006 年、2 頁、など。 

(2)田中喜美「普通教育としての技術教育の目的論再 考」『技術教育研究』第 57 号、2001 年、30 頁。 

(3)小口政英「長野県諏訪市立小学校における『相手 意識に立つものづくり科』1 年目の取り組み」『技術 と教育』第 432 号、2009 年、大坪久芳「諏訪市『相 手意識に立つものづくり科』の取り組みについて」『日 本産業技術教育学会誌』第 51 巻第 2 号、2009 年。 

(4)都筑圭佑「長野県諏訪市立小学校における『相手 意識に立つものづくり科』に関する調査研究」東京 学芸大学教育学部 2010 年度卒業研究論文(技術専 攻所蔵)、2011 年、坂口謙一・吉田翔太郎「地方分 権化時代の小・中一貫ものづくり科に関する調査研 究(Ⅰ)『技術教育研究』第 72 号、2013 年、など。 

(5)室岡聡也・村松浩幸・本田寛起・川久保翔「諏訪 市ものづくり科における中学校入学時点での生徒 の技術に関する情意・知識の状況」『日本産業技術 教育学会第 55 回全国大会(旭川)講演要旨集』、2012 年。 

(6)坂口謙一・吉田翔太郎、前掲論文、39〜40 頁。 

(7)諏訪市教育委員会「諏訪市のものづくり教育につ いて」、2010 年 3 月付け。 

(8)坂口謙一・吉田翔太郎、前掲論文、43〜44 頁。 

(9)諏訪市教育委員会編・発行『相手意識に立つもの づくり科  指導の手引き』2008 年版・2011 年版、

各 8 頁。 

(10)同上 2008 年版・2011 年版、各 11〜19 頁。 

(11)エプソンインテリジェンス株式会社編・発行『キ ャリア教育  ユーザー視点のものづくり  総合指 導マニュアル』、2007 年、2 頁。 

(11)

(12)都筑圭助、前掲論文、21〜25 頁。 

(13)有川誠・土井康作・田口浩継・坂口謙一「イン グランドの Design and Technology の現状と課題」

『日本産業技術教育学会誌』第 55 巻第 1 号、2013 年、61 頁。 

(14)都筑圭助、前掲論文、27〜35 頁。 

(15)坂口謙一・吉田翔太郎、前掲論文、43 頁。 

(16)諏訪市教育委員会・諏訪市校長会・諏訪市もの づくり委員会「平成 22 年度  諏訪市小・中学校『相 手意識に立つものづくり科』実践のまとめ(平成 23 年 2 月 17 日発表)」。 

(17)坂口謙一・吉田翔太郎、前掲論文、41 頁。 

(18)技術教育研究会常任委員会「第 44 回全国大会  基調報告(案)」『技術と教育』第 451 号、2011 年、

4 頁、参照。 

 

※本小論は、科学研究費補助金・基盤研究(C)「地 方分権化時代の地域密着型小・中一貫ものづくり科に 関する調査研究」(研究代表者:坂口謙一、課題番号:

23531164)の助成を得た研究成果の一部である。 

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