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学 位 の 種 類 博士(異文化コミュニケーション学)

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全文

(1)

23

氏 名 荻原まき

学 位 の 種 類 博士(異文化コミュニケーション学)

報 告 番 号 甲第

571

号 学位授与年月日 2021 年 3 月 31 日

学位授与の要件 学位規則(昭和28年4月1日文部省令第9号) 第4条第1項該当

学 位 論 文 題 目 儀礼の中のライフストーリー・インタビュー:

台湾原住民の日本語世代の語りに関する言語人類学的 分析

審 査 委 員 (主査) 小山 亘(立教大学大学院異文化コミュニケ ーション研究科教授)

灘光 洋子(立教大学大学院異文化コミュニ ケーション研究科教授)

桜井 厚(立教大学社会学部元教授)

(2)

Ⅰ.論文の内容の要旨

本博士論文は、 「儀礼の中のライフストーリー・インタビュー:台湾原住民の 日本語世代の語りに関する言語人類学的分析」と題し、目次・本文・註釈・資料・

参考文献を含め、271 ページから成る。本論文の構成は、以下の通りである。

(1)論文の構成 第

1

章 序論

1.1

研究背景-台湾原住民との出会いから

1.2

研究目的・研究方法

1.3

意義・位置付け

1.4

論文構成・展開

第一部 研究背景と理論的枠組み 第

2

章 台湾原住民族の背景

2.1

歴史的背景

2.1.1

日本統治時代

2.1.2

中華民族(中国国民党)時代

2.2

言語的背景

2.3

民族的背景

2.3.1

高砂族について

2.4

宗教的背景

3

章「かれらの日本語」とは

3.1

先行研究、真田の「日本語クレオール」

3.2

安田の「かれらの日本語」

3.3「かれらの日本語」とは

4

章「かれ(ら)の日本語」を描くために

4.1

ライフヒストリー研究からライフストーリー研究へ

(3)

4.1.1

ライフヒストリー

4.1.2

実証主義(リアリズム)アプローチ

4.1.3

ナラティブ・アプローチ

4.2

社会記号論系言語人類学

4.2.1

社会記号論系言語人類学

4.2.2

パースの記号論

4.2.3

ヤコブソンの「

6

機能モデル」

4.2.4「出来事モデル」

4.2.5「メタ語用」

4.3「かれ(ら)の日本語」を描くために 4.3.1

相違点

4.3.2「生きられた語り」を生み出す相互行為としてのインタビュー

第二部 台湾原住民の「日本語」の語りを描く

5

章「日本語」の語りとは

5.1

台湾へのフィールドワーク

5.2

使用データの紹介

5.3

協力者

A

との出会い

5.4「変らない語り」

5.4.1

初対面インタビュー「もったいなかった」

5.4.2 2

回目のインタビュー「神様の意味」

5.4.3

長期的なインタビュー「先生」

5.5

キリスト教

5.5.1

データ

8「福音大爆発」

5.5.2「入信理由」

5.5.3「布教の様子」

5.5.4 A

にとっての「キリスト教」とは

5.6

インタビュー以外での相互行為

5.6.1

使用データの紹介

(4)

5.6.2

データ

14

「カレンダーに書きました」

5.6.3

データ

15「教会を一緒に」

5.6.4

データ

16

「讃美歌の本をもらう」

5.6.5

データ

17「結婚式に来て」

5.6.6

データ

18

「教会で紹介する」

5.6.7

データ

19「秘密の話」

5.6.8

「インタビュー以外での相互行為」で見られたこと

5.7 A

にとっての「日本語」の語りとは

6

章 考察 第

7

章 結語

7.1

本研究の総括

7.2

限界と課題、そして展望 補遺

参考文献

(2)論文の内容要旨

本論文は、台湾における日本統治時代に日本語教育を受けた台湾原住民(台湾 における「原住民」は日本語での「先住民」の意)のうちのルカイ族の

1

人の牧 師(本論文では

A

と呼ばれる)に対して調査者(学位申請者)が

2012

年から

19

年にかけて

8

年間に亘ってライフストーリー・インタビューを行い、それらの インタビューの場において、

A

と調査者とによる日本語での語りをとおして「語 られていること」 、 「為されていること」を、ライフストーリー研究の対話的構築 主義アプローチと社会記号論系言語人類学の視座から、記述・分析したものであ る。

本論文は大別して

2

つの部分から構成されている。第一部「研究背景と理論 的枠組み」においては、台湾についての歴史的背景を概観した後、理論的概念、

研究方法、分析方法が記述され、他方、第二部「台湾原住民の『日本語』の語り

(5)

を描く」においては、第一部を承け、ライフストーリー・インタビュー・データ の分析、考察が行われている。

まず、第

1

章「序論」では、本論文の背景、目的、方法を示し、学術的意義、

位置付け、および論文の構成と展開が記述されている。

続く第

2

章「台湾原住民族の背景」では、本論文の第二部の分析において重要 となる台湾原住民を取り巻くコンテクストを、 「歴史的背景」 、 「言語的背景」 、 「民 族的背景」 、 「宗教的背景」の

4

つの項目に分け、概観している。とりわけ、本研 究の重要な鍵ともなる「言語的背景」では、日清戦争後の台湾で、十分な準備を 欠いたまま、平地と山地で異なる方式で導入された「統治のための日本語」が、

第二次大戦後、中華民国時代には「残滓」として存する「日本語」へと転変する とともに、 「かれら」 (大日本帝国支配下で日本語教育を受けた原住民の一部)に より我有化(appropriate)された「日本語」 ( 「かれらの日本語」 )へと変容したこ とが詳述されている。そして、さらに、そのような「日本語」が、特に

20

世紀 末以降、一部の文学者や言語学者など、 「今ここ」の日本人によって、 「残存する 日本語」として「発見」され、ノスタルジーの対象となったり、あるいは、 「台 湾に残存する日本語クレオール」などとしてフィールドワークをとおして調査・

研究される対象と化してきたことが記されている。

次いで第

3

章「 『かれらの日本語』とは」では、まず、第

2

章で述べた「今こ こ」の日本人研究者たちが行ってきたこれまでの台湾原住民族の諸言語、および、

かれらの日本語に関する先行研究が概説されている。中でも、上記のように「残 存」 、 「発見」などの修辞的トポスに包まれ、また、相互行為(為されていること)

ではなく言及指示(語られていること)、特に後者の体系的側面(語彙や文法)

に焦点化した言語学的研究として真田真治・簡月真の「日本語(宜蘭)クレオー

ル」研究、そして、その批判である安田敏朗の「かれ(ら)の日本語」論とを取

り上げ、両者の見解が概観されている。そのうえで、これら両者のスタンスとは

異なり、本研究では、 「かれ(ら)の日本語」の語彙・文法などの言及指示的要

素ではなく、かれ(ら)によって日本語をとおして語られていること、そして特

に、為されていること――つまり語用論的側面――に焦点化することにより、別

(6)

言すれば、かれ(ら)は日本語で何を語り、何を為しているのかを探究すること により、 「かれ(ら)の日本語」を再考し、その社会指標的意義を明らかにする ことが試みられると論じている。そして、そのような志向性を持つ本研究、特に その第二部のインタビュー分析によって同定される「かれ(A)の日本語」は、

時代に翻弄されてきたとも言える山地原住民族・台湾人である

A

が、生活のた め、我が身のため、やむを得ない状況下で、しかし同時に、自らにとってのその 意味を能動的に構築しながら、 「今ここ」の現代まで使用し続けてきた言語であ ったと、インタビューという相互行為をとおして指し示されたこと、したがって、

以上がインタビューという相互行為をとおして示されたかぎりにおいて「かれ

(A)の日本語」は、まさしく調査者との相互行為をとおして、インタビューの

「今ここ」において創出された日本語であったことが確認されたことが述べら れている。

以上を承けて、次に、第

4

章「 『かれ(ら)の日本語』を描くために」では、

3

章で、上にその概略を瞥見したような「かれ(A)の日本語」(より一般に は「かれ(ら)の日本語」)の同定に至るまでに/ために措定された理論、方法 論が示されている。すなわち、本論文では、 (1)ライフストーリー研究と、 (2)

社会記号論系言語人類学とを接合した方法論が採られており、本章の前半では ライフストーリー研究、後半では社会記号論系言語人類学について論述されて いる。まず、その的

まと

を(社会集団などの集合的事象ではなく)個人に据えており、

「かれ(ら)の日本語」をとおして「かれ(ら)の日本語の世界」や語り手のア イデンティティを探るのに適した研究法であるライフストーリー研究について、

その概念、歴史を整理し、とりわけ桜井厚の提唱・実践する対話的構築主義アプ

ローチについて詳述している。しかし本論文におけるインタビューは、 (1)一回

性のインタビューではなく、同一人物に経年的に行われたインタビューであっ

たため、長期間の相互行為により、語る内容や語り方の変容、あるいは不変的な

語りが見られ、このうち、特に不変的な語りについては従来のライフストーリー

研究では看過されがちであったこと、そして、 (2)ライフストーリー研究におけ

る「語り方」 、その「語り方」を含めたインタビューの場やコンテクストを踏ま

(7)

えた分析――インタビューの今ここで為されていること、特に、インタビューの 今ここでの語りと、そこで、過去に為されたものとして指標される語りとの結び つき、など――に関しては、より詳細で精確な分析の余地があると考えられるこ とが指摘され、それを鑑み、ライフストーリー研究を補完しつつ、 「今ここ」と

「過去」との繋がり、 「発話(コミュニケーション)出来事(

speech event

) 」と「語 られる出来事(narrated event) 」との結びつきを明瞭化できるアプローチで、か つライフストーリー研究の手法との整合性も高い、社会記号論系言語人類学の 談話分析との接合を試みることが述べられている。

続いて、第

4

章の後半では、その社会記号論系言語人類学のコミュニケーシ ョン理論の概要と、この理論のうちで、特に第二部の分析で重要な役割を果たす パース記号論、ヤコブソンの

6

機能モデル、シルヴァスティンの出来事モデル を概説している。中でも、談話分析で必須となるヤコブソン/シルヴァスティン の「メタ語用機能」概念を詳述し、この概念によって、今ここと過去との繋がり や「相互行為の中で立ち現れる日本語」の明瞭化が為しうることが論じられてい る。加えて、コミュニケーションにおいて「テクスト」として形成される相互行 為のユニットに、ヤコブソン/シルヴァスティンの言う詩的機能(反復機能)が 顕著に観察されること、そして、そのような詩的機能などをとおしてインタビュ ーとそこでの語りが「相互行為の儀礼」として創出されていることなどを記して いる。また、インタビューの場で為されていることを、より仔細に、インタビュ ーの場(空間的な場と相互行為の場) 、参与者役割、インタビュー内で起こるメ タ・コミュニケーション(上記参照)などといった要素に分けて捉えたうえで、

それらを統合するアプローチの重要性を明確化している。

以上、見てきたような、第一部で示された研究背景、理論的枠組み、分析方法

を前提として、第二部において、実際のライフストーリー・インタビュー・デー

タの事例分析が展開されている。第

5

章「 『日本語』の語りとは」では、まず第

1

節から

3

節までで、台湾での調査者のフィールドワークの経緯を簡単に振り返

り、データの全体像を紹介した後で、A と調査者との出会い、および

A

のライ

フストーリーの概略が示されている。続いて、第

4

節以下において、実際のライ

(8)

フストーリー・インタビュー・データの分析が為されている。

まず、第

4

節の「変わらない語り」では、 「初対面インタビュー」と「2 回目 のインタビュー」を提示しつつ、経年的インタビューを俯瞰的に比較したことに より見られた「変わらない語り」、つまり「語り(エピソード)の反復」の分析 が試みられている。その結果、日本統治時代の日本人女性の先生からの

A

に対 する進学の推奨というエピソードが、引用(反復)の使用をとおして、今ここで 前景化され、それにより今ここと過去との繋がりが形成されていることが看取 されたこと、そのようにして、語りの反復が、

A

にとって深く、重要な記憶とし て残っている「過去の出来事」を指標する装置として機能している様が見い出さ れたことが記されている。

A

によって何度も間ディスコース的に引用された、こ の先生の語りに強く見られる詩的機能(反復)は、もちろん、このエピソードの みにではなく、インタビューで他に語られたことや為されたことにも、そして調 査者による定期的な訪問などの、インタビューを取り巻く相互行為にも見られ、

そのような、さまざまな記号論的な平面を横断する詩的構造によるテクスト化 によって、このインタビュー、そして特にこのエピソードが、極めて儀礼的な要 素が高いものとなっていたことが論じられている。

次の第

5

節「キリスト教」では、上記の

4

節でも見られた

A

のアイデンティ ティの根幹の

1

つを成していると思しきキリスト教について分析が行われてい る。ここでは(1)インタビューの場である、あたかも小さな教会のような、宗 教的色合いの濃い

A

の自宅リヴィングに貼られたある写真の存在が、キリスト 教の教えに沿った山地での苦しい伝道活動の記憶を回帰させる様、そして、 (2)

日本の敗戦により、日本語をとおした教育・社会階層での上昇を諦めざるをえな かったが、その後、回心して牧師となった

A

が、日本人の「先生」である(日 本語教師の職にある)調査者に、キリスト的・儀礼的色彩の濃いインタビューの 場で、その諦めた「日本語」を用い、通常、

A

が教会で行っている説教のごとき 語りを施す様、それらが記述・分析されている。

最後の第

6

節「インタビュー以外での相互行為」では、経年的に行ったインタ

ビューであるからこそ生み出された/可視化された、A と調査者との関係性の

(9)

変化、それによる相互行為の変容が分析されている。聞き手と語り手との関係性 が変化するにつれて

A

の語りの内容も変容していくことが観察されただけでな く、本論文においては、とりわけ牧師という「召命」 、 「天職」に関わって

A

が、

(A の言う) 「先生」や「偉い」人の言葉の引用をとおして、調査者を、 「今ここ」

A

が定位する世界、究極的にはキリスト教の神の世界――「今ここ」にはな い彼岸――へと 誘

いざな

っている様が、インタビューやそこで語られたことに限らず、

そこで為されたこと、さらにはインタビュー以外の相互行為をとおして、示され ていることが論じられている。

以上、上で示した

3

つのデータ( 「変らない語り」 、 「キリスト教」 、 「インタビ ュー以外での相互行為」 )から、これまで研究の俎上に上ることがなかった「か れ(ら)の日本語」(台湾原住民の日本語)の社会指標的側面――たとえば、A の「今ここ」のアイデンティティ、あるいは「ライフ」にとって明らかに基軸の

1

つを成し、

A

にとっての社会的オリゴが据えられている教会や神の近傍に向け て、最初のインタビューでは

A

の家の外、次のインタビューでは上記のリヴィ ング、やがて家の奥や教会へと、

A

のインタビュアーである調査者が、徐々に誘 われていく相互行為の変遷、そのような相互行為の変容の中に埋め込まれた/

中で用いられる「A の日本語」 、そしてそのような相互行為の枠組みの中で語ら れ、位置づけられる

A

にとっての「日本語の世界」――その有り様が照射され たことが記されている。そして同時に、そのようなライフストーリー・インタビ ューの過程全体が、一種の通過儀礼の一事例として捉えられ、調査/インタビュ ーという相互行為の一連の出来事が、社会調査・社会科学などの属する世俗的な 世界の時空を超えて、いわば神の領域の近傍にまで調査者を導く過程であった とも特徴付けられうるとの(再帰的な)観察が行われている。

以上、第

5

章の分析を承けて、第

6

章「考察」で本論文の目的を再度、確認 し、第一部で示した研究背景、理論的枠組み、分析方法、そして第二部において 示したインタビュー・データの分析結果、これらを接合した考察が行われている。

そこにおいては、台湾という地域で日本統治時代に日本語教育を受けた

A

とい

1

人のルカイ族原住民の「日本語」は、語彙・文法などの言及指示的な体系的

(10)

要素の集合というよりも、日本人研究者である調査者との邂逅、両者の相互行為

(ライフストーリー・インタビュー)、そしてそこでの両者の「日本語」による 語り、これらをとおして前提的、あるいは創出的に指し示された「日本語」とし て現出したことが論じられる。より具体的には、経年的なライフストーリー・イ ンタビューという一連の相互行為における日本語での語りは、

A

という社会的

(相互行為的)存在を構成するコンテクストの一部でもあるキリスト教の概念 や教えによる屈曲を経て表出した語りであり、そして、その日本語での語りを取 り巻き包含する相互行為(長期的インタビューとそれを取り巻く相互行為)は、

キリスト教に関わる意味での「儀礼」だけでなく、ゴフマン的/世俗的な「儀礼」 、 すなわち、インタビューの語りや相互行為の中において、ヤコブソンの言う詩的 機能(反復)によって形作られる儀礼(上記参照) 、さらには、ファン・ヘネッ プの言う通過儀礼の様相も呈していたこと――いわば、儀礼の中のインタビュ ーであったこと――が確認されている。台湾とその原住民(ここでは

A)という

コンテクストへと結びつけられた「日本語」を、ライフストーリー研究の対話的 構築主義アプローチと社会記号論系言語人類学の談話分析とを接合・援用し、相 互行為に注目して考察した結果、単なる語彙・文法などの言及指示的要素を超え た、インタビューで「語られていること」と「為されていること」の中に――相 互行為参加者としての

A

のライフの中に――埋め込まれ、そこに現出する「A の日本語」の有り様が看取されたことが論じられている。

そして、終章となる第

7

章「結語」では、前半で本論文の総括を行い、後半で その限界と課題、展望について述べられている。まず、本研究で明らかとなった

「A の日本語」 、 「かれ(ら)の日本語」と、言語学や社会言語学などで言われて きた「かれ(ら)の日本語」との差異が確認され、続いて、経年的に行われたラ イフストーリー・インタビューや、社会記号論系言語人類学の「メタ語用」、 「詩 的機能」などの概念装置を用いた分析から、上で見たような多重の儀礼性を備え、

可変的であると同時に不変的な要素も持ち、かつ、A の「ライフ」(生/生活・

人生)を指し示すような相互行為の中に

A

の日本語( 「かれ(ら)の日本語」 )

が置かれていることが再説されている。

(11)

他方、本研究の限界と課題、展望を扱った第

7

章の後半においては、この研究 の基盤となるインタビューやその他の調査が、単に、一定の制約、社会的条件の 中で行われただけでなく、その調査や分析が特定の、上で見たような理論、研究 枠組み、学術的コンテクストを前提として為されたため、上記のような分析結果 は、それらの制約や条件、前提を含み込んで定立されたものにすぎないことが明 言されている。また、そのようにして、インタビューにおけるコミュニケーショ ンと、調査者によるその記述・分析・考察との間に不可避的にズレが生じるメカ ニズムが、メタ語用など、本論文で解説・援用した概念をとおして再帰的に論じ られている。

以上、本論文の内容を簡単に概観した。

(12)

Ⅱ.論文審査の結果の要旨

(1)論文の特徴

本論文は以下の

3

点をその主な特徴としている。

まず、社会学のライフストーリー研究と、他方、社会記号論的な言語人類学の 談話分析という

2

つの、相互に概ね独立して展開してきた分野の接合を試みた ことが、その第一の特徴となる。社会学全体や、あるいは、オーラルヒストリー、

ライフヒストリー(生活史)研究などと比較した場合、ライフストーリー研究は、

十分、ミクロな相互行為に注目した分野であると言えるが、細部への焦点化が顕 著な分野である言語学との結びつきの強い言語人類学や談話分析と比較すると、

ライフストーリー研究は、言語や相互行為の詳細なメカニズムの捉え方がやや 粗く、また、特に個人/人間に対する全体的・総合的志向性の強さによって、言 語系の諸学に見られるような分析的志向性、形式的特徴に関する精度の高い記 述、一般性の高い抽象的な概念化とその操作などへの関心がやや弱いと特徴付 けうる。他方、言語人類学は、出来事とその環境、社会文化的コンテクストなど との相互作用に焦点化しており、個人はただ、それらに関わるかぎりにおいて―

―つまり、その相互作用の一局面としてのみ――記述・分析される傾向が顕著で ある。そのような中、本論文は、相互行為という視座を固守しつつ個人へと焦点 化し、かつ、従来のライフストーリー研究ではあまり捉えきれていなかった「今 ここ」と「過去」との繋がりを、社会記号論系言語人類学の談話分析、とりわけ メタ語用の概念を援用し明らかにしようと試行しており、それにより、単に「語 られていること」 (言及指示的内容/dicta)のみならず、 「為されていること」 (社 会指標的実践/facta)が一定程度、緻密に分析可能となっていることが、本論文 において第一に特筆すべき特徴と言える。

第二に、上で示した分析方法に依拠して為された、調査協力者である

A

が調

査者とのインタビューという相互行為で行った「A の日本語」での語りの具体的

な記述・分析に、本論文の特徴が現れている。語彙や文法に焦点化した、台湾原

住民の日本語に関する従来の(社会)言語学的研究とは異なった「日本語」――

(13)

特定のコンテクストにおいて用いられ、特定のコンテクストを作り出す相互行 為の中の日本語――つまり、A を取り囲み構成する歴史的コンテクストや牧師 という召命などの個人的背景、聞き手(調査者)と語り手(

A

)との間の社会関 係の変容などと指標的に結びついた

A

の日本語の有り様が、上記のような分析 の枠組みに則って、一定の厚みと分析の精度を持って描かれている。

続いて、第三の特徴として挙げられるのは、上で示した「A の日本語」をとお して語られたこと、そしてインタビュー行為それ自体が、儀礼に――形式的な反 復によって特徴付けられる相互行為の詩である儀礼に――包まれていたという 洞察である。インタビューでの語りの内容や、語りという相互行為の構造におい て、多くの反復が卓立して見られたのみならず、インタビュー以外で見られた相 互行為の変遷も含め、長期に亘るライフストーリー・インタビュー調査の過程そ れ自体が、一種の通過儀礼としての性格を有していたことを、

8

年に亘って行わ れたインタビューのデータを「語られたこと」だけでなく相互行為で「為された こと」にも焦点化して記述・分析することにより明らかにした点に、本論文の(個 性記述科学的な意味での)独自性が認められる。

以上のようにして、本論文は、ライフストーリー研究と社会記号論系言語人類 学とを接合し、その枠組みに依拠して、 「かれ(ら)の日本語」 (A の日本語)が 用いられたインタビューという相互行為を、単にそこで語られたことだけでは なく為されたことにも焦点化して分析した結果、 「A の日本語」のコンテクスト 化された有り様を具体的に示し、また、そのようにして現出した「A の日本語」

を包含するライフストーリー・インタビューが、多くの儀礼的特徴に彩られた相 互行為であったことを指し示した点に、その特徴を持つものである。

(2)論文の評価

本論文は、以下に述べる幾つかの点で評価できる。

第一に、上記(1) 「論文の特徴」でも示唆したように、本論文は、1 人の日本

語世代の台湾原住民(ルカイ族)の語りを、ライフストーリー研究の枠組みを基

軸にしつつ、言語人類学の談話分析の技法を援用しながら、記述・分析を行った

(14)

ものであり、ライフストーリー研究と言語人類学の交点に新たな領域を切り拓 いた研究である、という点で評価できる。両分野の歴史、現在への展開を記述し、

従来、ほぼ独立に生成してきた分野である両者を接合することにより、それぞれ の「死角」となっている点を相互に補完する記述・分析ができることを、実際の ライフストーリー・インタビュー・データを記述・分析することにより示してみ せたことは、本論文で用いられたようなアプローチが、今後のインタビューなど の相互行為の分析において

1

つの新たな方法となりうることを示唆している。

特に、ライフストーリー研究に関して言えば、この分野では、インタビューとい う相互行為をとおして露わになり、しかも個人に属するものと見なされつつも、

やや漠としたものとして捉えられてきた「ライフ」 (生/生活・人生)が、本論 文で試みられた社会記号論系言語人類学の談話分析との接合をとおして、ある 程度、より分析的に明瞭になったと捉えることができる。あるいは少なくとも、

そのような分析的明瞭化の試みが、ライフストーリー研究での「ライフ」の探究 という企てにおいて、果たして有意義なものであるかどうかなどといった問題 を提起するという点においても、一定の生産性を持つ議論をもたらしうるとい う可能性は認められよう。

第二に、本論文は、日本語世代の台湾原住民の語りという「データ」の稀少性 を活かした研究として、高いオリジナリティーを持つのみならず、それに加えて、

長期的に為されたライフストーリー・インタビューのデータに基づき、そこに見 られる語りの変容や継続性・反復を、単に言及指示的内容面(命題内容面)にお いてのみならず、インタビュアーとの社会指標的な関係性を含むミクロなコン テクストの変容との繋がりにおいて捉え、それをマクロな社会文化的コンテク スト、延いては上記

2

分野などの学術的知見や理論的枠組みも参照しながら、

精緻、かつ、綜合的に記述・分析しようと試行しているという点において高い評

価を与えることができる。とりわけ、従来、ライフストーリー研究において分析

されてきた「バージョンのある語り」――つまり、ある語りがコンテクストによ

り変異を見せるという現象――だけでなく、 「変わらない語り」 、すなわち、反復

されるエピソードにも着目し、その効果やメカニズムを詩的機能やメタ語用機

(15)

能という言語人類学のコミュニケーション理論の概念を用いて特徴付けようと した点、そしてまた、経年的に同一人物に多くのインタビューを行うことによっ て、インタビュアーとインタビュイーとの社会的関係性が目に見えて変容する 事例を示したことをとおして、より短期的なインタビュー、あるいは一回的なイ ンタビューでのその重要性が論じられてきた「ラポール構築」という概念が、い わば多層的な深度を持つものであることを指摘した点は、ライフストーリー研 究における新たな知見として一定の独自性を有するものとして評価しうると言 えよう。

以上の

2

つの局面、すなわち、上記

2

分野の理論や分析方法の接合、およびデ ータの希少性、分析の視点などといった点において、本論文は評価されるべき特 徴を有していると判断される。

だが、その一方で、本論文で扱われているインタビュー・データが台湾原住民

1

人のデータであったため――つまり、調査協力者(A)だけでなくその家族や 親しい人びとへのインタビュー、あるいは、家族や友人・知人などの(言語社会 学/社会言語学で言う) 「ドメイン」での参与観察なども実施できなかったため

――、本論文における記述・分析が、 (言語)人類学的な「三角測量」によって 得られる多角的な視点性を十分に獲得しえていないことも、本論文の限界とし て挙げられよう。

このように本論文は、いくつかの限界や問題点を残すものの、長期的なインタ ビューを含む交流・交わりをとおして調査協力者の現在、そして過去の生の有り 様に接近しようとする志向性を確固とした基盤に据え、また、インタビュー・デ ータに詳細な注意を払いつつ、他方で、理論的枠組みを決して軽視することなく、

経験的データと理論との接合にも正面から取り組んでおり、高水準の研究成果

を達成しているものと評価される。

参照

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