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302 音声言語医学 はじめに聴覚情報処理障害 (auditory processing disorders, APD) は, 標準純音聴力検査では正常であるにもかかわらず, 聞き取りにくさを訴える症状のことを指しており, 欧米を中心に研究, 症例報告が多数見られる 1-4).APD 症状として訴え

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音声言語医学 56:301 ─ 307,2015 

総  説

(第 59 回日本音声言語医学会シンポジウム:聴覚障害周辺領域の近年の動向)

聴覚情報処理障害(auditory processing disorders, APD)の評価と支援

小渕 千絵

要 約:聴覚情報処理障害(auditory processing disorders, APD)は,標準純音聴力検査で は正常であるにもかかわらず,聞き取りにくさを訴える症状である.本論文では,APD の歴 史的背景,背景要因やその評価,支援方法について,最近の知見を基に概説した.これまでの 成人例,小児例を対象にした評価により,背景要因の半数以上は自閉症スペクトラム(ASD) や注意欠陥多動性障害(ADHD/ADD)などの発達障害であり,その他にも精神疾患や心理的 問題,複数言語環境下でのダブルリミテッドの問題などの多様な要因があり,これらに加えて 本人自身の性格特性や聴取環境が加わり,聞き取り困難が生じていることが考えられた.この ため,評価においては聴覚検査にとどまらず,視覚認知や発達検査,性格検査などの多角的な 視点での評価を行う必要があり,背景要因に合わせた支援方法の提供が必要と考えられた. 索引用語:聴覚情報処理障害,背景要因,評価,支援

Assessment and Treatment of Auditory Processing Disorders

Chie Obuchi

Abstract: Individuals with auditory processing disorder (APD) experience listening

difficulties in everyday life despite showing no decrease in pure tone audiometry. This paper reviewed previous studies of APD’s history, background factors, assessments and treatments. The background factors of APD include developmental disorders, mental disorders, and double limited problems under a multicultural environment. Added to these are factors relating to the individual’s personality and hearing environment – factors that also contribute to their listening problems.

In light of the variety and complexity of contributing factors, we concluded that it is necessary, when making assessments, to augment auditory tests with examinations of the individual’s visual perception, physical development and personality. We believe these factors should also be taken into consideration, together with other background factors, when providing support to individuals with APD.

Key words: auditory processing disorder, background factor, assessment, treatment

国際医療福祉大学言語聴覚学科:〒324-8501 栃木県大田原市北金丸 2600-1

Department of Speech and Hearing Sciences, International University of Health and Welfare: 2600-1 Kitakanemaru, Ohtawara City, Tochigi 324-8501, Japan

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は じ め に

聴覚情報処理障害(auditory processing disorders, APD)は,標準純音聴力検査では正常であるにもか かわらず,聞き取りにくさを訴える症状のことを指し ており,欧米を中心に研究,症例報告が多数見られ る1-4).APD 症状として訴えが多い内容を表 1 にまと めた.症状の多くは聞き返しや聞き誤り,雑音下での 語音聴取の困難であり,末梢性の聴覚障害と類似して いる.しかしながら,伝音難聴や感音難聴については, その原因が明確であり,標準純音聴力検査でも明確な 診断基準が認められる.しかしながら APD に関して は原因や評価,支援方法などが確立されているとはい えず,医療機関,教育機関での混乱も大きいといえる. このため,APD の捉え方については,十分に検討す る必要があるといえる.本報告では,先行研究と自験 例をまとめ,現在の APD の考え方や評価,支援の方 法について考察したい. 歴史的背景 APD の概念が報告されるようになった歴史的背景 には,脳損傷後の聞き取り困難の問題があるといえる. 両側性の中枢性聴覚障害の場合には,聴覚失認のよう な明確な聴覚認知障害が見られるが5),片側性の中枢 性聴覚障害の場合には,静寂下での聞き取りには問題 が生じないにもかかわらず,雑音下や競合刺激下のよ うな特殊な聴取環境になると聞き取りにくさを生じう る6).このような片側性の中枢性聴覚障害の場合,片 耳ずつことばを提示された際には問題なく聞き取るこ とができるが,両耳に異なる検査語を提示し,聞こえ た こ と ば を 再 生 す る 両 耳 分 離 聴 検 査(dichotic listening test, DLT)のような聴覚心理学的検査では, 損傷対側耳の顕著な聞き取り困難を示す.神経心理学 的には聴覚的消去(auditory extinction)といわれて おり,日常生活上の聞き取りの問題を反映していると されている7).DLT は,このような脳損傷による聞き 取り困難を検出する検査と考えられ,聴覚皮質レベル を測定する簡便な検査と考えられていたが8),脳損傷 の既往がない例でも DLT において低下が見られたり, 脳損傷例と同様な聞き取りにくさを訴える例が見られ ることが明らかとなった9).このような例を脳に器質 的ないしは機能的な問題があると仮定し,central auditory processing disorder(CAPD)と報告するよ うになり,広くその名前が広まるようになったと考え られる.しかしながら実際には,明らかな中枢での問 題が認められない例も多いことから,central を除い た APD と報告されるようになった.標準純音聴力検 査では問題が見られないにもかかわらず,DLT など の特殊な聴取条件下で聞き取りにくさを示すというこ とは,いわゆる聴覚認知障害といえるかもしれない. APD の背景要因 APD 症状を抱える例はどの程度存在するのか. Musiekら10)の報告では,APD 児の出現率は 7%であ るとし,Chermak と Musiek11)の報告では,学童期の 子どもの 2〜3%で男女比は 2:1 であるとしている. 末梢性の聴覚障害の出現頻度である 0.1% と比較する と顕著に多いといえる.APD という表現自体が単一 の障害のように受け取られる可能性があるが,聞き取 り困難を抱える症候群と考えれば,さまざまな背景要 因を抱える例を含めることになるため,発生頻度も高 くなると考えられる. 図 1 には,平成 18 年 1 月〜平成 25 年 3 月までの 7 年間に APD の主訴を抱えて来院した成人例 45 例, 小児例 20 例の背景要因についてまとめた.成人例, 小児例どちらにおいても,背景要因の半数以上は自閉 症スペクトラム(以下,ASD)や注意欠陥多動性障 害/注意欠陥障害(以下,ADHD/ADD)などの発達 障害があることがわかる.発達障害が背景要因にある 例については,日常生活上適応しているように見えて も,対人コミュニケーション,注意,視覚認知,言語 発達など聴覚以外の症状を抱えている例も多い.この ような発達障害例で APD の訴えが強いのは何故であ ろうか. ASD の認知知覚システムの特徴として,最近では 弱い中枢統合(weak central coherence)から説明さ れることも多い12).このような認知知覚システムのた めに,入力された情報の仕分けが困難となり,雑音下 での聴取が困難になると考えられている.また,大事 な事柄に注意を統合できずに注意が拡散する.このた め,さまざまな症状が出現すると考えられるが,その 表 1 APD に見られる聴覚症状 ・聞き返しが多い ・聞き誤りが多い ・雑音など聴取環境が悪い状況下での聞き取りが難しい ・口頭で言われたことは忘れてしまったり,理解しにくい ・早口や小さな声などは聞き取りにくい ・目に比べて耳から学ぶことが困難である ・長い話になると注意して聞き続けるのが難しい 一般的に APD を訴える例での主訴の例である.

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1 つとして聴覚情報処理にも影響していると考えられ る. 一方,ADHD/ADD については,注意の集中,持続, 衝動性などの障害が見られ,さまざまな感覚での知覚, 認知に影響を及ぼしうる.特に聴覚情報は視覚情報に 比べて情報が残りにくいため,障害が顕著に見られや すい.先行研究においても,ADHD/ADD と APD の 症状が類似していると指摘されており13),ADHD/ ADD を抱える例で APD が合併する例は多いといえ る.しかしながら,APD が見られたとしても,必ず しも ADHD/ADD であるとは限らないため,症状の 十分な分析が必要といえる. その他にも,精神疾患や心理的な問題を抱える例が 見られる(図 1).筆者は,APD 症状を抱える成人例 32 例のうち 12 例に適応障害,鬱病,境界性パーソナ リティ障害などの精神疾患が,2 例には睡眠障害が見 られたことをすでに報告している14).統合失調症の症 例で APD が見られるとする報告15)や,睡眠時無呼吸 症候群のある子どもでの APD の問題16)が指摘されて いるため,これらの精神面や覚醒状態による聞き取り の影響についても考慮する必要があるといえる. 小児例においても,心因性難聴と考えられる例も見 られた(図 1).このような心因性の問題については, 対象児が過ごす環境や心理的な変化などについての詳 しい問診を行わなければ問題が発覚しにくいことが多 い.対象児や家族との面談のなかで,情報収集を行い ながら,解釈していく必要があるだろう. また,対象児のなかには複数の言語環境下にある例 が見られた(図 1).両親の母国語の違いにより家庭 で使用される言語の混乱や,家庭での使用言語と学校 での使用言語の違いなど,言語獲得期におけるバイリ ンガル環境が聞き取りに影響したのではないかと考え られる.言語獲得期の子どもが多言語環境のなかで過 ごすことで,どの言語も年齢相応のレベルに達しない ダブルリミテッドの問題についてはすでに指摘されて いる17).複数言語の存在により,どちらの言語におい ても語彙や文法力の不足が見られ,結果として言語発 達上の問題や聞き取りに影響する可能性が高い.小児 期においては,このような言語習得環境についても十 分に考慮する必要がある.

そして,Auditory Neuropathy Spectrum Disorder (以下,ANSD)例でも症状が軽度の場合には見過ご されている場合がある.聴力が正常で,静寂下での語 音明瞭度も正常であり,雑音下のような特殊な環境下 でのみ聞き取り困難を訴える場合には聴性脳幹反応 (ABR)や耳音響放射(OAE)が実施されず,機能性 難聴や APD として報告されることがある18).このた め,両検査の実施は APD と ANSD の鑑別のために 不可欠といえる. 成人例のうち 6 名(13%)については,明らかな背 景要因が考えられず原因不明に分類した.しかしなが ら,これらの 6 名に聴覚的な記銘力課題(WMS-R の 論理性記憶)と視覚的注意課題(数字抹消課題)を行っ たところ,6 名中 4 名で論理性記憶での再生数の低下, 数字抹消課題では 6 名中 3 名で見落としが 5 つ以上, 課題遂行時間が平均 1 SD 以上と延長している例が 2 名存在した(図 2).これらの対象者については,明 図 1 成人例,小児例の背景要因 APD 症状を抱える例で平成 18 年 1 月〜平成 25 年 3 月までの 7 年間に受診した成人例 45 例,小児例 20 例の背景要因を示す.評価に おいては,表 2 の検査を実施し,鑑別を行っ た結果である.(ASD:自閉症スペクトラム; ADHD/ADD:注意欠陥多動性障害/注意欠 陥障害;ANSD:Auditory Neuropathy Spec-trum Disorder) 成人例 小児例 その他 13% ANSD 2% 睡眠 5% 精神 9% ASD 45% ASD 31% ADHD/ADD 40% ADHD/ ADD 20% 言語環境 10% 心理 10% 知的障害 5% 言語発達 5% その他 5%

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らかな診断が行われていなくとも記憶や注意の面には 弱さが見られると考えられる.これらの問題を発達障 害の 1 つと捉えるのかについては現段階では不明であ るが,このような認知的な偏りが日常生活上の聞き取 りに影響していたものと考えられた. 以上のように APD という症状を抱える例について はさまざまな背景要因が存在しており,それぞれにつ いての十分な鑑別と検討が必要といえるであろう.ま た,聞き取りは主観的なものと考えられるため,個人 の性格特性や生活上の聴取条件も影響すると考えられ る.そこで上記の原因不明であった 6 名について,簡 単な性格検査(エゴグラム)を実施した.エゴグラム は,5 つの自我状態(CP(Critical Parent,批判的な親), NP(Nurturing Parent, 養 育 的 な 親 ),A(Adult, 大人),FC(Free Child,自由な子ども),AC(Adapted Child,順応した子ども)に関する質問項目各 10 文計 50 文に 3 段階尺度(あてはまる,どちらともいえない, あてはまらない)にて回答させ,それぞれの心的エネ ルギーの高さを示したものである.6 名の結果を見る と(図 3),3 名は AC が最も高く類似したパターンを 示していた.AC が高い例は,素直,従順で気を遣い すぎる傾向があり,過度に我慢してストレスを貯めや すい,と考えられている.すなわち物事を気にしやす い性格特性がより聞き取りにくさを増大させているの ではないかと考えられた. そこで APD の背景として考えられるものを図 4 の ようにまとめた.原因となる疾患,本人の性格特性, 聴取環境の 3 つの影響で,APD の症状が生じている と考える. APD への評価 以上のように APD の症状が見られる例には,多様 な背景要因があることから,まずはこれらの点を十分 に把握する必要がある.そこで鑑別するうえで必要と される検査を表 2 に列挙した.第一に,基本的な聴覚 検査である.APD に見られる症状は末梢性の聴覚障 害でも生じうる.実際には軽中等度難聴や一側性難聴 を抱えていても診断されていない例も見られ,末梢性 の聴覚障害の影響であるか否かについては明確にする 必要がある.また,ABR や OAE による ANSD の鑑 別なども重要といえる.その他にも聴覚中枢レベルで の器質的な問題の有無を確認するための聴性中間反応 (MLR)の実施も必要と考えられる.しかしながら, 先行研究でも指摘されているように14),APD 症状を 抱えていても MLR 上では明らかな問題が認められな 図 2  原因不明であった APD 成人例の聴覚記銘および視覚的 注意課題結果.APD を抱える例で背景要因が不明であっ た 6 例に対し,聴覚記銘課題と視覚性注意課題を行った 結果である.聴覚記銘課題での 20 歳代の平均再生数 26.6 (SD 6.4)を考えると対象者 C,D,E,F で成績不良で あり,視覚性注意課題での成人例の平均遂行時間 86 ms (SD 10.6)を考えると対象者 C,D,見落とし数は 1 以 下が正常と考えれば対象者 A,B,D,F で不良である. 0 0 5 10 15 20 25 A B C D E F A B C D E F 即時 30分後再生 聴覚記銘(WMS-R 論理性記憶) 視覚性注意(数字抹消課題) 棒:遂行時間 点:見落とし数 (ms) 50 100 150 見落とし数 5 10 再生数 遂行時間

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いことが多い.このため,MLR の出現に問題がある 場合には,明確な脳損傷例である可能性も高く19),高 次脳機能に関する評価が必要といえる.P300 におい ては認知的な処理を反映するとされており,ADHD/ ADD のような注意障害がある場合には,潜時の延長 や振幅の低下が指摘されている20).このため,先に示 すように背景要因に ADHD/ADD があると考えられ る例については,P300 での低下の有無を確認するこ とで聞き取りに影響する注意機能の状態を評価できる 可能性がある. 聴覚認知に関する検査には海外では多数の報告が見 られ,スクリーニングを目的としたものや研究用など さまざまなものが存在する.そのうちの代表的なもの を表 2 に列挙した.質問紙については,Fisher によ る 聴 覚 的 問 題 に 関 す る チ ェ ッ ク リ ス ト(Fisher’s auditory problems checklist)や,国内では聞こえの

困難さ検出用チェックリスト21)などがあり,いずれ も自覚的な聞き取りの困難さの有無についてのスク リーニングが可能である.聴覚心理学的検査には,先 に述べた DLT のような両耳聴の検査やギャップ検出 図 3 原因不明であった APD 成人例のエゴグラム性格検査結果 APD を抱える例で背景要因が不明であった 6 例に対し,簡易の性格検 査であるエゴグラムを実施した結果である.6 例中 3 例で AC 得点が高 かった.各略語については,CP(Critical Parent,批判的な親),NP (Nurturing Parent,養育的な親),A(Adult,大人),FC(Free Child,

自由な子ども),AC(Adapted Child,順応した子ども)である. 0 5 10 15 20 CP 厳しさ 優しさNP 論理性A 奔放さFC 協調性AC エゴグラム得点 図 4 聞き取り困難が生じる背景要因のまとめ 丸で囲った疾患は,APD の原因となりうるものであり,これに加えて本人の性格特性と 日常生活における聴取環境の影響を受け,APD の症状が生じると考える. 聴取環境 性格特性 精神障害 睡眠障害 心理的問題 言語環境 片側脳損傷 原因不明 認知的な偏り (注意や Working Memory の問題) 発達障害 (ASD, ADHD, etc.)

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閾値を求める検査(gap detection test)などの時間 情報処理に関する検査などがあり,これらの検査を実 施することで,聞き取り困難の特性を把握することが できると考える.しかしながら,聞き取り困難の背景 にある要因が異なっても個々に示す聴覚症状には大き な違いが見られないため14),背景要因に関する鑑別を 行ううえでは,表 2 の 4〜6 に示すような聴覚以外の 検査が必要と考えられる.対象児者の抱える問題が聴 覚のみであるのか,または他の感覚モダリティにおい ても同様に生じるのか否かを知る場合には視覚認知検 査が必要であり,また発達障害の有無を把握するうえ では幼少期のプロフィールを聴取したり,既製の質問 紙や発達検査が必要とされる.そして聞き取りに重要 とされる基礎的な注意機能や記憶機能の状態を把握す るための高次脳機能検査も実施することで,支援内容 を検討する資料にもなりうると考える. これらの評価に加えて,精神科の通院歴や診断経過, 性格検査や日常生活での友人関係などについても把握 しておくと,対象児者の心理的な要因について理解す ることができると考える. 以上のように,APD にかかわる評価については, 聴覚のみにとどまらず,高次脳機能や発達など多角的 な視点での検査の組み合わせが必要であり,背景要因 を明らかにしたうえで,事実に基づいた支援を行うこ とができると考える. APD への支援 APD への支援においては,まず背景要因への対応 が第一に必要となる.発達障害が背景要因としてある 場合には,聞き取り以外にも対人関係や物事への取り 組みなどさまざまな面に影響していることが推測され るため,これらに対する理解や支援が必要である.十 分な診断や指導が行われていない例については,理解 を促すことも重要となる.先に述べた複数言語環境の 問題がある場合には,母語となる言語の語彙力や構文 力などの言語力の向上が不可欠と考えられる.このよ うな背景要因に対するアプローチが行われたうえでも 聞き取り困難が残る場合には,環境調整,補聴,聴覚 トレーニング,視覚的手段の活用などが挙げられ る22) 環境調整においては,雑音の少ない環境で聴取でき るようにしたり,音声にて提示する情報を整理するこ とで,提示される音声に集中し,かつ情報の選別が可 能となる.また,補聴においては,FM システムの利 用による効果が報告されている23).雑音下での聴取が 困難な例には,このような補聴システムを利用するこ とで,聴取しやすくなる可能性があるが,補聴するこ とでかえって障害感を強くする可能性もあるため,利 用に関しては慎重な判断が必要と考えられる.また, 聴覚トレーニングについても有効性が指摘されている ものの24,25),成人例では改善が難しいことも考えられ るため,今後の検討が必要といえる. 以上のように,支援については対象児者に合わせた 内容を選択する必要があるため,十分な検討が必要と 考える. 表 2 APD 鑑別のために必要とされる検査 1. 基本的な聴覚検査 標準純音聴力検査,語音聴力検査,耳音響放射(OAE) 2. 電気生理学的検査 聴性脳幹反応(ABR),聴性中間反応(MLR),P300 など 3. 聴覚認知検査 聴覚情報処理に関する質問紙(フィッシャーのチェックリスト,小川ら(2014)の質問紙など) 両耳分離聴検査(両耳に異なる検査語を提示して,両方とも再生する検査) 時間情報処理検査(倍速音声聴取やギャップ検出閾値などの時間分解能に関する検査) 歪み語音検査(圧縮語音や雑音下での聴取検査など) 両耳の統合検査(両耳交互聴検査などの両耳からの音刺激の統合が必要な検査) 4. 視覚認知検査 フロスティッグ視知覚発達検査,Rey の図など 5. 知能,注意,記憶,言語発達などの検査 知能検査,注意検査,記憶検査,その他の高次脳機能検査,発達検査など 6. 発達歴,心理面などの問診,質問紙 幼少期のプロフィール,PARS や ADHD RS-Ⅳなどの発達障害の鑑別のための質問紙 精神科通院歴,友人関係,性格特性など APD 鑑別のために必要とされる検査の一覧である.

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今後の課題 APD の背景には多様な要因が存在するが,本論文 で触れた以外にも聞き取りに影響する要因が存在する 可能性がある.また,原因不明の例も見られるため, 引き続き,それらの原因についての解明が必要と考え られる.また,聞き取り困難の生起メカニズムについ ても,脳機能画像を用いた検討など,研究のさらなる 集積が必要と考えられる.そして,具体的な支援の方 法や効果に関する検討も行っていく必要があり, APD の臨床,研究は始まったばかりといえる.多角 的な視点で研究が進んでいくことが望まれる. 利益相反自己申告:申告すべきものなし. 文   献

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別刷請求先:〒324-8501 栃木県大田原市北金丸 2600-1       国際医療福祉大学言語聴覚学科

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