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The Characteristics of Solomon Islands Truth and Reconciliation Commission : Globalization of Human Rights and the Particularity of Regional Conflict

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は じ め に

本稿の目的は,地域紛争の特殊性を念頭に 置 き な が ら ソ ロ モ ン 諸 島 真 実 和 解 委

( )

員会 (Solomon Islands Truth and Reconciliation Commission:SITRC)の特質を明らかにす ることである。真実委員会とは,「過去の人 権侵害を調査し,その特徴を分析し報告する 目的で立ち上げられる政府機関に与えられて きた名称」である[ヘイナー : ]。ソ ロモン諸島では, 年末から 年 月に かけて「民族紛争(ethnic tension)」と呼ば れる暴力的衝突を経験した。ソロモン諸島真 実和解委員会は,「民族紛争」によって分断 されたソロモン諸島社会の再構築をひとつの 課題として設立され,約 年に亘って活動を 行なった組織である。 上記の目的のために,本稿は次のような構 成をとる。まず,真実委員会と総称される組 織について整理し,それが地域紛争の頻発す る現代世界において紛争後社会を再構築する 上で重要な選択肢のひとつとなってきている ことを示す。次に,ソロモン諸島真実和解委 員会が調査と分析の対象とした「民族紛争」 の背景と経過を略述し,ソロモン諸島真実和 解委員会が設立されるに至った経緯について 詳述する。その上で,他地域で組織された真 実和解委員会との比較を通じて,ソロモン諸 島真実和解委員会の特質を考察する。 .真実委員会とは何か 冷戦末期,それまで非人道的で抑圧的だと されてきた諸国が民主的な政治体制へと移行 した。これらの地域は,旧体制政府による政 治的抑圧や,政府と反政府勢力との間で大規 模な暴力が展開された地域であった。体制移 行に伴って,新たな政治体制は自社会を再構 築するうえで「過去の暴力をどのように扱う か」,「過去の暴力といかに向き合うか」,「い かにして暴力の再発を防止するか」といった 諸問題に直面した。こういった文脈において, 紛争後の社会を再構築する選択肢のひとつと して真実委員会が登場し て き た[Wilson : ;Ito ; ;ヘイナー : ― ]。 真実委員会とは何か。プリシラ・ヘイナー ふじい・しんいち(天理大学国際学部地域文化学科アジア・オセアニア研究コース非常勤講師)

ソロモン諸島真実和解委員会の特質

―人権のグローバル化と地域紛争の特殊性―

藤 井 真 一

The Characteristics of Solomon Islands Truth and

Reconciliation Commission :

Globalization of Human Rights and the

Particularity of Regional Conflict

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(Priscilla B. Hayner)は『語りえぬ真実』 において,真実委員会と総称される組織の特 徴を次の 点に整理している。 ( )真実委員会は過去に焦点をあて る。( )委員会はある特定の事件と いうよりも,ある時期における暴力の 傾向や特徴を調べる。( )真実委員 会は期間限定(たいてい半年から 年)の組織であり,報告書の公刊をも って活動を終了する。( )公的な認 可を受けており,政府(と,和平協定 に組み込まれている場合は対立してい た武装組織)によって権限を付与され ている。[ヘイナー : ] また,同書の別の箇所で,真実委員会は次 の つの目的を共有していると述べている。 ( )過去の人権侵害を発見し,明ら かにし,公式に認知すること。( ) 被害者から出される具体的な要望に応 えること。( )正義と説明責任とい う理念に貢献すること。( )制度や 組織の責任の輪郭を描き,改革案を提 起すること。( )和解を促進し,過 去をめぐる対立を軽減すること。[ヘ イナー : ] 真実委員会は,非人道的で抑圧的な旧体制 下で生じた人権侵害を調査し,その傾向や全 体像を整理して『最終報告書』の形で公開す る。しかも,体制移行後の限られた期間にそ の活動を行なうことが多い。その時間的制約 の中で最善を尽くすために,たとえば軍や警 察の機密文書へアクセスしたり,証言聴取の ために特定個人を召喚したりする権限を与え られている。 人権侵害の全体像を描き出すために行なう 証言聴取では,特に被害者から,補償をはじ めとするさまざまな要望が出されることがあ る。また,人権侵害の調査を進めるにつれて, 暴力の行使主体や組織的・制度的な不備が明 らかになってくることもある。これらを踏ま えて,『最終報告書』の中で再発防止のため の政策提言を行なうことも真実委員会の重要 な任務とされる。 このような特徴を有し,目的を掲げる真実 委員会の活動は多岐にわたる。その中で,ど こに力点を置くのかは,国によって異なる。 それは,真実委員会の設立理由の多様性に現 れている。ヘイナーは次のように述べている。 政府が過去の暴力を取り扱う目的はい くつもある。加害者を処罰し,真実を 確立し,損害を修復し(修復すること を試み),再犯を防ぐ。他に,国民和 解をうながし,過去をめぐる対立を軽 減するといった目的もあるだろう。新 政府が人権への考慮をアピールするこ とは,国際社会からの好意,つまり援 助を獲得することにもつながる。[ヘ イナー : ] 設立理由と同じく,これらの目的を達成す るためのメカニズムや政策も多様である。 国内裁判もしくは国際法廷。加害者の 公職罷免。調査委員会の設置。警察や 軍の資料を公開する。被害者への補償。 記念碑の建立。それに,軍,警察,司 法 各 組 織 の 改 革。[ヘ イ ナ ー : ]

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上述の目的のために活動する真実委員会 は, 年にウガンダで組織されたものが最 初とされている[ヘイナー : ]。その 後, 年代から増加傾向にあり,現在まで に 以上の委員会が組織されてきた[細谷 : ]。 年から 年にかけて活動 したソロモン諸島真実和解委員会は,オセア ニア地域で初めて組織された真実委員会であ った。 先に引用したように,真実委員会設立の理 由は多様である。アルゼンチンやウガンダ, スリランカで立ち上げられた「行方不明者調 査委員会」やハイチとエクアドルで組織され た「真実正義委員会」,グアテマラの「史実 究明委員会」,南アフリカやチリなどで組織 された「真実和解委員会」などがある。それ ぞれの真実委員会の名称は,その設立目的を 反映しているといえる。 その中でも,アパルトヘイト期の人権侵害 について調査した南アフリカ真実和解委員会 の活動(活動時期は 年から 年)は, 公聴会の開催と証言した加害者に対する特赦 付与,ならびに長大な報告書の作成などによ っ て 国 際 的 に 注 目 さ れ た[Wilson ; ;津富 ;阿部 ; ; な ど]。これ以後,「和解」を冠する真実委員会 が数多く設立されるようになった。たとえば,( ) ペルー( ― 年)[細谷 ]や 東 テ ィモール( ― 年)[ク ロ ス ;辰 巳 など],シエラレオネ( ― 年) [Ito ;望月 など],リベリア( ― 年)などが挙げられる[ヘイナー : ]。 各地域の真実和解委員会に関して,その研 究動 ( ) 向も含めて詳述することは紙幅の制約か ら不可能である。ここでは,本稿の考察に関 わる次の 点について指摘するに留めておく。 第一に,南アフリカをはじめとする多くの 真実和解委員会が調査した対象は,抑圧的な 政治体制下や内戦下における人権侵害であっ た。上述したように,多くの真実委員会は体 制移行を契機として設立され,過去の犯罪と 向き合うための選択肢として採用された。「和 解」を冠する真実委員会が設立された各地域 においても,政治体制の転換や内戦の終結と いった劇的かつ断絶的な変化の中で,新政権 が過去の大規模暴力と向き合って再発を防止 するために,真実和解委員会という選択肢が とられてきた。 第二に,いずれの地域においても政府が極 めて重要なアクターとして人権侵害に関与し ていた。南アフリカでは,アパルトヘイトと いう人種差別的な抑圧体制が支配的であった。 ペルーをはじめとするその他の地域では,政 府と反政府勢力との武力衝突が深刻な人権侵 害の蔓延を生み出した。政府が人権侵害の主 要アクターとして作用していたことは,体制 移行や内戦終結に伴って樹立された新政権の 正当性を確立する上で取り組むべき重要な課 題となる。それは「過去の人権侵害を明らか にし,再発を防止する」ことを目指す真実和 解委員会が設立された理由でもあると考えら れる。 .ソロモン諸島の「民族紛争」と真実和解 委員会 ソロモン諸島真実和解委員会が調査・分析 の対象としたのは,「民族紛争」と呼ばれる 暴力的衝突における人権侵害であった。本節 では,「民族紛争」の背景と経過について先 行 研 究[Fraenkel ;Moore ; Braithwaite et al. ;石森 など]に 拠りながら略述する。そして,真実和解委員 会設立の経緯と組織活動について述べる。

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. 「民族紛争」の背景・経過 ソロモン諸島の「民族紛争」は,首都ホニ アラ(Honiara)が位置するガダルカナル島 (Guadalcanal)の人びとと,労働や教育の 機会を求めてガダルカナル島へ移動してきた マライタ島(Malaita)出身の人びととの間 で生じたといわれてきた。 紛争の主要な当事者であるガダルカナル側 武 装 集 団「イ サ タ ン ブ 自 由 運動(Isatabu( ) Freedom Movement : IFM)」は,ガダルカ ナル島南部出身の若者たちを中心として 年 頃 か ら 準 備 さ れ て い た と い わ れ る [Kabutaulaka ]。彼 ら が 人 び と に 注 目されるようになったのは, 年末からで あった。 人権侵害がソロモン諸島社会に蔓延する直 接的な発端となったのは,ガダルカナル州知 事であったエゼキエル・アレブア(Ezekiel Alebua)が 年末に全国州知事特別会議 の席上で行なった政治的要 ( ) 求であった[関根 : ]。ちょうど同時期の 年 月 日,ガダルカナル島南部ウェザーコースト地 域タリセ地区出身のハロルド・ケケ(Harold Keke)に率いられた武装集団が,セントラ ル州ラッセル諸島のヤンディナにある警察署 を襲撃し,銃火器と弾薬を奪った。また, 月 日にはセントラル州ブンガナ島でケケら が警察と銃撃戦を起こし,射殺された 名を 除く 名すべてが逮捕された。しかし,( ) 年 月にガダルカナル州知事アレブ ( ) アとカト リ ッ ク 神 父 ノ ー マ ン・ア ー ク ラ イ ト(Fr. Norman Arkwright)が支払った保釈金によ って釈放された[SITRC : ― ]。 ガダルカナル側武装集団の指導者たちが釈 放されてから,ガダルカナル島内に暮らして いたマライタ系住民に対するガダルカナル側 武装集団の排斥行動が激化した[藤井 : ]。政府が仲介して執り行われた伝統的和 解儀礼のほか,幾度かの停戦協定が締結され たものの,紛争を解決するために行なわれた これらの試みは実効力をもたなかった。 年初頭に,首都ホニアラで暮らすマラ イタ系住民を守るべくマライタ側武装集団 「マライタ・イーグル・フォース(Malaita Eagle Force:MEF)」が組織され,ガダル カナル側武装集団に抗戦を始めた。首都ホニ アラを勢力下においたマライタ側武装集団は 月にクーデタを敢行した。この時期から, 人権侵害の行為主体には従来のガダルカナル 側武装集団に加えてマライタ側武装集団も加 わった。しかし,ガダルカナル側武装集団に よる暴力の対象は,敵対勢力へのスパイ行動 の疑念からガダルカナル島の人びとへと転化 し始め,マライタ側武装集団の矛先は政府に 向けられるようになった[SITRC : ]。 クーデタ後に発足したマナセ・ソガヴァレ (Manasseh Sogavare)政権はオーストラ リアの仲介で 年 ( ) 月に「タウンズヴィル 和平合意(Townsville Peace Agreement : TPA)」を成立させた。しかし,ガダルカナ ル側武装集団を指導してきたケケが合意を拒 絶してガダルカナル島南部へと拠点を移し, 新 た な 武 装 集 団「ガ ダ ル カ ナ ル 解 放 戦 線 (Guadalcanal Liberation Front : GLF)」 を組織,戦闘行為を継続した。彼らの征討の ために,警察部隊と武装集団の元構成員から 成る共同作戦部隊(Joint Operation)が組 織された。この時期には,ガダルカナル解放 戦線によるガダルカナル島民への暴力に加え て,共同作戦部隊によるガダルカナル島民へ の人権侵害もみられた。 年 月,オーストラリア主導の介入部 隊「ソ ロ モ ン 諸 島 地 域 支 援 ミ ッ シ ョ ン (Regional Assistance Mission to Solomon

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Islands:RAMSI)」が武装解除と治安回復 のために駐留を開始して, 年半に及んだ紛 争が終息し ( ) た。 . 真実和解委員会設立の経緯 ソロモン諸島の「民族紛争」を解決する試 みは,国家や国際社会が媒介する停戦合意や 和平協定,武力介入といったマクロな次元だ けで行なわれてきたわけではない。ミクロな 次元における,いわゆる「草の根」レベルで の紛争解決の試みもなされてきた。そのうち の一つが,「ソロモン諸島キリスト教 連 盟 (Solomon Islands Christian Association: SICA)」による和平活動である。ソロモン諸 島真実和解委員会の設立は,紛争渦中から試 みられてきた草の根の和平活動の延長線上に 位置づけることができる。 ソロモン諸島キリスト教連盟は,紛争渦中 の 年に平和委員会(Peace Committee) を組織内に立ち上げ,さまざまな和平活動を 行なった[Maebuta & Spence : ; Braithwaite et al. : ;石森 ]。 その活動のひとつが,ソロモン諸島において 真実和解委員会という手法が有効かどうかを 検討することであった。このとき,彼らの一 部 は 視 察 の た め 南 ア フ リ カ を 訪 れ て い る [SITRC : ]。ソ ロ モ ン 諸 島 キ リ スト教連盟の和平活動を受けて,ソロモン諸 島 政 府 が 諮 問 委 員 会(Consultative Committee)を立ち上げて調査したところ, 真実和解委員会の設立が国民から支持される こ と が 判 明 し た と いう[SITRC( ) : ;Vella a: ]。そのため, 年 に内閣が設置した組織委員会(Truth and Reconciliation Steering Committee)によ って真実和解委員会設立法案(Truth and Reconciliation Commission Act)の起草が

始められた[SITRC : ― ]。 真実和解委員会設立法案は 年に議会で 可決され,その直後に設置された委員選考委 員会(National Selection Committee)が, 名の国選委員候補から 名の国選委員を選定 した。それが,マライタ州出身のサミュエル・ アタ(Fr Samuel Ata)とガダルカナル州出 身のジョージ・ケジョ ( ) ア(George Kejoa), チョイスル州出身のキャロライン・ラオレ (Caroline Laore)である。彼らが国選委員 に選ばれた理由は,彼らの出身地(マライタ, ガダルカナル,西部)が「民族紛争」の直接 的影響を大きく受けたからであった。 これら 名の国選委員に加えて,国連人権 高等弁務官事務所(Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights)からの推薦を受け,ペルー真実和 解委員 ( ) 会にも関わった人権活動家ソフィア・ マチェル(Sofia Macher)とフィジーの元 副大統領であるラトゥ・チョニ・マンライウ ィウ ( )

ィ(Ratu Joni Madraiwiwi)の 名が 国際委員として選ばれた。

年 月,デレク・シクア首相(Derek Sikua)が 名の委員を任命,南アフリカ真 実和解委員会の委員長であったデズモンド・ ツツ大主教(Archbishop Desmond Tutu) を招聘して,ソロモン諸島真実和解委員会の 設 立 宣 言 が な さ れ ( ) た[SITRC : ― ;藤井 b: ;Vella a: ― ]。 名の委員たちは,ソロモン諸島真実和解委 員会の活動を始動するにあたって東ティモー ルを訪れ,真実和解委員会のプロセスと課題 を 学 ぶ た め の 視 察 を 行 な っ た[SITRC : ]。 このような経緯で設立されたソロモン諸島 真実和解委員会には,次の つの任務が与え られた[SIG : ]。

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( ) 年 月から 年 月 日 までに生じた出来事を調査し,人 権侵害の真相や紛争の根本原因を 究明すること ( )紛争による健康・教育・法セク ターに対する影響を調査すること ( )紛争再発を防止するための政策 提言をすること これらの任務を負って, 年 月から 年 月までの 年あまりに亘ってソロモ ン諸島真実和解委員会はさまざまな活動を展( ) 開した。 . 証言聴取を通じて明らかにされた人権 侵害 ソロモン諸島真実和解委員会の活動は大き く分けて証言聴取と調査活 ( ) 動からなっていた。 全般的な活動内容については別 稿[藤 井 b]で報告したので,本稿では証言聴取 に絞って記述する。その理由は,ソロモン諸 島で生じた人権侵害が詳述されている『最終 報告書』の作成に,証言聴取で得られた情報 が直接的な資料として用いられたためである。 証言聴取には,( )個別の証言聴取員が 国内各地を巡って紛争中の直接経験や伝聞を 収集する活動と,( )公聴会の開催や非公 開ヒアリングを通じて紛争の主要なアクター から証言を収集する活動が含まれる。総計 , 件の証言を聴取し,その男女比を等し くすることが目標に掲げられ ( ) た。計 名の証 言聴取員は,「民族紛争」と特に関係が深い 土地であったガダルカナル州を廻る班と,マ ライタ州およびマライタ系住民が多く暮らす 首都ホニアラを管轄する班に加え, 年 月のタウンズヴィル和平合意後に社会不安が 蔓延した際に犯罪行為が頻発した西部――ウ ェ ス タ ン(Western)州 と チ ョ イ ス ル (Choiseul)州――を担当する 班 に 分 け ら れ ( ) た。 証言聴取に先立って,国営ラジオ放送や新 聞などを通じてソロモン諸島真実和解委員会 の周知が行なわれた。また,委員長をはじめ とする委員会スタッフが国内各地を巡って活 動の目的と内容を周知するワークショップも 開催された[SITRC : ― ]。紛 争に直接関与した人びとや直接的な被害を受 けた人びとのみならず,可能なかぎり多くの 人びとから紛争に関する情報を収集すること が目指されたため,英語(公用語)やピジン・ イングリッシュ(共通語)だけでなく,証言 者が用いるさまざまな現地 ( ) 語を用いた証言も 集められた。収集された証言はすべてレコー ダーに記録された。( ) ソロモン諸島の事例に限らず,真実委員会 の活動の中で証言聴取は重要な位置を占めて いる。なぜなら,「過去の出来事を明らかに し,歴史を構築するという意図」[細谷 : ]があるからである。ソロモン諸島真実 和解委員会の場合も例に漏れず,「誰が,い つ,どこで,誰に対して何をしたのか」を明 らかにして, 年 月から 年 月 日 までの「民族紛争」の歴史を描き出すことを 第一目的として証言聴取が行なわれたのであ る。 ソロモン諸島真実和解委員会が作成した最 終報告書『より良きソロモン諸島のために真 実と対峙す ( ) る』(以下,『最終報告書』と略記 する)[SITRC ]によれば,「民族紛争」 中の人権侵害として記録された総数は , 件であった。そのうち %にあたる , 件 の被害者はガダルカナル州, , 件( %) はマライタ出身者であり,残りの %は他島 出身者などが被害を受けたものである(表 )。

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以下,『最終報告書』に記載された人権侵 害のカテゴリーをみてみよう(表 )。 「民族紛争」を直接的な原因とする殺人な らびに行方不明は約 名であり,そのうち %がガダルカナル側, %がマライタ側で あった。なお,ガダルカナル側の死者・行方 不明者の多くは非戦闘員(civilians)であり, 武装集団の構成員を上回っていた。 殺人や行方不明とは別に, 件の拉致と 件の不法拘留の報告があった。拉致は主と して武装集団が,不法拘留は警察やガダルカ ナル解放戦線を征討するための共同作戦部隊 が,それぞれ関与したといわれている。 真実和解委員会に報告された , 件の拷 問と虐待は,ガダルカナル・マライタ両州の 主要な武装集団と警察部隊のみならず,各地 の反社会勢力を含むすべての武装集団によっ て行なわれた。その被害者もまた,圧倒的多 数は非戦闘員であった。 性暴力に関して,委員会は 件の報告を受 け取った(うち女性が %,男性が %)。 これには,強姦や性奴隷,脱衣強要,性的部 位への暴力などが含まれている。殺人や拉致, 拷問などの人権侵害に比べて報告件数が少な いのは文化的タブーによるものだろうと真実 和解委員会は推測している。( ) 財産の侵害もまた多く, , 件の報告が あった。そのほとんどは,強制移動と関連し ており,家屋の焼き討ちとともに物資や作物 を略奪する形で行なわれた。また,学校や診 療所でも略奪がみられた。強奪や強盗と同じ ように,賠償支払いの強要も共通してみられ た。 , 家族(計 , 名)から強制移動の 証言を受け ( ) た。そのうち三分の一は紛争勃発 当初にガダルカナル島に暮らしていたマライ タ系住民と他島出身者であった。 年 月 のクーデタ後は,マライタ・イーグル・フォ ース(MEF)の圧力を受けて多くのガダル カナル島民が避難を余儀なくされた。 年 から 年にかけては,ガダルカナル解放戦 線(GLF)を征討する作戦の影響で地元住 民 の 多 く が 避 難 し た[SITRC : ― ]。 「民族紛争」中に生じた人権侵害[SITRC をもとに筆者作成] 被害者の出身地 被害者数(件) 全体に占める割合(%) ガダルカナル州(Guadalcanal) , . マライタ州(Malaita) , . テモツ州(Temotu) . ウェスタン州(Western) . マキラ州(Makira) . チョイスル州(Choiseul) . セントラル州(Central) . イサベル州(Isabel) . レンネル・ベローナ州(Renbel) . 外国人 . 不明 . 総計 ,

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.考察―人権のグローバル化と地域紛争の 特殊性 本稿では,真実委員会という方法とソロモ ン諸島の「民族紛争」ならびに真実和解委員 会が明らかにした人権侵害について述べてき た。以下では,人権のグローバル化と地域紛 争の特殊性という観点から,ソロモン諸島真 実和解委員会の特質を考察する。 . 人権のグローバル化 ソロモン諸島真実和解委員会は,その設立 前史において南アフリカや東ティモールとい った真実和解委員会の前例地域を視察してい た。 年に行なわれた設立宣言の際には, 南アフリカ真実和解委員会の委員長であった ツツ大主教を招聘している。また,真実和解 委員会の国際委員にはペルー真実和解委員会 に関わった人権活動家マチェルが含まれてお り,調査活動のリーダーには同じくペルー真 実和解委員会に関わったフーバ ( ) ーがいた。こ れらの事実から,ソロモン諸島真実和解委員 会が世界各地で設立された過去の真実和解委 員会を相当程度に意識して組織され,活動し ていたことが推察される。 ソロモン諸島真実和解委員会の『最終報告 書』は,全 ( ) 巻(計 , 頁)にまとめら れ た。総計 , 件を超える証言聴取の結果を 踏まえながら「民族紛争」の背景と歴史を詳 述することに 分冊の 巻( 頁)を割い ている。そして,第 巻では国内法と国際法, 海外の研究動向などを参照しつつ,法的枠組 みが確認された上で,収集された膨大な証言 を用いながら,人権侵害の特徴と傾向ならび に全体像が分析されている。 真実委員会は過去の「人権侵害」を調査し, その特徴や傾向を分析して報告するものであ った。そこには,「何が人権侵害であるか」 という判断のために「人権とは何か」という 定義が必ず存在する。ソロモン諸島真実和解 委員会設立法案[SIG ]の第 条第 項において,「人権侵害」が次のように定義 されている。 ( )この項において,「人権侵害 (“human rights violations”)」とは 次のものを含む (a)殺人,拉致,強制失踪,拷問, 強姦,性的虐待,特定集団に対す る迫害,強制退去,自由の剥奪, 深刻な虐待 (b)憲法第 章の下に保障されてい るその他の基本的権利と自由に対 する侵犯 (c)そのような侵犯に関わるあらゆ る企て,陰謀,扇動,教唆,命令, 斡旋 (d)個人財産か公共財産かを問わぬ あらゆる財産の損壊 この定義は,憲法や刑法,さらには「民族 紛 争」に 限 定 し て 制 定 さ れ た 特 ( ) 赦法 (Amnesty Act)といった国内法では対応し きれない不十分な内容を,ジュネーヴ諸条約 や国際人道法をはじめとする国際法を参照し ながら補うものであり,この定義に漏れるも 人権侵害の内訳[SITRC をもとに筆者作成] 殺人・行方不明 拉致・不法拘留 拷問・虐待 性暴力 財産の侵害 強制移動 約 名 件 , 件 件 , 件 , 家族( , 名)

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のであっても国際法に準拠して人権侵害を取 り 扱 う こ と が 明 記 さ れ て い る[SITRC : ― ]。 このように,真実委員会の活動を通じて, グローバル化する人権概念への参照と再確認 が必然的に生じることになった。さらに,真 実委員会が 年代以降に紛争後の社会を再 構築するための選択肢として世界各地で採用 されてきていることは,各地域の真実委員会 同士の参照関係もさることながら,人権概念 がグローバル化していくことに一役買ってい ると考えることができ,人権のグローバル化 という観点から大変な熟考を要する問題であ ると思われる。( ) . 地域紛争の特殊性 従来の真実委員会は,「その多くが非人道 的で抑圧的な体制から民主的な政府への移 行」[ヘイナー : ]をきっかけに設立 されてきた。政治体制の転換という劇的かつ 断絶的な変化の中で,旧体制と訣別し,旧体 制とは根本的に異なる新しい体制を構築し, 正当化することが喫緊の課題であるような, そういった社会において真実委員会という選 択肢が採用されてきたといえる。 しかしながら,ソロモン諸島が他地域のよ うな劇的かつ断絶的な変化を被ったといえる のかどうか。ソロモン諸島の真実和解委員会 が設立される経緯を考えてみると,必ずしも そうとはいえないように思われる。 ソロモン諸島真実和解委員会の設立契機は, 抑圧的な旧体制からの移行ではなく,政権交 代によるものであった。「民族紛争」中から ソロモン諸島キリスト教連盟などが草の根の 和平活動を続けていた。また, 年には政 府内に補償や和解といった長期的な取り組み を要する課題に対応する部局である国家統 合・和解・平和局(Department of National Unity,Reconciliation and Peace)が設置 されていた。「民族紛争」の終結( 年 月)に直接的な役割を果たしたのはソロモン 諸島地域支援ミッション(RAMSI)の駐留 であった。 ソロモン諸島において真実和解委員会の設 立が公に検討され始めたのは,「民族紛争」 が終結した 年からさらに 年を経た 年からであった。この年は, 年から首相 を 務 め た ア ラ ン・ケ マ ケ ザ(Allan Kemakeza)が退陣し, 年にタウンズヴ ィル和平合意を締結したソガヴァレが再び政 権を握った年である。 紛争渦中からみられたソロモン諸島キリス ト教連盟の草の根の和解活動にもかかわらず, 真実和解委員会設立への動きが遅れた理由は, ( )「民族紛争」の終結に直接的な役割を 担ったソロモン諸島地域支援ミッションが和 解よりも追訴を指向したこと,( )紛争中 の 年に選出されたケマケザ首相が真実和 解委員会の設立に消極的であったことが指摘 されている[Braithwaite et al. : ]。 後者に関して,彼はタウンズヴィル和平合意 に明記された補償に対して不正な申請をして いたため[関根 : ― ],この「真実」 が公になることを恐れたと考えられる。 また,ソロモン諸島真実和解委員会が調査・ 分析対象とした「民族紛争」が,ガダルカナ ル島の人びととマライタ系住民との間で生じ た武力衝突であったといわれてきたことも, 他地域における真実委員会と比較した場合の 特質として指摘できるだろう。 もちろん,これまでもたびたび指摘されて きたように,島民間対立を軸として当該紛争 を 捉 え る こ と は 決 し て 適 切 で は な い [Kabutaulaka ;関 根 ;石 森 ;

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藤井 aなど]。『最終報告 書』で も「民 族紛争」を三つに時期区分して,各時期にお ける暴力の行使主体と矛先が異なることが示 されている[SITRC( ) : ― ]。 なぜ不適切だと言われ続けてきた「ガダル カナル対マライタ」という民族対立の構図を 敢えて持ち出すのか。それは,ソロモン諸島 の「民族紛争」が決して政府軍と反政府勢力 との対立であったとは認識されていないよう に思われるからである。 これまでに組織された真実委員会が調査対 象とした人権侵害は,そのほとんどで政府が 暴力の主要な行使主体の一部となっていた。 たとえば南アフリカではアパルトヘイトとい う抑圧的な政治体制のもとで政府側から民衆 に対して行なわれた人権侵害が,新体制にと って取り組まれるべき重要な課題であった。 ペルーをはじめとするその他の「和解」を冠 する真実委員会もまた,政府と反政府勢力と の間の大規模な武力衝突という状況下で行な われた人権侵害の真相を究明することが課題 とされた。ソロモン諸島ではどうだったのか。( ) 『最終報告書』には「民族紛争」のアクタ ーに関する記述があり,ガダルカナル・マラ イタ両武装集団のみならず,警察とソロモン 諸島政府ならびにガダルカナル・マライタ両 州政府,市民社会が挙げられている。「民族 紛争」に対する政府の責任は,治安維持がで きなかったことと紛争解決のために適切な対 応ができなかったことだとされる。一方,警 察の責任は,紛争勃発が予見されていたのに 適切な予防策を講じなかったこと,治安維持 に当たる組織としての国家に対する忠義より も各人の出自(民族)への忠義を優先したこ と,そのために市民の安全を守るという公共 サービスが機能不全に陥ったことなどが挙げ られている。警察が紛争中に人権侵害を行な ったのは,ガダルカナル解放戦線(GLF) の征討作戦が始まった 年 月以降のこと として報告されてい ( ) る。『最終報告書』にみ られるこの分析からは,少なくとも他地域の 真実委員会が調査対象としたような,政府が 人権侵害に対して重大な責任を負うという認 識は読み取れない。 政府が過去の人権侵害に対して重大な責任 を負っていると自認すること。それは,従来 の真実委員会が過去の暴力と向き合う動機の 一面を構成していたように思われる。深刻な 相互不信や分断された社会状況に直面したと き,新体制の政府は旧体制の責任を追及して 法的手続きに則った裁きを与えるだけではな く,過去を正面から受け止めて社会を再構築 していく必要に迫られた。こうした文脈の中 で,真実委員会という選択肢が採用されるよ うになってきた。ところが,ソロモン諸島の 事例を考えてみると,決して政府が過去の人 権侵害に対して重大な責任を負っているわけ ではなかったかのように映る。 「民族紛争」の特殊性を念頭に置きながら ソロモン諸島真実和解委員会を分析すると, その特質が見えてくると同時に,従来の真実 委員会の分析に対しても,ソロモン諸島真実 和解委員会の分析に対しても,これまでとは 異なった観点が求められてくるのではないだ ろうか。 お わ り に 本稿では,人権のグローバル化および地域 紛争の特殊性という観点から,ソロモン諸島 真実和解委員会の特質を明らかにすることを 試みた。本稿の考察から得られたのは以下の 点であった。 第一に,委員会の設立契機として重要だっ たのは,体制移行ではなく政権交代であった。

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真実委員会が共有する特徴と目的に照らせば, ソロモン諸島真実和解委員会もまた過去の人 権侵害の傾向と全体像を明らかにし,情報を 共有することによって紛争後社会の再構築を 図るという点は,従来の真実委員会と同じ方 向性で設立され,活動したといえる。しかし, その設立の動機付け,直接的なきっかけにな ったのが,従来の多くの真実委員会でみられ た体制移行ではなく,政権交代であったこと は,今後ソロモン諸島真実和解委員会をめぐ っていかなる分析がなされる際にも,注意し ておいた方がよいかもしれない。 第二に,委員会が調査対象とした「民族紛 争」中の人権侵害に関して,その主要な行為 主体はガダルカナル・マライタ両武装集団で あり,政府(警察)の責任は相対的に軽いも のだったと,少なくとも『最終報告書』を作 成した真実和解委員会は認識していたように 見受けられた。過去の人権侵害に対して向き 合い,分断された社会の再構築へと踏み出し ていく上で,新政権が正当性を確立すること は必須である。しかし,この新政権の正当性 を確立するという指向性は,政府が過去の人 権侵害に対して重大な責任を負うべき存在で あるという自認から生まれるのではないだろ うか。 どことなく噛み合わせの悪いソロモン諸島 真実和解委員会の位置取りから,それにもか かわらず一定程度の成果を残した組織でもあ るという事実から,我々は他地域の真実委員 会に対する新たな分析視角を得ることができ るかもしれない。 謝 辞 本稿で用いた資料の一部は,大阪大学グロ ーバル COE プログラム「コンフリクトの人 文学国際研究教育拠点」平成 年度大学院生 調査研究助成(第一次)を受けて 年 月 から 月に実施した臨地調査から得られたも のである。ここに記して感謝します。 ( ) 以下,本稿では特に断りがないかぎり「真実 和解委員会」という言葉で指し示すのはソロモン 諸島真実和解委員会のこととする。なお,他地域 で設立された真実和解委員会を指示する場合は, 「南アフリカ真実和解委員会」や「ペルー真実和 解委員会」などのように,国名を併記する。 ( ) その理由として,旧政権下で生じた暴力と向 き合い新政権の正当性を確立するために,懲罰や 隔離による短絡的な問題解決だけではなく,その 後に被害者と加害者とが共存できるような長期的 展望をもった社会再構築が目指されるようになっ たためだと考えられる。阿部利洋は,南アフリカ 真実和解委員会の前後に活動した真実委員会の特 徴を概観して,「検証中心の活動から,関係の再 構築を視野に収める活動への移行」と述べている [阿部 : ]。 ( ) 真実委員会に関する総合的な研究としてヘイ ナー[ ]を参照。真実和解委員会を考察対象 とする研究には,追究される真実の多元性を指摘 するもの[阿部 など]や目標に掲げる和解 (reconciliation)の捉え方に関する研究[Wilson ;阿部 ; ; など],経験の表出 によって得られると さ れ る 癒 し に 関 す る 研 究 [Ito ;Guthrey ; な ど],移 行 期 正義と関連付けて平和構築や法社会学の観点から 分析する研究[望月 ;Jeffery ;Harris Rimmer など],ローカルな規範や社会文化 的価値との関係を考察する研究[クロス ; 辰巳 ;Guthrey など]がある。 ( ) 当初,「ガダルカナル革命軍(Guadalcanal Revolutionary Army : GRA)」と呼ばれた。 ( ) その要求は,( )過去に発生したマライタ

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人によるガダルカナル島民 名の殺害に対する賠 償の支払い,( )首都ホニアラに暮らす他島出 身者に対する住民税と地方税の課税,( )特定 の州への人口集中を避けるための国民の州間移動 制限,( )他州出身者による土地取得の制限, ( )譲渡地の返還の 項目から成っていた[関 根 : ]。 ( ) この事件で 名の武装集団のうちイスマエ ル・パンダ(Ishmael Panda)が射殺された。ケ ケ は 負 傷 し,実 弟 ジ ョ セ フ・サ ン グ(Joseph Sangu),ヘンリー・ロコマネ(Henry Rokomane), ヴィクター・タダクス(Victor Tadakusu)とと もに逮捕された[SITRC : ― ]。 ( ) ソロモン諸島真実和解委員会が行なった非公 開ヒアリング(closed hearing)において,「な ぜ貴方はケケの保釈金を支払ったのですか」とい う尋問に対して,アレブアは「〔保釈金を〕払う ことが法手続きだったからだ。彼〔ハロルド・ケ ケ〕は私の甥,遠い甥だ。彼らが要求したから私 は〔保釈金を〕払った」と答えている[SITRC : 。括弧内は筆者補足]。 ( ) タウンズヴィル和平合意の締結を受け,平和 監視と和解促進を目的として内務省に国家統合・ 和解・平和局(Department of National Unity, Reconciliation and Peace)が設置された。政権 交代が起きて真実和解委員会の設立が検討され始

めた 年に,国家統合・和解・平和省(Ministry

of National Unity,Reconciliation and Peace)

へと格上げされた[SITRC : ]。 ( ) ソロモン諸島地域支援ミッション(RAMSI) は,圧倒的な軍事力を背景に武装解除を達成した だけでなく,治安維持にあたってソロモン諸島警 察と同等の権限が与えられ[Jeffery : ― ],「民族紛争」に関係する犯罪者の逮捕・追訴 を進めた[Harris Rimmer : ]。 ( ) 『最終報告書』の中で,真実和解委員会設立 の前史としてこのように述べられている。しかし, 実際に真実和解委員会が証言聴取等の活動を始め てからは被害者も加害者も証言を躊躇う,あるい は拒否するなどの否定的な反応が多くあったとい われる[SITRC : ]。真実 和 解 委 員 会 に対する国民の反応には矛盾があるように思われ るが,それを論じるための十分な資料を筆者は持 っていないので,今後の調査課題としたい。 ( ) 在任中の 年 月にジョージ・ケジョアは 病死した。後任には彼と同じガダルカナル州出身 のカミロ・テケ(Kamilo Teke)が選ばれた。 ( ) なお,調査活動のリーダーを務めたルドウィ ック・フーバー(Ludwig Huber)もまた,ペル ー真実和解委員会のスタッフとして調査活動に従 事していた。 ( ) マンライウィウィが 年 月 日に病死し たとの連絡が,ソロモン諸島真実和解委員会の元 秘書から筆者宛に電子メールで届いた。筆者の調 査期間中も,彼は体調が悪く,たびたび職務を離 れて療養していた。 ( ) ただし,実際にはこの時点から活動を始めた わけではなく,国際委員 名の到着を待って, 年 月にようやく組織活動が始動した。 ( ) 証言聴取に基づいて特定個人を召喚する証言 公聴会(計 回)や非公開ヒアリング(計 件) が開催された。また,証言する/しないに関わら ず,必要とする人びとを対象としてトラウマ・カ ウンセリングを実施した。証言聴取や公聴会,ヒ アリングで得た情報は,「民族紛争」の歴史を提 示することを目標とする『最終報告書』のために すべて英語へと翻訳された。さらに,収集された 情報に基づく犠牲者の遺体発掘にも取り組み,犠 牲 者 親 族 へ の 遺 体 返 還 を 伴 う 国 葬(National Funeral Service)も行なった[藤井 b: ― ]。 ( ) 調査活動は,証言聴取および公聴会や非公開 ヒアリングから得た情報を分析して「誰が,いつ, どこで,誰に対して何をしたのか」を明らかに

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し, 年 月から 年 月 日までの紛争の 歴史を描くことが調査活動の主たる目的であった [藤井 b: ]。厳密に言えば,調査活動は 証言聴取を踏まえて展開されるので,証言聴取も 調査活動の一環に含めるべきかもしれないが,ソ ロ モ ン 諸 島 真 実 和 解 委 員 会 で は 証 言 聴 取 (statement taking)と調査活動(research)が 別部門として組織されていたという現実に鑑みて, 本稿では両者を区別して扱うこととする。 ( ) 実際には, , 件あまりの証言が収集され るに留まった。その内訳は男性 , 件( %), 女性 件( %)であった[SITRC : ]。 ( ) この 地域は「民族紛争」の影響が特に大き かった。まず,ガダルカナル州は紛争期間を通じ て主要な舞台であり,激しい武力衝突がみられた 地域である。紛争中に排斥行動を受けたマライタ 人の多くが首都ホニアラおよびマライタ州へ避難 した。またマライタ側武装集団が結成された後の ホニアラは,ますます多くのマライタ人が暮らし ていた。 ( ) ソロモン諸島の公用語は英語,共通語はピジ ン・イングリッシュである。これらとは別に か ら の異なる言語(およびその方言)が存在す る。なお,ガダルカナル州には から の言語が, マライタ州には から の言語がある[Statistics Office : ― ]。 ( ) なお,証言聴取や公聴会・非公開ヒアリング を通じて収集された約 , 件に上る証言は,多 言語を解する 名の翻訳担当者によって英語へと 訳され[藤井 b: ― ], 頁近くを割い た紛争の記録として『最終報告書』の中に結実し ている[SITRC : ― ]。 ( ) 年 月に委員長サミュエル・アタからゴ ードン・ダー シ ー・リ ロ 首 相(Gordon Darcy Lilo)へ提出された。しかし,議会での審議がな されず『最終報告書』の公開もされないまま 年 が過ぎ, 年 月 日に『最終報告書』の編集 に携わったテリー・ブラウン主教(Bishop Terry Brown)が約 名の個人といくつかの報道機関 に発表した結果,ソロモン諸島議会の審議を経ぬ ままに『最終報告書』がインターネット上へ流出 した。 ( ) この点については,真実を語ることとその表 出によって得られるとされる癒しとの関係につい て考察したホリー・ガスリー(Holly Guthrey) の研究[Guthrey ; ]や,委 員 会 内 部 でボランティアとして働きつつ「女性に対する人 権侵害」の項目の編集にも携わったルイス・ヴェ ラ(Louise Vella)の研究[Vella a; b] も参照。 ( ) 「民族紛争」渦中の 年 月に実施された 国勢調査の結果によれば,国内避難民の総数は , 名 で あ る[Statistics Office : ― ]。当時のソロモン諸島国の人口は , 名 であったので,統計上は約 割の人びとが避難の ための移動を余儀なくされたことがわかる。真実 和解委員会が記録している強制移動の件数と不一 致が認められるのは,強制性の有無に関する当事 者の認識(強制されたのではなく自発的に避難し たという認識があるかもしれない)や真実和解委 員会の活動内容に対する無理解に基づく証言拒否 など,さまざまな理由が考えられる。しかし,議 論から逸れるので,本稿では深く立ち入らない。 ( ) 本稿の注 を参照。 ( ) 第 巻は「民族紛争」の背景と経過に関する 記述,第 巻は調査と分析から明らかになった人 権侵害の特徴,第 巻は「民族紛争」の影響に関 する分析,第 巻は各地域公聴会での証言を書き 起こしたもの,第 巻は真実和解委員会に関する 諸情報や関連資料などが収録されている。 ( ) 年 月にタウンズヴィル和平合意が締結 されてから,相次いで つの特赦法が制定された。 ( ) 紙幅が限られているので,本稿ではこの点に ついてこれ以上の考察には踏み込まず,今後の検

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討課題としたい。 ( ) 特 に 年 月 に マ ラ イ タ 側 武 装 集 団 (MEF)がクーデタを起こした頃から民族対立 は影を潜め,民族内で暴力が拡大したと報告され ている。 ( ) 当然ながら,ソロモン諸島の「民族紛争」が 民族対立の構図で捉えきれないのと同様に,ソロ モン諸島以外の地域でみられた人権侵害もまた, 政府軍と反政府勢力との対立のような単純な構図 で捉えられるものではない。しかし,本稿で強調 したいのは,ソロモン諸島においてみられた人権 侵害に対して政府の責任がほとんど認識されてい ないことである。 ( ) た だ し,警 察 と ガ ダ ル カ ナ ル 解 放 戦 線 (GLF)を征討するための共同作戦が行なった 人権侵害として真実和解委員会へ報告されたのは 件に上り,全体の約 %を占める。 参 考 文 献 阿部 利洋 『紛争後社会を生きる―南アフリカ真実和 解委員会』京都大学学術出版会。 『真実委員会という選択―紛争後社会の再 生のために』岩波書店。 「プロセスあるいは触媒としての和解―紛 争後社会における和解概念をどうとらえる か」佐藤章編『紛争と和解―アフリカ・中 東の事例から』 ― 頁,アジア経済研究 所。 「創造的な逸脱の許容―南アフリカ真実和 解委員会と移行期正義」遠藤貢編『武力紛 争を越える―せめぎ合う制度と戦略のなか で』 ― 頁,京都大学学術出版会。 Braithwaite, J. et al.

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参照

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