通信制大学院修士課程における研究指導を考える
-社会人大学院としての現状と課題-
近藤 道子
【要旨】 大学院における研究指導は学問分野にかかわらず、直接対面による指導を中心と して行われてきた。通信制大学院は在宅による自学自習を基本とし、通学すること なく学位の取得を目指すことを可能としている。直接対面による教育の機会が少な い通信制大学院では、どのようにして研究指導は行われているのだろうか。 本研究では、各大学院が公表している各種情報に基づき、通信制大学院修士課程 (博士前期課程)における研究指導の現状を調査した結果、指導教員 1 名体制を採っ ている専攻が多いこと、直接対面による研究指導や中間報告会は主にスクーリング 期間に合わせて実施されていること、研究指導には各種通信手段が併用されている こと、修了要件として修士論文が指定されている専攻が多いこと等が明らかになっ た。また社会人学生を視野に置いた授業科目と研究指導の連携には、考慮の余地が あることがわかった。 最後に通信制大学院の現状と調査の結果から、通信制大学院における教育の質保 証への提言を行った。 キーワード:通信制大学院、社会人大学院、研究指導、対面指導、教育の質保証 はじめに 通信制大学院は大学院設置基準第 9 章「通信教育を行う課程を置く大学院」に規定される 通信教育を行う大学院である。通信制大学院は時間的、地理的に制限のある社会人1)の学修 需要に応える大学院として、社会人大学院2)の一角を占めている。通信制大学院では、大学 院設置基準第 28 条(大学通信教育設置基準の準用)に定めるとおり、「印刷教材等による授業」 「放送授業」「メディアを利用して行う授業」「面接授業」の4つの方法のうちのいずれか、ま たは複数の教育方法を組み合わせて行うことが認められており、学生は通学することなく在 宅のまま自学自習を進め、学位の取得を目指すことができる。 大学院設置基準第 12 条に「大学院の教育は、授業科目の授業及び研究指導によって行うも のとする。」と規定されているとおり、我が国の大学院教育はコースワーク(授業科目の授業) と研究指導から構成されている。修士課程における「研究指導」とは、「学位論文又は特定の 課題についての研究成果」の作成に伴う指導を指しており、同基準第 6 章「課程の修了要件等」に規定されるとおり、修士課程(または博士前期課程)、博士課程のいずれにおいても「必要 な研究指導を受けた上、論文(修士課程においては「特定の課題についての研究の成果」を 含む。)の審査及び試験に合格すること」が修了要件のひとつとされている。 2005 年(平成 17 年)、2011 年(平成 23 年)の中央教育審議会答申『新時代の大学院教育』、 『グローバル化社会の大学院教育』、第 1 次および第 2 次大学院教育振興施策要綱により、現 在、大学院教育の質的充実に向けた動きが加速されつつある。その一方で、近田(2008: 73-94)は大学院でのコースワークや研究指導に関する実践的な研究がほとんど行われてこなかっ たことを指摘したうえで、研究指導が組織的実践支援の対象にも高等教育研究の対象にもなっ ていないと述べている。このような状況のなかで、我が国の研究指導を見直すきっかけとす ることを目的として、近田による海外の大学院における研究指導ガイドライン(ジェームス &ボールドウィン: 2008)の翻訳と公表、立教大学 大学教育開発・支援センターによる、海 外研究指導マニュアル(2013)の紹介など、大学院教育改善に向けた動きがみられる。 通信制大学院における研究指導をテーマとした数少ない研究のなかで、石原ら(2009: 13-25、2010: 20-9)は鈴木(2008)が通信制大学院生を対象として実施したアンケート調査の結 果に基づいて検討し、論文作成が学習不安要因のひとつであること、研究指導の充実への要 望が高いことをあげている。 1998 年(平成 10 年)に通信制大学院が制度化されるにあたり、大学院設置基準上は研究 指導に対する特段の規定を設ける必要はないとされた。しかし通学制大学院に比べて教員に よる授業科目の直接指導の機会が少ないことから、研究指導に当たっては丁寧な個別指導を 行うこと、さらに専攻分野に応じて、各大学院の判断により、直接の対面指導の機会を設け ることが望ましいとされた(大学審議会答申 1997)。通信制大学院では必ずしも対面による 教育は必須ではないにもかかわらず、研究指導については伝統的な対面による面接指導が推 奨されている。 本研究では、通信制大学院修士課程(博士前期課程を含む。以下同じ)における一連の研 究指導、修士論文完成に至るまでの各プロセスを調査し、その現状と課題について考察を行っ た。さらに社会人大学院としての教育の質保証について、研究指導の観点から提言を試みた。 1. 通信制大学院の状況 (1) 通信教育を行う課程を置く大学院 2013 年度(平成 25 年度)現在、放送大学大学院を含め 27 の通信制大学院が開設されてい る。設置形態は「特別な学校法人」である放送大学学園立を含めすべて私立である。また通 信制大学院全体で 42 の研究科が開設されており、修士課程(博士前期課程)56 専攻、博士 課程(博士後期課程)11 専攻、専門職学位課程 3 専攻が置かれている3)。詳細を表 4 に示す。 (2)専攻分野 大学院で通信教育を行い得る専攻分野は、「通信教育によって十分な教育効果が得られる専 攻分野」とされているが(大学院設置基準第 26 条)、2013 年度(平成 25 年度)現在、修士
課程が開設されている専攻分野は、家政系、芸術系、理工系の分野にもおよんでいる。表1 に専攻分野ごとの専攻数を示す。最も開設数の多いのは人文社会系および社会科学系分野で あり、2分野で全体の約半数を占めている。 表 1 通信制大学院修士課程の専攻分野4) 分 野 専攻数 比率% 人文科学 13 23 社会科学 13 23 教育 5 9 保健 6 11 芸術 3 5 理学 1 2 工学 2 4 家政 3 5 その他 10 18 計 56 100 (3) 入学定員規模および定員充足率 通信制大学院の専攻ごとの入学定員は全体に小規模であり、入学定員 10 人以下の専攻は全 体の約 40%を占める。最も入学定員が大きいのは放送大学大学院の修士全科生の 500 名であ り、通信制大学院のなかでは際立って大きい。 また、通信制大学院修士課程 41 専攻の 2012 年度以前過去 3 年間の平均定員充足率を図 1 に示す。9 専攻では入学定員を充足または入学定員を超える入学者があるものの、32 専攻は 定員に達していない。なお、14 専攻については、3 年間にわたる入学者数の把握ができなかっ たため、データに含めていない。 0 1 2 3 4 5 6 7 8 ኾ ᢙ ቯຬల⿷₸㧔㧑㧕 図 1 通信制大学院修士課程の定員充足率(2010 ~ 2012 年度平均) 出典: 私立大学通信教育協会『2013 大学通信教育ガイド(大学院編)』他より著者作成
(4) 在籍学生の状況 2005 年度(平成 17 年度)から 2013 年度(平成 25 年度)に至るまでの通信制大学院修士 課程の正規課程に在籍する学生数は 3,200 人前後で推移しており、大きな変動はない。 なお、全在籍者数に占める放送大学大学院の在籍者数の割合は、2005 年度(平成 17 年度) の 43%から 2013 年度(平成 25 年度)の 36%に漸減している。 表 2 通信制大学院修士課程の正規課程在籍者数推移 2005年度 2006年度 2007年度 2008年度 2009年度 2010年度 2011年度 2012年度 2013年度 放送大学以外 1,808 1,818 1,860 1,946 2,025 2,019 2,065 2,039 2,051 放送大学大学院 1,352 1,393 1,352 1,351 1,261 1,195 1,157 1,107 1,172 計 3,160 3,211 3,212 3,297 3,286 3,214 3,222 3,146 3,223 出典:文部科学省「学校基本調査」より著者作成 学校基本調査によると、2013 年度(平成 25 年度)の通信制大学院修士課程在籍者のうち 約 77%は有職者(教員、公務員、会社員、銀行員、個人営業・自由業)であり、無職者(家 庭の主婦・主夫などの職業を持たない者)を加えると 90%になる。 また、年代別では 24 歳以下 1.2%、25 ~ 29 歳 6.2%、30 歳代 24.0%、40 歳代 28.1%、50 歳代 23.9%、60 歳以上 16.5%である。40 歳以上の在籍者が 68.6%を占めており、年度推移と ともにその割合は上昇している。 以上の数字から通信制大学院修士課程在籍者の大部分はいわゆる社会人から構成されてい ることがわかる。一方、通学制大学院修士課程の在籍者のうち社会人5)は 11.9%(2013 年度 学校基本調査)に過ぎない。 (5) 修了率 修了率を公表している通信制大学院の数は少ない。放送大学大学院は修了率を公表してい る数少ない例である。学校基本調査における入学者数は 5 月 1 日を調査の基準日としている が、修了者数は年度間の人数で表わされている。修了者には秋学期入学の修了者も含まれる。 したがって学校基本調査から正確な、(平均的)修了率を割り出すことはできない。しかし、 すべての通信制大学院が秋学期(後期)入学者を受け入れているわけではなく、最も入学定 員の大きい放送大学大学院においても、9 月入学者は 4 月入学者の数%に留まっているため、 参考値とするには差し支えないと判断した。 表 3 に通信制大学院修士課程の修了率を示す。同一年度入学者について修了に要した年数 ごとに修了率を算出し、各修了率の総計をもって当該年度入学者の最終的な修了率とした。 修了率は以下の式から算出した。ただし、前述の理由により、修了率はやや高めに算出され る可能性がある。 2 年修了率(%)= 2 年修了者数/ n 年度入学者数× 100 ………… A 3 年修了率(%)= 3 年修了者数/ n 年度入学者数× 100 ………… B 4 年修了率(%)= 4 年修了者数/ n 年度入学者数× 100 ………… C n 年度入学者の修了率(%)= A + B + C
表 3 通信制大学院修士課程の平均的修了率 入学年度 2 年修了率(%) 3 年修了率(%) 4 年修了率(%) 修了率 (% ) 2002(平成 14) 59.0 10.3 3.4 72.7 2003(平成 15) 59.8 12.5 4.6 76.9 2004(平成 16) 62.8 12.2 5.7 80.7 2005(平成 17) 61.8 12.2 4.3 78.3 2006(平成 18) 56.0 11.1 4.7 71.8 2007(平成 19) 64.3 10.2 5.2 79.7 2008(平成 20) 62.1 10.4 4.3 76.8 2009(平成 21) 56.7 13.6 3.5 73.8 2010(平成 22) 61.5 11.7 ― ― 2011(平成 23) 58.9 ― ― ― 出典:文部科学省「学校基本調査」から筆者作成 同様にして通学制大学院修士課程入学者の平均修了率を算出した場合、通学制大学院修士 課程では入学者の 82%~ 89%が 2 年で修了し、4 年修了者まで含めると修了率は 91 ~ 98% に達する。最終的修了率は通信制大学院のほうが約 10 ~ 20%低く、修了により長い在学年 数を要していることがわかる。 2. 研究指導の実施状況に関する調査 (1) 調査資料 調査資料の内訳は以下のとおりである。近年、大学公式 Web サイトは大学広報戦略上の有 力な手段として充実が図られている。また教育情報の公表義務化以降、教育に関わる詳細な 内容が Web 上に公表されるようになっている。そこで、各種パンフレットと共に、通信制大 学院が Web 上に発信している情報を調査資料のひとつとし、通信制大学院ごとの研究指導へ の組織的な対応を探ることを試みた。また一部大学院については担当者から聞き取り調査を 行い、資料の供与を受けた。 ① 大学公式 Web サイト上の大学院紹介情報 ② 大学公式 Web サイト上に公表されている教育課程、履修モデル、シラバス等の教 育情報、自己点検評価報告 ③ 募集要項および大学院案内パンフレット ④ 学生用に配布している研究指導用冊子、履修要覧等の冊子 ⑤ 「2013 大学通信教育ガイド(大学院編)」(私立大学通信教育協会) (2) 調査項目 以下の項目に基づいて大学院・研究科・専攻ごとに研究指導状況の調査を行った。 指導の体制 1) 指導教員の体制 2) (主)指導教員の決定と時期 3) サポート体制 指導の方法 4) 指導の手段 5) 面接指導の実施状況
授業科目の開設状況 6) 論文執筆技法科目(論文執筆スキル、文献検索法、研究計画法等科目) 7) 研究方法論科目(調査法、統計法、データ分析法・処理方法、研究倫理等科目) 8) 修士論文作成指導を内容とする科目 論文完成に至るまでの進捗管理等 9) 研究計画書の提出 10) 報告会、公聴会等の実施状況 11) 修了要件への選択肢 (3) 調査対象とした通信制大学院 表 4 に 2013 年度現在設置されている通信制大学院修士課程の 56 専攻(うち博士前期課程 7 専攻)を示す。これらのうち研究指導に関する情報の取得が可能であった 48 専攻を調査対 象とした。 表 4 通信制大学院の研究科および専攻(修士課程) 大学院名称 研究科名称 専攻名称 東北福祉大学大学院 総合福祉学研究科 社会福祉学専攻 福祉心理学専攻 東京福祉大学大学院 社会福祉学研究科 社会福祉学専攻 児童学専攻 心理学研究科 臨床心理学専攻 日本大学大学院 総合社会情報研究科 国際情報専攻 文化情報専攻 人間科学専攻 人間総合科学大学大学院 人間総合科学研究科 心身健康科学専攻 聖徳大学大学院 児童学研究科 児童学専攻 放送大学大学院 文化科学研究科 文化科学専攻 帝京大学大学院 理工学研究科 情報科学専攻 桜美林大学大学院 大学アドミニストレーション研究科 大学アドミニストレーション専攻 帝京平成大学大学院 環境情報学研究科 環境情報学専攻 日本女子大学大学院 家政学研究科 家政学専攻 武蔵野大学大学院 人間学研究科 人間学専攻 仏教学専攻 明星大学大学院 人文学研究科 教育学専攻 星槎大学大学院 教育学研究科 教育学専攻 岐阜女子大学大学院 文化創造学研究科 文化創造学専攻 初等教育学専攻 日本福祉大学大学院 国際社会開発研究科 国際社会開発専攻 社会福祉学研究科 社会福祉学専攻 名古屋学院大学大学院 外国語学研究科 英語学専攻 京都産業大学大学院 経済学研究科 経済学専攻 京都造形芸術大学大学院 芸術研究科 芸術環境専攻
大学院名称 研究科名称 専攻名称 佛教大学大学院 文学研究科 浄土学専攻 仏教学専攻 仏教文化専攻 日本史学専攻 東洋史学専攻 国文学専攻 中国文学専攻 英米文学専攻 教育学研究科 生涯教育専攻 臨床心理学専攻 社会学研究科 社会学専攻 社会福祉学研究科 社会福祉学専攻 明治国際医療大学 鍼灸学研究科 ◆鍼灸学専攻 高野山大学大学院 文学研究科 密教学専攻 吉備国際大学大学院 社会福祉学研究科 社会福祉学専攻 連合国際協力研究科 国際協力専攻 保健科学研究科 理学療法学専攻 作業療法学専攻 環境リスクマネジメント科 環境リスクマネジメント専攻 知的財産学研究科 知的財産学専攻 倉敷芸術科学大学大学院 芸術研究科 ◆美術専攻 産業科学技術研究科 ◆機能物質化学専攻 人間文化研究科 ◆人間文化専攻 東亜大学大学院 総合学術研究科 法学専攻 ◆人間科学専攻 ◆環境科学専攻 ◆情報処理工学専攻 ◆デザイン専攻 九州保健福祉大学大学院 社会福祉学研究科 社会福祉学専攻 保健科学研究科 保健科学専攻 ◆の専攻は情報の取得が困難であったため調査対象には含めていない。 3. 調査結果 (1) 指導教員の体制 近年、「専門分野の枠にとらわれない、独創性と創造性を持った人材の養成を目的として専 門分野の異なる複数の教員による研究指導体制が推奨されている(2011 中央教育審議会答申)。 表 5 に現在の通信制大学院における研究指導体制の調査結果を示す。全体の約 6 割は学生 1 名に指導教員 1 名の研究指導体制を採用し、約 4 割の専攻は複数教員による指導体制をとっ ている。
表 5 指導教員の体制 区 分 専攻数 指導教員 1 名体制 28 複数指導教員体制(ゼミ、グルー プ単位による指導を含む) 19 学際性の高い領域の場合は複数指 導教員体制 1 計 48 表 6 主指導教員の決定と時期(4 月入学の場合) 区 分 専攻数 入学前に教員と面接、受入れ承認を得る。 入学時は決定済み 8 入学書類の研究計画書に基づいて研究科・ 専攻が決定 4 入学年度の 4 月中 19 入学年度の 5 月~ 9 月(前期) 4 入学年度の 10 月~ 3 月(後期) 5 2 年次始め 2 不明 6 計 48 (2) (主)指導教員の決定と時期 表 6 に指導教員の決定方法と時期についての調査結果を示す。決定時期としては入学年度 の 4 月中あるいはその前(入学前あるいは入学と同時)に決定されるケースが半数を占めて いる。決定方法としては、入学書類のひとつとして提出する研究計画書に基づき、大学院側 で指導教員を割り振る事例や、指導教員として希望する教員との入学前面接を行い、受入れ 承認を前提として入学願書を提出させる事例なども含まれる。 (3) サポート体制 授業科目の履修や、修士論文作成をサポートするスタッフとして、指導教員以外に学修ア ドバイザーやコーディネーターを配置し、院生からの学修上の質問や相談に応じたり、指導 教員との橋渡しをするなどにより学生のサポートを行っている事例が見られる。ただし件数 としては多くはない。 (4) 指導の手段 図 2 に通信制大学院で研究指導に用いられている手段を示す。研究指導の手段は単一では なく、複数の方法が用いられている。メールは現在ではごく普遍的な通信手段であるが、そ の他 ICT を活用したコミュニケーション手段としては、ポータルサイトの設置や LMS の導 入が進んでおり、これらは研究指導にも利用されている。また、SNS を利用して学生相互の 交流を促進しようとする試みもある。しかし、通信制ならではのサイバーゼミや TV 会議シ ステム等、画像と音声を併用した同期型双方向システムの研究指導への活用事例はまだ少数 に留まっている。 0 10 20 30 40 50 ᜰዉᢎຬߣቇ↢ߣߢ⋧⺣ߩ߁߃ቯ หᦼဳᣇะࠪࠬ࠹ࡓߦࠃࠆኻ㕙̖ ࡐ࠲࡞ࠨࠗ࠻ LMS 㕙ធᜰዉ ࡔ࡞ ㅢା㧔ㇷㅍ㧕㔚FAX ઙᢙ 図 2 研究指導の手段(複数手段の併用あり)
(5) 面接指導の実施状況 前述のとおり研究指導には ICT を活用した様々なコミュニケーション手段が用いられてい るが、基本的には対面による面接指導が重視されており、すべての専攻で面接による研究指 導が行われている。面接指導回数については一定の目安を設け、必要回数以上の対面による 面接指導を義務付けている場合と、指導教員と院生が相談のうえ、必要に応じて適宜行うと しているところがある。 面接指導は主にスクーリング期間に実施されている。スクーリング期間を利用することが 遠隔地居住者にとって最も負担が少ない方法である。スクーリング時以外に面接指導を受け る場合は、希望者が予め予約票やポータルサイトからの事前申し込みを行い、事務局が指導 教員との間で時間調整をするなどの対応がとられている。また指導教員が学会等で地方に出 向いた機会を利用して研究指導が行われることもある。 (6) 論文執筆技法科目 論文作成技法に関する科目の開設例はまれである。論文執筆および研究方法論に関する参 考図書を紹介し自ら身につけるよう指導したり、論文作成指導に関する冊子を作成し配布す るなどの指導を行っている例はあるが、多くの専攻では論文執筆技法に関する指導は指導教 員が研究指導の一部として行っているのが実情であろう。 (7) 研究方法論科目 「研究法特論」「研究法演習」「実験計画法」などの名称で社会福祉系、心理学系の専攻を中 心として開講されている。研究分野に応じた調査法と収集したデータの統計解析法、情報処 理法など、調査票作成法や収集したデータの分析法について学習する科目であり、実証的研 究の基本知識として欠かすことはできない。 専攻によっては研究調査方法に関する科目を設置せず、指導教員により研究指導の一部と して行われる場合もある。 表 7 研究方法論科目の開講状況 区 分 専攻数 研究方法論に関する科目を開講している。 21 特に開講していない。 27 計 48 (8) 修士論文作成指導を内容とする科目 通常1年次から2年次にわたり、修士論文の完成に導くことを目的とする演習科目として 設置される。授業内容は指導教員による修士論文作成に関する一連の指導であり、論文のテー マ設定と研究計画立案指導、文献収集と購読、データの収集と分析方法、さらには執筆方法 についての指導まで、学生の研究能力に応じて広範囲にわたる内容が盛り込まれている。授 業形態はスクーリング、またはテキスト学習とスクーリングの組み合わせにより行われてい る。単位数は 2 単位から 8 単位の間で設定されており、スクーリング期間中の集団指導や個
別指導、さらにメールまたは ICT を利用した個別指導が行われている。 (9) 研究計画書の提出 入学後に新たに提出する研究計画書は、研究題目、研究目的および背景、研究方法および 研究スケジュールなどを、第三者に理論的に提示し、研究の進捗状況を報告するものである。 表 8 に示されるように、入学年度の後期に研究計画書の提出を求める専攻が最も多く、次い で入学年度の前期、2 年次となっている。 表 8 は最終の研究計画書の提出時期について集計した結果である。修士論文完成に至るま で、複数回の研究計画書の提出を求める場合は、最終提出時期を集計対象としている。 表 8 最終的な研究計画書の提出時期 (4 月入学の場合) 区 分 専攻数 入学年度の5月~ 9月(前期) 11 入学年度の10月~ 3月(後期) 20 2年次 7 入学後の研究計画書の提出なし 1 不明 9 計 48 表 9 報告会の実施状況 (複数種類の実施あり) 区 分 専攻数 研究計画報告会、論文構想発表会 を実施 9 修士論文中間報告会を実施 35 提出後に修士論文発表会を実施 13 報告会は実施していない 7 (10)報告会、公聴会等の実施状況 表 9 に実施状況を示す。報告会には研究計画策定段階における論文構想発表会や研究計画 報告会、論文作成段階における中間発表会、修士論文完成後の修士論文報告会がある。修士 論文指導におけるプロセスのひとつとして組織的に実施されている。これらは研究計画や研 究内容への参加者からの評価や助言を得る機会であるとともに、段階ごとの目標(マイルス トーン)を設定し、修士論文作成の進捗管理を行うという意義もある。研究計画報告会や論 文構想発表会は 1 年次で、中間報告は主に 2 年次で、修士論文報告会は 2 年次の 1 月から 2 月の修士論文提出後に、主にスクーリング実施時期中に実施されている。 (11)修了要件への選択肢 修士課程では、大学院置基準第 16 条に定めるとおり、修士論文に代えて「特定の課題につ いての研究」(以下、特定課題研究という。)の成果の審査及び試験への合格をもって修了要 件とすることができる。表 10 に通信制大学院における修了要件としての修士論文および特定 課題研究の取り扱いについて調査した結果を示す。 表 10 修了要件への選択肢 区 分 専攻数 修士論文の提出のみ 41 修士論文または特定課題研究のいずれかを選択できる 5 特定課題研究の提出のみ 2 計 48
4. 調査結果から得られた知見と考察 通信制大学院の状況で述べたとおり、通信制大学院修士課程の専攻分野は人文・社会系を 中心としている。通信制大学院修士課程の教育規模は概して小さく、在職中の社会人が多く を占めている。また在籍者は比較的高い年齢層から構成されている。通学制大学院に比べて 修了には長期間を要するが、入学者のうち 70 ~ 80%は最終的に修了に至る。以上のような 状況を踏まえ、研究指導に関する調査結果から得られた知見について考察する。 (1) 指導の体制 複数教員による指導体制を標榜している専攻は全体の 4 割程度にのぼっている。しかし、 これらの中には学位論文審査時のみの主査・副査を複数教員としているケースが含まれてい る可能性も否定できない。 近年、文部科学省により複数指導教員を推奨する動きがある。教育規模が小さく、対面指 導の機会が少ない通信制大学院では、教員と学生間のコミュニケーションの維持など、その 実現には課題が存在すると考えられる。指導教員 1 名体制を基本とし、中間報告会や公聴会等、 他分野を専門とする教員からの批判、助言を仰ぐ機会を設け、活発かつ充実した運用を図る ことが通信制大学院では現実的かつ有効な方法と言えるのかもしれない。研究分野に応じて 複数指導教員体制をとるなどの柔軟な対応も考えられる。 研究指導を希望する教員への事前面接や、入学書類の研究計画書に基づいた入学時の指導 教員の決定など、早期に指導教員を決定する傾向がある。学生が希望する研究分野と指導教 員の専門分野とのミスマッチを避け、入学後の早期に研究を開始できる体制を整えるための 措置であると考えられる。しかし、これらはすでに研究課題や研究方法を具体的に決定して いる入学者には有効であるが、研究課題が絞り切れていない入学者にとっては入学直後のオ リエンテーション以降、あるいは 1 年次前半授業終了後の決定がより適切であろう。入学後 の指導教員の変更希望への対応について明示している通信制大学院は少ないが、これらの要 望には柔軟な対応が望まれる。また、アドバイザー等のサポートスタッフの配置による効果 については、今回の調査では検証できていないが、学生への教育、研究指導支援とともに、 教員の負担軽減への期待もあると考えられる。 (2) 指導の手段 通信制大学院といえども対面による面接指導が重視されており、すべての専攻で面接によ る研究指導が行われている。面接指導はスクーリング期間を利用して実施されるのが一般的 である。通常、年数回設けられているスクーリング期間は、単に授業科目のスクーリングと いうだけではなく、直接対面による研究指導の機会であり、学生間の交流の機会、報告会で 研究に対する批判と助言を得る機会として重視されている。 対面による面接指導に加え、研究指導には ICT を活用した様々な手段が用いられている。 通信手段を利用した研究指導が、対面による研究指導に代替し得るかについては学生の能力 や適性、また研究分野により一概には言えないが、ICT を利用した各種通信手段は通信制大 学院における研究指導に大きなウェイトを占めているのが現状であり、その果たす役割は通
学制大学院より大きい。バーチャルな環境下のゼミの実施などはまだ導入事例が少ないが、 空間を超えて学びの場を共有するための手段のひとつとして今後の拡大が期待される。 (3) 授業科目との連携 井上は専門職に就いている社会人が必ずしも論文を執筆した経験を有しているとは限らず、 論文を書くための技術については未経験であり、「別のトレーニングがいる」ことを指摘して いる(東洋大学福祉社会システム専攻出版委員会 2011: 5-11)。すでに大学院修了の経験があ り、論文執筆に一定の経験を有する学生は別としても、大学卒業後の時間が経過し、論文執 筆を初めて経験する学生が、論文執筆に関するトレーニングを経ないまま修士論文の執筆を 開始することは、学修時間が限られている通信制大学院の学生に無用の時間的浪費を強いる ことになる。また、異なる分野からの入学者を対象とした導入科目の開設など、社会人学生 を念頭においた教育プログラムが必要であろう。 論文執筆技法科目の開設例が少ないのは、指導教員による個別指導が行われているものと推 察されるが、スクーリング科目として開設し、論文作成の初期段階に合わせて履修できる体制 を整えることにより、学生だけでなく指導教員の負担を軽減することになるのではないか。 (4) 論文完成に至るまでの進捗管理等 学生が各々のペースで学習を進めることができる点は、通信制大学院の利点ではあるが、 論文作成の経験のない者にとっては論文作成のペースが掴みにくく、進捗の見込みが分かり にくい。研究計画書の提出、報告会での発表は、本来の目的以外に学生にとっての段階的な 目標設定となると考えられる。論文作成における進捗管理の重要度は通学制大学院よりも高 いのではないかと考える。 大学院設置基準に規定されているとおり、修士課程においては、修士論文以外に特定課題 研究の審査および試験への合格も修了要件として選択することができる。しかし、社会人を 教育対象とする通信制大学院でこの選択肢を設けているところは表 10 に示すとおり、以外に 少ない。2010(平成 22)年度現在、通学制大学院修士課程(博士前期課程)の専攻のうち 8 割は修了要件として修士論文のみを指定しているとの報告があるが(2011 中央教育審議会答 申 補論 2)、通信制大学院においても状況は同様である。「1.通信制大学院の状況」で述べ たとおり、通信制大学院修士課程在籍者の約 8 割が有職者であることを考えると、特定課題 研究の作成という修了への選択肢を設けることはより適切な対応であると考える。 おわりに 2005 年の中央教育審議会答申「新時代の大学院教育」以降、大学院教育の実質化を図るた めに様々な提言が行われている。大学院教育において大きな比重を占める研究指導も改革の 対象となっている。 学ぶ場と時間に拘束されない柔軟性は、通信制大学院教育の最大の特色である。この特色 を生かしつつ、大学院としての教育の質をいかにして保証するかが課題である。通信制大学 院における研究指導に関する調査から得られた知見を基に、筆者なりの提言を以下のとおり 述べる。
第 1 は研究指導体制の充実である。日常的な対面の機会が少ない通信制大学院では、必ず しも複数指導教員体制が適しているとは限らない。中間報告会を始めとする各種報告会を、 他分野の教員からの有益な批評と助言が得られる場として活性化し充実することができれば、 指導教員一任体制を組織的な研究指導体制に近づけることができるのではないか。 第2は ICT の研究指導への活用である。「3.調査結果」で述べたとおり、通信制大学院 では対面による面接指導が重視されている。一方、ICT は限られた面接指導時間を補完する 手段に留まっている。通学制、通信制の枠を超えて、ICT による遠隔大学院教育を実現して いる研究科はいくつか存在している。しかしまだ少数である。今後、通信制大学院が大学院 として教育の質保証を図るためには、対面による面接指導に偏ることなく、ICT の積極的な 導入と運用への工夫についても検討するべきではないか。 第3は社会人学生の学修上の特性6)を考慮したプログラム編成を行い、研究指導との連携 を図ることにより、修士論文作成の効率的な進行を図ることである。近年、研究指導につい ても授業科目との連携を視野に入れた体系的な指導方法が求められるようになっている。通 信制大学院ではこれらに加え、主な教育対象としている社会人学生の学修上の特性をも考慮 する必要がある。そのためには、論文執筆科目の開設や段階的目標設定による論文作成の進 捗管理などを提言したい。 第4は大学院レベルの通信教育に関する情報交換システムの構築である。通信制大学院に 対する社会的評価を向上させるには、修了生への社会的評価向上を待つだけではなく、通信 制大学院が相互連携し、研究指導事例を公表し合うなど、改善に向けて創意・工夫し、共に 発展することが望ましい。将来的には通信制大学院、通学制大学院の枠を超えた優れた事例 が生まれることを期待したい。 最後に、本研究は各大学院が対外的に発信している情報に基づいている。学生および教員 の視点から、さらに研究指導について考察することが残された課題である。 謝辞 調査を実施するにあたり、放送大学の岩永雅也教授、東北福祉大学通信教育事務部の菅野 陽子氏、渡部幸氏より現場の情報および資料の提供を受けた。この場を借りてお礼を申し上 げたい。 注 1) 「社会人」には広義から狭義に至るまで様々な定義が存在する。日本労働研究機構が実施した大学院 修士課程における社会人教育に関する報告書(1997: 7)では「大学を卒業してから一定期間を経たの ちに大学院に入学した者」という広義の定義を用いている。本論文ではこの広義の定義を採用する。 ただし、引用データにおける社会人の定義に関しては、出典の定義に従う。 2) 社会人に配慮した教育体制(教育課程、教育方法、施設・設備等)を整備した大学院を指す。通信制 大学院、昼夜開講制大学院、夜間大学院がこの類型に含まれる。 3) 平成 25 年度『全国大学一覧』(公益財団法人文教協会)より 4) 専攻分野は文部科学省学科系統分類表の小分類による。(http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/
001/08121201/003/004.pdf) 5) ここでいう社会人とは学校基本調査における定義による。すなわち「①職に就いている者(給料、賃金、 報酬、その他の経常的収入を得る仕事に現に就いている者)、②給料、賃金、報酬、その他の経常的 収入を得る仕事から既に退職した者、③主婦・主夫」を指す。 6) 通信制大学院に在籍する社会人学生の特性には以下のものが考えられる。①仕事と学修の両立を望ん でいる。②学修に振り分けることができる時間には制限がある。③学士課程からの直接進学者ではな い。④異分野からの学士課程卒業者が含まれる。⑤遠隔地居住者が多い。⑥学ぶ目的が明確な者が多い。 参考(引用)文献 中央教育審議会,2005,『新時代の大学院教育-国際的に魅力のある大学院教育の構築に向けて-(答申)』 中央教育審議会,2011,『グローバル化社会の大学院教育-世界の多様な分野で大学院修了者が活躍する ために-(答申)』 近田昌弘,2008,「社会人大学院生を対象とする研究方法論の授業実践」『名古屋高等教育研究』8,73-94 大学審議会,1997,『通信制の大学院について(答申)』 石原朗子,鈴木克夫,2009,「通信制大学院の学生の属性による学習の意識への影響」『日本通信教育学 会 56th 研究協議会研究論集』13-25 石原朗子,鈴木克夫,2010,「研究ノート:通信制大学院の学生の想い-アンケート自由記述分析を中心 に-」『平成 21 年度日本通信教育学会研究論集』20-9 リチャード・ジェームス,ガブリエル・ボールドウィン,近田政博訳,2008,『研究指導を成功させる方 法-学位論文の作成をどう支援するか-』ダイテック 文部科学省,2006,『第 1 次大学院教育振興施策要綱』 文部科学省,2011,『第 2 次大学院教育振興施策要綱』 文部科学省,「学校基本調査」(2000 ~ 2013 の各年度) 日本労働研究機構,1997,「大学院修士課程における社会人教育」『調査研究報告書』91 立教大学 大学教育開発・支援センター ,2013,「大学院研究指導への誘い-海外マニュアルの紹介-」『大 学教育開発研究シリーズ』18 私立大学通信教育協会,2012,『2013 大学通信教育ガイド 大学院編』 鈴木克夫,2008,「通信制大学院(修士課程・博士課程・専門職学位課程)の比較研究」『平成 18 年度~ 平成 19 年度科学研究費補助金(基盤研究 C) 研究成果報告書』 東洋大学福祉システム専攻出版委員会編,2011,『経験と知の再構成』東信堂 (以下は件数が多いため詳細は省略する。) 通信制大学院の公式 Web サイト 募集要項、大学院案内パンフレット、研究指導用冊子、履修要覧等の冊子