DOI: http://dx.doi.org/10.14947/psychono.34.42
292 基礎心理学研究 第34巻 第2号
東北大学文学研究科心理学講座
阿 部 恒 之
東北大学大学院文学研究科心理学講座
Department of Psychology, Graduate School of Arts and Letters, Tohoku University
Tsuneyuki Abe
Department of Psychology, Graduate School of Arts and Letters Tohoku University
東北大学における心理学研究の概要 東北大学で心理学を対象とする部局は,情報科学研究 所(主に認知・注意)・教育学研究科(主に臨床・発達), そして文学研究科の3か所ほどあります。私が所属する 文学研究科は基礎的な領域をなるべく広くカバーするこ とを心がけている大講座です。大講座と言いながらも, 教員数はたったの5名です。学生も,大学院が約20名, 学部が50名ほど(2年生∼4年生)に過ぎません。小ぢ んまりした規模ですが,その分,牧歌的な,古いスタイ ルが残る研究室です。 研究室の歴史 研究室の開祖は千葉胤成教授です。大正12(1923)年 に,法文学部の一部として設立されました。千葉胤成 は,教授任命の電報を,留学先のドイツで受け取りまし た(王とか長嶋と同じで,敬愛の念が高じた結果の呼び 捨てです)。このとき,予算のあてがないままヴントの 蔵書を買い付けた武勇伝が,研究室の行事を記す大福帳 に残されています(経緯詳細は,Perceptionの2007年36 巻,163–166頁をご参照)。 大福帳は,卒業論文発表会などの研究室行事のたびに 取り出され,今も書き続けられています。和紙を閉じた 古色蒼然とした,越後屋の帳簿のような造りのもので す。きちんとした行事だけではなく,研究室で飲んでい るうちに興が乗ってしまった不届きな学生のいたずら書 きまで記録されているのがご愛敬です。 古いものは大事にするのが伝統で,古典機器の保存に も注力しています。ヘルムホルツの共鳴器など,現代の 装置とは異なり,エレガントで味のある姿の実験器具 は,見ていると心が和みます(Figures 1, 2)。より詳し くは日本心理学会のホームページ「心理学ミュージア ム: 歴史館」をご覧ください。
The Japanese Journal of Psychonomic Science
2016, Vol. 34, No. 2, 292–294
紹 介
Copyright 2016. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Figure 1. Helmholtz resonator (Tatz von 10
Resona-toren nach Helmholtz).
Corresponding address: Department of Psychology, Gradu-ate School of Arts and Letters Tohoku University, 27–1 Kawauchi, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980–8576, Japan.
293 阿部: 東北大学文学研究科心理学講座 教育の特徴 伝統と言えば,基礎実験のカリキュラムは,大正時代 から続いています。特徴は,大学院生が学部生を指導す ることで,この大学院生の指導者を「介輔者」と呼ぶの が習わしです。現在は火曜日の午後に行っていますが, 今に残る大正時代の記録を開くと,当時は水曜日だった ようです。大学院生にとっては教える立場の訓練であ り,基礎を学びなおすとともに,先輩としての地位を確 立する好機となります。そして学部生にとっては身近な 先輩に根掘り葉掘り問いただし,卒論に必要な実験や調 査のスキルを身に着け,駆け込み寺になる先輩を確保す るにうってつけのシステムです。 研究室の行事 研究室の行事は,硬いものから柔らかいものまで様々 あります。春は新歓コンパ・お花見。夏は卒論構想発表 会。秋は卒論中間発表会・芋煮会。冬から初春にかけて は,卒論修論発表会(Figure 3)・大学院演習打ち上げ 会・追い出しコンパと続きます。 このうち芋煮会は,里芋を野菜やお肉と煮て,日本酒 をきゅっとやる,東北地方ならではの秋の行事です (Figure 4)。広瀬川の河原でかまどを作って大鍋でこさ えます。宮城風の豚+味噌の鍋と,牛肉+醤油の山形風 をそろえるのが最近の流行です。3年生が幹事をするこ とになっていますので,当研究室の 3年生以上であれ ば,芋煮会を主催する能力は標準スペックとして身につ きます。 研究の特徴 当研究室の教員の関心領域を大きく分ければ,社会心 理学と実験心理学になります。社会心理学は,紛争解決 や犯罪心理学などで知られた実験社会心理学の大渕憲一 教授(2016年3月でご退任),アルゼンチンや沖縄など のフィールドワークを中心とした文化心理学の辻本昌弘 准教授が担当しています。実験心理学は,感性や多感覚 を含んだ認知心理学の行場次朗教授,食を中心とした応 用心理学の坂井信之准教授,そして感情・生理心理学の 阿部が担っています。 ただし,この境界はかなり緩く,重なり合っていま す。この重なりの中心にあるのは「文化」のような気が します。学生の流動性も高く,指導教員以外の教員に質 問紙配布の協力を依頼したり,研究が進むうちに,途中 で指導教員が変わることもあります。 最近のトピックス 30数年前,私が当研究室の学生だった頃は,女子学 生は少なめでした。しかし最近は女子学生が主流派で, 男子学生のほうが少なめになってきました。また,留学 生が増えてきました。中国・タイ・韓国・インドネシ ア・台湾などからの留学生が,日本語でコミュニケー ションしている様子を見ると,国際化を実感します。 モスクワ大学とは大学間交流協定のみならず心理学部 と当方(文学研究科)との部局間協定も結んでおり,学 生が相互に訪問しています。2015年の夏にはモスクワ 大から一挙に7名の学生が訪れ,当研究室の学生たちと 交流しました。同年の秋からは,1年間の予定で留学生 も受け入れています。 最 後 に さて,千葉胤成の購入したヴントの蔵書は,ヴント文 庫として東北大の図書館に,計15,840冊所蔵されていま す。これについて,長年解けなかった謎がありました。 それは,千葉胤成が大福帳に残した,「財団法人齋藤報 恩會寄贈ヴント文庫3300」という,紋章のような絵柄で Figure 3. Presentation of graduation and master theses.
294 基礎心理学研究 第34巻 第2号 す(Figure 5)。財団法人斉藤報恩会は,ヴント文庫の購 入資金を助成してくれた団体です。問題は,3300という 謎の数字です。 この謎がようやく解けました。この数字は,東北大学 図書館がヴント文庫の書籍につけたID・受け入れ番号 だったのです(Figure 6)。そして,該当する書籍は, “Psychologische Studien: neue Folge der philosophischen
Stu-dien”でした。つまり,「心理学研究―哲学研究の新規 継承誌」。 「哲学研究」は,ヴントが創設した心理学実験室の成 果を発表していた,1881年創刊の学術誌です。その学術 誌が,「心理学研究」という,正しく体を表す新たな名 を得た…挿絵の得意な胤成が受け入れ番号のシールを模 写するとき,それに思いを馳せながら,数多の書籍か ら,あえてこの受け入れ番号を選んだのではないでしょ うか。 心理学研究第一巻の発刊は1906年と記されていまし た。ヴントの逝去が 1920年,胤成のヴント文庫入手が 1922年,当研究室の創立が1923年。心理学黎明期の雰 囲気を伝える書籍が身近にあるのはありがたいことで す。ちなみに,ほかの大学には,違う年号の哲学研究・ 心理学研究が所蔵されています。新たな謎を見つけまし た。
Figure 5. An emblem including mysterious number “3300” drown by Professor Tanenari Chiba.
Figure 6. A receipt seal of “Psychologische Studien: neue Folge der philosophischen Studien” (Vol. 1–10).