DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.37.1
視覚探索において怒り顔と幸福顔の検出はどちらが優位か?
1─標的刺激の知覚的特徴と妨害刺激の棄却効率の観点から─
桐 田 隆 博
岩手県立大学Is visual search superior in angry or happy face detection?:
An assessment based on targets’
perceptual features and
efficient distractor rejection
Takahiro Kirita
Iwate Prefectural University
We used a visual search paradigm to compare and evaluate the preferential detection of angry and happy faces, employing both schematic and real faces. In Experiment 1, we studied visual search using schematic faces to com-pare the detection of angry and happy faces. In Experiments 2 and 3, we assessed the influence of homogeneous (Experiment 2) and heterogeneous (Experiment 3) distractors on the detection of real angry and happy faces showing no exposed teeth. As homogeneous and heterogeneous distractors, we used facial expressions of the same or different persons as the target, respectively. Throughout Experiments 1–3, angry faces with happy face distractors were detected faster than vice versa. When neutral faces were used as distractors, the three Experiments showed dif-ferent results. While anger detection was superior in Experiment 1, no detection preference was found for real angry or happy faces in Experiment 2. Furthermore, a happiness detection preference was observed in Experiment 3. These results suggest that the anger detection superiority observed with real faces can be explained by the efficient rejection of happy face distractors.
Keywords: facial expression, visual search task, anger superiority, happiness superiority
背景と目的 怒り優位効果(anger superiority effect)
環境に潜む脅威や危険を素早く検知し適切に行動する ことは,ヒトの生存や繁殖において適応的な機能を果た すと考えられる。実際に,動物的脅威(捕食動物)や社 会的脅威(怒り顔)が,進化の過程で備わった特別な神
経回路によって,意識的に気づく以前に自動的に検出さ れると主張する研究者もいる(Öhman & Mineka, 2001)。 怒り顔に含まれる脅威特徴(threatening feature)が前 注意的に検出されるという仮説を,初めて実験によって 検討したのが Hansen & Hansen (1988)である。彼女ら は,もし顔に表出される脅威が注意を誘導するなら,幸 福顔の集団の中にある怒り顔は素早く検出されるが,注 意を惹きつける怒り顔の集団の中にある幸福顔は簡単に 見逃されると考えた。そして,怒り顔と幸福顔のそれぞ れを標的刺激と妨害刺激にして視覚探索実験を実施し た。その結果,怒り顔の検出に要する時間は妨害刺激で ある幸福顔の数にかかわらず一定であったが,幸福顔の 検出は妨害刺激である怒り顔の増加に伴って遅くなっ た。彼女らは,この結果を怒り顔に含まれる脅威特徴が 前注意的処理によってポップアウトしたと解釈し,これ を怒り優位効果(anger superiority effect)とよんだ。 Copyright 2018. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Department of Welfare Psychology,
Faculty of Social Welfare, Iwate Prefectural University, 152– 52 Sugo, Takizawa-shi, Iwate 020–0693, Japan. E-mail: [email protected] 1 本研究はJPSP科研費23530958の助成を受けて行われ た。論文の作成にあたり,琉球大学法文学部の遠藤光 男教授にご助言と激励をいただきました。記して心か らの謝意を表します。また,有益なコメントをいただ いた査読者の方々にお礼申し上げます。
ところが,Purcell, Stewart, & Skov (1996)はHansen & Hansen (1988)が実験で使用した表情刺激は写真のグ レースケールを2値化したものであり,怒り顔には2値 化の過程で生じた特徴的な影(shadow)や斑点(blobs) があることを指摘した。そして,表情とは無関連なこれ らのアーチファクトが怒り顔のポップアウトを誘導した 可能性があると考え,グレースケール(256階調)を保 持した表情刺激を用いて視覚探索実験を行った。その結 果,怒り顔のポップアウトは観察されず,怒り顔と幸福 顔はどちらも逐次的な処理によって検出されることが示 された。しかも,妨害刺激が幸福顔の条件より,怒り顔 の条件において探索が速かった。つまり,妨害刺激の棄 却に焦点を当てた場合は,Hansen & Hansen (1988)の研 究とはまったく逆の結果が得られたのである。 だが,残念なことに,Purcell et al. (1996)が怒り優位 効果が刺激のアーチファクトに起因する現象であること を示してから20年以上経過した現在でも,表情検出に おける優位性に関して論争が続いている。その主な争点 は,彼らが指摘した標的刺激に内在する低次の知覚的特 徴(low-level perceptual feature)の統制と妨害刺激の棄却 効率に関連している。そこで,本研究では視覚探索課題 における怒り顔と幸福顔の検出について,標的刺激の知 覚的特徴と妨害刺激の棄却効率の観点から比較検討す る。なお,本論文で扱う検出における表情の優位性と は,ある表情が他の表情と比較してその検出が相対的に 効率的であることを意味する(Horstmann, 2007)。 表情データベースと歯の露出要因 実際の表情顔を刺激として視覚探索実験を実施した研 究では,使用した表情データベースによって,さらに, 同じデータベースでも選択した表情顔の性別や歯の露出 などの知覚的特徴によって異なる表情の優位性が報告さ れている(Horstmann, Lipp, & Becker, 2012; Lundqvist, Juth, & Öhman, 2014) 。妨害刺激を中立顔に固定したデザイ ン(恒常妨害刺激デザイン: constant distractor design) を用いた主な研究を挙げると以下のようになる。
Lipp, Price, & Tellegen (2009)はEkman & Friesen (1976) が作成した表情データベース(Pictures of Facial Affect: POFA)から男女1名ずつの表情を選択し,セットサイ ズを9に固定して怒り顔,幸福顔,悲しい顔,そして恐 怖顔の検出を比較した。その結果,女性の表情を用いた 場合は,幸福顔が他の表情より速く検出されたのに対し て,男性の表情を用いた場合は,怒り顔や恐怖顔が幸福 顔より速く検出された。彼らは,女性の幸福顔には顕著 な歯の露出があり,これが低次の知覚的特徴となって幸 福優位性を誘導したと考えた。これに対して,Becker, Anderson, Mortensen, Neufeld, & Neel (2011)はPOFAから 男性 6名の表情を選択し,セットサイズを変化させて (2, 4, 6),怒り顔と幸福顔の検出を比較した。その結果, 怒り顔の検出より幸福顔の検出が速いことが示された。 しかも,顔の下半分を削除して歯の露出要因を統制した 刺激を用いた場合でも幸福優位性が確認されたことか ら,彼女らは,表情検出における幸福優位性は歯の露出 という顕著な知覚的特徴に依存しないと主張した。
Horstmann et al. (2012)はTottenham et al.(2009)が作 成した表情データベース(NimStim)から男女それぞれ 5名の歯が露出した表情と歯が露出していない表情を選 別し,セットサイズを変化させて(2, 4, 9),怒り顔と幸 福顔の検出を比較した。その結果,歯の露出の有無にか かわらず,幸福顔が怒り顔より迅速かつ正確に検出され た。一方,Pitica, Susa, Benga, & Miclea (2011)は,NimS-timから男女18名の歯の露出した怒り顔と幸福顔を選択 し,セットサイズを9に固定して両表情の検出を比較し た結果,怒り優位性が観察されたことを報告している。 このように,POFAやNimStimを用いた研究では,同 じデータベースであっても,刺激の選択によって表情の 優位性が変動し,一貫した結果が得られていない。これ に対して,Lundqvist, Flykt, & Öhman (1998)が作成した 表情データベース(Karolinska Directed Emotional Faces: KDEF)を用いた研究では,概して幸福優位性が確認さ れている(Calvo & Nummenmaa, 2008; Juth, Lundqvist, Karls-son, & Öhman, 2005)。Calvo & Nummenmaa (2008)はKDEF の幸福顔の歯の露出した口を遮 すると,幸福顔の検出 効率が著しく低下することから,幸福優位性は幸福顔に 特徴的な歯の露出に起因すると結論づけている。 ここまで,検出における表情の優位性について,表情 データベースと表情の歯の露出という観点から概略的に 見てきた。図式顔を用いた研究では怒り優位性がほぼ一 貫して確認されているが(Horstmann, 2007, 2009; Juth et al., 2005; Öhman, Lundqvist, & Esteves, 2001),実際の表情 顔を用いた研究では表情検出の優位性が錯綜している。 次に,この錯綜した結果について,妨害刺激の棄却の観 点から考えてみる。 妨害刺激の棄却に関わる要因 一般に,妨害刺激の棄却に影響を及ぼす刺激要因とし て,標的刺激と妨害刺激の類似性および妨害刺激どうし の類似性(Duncan & Humphreys, 1989),妨害刺激の冗長 性(Rauschenberger & Yantis, 2006),そして妨害刺激に対 する親近性(Wolfe, 2001)が挙げられている。
たとえば,Duncan & Humphreys (1989)によれば,妨 害刺激どうしの類似度が高い場合は,容易に妨害刺激の 群化が生じ,群化された妨害刺激全体に標的テンプレー トとの照合の抑制が広がることで棄却効率が高くなると いう。そして,その結果として標的刺激の検出が効率的 になるとされる。したがって,中立顔を妨害刺激とする 場合でも,同一人物の中立顔を用いる場合と,異なる複 数の人物の中立顔を用いる場合では,妨害刺激どうしの 類似度が異なることから,検出における表情の優位性に 異なる影響を与える可能性がある。POFAを用いた実験 では,妨害刺激が同一人物の中立顔の場合に怒り優位性 (Gilboa-Schechtman, For, & Amir, 1999; Lipp et al., 2009)
が,複数の人物の中立顔の場合は幸福優位性(Becker et
al., 2011)が確認されている。KDEFを用いた実験でも, 複数の人物の中立顔を妨害刺激とした研究で幸福優位性 が報告されている(Calvo & Nummenmaa, 2008; Juth et al., 2005)。 ただし,NimStimを用いた場合は,複数の人物の中立 顔を用いた場合に幸福優位性(Horstmann et al., 2012) と怒り優位性(Pitica et al., 2011)のどちらも報告されて いる。したがって,妨害刺激どうしの類似度が低い場合 に幸福優位性が確認される傾向はあるものの,断定でき るほど一貫した結果は得られていない。 次に妨害刺激の冗長性の観点から表情の優位性を考え てみる。Rauschenberger & Yantis (2006)は,ドットで構 成された刺激を用いて,冗長性(鏡映・回転などの変換 によって生じるバリエーションの集合の大きさに反比例) が高い刺激が妨害刺激になると棄却効率が高くなり,そ の結果として冗長性の低い標的刺激の検出が速くなるこ とを実証している。また,冗長性の概念を同時提示され る妨害刺激全体に適用すると,妨害刺激がすべて同じ刺 激の場合に冗長度が最大となることを指摘している。
Öhman, Juth, & Lundqvist (2010)は,実際の表情顔を 刺激とした視覚探索実験において優位表情が変動する原 因について,Rauschenberger & Yantis (2006)が指摘した 妨害刺激の冗長性という観点から検討している。彼らに よれば,妨害刺激には2種類の冗長性があるという。一 つは,任意の試行で同時提示される妨害刺激全体(明示 的な刺激集合)の冗長性である。たとえば,同時提示さ れる妨害刺激の冗長性は,同一人物の表情の場合は高 く,異なる複数の人物の表情の場合は低い。もう一つの 冗長性は,実験全体で用いる妨害刺激数(暗示的な刺激 集合)にかかわる。この冗長性は,妨害刺激が少数の人 物の表情の場合に高く,多数の人物の表情の場合は低 い。彼らはこの2種類の冗長性を変数に加えて,KDEF の怒り顔と幸福顔の検出をセットサイズ6で比較した。 その結果,標的刺激が女性の場合は,いずれの冗長性に もかかわりなく,一貫して幸福優位性が観察された。こ れに対して,標的刺激が男性の場合は,各試行における 妨害刺激の冗長性の高低にかかわらず,いずれの表情に も優位性は確認されなかった。その一方で,実験全体に おける妨害刺激の冗長性が高い条件で怒り優位性が,低 い条件では幸福優位性が観察された。 最後に,妨害刺激に対する親近性の要因について検討 する。Wolfe (2001)は,親近性の高い刺激が妨害刺激と なる条件で妨害刺激の棄却効率が高くなり,結果として 親近性の低い標的刺激の検出が速くなることを指摘して いる。日常生活における表情の観察頻度を考慮すると (Calvo, Gutiérrez-García, Fernández-Martín, & Nummen-maa, 2014; Whalen, 1998),幸福顔に対する親近性は高く, 怒り顔に対する親近性は低いことが容易に推測される。 標的刺激と妨害刺激を交替して探索効率を比較する探索 非対称性デザイン(search asymmetry design)を用いる 場合,幸福顔を妨害とした場合の方が,怒り顔を妨害と した場合より探索効率が高くなることが予想される。実 際に,探索非対称性デザインを用いた研究では,怒り優 位性(幸福棄却優位性)が報告されている(Horstmann & Bauland, 2006)。 以上,検出における表情の優位性について,使用する データベースと歯の露出要因,さらに,妨害刺激の棄却 に関わる妨害刺激どうしの類似性,妨害刺激の冗長性, 妨害刺激に対する親近性の観点から概観してきた。使用 するデータベースによって検出における表情の優位性が 変動する問題は,それぞれのデータベースにおける歯の 露出要因の統制が異なることに起因すると考えられる。 歯の露出は,必ずしも特定の表情の優位性をもたらす決 定因ではないが,表情の視覚探索実験では統制すべき要 因であろう。一方,妨害刺激の棄却の観点からは,妨害 刺激どうしの類似性および妨害刺激の冗長性が標的表情 の検出に影響を及ぼすことが明らかになった。妨害刺激 どうしの類似性と妨害刺激の冗長性は,結局,どちらの 場合も妨害刺激の均質性(homogeneity)あるいは異質 性(heterogeneity)の度合いと関連する。
前述したように,Öhman et al. (2010)はKDEFを用い て妨害刺激の冗長性と検出における表情の優位性の関連 を検討しているが,KDEFの幸福顔はすべて歯が露出し ているが,怒り顔は歯が露出しているものと,露出して いないものが混在している。また,セットサイズを固定 していることから,妨害刺激処理の指標となる探索勾配 (search slope)が不明である。そこで本研究では,歯の
露出していない男性の表情顔を用いることで顕著な知覚 的特徴の要因を統制したうえで,妨害刺激の均質性(類 似性あるいは冗長性)の異なる条件において,怒り顔と 幸福顔の検出を比較検討することにした。 本研究では,恒常妨害刺激デザインと探索非対称性デ ザインを併せた混合デザイン(mixed design)を用いる。 その理由は,妨害刺激の要因を検討するに当たって,中 立顔だけではなく,怒り顔,幸福顔双方の妨害刺激とし ての特性を比較する必要があるからである。なお,実験 1では図式顔の怒り顔と幸福顔の検出を比較した。その 目的は図式顔と実際の表情の検出における共通点および 相違点を明らかにすることにある。実験2では標的刺激 と同じ人物の表情を,実験3では標的刺激とは異なる複 数の人物の表情をそれぞれ妨害刺激として,怒り顔と幸 福顔の検出について比較した。 表情検出の比較にあたっては,次のことに留意した。 Becker et al. (2011)は,表情検出を比較する際に,標的
あり条件と標的なし条件の探索勾配比(search slope
ra-tio)を考慮する必要があることを指摘している。その 理由は,たとえば,探索非対称性デザインにおいて,一 方の標的刺激の探索勾配が他方の探索勾配より小さい場 合でも,妨害刺激としての探索勾配が異なる場合は,探 索の速さを一方の注意誘導ではなく他方の棄却効率で 説明できるからである(Treisman & Souther, 1985; Wolfe, 2001; Wolfe & Horowitz, 2004)。また,視覚探索課題にお いては,標的あり条件と標的なし条件の探索勾配比が 1 : 2 (0.5)であるとき,標的の検出が自動打ち切り逐次 探索(serial self-terminating search)によって行われると
考えられている(Treisman & Gelade, 1980; Wolfe, 1998)。 探索勾配比が0.5より小さい場合は,標的あり条件にお ける探索が自動打ち切り逐次探索とは異なる方略で行わ れることが示唆される(Treisman & Gelade, 1980)。そこ で,本研究では怒り顔と幸福顔の検出に関して,反応時 間とエラー率に加えて,探索勾配比についても比較する こととした。 なお,本研究の実施については,事前に学内研究倫理 審査委員会に審査を申請し,許可を受けた。 実 験 1 方 法 実験参加者 大学生18名(女性15名)が実験に参加 した。参加者は謝礼として図書カードを受けとった。 刺激と装置 目,口,輪郭から成る中立,怒り,幸福 を表す図式顔を作成した(Figure 1上段)。眉のない怒り 顔は,悲しい顔(Fox et al., 2000; White, 1995)あるいは 単にネガティブな顔(Eastwood, Smilek, & Merikle, 2001) としても知覚されるが,様々な図式顔において怒り優位 性を比較検討した研究によって,眉のある怒り顔と同等 の効 果 を 有 す る こ と が 確 認 さ れ て い る(Horstmann, 2007, 2009)。図式顔は提示画面上では白を背景として黒 で描かれた。各表情に共通の目と輪郭は,それぞれ黒く 塗りつぶしたドットと円で表し,表情によって異なる口 については,中立は水平線分,怒りは逆U字型曲線,幸 福は U字型曲線で描出した。図式顔の大きさは2°×2° で,3×4 (13.5°×18°)の仮想グリッド上に提示された。 その際,刺激の規則的配置が課題遂行の手掛かりになら
Figure 1. Schematic faces used in Experiment 1 (upper panel) and examples of real faces used in Experiments 2 and 3 (lower panel).
ないように,それぞれの図式顔をセルの中心から0.5°以 内で上下左右にランダムにずらした(Duncan & Hum-phreys, 1989; Horstmann, 2007, 2009) 。 Iwatsu ISEC社製のAVタキストスコープ(IS-701D)お よび個別反応キーユニット(IS-7212)と,Apple 社製 パーソナルコンピュータ (PowerMac 8500)を刺激提示 および反応時間測定装置として用いた。 手続き 各試行では,まず,タキストスコープの画面 中央に注視点(+)が500 ms提示され,続いて,セット サイズ4, 8, 12の中からいずれかの個数の図式顔が仮想グ リッドの任意のセルに提示された。ただし,セットサイ ズ4の条件では,グリッド内側の二つのセルには図式顔 は提示されなかった。標的なし条件として,妨害表情が 中立,怒り,あるいは幸福の3条件が設定された。標的 あり条件は,標的表情(怒り・幸福)と妨害表情(中立・ 怒り・幸福)を組み合わせ,怒り顔が標的で中立顔が妨 害(怒り–中立),幸福顔が標的で中立顔が妨害(幸福– 中立),怒り顔が標的で幸福顔が妨害(怒り–幸福),幸 福顔が標的で怒り顔が妨害(幸福–怒り)の4条件が設 定された。参加者は提示された図式顔の中に異なる表情 (標的)が含まれているか否かを判断し,あらかじめ左 右の手に割り当てられた反応キーをできるだけ速く正確 に押すよう教示された。刺激提示時間の上限は 5 sで, 参加者の反応により刺激は消去され,続いて白いブラン ク画面が1 s提示されて次の試行に移行した。標的なし 条件,標的あり条件の試行数がそれぞれ全体の半数にな るように,各セットサイズにおける繰り返しを,標的な し条件はそれぞれ16試行,標的あり条件はそれぞれ12 試行とした。総試行数は288で,条件の提示順序はラン ダムであった。また,左右の反応キーと標的あり・なし の対応については参加者間でカウンターバランスがとら れた。本試行の前に,本試行と同じ刺激を用いて18試 行の練習が実施された。参加者はあご台で頭部を固定 し,画面から57.3 cmの距離から刺激を観察した。 結 果 反応時間に関しては,刺激提示時間(5 s)内に反応 がない場合と,200 ms未満の反応についてはエラーと
し て扱 う こ と と し た(Horstmann, Scharlau, & Ansorge, 2006)。なお,本実験においてはこれに該当するデータ はなかった。参加者全体の平均反応時間とエラー率を, 標的なし条件についてはFigure 2に,標的あり条件につ いてはFigure 3に示す。反応時間と角変換したエラー率 に対して,標的なし条件については妨害表情(3)×セッ トサイズ(3)の2要因分散分析を,標的あり条件につ いては,妨害表情を中立顔(恒常妨害刺激デザイン)と 感情顔(探索非対象性デザイン)に水準化し,標的表情 (2)×妨害表情(2)×セットサイズ(3)の3要因分散分 析を実施した。 標的なし条件の反応時間に関しては,妨害表情とセッ トサイズの主効果が有意となり(それぞれ,F(2,34)= 82.92, p<.0001, ηp2=.83, F(2,34)=134.44, p<.0001, ηp2=.89),また交互作用も有意であった(F(4,68)=7.48, p<.0001, ηp2=.31)。交互作用に関して,単純主効果の検 定を行った結果,妨害表情の単純主効果はすべてのセッ トサイズにおいて有意であった。各セットサイズにおい てRyan法(α<.05)による多重比較を実施した結果,す べてのセットサイズにおいて中立顔の棄却が最も速く, 幸福顔の棄却がこれに続き,怒り顔の棄却が最も遅いこ とが示された。また,セットサイズの単純主効果もすべ ての妨害表情において有意であった。各妨害表情におい てRyan法(α<.05)による多重比較を行った結果,すべ ての妨害表情においてセットサイズの増加に伴い,棄却 判断に至る反応時間が増加することが示された。
Figure 2. Mean reaction times and error percentages for target absent conditions in Experiment 1. Error bars show standard errors.
標的なし条件のエラー率に関しては,妨害表情の主効 果のみ有意となり(F(2,34)=5.61, p<.01, ηp2=.25),セッ トサイズの主効果および交互作用は有意ではなかった (そ れ ぞ れ,F(2,34)=2.37, p>.1, ηp2=.12, F(4,68)=.049, p>.1, ηp2=.03)。表情の主効果に関してRyan法(α<.05) による多重比較を行った結果,妨害表情が中立顔の条件 より怒り顔の条件においてエラー率が高いことが示され た。 標的あり条件の反応時間に関しては,標的表情の主効 果が有意となり(F(1,17)=40.59, p<.0001, ηp2=.71),幸 福顔より怒り顔の検出が速いことが示された。また,妨 害表情とセットサイズの主効果および妨害表情×セット サイズの交互作用も有意であった(それぞれ,F(1,17)= 70.10, p<.0001, ηp2=.81, F(2,34)=82.58, p<.0001, ηp2=.83, F(2,34)=4.17, p<.05, ηp2=.20)。交互作用に関して単純主 効果の検定を行った結果,妨害表情の単純主効果はすべ てのセットサイズにおいて有意となり,妨害表情が感情 顔の条件より中立顔の条件において,標的の検出が速い ことが示された。また,セットサイズの単純主効果もど ちらの妨害表情においても有意であった。セットサイズ の単純主効果に関して,各妨害表情においてRyan法(α <.05)による多重比較を行った結果,どちらの妨害表 情においてもセットサイズの増加に伴い,反応時間が増 加することが示された。 標的あり条件のエラー率に関しては,標的表情の主効 果が有意となり(F(1,17)=10.30, p<.01, ηp2=.38),標的表 情が幸福顔の条件においてエラー率が高くなることが示さ れた。また,妨害表情とセットサイズの主効果も有意とな り(そ れ ぞ れ,F(1,17)=8.42, p<.01, ηp2=.33, F(2,34)= 14.56, p<.0001, ηp2=.46),妨害表情×セットサイズの交 互作用には有意傾向が認められた(F(2,34)=3.27, p=.05, ηp2=.16)。交互作用に関して単純主効果の検定を行った 結果,まず,妨害表情の単純主効果はセットサイズ8お よび12において有意となり,これらの条件においては, 妨害表情が中立顔の場合より感情顔の場合にエラー率が 高くなることが示された。また,セットサイズの単純主 効果はどちらの妨害表情においても有意となった。セッ トサイズの単純主効果に関して,各妨害表情において Figure 3. Mean reaction times and error percentages for target present conditions in Experiment 1.
Ryan法(α<.05)による多重比較を行った結果,妨害表 情が中立顔の場合は,セットサイズ4および8より12に おいてエラー率が高かった。これに対して妨害表情が感 情顔の場合は,セットサイズ4より8および12において エラー率が高かった。 次に,各参加者において,セットサイズ3水準の反応 時間に基づき,直線回帰により標的なし3条件および標 的あり4条件における探索勾配を算出した。さらに,こ れらの探索勾配を用いて,同じ妨害表情で標的あり条件 と標的なし条件(たとえば,標的ありの怒り–中立条件 と標的なしの中立条件)の探索勾配比を算出した。各条 件における参加者全体の平均探索勾配と平均探索勾配比 をTable 1に示す。探索勾配比に対して標的表情(2)× 妨害表情(2)の2要因分散分析を実施した結果,標的 表情および妨害表情の主効果はいずれも有意ではなく (そ れ ぞ れ,F(1,17)=0.33, p>.1, ηp2=.02, F(1,17)=1.60, p>.1, ηp2=.09),交互作用も有意ではなかった(F(1,17)= 0.00, p>.1, ηp2=.00)。ただし,それぞれの探索勾配比が 自動打ち切り逐次探索の基準値0.5より小さいかについ て検定(片側検定)した結果,幸福–中立条件の探索勾 配比が有意となり(t(17)=−1.77, p<.05, d=.46),また, 怒り–中立条件の探索勾配比には有意傾向が示された (t(17)=−1.40, p=.09, d=.33)。 考 察 標的なし条件においては,すべての妨害表情におい て,セットサイズの増加に伴い,反応時間が直線的に増 加しており,妨害刺激の数が棄却判断に大きく影響する ことが示された。その中で,中立顔の棄却が最も速く, 幸福顔の棄却がこれに続き,怒り顔の棄却が最も遅いと いう結果は,これまでの図式顔を用いた先行研究の結果 と ほ ぼ一 致 す る(Schubö, Gendolla, Meinecka, & Abele, 2006)。妨害表情によって棄却効率が異なる原因として,
以下のことがあげられる。まず,Treisman & Gormican (1988)は,線分と曲線を標的刺激と妨害刺激にした場 合,線分が妨害刺激,曲線が標的刺激となる場合の方 が,その逆の場合より探索効率が高くなり(探索非対称 性),線分が妨害刺激となる場合は,標的刺激がない場 合でも棄却判断が速いことを報告している。したがっ て,中立顔の棄却が最も速い理由として,妨害刺激であ る中立顔の口(水平線分)と標的刺激である怒り顔や幸 福顔の口(曲線)に上記の関係性が存在することが考え られる。次に,妨害刺激としての幸福顔の特徴に関し て,Horstmann (2009)は口と輪郭線の平行性が幸福顔 の自己類似性(self-similarity)を高めることを指摘して いる。彼によれば,怒り顔と比較して自己類似性の高い 幸福顔は妨害刺激どうしの類似性および妨害刺激の冗長 性が高く,妨害刺激の群化によって棄却効率が高くなる という。あるいは,幸福顔より怒り顔の棄却が遅い原因 として,先行研究においてしばしば指摘されているよう に(e.g., Fox et al., 2000),怒り顔からの注意の解放が遅 れることも考えられる。 標的あり条件では,妨害表情の効果とは独立した形 で,幸福顔と比較して怒り顔がより速く,かつ,より正 確に検出されることが示され,怒り優位性が確認され た。この結果は,より複雑な図式顔を用いたÖhman et al. (2001)の実験結果と一致する。しかしながら,妨害 表情が感情顔の条件では,怒り顔と幸福顔の探索勾配比 には有意差がなく,どちらの標的表情においても,自動 打ち切り逐次探索と同等の効率で探索が行われたことが 示された。怒り顔より幸福顔の棄却が速いことを考慮す ると,感情顔が妨害刺激の条件で観察された怒り優位性 については,幸福顔の棄却の速さで説明することも可能 である(Becker, Horstmann, & Remington, 2011; Horstmann, 2009; Horstmann et al., 2006)。 た だ し,Figure 2 お よ び Table 1を見る限り,怒り顔と幸福顔の棄却効率の違い Table 1.
Mean search slopes (ms/item) for reaction times and mean ratios of target present to target absent slopes in Experiments 1–3.
Condition Target absent Target present
Distractor Neutral Angry Happy Neutral Emotional
Happy Angry
Target ̶ ̶ ̶ Angry Happy Angry Happy
Slope Slope Slope Slope Ratio Slope Ratio Slope Ratio Slope Ratio
Experiment 1 81.0 107.3 103.6 33.6 0.36 34.2 0.39 42.3 0.45 50.9 0.48
Experiment 2 91.5 101.7 83.5 32.2 0.43 30.8 0.40 19.2 0.19 44.8 0.44
は,探索勾配ではなく切片に表れている。したがって, 両表情の棄却効率の差は,探索段階というよりは,むし ろ探索に取りかかる段階,あるいは探索の終了から反応 の生成までの段階に起因すると考えられる。 妨害表情が中立顔の場合は,感情顔の場合と比較して 標的表情の検出がより速く,かつ,より正確であること が示されたが,この点においてもÖhman et al. (2001)の 実験結果と一致する。彼らは,標的表情の検出に及ぼす 妨害表情の効果について,特徴統合理論(Treisman, 1988; Treisman & Gelade, 1980)に基づき,次のような説 明をしている。彼らによれば,中立顔が妨害刺激の場合 は,中立顔の構成要素である水平線分(眉・口)と楕円 (目)の中から,表情顔が有する傾いた線分(眉),曲線 (口)あるいは半円(目)のいずれかを検出することで 課題遂行が可能となることから,標的刺激が並列処理に よって検出されるという。しかし,彼らの実験(Experi-ment 1)ではセットサイズが9に固定されて,探索勾配 は不明であり,並列処理については推測に過ぎない。本 実験の結果では,妨害表情が中立顔の場合でも,標的表 情の探索勾配は怒り顔の場合は33.6 (ms/item),幸福顔 の場合は34.2であり,探索効率としては「非常に非効率 (very inefficient)」の範疇に入る(Wolfe, 1998)。ただし, 妨害表情が中立顔の場合は,探索勾配比が0.5より小さ いか,小さい傾向があることが示され,自動打ち切り逐 次探索より効率が高いことが示された。
Treisman & Gelade (1980)は探索勾配比が0.5より小さ い視覚探索においては,標的なし条件と標的あり条件の 探索方略が質的に異なると考えている。彼女らによれ ば,参加者は標的なし条件においては,標的なしと判断 することに慎重になり,妨害刺激を逐次探索するのに対 して,標的あり条件においては,逐次探索とは異なる方 略で標的を検出するという。本実験においては,妨害表 情が中立顔の条件では,参加者は標的なしと判断する場 合は妨害刺激を(群化したとしても)すべて照合したと すると,標的ありと判断する場合は,探索勾配を考慮す ると,自動打ち切り逐次探索より少ない照合回数で判断 したことが推測される。 実 験 2 実験2では,刺激を実際の表情画像に換え,妨害刺激 を標的刺激と同じ人物の表情として,妨害刺激の均質性 が怒り顔と幸福顔の検出にどのような影響を及ぼすか検 討する。 方 法 実験参加者 大学生18名(すべて女性)が実験に参 加した。参加者は謝礼として図書カードを受け取った。 刺 激 と 装 置 ATR 顔 表 情 画 像 デ ー タ ベ ー ス DB99 (ATR-Promotions)の中から男性5名の中立,怒り,幸 福の表情画像を選択し,これらを刺激とした。怒り顔お よび幸福顔は口を閉じたものを用いた。顔表情データ ベースの資料に記録されている感情強度の評定値(7段 階評定)の平均は怒り顔が5.84, 幸福顔が6.12であった。 カラーの表情画像をグレースケール(256階調)に変換 し,髪型や顔の輪郭の影響を排除する目的で楕円の窓枠 で切り抜いた(Figure 1下段)。顔の大きさは2°×1.5°で, 3×4 (9°×12°)の仮想グリッド上に提示された。刺激の 規則的配置が課題遂行の手がかりにならないように,そ れぞれの顔を各セルの中心から0.4°以内で上下左右にラ ンダムにずらした。同時提示される表情は標的あり・な しにかかわらずすべて同一人物のものであった。 刺激の提示および反応時間の測定にはApple社製パー ソナルコンピュータ (iMac 27 in)とCedrus社製心理学 実験用ソフトウェア (SuperLab4.5)および反応入力用 キーボックス(RB-730)を用いた。 手続き 刺激の提示については,刺激提示時間が最大 6 s となったことを除いて,実験1 と同じであった。各 セットサイズにおける繰り返しは,標的なしの3条件は それぞれ20試行,標的ありの4条件はそれぞれ15試行 とし,総試行数は360であった。180試行を1ブロックと し,各ブロック内における条件の提示順序はランダムと した。前半のブロック終了後に 3分間の休憩がとられ た。本試行の前に,顔表情データベースの女性の表情顔 を用いて20試行の練習を実施した。これ以外の手続き は,実験1と同じであった。 結 果 反応時間に関しては,刺激提示時間(6 s)内に反応 がない場合と,200 ms未満の反応についてはエラーとし て扱うこととした。参加者全体で4試行のデータがこれ に該当した。参加者全体の平均反応時間とエラー率を, 標的なし条件についてはFigure 4に,標的あり条件につ いてはFigure 5に示す。また,各条件における参加者全 体の平均探索勾配と平均探索勾配比を Table 1に示す。 反応時間,角変換したエラー率および探索勾配率につい て実験1と同じ分析を行った。 標的なし条件の反応時間に関しては,妨害表情とセッ トサイズの主効果が有意となり(それぞれ,F(2,34)= 22.39, p<.0001, ηp2=.57, F(2,34)=78.04, p<.0001, ηp2=.82),
ま た交 互 作 用 も 有 意 で あ っ た(F(4,68)=3.36, p<.05, ηp2=.17)。交互作用に関して,単純主効果の検定を行っ た結果,妨害表情の単純主効果はすべてのセットサイズ において有意となり,また,セットサイズの単純主効果 もすべての妨害表情において有意となった。妨害表情の 単純主効果に関して,各セットサイズにおいてRyan法 (α<.05)による多重比較を行った結果,すべてのセッ トサイズにおいて幸福顔が中立顔および怒り顔より速く 棄却されることが示された。また,セットサイズ12に おいては,中立顔は怒り顔より速く棄却された。セット サイズの単純主効果に関して,各妨害表情において Ryan法(α<.05)による多重比較を行った結果,いずれ の表情においてもセットサイズの増加に伴い,反応時間 が増加することが示された。 標的なし条件のエラー率に関しては,主効果は表情と セットサイズのいずれも有意とはならず(それぞれ, F(2,34)=1.36, p>.1, ηp2=.07, F(2,34)=0.37, p>.1, ηp2=.02),交互作用も有意ではなかった(F(4,68)=0.52, p>.1, ηp2=.03)。 標的あり条件の反応時間に関しては,標的表情とセッ トサイズの主効果が有意となり(それぞれ,F(1,17)= 8.25, p<.05, ηp2=.33, F(2,34)=50.00, p<.0001, ηp2=.75),標 的 表 情× セ ッ ト サ イ ズ の 交 互 作 用 も 有 意 で あ っ た (F(2,34)=8.64, p<.001, ηp2=.34)。さらに,標的表情×妨 害表情の交互作用および標的表情×妨害表情×セットサ イズの交互作用も有意であった(それぞれ,F(1,17)= 11.79, p<.01, ηp2=.41, F(2,34)=5.60, p<.01, ηp2=.25)。3要 因の交互作用に関して,単純交互作用の検定および単 純・単純主効果の検定を行った結果,以下のことが明ら かになった。まず,標的表情の単純・単純主効果は,妨 害表情が感情顔で,かつ,セットサイズ4および12にお いてのみ有意となり,これらのセットサイズでは幸福– 怒り条件より怒り–幸福条件における反応が速いことが 示された。妨害表情の単純・単純主効果は標的表情がど ちらの場合でも,セットサイズ12においてのみ有意と なり,幸福顔の検出はセットサイズ12において妨害表 情が中立顔より怒り顔の場合に遅く,一方,怒り顔の検 出はセットサイズ12において妨害表情が中立顔より幸 福顔の場合に速いことが明らかになった。セットサイズ の単純・単純主効果は標的表情と妨害表情を組み合わせ たすべての条件において有意であった。各条件において Ryan法(α<.05)による多重比較を行った結果,標的表 情が幸福顔の場合は,妨害表情にかかわらずセットサイ ズに伴って反応時間が増加した。一方,標的表情が怒り 顔の場合は,妨害表情にかかわりなくセットサイズ4よ り8および12において反応が遅かったが,セットサイズ 8と12の条件間では反応時間の有意差は認められなかっ た。 標的あり条件のエラー率に関しては,セットサイズの 主 効 果 の み 有 意 で あ っ た(F(2,34)=18.27, p<.0001, ηp2=.52)。セットサイズに関して,Ryan法(α<.05)に よる多重比較を実施した結果,セットサイズの増加に伴 い,エラー率が増加することが示された。 探索勾配比に関しては,標的表情の主効果が有意傾向 を示し(F(1,17)=3.84, p=.067, ηp2=.18),標的表情×妨 害表情の交互作用が有意であった(F(1,17)=5.55, p<.05, ηp2=.25)。交互作用に関して単純主効果の検定を実施し た結果,標的表情の単純主効果は妨害表情が感情顔の場 合にのみ有意となり,幸福–怒り条件よりも怒り–幸福 条件の探索勾配比が小さいことが示された。一方,妨害 表情の単純主効果は,標的表情が怒り顔の場合にのみ有 意となり,怒り–中立条件より怒り–幸福条件の探索勾 配比が小さかった。また,これらの探索勾配比が0.5よ り小さいかについて検定した結果,怒り–幸福条件の探 Figure 4. Mean reaction times and error percentages for
target absent conditions in Experiment 2. Error bars show standard errors.
索勾配比のみ有意に小さいことが示された(t(17)= −5.11, p<.001, d=1.20)。 考 察 標的なし条件では,実験1の結果と同様に,すべての 妨害表情において,セットサイズの増加に伴い,反応時 間がほぼ直線的に増加し,妨害刺激の数が棄却判断に大 きく影響することが示された。しかし,実験1の結果と は異なり,幸福顔の棄却がすべてのセットサイズにおい て中立顔や怒り顔の棄却より速かった。また,中立顔と 怒り顔の棄却はセットサイズ4および8では同程度の速 さであるが,セットサイズ12では,中立顔よりも怒り 顔の棄却が遅くなっている。したがって,怒り顔の棄却 が最も遅いという傾向は,図式顔の場合と共通する。 実際の表情顔では,中立顔より幸福顔の棄却が速いの はなぜだろうか。同時提示される妨害刺激はすべて同じ 人物の表情であることから,幸福顔の棄却の速さを妨害 刺激どうしの類似性で説明することはできない。それで は,刺激の冗長性の観点からの説明はどうであろう。図 式顔と同様に幸福顔が中立顔や怒り顔と比較して冗長性 が高い可能性はあるが,この実験ではそれを確認するこ とはできない。また,日常生活において,幸福顔は怒り 顔より観察頻度は高いが,観察頻度が最も高いのは中立 顔であることから(Whalen, 1998),親近性の観点からの 説明も不十分となる。 実際の表情顔を単独提示した場合,幸福顔に対する判 断が中立顔より速く,怒り顔に対する判断は中立顔より も遅いことが報告されている(Derntl, Seidel, Kainz, & Carbon, 2009; Juth et al., 2005)。したがって,単独提示に おける表情判断に要する時間の順序(幸福<中立<怒 り)が,本実験の妨害表情の棄却時間の順序とおおむね 一致することから,妨害刺激を一つ処理する時間が表情 によって異なることが,妨害表情の棄却時間に反映され たと考えられる。Smith, Cottrell, Gosselin, & Schyns (2005) は,怒り顔の知覚は主として目の領域の分析を必要とす るのに対して,幸福顔の知覚は口の領域の分析のみで可 能であることを報告している。目の領域の情報は高空間 周波数帯域に含まれるのに対して,口の領域の情報は低 Figure 5. Mean reaction times and error percentages for target present conditions in Experiment 2.
空間周波数帯域にも含まれる(Blais, Ray, Fiset, Arguin, & Gosselin, 2012)。実際,Smith & Schyns (2009)は,幸福 顔は顔に含まれる低空間周波数領域の情報によって知覚 的判断が可能であるのに対して,怒り顔は低空間周波数 領域の情報では知覚的判断が困難であることを報告して いる。顔の視覚情報処理においては,低空間周波数情報 に基づいた全体的処理が先行することが示されており (Sergent, 1986),怒り顔より幸福顔の処理が速いことが 示唆される。 標的あり条件では,実験1の結果とは異なり,怒り優 位性は妨害表情が感情顔のセットサイズ4と12条件にお いてのみ確認され,妨害表情が中立顔の条件では,怒り 顔と幸福顔の検出には反応時間,エラー率,そして探索 勾配比のいずれにおいてもまったく差がないことが示さ れた。怒り優位性が確認された妨害表情が感情顔の条件 では,怒り顔と幸福顔の検出における探索勾配比にも有 意差が認められ,しかも,怒り顔の探索勾配比は0.5を 大きく下回ることから,実質的に怒り顔の探索効率が高 いことが明らかになった。ただし,標的なし条件では怒 り顔より幸福顔の棄却効率が高いことから,観察された 怒り優位性は,怒り顔の注意誘導ではなく幸福顔の棄却 効率に起因する可能性が高い。 妨害表情が中立顔の条件で,怒り顔と幸福顔の検出が 同等となることに関しては,二つの可能性を考えること ができる。一つは,実際の表情に関しては,怒り顔と幸 福顔の検出の速さに差はなく,妨害表情を共通にした条 件でそれが現れたと考える。もう一つは,怒り優位性は 存在するが,実際の中立顔は,形体的に幸福顔より 怒り顔に近く(Horstmann & Bauland, 2006; Öhman et al., 2001),この標的刺激と妨害刺激の類似性(Duncan & Humphreys, 1989)が,怒り優位性を相殺したと考える。 Mermillod, Vermeulen, Lundqvist, & Niedenthal (2009) の 研究がこの可能性を示唆している。彼らはKDEFを入力 刺激として,ニューラルネットワークの学習によって, 中立顔,怒り顔,幸福顔のカテゴリー判断と中立顔から のユークリッド空間における距離の算出についてシミュ レーションを行った。その結果,幸福顔のカテゴリー判 断が最も正確であり,また,中立顔からの距離が怒り顔 より幸福顔の方が遠いことが示されたのである。 実 験 3 実験3では,妨害刺激を標的刺激の人物とは異なる複 数の人物の表情として,妨害刺激の異質性が怒り顔と幸 福顔の検出にどのような影響を及ぼすか検討する。 方 法 実験参加者 大学生18名(女性17名)が実験に参加 した。参加者は謝礼として図書カードを受けとった。 刺激と装置 妨害の異質性を最大にするためには,同 時提示する表情をすべて異なる人物のものにすることが 望まれるが,データベースの制約から実験 1と同じ5人 の表情を刺激として用いた。妨害の異質性を高めるため の次善の策として以下のような取り扱いをした。すなわ ち,同時提示される表情は,セットサイズ4の場合のみ すべて異なる人物のものとした。セットサイズ8では, 標的となった表情の持ち主以外の4人の表情を,1人に ついては1個,残りの3人については2個重複して提示 した。セットサイズ12では,標的となった表情の持ち 主以外の4人の表情を2–3個の範囲で重複して提示した。 なお,セットサイズ8および12においては,上下左右の セルに同じ人物の表情が提示されないようにした。 実験装置は実験2と同じであった。 手続き 実験2と同じであった。 結 果 実験2と同じ基準によって,参加者全体で3試行の正 反応をエラーとした。参加者全体の平均反応時間とエ ラー率を,標的なし条件についてはFigure 6に,標的あ り条件についてはFigure 7に示す。また,各条件におけ る参加者全体の平均探索勾配と平均探索勾配比をTable 1 に示す。反応時間,角変換したエラー率および探索勾配 率について実験1と同じ分析を行った。 標的なし条件の反応時間に関しては,表情とセットサ イズの主効果が有意となり(それぞれ,F(2,34)=30.89, p<.0001, ηp2=.65, F(2,34)=269.05, p<.0001, ηp2=.94), ま た交 互 作 用 も 有 意 で あ っ た(F(4,68)=3.32, p<.05, ηp2=.16)。交互作用に関して,単純主効果の検定を行っ た結果,表情の単純主効果はすべてのセットサイズで有 意となった。表情の単純主効果に関して各セットサイズ においてRyan法(α<.05)による多重比較を行った結果, すべてのセットサイズにおいて,中立顔と幸福顔は怒り 顔より棄却が速いことが示された。ただし,中立顔と幸 福顔の棄却に至る時間には有意差はなかった。一方, セットサイズの単純主効果はすべての妨害表情において 有意となり,各妨害表情においてRyan法(α<.05)によ る多重比較を行った結果,いずれの妨害表情においても セットサイズの増加に伴い,反応時間が増加することが 示された。 標的なし条件のエラー率に関しては,主効果は妨害表 情 の み 有 意 と な り(F(2,34)=8.55, p<.001, ηp2=.34),
セットサイズの主効果および交互作用は有意ではなかっ た(そ れ ぞ れ,F(2,34)=1.86, p>.1, ηp2=.10, F(2,68)= .07, p>.1, ηp2=.00)。妨害表情の主効果に関してRyan法 (α<.05)による多重比較を行った結果,中立顔および 幸福顔の棄却より怒り顔の棄却においてエラー率が高い ことが示された。中立顔と幸福顔の棄却におけるエラー 率には有意差はなかった。 標的あり条件の反応時間に関しては,主効果はセット サ イ ズ の み有 意 で あ っ た(F(2,34)=161.34, p<.0001, ηp2=.91)。また,妨害刺激×セットサイズの交互作用が 有意傾向を示した(F(2,34)=2.88, p=.070, ηp2=.15)。さ らに,標的表情×妨害表情の交互作用および標的表情× 妨害表情×セットサイズの交互作用も有意であった(そ れ ぞ れ,F(1,17)=17.12, p<.001, ηp2=.50, F(2,34)=7.02, p<.01, ηp2=.29)。3要因の交互作用に関して,単純交互 作用の検定および単純・単純主効果の検定を行った結 果,以下のことが明らかになった。まず,標的表情の単 純・単純主効果は,妨害表情が中立顔の場合は,セット サイズ8および12において有意であり,妨害表情が感情 顔の場合は,セットサイズ 12において有意であった。 したがって,妨害表情が中立顔の場合は,セットサイズ 8と12において幸福顔の検出が怒り顔の検出より速いこ とが示された。一方,妨害表情が感情顔の場合は,セッ トサイズ12においてのみ怒り顔の検出が幸福顔の検出 より速いことが示された。妨害刺激の単純・単純主効果 は標的表情が幸福顔の場合はセットサイズ12において のみ有意であり,標的表情が怒り顔の場合は,セットサ イズ8と12において有意であった。したがって,幸福顔 の検出は,セットサイズ12において,妨害表情が怒り 顔の場合よりも中立顔の場合に速く,怒り顔の検出は, セットサイズ8および12において,妨害表情が幸福顔よ り中立顔の場合に遅くなることが示された。セットサイ ズの単純・単純主効果は標的表情と妨害表情を組み合わ せたすべての条件において有意となった。各条件におい てRyan法(α<.05)による多重比較を行った結果,妨害 表情が中立顔の場合は,標的表情に拘わらず,セットサ イズ4より8および12において反応が遅かったが,セッ トサイズ8と12の条件間には有意差は認められなかっ た。一方,妨害表情が感情顔の場合は,標的表情にかか わらず,セットサイズに伴って反応時間が増加した。 標的あり条件のエラー率に関しては,主効果は標的表 情とセットサイズが有意であった(それぞれ,F(1,17)= 6.40, p<.05, ηp2=.27, F(2,34)=51.94, p<.0001, ηp2=.75)。 セットサイズに関して,Ryan法(α<.05)による多重比 較を実施した結果,セットサイズに伴ってエラー率が増 加することが示された。また,標的表情×妨害表情の交 互作用が有意であった(F(1,17)=18.28, p<.001, ηp2=.52)。 交互作用に関して,単純主効果の検定を実施した結果, 標的表情の単純主効果は妨害表情が中立顔の場合に有意 となり,幸福顔より怒り顔の検出においてエラー率が高 くなることが示された。これに対して,妨害表情の単純 主効果は,どちらの標的表情においても有意であった。 すなわち,標的表情が怒り顔の場合は,妨害表情が幸福 顔の場合より中立顔の場合にエラー率が高くなるのに対 して,標的表情が幸福顔の場合は,妨害表情が怒り顔の 場合より中立顔の場合にエラー率が低くなることが示さ れた。 探索勾配比については,標的表情と妨害表情の主効果 はどちらも有意ではなく(それぞれ,F(1,17)=.05, p>.1, ηp2=.00, F(1,17)=1.91, p>.1, ηp2=.10),標的表情×妨害表 情の交互作用が有意であった(F(1,17)=12.13, p<.01, ηp2=.42)。交互作用に関して単純主効果の検定を実施し た結果,標的表情の単純主効果は妨害表情が中立顔の場 合にのみ有意となり,怒り–中立条件よりも幸福–中立 条件の探索勾配比が小さいことが示された。一方,妨害 Figure 6. Mean reaction times and error percentages for
target absent conditions in Experiment 3. Error bars show standard errors.
表情の単純主効果は,標的表情が怒り顔の場合に有意と なり,怒り顔の検出では妨害表情が中立顔より幸福顔の 場合に探索勾配比が小さいことが示された。これに対し て,標的表情が幸福顔の場合は,妨害表情の効果は有意 傾向となり,幸福顔の検出では妨害表情が怒り顔より中 立顔において探索勾配比が小さくなる傾向が認められ た。また,これらの探索勾配比が0.5より小さいかにつ いて検定した結果,幸福–中立条件と怒り–幸福条件の 探索勾配比が0.5より有意に小さいことが示された(そ れぞれ,t (17)=−5.79, p<.001, d=.66, t (17)=−3.19, p<.001, d=.75)。 考 察 標的なし条件では,実験1, 2と同様に,怒り顔の棄却 が最も遅かったが,実験2とは異なり,中立顔と幸福顔 の棄却効率はほぼ同程度であった。実験2の結果と比較 すると,実験3では反応時間が全体的に増加している。 実験2と3の標的なし条件の探索勾配に関して,妨害刺 激の特性(均質・異質)を参加者間要因,表情を参加者 内要因として,特性(2)×表情(3)の2要因分散分析 を実施した。その結果,特性の主効果が有意となり (F(1,34)=10.95, p<.01, ηp2=.24),実験2と比較して,実 験3において探索勾配がより急峻となったことが示され た。ただし,交互作用は有意ではなかった(F(2,68)= 0.50, p>.1, ηp2=.02)。したがって,異質な妨害刺激の導 入によって,表情探索課題の難易度が妨害表情にかかわ らず全体的に高くなったといえる。 標的あり条件で注目すべきことは,まず,妨害表情が 中立顔のセットサイズ8と12条件において,幸福優位性 が確認されたことであり,この結果は Horstmann et al. (2012)やBecker et al. (2011)の研究結果と一致する。中 立顔が妨害表情の場合,幸福顔の探索勾配比は怒り顔の 探索勾配比よりも小さい。さらに,幸福顔の探索勾配比 が0.5よりも小さいことから,この条件においては,実 質的に幸福顔の検出が速いことが示された。これに対し て,怒り優位性は,妨害表情が感情顔のセットサイズ 12条件において確認され,探索勾配比も0.5より小さい ことが示された。しかしながら,実験 2の結果と同様 Figure 7. Mean reaction times and error percentages for target present conditions in Experiment 3.
に,標的なし条件では怒り顔より幸福顔の棄却効率が高 いことから,妨害刺激が感情顔の条件において観察され た怒り優位性は,怒り顔の注意誘導ではなく幸福顔の棄 却効率に起因する可能性が高い。 それでは,棄却効率がほぼ同程度の中立顔と幸福顔を 妨害刺激とした場合に,怒り顔の探索勾配比に差がみら れたのはなぜだろうか。その原因として,実験2の考察 で述べたように,標的刺激と妨害刺激の類似性が考えら れる。つまり,中立顔との類似性が幸福顔より怒り顔の 方が高いことが,中立顔を妨害刺激とした怒り顔の検出 が遅れる原因の可能性がある。 総 合 考 察 本研究では視覚探索課題における表情の検出につい て,標的刺激の知覚的特徴と妨害刺激の棄却効率の観点 から比較検討した。実験1では単純な図式顔を刺激とし て,怒り顔と幸福顔の検出を比較した。実験2および3 では歯の露出していない男性の表情顔を刺激として,均 質な妨害刺激(実験 2)と異質な妨害刺激(実験3)が 怒り顔と幸福顔の検出にどのような影響を及ぼすかにつ いて検討した。実験1–3を通じて,幸福顔を妨害刺激と した怒り顔の検出が,その逆の場合より速いことが示さ れた。これに対して,中立顔を妨害刺激とした場合は, 3実験でまったく異なる結果が得られた。すなわち,実 験1では怒り優位性が観察されたが,実験2ではいずれ の表情にも優位性は見いだされず,実験3では幸福優位 性が観察された。 妨害刺激が感情顔の条件で観察された怒り優位性につ いては,標的なし条件では怒り顔より幸福顔の棄却が速 いことから,怒り顔の注意誘導ではなく,幸福顔の棄却 効率に起因すると考えられる。ただし,図式顔の場合に ついては,幸福顔の棄却の速さは探索勾配ではなく切片 に表れており,したがって,怒り顔より幸福顔の棄却が 速いのは,探索段階ではなく,探索に取りかかる段階あ るいは探索終了から反応生成までの段階と考えられる。 興味深いことに,怒り優位性であれ,幸福優位性であ れ,表情の優位性が確認された条件に共通するのは,そ れぞれの実験において棄却効率が相対的に最も高い表情 が妨害刺激となっていることである。すなわち,妨害表 情が実験 1では中立顔,実験2では幸福顔,実験3では 中立顔と幸福顔の条件で,いずれかの表情の優位性が確 認された。さらに,それらの条件では,実際に,標的刺 激に対する探索勾配比が0.5より小さいことから,標的 なし条件と標的あり条件では,探索の方略が異なる可能 性が示唆された(Treisman & Gelade, 1980)。
本研究においては,次のように考えると,表情の優位 性が観察される条件と観察されない条件について整合的 に説明することが可能となる。すなわち,表情の優位性 が確認された標的なし条件では,妨害刺激の群化の効果 は大きいが,参加者は標的なしと判断することに慎重に なり,標的刺激を逐次探索するのに対して,標的あり条 件では,妨害刺激の群化によって,自動打ち切り逐次探 索より少ない照合回数で判断すると考える。一方,妨害 刺激の群化の効果が小さい条件では,標的あり条件にお ける探索は,自動打ち切り逐次探索とほぼ同じ照合回数 が必要となる。したがって,怒り優位性と幸福優位性の どちらにも,標的表情の注意誘導よりは,むしろ妨害刺 激の棄却効率が深く関与していることが推測される。 ここで注意すべき点は,実験2の妨害表情が中立顔の 条件では,均質な妨害刺激の使用によって,群化の効果 は実験3の同じ条件より大きいと推測されるにもかかわ らず,標的表情の探索勾配比はどちらの標的表情におい ても自動打ち切り逐次探索の基準値と同等となっている ことである。探索勾配比が標的あり条件と標的なし条件 の相対的な探索効率を示す指標であること,また,実際 には,実験3と比較して,実験2の標的なし条件の探索 効率が高いことを考えると,実験2においては,標的な し条件においても群化の効果が生じたと考えられる。 それでは,図式顔の場合,妨害刺激が中立顔の条件で 怒り優位性が観察された原因はどこにあるのか。これに ついては,幸福顔および怒り顔が有する知覚的特徴が関 与していると考えられる。先に述べたように,幸福顔の 口は輪郭線と平行である。幸福顔が妨害刺激となる場合 は,この特徴が自己類似度を高め,その結果として棄却 効率を高めると考えられるが(Horstmann, 2009),標的 刺激となる場合は,口の検出がそれと平行な輪郭線に よってマスキングされる可能性がある(White, 1996)。 これに対して,怒り顔に対しては,口と輪郭線によって 形成される曲率の不連続(Kristjánsson & Tse, 2001)や見 かけのT字接合(Coelho, Cloete, & Wallis, 2010),凹型の 縁(Humphreys & Müller, 2000)など注意を誘導する低次 の知覚的特徴が存在することが指摘されている(Horst-mann, Borgstedt, & Heuの知覚的特徴が存在することが指摘されている(Horst-mann, 2006)。 実 際 に,Purcell & Stewart (2010)は,輪郭線を除去した図式顔を用いるこ とでこれらの特徴の形成を回避すると,怒り優位性が消 え る こ と を実 証 し て い る。 ま た,Horstmann, Becker, Bergmann, & Burghaus (2010)は,図式顔の表情の意味合 いを変えずに怒り顔と幸福顔それぞれの口と輪郭線の関 係を逆転させると,幸福優位性が観察されることを報告 している。したがって,これまで図式顔において確認さ
れた怒り優位性は,怒り顔の眉や口と輪郭線で形成され る知覚的特徴がその原因である可能性が高い。 実際の表情顔の探索においても,怒り顔の注意誘導効 果はまったく存在しないのだろうか。実験2および3の 妨害表情が感情顔の条件において観察された怒り優位性 は,怒り顔の注意誘導というよりは,妨害刺激である幸 福顔の棄却効率によって生じた可能性が示唆された。そ の一方で,実験2において,均質な中立顔を妨害刺激と した場合は,怒り顔と幸福顔の探索効率は同等であっ た。この結果に関しては,中立顔と怒り顔の類似度を考 慮した場合,怒り顔の検出に不利な条件で観察された同 等性と解釈することも可能である。したがって,怒り顔 および幸福顔との類似度が等価な顔を妨害刺激とした場 合は,怒り優位性が観察される可能性がある。だが, Becker et al. (2011)は,中立顔からの逸脱度が等価な口 を閉じた怒り顔と幸福顔の3次元モデルを作成し,これ らを刺激とした視覚探索実験を実施した結果,幸福優位 性が観察されることを報告している。また,実験3にお いて,妨害刺激が異質な中立顔の場合は,明確に幸福優 位性が観察されることを考慮すると,怒り顔に注意誘導 効果があるとしても,それが観察される境界条件は狭 く,その適応的機能は極めて小さいと考えられる。 これに対して,幸福顔の注意誘導効果についてはどう であろうか。Calvo & Nummenmaa (2008)は,検出にお ける幸福優位性について次のような説明をしている。す なわち,幸福顔に特徴的な歯の露出部分に反射的に視線 が向けられることで幸福顔の検出が速まるのに対して, 顕著な特徴を持たない怒り顔では,目や口などの部品の 全体的配置情報の処理が必要となり,検出に時間を要す るというのである。彼らの幸福優位性に対する説明は, 幸福顔に歯の露出があることを前提としていることから, 実験3において,口を閉じた幸福顔で観察された優位性 にそのまま適用することはできない。また,歯の露出が ない幸福顔の“口角が上がったU字型の口”を顕著な特 徴に含めた場合は,実験2の妨害表情が中立顔の条件に おいて幸福優位性が観察されない理由を説明できない。 妨 害 刺 激 の 冗 長 性 に つ い て 検 討 し た Öhman et al. (2010)は,注意資源の割り当ての観点から,Calvo & Nummenmaa (2008)の見解を補足している。Öhman et al.によれば,異質な妨害刺激を棄却する際には,均質な 妨害刺激と比較して,より多くの注意資源が必要となる。 そして,幸福顔の検出は,歯の露出した口という顕著な 知覚的特徴の処理で完了することから,少ない注意資源 でも可能であるが,顕著な特徴を持たない怒り顔の検出 では,より多くの注意資源が必要となるという。つまり, 異質な妨害刺激の場合は,標的刺激への注意資源の割り 当てが減少することで,幸福顔と比較して怒り顔の探索 効率が低下するというのである。この注意資源の観点か らの説明は,結局,怒り優位性の発現は,怒り顔の注意 誘導ではなく,妨害刺激の棄却効率に依存することを示 唆している。また,これにしたがえば幸福優位性は幸福 顔の注意誘導ではなく,注意資源をそれほど消費しない 幸福顔の処理様式に起因すると考えることができる。 Öhman et al. (2010)の研究では,怒り優位性は少数の 男性の表情顔を用いた場合にのみ確認された。彼らは, わずかに残された怒り優位性の活路を,親しい集団や家 庭内での暴力の事例に求めている(Öhman, Soares, Juth, Lindström, & Esteves, 2012)。つまり,男性の暴力の生起 頻度が顔見知りの小さな集団や家庭内において高いこと から,その兆候をいち早く察知する現象が怒り優位性と いうのである。しかしながら,本研究では,妨害表情が 中立顔の条件では,妨害刺激を標的刺激と同じ人物の表 情とした場合でも,標的刺激とは異なる少数の男性の表 情とした場合でも,怒り優位性は観察されなかった。怒 り優位効果あるいは怒り優位性は冒頭で述べた進化論的 言説と整合し,美しい仮説ではあるが,根本的に見直さ れるべき時期が来たといえる。 引用文献
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