スペイン内戦とフランス作家たち
ジャンイヴ・ゲラン
畑 亜弥子訳
La guerre civile espagnole et les écrivains français
Jeanyves GUÉRIN
Ayako HATA
Ce texte est la traduction de la conférence que M. Jeanyves Guérin (professeur émérite à l’université Paris 3) a donnée à l’université de Kumamoto, le 13 décembre 2019 : « La guerre civile espagnole et les écrivains français ». Il nous y fait le résumé de cette guerre – dont on ne parle pas de façon détaillée encore aujourd’hui au Japon – et nous présente des réactions que des écrivains français ont publiées dans la presse. Nous comprenons que des écrivains français comme Drieu la Rochelle, Sartre, Malraux, Bernanos ou Henry de Montherlant, qui sont emblématiques de cette époque, s’impliquent par rapport à cette guerre dans leurs écrits. Nous comprenons aussi qu’elle continue de nourrir l’inspiration d’écrivains contemporains tels que Lydie Salvayre et Michel del Castillo. M. Guérin évoque longuement L’Espoir dont l’auteur, Malraux, a réellement participé à la guerre aux côtés des républicains, ainsi que Les Grands Cimetières sous la lune, de Bernanos, écrivain qui a changé d’opinion, en faveur des franquistes d’abord, puis des républicains.
要旨(Abstract)
キーワード(Keywords): French literature, 20th century, Spanish Civil War, André Malraux, Albert Camus, Georges Bernanos
【翻訳】
30万人の死者。50万人の亡命者。スペイン内戦ははじめて行われた近代的な内戦であった。はじま りは選挙後に成立した政府に反対する軍の将軍たちのクーデターだった。軍の大半がクーデターに加 わった。国は二つの陣営に分かれた。ナチズムのドイツとイタリアが、フランコ率いるクーデター勢 力に精鋭部隊や物資を送る。共和主義者たちは人民を武装させる。戦争は1936年から1939年の間続く ことになるだろう。共和主義者の敗北で終わる。勝者たちによってしかれた独裁体制は1965年のフラ ンコの死まで続くことになる。戦争は人民戦線に統一されていたフランスの左翼を分裂させた。共産 主義者たちはフランスの介入に対して好意的だったが、急進的社会主義者たちはフランスの介入に敵 意をあらわにした。首相のレオン・ブルムは内政不干渉を決めた。戦争はまた文学者の共和国も分裂 させた。戦争はさまざまな意見表明や情熱的なアンガージュマン、そして分類のし直しも引き起こし た。戦争はさなかにあるいは後になって、いくつもの文学作品に着想を与えることになった。 作家たちはいずれの陣営につくかの態度決定を強いられる。反共産主義側につく人もいれば、反 ファシズム側につく人もいた。シモーヌ・ヴェイユはデュルティiの縦隊に志願する。マルローは後 に触れるが、飛行隊を組織する。アンガージュマンは大抵の場合、請願書への署名の形をとる。左派のアンドレ・ジッド、ロマン・ロラン、アラゴンが共和主義者支持の署名をする。右派のアンリ・ボ ルドー、アンリ・マシス、ポール・クローデル、ドリュ・ラ・ロシェルがフランコ派支持の署名をす る。 反教権主義者たちの略奪(多くの教会が焼き払われ、大勢の修道士や修道女たちがアナーキストた ちに虐殺された)に衝撃を受けて、ポール・クローデルは「スペインの殉教者へのオード」を書いた が、この作品は彼の栄光にほとんど寄与していない。 ロベール・ブラジリヤックとアンリ・マシスという二人の極右の大物が、プロパガンダ作品にお いて、アルカサールの士官学校生徒からなる自称レジスタンスを神話化する。反対側で、ジャン=リ シャール・ブロックが『スペイン!スペイン!』を出版する。 1937年から1938年にかけて、二人の偉大なカトリック知識人が、敗色濃くなった共和国を支援する。 フランコが聖なる戦争、十字軍を率いていると主張していること、彼の飛行部隊がカトリックのバ スク人を執拗に攻撃したこと、ファシズムとキリスト教が混同されたこと、こうしたことはフランソ ワ・モーリヤックとジョルジュ・ベルナノスという二人のカトリック作家を動転させた。彼らの記事 は党派的でない読者の心を打つ。 何人もの作家兼ジャーナリストたちが、戦争を、多少の差はあれ、継続して取材する。アンドレ・ サルモンは『プチ・パリジャン』で反逆者たちに好意的な姿勢を見せる。アントワーヌ・ド・サン= テグジュペリは『アントランジジャン(非妥協者)』、ポール・ニザンは『ス・ソワール』、ジョゼフ・ ケッセルは『パリ・ソワール』などの新聞で、多少のニュアンスの違いはあっても、共和主義者たち に対して好意的だ。今日これらの記事は歴史家のための証言となっている。彼らの著作とはならなかっ た。私はこれらの記事について詳しくは触れない。 では次に本来の文学作品に、まず物語的フィクションに関心を向けることにする。『ジル』という ドリュ・ラ・ロシェルの自伝的な内容の小説の最後で、名祖の人物、ファシストとなったダンディな 男性は、フランコ部隊に身を投じ、戦闘中に亡くなる。 ジャン=ポール・サルトルの『壁』は、共和派兵士の一人称物語であるが、彼は二人の別の仲間と 迫りくる死刑執行を待つ。 戦争のさなかに書かれた傑作にはもう少し詳しく触れておこう。アンドレ・マルローの『希望』で ある。作家たちは語る。マルローは行動すると決心する。マルローは内戦にはヨーロッパがかかって いることを理解していた。マルローは飛行機を手に入れ、義勇兵や傭兵で構成される戦闘部隊を募 集する。1936年8月から1937年2月の数か月の間、マルローは飛行部隊長と爆撃手として戦争に参加 する。使命を終えるとフランスへ帰国する。アメリカでは共和主義側の宣伝者となると同時に、自ら の経験を小説『希望』にまとめる。これはルポルタージュ小説だろうか?歴史的なフレスコ画だろう か?おそらくどちらでもある。 戦争は概して共和派からの視点で描かれている。小説の登場人物は、もちろんスペイン人であり、 マニュエル、ヒメネス大佐、エルナンデス大尉、民族学者のガルシア、通称ル・ネグスという名のア ナーキストなどがいる。しかし外国人義勇兵たち、飛行団長のマニャン-この人物は作者の分身とみ なされている-、美術史家のスカリ、アティニらが重要である。登場人物の大半にはひとり、ないし 数人のモデルがいるが、いずれも批評家たちによって同定されている。 小説が提示する命題のひとつは、共和派の大義が、それが動かす諸々の価値観、まずもって友愛に
よって正義にかなっていることである。正義は共和派たち側にあるのだ。マルローは民兵の熱狂ぶり を描き、「抒情的幻影」と呼んだ。 共和派陣営は共有される諸価値の周りに集いはしたものの、手段をめぐって分裂する。小説は長い 討論のシーンを含む。一方で、マニュエルに代表される共産党員たちが厳格な組織の陣をはるが、他 方ではピュイグとル・ネグスに代表されるアナーキストたちが自発性を重視する。グループの中の知 識人たち、ガルシアと作者の代弁者であるマニャンは、いくつもの出来事―つまりトレドにおけるア ナーキストの潰走、グアダァジャハにおける共和派たちの勝利―により強固になる立場に賛同する。 スカリはまだためらっているが。 戦争において技術が重要となった。戦争は様々な能力や組織を要求する。勇気と友愛だけでは十分 ではない。さまざまな力関係の問題が決定的である。正面にプロの軍隊がいる。ガルシアが「戦闘的 集団に最大の効果を与えるような諸々の手段の総体」として定義する「いくつかの枠、ひとつの厳密 な規律」が必要となる。それはその他の規律と同じようにひとつの技術である。ヒューマニストの知 識人は実践的な隷属状態に同意する。「このような民衆の行動-あるいは革命、あるいは反乱までも -がその勝利を、ただそのような行動に勝利を与えた手段に対立するような技術によって維持される のである。[…]きみたちがその飛行部隊をただ友愛のみに基づいて作っているかどうかは怪しいと 思う。」 この実践上の選択には代償が伴う。マルローは、戦闘において勝利した部隊の指揮官であるマニュ エルに、次のセリフを言わせている。 「それはより大きな効果とかよりよい指揮の方へと私がのぼってきた階段ではなく、私を人間 たちからよりいっそう遠ざける階段だ。私は日に日に人間的でなくなるようだ。」 ハインリッヒはマニュエルにこう言う。「プロレタリアの軍隊できみが指揮を引き受ける日から、 きみはもはや自分の魂を持つ権利はなくなるよ。」二人の登場人物たちが非人間化について考えをめ ぐらせる。 マルローはソヴィエト連邦に対する幻想を抱くことはなかったが、共産主義者とともに歩む選択を する。二つの前線で戦うことはできない。優先される敵はファシズムだ。今日、我々はマルローが戦 争の中の戦争や、トロツキストの共産主義者やマルクス主義統一労働者党iiの共産主義者と偽る者た ちによる粛清を覆い隠したと非難する傾向にある。マルローにはジョージ・オーウェルの『カタロニ ア賛歌』が対比させられる。 小説『希望』については次の二つのコメントが引用するに値する。 まずジョルジュ・サンプラン(ホルヘ・センプルン)である。彼はスペイン人でもありフランス人 でもある作家で、しばしばスペイン人のマルローと呼ばれた。 「マルローは、たった一つの小説を書くという作業で、共産主義に対する賞賛と批判とを統合 するという離れ業に成功した。アンチファシズムの闘争の実践における共産主義の厳格さと効果 に対する賞賛。共産主義の最終目的やその言説の総体に対する根本的な批判。iii」
次は歴史家フランソワ・フュレのコメント。 「マルローは、いつもそうであるが、スペインの事件の真実と伝説を区別せずに一緒くたにし て表現した。iv」 1938年に、マルローは『シエラ・デ・テルエル』と題する、小説『希望』のいくつかの重要なシー ンを再編集した映画を撮影するために、スペインへ戻った。この映画は1945年になってやっと公開さ れた。 スペイン内戦に着想をえたもう一つの傑作は『月下の大墓地』である。王党派でカトリックのジョ ルジュ・ベルナノスの最初の反応は、将軍たちのクーデターを支持することであった。彼は即座にマ ジョルカ島に行った。フランコ派の行った検挙や裁判抜きの処刑がキリスト教徒ベルナノスを憤慨さ せる。旧来の反動派への彼の幻想は砕け散る。彼はカトリックの新聞に託した記事で、証言し、真実 を語ると決心する。ベルナノスは、自分が書いた記事から、ジャンルとしての地位ははっきりしてい ない、無秩序だが燃え立つような本を引き出す。ルポルタージュ、証言、エッセー、パンフレ、それ が『月下の大墓地』だ。当時の状況についての資料あるいは文書または見聞録になっていたかもし れないものが、記念碑すなわち預言者の本になった。「私が見たこと」は「私は弾劾する」に到達す る。マルローと同じように、ベルナノスはスペイン戦争が、内戦であり近代戦争であり、「絶対戦争」 であり、さらに大きな歴史的破局のリハーサルであり、試験台であることを見てきたのだ。聖書にお ける預言者はただ単に将来について直観を持ちうる人ではない。同時代人に向けて冷酷な真実を発言 する人である。彼は嘘を激しく非難し、ある「欺瞞」についてはさらに非難している。扇動者が十字 軍として提示したものは、怯えた保守的なブルジョワを卑劣な人殺しに変える血みどろの「警察の取 り締まり活動」なのである。ある大義はさまざまな方法で評価される。おぞましい手段が目的を、そ れが何であれゆがめて非難する。スペイン教会が富裕層側についたことが、キリスト教徒の眉をひそ めさせる。スペイン教会は、標榜してきたはずのメッセージや諸価値を裏切ることになる。どんな妥 協も受け入れられない。ベルナノスはフランコを支持するフランス人、伝統的で保守的でナショナリ ストの右派を激しく攻撃する。怒りはパンフレの作者の才気を活気づける。自由はベルナノスにとっ てさまざまな政治的価値のうちで最も重要なものだ。ひとりの王党派カトリックが、フランス文学の 中で最も偉大な本を書くことになるだろう。この本の序文の第二部は、フランスの散文の最も美しい ページのひとつである。 この反全体主義の本は、カミュというもう一人の真実を語る人物の賞賛をベルナノスにもたらす。 シモーヌ・ヴェイユは、歴史的に重要な手紙の中で、ベルナノスに「熱烈な賞賛」を表明する。「私 はあなたの本から立ち上がる、この内戦の匂い、血の匂い、恐怖の匂いを知っている。」ヴェイユは こう付け加える。「我々は、犠牲という考えのもとに志願兵として出発し、やがて傭兵の戦争に似た 戦争に陥る。残虐性が次第に増していくが姿なき敵に払われるべき敬意は減っていく。あなたは断然、 私のアラゴンの民兵仲間よりも私の近くにいる。彼らは私が好きだった仲間なのだが。」リディ・サ ルヴェールは、2014年にゴンクール賞をとった小説『もう泣かない』において、このベルナノスの小 説と対話している。 スペイン内戦によって引き起こされ暴露された亀裂は、1940-1944年の亀裂を予告する。イギリス
派ゴーリストになり、ヴィシー政権の政治を公然と糾弾することになるクローデルを除いて、フラン コ支持派は「新しい秩序」に結集することになる。アンリ・ボルドーとアンリ・マシスはペタン派に なるだろう。ブラジリヤックとドリュ・ラ・ロシェルはパリのナチスに加担する。ベルナノスは1940 年6月以降、ブラジルにいながらド・ゴール将軍を支持し、レジスタンスの大きな声となる。モーリ ヤックは数週間ためらった後「新しい秩序」に抵抗し、文学的レジスタンスの傑作のひとつである 『暗黒手帳』を書く。マルローはというと、武装したレジスタンスには遅れて入ることになるが、共 産主義の側ではなく、イギリス派ゴーリストのレジスタンス組織に入ると、フランス軍の一つの旅団 へと編成する。この軍の闘争というアンガージュマンは、マルローにおいて「解放の友」と名づけら れるに値するだろう。 ベルナノスは1948年に死去する。マルローがスペイン内戦から離れるのに対し、カミュはスペイン 共和派の支持を続ける。この忠誠心は『コンバ』、『エクスプレス』、無政府主義の雑誌で表されるが、 虚構作品では表現されない。戯曲『戒厳令』の舞台をカディクスにしたことは指摘できよう。ガブリ エル・マルセルはこの反全体主義の戯曲の筋立てが、最近ソヴィエト化したヨーロッパの《カルパチ ア山脈のとある都市》ではなく、スペインで展開していることに驚く。これは確固たる選択だと、カ ミュはガブリエル・マルセルに答えている。 初めて私の歳ぐらいのすべての人間が歴史の中の決定的な不正に遭遇していた。そのとき無垢 の血が偽善的で活発なおしゃべりの最中に流れていた。そのおしゃべりはまだ続いている。[…] 我々はこの血で手を洗わない少数の人々である。[…]全体主義戦争の最初の武器はスペインの 血にひたっている。 1948年のカミュはソヴィエト共産主義を断固として糾弾した。だからといってフランコ主義を許す ことはない。 私はできるだけ声高に自分がロシアの強制収容所について考えていたことを言った。しかしそ のことはダショやブーヘンバルト、幾多もの人間の名前なき苦しみ、スペイン共和国で大量殺戮 を引き起こした恐ろしい弾圧を忘れさせるものではない。ペストが災禍をもたらしているのが東 ヨーロッパだからと言って、西ヨーロッパにおぞましいペストが広がるのを私は許しはないだろ う。 1945年以降、いくつかの小説がスペイン戦争のその後について言及する。そうした小説が多くなっ てきたのは、ごく最近である。それらの小説の著者は亡命した共和主義者の子供か孫である。亡命者 たちは意義深い痕跡を残さなかった。スペイン戦争とその記憶がジョルジュ・サンプランというスペ イン出身で、著作の多くをフランス語で書いた作家の物語作品と映画作品のなかで、循環するテーマ であることは指摘しておこう。私がここでいくつかの彼の作品を言及するだけで充分だろう。『ラル ガラビ』『フェデリコ・サンチェスの自伝』、そしてアラン・レネの映画『戦争は終わった』のシナリ オ。サンプランの作品だけで講演さらに書籍の重要なテーマとなるだろう。私は二つの傑作小説を取 り上げて講演を終わることにする。
アンリ・ド・モンテルランという作家は、古いスペインと現代スペインとを強く結びつけた。スペ インはこの作家に小説(『闘牛士』『カスティリアの姫君』)や戯曲(『死せる女王』、『サンティア ゴ騎兵長』)の材料を提供した。当時モンテルランは共和派の方へ傾いたが、はっきりと政治参加す ることはなかった。1963年に、彼は『カオスと夜』を上梓する。セレスティノ・マルシーヤは、勇敢 にアナーキストの義勇軍で戦った後フランスに亡命した。20年以上が過ぎた。彼はパリで娘と暮らし ている。この老人は他の亡命者たちとともに思い出をくどくどと繰り返す。そうした亡命者たちの一 人は彼を《遅れてきたイデオロギー》と形容し、ドン・キホーテと比較する。彼はさめていてニヒリ ストであるともいえる。彼はスペインに帰ることに決める。マドリッドは変わっていた。彼は幻影の 餌食なのだ。彼は失望させるような闘牛を見た後に死ぬ。おそらく彼は誰かを殺したのか、自殺した のか。警察は彼を逮捕しに行くところだった。彼の娘はフランコ主義者の男性と結婚することになる。 モンテルランは挫折の小説を書いた。 二番目の小説はミシェル・デル・カスティーヨの『政令の夜』である。フランス人の父親とスペイ ン人の母親との間に1933年に生まれたこの作家は、『月下の大墓地』の近年の再版に序文を寄せてい る。1981年に発表されルノドー賞を受賞したこの小説の筋は、前作と同じように戦後の数年間に展開 する。フランコ体制は終わりに近づいていた。若き捜査官であるサンチアゴ・ラレドは、カタルーニャ のとある町に勤務している。ラレドの友人と隣人はラレドに、将来階級として上司になるアヴェィー ノ・パレドに対して警戒するように言う。パレド(スペイン語で壁を意味する)は、敗北した共和主 義者たちを容赦なく追い詰めた。ラレドがパレドの過去に対して行った調査が、スペイン戦争の隠さ れた恐怖を暴露する。二人の男性が出合う。一方はもう一方のことをよく知っている。サンチアゴ・ ラレドは、粗野な人に出会うことを予期していたが、秩序への絶対的信仰に取りつかれている禁欲的 な教養人に出会う。小説の最後で若い方が前任者を殺しフランスに逃避する。悪の問題が小説の中心 にあるのだ。 私が足早に紹介したコーパスは、すべてのアンガージュマンフィクションの問題を提起している。 アンガージュマンフィクションが時間と空間を通過するために、他のさまざまな歴史情勢において読 み直されることができるはずだ。それが22の言語に訳された『希望』、8つの言語に訳された『教令 の夜』、6つの言語に訳された『月下の大墓地』、5つの言語に訳された『カオスと夜』に起きたこと なのである。 [解題] ここに訳出したのは、パリ第3大学名誉教授のジャンイヴ・ゲラン氏(Jeanyves Guérin)の講演原稿 である。講演は、アンドレ・マルローについての国際シンポジウム(「アンドレ・マルロー再考―そ の領域横断的思考の今日的意義 Repenser Malraux ― la valeur actuelle de sa pensée interdisciplinaire 」, 2019年12月7日,8日,上智大学と日仏会館にて開催)に合わせて企画されたゲラン氏の連続講演の一 環として、2019年12月13日(金)に熊本大学にて行われたものである。
ゲラン氏の専門は20世紀のフランス文学であり、特にカミュ、サルトル、マルローなどのアンガー ジュマン文学について研究している。カミュについては1980年代からコンスタントに研究書を出版し 続けている。文学と政治との関係を思想史的観点から論じることに関しては第一人者であり、2003年
に出された主著『新しい芸術、新しい人間-20世紀文学におけるモダニズムと進歩主義v』(未邦訳) では、20世紀文学の作家、作品全体を、政治的、思想史的次元から分析して定評を得ている。近刊は 『20世紀の政治文学 ポール・クローデルからジュール・ロワvi』(未邦訳)。 講演のテーマは、「スペイン内戦」という20世紀の世界史的な事件として重要でありながら、一般 的に日本ではよく知られていない、スペインを二分化した内戦とその隣国のフランスの作家たちの関 係についてである。 スペイン内戦をとりあげた作品で最もよく知られているのは、ゲーリー・クーパーが主演した映画 『誰がため鐘は鳴る』である。この内戦には、ファシストに反乱を起こされた人民戦線側を支援する 兵士が世界各地から参集し、アメリカ人作家ヘミングウェイも一人の義勇兵として戦った。その体験 から小説『誰がために鐘は鳴る』が書かれ、その映画版がサム・ウッド監督でハリウッド映画として 撮られた。人民戦線の兵士ロバートのフランコ軍との勇敢な戦いが描かれ、ハリウッド映画にかかせ ないロバートと市長の娘との恋のシーンも交えながら物語が展開する。さらに英語圏作家の作品を あげると、ジョージ・オウエルの『カタアロニア讃歌』がある。ファシズムに対抗するため、「共通 の品位vii」を守るためにスペイン入りした作家が、マルクス主義統一労働者党陣営で戦うことになり、 内戦時の非常に複雑な政治的状況に気づくことになった経緯を報告する。 スペイン内戦は、2年10ヵ月の間、人民戦線という左派の政権と、それにクーデターを起こしたフ ランコ将軍派が戦い、フランコ側が勝利したという戦争である。内戦の対立構造は20世紀に入り突如 出現したものではなく、スペイン国内に古くからあったことがアントニー・ビーヴァー『スペイン内 戦 1936-1939』で指摘されている。「スペイン内戦は、スペイン史を特徴づけた社会勢力の対立がも とになった最大の衝突を意味した。この対立の一つとして、階級利害の衝突があるが、他の二つの対 立、つまり権威主義の支配にたいする絶対自由の本能、中央政府にたいする地方自治主義の熱望もま た重要さで劣らなかった。以上三つの緊張した対立の起源は、スペインをムーア人から奪回したさ いの国の社会構造と、カスティリャ征服者の態度が形作られた過程に求められる。viii」スペイン内戦 は第二次世界大戦の前哨戦と言われているので、このことは大戦の性質を考える上で非常に興味深い。 20世紀の戦争にはさまざまな過去の対立構造が集約されており、ゲラン氏が指摘するように、そこで カトリックや19世紀に生まれた共産主義が体制側につくか、あるいは反体制側につくかということが 非常にデリケートな問題であったのだ。その思想的構図の複雑さがカトリック作家ベルナノスの立場 にも表れているix。 ゲラン氏はこの内戦をめぐって文学作品のみならず、フランス・ジャーナリズムの細部を検証し ながら、当時フランス人作家の身にせまっていた危機としてのスペイン内戦の姿を浮かび上がらせる。 マルローは友愛にもとづく左派の連帯に高揚しつつ、組織内の問題も見逃さない。さらにこのテーマ は追憶のスペイン内戦として、現代のフランス作家にまで受け継がれている。講演内容は、多くの作 家に目配せした素描的なものであるが、フランスとスペイン双方の現代史の襞に分け入るような研究 が、日本語で読める機会はなかなかないだろう。そのような考えから、ゲラン氏の承諾を得て、翻訳 を残しておこうと思った。(畑亜弥子)
注
i Buenaventura Durruti (1896-1936) スペインのアナーキスト。
ii 略称POUM(Partido Obrero de Unificación Marxista)
iii Jorge Semprun, Adieu, vive clarté... , coll. « Folio », Gallimard, 2000, p. 130. iv François Furet, Le Passé d’une illusion, Le Livre de poche, 1996, p. 434.
v Jeanyves Guérin, Art nouveau ou Homme nouveau Modernité et progressisme dans la littérature française du XXe
siècle, Honoré Champion, 2002.
vi Jeanyves Guérin, Littérature du politique au XXe siècle, De Paul Claudel à Jules Roy, Honoré Champion, 2020.
vii ジョージ・オーウェル『カタロニア讃歌』,鈴木隆・山内明訳,現代思潮新社,2008年,p. 47. viii アントニー・ビーヴァー『スペイン内戦 1936-1939(上)』,根岸隆夫訳,みすず書房,2011年,p. 3. ix ゲラン氏が、初めフランコ側に共感したが、倫理的な理由から離れたカトリック作家ベルナノスを大き く取り上げたのは興味深い。氏は講演後ベルナノスについてこう補足した。「右派で王党派のベルナノ スはスペイン内戦により信条が動揺するのを見る。彼は断固としてアンチナチズムになる。ナチズムは 彼にとって国家であり、全体主義体制である。ソヴィエト連邦は別の全体主義体制である。彼の思想は、 生産第一主義や機械、精神の破壊に特徴づけられる近代世界(文明)に内在する急進化の傾向を全体主 義に見るようになる。」