特集◆自動車市場はいかに苦境を乗り切るか
はじめに
2000年代から世界の主要乗用車メーカーが 相次いでロシアでの現地生産に乗り出したが、 外国メーカーはロシア国内市場への供給に特 化し、生産コストの高いロシア工場から外国へ の輸出はほぼ想定外だった。しかし、ベラルー シおよびカザフスタンとの関税同盟(現ユーラ シア経済連合)が成立したことで、両国向けの 自動車輸出の道が開かれた。さらに、昨今では 通貨ルーブルの下落により、ロシアと諸外国の コストが逆転し、ロシアからCIS域外への自動 車輸出の動きも広がっている。本稿では、乗用 車を中心にこうしたトレンドを解説し、輸出デ ータや企業ごとの動きを整理してお伝えする。 付随して、ロシアのタイヤ輸出、ベラルーシの 自動車生産・貿易にも簡単に触れる。ユーラシア統合が媒介
2000年代までは、ロシアから外国への乗用車 輸出は、AvtoVAZ社のラーダなどのロシア地場 ブランドに限られていた。ロシアでの現地生産 に乗り出した外国自動車メーカーは、ロシア国 内市場への供給に特化していた。当時は右肩上 がりで拡大していたロシア国内市場の需要を 満たすことこそ外資にとっての優先課題であ り、またロシアでの生産コスト高ゆえに外国に 輸出するビジネスは成り立たないというのが 常識だった。当時、外国に輸出されていたロシ ア 製 の 外 国 ブ ラ ン ド 車 は 、 GM-AvtoVAZ の Chevrolet Nivaのみだった。 しかし、ロシア・ベラルーシ・カザフスタン による関税同盟が発足したことで、状況が変わ る。2011年半ばまでは、ベラルーシとカザフス タンの市場の9割以上が輸入中古車に席巻さ れ、外国自動車メーカーは両国の市場にあまり 関心を寄せなかった。それが、関税同盟の発足 に伴い、両国の自動車輸入関税率はロシアの水 準に合わせて引き上げられ、中古車市場の縮小 と新車販売ブームがもたらされた。その結果、 外国メーカーもベラルーシ・カザフスタンに目 を向けるようになり、無関税で輸出できるロシ ア工場の製品がその一翼を担うようになった。 2014年の時点でロシアから輸出される乗用 車の約半分が外国ブランド車(残りの約半分が ラーダ)という状況になった。ただし、この時 点ではまだロシアでの生産は諸外国に比べコ スト競争力がなく、CIS域外への輸出は非現実 的と考えられていた。CIS域外にも輸出が広がる
しかし、2014年暮れにロシア通貨ルーブルが 暴落し、2015年以降もルーブル安傾向が定着し たことで、状況が一変した。つい数年前までロ シアでの自動車組立生産のコストは、欧州のそ経済統合と通貨安が促す
ロシアの自動車輸出
ロシアNIS経済研究所 調査部長 服部 倫卓 ■ Research Report ■特 集
自動車市場はいかに苦境を乗り切るか
れよりも5%高く、中国や韓国のそれよりも15 ~20%高いと言われていたが、ルーブル安で形 勢がすっかり逆転した。他方、この間の経済危 機でロシア国内市場は完全に冷え込み、ロシア の自動車産業が獲得したばかりのカザフスタ ンやベラルーシの市場もロシアと連動して落 ち込んだ。こうしたことからロシアの各工場は 2015年以降、CIS域外の新市場を開拓すること を迫られたのである。多くの自動車メーカーが 利用しているロシアの工業アセンブリ措置で は、一定の生産規模と現地調達比率を達成する ことが税制優遇を受ける条件とされているの で、その意味でも新たな輸出市場を開拓して工 場の稼働率を上げることが急務となった。また、 2016年に、ロシアの工場からカザフスタンおよ びベラルーシの市場に供給する際の税制が、不 利な方向に変わったという事情もある(詳しく は坂口泉「2015年のNIS諸国の乗用車市場」『ロ シアNIS調査月報』2016年6月号)。 報道にもとづいて、各メーカー/ブランドご との輸出動向をまとめたのが、図表1である。 また、ロシアの通関統計にもとづき、ロシアの 乗用車(HSコード8703)の相手地域別輸出台数 を整理すると、図表2のようになる。2014年ま では、乗用車輸出はほぼ全面的にCIS市場向け であり、中でもユーラシア関税同盟諸国向けは 2014年まで急激な拡大が続いた。2013年まで 「その他CIS」向けも多かったのは、ウクライ ナがラーダ等のロシア生産車の主要消費地の 一つだったからである。CIS域外向けの輸出は、 2014年まではほとんど無視していいレベルだ った。ところが、ウクライナ危機を背景に、油 価下落や現地通貨安などが重なり、2015年には ユーラシアの乗用車販売市場が急激に収縮し た。それに代わって、従来ほとんど実績がなか ったEUやその他世界向けの輸出増が目立つよ うになった。むろん、CIS域外への乗用車輸出 はまだ主力と呼べるほどではないが、2016年上 半期には輸出全体の29.2%を占めるに至って いる。一方、図表3に見る貨物自動車も、CIS 圏中心の輸出相手地域構造は、乗用車と概ね似 通っている。ただし、貨物自動車の場合は、以 前から「その他」(主に第三世界)への輸出実 績があった(相手国によっては輸出単価が異常 に高い例もあり、軍用車両が含まれている可能 性もありそうだ)。
ユーラシア経済連合の意義
ロシアの調査機関「ASMホールディング」が 発行している報告書には、ロシアで生産されて いるいくつかのブランドの自動車の輸出相手 国のデータが掲載されており、ある程度重宝す る。ところが、それらのデータは「関税同盟諸 国向けは除く」とされており、最も台数の多い カザフスタン向けやベラルーシ向けの数字が 欠落している。また、ロシアの『エクスペルト』 誌は2016年9月29日~10月2日号において「ロ シアの200大輸出企業ランキング」という特集 記事を掲載しており、当会発行の『ロシアNIS 経済速報』2016年10月15日号でその概要を紹介 した。ちなみに、自動車メーカーではGAZ(92 位)、KamAZ(107位)、AvtoVAZ(140位)が登 場する。ところが、この資料に示されている各 社の2015年の輸出額も「カザフスタンとベラル ーシを除く」とされているのである。これらの 事実は、ロシアの実業界ではすでに、ユーラシ ア経済連合のパートナー諸国、なかんずくベラ ルーシとカザフスタンが、ロシア国内市場に準 ずる存在であると位置付けられていることを 物語っているのではないか。 外資系の中で、ロシア工場からユーラシア諸 国への輸出にいち早く踏み切ったのが、ルノー であった。そのルノーはプレスリリースの中で、 輸出を拡大することによって、生産の現地調達 化を拡大し、ロシアに新技術を導入することが 可能になると、その意義を強調している。図表1 ロシアの自動車工場からの輸出の動向 メーカー/ ブランド 輸出モデル 主な輸出相手国 概 況 KamAZ カザフスタン等のCIS 諸国、ベトナム、 キューバ、インド 2015年の輸出台数は5,800台(CIS4,200 台、CIS外1,600台)。2014年現在で18% の輸出比率を、2020年までに20~30% にまで高める意向。幹部は「1ドル=36 ルーブル以上のルーブル安になると輸 出が黒字になる」と発言。主要市場では 現地での組立生産も。 Ural CIS諸国、エジプト 2015年の輸出台数は2,300台で、輸出比 率は高いとされる。CIS域外の輸出は大 部分がエジプト。 GAZ GAZelle Next GAZelle Business Sadko CIS諸国、旧ユーゴス ラビア諸国、バルト3 国、キューバ、南米 ロシア工場から輸出するだけでなく、ト ルコにある合弁工場からも欧州仕様車 を輸出している。 UAZ Patriot Hunter カザフスタン、ベラ ルーシ、アルメニアな どCIS諸国、中国、イ ランなど中近東、ハン ガリー、シリア、 キューバ、エジプト 20ヵ国以上にオフロード車を輸出。2015 年の輸出は4,500台で、生産に占める比 率は9%だった。ウクライナ向け輸出は ほぼ断絶。 AvtoVAZ (ラーダ) Granta Kalina 4x4 カザフスタンおよびア ゼルバイジャンなど CIS諸国、中南米、 チュニジア、エジプト など中近東、ドイツ、 ハンガリー 年間3万台程度を30ヵ国以上に輸出して いるが(2015年は28,461台だった)、8割 はカザフスタン向け。エジプト向け輸出 を増強し、2016年6,000台、将来的には1 万台を目指す。すでにドイツでは Granta、Kalina、4х4のオフロードモデ ルが販売されているが、現在Lada VestaをEUの認証に合致するよう仕様変 更の作業中。EUではルノー=日産の ルートで販売。2015年現在9.5%のLada の輸出比率を20%に高めることが目指 されている。 ルノー Kaptur Duster Logan Sandero Stepway カザフスタン、ベラ ルーシ、ベトナム 現在生産に占める輸出向けの比率は 12%。Dusterはモスクワ工場から、 Logan、Sandero Stepwayはトリヤッチ工 場から。カザフスタン、ベラルーシ向けに は2010年から供給している。ユーラシア 経済連合とベトナムのFTA合意を受け、 2016年2月にベトナム向け開始。2016年 8月にキルギス向け開始。本年中に Kapturもユーラシア市場向けに輸出。 ダットサン on-Do mi-Do カザフスタン、ベラ ルーシ、レバノン トリヤッチ工場の製品を輸出。レバノン 向けは当初インド製を予定していたが、 ハンドル変更の必要がないなど、ロシア 製の方が現地に向くと判断。 日産 X-Trail Pathfinder Qashqai Almera Sentra Tiida ベラルーシ、カザフス タン 生産の一部をベラルーシとカザフスタン に供給している。中東欧などに販路を拡 大する意向とされる。また、2016年9月 からバンパーを欧州に輸出(従来日本 から供給していたものをロシア製に切り 替え)。 備 考 ロ シ ア 地 場 資 本 系 ト ラッ ク ・ 商 用 車 ル ノー = 日 産 ア ラ イ ア ン ス 日 系 ブ ラ ン ド
(注)必ずしも各社が正式に発表した情報ではなく、報道等にもとづき筆者がとりまとめたものなので、ご留意願 いたい。 メーカー/ ブランド 輸出モデル 主な輸出相手国 概 況 トヨタ Camry カザフスタン、ベラ ルーシ 2015年は年産3.3万台のうち7%程度を 輸出。2016年上半期は生産1.6万台のう ち1,539台をカザフスタンへ、125台をベラ ルーシへ輸出。8月に生産開始する RAV4もその両国に輸出の予定。 三菱 カザフスタン、ベラルーシへの輸出を計 画。 プジョー Peugeot 408 ベラルーシ、カザフス タン シトロエン Citroen C4 ベラルーシ、モルドバ フォルクス ワーゲン Polo カザフスタン、ベラ ルーシ、メキシコ カルーガ工場からPolo車を年間1万台 程度輸出している。従来はインドから供 給を受けていたメキシコでも、最近ロシ ア・カルーガ工場からの供給に切り替 わった(現地ではVentoと呼ばれてい る)。 フォード Fiesta Focus Mondeo Kuga EcoSport カザフスタン、ベラ ルーシ カザフスタン向けは2014年から輸出開 始し、2015年は約400台。以前は欧州工 場からだったベラルーシ向けも2016年 夏にロシアから輸出開始し、年末までに 500台を目指す。ロシアのフォードのサ プライヤーから欧州工場にコンポーネン トを輸出する動きも。 ヒュンダイ 起亜 Hyundai Solaris Kia Rio カザフスタン、ベラ ルーシ、アゼルバイ ジャンなどCIS諸国、 ベトナム、エジプト、 チュニジア、レバノン 外資系としては先駆的に輸出に取り組 んでおり、輸出比率は10~11%。CIS諸 国向けには2011年5月から、CIS域外に は2015年8月から輸出開始。2015年に は1.8万台を輸出。しかし、輸出の7割強 を占めるカザフスタン市場の低迷で2015 年は輸出減、2016年も大幅減が見込ま れる。2016年8月に生産開始したクロス オーバーSUVのCretaも輸出の方向。か つて最大の輸出先だったウクライナ向け 供給は一時期途切れていたが、2016年 8月に再開。
GM-AvtoVAZ Chevrolet Niva
カザフスタン、ベラ ルーシ、アゼルバイ ジャン 2014年には生産の8.8%に相当する約 4,000台を輸出、内訳はカザフスタン 78%、ベラルーシ11%、アゼルバイジャ ン6%だった。しかし2015年には2,400台 に縮小。かつての最大市場ウクライナも 失った。 ランド ローバー Range Rover
Ranger Rover Sport
ユーラシア経済連合 諸国に加え、中国、ド イツ、米国、フィンラン ド 2015年の輸出台数は1,720台(ユーラシ ア経済連合諸国向けを除く)で前年から 15倍増。 P S M A ❘ R u s 2014年には650台を輸出、ウクライナ市 場を喪失したことで同年の輸出は縮小。 今後はコンポーネントの輸出も視野。 日 系 ブ ラ ン ド 備 考
図表2 ロシアの乗用車(HSコード8703)輸出台数の推移(台) (注)ユーラシア経済連合が成立したのは2015年だが、ここでは便宜的にベラルーシ、カザ フスタン、キルギス、アルメニアの4ヵ国向けの輸出台数を過去にも遡ってユーラシア経済 連合向けの輸出台数として示している。 (出所)ロシア連邦関税局の統計にもとづき作成。 図表3 ロシアの貨物自動車(HSコード8704)輸出台数の推移(台) (注・出所)図表2に同じ。 2012 2013 2014 2015 2016 1-6月 全世界 121,184 138,433 129,344 97,688 35,871 EU 3,298 3,297 2,445 3,977 5,884 その他 1,173 2,938 2,009 7,311 4,593 その他CIS 49,346 30,524 7,294 9,184 4,366 ユーラシア経済連合 67,367 101,674 117,596 77,216 21,028 0 50,000 100,000 150,000 2012 2013 2014 2015 2016 1-6月 全世界 18,732 26,982 22,456 20,003 5,783 EU 107 322 291 862 486 その他 1,643 4,122 4,688 4,433 2,332 その他CIS 5,303 6,423 3,184 5,273 1,472 ユーラシア経済連合 11,679 16,115 14,293 9,435 1,493 0 10,000 20,000 30,000
図表4 ロシアのタイヤ(HSコード4011)輸出額の推移(100万ドル) (注・出所)図表2に同じ。 ユーラシア経済連合は、ロシアからの輸出に とって副次的な効果も及ぼし始めている。たと えば、AvtoVAZではカザフスタンを経由地とし て活用することで、その他の中央アジア諸国や コーカサス諸国への輸出を拡大しようとして いる。また、2016年に入ってルノーがロシア工 場からベトナムへの出荷を開始したのは、ユー ラシア経済連合とベトナムとのFTA合意を受 けたものであり、同社ではベトナムを足掛かり にその他のアジア市場も開拓していきたいと している。
タイヤ輸出の参考例
自動車に近い分野の一例として、やはり2000 年代以降、外資系工場の建設が相次いだタイヤ の事例を参照してみよう。ロシアからのタイヤ の輸出動向を見ると(図表4)、近年かなり輸 出が本格化しつつあったことがうかがえる。し かも、輸出はルーブル安に転じる以前から盛ん であったし、EU市場をはじめCIS域外への輸出 でも確かな実績が挙がっている。タイヤの場合 は、合成ゴム、硫黄、カーボンブラック、スチ ールコードなど、ロシア国内での調達が比較的 容易と思われる材料が多く、その分、ロシアで の現地生産が有利になっているのかもしれな い。ここ数年でロシアのタイヤ貿易は輸出入が かなり拮抗するようになってきており、近いう ちに純輸出国になる可能性もある。 9月にロシア工場が稼動したブリヂストン も、製品はロシアおよびCIS市場だけでなく、 工場の拡張に応じて、その他の諸外国に輸出す ることも視野に入れていると表明している。ベラルーシ国民車の行方は?
上述のとおり、ユーラシア経済連合は、ロシ アから他の加盟国への自動車輸出にとっては、 プラスの効果が大きい。しかし、言うまでもな く、ロシア以外の加盟国にも、それぞれ固有の 利害がある。ここではベラルーシの事例を取り 上げる。 2012 2013 2014 2015 2016 1-6月 全世界 1,046.9 1,170.1 1,029.7 966.5 490.9 EU 371.7 445.0 416.3 443.1 233.7 その他 167.1 193.6 199.8 191.9 100.4 その他CIS 232.6 237.7 155.8 105.9 47.5 ユーラシア経済連合 275.4 293.8 257.8 225.6 109.3 0 500 1,000 1,500図表5 ベラルーシの乗用車(HSコード8703)輸出台数の推移(台) (出所)国際貿易センター(ITC)のデータベースにもとづき作成。 図表6 ベラルーシの乗用車(HSコード8703)輸入台数の推移(1,000台) (出所)図表5に同じ。 2010 2011 2012 2013 2014 2015 全世界 70 2,354 777 1,526 4,759 7,932 その他 24 10 8 32 47 156 その他CIS 1 15 6 1,064 673 495 ロシア 45 2,329 763 430 4,039 7,281 0 5,000 10,000 2010 2011 2012 2013 2014 2015 全世界 201.8 284.1 83.7 102.5 159.6 96.5 その他 198.0 279.6 73.9 85.1 48.4 9.6 その他CIS 1.1 0.8 0.7 1.1 0.6 0.1 ロシア 2.7 3.7 9.1 16.4 110.5 86.9 0 100 200 300
図表7 ベラルーシの貨物自動車(HSコード8704)輸出台数の推移(台) (出所)国際貿易センター(ITC)のデータベースにもとづき作成。 図表8 ベラルーシの自動車生産台数の推移(台) (出所)ベラルーシ国民統計委員会。 2010 2011 2012 2013 2014 2015 全世界 6,871 11,786 15,158 10,933 8,787 3,881 その他 485 347 401 225 228 291 その他CIS 1,105 2,430 2,197 2,103 2,337 1,039 ロシア 5,281 9,009 12,560 8,605 6,222 2,551 0 10,000 20,000 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 乗用車 0 36 232 299 278 364 397 406 2,734 9,649 8,651 貨物自動車 22,251 23,175 25,540 26,304 11,478 13,502 21,841 24,572 18,023 11,990 5,952 バス 1,263 2,104 2,160 2,196 1,520 2,089 2,162 2,277 2,341 1,672 881 0 10,000 20,000 30,000
ベラルーシの近年の乗用車輸出入台数を示 したのが図表5、6であり、ここには新車だけ でなく中古車も含まれている(残念ながらベラ ルーシの統計から新車・中古車の内訳を知るこ とはできない)。自国に乗用車メーカーが立地 していなかったため、独立後のベラルーシは乗 用車に低い輸入障壁しか設定してこなかった。 他方で国民の購買力の低さゆえに新車市場は 育たず、ベラルーシの乗用車市場は欧州からも たらされる中古車の独壇場となった。 1990年代以降、ベラルーシにおいても乗用車 および小型商用車の生産を組織しようとする 試みがいくつか見られたが、より本格的な乗用 車生産プロジェクトは、中国資本の到来ととも に始まった。中国の吉利汽車(Geely)が2012年 3月にベラルーシ政府と投資契約を結び、合弁 企業「ベルジー(BELGEE)」を設立、ベラルー シでのGeelyブランド車の現地生産に乗り出し たものである。まずは既存工場を間借りして、 2013 年 か ら Geely SC7 と い う セ ダ ン 、 Geely Emgrand X7というクロスオーバーSUVのセミ ノックダウン(SKD)生産を開始した。キャパ シティは年産1万台であり、2013年には2,420 台、2014年には約8,000台、2015年には5,094台 が工場から出荷された。概ね2割程度がベラル ーシ国内で販売され、残り8割程度がロシア・ カザフスタン市場に輸出されている。そして、 ベルジー社は、2015年3月から新工場の建設に 着手している。ベルジー社はすでにミンスク自 由経済区の入居企業となっているが、新工場も 118haの土地が破格の好条件で提供された上で、 同特区内に建設されている。新工場は溶接およ び塗装ラインを備えたコンプリートノックダ ウン(CKD)工場であり、2016年末までに建設 が完了する第1段階では年産6万台および現 地調達率30%以上、2018年6月末までに建設が 完了する第2段階では年産12万台および現地 調達率50%以上を達成し、そのあかつきには雇 用も1,900人にまで拡大するとされている。 ベラルーシのルカシェンコ大統領は2015年 11月に、貨物自動車やトラクターだけでなく、 国民に身近な乗用車の生産も実現することが 「私の夢である」と直裁に語っている。つまり ベルジー社の事業は国民車プロジェクトとし て位置付けられているわけである。ただ、国民 に分かりやすい経済発展の成果を誇示したい という為政者の願望が先走るばかりで、現実的 な需要予測はなおざりにされている感が強い。 当然ながら、ベラルーシの国内市場だけでは本 格的な乗用車産業は維持できず、輸出市場の確 保が必須となる。ベルジーも、製品の大部分を ロシアおよびカザフスタンを中心とするユー ラシア市場に輸出することを計画している。 そこで問題となるのが、ユーラシア経済連合 域内の輸出条件である。従来、ユーラシア経済 連合加盟国の経済特区での自動車アセンブリ に従事するメーカーは、現地調達比率にかかわ りなく、他の加盟国に関税なしで自動車を輸出 できた。しかし、ベラルーシからのGeely車流 入を問題視したロシアとカザフスタンがルー ル改正を主導しており、今後は特区入居企業で あっても、特区外の工業アセンブリ適用企業と 同様に、現地調達比率30%(2018年7月からは 50%)を達成しなければ、域内製品と認められ ない方向となっている。現地調達率がその水準 を達成していない場合には、関税なし輸出でき る数量割当が設定されるという。つまり、ベル ジーが現地調達比率を引き上げられないと、ロ シアおよびカザフスタン市場への輸出を前提 とした事業計画が狂うことになる。
MAZにとってユーラシア統合は「黒船」
大統領の「夢」である乗用車生産の成否はさ ておき、ベラルーシにとってより死活的に重要 なのが商用車生産部門であり、具体的にはミン スク自動車工場(MAZ)のトラック・バス生産である。MAZは2万人近くの従業員を抱える ベラルーシ最大の雇用主であり、周辺部門も含 めれば10万人ほどがMAZ関連で働いていると 言われている。そのMAZが現在、未曾有の危機 に直面している。 以前からMAZの販売の8割はロシア市場と 言われており、ロシアの景気後退のダメージが 大きいのは当然だが、問題はそれだけではない。 実はユーラシア経済連合はベラルーシのトラ ック産業にとって、「福音」というよりも「黒 船」という側面が大きい。ユーラシア経済連合 の共通関税率は、ロシアのWTO加盟条件をベ ースとして設定されており、その効果で、ユー ラシア域内のトラック販売市場が外国メーカ ーに侵食されているのである。 その結果、ベラルーシのトラック輸出は急減 しており(図表7)、必然的に生産台数も激し く落ち込んでいる(図表8)。ロシアのKamAZ との経営統合も模索したが、条件が合わず2015 年に断念した。直近では、MAZはベラルーシで 最も巨額の赤字を抱える企業となっている。