【
シリー
ズ歴史的都市と
公共性】
【論文 】
消費
と
都 市
小売業
と都市
空 間
1650
−
1950
年
ジ
ョン
・ス
ト
バ
ート
は
じめ
に都 市 とは
、
生 産 と再 生 産、
交換 と流 通、消費
と リサ イ クルが複雑
に入 り組
ん で営
まれ る場
である。何
が西洋
の都市
を形成す
る のか、何
が都市
の外観
と性格
を作
り出す
の か と問う
こ とは、大
き な 問題
へ の挑 戦につ な がる。
この問い に答
える に は、都市
の形態
と機能
の間
にあ
る関係
に つ い て、
そし て こ の関係
が異
なる時間
と場所
でどの よう
に異なっ た形
で作
用していたのかにつ いて、
注 意 深 く考 察 する ことが求
め られる。17
世紀
以降
の ヨー
ロッパ の都市
で商
工人名録
の発行数
が急増
したことか ら も明 らか な よ うに、生 産と レジャー
機能
は都市特有
の も の で あ り、
都市
が共
通にもちあ わせた ものは、
巨大
な数 と種 類の手工業 と・亅丶売 業の活 動であっ た。
本 質 的には、都
市 を特徴
づけ 、中
心 地 区を作
り上げ
るの は小売業
で あ り、何世紀
もの間、
そ れ が意 味 したのは市 場 と商 店 街であった。
ヨ
ー
ロッパ の場合、
と りわ け 経 済 的によ り発 達 している北西部
の経済
で は、小売業
は公設市場
と 民 間の店 舗 という大 き く二 つ の形
態で支配
されて い た。市場
は都市
の機能
や ア イデンティティ の中
心 にあり、都市
は地 元産の農産物
の再分
配の 中心 地と して、
ま た外から入っ てくる消 費 財の分 配の 中心 地 として存 在 して いた 1。実際
ウェー
バー
に とっ て は、都市
と は本質的
に は市場中
心 地であ り、
ほぼ1000
年 頃 か ら北 西ヨー
ロ ッパを横断
し て出現
し て き た一
種
の定住地
であ
る。 これ らは都市
と農村
両方
の居 住者が 「手工業 商品
や 小売商品
へ の欲
望を交換
とい う手段
で満
たす」ことができ る場 であった2。 市 場 は都 市の経 済 的 性 格 を 左 右 した。 市場広場
の物
理的
なあ り方
は都市
の形態
を作
り、
市
場の権 利 と政 治 の権 利の結 びつき は、一
つの特 別 な政 治 的単 位 と して の都 市 を特徴
づ け た。事実、
市場
の設立
認 可は都
市のア イデ
ンティティ の重 要 な一
部であ り、
都 市権
力によっ て強固
に守
られ て いた。
ウェー
バー
は、
これが東洋
と西洋
の都市
の違
いを生み出 すものだ と信
じ た。 もっ ともなこ と だが、
こ の見 方には 現 在 は 異 論 もある。
しか し、
市場
の形
態に経済、
空間、権力
の結
びつき を見る彼
の考
え方
は、 いぜ
ん と して市場
が都市
に与
え る衝撃力
を分析す
る重要
かつ有益
な方
法 で あ る。 商 1古 典 的 な 概 観 に つ い て は
、H .
Pirenne,
Medieval
Citias
:their
Ori
ins and theR
θvaJval ofTrade
〔Princeton
,1952
[1925
])
,
今 来 陸 郎 訳 「西 洋 中 世 都 市 発 達史一
都 市の起源と商 業の復 活』(白揚 社、
1943
年 );J
.
JaoobS
,
The
Economy
ofCities
〔
Ha
ondworth、1972
[1969 】),
中江 利忠・
加 賀谷 洋一
訳 『都市の原理 』(鹿 島出版 会、
2011
年 );F.
Braudel,
Ci
”1i
:sationMat6n’
elie.
Economie
etCapitab
’
sme
,
vl,
2
Les
jeux
de
1
’
6change
〔Paris
,1979
);山本 淳一
訳V
物 質 文明・
経 済・
資本主 義 第2
巻一
交 換 の は た ら き一
』 (み すず書房、1986、1988
年 )P.
Bairoch
,Cin“
es andEconomic
Development.
’
fi
,ointh
θ Dapv7コ ofHistoi γ to
曲θ蝕 5θ四亡
(
London,1988).
2M.
Weber ,
Economy
andSocieCy
/An
Outiine
ofInterpretive Sociology,
G.
Roth andC .
Wittich
(eds),
〔Berkeley
.1978
),
p.
1214
比 較 都 市 史 研 究 第 34 巻 第 2 号 (2015 )
店街
は、市場
や市場会館
と はまっ たく異 な る商業空
間 を構成
した。後者
は都市権力
によって 開設
さ れ、規
制 され、 しばしば建 築
さ れ た。 これ に対
し、前者
は、都市政府
の規制
や再 開発
の度重
な る試
み に左 右 さ れ ることはあった もの の、
個 人 ま たは 私 的 な商売
の選 択 や決
定、資
金力
を 反映
するもの だった。 し か しその ことは都 市 環 境にお ける商 店 街の影 響 力 を 弱 めるもの ではな く、
いか なる影 響 も自律的
な諸
団体
の様
々 な決定
の結
果 が組
み合
わ さって生
まれたのであって、都市政府
の権力
を反 映 す る もの では な かっ たことを意味
した。商店街
という形
で具象
さ れ た小売空間を、生産
し構築
し規制
すべ きで あ るか ど うか、
そ して どうい うや り方でそ れ を行 うのか、
都 市 政 府 は 言 うまでもな く、
商店主 自身
が 必ず
しもお 互いに同意 していた わ けでは な かった。し たがって
、小売業
と都市空
間の長期
の発達
を 明 らかにす る た めには、
これ らの様
々な、
矛盾
することもあ
る優先事項
と実践
につ い て の理解
をより深
めな け れ ば な らない。
具体的
には、
そ れ は市
場と商 店 街の発展につ いての特 定の出 来 事 や 局 面に焦 点 を 当てることを 意 味 す る。 こ の 目的 の た め に、市場
か ら話
を始
め ること と し、都市政府
と市場
の規制、
そし て変化
する市場空
闇の関 係に焦点
を 当て る。 そ こ で は、
三つの時系列
な局面
に分
け て分析す
る。す
な わち、公設市場
の空
間 と実
践 を 統 制 し再
組織
する初期
の試
み、次
に18
世紀末
以降
に見
られ る、市民的商業的権威
を具
現 化 する専用
の市場会館
の中
に市場
を吸収
する試
み、 さらに都市政府
に よっ て描
か れ た計画
の産物
と、商
工業者
と顧客
の日々 の実践
の両方
の絡
み合
い の中
で発
展し てくる市
場
の内的空
間につ いてであ る。本稿
の後 半では、今
度 は小 売 店 舗に 目を向
け、
以 下の点に焦 点 を 当てる。 まず、
都市空
間の規制
と統制
の一
例
として、17
世 紀 と と りわ け18
世 紀 を 通して 行 わ れ た改 良計 画 を 見 る、 そ し て商業資本
の空間
の意
図的
な構築
を例証す
る た め に19 世紀
に お け る アー
ケー
ドの建設
の普
及につ い て検 討 し、
旅 行 案 内 書 や 都 市 史 を 用いてハ イ・
ス トリー
トのイメー
ジ を浮 か び 上が らせ、
空間
の仮想
の表象
が もつ力
を 示す
。本稿
を通
し て、
アンリ・
ル フェー
ヴル のいわゆる 「三重
の空 間」の考
え方
を参考
にする。 こ れらは次
の 三つ を含
む。 田 空間
の表象
。 予 め想定
さ れ体系
化さ れ、 イデ オロギー
や知 を実 践の内 部に組 み 込ん だ場である。 専 門 家とエ リー
トに よ り生 産 さ れ、
統 制 さ れ る。[
2
]
空間的実践
。 日常
生活
や行動 (
通
りを歩
いたり店
を訪問
し た りす
る)
を通
し て、
空間
は無意識
のうち
に生産
さ れ変容す
る。[
31
表象
の空
間。個
人の経験
や想像力
を通
し て生産
され、
しば しば支配的
な空間
を覆
す よ うに作用
する。市場
ヨ
ー
ロ ッパ の至る ところ に、中央
の市場
を囲む ように し て形成
さ れ た多数
の都市
の例
があ
る。 中世 や 近 世 イングラン ドの比較的
小 さい都市
で は、大
きく三つ の型 が認
め られ る。最
も一
般的
な のは直線的
な設計
で、 ロ ン ド ン のチープ
サイ ド、 ウィ ン チェ ス ター
、 ラ ドロ ウや そ の他多 く
の場
所
で見
られる。 こ こ で は、市場広場
は町
を貫 く大通
りの一
部
を広
げた形
をと っ た。 三つの道路
が 合 流したところ に作
られた市場
もあ り、
カー
ライルや チェル ム ス フォー
ドのよ うに、 市場
広場
が 三角 形になって い る。ソル ズベリー
のよ うな計 画 都 市では 碁 盤の目の中 に都 市 が 設 計 さ れていて、
市 場 は 中央 部 に あ る大 き な四角形 を 形 成 す る。 こ の パ ター
ンはノ リッジのような古
い大都市
で も 見 られる もの で、
そこ では元々 は町の端
に置
か れ た市場広場
がのちに成 長の中 心 とな り、
故に物【シ リ
ー
ズ 歴 史 的都 市と公共 性 】 消費と都 市 (ス トバー
ト) 理的
な都市
の核
となった3。 ノ リッジ
や その他
の場所
でも明 ら
かなこと は、政治権力
と市場
の密接
なつ な が りであった。 市場広場
は しばしば城
に隣接
し て お り、物
理的
な保護
を与
え るだけ で なく
、 市 場の権 利 が 荘 園領 主 に よっ て保 持 さ れていたこ とを 想 起 させる。
類 似の配 置 はヨー
ロ ッパ中の多
くの大都市
で見 られ た が、
市 場 同 士の関 係 や 様 式 は、
都 市の規 模 が拡 大 する につれ さ らに複
雑 に なっ た。 ブルー
ジ ュ で は、
元々 の市
場は自
治 都 市の権 力の中枢に近いところに設 け られ た が、
のちに当時
の都市
の南東
の端
に新
しい金曜市
が補完
さ れ、15 世紀
まで には中央広場
の周 りに専
門市場
が散
らば
るモザ
イ ク状の分布
になっ た4。近 世のアン トワープ
やロンドン でも似 た よ うに専 門市場
が複雑
に配置
さ れ、
ほとんど
が 中心 地 区に集 まっ ていた。 ロ ン ドンの場 合 は、
首 都 圏 が 拡大
し中
心か ら離
れ た地
区の市
民は困っ ていた が、
そ れにもか か わ らず、
シティ の行 政 府 が 郊 外に 市 場 を作るこ とを 許 可 しな かっ たの である 5。これ らの
市場
の商況
は、都市
の相対的
地位
を見定
め る の に重要
であ
る。17
世紀末
や18
世紀
は じめ に 書 か れ た イング ランドの一
連の新聞
や旅行案内書
で は、都市
の活力
の基準
と し て市場
が 利 用 さ れていた。1670
年代
、 リチャー
ド・
ブロー
ムはラ ンカシ ャー
のブラッ クバー
ン につ いて、
「良い町」であ り、
市 場にも 「毎 週 多 くの人々が 集 まる 」 と描写
し た。 マンチェス ター
は 「と て も大 き な」市場
を もつ 「大
き く、美
し く、人
口の多
い都市
」 であ
った。対
照的
に、
ハ ス リンデ
ン やバ リー
といっ た近隣
の都市
の市場
は 「と て も小
さく」 「とりた て て記 述 す ること は ない」た め、
そ れ らの都 市 は 活 動 性 を 欠 く停 滞 した地 と して見 な さ れた。 こ の ように、市場
は都市
の繁栄
と評判
の両 面で重要
で あ り、
実
際 都 市 としての地 位にとっても重 要 だった。 隣接のダー
ビー
シャー
では、
アッシュ ボー
ン の市場
は 「か な り衰
退」 して お り、
一
方、
チャ ペ レン・
レ・
フリー
ス の市 場 は 「目 下、使
わ れていな かっ た」6。 こ の衰退
はイング
ラン ドのより広範
な市場
の再編
過程
の一
部
とし て現
れ たもの であ り、市場
の中
に は常
にぎ りぎ りの ところで、辛
うじて存 続し ていたもの も あ れぼ、
近隣
の市場
の成長
や繁栄
に苦
し んだも のもあっ た。市場
の数
は、1690 年
には 約875 、一
世 紀 後 には725
と新 聞に掲載
されて い る。取引
を や めた市場
に は、地
元市場
で の取引
で ひ と儲
けしよ うと地主
が 投 機 的 目的 か ら設 立 した が、
利 益 が あが ら ず 閉 鎖 した ものが多
かっ た。空
間
、規制
、統制
そ れ ゆ え、 市
場
は単
なる公開
の交換
の場
という
わけで は な かっ た し、 ま た所有者
一
般的
に は 地 元の貴 族 や 都 市政府
一
にとっ て は、市場
は潜在的
に重要
な収入源
であ
った。 この こと は市場
の活
動の規 制 や 統 制の重 要 性 を 説 明 す るの に役 立つ。
既 得 権 益、
と りわ け市場
にも ち込 ま れる商品
3K,
MorTison,
脚
幼 劭〔)ps
aηd
Shop
ρing (
New
Haven,
2003)
,
pp
.
7−8.
4RStabel
,
‘
From
the market tothe
shop : retail and urban spacein
late
medieva1Bruges
’
,
in
B
.
Blonde
,
R
Stabel
,
J
,
Stobart
andI.
Van
Damme (
eds)
,
BuLyers
andSellers
,
Retail
(]fi℃Utts an (1
伽 c がc 加A4
勧 旨旧 ノ∂nd 助 ル知(ietri
Europe
〔TUrnhout,
2006
),
pp.
85 −
6
.
5MorhsOU
卿
幼5
カ〔]ps
,
PP
,
12−18,
6R
、
Blomq
跏『
跏 白(1673
).
以 下 も参照 せ よ。1
.
Mitchell
,
Tra
(潴oη aηゴ1h
ηo旧が〇四加卿
訪1
己θ翩比 較都 市 史 研究 第
34
巻 第2
号 (2015
) へ の賦 課金
の徴 収 権 は、
起こり うる違 反行 為 か ら守 られ な け れば
な らな かっ たのだ。 しかしな が ら、商
品の一
般
公 開を基本
とする、
公 明正大
な交換
の場と して の市
場の理想
と密接
につながる規
制には、
さ らに一
定の原 則 に 基 づいた理 由 が あっ た7。 これ に は二 つの要 素 が あっ た。一
つめ は、
商
品の 「公 正 な 価格
」の概念
を脅
か す不 当 利 得 や 独 占的 営 業に対 す る一
連の法であ る が、
これ ら は、
買占
め や独占、値段
の つ りあげ
を非合法
と し、
商 品、特
に食料
を平等
で公正 に入手
で き る た め の保証
を求
め た。 二つめ は、市場
に参加
する誰
もが利
用 する重量
と長
さ の基準
を提供
し、公
正 な取 引 を保
証 する試
み であった。 これ らの規
則 や規
制で は、秩
序 正しく 自由で開 か れ た市 場で の交換
を生み出
すことが意図
さ れてお り、都市
の繁栄
を支持
するだ けでな く、良
き都市
統
治
や社会
的安
定、
そ して モラ ル・
エ コ ノ ミー
の観 念 を 強 化 するもの でも あっ た8。 そ れ らは また、
都 市政 府 と市場
の密接
なつなが りを支
え るもの でもあっ たが、
そのつ な が りは さ らに強
ま り、市場広場
に お ける多様
な物
理的建造物
の形
で具体化
されるよう
になっ た。 これ らのう ち最
も初期
のものは、
市 場の創
設 時 か ら存在
す ることも多
い市 場十
字架
であっ た。 これは法規
則、 とりわけ市場
で の平
和
で 正直な取引
の必要性
に関
わ る規
則 を 思い出
さ せ ようと作
られ たもの であっ た。
これ らの意 図 は ウィル トシャー
のマルムズベ リで明 確に述べられている。 こ こでは「市 場で公 正 さ を望 む 人々は、
十 字 架 に か け られて死 ん だ 救 世 主 イエ ス・
キ リス トに思いを 致 す だ ろ う。 こ の公正な市場十字架
はキリ ス トの十字架
の象徴
である。不
正直者
や詐欺師
がそれ を目
に し て邪
悪 な た くらみ を思いと どまることを目的
に 」市場十字架
が建
てられ た の であっ た 9。初期
の十字架
の ほ とん どは単純
な デザ
インで あっ た が、階段
や台
が そ れ らの周 りに加
わる と、 そのちょっ と し た空間
を使
っ て、籠
に 入れ たバ ター
やチ
ー
ズ、卵
などがしばしば売
ら れ る よう
に なっ た。多 く
の市場広場
に はさ らし台
や 笞 刑 柱 もあ り、
正 直 な商 売へ の勧 告 を 聞 け ない者 が 罰 さ れ た。
都 市 統 治 と市 場 との結 びっ きは、
市 場 会 館 とい う形で最 も明 確に表 現 さ れ た。一
般に、
公 共の 部 屋は階
上にあ り、時
には重
さや 長さ を は かる市場
の役 人を収容
する た め に利
用さ れ た し、
また 時には地 元の裁 判 やギ
ル ドの集 会 場 所 とし ても利 用 さ れ た。一
方、
階 下はアー
チ状
の構造
に なっ て おり、市場
の商
人 が占有
し た。 イ ング
ラ ン ドで は、 そ れ ら はマー
ケッ ト・
ホー
ル(
チッ ピング・
カ ムデン、
ラ ドロ ウ)、
ギル ドホー
ル (タ クス テッ ド、
ピー
ター
バ ラ)、
カ ウン ティ・
ホー
ル (ア ビ ンドン) と色 々 な 呼ば
れ 方 を した。
そのよ うな建 造 物 は 権 威 や 野 心の重 要 な象 徴であ り、
18
世 紀 末 か ら19
世 紀 を 通 して成 長 を 加 速 させていっ た イ ギ リス の都 市 が 相 互に抱い た ラ イバル 心のあ らわ れであっ た が、
ヨー
ロ ッパ の大都市
で建
てら れ た大規模
で壮大
な会館
と比較す
る と控
え めで あっ た。 低地地方
や 北 イ タ リアの ものはお そ ら く最 も際立
っ て お り、今
日で も まだ各都市
の中心
アR.BritnelL
Markets,
shops,
inns,
taverns andprivate
houses
in
medievalEnglish
trade’
,
in
Blonde
,
Stabel
,
Stobart
andVan
Damme
(eds).
Buyers
andSellers
,
pp.
109−
24
,
8Stabel,
‘
From
the
marketto
the
shop’
;
M
,
Boone
andM
.
HoweU
(eds),
ln
but
not ofthe
Market
Movable
Coo
〔fs
in
theLate
Me
〔fie
va1 andEarl
γ
一
Mo
(lern
Economy
(Brussels
,
2007
).
1.
Mitchell
,
‘
SuppIying
the
masses :retailing and town
governance
in
Macclesfield
,
Stockport
and Birkenhead’
,
Urban
」HistoiJs,
38 (2011
),
pp
.
256 −75
も見よ。9C
,
Halpe
パMarket
house
ゴ,
The
Architect
,
3
September
1920,
p.
144
か ら引用。
J.
Schmiechen
andK.
Car
窃θ跏 嘘 わ 懈 α 舶 ∬・
、45b
α白1
aηゴん℃加舶c加盟1
撚 ホαγ〔
New
Haven,1999
),
p.
4
も見 よ。
【シリ
ー
ズ 歴 史 的 都 市と公共性 】 消 費と都 市 (ス トバー
ト) 的 広 場 を威 圧 してい る。
ブルー
ジュ の新 旧 ホー
ル は、
ミデ
ル ブ ルフや ガン、
リー
ル、
その他の都 市のものと同様に、
物 理 的に壮 大で、
時には 塔 がつ いていた り、細
かい装
飾 が贅沢
に施 されていた。
そ れ らの主 たる役 割 は地 域の 工業 製 品 を 売買
し展 示 することであった が、香辛料
の販売業者
か ら肉
屋 に 至 る、
地 元の客 に商 品 を 供 給 す る市 場の商 人 た ち を泊 めること もあった。 そ れ ら は卓
越 し た空
間の表 象であっ た。
す な わ ち 市 民 的 な らび に 商 業 的 ア イデ
ンティティが絡 み合い、
周 辺 地 域 や 市 場に参 加 す る人々に対 し、
都 市 と都 市 政 府 が権 力 と権 威 を 印 象づけ る空 間であっ た 且゜。
し か し
市
場と都市権力、名声
と権
威 を自
明の ことのよ うに結 びつ けるには慎
重になるべ きであ る。 イング
ラン ドで は19 世
紀に 至 る まで、多
くの市 場は私 的 な 個 人に よっ て所 有、
統 制 さ れて い た。 こ れ らの所有者
は市場
の成長
を阻害
し、イ ン フ ラへ の投資
を阻んだと しばしば非難
さ れ た。 そ う した非難
は確
かに ス トック ポー
トの事例
で は正し かっ た。市場
の所有者
であ
るジョー
ジ・
ワ レン卿
は、便用料
や税
金 を賦課す
る権力
を拡大
し よう
と、市場
の商
人た ち と戦
っ たの である。 し か しな がら、 そ れ以外
の場所
で は、貴族
の所有者
は商
人や自分 自身
のために も、市
場に大 き な投 資 を して いた。
シ ェ フィー
ル ドでは、 ノー
フォー
ク公
は1784
年
か ら半世紀
の間
に市場
の た め の建物
をい くつも作
り、商人用 (
最
も恩恵
を受
け たの は肉屋)
の施設
を改良
し、新
し い建造物
の 中にすべ て の商 人 を集 め、
拡 大 した店 舗 や 売 り台に、
よ り高価
な賃料
を課
すこ とで自身
の収入
を増加
させた。
これ らの改良
の一
部 は都 市の住 民 との話 し合い に よっ てな され た もの であっ た が、
都
市政府
によっ て統制
さ れてい たわ けでは な かっ た。事実
、 必要
な認可
は議会法
に よって実現
し た。 さ らに、都市 自治体
が都市
の市場権
を保有
し て い る と こ ろ で さ え、 その管轄
圏外
の規制
を受
け ない市 場との争い に直 面 する ことがあっ た。 た とえばチェ ス ター
では城のそばで開催さ れ た非 公 式 な 市場
が 何年
にもわ た り都
市自治体
を悩
ま せて お り、
そ の問題
は1758 年
の春
に法廷
闘争
に 突 き進 む まで続いた。
この事 例 は真
の意 味では決
して解決
されること はなかっ た。 という
の も 非公式
な市場
を経営
する女性
が同年
9
月に亡 くな り、訴訟
が中
止さ れ た か ら である H 。このことか ら
、
計 画 さ れ た 空 間や公
的 な規範
が、何
らかの挑戦
を受
け ない こと は めった に な か ったことが わ か る。 規 則 は 特 許 状の中に麗 々 し く記 さ れて いた が、
公 正で公開
さ れ た商売
の規範
に従 わ ない人 々がい つでも存 在 した か らであっ た。個人
の行動
が 理想
にか なう
こ と は滅多
になか った のだ。 そ し て、
も ち ろ ん、
市 場は本 来 的に混 乱し た場 所であ り、
生 き られ た空 間 と して、
商 人 や買
い物客
や 通 りす がり の人々 の、多様
で重 なり合
いそ し て しばしば矛盾
する日々の慣
習 を 映 し出 す 場所
だっ た。 時には き ちんと組み立てられた売
り台
もあったが、 カ ゴ の中
や、簡素
な架台
の上、
も し くは 単に地 面の上 に 商 品 が 置 か れているだ けのものもあっ た。 さ らに大勢
の売 り手
と 買い手
がこうし た秩
序の乱 れ を 助 長し た。 パ リでは 主 要 道の交 差 点 が 「不 潔 な市場
の障害物
」 で ふ さが れていることへ の不 平が寄
せられ た。一
方、
ロ ン ドンのチーブ
サ イ ドでは常
時、商売
人 ら がひ し め き合
い、建前
上は商売
ごとに分離
し ていたが、
そ れ を守
らせること は実際
に は難
しかっ τ゜RStabel
,
The
marke レplace
and civicidentity
in
late
medievalFlanders
’
,
in
M .
Boone
andP.
Stabe1
(eds)
,
Shaping
Urban
ldentity
in
Late
Me
(加 剛 劭rqρθ (Leuven
,
2000
),
pp43 −64
;M .
Guardia
andJ
.
L.
Oyon
−lntroduction
:European
marketS as makers of cities’
,
in
M .
Guadia
andJ
.
L
Oyon (
eds)
,
伽 左加g
α σθ5韵1η嶼 懈 α 跳.
Europe,19
酌aηd2
α カ σeη‘鰤 θ∫(Barcelona
2014
),
pp
.
15−
16.
11Mitche11
,
Tra
〔fition
andlnnovation,
pp
.
19−20,32−4,22
を見よ比較 都 市 史研究 第
34
巻第2
号 (2015
) た 12。時
に は市場施設
の改良
が障害
や渋滞
の悪化
を招
くこと もあ
った。多 く
のイングラン ドの都
市の市 場 広 場では、
市 場 開催 期 間 外でも撤 去 せず
放 置 され た ま まになっ た売
り台が次第
に増
え て い っ た が、
その多
くは規 則に違
反 す る もので あっ た。 中にはこれ らがだ
んだん と店舗
の並
びに替
わ っ てい く場所
もあ り、
こ の過程
を描
いたジョ ン・
ス ト ウ は、 1598 年
に、
ロ ン ド ン の家
並み に つ いて以 下のよ うに書 き 留 めて い る。 「は じめは可動式
の板
や売
り台
であ
り 、市
日に設置
され、 そこで売
り物
の魚
を陳
列
した。 し か し小屋
を設置
する認可
を得
る と、 そ れらは店
に成長
し、徐
々 に三 階 建てや四階 建て の 高 さを もつ 家にな り、
今ではフィ ッシ ュ・
ス トリー
トと呼ば
れ る よ うになっ た。 13 」 ヨー
クでもほと んど同
じことが 起 き、 有名
なシ ャ ンブル (肉屋 通 り)が作
られた。 しか しその他
の場 所では、
都 市 政 府 は そ うい った 建 造 物 は撤 去 す る よ う命 じた。一
部に は市
場の規範
を守
る た め に、
ま た一
部 に 大 通 りを維 持 す るた め にであっ た が、
こう したこと は都市
の有力者
に とっ て永
遠 に 続 く悩 み ご とであっ た。
変
化 す
る感性
、変
化 す
る市
場
近 世 は
都
市の市場
の絶頂期
と見 られるか も しれ ない。 とい うのも、
都 市 人口の拡 大 や、
少 な く と も一
部 の層の富 裕 度の上 昇に応 えて市 場 が繁 栄 した か らであ る。 しか し市場
の規制
や統制
の問
題の高 ま り とは全
く別 に、感性
が変
化し、市
場の取 引にお け る従来
の実践
や空間
の多 く
を掘
り崩
してい っ た。
ちょう ど、
牛追
いが 野蛮
であると非難
さ れ、
サッカー
が 「公衆
に迷惑
をか け身体
に 危 険 を及 ぼ す もの 」 と して邪 魔 もの扱い されるよ うになっ た よ うに、
路 上 市は 「不 潔で見苦
しい売
り台
が あまりに も頻繁
に見ら れ、怠惰
な者
、 不作法
な者、放蕩者
が 集 まり、
こうした すべてが 野 蛮 な 社 会 を 作 り出 す 傾 向 が ある…
つ ま り、
趣 味の良い上 品 な 人 々の反 感 を 誘 う」、
という理 由 で非 難 され た 14。
これ と相 まって、
売 り台 や カ ゴ、家畜
その他
でふさが れること なく、道路
は自
由
に行 き来
で き るべきとい う、通
りの秩序
に対
する欲求
もあ
っ た L5。 そ の結果
、北西
ヨー
ロ ッパ 中で、市
場 を大
通 りから離
れた場所
に移動
し、
専
用の市場会館
に収容す
る動
きが少
しずつ 出てき た。
12NL
Coque
【y
.
」
ShoPPing
streetsin
eighteenth−
centuryParis
’
,
in
J
.
−
H
.
Furnee
andC
、
Lesger
(eds),
The
Lan
(lscape
ofConsumption.
Sh
()PPing
Stre
θtS aη(1
CuitUre
加Western
Europe,
1600−1900
(Basingstoke
。
2014),p.
63
;V.
Harding,
‘
Shops、
markets and reta且ersin
London
’
s
Cheapside
,
c,
1500−1700’
,
in
Blonde,
Stabel
,
Stobart
andVan
Darnme (
eds)
,
Bu
!
yers
andSeUers,
p.
163.
13HMorley〔ed
)
,
A
Surve
)・ ofLondon 隙 漉η 加 肋θ }急ar 1598々
γ丿bhnStow
(1994 ),
p324
:Momison ,
Engfish
Sho
ρs,
P
.
8.
14Scarborough
Cazette
l
l
Aug
1853.
引用 元はSchmiechen
andCarls3
が 麓h
ル鰍 θ亡翩,
pp
l 7−
18J
.
Hemingway
,
Uistory
of LheCjty
ofChester,
vol.
2 (1831),p.
24
も参照 せ よ。
15J.
Stobart
,
A
,
Hann
andV.
Morgan ,
Spaces
ofConsmmption.
Leis[tre andShop
ρing inthe
Ehgfish
Topvn,
c.
1680−1830
eonClon
,
2007)
,
pp.
87−92
を 見 よ。
【シ リ
ー
ズ 歴 史 的都 市と公 共性 】 消費と都 市 (ス トバー
ト)ポ
ンド)、
そして一
つ の屋 根の下に市 場 全体 を ま とめる能力
の点
で、 そ れまで のや り方
を根本
か ら変
化 させ る出発 点 となった。 それは、 ブライ トン からアバディー
ンに至るまで 、 その後
30
年
間に建
て られる一
連の巨大市場
の傾向
を作
り出
し た。.
ほ と んどが リヴ
ァプー
ル で建設
され た 型に従っ た 単 純 な 長 方 形の建物
であ り、光
を取
り込む ためにつ け加え ら れ た天窓
つき の木製
の天井
と、
そ れ を支
え る鋳 鉄 製の柱
を もっ ていた 26。 新しい建 築 方 法 と新 しい建 物の形は、
遅々 と し て で はあるが確
立して いった。1845
年
に建
てられ たバー
ケ ンヘ ッ ド市場
は鋳鉄
とガ ラスで建 て られ た 最 初のもの であ るが、
そ れ以降、
イ ギ リス でもヨー
ロ ッパでも
こ の形が
一
般的
になった。 た とえば
バ ルセロナで は、 ボー
ン(
1876 年)
とサン・
アン トニ(
1882
年 ) 市場
は両方
ともこの方法
で作
られ、 ブ ダペ スト
の大市
場 (
1897 年)
もベルリン の クロイツベ ルグ
の新 市 場 会 館 もそ うであっ た。 イ ギ リス で は、
しばしば印象的
な 石と煉 瓦
の 正面
を もつ直線的
な形状
の会 館 が、
いぜ
ん として標 準 的 な ものだった。
しか し ヨー
ロ ッパ大陸
の市場
の多
くは か なり異な る方向
で建築
され、
その最初
にでき た ものが1850 年代
の パ リの レ・
アー
ルであった。 こ こで は市場
は、 それぞ
れが大 きな 中心 地 区 を もち鉄 や ガ ラス で作
られ た多 数のパビリオン に組み入 れ られるよ うになった 27。鉄 と ガ ラス の利 用につ いては、 ヴァル タ
ー ・
ベン ヤ ミ ンが注
目し ている。彼
はこれ らを 利 用 し て市 場 会 館 をショ ッピ ング・
アー
ケー
ドや展示用
の パビ リオン、鉄道
の駅 とつなげ
る と論 じた が、
その どれ も が 人 々 が 自由に動 き回れ、
ノマ ドであ りう
る よう
な、
「通過
とい う 目的
に資
する建物
」 なのだ28。 これ は興
味深い議論
で、建築
スタ イル と建築資材
を、都市空
間の性格
やそ れ が 支 え形 作 る行 動 様 式に結 びつけ る もの である。 こ こで ベ ンヤミ ン は、 ル フェー
ヴルが後
に観察
す ることに な る、社会統制
の方法
と して の空 間の意 識 的 な生 産、
とい う考 え と同一
のこ とを語
ってい る。 し か し、
多 様 な 建 築物
と鉄 とガラ スを用
い た建築、
そ し てそ れ らが人 間の行 動へ 与え る影 響 を 自明 の理のよ う に結 びつ ける のは単純
す ぎである。一
つに は、
同時代
人たち はこれ らの新 しい建
造物
を美
しさの点
で感嘆
し ていたことがあ
る。 バー
ケンヘ ッ ドの市 場 会 館 は 「イ ギ リス王 国のその種
の建 造 物で最 もす ば ら し く完 璧 な もの の一
つ 」 と し て描
か れ た 29。 もう一
つに は、ガ
ラスと鉄 は し ばしば 他の材 料一
最 も目立っ てい たのは石であっ た一
と一
緒に、
人 が 通 過 する た めだけの もの で はな く、市
民と し て の誇
りを示 す 記念
建 造 物 を作っ たこ とである。
イングラ ンドの初期
の市場会
館
は、新古典的
な 基調
で作
られ ることが あっ た。 た とえば
バー
ミンガ ムでは、
ドー
リス式
の柱
と 切 妻 屋 根の装 飾 が 市場会
館の両端
の入口を作
っ て いた し、
ウルヴ
ァー
ハ ンプ
トンで は市場会館
は コ リン ト式の正 面玄関
がつ け られ、建物
の左右
の側
面に5
本の柱 間 が 張 り出 す 型のアー
ケー
ドが あっ た。建物自
体 はしば
しば
イ タ リアル ネサン ス様式
で建築
さ れ た。1847 年
にブ
リュ ッセ ル で開設
され たマ ド レー
ヌ市場
で もこ の様
式 は見 られ たが、
その後、中
央 市場
の意義
と立地
をめぐ り激
しい議論
が交
わ さ れた争点
の一
つ は、
こうし た市
場 会 館 は 町の美 化に役 立つ か ど うか という
こと であっ た 3u。
そのよ うな 志 向 は広 が り、 ガラスと鉄
は1870 年代
と1880
年
代
に、近代 陸
を意
図的
2eJ
.
Stobart
.
Spend,
Spend,
Spend.
A
History
ofShopping (Stroud
,
2008 ),
PP
97 −9.
27BL・m ・
i
・ ・,
’
Le
・制 ・・i・P
・ri・’
,
・in・G
…di
・and・Oy
・n (・d
・)
,
漁 鞠 傭 ・・,
PP
.
139−66 ,
28G.
Teyssot
“
HabitS
/Habitus
/Habitat
”
(1996 ),
htt
:〃urban cccb or.
を見よ。29Schmiechen
and
CarlS
,
BritishMarket
∫H
[a∬,
p.
77
か ら 引 用。 3°比較 都 市 史研 究 第
34
巻 第2
号 (2015
) に表
現 す る もの として、 バル セロナの新 市 場の建 設にあたっ て選択
さ れた。 イング
ラン ドで は建
築のコ ンペが 行わ れ、
よ り近 代 的で壮 大 な デ ザ インが 次 第に選 ば れるよ うになっ た。 これ は一
部 に は近 隣の都 市 と張 り合 お う との動 き、
ま た一
部 に は 建 築 水 準の全 般 的 な 改 良 を促 そ う との動
き によるものだっ た。 した がって、 ハ ダー
ズフィー
ル ドの都
市 自治 体 は総 費 用31
,
325
ポ
ン ドか けて30
メー
トルの時計塔
つ きの大 きな 市場会
館 を作
り、
そ れによって占い建 物 が 立 ち 並 ぶ 町の 「面白
味
のない形
」が改良
され るこ とを期待
し たの だ。 ゴシッ ク、
ベネ チア風 バロ ッ ク調、古典派す
べて の スタイ ル が 採 用 さ れ た が、
ウィガン で ゴ シッ ク建 築 が 労 働 者 階 級の町 には 不 適 切 だ と考え られ た よ うに、
時には よ り実 用 的 な会 館 が 建てられ ること もあっ た 31 。こ のよ うに市 場 会 館 は 地 元
意
識と効
果的
な都市 自治
の重要
な象徴
であった。中世
の大都市
にお け る商館
とまさ に同じで、市場会館
は都市政府
に とって の文化資本
の一
形
態であっ た。
事 実、
こ の点 が 明 確 に言 及 され ること もあ り、
ウィリア ム・
ロスコー
は19
世 紀 初期
の リヴ
ァプー
ル の実業家
を、 ル ネ サン ス時 代の フィレンツェの豪 商の経 済 的マ ン トだ けでな く文 化 的マ ン トも受
け継
いだ人物
と 描いている32。 こ の ことは、
市 場会 館 を建てること に なった時
のデンマー
ク と都市権力
の戸
惑いを 思 い出
さ せ る。市場税
は当時
のデンマー
ク国家
の自由
主義的
な取 引 法によ っ てはっ き りと禁 止 されて いた た め、市場会館
へ の投資
はこの(
市場税
という)
二次的
な収 入 を通 しては 回収 され え なかっ た。 し たがって、会館建築
の動機
は、 よ り良
い市場
シ ステ ム と改良
さ れ た都市環境、
そ してより近代的
な 都 市 を作 りたいとい う欲 求 か ら来るものであっ た。 しかしそ うした要求
は市場会館
に限
らず
、 そ れ 以 外の公 共 事 業 や 公 共の建 物にも同 様にあっ たた め、
市 場 会館
を建
て る根拠
や実現性
は確
た るも のでは な かった。 オーデ
ンセの都市政府
は、控
え めだ が高
い技術力
を要
する鉄
の骨組
み の 「魚会 館fish
hal1
」を1867 年
に建
て、
より衛
生的
で 、秩序
ある売買
の場
を提
供 した。
元々は 中央の広 場に あっ た魚市場
は、住民
と貯蓄銀行
からの圧力
の高
ま りを受
けて裏
通 りに移 され たのだ が、貯蓄銀行
は新
しい本店
を その広場
に建
て る こ とを望
み、市場会館
の代
わ りに装
飾的
な 噴 水の建 設 を 申 し出て いた の である33。 この例は、
市場
会 館は市 民 的・
商 業 的 空 間のジグゾー
パズルの中のほ んの一
ピー
ス でしか ないが、
そ れ が どのよ うに組
み 込 まれて いる か、
ま たその設
立に は需要
だ けでな く、
理 想 的 には収 入 源にも支えられ る必 要があることを明らか にする もの であ
る。思
考
ざ れ生
きら
れ る空
間
と し て の市場
市場会館
は よ り広い都 市 景 観 を 形 成 す る一
要素
であ る と同時
に、特有
の内部地理
を もっ てお り、 そ れ は空 間 と、
売 り台の所 有者 や 買い物客
の行動
を規制
し よう
とす
る試
みを反映
するものだっ た。 ヴィ クト リ ア時 代の ミドルクラス の人々 は彼らの市
場会館
が実
用的
な もの以 上であるこ とを切 望1830−1914
’
,
in
Furnee
andLesger
(eds),
Landscap
θofConsumption,
P.
175,
コ1ECastane
ビ阯on markets in
Spain
(18301930 )
’
、
in
Guardia
andQyen
(eds),
Makt
’
ngCin’
es,
pp、
231 −60
;Schmiechen
andCarls
,
跏嘘 カルlarket
翩,
pp
,
147,271 ,
92,87−9
〔).
3zエ
Stobart
,
℃ulture ve邸 co erce:societies and spacesfor
elites in eighteenth−
centuryLiverpoold
,
」θ al of趣 め1ゴ‘a10 θ
q
≦殫p1
り厂,
28
(2002
)pp
,
471 −85.
33Toftgaard
,
’
Market
places
’
.
【シ リ
ー
ズ 歴史 的都 市と公共 性 】 消 費と都 市 (ス トバー
ト) して いた。19 世紀半
ばのスカー
バ ラ では、
建物
がワー
キング ク ラス のた めの 「重 要 な 教 育の過 程」 の一
部 とな るこ と が望 ま れた し、一
方
、 ボル トンの新
しい市場会館
の開設
は 「モラ ル規制
」 の主 体 として歓迎
された。 それゆえ、悪
い言葉
をつかっ た り、酔
っ払
っ て いた り、 タバ コを 吸っ た り、
多
くの場所
で禁止
さ れ ている商品
の 「呼
び売
り」を するよ うな行動
を伴
う商 人の販 売 行為 は、
厳 しい規則
で取
り締
まら れ た。そ の結果
、「これ らの規
則 を厳 しく守ること」を通 して、
市 場 会 館 は「秩序
と礼儀
が保
たれ、
温 厚で品 位のあるレス ペク タ ブル なコ ミュ ニ ティ の構 成 員が、
動 揺 する恐 れ も なく市場
を訪
れ ることができる場
」になっ た’
34。 同様
の規制
は ヨー
ロ ッ パ各地
で見
られ た。 ブ リュ ッセ ルでは1849
年以 降、
侮 辱 行 為、
乱 暴、
市
場 で顧客
を だ ますことな どは規則書
で禁
じられ、 その後、
動物
の屠殺
を禁
じると ともに、売
り台
の管
理と清掃
を含
む規則
が追加
され た35。空 間 的には
、
市 場 会 館の内部
に は商
品 ごと の厳格
な分離
があ
った。 パ リ の レ・
アー
ル で は大
が か りに行
わ れ、
パビ リオンごと に別個
の機能
を もっ て いた。 ベル リン の新
しい中央 市場
の計 画 は1880
年 代 に 練 られ た が、肉
や香辛料、
チー
ズ、 ワ インなど、多数
の異
な るタ イプ
ごと の売
り台
用の 区域
が あっ た 36。 ニ ュー
カッ ス ル のグレインジャー
市場会館
に は、一
つ は 肉屋 用、
も う一
つ は野菜
用と し て、
二つ の別個
の市場
が あっ た。 エ クセ ター
では魚 用に隔 離 した 区 画 が あっ た が、
そ うい っ た商 品 を 売 る た めには 異 な る設 備が必 要と されたこと に対応
する もので もあっ た。各
区 画の中
は比較的単純
な格
子型
の縦横
の通路
に よっ て分けら
れ、売
り台
が一
列
に並ん で いた。特定
の売
り台
を 目立 たせないよ うにす るた め に、
入口 を複数設
けて市場会館
の中
に比較的
に均
一
な客
の流
れ を作
り出 した。 こ う して、グ
レインジャー
市 場会館
では12
の入口 と広
い通路
のおかげ
で、 中 心 地 点 が作 られる ことな く会 館のすべ て の場所
へ の容
易な移動
が可能
に なっ た。 もっ と も、 ウ ルヴァー
ハ ンプト ン で は、集客
の少
ない売
り台
に客
をひきっけるた めに、
売 り台 数 列 は二つ の新 しい通
りを横切
る形
になっ た3 ア。
この ことは、
すべ ての売 り台 が そっ く りだ と言っ ている わ けで はない。 目標 は平
等 性であ り、均
一
性
で は な か っ た。実際
市場
で は色々 な種類
の売
り台
が見
ら れ た。 外 側の壁 周 辺には しば
しば内向
きにロ ック アップ・
シ ョップ【
木製
シャ ッター
つ き の店】
が あっ た し、
農 村の農 家 用のベ ンチ とテーブ
ル、常連
の市場商
人 用の売
り台
が あっ た。 こ れ に よ り、
公 開市
場の伝統的特徴
である多様
な小売業者
の混在
が再現
さ れ、都市
と後背
地の農業
生 産物
と の結
びつ きが強
め られ た。次第
に売
り台
そ のものも変化
し、 ダー
リントン では19
世 紀 末 まで に、商人
は シャ ッ ター
つ き (小店舗)
、
箱、
開 放 型 売 り台、
そ して肉屋 用の 四つ の異 な る タイプ
の も の か ら選
べ る ようになっ た。売
り台
と テー
ブル はしばしば 背 中合 わせで設 置されたの で、売
り 手 は客 と一
緒に通 路に立っ ことが多
かっ た が、
これにも また多様性
が あっ た。 た と えばグ
レイン ジャー市場
の肉
屋は後
ろ に立ち、
カ ウン ター
越
し に接客
し た。19
世紀末
に は、売
り台 自体
が徐
々 に飾
り立
てられる よう
に なっ た。 た とえばリー
ズの カー
クゲー
ト市場 (
1904
年)
のもの は 、麦
をよ り合
わ せ たデ ザ イン の柱 と、
葉の模 様をつ け たモチー
フ の鋳 鉄 製の柱 頭 を もっ てい た。 34すべて
Schmiechen
andCarls
,
British
Market
HaU ,
p.
55
から引用。35Arnout
,
”
Something
old’
,
p.
175.
36Lemoine,
‘
Les
Halles
in
Paris
,
pp
.
151−6
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比較都 市 史研究 第
34
巻 第2
号 (2015
)全
体
と して考
えると、
これ らの規制
と取
り決
め は、販売
の ための秩序あ
る整然
と し た空
間 を作
り出 した。
市場 会 館は そ れ ゆ え、 ミ ドル ク ラス の価値観
や都市政府
のイデオロギー
を建物
の構造
の中
に組
み込 む、 整備
さ れ た 空間
と し て見
るこ とがで き る。 そ れ ら は慎
重な社会
工学
の試
み であ り、デ
パー
トや その他の大 規横 」・売 店によって展 開 されるものとか な り似 通った 方 法で、歩行
者 の流 れ や 買い物 行 為 を 管 理 した。 しか しな が ら、
当時の市 場 会 館の描 画 を ざっ と一
瞥 した だ けで も、
そ れ らが単
な るエ リー
トの権力
や資
産の空
問 以 上の ものであ るこ とが わ か る。 そ れ らは 日々 の市場
で の実践
を通
し て生産
さ れ た の である。 これは売
り台の所有者
と客
の間のや り取 りの中
で最
も明
らかに見
られ たし、商品
は売
り台
か らはみ出
し周 辺の地面上
に置
かれていた(
リヴ
ァプー
ル の セン ト・
ジョ ンズ 市 場)。 し か しま た、
そ れ は 陳 列 さ れ る 商 品や、
客 が 商 品の世 界 を 映 し出 す 窓 とし て市場会館
を利用
する そ の や り方
に も明
ら か であ
っ た。どち ら に とっ て も重要
な こと は、 市 場 会 館でま す ます 広 範 囲の耐 久 財 が 売 られるよ うになっ たことである。初期
の会館
は生鮮
食料
品の販 売 用に向
け られ ていた が、ヴ
ィク トリア 時代のイング ラン ドのものにな る とか な り多 様 に なっ て いた。 すで に1852 年
に、ブ
ラッ クバー
ン市場
には、普通
の肉屋
や青物商
の他
に、婦人帽
子工や家
具商、
婦 人 服工、
靴・
木 靴工、
ボンネッ ト商の売 り台 が あっ た。1870
年 代 まで に、
ブ ラッ ドフ ォー
ド市 場 は楽
器 や 宝 石、
陶 磁 器、
カゴ、
刃物、
服 地で有 名 な 場 所になっ ていた。20
年後
に は ほ とん どの市場
で自転車
や蓄音機、
レコー
ド、
絵ハ ガ キ、色
々な装
飾 品 や 「芸術
」品 が 提 供 されていた。 こうし た多様
性は、 市場会館
が重要
な 「大衆消費
を激増
さ せ る た め に消費者
を 勧 誘 す る装 置」であ り、
そ して 「嗜 好の民 主 化 や 階級 間の重 要 な文 化 的 架 け 橋」でも あっ たこ と を意味
し た38。 そ れ らはブ
ルジョワのレス ペク タビリティを 象 徴 するモノを 購 入 する場であるだ けでな く、 ワー
キング ク ラス の買い物 客 も 市場の売 り台の商 品 を見て散 策 し、
何 が 入手 可 能であ り、何
を求
め るべきなのか、何
を 買っ たらよい のか を 学ん だ。 こうし た実
践の中核には、
市 場に お ける商品
の陳列
がよ り重視
さ れ る よう
に なっ たことがあ
る。商
品の売
り台
は フ ラ ワー
ショー
や収穫祭
の スタンドのように並べ られ、耐久財
は よく見え る ように、
顕著
な視覚的印象
を作
り出
す よう
に置
か れ てい た。 生鮮食料品
を売
るこ と に も注意
がより向
けら れ続
けてい た と はい え、 ほ と ん ど同 じよ うなことがヨー
ロ ッパ中の市 場で言 え た。
デパー
トが 「夢の世界」であっ た とい う ゾ ラの言 葉 は よ り有 名であ るか も しれ ないが、
彼 は 同様 に レ・
アー
ルの光 景 と音 と、
そ して結 局の ところ あ ふ れ出
る 人 間 らしさに心 を打
たれた39。こ うし て、
売買
だ けでな く消費
の空間
と し て の市場会館
は、商品
をゆっ くり見て歩
く実践
に よ っ て作 り出 され た。
この意 味で、
市場 会 館 は 商 店 街 と共 通 性 を もっ てい た。
さ らにそ れ らは、
と りわ けワー
キング クラス用
の レジャー
の場
になっ ていっ た。市場
の はず れには、旅
の音楽家
だ け でな く、
射 撃 台 か ら体 重 計 まで、
様々な屋 台 が あっ た。 しか し一
番の魅 力 は、
ゾ ラが 言っ てい る よ うに、
市 場自
体の雑 踏 と人 間臭
さであっ た。 最 も忙 しい時 間 帯 は、
通 常、
土 曜の取 引の最後の 数 時 間であ り、
商 人 た ち は 市 場 が 終 わ る前
に在 庫 を な くそ う と しば
しば
値 引 きした。 確 かに、
人々 は買
い物
を するた めに訪
れてお り、
その点
で は市場
の本
来
の機能
と結
びつ いてい た。 そし てまた、
彼
らはあ ちこち歩
き回 り、 人 ごみ を眺
め、噂話
を し、市
場会館自体
を称賛
する た め に足を運んだ。 38Schmiechen
andCar
,
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Marl
〔θ亡膕,
p、
175.
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