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監査判断への情報処理的アプローチ-香川大学学術情報リポジトリ

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香 川 大 学 経 済 論 議 第66巻 第 2号 1993年9月 145-159

監査判断への情報処理的アプローチ

1 は じ め に 監査人の判断過程を分析・解明し,その結果を監査実務へとフィードノてック することにより,財務諸表監査の信頼性・有効性・効率性の向上に資すること が,監査判断研究に負わされた任務である。監査人の判断過程は,監査人とい う人聞が行う心の働き,特にその知的な働きであって,本来主観的なものであ る。その主観的な判断過程を客観的に明らかにすること,言わば,主観的判断 の客観化が,監査判断研究の理想とするところである。主観的判断の客観化は, 監査判断の質的向上につながり,また,客観的判断は将来起こりうる監査人に 対する訴訟において有力な抗弁となりうる。 本稿では,そういった主観的判断の客観化へ向けた努力の端緒として,監査 人の判断過程の分析・解明のための1つのアプローチを提唱する。それは,従 来の監査判断研究で採られてきたアプローチの問題点もしくは限界を克服する とともに,そういったアプローチを統合するようなアプローチと言える。 以下では,まず,従来の監査判断研究をそこで採られたアプローチの観点か ら2つに大別して,それらの特徴を述べるとともに,それらのもつ問題点もし くは限界を検討する。続いて,そのような問題点もしくは限界に関する検討を 承けて,それらを克服し,また従来の監査判断研究で採られてきたアプローチ を統合する新たなアプローチを提唱し,それが監査判断研究に対して持つ有用 性を検討する。

(2)

146- 香川大学経済論叢 324 II“従来のアプローチとその問題点もしくは限界 ここでは,従来の監査判断研究で採られてきたアプローチを,統計的アプロー チと記述的アプローチの2つに大別し,それぞれのアプローチの特徴とその問 題点もしくは限界について検討する。 1 統計的アプローチ 監査人の判断に関する実証研究を行ってきた監査研究者は,いずれの場合も 被験者である監査人に対して仮設監査事例(あるいは実際に行われた監査事例) を与えることによって,実際に監査判断を行わせてきたが,大きく

2

つに分け て監査判断結果そのものと,監査判断過程にそれぞれ焦点を合わせてきたよう に思われる。ここで筆者は,監査判断結果に焦点を合わせた研究が監査判断結 果を分析するために様々な統計的手法を用いてきたがゆえに,そのアプローチ を統計的アプローチとよぶ。 そのようなアプローチを採る実証研究では,被験者である監査人に対して刺 激としての情報セット(仮設監査事例もしくは実際に行われた監査事例)が与 えられる。そして,それに対する反応として監査人は,数値による判断(例え ば,売掛金に対する監査手続に要する時間量の見積)やカテゴリーにもとづく 分類、分けによる判断(例えば,特定の内部統制手続に対して信頼を置くか否か) を下すのである。そして,情報セット内の様々な組合せ(独立変数)に対する 上述のような判断が,実験における従属変数とみなされる。このタイプの実証 研究では,各情報因子が判断結果に対して持つ相対的重要性,複数の監査人の 聞の判断結果の合意性(コンセンサス),時を隔てた

2

時点聞の判断結果の安定 性等が,線形モデ/レや分散分析モデルを用いて評価されてきた。 監査判断結果に焦点を合わせ,それを様々な統計的手法を用いて評価してき

( 1) J oyce, J J ,“Exp巴rtJudgment in Audit Planning,"Studies on Human Information Processing in Accounting: 1976 Supplement to Journal of Accounting Researrh, p

40

( 2 ) Ashton, R H,“An Experimental Study of Int巴rnalControl J udgment," Journal of Aaounfzng Reseanh (Spring 1974), p.147

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325 監査判断への情報処理的アプローチ ム7' 4 Jヶ たこのタイプの監査判断研究は,確かに興味深い結果をいくつか生み出してき た。例えば,全く同一の比較的単純と思われる判断課題を与えられたプロフェ ショナルである監査人が,互いに統計的に見て有意なほどに異なった判断を下 していたとか,経験豊富な監査人のグループよりもむしろ監査経験の少ない監 査人のグループのほうが判断結果のコンセンサスの面ですぐれていたといった 結果が得られている。 しかし,統計的アプローチを採る監査判断研究は,様々な統計的処理が可能 であるために高度に抽象化された実験条件の下で行われたという点と,上記の ような研究結果に対して研究者が解釈を与えるという点では満足のいくもので はなかった。特に後者は,まさしく監査判断過程ではなく監査判断結果に焦点 を合わせた結果であるとも言える。 ところで,監査人が様々な監査業務領域において判断を下す際には,対象領 域に関する知識(domainknowledge)以上の知識を必要とする。つまり,職業 的専門家である監査人は,複雑な問題解決課題を解決するために専門的知識だ けでなく,その専門的知識を特定の問題に適用する方法に関する知識を必要と する。これは,監査人が自らの経験を通して得た知識であり,テキストやマニュ アルにのっているような知識ではない。このような知識は言わば知識を用いる ための知識であれメタ知識とよばれる。メタ知識は,監査判断結果のみに焦 点、をあてた実証研究ではほとんど明らかにできない。そこで,監査判断結果だ けでなく,監査判断過程をもその研究対象とする監査判断研究が必要となる。 2. 記述的アプローチ 監査判断過程に焦点を合わせる監査判断研究は,監査人の判断をそのひとつ ひとつのプロセスまで追跡し,それを記述していこうとする。それゆえに,そ のようなアプローチを記述的アプローチとよぶことにする。このアプローチを (3) Joyce, o

p

.

at., p 42

(4) Hamilton, R E, and Wright, F. F,“Internal Control Judgment and Effect of Experience: Replications and Extensions,"Journal0/Aαounting Reseanh (Autumn 1982), p 759

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-148- 香川大学経済論叢 326 採る監査判断研究は,統計的アプローチを採る監査判断研究より,高度なレベ ルでの監査人の認知行動を把えようとする。 監査人の判断過程を追跡し,記述していく手法として,監査研究者の問で最 も多くの注目を浴びてきたと言えるのは言語プロトコル分析(verbal protocol analysis)であろう。言語プロトコ/レ分析は,被験者に判断課題を遂行している 閉じゅう頭に浮かんだこと(思考したこと)を声に出して言わせ,それをテー プに録音する。そして,その録音された言葉を筆写し,それを一定の理論に基 づきコード化し分析する方法である。 言語プロトコノレ分析を用いることによって監査研究者は,監査人が有する専 門領域に関する知識だけでなく,当該知識を用いるための知識,すなわち先述 のメタ知識をも明らかにする糸口を得ることができた。さらに,監査判断過程 と最終的な監査判断結果との聞の因果関係をある程度明らかにすることも,言 語プロトコ/レを用いることによって可能となってきた。このことは,全く同ー の判断課題を与えられた複数の監査人が何故異なった判断を下したのか,その 原因をある程度明らかにした。加えて,統計的アプローチを採る監査判断研究 に比べてより実際の判断状況に近い実験条件がセットされるようになった。 しかしながら,監査判断過程を追跡し,それを記述していく有力なアプロー チとしての言語プロトコル分析もいくつかの点で問題を内包していた。まず第 1に,根本的な問題として,言語プロトコル分析の結果から得られた,監査人 の判断過程についての言わば一種のモデルが,実際の判断過程をどれだけ正確 に記述できているかという問題がある。言語プロトコル分析の結果の正確性及 び信頼性については,心理学者の聞でも様々な議論がなされてきた。

ニスベット及びウィノレソン(Nisbett,E..and T Wilson)は,人聞が自己の判 断過程に対して行うどんな内観的接近(introspectiveaccess)も一般的に正確 (6 ) 言語プロトコJレ分析を行った監査判断研究全般については次の論文を参照せよ。 Kler -sey, G F, and Mock, T J,“V er bal Protocol Research in A辺diting,"Acじountzng, Organizations and Society Vol 14 (1989), pp.133-151 (7) 例えば,次の論文を参照せよ。 Biggs,S. F, and Mock, T.J,“An Investigation of Auditor Decision Processes in the Evaluation of Internal Controls and Audit Scope Decisions, Journal of Aιιountzng Research (Spring1983)pp.234-255

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327 ~査判断への情報処理的アプローチ 149 かつ信頼できる報告書を作り出すのに十分ではないと主張する。さらに彼らは, 被験者に対して,非故意的な認知行動に対して故意に注意を向けるように要求 す る 行 動 が 分 析 の 焦 点 で あ る ま さ に そ の プ ロ セ ス を 害 し て し ま う か も し れ ない, と主

3

長する。 他方, スミス及びミラー(Smith,E..and F..Miller)によれば,ルーティーン な技術が関係する課題においては,認知プロセスは自動的に機能し,接近不可 能でありそれゆえそのことが積極的な自己報告をさまたげるとされる。つまり, 自己の認知プロセスを正確に伝える人間の能力は課題のノレ}ティーン化の程度 と反比例の関係にあると言える。監査判断研究の場合でも, そこで用いられる 判断課題がノレーティン化されたものであればあるほど, 伝えることはむずかしくなるかもしれない。 その判断過程を正確に 第2に, 言語プロトコノレ分析は実証研究で用いられる被験者(サンプル)(J) 数が少ないために,監査判断結果に焦点を合わせた実証研究のようには, その 結果の分析に統計的手法を用いることができないという限界がある。 しかしな がら,被験者の数が少ない分, 言語プロトコル分析を用いた監査判断研究はよ り実際の監査判断状況に近づいた実験条件を作り出せるという利点もある。 記述的アプローチは, 言語プロトコノレ分析を行い, 監査人の判断過程を記述 しようと努めてきた。そのようにして得られたものは, ある意味で監査人の判 断過程についてのモデルと言える。例えば, ビッグズ及びモック (Biggs,S.. F. and Mock,

T

.

J)の研究では, 命じられた監査判断課題を解決するために,監 査人は与えられた仮説監査事例に含まれている情報をどのような戦略でサーチ していくのか, 言わば,監査人の情報サーチ戦略の特徴が明らかにされた。 しかしながら,先ほど紹介したように言語プロトコル分析は, その結果の信

(8) Nisbett, E, and T Wilson,“Tel1ing More than We can know: Verbal Reports on Mental Processes,"Psychologzcal Review, (May 1977), p. 247

(9) Ibid

(10) Smith, E. and F. Mi11er,“Limits on Perception of Cognitive Processes: A Reply to Nisbett and Wilson,"Psychological Review, (July 1978), p. 357

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150 香川大学経済論叢 328 頼性及び正確性に関しては多くの議論があることは確かなようである。した がって,言語プロトコ/レ分析の結果を何らかの形で検証(評価)する機会が必 要である。 さらに,記述的アプローテはまだ監査人の判断過程を追跡し,それを記述す る段階であれ監査人の判断過程のモテツレを積極的に構築しようとする段階に はないと言える。監査人の判断過程のモデルを構築しようと試みる努力は,監 査判断研究の理想とするところの,主観的判断の客観化へ向けた努力の端緒と 言えよう。次節で述べる情報処理的アプローチは,以上のような問題点もしく は限界についての認識をふまえて,統計的アプローチと記述的アプローチを統 合するアプローチであると筆者は考えている。 III引情報処理的アプローチ 監査判断研究の対象である監査判断は,監査人という人聞が下す判断であり, 言わば人間の心の働き,特にその知的な働きであって容易にその過程を理解す ることはできない。そこで,監査人という人間の判断過程について一つの仮定 を置き,その観点から監査判断過程を研究するという立場をとることも必要と なってくる。 ところで,最近とみに注目を浴びてきている学問分野の1つに認知科学とい う学問分野がある。認知科学に対していまだ明確な形での定義づけはなされて いないようであるが,総じて I認知科学とは,人間の心のはたらきを知』 のはたらきという側面から明らかにしていこうとする科学である。J,と言われ ている。そして,その認知科学の発展のなかで,情報処理的アプローチとよば れる考えが果たしてきた役割がきわめて大きいと言われている。情報処理(的) アプローチとは,人間の心のはたらきを情報処理とみなし,そのしくみを探求 しようとする立場であり,いわばコンピュータを見るような見方で人聞をとら えようとする試みといえる。簡単に言えば,コンピュータ内部で起こっている (12) 大島尚編認知科学~,新曜社, 1986年 4頁。 (13) 佐伯伴著認知科学の方法~,東京大学出版会, 1986年, 129頁。 (14) 大島尚編,前掲害 6頁。

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329 監査判断への情報処理的アプローチ ~151 ー ことが,人間の心(頭)の中でも起こっているとみなす立場をとるということ であろう。 佐伯併教授によれば,情報処理的アプローチというのは,つぎのようなメタ 理論的テーゼにもとづいた研究であるという。 (1) 人間の認知(判断,推論,記憶,問題解決などにおける心的活動)は 基本的には記号(シンボル)を処理するプロセスである。

(

2

)

認知過程セ処理される記号は,コンビュータが機械の内部で処理する 記号と同様のものである。 C 3 ) 認知過程ではコンピュータのプログラムと同じような系列的な記号処 理がおこなわれている。 ( 4

1

人間の情報処理過程は,次のような構造的な制約をもっている。すな わち,わずかな情報を一時的に保持する短期記憶システムと膨大な知識 をほとんど永続的に保有する長期記憶システムである。 [5

J

情報処理の効率を高め,情報処理の負荷(たとえば,短期記憶での情 報保持量)を軽減するために i発見法的(heuristic)Jな方略がとられる。 すなわち,つねに正しい最適解がかならず得られるという保証はないが, 多くの場合に近似的に最適解に近い解を効率よくもたらす少数のノレーノレ で構成された方略である。 さらに,佐伯数授は i人聞の情報処理過程について,実際に稼働するコン ピュータシミュレーションのモデルをつくり,それを認知過程のモデノレとする 。 日 考え方」を i狭義の情報処理的アプローチ」とよぶ。そして,そのようなコン ビュータシミュレーションモデノレの

1

っとしてエキスパートシステムが,会計 及び監査の領域でも数多く開発されてきている。ここで,筆者は,そのような (15) 佐伯畔,前掲杏, 129~130 頁。 (16) 同上告, 130頁。 (17) 会計及び監査領域で開発されたエキスパートシステムをレビューした文献としては, 次のような論文が挙げられよう。 Connel,N A. D “Expert Systems in Accountancy : A Review of Some Recent Applications,“Accounting and Business R.esearch, No.67 (Summer 1987), pp.. 221-233 Abdolmohammadi, M..J,“Decision Support and Expert Systems in Auditing: A Review and Research Directions,“'Aaounting and Business Reseanh, N o. 66 (Spring 1987), pp 173-185

(8)

152ー 香川大学経済論叢 330 コンビュータシミュレーションモデノレとしてのエキスパートシステムを監査人 の判断過程のモデルとみなす監査判断研究のアプローテを,情報処理的アプ ローチとよぶことにする。 ところで,エキスパートシステムは,一般的に r問題領域の専門家(エキス ノfート)から獲得された専門的知識を用いて推論を行い,専門的に高度な現実 の問題を,専門家と同等のレベJレで解決する知識システム」と定義されている。 しかしながら,ここでは,エキスパートシステムを上述の定義にあるような専 門家にとって代わる問題解決者としてではなし監査研究者が構築した監査人 の判断過程のモデルとみなす。 ところで,私見によれば,このようにエキスパートシステムを監査人の判断 過程のモデルとみなす立場は,結局エキスパートシステムを監査判断研究のた めのツールとみなす立場へとつながっていくように思われる。エキスパートシ ステムを開発するためには,監査人の判断過程をその詳細な部分までくわしく 調べ,そのしくみを明らかにしなければならない。そして,そのプロセスで監 査人の判断過程が分析・解明されていくことになる。情報処理的アプローチの 立場に立てば,出来上がったエキスパートシステムは,コンビュータシミュレー ションモデルとして,監査人の判断過程のモデノレとみなされる。換言すれば, 監査人の判断過程に関する監査研究者の理論がエキスパートシステムの中で表 現されていると考えられる。さらに,監査人の判断過程のモデノレであるエキス ノfートシステム(もしくは,エキスパートシステムの中で表現されている監査 判断過程に関する監査研究者の理論)の信頼性及び正確性は,当該エキスパー トシステムにデータをインプットして,実際にそのシミュレーションモデノレを 稼働させることによって確かめることができる。そうすると,エキスパートシ ステムは監査研究者の理論の表明の場であるとともに,当該理論の検証の場で あると考えられる。以上のことからして,エキスパートシステムは監査判断研 究にとって有用な色 lつのツーノレであると考えられるのである。 (18) 上野晴樹・小山照夫共編エキスパートシステムJ,オーム社, 1988年 3頁。

(9)

331 監査判断への情報処理的アプローチ ~153 以下では,エキスパートシステム及びその開発プロセスが監査判断研究に とっていかに有用であるかを,エキスパートシステムの開発段階にそっていま 少し詳しく述べていくことにする。 エキスパートシステムの構造と開発段階 (1) エキスパートシステムの構造 先述のように定義されるエキスパートシステムは,専門的知識を用い,高度 な問題を解決するために,次のような構成要素と構造を有するO (1) 専門知識を表現し,それを統合的に管理する機構である知識ベース。

C

2

J

知識ベース内の知識を利用して,推論を実行するための推論機構。 ( 3 ) ユーザーとの応答を行うためのユーザーインターフェイス。 [ 4

J

エキスパートから専門知識を獲得し,知識ベースを構築する作業を支 援するための知識獲得支援機構。 C 5 ) ユーザーの要求に応じて推論で導いた結論の根拠を説明するための推 論過程説明機構。 (2) エキスパートシステムの開発段階 続いて,上述のような構造を持つエキスパートシステムがどのように開発さ れていくのか,その開発段階を順次みてゆき,その過程でエキスパートシステ ムの監査判断研究のための研究ツールとしての有用性を検討する。 ( i ) 知識獲得段階 知識獲得段階では,エキスパートシステムの知識ベースに必要な知識,すな わち専門家の持つ専門的知識が様々な知識源から抽出されなければならない。 専門的知識を獲得することは,エキスパートシステム開発の主たるボトルネッ クと言われている。監査の場合でも,獲得するのがむずかしい専門的知識は, テキストやマニュアノレにのっているような体系化された知識ではなく,監査人 が長年の経験から得たヒューリィスティクな(発見法的な)知識である。しか しながら,ヒューリィスティクな知識こそが専門家と素人を区別するのかもし れない。 (19) 向上:古 8頁。

(10)

151~ 香川大学経済論議 332 知識獲得段階は,監査人の判断過程を分析・解明することをその主な目的と する監査判断研究にとって最も重要な段階と言える。この段階では,先述した 記述的アプローチの中で用いられる言語プロトコノレ分析が,大きな役割を果た すものと考えられる。エキスパートシステムを監査人の判断過程のモデ/レとみ なし,その構築を目指した監査判断研究でも,専門的知識を獲得するために言 語プロトコノレを利用している。例えば,メサビィ

(R

,Meservy)は,専門的知識 を監査人から抽き出す方法の

1

つとして,言語プロトコルを高く評価している。 彼によれば,言語プロトコノレは,専門家の知識ベースの構成,知識ベースが含 む事実に関する知識,そして当該知識を適用するために用いられる統制構造

ω

(control structure)に関する情報を提供するという。彼は,監査人から得られた 言語プロトコ/レを, (a)エピソード, (b)観点もしくは準拠枠(viewor frame of reference), (c)認知過程の3つの分析レベルから分析することによって,監査人 の判断過程を分析・解明して,そのモデルの構築を目指した。このように監査 人の生の判断過程を表わしているプロトコノレを複数の側面から分析することに よって,判断過程への理解が深められるのではないかと思う。 監査人の判断過程をコンピュータシミュレーションモデルとしてシミュレー トすることの大きな効用の1つは,コンピュータモデノレを構築するために非常 に詳細な部分まで判断過程を理解しようと努めることにある。そうしなければ, コンピュータへ入力可能な明確な形へと専門的知識を表現(定式化)すること ができないからである。 情報処理的アプローチは,コンピュータシミュレーションモデルとしてのエ キスパートシステムを開発する一段階である知識獲得段階において,記述的ア プローチで用いられる手法を積極的にとり入れる。いや,むしろ記述的アプロー チで用いられる手法,とりわけ言語プロトコル分析は,知識獲得段階における 肝要な部分と言えよう。以上のような意味からして,情報処理的アプローチは, (20) Meservy, R D.,“Auditing Internal Controls: A Computational Model of the Review Process,“'Ph D dissertation, Unive符ity

0

/

Minnesota, 1985, p..58 (21) Ibid, p.59

(11)

333 監査判断への情報処理的アプローチ 155ー 記述的ア、プローチを統合したアプローチと言えよう。 ( ii ) 知識表現段階 知識獲得段階で得た監査人の専門的知識は,コンピュータへ入力可能な形へ と翻訳(表現)されなければならない。知識表現方法の代表的なものとして, プロダクション/レーノレ,述語論理, プレームシステム等が挙げられる。ここで は,ヱキスパートシステムとして最も一般的であるプロダクションシステムの 中で用いられている,プロダクションノレーノレに焦点をあてる。 プロダクションシステムは,プロダクションノレーノレ,作業記憶 (working

ω

memory),推論エンジンからなる。プロダクションルーノレによる知識表現は, 「もし ならば である」という意味の rrF条件部THEN結論部」という形 031 式で表す。プロダクションシステムでは,専門家の知識はこのようなルールの 集合として知識ベースに蓄積されている。 例えば,監査領域でも,監査計画段階における重要性判断を実行するエキス ノfートシステムであるオーディットプランナー(AUmTPLANNER)には,次 のようなプロダクションルールが知識ベースに含まれている。 IF (もし ) L クライアントが公開企業 (publicentity)であれかつ, 2.. クライアントの流動性あるいは支払能力 (solvency)に対す る重大な関心が存在しない。 THEN (ならば) クライアントの財務諸表の主たる利用者は主に現在の営 業成績に関心を有していると仮定される。 プロダクションシステムでは,ノレーノレを作成しておくだけで推言命エンジンが 診断や処方などの問題解決(推論)を実行してくれる。 知識表現段階は,知識獲得段階で専門家である監査人から抽き出した専門的 知識を,プロダクションノレーノレ等の形で定式化する段階である。知識獲得及び (22) 平尾隆行,前掲脅, 24~25 頁。 (23) 同上書, 25頁。

(24) Steinbart, P,“The Construction of a Rule-Based Expert System as a Method for Studying MaterialityJ udgments,“The Accounting Revzew(January1987), p 106 (25) 平尾隆行,前掲i!}, 25頁。

(12)

156ー 香川大学経済論首長 334 知識表現段階の2つの段階を終えたところで,非常に限られた領域であるもの の,一監査人の判断過程のモデノレが構築されたことになる。これは,見方を変 えれば,監査研究者による,一監査人の判断過程に関する理論の表明であると 考えられる。 (iii ) コンピュータモデ/レ化段階 エキスパートシステムをコンピュータモデルとして実際に構築する方法とし ては,ヱキスパートシステムシェ/レを利用する場合,プログラミング言語を利 官邸 周する場合と知識表現言語 (representationlanguage)を利用する場合がある。 その中で,エキスパートシステムシェノレは,エキスパートシステム知識ベース の部分だけを空にし,推論エンジンや説明機構の部分を持ち,知識ベースを作 仰) るだけで新たなエキスパートシステムを作ることのできる道具でである。個々 のエキスパートシステムシェノレは,知識の表現方法が異なっていたり,推論の ~8) 方式が異なっていたりする。そこで作成したいエキスパートシステムの知識の 世田 特徴などを分析して最適なiエキスパートシステムシェ/レを選ぶことになる。 監査判断研究のためにエキスパートシステムが開発される場合でも,利便性 を考慮してかエキスパートシステムシェルが用いられることが多い。例えば, 先述したオーディットプランナーの場合でも,エキスパートシステムシェル 自 由 rEMYCINJが利用されていた。 (iv) 検 証 段 階 監査人の判断過程をシミュレートしたコンビュータモデルとしてのエキス ノfートシステムは,最終段階においてその妥当性が検証されなければならない。 エキスパートシステムの妥当性は,通常大きく分けて

2

つの側面から検証され る。 1つはエキスパートシステムのアウトプットとしての結果の側面であり,

(26) Hayes-Roth, F, D. A Waterman, and D.B.Lenat, Buzdi叩g Eゆert $ystems (Addison-Wesley, 1983), AIUEO訳エキスパートシステムA,産業図書,昭和60年, 328~331 頁。 (27) 平尾隆行,前掲書 9頁。 (28) 同上書,同頁。 (29) 同上書,同真。 (30) Steinbart, op..dt, pp.101-102

(13)

335 監査判断への情報処理的アプローチ 157-もう 1つはヱキスパートシステムの判断過程の側面である。 エキスパートシステムのアウトプットとしての結果の妥当性の検証は,通常 次のように行われる。すなわち,エキスパートシステムと複数の監査人に対し て同じ監査事例を与え,それを詳細に検討させることによって特定の課題を行 わせ,それらの結果の合意性(コンセンサス)を調べることによってなされる。 これは,監査判断課題には唯一絶対の正答が必ずしも得られないことがその原 因である。 エキスパートシステムのこの側面での検証は,インプットーアウトプット分 析の性格,すなわち統計的アプローチの性格を有している。なぜなら,エキス ノfートシステム及び複数の監査人に対して同じ監査事例を与え,それらが生み 出した結果の聞の合意性(コンセンサス)を調べるからである。したがって, エキスパートシステムを監査人の判断過程のモデ/レとみなす情報処理的アプ ローチは,エキスパートシステムの検証段階において統計的アプローチの要素 を含んでおり,その意味で統計的アプローチを統合したアプローチと言えるだ ろう。 他方,エキスパートシステムの判断過程の妥当性は次のような方法で検証さ

ω

れることが多い。すなわち,まず最初に先ほどと同様にエキスパートシステム と複数の監査人に対して同じ監査事例を与える。そして,監査人に対しては当 該監査事例を詳細に検討し,課題を実行している閉じゅうず、っと頭に思い浮ん だことを声に出して言ってもらい,それにもとづいて監査人の言語プロトコル を作成する。一方,エキスパートシステムに関しては,それが有する推論過程 説明機能を利用して最終的なアウトプットに至るまでの判断過程をトレースす る。そして,監査人の言語プロトコルとエキスパートシステムの判断過程のト レースを,同じ観点から分析し,比較することによって,エキスパートシステ ムの判断過程の妥当性を,特に監査人の判断過程との類似性の観点から検証す (31) 先に挙げた,メサビィ,スタインパートの両研究においてもこのような方法が行われて いる。 Meservy,op. cit, pp 83-113 Steinbart, 0,戸αt,pp. 102-104 (32) メサビィの研究においてもこのような方法が行われている。Meservy,op..cit, pp.114 136

(14)

158一一 香川大学経済論叢 336 ることになる。 エキスパートシステムのこの側面での検証は,コンピュータシミュレーショ ンモデJレを監査人の判断過程のモデ/レとみなす,情報処理的アプローチの立場 からすると,結果の側面に比してずっと重要なものと言える。

I

V

目結びに代えて 情報処理的アプローチは,コンピュータシミュレーションモデルを監査人の 判断過程のモデjレとみなす立場をとって,監査判断研究をすすめていく。そし て,コンピュータシミュレーションモデルの中でもとりわけエキスパートシス テムを監査人の判断過程のモデルとみなす考えは,結局エキスパートシステム を監査判断研究のためのツーノレとみなす考えへとつながっていく。ここでは, エキスパートシステムの監査判断研究ツールとしての有用性について,今一度

ω

整理することで結びに代えたい。 1 監査研究者の理論表明の場としてのエキスパートシステム これまでみてきたように,エキスパートシステムの開発は,知識ベースに組 み込むための専門的知識を獲得する知識獲得段階から始まる。知識獲得段階で は, (、ヱキスパートシステムに実行させることになる)特定の監査業務を行う際 の監査人の判断過程を理解することがその主目的であった。そのために,監査 人の判断過程をそのひとつひとつのプロセスまで追跡し,記述していく言語プ ロトコルが用いられる。その結果,特定の監査業務を遂行する際の監査人の判 断過程で用いられる事実に関する知識やルール(発見法的ノレーノレを含む)など が明らかにされていく。続く知識表現段階において,それらはコンピュータモ デル化段階で用いるエキスパートシステムシェノレあるいはプログラミング言語 に合わせて,プロダクションルール等の形で表現されることになる。 (33) 情報処理的アプローチを採用していると考えられる監査判断研究は,本稿で挙げたメ サビィ,スタインパートの間研究の他に次のようなものを挙げることができる。 Leroy, D..E,“Toward A Representation of Auditor knowledge; Evidence Aggregation and Evaluation,"Ph.. D dissertatzon, MichigaηState University, 1989 尚,この実証研究 では,知識表現方法としてフレームシステムが用いられている。

(15)

337 監査判断への情報処理的アプローチ 7i kd QJ 監査研究者はこのように監査人の判断過程をシミュレートしたエキスパート システムを開発することにより,特定の監査業務を遂行する際のー監査人の判 断過程についての自己の理論をモデノレの形で表明することができる。 2 理論の妥当性を検証する場としてのエキスパートシステム これまでみてきたように,監査人の判断過程をシミュレートしたエキスパー トシステムは,最終段階において様々な手法を用いて,その妥当性が検証され る。これは,言わば,知識獲得段階で得られ,知識表現段階で表明された,特 定の監査業務を遂行するー監査人の判断過程についての,監査研究者の理論の 妥当性を検証することと言える。エキスパートシステムはそういった理論検証 の場を与えるという点で,監査判断研究にとってこれまでにない大きな有用性 をもっと言える。

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情報理工学研究科 情報・通信工学専攻. 2012/7/12

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評価点 1 0.8 0.5 0.2 0 ―.. 取組状況の程度の選択又は記入に係る判断基準 根拠 調書 その5、6、7 基本情報

SFP冷却停止の可能性との情報があるな か、この情報が最も重要な情報と考えて