有権者の選奸順序とスポイラー効果
金 子
太 郎
1.はじめに 筆者は2005年・9月n日の衆議院議員選挙において,香川1区の有権者 の候袖者に関する選奸順序の調査を行った。有権者の候袖者に関する選好 順序がわかればコンドルセ勝者,ボルダ勝者を求めることができる。そし て,この視点から全国の小選挙区,の候袖者の得票数を検討してみると,決 レて少なくはない数の選挙区,において,共産党候袖によるスポイラー・効果 が発生しているため,コンドルセ勝者かつボルダ勝者であると考えられる 民主党候袖が選挙で選ばれていないことが推側できる。 2.香川1区の有権者の選好順序とコンドルセ勝者,ボルダ 勝者 2005年・9月n日の衆議院議員選挙の香川1区,において立,候補した候袖 者(政党)と得票数は以下の通りであった。 平井卓瀧(自民)103,592 小川淳也(民主) 91,461 桧原昭夫(共産) 8,432 この結果,平井卓,也(自民)が当選した。 この選挙後に,筆者は有権者の選奸のタイプや選好順序などに関する調 一 21 − 28−3・・4−534(香法2009) 一七〇一 1 六 九 査を行った。 600人に質問票を送り188人から回答を得た。質問票は10 の質問から成っていたが,本稿と関連する質問は以下の賀問である。 質問 あなたは小選挙区における3人の候袖者をどのような順序で望ま しいと考えていましたか? 自分が考えていた順序に○をつけて下 さい。 ①1香望ましいと思った候袖者(実際に投票した候補者です) ②2香目に望ましいと思った候袖者 ②3香目に望ましいと思った候袖者 1。①平井卓、也(自民) 2.①平・井卓、也(自民) ②小川淳也(民主) ③松原昭夫(共産) 3.①小川淳也(民主) ②平非卓、也(自民) ③松原昭夫(共産) 5.①松原昭夫(共産) ②平井卓池(自民) ②小川淳也(民主) 調査結果は以下の通りである。 ②松原昭夫(共産) ②小川淳也(民主) 4.①小川淳也(民主) ②桧原昭夫(共産) ③平井卓,也(自民) 6.①松原昭夫(共産) ②小川淳也(,民主) ③平井卓池(自民) 平井卓池(自民)83 小川淳也(民主)77 1。64 2.4 3。6 無効 9 3.49 4.23 無効 5 松原昭夫(共産)9 5.1 6.6 無効 2 平井卓、也(自民)に投票士た有権者のうち6人は選好順序が3であって も、平・井卓也(自民)に投票した。小泉首相の主張する郵政民営化に賛成 であったからというのが理由の様である。実際2人が回答にそのことを記 していた。 28−3・・4−533(香法2009) 一 22 −
有権者の選好順序がわかると,コンドルセ勝者,ボルダ勝者を計算する ことができる。各候補者に投じられた票バで,選好順序が不明だった票づ上 では「無効」に分類)はその候袖者が選好順位の1位フであったと見なそう。 まず,コンドルセ勝者だが, 平井卓尨(自民)対小川淳也(,民主)は78対89で小川淳也(民主) の勝利 平井卓,也(自民)対 松原昭夫(共産)は132対32で平井卓也(自民) の勝利 小川淳也(民主)対 松原昭夫(共産)は147対13で小川淳尨(民主) の勝利 よって,小川淳也(民主)がコンドルセ勝者であることがわかる。ただし, 平ヽ井卓。也(自民)に投じられた選好順序が3である有権者の票を平井の票 としてカウンドすると, 平・井卓尨(自民)対 小川淳也(民主)は84対・83で平非卓,也(自民) の勝利となり,平非卓尨(自民)がコンドルセ勝者になる。 次に,ボルダ勝者を計算すると(選奸順序が不明だった票は計算から除 いた) 平井卓尨(自民) 2×(64十4)十1×(49十6十1)=192 小川淳也(民主) 2×(6十49十23)十1×(64十6)=226 松原昭夫(共産) 2×7 十 1×(4十23)=41 よって,小川淳尨(民主)がボルダ勝者になっていることがIわかる。平・井 卓也(自民)に投じられた選好順序が3の有権者の票・を選好順序の1とし て計算しでもこの結論は変わらない。 調査の結果から計算した値,はこの通りなのだが,有権者全体についても 同様な結論になるかについては疑問がある。なぜなら,実際の得票数を見 てみると,松原昭夫(共・産)へ殷票した有権者全員が選好順序の6であっ たとしても 平井卓。也(自民)対 小川淳也(民主)は103592>91461十8432 一 23 28−3・・4−532(香法20㈲ ←● 六 八
−¥ 六 七 だから,平井卓。也(自民)がコンドルセ勝者になる。調査の結果,実際に いたことがわかったのだが,選好順序が3であるのに平井卓尨(自民)に 投票・したという有権者が少なくとも1,850人いないと小川淳也(民主)は コンドルセ勝者にならない。これは平井卓也(自民)に投票したうちの 1850/103592=0.01785≒1.8%が実は選好順位が3だったという場合だか ら,決してあり得ない数字ではない。 ボルダ勝者については,各候補者に投票した有権者の選好順序の比率を 平井卓,也(自民) 小川淳池(,民主) 桧原昭夫(共産) 1.64/83=0.771 3 。 49/77=0.636 5 。1/9=0.111 2.4/83=0.048 4 。 23/77=0。298 6。6/9=0.666 として計算すると, 平井卓丿也(自民) 103592×2十91461×0.636×1十8432×0.n1×1 ≒207184十58169.2十936 =266289.2 小川淳也(,民主) 91461×2十103592×0.771×1十8432×0。667×1 =182922十79869。432十5624.144 ≒268415。6 松原昭夫(共産) 8432×2十103592×0。048×1十91461×0.299×1 =16864十4972.416十27346.839 ≒4918.3 となり,調査の結果から計舞lしたのと同様に,小川淳也(民主)がボルダ 勝者になる。この結論は,平井卓,也(自民)に投じられた選好順序が3の 有権者の票を選好順序の1とレて,選好順序が1である有権者の比率を, (64十6)/83=0。843としても変わらない。 28−3・・4−531(香法2009) - 24
3.他の選挙区の有権者の選好順序とコンドルセ勝者,ボル ダ勝者 この調査と同じ視点から全国の選挙区を見てみることにしよう。まず, 6つのあり得る選好順序を上の調査と同様に香号をつけることにしよう。 1.①自民 2.①自民 3.①民主 ②民主 ②共産 ②自民 ③共産 ③民主 ③共産 4.①民主 5。①共産 6.①共産 ②共産 ②自民 ②民主 ③自民 ③民主 ②自民 また, D:民主,党侯袖の得票数 C:共産党候補の得票・数 LD:自民党候補の得票・数 と置こう。 そレて, D十C>LD (1) つまり,民主党候補の得票数十共産党候袖の得票数>自民党候補の得票数 という不等式が成立士ているとき,民主党候袖がコンドルセ勝者である可 能性が高いと考えていいだろう。共産党へ投票した有権者は全員が選好順 序の6であると仮定しているということである。調査の結果によると選好 順序が5である有権者がわずかばかりいたのだが,この選好順序の有権者 は無視できるほど小さな比率でしかいないと考えよう。 ボルダ勝者についてはさらに仮定を置かなければ計算することができな い。自民党候袖へ投票士た有権者のうち選好順序が2である有権者は高々 10%であると考えていいだろう。つまり,自民党候袖へ投票した有権者の うち90%の選好順俘は1であると考えていいだろう。 - 25 − 28−3・・4−530(香法20㈲ - k _ 1 . 、 ノ ヘ 1 、 ノ X
← 1 六 五 この2つの仮定を置き,Pを民主党へ投票した有権者のうち選好順序が 3である比率とすると, 民主戈候袖のボルダ得点>自民党候補のボルダ得点 2D十C十〇。9LD>2LD十pD (2D十C−1。1LD)/D>p (2) という不等式が成立していると考えられる選挙区,においては‥民主党候補 がボルダ勝者になっていると考えられる。つまり,香川1区以外の有権者 の選奸順序については実際に調べていないのでわからないが,現実にもっ ともらしいと考えられるpが実際の得票徽から計算できる左辺の値よりも 小さいとき,民主党候補がボルダ勝者になっていると考えられるというこ とである。 こうした視点から全国の選挙区,を見てみると,以下に挙げる選挙区,にお いては(1×2)式が同時に成立士ているので,民主党候補がコンドルセ勝者か つボルダ勝者になっているが,選挙で選ばれていないと考えられる。選挙 区の後に記した不等式は「民主党へ投票した有権者のうち選好順序が3で ある比率pがいくつ以下であるときに(2)式が成立士,民主党候補はボルダ 勝者であると考えられる」という意味である。不等式の左,辺の俑が1を超 えている場合は,民主党候袖に投票した有権者が全員3の選好順序であっ たとレても民主党候補がボルダ勝者になる。 北海道3区 O。963>p 宮城1区 千葉7区 神奈川6区 神奈川9区l 束京6区 束京7区l 東京19区 東京20区 1.015>p 0.929>p 0.885>p 1。024>p 1.062>p 0.936>p 1.064>p l.151>p 28−3・・4−529(香法2009) 26 −
群馬2区. 1.014>p 埼玉,4区1 0.940>p 埼玉7区. 0。943>p 埼玉.15区 0.879>p 新潟2区 0.902>p 長野1区1 1.009>p 長野4区 O。883>p 岐阜3区 0.920>p 愛知5区 0.967>p 愛知6区1 0.978>p 愛知7区 0.880>p 広島5区 0.910>p 山□2区 1.024>p 滋賀1区 1.072>p 京都1区, 0.993>p 大阪8区 0.894>p 大阪12区 0.895>p 大阪17区. 1.214>p 兵庫.3区 1.115>p 兵庫n区1 1.006>p 高知1区 1.260>p 福岡9区 0.999>p 次の選挙区は自民,民主.共産以外に無所属の候補がいるが,得票数が 少ないため,上と同様の議論が適用できると考えていいだろう. 東京21区 1.040>p 次の3つの選挙区において与党候補は自民党候補ではなく公明党候補で あるが,上.の議論の自民党を公明党と読み換えれば,同じ議論が適用でき る. - 27 − 28−3・・4−528(香法2009) 一 I 六 四
一 I i . / ゝ 一 一 一 1 大阪3区 0。895>p 大阪5区1 0.997>p 兵庫2区 0.974>p 次の2つの選挙区。は共産党候補以外に社民党候袖がいるが,社民党候袖 へ投票士た有権者の選好順序は社民>民主>自民と考えていいだろうか ら,共産党と社民党へ投票士た有権者を併せて考えれば,上と同じ議論が 適用できると考えていいだろう。 神奈川12区 1.058>p 大阪10区 1.798>p 次の選挙区は共産党,社民党以外に無所属の候補がいるが,得票数が少 ないため,上の議論が適用できると考えていいだろう。 千葉2区1 1.013>p 次の選挙区において与党候補は自民党候雛ではなく公明党候袖で,共産 党候補以外に社民党候補がいるが,上の議論を組み合わせて適用できると 考えていいだろう。 兵庫7区 1.076>p 4.本稿の意義 後房・雄は以下のように述べている。「衆院小選挙区では民主党だけでは 勝てない状況もある。共産党が小選挙区で候袖者を立てることで自民党を 勝たせている,と有権者が見れば,共産党は邪魔だとなる。今は単なる死 票ではなく,自民党を助けることになっている。…当選の可能性がない小 選挙区に候補者を立/てないだけでも良い。比例区,は共産党に,と思う有権 (1) 者はいるはずだ。」 有力候袖の票,を食う候袖者のことをスポイラーと呼び,その結果,票を 食われた有力候袖が敗北してしまうことをスポイラ・一効果と呼ぶが,この 後房・雄の言葉はまさに共産党候袖がスポイラ・−になって民主党候袖が敗北 (2) レているというスポイラ・-・効果が生,じていることを指摘している。 28−3・・4−527(香法2009) 一 28
このことは他の政治学者によっても指摘されている。増山幹高は2000 年の総選挙を例に,野党間の選挙協力が徹底レていれば,61の小選挙区。 において民主党候補が当選レていたことを指摘している。そして,これに 加えて社民党候補が当選した議席も社民党候袖が民主党候袖に票。を譲る か,民主党候袖として当選レでいたとすれば,民主党は65議席を増加さ せることになり,比例代表においても社民党か共産党に投票した有権者が 民主党に投票するものとして議席配分を再計算すると,民主,党の議席はさ らに40増加し,合計で105増加し,民主党は232議席を獲得し,衆議院 圀 の相対多数と占めるようになる,と述ぺている。 これらの指摘にあるように,通常,スポイラー効果は単記投票方式 (pluralitylule)について言われるものである。ただ,岸記投票,方式が必ず しも民意を反映した勝者を選ばないことは18世紀からよく知られている から,「スポイラー効果によって単記投票方式の選挙において勝利するは ずの候補者が勝利していない」という主張は実証的(positive)な命題に はなっても,規範的(normative)な命題にはなり得ない。本稿はこうし た主張を,コンドルセ勝者かつボルダ勝者という民意を反映した当選者と いう概念によってとらえ直すことによって,「スポイラ・一効果によって民 意を反映している候袖者が勝利していない」という規範的な命題として主 張することを試みたものである。コンドルセ勝者とボルダ勝者のどちらが (4) 民意を反映した勝者であるかについては18世紀以来長い論争があるが, コンドルセ勝者かつボルダ勝者が民意を反映した勝者であることに反対す る投票制度の理論の専門家は少ないだろう。 「スポイラー効果によって,コンドルセ勝者かつボルダ勝者である候袖 者が勝利していない」という主張が規範的な意昧まで持つとすれば,「第 3党と第2党が選挙協力をすることは,議会における議席配分がより民意 が反鋏されたものになるという意昧で望ましい」ということも規範的な主 張として言うことができる。これが従来の議論との違いである。こうした 規範的な主,張をするために,本稿では有櫓者の選奸順序から議論を始め 29 − 28−3・・4−526(香法2009) 一 1 i . ノ ` ヽ 一 1
一 1 1 . ノ ヘ て,コンドルセ勝者かつボルダ勝者という厳しい意昧で「民意を反映した」 と言える勝者を求める手続きを採ったのである。 本稿の結論を繰り返せば,日本の衆議院選挙においては,共産党候袖に よるスポイラー効果が生しているために,民意を反映レていると考えられ るコンドルセ勝者かつボルダ勝者である民主,党候補が39の選挙区におい て敗北レている,ということである。 39という数字は300という小選挙 区の数から見て多いとも言えないが,決して少ないとも言えないだろう。 そして,民主党と共産党が何らかの形で選挙協力をすることは,単に単記 投票・制の選挙において民主党候袖が当選する可能性を高めるというだけで なく,コンドルセ勝者かつボルダ勝者という民意を反映した候補者が選挙 で選ばれる可能性を高め,その結果,議会における議席配分がより民意が 反映されたものになるという規範的な意昧でも望ましいと言える。 (1)朝日新聞 2007年8月7日「共産,再興,の道筋は 宮本元議長党葬」。 (2)スポイラー効果については,パウンドストーン(2008)を参照。特に第3章の「票 割れ小史」で本稿で扱ったような事例がアメリカ大統鎖選挙について述べられてい る。 (3)平野・・河野(編)(2003)第2章 政治家・・政党 増山幹高(執筆)pp 59-61。 (4)Moulin(1988)p,228-232 9。1 Condolcet vel・susBoldaを参照。 参 考 文 献 平野悒‥河野勝(編)「アクセス 日本政治論l(日本経済評論社 2003年)
Moulin,Hel・vd(1988)Axioms ofI Coopellative Decision Making Camblidge university PljeSS。
Poundstone,Wimam,(2008)Gaming the vote : Why Elections Alen’t Fah (and What We can DO About lt)。 New Yolk: Hms and Mzang(パウンドストー・ン『選挙のパラドク ス なぜあの人が選ぱれるのか?』青士,社 2008年)