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自衛隊・米軍報道を検証する(討論)

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Academic year: 2021

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左より豊、三宅、半田、松本 ■パネルディスカッション 

「自衛隊・米軍報道を検証する」

 ──マスメディアは事実を伝えているのか──     <パネリスト> 東京新聞編集委員 半田 滋氏 ジャーナリスト  三宅 勝久氏 琉球新報記者   松元 剛氏 <コーディネーター> MIC議長・新聞労連委員長 豊 秀一氏 ▼自衛隊の抱える闇 豊:三宅さんに加わっていただきましたので、半田さん、松元さんからのご報告を受けての感想 や、三宅さんが取り組んでこられたことなど、冒頭で問題提起をお願いします。 三宅:非常な多彩なお話で、総括するのも難しいですが、つまるところ、こ の国は法治国家や独立国としての体をなしていないのではないか。あるい は、体をなしていないことに気づいてこなかっただけなのかなという印象 を、あらためて強く感じました。   ・自衛隊報道に関わったきっかけ  私自身、新聞社にいた頃は、あまり自衛隊を取材する機会はありませんでした。自衛隊にかか わるようになったのはフリーになってからです。きっかけは借金や消費者金融の問題を追う中で、 どうも借金苦の自衛官が多いという話を聞きつけました。「きちんと給料はもらっているし、食 べ物に不自由しない生活をしている人も多いのに、なんでだろう?」と疑問を持ちました。そこ で、お金に困った自衛官の取材を始めたんです。  やがて、自衛隊の中で自殺が深刻な問題になっていることが分かってきました。防衛省の発表 する数字を見てもわかります。2008年度の自殺者は、来週、回答がくる予定ですが、おそらく80 人から100人ではないかと思います(のちに83人と回答)。07年度は89人でした。いわゆる制服 を着た自衛官と事務官をあわせた数字です。その前は3年続けて100人台。101人、101人、その 前が100人と、過去最多を年々更新していった。私がデータを持っているのは1994年度∼2007年 度の14年分ですが、計1000人を超えているんですね。  現職の自衛隊員の死因で、最も多いのが自殺です。病死も多いのですが、すくなくとも陸上自 衛隊は自殺が最多だと言っている。しかし、はっきりとしたデータを出してこない。米軍からも 「自衛隊で自殺の問題が深刻化している」という情報が出てくる。米軍と自衛隊と一緒に「自殺 対策を何とかしよう」いう協議をしているようなんです。精神的に不安定になって休職する人 も、200人、300人もいるということです。 ・自衛隊内での暴力の問題  暴力も大変なことになっています。昨年8月、『週刊金曜日』で「暴れる自衛隊の実像を大解 剖」という特集記事を書きました。特殊な取材をしたわけではなく、誰にでもできる「情報公開 請求」という手続きを使って、自衛隊が隊員を懲戒処分にしたときの報道発表文を取り寄せ、結 果を集計したものです。  懲戒処分は、隊員が所属している部隊の最寄りの記者クラブ等に公表されます。発表文はだいた いA4判1枚ですが、2007年度の分を全部、情報公開請求したところ、懲戒処分された暴力事件

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だけで84件ありました。そのうち部隊内で起きた事件が60件。鼓膜が破れたとか、鼻の骨が折れ たとか、中には失明した人、顔の骨が折れた人もいます。それで処分は停職何日かで済む。普通の 公務員でこういうことがあるだろうかと驚きをもって見ているわけです。  こうした事件の一つひとつを私はほとんど知らなかったので、なるべく詳しく調べようと、内 部の調査報告書を請求する手続きもいろいろやって調べてみたのですが、ほとんどわかりませ ん。ごくまれに、国家賠償請求訴訟を起こしたケースなどがあるので、そういう裁判を追いかけ ていくと、ようやく法廷の中で事件の真相がわかってきます。 ・搬送時間の ∼隠 体質  一昨年の8月に石川県の航空自衛隊小松基地で起きたのは、基地の夏祭りで、酔った先輩隊員が 部下にからんで、殴って、蹴って、首を絞めて暴行し、その結果、顔の骨が折れ、片目を失明して しまったという事件です。  被害者は、顔がパンパンに腫れて意識を失った。夜中の消灯前だったんですが、発見されたと きは血だらけだった。割れて飛び散った酒瓶の上に寝転がって首を絞められてボコボコにされてい たわけですから、ガラス片が体に刺さって血だらけになっていたんですね。加害者も被害者も消防 小隊所属の隊員で、先輩・後輩の間柄。発見された後、滑走路の横にある、待機所のような部屋 に運び込み、しばらくそこで医務室に連れていくかどうかで一悶着があったらしい。病院に運ば れたのは2時間後でした。この2時間の間に何をしていたのか、法廷で真相が明らかになることが 期待されていますが、おそらく大きな問題になるのを避けようとして通報をためらったのではない かと強く疑われます。  同年9月に広島県の江田島で「(異動の)はなむけの格闘訓練」で隊員が亡くなった事件があり ますが、非常に似た状況がある。こちらも、脳神経外科の専門医がいる呉市の共済病院に搬送す るのに2時間以上かかっている。搬送されたときには手術もできない状態で、約2週間後に死亡し ています。 自衛隊にはソマリア沖に行っている何十億円もする 戒ヘリ、護衛艦「さざなみ」とかに搭載 されている 戒ヘリもあります。素人考えで「それをなぜ飛ばさなかったのか?」とも聞いてみま した。自衛隊の答えは「普段は徳島の航空隊で訓練しているから飛ばせるわけがない」というこ とでした。でも、フェリーで行っても1時間かからない。なぜ2時間かかったのか? 明確な答え はありませんでした。 ・旧軍の「伝統」への接近の危険性  もう一つ、私が懸念しているのは、旧日本軍、つまり旧帝国陸軍や帝国海軍と自衛隊が非常に 接近していると思わざるをえない現象があちこちにあることです。例えば江田島で、海上幕僚長 が、幹部学校の入学式や卒業式などで訓示をします。調べてみると年間20回くらい訓示をしてい たんですが、「江田島の100年の伝統を感じてほしい」「帝国海軍の輝かしい伝統を感じてほし い」など、旧軍から続く伝統という趣旨での「江田島の伝統」という言葉が15回も出ていまし た。一方、「日本国憲法」や「法令順守」などの言葉は一度も出てこない。  イージス艦「あたご」の衝突事件直後の昨年3月、当時の吉川栄治海上幕僚長も訓示していま すが、やはり「帝国海軍」という言葉が使われています。その後、事実上の引責辞任をして赤星慶 治さんという人に代わりますが、赤星さんもやはり「帝国海軍」と言っています。  陸上自衛隊の場合は、旧軍からの陸軍将校の集まりである「偕行社(かいこうしゃ)」という 財団法人があります。靖国神社に「靖国偕行文庫」というものもありますね。この偕行社は厚生 労働省の所管でしたが、防衛庁が防衛省になった2カ月後の07年3月末に防衛省との共同所管に なった。偕行社の会長は富士通名誉会長の山本卓眞という人ですが、この人が佐藤正久・参議院

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議員候補の後援会長にも就任している。佐藤氏は、自衛隊イラク派遣で第一次復興業務支援隊長 を務め、口ヒゲをたくわえた風貌から「ヒゲの隊長」として注目を集めた人物です。山本氏が後援 会長になると同時に、海上幕僚長が偕行社に「支援しなさい」という通達を出しています。つま り、防衛省や陸上自衛隊を挙げて偕行社を中心とする旧軍のグループを支援した。連携して佐藤元 陸自1佐に対する露骨な選挙支援を行っていたわけです。佐藤さんが同じ07年3月に講談社から 『イラク自衛隊「戦闘記」』という本を出しました。1冊1575円ですが、これを同じ時期に、陸 海空、内局あわせて4371冊買っているんです(後に約4500冊にのぼることが判明)。いやー、 うらやましい(笑)。3月に購入しているのだから、出版されることがわかっていて、出版される と同時に買って配っている。一つの小隊が30∼50人くらいですか、そこに1冊くらいの割合で行 き渡っているわけですよね。  前空幕長・田母神俊雄さんの発言をみてもわかりますが、このように、自衛隊が昔の日本軍に どんどん接近している。もちろん、自衛隊の中にはいろいろな考えの方がいらっしゃるでしょう が、こうした事実は否定できません。 ・隠 する防衛省、問題提起できないメディア  もう一つ、メディアの問題があります。本来、もっと早い段階から「それでいいのか」という問 題提起や議論がなされるべき大きな問題だと思 うのですが、あまりそういうことになっていか ない。私自身も大きなメディアにいましたか ら、それはなかなか大変だと思うんですが、私 が会社を辞めて感じた実例を一つ挙げます。  情報公開法では、30日以内に開示か不開示の 決定を出すよう定めています。この資料(右) は、2008年度分の、陸上自衛隊の「隊員の懲戒 処分に関するピンナップ資料」つまり報道発表 文の請求に対する通知書です。これと同じ請求 を前年にやって、その結果が先ほどの記事に なっているのですが、08年度分については今年 4月7日に防衛省に請求を出し、5月1日付でこの 通知書が届きました。  これによると、今年6月8日までに可能な部分 について開示決定等を行い、残りの部分につい ては9月4日までに開示決定等をする予定と書い てあります。法律で、特段の理由がある場合は 開示決定等の無期限延長ができる。それを適用 したというわけです。延長の理由として、「不 開示情報が含まれているおそれがある」うんぬんと書かれています。つまり、隠さなきゃいけない 部分があるかもしれないので調べるのに時間がかかる。だから9月まで待てというわけです。  請求しているのは、報道発表文です。いちど報道発表したものを、一体これから何を隠すん だ、ってことですよ。報道発表文なんて、本来、ホームページで公開しておかなければいけない情 報だと思うんですよね。私は、今年8月の特集記事として雑誌に売り込もうと思っていたのに、9 月といわれたので間に合わない。そういう効果も狙ったんじゃないかと思わざるをえません。  報道発表文は、全部で1000枚くらい出てくると思います。なぜここまで手間ひまをかけて、時

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間もお金も使って入手しなければならないのか。1枚10円で計1万円くらいかかるわけです。時間 もかかる。「原則として最寄りの記者クラブ等で公表する」という通達が陸上自衛隊にもあるわ けですが、それをうまく解釈してこういうことをやっている。それで、各地の記者クラブで出した としても大したニュースにはならないだろうと踏んでいるから、こういうことをやっているんだと 思うんですよ。はっきりいって、メディアがなめられている。役所がメディアの扱い方をよく知っ ている。現場の記者は一生懸命やっていると思いますが、知らず知らずのうちに一種の情報操作 の中に組み込まれてしまっているという問題があるのではないかと思います。 ▼メディアの検証 豊:ありがとうございました。防衛省の秘密体質という問題と、報道発表文でも三宅さんのよう にきちんと集積すればそこから浮かび上がってくるものがあることを教えられたように思います。  先ほど、半田さんの特別報告で、ソマリア沖における海上警備行動の実態と、それをきちんと メディアが検証しているのかという問題提起がありました。半田さんは、岩波新書から『「戦 地」派遣──変わる自衛隊』という優れた著書も出しておられますが、これまで取材をして、こう いった検証が不足しているのではないか、あるいは、半田さんご自身はやってこられたけれど、他 がやっていない、またご自身でここが足りなかった等々、少しお話しいただければと思います。 半田:海外の取材は、自衛隊の海外派遣が始まったペルシャ湾の掃海艇派遣以降、ずっとついて 見てきています。私の経験から言えることは、現場に行かなければわからないことがたくさんあ ること、そして、実際に派遣を命じられて、黙々と活動している隊員たちを丁寧に取材していけ ば、東京にいてもかなりの情報が取れるということです。  一例を挙げると、昨年4月に名古屋高裁で、イラクでの空輸活動は、憲法9条と、「非戦闘地 域」での活動を規定しているイラク特措法に違反しているとの判決が出ました。判決で証拠採用 されたものの中に私の記事が何本も入っているのですが、例えば、政府が言うような人道復興支 援の活動であれば、運んでいる物が人道復興支援のための物や人でなければなりませんが、実態 は、9割以上が米兵で、まさにそこで戦闘行為が行われているバクダッドに武装した米兵を運んで いる。それを政府は「人道復興支援」と言っていますが、実際にはアメリカの後方支援です。そう いうことを記事にしたものが証拠採用されている。 ・なぜ報道されないのか  では、なぜほかの新聞がそういう報道をしていないのか。一つには、私を含めて、記者の資質 の劣化があると思います。何が問題で、何を伝えるべきかの基本が押さえられていない。もう一つ は、報道姿勢の誤り。「明日逮捕へ」とか「近く強制捜査へ」といった前打ち原稿の取材に、か なりの労力が割かれていることが多いんですが、いちばん大事なのは、そういう報道ではありま せん。 ソマリア沖への派遣でも、本当に政府が説明したとおりの活動が行われているのかという、事 実を検証する取材には人員を割かない。待っていれば発表される記事を書くために労力が割か れ、決まってしまったら、読者や視聴者の関心は次に移っているはずだと思い込み、事実の検証 を怠る。その結果、国民には実態が知らされないままになる。これが連鎖しているわけですね。 インド洋の洋上補給もそうでした。現在、9カ国に洋上補給していますが、3月の1カ月間で行っ たのはたった6回です。ピーク時は10回も20回もやっていたのが、今は週に1回か2回くらいしか やらない。その程度のニーズしかないんです。しかも、相手国のほとんどがパキスタンで、それ以 外はドイツやフランス、イギリス、オーストラリア、カナダといった先進国。これらの国に対して

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も、いまだに無料で提供している。政府は一貫して「テロとの闘いを側面支援している」と言って いますが、実際に洋上補給を含むインド洋の警戒監視活動をやっているバーレーンのアメリカ第5 艦隊司令部に行くと、日本政府のいうような「海上阻止活動」とは言わないんです。今は、「海 上安全活動」といって、テロリストの洋上逃亡や武器の密輸といった狭義の海上阻止行動ではな く、そこに軍艦がいることによってさまざまな不正行為を抑止するという形での幅広い呼び名に 代わっているんです。そういうことを政府は一言もいわない。 ・隠 の連鎖の片棒を担ぐマスコミ 今でも国会で、「インド洋の洋上補給は何のためにやっているのか」と聞かれると、政府からは 「『不朽の自由作戦』の中の海上阻止活動である」という答えしか返ってこない。一部、共産党 などが「今は名前が変わっているようだが」などと質問しても、「そういう呼び名もあります」 程度の答えで、何も実態を話さない。アメリカが引き起こしたアフガニスタン攻撃や、イラク戦争 といった、なかなか外に対して説明しづらい活動を応援している場合には、「ごまかし」がどんど ん増えてきている。にもかかわらず、今のメディアがその実態を明らかにしない。だからわからな い。わからないから国会でも議論にならない。議論にならないから報道されない…ということが 繰り返されて、真実から遠ざけられていく。その片棒を担いでいるのがマスコミだといえると思い ます。 豊:それは、視点を変えて担当者に聞けばきちんとデータを教えてくれるのか。あるいは、長い 経験と知識をもってディープスロートをつくって情報を取ってこないと不可能なのか。どちらなん でしょうか。 半田:一つ簡単なのは、普段、自分が話を聞いている相手が本当のことを言っているのかどうか は検証できないという前提に立って、違う人に聞くことですね。 ・正攻法だけではダメ、さまざまなルートからの検証 例えば、インド洋の洋上補給の際、給油量の取り違えがありました。あれは、「ピースデポ」と いう市民団体がアメリカ軍に情報開示請求をしたことで、事実が出てきた。日本政府は、ずっと 取り違えてきたけれど、取り違えの原因をつくった人が口をぬぐっていたので事実が明らかになら なかったという。ですから、取材源を1カ所に固めずに、いろいろなことをやってみることで事 実があぶり出されるように浮き上がってくる。これは、三宅さんの取材にも共通したやり方だろ うと思います。  もう一つは、おっしゃるような人間関係だと思います。イラクの空輸活動に関しても、自分たち が運んでいるのは米兵だということは、派遣されて活動している隊員は全員が知っていることで す。そのうちのかなりの人が、「君たちは人道復興支援のために行っているんだ」と言われるも どかしさを感じているけれども、外に出す術がない。それを言っていいのかもわからない。その とき、だれか知恵のある人が何かしらうまく外に出す方法を考えて、回り回って僕のところに情 報が入ってくる。それは、人であったり、さまざまな伝達方法だったりしますが、こちらからも 疑ってかかって聞いていくことが大事なんですね。  ただ、これはさまざまな市民団体が試みたことですが、イラクの空輸活動は、毎週、A4判の紙 1ページにまとまっているんだけども、全部黒塗りのベタで、出てこないんです。正攻法ではダメ なので、知識と経験を生かして、体当たりをして、さまざまなルートから当たるしかない。そうし たやり方でなければ、なかなか真実にたどりつけないこともあります。 豊:松元さんからも、普天間移設問題やグアム移転問題にからんで、いろいろとウソやボロが出

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てきながら、なかなか検証ができていないとの問題提起がありました。普天間移設問題について はこのセッションでというお話でしたので、その点も含めてお話いただけますでしょうか。 松元:普天間移設問題は、米軍再編の局面でなくても、1995年9月の少女暴行事件以来、この 10数年間の沖縄基地問題の大きなうねりの中での最大の懸案であり続けています。 ・普天間移設問題 稲嶺県政になった翌年の99年、知事が移設を県内で受け入れることを表明しました。続いて岸 本・名護市長が受け入れ表明しました。その後の米軍再編に至る過程で、沖縄県が合意した当初 の辺野古沖移設案について、それを変更することに対する相談は沖縄側に寄せられることもあり ませんでした。日米の判断だけでしつらえなおして辺野古の沖に2000メートルの滑走路を造る計 画が決められました。V字形という奇妙な滑走路をキャンプ・シュワブという陸域の基地を貫く形 で海にせり出していく。200ヘクタールの海を埋め立てるということになったわけです。常に7割 を超える県内移設反対の世論は揺るがない状況ですし、辺野古移設を容認した稲嶺恵一前知事で さえ、「当初案でなければ県外移設を」と求めたのですが、こうした沖縄の民意は全く無視され ました。  米軍再編の合意の際、地元の名護市がこだわったのは、「住宅地の上空を飛ばさないでほし い」ということです。一度、沖合に出して埋め立てる計画を変更して飛行経路が住宅地に近づく と、地元住民の不安を払拭できない。だからそういう条件を出すわけですね。勝手に元の案をな しにした政府に対して、当時の岸本・名護市長は、「もう二度と交渉の席にはつかない」と政府 と対峙する姿勢を示しますが、病が進んでいたため表舞台から去り、島袋さんという市長が登場 する。そのときに名護が出していた条件が「住宅地の上空を飛ばさないでほしい」という条件で した。 ・外堀を埋めて  日米が合意をした際、合意に導くまでの間に、米軍は2005年10月の中間報告で日本政府が出 してきたV字形という案を簡単には認めませんでした。V字形の案──当初はL字の案でした──こ れについて試行錯誤し、日本政府が「日本側が地元を説得する」と約束したことで、やっと米軍 は「認めましょう」となりました。米国政府も最終合意に至る経過の中で、なかなか2プラス2 という外務・防衛の首脳会談を開くことに同意しない。米国政府側は「約束したはずの沖縄県や 名護市を納得させる作業が進んでいない」と日本政府の痛いところを突いてきました。その時に 名護市を恫喝するというか、取り込んで行く際に、地元の名護市以外の首長たちを東京に呼び寄 せた。そうやって外堀を埋めて、名護市長が防衛庁長官と会談せざるを得ないようにして、首長を 東京に何度も呼び出して交渉をする。そういう策をとりながら極めて強引に、名護市を組み敷く 形でまとめられた案だったわけです。 ・情報の封印  米軍再編の日米合意でまとまった案は、「住宅地上空を飛ばさない」が原則のはずでした。し かし、アメリカで何度も墜落事故を起こしている「MV22オスプレイ」という垂直離着陸機の問題 があります。まず垂直に機体を持ち上げて、回転翼が前に向いて水平飛行に移るという特殊な飛 び方をする機種です。機体が不安定なため、何度も墜落事故を起こしている。これがいま普天間飛 行場で飛んでいる「CH53」「CH46」という大型∼中型ヘリコプターの後継機として配備される ことになっている。住民としては「よく落ちる危険な飛行機」という懸念が強いわけです。  1996年にアメリカが普天間飛行場のリロケーション(移転・移設)という当初の構想を描 いた当時、米海兵隊の内部文書は、新しい基地でオスプレイが飛んでいる表紙になっています。新

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基地で、「CH53」「CH46」の後継機としてオスプレイを配備することは既定路線として固まっ ていた。アメリカとしては、オスプレイの配備は当然のことでした。しかし、地元住民が不安を 抱くので、ここで合意をしてオスプレイの配備まで明確に打ち出すと、おさまるかもしれない地 元の世論に火がついて反対の声が強くなる。こういうとき、ことごとく日本政府は情報を封印し てきたわけです。  日米が合意する直前に、アメリカが「MV22オスプレイを配備します」ということを日本に伝え ていた。けれども日本の防衛省の担当課長は、「承ったけれども、それを出すと地元がおさまら なくなるかもしれないので、表に出すのはやめてくれ」というニュアンスを言外にアメリカ側に伝 えていた。そこで日米双方で「この事実はしばらく表に出さないでおきましょう」となったこと が明らかになっています。  V字滑走路は離着陸で使い分けるので住宅地上空は飛ばないということでした。しかし、住宅地 上空の飛行についても、有事の際は「住宅地上空も飛ぶことがある」というのが当然のこととし てアメリカの基地の運用でした。それをアメリカ側は日本政府に伝達しているけれど、日本政府は 地元に伝えない。こういう形で、オスプレイにしても、海上を埋め立てて造る新基地に岸壁をつく る案や新たなヘリパッドを設置することについても情報が伝えられない。ヘリの着陸帯も設けた 上で、総合的な航空基地になるんだよという全貌を表に出さない。このような情報操作をしなが ら、これだけの国費が投入される新しい米軍のための新基地を造っていくことが続けられている んですね。 ・市民団体の訴え、全国メディアの沈黙  隣接する海域に生息する特別天然記念物のジュゴンを守るために、市民団体がアメリカで裁判 を起こしています。市民団体は「アメリカ政府は、日本政府の基地建設に手を貸して、基地に米軍 を配備するのはやめろ。アメリカの生態系を守る法律に抵触する」と訴えています。この裁判で、 アメリカ政府から提出出される内部文書や市民団体による情報公開によって、日本側が、オスプ レイにしても住宅地上空の飛行にしても、有事の際の飛行形態の変更にしても、ヘリ着陸帯や岸壁 をつくる案にしても、アメリカが計画を持っているという事実が次々に暴露されてきたのがこの3 年間の流れです。  主戦場を沖縄に置いている市民団体がいますので、そのたびにわれわれ地元メディアは大きく報 道します。しかし、なかなか全国ニュースにならない。日米合意が成り立ったときは、全国紙も紙 面を割いて、1面トップで大きく報道しました。しかしその後、当時の前提や政府の説明が市民 団体の手によってどんどん覆され、沖縄で大きく報道されても、全国ニュースにならないんです。  もちろん、ニュースリリースは全国メディアにも伝わります。しかし、「反基地の市民団体が騒 いでいる」との見立てのもとに、政府の情報操作や、情報を封印する行為に対する批判が消し飛 んで、過小評価されてしまう。その結果、報道されない。こういうことが繰り返されているのでは ないかと感じます。 ・メディアの責務  そもそも沖縄返還当時の「核抜き本土並み」というものが全く絵に描いた になってしまいま した。基地の自由使用が担保されて、あれだけの広大な基地が温存されたという経過、その後の さまざまな基地問題の節目で、結局、沖縄の基地が増強されてきました。そういう苦い思いが体 験として埋め込まれている沖縄の新聞としては、大きな日米合意の裏には、必ず嘘や密約があるこ とを念頭において取材をし、やはり出てきたかというときに紙面を割く。そういうものが日々の 紙面づくりに息づいているのです。  永田町や霞ヶ関の人たちは、「また沖縄の新聞が騒いでいる」と言うかもしれませんが、主権

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者である国民を欺いた行為に対して厳しい論調を立てていくことは、地方紙、全国紙を問わず当 然の責務ではないか。沖縄メディアには、それがある程度息づいているのではないかと思います。  我々自身の手で、情報公開制度やさまざまな取材を通して表に出すこともありますが、市民団 体に先を越されたとしても、それをしっかり評価して政府を追及する。それを反復・継続していく ことで、次にまたおかしなことをさせないようにクサビを打ち、チェックしていきたい。しか し、沖縄メディアがそれをいくら繰り返しても、政府の体制はなかなか変わらない。そこにジレン マや歯がゆい思いを感じます。  厳しい論調で、米軍再編の日米のお金の負担問題や、普天間移設にまつわる政府のウソや密 約、情報封印について論を立てていた記者が、人事異動で担当が変わったりすることもありま す。安全保障をめぐる重大な節目の合意や決定した事案について、定点観測する報道姿勢が弱い ため、時間の経過とともに関心が薄らぎ、後々に明らかになる極めて重大な矛盾や、政府の嘘が 見過ごされるということが繰り返されてきたのが、復帰後の沖縄基地問題の流れだと思います。  先ほど言った、「沖縄の問題は全国の問題でもある」という、沖縄の基地問題を足がかりにし て政府のいびつな体質を正していく営みが大切だと思います。我々の目線とまったく一緒になれと は申しませんが、やはり、矛盾や嘘が出てきたときに厳しく追及していかないと同じことが繰り 返されるという点で、全国メディアにもの足りなさを感じるときがあります。 ▼メディアの間の温度差 豊:ありがとうございます。今のお話を受けて、半田さんにお尋ねしたいのですが、まさに防衛 省の中枢に入り込んで仕事をされていますが、沖縄メディアと本土メディアの間に、温度差や報道 姿勢の違いがなぜ生じているのか、普段お感じになっていることをお話いただいてよろしいで しょうか。 半田:最大の理由は、やはり沖縄に基地が集中しており、騒音被害や暴行被害などの具体的な被 害が身近にあるから取り上げていく。東京でも、おそらく横田基地周辺の人は基地問題に熱心だ ろうし、23区内では自分の問題としてはあまり感じない。要するに、身近に感じる温度差が紙面 に反映されている面があるのではないかと思います。  もう一つ、東京で政治が行われているため、政治をいち早く伝えることに主眼が置かれ、政治 に対する批判よりも、「書く」こと自体に目的が置かれている。そこで何が議論され、どのよう に決まったかは二の次、三の次になってしまって、中身を検証していないことが、我々東京メディ アのいちばんダメなところだと思います。 ・米軍再編そのものの問題点  松元さんは、米軍再編をめぐって密約があるとおっしゃいました。僕は米軍再編の中身そのも のに大きな問題があると考えています。例えば、沖縄に関する部分の書き方についても、海兵隊 8000人と家族9000人がグアムに移転したら、嘉手納以南の基地5カ所を全面返還もしくは部分的 に返しますと書いてあるけれど、沖縄の基地というのは一つのパッケージになっている。パッ ケージとは何かというと、普天間の移設問題の具体的な進展がなければならないというのが一 つ、グアム島への移転に対する日本の献身的な経済的支援がなければならないというのが一つ。 この二本立てで書かれているわけです。  クリントン米国務長官が来日し、中曽根外務大臣との間でグアム移転協定を結びました。これ は、2つの条件のうちの一つですよね。28億ドル、今の日本円にすると2800億円をグアム移転の ために「真水分」として、つまり私たちの税金から全額支払いますということがここで確約され

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ているわけです。  実際には、グアム移転の経費は100億ドル以上かかっており、このうち日本の負担は60億9000 万ドルですから、だいたい6000億円以上をこの後、払わなければならない。これは国際協力銀行 が特別事業体というところに貸し付けて、そこが住宅施設を造って運営することになっており、 これは返還されるというのが日本政府の説明です。しかし、久間防衛庁長官のときに国会で取り 上げられて、全額戻るまでに50年以上かかると言っているので、実際には、これはもうほとん ど、あげるのと同じですね。 ・しかし日本側が全額負担と明記  グアム移転に国民の税金が6000億円かかることは、ハッキリと米軍再編に書いてある。それ に、騒音被害にはプラスになりますが、厚木基地の米空母艦載機部隊が69機が岩国に移転してき ます。岩国では大反対している。こういった米軍再編には、アメリカのローレス国防副次官補(当 時)は3兆円かかると言っていました。しかし、2006年5月1日に日米が合意した米軍再編の最終 報告書には、特別に書かない限り日本側が経費を負担すると書いてある。つまり、グアムの6000 億円だけでなく、3兆円を日本側が全額負担することが表の文書に書いてあるんです。 厚木の移転は、周辺住民の負担軽減にもなるけれど、アメリカ側も移転を望んでいるはずです。 基地を安定的に使うためには、かつて基地を離陸したファントムが民家に墜落して一家3人が亡く なったというような事故を再び起こしてはいけない。だから、自分たちも移転したくて移転する んです。なのに、なぜ日本が全額を負担するのか、説明がつかないんです。 ・批判しないメディア  こうした妙なことがたくさん米軍再編の中に書かれているのに、表の文書に対する批判すらほ とんどメディアは伝えない。「日米が合意しました」と一日だけ大展開し、翌日からは知らん 顔。その中身は書かない。なぜ、クリントン国務長官が初の外遊で日本に来たのか? 28億ドル やるからに決まってるじゃないですか。中国以上に日本が大事にされているからじゃないですよ。 お金を出してくれるところに、感謝のためにあいさつに来ただけ。そういうことは日本のメディア は書いてないですよ。  「なぜ」という問いかけが弱いんですね。想像力もないし、取材力も今の記者には働かなく なっている。そういう中で、沖縄メディアのがんばりが相対的に目立ってきている。我々がダメな 分、沖縄のメディアが頑張っている。それだけじゃないのかという気がしています。 豊:三宅さんにお尋ねしますが、フリーの立場でメディアに発表するにも大きな壁があり、大変 な苦労をしながら取材をされているということですが、今のメディアに対して、もっとこうでき る、もっとこうすればいい、ここが問題ではないかということがあれば教えていただけますか。 三宅:フリーランスになると、相手が何を考えているかが非常によくわかります。ああ、書いてほ しくないんだなというのがよくわかるんですね。私も組織にいたからわかるのですが、名刺1枚 で、自治体の首長や議員、企業の社長が、息子くらいの年齢の新人記者にゴマをするわけです ね。それは会社に対してぺこぺこしているわけで、それがなくなったとき、結局、自分には何も期 待してなかったんだなというのがよくわかるわけです。それを勘違いしている人がよくいるんです が、私もその1人だったと思います。 ・メディアと権力の関係  メディアやマスコミという言葉をよく使いますが、ちょっと気をつけて使ってほしいと思うんで すね。つまり、「半国営メディア」と「独立メディア」をきちんと分けて表現してほしい。例え

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ば、沖縄メディアと他の大メディアの違いは、沖縄の2紙、琉球新報と沖縄タイムスは、戦後に創 刊された新聞ですよね。それ以外の地方紙や全国紙は、だいたい創立100年を超えている。讒謗律 (ざんぼうりつ)とか新聞紙条例とか、そういう時代に御用新聞として創刊しているんですよ。  私は山陽新聞の記者時代に、宮武外骨という、変な雑誌を作っていた香川県出身のおじさんを 取材して「ははーん」と思ったんですが、御用新聞と自ら名乗って明治政府の提灯記事を書いてい た大新聞があったわけですね。当時、宮武外骨は、「滑稽新聞」とか変な雑誌をいっぱい作っ て、結構、3万部とか売れたという。彼は、新聞ゴロ、あるいは羽織ゴロですかね、ゆすり、た かりの新聞記者だと痛烈に批判している。例えば毎日新聞の前身である東京日日新聞の福地源一 郎は、「軍人勅諭」を書くときにいろいろ協力したとか、そういう話があるわけですよね。  つまり、こうした大マスコミは、権力と密接に歩んできた100年だったわけです。戦争中は時の 政権にべったりで、中には抵抗した人はいたとしても、結果的に政権を支えてきた。戦後は、政権 や支配者が代わるごとに、次の支配者とうまくやってきた。そして今また政権の流れが変わってく ると、そこにくっつこうとしているだけではないか。 ・記者クラブの問題  具体的な現象として、先ほど「半国営」という言い方をしたのは、記者クラブという制度の問 題があります。特定のメディア産業、大企業だけに税金を使って便宜を図っている。業界団体をつ くること自体は、自由にやればいいと思います。しかし、そこに税金が使われるとなると、国民 の合意がなければいけない。なのに、記者クラブは、そうなっていませんよね。  今、裁判所の記者クラブについて調べているのですが、東京地裁の中に、新聞記者室という部 屋があります。霞ヶ関一丁目のど真ん中に、700平米もある。ここに入れるのは司法記者クラブの 加盟社のみ。我々が「同じ仕事をしているから入れてくれ」と言っても絶対に入れません。独占的 な任意団体です。ここを昭和58年から1円も払わずに使っているんですね。税金です。(注 記者 会見については司法クラブの了解のもとで出席が可能になっている)  なぜこんなことをしているかというと、役所は利用価値があるからなんですよ。警察なんかもま さにそうで、自分たちのやりたい捜査をやりたいように進めるために、メディアに適当にエサを 与えて、世論操作をする。こうしたことが、大きな問題としてあると思うんです。 ・「言論の自由」「報道の自由」  だから、「報道の自由」なんてものは、私の目から見たら全くない。私のようなフリーには、 情報公開、あるいは司法という大きな力、あとは議会しかないんです。その司法と議会が今もう崩 壊寸前なんですね。司法が、もし軍事法廷みたいな話になってくると、ますます自衛隊の中はわ からなくなってしまう。私は名誉毀損で武富士から訴えられたことがありますが、刑事告訴なり 刑事事件にしようと思ったらできるわけです。明治のころの言論弾圧の一つに名誉毀損もあった わけですが、戦後も結局、生き残っているんですね。何が名誉毀損で、何が名誉毀損でないか は、そのときの裁判官なり、時の権力者のさじ加減一つ。  そういう不安定な、署名のない、契約書のない、カギカッコ付きの「言論の自由」「報道の自 由」しか、今の日本にはない。一つひとつ、ものを言う自由を獲得していかなきゃいけない、そ の作業の過程にまだあるんじゃないのかなと、そういう目で私は今のメディアを見ています。 豊:なかなか厳しい言葉をいただきました。ただ、弁解するわけではありませんが、東京新聞の 半田さんも、琉球新報の松元さんも、企業のジャーナリストとして記者クラブにいながら、果敢 に真実追及に取り組んでおられます。そのことを、組織ジャーナリストの一員として反論もしてお きたいと思いました。  松元さんの問題提起で、安全保障問題がブラックボックス化している、そこにどうクサビを打

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ち込んでいくかという問題提起をいただきました。まさに、我々に問われていることではないか と思います。そのあたりについて、これからどのように取り組んでいけばいいのか、お願いできま すでしょうか。 ▼これからメディアに課せられた課題 松元:普天間の話になると、どうしても密約の問題になりますが、安全保障問題は政治レベル で、永田町を中心として政治家や役所がいろんな形でアメリカと交渉し、ここをどうするかとい う形で動く。そこに決定的に欠落しているのが「現場」だと思うんですね。 ・現場からの視点  F15戦闘機が1日に70回、80回、ひどい日には200回も飛んで、隣の人と話もできない瞬間が1 日に200回も来るという生活をしている人たちの苦しさや悩みを少しでも実感する。ちょこっと沖 縄の視察に来て、基地を眺めて、あまりヘリも戦闘機も飛んでいないような日に「広いね、街中 にこんな基地があったら大変だね」というくらいの感覚で帰れば、安全保障のしわよせを受けて いる人たちの思いが政策になんら反映されない。それが延々と続くことになると思います。  取材記者も全く同じだと思います。防衛省主催の沖縄基地視察ツアーみたいなものだけでな く、ちゃんと自分の時間を使って沖縄に来て、反基地の市民活動をしている中心的な人たちに直 接会っていろんな話を聞いたり、もしくは普天間飛行場の名護市への移設を進めたいという地元 の人から話を聞いたり、現場に寄り添って物を書いていこうという姿勢のある記者が書く記事は やはり違うなと感じます。本土メディアを十把一絡げにして発言しているつもりはありません。 ・定点観測の大切さ  特に安全保障に関しては、現場が欠落しがちになるという点からすると、先ほどの半田さんの お話にあった、自衛隊の動きをチェックするのと同様に、米軍の動きについても、一度や二度見 てもわからないものが、毎日毎日、もしくは3日に1回、2日に1回と頻度を上げていくことで 見えてくることがあるんです。どうもあの部隊の動きがおかしいとか、昨日あった「PAC3」の ミサイルのランチャーが今日はない、どこに行っているのかとか、定点観測をすることによって軍 事上の動きも見えてきますし、住民の抱えている負担感も見えてくる。  安全保障の問題に欠落しがちな「現場主義」を、在京の、とくに安全保障を担当している記者 たちが徹底していけば、また別の形で安全保障報道が出てくるのではないでしょうか。 ・民意の変化  普天間飛行場の移設先として名護市の大浦湾を埋め立てるといいますが、ニュース映像や新聞の 資料写真でご覧になった皆さんはご存じかもしれませんが、海面から15メートル下の海底の砂の 模様までわかるような澄んだ海です。沖縄本島でナンバー1といってもいいでしょう。そういう海 を埋め尽くして基地をつくると、ジュゴンの生存も非常に厳しくなりますし、豊かな漁場である 大浦湾の生息環境はかなり厳しくなることが不可避です。振興策を当てにして基地移設容認派に 回っていた漁民が、かなりの割合で「大浦湾をつぶすことだけはどうしても許せない」と反対側 に立ち、海上デモでも船団の先頭に立つというような民意の変化も、今回の新しい案については 出ています。  グアムにあれだけの部隊を動かせるなら、沖縄にこれだけの基地を置き続けることが必要なの かという「軍事的合理性」。普天間飛行場という危険な基地を、反基地感情の強い沖縄に置き続 けることが日米安保のためになるのかという「政治的合理性」。先ほど半田さんが指摘されたよ うに、グアム移転の経費を日本側の負担でこれだけ拠出することの「法的合理性」。巨額の資金 をアメリカに提供することが日本にとってプラスなのかという「経済的合理性」。さらに、これ だけ環境問題への関心が高まりを見せるなかで、国土の一角にある、他と比べても数少ない貴重

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な海を埋め立てて軍事基地にしてしまうという国の営みを許していいのかという「環境的合理 性」。この「5つの合理性」の観点から、普天間飛行場の今後の移設問題を検証し尽くしていく ことが求められています。 ・沖縄に封じ込められ続ける基地問題  私が国防総省や国務省の高官とオフレコで会ったとき──もう7、8年前のことだから言いま すが──「皆さんは、あそこに本当に基地を造ることが許されると思うのか」と問うと、「アメ リカ本国だったらできません。日本政府があそこに造るというから私たちは行くんだ」と答え る。「では、造れなかった場合の次のオプションがあるのか」と聞くと、「もちろん、それが頓 挫した場合は次のオプションもある」と彼らは言いました。アメリカは、次のオプションを用意 しているわけですね。ところが、日本政府は沖縄に固定化して、基地を押し付けるという選択肢か ら抜け出そうとしない。そのためにこうした構造が起きている。アメリカに対して物を言わな い。沖縄に押し付けるという考え方も改めない。「対米追従」に陥ったそういう悪循環の中で、 普天間の県内移設という固定した概念が揺るがないという状況が出て来ているんです。  そこを崩していくためにも、今後の普天間飛行場について、先ほどの「5つの合理性」から検証 し尽くしていくことで、対米追従にどっぷりと浸かった安全保障のあり方を少しずつ変えていくた めのクサビを打ち込める部分があるのではないか。  これはもちろん、私たち沖縄のメディアで働く一人ひとりの記者に課せられた大きな課題だと 思います。こうした課題を、沖縄と本土メディアとの間で共有していければ、事態は少し前向きに 動かせるのではないか。まさに正念場の時期が始まる前に、そういうふうに思います。 ・外務省機密文書/日米地位協定の考え方  かつて琉球新報は、「日米地位協定の考え方」という、「永久機密文書・無期限マル秘」の刻 印が押された外務省の機密文書をスクープしました。外務省がその存在を認めないので、新聞の 13カ面を使って全文掲載しました。永久部外秘の文書を13面も使って全文を出すというのは何と いう新聞だ、と外務省の人たちから言われましたが、外務省はようやくその存在だけは認めまし たが、「米国との信頼関係を損なう」という理由で国政調査権を使って開示を求めた沖縄県選出 の与野党国会議員の請求も拒みました。さらにそれをもっとバージョンアップした増補版がある ことが分かりました。それは絶対に表に出さないと言い張るので、それなら、もう一回どこかか ら探し出して紙面化しようと、半年をかけて、取材源を守るために複数のルートから入手した段 階で、外務省には嫌がらせに見えたかもしれませんが、あらためて古今度は17面を使って全文を 掲載しました。それが『外務省機密文書 日米地位協定の考え方 増補版』(2004年・高文研)とい う本になりました。外務省の売店に平積みになっていたのが、北米局が「そんな本を平積みにす るな」といって(笑)、奥の本棚に押し込められたというエピソードもあります。 ・本土メディアの沈黙  このころ、本土メディアの那覇支局長の皆さんは毎日、霞ヶ関の記者クラブに琉球新報の連載 やキャンペーンの記事をFAXで送っていました。産経新聞などはそういうことをしませんでした が、関心を持って読み、どこかで追いかけなきゃいけないんじゃないかという意識が那覇支局に いる記者たちにはあったんですね。しかし、これは琉球新報が独走しているということで、そこ にアプローチする本土メディアが残念ながらなかった。私たちのキャンペーンは、地位協定のいろ いろな問題点を表に出して、国会でも問題にしたものがいくつかありましたが、結局、改定はで きませんでした。これは私たちの力不足です。  すでに「地位協定そのものが不平等で対米従属だ」と言われていました。それよりもはるかに 対米追従の進んだ形のマル秘文書の機密解釈書が見つかったわけです。そのことを全国のメディア

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と沖縄のメディアが一斉に問題意識をもって報道していれば、もしかすると地位協定は改定できた のではないかと思っています。これは私自身の反省でもあります。  普天間の移設を本当に許していいのか。どうも各紙の社説では、沖縄県民はもう普天間移設を 認めて、中南部の基地をパッケージに基づいて返させた方がずっと得ではないかという論調が目 立ちます。しかし、それは、(沖縄の民意や)→削除日米関係のあり方を考えていく上で得策で はない考え方だと思います。それを覆していくためにも、先の5つの合理性から米軍再編や普天間 飛行場移設問題を検証し、クサビを打っていくことが非常に重要だと感じています。 半田:秘密協定を暴いたことがないので経験談は語れないのですが、隠していることは何回も暴 いて書いています。しかし、目の前にある事実とされるものに対して疑問を持つ姿勢を持ち続けな ければ、そこから先に進めないだろうと思います。 ・ミサイル防衛システムの矛盾  先日、北朝鮮の人工衛星の発射、ロケット発射ともいいますし、日本政府はミサイル発射とも 言っていますが、このとき、落ちてきたら大変だから迎撃すると麻生首相が勇ましく発言し、ミ サイル防衛システムが引っ張り出されたわけですね。イージス護衛艦は日本海に出ていきましたか ら目立ちませんが、「PAC3」は、僕が詰めている防衛省の記者クラブの前に置かれたので、 ものすごく気になりました。実際、防衛省の中で、ミサイル防衛にかかわっていない陸上自衛隊の 人たちは1階から上にいますから、「本当に撃つのかよ」とみんな言うわけです。「撃つときは ひと声かけてくれないかな」と(笑)。「どうするの?」と聞いたら、「逃げるに決まってる じゃない」と(笑)。つまり、自衛隊でさえ信用していない。  昨年、初めて航空自衛隊がアメリカに行って「PAC3」の試射を行いました。迎撃対象に なった模擬ミサイルは150Kmくらいしか飛ばない短距離ミサイルなんですね。「PAC3」は、イ ラク戦争のときにクウェートに配備され、イラクから発射された短距離ミサイル「アル・サムー ド」「アビバル100」が20発打ってきたのを迎撃して、そのうち9発落としたといわれています。た だし、「PAC2」と「PAC3」を混載しているランチャーから発射されたので、どちらが何 発落としたのかは公表されていない。本来、1300Kmも離れたところから飛んでくるミサイルを迎撃 する能力があるのかどうか、アメリカでさえ実証していない。それに、もし迎撃に成功した場 合、破片がどれだけ飛び散るのかもわからない。  今回、北朝鮮が言っているように人工衛星なのであれば、迎撃するのではなく、フリーフォー ル(自由落下)させてそのまま落とした方が被害は小さいのではないか。どちらが損か得かを研 究した上で配備したのかがとても重要なのですが、どのメディアも書かない。自衛隊に聞いて も、自衛隊もやったことがないからわからない。アメリカから言われた通りに買ってきて、そこ に配備しただけだから、どうなっちゃうかわからんと。後は野となれ山となれみたいな感じの配 備だったわけですね。  実際に撃った瞬間、イージス艦のはるか上を飛んでいっちゃって、「名古屋で火事が起きてい る、大変だ大変だ」と消火器を持って東京で騒いでいるような、そんなトンチンカンな事態だっ たわけです。でも、一部では効を奏して、東北出身の議員たちが「PAC3をここに置いてくれ」 と言いましたから、今年行われる防衛計画の大綱等の見直しでは、おそらく「PAC3」は増え るんじゃないかと思いますね。 ・検証されない配備 「PAC3」そのものは、今すでに航空自衛隊が持っている「PAC2」を改修するので、 とっても安い。たった300億円でできますから(笑)。「PAC3」の弾も安くて、5億円です (笑)。三菱でライセンス生産を始めて8億円になりました(笑)。それをみんな買うんですね。

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こうした費用対効果や、防衛費はいくらあってミサイル防衛にどれくらい使っているのか、米軍再 編でいくら支出することになるのかなどを調べていくと、実際に自衛隊は機能するのかが危うく なっているのが実態なんですね。  自衛隊が助かるなと思うのは、震災などの際、自衛隊が災害派遣で活動してくれるのがいちば ん役に立つんですね。そのときに、「今は燃料がありません」とか「車両が壊れていて動きませ ん」とか、そういうのがいちばん困る。そういう事態に、今なりかけているんです。 ・補完すべき雑誌メディアの休刊  今回の北朝鮮の発射騒ぎから解きほぐしていくと、ミサイル防衛とは何であったのか、防衛費 は何に使われているのかが徐々にわかる。でも、今の新聞は新しい話を追いかけるのに精一杯だ と思っている人がほとんどだから、紙面を割かない。では、ドキュメンタリーとして僕らのアルバ イト料にもなっていた月刊誌はどうかというと、『現代』がなくなり『論座』もなくなり、『諸 君』すらなくなった。なかなか新聞やテレビが重要な真実を伝えようとしない。それを補完して いた月刊メディアがなくなってしまう。これはもう末期的なんじゃないかと。どこかで、もう一度 ちゃんとしようよと、ジャーナリストが立ち上がって言っていかないと、発表ジャーナリズムに 落ちてしまう。三宅さんに批判されるような、ただ記者クラブにぶら下がっているだけの記者ば かりになる。 ・発表ジャーナリズムの陥塀  米軍再編は、防衛省の 天皇 と呼ばれた守屋武昌さん(前防衛事務次官)という人̶̶今、 収賄罪で有罪判決を受けて控訴中です̶̶が情熱をもってやったのです。他方、本来ならば主役の もう1人であったはずの外務省が、防衛省が前面に出てきたことでスーッと引いちゃった。そのと きの外務大臣の高村正彦さんが、いま普天間移設で暗躍しているらしいので、少しずつ形が変わる 可能性を残しているのですが、なかなかそういうことを新聞は書かない。なぜなら、誰もそう しゃべらないから。誰かがしゃべっていることを記事にするのが今のジャーナリズムですから。 そんなこと、誰でもできるでしょう。  守屋さんの晩年でありピーク時だったころ、守屋さんの自宅は神楽坂に、1億円近いお金で 買った古い家がある。そこから防衛省まで、毎日黒塗りの車で来るんです。その時間はわずか10 分。朝、先着3名様だけが守屋さんの車に同乗して取材ができる。そこで 天皇 がお話しになっ た言葉が、その日の夕刊や翌日の朝刊に載るわけです。そういう言葉を取るためだけに取材に行 く。あるいは、それでは足りないから、そこで忠誠を尽くしてもう少し時間をもらい、ご託宣を 受けて記事にする。そういう形の、広い意味での発表ジャーナリズムを実践するしか我々はやっ てこなかったから、彼があれだけ増長したのは僕らの責任でもあるんです。「あなた様は大事な 人だから何をやっていいです」みたいな誤解を与えた。防衛省の中で、食堂に行くのでさえ黒塗 りの車で行っていた(笑)。そういったところで、反省しきりです。 三宅:私は、当時は航空総隊の司令官だった前航空幕僚長の田母神俊雄さんと、たまたま防災訓 練のカレーの焚き出しの現場でバッタリ会ったことがあります。私は以前から田母神さんという 人を「この人はたぶん何かしでかすだろう」と思って注目していました。 ・田母神問題の本質 彼の最新作を読むと、「自衛隊は栄光ある日本軍の末裔だ」ということが書いてありました。 ずっと質問していたけれど無視されていましたが、「ああ、やっぱりあなたはこういうことを言い たかったんですね」ということがやっと分かりました。彼は、「日本はいい国だ」と言ったらク ビになった、そんな国は世界中を見たって他にないんだ、ということを言っていた。要するに、 日本軍はファシズムの元凶でしたが、そのファシズムの時代がよかったと彼は言っている。つま

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り、帝国憲法の方がよかった。あるいは、帝国憲法すら守らず、モノを言ったら憲兵が捕まえて拷 問して、裁判もろくになしに刑務所に送った、そんな時代の方がよかったということを、彼は空幕 長という立場でありながら実は以前から言っていた。そういう教育を部下にもしていたんです ね。その頃の文書を私は持っていたんですが、防衛省に取材をしたら、結局、ないことになって しまった。そんな記録は部隊としては取っていない、といってうやむやにした。 ・「民主主義」の脅威  日本の、カギカッコつきの「民主主義」は、米軍が日本人を殺して、その結果、持ち込んだも のでした。アメリカは、「民主主義」を持ち込むとついでに日本の軍部も壊してくれたわけです。 せっかく日本の軍部が壊れたのにアメリカの都合でまた再軍備をした。その軍隊が、また日本の 「民主主義」の脅威となろうとしているのではないか、それを私はいちばん懸念しています。  「北朝鮮のミサイルだ!」「誰かが攻めてくるのか?」ということよりも、日本の国自身が、 我々の税金で養っている実力組織が、我々の「言論の自由」を破壊しようとしているのではない かというのが個人的に思っていることです。 豊:会場の皆さんから、たくさん質問をいただいています。いくつかこちらで選んで回答したいと 思います。「どうすれば現況が変わるのかを具体的に論じなければ意味がありません。そこで質 問します。もし半田さんが他の大手メディアの記者だったら、もし松元さんが本土メディアの記者 だったら、どうやってこうしたテーマの記事化を実現しますか? デスクの乗せ方、読者の声の 生かし方などを踏まえてお答えください」ということです。一言ずつお願いします。 半田:僕が他社の記者だったら? 例えば某大手紙○○とか○○とか? どうにもなんないです よね。(会場爆笑) 松元:私が、全国紙の記者だったらというのは全く想像がつかない世界ですが、安全保障に関して は、とにかく目の前で起きていることをすべて疑ってかかるスタンスで取材に臨むこと。そして、防衛 省の担当も、外務省の担当も、霞ヶ関だけを取材するのではなく、現場を踏むことが大事だと思いま す。  実は昨日(5月8日)から琉球新報では、現政経部で前東京報道部の外務・防衛担当だった与 那嶺路代という記者が「翻弄されるグアム」というルポを連載しています。グアム協定がどういう 形で息づいていくのか──全国紙も一回読み切りでレポートした社もあると思いますが──骨太 の形でルポをしているのが今回のうちの連載です。実は、グアムで政治的な発言者である知事や商 工会のリーダーは基地受け入れ歓迎だということは日本のメディアにどんどん出ていますが、一般 住民、特に先住民族であるチャモロ族の皆さんは反対が多数。住民投票をすると、もしかすると 反対に振れるかもしれないという状況が、ほとんど日本では報道されていません。そういうとこ ろをしっかりとルポして、グアムの状況を伝えていく。アメリカの基地が押し寄せてくるグアム。 お金の使い方も、積算根拠が不明で、おかしな形で使われそうだということを今から書いてい く。そうした、現場を踏むということが、全国メディアの中でも、今の問題に向き合っていく上 で重要な取材手法ではないかと思います。   豊:次に、自衛隊の武器使用基準などについての質問が、半田さんにたくさん寄せられています。 半田:今までの自衛隊の海外派遣は、自分や、自分と共にある隊員、うんと広がった場合では自 己の管理下にあるものを守るというものでした。基本は「自分を守る」ために出て行ったんです が、今回の海上警備行動は、海上保安庁の代わりですから、海の「おまわりさん」になってい

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る。自分がやられるだけではなく、市民がやられたときに「おまわりさん」が拳銃を使うのと同 じように、日本の船舶を守るために武器を使うというのが今までと違うところです。  それが海賊対処法案にも反映されているので、今度は日本の船舶を守るためだけでなく、海賊 の取り締まりのために使う。本当は、第一義的に海上保安庁が対処すべきことと書いてあります が、その能力がない。今回のソマリア沖では海上自衛隊が肩代わりすることが明らかですから、 つまり「おまわりさん」が拳銃を使うのと同じように、治安を守るために武器を使っていくとい うのが基本的な形で語られている。  ですから、今までの自衛隊の海外派遣とはステージが違います。「おまわりさんだからいいで しょう」ということで武器使用基準が広がっている。広がったものが、将来的には自民党も民主 党も関心を示している恒久法に反映されて、すでに海上警備行動や、さらには海賊対処法で実施し ているような武器の使用をやりましょうということになり、具体的には任務遂行のための武器使 用や「駆けつけ警護」が行われる呼び水になっていく、と考えていけばいいのではないかと思い ます。 豊:ありがとうございました。これでパネルディスカッションを終わります。(拍手) ションを終わります。(拍手)

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