論文 河川技術論文集,第18巻,2012年6月
名古屋市民100万人に避難勧告の出た2011豪雨
-2000東海豪雨との比較による豪雨災害への対応-
RESPONSE TO HEAVY RAIN FALL 2011 WITH EVACUATION
RECOMMENDATION TO A MILLION CITIZENS OF NAGOYA
-COMPARISON WITH TOKAI HEAVY RAINFALL DISASTER 2000-
辻本哲郎
1・Marie THOMAS
2Tetsuro TSUJIMOTO and Marie THOMAS
1フェロー会員 工博 名古屋大学大学院教授 工学研究科社会基盤工学専攻(〒464-8633名古屋市千種区不老町) 2Postgraduate Student, MS,Dept. Civil Eng., Nagoya University & Dept. Geography, Toulouse University II
On a heavy rainfall in September 2011, Nagoya city issued evacuation recommendation to more than a million citizens and resultantly only around 4800 citizens followed. When we have to prepare for coming serious disaster due to climate change to overcome remained vulnerability, it is necessary to study how to manage risk against severe heavy rainfall and subsequent flood disasters. Then it is important to compare this time event with Tokai heavy rainfall disaster in 2000 when we discussed how to overcome urban flood disaster due to a torrential downpour and continued improvement of preparedness against it. This study aim to compare two events in 2000 and 2011 each other, to clarify how we have advanced our preparedness against heavy rainfall disasters, and how to overcome remaining difficulties, from the conceptual discussion of risk management composed of the concepts of hazard, exposure and vulnerability (or resilience).
Key Words : Heavy rainfall, inundation, flood mitigation, evacuation, hazard, vulnerability, resilience, risk management
1. まえがき 2000年東海豪雨1)は名古屋周辺で広範囲の氾濫による被 害をもたらし,豪雨災害,とくに都市型水害対策の重要性を アピールした.この地域では,その後5ヵ年の激甚災害対策 特別緊急(激特)事業による復旧,さらに河川整備計画にもと づく河川改修などハード整備に加えて,ハザードマップ整 備などソフト対応も進められてきた.こうした中で,2011年9 月に概ね同規模の豪雨がこの地域を襲い,名古屋市で100 万人以上の市民に避難勧告が発令される事態となった2). 本研究では,外力(降雨,洪水流量),ハード・ソフトの備え (preparedness),災害の具体化(氾濫,浸水),緊急時の対応 (incident response)の視点から,2011年豪雨を東海豪雨と比 較し,とくに豪雨災害対応・緊急時対応について残された課 題を抽出・検討する. 2.災害の構成要素から見る視点 本研究では災害の構成を以下のような概念的なものと して捉えている2), 3).まず降雨・洪水など自然現象(Hazard), それが出現する地域の人口や資産(Exposure),そのHazard への抵抗力(Resilience)あるいは脆弱さ(Vulnerability)の3 つの要素でRiskが決まる.本研究では,東海豪雨や2011 年名古屋周辺を襲ったタイプの豪雨とそれによる河川の 氾濫と内水氾濫をHazardとする.低平地が広がるこの地 域はこうしたHazardのポテンシャルが高く,都市圏の発 展はこうした地域にきわめて高いExposureを展開しその 拡散を時間的に進めてきた.また,こうしたHazardに対 してハード面では①洪水を堤防の危険水位以下に抑える こと(堤防嵩上げ・掘削による河道断面確保,遊水地・ 分派・内水排水規制による流量逓減),②雨水排除向上 (下水道・貯留池などへの貯留,ポンプ排水とそこまで の誘導)などの防災能力(protection)向上がResilience を高める.ソフト面では,①Hazardの時空間展開の観 測・予測・情報伝達,②HazardがProtectionの水準を超 える予測と情報伝達,③避難体制(勧告と支援),④救 援・応急復旧の備え(Preparedness)と実行(incident response) がResilienceを高める.逆にそれらが不十分である状況が
その社会のVulnerabilityである.さらに一旦被災した地域が 手際よく復旧・復興に入ることが出来ることもその地域の Resilienceを示し,それには地域やその代表産業・企業の持 続性が普段から準備されていること(Business Continuity Plan) やSWEAT(Security, Water ,Energy ,Access , Telecom)機能の靭性や早期復旧能力に依存している. 2.東海豪雨および2011年9月豪雨 図-1は,2000年9月豪雨(東海豪雨)と2011年9月豪雨 (台風15号)時の天気図を比較したもの4)である,両者と も南西に台風が存在し,本土に秋雨前線が停滞した状況 で,南東からの湿った風がメソ収束線を中京周辺に形成, 線状降雨をもたらしたものである.この地域のかなりの 面積は庄内川流域(図-2参照)に属し,庄内川の氾濫危険 性がこの地域の水害危険度に大きく影響するので,ここ ではこの流域の降雨と庄内川の洪水状況をHazardとして 捉えて議論する.庄内川の基準点は下流が枇杷島(河口 から16km)で河川整備基本方針での治水計画規模は1/200, 上流は多治見で1/100とされている.概ね中流志段味よ り下流沿川,主として左岸に(Exposureの大きい)名古屋 市が広がっている. 図-1 東海豪雨と2011年豪雨時の天気図の比較 図-2 庄内川流域 Hazardとしての降雨を東海豪雨と2011年豪雨の総雨量 分布で示した4)のが図-3で,両者とも規模や時間的な継 続は類似(図-4にハイエトグラフを表示)しているが,前 者は名古屋市周辺に,後者は少し上流部に降水量コン ターのピークを有するなど空間的なずれがある. こうした降水パターンにもとづいて,庄内川の洪水状 況にも相違が見られる.図-5は,基準点,参照地点での 水位ハイドログラフ4)を示したもので,上流の多治見, 下流の枇杷島とも,2011豪雨では東海豪雨のそれらを下 回ったにもかかわらず,中間参照地点の志段味ではピー ク水位が2011年では東海豪雨時を超過した. 図-3 東海豪雨と2011年豪雨時の累積降雨量空間分布比較 0 10 20 30 40 50 18:00 0:00 9/20 6:00 12:00 18:00 0:00 9/21 6:00 12:00 18:00 0:00 9/22 時間雨量(m m ) 0 50 100 150 200 250 300 累加雨量(m m ) 1時間最大雨量43mm (9月20日16:00) 累加雨量274mm 0 10 20 30 40 50 60 70 18:00 0:00 9/20 6:00 12:00 18:00 0:00 9/21 6:00 12:00 18:00 0:00 9/22 時間雨量( mm) 0 50 100 150 200 250 300 350 400 450 500 累加雨量( mm) 1時間最大雨量64mm (9月20日12:00) 累加雨量477mm 名古屋雨量 (東海豪雨) 名古屋雨量 多治見雨量 (2011) (2011) 図-4 豪雨のハイエトグラフ(雨量強度と累積降雨量) 図-5 庄内川各地点での水位ハイドログラフ
河川の洪水現象というHazardも降雨と同様に中流域で 大きくなっている.洪水は下流に伝播する性質があるの で降水量の空間パターンを下流へ畳み込む.それゆえ, 中流で洪水流量が大きくなると下流でもその傾向がある はずであるが,図-5は洪水の水位で表現しており,下流 の治水整備(ハード面でのPreparedness)により水位で見 たHazardは軽減されている(東海豪雨後の治水整備につ いては次章で議論する). このようにHazardパターンが酷似しているものの空間 的な配置の違いがExposureの空間分布によって被害また はRiskの違いにつながっている.Exposureは氾濫原地形 にも関連し,東海豪雨では人口密度や経済活動が集中し た大きく広がる低平地がHazardにさらされ,2011年豪雨 では限られた氾濫原で人口も経済活動も下流部と比べる と小さく,Hazardに対してExposureが限定的であったと 言える.このことも実際の豪雨被害の差に影響している (ここではまだ両者でのPreparednessの違いによるResilience の差が及ぼす被害の差には言及していない). 3.東海豪雨被害とResilience向上の努力 (1) 東海豪雨の被害 東海豪雨の際には庄内川の治水システムは本川の堤防 整備進捗率が30%に満たない状況で,洗堰を通しての派 川新川への分派量が過大であり,新川の整備も遅れてい たため高水位による越流・破堤が被害を大きくした.新 川への過大な洪水流量分派にもかかわらず,庄内川下流 部(5~20km)では長い区間でHWLを超過,下流にある一色 大橋の下流域右岸側では破堤に至らなかったものの越流 に見舞われ必死の水防活動がなされた1), 5). 一方,雨水排除(下水道)の規模も十分でなく,内水氾 濫や道路冠水がいたるところで生じ,地下鉄など地下施 設も浸水し,都市機能が大きく麻痺した.河川水位が高 く破堤する危険性があったためポンプ排水の停止を余儀 なくされ,また貯留施設が降雨ピーク前に満杯になるな ど,豪雨継続中に排水や貯留能力を失い,内水被害が拡 大した.これらが人口密度や経済活動の大きな低平地で 広がった.また,新川破堤による外水氾濫域をはじめ深 刻な浸水区域において,的確な避難勧告や支援,避難活 動が行われず被害が拡大したことも課題であった.産業 面だけでなく生活面でもこうした浸水対応が十分になさ れず被害が拡大した1), 5). 第2章の捉え方からすれば,大きなHazardが大きな Exposureの地域を襲い,治水整備の遅れのほか災害情報 の伝達・避難体制の不十分さなどPreparednessが十分でな いためのRiskが現実化(災害発現)したといってよい.また, 避難体制や,浸水によってライフラインが被災しまた復旧に 手間取る状況といった都市に固有の脆弱さが露呈した. 東海豪雨による直接被害は死者7名,負傷者107名,床 上浸水27,606棟.床下浸水41,154棟であり,損害額では 約7000億円とされる1). (2) 東海豪雨後の治水整備 東海豪雨ではその被害が甚大であったため,庄内川・ 新川と天白川において激特事業が採択され,5ヵ年で再 度災害防止のための治水整備が実施された.破堤災害の あった新川では,まず,洗堰の嵩上げによって庄内川か らの洪水分派量を,東海豪雨を対象に270m3/秒から70m3/ 秒減じるとともに,洗堰から新川までの分派水路を遊水 地化することにより新川流量を60m3/秒減とした.しか し,内水排水を強化し45m3/秒の負担増を背負った.こ れを河道掘削のほか,橋桁没水によって新川の水位を上 昇させた橋梁の架け替え,計画高水位(HWL)を越す流れ についても堤防を粘り強くして避難時間をかせぐための 難破堤堤防化を実施した1), 5). 庄内川では洗堰嵩上げによる分派流量減で洗堰地点下 流では200m3/秒増を背負うことになり,小田井遊水地のピー クカット効率を高める(140m3/秒減)ほか,低水路拡幅での 河積拡大を実施したが激特期間内に可能な対応では不十 分で,余裕高を暫定的に2mから1.2mに切り下げ,その代 わり堤防強化で難破堤堤防化を行った. 上記のような激特事業が5年間で実施されるとともに, これに引き継いで30年の間に進める治河川整備計画が策 定され,現在それにもとづく治水整備が進捗中である. 土岐川庄内川河川整備基本方針の治水計画規模は,直轄 区間上流部1/100(基準点多治見),下流部1/200(基準点 枇杷島)であるが,整備計画では上流は1997年9月洪水規 模,下流は東海豪雨規模を対象とした.下流では激特事業 で東海豪雨再度災害防止対応がなされたとはいえ,東海 豪雨ではHWLを越さなかった25kmより上流の対応,激特 で割引いた余裕高の回復のための更なる河道掘削,激特 事業対象外の流域での安全度向上による流量負担増など の課題に対応することになる.現実には25kmより下流で の激特事業完了後も,整備計画にもとづく治水整備も河 道の疎通能力向上を目指す河川改修の性格上2010年度ま でには同じ下流域に集中してきた. また雨水排除に関しては2001~2010年で時間雨量50mm 対応を60mm対応にレベルアップさせる名古屋市緊急雨水 整備事業が進められるとともに,2003年には「特定都市 河川浸水被害対策法」6)が策定され,堀川,新川などでの 都市河川の整備計画に貯留施設整備なども盛り込み雨水 排除計画との連動が図られている. (3) 水害Resilienceの向上 東海豪雨被害の特徴から都市型水害の課題が抽出され, 「都市型水害対策に関する緊急提言」(2000)がまとめられ た.とくに内水・外水複合型災害という特徴から両者の ハード整備が連携できる仕組みが必要とされたほか,避 難にかかわる情報の伝達や危機管理体制またこれらと関
連して都市生活・機能(ライフライン)の脆弱性の解消な どが課題となった.それらに対応して水防法が改正され (2001),洪水予報河川,浸水想定区域の公表,円滑・迅 速な避難の確保のためのハザードマップ作成・周知が進 められることとなった.なお,2002年には庄内川・新川 で排水ポンプ運転調整の仕組みが作られるなど,地域の 水害Resilienceの向上が図られた5). 2004年には台風10個が本土に上陸,水害での犠牲者が 200名を超える事態となり,「豪雨災害対策総合政策委 員会」(国土交通省)ではハード整備とソフト体制の一体 化が提言され(2004),そのアクションプランが策定され た(2005).一方,内閣府に設置された「集中豪雨時にお ける情報伝達および高齢者等要支援者の避難支援に関す る検討会」(2005)では,被害が拡大した要因として, (1)避難勧告が適切なタイミングで発令できていない, (2)住民への迅速、確実な伝達ができていない,(3)住民 が避難しないをあげ,避難体制をマニュアル化し,また 高齢者等要援護者の避難支援ガイドラインが作られた. 水防法が再度改正されてハザードマップ作成が強化され 降雨・洪水予報の精度向上とともに対象水系も拡大した. また,要避難支援擁護者に配慮し,避難勧告・避難指示 に避難準備情報を加え,マニュアルで避難勧告等の発令 タイミングを標準化した.さらに高齢者など要支援者の 避難体制では福祉行政と連携することとなった5),7).これらに よってハード面だけでなくソフト面でのPreparednessによる 豪雨災害Resilience の向上が進められた. 4.2011豪雨時に見るResilience向上の効果 (1) 2011年豪雨による災害 東海豪雨と2011年豪雨ではHazardとしての規模が概ね 同じ程度であったにも関わらず,2011年豪雨では死者4 名,負傷者6名,床上・床下浸水約1000件と圧倒的に少 なかった.その要因は降雨の集中した場所の氾濫原面積 や氾濫原の特性(拡散的か限定的か)といった物理的性質, 人口・経済活動の集中度などExposureの違い,東海豪雨 後の様々な取り組みによって水害Resilience の向上し たことがあげられる.先に述べたような,ハード・ソフ ト 面 で の Preparedness の 向 上 と , 避 難 体 制 な ど の Incident Responseの向上である. 2011年豪雨時に庄内川流域で具体的に発生した特徴的 な災害は次のとおりである4).(1)庄内川右支川八田川の 堤防越流(左右岸)に伴う外水氾濫(図-6(a)),(2)下志段 味地区吉根の排水不良に伴う内水氾濫(図-6(a)),(3)庄 内川中志段味地区左岸堤(余裕高分未整備)の越水および 右支川長戸川の氾濫と内水氾濫との複合(図-6(b)), (4)庄内川右支川野添川左岸越流による上志段味地区で の外水氾濫(図-6(b)),(5)多治見市,土岐市の庄内川沿 川で排水不良による内水氾濫(図-6(c)).いずれも庄内 川中流部の高水位(Hazard)に関連する災害である.図-7 に示す4)ように,新川洗堰上流(19km)から34km付近まで 断続的に洪水痕跡がHWLを越した.これは,先にも説明 したように豪雨の中心が流域中央部に集中したことと, これまで,激特と整備計画による治水整備が洗堰下流に 集中し,下流からの河川改修という原則的な順番ととも に,河川横断構造物の対応という課題が残っているため, この区間での流水断面向上が遅れていたことによる. 計画高水位超過区間 浸水区域 八田川の越水状況 庄内 川 → 吉根排水 路 吉根小 吉根排水樋門 至来川排水樋門 至来川 樋門 浸水区域 (緑政土木局調査 平成23年9月30日現在) 主要な排水施設及び河川 樋門 浸水区域 (緑政土木局調査 平成23年9月30日現在) 主要な排水施設及び河川 樋門 浸水区域 (緑政土木局調査 平成23年9月30日現在) 主要な排水施設及び河川 樋門 浸水区域 (緑政土木局調査 平成23年9月30日現在) 主要な排水施設及び河川 吉根地区の浸水状況 (a)右支川八田川越流による外水氾濫と吉根排水不良による内水氾濫 12 11 計画高水位超過区間 土 の う 積 み 箇 所 下 志 段 味 排 水 路 ←長戸川 庄 内 川 → 樋門 P 東 名 高 速 道 路 土 の う 積 み 箇 所 下 志 段 味 排 水 路 ←長戸川 庄 内 川 → 樋門 P 東 名 高 速 道 路 下志段味地区の浸水状況 9 10 土のう積箇所 野添川 庄内川 土のう積箇所 野添川 庄内川 中志段味地区の浸水状況 浸水区域 (緑政土木局調査 平成23年9月30日現在) 下志段味ポンプ所樋門 主要排水路(自然排水) 主要排水路(ポンプ排水) 下志段味ポンプ所 P 浸水区域 (緑政土木局調査 平成23年9月30日現在) 下志段味ポンプ所樋門 主要排水路(自然排水) 主要排水路(ポンプ排水) 下志段味ポンプ所 P P (b)本川左岸堤越流よる下志段味外水氾濫と中志段味での野添川氾濫 13 13 16 16 15 15 14 14 (c)多治見市,土岐市での排水不良による沿川での内水氾濫 図-6 庄内川に沿った2011年豪雨災害 庄 内 川 新 川 橋 一 色 大 橋 万 場 大 橋 新 大 正 橋 豊 公 橋 枇 杷 島 観 測 所 庄 内 川 橋 新 川 中 橋 味 鋺 観 測 所 勝 川 橋 鉄 道 橋 松 川 橋 新 東 谷 橋 近 鉄 庄 内 川 橋 梁 J R 関 西 線 橋 梁 庄 内 川 橋 梁 枇 杷 島 橋 梁 枇 杷 島 橋 庄 内 川 橋 梁 ( 名 鉄 ) 新 名 西 橋 下 志 段 味 橋 庄 内 川 橋 梁 志 段 味 観 測 所 枇杷島 0 10 20 30 40 50 60 0 5 10 15 20 25 30 35 40 距離標 水位(TPm) 痕跡水位 左岸 痕跡水位 右岸 HWL 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 20 21 22 23 24 25 距離標 水位(TPm) 痕跡水位 左岸 痕跡水位 右岸 HWL 最大で計画高水位を約1.2m超過(22.2k) 最大で計画高水位を約1.2m超過(22.2k) 断続的にHWLを超過 矢田 川 八田 川 長戸川 洗堰 内津 川 内津 川 放 水 路 水野川 野添川 図-7 2011豪雨時の庄内川洪水痕跡縦断とHWL
上記の災害のうち(1),(3),(4)では庄内川の高い水位によ る支川水位堰上げがHazardであり,ハード面での合流点処 理というPreparedness が未整備であったことによる. (3) 2011年豪雨のハード面でのResilience向上の効果 先に述べたように,2011年豪雨の被害は庄内川中流流 域に集中した.これらの領域は氾濫原が限定的でまた人 口・経済活動といったExposureも限定的でであったため, リスクが下流に出現した東海豪雨に比べ浸水域や被害の 伝播・拡散化が大きくならずにすんだ. さて,2011年豪雨で下流が大きなリスクにさらされな かったのは豪雨域が上流にずれたこと以上に,これまで 述べてきたハード整備の進捗によるResilience向上があ る.具体的には,2011豪雨でも水位ハイドロにおいて志 段味(参考地点)で東海豪雨を上回ったことから下流への 負担流量は,洗堰の東海豪雨後の嵩上げ(約200m3/秒程 度の負担増)で東海豪雨を下回るものとは言えなかった はずである(流量については現在検証中).にもかかわら ず図-8 に示すように,東海豪雨時の痕跡水位は5~20km でHWLを上回っていたのに対し,2011豪雨では下流区間 でHWLを上回った箇所はない.これがまさに激特と整備 計画による河川改修の効果といってよい.国土交通省中 部地方整備局では激特事業前の河道で試算した水位と比 べて枇杷島地点(試算水位はHWLを約0.2m超過)で0.5mの 水位低下効果があったとしている4). 万 場 大 橋 枇 杷 島 観 測 所 庄 内 川 橋 味 鋺 観 測 所 新 東 谷 橋 庄 内 川 新 川 橋 一 色 大 橋 近 鉄 庄 内 川 橋 梁 J R 関 西 線 橋 梁 新 大 正 橋 豊 公 橋 庄 内 川 橋 梁 J R 枇 杷 島 橋 梁 枇 杷 島 橋 庄 内 川 橋 梁 ( 名 鉄 ) 新 名 西 橋 新 川 中 橋 勝 川 橋 鉄 道 橋 松 川 橋 下 志 段 味 橋 庄 内 川 橋 梁 志 段 味 観 測 所 野添川 長戸川 矢田川 八田川 内津川 内津川放水路 新明上条用水堰 八ヶ村用水堰 庄内用水頭首工 高貝用水堰 小田井床止め 枇杷島床止め 山西用水堰 -10 0 10 20 30 40 50 60 0 5 10 15 20 25 30 35 距離標(km) 標高(TPm) 平均河床高 最深河床高 HWL 痕跡水位(東海豪雨) 左岸 痕跡水位(東海豪雨) 右岸 痕跡水位(H23.9.20洪水) 左岸 痕跡水位(H23.9.20洪水) 右岸 2011年豪雨では25~35kmで断続的にHWL超過 降雨特性に応じた流量特性 激特・河川整備による疎通能向上,... 東海豪雨では5~20kmでHWL超過 標高(m) 距離表(km) 0 50 0 10 20 30 図-8 東海豪雨と2011年豪雨での洪水痕跡水位の比較 (3) 2011年豪雨のソフト面でのResilienceの検証 東海豪雨,2004年豪雨の経験に誘起された重なる水防 法改正で,河川管理者による氾濫解析を用いた浸水想定 区域図が市町村に提供され,市町村ではハザードマップ が作成され住民への配布がされるようになった.また, 避難準備情報も含めた避難勧告・指示の発令が,河川管 理者の提供する情報と連動して客観的に出せるようにマ ニュアル化された.これらにより避難システムの面で水 災害Resilienceは形式上向上した.この仕組みを簡単に 示したのが,図-9 である.地域の氾濫に関係した地点 での河川水位に注目し,「氾濫危険水位」,「避難判断水 位」,「出動水位」(水防基準点観測所のみ),「氾濫注意 水位」,「水防団待機水位」が予め決められる(庄内川の 基準点,参考地点での水位はすでに図-5に示した). 時間軸 河川 水位 図-9 避難システムにおいて予め決められる参照水位 あま市 清須市(避難勧告) 西枇杷島、清須、新川、春日 多治見市(避難勧告) 平和町、広小路、小路町、青木町、末広町、日 ノ出町、生田町、田町、小名田町、東栄町、池 田町、前畑町、太平町、宝町、赤坂町、北小木 町 恵那市(避難勧告) 木曽川流域 (土砂災害) 瑞浪市(避難勧告) (土砂災害) 土岐市(避難勧告・指示) (土砂災害) あま市(避難勧告) 下萱津山地区 瀬戸市(避難勧告) 鹿乗町 避難対象 人口 避難率(%) 76 4.3% 8 0.2% 96 34 35.4% 599 2.8% 60 1.0% 619 0.7% 1,095,204 4,749 0.4% 777 1.2% 14 280% 大治町 4,584 134 2.9% 21,693 65,907 自治体 時。自主避難避難者(最大 者含む) 恵那市 1,757 瑞浪市 土岐市 瀬戸市 多治見市 清須市 あま市 3,261 5,738 5 89,569 名古屋市 春日井市 志段味 土岐 名古屋市(避難勧告) 北区(楠、楠西、味鋺、西味鋺、辻、清水、金城、東志賀、城北、 光城、川中、如意) 守山区(白沢、鳥羽見、二城、瀬古、守山、西城、吉根、志段味 西、志段味東) 西区(全)、 中村区(全)、中川区(全)、港区(全)、熱田区(千年、 船方、野立、大宝) 名古屋市(避難指示) 北区(楠、楠西、味鋺、西味鋺) 守山区(白沢、鳥羽見、二城、瀬古) 春日井市(避難勧告) 高蔵寺町、気噴町、大留町、神領町、堀ノ内町、 熊野町、桜佐町、上条町、下津町、中切町、松 河戸町、長塚町、勝川町、御幸町 大治町(避難勧告) 八ツ屋、鎌須賀、砂子新 川東地区 凡例 避難勧告範囲 避難指示範囲 水害 土砂災害 図-10 避難勧告・指示の発令 河川水位実績 (河川管理者) 河川水位予測 →危険情報 (河川管理者) 地方行政の 防災対応の流れ 図-11 避難勧告発令への情報の流れ・手順
これらは,いわゆる避難等の命令に対する行動までの 「リードタイム」を想定して決められた.河川管理者から これらの水位に達する予測や実績が市町村に伝えられ, それを元にタイミングを計って首長が避難準備情報,避 難勧告・指示を発令できるようになった. こうした発令システムにより,2011年豪雨では,東海豪雨 で課題となった発令の遅れ等を解消できた.この結果名古 屋市では100万人超す市民(約47万世帯,1,095,204人)に 避難勧告が発出され,一部には避難指示も出された8).100 万人という数字に驚きが伝えられたが,実際には上述のシ ステムで河川堤防の破堤危険性が認知され,その河川の氾 濫想定区域に避難勧告が発出された.ただし発令対象の空 間単位は「学区」レベルで浸水想定区域にかかる学区には 押並べて発令された.大都市に隣接する河川が危険な状況 ではこうした状況となることは予見されたことである.さて具 体的に避難した住民は名古屋市で4349人(勧告対象者の 0.04%)に過ぎなかった8).マスコミは,当初この迅速な避難 勧告には好意的な記事を出したが,実際の避難者数や台 風通過後被害が甚大でないことがわかると,過大な避難勧 告を非難する向きもある.しかし,大河川で氾濫危険水位 (計画高水位)を超えると破堤は覚悟して対応すべきで,避 難勧告といわないまでも,こうした危険区域に居住している 100万人もの住民に危険を知らせたことは有意義である. このように河川管理者からの情報と市町村の防災行政の システム的な連動が確保された.それに焦点をあてて調べ たのが図-11 である8).時系列の中で,河川管理者の仕 事の流れに追随する地方行政の流れ(防災対策本部の作 戦会議や本部員会議の召集など判断・手順)があること, またさらに住民への周知や報道などプロセスも検証が必 要であることがわかる. さて,東海豪雨時には約15万世帯38万人に避難勧告が発 令され3万人程度が避難したとされるが,勧告等が遅かった ことが当時問題になったうえ,避難も浸水したため余儀なく されてのものが多かった.その後,浸水災害の前に安全に 避難することが課題だとする認識が進んできたところである. 名古屋市域では実は2008年8月豪雨も経験しているのだが, そのときには36万世帯に避難勧告が出て370人程度が避難 した8).東海豪雨以降,ハザードマップ作成,防災無線のデ ジタル化など防災情報強化が進み,避難勧告発令のマニュ アル化によってResilienceが一面的にとは言えレベルアップ した.2008年以降ではさらにエリアメールなどで情報が高度 化した8)ことが少しは避難率の向上といったResilience増進に つながっている. 8.あとがき 本論文では,2011年9月の台風15号台風に伴う名古屋 地区の豪雨で100万人の市民に避難勧告が出た事実を重 視し,2000年の東海豪雨との比較によって,この10年間 の豪雨対策の進展と今後の課題を抽出した.水防災に対 するHazard,Exposure,VulnerabilityからRiskを捉えるという 最近の概念的防災研究の視点から,Hazardの類似性,空間 的・時間的Exposureの違い,Vulnerability(あるいはその逆 概念のResilience)の東海豪雨後の推移に焦点を当てた. Resilienceについては東海豪雨後のハード整備の効果を 検証するとともに,避難システムを中心に据えたソフト な面でのResilienceの検証も2011年豪雨時の対応につい ての資料から考察した.Resilience には避難行動の確 保と言いながらも破堤などが確率的に生起しなければ結 果論として避難は必要なかったという見方もあるし,大 きな浸水深や氾濫流速が想定されないあるいは破堤後緊 急的でないところでは別の危険回避行動もあるだろう. こうした危険回避行動を丁寧に説明しないまま,市民が 理解しないまま,避難勧告にそのまま従ったり無視した りする状況は決してResilientな社会ではない.名古屋 市の避難勧告は氾濫危険周知であり,住民は配布されたハ ザードマップでみずから判断して行動するべきとの考え方も あろうが,現況は混乱したままである.しかし,それによって 水害Resilience と は ど ん な こ と か を 少し 学べ た と し た ら Vulnerabilityが少々軽減されたといえるかも知れない. なお,本論文をまとめるに当たり,尾畑功氏(中部地方整 備局庄内川河川事務所),木全誠一氏(名古屋市消防局防 災室)から資料提供・議論いただいた.また,本研究は,河 川整備基金助成(調査・試験・研究)を受けて実施したもの である(代表:辻本哲郎).ここに記して謝意を表します. 参考文献 1) 辻本哲郎監修:忘れない東海豪雨,東海豪雨10年誌,中部建 設協会,2010.
2) White, G. F., & Haas, J. E. : Assessment of Research on Natural Hazards. Cambridge: MIT Press, 1975.
3) UNDP : Reducing Disaster Risk. A Challenge for Development. United Nations Development Program Bureau for Crisis and Recovery, 2004. 4) 国土交通省中部地方整備局庄内川河川事務所:平成23年9月 20日洪水(台風15号)の概要,土岐川・庄内川河川整備計画検 証会議資料,2010. 5) 辻本哲郎:東海豪雨から10年-何が課題だったのか 何が克 服されたのか ,そしてなお何が課題か?,名古屋大学防災 アカデミー第61回,2010. 6) 国土交通省:特定都市河川浸水被害対策法,http://www.mlit.go. jp/river/hourei_tsutatsu/bousai/gaiyou/houritu/index_toshikasen.html 7) 辻本哲郎編:豪雨・洪水災害の減災に向けて,技報堂出版,
2006.
8) 名古屋市消防局防災室:台風15号時の名古屋市の対応につい て,名古屋市水防災情報共有連携推進WG資料,2011.