• 検索結果がありません。

米国連邦議会における防衛分担の議論について

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "米国連邦議会における防衛分担の議論について"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

神戸市外国語大学 学術情報リポジトリ

米国連邦議会における防衛分担の議論について

著者

北畠 霞

雑誌名

神戸外大論叢

39

7

ページ

1-14

発行年

1988-12-25

URL

http://id.nii.ac.jp/1085/00002044/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

(2)

資料 米国一連邦議会における

     防衛分担の議論について

北 畠  霞

1. 序  日米間の摩擦といえば,これまで主に経済・貿易問題に集中していた。古 くは繊維交渉から最近の半導体摩擦にいたるまで,対象となる品目は初期の 軽工業製品から現在のハイテク製品へと移行している。これからも経済・貿 易摩擦はいろいろな品目をめぐって続けられるだろう。さらに今後はコメも 加わって農産物がクローズアップされるだろうし,知的所有権といった新し い分野にも摩擦が及ぶのは必至である。  しかし最近とくに注目されるのは,Burden−sharing,つまり防衛分担を求 める声が米国議会内で次第に強くなり,1988年9月末に成立した1989会計年 度(1988年10月から1989年9月)の国防費支出法にはこれに関するいくつかの 修正条項が追加されるまでになったことであ乱これは日本やNATO(北 大西洋条約機構)の諸国の防衛費が米国に比べて少ないために,その分だげ これらの国々の経済がうるおっているのであり,財政面と貿易面での双子の 赤字に悩む米国経済を救い世界経済を安定させるためには,これらの国に一 層の防衛分担を求めるべきであるとの考えに基づいている。  いわゆる「ただのり」論は1960年6月,日米新安保条約反対デモが最高潮 に達している中,アイゼンハワー大統領の日本訪間が取り止めになった時に も米国議会で強まったことがあるが,概していえば防衛問題と経済問題は切 り離されて議論されていた。その後,日本の経済成長が目立ち,米国がベト ナムの泥沼に足を取られるようになると,米国議会では防衛問題が経済問題

(3)

とリンクされて論じられる傾向が強まった。これに関連して多くの提案が出 だされるようになったが,法律の形でそれがはっきり示されるまでには至っ ていなかった。  こうした動きに大きな変化がみられるようになったのは,1980年代に入り 日米間の貿易ギャップが広がり,米国入が自国の産業競争力の低下に気づき, その対策に取り組み始めてからのことである。1989会計年度の国防支出法に 取り上げられた防衛分担に関する条項は,こうした動きが集約されたものと みていい。  そこでここでは,同法が定める防衛分担の内容を紹介し,議会がなぜこの 問題を具体的な形で取り上げるようになったのか,それが今後の日米関係に どのような影響を与えるか,を調べてみたい。

2,防衛分担に関する国防支出法の内容

 「防衛分担」という言葉の定義が確立されているとはいえないが,一般的 には米国が他の同盟諸国の安全保障のために支払っている(と米国が考えて いる)費用をその国々に負担させることだといえ私しかし米国の議会で繰 り広げられている議論を聞くと,そのような狭い意味でこの問題をとらえて いるとは言い難いところがあ糺たとえばペネッ.ト・ジ目ンストン上院議員 (ルイジアナ州,民主党)はユ988年8月10日上院本会議で,1989会計年度国防費 支出法案の審議が行われた際,防衛分担に関する修正案の提案趣冒を説明し 「各国のGNP(国民総生産)に占める防衛費の割合は米国6.8%,韓国5.5%, 英国5.1%,西独3.1%,そして日本が1%であ孔これを国民一人当たりの 防衛費でみると,米国1,164ドル,英国481ドル,西独454ドル,日本163ドル となる。同時に米国は同盟諸国との間で巨額の貿易赤字を抱えていて,韓国 に対して99億ドル,NAT0諸国に対して219億ドル,日本に対しては598億 ドルにのぼる」と述べ,さらに「日本は歴史的事情および憲法上の要請によ

(4)

り,軍事面に対してではなく第三世界への開発援助という形で米国に協力で          (1) きるだろう」と語った。これは防衛分担を経済問題と直接結ぴ付け,開発援 助の肩代わりをも防衛分担に含めることを念頭においた発言だといえる。  同法案は夏休みに入るまでに上下両院でそれぞれ通過していたが,上下両 院協議会の長い時間をかけた調整のあと,最終的に1988年10月1日大統領の 署名をえて成立しれ防衛分担,およびこれに関連のある条項は最終的には        (2) 同法第8125条として,次のように定められている。  ①NATO諸国の軍の配置,任務を効率化させるための報告を国防長官   が89年3月1日までに議会に提出する。  ②米国とその同盟国との間で一層バランスのとれた防衛分担が行えるよ   うな具体的措置についての国防長官の報告をユ989年8月1日までに議会   に提出する。  ③大統領は,NAT0諸国,日本,韓国,その他米国の同盟国と米国と   の間で,よりバランスのとれた防衛分担について交渉できる無任所大使   を指名する。  ④大統領は海外駐留米軍およびその家族にかかる費用を項目別に計算す   る。  ⑤海外駐留米軍兵士に伴われ海外で生活する家族の支援のため政府が支   払っている費用を明示した報告を国防長官は1989年5月1日までに上下   両院の軍事委員会,歳出委員会に提出する。  ⑥1990年域降,毎年9月30日現在の日本,および韓国駐留の米軍兵士数   は94,450(1987年9月30日の数字)を超えないものとする。ただしフイ   リピンの米軍基地を失うような事態となり,そのためにこれら両国での   米軍駐留数を増加させる必要のある場合は,大統領から議会への連絡を   まって,その例外とする。  (1)Co皿grossional Rocord,U.S.Gowmment Printi口g O舳㏄,Augu彗t11.1988   p.S11378  (2) Ibid、,Sopt.28.1988pp.H8531_8532

(5)

 ⑦ 1990会計年度以降,海外駐留米軍にかかる費用が1989会計年度の数字   を超える場合には,その増加分についての詳細,および米軍が駐留する   国々に増加分を肩代わり亭せるために払った努力の2点に?いて,国防   総省が議会に報告する。  ⑥ (言葉の定義 略)  これらの項目は,長期にわたる審議の過程で次第に弱められたものであり, 当初はもっと厳しいものだった。たとえば同年4月29日,下院本会議での審 議で,アレックス・マクミラン議員(共和党,ノースキャロライナ州)は同 盟国の防衛費増額を求める交渉を政府が開始すべきだ,との修正案を提出し, 賛成350,反対なしで採択されている。 (この案は身I1個の国防予算案につけ られたものだが,最終的には他の提案とも統合されて,国防費支出法案の一 部になっている)。  防衛分担に関するこうした言会の強い声に対して,行政府は議会ほど積極 的な態度をとってはいない。同年5月ホノルルで開催された第18回日米安全 保障事務レベル協議では米国代表は日本の経済協力拡充に言及はしたが,カ ール・ジャクソン国防次官補代理は「米国は(アジア・太平洋地域で)軍事 的役割を他国に押しつけることはしない」「防衛に関する日米間の役割分担        (3〕 は将来も変える必要はないし,変えてはならない」と語ったと伝えられ私 またマイク・マンスフィールド駐日大使は「一部の人々は,日本がこの妥当 な目標を越えて,米国の地域安全保障の責任を担うよう呼び掛けているが, それは,この地域の歴史,政治的現実,長期的な米国の利益に対する憂慮す       (4) べき理解の欠如を示している」とまで述べている。  しかし,前記の各条項は今後繰り広げられるとみられる本格的な防衛分担 に関する議論のスタートとなるものであろう。1987年から1988年にかけて, 米国議会では数多くの防衛分担関連の提案が出されてい孔ほんの一例をあ  (3)毎目新聞 1988年5月7日  (4)1988年8月31目,東京でのシンポジウム「法と日米関係」における講演(米大使館広報・  文化交流局報導部のPRESS RELEASEから)

(6)

げれば1987年6月18日には,日本が国民総生産(GNP)の3%を防衛費に あてることを求めるが,防衛費が3%に満たない場合にはその差額を防衛協        〔5) 力金として米国に払うことを求めた修正条項が下院本会議を通過した。また 上院ではジョン・マッケイン議員(アリゾナ州,共和党)は同年9月24日, 日本が1992年までにGNPの3%を政府開発援助(ODA)にあてることを        (6) 求める拘束力のない決議案を提出した。  こうした動きに対応して,下院軍事委員会のレス・アスピン委員長は1987年 末,同委員会内にパトリシア・シュローダー議貴(コロラド州,民主党)を長 として13人からなる「防衛分担特別部会」を設置した。同部会はユ988年2月 から公聴会を開始した。シュローダー部会長は公聴会の開始にあたり「膨大 な額の貿易赤字,財政赤字のため,米国は新たな緊縮財政の時期を迎えざる をえなくなった。われわれはNAT0の同盟国および日本の防衛の負担を引 き’受けるには,これら諸国から今まで以上に自国防衛の誓約を引き出さなけ れぱならなくなっている。米国の今後の安全保障は,米国経済の成長と国際 市場における競争力の増強にかかっている」とあいさつして,軍事委員会の       (7) 狙いがどこにあるかを示した。  同部会はNATOや日本への視察も行い,同年8月,申聞報告を軍事委員 会に提出した。予想通り中間報告は同盟国に対して大きな注文をつけるもの であっh日本については,日本の防衛力増強が周辺諸国に不安を呼び起こ すおそれがあることは認めながらも,閣僚,議員同士による対話の拡大で周 辺諸国の理解を取り付け,現在の軍事力をはるかに上回る力をつけるべきで あり,さらにフィリピン,トルコなど日米にとって戦略的に重要な諸国への       (8〕 政府開発接助を増やすべきである,と述べてい糺  (5)朝日新聞 1987年6月工9日  (6) C0119爬ssio皿丑1Recora,U.S.Govemmeot Printing Of{三。e,Sept.24.1987p  S12611  (7) J叩an Eoom皿1c Imtituto Report.No,19A(1988年5月13日号),P.2  (8)ibid.,No.33B(1988年8月26日号),P.8

(7)

 シュローダr議員が率いるこの部会はさらにその後も公聴会を続け,最終 報告が提出される予定である。その結論は中間報告の延長線上にあるものと みていいだろう。たとすれば防衛分担に関する議会の主張はさらに強硬なも のとなるおそれが強い。

3.アスピン報告

 「ただのり論」は古くからある議論で,これは単純に米国が提供する安全 保障に外国が依存し,そのための費用は米国が出す一方であるという,いわ ば感情論的な要素が強いものだカ㍉日本の急激な経済成長に伴い防衛支出が 民間経済を圧迫するという,より具体的な議論が注目を集めるようになった。 それを系統だてた形で議会において最初に打ち出したのがアスピン議員であ った。  1980年代に入り米国は未曽有の財政赤字に悩まされるようになっていく。 とりわけ83,85,86年はそれぞれ1年間に2,000億ドルを超えるありさまで ある。「双子の赤字」のもう一つの方,貿易赤字も増加を続け,1984年以来, 恒常的に年間1,O00億ドルを超えている。なかでも日本からの乗用車輸入の 急増は議会での強い反発をよ一び,現地部晶調達法案が成立するばかりの空気 となり,結局,その対策として日本からの輸出の自主規制策がとられること になったわけだ。  一方,日本経済は二度のオイル・シ目ックを巧みに乗り切り,その成長率 は以前より低下したとはいえ,70年代後半の年平均実質経済成長率は5.O%        (9) を示した。これは米国のa4%と比べれば,日本経済の好調ぶりが分かる。  このような日米両国の経済の状態を比較して,日本の市場の閉鎖性はもち ろん,日本経済がもつ輸出体質から,さらには日本の政治的,社会的特徴ま (9) 日本銀行調査統計局「国際比較統計」から

(8)

       (lO) でが米国内で批判,非難の対象となっていった。  連邦議会で対日批判の発言はもとより,日本を狙いうちするような法案, 決議案が相次いで提出されたのは,こうした雰囲気からである。議員立法が 原則の米国議会では,かなり思いつき的な提案がなされることがある。後述 するように,実際に十分練りあげられたとはいえない日本関連の法案,決議 案が80年代初めには続出し,こうした事情が十分認識されていない日本を刺 激することが多かった。しかしこの中でウィスコンシン州選出のレス・アス ピン下院議員(民主党)が1981年4月27日に公表した調査結果は,現在議論 されている形での防衛負担論のはしりといえるものであった。アスピン議 員が現在,下院軍事委員長として同盟国に対する防衛分担要求論の急先鋒の 一人であり,シュローダー議員が率いる前述の部会を設置した入物であるこ       (n) とを考えれば,この報告が持つ意味は重要であ糺そこでアスピン報告の内 容をすこし検討したい。  アスピン議員はまず,日米および西欧主要国!の国民総生産(GNP)に占 める防衛費の割合と,経済開発協力機構(O E CD)の統計からこれら各国 の年平均経済成長率とを挙げ,防衛費の率が少ないほど経済成長率が高いと 主張する。つまりGN Pに占める防衛費の率は日本0.9,西独3.5,フランス 3.9,英国4,9,米国5.8%(ユ970−79年の平均)だが,逆に成長率は日本6.9, 西独3.1,フランス4.4,英国2.3,米国3.0%(1969−78年の平均)であり, これらの国々の防衛費を民間の投資に充てれば,日本ではGNPに占める民 間投資の比率を3%押し上げるだけだが,西独15,フランス18,英国26,米 (1O) マルコム・ボールドリッジ商務長宮(当時)は1981年12月8日,ワシントンの国際経営開  発研究所での演説で,日本の対米貿易赤字の原因は「日本経済へのアクセスに大きな不公平が  あり,その不公平と日本の文化的伝統は,ともかく変更しなければならないものだ」と述べて  日本の当局者に大きなショックを与えた。またライオネル・オルマー商務次官(当時)は1982  年3月4日,上院銀行委員会国際財政・金融小委員会の公聴会で,日本の都市部の有権者と農  村部の有権者との間にみられる「一票の重み」の差や高級官僚の天下り.不況カルテルなど日  本では当然だと見られている慣行を槍玉にあげ葬関税障壁の例だと証言している。 (11) “Looking at Defen舵Spending{rom the Supp1y Side”by Congressm伽Les  Aspi11,April,1981

(9)

国29%とい一う押しあげ方となるとみる。  また調査1研究費(R&D)においても,米国はGNPの2.30%をこれに あてて西独(2.39%)に次ぎ,一日本の1.95%をかなり上回っているが,この R&D費のうち軍事部門が占める割合が米国では大きいため,軍事部門のR &Dを差し引くと,米国は1.42%となって,西独の2.20%はもとより,日 本(1.91%)にも逆転されることになる,と述べている。  アスピン議員は鉄鋼産業を具体的に取り上げて考察し,1960年までは鉄鋼 輸出国であった米国がそれ以後,輸入国に転じた理由の一つは,米国の鉄鋼 産業に対する新規投資額が西側主要国の申で最低であったことであると主張, このために設備投資も十分でなくなり生産性の低下を招いたとし,「米国の鉄 鋼産業の設備を最新のものにするには約1,000億ドル必要だが一・・この額は 米国が欧州,日本の防衛に牟てているものとほほ同じである」と強調レている。 次に同議員が取り上げているのは人的資癌と防衛産業との関係である。 1976年当時,米国では労働者1万人について57.4人の科学者・エンジ;アが いて,日本(48.4),西独(48,4),英国(30.6),フランス(29.9)のトッ プに立っている。しかし米国ではその20ないし50%が軍事・航空宇宙産業に 取られているので,実質的に民間部門に残っている科学者・エンジニアはよ くて日本なみであり,悪ければフランスと同じ程度と推定されるとみる。し かも軍事,航空・宇宙部門に最も優秀な人たちが吸い寄せられるので,本来 なら発明国である米国が商業用に開発できたとみられるビデオレコーダーは 日本の企業に名をなさしめた,と主張している。そしてアスピン議員は防衛 産業の発明や開発の成果が民間部門に還元され,民間企業にプラスになる点 は多少はあっても,それほど大きなものではないと述べてい机  こうした事情から結論としてアスピン議員は,防衛費は大きな負担である が,これは放棄できない負担であって,「問題は米国と他の西側民主主義国 が受け持つべき負担の規模と分担の割合である」とし,「日本,および日本 よりは規模は小さいが西欧諸国も,米国の防衛上のカサが与えてくれる安全

(10)

保障を享受しつつ,その一方でこれらの国はその資金を自国の産業に注ぎ込 み,米国の産業は防衛費のために資金不足で飢え死にかかってし)るのだ」と 警鐘をならし「西側防衛に(米国ひとりが)誇りをもって引き受けるのでは なく,同盟国と防衛分担についての話し合いをレーガン政権は強調すべきで ある」と訴えていた。  アスピン議員はウィスコンシン州第一選挙区から1970年に初めて連邦下院 議員に選ばれた。この選挙区は自火が94%を占め,米国の自動車メーカーと しては第4位のアメリカン・モータ【スの工場を持ち,かなり保守的なブル ーカラー層と農民をかかえた地域である。このため,大統領選挙では伝統的 に共和党候補が勝ち,アスピン議員までは民主党議員が二期以上連続して選 出されたことがないという選挙区であ孔ウィスコンシン州ミルウォーキー にあるマーケット大学の経済学教授だった同議員が1970年に選出されて以来, 1988年の選挙も含めて10期続けて選ばれてきたのは,国防総省のムダな軍事 支出に強い批判を浴びせながらも,強い米国を主張するアスピン議員の訴え        (12) が,こうした保守層にアピールしたからである。この選挙区には軍需産業は ないが,下院議員になって以来一貫して軍事問題に関心をもってきた同議員 は古参の議員を下院軍事委員長から追い出し,1985年自ら委員長の席を得た。 かつては次期戦略核ミサイルMXの開発・配備には反対していたにもかかわ らず,委員長となってからはこれに賛成するようになってい糺  このようなアスピン議員の提案,考えからみると,米国の防衛能力を維持 したまま効率のよい防衛計画を実行していくことに同議員の狙いがあると考 えられる。たとすれば,防衛費の大幅な増額がとうてい認められそうにない 米国の現在の財政事情からみて,アスピン議員は下院軍事委員長として,ま た保守的な選挙区からこれからも選ばれていくためには,同盟国への防衛分 担をさらに迫っていかざるを得ないであろう一。 (12) ‘.Politios i皿Am趾ica’’by Aia11EhmI1baIt,1988Edition,PP.1638−1例1

(11)

4.一議会および米国内一般の雰囲気

 アスピン報告が出された1981年当時,議会では安全保障上,日本は米国の 努力に「ただ乗り」していることを前提とした数多くの提案が出されていた。 その一つ,1981会計年度国防支出権限法の一修正条項には,国防総省が「共 通の防衛に対する同盟諸国の貢献度」を調査し毎年,これに関する報告を議 会に提出するよう決めている。この法律に基づいて国防総省が毎春公表する 報告は,米国行政府が日米防衛関係,日本の防衛努力などについてどのよう に評価しているかを知る上で重要な文書となっている。またこの年には当時, 下院外交委員長だったザプロツキー議員と,上院では同盟国の防衛分担に強 い関心をかねてから示していたカール・1ノビン議員が「日本が誰の目からみ ても明らかな経済力を持ちながら,国家資源を防衛支出に充てるという点で は,同じような経済力をもつ他の国々よりその貢献度は低い」ことを考慮し て「日本国政府はGNPの1%は上を防衛費に充てるべきである」との同一       (13〕 決議案(COnCumnt reSO1utiOn)を提出した。ジェッシー・ヘルムズ上院議 員にいたっては,日米安保条約の見直しを求める同一決議案を提出したが, もし日本が防衛費を増額しなければ米国が日米安保条約を破棄することもあ るように受け取られる恐れがあるとの批判を同僚議員から受け,直ちにこの          (14) 決議案を撤回している。  防衛分担の問題を米国側の論理に基づいて追求し日本に防衛努力をさらに 迫っても,最後には日本の憲法上の制約にぶつからざるをえない。ヘルムズ 上院議員の決議案の提出,撤回はそのことを端的に示したものといえよう。 (13)共同決議案(joi口t爬solutio皿)は両院で採択され大統頷が署名すると法律と同じ効果をも  つ。同一決議案(CO皿Curr㎝t re目O1凹tiOn)は議会の意向や意図を示すために採択されるが,大 統領の署名を必要とせず.したがって法的拘束力はもたない。ただの決議案(肥SOhtiO皿)は上 下両院のどちらか一方だけで採択され,上院か下院の意向や意図を表明する手段として使われ  る。これら三つの決議案は混同されることが多い。 (ユ4) Co皿g鵬鵬io皿a工Reoord,U.S.Govor㎜εIlt Pri皿ti皿g O舳。e,Oot,22,ユ981pP.  S11951_2

(12)

米国の連邦議会議員の中で,どの程度の人たちが日本の防衛努力に憲法上の 制約があることを知っているのかについて,ある調査によれば「(日本の)憲 法や日米安保条約の改定を伴わだい範囲で顕著な(防衛上の)増強を行う」こ とが必要だとした人が,これよりも緩やかな増強論,強硬な増強論をとった        (15) 議員よりはるかに多かったという。このことから少なくとも,連邦議会のメ ンバーに関しては制約があることの認識が,かなり行きわたっているとみて いいでろう。  そこで防衛分担の問題を正面から取り上げず,すこしひねった提案が出さ れることになる。スティーブ・二一ル下院議員(ノースキャロライナ州選出, 民主党)が1981年に提出した同一決議案は,日本がGNPの2%を安全保障 税として米国に納めさせるような協定を日米間で結ぶよう大統領に求める, と言う趣冒のものであった。  二一ル議員はこの決議案提出にあたって,下院本会議でこの案のヒントを 当時,ウッドロウ・ウィルソン国際学術研究所東アジア研究部長だったロナ       (16) ルド・モース氏から得たと言明してい乱現在・米議会図書館隼移っている モース氏は当時,筆者の質問に答え「日本が出せる防衛費はGNPの1%ど まりなのだから,日本の経済力に見合った安全保障上の貢献をするには,こ うした形の方法でしか解決できまい。これはすぺてお金でものごとを解決し ようとする日本の従来の外交方針にもそっている」と述べた。モース氏と二 一ル議員がある風食会でたまたま隣り合わせた時に,モース氏がこの考えを 二一ル議員に伝え,それをもとにして,同議員が決議案にまとめたものであ  (17) る。  各種の決議案がこのように相次いで提出されたことは,アスピン議員の報 告が決して孤立したものではなく,議会に存在する対日安保観をアスピン議 (15)毎日新聞1982年3月18日朝刊、米議員の対日意識アンケート調査 (16) Congressional Reoord,U.S.Govemme皿t Printing Of{三。e,Oot.28.1981pp. H7879−80 (17)同議員の立法担当秘書官ロバート・リグリー氏の筆者への回答

(13)

員がとらえ,議会にあったコニ・セニ・サスを汲み上げたものといえ乱しかし アスピシ報告の意味はそれだけにはとどまらない。むしろ,米国が日本に防 衛分担に関して今後何をすべきか,なぜそのような態度をとるべきか,につ いて議論をする場合の根拠を提供した点が重要であろう。実際に同じような 提案はその後も引き続き議会におこなわれているし,その際の議論の組み立 て方はアスピン報告と同じなのである。  なお前述の二一ル議員の決議案についていえば,議員立法を原則とする米 国の議会では,各議員が自分の関心をひいた問題について,大した根回しも ないまま,また議会で採択される見込みがなくとも,どしどし提出していく 傾向が強い。二一ノレ議員はそれまでほとんど日本との関係を持っていなかっ たのだが,この決議案で日本の安全保障,あるいは防衛分担子こついて一定の 発言力を持つようになったようで,1987年にも同しような案を提出した。し かしダンカン・ハンダ【議員(共和党,カリフォルニア州選出)が「日本 はGNPの3%を防衛費にあてよ」という趣旨の修正案を出したため,これ と抱き合わせになり「日本は防衛費をGNPの3%にまで高めるよう努力し, それができない場合には3%とGNPに占める防衛費の傘との差額を安全保        (18) 蛙費之して米国に支払うよう求める」との形で一本化されてい私  1987年にはまた,上院でジョン・マッケイン議員(アリゾナ州選出,共和 党)が1988・89会計年度防衛支出権限法案審議の本会議で,日本が1992年ま でに政府開発援助(0DA)をほぼ3%にまで引き上げる努力を歓迎すると       (19) いう向一決議案を提出し,上院ではこれが採択された。日本のODAは,経 済開発協力機構(O E CD)などの統計によれば,GN PのほほO.3%で推 移している。これを3%に引き上げることは0DAを実に10倍に伸ばすこと であり,とうてい現笑的な構想とは考えられず,日本政府当局者はこのよう (18)朝日新聞 1987年6月19日 (19) Co皿gm冒sioIlal Record,U.S.Govemme皿t PTinti皿g Offioe,Set.24.1987pp. S12611−12613

(14)

      (20〕 な案が米国議会で取り上げられたことに困惑していると伝えられた。しかし 米国の議会では,すでにこの1O年以上にわたり,日本の経済力と防衛費,あ るいは国際協力との関係を間う考えが強くなっている。今後とも米国議会で はこれまで取り上げられたような提案,あるいはそれに変化を付けた構想が 出されることが充分予想されるのであ乱

5.議論の行方

 米国の行政府は日米の安全保障の問題を貿易問題から切り離しているが, 議会がこの二つを密接に関係させているのは,これまで見てきたとおりであ る。元国務省日本担当官のグレッグ・ルーピンスタインがいうように,日本 がより多くの防衛費を支出したからといって,その分だけ米国の支出が滅ら        (21) せられるわけでなく,日米の防衛支出はゼロサムではない。さらにまた実際 に日本がより多くの防衛費,あるいは対外援助に支出しても,日本経済が対 米貿易額を減らしり,日米の産業競争力を米国の有利な方向にもっていける かどうかは保証の限りではない。  しかし米国での世論調査をみれば,この二つの問題を関連させている入が        (22) かなり多いことがわかる。こうした人たちを有権者にもつ議員がこれからも 防衛と経済を短絡させてくることは大いに考えられることである。ユ987年5 月にペルシャ湾で米国の軍艦がイラク機のミサイルの誤射を受け多数の戦死 者をだした後,議会ではそのころ審議していた国務省支出権限法案に「米国 の同盟国にペルシャ湾内での船舶護衛の費用を引き受けさせる案を大統領に 出すよう求める」との趣旨の決議案がジョニ・・メルチャー上院議員(モンタ ナ州選出,民主党)から提出され,上院では95対2の大差で可決されている  (20) 毎日新聞 1987年9月26日  (21) Gregg Rubimt6i皿,“U.S.一』岬alユSeourity Re1日t1ons.”The F16toher Fomm,  Vol.12,No.1,Wint町1988,p.50  (22)たとえばWi11iam Watts,“Tbe United Stat6Mnd Japa卜A Troub1ed Part・  norghip,’I Bauillgor,pp.66_67

(15)

のは,その一例である。  しかし米国では,例えば経済と防衛との関係を研究しているテキサス大学 ダラス校のロイド・デュマが米国の大規模な防衛支出で産業の競争力が低下 し,ひいては米国民の生活水準低下につながりかねない,と警鐘をならした り,安全保障上の世界的な過剰誓約を引き受ける大国はこれまで衰退してき たと述べて対処の仕方によっては米国もその憂き目をみると警告した工一ル 大学のポール・ケネディの「大国の興亡」がペストセラrになるなど,経済 と安全保障との関係が強い関心の的となってい乱  今後米国は日本に対して,これまでのような在日米軍駐留費,防衛費の増       (23) 額,ODAの増額だけでなく,地理的に戦略的な場所を占める国々への援助 など,総合安全保障的な構想の推進を求めてくるとみられる。行政府は議会 とは違って,経済・安保連結論をとってはいないが,議会の圧力を理由に日 本への要求を強めるのは,これまでからもとってきた交渉方法なのである。 とくに1988年n月の大統領選挙で新大統領に選ばれたジョージ’ブッシュは ロナルド・レーガニ・と違って,カリスマ性に乏しく,民主党が議席をさらに 若干のばした議会を抑えるのは困難であろう。日本としては,今後さらに大 きく調整の難しい事態がくることを覚悟し,基本的な対処の仕方を練り上げ ておかねぱなるまい。       (終わり) (23)フランク・カールッテ国防長官の日本記者クラブでの演説(1988年6月6目)

参照

関連したドキュメント

(J ETRO )のデータによると,2017年における日本の中国および米国へのFDI はそれぞれ111億ドルと496億ドルにのぼり 1)

Microsoft/Windows/SQL Server は、米国 Microsoft Corporation の、米国およびその

関係委員会のお力で次第に盛り上がりを見せ ているが,その時だけのお祭りで終わらせて

しかし他方では,2003年度以降国と地方の協議で議論されてきた国保改革の

 アメリカの FATCA の制度を受けてヨーロッパ5ヵ国が,その対応につ いてアメリカと合意したことを契機として, OECD

一︑意見の自由は︑公務員に保障される︒ ントを受けたことまたはそれを拒絶したこと

金属プレス加工 電子機器組立て 溶接 工場板金 電気機器組立て 工業包装 めっき プリント配線版製造.

第12条第3項 事業者は、その産業廃棄物の運搬又は処分を他 人に委託する場合には、その運搬については・ ・ ・