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本書の狙いと問題提起

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0.1 多様性,成長の限界,進化,そして「共生」を理解する

M. ベゴンほか『生態学』によれば,生態学とは,「生物(の生き方や死に方) とそれを取り巻く環境との関係を明らかにする学問」である.日本生態学会編 『生態学事典』によれば,「個体もしくはそれ以上のレベルでの生命現象におも な関心を寄せる生物学」である.生態学 (ecology) は,現代において最も評判 のよい学問の 1 つである.12 年前に米国ミネソタ大学に留学したとき,地元の 人に何を研究しているかと聞かれて,「エコロジー」と答えると,「それはよい」 と異口同音に答えてくれた.当時はまだ,日本で「生態学」を研究していると いうと,役に立たない学問の代表のようにいわれたものだった. 「役に立たない」ということと,「たいせつな学問」という評価は,実は,無 関係ではない.これは生態学に限らないし,現代に限ったことでもない.この 命題自身,生態学で学ぶことである.すなわち,一見無駄なさまざまなものを そろえておく「多様性」こそが,将来の発展を支えるものなのである. けれども,現代の生態学が注目されるのは,こうした一般的な理由だけでは ない.その背景には,「役に立つ」はずの科学技術が環境に対する人間の負荷を あっという間に高め,地球環境がそれを支えきれなくなり,人と地球環境が共 存する道がわからないままに突き進んでいることへの反省があるのだろう.例 をあげれば,地球上で持続可能に生産できる食料,飲むことのできる水,使う ことのできる石油やエネルギーには限りがある.また,二酸化炭素濃度や温室

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効果ガスを多量に出すと大気中のそれらの濃度が高まり,温度などの地球環境 が変化する.一昔前にはありふれていた生物がいつの間にかいなくなって多く の種が絶滅し,緑に覆われていた山の地肌が露出し,土砂が流れて谷を埋め, 川を流れて海のサンゴ礁まで消えてしまう.第 6 章で説明するように,近代文 明の技術革新は,物が豊かで安全で長生きできる社会を求め,1 人当たりの環 境への負荷を高めてきた.同時に,第 1 章で示すように,世界人口は急激に増 え続けている.けれども,私たちの豊かな生活と文化は,恵み多い自然なくし ては成り立たない.その自然が急激に失われつつある. そのことを象徴的に示したのは,1960 年のローマクラブの報告書『成長の限 界』だった.おそらく,生態学をほめてくれたミネソタの人々は,生態学を役 に立たない学問だとは思っていない.たとえば,自然環境を守るために必要な 学問であり,成長の限界に対する答えを見出す可能性のある学問と見なしてい た人もいたことだろう. これは日本だけの話だが,資本主義社会を「競争社会」と見なした反省から か,1990 年代に入り,「共生」という言葉が時事用語として頻繁に用いられる ようになった.2002 年に成立した自然再生推進法でも,「自然と共生する社会」 という言葉が法律の条文に使われている.しかし,日本の時事用語としての 「共生」は第 6 章で説明する持続可能性とほぼ同義に使われていて,事実上,生 物学用語としての「共生」とは異なる.また,「進化」という言葉も流行してい る.日本学術会議は 2002 年に「日本の計画 (Japan perspective)」という文書 をまとめた.その中で,「21 世紀初頭の人類史的課題」は,根本的には地球の 物質的有限性と人間活動の拡大とによって生じた「行き詰まり問題」であり, その解決のために「欲望の抑制や方向転換,多様性の尊重,平等性の確保に特 徴づけられる意思決定システムの進化」が必要であるとし,これを「持続可能 性への進化」(Evolution for Sustainability) と呼んだ.

ほかにも,日常社会に浸透しつつある生物学用語がある.ライフサイクルも その 1 つである.もともとは,たとえばシダ類やコケ類などが無性生殖世代と 有性生殖世代を繰り返すような「生活環」を意味したが,産業界では原料調達, 製造,流通,消費,再利用などに至る製品の一生と生まれ変わりを意味する言 葉として,普及しつつある. 2 第 0 章 本書の狙いと問題提起

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残念ながら,せっかく社会に認知されたはずの進化と生活環という生物学用 語は,高校の必修科目から外されてしまった.子供たちが世界的に有名なアニ メ「ポケットモンスター」を見て「進化」を知り,進化の正しい知識を知らず に育っている.上記アニメでいう進化とは,同じ個体が形態を変えるのだから, 進化ではなく変態または変身だろう.第 5 章で説明するように,生物の形,成 熟年齢や寿命などの生活史,振る舞い(これらを総称して表現型という)はあ る程度,親から受け継いだ遺伝子によって生まれながらにして決まっている. 形質が違えば,生まれてから成熟するまでの生存率や繁殖率が違うかもしれな い.つまり,形質によって子孫の残しやすさが違うことがある.ある時代の環 境にはある遺伝子が子孫を残す上で有利であり,別の環境では新たな遺伝子が 有利になるかもしれない.したがって,生物が代々受け継いでいく遺伝子は時 代とともに変わっていき,それに伴って生物の形,生活史,振る舞いが変わっ ていく.これが生物の進化である. さらに深刻なことに,最近の日本の教育課程では,高校時代に生物と地学を まったく学ばない大学生が増えている.驚くべきことに,そのような学生は生 物学科にも少なくない.タンパク質と核酸を知らない学生もいる.本書では, 必要な生態学用語の意味をできる限り本文中に説明するように心がけたが,本 章の最後に,最も基本的な生物学用語を簡単に説明する(補足 0.1).生物学用 語をほとんど知らない読者は,まず補足 0.1 を読むことを勧める. 暗い見通しばかり述べてきたが,1 つたいへんよい知らせがある.生態学の 教科書がいくつか完備されてきた.以前からオダムとクレブスがそれぞれ『生 態学』という教科書を著していたが,両書の内容はかなり異なっていた.どち らの教科書を学ぶかにより,生態学者の基礎知識は一致していなかった.しか し,より体系的な教科書として,M. ベゴン,J. L. ハーパー,C. R. タウンゼ ントという 3 名の共著による『生態学:個体,個体群,群集の科学』の初版が 1986 年に出版され,1996 年に第 3 版が出され,その邦訳も 2003 年に出版され た(堀道雄監訳,京大出版).日本生態学会は『生態学事典』(2003,共立出版) を出版し,日本生態学会編の教科書(化学同人)も 2004 年に出版される予定 である.同学会は生態教育委員会で教科書の目次案を作り,学会の公式ホーム ページでそれを公表している.

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難点をあげれば,M. ベゴンほかの教科書も,生態学会編の教科書も,1 人の 著者が書いたものではない.その上,M. ベゴンほかの教科書はたいへん分厚 く,基本的な事柄だけでなく,きわめて高度な最先端の学説が並んでいる.生 態学の現在の到達段階を網羅している点では本書に優るが,大部で高価であり, 生態学の要点をかいつまんで学びたい入門者,生態学者の考え方に接したい読 者には,必ずしも向いていない. 本書は,生態学に興味があるが,本格的に学んだことのない読者を想定し, 私なりに理解した生態学を解説したものである.M. ベゴンほかの教科書に準 拠し,その中で基本的なこと,補足を除いて最低限知っておいてほしいことに 絞って説明した.より深く学びたい読者は,本書を読破した後,上記 2 つの教 科書に挑み,共立出版から相次いで出版される生態学シリーズを読んでほしい. また,生態学事典を座右の銘としてほしい. 本書には,数学,化学式,生物名などがいくつか出てくる.高校生に理解できる ように工夫した.高校で学ぶ範囲を超える内容については,欄を別に設けて本書 を読めば理解できるように説明し,その部分を飛ばして読んでも読み進められる ように配慮した.また,インターネットを使う読者に便利なように,多彩な関連資 料をそろえたサイト http://risk.kan.ynu.ac.jp/matsuda/2004/ecology.html を 用意した.特に,補足にまとめた数学的な内容を追試できる Microsoft ExcelTM ファイルを載せ,図の大半などを追試できるようにした.この Excel ファイル は,環境コンサルタント系の企業人を相手にした数理モデル勉強会と横浜国立 大学の大学院生向け講義に教材として使用したものである.受講者にパソコン で講義内容を追試していただきながら,生態学の学説を追体験できるようにし た.本書で用いた用語は,その英訳とともに 上記サイトに載せている ので活 用していただきたい.たとえば,「種間競争」を引くのに,「種間競争」と「競 争」のどちらかにしかなく,どちらを引けば見つかるかわからないという不便 は,誰しも経験したことがあるだろう.サイト上の電子情報ならば,検索機能 を使えば,この問題は解決できるし,英語も自在に検索できる.また,出版後 に読者の声を聞いて補うこともできる.索引は読者だけのものでなく,生態学 を志すもの全体の共有資産である.また,読者からの質問も掲載する.さらに, 万全を期しているが,誤植や誤りがあった場合には訂正も載せる.ご活用いた 4 第 0 章 本書の狙いと問題提起

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だきたい. 生態学は動物と植物の研究者間で交流が少なかったために,全体として共通 の用語,特に訳語が定着していない.『生態学事典』の出版により,日本生態学 会としての訳語が一応,確立した.本書の用語とその定義は生態学事典に準拠 した.そのため,私の前著『環境生態学序説』と用語が異なるものがあり,初 出のときに併記した.さらに,まだ英語と完全には 1 対 1 に対応していない. 特に動物学と植物学で用語が異なり,たとえば growth はそれぞれ成長と生長, habitat は生息地と生育地,community は群集と群落と訳語が異なる.このよ うな用語は,初出のときに併記した上で,文脈からどちらかを用いた.将来, このような訳語の不統一の多くは自然に解消されていくと期待するが,進化生 態学の法則に照らせば,長い時間がかかることだろう. 本書で学ぶ生態学とは,以下の 3 つの問いから始まる.また,本書の随所に 問を設けている.これらの問いに正確に答えることができれば,生態学の本質 を理解し,生態学の考え方を学ぶという,所期の目的を読者が果たしたといえ るだろう.生態学で学ぶべき知識は多いが,そのすべてを記憶し続ける必要は ない.たいせつなのは考え方である.本書を読み進めるにあたり,常に,これ らの問いに立ち返り,自ら考えていただきたい.M. ベゴンほかの教科書の序文 に,単純さを求めよ.ただし,それを信じるなという言葉がある.これは生態 学に必須の心構えである.自然現象は複雑である.特に,生態現象は再現性に 乏しい.それでも,問題を上手に設定すれば,きわめて明快な理論が生まれ, 紛れのない結果が得られるだろう.それこそ,科学の醍醐味である.

0.2 問題提起

問 0.1 なぜ,高山から深海まで,地球上いたるところに生物がいるのか? 現在,生命が存在している惑星は,太陽系では地球だけだと考えられている. 兄弟のような惑星でありながら,金星にもいないし,火星にもいない.それな のに,どうして地球上には,高山から深海底に至るまで,いろいろな生物がい るのだろうか. それらは同じ生物ではない.まったく異なる環境に生きるよう,姿かたちが

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異なっている. 問 0.2 自然淘汰によって進化したはずの生物が,なぜ個性豊かなのか? 逆に, 一見無駄なものも含め,多様な生物がいるほうが将来役立つとはどうい う意味か? そもそも,この問の前半と後半は別のことなのか? 後で説明するように,淘汰によって子孫を残しやすい(その環境に適応した) 遺伝的系統が残っていく.最も単純な理論によれば,最も適応した系統だけし か残らない.だとすれば,個性(個体差)は失われているはずである.けれど も,実際には生物には遺伝的および後天的な個体差がある.個性こそ,生物の 特徴だといってもよい. 問 0.3 人類は自然と「共生」しているのか? この問いは,日本以外ではたいした意味をもたない.本書が訳されることが あっても,もともとの問いの意図さえよくわからないだろう.なぜなら,「自然 と共生する社会」という標語は,海外ではほとんど聞かれないからだ.この文 の意味を考え,その言わんとすることを生態学用語で正しく言い換えてほしい.

0.3 補足

補足 0.1 ゼロからわかる生物学 生命の起源は有機物の生成から始まる.有機物とは二酸化炭素や炭酸塩,メタンの ようなごく単純なものを除いた炭素化合物の総称であり,以前は生物によってのみ作 られるものと考えられてきた.現在では,大気中などでも非生物的に作られうること がわかっている. 生物は細胞からできている.細胞は細胞膜に囲まれ,さまざまな化学反応を行う生 物の単位である.生物は1 個体が 1 つの細胞からなる単細胞生物と多くの細胞からな る多細胞生物がある.細胞膜は選択的に物質を出し入れする半透膜であり,内部に蓄 えられた物質を原形質という.細胞を構成する重要な有機物は核酸(DNA と RNA) とタンパク質である. タンパク質は20 種類のアミノ酸が結合して一列に並んだ高分子である.アミノ酸 6 第 0 章 本書の狙いと問題提起

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