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権威主義的官僚資本主義国家の
歴史的規定二
一植民地的生産様式の止揚形態一
中 爲 太 一
1.問題提起 現在の所謂周辺国家の本質は西欧資本主義の正統性(普遍性) に対置として所謂二分法的視角より把えきれないことは周知のことである。 1930年代以降,現在までの周辺国家の基本性質は,ともかく非西欧的な多ウク ラード資本主義構成体に規定された,多かれ少かれ権威主義的・官僚的国家で あるという定性的理解に致命的批判と困難があるとは思えない。.一小論ではそれ 自体の分析ではなく,従来現状分析以外では軽視されてきたその発生論的或は 通時的な歴史的規定性一一種のアマルガムとして作用・形成される一を,植民 地的生産様式=植民地奴隷制の理論的評価を媒介に一つの試論的図式として整 理してみたい。その場合,このテーマに拘る基軸的研究として,植民地生産様 式についてはC・S・カルドソの視点を,更に従属的発展における官僚的国家 の特徴づけに関しては,F・H・カルドソの視点を,理論的推論の枠組とす る。 皿.植民地的生産様式としての植民地奴隷制評価 分析の簡単な図式(公準) を主体行動者としての国家と直接生産者としての労働或は人民大衆(民族的契機 を含む)の関係として設定するならば,植民地的生産様式とは,その関係が資 本主義的周辺国家の歴史的前提となるような極めて複雑な,古代の復活ではな い歴史上未知の新しい性格をもった生産様式として理解される。マルクスの定 義では米州プランテーション所有を資本主義的とみる根拠は自由労働に基礎を おく世界商業の中での変種にある。更に扶殖による支配的概念化をあげている。210 二日 明教授退宮記念論文集(彦根論叢 第251,252号) 又,近代植民地における大規模な団体の特発的適用でもある。C・S・カルド ひソによれば,19世紀については大方の意見は上の考え方に一致する。しかし16 −18世紀の植民地奴隷制については,変種規定は流通主義となり妥当しない。 即ち70年代に入り,この段階に封建制でも資本制でもない理論的規準としての 厳密な従属的生産様式;植民地的奴隷制を考える立場が確立する。それは広い 地域(植民地米州)と多数の社会構成に支配的なものであり,マルクスの所謂第 2次的生産様式(例えば小商品生産)と共存し,その従属性と分離できないが, その内面的結合のダイナミックスは複雑である。 植民地化=征服は3種の可能性を生む。征服国生産様式に従わせる,旧様式 の残存と貢納,新しい相互的行動の樹立。最初のケースは植民地アメリカでは 存在しないし,第2のものについては,植民地化以前のアメリカの支配的生産 様式は基本的に原始共同体の範疇に属するものであるが,広義にはインディオ 貢納制に関係するもめが植民地化で衰滅する。従って第3のケースに添って, 基本的には単純商品生産であるが,それは第2次的生産様式にすぎない。C・ の S・カルドソによれば,結局,支配的封建制,上昇しつつある資本主義と,上 記の小商品生産の複雑な綜合的構造が創成される。しかしこの場合,封建制と 資本制は所謂,生産様式ではなく(夫は存在しない),文字通りの生産の方法に 限定される。詳しく言えば,上の3種の「生産様式」は以下の3つに依存する。 (1)インディオの労働力搾取に基いた生産様式一これは貨幣と貢納システムを通 じて及び植民者に有利な土地所有を通じて,更に手労働(mano de obra)のリザ ーブとしての土着の自治共同体の同質化を通じて機能する。最後のメカニズム ではインディオ支配階級に獲得されるべき剰余は,今や強制労働と貢納の形式 でスペイン人に前払される。②植民地的奴隷生産様式=輸出プランテーション, ここでは黒人労働力輸入は特に異質的要素の挿入として全体を複雑化させる。 1) Ciro F. S. Cardoso, H6ctor P6rez Brignoli, Historia econ6mica de Am6rica Latina, tomo工, Sistemas agrarios e historia colonial, Barcelona,1984, p.187:C. F.S. Cardoso, Sobre los modos do producci6n coloniales de America, Modos de producci6n en Am6rica Latina, Mexico,1982, p,142, 2)C.S. Cardoso, Modos de producci6n en Arn6rica Latina, p.147. 3) ∫bidem, p.148.
権威主義的官僚資本主義国家の歴史的規定性 211 の ⑧特に北米での分散した小所有者経済。 周辺としてのしA地域を中心にみる限り基本的には(1}と(2)の結合こそ植民地 的生産様式の概念を構成する。経営形式として奴隷制プランテーションと, 「封建制」的アシェンダがその基本的な2極となる。両者の重要な相違は,前 ゆ者への投資のはるかに重要な総額である。加えて世界市場の為の生産=従属性 が相違する。それにも拘らず両者は連続性をもつ二つの極であり,LAとカリ ブで重要な生産単位の大多数は,二つの極の間に位置づけられることが指摘さ 6) れる。 労働の視点よりすれば,アシェンダは16世紀半ばにスペイン,ポルトガル, 英国,植民者の間の利害の協定を含む,土着の手労働の搾取システムであり, サーヴィスのアシェンダより貢納の夫への移行,且つ土着手労働の支配を通じ て財政収入を確保し,インディオ貴族の形成を阻害したシステムである。奴隷 制に比較してより多い収益性と少い危険をもつ。何故なら土着民の生計コスト は小さく,人口破局の下でさえシステムは再生産される。その秘密は,C・S τ) ・カルドソによれば,土着共同体の機能にある。16世紀半ばに土地を譲渡し, スペインの習慣を写した行政・都’市の組織を与え,共同体に現物,貨幣での貢 納と労働賦役を要求した。最後のものは都市建設の労働と,土地耕作・鉱山採 堀に向けられた賦役を構成した。小さな規模で賦役システムは土着民の定住す るスペインアメリカの全地域で機能したが,土着手労働の搾取の軸であった。 人口低下,鉱山衰退,土地所有の重要性の増大などが,個別的隷従により近い システムに道を開いた。この場合インディオと家族は永久にその共同体を捨て アシェンダで生活した。その後名称は変ったが,原型はこのようなものである。 その経済的機能は,流通面では広く輸出にも結合したが,他方で自給的な閉鎖 おう 経済が支配していた。以上の本質よりみてアシェンダ手労働が,植民地的生産 4) lbidem, pp.153−154. 5) Ciro F. S. Cardoso, H. P. Brignoli, Historia econ6mica de Am6rica Latina, tomo I, p.197. 6) lbidem, p.197. 7) lbidem, pp.171−173. 8) lbidem, pp.171−172.
212 葉面 明教授退官記念論文集(彦根論叢 ee 251, 252号) 様式の概念の中で奴隷労働に比べて第二義的なものであり,世界市場への従属 性という面からも支配的資本としての意味をもちえないことが明らかになる。 アシェンダには奴隷労働も含まれるが小さな比率に止まる。 それでは,植民地的生産様式のいわば支配的様式であり資本である植民地奴 隷制(農業プランテーション)の特徴は何か。何よりも連節した農業部門を含む ヨーロッパ市場への商品生産者であるという意味で従属性は極めて明確である。 専門化の一定の発展と奴隷間の最低限の分業に基く労働力の粗放的利用,マク ロレベルでは偏筒的国際分業,ミクロレベルでは収益性は奴隷維持費用の最小 化と土着投下資本水準での自給自足の極大化,奴隷に使用しうる資源の集中, 9) 輸出向生産の為の生産手段の集中に依存すること,が指摘される。 植民地的生産様式が永続しえない機能的根拠は特に固定資本範疇に属する奴 隷購買コストが拡大すると共に,夫が生産的資本のdead weightになる点, 10) 平均資本の部分を構成しない点が指摘される。換言すれば,奴隷所有は土地所 有と等置されるから農業生産性の引上げを妨害し植民地奴隷=この生産様式の 主たる生産者(人民)の歴史的位置を規定する。 特徴の終りにこの生産関係のメカニズム(奴隷制)と蓄積過程は,アフリカの 奴隷売買,奴隷の取扱い(生活・労働管理)に主として依存する。アフリカの奴 隷供給が,量的な植民地的生産様式の決定的要素であるが,これ自体が有名な 三角貿易の中で,つまり直接生産者たる奴隷の意志から独立して文字通り自ら の国家(主権)以外で従属的に措定されていることこそ重要である。質的な奴 隷制プランテーション・システムは非常に苛酷な条件での拘束された大衆の構 成をもっている。この特殊商品としての労働力の市場は暴力と強制を通じて労 働力商品を保持するのであって,植民地奴隷の経済的範疇は,特定な脈絡の中 に措定された労働力商品である点に留意する必要がある。この奴隷管理は,反 乱の危険と収益性ある再生産の継続の為に4つの条件を不可欠とする。(1)取扱 9) lbidem, pp.197−198. 10) C. S. Cardoso, El rnode de producci6n esclavista colonial en America, Modos de Producci6n en America Latina, p. 194.
権威主義的官僚資本主義国家の歴史的規定性 213 い形式(管理・暴力・家父長主義)②社会統合の為の準備形式一F・H・カルド ソが‘‘不完全な社会化”と呼ぶ非熟練・非専門の奴隷に対する一種の社会政策 である㈲キリスト教化(4}国家による抑制。最後の条件は軍事的・法的負担を伴 った制度化であるが,留意点は奴隷制は奴隷の厳密な管理を公力に要求するが, 所有者への管理の完全な欠除を要求する。即ち奴隷が公に訴えうる事態を避け る為に,所有者の行為を法令化するのは危険である。換言すれば植民地的奴隷 制は金融業,貴族,商人,独占企業の資金を集中した社会的所有としての性格 ID を帯びるから,奴隷大衆も当然,私的な範疇ではなく社会的生産者である。し かも所有が政治的に無権利,経済的に実質上の選択権を持ちえない従属性に規 定されている故に,その社会的所有は従属性を媒介にしてしか生産過程で機能 しないのであり,従って直接生産者たる奴隷大衆の社会的機能も従属性を媒介 にして規定されているのである。このことは,2つの重大な仮説を導く。1は 政治的独立にも拘らず経済的従属の永続する場合=オリガルシー的構造,何ら かの形で奴隷の象徴する全構造と直接生産者の従属的な社会的性格は継続しう る。2は,これを転換する方式は世界市場の中で従属性そのものの構造的(政 治・経済)変質によってしか形成されえない,という命題である。1に言う奴 隷の社会的性格を更に要約すれば,特殊な労働力商品であると同時に一般的に は生産手段であり,この矛盾的性質は必要労働時間と剰余労働時間の分離を隠 蔽し,労働自体の成果を亨有不可能にして労働の弱さと浪費一総体的には農業 未発展を生み出すものである。労働の質については,労働モチベーションの欠 除=無気力労働,必用能力の欠除,多用性の蚤除が指摘される。 植民地的所有の具体的中核である土地所有(奴隷所有と等置される)について やはり二重性が指摘される。一方で土地所有権の制限,譲渡条件に反する場合 の没収,反独占的処分,貨幣的補償等があったが,実質上,初等は既墾事実と しての土地所有とラティフンデウムを妨げず,スペイン・フランス植民地では, 11) Historia econ6mica., pp.204−205. 12) Modos de Producci6n., pp.195−196. 13) Historia econ6mica., p.200.
214 葉賀 明教授退官記念論文集(彦根論叢 第251,252号) それは,ブルジョア的というより土地所有者に有利な政策を反映し,世襲財産 としての性格を有していたことが指摘され,逆にイギリス・オランダ植民地の 夫はより資本主義的な進化的性格を帯びていたとされる。 総じてC・S・カルドソの植民地的生産様式は,個別的な支配的生産様式の 並存ではなく一植民地奴隷生産様式なる段階概念は存在しえない一生産の 方法という意味での「資本制」様式と「封建制」様式の相互融解(アマルガム) として,所有と労働の二側面から把握されている。それは,周辺の主権(国家) なき完全な従属性を刻印されているが故に,所有と労働の二つの審級において 資本主義生産様式に定着しえないが,それえの客観的可能性を内在する諸範疇, 他方,封建的生産様式ではないが,それに近似するか,それ以外の前資本主義 的諸富疇を確実に内在させ,相互に連節しているシステムを意味していると言 えよう。 この場合,自由労働は存在しないから資本主義ではなく,農奴労働が支配的 であることはないから封建制でもない。勿論古代的生産様式の復活では決して ない。この点にC・S・カルドソの植民地的生産様式の周辺国家(或は構成体) に対する歴史的規定性があるといえよう。 この場合,マルクスの所謂資本主義面変種としての19世紀における北米南部 を中心とする植民地的奴隷制は,政治的独立という新しい条件に規定されると はいえ,LAを基軸として考えれば,決してその本質を変えるものではない。 の C・トーマスによれば,カリブを中心として支配グループは依然プランテーシ ョン商品穀物経済の支配を強化しその権力を維持する為に国家装置を利用した。 又,国家は奴隷制廃止後の国内安定性を保障するものとして平和維持手段を発 展させた。更に奴隷から自由労働への移行と解放奴隷の独立農民への発展に直 面して,奴隷制時代に発生したその国家権力を強化しなければならなかった。 労働の審級よりいえば,年期奉公,その他の拘束的労働システムの管理システ ムが発展し,労働市場の成長を監督するシステムも制度化された。ブラジルで 14) Clive Y Thomas, The rise of the authoritarian state in peripheral societies, U. S. A, 1984, pp. 20−21.
権威主義的官僚資本主義国家の歴史的規定性 215 は1850年の奴隷制終結は,このシステムの重要性と生育力の漸次的喪失を意味 し,廃止以后も,奴隷の内部売買がすべての国で採用されていたし,例えばコ ーヒ・アシエンダで利用されていた。奴隷労働のより実行可能な代替物は一般 的に手労働に求められた。手労働は自由労働ではなく,奴隷労働との質的連続 (補註) 性は前述した。結局,植民地的生産様式の形式的解体は,階級矛盾(所有にお けるオリガルシーと弱い小ブルジョアジーと労働における繭面的労働者くルンペン・プロ を含む〉と小農民)の増大をもたらし,前述した経済的従属性の実質的継続との 構造的矛盾は,1930年代以降の新しい周辺国家形成への歴史的規定性として機 能したと総括できる。しかし,問題の核心は,このような歴史的規定性の理論 的重心が正しく,前述の植民地的生産様式の実質的存続に在るという視点であ る。従って単なる現象的な連続過程の実証では,周辺国家の特質と転化は十分 に論証できないのである。 皿。1930年以後の周辺国家の基本的性格 一植民地的生産様式の止揚形式とし て一 植民地的生産様式の止揚は1930年代以降に新しい周辺国家の成立,F・ H・カルドソの言葉では国家マシーンに起った移行を特徴づける現代状況を構 成する(1)社会政策の含意と②従属的資本主義発展と国家の関係,を通じて,極 めてドラスティックにおこなわれた。以下ではF・H・カルドソの視点に添っ てその論理を整理しよう。(1)LA社会政策の含意 1930年代迄LAでは社会政 策とは撹乱的含意をもっており一例えば警察行動と:専ら理解されるような一従 来の国家はこの為には不適当であり,国家はせいぜい逃避所か,市場次元の不 調整に対する個人・集団的対応を正当化したにすぎない。今世紀初頭以来,L Aでは都市労働者と専門的中産階級より社会政策への圧力が諸々の形で生まれ たが,29年の危機が以上の状況に大変化をもたらしたのである。大量失業と輸 出衰退に伴う経済的危機と都市生活の形成は人々に公の責任に焦点をあてさせ 15) C. S. Cardoso, H. P. Brignoli, Historia econ6mica de America Latina, Barcelona, 1981, pp. 19−20, p. 24. 16) Fernando Henrique Cardoso, Las politicas sociales en la decada de los afios ochenta:a Neevas opcines?, El trimestre economico, Nam. 197, enero−marzo de 1983, Mexico.
216 葉賀 明教授退官記念論文集(彦根論叢 第251,252号) ることになった。これ以後の国家は,オリガルシー国家と全く異っているとF ・H・カルドソは指摘する。この国家は社会問題を政府行動計画に合体するこ とにより完成する。社会問題とは基本的に労働市場の設定である。国家が社会 政策の問題にいっぱいに入りこむことである。それは労働力販売の条件の規制 であり,後には資本主義経済に中心をおくのだけれども,労働力商品の維持に 関する先占への参加である。LA社会の支配階級は,所謂手労働(mano de obra)の無限の維持・存続という仮定の下に従来行動するよう習慣づけられて きた。故にオリガルシー経済下では市場で自由に処理しうる手労働は,労働年 齢に達した住民数と混同されたから,何らかの手労働維持政策は余計なものと 見徹された。このような保護者としての国家は,本来の手労働としての大衆と 一致する政策利益を守るものとして現われる。しかし第2次大戦迄は,大衆圧 力と国家機関への中産階級の挿入はあったが,社会問題は労働者よりも労働の 保護という性格をおびる。その後,輸入代替的工業化と経済発展に伴って社会 政策の相対的概念の再定義が出てくる。官僚的次元では,社会的分野での公的 費用は拡大するが,この方向への官僚主義的拡大は私的部門の労務から公的部 門へ移行することにより,更に,財政的拡大によって実現される。この過程は 夫々の国で異るが,すべての国で同じ発展が指摘される。即ち,社会行動は公 ラ 的部門に中央化される。 他方,LAの経済発展の可能性と代替物に関する30年代以降の民族発展主義 は,その本質において国家行動によって導入される工業化を要求し,国家機関 と社会の近代化を要請する。これに敵対するイデオロギーは,自由放任的な企 業個人主義とi共同体回復のイデオロギーであった。 1970年代に新しい転換がLAのイデオロギー次元でおこった。それは本質的 な国家的発展のシェーマを承認するというよりも,対抗者(人民一中罵)の為に より適合した政策として社会問題を取扱う視点である。これは国際機関の改良 主義的計画に結合され,公的行動の範囲を分断した。対応する新しい社会政策 17) lbidem, pp.169−171. 18) lbidem, pp.171一一173.
権威主義的官僚資本主義国家の歴史的規定性 217 とは,社会問題の軸を,労働関係の規制(最低賃金,組合,その他の権利)から 一般的な消費者需要の線に移行させることである。農業と財政を2大基点とす る新しい改良主義である。この改革は,労働に貢献すべきものを資本の資源に 移行することになった。このようなテクノクラートによる社会政策の再編成化 は,国際的図式(例えば国連と米州機構)をもったが,分節化その他の困難が発 生し,一部の成功にとどまり,経済発展の否定的側面への批判を生んだ。70年 代を通じて政府行動の領域で社会問題を志向する国際機関作定計画が優先した。 経済発展と所得再配分の両立性が主張されたが,社会政策でも費用一効果原則 から切離せなかった。これはしAでは社会的先占の進歩思想と,権威主義国家 の間の矛盾であるとされる。一般に権威主義国家による社会政策の普及は実行 された。この社会政策の再配分的目的(国際機関の要求)と経済,政治秩序の優 先的方向(独占化)の間に矛盾と相互作用が出現する。社会政策の二・ユールッ クは,上の相互作用として現成する。例えばブラジルではインフラストラクチ ュアへの投資を通じて社会的利益と大企業の為の国家計画に代表される資本主 義秩序の具体的目的の間に妥協が成立する。逆に人民へのサービス提供の持続 は資本主義投資規準により困難化し,本来の社会資金は他の目的に流用される。 更に社会政策の公的所有から企業所有への従属化もおこる。この新しい社会政 策を総括すれば(1)首唱者と金融家の大代理人に固有の社会政策の新しいイデオ ロギーによる近代化圧力(2)社会経済構造の変化なき社会問題解決の有効性③独 占資本主義段階で近代的蓄積過程が生れた社会で,蓄積の為の必要資源を維持 する契約と援助を促進する目的と国家行動を統合する企業経済の特殊な薪割4) 国家機関の近代化とテクノクラート的移行の必要,となる。これらのアマルガ 19) ムが社会政策の発展であると指摘される。最後に現段階の特徴は,土着社会と 経済を新しい国際分業と資本主義早生産の国際化に再適応させることであり, その結果は国家と企業のますますの相互侵透である。この状況下で「LA及び その他の周辺では.経済の寡占化と日常生活の国家化が,ラティフンディァ,植 19)Ibidem, PP. 173−180この部分の要旨を整理した。
218 葉賀 明教授退官記念論文集(彦根論叢i第251,252号) 民地生産の大単位に基いた輸出経済,歴史的社会の周縁化,奴隷制生産構造の 諸要素の現成,オリガルシーの政治的支配,反動的ポピュリズムー市民権の欠 り 除に総合されるもの一に特徴づけられた歴史的基礎にもとづいて進展する。」 F・H・カルドソによれば,LA社会は大規模な輸出生産を伴った世襲主義 (伝統的)から,突如として競争資本主義経済を経過することなく,近代資本 主義大企業によって動される重要な官僚主義的特徴をもった社会秩序に移行し たが,これはアメリカ化とは全く異るものである。 LAの深い構造的転化はより直接的な危機を生み,とくに社会政策の実施に 直接影響する危機局面が明らになっている。別の危機一階級と国家の性格の間 の対抗も本来の条件の再編成を促す。それにも拘らずLA社会の構造的再編成 は国家が進歩的にLAを市民化する政策を提義する思想が問題となりうる。具 体的には調整された市民権という考え方は後退ではなく,LA次元での市民権 の承認であり,内容は,国家によって承認された労働の自由,社会保障,一定の 権利と最低の保障である。この調整された市民権の遅退或は限界化の方向にあ る国々で社会政策が中心的役割を果すのである。以上,F・H・カルドソの視 点に添ってLA社会政策の理論的枠組を整理したが,それは我々の視点と基本 的に一致する。 この場合,周辺国家の性格は,その世界システムの変換に伴う自身の階級的 生存一拡大の基礎条件としての,国民的=支配的労働の創出に依存する。そし てそれは,単に技術的に達成されうるものではなく,歴史的規定性に基いて, その限界内部においてしか,適応的に創出されえないのである。生産関係と生 産力の弁証法からみれば,その矛盾は西欧資本主義の場合とは逆転的方向で現 成する。即ち,自由労働庸市民権の土台に基く進んだ生産力の性格に,生産関 係が適応する発展方向ではなく,実体的には奴隷労働(形式的には手労働)を歴 史的原基とする不十分な自由労働(亜自由労働)を,生産関係の政治的総括と しての特殊な国家が,それ自体の性格をたえず適応せしめる方向が現成する。 20) lbidem, pp.180−182. 21) lbidem, p.182−183.
権威主義的官僚資本主義国家の歴史的規定性 219 故に植民地洋生産様式の歴史的規定性は,本源的な内生的条件としては,LA を中心とする周辺諸国での社会的生産力の基底である労働力の実体的性格或は 労働支出の形態が奴隷労働(或はその実質的延長としての労働力)より自由労働 (ブルジョア的賃労働)へ質的に転化することである。それは形式上の労働力商 品より実体をもつ労働力商品への強制的移行(創出)の過程でもある。 この任務を逐行ずる周辺国家の創出が,世界システムの質的変換(大恐慌と 甲子資の成立)を契機としたことの意味は,先進国が正にその自由労働を組織的 に管理・支配可能な状況(ケインズ的貨幣政策と管理通貨制)を他方で創出したこ とによって周辺自体の旧来のシステムが死滅の危機に直面したからであった。 この意味で最初の(30年代一40年代)周辺国家(生産関係の総括形式)の性格が典 型的な権威主義的・官僚資本主義的(より民族的かより買弁的かの差をもった)体 制になったことは当然であった。何故ならLAでいえば,強大なオリガルシー (中国では軍閥政権)権力を先づ転覆し(一定の妥協はあっても)自由労働の戦略 的土台としての国営部門とそれを囲続保証するインフラストラクチュアを最低 限,創出しなければならなかったからである。その最低の必要資本は,弱い資 本主義私企業の一定の犠牲(移転)と強大な地主との妥協,対外的には特定の 外国資本との従属的提携を通じて調達された。このような強権的自由労働の創 出(拡大というより)は,政治的にはこの国家に規制される近代的労働者階級の 創出でもあったから,以後,このような国家は不断に自らの生み出した自由労 働との関係で,或はその自由労働を拡大し,規制管理していく過程で,広義で の「社会問題」に直面し,社会政策によってその解決を探求する。しかし,歴 史的規定性を内在する「社会問題」の解決の為の社会政策が先進国の夫と全く 異質であり,国家自体の性格を不断に変化させる矛盾的な存在であることはカ ルドソの指摘するところである。従属性の深化が経済危機を通じて,自由労働 への転化を妨げむしろその実質的後退を惹起(例えば実質賃金の大幅下落,生活の 低下,労働条件の質的切下げ等)しこの所謂,調整的市民権の切下げが,世界シス テムにおける国家の従属性と権威主義的・官僚主義的変質を加速するという一 定の循環が抽出できよう。
220 葉賀 明教授退官記念論文集(彦根論叢 第251,252号) C・トーマスの表現をかりれば,周辺の権威主義的国家・社会においては, 資本主義的生産関係の一般的未発達が,大多数の人民の間での適法性と平等の ブルジョア理念の実践を制限しており,「特にそれらが市場におけるすべての 個人の“平等性”に基礎づけられて以来」そういえるのである。この場合,最 も重要なテーゼは,周辺国家の社会政策を通じての周辺人民の労働の質的転化 過程一奴隷労働(又は手労働・亜奴隷労働)から自由労働へ一は,経済的にみれ ば,1930年代以降に成立した新しい世界システム=国際分業体制に対する有効 な対応としての,ブルジョア的に高められた労働性能の最適な国内配分と個別 労働力の労働生産性の質的向上という両面での経済的再編成に直結する歴史的 意味をもちえたということである。周辺国家が,権威主義的に野上から,官僚 的に労働市場を創出する必然性は正しくこの点に集約できよう。それは,一般 的にいえば,価値を創造する労働創出を国家が如何にして条件として組織でき るかということである。 この過程はより具体的には,国家資本主義ウクラードを戦略的管制高地とす る周辺国家の経済的戦略を生み出す。C・トーマスによれば,国家的所有の拡 大と経済規制の国家的管理のメカニズムの発展は,国家の発展方向の帰決であ り,この国家的所有の発展が,国家の潜在的強制能力を拡大し,社会資源の国 家支配のあらゆる重要な拡大と「市民」生活へのあらゆる介入が現われる。 1930年代一40年代の周辺国家は,その機能としては,新しいその資本蓄積= 再生産構造の直接的結果(経済成長に象徴される)にかかわるものと考えるより は,むしろ,その制度的枠組を構築し,世界システムの危機から自己の生存の 為の最低必要な制度的保障を創出したのであるが,第2次大戦後に上述のC・ トーマスの言う国家の潜在的強制力は,とくに幾たびかの世界システムの経済 的危機に直面して,重要な具体的経済機能として拡大し続けたのである。 その中で最も重要なものは,経済政策自体というより,経済政策と結合した 社会政策の範疇である。即ち,一般的にはプーランツァスのいう資本主義国家 22) C.Thomas, The rise of the authoritarian state., p.85. 23) Ibid, p.85.
権威主義的官僚資本主義国家の歴史的規定性 221 の労働生産性水準に対する支配と労働力価値の水準への支配であるが,先進資 本主義国家が,労働組合の抵抗と本来労働生産性水準が高いことに基く所謂生 産性原理によって,両者はむしろ比例する傾向を持つのに対し,周辺国では, この乖離が,一種の所得政策として構造的に逐行されるのが常態である。 C・トーマスによれば「国内支配の現存のパターン(権威主義的国家の一中鳥) を維持する能力は,労働生産性の増大にそった実質賃金の成長の減少と人民大 衆の生活水準の成長の減少を勝ちとる国家の能力に甚しく依存している。これ がなければ,国家と私的セクターの収益性の永続する増大は決してありえな ゆ い。」 従属的周辺における世界システムと結合した資本主義的資本蓄積の抽象的メ カニズムの理論的原型は正しくここに見出される。しかし,その性格は,先進 国の「所得政策」=賃金水準凍結とは全く質的に異る。LAを中心とする周辺 国家におけるこのメカニズムは,全く歴史的規定性をもった構造的なものであ る。それは言いかえれば,周辺にあっては経済問題というより,「社会問題」 (ヵルドソ)である。すなわち,このような経済政策を永続的にとりつづける為 には,少くとも,その根底に国家による「社会政策」と,やはり国家によって 編成された多ウクラード的社会構成の安定的維持がなければならない。 かかる「社会政策」は,労働市場の創出とその条件規制を中核とする。それ は経済的・抽象的次元では労働力資源の創出と最適配分にかかわる諸問題にと どまる。生産手段とくに労働手段の技術的改進による労働生産性の上昇は,周 辺では資本不足により周知のように一般的には先進国に比べてはるかに抑制さ れることは自明である。 この場合,周辺の多ウクラード的構成が,一つの脱出口になる。国内的には 国家資本主義ウクラードの世界システムに直接結合する(輸出代替にせよ,輸入 代替にせよ)戦略部門の労働生産性を限定的に引上げるか,多ウクラード的構成 の有機的な一構成として取りこんだ外国資本(国際資本主義或はその代理機関)と 24) lbid, p.88.
222 葉山 明教授退官記念論文集(彦根論叢 ee 251, 252号) 従属的に提携するか,というみちである。 この途は,このような国家の,権威主義的・官僚資本主義的な性格を一方面 強め,本来多ウクラードの夫々に土台として依拠する国内各階級,階層,グル ープの間の矛盾を強める方向に働くであろう。このことは,特に閉鎖的な自称 社会主義(実は官僚資本主義)に多く実例がみられる。 他方,外国資本に依存する途は,比較的容易であり,現段階での帝国主義側 での戦略的変化に対応して,とくに近時において周辺国家に採用されるが,従 属性を固定・拡大するみちであることは自明であろう。(後述) 労働生産性の具体的上昇の途が限定されている限り,結局,周辺国家は,労 働力の再生産に直接拘るような複雑で矛盾的な「社会政策」を逐行せざるをえ ない。それは,一一rw的経済理論の次元では確かに実質賃金率を,労働生産性水 準以下に抑制する諸政策の総合である。 しかしその為の最重要な前提としては,正しく植民地的生産様式に内生した 植民地的奴隷労働一手労働に源泉を有する歴史的規定性(いわばマルクスの “共同体”のへその緒)からの決定的分離がなければならないのである。自由労 働への転化とは,この場合,技術的・制度的な範疇にとどまらず,生産力と生 産関係に直接反映する根底的概念である。資本不足・技術低水準の条件下での 周辺における労働生産性上昇の代替物は労働それ以外にない。周辺国家の「社 会政策」はこの意味で,労働力価値も高める志向性を原則的に持つと考えられ る。しかし,労働力価値の大きさと自由労働という質的措定は等置できない。 何故なら,前述のように労働そのものが重い歴史的規定性を蒙っている以上, それが労働生産性上昇への致命的障害となっている以上,国家の役割は,厳密 にいえば,労働力価値の大きさをブルジョア的単純平均労働の代替費用の水準 でとどめることにある。従って実質賃金率の切下げは,所得政策の結果という より一方で,インフレーション等の経済的状況の総和の結果として,他方では 多ウクラード社会構成に残存する植民地的生産様式に淵源をもつ手労働或は亜 奴隷労働に対する報酬率によって限界的におこりうると考えられよう。これは, 以前の論稿で言及した周辺の労働市場の多ウクラード的重層構造の経済的効果
権威主義的宮僚資本主義国家の歴史的規定性 223 として考えられる。故に周辺国家の「社会政策」はその基本的・矛盾的特質と して,自由労働という原基的範疇への転化を通じて労働生産性を引上げる為に, 国営・公的企業の形での莫大な「社会問題」解決の為の外部経済的投資をおこ なうが,結局経済的次元では労働力価値は,一部の戦略的部門を除いてその社 会政策に原因しておこる内生的一外生的経済変動(例えば,インフレーション, 財政赤字,国際収支悪化)を通じて,その基本的上昇が妨げられるか実質的に切 り下げられる,という基本循環をもつにいたる。 3つの選択がF・H・カルドソによって提示される。 (1)社会政策に優先権と階層化を与える優先的発展の型の復帰に集中砲火を あびせる,階級連合による(ニカラグァのように,堕落した形としてはメキシコのよ うに)或は一階級(キューバ)による国家機関の回復。 ② 国際資本主義及び寡占的資本主義によって刻印された発展方式の利害の 図式の中での社会政策の国家による利用の継続。 ㈲ 調整され,制限された市民権の過程を永久に,保証する形態として,社 会政策の利用}こ有利な傾向に制限をおこうとする前述の選択に対立する一つの 社会的反作用。 F・H・カルドソは,LAの多くの部分で起っている状況とは異るラディカ ルな仮説として第1の選択を位置づけ,第2のものについては,実際のパトロ ンの継続の結果を説明する必要はないとする。 彼は,第3の権威主義的・官僚主義的国家への反作用については,現段階で みられるのはこの反作用の力であるとするが,結局,国家と社会の機械的分離 に反対し,共同体の復活というイデオロギーにも批判的態度をとり,国家の民 主化は重要だし,土台により近い解決は必要だが,「現代の社会は,市民社会と 国家という古典的境界のようには,国家と区分されない。即ち,生産領域と政 策領域の相互的な網目状の配列は,自由主義的思想の回復が,現在の袋小路を 解決できるという仮説を放棄せしめた」と結論している。 25) F. H.Cardoso, El trimestre economico Nam. 197 p. 184. 26) lbidem, pp.184−187.
224 葉賀 明教授退宮記念論文集(彦根論叢 第251,252号) ② 従属的資本主義発展と国家。 F・H・カルドソに添って周辺国家に刻印された従属性を土台と代替物(政 2T) 策・戦略)の関係において整理したい。周辺国家は資本主義に有利な国内社会 秩序を事実上,確立したのであるが,従属的状況にも拘らず一特に米国の対外 政策の目標に挑戦しない一これらの国家にも対外政策の目的はありうる。つま りこれらの国家は主権を行使して国際秩序の矛盾の利益を得ようと志向する。 歴史的過程が進展するのは矛盾を通じてであり,この意味で従属的民族国家と 多国籍企業の矛盾は敵対的ではない。確かに従属的発展は国家と企業の間の摩 察,一致,同盟を通じておこる。しかし発展のこのタイプは企業と同様に国家 が収入の集中と大多数人民の社会的排除に基づく市場を形成する政策を実行す ることでおこる。この過程は,特に人民の反作用が存在する場合に,企業と国 家の歴史的一致に基づく一つの癒着単位を要求する。1970年代を通じて国家の 強大化,多国籍企業の挿入,そして彼等の連合した従属的発展が新しい一つの 階級関係の脈絡の中でおこっている。これは一方では,社会主義社会への移行 の制限として働く,従属の世界的状況との決裂の傾向を含み,他方では,資本 主義経済秩序の強化の保証となる,支配階級の再編成と国家の抑圧機能の増大 を含む。 資本主義出発展とのラディカルな分離の途はゲリラ運動としては全て失敗し たが,この他により広い人民形成に基いたチリーの統一戦線,ペルーの軍事的 改良主義などがある。それにも拘らず70年代を通じてかなりな経済成長率,世 界商業の拡張,周辺の重要部分の工業化,生産的国家部門の強化などにより問 題は複雑な形で厳密な意味でのしA国家の行動者としての能力の増大という点 に広げられた。この局面では“より少ない従属性”がありえたかもしれない。 しかし,その従属の程度ではなく,どの階級の為の従属かという視点が問われ る。具体的次元では,階級同盟と利害の視点から国家と民族の間の関係はどの 27) F. H. Cardoso, Enzo Faletto, Post scriptum a dependencia y desarrollo en America Latina, Debates sobre la teoria de la dependencia y la sociologia Latinoamericana, EDUCA, Centroamerica, 1979, pp. 116−135.
権威主義的官僚資本主義国家の歴史的規定性 225 ように与えられるか,というように問題は設定される。それは各国の国内と国 際的次元で経済発展の歴史的過程の実体を構成するものである。最近の状況は 暗示されたこの関係を構築する。関係が拡大し,強化されるならば,資本主義 解発展の支配的パトロンとの決裂の脅迫を含む階級状況を現すし,更に,企業 システムの急速な成長に,国家と企業の間の同盟に,更に国家の生産的システ ムに固有の水準での公的企業と多国籍企業の間の結合に有利であるような支配 階級側からの政策として現われる。国家の抑圧的性格は増大する。消費方式の レプリカ及び中心の工業化パトロンのレプリカに基ぐ成長モデルに適応する周 辺資本主義の発展は育ちうるだろう。但しカリカチュアとして。過去のブラジ ルの奇蹟,メキシコの成長がその例である。LAの条件下でもしたしかに経済 成長,都市化と富裕化を生み出すとすれば,この過程は人民の大多数の現実の 経済社会問題を排除することなく再定義される。この場合,人民は自分の利害 に基く社会モデルの創造の為の効果的潜在力としてよりは資本蓄積の為の資源 として見倣される。この条件下で国家と民族の間の分離過程がおこる。即ちすべ て真に人民的であることは疑わしく破壊的なものと考えられ,反対者として抑 圧される。ブルジョア化の過程で民族は指導階級の光の中でますます国家と混 同され,国家がその利益を強化するに伴って企業システム防衛の利益と公的な 利益は混同される。 LAの土着支配集団の対外状況への答は,経済成長と体制移行の試みに直面 して防衛指令の為に通常軍事支配の下での抑圧国家と企業者国家の混合である。 そしてその国家形態にダイナミックな可能性を与え特徴づけるものは,官僚的 局面ではなく,その企業的局面である。それは多国籍企業との生産的同盟をも たらす。これこそ周辺資本主義の歴史の為の港を開くことを許す水門として機 能する戦略的要素である。 この国家の局面は同時に経済の国営部門を拡大し,矛盾的に多国籍企業とそ れとの関係を強化する。外国企業との関係は土着ブルジョアジーとの協定では 28) lbidem, pp.116一一119.
226 葉面 明教授退官記念論文集(彦根論叢 第251,252号) なく国家自身との協定によって媒介される新しい関係であり,単に政治的秩序 としての表現に止まらず,「会社」として機能しはじめた公的企業との関係で もある。 ブラジル,メキシコ,ペルー,ヴェネズエラ,その他でのこのモデルの一般 化は,直接の政治的領域における“仲間”の対抗,衝突に移行する。他方,ブ ラジル,メキシコ,ヴェネズエラなどの国では土着ブルの国内利益は,生産の 直接代理入である国家の利益と結びつけられた。この過程の結果は大きい。企 業国家及び帝国主義と経済的に連合した国家は,その政治的連合ではなく1950 年半ばまでにみられたものと異った意味を現代の国家形態に与える。この国家 の特に新しいことは,国家による資本主義的な収益性の高い部門への直接的生 産投資の拡大である。その最初の独自の契機としてこの国家投資は,公定価格 と課税によって獲得した資源からおこるが,これに続く契機としては国家企業 (石油,鉱業,消費財等)によって生産された利益を通じて再生産され,拡大さ 30) れる。 ブラジル,チリー,コロンビア,ペルー,メキシコ,ヴェネズエラなどの国 では公的部門は年間資本形成の50%以上に参与している。のこりは内外の私企 業による。総じてこれらの国では,国家企業は公的企業投資の半分以上にあた る。ブラジルでは1975年に,この数字は総投資の30%以上になる。その中で土 着の2企業は,多国籍企業に匹敵するが国営である。ブラジルでは100大企業 の内,56が国営である。更に私的投資能力の欠乏の為に,多国籍企業が戦略部 門とダイナミックな部門を占有することを妨げる政策の必然性は,土着国家の 機能一とくに投資一を増大させ,多国籍企業と交渉する民族的基礎を創出せし める。土着企業もこの過程で国家と多国籍企業との連合に従属的に参加する。 LAのすべての政治体制が軍事支配下で官僚主義が相当のものであることは 確かであるにしても,内的矛盾をもつ。例えばブラジルとペルーでは形態上は, 29) lbidem, pp.119−120. 30) lbidem, pp.120−121. 31) lbidem, pp.121−122.
権威主義的官僚資本主義国家の歴史的規定性 227 官僚主義一権威主義秩序が強化されていることがより明確にわかるが,ブラジ ルでは,選挙による立憲体制と脅迫としての政治秩序,軍事的独裁者=仲介者 という二面性が存在し,この権威主義を破壊する手段に転化する選択的戦術の 可能性も存在する。ペルーでは官僚主義=権威主義はより直接的に正当化され て現成する。即ち,公的企業は強化され,国家は官僚的組織として,又国家の 生産的部門として軍事力の下に拡大する。それにも拘らず,ペルーの場合,資 本蓄積に向けられた多国籍企業と私企業の収益以下の集中性しかない。 しかし,政治体制の多様性と権威主義=官僚主義の重要性の限定は,多国籍 企業と国営の生産的企業によって遂行された実際の従属形態と決定的任務が偶 発的であることを意味するものではない。 国家の特殊性は支配階級の利益と被従属階級への支配能力であるが,これは 矛盾的に一般的利益の表現であるかの如き国民的意識として顕現する。故に国 家はより広い次元で,他の階級又は連合に対する一階級又は階級的連合の任務 を表現する。国家はこの利益の一般化という神秘的次元に真実らしさを与える 方法を提出する。 ここから今や官僚主義=規制者の組織であると共に生産的経済の組織者であ ヨ う る近代国家の二重性が生れる。 かかる国家の維持基盤としては,前述した矛盾をもった三者の利害の間の同 盟があげられる。従属的資本主義国家は,蓄積の拡大を確保する為に公的企業 部門を成長させるという方法によってその生産者的機能が発生する。時として このセクターは国家ブルジョアジーとなる。国家ブルジョアジーは,生産手段 の所有権はないが,社会的代理人として単に社会的活動をする官僚に止まらず, 国家企業の蓄積を支える社会関係を創出するという方法を通じて社会的に‘‘資 本機能”として行動する。公的企業の生産した蓄積を私的蓄積の為に必要とさ れるものへ転化することは,この連合的嵩従属的資本主義の前進の為の根本的 32) lbidem, pp.125−126. 33) lbidem, pp.126−127.
228 :葉賀 明教授退官記念論文集(彦根論叢 第251,252号) 前提である。 35) 総括すれば,国際的独占資本主義の衝撃の下での周辺の工業化局面における 従属的資本主義の特徴は,社会に対する国家部門の支配を通じる多国籍企業, 国家企業と土着ブルジョアジーの同盟に基く国家形態の発展である。多国籍企 業の挿入は,対外的な私的蓄積の為の前提条件(経済空間の適応的秩序化)に国 民を転化する。この過程で国家は強化される。その場合,国家のその社会的土 台からの相対的分離がおきる。経済的支配階級の危機としてのこの分離は,国 家のボナパルト化である。このような国家を企業的に手段として構成する過程 で,この国家は民族と分離する。このことがしAの従属的発展の実際の形態に 特有な矛盾である。即ち,一方で支配階級の属性としての主権は同時に国家官 僚と指導階級の優先的任務であり,他方で民族=人民の不在は国家に対応を欠 く,別のものである。従って国家に関する政治斗争こそ従属性の本質・形態を 総括するものである。 以上が従属性に関するF・H・カルドソの論理の紹介である。それは我々の 視点に基礎的な手掛りとなりうる。結論を先どりしていえば,ここで画かれた 周辺国家は,正しく植民地的生産様式によって歴史的に規定された,その止揚 形式でしかない。 詳論することは避けるが,核心は植民地的生産様式のもつ人為的或は創出的 二面性を止揚的な新しい形式で継承し内包していることである。この二面性と は,簡潔にいえば,一方で,資本主義的奴隷労働(或はそれに連続する手労働)と 他方で自給自足ではない世界資本主義(初期)的環境=一種の原型としての世 界企業の有機的部分の結合した独特の構造を意味する。 この二面性は,1930年代以後の周辺(LAを中心とする)国家=体制にどのよ うな形態として止揚されているのか。価値増殖の主体としての労働の質的転化 は前述した如く奴隷労働・手労働の実質を含む形態的自由労働(亜自由労働)で 34) lbidem, p.128. 35) lbidem, p.128 36) lbidem, pp.130−13L
権威主義的官僚資本主義国家の歴史的規定性 229 あり,国家の社会政策がその量的・経済的な矛盾的特徴を規定していることは 前述した。他方,所有=資本の次元では,自給自足的アシェンダではなく,完 全従属下の奴隷制大規模プランテーションの世界生産・企業としての性格が, 殆んど媒介物なく,an sichに周辺国家の国営部門(及びそれと結合した多国籍 企業)に止揚されているといえるのではなかろうか。この両者の間の矛盾は, 植民地的生産様式においては,植民国家に保証された植民的所有と奴隷の間の 敵対的矛盾であるが,植民国家と現地所有者との矛盾は,敵対的でありえない。 このような本源的関係は,周辺国家の場合,国家(官僚主義=権威主義的ブルジョ アジーを基軸とする支配階級)と民族(主権なき人民・民族)の間の矛盾という形に 揚棄されて現成する。総括すれば,労働=人民の排除と育成,世界システムへ の結合と分離という相互に矛盾した機能を内包せる二つの生産様式(植民地的 生産様式と官僚主義的生産様式)は,基本的性格において,どちらも矛盾的存在 なのである。 補註 H.M.マータによれば,独立したヴェネズエラの奴隷経済は,発展するプランテ ーション資本主義に吸収されたが,奴隷化された手労働の拡大と生産力の衰退をひきお こした搾取老の暴力の不合理性を保持したし,手労働不足と自由な労働力に賃金を支払 いうるほど十分な金融資本をもっていなかったから,所有者は強制と新しい抑圧の間を ゆれる処置をもって奴隷体制を維持することが必要となった。法的におこなわれた絶対 的抑圧は,手労働を事実上,また法律の上でも隷属的地位においた。 H. M. Mata, Formacion historica del antidesarrollo de venezuela, 1981, Caracas, p. 108, p. 109.