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ICOT終了 20 周年に寄せて
2014年 1 月 5 日の正午から三田の中国飯店にて ICOT (Institute for New Generation Computer Technology,
財団法人新世代コンピュータ技術開発機構)終了 20 周 年記念同窓会が開かれた.Facebook の ICOT グループ での 2013 年 12 月 7 日の近山 隆氏によるつぶやきの後 の同 22 日の上田和紀氏からのメールでの正式アナウン スという超ショートノーティスであったにもかかわら ず,図 1 の集合写真のように,ICOT で働いた人々の約 1/3に当たる 56 名もが集まったのは,ほとんど驚異的と いえよう.各参加者 40 秒ずつのスピーチをするだけで かなりの時間を要したが,いずれも ICOT 卒業後の 20 年間以上の人生をそれなりに充実して過ごしているよう であった.自分が ICOT に在籍したことを特に肯定的 に捉えている人々が集まったのだろうが,ショートノー ティスであったことを考えると,そういう人達は実際に は 56 名よりはるかに多いと考えられる. 第五世代コンピュータプロジェクトは,論理的な推論 の能力をもつ並列コンピュータを開発するという触込み で産学官の研究者を結集した,当時の通省産業省(現 経 済産業省)による国家プロジェクトである.電子技術総 合研究所で 1979 年に始まった予備調査を受け,渕 一博 氏を所長とする ICOT が 1982 年 4 月に設立されて 10 年計画のプロジェクトが発足し,さらに 1 年間の延長と 2年間の後継プロジェクトを含めて,13 年間にわたり総 額 600 億円に近い国費を投ずる大プロジェクトとなっ た.企業の負担も合わせると 1,000 億円に迫るのではな いか. このプロジェクトの重要な成果の多くはソフトウェア に関するものだが,上記のような巨額の予算の大部分は ハードウェアの開発に費やされた.この不均衡には次の ように複雑な政治的背景がある. ICOTの発足の際に確保されていた予算は 2 年分の 70 億円に過ぎなかった.それが前述のような長期大プロ ジェクトに拡大したのは,最初の 2 年間で逐次型推論マ シン PSI とその上で稼働するプログラミング言語 ESP および SIMPOS という OS の開発に成功したからであ る.そして,この成果がプロジェクトの拡大をもたらし たのは,プロジェクトが目標とする並列推論コンピュー タが,日本の情報技術政策の中で重要な位置付けを得た からだった. ICOTが発足した 1980 年代初頭まで,国内の主なコ ンピュータメーカの多くは,IBM 機と互換性のあるコ ンピュータをつくることにより,IBM の巨大なシェア を切り崩そうとしていた.しかし,この IBM 互換路線 は 1982 年の IBM スパイ事件(IBM の技術情報を不正 に入手しようとしたとして日立と三菱の社員が FBI に 逮捕された事件)によって破綻する.こうして,新たな 国産コンピュータが必要とされ,並列推論コンピュータ は 10 年後のその候補と目されたのである. このようにして軌道に乗ったかに見えた第五世代コン ピュータプロジェクトは,1984 年頃に始まり 1980 年代 末まで続く AI ブームによって岐路に立たされる.AI に 関する民間企業の自発的な研究開発投資が期待されるの で,第五世代コンピュータプロジェクトも委託研究開発 から企業への補助に切り換えようという動きが起こった のである.しかし渕所長は,この AI ブームが一時的な ものであることを見抜き,より長期的な展望に立ったソ フトウェアの基礎研究が必要だと考えていた.だが,民 間でも AI 関係の応用ソフトウェアの研究開発は行われ るだろうから,ICOT での基礎研究を存続させるにはハー ドウェアへの重点化を堅持するしかない,というのが渕 氏の判断だった. ところが,ICOT がハードウェア偏重によって解散を 免れた後,UNIX ワークステーションの普及によってメ
ICOT 終了 20 周年に寄せて
Twenty-Year Afterthoughts on ICOT
橋田 浩一
東京大学大学院情報理工学系研究科ソーシャル ICT 研究センターKôiti Hasida Social ICT Research Center, Graduate School of Information Science and Technology, the University of Tokyo. [email protected]
Keywords:
ICOT, logic programming, constraint. 「第五世代コンピュータと人工知能の未来」158 人 工 知 能 29 巻 2 号(2014 年 3 月) インフレームコンピュータの時代が終焉し,対 IBM 戦 略も無意味になった.にもかかわらず,プロジェクト を継続するため,ICOT は,汎用ワークステーションに 対する専用並列コンピュータの潜在的優位を主張しつつ ハードウェア偏重路線を維持せざるを得なかった.こう して法外な開発コストを費やして 1992 年に出来上がっ た並列コンピュータは市場性を全く欠いていた. この点において第五世代は過剰な費用を蕩尽したバブ リーなプロジェクトだったと断ずることはたやすい.し かし,プロジェクトを公正に評価しその経験から学ぶに は,以上のような背景を理解しておかなければなるまい. 人間並みの推論能力をもつコンピュータがつくられた わけでもなく,産業上の明確なインパクトもなかったこ とをへて,このプロジェクトは失敗であったとしばしば いわれる.しかし,プロジェクトの本来の目標は,遠い 将来に人間並みの知能を工学的に実現するための技術的 な基盤をつくることであり,ICOT の活動もそのための 基礎研究と国際交流に主眼を置いていた.1988 年から 4 年間 ICOT で研究した著者自身も,研究成果をすぐに事 業化することなど夢にも考えていなかった.ICOT はま た,企業から出向してきた若手研究者の教育や ICOT 関 係者の大学への転出を通じて,知識処理や並列計算の知 見をもつ人材の育成と技術の普及をもたらした.さらに, 海外からも多数の若手研究者を受け入れて国際的な研究 集会を頻繁に開催したり,研究成果をフリーソフトウェ アとして無償で公開したりすることにより,知識処理の 研究開発を世界的に振興した. 本特集の古川氏の解説(pp. 159-165)にもあるように, 第五世代の主要な技術的成果としては,並列論理型言語 GHCと KL1 およびそれらにまつわる並列推論の技術体 系や,論理プログラミングにおける制約処理などに関す る技術をあげることができる.このように論理プログラ ミングや並列計算を重視したことは,当時の状況に鑑み て妥当な選択だったと考えられる.ICOT 終了後 1990 年代半ば以降のインターネットのコモディティ化を待た ねば,大量のデータに基づく知識を本格的に扱う経験主 義的な研究開発は不可能であり,それに先立って並列論 理推論などの合理主義的な基礎技術を深く追究したこと には大きな意義があったと思う. 著者自身の研究においても,ICOT に在籍していた 時期に着想した制約(constraint)の概念は現在に至 るまで徐々に発展してきており,大きく開花するの はむしろこれからだと考えている.ICOT の時代には 「HOW ではなく WHAT」などの標語や制約に基づく文 法(constraint-based grammar)などの理論的枠組みが はやっていたが,もともと自然言語処理を研究していた 著者は,制約に基づく文法のアイディアを極端に一般化 し,人間の行為全体を宣言的な仕様記述としての制約に 帰着させることを考えた.しかし,自然言語処理などを 含む知識処理の問題は複雑であるため形式化も実装も困 難で,研究成果は思考実験の域を大きく超えるものでは なかった.ところがその後,2007 年頃からサービスの 研究に関わるようになって,制約の考え方が使えること に気付いた.日本でのサービス科学・サービス工学は「お もてなし」などの枝葉末節に陥ってガラパゴス化しがち だが,サービスとは価値の共創であり,それはすなわち 多行為者系における最適化だから,所与のゲーム(つま り制約)における最適化や,ゲームそのもののメタレベ ルでの最適化や,さらにメタメタレベルでの最適化や, その全体にわたる(明らかに実現不可能な)最適化や持 続可能性が真の研究対象であることは,少し落ち着いて 考えれば明らかであろう.それはいわば,共有価値に基 づいて社会科学のグランドセオリーを構築しようという 壮大な企てともいえる.しかし,本稿の目的から外れる ので詳細は割愛するが,例えば,自然言語処理などに比 べてロジックがはるかに単純な CRM や ERP を制約に 基づいて形式化し実装するというような現実的な課題か ら着手することができる. 第五世代プロジェクトの開始から終了までの 13 年間 は,特に 1986 ∼ 91 年頃にかけてのバブル時代を中心と して,日本全体が高揚感に満ちた日々だったが,ICOT のメンバの多くがハッピーだったのは,そのような社会 的背景のゆえのみならず,ICOT がある種の理想的な研 究環境を提供していたからであろう.研究資金などの潤 沢なリソースだけでなく,国内外の一線級の研究者との 交流による知的な刺激や,いきなり世界の表舞台に立た されるプレッシャーは,多くが駆け出しの若い研究者に とって極めて貴重な体験であった.ICOT のメンバの多 くがその状況を楽しんだということだと思う.あのよう な研究環境は ICOT 以降だんだん少なくなっているよ うな気がする.バブルのピークは ICOT が終了する少 し前の 1991 年あたりだが,上記の制約のような,大風 呂敷というかお気楽なアイディアは,バブルの高揚感と ICOTのような研究環境がなければなかなか生まれ得な いのではなかろうか.その後長らく続いている日本社会 の停滞は,サービスの研究などに典型的に見られる思想 的萎縮をもたらしているかに思われる.第五世代のよう なプロジェクトは今こそ必要なのかもしれない. 2014年 2 月 3 日 受理 橋田 浩一(正会員) 1981年東京大学理学部情報科学科卒業.1986 年同 大学院理学系研究科博士課程修了.理学博士.1986 年電子技術総合研究所入所.1988 ∼ 92 年(財)新 世代コンピュータ技術開発機構に出向.2001 年から 産業技術総合研究所.2013 年より現職.専門は自然 言語処理,人工知能,認知科学.サービス科学・工 学の一般化としてのソーシャル e サイエンスや知の 社会的共創に興味をもつ.