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第3章 開発主義体制下のエチオピアにおける保健政策とHIV陽性者・障害者のニーズ

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策とHIV陽性者・障害者のニーズ

著者

西 真如

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

シリーズタイトル

研究双書

シリーズ番号

622

雑誌名

アフリカの「障害と開発」 : SDGsに向けて

ページ

85-117

発行年

2016

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00011121

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開発主義体制下のエチオピアにおける保健政策と

HIV 陽性者・障害者のニーズ

西 真 如

はじめに

 本章では,エチオピアで生活する HIV 陽性者および障害者の生活の質を 向上させるための取り組みについて,おもに同国の保健政策とのかかわりに 着目して検討する。エチオピアにおいて障害者の生活の質の問題は,2010年 頃からようやく政策課題として認識されるようになった。これに対して HIV 問題は⑴,障害問題に先んじて重要な政策課題となり,当事者団体が果たす 役割も大きい。同国の障害政策・当事者運動が抱える課題について理解する 上で,HIV 問題への取り組みの経験は有益な指針となり得る。またエチオピ アの保健政策は,同国で生活する HIV 陽性者・障害者の生活の質を左右す る重要な要因の一つである。エチオピアの保健政策は近年,ポスト MDGs の政策目標に関する議論(ミレニアム開発目標の期限である2015年の先を見す えた,グローバルな政策目標の合意形成をめざす議論)の文脈において,低コ ストで質の高い保健サービスを提供する体制づくりのモデルケースとみなさ れることがある(Balabanova et al. 2013; Baker et al. 2013; Singh and Sachs 2013)。 エチオピア政府は2005年以降,トップダウン型の国民動員に基づく地域保健 の取り組みを加速させており,母子保健や感染症対策といった分野で保健指 標の顕著な改善がみられる。

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 エチオピアの現在の保健政策は,国民全般における保健指標の向上という 点ではたいへん有効なものに違いないが,HIV 陽性者や障害者の生活の質を 高めるための開発という視点からは,どのように評価できるのだろうか。エ チオピアでは,陽性者や障害者の多様な保健ニーズに応えるサービスが提供 されているのだろうか。また当事者が政策形成に参加する政治的なアリーナ は開かれているのだろうか。本章では以上のような視点から,エチオピアの 保健政策とその背景にある開発体制の問題点,および当事者運動の課題につ いて検討したい。  本章では,「2010体制」ということばでエチオピアの開発体制を説明する ことにする。「2010体制」とは,同国の急速な経済成長を背景として,国家 が開発の資源を独占して国民の福利(welfare)の向上をめざした大規模な公 共投資をおこなうと同時に,市民社会を政策決定の場から排除し,社会経済 開発における非政府組織の役割を厳しく制限する体制のことである。これは 冷戦下の東南アジア諸国でみられた権威的な開発主義体制に似た体制を,現 代のアフリカにおいて現出させようとする試みであると考えて差し支えない だろう⑵  本章で明らかにするとおり,「2010体制」下のエチオピアの保健・社会福 祉政策は,HIV 陽性者や障害者が抱える多様な保健ニーズに応じたサービス の提供を視野に入れたものではない。また開発資源を政府が独占する傾向の もとで,HIV 陽性者や障害者の生活の質を向上させるために当事者の組織が 果たす役割も制限されてきた。ただし HIV 陽性者と障害者の二つの当事者 運動を比較するならば,HIV 陽性者団体が全国的な活動ネットワークの形成 に成功し,「2010体制」下の厳しい政策環境のなかでも政府との一定の交渉 力を発揮してきたのに対して,障害者団体はより厳しい状況におかれている。 本章では,二つの当事者運動にこのような違いが生じた要因についても検討 する。  なお本章でいう保健ニーズとは,抗 HIV 治療のような医療的ニーズだけ ではなく,当事者の健康と生活の質にかかわるニーズを含む。障害者のため

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の CBR(Community-Based Rehabilitation,コミュニティに根ざしたリハビリテー ション)や,本章第 3 節で取り上げる陽性者への訪問ケアは,当事者の保健 ニーズと密接に関連する取り組みである。行政とのかかわりでは,保健行政 や社会福祉行政ととくに関連するニーズである。なお当事者の健康と生活の 質に関連する分野としては,広くは教育なども含まれる可能性があるが,本 章では保健および社会福祉の分野に絞って分析することにする。以下本章の 第 1 節では,保健普及員制度を中心にエチオピアの保健政策の特徴について 述べる。またその背景にある「2010体制」について概説する。第 2 節では, HIV問題および障害問題に関する政府の取り組みについて述べる。第 3 節お よび第 4 節は,それぞれエチオピアにおける HIV 陽性者団体の活動事例と, 障害者団体の活動事例について述べる。そして第 5 節において,開発体制下 のエチオピアにおける保健政策と当事者運動の課題について考察する。

第 1 節 エチオピアの保健政策と「2010体制」

1 .トップダウン型の地域医療―保健普及員と「開発部隊」  ボストン・コンサルティング・グループが作成し,『新たな繁栄―サハ ラ以南アフリカにおける福利向上のための戦略―』と題された報告書(以 下 BCG 報告書と記す)によれば,エチオピアは経済成長の果実を国民の福利 に結びつけることに最も成功したアフリカ諸国の一つである。またその成功 は,とりわけ基礎保健の領域において顕著であるという。その成果は保健指 標の改善に現れており,2005~2010年の間に国民の平均寿命が3.5年伸長し, 乳幼児死亡率は23%も減少した。BCG 報告書は,これらの成果をもたらし た主要な要因として,エチオピアの保健普及員制度を挙げている(Baker et al. 2013)。著名な医学雑誌 The Lancet に掲載されたレビュー論文においては, エチオピアの保健普及員制度は限られたコストで国民に保健サービスを提供

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するための画期的な手法であり,その成功は2012年 8 月に逝去した故メレ ス・ゼナウィ首相と,同年まで保健大臣を務めたテオドロス・アドハノムの リーダーシップによるところが大きいと評価された(Balabanova et al. 2013)。 保健省は,保健普及員の配置に加えて農民や非正規部門の従事者を視野に入 れた包括的な健康保険制度の導入も進めることで,ポスト MDGs における 同国の地域保健体制を強固なものにしようとしている⑶  エチオピアの取り組みがことさらに高く評価されるのは,ポスト MDGs の保健政策において,個別の健康指標の達成度よりも低・中所得国における ユニバーサル・ヘルスケアすなわち包括的な保健サービスの提供を進める制 度の導入(Rodin and de Ferranti 2012; WHO 2010)の整備に重点をおくとの合 意が形成されつつあることと関連している。ユニバーサル・ヘルスケアを提 供する制度として実質的に想定されているのは,ヘルスワーカーの全国展開

(Singh and Sachs 2013)および国民健康保健制度(Anand 2012; Oxfam 2013)で ある。そのなかでエチオピアは,サハラ以南アフリカ諸国の水準と比較して 優れた開発ガバナンスのもと,ミレニアム開発目標関連の指標で一定の成果 を示した上で,保健普及員や健康保健制度に代表されるような包括的な保健 制度の導入に積極的に取り組んでいるとみられている。

 エチオピア人民民主革命戦線(Ethiopian Peoples’ Revolutionary Democratic Front: EPRDF)が1991年に政権を引き継いだとき,同国の保健体制はサハラ 以南アフリカの水準からみてもきわめて貧弱なものであり,とりわけ農村部 における保健サービスは著しく限定されていた。エチオピア政府は,援助国 および国際機関の協力を得て2015年までに四次にわたる保健セクター開発計 画(Health Sector Development Programme: HSDP)を策定・実施し,農村部で 保健所の設置を進めるとともにマラリアや HIV といった感染症への対策を 推進してきた。同国における保健分野の国民 1 人当たり財政支出は,1995年 から2013年までの18年間で 8 倍以上に増加している⑷

 2005年に発表された政府の第 3 次保健セクター開発計画(HSDP―Ⅲ)では, 保健普及員の養成と配置が最重要課題と位置づけられ,2009年までに 3 万人

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を超える普及員が全国の農村に配置された(Koblinsky et al. 2010)。エチオピ アの保健普及員は,有給で雇用される地方政府職員であり,地域住民の健康 を改善するための基礎的な保健知識・情報の普及活動をおこなう。保健普及 員の活動分野は,疾病予防,母子保健,環境衛生の三分野にまたがる16の保 健パッケージとして定義されている(Workie and Ramana 2013)。疾病予防の 分野に含まれるパッケージは HIV・性感染症予防,結核予防,マラリア予防 等であり,母子保健には家族計画,予防接種,栄養等が,環境衛生には屎尿 処理,廃棄物処理,給水衛生等のパッケージが含まれる。  保健普及員に採用されるのは女性に限られており,農村出身で中等教育を 受けた女性の雇用創出という面でも重要な制度となっている。保健普及員と して採用されるには,10年間の初等・中等教育を卒業したあと,職業技術訓 練校において 1 年間の専門訓練を受ける必要がある。エチオピア政府が短期 間で 3 万人もの普及員を配置することができた背景には,HSDP と平行して 実施されてきた教育セクター開発プログラム(ESDP)のもと,全国に職業 訓練校の設置が進められたこと,および女子の初等・中等教育の就学機会が 拡大されてきたことがある。  保健省がめざすのは,基礎保健に関する知識を国民に届けるための一貫し た制度づくりである。同省は2012年から,保健普及員と連携して地域で活動 する「開発部隊」(Development Army)の組織化を進めている(Kesetebirhan 2013)。開発部隊とは,政府がすべての国民をコミュニティ開発の取り組み (とりわけ基礎保健分野の取り組み)に動員する目的でつくらせる,近隣組織 の一種と考えてよいだろう。開発部隊という単一の組織があるのではなく, 各地方自治体の指導の下で近隣30世帯ごとに組織される「開発チーム」が実 際の活動単位となる。開発チームの構成員となるのは女性であり,彼女らは それぞれの地域で活動する保健普及員の指導を受けて,保健分野を中心とす る政府の開発プログラムの普及のために無償で貢献することが求められる。 各開発チームの活動状況は,地方政府が設置する専門の調整委員会によって 監視されることになっており,これら委員会の報告は連邦政府に集約される。

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 行政上は,保健政策の実施は地方政府の任務であり,保健普及員の活動も 地方政府の保健当局の指揮下におかれる。しかし実際には,保健普及員およ び開発部隊の活動は,政府の政策メッセージを国土の隅々にまで届けるため の一貫したシステムを構成しており,その活動は調整委員会を通じて,政府 の監視下におかれるのである。このようなシステムは,すべての国民に等し く保健サービスを提供するという目的を超えて,連邦政府が(すなわち与党 EPRDFが)開発の人的・制度的資源を独占的にコントロールする体制を, 社会の隅々にまで張りめぐらせるものだと理解することができよう。保健普 及員と開発部隊からなる地域保健の枠組みは,事実上の一党体制をしく EPRDFが築き上げてきた開発主義体制の一翼を担うものと考えられる。次 項では,本章で「2010体制」とよぶエチオピアの開発主義体制の成り立ちに ついて概観しておきたい。 2 .「2010体制」と市民社会  1995年に施行されたエチオピア連邦民主共和国憲法は,民族の自治に基づ く連邦制を採用し,複数政党制に基づく選挙と,結社および表現の自由を保 障することが明記されている。また当初は,EPRDF が社会経済開発に対す る非政府組織(NGO)の役割に一定の理解を示したこともあり,市民社会が 一定の成長を遂げることになった。ここでいう市民社会とは,おもに欧米諸 国の政府や国際 NGO が知識と資金を提供して育成した開発 NGO のほか, 本章の第 3 ,第 4 節でそれぞれ考察する HIV 陽性者および障害者の当事者 団体も含まれる。連邦政府および地方政府の議会は,1995年から2005年まで の間,EPRDF とその傘下にある政党がほぼ議席を独占する状況が続いたが, 2005年 5 月に実施された国政選挙では多くの野党候補者が当選し,連邦議会 下院にあたる人民代表院では,議席の 3 分の 1 を野党議員が占める結果とな った。  ところが2005年の国政選挙をきっかけとした騒乱のあと,政府は野党指導

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者やジャーナリストを弾圧する姿勢を強めた⑸。政府は2008年に施行した 「メディアの自由と情報の取得に関する法令」⑹によって報道の自由を制限す るとともに,2009年に施行した「慈善および協会活動に関する法令」⑺では, 開発 NGO や当事者団体を含む市民社会の活動に厳しい制約を課した。とり わけアドボカシー活動に携わる組織の資金調達を厳しく制限することによっ て,市民社会が政策提言に関与する可能性を実質的に封じたのである⑻。こ のような締めつけを経て実施された2010年 5 月の国政選挙では,人民代表院 (下院)547議席のうち,わずか 2 議席を除いて与党が独占するという結果に なった。  前述のとおり,本章では2010年国政選挙後のエチオピアの政治体制を 「2010体制」と呼ぶ。結論からいえば,2010体制とは EPRDF 政権によって 確立された独裁的な開発主義体制に他ならない。この体制のもとでは,政党 政治は事実上の一党制(one-party system)となっており,野党や市民社会は 法的な制約を含むさまざまな手段で,政治的な意思決定のアリーナから閉め 出されている。エチオピアにおいて,2005年 5 月の国政選挙時点までに築き 上げられてきた政治的多様性は,「2010体制」の確立に至る過程で急速に後 退したのである。  エチオピア政府は,急速な経済成長と援助資金の流入によって得られた豊 富な開発資金を背景に,野心的な国家開発計画を策定している。2010年11月 に政府が発表した「成長と変革計画」(Growth and Transformation Plan)には, 2023年までに中所得国入りを果たすという野心的な国家構想が示されており, そのため年間10%程度の経済成長を維持しながら,政府の指導と管理のもと で社会経済の変革を推し進めることが掲げられている(MoFED 2010)。また 実際,エチオピア政府は保健,教育,道路,住宅整備などのセクターで大規 模な公共投資を積み重ねている⑼。その成果は,乳幼児死亡率の急速な改善 や,男女ともに90%を超える初等教育就学率の達成といった開発指標上のパ フォーマンスにも,顕著に現れている。事実上の一党体制のもとで開発の資 源を独占し,大規模な公共投資を通じて国民生活の向上を図ることが,「2010

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体制」下のエチオピア政府の戦略なのである。

第 2 節  HIV 問題および障害問題に対するエチオピア政府の

取り組み

 前節で検討した保健医療政策および「2010体制」をふまえて,本節では HIV問題と障害問題に対するエチオピア政府の取り組みについて述べる。 1 .HIV 問題への取り組み  HIV 感染症対策は,エチオピア政府の保健セクター開発計画における重要 課題の一つであり,政府は保健普及員の取り組みを含む過去の対策を通して, HIVの治療および予防に一定の成果をあげることに成功している。

 政府は2000年に国民エイズ評議会(National AIDS Council)を設立し,大統 領が委員長に就任している。2002年には政府の独立機関として HIV/ エイズ 予防管理事務所(HAPCO)が設立され,HIV に関する政策策定,関連する 政府機関および NGO の調整,情報の収集・分析等の業務を担当している。 さらに政府は2005年10月より,すべてのエチオピア国民に対して無償で抗 HIV薬の提供を開始した。UNAIDS の推計によれば,エチオピアで抗 HIV 治療を受けている者の数は2013年の時点で32万人にのぼる(図3-1)。他方で 新規感染者は,1996年に最多の22万人を記録したのが2013年には 2 万1000人 にまで減った⑽

 保健普及員にとって,HIV 感染症対策は重要な業務の一つに位置づけられ る(MoH 2007; Mekbib 2007)。保健省のガイドラインによれば,HIV をはじめ とする感染症予防の知識は,母子保健や衛生教育と並んで,保健普及員が提 供する最も基礎的な保健サービス(essential health services)の一つに数えら れている(MoH 2005)。具体的には,住民に HIV 検査を促すこと,コンドー

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ムを配布すること,感染の疑いのある者を保健所に紹介すること,HIV への 取り組みに住民を動員すること等が,保健普及員の業務とされる。筆者が 2010年にグラゲ県内の複数の保健所において実施した聞き取り調査では,保 健普及員が HIV 感染症対策に多くの労力を割いていることがうかがわれた (西 2012)。しかし上記のガイドラインからわかるとおり,政府が保健普及 員の取り組みに期待するのは新たな感染を予防することであって,HIV 陽性 者が抱える多様な健康ニーズに対応することではない。さまざまな問題を抱 えた陽性者のケアは,後述の当事者団体の活動に任されているのである。  保健分野の取り組みに加えて,エチオピア政府は HIV 感染症対策のメイ 図3-1  エチオピアにおける HIV 陽性者と HIV 治療を受けている者,およびエイ ズによる死者の数の推移 (単位:千人)

(出所) UNAIDS AIDSinfo(http://www.unaids.org/en/dataanalysis/ aidsinfo)から取得したデータ (2014年12月16日閲覧)に基づき筆者作成。 0 50 100 150 200 250 300 350 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013 HIV陽性者(左目盛り) エイズによる死者(右目盛り) HIV治療を受けている者(右目盛り)

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ンストリーミングにも取り組んできた。保健省は2004年,HIV 問題に対する 政府の分野横断的な取り組みの方針についてまとめた報告書を公表している。 報告書は,教育省や女性問題局をはじめとする関係省庁,市民社会,陽性者 団体,宗教組織などが,それぞれの政策や活動を通して HIV に関連する問 題の解決に寄与するよう促す内容となっている(MoH 2004)。ただしこの報 告書は,どちらかといえば抽象的な努力目標について述べられているに止ま り,HIV 陽性者の社会参加を確保するための具体的で強制力のある施策が提 示されているわけではない。 2 .障害問題への取り組み  WHO の推計によれば,エチオピアでは人口の17.6%に何らかの障害があ るとされる(WHO 2011)。しかしエチオピアの障害者人口は統計によるばら つきがきわめて大きく,2007年に実施された同国の国勢調査では,人口の 1.1%に何らかの障害があると報告されている(CSA 2010)。これは国際的な 障害者統計に比較してきわめて小さな値であり,その理由は不明だが,国勢 調査が障害者人口を過少評価している可能性が高い。  エチオピア政府において障害政策をメインストリーム化する取り組みは, HIV感染症への取り組みよりも遅れて始まっただけでなく,対策そのものが 法的な枠組みの整備に止まっており,障害者の生活の質の向上に直結する具 体的な成果に乏しい⑾。政府は2010年 6 月に障害者の権利条約を批准してお り⑿,その前後に障害者の権利にかかわる法律を施行している。2008年には, 「障害者の就業の権利に関する法令」⒀が施行され,障害者の機会平等を損な うような差別的法令,実践,慣習および態度が違法とされた( 5 条)。また 雇用者に対して,障害者に適切な雇用環境を提供する義務を課すことが明記 された上で( 6 条),とりわけ障害をもつ女性の保護を求める条文が定めら れた( 6 条の b および d)。さらに2010年10月に施行された「エチオピア連邦 民主共和国政府の執行機関の権能を定める法令」⒁において,労働社会福祉

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省の権能に「障害者の機会平等と参加を可能にする社会環境の創出」という 条文が加えられ(30条 7 項),ようやく障害者問題の主幹官庁が定まった。  しかし労働社会福祉省は,上述の保健普及員に相当する実施要員も,保健 所に相当する実施拠点ももたない省庁であり,CBR のように障害者の生活 の質に直接かかわるサービスを,同省の主導によって全国展開する可能性は 考えにくい。したがって障害者の生活の質を向上させるためには,労働社会 福祉省と保健省とが連携し,保健普及員をはじめとする既存のリソースを活 用することが望ましい。この点について,労働社会福祉省が2012年に策定し た十カ年アクションプランでは,保健省との協力によって CBR の実施をは じめ障害者をターゲットとした保健サービスの提供を推進してゆくことが記 されている(MoLSA 2012)。しかし具体的なスケジュールや推進方法につい ての記載はなく,政策実現の見通しがあるとはいえなさそうである。  現状では,エチオピアにおける保健政策と障害者政策相互の連携は弱い。 第 4 次保健セクター開発計画には,「疾病,死亡,障害を減らすことで,エ チオピア国民の健康を向上させる」と記されているが(MoH 2010: 31),障害 者の健康を向上させるための具体的な取り組みについてはほとんど記述がな く,結核やハンセン病から生じる身体障害や心理的苦痛を適切に管理するこ とが記されているにとどまる(MoH 2010: 10-11)。また障害者の健康に関す る保健普及員の役割も明確ではない。保健省のガイドラインには,住民の疾 病や障害を減らすことが普及員の活動目的であると記されている一方で,障 害者の保健ニーズへの対応については触れられていない(MoH 2005)。保健 普及員の活動ガイドラインには CBR に関する記載がなく,普及員たちにと って障害者のケアは未知の領域となっている。障害に対する保健省の取り組 みは,(労働社会福祉省の管轄である)障害に関する社会政策との連携を視野 に入れてないばかりか,障害者の多様な保健ニーズも考慮しておらず,病理 的な意味でのインペアメントの予防という観点に偏っていると結論せざるを 得ない。

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第 3 節 HIV 陽性者団体の活動

 本節では,エチオピアの HIV 陽性者が組織する当事者団体の活動につい て検討する。全国レベルの活動として,エチオピア HIV 陽性者ネットワー ク の ネ ッ ト ワ ー ク(Network of Networks of HIV Positives in Ethiopia, 略 称 は NEP+)の事例を挙げる。NEP+ は全国の陽性者団体の意見集約および活動 資金の配分にかかわるネットワークハブとして機能しており,連邦政府に対 しても一定の交渉力をもつ組織である。加えて本節では,地域に密着して陽 性者の生活を支える活動の事例として南部州グラゲ県で活動するファナ HIV陽性者協会(ファナ協会)の活動にも触れる。ファナ協会の事例からは, 多様なニーズを抱えた陽性者の生活を限られたリソースで支えることの困難 さが見て取れる。 1 .NEP+ の活動  NEP+ は,エチオピア国内で活動する複数の HIV 陽性者ネットワークを 包括する組織として2004年に設立された,同国の陽性者運動を代表する団体 である。NEP+ に参加しているのは,地域ベース(後述の南部州など 9 つの 州と,アジスアベバ市など 2 つの都市圏)の11のネットワーク組織と,ジェン ダーベース(女性)の 1 つのネットワーク組織である。NEP+ のデレジェ・ アレマユ事務局長によれば,これら12のネットワーク組織に所属する国内の 陽性者団体の総数は450団体を超える。また NEP+ は25名の専門スタッフを 抱えており,傘下の12のネットワーク組織では合計55名の専門スタッフを雇 用している。これに加えて NEP+ は,所属団体に配置される ART サポー ターおよびケースマネージャーあわせて約900名の給与を負担している。 ARTサポーターとは,抗 HIV 薬による治療(Antiretroviral Therapy: ART)を 受けている HIV 陽性者が,治療薬を適切に服用できるよう指導する役割を

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担う者のことであり,またケースマネージャーは,個々の HIV 陽性者が必 要とする治療や支援を手配する役割を担う。HIV 陽性者団体にとっては,い ずれも保健医療機関との連携を図る上で重要な職種である。  NEP+ が設立される以前のデレジェは,アジスアベバ市内で HIV 陽性者 団体に所属するカウンセラーとして活動を開始した。精力的な活動が認めら れて団体幹部となったデレジェは,ウガンダやケニア,タイ等を訪問して, それぞれの国で HIV 陽性者支援にかかわる NGO が実施する研修に参加する 機会を得た。このような経験を通して,デレジェは当事者運動の指導者とし て必要な知識と国際的な人脈とを築いた。NEP+ の設立に先立ち,デレジ ェをはじめとするエチオピアの HIV 陽性者運動のリーダーたちは,国際製 薬企業の資金援助を受け,海外の HIV 陽性者団体を招いて,陽性者支援に 関する全国規模の会合を開催した。この会合が直接のきっかけとなって,陽 性者団体のネットワーク化が実現したのである。  NEP+ は当初,18の陽性者団体のネットワークとして発足したが,参加 団体が急増したために実質的な議論と意見集約をおこなうことが困難になっ た。そこで設立から 3 年後に上述の「ネットワークのネットワーク」体制へ と移行したのである。現在の体制では,NEP+ の総会(general assembly)構 成員を,組織に所属する12のネットワークからそれぞれ 4 名ずつ選出するこ とになっている。合計48名の構成員が,年に 1 回開催される総会に出席して 意思決定をおこなう。  NEP+ がもつ求心力の背景にあるのは,世界エイズ・結核・マラリア対 策基金(グローバルファンド)に代表される国際的な資金へのアクセスである。 グローバルファンドとは,HIV(および結核・マラリア)対策資金を低・中所 得国に提供するために設立された機関(NGO)であり,各国の政府や民間財 団,企業など国際社会から大規模な資金を調達している。グローバルファン ドの資金を受け入れるためには,それぞれの国で政府,当事者,市民社会等 の代表が参画する「国別調整メカニズム」(Country Coordination Mechanism: CCM)を設置して案件形成にあたることが求められる。またグローバルファ

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ンドの案件実施にあたっては,案件ごとに決定される資金受入責任機関

(principal recipient)が管理責任を負う。NEP+ は,エチオピアの陽性者運動 を代表するかたちで同国の CCM に参画し,HIV 対策案件の形成に関与して きた。グローバルファンドがエチオピアに拠出する資金の多くは,政府機関 である HAPCO(本章第 2 節 1 項参照)が管理しているが,2009年からは NEP+が資金受入責任機関として一部案件の実施も担当するようになった。 次項の事例でみるように,エチオピア国内の陽性者団体が活動を維持してい く上で,グローバルファンドから得られる資金が果たす役割は大きい。同時 に,その資金へのアクセスを確保するため NEP+ が果たす役割への期待も 大きいのである。  NEP+ についていま一つ特筆すべきは,政府との卓越した交渉力である。 第 1 節 2 項で述べたように,エチオピア政府は2009年に施行した「慈善およ び協会活動に関する法令」によって,当事者団体を含む市民社会の活動に厳 しい制約を課した。同法令によって導入された規制の一つに,70/30ルール と呼ばれるものがある。これは組織の活動経費を事業経費(operational cost) と事務経費(administrative cost)とに 2 分した上で,事業経費を70%以上確 保すること(したがって事務経費は30%以内に収めること)というものである⒂ 事務経費を30%以内に収めるという規定そのものは常識的なものにみえるが, 問題はその解釈であった。たとえば政府が示した解釈では,開発プロジェク トに直接かかわる専門スタッフの給与や研修費用も事務経費に含まれるとさ れた⒃。上述のように,NEP+ は多数の専門スタッフを抱えており,その費 用がすべて事務経費に計上されるならば70/30ルールの遵守は難しい。デレ ジェ事務局長によれば,NEP+ はこの点について政府当局と個別に交渉を おこない,NEP+ のような当事者団体においては,スタッフもいわば支援 の対象者であり,その給与を事務経費として扱うことは適当ではないと主張 した。この説得は成功し,HIV 当事者である NEP+ のスタッフについては, その給与を事務経費ではなく事業経費に含めてよいという,非常に有利な解 釈を引き出すことに成功したのである。

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2 .ファナ協会の活動  上述のとおり,エチオピアには NEP+ の傘下にある団体だけでおよそ450 の HIV 陽性者団体が存在する。以下では,会員への訪問ケアを含め,陽性 者の生活を支援する活動を積極的におこなってきた当事者団体の事例として, ファナ HIV 陽性者協会を挙げる。ファナ協会は,南部州グラゲ県ウォルキ テ市(図3-2)を中心に活動する非政府組織であり,HIV 陽性者が組織し運 営する当事者団体としては,同県で最初に設立されたものである。ファナ協 スーダン エリトリア エチオピア連邦民主共和国 ウォルキテ市 アジスアベバ市 南部州 ケニア 南スーダン ソマリア 図3-2 ウォルキテ市の位置

(出所) USAID 作成地図(Active Humanitarian Programs in Ethiopia, 2015年 1 月21日版)にもと づき筆者作成。

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会は2004年 5 月,マサラト・ガブレ代表のほか 3 名の発起人によって設立さ れた。会員数は設立当初20名であったのが,2014年12月時点では200名をこ えている。  マサラト代表はエチオピア-エリトリア戦争(1998-2000年)に従軍してい た元夫から HIV に感染した。その夫はまもなくエイズで死亡した。当時, グラゲ県内の村で暮らしていたマサラトは,夫の親族から繰り返しいやがら せを受けたこともあって,郡役場のある小さな町に移り住んだ。その町で彼 女は自らが陽性者であることを公表し,地域の学校や市場を訪れて,HIV に ついての正しい知識をもつよう訴える活動をはじめた。当時のエチオピアで は抗 HIV 薬の入手が非常に困難であり,HIV に関する知識も不十分であっ たことから,住民の間には HIV への恐怖や偏見が強かった。この経験を経 てマサラトはグラゲ県の県庁所在地であるウォルキテ市に移り,ファナ協会 を設立したのである⒄。ファナ協会の代表となったマサラトは,NEP+ が主 催する研修や交流会にも積極的に参加し,陽性者のニーズに応えるための活 動の手法について学んできた。  ファナ協会は,カウンセリング,所得創出活動,および訪問ケア (home-based care)活動を中心に会員の生活支援にあたってきた。このうち訪問ケア 活動とは,訪問ケアワーカーが週に一度のペースでクライアントの自宅を訪 問し,健康および生活の状況を確認するとともに,当人の身体を拭いたり, 買い物を代行したり,部屋の掃除をするといった,さまざまな生活上のニー ズに対応する活動のことである。2013年 8 月の調査時点では,17名の訪問ケ アワーカーがファナ協会に所属しており,同協会会員のうちとくに生活上の 問題を抱えた158名のクライアントに対して訪問活動を実施していた。  ファナ協会の訪問ケア活動は,NEP+ の指導の下でグローバルファンド が提供する資金によって実施されてきたが,2014年になって訪問ケア活動へ の資金提供が打ち切られた。同年12月の調査時点では,ファナ協会の訪問ケ ア活動はすでに停止しており,NEP+ の指導の下で ART 支援グループの活 動が立ち上げられようとしていた。これは抗 HIV 治療を受けている者が20

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名単位でグループをつくり,定期的に会合をもちながら,適切な治療を継続 するための知識を学習してゆくというものである。  NEP+ が ART 支援グループへの移行を促している背景には,エチオピア における抗 HIV 治療の普及がある。適切な治療を継続するかぎり,陽性者 は健康で自立した生活を送ることができる可能性が高い。ところが訪問ケア は,治療を受けられず寝たきりの生活を送るエイズ患者へのケアを想定して 始まった活動である。現在では深刻な病状の患者は減っており,むしろ適切 な治療を続けるための学習機会を提供するほうが,高い費用対効果を得られ ると考えられるのである。  他方でマサラト代表は,ART 支援グループが会員に受け入れられるかど うか不安を抱いている。また筆者はつぎに述べる理由から,ファナ協会にお いては現在も訪問ケア活動に類似するアウトリーチ活動のニーズがあると考 えている。  ファナ協会の会員には,経済的な困窮や社会的な孤立といった生活上の困 難を抱えた陽性者が多いことがわかっている。マサラト代表の説明では,抗 HIV薬が無償で配布されている現在,生活の上で特段の困難を抱えていない 者が,わざわざ陽性者団体に足を運ぶことはない。結果としてファナ協会に は,貧困や孤立の問題を抱えた陽性者が(物質的・精神的な支援を求めて)集 まる傾向があるという。筆者が同協会の会員に対して2012年におこなったア ンケート調査では,回答者(85名)のうち日雇い労働に従事する者が女性を 含む27名と最多で,他にも無職( 9 名)や零細商業( 8 名)に携わる者が多 く,公務員はわずか 3 名であった(西・姜 2013)。  訪問ケア活動の終了は,訪問ケアワーカーたちを訪問活動の大きな負担か ら解放することになるが,他方でファナ協会にとっては,クライアントに対 するフォローアップを困難にするおそれがある。というのも日雇い労働に従 事するクライアントのなかには,職を求めてウォルキテ市と農村の間で季節 移動を繰り返すことが多い。頻繁に居所を変更する会員の所在や健康状態を 継続的に把握することは容易ではなく,同協会の訪問ケアワーカーは,クラ

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イアントへの訪問活動を維持するために大きな努力を払ってきた。加えて近 年では,ウォルキテ市近郊に国立大学が開校したことで市内の家賃が急騰し, 郊外の不便な地区での暮らしを強いられるクライアントが増えている。ART 支援グループの会合は,(HIV 陽性者の長期的な健康を維持するために有効だと しても)当面の生活上の困難を解決してくれるものではない以上,同協会の 会員にとっては,継続的な参加の動機を見いだしにくいように思われる。  ファナ協会の会員が抱える問題の複雑さに対して,同協会のもつ活動のリ ソースは限られている。過去の訪問ケア活動において,訪問ケアワーカーは 基本的に無償で活動に従事し,交通費として月額250ブル(約1,250円)を受 け取っていたにすぎない。現在,ファナ協会にはマサラト代表を含めて 4 名 の常勤スタッフがいるが,給与の水準が低く優秀なスタッフが定着しないと いうのがマサラト代表の悩みである。これに対して,ファナ協会のスタッフ が解決せねばならない問題は多岐にわたる。たとえば同協会のなかには,聴 覚障害を抱え,かつ手話や読み書きを習得していない会員がおり,スタッフ との意思疎通に大きな困難がある。このほか,会員のなかには HIV 以外の 身体的・精神的な疾患を抱えていると思われる者が少なくないが,ファナ協 会のスタッフは医療および障害に関する専門知識をもたないために,的確な 対応ができない場合がある。  前項で述べたように,NEP+ は国際的な資金へのアクセスを確立し,「慈 善および協会活動に関する法令」施行後の困難な環境のなかでもその活動を 維持してきた。しかしそれは,NEP+ に所属する数百の団体の一つである ファナ協会に対して,十分な活動のリソースが用意されているということで はない。また NEP+ が促している訪問ケア活動から ART 支援グループ活動 への移行は,限られたリソースを効率的に使うための合理的判断という側面 はあるものの,ファナ協会にとっては,生活上の困難を抱えたクライアント に対するアウトリーチ活動の機会を失う結果となりかねないのである。

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第 4 節 障害者団体の活動

 この節では,エチオピアの障害者が組織する当事者団体の活動について検 討する。全国レベルの活動として,エチオピア障害者協会連合(Federation of Ethiopian National Associations of People with Disabilities)の傘下にあるエチオピ ア身体障害者協会(Ethiopian Association of the Physically Handicapped)の活動 を検討する。また地域で活動する団体の事例として,アジスアベバ市のワレ ダ 5 障害者権利協会の活動をみる。これら二つの団体の事例からは,エチオ ピアの障害当事者運動がもつリソースがきわめて限られていること,および 同国における障害者団体のネットワーク化の難しさを読み取ることができる。 1 .エチオピア身体障害者協会の活動  エチオピア障害者協会連合は,全国規模で活動する 6 つの障害者団体を傘 下にもつネットワーク組織である。同連合を構成する 6 団体とは,エチオピ ア身体障害者協会,エチオピア盲人協会(Ethiopian National Association of the Blind),エチオピアろう者協会(Ethiopian National Association of the Deaf),エ チオピア盲ろう者協会(Ethiopian National Association of the Blind-Deaf),エチ オピア知的障害者協会(Ethiopian National Association on Intellectual Disability), エチオピアハンセン病者協会(Ethiopian National Association of Persons Affected by Leprosy)である。このうち設立の時期が早いのはエチオピア盲人協会 (1960年)とエチオピアろう者協会(1971年)であり,他の団体は1990年代に 現政権のもとで設立された。  エチオピア身体障害者協会は1992年に設立された非政府組織であり,2010 年に「慈善および協会活動に関する法令」に基づく国内協会として再登録さ れた。同協会の事務所はアジスアベバ市役所から数百メートルの市中心部に 位置しており,設立にあたっては現政権の支援もあった。現在は専門スタッ

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フと事務スタッフあわせて 5 名が常勤している。身体に障害をもつ者が同協 会の会員となるためには,毎月の会費を納入する必要がある。同協会は会員 が必要な優遇措置を受けられるよう,公的機関を含む各種機関に宛てたサ ポートレターを随時発行している。同協会のアマン・ジャマル事務局長によ れば,サポートレターの発行を希望する会員のなかには,アジスアベバ市内 で住民登録カードの発行を希望する者,公営住宅への入居を希望する者,無 料医療カードの発行を求める者が多い。ほかに多いのは就業や職業訓練に関 するサポートレター発行の依頼である。同協会が発行したレターは,2013年 6 月までの 1 年間だけで2300通あまりにのぼる。  サポートレターの発行に関して筆者が知り得た事例では,下肢に障害のあ る30代の女性がアジスアベバ市内中心部にある古い公営住宅からの退去を迫 られており,住宅を管理するカバレ事務所⒅を説得する材料として,同協会 からサポートレターを取得したというものがある。この事例には次のような 事情がある。女性は母親とともにその公営住宅で暮らしていたのだが,母親 は2012年になって新しく建設された郊外の公営住宅に転居し,母娘が別々の 公営住宅で生活することになった。それまで母親に頼って生きてきた女性に とっては,母親から離れて自立した生活を始める好機でもあった。ところが 住宅不足の深刻なアジスアベバでは,新規に建設された公営住宅の入居者の 家族は,旧来の公営住宅から退去しなければならないと定められている。そ こでカバレ事務所は,女性に退去を求めたのである。  エチオピアにおいて何らかの交渉をおこなう者は,政府機関の発行するサ ポートレターをもつことで(その権威のもとで),有利に交渉を進めようとす ることが少なくない。政府機関ではないものの,連邦政府の認可を受けた同 協会の発行するサポートレターは,同国の身体障害者が最も身近に頼ること ができる「権威」の一つであるといえよう。しかし同協会のサポートレター そのものに法的拘束力はなく,その要請を尊重するかどうかは各機関の判断 に委ねられる。上記の事例では,カバレ事務所はいったんサポートレターを 受け取ったものの,最終的に女性を退去させた。カバレ事務所の委員は女性

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に対して,いずれ公営住宅に空きができたら優先的に入居させるという口約 束をしたというが,あまり期待はできそうにない。公営住宅への入居はカバ レ事務所の裁量権が大きく,その決定には多くの利害が絡むため,いったん 退去してしまうと再入居は容易ではない。この事例で実際にカバレ事務所と の交渉をおこなったのは女性の(身体障害をもたない)兄であったが,彼は 退去が決まったあとで「もっと粘り強く交渉していれば違う結果になってい たかも知れない」と悔やんだ。  この事例では女性の望む結果は得られなかったものの,協会のサポートレ ターがエチオピアで生活する身体障害者に対して一定の交渉力を付与してい ることは見て取ることができる。エチオピアの障害者およびその家族の生活 を支える上で同協会は,地味ながら決して小さくない役割を担ってきたと考 えられる。営々とサポートレターを発行し続けてきたスタッフの取り組みは 賞賛に値する。  ただし,このニッチな活動による貢献を除けば,同協会の活動は設立以来, 長期にわたって停滞してきた。エチオピア政府は同協会に事務所の敷地と建 物を提供し,スタッフの給与も支給しているものの,事業資金は国内の NGOや篤志家などから不定期に寄せられる寄付に頼っている。アマン事務 局長によれば,過去にはスタッフに支払う給与が確保できず,事務所を週に 2 日しか開けない時期もあったという。  アマン事務局長は現在,活動の活性化に取り組んでおり,2013年10月以降 は常勤のスタッフが週 5 日の体制で事務所に常駐するようになった。2014年 12月の調査時点では,一日に 5 人ほどの身体障害者が相談に訪れているとの ことである。また同事務局長は,事業や組織体制の見直しもおこなっている。 障害者の権利に関する啓蒙活動を柱とする 5 カ年事業計画の策定作業をおこ なっており,2015年 6 月に開催される総会において採択される予定である。 将来的には,専属のプロジェクト・オフィサーも雇用したいとのことであっ た。  しかし前述のとおり,エチオピア政府は「慈善および協会活動に関する法

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令」において,当事者団体の資金調達を厳しく制限している。とりわけアド ボカシー活動にかかわる団体は,「90%ルール」と呼ばれる同法令の規定に より,海外から調達する資金が活動資金の10%を超えてはならないとされ る⒆。アドボカシー活動に関与するのは前述の NEP+ も同様であるが,アマ ン事務局長の説明によれば,NEP+ は「保健省の特別なサポート」がある ために海外からの資金にアクセスできるのだという。これは NEP+ がグロー バルファンドから得ている事業資金の多くが政府機関の管理下にあることを 指していると思われる(第 3 節 1 項参照)。NEP+ のように政府機関と連携し て事業を実施すれば,障害者の当事者団体も海外資金へのアクセスが容易に なるというのがアマン事務局長の見通しである。  しかし現状では,同協会は活動のリソースを提供する国際的なパートナー をもたず,障害者のアドボカシー団体としての機能を十分に果たしていない。 また(上述のサポートレターの発行を除いては,)障害者の生活の質の向上につ ながる直接的なサービスの実施(あるいはそのようなサービスを実施する団体 への支援)もおこなっていない。NEP+ がグローバルファンドから継続的に 資金を調達し,国内の当事者団体の活動をサポートしているのとは対照的で ある。 2 .ワレダ 5 障害者権利協会の活動  ワレダ 5 障害者権利協会は,アジスアベバ市ワレダ 5 に居住する障害者が 組織する当事者団体である。ワレダ 5 とは,アジスアベバ市ルデタ区に属す る行政区域の一つである(同市には10の区 kifle-ketema があり,その下にワレダ weredaがおかれ,さらにその下に前述のカバレがおかれている)。アジスアベバ

市の労働社会福祉局(Bureau of Labour and Social Affairs)は市内に居住する障 害当事者の組織化を推進しており,ワレダ 5 障害者権利協会も同局の指導の 下で設立された。前項で述べた障害当事者の全国組織では障害の分野によっ て 6 つの組織にわかれているが,アジスアベバ市では,異なる障害をもつ人

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たちがワレダ単位で一つの組織を形成する方針がとられている。  ワレダ 5 障害者権利協会のバラタ代表は,家族とともに公営住宅で生活す る視覚障害者である。バラタ代表は,障害者向けの雇用創出事業を実施して いる市内の NGO のもとで清掃用ブラシ等の製造に従事して収入を得ている ほか,視覚障害者向けの学校にも通学しており,非常に多忙な生活のなかで 同協会の代表として活動している。2014年12月の調査時点では,バラタ代表 の協会は設立されたばかりで事務所は未開設であり,会員も54名にとどまっ ているとのことであった。ワレダ 5 の人口は数万人にのぼることから⒇,会 員の数は大幅に増加する余地がある。バラタ代表は,障害者の住居の確保, 就業および職業訓練の促進,すでに就業している障害者が抱えている問題の 解決といった分野で活動を展開してゆきたい考えであるが,事業に必要なリ ソースへのアクセスのめどは立っていない。  本節で検討した二つの障害者団体は,いずれも活動のリソース(とりわけ 国際的な資金)へのアクセスに課題を抱えていた。エチオピアの障害者運動 が抱える課題をもう一つ指摘するとすれば,それはネットワーク化の難しさ である。筆者のインタビューに対して,エチオピア身体障害者協会のアマン 事務局長とワレダ 5 障害者権利協会のバラタ代表はともに,両者の組織化の 方針の違いが(前者が障害の分野を身体障害者に限定しているのに対して,後者 は障害の分野を限定しないことが),組織間の協調関係を築きにくくしている との認識を示した。  前節で述べた NEP+ が,「ネットワークのネットワーク」という方法によ って,全国で活動する HIV 陽性者団体の意思を一元的に集約する体制を構 築してきたのに対して,エチオピアの障害当事者運動は,強力なネットワー クハブをもたない。むしろ全国組織は連邦政府の指導下で,アジスアベバ市 内の組織はアジスアベバ市当局の指導下でそれぞれ活動しているというのが 現状であると思われる。

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第 5 節 エチオピアの保健政策と当事者運動の課題

 この節では,第 2 節から第 4 節で検討してきたエチオピア政府の政策およ び当事者団体の取り組みをふりかえって,HIV 陽性者および障害者の生活の 質の向上という観点から,現在のエチオピア社会が抱えている問題について 考察する。 1 .保健政策の課題  まずはエチオピア政府の取り組みについて,第 2 節でみたように,政府は HIV感染症対策で顕著な成果を挙げてきたのに対して,障害問題では政策目 標を示したのみで,障害者の生活の質を向上させる具体的成果に至っていな い。これは一つには,制度上の問題として理解することができる。HIV 対策 を主管する保健省が,保健所という拠点および保健普及員という人員を全国 に展開している,つまり国民生活に直接働きかけるチャネルを有しているの に対して,労働社会福祉省は,それに匹敵するような実施機関をもたない。 エチオピアの社会福祉行政は,実質的に政策立案の機能しかもたないのであ る。  もっとも当時者の生活の質につながる開発という視点からは,エチオピア 政府による HIV 対策・障害対策は同様の問題を抱えているというべきだろ う。第 2 節でみたように,エチオピア政府による HIV 対策の顕著な成果は, 国民全般を対象とした予防と治療の分野において達成されたものであり,全 般的な健康指標の改善には結びつくが,個々人が抱える多様な健康ニーズに は無関心である。保健普及員の活動は疾病予防に重点をおくもので,HIV 陽 性者の生活を個別に支援する訪問ケアのような活動は視野に入っておらず, 同様に障害者の生活支援を目的とした CBR のような取り組みも視野に入っ ていない。エチオピアの保健政策およびその主軸である保健普及員活動は,

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感染症対策のようにトップダウン型の情報提供によって国民全般の健康指標 を改善する取り組みでは有効であるが,個人によって異なる多様な保健ニー ズに応えるような取り組みは前提とされていないのである。 2 .二つの当事者運動の比較  つぎに当事者団体の取り組みであるが,ここでは⑴当事者団体のネット ワーク化,⑵国際的な資金へのアクセス,⑶政府との交渉力,および⑷当事 者の生活の質の向上につながる取り組みの 4 点について,HIV 陽性者と障害 者の当事者運動を比較したい。まず⑴から⑶の点については,HIV 陽性者運 動と障害者運動とのあいだには顕著な違いがみられた。HIV 陽性者運動につ いてみると,NEP+ が「ネットワークのネットワーク」体制の頂点に立つ ことでエチオピアの HIV 陽性者運動を代表する地位を築いており,ファナ 協会のように地域で活動する陽性者団体は,資金と知識の両面で NEP+ の サポートを受けて活動している。NEP+ はグローバル規模の活動リソース にアクセスをもつと同時に,活動を規制する法令の解釈では政府に対して強 い交渉力を発揮している。これに対してエチオピアの障害者団体は,少なく とも本章で検討したかぎりにおいては,NEP+ に匹敵するような強力なネ ットワークハブをもたず,組織間の協調関係も確立されていない。国際的な 身体障害者運動のネットワークやリソースからは孤立しており,また政府の 政策に対して交渉力を発揮するというよりは,政府の指導下でそれぞれ与え られた役割を果たそうとする傾向がみられた。  続いて⑷当事者の生活の質の向上につながる取り組みについてみると,フ ァナ協会の事例でみたように,HIV 陽性者団体のなかにはグローバルファン ドおよび NEP+ のサポートを受けながら,陽性者の生活の質を支える活動 を積極的に実施してきた団体がある。しかしファナ協会は,生活上のさまざ まな困難を抱えた会員に対して必要なケアを提供するだけのリソースをもっ ていない。2014年になって訪問ケア活動への資金提供が打ち切られたことで,

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クライアントの生活状況を確かめるアウトリーチ活動の機会が失われてしま った。また本章で検討した障害者団体についていえば,エチオピア身体障害 者協会のサポートレターのように,ニッチな分野で重要な活動をおこなって きた事例があるものの,当事者の生活の質を支えるためのリソースの不足は より深刻である。 3 .「2010体制」下のエチオピアにおける当事者運動  エチオピアにおける二つの当事者運動のあいだに,上述のいくつかの点で 顕著な違いが生まれた背景としては,国際的・国内的な活動環境の違いを指 摘してよいだろう。国際的な活動環境の違いは,HIV 陽性者運動がグローバ ルファンドという卓越した資金提供機関に支えられているのに対して,障害 当事者運動にはそれに匹敵するパートナーが見当たらないということである。 ここで重要なのは,グローバルファンドの資金が CCM や資金受入責任機関 といったメカニズムを通じて配分されることであろう(第 3 節 1 項)。NEP+ はこれらのメカニズムに参画することによって,国際的な資金へのアクセス, 政府に対する交渉力,および国内の陽性者団体に対する求心力を同時に高め ることができた可能性が高い。  他方で国内的な活動環境の違いは,エチオピアにおける「2010体制」の成 立と関係している。NEP+ が活動を開始した2004年は,グローバルな HIV 陽性者運動が大きな盛り上がりを見せていた時期であった。何よりも当時の エチオピアには,市民社会活動をおこないやすい(少なくとも敵対的ではな い)政治的環境があり,国際的なリソースへのアクセスに対する障壁が低か った。これに対してエチオピア障害者協会は,NEP+ より10年以上も早く 設立されていながら,グローバルなネットワークやリソースと接続する機会 を逃してしまった。ふりかえってみれば,エチオピアでは市民社会運動に適 した政治的環境が消滅する前(すなわち2009年の「慈善および協会活動に関す る法令」施行以前)の2000年頃から HIV 対策が開発上の重要課題と認識され

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るようになり,その間に HIV 陽性者団体の活動ネットワークが確立された。 これに対して障害問題は,2010年頃からようやく重要な社会的課題と認識さ れるようになったのだが,その時点ではエチオピアの政治的環境はすでに, 市民社会活動に敵対的なものになっていた。その敵対性ゆえに,障害者の抱 える問題に対する当事者団体および市民社会の取り組みが著しく制限されて いるのである。  上述のとおり,政府は保健分野の取り組みに多くの政治的・財政的・人的 リソースを投入しながらも,トップダウン型の制度デザインを強く指向し, HIV陽性者および障害者の多様な保健ニーズに応える意思をもたない。した がって当事者のニーズを受け止め,その生活を支える努力は,当事者の運動 に委ねられている。当事者が抱える多様なニーズを最もよく理解し,最も適 切なケアを提供できるのは当事者自身であるという考えに基づくならば,当 事者の生活支援を当事者団体に委ねること自体は,必ずしも誤った政策判断 ではない。またファナ協会やエチオピア身体障害者協会のように,与えられ たリソースの範囲でその責任を果たそうとする当事者団体もある。問題は, 政府が陽性者や障害者の生活支援を当事者団体に委ねながら,当事者団体の 活動に必要なリソースを提供していないことである。また「2010体制」のも とでは,政府が開発のリソースを独占し,市民社会活動に敵対的な政治的環 境をつくりだすことによって,実質的に当事者団体の活動を困難にしている ことが問題なのである。

おわりに

 保健普及員制度を根幹としたエチオピアの保健政策は,低所得国における ユニバーサル・ヘルスケアの導入をめざす国際的な政策潮流のもとで高い評 価を獲得してきた。これに対して本章では,陽性者と障害者の保健ニーズと いう視点から,開発主義体制下のエチオピアにおける保健政策の問題点を明

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らかにした。  エチオピアの現政権は,事実上の一党体制のもとで開発のリソースを国家 が独占する開発主義体制を構築し,保健分野を含む社会経済開発への投資を すすめてきた。そして同国政府は,トップダウン型の画一的な介入が有効な 分野では,国民の生活の質の改善に大きく貢献してきた。政府が抗 HIV 薬 を国民に無償で提供することをとおして,多くの陽性者の生活の質の改善が されたことはその一例である。抗 HIV 薬へのアクセスは HIV 陽性者に共通 のニーズであることから,画一的な介入がとりわけ有効な保健分野である。  他方で障害問題という枠組みにおいては,画一的な介入が有効な「障害者 に共通の」ニーズを想定することは困難である。また HIV 陽性者についても, 実際には抗 HIV 薬へのアクセスに止まらない多様な保健ニーズを抱えた 人々を想定する必要がある。しかしエチオピア政府は,陽性者や障害者の多 様な保健ニーズを視野に入れた取り組みをしているとは評価しがたい。保健 省が全国展開している保健普及員の活動には,訪問ケアや CBR のような生 活支援の取り組みは組み込まれていない。エチオピアにおいて陽性者や障害 者のニーズを受け止め,その生活を支える努力は事実上,当事者の運動に委 ねられている。しかし開発主義体制下のエチオピアでは,市民社会の活動が 厳しく制限されており,当事者団体が活動のリソースにアクセスしたり,当 事者のニーズを政策に反映させることが困難になっている。  とりわけエチオピアの障害者運動は,「2010体制」のもとで国際的なリ ソースへのアクセスを得られていないことによる制約が大きい。「2010体制」 が当面のあいだ続くとして,そのもとでエチオピアの障害者運動がおかれた 状況を変えるためには,保健省との連携のもとでグローバルファンドの資金 にアクセスしている NEP+ の経験が参考になるだろう。エチオピア身体障 害者協会あるいはその上位団体であるエチオピア障害者協会連合のような組 織が,障害者運動のネットワークハブとして主管官庁である労働社会福祉省 と連携し,同省を経由して国際的な資金にアクセスするような仕組みをつく れないだろうか。ネットワークハブの形成によって障害者運動がより大きな

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交渉力を獲得すれば,政府の政策策定や法令解釈に対して影響を与えること も可能になろう。  政権への影響力を確保するという点では,政府とのあいだに太いパイプを 有し公的機関に人材を送り込んできた南アフリカ共和国の障害者運動の経験 も参考になると思われる(第 7 章参照)。エチオピア現政権は,社会改革とい う目的に対する当事者運動の価値そのものを否定しているわけではなく, 「2010体制」下で求められる条件を満たせば(つまり活動資金の管理に対する 政府の介入を認め,政権への敵対勢力とみなされないようにふるまえば),政府と 当事者運動との間に建設的な対話が成立する余地はある。大切なのはもちろ ん,そのような対話の結果として,当事者の生活の質の向上につながるよう な取り組みが,より多く生まれることである。 〔注〕 ⑴ 本章では,HIV/ エイズという表現をなるべく用いないことにする。適切な 治療を受けている HIV 陽性者はふつう,生涯にわたって後天性免疫不全症候 群(エイズ)の発症を経験することがない。このことを踏まえ,本章では基 本的に「HIV 問題」「抗 HIV 治療」のような表現を用い,必要に応じてエイズ の問題に言及することにする。 ⑵ 故メレス・ゼナウィ首相は,EPRDF 政権が目指すのは「民主的な開発主義」 であると主張したが,実際には「2010体制」は,冷戦下インドネシアのゴル カル政権に見られたような権威主義的な開発主義に近いというのが筆者の見 解である(西 2014)。 ⑶ エチオピア政府が導入しようとしている健康保険制度は,公務員を含む正 規部門の被雇用者とその家族を対象とした社会健康保険(Social Health Insur-ance)と,農村住民および非正規部門に従事する者を対象としたコミュニテ ィ型健康保険(Community-based Health Insurance)の二つのスキームからな る。対象者の数が多いのはコミュニティ型健康保険であり,将来的にはこの スキームだけでエチオピア国民の83.6%をカバーするというのが,保健省のも くろみである(Noah and Accorsi 2013)。

⑷ エチオピア政府による国民 1 人当たりの保健支出は,米ドル購買力平価に 換算して1995年に 5 ドルであったのが,2013年には42ドルとなった。WHO Global Health Observatory Data Repository [http://apps.who.int/gho/data/view. main]による,2015年12月 1 日閲覧。

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⑸ 2005年 5 月国政選挙,およびその後の騒乱の経緯については,拙著『現代 アフリカの公共性』(西 2009)の第 3 章 1 節および「あとがき」を参照。 ⑹ “Proclamation to Provide for Freedom of the Mass Media and Access to

Informa-tion,” No. 590/2008, Federal Negarit Gazeta 14/64, December 4, 2008.

⑺ “Proclamation to Provide for the Registration and Regulation of Charities and Societies,” No. 621/2009, Federal Negarit Gazeta 15/25, February 13, 2009.

⑻ 同法令の具体的な制約およびエチオピアの HIV 陽性者運動・障害者運動に 与えた影響については,本章第 3 節 1 項および第 4 節 1 項において検討する。 また同法令がエチオピアにおける市民社会組織の活動一般に与えた影響につ いては Dupuy, Ron, and Prakash(2014)のほか,DAG Ethiopia の一連の報告書 (2012; 2013a; 2013b)を参照。

⑼ 開発主義体制の確立に伴い,保健政策以外の政府の開発政策にどのような 変化があったかは,別のところで論じている(西 2014)。

⑽ UNAIDS AIDSinfo [http://www.unaids.org/en/dataanalysis/datatools/aidsinfo] による,2014年12月16日閲覧。

⑾ 人類学者のゲブレ・インティソらは,政府の障害問題への取り組みを評価 した報告書で,「障害問題をメインストリーム化するという政府の公約は,概 して中味のないレトリックにとどまっている」と述べている(Gebre, Merhat-sidk, and Abebe 2013: 41)。

⑿ “Proclamation to ratify the convention on the rights of persons with disability”,

Federal Negarit Gazeta 16/32, Proclamation No. 676/2010.

⒀ “Proclamation to provide for the right to employment of persons with disability”,

Federal Negarit Gazeta 14/20, Proclamation No. 568/2008.

⒁ “Proclamation to provide for the definition of powers and duties of the executive organs of the Federal Democratic Republic of Ethiopia”, Federal Negarit Gazeta 17/1, Proclamation No. 691/2010.

⒂ 同法第88条参照。

⒃ 70/30ルールの解釈上の問題については,DAG Ethiopia による報告書(DAG Ethiopia 2012; 2013b)を参照。 ⒄ マサラト代表自身の語りにもとづく彼女のライフストーリーについては Nishi(2014)でより詳しく論じた。 ⒅ カバレ(kebele)はアジスアベバ市行政の末端を担う組織であり,住民から 選ばれた議長と評議会の委員を中心に運営されている。カバレ事務所は kebele betと呼ばれる旧来型の公営住宅を管理するほか,住民登録カードを発行する など市民生活に対して重要な役割を担っている。 ⒆ 「慈善および協会活動に関する法令」第 2 条 2 項,14条 2 項および 5 項参照。 ⒇ ワレダ 5 の人口を示した統計は最近のものが見あたらないが,参考までに

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1994年に実施された人口調査では,同地区の人口は約 8 万5000人であった (CSA 1995)。

〔参考文献〕

<日本語文献> 西真如 2009.『現代アフリカの公共性―エチオピア社会にみるコミュニティ・開 発・政治実践―』昭和堂. 西真如 2012.「ウィルスとともに生きる社会の条件―HIV感染症に介入する知 識・制度・倫理」速水洋子・西真如・木村周平編『講座生存基盤論 第 3 巻 人間圏の再構築―熱帯社会の潜在力―』京都大学学術出版 155- 181. ― 2014.「エチオピアの開発と内発的な民主主義の可能性―メレス政権の20年 をふりかえる」 大林稔・西川潤・阪本公美子編 『新生アフリカの内発的発展 ―住民自立と支援―』昭和堂 56-77. 西真如・姜明江. 2013「感染症治療に服薬者の社会関係が果たす役割」『社会医学 研究』30(2) : 85-94. <英語文献>

Anand, Sudhir. 2012. “Human Security and Universal Health Insurance.” The Lancet 379 (9810) : 9-10.

Baker, Craig, et al. 2013. The New Prosperity: Strategies for Improving Well-Being in

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― 2010. Population and Housing Census Report: Country 2007. Addis Ababa: CSA. DAG Ethiopia. (Development Assistance Group Ethiopia) 2012. Potential Impact of the

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参照

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