二〇一七年度「地域づくり」セミナー開催報告
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(2) を 入 れ る よ う に な っ て お り、 吉 田. ごろから名古屋でも歴史観光に力. 古 屋 の 歴 史 で あ っ た。 二 〇 〇 八 年. た が、 こ こ で 注 目 を 浴 び た の が 名. といったことがテーマとなってい. り や プ ロ モ ー シ ョ ン、 お も て な し. 参 加 し て お り、 名 古 屋 の 魅 力 づ く. 名市大の教員であった山田明氏も. 市 観 光 戦 略 ビ ジ ョ ン」 に は、 当 時. 二 〇 一 〇 年 に 策 定 さ れ た 「名 古 屋. が あ っ た こ と を 紹 介 し た。 特 に. 同 時 に、 二 〇 一 〇 年 の 名 古 屋 開 府四〇〇年を契機に様々な変化. と 述 べ た。. 感覚を持つ人が多いのではないか. い て も、「 い ま さ ら 何 を 」 と い う. の テ レ ビ 局 も 取 材 に 訪 れ、 観 客 の. か っ た が、 デ ビ ュ ー の 日 に は 地 元. た。 実 際 に は ど う な る か 分 か ら な. れを着てダンスの練習をしたりし. 一 〇 〜 二 〇 キ ロ グ ラ ム あ る が、 そ. ンバーが身に着ける甲冑は一つ. の こ と で あ る。 例 え ば 武 将 隊 の メ. ビューに向けて必死に練習したと. た が、 全 く の 素 人 も い た た め、 デ. メンバーの中には役者経験者もい. 武 将 隊 は デ ビ ュ ー し た。 武 将 隊 の. 備 期 間 を 経 て、 名 古 屋 お も て な し. 一 一 月 三 日、 ほ ぼ 一 か 月 の み の 準. 画 に 携 わ っ た。 そ し て 二 〇 〇 九 年. もてなし武将隊のアイディアや企. と で あ る。 吉 田 氏 は こ の 過 程 で お. 金を受け入れることにしたとのこ. 将 隊 と い う ア イ デ ィ ア の 下、 助 成. の よ う な も の で あ り、 収 益 を 上. 将 隊 結 成 当 初 は、 い わ ば 助 走 期 間. 古屋市という行政に属していた武. を ど う す る か が 課 題 と な っ た。 名. の た め 武 将 隊 結 成 後、 す ぐ に 収 益. 民 間 に 受 け 渡 す 必 要 が あ っ た。 そ. 業」 の 規 定 上、 三 年 後 に は 事 業 を. 「ふるさと雇用再生特別交付金事. に 認 知 度 も 高 ま っ て い っ た。 だ が. 取 り 上 げ ら れ る よ う に な り、 次 第. 二〇一〇年になると名古屋おも てなし武将隊は全国のメディアで. と の こ と で あ る。. う 「城 友」 と い う 現 象 も 見 ら れ た. え、 フ ァ ン 同 士 が 仲 良 く な る と い. て い っ た。 武 将 隊 の フ ァ ン も 増. 客さんも武将隊という存在に慣れ. 行 錯 誤 し な が ら 成 長 し、 同 時 に お. 験 を 経 て、 武 将 隊 の メ ン バ ー は 試. と 吉 田 氏 は 述 べ た。 吉 田 氏 は 女 子. たのも成功要因の一つではないか. ン を 上 げ て い た。 ま た 時 流 に 乗 っ. 揮 し、 武 将 隊 全 体 の モ チ ベ ー シ ョ. 信長役の方がリーダーシップを発. 挙 げ て い た。 武 将 隊 の 初 代 の 織 田. 将隊のメンバーに恵まれたことを. 田氏は成功の要因の一つとして武. いずれにせよ名古屋おもてなし 武 将 隊 は 成 功 し た と い え る が、 吉. に な っ て し ま っ た と の こ と で あ る。. 以前と比較するとどうしても希薄. が重視してきた武将隊の名古屋と. 順 位 が あ る た め、 そ れ ま で 吉 田 氏. な っ た。 だ が 民 間 で は 活 動 に 優 先. 将隊は安定的に活動できるように. な っ た。 民 間 に 所 属 す る こ と で 武. 一部の業務のみを担当するように. 二〇一二年からは武将隊は名古 屋 市 か ら 民 間 企 業 に 移 行 し、 市 は. の メ ン バ ー も い た。 こ の よ う な 経. 氏 も こ の 時 期、 様 々 な 経 緯 か ら 古. 反 応 も 良 か っ た た め、 こ れ な ら ば. デビューや舞台 武将隊を通じて収益を上げるだけ. 公 演 等 を し て い た。 だ が 吉 田 氏 は、. かけるのは圧倒的に女子が多いた. い う 言 葉 が な い よ う に、 観 光 に 出. 旅 と い う 言 葉 は あ る が、 男 子 旅 と. あ っ た た め、 名 古 屋 お も て な し 武. 代から現代にいたる名古屋の歴史. げるために 手 ご た え が あ っ た と の こ と で あ る。. で は な く、 名 古 屋 と い う 地 域 の 観. ン ド ・ イ メ ー ジ 調 査」 の 結 果 に つ. に つ い て 勉 強 し 始 め た。 こ の よ う. なんとかなるのではないかという 当 初 は ス タ ッ フ 四 名、 役 者 が 一 〇. い う 地 域 の 観 光 へ の 貢 献 活 動 は、. な 取 り 組 み を 行 う 過 程 が、 お も て なし武将隊の結成の助走期間と. 名 の 総 勢 一 四 名 で あ っ た。. 観光に取り組みたいという意図も. あ っ た。 名 古 屋 市 で は こ れ を 機 に. に事業を移行するというもので. 者 の 賃 金 と し、 そ の 後、 民 間 企 業. で あ り、 事 業 費 の 二 分 の 一 を 失 業. これは国による緊急雇用創出事業. 用 再 生 特 別 交 付 金 事 業 」 で あ る。. いつい敬語で話してしまう武将隊. だ る わ け に は い か な い の だ が、 つ. め、 た と え 観 光 客 相 手 に も へ り く. る。 ま た 武 将 と い う 設 定 が あ る た. 観光地に放り出されるわけであ. か月の準備だけで名古屋城という. だがいきなり順風満帆というわ け で は な か っ た。 ほ ぼ 素 人 が 約 一. 成 し て い っ た。. 政や民間などとネットワークを形. 施 し、 試 行 錯 誤 を 続 け な が ら も 行. 覧 会 へ の 参 加 等、 多 様 な 活 動 を 実. の 武 将 隊 の 起 用 や、 名 古 屋 め し 博. 産 業 や 食、 観 光 関 連 の ポ ス タ ー で. と を 考 え て い た。 そ の た め、 地 場. 光にいかに貢献できるかというこ. 指 摘 し た。. ことも成功の要因であったことを. らに多くのメディアが取り上げた. 所 や や り が い を 見 つ け た こ と、 さ. た ち が、 武 将 隊 と い う 自 分 の 居 場. れ た こ と や、 失 業 し て い た 若 い 人. 隊というアイディアが受け入れら. め、 女 性 を タ ー ゲ ッ ト と し た 武 将. おもてなし武将隊結成のきっか け は、 二 〇 〇 九 年 の 「ふ る さ と 雇. な っ た と の こ と で あ る。. C D. 56.
(3) 題と共通する点であると吉田氏は. 側が主導となる観光形態が持つ問. ズ ム と 呼 ば れ る、 観 光 客 受 け 入 れ. な い。 こ れ は 一 般 に 着 地 型 ツ ー リ. の他の観光に接続することができ. 対 象 と す る と、 名 古 屋 と い う 地 域. な い。 し か し 熱 心 な フ ァ ン だ け を. め、 あ る 特 定 の 人 々 に し か 広 が ら. ズムはターゲットが限定されるた. あ る。 だ が キ ャ ラ ク タ ー ・ ツ ー リ. ン活動もイベントの開催も容易で. 間は移動できるためプロモーショ. は 地 域 の 資 源 を 可 視 化 す る し、 人. し た。 キ ャ ラ ク タ ー ・ ツ ー リ ズ ム. だ が 同 時 に、 吉 田 氏 は キ ャ ラ ク ター・ツーリズムの限界にも言及. な っ た。. する必要があると認識するように. は、 人 を 資 源 と し、 そ れ を 可 視 化. 屋で歴史に関する観光を行う場合. と 吉 田 氏 は 述 べ た。 そ の た め 名 古. ないことを痛感するようになった. 少 な い、 あ る い は 可 視 化 さ れ て い. 狭間のような戦国期の歴史資源が. は 意 外 と 少 な い こ と や、 例 え ば 桶. 冷静に考えると愛知県出身の武将. 名 古 屋 の 武 将 観 光 に 取 り 組 む 場 合、. このような名古屋おもてなし武 将 隊 の 経 緯 を 振 り 返 っ て み る と、. や 運 営 に 携 わ っ て い る。 や っ と か. そ の よ う な 過 程 を 経 て、 吉 田 氏 は 現 在、 や っ と か め 文 化 祭 の 企 画. 化 資 源 を 活 か す 観 光 も あ る。. 光 や、 ク ー ル ジ ャ パ ン の よ う な 文. さ れ て い る。 文 化 財 を 活 用 し た 観. その中にも観光という言葉が使用. で も 文 化 芸 術 基 本 法 が 改 正 さ れ、. ワ ー ク に 参 加 し て い る。 ま た 国 内. リエイティブ・シティズ・ネット. デザイン都市としてユネスコのク. し て は か な り 先 進 的 な 地 域 で あ り、. る。 実 は 名 古 屋 も 芸 術 や 文 化 に 関. を観光に活かす活動が行われてい. が あ り、 国 内 外 各 地 で 文 化 や 芸 術. た。 文 化 芸 術 に は 様 々 な 波 及 効 果. 化」 と が 重 な っ て い る こ と で あ っ. 「 観 光 」 と、 新 た に 取 り 組 む 「 文. は、 そ れ ま で 自 身 が 携 わ っ て き た. 当するようになって驚いたこと. わ る よ う に な っ た。 こ の 業 務 を 担. 担 当 後、 文 化 行 政 関 係 の 業 務 に 携. 田氏は名古屋おもてなし武将隊の. ド に 興 味 を 持 つ よ う に な っ た。 吉. き、 観 光 街 づ く り と い う キ ー ワ ー. は名古屋が持つ様々な資源に気づ. 関 係 の 仕 事 を 続 け る 中 で、 吉 田 氏. 問 を 提 起 し た。 そ の 一 方 で、 観 光. らなかったのではないかという疑. 氏 は、 名 古 屋 そ の も の は 何 も 変 わ. 成 功 を 収 め た と い え る。 だ が 吉 田. 典型的な観光にならないかもしれ. る 人 が 数 多 く い る た め、 必 ず し も. 多 様 で あ り、 色 々 な こ と を し て い. た 街 の 様 々 な 場 所 で、 生 活 か ら 歴. 能 に な る と 吉 田 氏 は 指 摘 す る。 ま. 人 々 が 出 会 い、 つ な が る こ と が 可. で あ る。 そ の た め 現 場 で こ れ ら の. 大学生から七〇代の人々まで多様. 人 を 超 え る。 町 中 の 寺 社 や 商 店、. り で あ り、 参 加 者 は の べ 一 〇 〇 〇. とかめ文化祭のプログラムは手作. くいという欠点もある。だが、やっ. ま い、 外 部 と の つ な が り が 築 き に. 一回行うとそれだけで終わってし. 利 用 で き る と い う 長 所 も あ る が、. た。 こ の 方 法 は 民 間 の ノ ウ ハ ウ を. ントは外部委託することが多かっ. る。 従 来 は 行 政 が 主 体 と な る イ ベ. 一五〇程度のプログラムが存在す. やっとかめ文化祭は毎年一〇月 末 に 約 三 週 間 に わ た り 開 催 さ れ、. あ る。. かめ文化祭にはこのような目的が. み、 そ れ を 将 来 に 手 渡 す。 や っ と. ら を 地 道 に 調 べ て 行 き、 皆 で 楽 し. 宮 は も っ と 古 い 歴 史 が あ る。 そ れ. 四 〇 〇 年 の 歴 史 を 持 つ が、 熱 田 神. る と、 現 在 の 名 古 屋 城 の 城 下 町 は. と で あ る。 改 め て 名 古 屋 を 見 て み. う問題意識に立脚しているとのこ. あ り、 地 域 を ど う 活 か す か、 と い. ドルが県公認アイドルになるま. 二人目の講師である奥田晋一氏 に は、「 商 店 街 拠 点 の ご 当 地 ア イ. 日本一の会代表. フ ィ ス 代 表・ 名 古 屋 み り ょ く. 締 役・ エ ン タ ー テ イ メ ン ト オ. 株式会社サンスマイル代表取. 公認アイドルになるまで. 商店街拠点のご当地アイドルが県. か、 と の 問 題 提 起 を 行 っ た。. ツーリズムが生まれるのではない. エ テ ィ に 富 む、 ク リ エ イ テ ィ ブ は. 理 だ が、 豊 か な 日 常 に 基 づ く バ ラ. る。 い き な り マ ス ツ ー リ ズ ム は 無. 化と経済をつなぐという役割もあ. た。 例 え ば 名 古 屋 で は、 観 光 は 文. 要とされるのではないかと指摘し. の 間 を つ な ぐ こ と で あ り、 異 な る. 政、 企 業 な ど、 様 々 な 組 織 や 主 体. て そ こ で 重 要 な の が、 地 域 と 行. あ る、 と い う 意 見 を 述 べ た。 そ し. も人が演出している地域の観光で. そ し て 吉 田 氏 は 武 将 隊 に せ よ、 や っ と か め 文 化 祭 に せ よ、 い ず れ. と で あ っ た。. く て も い い の で は な い か、 と の こ. な い が、 別 に メ ジ ャ ー な 観 光 で な. 奥田晋一. 領域を飛び越える行動力こそが必. 指 摘 し た。. め文化祭も観光街づくりの一環で. 史 を 学 ぶ こ と が 可 能 に な る。 街 は. 名古屋おもてなし武将隊は全国 的 に 情 報 を 発 信 す る こ と に も な り、. 57.
(4) 目. が つ く と 新 聞 記 事 に も な り や す く、. と も 目 指 し た。. 当てのお客さんを集めるというこ. ☆. 情 報 も 発 信 で き、 ま た た と え 奥 田. 奥田氏がこのようなことをした の は、 大 須 で ☆ の活動の. 街 目 当 て で は な く、. 田 氏 が 特 に 強 調 し た の が、 た と え. 氏が抜けても活動を続けることが. み戦隊は残る。このように「肩書」. 相互につなげるのが困難に見えて. で き る た め、 意 図 的 に 「肩 書」 が. つ な げ る、 と い う こ と で あ る。 奥. も、 さ ま ざ ま な 視 点 や ア イ デ ィ ア. で」 と い う テ ー マ で、 地 域 密 着 型. を 駆 使 す る こ と に よ り、 共 通 項 を. ☆. 化 に つ い て お 話 し い た だ い た。. の活動やそれに伴う地域活性. 奥田氏は元々あるホテルの 総 支 配 人 と し て 働 い て い た が、 探し出すことは可能であることで. つ く 仕 事 を 探 し た。. 場所を貸してくれた方々に恩返し. ととも. 奥田氏はその後独立して活動す る よ う に な っ た が、 こ の 際 に 奥. し、 自 己 紹 介 の 際 も、 大 須 か ら 元. 合 は、 必 ず 名 古 屋、 大 須 を 強 調. 的 に 参 加 し た。 ま た そ れ ら を 中 京. り、 秋 祭 り 等 の 地 域 の 活 動 に 積 極. に大須商店街の秋の大道芸や夏祭. ☆. を し た い と い う 意 図 も あ っ た。 そ. あ り、 そ れ に よ り 発 信 力 が 増 加 す. のため奥田氏は. 田氏が目的としたのが地域活性. が活動する場. い 上 に、 駅 長 室 で し か 購 入 で き な. ☆. またこれ以外に奥田氏が重視し たのがチームのアイデンティティ. いという欠点があることに注目し. との. テ レ ビ が 報 道 す る こ と に よ り、 大. た。 そ の た め 名 古 屋 市 交 通 局 の 担. ☆. 果、 大 須 商 店 街 と. ☆. 活動が大須の文化になっていっ. て い る。 ま た. るイベントでも司会者には名古. た。 ま た 商 店 街 で の 会 議 に 奥 田. を立ち上. 屋、 大 須 と い う 言 葉 を 使 用 す る こ. ☆. げ た 方 と 出 会 い、. と を 求 め る こ と に よ り、 絶 え ず 名. 当地アイドル. ホ テ ル で 販 売 す る こ と を 提 案 し た。. の 仕 事 を す る よ う に な っ た。 奥. 須 で あ る が、 結 成 当 初 は 毎 週 水 曜. 化やモノづくりでは人の活性化も. な る こ と が 多 か っ た。 地 域 の 活 性. る と、 打 ち 合 わ せ の 雰 囲 気 が よ く. 関連. この提案はなかなか受け入れられ. 田氏が独立した時期はちょうど が 出 て き た 時 期 で あ っ た。 だ が 多. 日に大須商店街の中のふれあい広. 重 要 で あ り、. ☆. な か っ た が、 奥 田 氏 は 熱 心 に 提 案. くのアイドルが東京を中心に活動. 場で無料ライブをしたとのことで. ることで会議に参加する人自体も. のメンバーを同行させ. テルでドニチエコ切符を販売する. す る メ ジ ャ ー 志 向 だ っ た た め、 奥. あ る。 同 じ 時 間 に 同 じ 場 所 で 活 動. 増 え、 そ れ に よ り 様 々 な ア イ デ ィ. ☆. こ と に な っ た。 そ の 結 果、 ゴ ー ル. 田氏は地域活性化を目指すという. がいるということ. を 繰 り 返 す こ と に よ り、 そ こ に 行. の活動拠点は大. デンウィークに販売したこともあ. 目 標 に 従 い、 そ れ ら と は 差 別 化 し. けば. ☆. り、 通 常 の 三 倍 の ド ニ チ エ コ 切 符. た 路 線 を 選 択 し た。 例 え ば 営 業 面. が参加す. を 販 売 し た。 こ れ は 名 古 屋 市 交 通. では単発のイベントをするのでは. アも出てくるようになったとのこ あ る。 例 え ば、. で あ り、 そ も そ も 大 須 自 体 の お 客. また水曜日は大須商店街の定休日. 無 料 で 見 に 来 る こ と も 可 能 で あ る。. ストリートライブだと家族連れが. が、 ホ ス ピ タ リ テ ィ は 個 々 の 顧 客. た。 サ ー ビ ス は 万 人 に 対 し て 行 う. さらに奥田氏はサービスとホ スピタリティについても言及し. ☆. 局 に と っ て も、 ホ テ ル に と っ て も、. と で あ っ た。. 環 と し て、「 あ お な み 戦 隊. ☆. ドニチエコ切符利用者にとっても. に な り、 リ ピ ー タ ー も 増 え る。 ラ. で あ っ た。. と い う 活 動 を し た。 こ れ は 新 聞 で. へ の 対 応 で あ る。 奥 田 氏 は 大 須 商. はあお. 奥 田 氏 は、 こ れ を 成 功 事 例 と し、 大 学 や 行 政、 企 業 等、 さ ま ざ ま な. 店街における. 」. 2 4. なみ線のプロモーション活動の一. 団体や組織とコラボレーション活. さ ん が 少 な い。 だ が あ え て 水 曜 日. のホスピ に ラ イ ブ を 行 う こ と に よ り、 商 店 U. O S が 解 散 し た と し て も、 あ お な. ☆. ☆. が 重 視 し た の が、 あ ら ゆ る も の を. U. ☆. イ ブ ハ ウ ス で は そ う は い か な い が、. い る。. U. な く、 な る べ く 「肩 書」 を も ら え. し 続 け、 と り あ え ず 一 か 月 だ け ホ. 氏とマネージャーが参加する際に. 当 者 と 連 絡 し、 ド ニ チ エ コ 切 符 を. 気 を 発 信 す る、 と 述 べ る こ と に し. で あ る。. U. のご当地アイドルである. 二〇〇八年にドニチエコ切符の存 る こ と で あ っ た。. U. 在 を 知 り、 便 利 な 切 符 で あ る に も. O S. U. U. U. も 取 り 上 げ ら れ た。 も し. U. 動 を 行 っ て き た。 そ の 際 に 奥 田 氏. O S. O S. O S. U. るような仕事を探したとのことで. O S. 古 屋、 大 須 の 情 報 発 信 を 心 が け て. U. やチームしゃちほこ. O S U. U. U. O S. O S O S. の 関 係 で あ り、 名 古屋に対する地域貢献の一つの形. O S. S K E 4 8. O S. 化 で あ る。 そ し て そ の 時 期 に ご. かかわらず広告方法が効率的でな. O S. O S. 須 商 店 街 の 宣 伝 に も な る。 そ の 結. U. O S. が参加す. O S. U w i n w i n. 58.
(5) タ リ テ ィ を 重 視 し、 メ ン バ ー に ホ テル業界の接客技術を積極的に教. い 負 け ん 気) の 三 つ を 挙 げ た。 これらの ☆ の活動の紹 介 を 踏 ま え、 奥 田 氏 は 地 域 貢 献 と い う 考 え 方 に つ い て も 言 及 し た。. ☆. 関連のグッズの製作は. 名 古 屋 市 内 の 業 者 に 頼 む た め、 地 ☆. に仕事を依頼することで地域. 域 活 性 化 に も つ な が る。. フリーランス・ファシリテーター. 本学人間文化研究科研究員. こ の 目 的 の た め に、. 係の仕事や活動も増えるという循. の 経 験 を 経 て、 現 在、 日 本 の ま ち. 第 一 部 で は、 青 年 海 外 協 力 隊 と して二年間活動を行ったセネガル. 稲葉久之. も常に最終的なイメージを描いた. づ く り に 関 わ る 中 で 考 え た 「よ そ. ☆. え た。 例 え ば 「ほ め が え し」 と い も そ れ を 利 用 す る こ と に よ り、 好. 環が生じることについて奥田氏は. 活 性 化 に つ な が り、 さ ら に 行 政 関. 感 度 を 上 げ る こ と が で き る。 ま た. 言 及 し た。 こ の よ う な 活 動 を 続 け. 者 の 所 作」 に つ い て 話 題 提 供 者 よ. ☆. は愛知県. 上で様々な活動の仕掛けを行った. ☆. す る、 と の こ と で あ っ た。 さ ら. な る の で は な い か、 な ど を 確 認. 前に出ると照明がもっと効果的に. う に 見 ら れ て い る の か、 も し 半 歩. 分たちがファンの目線からどのよ. の ス テ ー ジ を 見 て み る こ と で、 自. 分たちがパフォーマンスする予定. る。 こ の よ う な 事 実 を 伝 え る こ と. 献血という情報が伝わることにな. つぶやけば三〇〇〇人×一五人に. フ ォ ロ ワ ー が い る た め、 一 五 人 が. 一〇〇〇〇〇人のツイッターの. バーにはそれぞれ三〇〇〇から. 事 を し た 際 に は、 一 五 人 の メ ン. ま る。. ともない他の人々からの期待も高. た め に は 一 度 そ こ に 出 向 き、 関 係. か の 応 援 隊 に な る し か な い。 そ の. で 持 続 可 能 性 が あ る と し た ら、 何. ☆. る と い う 問 題 提 起 を 行 っ た。. 持続可能な地域活性化は困難であ. 最 後 に 奥 田 氏 は、 地 域 活 性 化 全 体 か ら 見 る と、 外 部 か ら の 力 で は. な っ た。. 隊 (村 落 開 発 普 及 員 : 現 ・ コ ミ ュ. 思 想 を 大 学 で 学 び、 青 年 海 外 協 力. 説いたロバート・チェンバースの. 思 想、「 現 地 住 民 の 日 常 に 援 助 者. ロ・フレイレの課題提起型教育の. 対 等 な 立 場 に 立 ち、 対 話 を 通 し て. 関連する情報を勉強しておくよう. に参加する場合はそのイベントに. る。. 政関係者の間でも知名度が高くな. ら れ る こ と に よ り、 愛 知 県 内 の 行. 活動による収入に伴う税金は東京. で も、 事 務 所 が 東 京 に あ る 場 合、. の活動による収入の税金は. の活動で学んだことで. が全く関わりのないところ. ☆. あ る、 と の こ と で あ っ た。 (文 責 : 市 川 哲). 課 題 に 対 す る 理 解 を 深 め る」 パ ウ. が 〝参 加〟 し、 住 民 の 主 体 的 な 学. び と 行 動 を 促 す 外 部 者 の 役 割」 を. ◆セネガルでの経験. セ ネ ガ ル で は、 フ レ イ レ や チ ェ ン バ ー ス の 考 え に 従 い 「対 話 を 重. 視 す る 」「 自 分 自 身 が 住 民 の 日 常. に 参 加 す る 意 識」 を 持 っ て、 活 動. を ス タ ー ト さ せ た。 村 内 の 全 戸 訪. 月目頃から次第に村人から声をか. 関 係 づ く り を 続 け る こ と で、 三 か. 問 を 行 う こ と を 徹 底 し、 村 人 と の セ ネ ガ ル で 考 え、 名 古 屋 で や っ て. け て く る よ う に な り、 相 談 や 提 案. みたこと―触媒としてのよそ者―. ▼第七回 「地域づくり」セミナー. り 発 表 を 行 っ た。「 教 師 と 生 徒 が. に、 ご 当 地 ア イ ド ル に 関 し て は 一. で行政関係の仕事を引き受けるよ. ニ テ ィ 開 発) と し て セ ネ ガ ル 共 和. に 伝 え る。 そ う す る こ と で、 さ ほ. ここで奥田氏は納税というキー ワ ー ド に つ い て も 言 及 し た。 例 え. が献血大使の仕. 般からの要求がそれほど高くない. 国 に 赴 い た。. ど期待されていないご当地アイド. ば名古屋で活動しているアイドル. ☆. が、 奥 田 氏 は あ え て そ の ギ ャ ッ プ. 者 と 相 談 す る こ と で、 そ こ の 住 民. の活. 動 に つ い て、 奥 田 氏 は パ ー ソ ナ. に 入 る こ と に な る。 し か し. ☆. ル・アイデンティティの重要性を. ☆. き る。 こ の よ う な. 指 摘 し、 具 体 的 な キ ー ワ ー ド と し. 名 古 屋 市 に 行 く こ と に な る。 ま た. O S. U. て、「つながり」、「とんがり」(唯. O S. U. O S. ルにギャップを生み出すことがで. の メ ン バ ー に、 あ る イ ベ ン ト. を 利 用 し て い る。 例 え ば. を 活 性 化 す る 必 要 が あ る。 そ れ が. 公認の唯一のご当地アイドルに. て ゆ く 中 で、. と の こ と で あ る。 例 え ば. う 接 客 技 術 が あ る が、. O S. う に も な っ た。 ま た 新 聞 等 の マ ス. の 発 信 力 が 高 ま る と、 そ れ に. U. O S. メ デ ィ ア、 特 に 地 方 紙 で 取 り 上 げ. は、 あ え て ス テ ー ジ か ら 降 り、 自. O S. ファンの目線を理解することも重. で. U. 要 で あ る。 例 え ば、 ラ イ ブ の 際 に. ☆. O S U. O S. ☆. U U. U. O S U. 一 無 二 )、「 つ よ が り 」( 強 す ぎ な. 59. U. U. U. O S. O S. O S. O S. U.
(6) を す る よ う に な っ て き た。「 ト マ. ◆名古屋での経験. に 暮 ら す 住 民 の も の」 で あ り、 住. まちづくりに関わるよそ者の効果. セ ネ ガ ル で の 活 動 を 経 て、 ① 自分の聴きたいことだけではな. 動 な ど を 展 開 し て い っ た。. ズアクセサリーによる収入向上活. や灰石鹸・改良かまどづくり、ビー. 問 か ら 活 動 の タ ネ を み つ け、 染 色. じ で、 日 常 の 小 さ な つ ぶ や き や 疑. る?」「 や っ て み よ う 」 そ ん な 感. と し て 活 動 を 行 っ た。 こ の 経 験 か. 者 は、 こ こ に 計 四 年 ほ ど 事 務 局 員. 「港まちづくり協議会」。話題提供. 心とした港まちエリアで活動する. 名古屋港水族館がある名古屋市 港 区 西 築 地 学 区。 こ の エ リ ア を 中. よ う に な っ た き っ か け だ っ た。. か ?」 こ れ が 地 域 づ く り に 関 わ る. くれる人材や制度はあるのだろう. を 相 談 し、 解 決 の た め に 協 力 し て. う に な っ た。「 日 本 に は 地 域 課 題. 書 き 出 し、 参 加 者 同 士 で 意 見 や ア. る こ と 」「 私 が や り た い こ と 」 を. を 開 催 し た。 参 加 者 が 「私 が 出 来. 度 に は「 縁 結 び ワ ー ク シ ョ ッ プ 」. 「 Make Mama’s Jobs 」という交 流 イ ベ ン ト を 実 施 し、 平 成 二 九 年. 聞 い た。 そ こ で 平 成 二 七 年 度 に. る 機 会 が 欲 し い」 と い う 声 を 多 く. や 横 (地 域 間) の つ な が り を 深 め. 地方創生の取り組みを通して 「 地 域 に 住 む 女 性 の 縦( 世 代 間 ). 域の課題や未来は住民のものであ. 多 く の 人 か ら 情 報 を 集 め る、 ③ 地. 代、 性 別 の 多 様 性 に 配 慮 し、 よ り. の で、 役 職 の あ る 人 や な い 人、 世. な人間関係の上に成り立っている. ら と 地 域 を 歩 く、 ② 地 域 は 重 層 的. て、 住 民 の 声 に 耳 を 傾 け、 ぶ ら ぶ. 何 を し て は い け な い の か。 こ れ ま. 果 を 発 揮 す る 「よ そ 者」 は 何 を し、. 効 果 を 指 摘 し て い る。 こ う し た 効. い 立 場 か ら 提 案 が 出 来 る、 な ど の. として①地域にない知識や技能を. く、 村 人 が 話 し た い こ と を 話 せ る. ら、 ① 地 域 コ ミ ュ ニ テ ィ の 連 携 の. イデア交換をするお見合いパー. るということを自覚し、「よそ者」. 持 ち 込 む、 ② よ そ 者 に よ る 地 域. 関 係 ・ 環 境 を つ く る こ と、 ② 思 い. 強 さ と 担 い 手 不 足 の 深 刻 さ、 ② 内. ティのようなワークショップだっ. と し て ど こ ま で 手 を 出 す の か、 何. 民 自 身 が 地 域 の 過 去 と 現 在、 未 来. 問 を な げ か け る こ と、 ③ 聴 く こ と. 外の人をつなぐプラットフォーム. た。 ワ ー ク シ ョ ッ プ を 通 じ て 「出. が で き る か、 を 常 に 自 問 し な が ら. を描いていくことが大前提である. だ け で は な く、 村 人 の 人 間 関 係 や. としての役割、③アーティスト(外. 来 る こ と」 と 「や り た い こ と」 の. 関 わ る、 ④ 焦 ら ず 勝 手 に 判 断 し な. セ ネ ガ ル で 活 動 を 行 う 中 で、 日 本国内における地域課題の取り. 生 活 風 景 を 注 意 深 く 観 察 し、 み. 部 者) の 視 点 か ら み え る 町 の 姿 を. マッチングが成立したグループ. い。「よそ者」に出来ることは、「よ. トの葉に虫がついているのだけど. る ・ き く ・ 感 じ る こ と を 通 し て、. 共 有 す る 大 切 さ、 を 感 じ た。 ま た. は、 既 に 小 さ な 動 き を 始 め て い る。. そ 者 の 活 動」 を 行 う こ と で は な く、. も、 ど う し た ら 良 い だ ろ う か ?」. 焦 ら ず 状 況 把 握 に 努 め る こ と、 の. き っ か け さ え あ れ ば、 想 い の あ る. そ こ で 暮 ら す 住 民 の 声 を 集 め、 人. の 「励 起」 す る 効 果、 ③ 地 域 住 民. 大 切 さ を 感 じ た。 そ の 結 果、 ① 活. についても考えるきっかけとなっ. 「よそ者が手を出すことの弊害」. 人 は 必 ず 動 き 出 す。 よ そ 者 は 人 を. を つ な ぎ、 き っ か け を 提 供 す る 支. の持つローカル・ナレッジを表出. 動のきっかけとなるタネが自然と. た。 住 民 が 長 く 続 け て き た 活 動 を、. つ な ぎ、 一 歩 踏 み 出 す た め の き っ. ことをまちづくりの現場から学ん. 集 ま っ て く る、 ② 村 人 自 身 が 自 分. 一度でも辞めてしまうと取り戻す. か け を 提 供 す れ ば 良 い。 そ う 強 く. だ。. たちの日常への関心・疑問を持つ. こ と は 難 し い。 住 民 の ニ ー ズ に 応. 援 者 に 徹 す る こ と だ と 考 え る。. 組 み 方、 ま ち づ く り や 地 域 お こ. よ う に な る、 ③ 関 係 性 に も 配 慮 で. え 手 を 出 す こ と は 簡 単 だ が、 手 を. 実 感 す る 取 り 組 み で あ る。. しの現状について関心を持つよ. き る よ う に な る、 効 果 が 得 ら れ た。. 放 す 責 任 も 十 分 に 考 慮 し、「 何 を. が で き る よ う だ け ど、 作 っ て み. 同時にコミュニケーションの量が. す る べ き か、 何 を し て は い け な い. [参考文献 ]. 「どうやら自然農薬をつくること. 増 え る こ と で、 信 頼 関 係 を 構 築 す. ◆触媒としてのよそ者. 敷 田 麻 美「 よ そ 者 と 協 働 す る 地 域 づ く. での議論から①焦らず関心を持っ. を 促 す、 ⑤ 地 域 と の し が ら み の な. づ き を も た ら し、 地 域 自 体 の 変 容. さ せ る の を 助 け る、 ④ 地 域 側 に 気. る こ と に も つ な が り、 よ り 住 民 の. の か ?」 を 考 え る 必 要 が あ る。 い. 敷田(二〇〇五)は地域づくり・. ◆設楽町での取り組み. 暮らしの中に溶け込んでいくこと. ず れ に し ろ 「課 題 も 未 来 も、 そ こ. 込 み を 持 た ず に、 素 朴 な 日 常 の 疑. が 出 来 た の で は な い か と 考 え た。. 60.
(7) ◆ 異 国 か ら 来 た 「よ そ 者」 と し て 地 域 に 関 わ る 機 会 を 得 た。. 援 助 に お け る 「 よ そ 者 」 と し て、. 事」 だ っ た の で は な い か。. に と り、 結 局、 復 興 支 援 も 「他 人. 上 記 の よ う な 経 験 を 経 て、 個 人 的 に、「 よ そ 者 」 の 限 界 を 強 く 感. り の 可 能 性 に 関 す る 研 究」 『江 渟 の 久 爾』. じ る よ う に な っ た。「 斬 新 な ア イ. ◆ よ そ 者 の 限 界、 越 え る べ き 壁. の 際、 外 部 か ら や っ て く る 支 援 団. デ ア 」「 し が ら み の な い 自 由 な 立. 気仙沼大島においては災害対策 本 部 に て、 現 地 住 民 と と も に ボ ラ. 体や学術団体による一方的な物. 二 〇 〇 七 〜 二 〇 〇 九 年、 ア フ リ カ・マラウイ国にJICA青年海. 的支援やお仕着せの復興ワーク. 場」 な ど 「よ そ 者」 の 「強 み」 も. 外協力隊のエイズ対策隊員として. 一 六 % と い う 同 国 に て、「 エ イ ズ. あ ろ う が、「 い つ か 居 な く な る 」. 五〇、七四 八 - 五、二〇〇五 パ ウ ロ・ フ レ イ レ『被 抑 圧 者 の 教 育 学』. が社会に与えるインパクトを軽減. シ ョ ッ プ な ど が 現 地 に と っ て 「は. こ と が 大 前 提 と な る が ゆ え、 現 地. 亜 紀 書 房、 一 九 七 九. し、 住 民 の 〝 行 動 変 容 〟 を 促 す 」. た 迷 惑」 な 存 在 と な っ て い る 現 実. ン テ ィ ア リ ー ダ ー を 務 め た が、 そ. というのが隊員としてのミッショ. を 垣 間 見 た。. の 「 文 脈 ( context )」 か ら 乖 離 し た り、 住 民 の 「主 体 性、 自 己 決. 感染率が約. ン だ っ た。 し か し、 二 年 間 の 活 動. 福 島 で は、 子 ど も の 権 利 擁 護 を 旗印としている国際NGO職員と. す 効 用 と 弊 害 を 整 理 し た。 そ の 上. を ベ ー ス に、「 よ そ 者 」 の も た ら. て関わってきた提供者自身の経験. 本 発 表 で は、 ま ず、 こ れ ま で 国 内 外 の 地 域 社 会 に 「よ そ 者」 と し. ズ の 脅 威 を ど こ ま で 「自 分 事」 と. り、 所 詮 は お 客 さ ん で あ り、 エ イ. 年 で 帰 る」 と い う 大 前 提 が あ る 限. インパクトも心許ない。何より「二. 施 し た 活 動 は、 持 続 性 に 乏 し く、. 情/文化を深く理解しないまま実. 効 用 も 多 少 は あ っ た が、 現 地 の 実. た 否 定 的 側 面 も 多 か っ た。 最 も 象. た 局 所 集 中 的 な 資 本 投 下」 と い っ. ローバル基準)」「持続性を無視し. 観 の 押 し 付 け (企 業 論 理 お よ び グ. と 「現 地 の 文 脈 を 無 視 し た、 価 値. 場 面 も あ っ た が、 全 体 と し て 見 る. 外部者ならではの強みを発揮する. 利」 を 前 面 に 出 し た 活 動、 と い う. 地 で 軽 視 さ れ が ち な 「子 ど も の 権. ク の 引 き 受 け、 運 命 共 同 体 の 意 識. 「 よ そ 者 」 が 信 頼 を 得 る に は 何 が必要か。 筆者は、「覚悟」(リス. よ う に な っ た。. 定 的 に 重 要 で は な い か、 と 考 え る. 必 須 条 件) と し て、 こ の 部 分 が 決. テ ク ニ カ ル な 議 論 の 前 段 階 (か つ. た ら す 益 よ り 害 が 多 か っ た り す る。. /. 終 了 後、「 何 も で き な か っ た 」 と. し て 現 地 に 入 っ た。 避 難 所 や 被 災. 派 遣 さ れ た。. 「よそ者の 「限界」、覚悟ある住民. 無 力 感 に 苛 ま れ た。 新 し い 技 術 を. ロ バ ー ト・ チ ェ ン バ ー ス『 参 加 型 開 発. と し て 〜 ア フ リ カ・ 福 島 経 て 信. 外 部 か ら 導 入 す る な ど、 よ そ 者 の. で、「 よ そ 者 」 で 居 続 け る こ と に. し て 捉 え ら れ た か、 自 信 も 無 か っ. と 国 際 協 力』 明 石 書 店、 二 〇 〇 〇. 長野県小川村地域おこし協力隊員. 州」 中村 雄弥. 定 (ownership) 」を軽視したりし て、 信 頼 を 得 ら れ ず、 結 果 的 に も. 限 界 を 感 じ た 自 身 が、 さ ま ざ ま な. た。 期 間 限 定 の 「よ そ 者」 の 存 在 意 義 と は 何 か? 答 え が 見 え な く. に あ り な が ら、 団 体 側 の 一 方 的 な. 徴 的 だ っ た の は、 復 興 途 上 の 福 島. 理 解、 参 加 型 の 意 思 決 定) が キ ー. 共 有 ) と 「 正 当 性 」( 固 有 文 脈 の. ⇒. 住民」への移行を選ん. な っ た。. 係 者 か ら は 「数 年 で い な く な る 人. 要 素 を 獲 得 す る の は 容 易 で は な い。. 外 部 に い る 「よ そ 者」 が、 二 つ の. 践」 を 重 ね る こ と が 不 可 欠 で あ る。. で は な い か と 考 え る。 そ こ で は、. 間 に 好 き 勝 手 か き 回 さ れ て は 困 る。. 早 道 は、 覚 悟 を 決 め て、 そ の 地 域. 「 誠 意 」 を 見 せ つ つ、 地 道 に 「 実. 余計な口出しはしてほしくない」. 事 情 で、 被 災 地 か ら 五 年 で 撤 退 し. と 強 く 非 難 さ れ た。「 い つ か 居 な. て し ま っ た こ と。 現 地 の N P O 関 マ ラ ウ イ か ら 戻 っ た あ と、 二 〇 一 一 年 以 降、 東 日 本 大 震 災 の. の 住 民 と な る こ と で は な い か。 そ. して. 復 興 支 援 に 携 わ っ た。 気 仙 沼 大 島. く な る 」 存 在 と し て の「 よ そ 者 」. ◆ 国 内 援 助 に お け る 「よ そ 者」 と. だ経緯を一人称的な観点から紹. 部 の 議 論 の 端 緒 と し た。. か、 個 人 的 な 考 え を ま と め、 第 二. そ 者」 が ど の よ う に 振 る 舞 う べ き. 「 地 域 内 よ そ 者 」 及 び「 地 域 外 よ. な る こ と の リ ス ク」 を 踏 ま え た 上、. 介 し た。 発 表 後 半 で は、「 住 民 に. 「よそ者. 葛 藤 を 経 て、 個 人 的 な 結 論 と し て、. A I D S. と 福 島 と い う 二 つ の 場 所 で、 国 内. 61. H I V.
(8) え、「 い か に ( 自 分 を 含 む ) 皆 の. は 村 の 生 活 を 「自 分 事」 と し て 捉. 二 〇 一 六 年 よ り 移 り 住 ん だ。 現 在. 県 小 川 村 へ 定 住 す る こ と を 決 め、. あ り、 別 の 「よ そ 者」 の 在 り 方 を. と め た。 あ く ま で 主 観 的 な 思 考 で. そ 者」 の 在 り 方 に つ い て 考 え を ま. 本 発 表 で は、 自 身 の 経 験 を 振 り 返 り、 心 模 様 を 辿 り な が ら、「 よ. の 尊 重) 等。. 用 (地 元 民 の 巻 き 込 み、 自 己 決 定. 生 活 を 良 く す る か」 と い う 観 点 で. の よ う な 思 考 を 経 て、 筆 者 は 長 野. 判 断 し、 日 々 行 動 し て い る。. ると地域社会との距離が近くな. と な っ た 筆 者 で あ る が、 住 民 に な. 以 上 の よ う に、 さ ま ざ ま な 葛 藤 を 経 て、「 よ そ 者 」 か ら 「 住 民 」. ◆ 私 的 「よ そ 者」 の 作 法. そ の 点 を 付 記 し て、 本 論 を 閉 じ る。. 活 性 化 に は 不 可 欠 で あ る。 末 尾 に. ク タ ー に よ る 相 互 作 用 こ そ、 地 域. 異 な る 役 割 が あ り、 そ の 多 様 な ア. の 濃 淡 は 多 様 で あ る。 そ れ ぞ れ に、. 口 に 「よ そ 者」 と い っ て も ス タ ン. 否 定 す る わ け で は な い。 実 際、 一. る 反 面、「 よ そ 者 効 果 」 が 低 減 す. ターン者のネットワーク. り ▽ 地 域 内 に 外 部 と つ な が る 「非 日 常 空 間」 設 置 ― と い っ た 地 域 内 外 を つ な ぐ 「窓」 と し て の 役 割 を 果 た し て い く こ と が 大 切 で あ ろ う。 一方、地域に定住しない「よそ者」 に は、「 他 人 事 」 を 「 自 分 事 」 に 近 づ け る た め、 以 下 の よ う な こ と を 期 待 し た い。 ▽ 「 覚 悟 」「 正 当 性」 を 得 る た め の 継 続 的 な 努 力 ▽ 継 続 訪 問 & フ ォ ロ ー ア ッ プ で 「自 分 事」 化 ▽ 参 加 型 ア プ ロ ー チ の 採. 五〇、七四. 八 - 五、二〇〇五. り の 可 能 性 に 関 す る 研 究」 『江 渟 の 久 爾』. 敷 田 麻 美「 よ そ 者 と 協 働 す る 地 域 づ く. [参考文献 ]. ス は 幅 広 く、 地 域 と 関 わ る 度 合 い. る 恐 れ が あ る。 地 域 内 に 軸 足 を 置 き な が ら、「 よ そ 者 」 の 強 み を 生 か す に は、「 よ そ 者 」 的 視 点 を 維 ターン. 持するための工夫や努力が必要で 者&. あ る。 具 体 的 に は、 ▽ U. 構築▽地域外専門家とのパイプ作. I. 62.
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