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公立校と私立校に学習効果の違いはあるのか (途上国研究の最前線 第7回)

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Academic year: 2021

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(1)

公立校と私立校に学習効果の違いはあるのか (途上

国研究の最前線 第7回)

著者

牧野 百恵

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

250

ページ

60-61

発行年

2016-07

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00002921

(2)

連載

牧野 百恵

アジ研ワールド・トレンド No.250(2016. 8)

60

第 7 回

K ar th ik M ur al id ha ra n an d V en ka te sh Su nd ar ar am an , " T he A gg re ga te E ffe ct o f Sc ho ol C ho ice : E vid en ce fr om a T w o-S ta ge E xp er im en t in In dia ," Q ua rte rly J ou rn al of Economics , 130(3), 2015, 1011–1066.   紹介する論文は、インドのアーンドラ・プラ デーシュ州において、就学前と小学一年の子ど もを対象に無作為化比較実験(RCT)を実施 し、公立校と私立校における学習効果の違いを 実証した。私立小学校修了までの学費を賄うク ーポン希望者を処置群と対照群に無作為に分け、 前者にのみクーポンを配布する介入を行い、二 年後、四年後のテストの成績を比較した。介入 前に両群に有意な違いはないため、成績の差異 は介入に起因するという発想である。推定結果 では、両校共通科目のテルグ語(母語) 、英語、 数学、理科、社会の成績に有意な違いはなかっ た。単純比較では、私立校の方が成績が格段に 良いことから、驚きの発見といえよう。ただし、 私立校は教科数が多く、各教科にかけた時間当 たりの学習効果は私立校の方が大きい。子ども 一人にかかる公私教育費は公立校が私立校の三 倍以上であり、費用対効果の面でも私立校の方 が優れている。これらの効果は、テルグ語で教 えている私立校でより大きいことも分かった。 ●途上国における教育の実証研究   途上国では就学率に顕著な改善がみられるが、 必ずしも子どもの学習につながっていない。た とえばパキスタンでは、三年間就学してもまと もに読み書きができず、その前に脱落すればほ ぼ非識字である。途上国の学習効果の向上には どのような政策が有効か、経済学では教育の需 要と供給の双方から、この問いに答えるべく実 証研究が試みられてきた。   教育分野の実証研究においては、選択バイア スの解消が最大の課題だろう。たとえば生徒教 員比率を下げると学習効果が上がるという仮説 に対し、単に観察可能な条件を同一にしたうえ で生徒数の少ないクラスの方が成績が良いこと を示すだけでは、仮説を実証したことにならな い。我々に観察不能な特徴─たとえば親の教育 熱心さ─が影響して、もともと成績の良い子ほ ど同比率の低い学校に編入しているなど選択バ イアスの可能性を否定できないからである。選 択バイアスの解消には、自然実験やRCTの利 用が有効である。   RCTはある政策や意思決定がもたらす結果、 つまり因果関係を明らかにする強力なツールだ が、とりわけ子どもの一生を左右する教育分野 では倫理的に介入が難しく、研究の蓄積は少な い。供給面では、教員のインセンティブに働き か け た 最 近 の 研 究 が あ り( 参 考 文 献 ② )、 需 要 面では、メキシコのプログレッサ(オポルトゥ ニダデスからプロスペラへと名称変更)による 条件付き現金給付政策に関する実証研究(参考 文献①)が有名である。 ●本論文の背景   途上国においても、多くの親が私立校の方が 学習効果は大きいとの印象を抱いている点では 先進国と同じである。ただ、一般的な私立校の 学 費 が 先 進 国 の 我 々 が 想 像 す る ほ ど 高 く な く、 貧困層の子どもでも通うことができる点は意外 に思う人も多いだろう。   私立校では人件費を低く抑えることで、手頃 な学費を実現している。本論文の私立校教員の

公立校と私立校に学習効果の違いはあるのか

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連載

61

アジ研ワールド・トレンド No.250(2016. 8) 平均給与は公立校の六分の一である。私立校教 員 は 公 立 校 に 比 べ、 年 齢 が 若 く て 経 験 が 浅 く、 教育水準や教員資格保有率が低い。これらの観 察可能な教員の属性だけをみれば、私立校の方 が学習効果が大きいとの印象はいささか不可解 である。本論文の売りは、そのような一見した ところ不可解な事象について、RCTを用いて 公立校と私立校の学習効果の違いを明らかにし たことである。 ●二段階RCT   本論文のRCTは需要面、具体的には子ども を学校に行かせる家計の資金制約に働きかけて いる。二段階で選択バイアスの問題を解消して いる点が目新しい。まず私立校の学費を賄うク ーポンの希望者を募ったうえで、第一段階では、 村 レ ベ ル で 無 作 為 に 処 置 村 と 対 照 村 を 分 け た。 第二段階では、処 置村の希望者全員 に対して抽選を行 い、当選者にのみ クーポンを配布す る。 第 二 段 階 の、 当 選 者 が 処 置 群、 落選者が対照群と なる点は、これま での抽選を用いた RCTと変わりな い。しかし、そも そも転校への意思 が な い 子 ど も や、 介入前からもとも と私立校にいた子 どもにも何らかの 影響があるかもしれない。当選した意欲のある 子だけが転出して残された子どもや、当選した 子どもの転入によりもともと私立校にいた子ど もの学習環境が悪化する可能性などが考えられ る。処置村で転校を希望しながら落選した子ど もの行動にも影響があるかもしれない。これら のスピルオーバー効果や、公立校と私立校の学 習効果の差を純粋に把握するため、予め第一段 階を踏んでいる。   公立校と私立校の学習効果の違いのみを推定 す る に は、 図 1 の 3 T と 2 C の 二、 四 年 後 の 成 績を比べる。スピルオーバー効果は、処置村で 落選した子どもについては2Tと2Cを、公立 校 に 残 さ れ た 子 ど も に つ い て は 1 T と 1 C を、 もともと私立校にいる子どもについては4Tと 4Cを比べて推定している。 ●本論文の限界と意義   R C T に 対 す る 批 判 の ひ と つ に 倫 理 公 平 の 問 題 が あ る 。 た と え ば 、 処 置 群 の 村 に の み 教 科 書 を 無 償 配 布 す る R C T は 、 人 生 に わ た る 識 字 を 左 右 し か ね な い が 、 か か る 不 公 平 が 実 験 者 の 介 入 に よ っ て も た ら さ れ て よ い の だ ろ う か 。 本 論 文 の 介 入 も 、 私 立 校 へ の 転 校 機 会 を 希 望 者 全 員 に 与 え な か っ た と い う 不 公 平 が あ る 。 両 校 に 学 習 効 果 の 差 異 は な か っ た こ と か ら 、 結 果 論 で は 問 題 が な い よ う に も み え る 。 た だ し 私 立 校 で は 、 公 立 校 が 教 え な い ヒ ン デ ィ ー 語 な ど を 学 べ る 機 会 が あ り 、 そ れ が 将 来 に わ た っ て 就 業 機 会 な ど に ど の よ う な 影 響 を 及 ぼ す か は 不 明 な ま ま で あ る 。   もうひとつの主な批判は、外的妥当性である。 特 定 の 地 域 で 特 定 の 人 々 を 対 象 に し た 介 入 が、 異なる環境・条件のもとにおいても有効である か、 同 様 の 知 見 が 得 ら れ る か は 保 障 で き な い。 外的妥当性が担保されない場合、たとえば一国 の教育政策に採用しても期待した効果が得られ ないばかりか、かえってマイナスの結果になり かねない。本論文では負のスピルオーバー効果 はないとの結果であったが、異なる文脈でも同 じとは限らない。仮に、残された子どもが学習 意欲を削がれ脱落するようであれば、希望者に 私立校への転校を助成する政策は、教育成果の 二極化を促し、一国の不平等を増幅しかねない だろう。   以上のような限界はあるが、人々が漠然と抱 いている、私立校が公立校より学習効果が大き いとの印象に関して、初めて厳密な証拠を提出 した本論文の意義は大きい。また、初等教育に おける母語の重要性を示したことは、教科書も カリキュラムもトップレベルの子どもに照準を 当てており、落ちこぼれを量産しているとしば しば批判される途上国の教育政策にも、一考の 余地を与えよう。 ( ま き の   も も え / ア ジ ア 経 済 研 究 所   南 ア ジ ア研究グループ) 《 参考文献 》 ① B eh rm an , J er e R ., P iy ali S en gu pt a, an d P et ra T od d , "P ro g re ss in g t h ro u g h PR O G R E SA : A n Im pa ct A ss es sm en t o f a Sc ho ol Su bs id y E xp er im en t in R ur al M ex ic o," E co no m ic D ev elo pm en t an d Cultural Change 54(1): 2005, 237–275. ② Duflo, Esther, Rema Hanna, and Stephen P. R ya n, "In ce nt iv es W or k: G ett in g T ea ch er s to C om e to S ch oo l," A m er ica n E co no m ic Review 102(4): 2012, 1241–1278. 図1 2 段階 RCT デザイン 処置村 1T: 公立校・クー ポン非希望者 2T: 公立校・クーポ ン希望・落選者 3T: 公立校・クーポ ン希望・当選者 4T: 私立校・クー ポン非対象者 対照村 1C: 公立校・クー ポン非希望者 2C: 公立校・クーポ ン希望・落選者 3C: 該当者なし 4C:私立校・クー ポン非対象者 (出所)紹介論文。 16_途上国研究の最前線.indd 61 16/06/24 17:49

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