はじめに 1.農村職業教育の概念 2.農村職業教育の発展 2.1 1949年10月∼1978年十一回三中全会 2.2 1978年十一回三中全会∼1998年 2.3 1999年∼2013年 3.農村職業教育が直面する課題 3.1 農業専攻学生募集の困難 3.2 農村労働力移動のための職業教育 おわりに 参考文献 はじめに 2013年の中国では,総人口13億3607万人のうち6億2961万人が農村部 に住んでおり,農村人口は総人口の46.27% を占めている。中国政府は新中 国成立初期から農村・農民・農業の問題に注目している。農村経済発展のた めに,中国政府は農村教育を重視し,農村住民の教育レベルを引き上げるた め,識字教育,義務教育等を行ってきた。 中国において,農業は最も重要な基礎産業の地位を占めている。農業の発 展は国全体の経済発展に重要な役割を果たしている。したがって,農業発展 のためには,農業に関する専門の農業職業教育の実施が必要である。農業職 業教育を通じ,農業収入の増加と農民の所得水準の向上が期待される。一
中国における農村職業教育の展開と課題
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111方,1980年代以降,戸籍制度のある程度の緩和により,大量の農村労働力 が都市部へ移動している。大量の農村労働力の都市への移動は非農業収入の 増加につながっているものの,大部分の農村労働力は非農業関連の職業教育 を受けていないので,農民収入の増加に悪影響を与えている。更に,多くの 農村労働力が第二次産業と第三次産業部門に移動したことで,農業労働力の 不足問題が生じ,大量の耕地が荒廃しており,土壌劣化の問題が深刻であ る。この問題に対して,中国政府は農業関連だけでなく非農業関連の職業教 育も行っている。 中国政府は,以上のような課題に対応するために,農村職業教育の発展を 重視するようになってきた。ここでの農村職業教育は,農村で実施される農 業関連及び非農業関連の職業教育を指す。農村職業教育の実施,農民の非農 業職業技術の獲得,農業科学技術の普及,農民収入の増加に重要な役割を果 たしている。 中国の農村職業教育についての研究は日本では非常に少ない。陸(2000) は1980年代以降の農村職業教育の再編とその実態を,職業技術教育学校の 事例に即して検討する論文であるものの,農村職業教育の歴史的な発展に関 する研究ではない。中国では,劉・王(1992),李(1996),聞・楊(2000), 方・劉・傅(2009)が農村職業教育の発展について歴史的に整理し,説明し ている。しかし,統計データを用いて整理と分析を行った研究はほとんどない。 本稿では,中国における農村職業教育の発展を統計データを用いて歴史的 に整理し,農村職業教育を発展させる上での課題について検討する。具体的 には次の課題を明らかにする。 ①農村職業教育の対象,範囲及び概念 ②農村職業教育の発展と時代的な変化 ③現在における課題 1.農村職業教育の概念 農村で実施される職業教育に対して,中国では「農村職業教育」という言 112 桃山学院大学経済経営論集 第57巻第2号
葉が使われている。
農村職業教育(The Rural Vocational Education)は主に県あるいは県以 下の行政区域における職業教育であり,正規の職業教育と非正規職業教育か ら構成されている1) 。 農村職業教育の概念に関する研究において,よく認められている概念は次 のとおりである。湯生玲・曹曄(2006)は農村職業教育の概念について「あ る程度の普通教育の基礎上で,農村住民を対象にして,農業と第二次・第三 次産業における様々な職業・職場が需要する従業員に対して,職業知識・技 能を行う教育と訓練である。」と定義している。雷世平(2008)は「ある程 度の知識の基礎上で,農村における求職人員に対して,栽培・養殖・加工・ 運輸・サービス等に関する専門知識と職業技能を行う教育である。」という 定義を下している。 この2つの定義は,農村職業教育を農業の範囲に限らずに,農村職業教育 の範囲を農業から第二次産業と第三次産業に拡大しており,農村の余剰労働 力の移動のための職業教育・訓練も含んでいる。教育部は2011年に公布し た『教育部等九部門関于加快発展面向農村的職業教育的意見』により,以上 の定義を改めて明確にした。この『意見』によれば,農村職業教育には農業 職業教育と農村経済発展に有利な職業教育・訓練が含まれている。 総括して言えば,「農村職業教育」とはある程度の普通教育を基礎とし, 農村住民を対象にして,農業と第二次・第三次産業における様々な職業・職 場が必要とする職業知識・技能を習得させる教育と訓練である。 2 .農村職業教育の発展 本節では,中国の農村職業教育の発展を1949年10月∼1978年十一回三 中全会,1978年十一回三中全会∼1998年,1999年∼2013年の3つの期間に 1)1978年以前の農村職業教育は主に正規の学校教育だけであった。1978年以降, 特に1990年代以降の農村職業教育は正規の職業教育(全日制初級職業教育,中 等職業教育,高等職業教育)と非正規職業教育(職業訓練学校,短期技術訓練, 労働力移動のための職業教育,農業普及)から構成されている。 中国における農村職業教育の展開と課題 113
分けて,述べる。 2 .1 1949 年 10 月∼1978 年十一回三中全会 1949年新中国成立当初,教育制度は主にソ連を手本とした。職業教育に ついては,職業教育という名称は資本主義制度のもので,社会主義国家に適 応しないという意見が主流であり,職業教育を行っているのに,職業教育と いう名称をつけず,中等技術教育と呼ばれていた。 1951年10月に公布された『関于学制改革特的決定』によれば,中等技術 学校は工業,農業,交通運輸などの分野を中心に,国家建設の需要に応じて 必要な初級・中級技術人材を育成するため,小学校卒業生・初等中学校卒業 生を対象に募集している学校である。1952年教育部は中等技術学校の名を 統一的な名称「中等専業学校」(中等専門学校)とすることに決定した。 1953年,中国「一五」計画(1953年1957年)の実施につれて,工業発 展による技術人材への需要を増大し,中央政府が自ら或いは地方政府に依頼 して技工学校2) を創立し始めた。育成目標はある程度の現代技術操作技能と 基礎技術理論知識を備える中級技術工人である。1954年『関于改進中等専 業教育的決定』により,各種中等専業学校の修業年限が決められた。工業は 2)1953年に創立した時は「技工学校」と呼ばれ,1955年に「工人技術学校」と改 名した。1956年から現在までは,「技工学校」と呼ばれている。 図1 中等専業学校数(1949年1957年)(単位:校) 出所:『中国教育年鑑』(1949年1981年)より,作成 114 桃山学院大学経済経営論集 第57巻第2号
3∼4年,農業・林業・医学は3年,経済・会計は2.5∼3年である。この時 期の農業中等専業学校3) は主に県以上の農業部門に人材を供給した。中等専 業学校と技工学校の学生は卒業時,政府による「統一分配」制度により就職 することになっていた。 図1と 図2に 示 す と お り,中 等 専 業 学 校 は1949年 の1171校,在 校 生 22.9万人から,1957年には1320校,在校生77.8万人に増えてきた。その うち農業中等専業学校は1949年に107校,在校生21696人であったが, 1957年には173校,在校生99133人に伸びた。 「重工業」の復興に重点を置く「一五」計画4)を完成するために,この時 期の職業教育は工業を中心にしていた。中等専業学校での農業専攻の学生数 も増えてきたものの,主に県以上の地域に農業専門人材を育成していた。そ して,こうした人材を直接農村に送ることはほとんどなかった。 この時期,小学校から中学校への進学率が増えてきたものの,進学ができ 3)農業中等専業学校或いは工業中等専業学校等農業あるいは工業専攻のみを設置し ている学校だけではなく,主に農業或いは工業等の専攻を設置している中等専業 学校である。 4)中国政府は経済発展のために,ソビエト連邦に倣って五カ年計画を導入し,現在 も実施している。第一次五カ年計画は1953年1957年である。中国では「一五」 と略称している。 図2 中等専業学校と農業・工業専攻学生数(1949年1957年)(単位:万人) 出所:『中国教育年鑑』(1949年1981年)より,筆者作成 注:農業専攻は農業専攻と林業専攻を含む 中国における農村職業教育の展開と課題 115
あるいは ない学生はまだ多かった(表1)。そのうちの大多数は農村出身である。更 に,農業発展のために,大量の農業初級技術人材が必要であった。しかし, 農村に農業の専門学校は疎か,普通の中学校も少なかった。この背景下, 5)1958年に大躍進運動の開始とともに合作社の合併により組織され,生産手段の 公社所有制に基づく分配制度が実行される農業組織である。農村では,人民公社 と呼ばれる地区組織をひとつの単位とした社会の中でその全ての住民が生産,消 費,教育,政治など生活のすべてを行うようになった。 表1 全国小学校から中学校への進学率(1953年1955年) 出所:聞友信・楊金梅(2000)P.75 表2 農業中学の概要 5) 出所:教育部資料,及び江蘇省教育庁関連文献より,筆者作成 116 桃山学院大学経済経営論集 第57巻第2号
1958年3月江蘇省海安県双楼郷で双楼農業中学を設立した。この新たな職 業学校は進学問題と農業初級技術人材の不足問題をある程度解決できたの で,1958年4月から「海安経験」として,農業中学を全国的に普及させた。 農業中学は初級農業技術中学校であり,初級農業技術人材の育成を目的とす る。普通中学校の課程だけでなく,主に農業に関連する課程を設置している (表2)。 1958年から1960年にかけて,中国は「大躍進」6) 時期に入った。数量を重 視する教育部門は各種学校を現実離れした形で,大きく発展させた。農業中 学は1958年20023校,在校生200万人から1960年には22597校,在校生 230.2万 人 に 増 加 し た(図3)。農 業 中 等 専 業 学 校 は1264校,在 校 生 は 363242人になった。 1961年∼1963年の時期,教育部は中国政府による「調整,強固,充実, 向上」7) を徹底的に実行するため,数量より質を重視し,農業中学の数を大幅 に削減した。1963年には「4303校に減少した。在校生も1960年の230.2万 6)大躍進(Great Leap Forward,1958年1960年)は,中国が施行した農業・工 業の大増産政策である。毛沢東は数年間で経済的にアメリカ合衆国・イギリスを 追い越すことを夢見て実施した。結果は中国経済と教育を大混乱させた。 7)大躍進と人民公社運動によって破壊された経済秩序を回復するため,1961年1 月18日,中央が「調整,強固,充実,向上」と言う八字方針を出した。アンバ ランスを調整する,勝ち取った成果を確実なものにする,ボトル・ネック部門の 投資不足を補充する,品質と労働生産性などを向上するを意味している。 図3 農業中学数(単位:校)と学生数(単位:万人)(1958年1965年) 出所:『中国教育成就統計資料』(1984)より,筆者作成 中国における農村職業教育の展開と課題 117
人から30.8万人に減少した。1964年と1965年には,農業発展のために再 度,農業中学の規模が拡大された。1965年に農業中学は61626校,在校生 443.3万 人 で あ る。1958年∼1965年 の 間 に 農 業 中 学 を 卒 業 し た 学 生 は 1323.5万人である。大多数の卒業生は農村部の農業普及員あるいは村幹部 になり,農村経済発展に重大な貢献をした。農業中等専業学校も調整され, 1965年には144校,在校生は53781人に縮小した。 1966年から始まった文化大革命8)の時期に,職業教育は「ブルジョア主義 の産物」とされ,徹底的に破壊される対象になった。農業中学,技工学校は 撤廃され,あるいは普通の中学校に変更した。大部分の中等専業学校は廃 校,閉校となった。工業発展のために,少数の工業関連中等専業学校だけが 運営していた。1966年∼1976年の10年間に約500万人9) の中等専業学校お よび農業中学の学生を失い,中国の経済建設に重大な悪影響を与えた。 2 .2 1978 年十一回三中全会∼1998 年 1978年から,教育は平常に戻り,教育体制の改革,教育関連法律の制定 などが展開された。各レベルの学校は目覚しい発展を遂げた。特に,文化大 革命の時期に破壊された職業教育は回復し,さらに大きな発展期を迎えた。 1978年∼1998年の20年は中央政府の支持で農村職業教育が順調に発展した 時期である。 1977年に普通高校在校生は1800万人,卒業生は570万人である。大学へ の進学率は4.8% しかなかった10) 。大部分の学生は就職するしかなかった。 そうした卒業生を優秀な労働者として育成し,普通高校の発展と調整を図る ために,中等職業教育の復興と発展が必要となった。更に,進学がより厳し い農村部での農業中学の再開と発展も重要である。1980年代に中国政府は 8)文化大革命は1966年から1977年まで続いた,「封建的文化,資本主義文化を批 判し,新しく社会主義文化を創生しよう」という名目で行われた改革運動であ る。 9)聞・楊(2000)P.89 10)方・劉・傅(2009)P.81 118 桃山学院大学経済経営論集 第57巻第2号
県以下の教育は主に農村に奉仕すること,更に普通高校において職業コース の設置,あるいは普通高校を職業高級中学(以下職業高校),農業中学11) に 変更することを指摘した。更に農村向けの職業中学校12)の発展も指摘した13)。 こうして職業高校を中心とした農村職業教育が始まった。職業高校には中等 専業学校と技工学校の区別がある。主要な区別は卒業後の進路と専攻設置で ある。職業高校を卒業する学生には卒業後に就職する制度的なルートがな い。また,専攻は主に第三次産業関連を中心に設置されている(表3)。 職業中学14) は1980年から1998年の18年間に順調に発展している。1980 年の職業中学設立初年度,全国には職業中学3314校,在校生45.4万人がい 11)この時期からの農業中学は農業教育を実施している学校が少なく,大部分の農業 中学は名称だけそのままで,実際には普通中学校と同じである。1990年代以降, 農業中学の機能が殆どなくなって,一部の農業中学は普通高校も設置している。 12)職業高校と職業中学校を職業中学と呼ぶ。 13)中国国務院(1980)『関于中等教育結構改革的報告』,中国国務院(1985)『中共 中央関于教育体制改革的決定』 14)職業中学は職業中学校と職業高校を含む。 表3 職業高校と中等専業学校,技工学校の比較 出所:1980年代の教育制度より,作成 注:1.中等専業学校と技工学校の学制は基本的に3年であるものの,専攻により,中等専門学 校は3∼5年,技工学校は2∼3年とする。 2.「統一分配」制度は1990年代以降基本的になくなった。 中国における農村職業教育の展開と課題 119
た。10年の発展を経て,1988年には職業中学8954校,在校生279.4万人に 増加した。更に,1998年には職業中学の学校数と在校学生の数はそれぞれ 10074校と541.6万人に達した。1980年当時の職業中学の学校数と在校学生 数のそれぞれ約3倍と12倍に伸びている(図4)。 1986年以降,職業中学の発展の促進には2つの重要な要因があると考え られる。1つは,1986年6月国家教委,労働人事部『関于職業高校卒業生作 用的有関問題的通知』の公布と実施である。職業高校の卒業生は政府による 制度的な就職ルートがない(表3)。『通知』により,各地区各部門は従業員 を募集する時に,職業高校卒業生を優先的に採用するべきこととし,職業高 校に進学することを促進した。 もう1つの要因は中国における産業構造の変化である。職業高校は主に第 三次産業関連専攻を設置している。1978年に全国の第三次産業就業者割合 は僅か12.1% であったが,1986年には17.2% に伸びた。更に1998年には 倍以上の26.7% に達した。こうした中で大量の第三次産業関連人材が必要 となり,したがって,職業高校の第三次産業関連専攻設置は社会の発展ニー ズに合致した。このため,職業高校の卒業生の就職は容易であった。 あと図5と図6によると,この時期の中等専業学校と農業中等専業学校も 順調に発展している。そのうち,農業中等専業学校は1981年の352校,在 図4 職業中学学校数と学生数の推移(1980年1998年) 出所:『中国統計年鑑』より,作成 120 桃山学院大学経済経営論集 第57巻第2号
校生8.3万人から1998年の393校,在校生24万人に増加した。農業中等専 門学校の順調な発展は政府による「統一分配」制度と深く関わっていた。 1996年中国政府は『中華人民共和国職業教育法』を公布した。『職業教育 法』は初めて職業教育を法律として規定した。そのうちの第13条により, 中国の職業教育は初等職業教育,中等職業教育と高等職業教育から構成され ていることを明確にした。更に,同法により,農村職業教育の発展も明文化 図5 中等専業学校と農業中等専業学校の発展(1981年1998年)(単位:校) 出所:『中国統計年鑑』と『中国教育統計年鑑』より,作成 図6 中等専業学校と農業中等専業学校在校学生数の推移(1981年1998年)(単位:万人) 出所:『中国統計年鑑』と『中国教育統計年鑑』より,作成 中国における農村職業教育の展開と課題 121
された。 1980年代以降,農村経済の発展を促進するため,農村職業教育が重視さ れている。職業学校を中心にする正規職業教育がある一方,非正規職業教育 の側面で,農業発展のために,中国政府は「科教興農」15) という政策を打ち 出した。「科教興農」政策を実現するために,主に「三教統籌」制度が実施 されている。 「三教統籌」とは現地にある9年義務教育完全就学を中心とする普通教 育,中等職業学校からの職業教育,識字教育を中心とする成人教育が結合さ れ一体となって,農村経済発展を支える人材,農業人材育成を行う制度であ る。「三教統籌」制度は地域により,実施方式が違う。それは,現地の実情 にあった方式の実施が必要なためである。大部分の地方政府では次の2つの 方法が実施されている。1つは普通中学校の修学年限が3年から4年になり, 20% の農業基礎課程を設置する。卒業生の一部分は普通高校に進学,一部 分は農業中等専業学校に進学する。もう1つの方法は現地の農業中等専業学 校,農業部門の農業普及員を利用し,農民に農業知識の普及をする。「三教 統籌」は農村教育の発展と農業人材の育成に重要な役割を果たしている。 2 .3 1999 年∼2013 年 1999年,中国政府は中等職業教育機関の構成を調整し,教育資源を合理 化するという教育部の指示により,中等専業学校,職業高校と技工学校を合 わせた三位一体の中等職業教育システムを構築し,「中等職業学校」という カテゴリーに統一した。管理部門は前のままであるものの,育成目標,募集 対象,卒業証書,修学年限などは統一のものとなっている。「三校」16) は高素 質の労働者と初中級技術人材を育成目標として行っている。募集対象は中学 校卒業生であり,修学年限は全部3年である。卒業証書は学歴上の「中専」 15)「科教興農」とは先進の科学技術と教育により農業を興すことを意味する。1989 年『国務院関于依靠科技進歩振興農業加強農業科技成果推広工作的決定』と 1991年『中共中央関于進一歩加強農業和農村工作的決定』により打ち出された。 16)「三校」は中等専業学校,職業高中と技工学校である。 122 桃山学院大学経済経営論集 第57巻第2号
図7 中国の教育体制図 出所:教育部の資料より,筆者作成 (高校に同等)に統一する17) 。これ以降,中国の教育体制は図7のように なっている。 1999年以降,中国政府は農村職業教育の発展をいっそう重視している。 2000年に教育部は,産業構造の変化に合わせた中等職業学校専攻項目を発 表した。全部で13大類,270専攻である。専業技能に関する内容は470項 目である。専攻は農業,資源と環境,エネルギー,製造,交通,医学,ビジ ネス,文化等の関連内容に触れている。経済発展により,2010年に教育部 は新しい『中等職業学校専攻目録』を公布した。新たな『目録』は全部で 19大類,321専攻に増加した。そのうちの新しい専攻は85である。専業技 能に関する内容は920項目になった。教育関連専攻は新しく増加した内容で ある。新しい『中等職業学校専攻目録』は特に現代農村,農業発展に応じ て,新しい専攻を増やしている。そして,第一次産業の農業に関する専攻は 32である。農業に関する専攻は,例えば,観光農業経営,現代農業技術, 農村環境観測,農産物のマーケティングと保存運輸,農業機械の使用と修理 17)中国教育部(1999)『面向21世紀教育振興行動計画』 中国における農村職業教育の展開と課題 123
等である。第二次産業に関する専攻は122,第三次産業に関する専攻は167 である。第一次産業に関する専攻と合わせ,それぞれの割合は10%,38% と52% である。 更に2009年から,中等職業学校全日制在校生中,農村部出身の家が貧し い学生および農業関連専攻の学生の学費を徐々に免除していくことが決定さ れた。学費免除の基準は各省・自治区・直轄市政府が承認した学費基準に 従って決める。学費免除で学校の収入が減った部分は,財政からの補助およ び学校・企業提携や生徒の実習によってまかなわれる。学費免除のための補 助金は,中央の財政と地方の財政が一定の比率で分担する。中等職業学校 1,2年生の90% が毎年国から1500元の補助金を受けられることになった。 中国政府は中等職業教育の発展のために,様々な政策,制度等を実施して いるものの,中等職業教育の発展の全体を見ると,十分に発展していない。 図8と図9を見ると,中等職業学校(中等専業学校,職業高校と技工学 校)の学校数は1999年に16377校,在校生は1134.3万人である。普通高校 の学校数と学生数はそれぞれ14127校,938万人である。1999年までは,中 等職業学校の発展が普通高校より速かった。これは1978年から1998年まで の中等職業教育の発展に重点を置いた政策と中等職業学校(職業高校を除 く)の卒業生に対する政府による「統一分配」制度の実施と深い関係があ る。 しかし,2000年以降,中等職業教育は発展しているものの,普通高校よ り,遅れている。2009年∼2011年には,中等職業学校全日制在校生中の農 村部出身の貧困家庭出身学生および農業関連専攻学生の学費の免除制度の実 施により,中等職業学校の在校学生数が一時増加したものの,2012年から また下がってきた。中等職業学校数は1999年から減少する傾向が続いてい る。2013年現在,全国にある中等職業学校数は10726校しかない。在校学 生は1536.4万人に達したものの,同年の普通高校在校学生数の2435.9万人 に比べ,優位性はなくなった。普通高校の数は少し減少したものの,在校学 生数は全体に順調に伸長している(図8と図9)。 124 桃山学院大学経済経営論集 第57巻第2号
農業専攻の発展が重視されているものの,第一次産業の農業専攻在校生の 数は第二次産業と第三次産業関連専攻在校学生より,少ない。(図10) 「三教統籌」はこの時期に新しい使命を担っている。それは農村労働力の 移動のための職業教育の展開と農村貧困削減である。1999年6月国務院公 布の『中共中央国務院関于深化教育改革全面推進素質教育的決定』により, 普通教育,職業教育と成人教育の「三教統籌」の発展を促進させること,更 に,農村職業教育の内容が貧困地区,特に貧困農村の経済発展の実情にあう べきであることを指摘した。2003年9月に国務院は「三教統籌」が三農問 題を解決する重要な手段と指摘した。2005年『国務院関于大力推進職業教 図8 高校段階各種学校数の推移(1999年2013年)(単位:校) 出所:『中国統計年鑑』より,作成 図9 高校段階各種学校在校生の推移(1999年2013年)(単位:万人) 出所:『中国統計年鑑』より,作成 中国における農村職業教育の展開と課題 125
育改革与発展的決定』により,中等職業教育に重点を置いて発展させること とした。さらに同決定により,貧困農村と西部地区における職業教育の発展 は今後の重点課題であり,現代農業の発展と経済構造変化に対応し,三教統 籌を行い続けること,農村労働力への職業教育を大幅に展開すること,農村 職業学校による農村実用人材の養成を今後の重要な工程として実施するべき ことなどを指摘した。 3 .農村職業教育が直面する課題 農村職業教育は,国家政策の支持により発展しているにもかかわらず, 様々な課題も残っている。主に次の課題である。 3 .1 農業専攻学生募集の困難 2011年の中等職業学校の在校生の総人数は1774.9万人であり,そのうち 農業専攻の在校生は226万人である。650万人の学生を募集したものの,農 業専攻の学生の募集は85.4万人であった。2013年の中等職業学校の在校生 図10 中等専業学校における各産業関連専攻在校生の推移 (単位:万人) 出所:『中国統計年鑑』より,作成 注:1999年∼2008年のデータは中等専業学校における産業別学生数である。2009年から, 中国政府統計データは中等職業学校全体を対象に産業別学生数を統計しているの で,2009年∼2013年のデータは中等職業学校産業別学生数である。 126 桃山学院大学経済経営論集 第57巻第2号
の総人数は1774.9万人であり,そのうち農業専攻の在校生は172.2万人し かいない。541.3万人の学生を募集し,2011年より,108.7万人が減少し た。農業専攻の学生は46.7万人しか募集していない(表4)。 中等職業学校の募集,特に農業専攻の学生の募集が難しくなってきた。そ の原因は次のようにあると考えられる。①1999年から,中等職業学校の卒 業生に対する「統一分配」制度が廃止され,卒業生は自分で就職先を探すこ とになった。②経済の成長により,住民の収入と生活水準が顕著に向上して きた。その個人収入と生活の質の向上も人々の高等教育学校への進学意欲を 高めた。多重なニーズからの強い圧力を受けて,高等教育は拡大を余儀なく された。1999年から,高等教育学校に対する「拡招」18) 政策が実施されてい る。その結果,普通高校への進学率が高くなった。2013年に普通高校への 進学率は91.2% に達した(図11)。③「学歴至上」の社会意識が形成され 18)高等教育学校の学生の募集を拡大するという意味である。 表4 中等職業学校農業専攻学生状況 (単位:万人) 出所:『中国統計年鑑』(2000年2014年)より,作成 図11 普通高校の進学率(1999年2013年)(%) 出所:『中国教育統計年鑑』より,作成 中国における農村職業教育の展開と課題 127
ている。職業学校は「技術労働者」を養成する所であるという意識を持って いる者が多くなった。したがって,職業学校が軽視されるようになってき た。④経済産業構造の変化は第一次産業から第二次産業・第三次産業に中心 を移した。産業構造の変化につれて,農業収入が低くなり,非農業収入の割 合が増えてきた。このため農業専攻は魅力を失った(表4)。 3 .2 農村労働力移動のための職業教育 1999年以降中国が直面している経済社会の構造的矛盾は比較的大きく, 経済成長率の下降傾向は明らかで,産業転換や高度化への圧力が大きい。中 国の経済社会の構造的矛盾は多くの分野で現れている。その中で,「三農問 題」19) は矛盾の核心的位置にあるということができる。三農問題の主要な問 題点は農村と都市の所得格差,農業の低生産性,及び農村労働力の移動問題 である。1999年から,戸籍制度の緩和により,大量の農民が大都市へ移動 していった。1999年の農民の出稼ぎ者は5203万人,それから毎年増加し, 2013年には2億6894万人に達し,1999年の約5倍に増加した(図12)。 このため,中国政府は農村労働力の移動のための職業教育に重点を置いて いる。特に,県級中等職業学校の役割を重視している。2001年から『教育 部関于中等職業学校面向農村進城務工人員開展職業教育与培訓的通知』,『関 于大力推進職業教育改革与発展的決定』,『関于組織農村労働力転移培訓「陽 19)三農問題とは,農業の低生産性,農村の荒廃,農民の貧困である。 図12 農村の出稼ぎ者推移(1999年2013年)(単位:万人) 出所:国家統計局『全国農民工監測調査報告』(各年版)より,作成 128 桃山学院大学経済経営論集 第57巻第2号
光工程」的通知』,『関于組織制訂推進職業教育発展専項建設計画的指導意 見』等の農村労働力の移動と職業教育に関する規定が実施されている。しか しながら,国家統計局によると,2013年に農業職業教育を受けた割合は 9.3% であり,非農業職業教育を受けた割合は29.9% しかない。政策実施 の効果は十分に出ていないと言える。この結果を農村労働力から見れば,職 業教育に参加する積極的な意義が低いと考えられる。もし職業教育を受けた ら,職業教育を受ける期間は収入がなく,更に教育の費用,生活の費用もか かる上に,教育の終了後期待された収入がもらえるかどうかも未知である。 また,実施する職業教育の内容が社会あるいは個人に合わないこともある。 職業教育を受けても,希望通りの就職ができるかどうかという問題もある。 おわりに 農村職業教育の対象は1978年まで,主に学校に在学する学生であった。 実施教育機関は農業中等専業学校と農業中学である。1980年代の農村職業 教育はまだ学校の学生を中心に行っていた。実施機関は農業中等専門学校, 職業中学となっている。1990年代以降,沿海地区の経済発展により大量の 農村労働力が都市部へ移動した。そのため,農業現代化の発展,普及と農民 の非農業部門の就業,農民収入の増加を目的として,農民に対する職業教育 を行っている。農村職業教育の対象はただの学生ではなく,農村住民全体が 対象となっており,実施機関は各種中等職業学校に拡大された。 また,農村職業教育の内容は,1978年以前は全て第一次産業の農業を中 心にしていた。1980年代以降,改革開放により第二次・第三次産業のGDP に占める割合の増加により,農村職業教育の内容は農業から第二次・第三次 産業に関する専攻に拡大した。2000年代以降,中国政府は「三農問題」を 重視し,この問題を解決するために,農業職業教育を実施し続けていると同 時に,農村移動労働力に対する非農業職業教育の内容にも重点を置いてい る。 農村職業教育の発展から見ると,農村職業教育の定義は,1990年代以降 中国における農村職業教育の展開と課題 129
次第に形成されてきたことも明らかにした。 農村職業教育が発展しているにもかかわらず,様々な課題も残っている。 本稿では,①学生募集の困難,②農村労働力移動ための職業教育,の2つの 課題をあげた。 現在,普通高等教育募集拡大政策の実施,職業教育の軽視等により,職業 教育,特に農業関連専攻の魅力が次第になくなってきている。このままで は,さらに農業専攻の学生数が減っていく可能性が高い。したがって,現代 農業の発展のために,農村に対する農業職業教育について何らかの措置が必 要である。 また,2000年以降,中国政府は農村労働力移動のために,様々な政策を 打ち出した。特に中等職業学校による農村労働力移動のための職業教育の実 施に重点を置いている。しかし,具体的な実施形式が地域と学校により違 う。そうした実施の効果についての検討も必要である。 参考文献 日本語文献 陸素菊「中国における農村職業教育の展開:農村職業技術教育学校の若干の事例に即 して」『産業教育学研究』,2000年 中国語文献(ピンイン順) 方展画・劉輝・傅雪凌『知識与技能─中国職業教育60年』浙江大学出版社,2009年 雷世平『新農村建設与農村職業教育創新研究』長沙航空職業技術学院,2008年 湯生玲・曹曄『農村職業教育導論』高等教育出版社,2006年 劉春生・王虹『農村職業教育学』高等教育出版社,1992年 李守福『農村職業教育』北京師範大学出版社,1996年 聞友信・楊金梅『職業教育史』海南出版社,2000年 『中国教育成就統計資料』人民教育出版社,1984年 中国国務院『関于学制改革特的決定』,1951年 中国国務院『関于改進中等専業教育的決定』,1954年 中国国務院『関于中等教育結構改革的報告』,1980年 130 桃山学院大学経済経営論集 第57巻第2号
中国国務院『中共中央関于教育体制改革的決定』,1985年 中国国務院『中華人民共和国職業教育法』,1996年 中国国務院『中共中央国務院関于深化教育改革全面推進素質教育的決定』,1999年 中国国務院『関于大力推進職業教育改革与発展的決定』,2002年 中国国務院『国務院関于大力推進職業教育改革与発展的決定』,2005年 中国教育部『面向21世紀教育振興行動計画』,1999年 中国教育部『教育部関于中等職業学校面向農村進城務工人員開展職業教育与培訓的通 知』,2001年 中国教育部『関于組織制訂推進職業教育発展専項建設計画的指導意見』,2004年 中国教育部『中等職業学校専攻目録』,2000年 中国教育部『中等職業学校専攻目録』,2010年 中国教育部『教育部等九部門関于加快発展面向農村的職業教育的意見』,2001年 中国教育部発展規劃司編『中国教育年鑑』,各年版 中国教育部編『中国教育成就統計資料』,1984年 中国国家統計局『中国統計年鑑』,各年版 中国国家統計局『全国農民工監測調査報告』,各年版 (りゅう・ひ/経済学研究科博士後期課程/2015年6月25日受理) 中国における農村職業教育の展開と課題 131
Development and Issues of Rural Vocational Education
in China
LIU Fei
Agriculture plays an important role as a basic industry in China. Its development has a great influence on the growth of the whole country s economy. Since 1980s, with the development of Reform and Opening up and the relax of restriction in the household registration system, a mass of rural labor have moved to the cities. Although these people, in some degree, increase their income, they get little corresponding vocational education, which seriously affects the increase of income. In order to solve the agricultural problems including non-agricultural income of peasants, Chinese government has attached a great importance to the rural vocational education and implemented agricultural and non-agricultural vocational education. This article systematically discusses the development of Chinese rural vocational education and its current issues.