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中国の辺境を歩く (フォトエッセイ)

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Academic year: 2021

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中国の辺境を歩く (フォトエッセイ)

著者

森永 正裕

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

186

ページ

33-36

発行年

2011-03

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004294

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カシュガルの寺院で観光客向けのラクダを操る男の子 カシュガルの寺院で観光客向けのラクダを操る男の子 内モンゴル自 治区 イグル自治区 新疆ウイグ ロシア モンゴル 満洲里 ゴビ砂漠 敦 煌 ウルムチ チョチェク チョ サリム湖 グルジャ ボルゴス タリム盆地 (タクラマカン砂漠) カシュシュガル カザフスタン 天 山山山山 山山 脈脈 崑 崑 山 山 脈脈 ウルムチからグルジャへ向かうプロペラ機

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アジ研ワールド・トレンド No.186 (2011. 3)

中国の辺境を歩く

写真・文

森 永 正 裕

■ フォトエッセイ ■

新疆ウイグル自治区∼ウルムチからホル ゴス、チョチェク、カシュガル∼   筆者が駐在していた上海から新疆ウイグ ル自治区の区都ウルムチまで飛行機でおよ そ四 ・ 五時間 、東京までの約二倍の距離が ある。航路のウルムチ寄り半分は一面の褐 色世界。甘粛省と内モンゴル自治区の境目 を飛ぶので、眼下に見えるのはゴビ砂漠と いうことになる。   上空一万メートルから見下ろすと、人類 の生活の営みはおろか、緑色も、水も、生 命の痕跡すら視界に入ってこない 。﹁ここ に一人で降りたら生きてゆけないな﹂と 思って眺めていると、時おり 〝 筋 〟 が見え る。道路だ。古のシルクロードの真上を飛 んでいることに気付く。古代でさえ、この 土地を人類は往来していたのである。人類 のちっぽけさと偉大さを併せて感じ得るフ ライトだ。 ︿ウルムチ﹀   ウルムチ空港へ降り立つ。同行する 〝 ウ イグル初体験 〟 の中国人は、あたかも異国 へ舞い降りた心持ちでウイグルの玄関口に 降り立つが、市内へ繰り出す彼らから異口 同音に発せられるのは 、﹁やっぱりここも 中国か﹂という、やや失望を含んだ台詞で ある。人口構成を見ると自治区全体ではウ イ グ ル 族 が 約 四 五 % 、 漢 族 が 約 四 一 % ︵二〇〇〇年人口調査︶だが 、ウルムチ市 では七割以上が漢族 。人口約二五〇万人 、 区都として、中央アジアとの貿易拠点とし て近代都市と化したウルムチを訪れる中国 人は、異国情緒への期待を裏切られること となる。   市中心部のバザールの中央に塔が立って

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上海からウルムチへ向かう機中より。生命の痕跡すら見えない褐色の世界 イスラム寺院を見下ろす。 イスラム寺院を見下ろす。 礼拝するイスラム教徒と瓦礫の散らかる屋根上に複雑な感慨 礼拝するイスラム教徒と瓦礫の散らかる屋根上に複雑な感慨 サリム湖へ向かう山道で羊飼いに遭遇。バスはしばらく立ち往生 アジ研ワールド・トレンド No.186 (2011. 3)

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いる。塔の天辺から隣接するイスラム寺院を見下ろす と、数百人はいようか、正面入口前の歩道に座り込む 人の群れ。平日昼間にもかかわらず多くのイスラム教 徒が礼拝している 。﹁仕事はどうした ? ﹂という疑問 と同時に、宗教や信仰というものと生活との密着度を 肌で感じる。それより、下から見上げると荘厳なイス ラム寺院も、上から見下ろすと屋根上に散乱する瓦礫 の山。仰々しい金色の玉葱とのアンバランスに少し興 醒めする。 ︿サリム湖・ホルゴス﹀   ウルムチでプロペラ機に乗り換えて西へ一時間、イ リ・カザフ自治州の州都グルジャ︵伊寧︶からさらに バスで三時間、カザフスタン国境の街ホルゴスへ向か う。途中やや北に道を逸れ、天山山脈の山道を登るこ と一時間、標高二〇〇〇メートルの山あいに雄大に広 がるサリム湖に立ち寄る。湖畔の草原は、現在もカザ 標高2000mに位置するサリム湖。湖畔は現在もカザフ族の遊牧地となる

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ホルゴス国境で通関を待つトラックの列。 遠方の白い建物はカザフスタン側施設 ホルゴス国境自由貿易区の 立派な 国際貿易センター ホルゴス国境自由貿易区の 立派な 国際貿易センター 塔城市の国境ゲート「巴克図口岸」 カシュガルの観光名所で土産を売る女性たち 塔城市国境ゲートからカザフスタンを望む。 カザフスタン側の道は未舗装 フ族の夏の遊牧地として羊やラクダを育んでいる 。〝 カ ザフ 〟 の語源は 〝 放浪人 ・自由人 〟 という意味だそうだ 。 サリム湖へ向かう山道では羊飼いの一群に出くわし、バス が一五分間ほど立ち往生した。大自然のなかで自由に放浪 しながら暮らす遊牧民の空気に触れた寄り道であった。   ホルゴスは隋唐代よりシルクロード天山北路の要衝と して栄えた歴史ある街だ。現在でも陸路貿易では自治区 最大の通関量を誇る。ホルゴスからカザフスタンに抜け る貨物の多くは、遠くヨーロッパまで運ばれる。シルク ロードの要衝は今もその役割を果たしている。   国境付近に巨大なデパート風の建物。中国初の自由貿 易区に設けられた貿易センターだ。筆者が訪れたのは完 成後間もない頃。建物のなかには工芸品、伝統衣装、皮 革製品などの商店が軒を連ねるが、客の姿はほとんどな い。上海協力機構のプロジェクトとして鳴り物入りで開 発された自由貿易区だが、巨大デパートの閑古鳥ぶりを 見ると、他人事ながら心配になる。 ︿チョチェク︵塔城︶   ホルゴスから北東へ直線距離で約三五〇キロメート ル 、 山脈を二つ越えると同じくカザフスタン国境の街 チョチェク市だ。自動車で山を越えて向かうと数日を要 するため、実際はウルムチ経由で飛行機を乗り継ぐ。新 疆ウイグル自治区北部は 、砂漠が広がる南部と異なり 、 気 候 は 比 較 的 湿 潤 で 森 林 地 帯 も 多 く 美 し い 土 地だ。 これまでチョチェ ク を 訪 れ た 日 本 人 は ど れ く ら い い る の だ ろ う か。 緑豊かな静かな街の 国境に立ち、 遥かなる中 央 ア ジ ア の 大 地 に 向 き 合う。   街 の 中 心 か ら 一 五 分 程で国境に着くが、 そこ ま で 舗 装 さ れ て い た 道 路もカザフスタンに入ると未舗装のようだ。たかだか舗 装の有無でも国境でそれを目にすると 〝 経済 〟 とか 〝 政 策 〟 とか、 国と国との差異という大きな話に思いが巡り、 その心境がまた我ながら滑稽でもある。 ︿カシュガル﹀   ウルムチから南西へ飛行機で約二時間、中国最西端の 街カシュガルまで足をのばす。タクラマカン砂漠が広が るタリム盆地の西南端に位置し、周囲の山々からもたら される豊富な水資源に恵まれたこのオアシス都市は、シ ルクロードの要衝として古くから栄えた。敦煌で﹁天山 南路﹂と﹁西域南路﹂に分かれるシルクロードはカシュ ガルで再び交わり、南はペシャワール、西はサマルカン ドへと通じる。まさに交通の要衝であり、この地には一 度ならずトルコ系の王朝が成立した。   ウルムチとはうって変わる異国情緒に、同行した中国 人も大喜び。カシュガルは伝統的イスラム教徒のトルコ 系ウイグル族が人口の八割を占める。喜ぶ中国人を尻目 に 、﹁ここも中国の一部か⋮ ⋮ ﹂ と 、その国土の広大さ に驚愕する。 ウイグルの生活のなかで使われる時間は 〝 北 京時間 〟 と 〝 新疆時間 〟 の二通り。時差は二時間。時間 の話をすると 、﹁北京時間か ? ﹂ と確認される 。北京時 間で言えば日が暮れ、空が暗くなり始めるのは午後一〇 時過ぎ。夕食を終え午後九時過ぎにほろ酔い加減で店を

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自動車修理工場にはロシアナンバーの車が並ぶ 満洲里の鉄道国境ゲート。奥がロシア側のゲート 国境ゲート上よりロシア側を望む。 下は石標の置かれた緩衝地帯内の撮影スポット 国境の石標。奥の監視塔はロシア側のもの もりなが まさひろ/アジア経済研究所 研究企画課 2006年8月∼2010年10月 ジェトロ上海センター勤務 街外れの丘から満洲里を望む。街の向こうはロシア アジ研ワールド・トレンド No.186 (2011. 3)

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出ても空は真昼の明るさ。不思議な体験である。 ●内モンゴル自治区∼満洲里市∼   北京から更に北へ飛行機で約二時間、内モンゴル自治 区の北端に位置するロシア国境の街、満洲里市に降り立 つ。人口約二〇万人、住民の三割はロシア人、残りのほ とんどがモンゴル族である。空港から車で草原を抜けて 市内に入り 、一五分も走ると反対側の草原に抜け出る 。 とても二〇万人も住んでいるとは思えないこの小さな街 は、中国最大の陸路交易都市だ。   市内で最も大きな建物は税関である。中露貿易の実に 六割が通過するこの街の税関は、全国四一箇所の第一級 税関︵税関総署直属︶のうち、唯一﹁県級市﹂に設置さ れた税関だ。中国からの輸出は衣料品や工業部品、ロシ アからの輸入は木材原料が主である。街の南東側には市 街区とほぼ同面積の木材加工地区があり、輸入原木はこ こで材木に加工され中国全土に送られる。広大な自動車 修理地区には、ロシアナンバーの自家用車が並ぶ。部品 調達が難しいロシアから国境を越えて修理に来るのだそ うだ。   街の北西の外れにロシアとの国境ゲートがある。ゲー トは鉄道と道路の二箇所。鉄道ゲートは観光地化してお り、料金を払ってゲート付近まで入場すると石標の置か れた緩衝地帯まで踏み込める。前方には銃を持ったロシ ア兵の立つ監視塔が間近に見える 。﹁この鎖を飛び越え ると撃たれるのか ? ﹂ と 、あらぬ興味も湧き出てくる 。 要注意だ。   ﹁今自分が立っているのは 〝 あの 〟 中国とロシアの境 目だ﹂ と思うとむやみに緊張してくる。遙か向こう側に、 そして遙かこちら側に、日本とは比較にならない広大な 中国とロシアという国土が広がっているのだ。   ﹁国境﹂ ﹁民族﹂ 、いずれも世界では当たり前の現実で あるが 、多くの日本人にとってはなじみの薄いものだ 。 筆者とて三〇歳代半ばにして初めて国境線に立った。   振り返って今の日本。海の国境が騒がしく隣国の軍事 的脅威が指摘され、そして政府の外交戦略には国民から 疑問と不安の声が叫ばれる。日本人の国際感覚が世界の 〝 当たり前 〟 と掛け離れている事実は 、多民族が混在す る街や 、国と国の境目に立てば容易に肌で感じ取れる 。 中国は有史以来、広大な国土、長大な国境線と多くの隣 接国を有し、内にも外にも多数の民族が入り乱れてここ まで来た。日本より外交が一枚も二枚も上手であっても 不思議はない。

参照

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