日本の社会とカタカナ表記
五十嵐 優 子
1.はじめに
日本語にはカタカナで表記される単語がたくさんあるが、これらは大きく三 つに分けられる。一つ目として外国語からの借用語が挙げられるが、中国語以 外からの借用語がカタカナで表記されることはよく知られている。またカタカ ナは擬態語/擬声語の表記にも使われ、漢語と和語に異なったニュアンスを持 たせて表記する時にも使用される。この三つ目の使い方の例として、次の文を 見てみよう。「私はシンブンを駅で買った」という文の「シンブン」という部 分は漢語を意図的にカタカナで表記しており、これにより「新聞」という単語 に漢語で表記した場合とは異なったニュアンスを持たせている。 このようにカタカナには文字表記をする上でいくつかの機能があり、そのた めカタカナで書かれた単語は日本語の文章中によく使われていると考えられる が、ではこれらの単語はどのような割合で外来語として表出し、どのような割 合で単語に異なったニュアンスを持たせるために使用されているのだろうか。 これに関するデータとしては、野村(1980)と国立国語研究所(2006b)が雑 誌の語彙調査を実施し、その結果を公表しているが、 様々なメディア媒体を対 象にした調査は、斎賀(1955)が実施したもの以外ほとんど存在していない。 日本には、様々な世代や性別をターゲットにした雑誌がいろいろと販売されて いるが、これらの文字表記の仕方はその購買層の違いから新聞や他のメディア 媒体とは異なっていると考えられる。筆者は、上記疑問に答えるため及び「メ ディア媒体の違いによりカタカナの使い方に違いがみられる」という推測が正 しいとこを示すため、雑誌・新聞・テレビコマーシャルの語彙調査を実施した。 本稿では、上記語彙調査の結果をもとにカタカナの使われ方を明らかにし、そ こから現代の日本社会における文字使用の特徴と問題点を示していきたい。カタカナの使用状況を調査するため、日本で出版されている雑誌・新聞とテ レビで放送されているコマーシャルでの文字表記を調べた。語彙調査をするに あたりどの雑誌と新聞を調査するかということが問題となってくるが、この点 に関しては先行研究(斎賀、1955、国立国語研究所、1962)を参考に下記の雑 誌 9 誌を選択した。調査に使用した雑誌は、全て2005年に出版されたものであ る。 表 1 .調査対象雑誌 雑 誌 名 発行された年月日 出版社 1 ラピタ(男性のホビー誌) 2005年 1 月号 小学館 2 メンズノンノ(男性ファッション誌) 2005年 7 月号 集英社 3 和楽(女性のホビー誌) 2005年 3 月号 小学館 4 モア(女性ファッション誌) 2005年 8 月号 集英社 5 今日の料理 2005年 7 月号 日本放送協会 6 趣味の園芸 2005年 7 月号 日本放送協会 7 サピオ(政治経済誌) 2005年 2 月23日号 小学館 8 本の窓(本紹介雑誌) 2005年 1 月号 小学館 9 CREA TRAVELLER(旅行雑誌) 2005年 3 月号 文芸春秋 この調査では新聞のカタカナの使い方も調べることとし、調査媒体として朝 日新聞・毎日新聞・読売新聞の 3 誌の2005年 7 月16日付け朝刊を用いた。テレ ビコマーシャルは2002年に国際交流基金が海外での日本語学習者用に制作した ビデオに収録されたものを使用し、画面に現れている単語の文字表記を調べた。 この中には37本の日本国内のテレビで放映されていたコマーシャルが収録され ており、これらは全て日本の広告業界で賞を受賞したものである(Japanese Language Institute of the Japan Foundation, 2002)。
2.調査の方法
雑誌・新聞・テレビコマーシャルにおけるカタカナ語彙調査では、先行研究 である斎賀(1955)の調査方法を参考にデータを収集した。まず語彙調査で問
題となるのは単語の分割方法であるが、斎賀(1955)は国立国語研究所が様々 な語彙調査に使用しているβ単位を使用しているため、本研究もそれに従っ た。この方法によると、例えば「国語研究所」は「国語/研究/所」と三つの 単語に分けることとなり、「私は」という句は「私/は」と二つに分けること になる。 この単語分割方法を使い雑誌 9 誌・新聞 3 誌・テレビコマーシャル37本から 単語を収集した。単語は各雑誌・新聞の 3 ~ 5 頁から約1,500語を抽出し、こ れを四つの文字タイプ別の単語(カタカナ語・漢字語・ひらがな語・その他 (アルファベットと数字))に分けた。本調査では、カタカナ語をカタカナのみ 及びカタカナとその他の文字(漢字またはひらがな)で構成された自立語を指 すものとし、漢字語を漢字のみ及び漢字とひらがなの送り仮名で構成された自 立語、ひらがな語をひらがなのみで表記された自立語として分類した。またカ タカナ語は(1)外来語、(2)漢語、(3)和語、(4)擬態語/擬声語、(5)混 種語1、(6)固有名詞の六つの種類に細分し、これらをコンピューターのデー タベースに入力していった。テレビコマーシャルの単語に関しては、話されて いる言葉ではなく画面上に現れている単語のみを分析対象とした。コンピュー ターのプログラムはカナダのブリティッシュ・コロンビア州にあるビクトリア 大学の The Humanities Computing and Media Centre に所属する Martin Holmes 氏 に作成してもらい、全てのデータは同大学の本調査専用ウェッブサイト(http:// www.tapor.uvic.ca/cocoon/katakana/index.xq.) に掲載されている。
3.調査結果
3.1.三つの媒体(雑誌・新聞・テレビコマーシャル)全体としての結果 本調査では総数22,612語の単語を三つのメディア媒体(雑誌・新聞・テレビ コマーシャル)から抽出した。下記の表は全抽出語をカタカナ語・漢字語・ひ らがな語・その他(アルファベットと数字)の別に分けてその語数とパーセン テージを記したものである。表 2 .各文字による単語数とパーセンテージ 単語数 パーセンテージ カタカナ語 2,928 12.95% 漢字語 13,868 64.33% ひらがな語 4,927 21.79% その他 889 3.93% 合計 22,612 100% この表が示す通り、全調査対象媒体の中で漢字語(64.33%)が最も多く使 用されており、ひらがな語(21.79%)、カタカナ語(12.95%)の順になってい ることがわかる。 次に全2,928カタカナ語の中で「外来語」と「その他のカタカナ語」がどの ような割合で使われているのかを見てみた。その他のカタカナ語とは、漢語・ 和語・擬態語/擬声語がカタカナで表記されたもので、表 3 がその内訳を示し ている。 表 3 .カタカナ語における外来語とその他のカタカナ語の割合 単語数 パーセンテージ 外来語 2,667 91.09% その他 (漢語・和語・擬態語/擬声語) 261 8.91% 総カタカナ語 2,928 100% 表 3 から、全カタカナ語の内のほとんどが外来語であることがわかる。しか し、この表はまたカタカナ語の中には外来語以外の単語もカタカナで表記され ていることを明らかにしている。 3.2.各媒体における調査結果 次に媒体別でカタカナ語の使い方が違うのかどうかを見てみた。下記の表は 雑誌・新聞・テレビコマーシャルに使用されているカタカナ語・漢字語・ひら がな語の単語数と割合を示したものである。
表 4 .各媒体別のカタカナ語・漢字語・ひらがな語の割合 雑誌 新聞 テレビコマーシャル 単語数 % 単語数 % 単語数 % カタカナ語 2495 15% 298 5.7% 135 17.4% 漢字語 9709 58.4% 3758 72.2% 401 51.5% ひらがな語 3820 23% 949 18.2% 158 20.3% その他 607 3.7% 198 3.8% 84 10.8% 合計 16631 100% 5203 100% 778 100% この表から、新聞がカタカナ語を最も少ない割合で使用し、テレビコマー シャルが最も多い割合で使用していることがわかる。また、テレビコマーシャ ルのカタカナ語の使用状況は、雑誌と似たような割合を示していることもわかる。 本調査では、各メディア媒体でカタカナがどのような単語を表記するのに使 用されているのかを調査するため、カタカナ語を下記の六つの区分に分けた。 (1)外来語 (2)漢語 (3)混種語 (4)擬態語/擬声語 (5)固有名詞(名前や地名) (6)和語 下記の表は本調査で抽出した雑誌・新聞・テレビコマーシャルで使用されて いる全カタカナ語(雑誌:2,495語、新聞:298語、テレビコマーシャル:135 語)を上記の六つの区分に分け、その各単語数と割合を示したものである。 表 5 .各媒体でのカタカナ語の使われ方の割合 雑誌 新聞 テレビコマーシャル 単語数 % 単語数 % 単語数 % 1 外来語 2272 91.1% 286 96% 109 80.7% 2 漢語 24 1% 1 0.3% 4 3% 3 混種語 2 0.1% 0 0% 4 3% 4 擬態語/擬声語 42 1.7% 0 0% 3 2.2% 5 固有名詞 16 0.6% 2 0.7% 0 0% 6 和語 139 5.6% 9 3% 15 11.1% 合計 2495 100% 298 100% 135 100%
この表から、日本語では外来語だけでなくその他の単語もカタカナで表記さ れることがあること、テレビコマーシャルで漢語と和語がカタカナで表記され る割合が最も多く、新聞では最も少ない割合となっていることが示された。ま た、全カタカナ語の内で新聞が外来語を最も多い割合で使用し(95.97%)、テ レビコマーシャルが最も少ない割合で使用している(80.74%)こともわかる。 以上のことから媒体によって単語の表記の仕方が違っていることが明らかに なった。 次に、カタカナ表記による外来語にはいろいろな単語が含まれていると考え られるため、本調査では外来語を五つのグループに分けてデータを取った。下 記がその内訳である。 (1)和製英語 (2)英語からの借用語 (3)英語以外の外国語からの借用語 (4)固有名詞(外国の人名、地名、製品名等) (5) 借用語の短縮型(例:パソコン(パーソナル・コンピューターの略)、 アイス(アイスクリームの略)) 上記外来語の 5 種類のうち、本稿では和製英語を日本人が英単語を使って作 成した日本独自の単語(例:ドクターストップ)及び英語本来の意味とは異 なって使用されている単語(例:マンション)として扱う。下記の表は三つの 媒体における各外来語の割合を示したものである。 表 6 .雑誌・新聞・テレビコマーシャルにおける 5 種類の外来語の割合 雑誌 新聞 テレビコマーシャル 単語数 % 単語数 % 単語数 % 1 和製英語 12 0.53% 3 1.05% 19 17.43% 2 英語からの借用語 1493 65.77% 161 56.29% 76 74.31% 3 英語以外の外国語からの借用語 249 10.87% 32 11.19% 8 7.34% 4 固有名詞 462 20.33% 71 24.83% 0 0% 5 借用語の短縮型 57 2.51% 19 6.64% 6 0.92% 合計 2273 100% 286 100% 109 100%
この表から、英語からの借用語の割合が外来語の中で一番大きいことがわか る。またテレビコマーシャルでは、和製英語の使用割合が英語からの借用語に 次いで多くなっており、雑誌・新聞とは異なった外来語の使い方をしているの が見てとれる。 3.3.カタカナ語の頻度 次に全2,928カタカナ語の各単語が、調査した資料の中で何回使用されてい るかという単語の使用頻度を調べてみた。下記の表はこの調査結果を示してい る。 表 7 .雑誌・新聞・テレビコマーシャルで使用されている全カタカナ語の頻度2 回数 単語数 頻度 1 660 56.31% 2 217 18.52% 3 107 9.13% 4 52 4.44% 5 32 2.73% 6 17 1.45% 7 19 1.62% 8 13 1.11% 9 10 0.85% 10 7 0.6% 11 6 0.51% 12 8 0.68% 13 6 0.51% 14 1 0.09% 15 1 0.09% 16 2 0.17% 18 2 0.17% 22 2 0.17% 23 1 0.09% 24 2 0.17% 25 2 0.17%
26 3 0.26% 27 1 0.09% 35 1 0.09% この調査から1,172語が異なった単語として使われていることが判明した3。 また表 7 が示している通り1,172語の内660語(56.31%)が調査した全媒体の中 で 1 回しか使用されておらず、217語(18.52%)は 2 回、107語(9.13%)は 3 回しか使用されておらず、これらの単語は全体の83.96% に相当している。言 い換えると、全体の83.96% の単語が3回以下の頻度でしか調査媒体で使用され ていないことがわかった。
4.考 察
本調査により現代日本語でのカタカナの使い方がいくつか明らかになった。 まず日本語には多くのカタカナで表記される外来語が存在し、その半数以上は 英語からの借用語であること、カタカナ語は漢字語やひらがな語より少なくア ルファベットや数字よりは多い割合で使用される単語であり、またカタカナは その様々な書き言葉での役割から日本語の文章を構成する上でなくてはならな いものであることが示された。更に、カタカナ語の一種である外来語の大部分 は調査したデータの中にほんの 1 回出てくるだけでその使用頻度が低いという ことがわかった。このことから、日本語の書き言葉では様々なカタカナで表記 された外来語が使用されるが、それが日本人の日常的に使用する語彙として定 着することはあまりないだろうと考えることができる。これらが現代日本語に おけるカタカナ表記の「部分的」ではあるがその特徴であると言える。ここで 「部分的」と言っているのは、本調査で使用したデータの数、特にテレビコ マーシャルの語彙数がとても少ないため、ここで述べている特徴が絶対的なも のであると結論付けることができないためである。個人で語彙調査をするには 限界があるため、国立国語研究所等の公的機関で文字使用について数種類のメ ディア媒体を用いた大規模な語彙調査を実施する必要があると考える。 上記のような特徴を持っているカタカナ語ではあるが、カタカナ語の使用が日本の社会及び日本語の国際化を推進する上で問題を起こしているという事実 がある。まず最初の問題として挙げられるのは、カタカナで表記された外来語 は日本人にとって意味を捉えにくい単語であるということである。国立国語研 究所(2004)が2000年に日本人を対象に実施した「外来語に関する意識調査」 から、年代が上がるに従って、意味の分からない外来語を目にした経験のある 割合が多くなっていることが明らかになった。また、本調査の結果からもわか る通り、大部分の外来語は文章の中にほんの 1 回出てくるだけでその使用頻度 は低いと考えられ、使用されているそれらの外来語の意味を知らない人が多く 存在する可能性がある。このため、日本人のコミュニケーションを阻害するこ とや文章中で使用されている外来語の意味を知らないため、その文章が理解で きないということが起こり、効率的な情報の伝達を妨げる懸念もある(国語審 議会、2000)。これらを防ぐため、国立国語研究所は外来語委員会を設置して 頻繁に使われない外来語(使用頻度と親密度の低い単語)をカタカナではなく 漢字を用いて新しい日本語の単語に置き換える作業をし、いろいろな世代の日 本人に理解できる単語の創造と普及を目指した(国立国語研究所、2003、 2006a)。またこの作業は外来語の数を日本語の語彙から減らす目的もあった。 このように外来語は日本人にとって意味が分かりづらいものであるため、親密 度や使用頻度の低い外来語の使用は慎んだ方がよいと考える。 また、カタカナで表記された漢語や和語が、外国人の日本語学習者にとって 問題となっている現状もある。Igarashi(2008)によると、多くの外国人学習 者用の日本語の教科書にはカタカナの文字とその文章中での使い方を説明して いる章が存在しているが、カタカナは中国語以外の外来語を表記するために使 用するということを説明するだけに終わっている教科書が多い。このため日本 語学習者たちは、日本語では漢語や和語もカタカナで表記されることがあるこ とを学ばずにいる場合も多くあると考えられる。本調査からも明らかになった ように、漢語や和語はカタカナで表記されることが雑誌・新聞・テレビコマー シャルにあり、もしこのカタカナの使い方を知らないでいた場合、彼らはこの カタカナ語を外来語だと思い込み、その意味を辞書で調べて理解しようとする だろうが、辞書には外来語としては出てこないため意味不明の単語となってし まう可能性がある。このため漢語や和語をカタカナで表記したカタカナ語は、 外国人日本語学習者にとって文章を理解する上で非常にやっかいなものとなっ
ていると考えられる。日本政府は「日本語の国際化」を進めており、海外での 日本語学習者の数を増やす努力を行なっているが(国語審議会、 2000)、漢語 や和語のカタカナ表記の問題は日本語学習者を増加させ日本語の国際化を推進 するためには解決しなければならない問題だと言える。
注: この論文は、2008年に筆者が出版した博士論文「The changing role of katakana in the Japanese writing system: Processing and pedagogical dimensions for native speakers and foreign learners」の第四章に加筆・校正し、日本語版 にしたものである。
注
1 斎賀の語彙調査の中での混種語とは、漢語と和語のどれかを外来語と組み 合わせて作られたカタカナ語のことを示す。例えば「消しゴム」は「消 し」という和語と「ゴム」という外来語から成り立っていると見る。 2 単語の頻度は次の式で計算されている:各回数の単語数÷1172(全体の異 なり単語数)。実際にどんな単語が表出しているのかはビクトリア大学の ウェッブサイト内のデータベースに掲載されており、そのアドレスは下記 の通りである: http://lettuce.tapor.uvic.ca/cocoon/projects/katakana/stemmed. xq?segtype=kat&markup=small_units 3 異なり語数とその詳細なデータは下記のビクトリア大学ウェッブサイト内 のデータベースに表示してある。http://lettuce.tapor.uvic.ca/cocoon/projects/ katakana/stemmed.xq?segtype=kat&markup=small_units参考文献
Igarashi, Y. (2008). The changing role of katakana in the Japanese writing system:
Processing and pedagogical dimensions for native speakers and foreign learners.
The Japanese Language Institute of the Japan Foundation. (2002). TV commercials for
Japanese classrooms 2002 [video]. Tokyo: the Japan Foundation.
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