• 検索結果がありません。

近世史研究とアーカイブズ学 高埜利彦編著、青史出版、2018年7月刊、A5判、540頁、8,500円+税

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "近世史研究とアーカイブズ学 高埜利彦編著、青史出版、2018年7月刊、A5判、540頁、8,500円+税"

Copied!
7
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

本書は、高埜利彦氏が古希を迎え、学習院大学を定年退職することを機として編まれたもので ある。その前半(Ⅰ・Ⅱ章)に 2018 年 3 月 3 日の最終講義と、2017 年 7 月 1 日に学習院大学で 開催された高埜氏の業績を総合的に批評するシンポジウムでの報告・コメントなどの内容を収 め、後半(Ⅲ・Ⅳ章)には既刊論文集未収録の論考・エッセイを配している。目次の概要は以下 の通りである。 はじめに/Ⅰ 最終講義近世史研究とアーカイブズ学/Ⅱ 〈シンポジウム〉日本近世史研究 とアーカイブズ学―高埜利彦氏の仕事に学び、進む 第一∼四報告(山口和夫氏、西田かほ る氏、野尻泰弘氏、保坂裕興氏) コメント 1∼3(井上智勝氏、小野将氏、西村慎太郎氏) シンポジウム開催の趣旨ならびにフロアからの発言要旨(谷本晃久氏)/Ⅲ 論考類 第一 日本近世の経済 第二 近世の宗教 第三 近世の身分とその周辺 第四 近世の朝廷と幕府 第五 日本のアーカイブズ制度/Ⅳ 小論・エッセイ編 第一 研究の歩み 第二 折り折りの 言葉/著述一覧/略年譜/おわりに 高埜氏による広範な研究活動の軌跡を反映して、本書の内容は数々の分野を横断して多岐にわ たっており、筆者の乏しい力量ではその全てを網羅することはできない。しかも本書では各分野 の第一人者というべき研究者が、高埜氏の研究をめぐってそれぞれ行った報告・コメントが掲載 されており、このうえ単に論評しても屋上屋を架すことになるだろう。 そこで本稿では、筆者自身が滋賀大学経済学部附属史料館という、県下に伝わる史料を中心に 扱う収集アーカイブズに勤務する立場から、高埜氏と地域の史料との関わりを中心に論じ、そこ から高埜氏のアーカイブズ制度への認識にも言及を試み、書評の責をふさぎたい。

1.地域と史料へのまなざし

本書冒頭に置かれた最終講義は、内田吉左衛門家史料と福井県今立郡岩本村区有文書につい て、それら史料が伝わった現場(内田譲吉氏の自宅・官舎と福井県の五箇村)において高埜氏自 身が整理を行った経験から語り起こされる。五箇村での整理作業は「まず史料を散逸させないこ とを目的に…住民が管理できることを目標にした」(本書 2 頁)ものであった。そこでは地域に おける史料の継承が第一に目指されており、かつて歴史研究者の一部が行った(本書中でもしば しば批判されるような)収奪的な史料調査とは一線を画していた。 後に、内田家史料は高埜氏が館長を務めた学習院大学史料館などを経て、2018 年に福井県文 書館へ寄贈された(「六〇数年ぶりの里帰り」、16 頁)。現在、史料約 5500 点の目録は「デジタ ルアーカイブ福井」によってウェブ上での検索が可能であり、史料画像も公開されている。また 同文書館では 2018 年に内田家史料の「里帰り」の速報展(「内田吉左衛門家文書展∼大商人が遺

(2)

したもの∼」)を開催し、以後も継続的に月替展示を実施している。 高埜氏はこれら史料の分析を通じ、本書Ⅲ章第一に収められた諸論考を執筆した。それは、一 地方の商人である内田家の経営と、地域内外の諸商人および地元生産者(漉屋)との関係の変化 を解明し、そこから全国規模での流通市場構造を総体的かつ実証的に捉え直す試みであった。こ の研究は、以後も高埜氏が近世中期の経済発展と社会の変化を説明する上で重要な位置を占め続 け、『元禄・享保の時代』(集英社版日本の歴史 13、1992)や『シリーズ日本近世史③ 天下泰 平の時代』(岩波新書、2015)でも内田家の事例が言及される。 高埜氏が最も早くに公表した論考はⅢ章第一の論考二(1977)であるが、その次は『大月市史 通史編』近世Ⅱ宗教(大月市史編纂委員会、1978)に掲載された「修験本山派の本末体制」およ び「村と宗教」である(両編とも『近世日本の国家権力と宗教』(東京大学出版会、1989)に収 録)。これらは後の高埜氏による幕藩制国家論としての宗教史研究の起点をなすが、地域の歴史 をより大きな構造の中に位置づけつつ、その構造自体の捉え直しを図る点で、上述の社会経済史 研究とも手法の上で近いように思われる(野尻泰弘氏も、「村と宗教」を「村落史ベースの研究 としてみることができる」と指摘している。41 頁)。 以上のように、高埜氏は研究者としてのキャリアの最初期において、史料が伝わる現場に密着 した調査と研究を行っており、その成果は後の研究活動の確かな基盤を形成した。これ以降も高 埜氏は、研究と共に史料と関わる具体的な諸実践―それは、たとえば甲州史料調査会などを通じ た民間所在史料の積極的な整理と公開であり、またアーカイブズ学を充実・発展させながらアー キビスト養成と資格制度の確立を目指した取り組みの数々である―を重ねる姿勢を継続してゆく ことになる。 本書中、地域の史料に対する高埜氏の思いが最も率直に表れているのは、やはりⅢ章第五の論 考一「歴史研究者はまずアーキビストたれ」であろう。日本史専攻の若い研究者を対象とする講 演(第 39 回日本史関係卒業論文発表会特別講座)の講演録ということもあって、実証を旨とす る史料の専門家である歴史研究者には、史料の保存に対する社会的な責任がともなうことへの自 覚を強く促す内容となっている。それは、高埜氏自身がアーカイブズ学への接近を通じて、日本 におけるアーカイブズ制度の未成熟を目の当たりにする中で得た、歴史研究者として担うべき義 務についての確信―「われわれ歴史研究者は大いに地域の史料保存に協力していかなくてはなら ない」―(352∼353 頁)の表明でもあったろう1) さらに「地域に史料を保存することが、個人や家や地域の自己確認(アイデンティティー)に 不可欠な貴重な財産だから守るのだということを伝え、地域に理解してもらえることが重要なの だと思う」(353 頁)との一文には、歴史研究者は地域自体のより良い存続に貢献するためにも、 史料から読み取り得る歴史像を還元し、史料保存の意義についての理解を地域に広めるべきとの メッセージを読み取ることができよう。 この点、たとえば甲州史料調査会が調査に通っていた山梨県南都留郡河口湖町での 1997 年の

(3)

された。その際、高埜氏はコメントの中で「河口村というのはどういう村だったのか、そして現 在の河口に生きる人々は、自分たちはいったいだれなんだ、文字どおり根本のところを確認でき るのが、これら史跡、文化財、あるいは古文書なのです」と、出席者へ向けてそれらを地元にお いて広く保存する意義を訴えかけている(甲州史料調査会編『河口湖町シンポジウムの記録 富 士御師のいた集落』、1998 より。このコメント文は本書未収録)。 しかし「歴史研究者はまずアーキビストたれ」の初出は 1998 年であり、以後 20 年余を経て、 地域ではさらに急激な史料の散逸が進行している。西村慎太郎氏はこのことに強い危惧を抱き、 「そもそも地元の歴史的な事物にどれだけの人びとが興味を示しているのであろうか。…歴史研 究者などの丹念かつ詳細なプレゼンテーションが求められる時代になったものと思われる」と提 言した2) われわれは今後一層、現代社会の中で地域とその史料が置かれる状況に目を凝らし、さらなる 創意工夫をもって保存活動や調査成果の還元・発信に取り組む必要がある。全国各地での史料 ネットによる実践の数々(一例だけ挙げれば、宮城資料ネットによる「よみがえるふるさとの歴 史」シリーズ)や、研究者と地元住民との協業を通じた『大字誌ふるさと請戸』(2018)の刊行 と請戸での全戸配布の試みなど、おおいに参考にすべきであろう3) もちろん高埜氏自身も、社会にあって史料保存への理解が容易に進むと考えているわけではな く、そうした理解が「広く社会的な合意(コンセンサス)となるには五年や一〇年では難しくと も、五〇年・一〇〇年の間には現実のものとなるであろう」とも述べている(353 頁)。史料に 関わる者一人ひとりの意識改革を通じた、息の長い実践が必要との認識である。 また、そこには「地域住民、市民の一人一人にとっての歴史に対する考え方や史料保存の意識 が充分に熟していない…歴史というのはお上が与えるもので国民は受け手で与えられるもの、と いう考え方が定着してきた」(352 頁)との現状認識が存在する。次節では、この点をめぐって 検討を加えてみたい。

2.国家・地域・アーカイブズ

先の一文は日本のアーカイブズ制度の立ち遅れについて、社会の側に内在する原因を説明しよ うとしたものであり、高埜氏による近世から近現代に至るアーカイブズをめぐる歴史の捉え方と も関わっている。以下、本書Ⅲ章第五の論考八「日本の修史事業とアーカイブズ制度」に基づい て、その議論の概要をトレースしてみよう(以下、引用は同論考より)。 そもそも日本では、「江戸時代には各組織・団体は自前の記録保存制度を機能させていた」の であり、「明治時代に入ると、政府は統治のために、人々は権利確保のために記録を管理しアー カイブズを保存した」。しかし 1885 年に「太政官制度は廃止され内閣制度が創設される」と、そ の翌年には修史館が廃止され、府県史料編纂と全国記録保存事業も中止される。地方では

(4)

1888∼90 年の町村合併によって、戸長役場文書の廃棄が進行した。 1889年に大日本帝国憲法が発布され、天皇を国家の頂点に戴く体制が確立すると、1887 年に 定められた官吏服務紀律にもよって、官僚は天皇および天皇の政府に奉仕する存在となる。その ため、公文書に関しても「明治政府と官僚は、記録を残すとしても、それは天皇の政府の先例を 確かめるためであって、決して国民に公開するためのものではなかった」という状況が生じ、そ のまま固定化されることになった。 明治政府は天皇と国家の正史編纂を国家事業として推進し、臣民教化を図るいっぽうで、アー カイブズ制度を設立しようとはしなかった。こうして「国民自ら個人・家・地域の歴史を持つと いう考えに立たず、地域は否定され中央集権化を進めることになった」。とくに 1935 年以降は 「皇国史観」のもとで、「国民個人の尊厳がもっとも希薄となる」と共に、「政府に都合の悪い文 書は焼却して証拠隠滅を図る状態となった」。 そして敗戦直後、政府は戦争の遂行や植民地支配に関する証拠となる文書の隠滅命令を出すに 至る。現在の日本における戦争責任・植民地責任に対する認識の希薄さは、この時期の文書がま とまって残されていないことにも起因しよう。戦後もアーカイブズ制度は「上からの指令によっ て一連の民主化が進められた対象にはならず」、史料保存のための請願運動は野村兼太郎ら先覚 者によって、下から起こされることになった。 高埜氏が民主主義を実体化するために必要不可欠なものとしてアーカイブズ制度を理解してい ることは、最終講義でも明示されている。それは「バレなきゃごまかせ」(アカウンタビリティ とコンプライアンスの欠如といった現代の政治および社会の悪しき風潮を端的に表現する言葉 で、本書中で随所に登場する)の蔓延に唯一対抗し得る、まさしく民主主義の土台なのであり、 そのため韓国では金大中政権下にあって急速に整備されたのである。 しかし日本においては、「明治以来続く、天皇と天皇の政府に奉仕する役人としての意識は、 戦後、国民のために奉仕する意識へ、容易には変化できなかった」(15 頁)。かくて現在に至る もアーカイブズ制度は弱体であり、それは日本国憲法で規定された民主主義の未成熟を象徴する ものでもある。敗戦後の日本軍・政府による文書廃棄・焼却と、2018 年の財務省役人による文 書改竄はその点で同質であり(同頁)、戦前の天皇を中心とする国家による支配体制のもと形成 された問題群が、いまこの時点まで持ち越されていることになる。 ここで、前出『近世日本の国家権力と宗教』の冒頭に掲げられた、高埜氏の問題意識を想起し よう(以下、この段落での引用は同書序文による)。まず高埜氏は、戦前日本では「天皇制と国 家神道」を主要素に「圧倒的な国家権力」が形成されたが、戦後も「個人の権利・自由の乏しさ や、これに対する国家権力の強さ」が根強く残っているとの見方を示す。そして「戦争による多 大な犠牲を払っても容易に改めえなかったこの根強さとは、いったい歴史的にどこから由来する ものであろうか」と自問し、「中世と近世との違い、すなわち格段に強い近世国家権力の形成こ そ、今日に連なる国家と個人の関係の歴史的な出発点として捉ええる」との視座を確立させ、「近

(5)

近世の天皇・朝廷は幕府の統制下にあったが、近代国家における天皇は「軍隊の頂点に立つ大 元帥であったように、国家の最高権力者であった」。これは日本史上にあって異例であり、現在 の象徴天皇も「権威はあっても権力は持たない」ものとされている(14 頁)。しかし戦前形成さ れた「万世一系」の観念とその根拠となる神話は、現在なお復活の動きを止めようとしない。こ れは民主主義の脆弱さと裏腹の関係にあり、高埜氏は「戦前の皇国史観を真向うから実証的に否 定する努力を怠ってきた」ことを研究者は猛省すべきとする(335 頁)。 以上のように、アーカイブズ学を含めた高埜氏による研究全般の根底には、いかに我々が強大 な国家権力と対峙し、とくに戦前の天皇制国家による軛を真に克服することを通じて民主化を目 指し得るのかといった、重く厳しい問いかけがあると言えよう。 ただし本書では、戦前の国家がアーカイブズ制度を導入しなかった経緯に比べ、地域側での史 料をめぐる状況はさほど具体的には説明されない。廃棄・散逸が進むとはいえ、前近代の史料や 近代以降作成された記録類は地域に存在し(それこそ河口湖町の「神社の蔵のアーカイブズ」 (362 頁)のようなケースもある)、そこから「国民自ら個人・家・地域の歴史を持つという考 え」が、上からではなく下から育つ可能性はなかったのだろうか。 ここで、前節末尾に示した高埜氏のアーカイブズをめぐる認識に立ち戻ろう。「地域住民、市 民の一人一人にとっての歴史に対する考え方や史料保存の意識が充分に熟していない」という現 状は、やはり否めないものがあると筆者にも思われる。しかし、たとえ「充分」ではなかったと しても、さまざまな歴史的制約を受けながら、地域の中にそうした考えや意識が醸成されたこと があったのだとしたら、いまそれらを掬い上げて検討する意味はあるだろう。以下、他の研究成 果を参照しながら卑見を述べたい。 太田富康氏は戦前において、「府県庁のアーカイブズを市民に公開する可能性を有した機関と しては図書館が考えられる」との観点から各地の図書館を検証し、明治後期から昭和戦前期にも、 府県庁記録類の公開は「非常に限定されたものであったが、皆無ではなかった」との結論を導い ている。そして旧体制下の図書館に「アーカイブズ固有の〈力〉」を理解する人びとが存在した ことに着目し、それら人びとの営為を通じて 1957 年、山口県立山口図書館から「日本最初のアー カイブズ」である山口県文書館が生み出されたと論じる4) 中川泉三についても言及しておこう。1869 年、近江国坂田郡大野木村 (滋賀県米原市大野木) に生まれた中川は、在野にあって久米邦武や三上参次らと交流を持つようになり、数多の郡志編 纂を手がけてゆく。そのいっぽう、地元での講演や神社昇格申請、人物や史跡の顕彰も活発に 行った。1939 年に没するが、地元の章斎文庫に保管された資料や蔵書は遺言によって公開され ている。これは在野の収集アーカイブズと呼び得るだろう。 高木博志氏は中川について、「史料の現地保存主義を基本的なスタンスにしていたこと」など を評価すると共に、「アカデミズムの学者と地域の研究者との協業の場が成立した日露戦後に、

(6)

「史学は死学にあらず」という言葉に、泉三が「歴史学は社会に貢献できる学問である」(25 頁) という意味を込めて発した意味は大きい」と指摘している。当時の「郷土愛」については「皇室 や「忠君愛国」のナショナリズム」との関わりも見逃すべきではないが、地域に根ざした学問を 行いつつ社会貢献を重視する姿勢とエネルギーは注目に価する5) 戦前の地域におけるこうした動向については、今後さらに解明されるべきだろう。その作業は 「静かな民主革命」(Ⅳ章第二−一一)の実現を目指して、われわれ自身の立脚点を確認するこ とにもつながるはずである。

むすびにかえて

毎日新聞で連載する「公文書クライシス」によれば、過去の皇室会議や旧皇室典範下での皇族 会議については「逐語」形式の議事録が残されているが、2017 年末に前天皇の退位日を決める ため開かれた皇室会議(議長は安倍首相)は詳細な記録を作成していない。しかも政府は、議事 概要のみを公表するに留まった。これに対し瀬畑源氏は「国の公文書への姿勢は戦前よりも後退 しているのでは」とコメントしている(2018 年 9 月 17 日記事より)。「天皇と天皇の政府に奉仕 する役人としての意識」から脱却せず、われわれ市民と向き合おうとしない政府と官僚は、つい に天皇に関わる公文書さえ作成と公開を放棄するに至っている。 安倍政権下にあって「バレなきゃごまかせ」の事態は横行するばかりであるが、本書による限 り、実は高埜氏の著述におけるこの言葉の初出は 1981 年の「史職を離れて」(Ⅳ章第二−二)で ある。本書は、その当時から一貫して政治と社会のありさまを見据えて行動してきた高埜氏によ る発言の集成でもあり、その研究と実践がいかに現実との緊張関係をもって展開してきたかを知 る上でも価値がある。 最後に、本書中で筆者が最も愛着を覚える文章は、「アーカイブズの存在意義」を「ミクロの 視点」から説明するため、高埜氏のご母堂の出生地を証明する手がかりを北海道立文書館とその 現地で見つけたことを紹介する箇所(382∼384 頁)と、Ⅳ章第二−一二「やはり、はまった― 教師の近況―」である。高埜氏の学問には鋭い現状認識と共に、これら文章によく表れている血 の通った感覚があり、だからこそ惹かれるのだと改めて思う。 1)「歴史研究者はまずアーキビストたれ」の 10 年後、「史料保存と歴史学」(本書Ⅲ章第五の論考五、初出は 2008 年)では同論考での主張を踏まえ、「いまだに史料を利用するだけで、史料保存や公開のための努力が必要で あることに思い至らない」研究者に批判を加えながら、山口啓二氏が「アーキビストとしては史料保存・公開 のために尽力」したことを評価し、深い共感を寄せている(402 頁)。 2)朝日新聞「論座」2019 年 6 月 20 日掲載「「使えない文化財」は後世に残さなくていいのか―ネットオークショ ンによる散逸に加え、観光振興に役立つ文化財が優先される時代に」。https://webronza.asahi.com/culture/articles/

(7)

3)地域と民間アーカイブズの持続を目指す実践例については、渡辺浩一「「地方消滅」論と民間アーカイブズ」(国 文学研究資料館編『社会変容と民間アーカイブズ―地域の持続へ向けて―』勉誠出版、2017)も参照。 4)太田富康「近現代における行政アーカイブズ公開の歴史的検証」(『アーカイブズ学研究』7、2007)。後に太田 『近世地方行政体の記録と情報』(岩田書院、2010)に、「アーカイブズ制度への序章―行政記録の〈力〉と公 開―」と改題のうえ収録。 5)高木博志「中川泉三没後七〇年記念展実行委員会編『史学は死学にあらず』の「紹介」」(『新しい歴史学のた めに』276、2010)。中川と章斎文庫については『史学は死学にあらず』(サンライズ出版、2009)を参照。同 書は、中川没後 70 年を記念して滋賀県内 5 つの歴史系博物館(長浜市長浜城歴史博物館、滋賀県立安土城考 古博物館、栗東歴史民俗博物館、愛荘町立歴史文化博物館、米原市近江はにわ館(米原市教育委員会))が共 同企画した展示の図録として刊行された。

青柳 周一

滋賀大学経済学部

参照

関連したドキュメント

欧米におけるヒンドゥー教の密教(タントリズム)の近代的な研究のほうは、 1950 年代 以前にすでに Sir John

歴史的経緯により(マグナカルタ時代(13世紀)に、騎馬兵隊が一般的になった

に本格的に始まります。そして一つの転機に なるのが 1989 年の天安門事件、ベルリンの

[r]

法制史研究の立場から古代法と近代法とを比較する場合には,幾多の特徴