著者
河原 昌一郎
雑誌名
農林水産政策研究
号
11
ページ
29-52
発行年
2006-07-31
URL
http://doi.org/10.34444/00000082
原稿受理日 2006 年 6 月 5 日. 研究ノート
中国郷鎮企業の株式合作制に関する制度的考察
河 原 昌一郎
要 旨 中国郷鎮企業の株式合作制は,改革開放後の中国農村の特殊な政治的,経済的情勢を背景にし て,現実の実践の中から生じたものである。 同制度は,労働結合と資金結合の同時実施を基本的理念とし,社会主義的要請を満たした上で企 業財産権の明確化にも資すると考えられたことから,郷鎮企業の株式合作化が政府主導の下に全国 的に積極的に進められた。 しかしながら,株式合作制の理念を制度面で具体化していく試みは,現実との妥協の中で理念の 一部修正を余儀なくされることとなった。株式合作制を,一般に考えられているような協同組合制 度を基礎とした制度と見ることは適当ではない。また,企業資産の株式化の方法に制度化の重点が 注がれ,株主の共益権(経営への参画)が事実上無視された結果,政治と企業の分離や企業の効率 的経営という観点からは制度内容が不十分なものとなり,株式合作制を企業が安定的に発展できる 制度として確立する試みは成功しなかった。 株式合作制をめぐる近年の情勢は,同制度が企業の安定的発展に適しないことを事実としても示 しており,そのあり方の再検討が迫られるようになっている。1. はじめに
中国農村経済の発展は,郷鎮企業の動向に大き く依存している。郷鎮企業は農民への就業機会の 提供や農民所得の増加に大きな役割を果たしてき ており,郷鎮企業の継続的で安定的な発展は中国 政府の重要な農村政策の一つとなっている(1)。 株式合作制(2)は,こうした郷鎮企業の経営の 合理化等を図り健全な発展を確保するため,中国 政府によって全国的な普及がめざされた企業形態 であり,郷鎮企業の改革を推進する上で重要な役 割を果たすことが期待されていた。したがって, 郷鎮企業の組織改革の現状,今後の動向等を検討 しようとする場合には,株式合作制の企業形態と しての性格や位置付けを明確にすることは避けて 通れない課題である。 しかしながら,中国郷鎮企業の株式合作制に関 しては,我が国および中国での論文は少なくない ものの,これまでは協同組合制を基にした株式制 ないしは協同組合制と株式制の結合という一般的 な前提で株式合作制をとらえた上で,現状の問題 点整理や提言を行っているものがほとんどであっ た(3)。すなわち,株式合作制の企業形態としての 性格そのものを問題とした上で,そもそも株式合 作制は協同組合制を基にした株式制として認識す ることが適当なのかどうかといった観点等での議 論はこれまでなされてきておらず,結果として株 式合作制の企業形態としての性格や位置付けは明 確になされないままとなっていたと考えられる。 株式合作制についてこうした観点等から分析,検 討を行うことは,現在中国で進められている郷鎮 企業の組織改革の本質的な内容を理解する上での 一助ともなろう。そこで,本稿では,中国郷鎮企業の株式合作制 の成立経緯,現状等を整理しつつ,主として企業 形態論(4)の手法を用いて,株式合作制の企業形 態としての性格や位置付けを分析し,明らかにす ることとしたい。 なお,企業形態論では,「企業」を狭義の意味(5) で用いることが多いが,本稿では協同組合,社会 主義企業等も「企業」の概念に含めるものとして 広義の意味で用いることとする。 注⑴ たとえば,中共中央・国務院 2004 年 1 号文件「農民 の収入増加を促進することに関する若干の政策的意見」 においても,今後推進すべき政策の一つとして郷鎮企 業の改革と調整が掲げられている(同文件(七))。 ⑵ 「株式合作制」の中国語表記は「股 合作制」である が,我が国ではすでに喬晋建〔32〕等で「株式合作制」 という用語が使われているので,本稿でも当該用語を 用いることとした。なお,「合作制」は,集団所有制と 協同組合制の二つの意味を含んでいるので,明確に使 い分けられているのでなければ,これを単純に「協同 組合制」と訳することは必ずしも適当ではない。 ⑶ 喬晋建〔32〕は都市の株式合作企業を対象として株 式合作制を分析したものであるが,株式合作制につい ての説明は株式制と協同組合制が組み合わされたもの という前提で所要の解説がなされるにとどまっている。 楊東群〔44〕は現実の農村株式合作企業の運営実態の 事例を把握しようとしたものであるが,株式合作制の 説明は喬晋建〔32〕に依拠するにとどまっている。また, 青柳〔1〕第 15 章では,株式合作制の展開過程,諸類型, 企業形態等について具体的な事例とともにその特徴が 分析されているが,株式合作制を協同組合制または株 式制との対比のもとに整理してその制度的性格を明ら かにするという検討はなされていない。中国での論文 である呉春香〔42〕,鐘揚飛〔54〕等においても,株式 合作制については,協同組合制を基にした株式制とい う一般的見解を前提にして議論が進められている。な お,王保樹,崔勤之〔37〕第 10 章における「農民株式 合作企業」に関する記述は,「農民株式合作企業暫定規 定」(1990 年 2 月農業部制定)の規定内容に即して株式 合作制の概要を説明したものである。 ⑷ 企業形態論の代表的著作としては増地〔28〕,石井 〔16〕,矢沢編〔46〕,国弘〔23〕等が挙げられよう。企 業形態論は,すなわち,法学または経営学の手法を用 いて,出資者と企業との関係を中心として,その権利 義務関係を法的,制度的に分析したものであり,本稿 でもそうした手法をとることとしたい。 ⑸ 国弘〔23,6 ページ〕は「企業」を「増殖を目的と して運用される資本体」であると定義して狭義の意味 で用いている。狭義の意味での「企業」には,①独立 の資本体であること,②資本の運用(商品生産)がな されること,③資本の増殖(営利)を目的とすること の三つの要素が含まれている。広義の意味での「企業」 は,このうち③の要件をはずし,「商品生産を行う独立 した組織体」を「企業」として考えるものである(車 戸編〔24,12 ∼ 14 ページ〕)。
2.株式合作制の形成
( 1 ) 社隊企業から郷鎮企業へ 中国農村では旧来から鍛冶屋,大工,左官,農 産物加工者,小手工業者等の農村手工業者が散在 していた。これらの農村手工業者は,新中国成立 後の 1950 年代半ばに進められた農業合作化運動 の中で,農業合作社の中に組み込まれ,その副業 隊を組織する。これは,農村手工業は一般的に分 散しており,かつ農業との結びつきが強いため, 農村で単独に手工業生産組織を設立することは適 当ではない(1)と考えられたためである。 この当時において,農村工業は,農民が農作業 のあいまに片手間で行うような副業的なものとと らえられ,農業生産の範囲に含められて,独立し た工業生産部門としての扱いがなされていなかっ た(2)。 農村工業に対するこうした位置付けは,中国農 村合作化の最終段階として人民公社が全国的に設 立され,公社工業化が進められることによって変 化し,農村工業に積極的な位置付けが与えられ る。すなわち,1958 年 12 月に,中共中央は,「人 民公社の若干の問題に関する決議」の中で,「人 民公社は大いに工業を興さなければならない」と して,具体的に「肥料,農薬,農具・農業機械, 建築材料,農産物の加工利用,製糖,紡績,製紙 ならびに採鉱,冶金,電力等の重軽工業を計画的 に発展させる」ことを提唱した。当時のいわゆる 「共産風」の吹く社会的風潮の中で,中国の農村 工業はすべて人民公社の中に取り込まれるととも に,多くの肥料工場,セメント工場,農機具工場 が作られた。人民公社体制の下で,人民公社また は生産大隊が経営管理することとなったこれらの 企業がすなわち社隊企業である。 一面,人民公社体制の下においては,農村工業 を担う企業の企業形態としては,社隊企業以外のものは原則として認められないこととなった。当 時,経済の社会主義化が進められる中で,全国の 企業は全人民所有制工業企業または集団所有制工 業企業の二つの企業形態に集約されることとなっ た(3)が,社隊企業はもとより集団所有制工業企 業の 1 形態である。 ところで,この当時の公社工業化は,多分に盲 目的な社会的運動に触発されて起こったものであ り,社隊企業の設立に当たっても,企業設立の客 観的必要性等が十分に顧みられないまま設立され ることが多かった(4)。このため,1960 年代に入 ると社隊企業は,一時期,衰退ないし停滞の時代 を迎え,多くの社隊企業が整理される。続く文化 大革命の時代には,社隊企業は資本主義的なもの と見なされ,批判の対象となってその発展が阻害 され,社隊企業の活動は低迷した。 社隊企業が再び発展するようになるのは 1975 年になり中央の指導者が社隊企業を重視する発言 (5)をするようになってからである。1976 年 4 月 には農林部に人民公社企業管理局が設立され,社 隊企業の推進体制が強化される。 人民公社の経営する社営工業企業(6)の推移は 第 1 表のとおりであるが,この表からも明らかな とおり,1975 年から 1978 年にかけて企業数およ び生産高が大きく伸びている。ただし,社営工業 生産高の全国工業生産高に占める比率は,社営工 業企業数が全国工業企業数に占める比率と比較す ると著しく小さく,社営工業企業の規模の零細性 を示すものとなっている。また,社隊企業の発展 に伴って,社隊企業の生産の増大は国営企業の生 産と競合するようになって国営企業の経営を脅か すこととなりかねないといった観点から社隊企業 への批判論(7)が 1980 年から 1981 年初めにかけ て強まり,社隊企業の発展に大きな圧力となるよ うな事態も見られたが,こうした中でも社隊企業 は全体として着実に企業数を増加させ,生産を拡 大させている。 なお,1978年からの改革開放政策の実施によっ て,農業生産では各種の請負制が試みられて大き な成果を上げるようになるが,社隊企業において もこうした動きを参考として,多くの形式の請負 責任制が実施されるようになる。また,改革開放 前は社隊企業以外の形態の農村企業は認められて いなかったが,農民の経済活動の自由化が進む中 で,農民個人が資金を調達し,または共同して資 金を集めて企業を起こすということも事実として 盛んに行われるようになった。 こうした中で,1983 年には農家請負経営の全 国的な普及によって人民公社が事実上解体し,郷 (鎮)政府,村民委員会が成立して,従来の社隊 企業は郷(鎮)営企業または村営企業となるとい う情勢の変化を踏まえ,中共中央 1984 年 4 号文 件(1984 年 3 月中共中央,国務院が承認発出し た農牧漁業部「社隊企業の新局面を切り開くこと に関する報告」)は,社隊企業の名称を公式に郷 鎮企業と改めるとともに,郷鎮企業には社(郷) 隊(村)が経営する企業のほかにも,一部の農家 の共同による合作企業やその他の形式の合作工業 および個体企業が含まれることを確認した。 このように,郷鎮企業は主として人民公社時代 の社隊企業を基礎とするものであるが,改革開放 前の 1975 年に社隊企業の発展が許容されるよう になるや直ちに大きな発展を見たことや,改革開 放後に農民の経済活動の規制の緩和とともに各種 第 1 表 社営企業の推移 単位:万企業,億元,% 年 全国工業 企業数(A) 社営工業 企業数(B) 比 率 (B/A* 100) 全国工業 生産高(C) 社営工業 生産高(D) 比 率 (D/C* 100) 1960 25.4 11.7 46.1 1650 − − 1965 15.8 1.2 7.7 1394 5.3 0.3 1970 19.5 4.5 22.9 2421 26.6 1.1 1975 26.3 7.7 29.4 3219 86.8 2.7 1978 34.8 16.4 47.1 4231 211.9 5.0 1981 38.2 18.6 48.6 5178 323.2 6.2 1984 43.7 21.3 48.7 7030 538.6 7.7 資料:国家統計局編〔14〕から作成. 注.比率は筆者計算.
の形態の企業が多数設立されるようになったこと からわかるとおり,中国農村における農村工業へ の需要には根強いものがあり,本来,農村工業は 強い生命力を有するものであったということがで きるであろう。ただし,改革開放後においても公 有制を基本とする社会主義経済体制に関する意識 が強く残る中で,その企業形態は所有制の観点か らの制約を受けることとなる。 ( 2 )株式合作企業の設立と類型 株式合作制は,1980 年代初中期に浙江省温州, 安徽省阜陽等に現れた比較的新しい企業形態であ る。改革開放政策が始まり,農村経済が発展し て,手元に余裕資金を有するようになった農民 は,互いに出資し合うこと等によって積極的に企 業を設立するようになっていたが,これらの企業 は,政治面および経済面からの両面の圧力に対処 する必要があった(8)。 政治面の圧力とは,すなわち,これらの企業 が「私企業」と見なされ,社会主義的意識が根強 く残る中で様々な圧力や制限が加えられたという ことである。当時,農村では各種形態の企業が設 立されるようになっていたものの,「私企業」の 活動が許されるような情勢ではなく,そうした企 業が現実に経済活動を行えるようになるにはまず 社会主義的性格を有したものと認められる必要が あった。 経済面の圧力とは,資金不足を補うために複数 の農家が共同出資して企業経営を行う場合のよう に,企業関係者が多数となった場合,従来のいわ ゆる紳士協定による運営では当事者間の権利義務 関係が不明確であり,利益分配,経営責任等に関 して紛争が多発するようになっていたということ である。すなわち,企業を共同で設立してもすぐ に解散するという事態に陥ることが多かったた め,こうした企業の恒常的な発展を図るために権 利義務関係の明確化を図るような企業制度の創設 が望まれていたのである。 株式合作制は,こうした政治面,経済面の圧力 に対処するための現実的な試行錯誤の過程の中か ら生じたものであるが,このことを模式的に示せ ば第 1 図のとおりとなろう。政治面から求められ た社会主義的性格の要請については,労働力の共 同化を内容とする合作制ないし協同組合制によっ て応え,経済面からの企業関係者の権利義務関係 明確化の要請については出資金を株式化すること による株式制が採用された。この合作制と株式制 とが組み合わされたものが株式合作制である。 以上の経緯からも明らかなとおり,株式合作制 は,企業形態に関する法的制度が基本的に存在し ない中で,現実的運用と妥協によって形成された という側面が強いため,当事者間の権利義務関係 や機構は企業によって様々であった。合作制と株 式制が組み合わされたといっても具体的に何がど のように組み合わされたかは明らかではない。合 作制とはどのようなことを意味しているのか,株 式制の具体的内容は何なのかということ等につい ても統一的な認識があったわけではない。した がって,株式合作制は,理念としては考えられる ものであっても,その制度的内容は全く漠然とし たものであった。 しかしながら,株式合作制が現れると,その理 資料:筆者作成. 第 1 図 株式合作制の形成
念が労働者主体的な企業経営という社会主義的要 請に合致するとともに,従来の郷(鎮)または村 による集団有(9)よりも,財産権の明確化に資し, 資金の調達にも都合がいいと考えられたこと等か ら,郷(鎮)営または村営の企業(以下「郷村集 団企業」と総称する。)にも株式合作制が採用さ れるようになるなど,株式合作制の普及が政府主 導によって積極的に進められるようになった。 株式合作制の具体的な形式は地域,企業によっ て多種多様であるが,企業の発展経緯から分類す れば「個体私営企業変化型」(10),「株式合作新設 型」および「集団企業改組型」の 3 種類に分類さ れる(11)。 「個体私営企業変化型」とは,個体私営企業ま たは組合〔合 〕企業(12)が出資金等の株式化を 行い株式合作制へと移行するものであり,この際 に企業の従業員が出資して株式を取得する。主と して温州,泉州,阜陽等の個体私営経済が発達し た地域で見られる類型である。 「株式合作新設型」は,郷村集団経済組織(13), 法人または自然人が企業を新設するときに,最初 から株式合作制の要求に従って組織するものであ る。新設される郷鎮企業でこの形式をとるものは 少なくない。 「集団企業改組型」は,もとの郷村集団企業が 従業員の株式取得等を通じて,株式合作制の要求 に従って改組したものである。この形式は,1980 年代中後期以降,特に 1990 年代以後に全国的に 推進されることとなり,郷鎮企業の経営,組織改 革を進める上で重視されるようになった。 このように,「個体私営企業変化型」と「集団 企業改組型」とではその母体となる企業の性格が 全く異なるなど,株式合作制を採用する企業には 極めて多様なものがあり,出資者や株主の構成も まさに様々であったが,集団企業改組型の普及が 政策的に重視されたことから,株式合作制の企業 制度の整備に関する検討は「集団企業改組型」を 中心として進められることとなる。 注⑴ 1957 年 10 月国務院「農村副業生産の統一管理に関 する通知」(当代中国〔8,24 ページ〕)。 ⑵ 中国農業全書〔52,184 ページ〕。 ⑶ 国家統計局編〔14,31 ページ〕では,1957 年までは 個体工業の統計数値(生産高)が記載されているが, 1958 年以降は全人民所有制工業と集団所有制工業に関 する統計数値のみとなった。 ⑷ 範秀敏,馬清強主編〔10,4 ページ〕。 ⑸ 1975 年 9 月 15 日国務院開催「全国の農業は大寨に 学ぶ会議」において,当時の華国鋒副総理は,社隊企 業は「人民公社制度のさらなる発展を促進する重要な 物質的保証である。各地の党委員会は積極的な態度を とって,有効な措置を講じ,社隊企業のより速いより 良い発展を推進しなければならない。」と述べている(当 代中国〔8,55 ページ〕)。 ⑹ 社隊企業のうち,人民公社の経営する企業が社営企 業であり,生産大隊の経営する企業が隊営企業である。 ⑺ 当時,国営企業との関係から社隊企業に対して,「小 が大を押し出す( 小 大)」,「後進が先進を押し出す ( 落后 先進)」,「新が旧を押し出す(以新 旧)」, 「大工業と原料を争う( 大工 争原料)」という「三 つの押し出し,一つの争い(三 一争)」といわれた強 い批判があった。これについては,1981 年 5 月国務院 「社隊企業が国民経済調整方針を貫徹することに関する 若干の規定」において「社隊企業は農村経済の重要な 構成部分となっており,農村経済の総合的な発展方向 に適合するものである」との規定がなされて決着が図 られることとなった(範秀敏,馬清強主編〔10,7 ペー ジ〕)。 ⑻ 郷鎮企業年鑑〔53,1993 年版,288 ページ〕。 ⑼ 郷(鎮)または村による集団有の問題について,「集 団所有は往々にして郷鎮政府,村民委員会の所有とな り,ある郷村企業は郷村行政の「付属物」,「金をゆす り落とす樹( )」,「小遣い箱(小 )」となっ ている。… 企業財産は各人が持分を持っているが, 実際にはうまく行使することができず,郷村農民およ び企業従業員の企業財産価値の保全,増加および効率 性発揮の関心程度に影響を与えていた。郷村集団企業 の従来の管理体制は,企業内部で有効な監督制御制度 を形成することが難しく,多くの企業において請負者 の経営行為が短期的なものとなり,利益は引き受けて も損失は引き受けず,集団資産が流失する等の問題が あった。」(郷鎮企業年鑑〔53,1993 年版,289 ページ〕) こと等が指摘されている。 ⑽ 私人が所有する企業のうち,従業員 8 人以上のもの が私営企業(私営企業暫定条例(1988 年 6 月制定)第 2 条)であり,それに満たないものが個体企業である。 ただし,同条例においては,私営企業は,個人独資企 業,組合企業,有限責任会社の三つの形態から成り(同 条例第 6 条),独立した企業形態とはされていない。 ⑾ 郷鎮企業年鑑〔53,1997 年版,299 ページ〕。なお, 同書では株式合作制の類型は本文で記載した 3 類型の ほか,「社区経済改造型」を含めて 4 類型とされている が,同類型は原則として村内のすべての集団有資産(土 地,企業資産,流動資金等)を株式化して一定の方法
で村内の農民に分配し,分配された株式をこれらの資 産の統一経営によって得られた利益の分配の根拠とし ようとするものである。したがって,分配された株式 と特定の企業の経営とは直接の関係がない(たとえば, この株式を根拠に特定の企業で配当請求権を行使する ようなことはできない。)ので,ここでは除外すること とした。 ⑿ 組合〔合 〕企業とは 2 人以上の者の共同出資によっ て共同経営が行われ,共同経営者が無限連帯責任を負 う企業のことである(組合〔合 〕企業法第 2 条)。 ⒀ 郷(鎮)または村(村民小組を含む。)を区域とす る農民集団が所有する資産の管理等を行うために設置 される組織。中国では,土地等の生産手段について社 会主義公有制が実施されているが,社会主義公有制に は全人民所有制(いわゆる「国有」)と労働群衆集団所 有制(いわゆる「集団有」)とがある(中国憲法(1982 年 12 月制定。1999 年 3 月第 3 次改正)第 6 条)。農民 集団は,集団有とされる土地,施設等の所有主体であ り,当該土地,施設等の具体的な管理運営機関が農民 集団経済組織といわれる(民法通則(1986 年 4 月制定) 第 74 条)。多くの場合,郷(鎮)には郷(鎮)農民集 団経済組織(経済合作社連社等と呼称)が,村には村 農民集団経済組織(経済合作社等と呼称)が置かれ, 当該地域の農民集団を代表して各種の経済活動を実施 している。ただし,実際にはそれぞれ郷(鎮)政府お よび村民委員会と一体となっている場合も多い。
3.株式合作制の理念の具体化
株式合作制は,前述したとおり,もともと企業 制度として明確に想定されたものがあったわけで はなく,改革開放後の中国農村の特殊な政治的, 経済的情勢を背景にして生み出されたものであ る。このため,制度としては何ら確立したような ものはなく,実質的に白紙の状態であった。 その後,現実的に郷鎮企業の 1 企業形態として 株式合作制の試みが各地で行われるようになり, 郷村集団企業の活性化,経営再建等のために株式 合作化の普及が現実に進む中で,農村株式合作企 業の取扱いや指導内容等に関する公的文書が累次 発出され,株式合作制の理念の具体化が試みられ てきた。 中共中央 1983 年 1 号文件は,実態としての農 村での株式合作制を公式に承認し,株式合作制に 関する基本的な考え方を示したものとして意味の あるものである。同文件では,「株式合作制」と いう用語は用いていないものの,中国農村の状況 に照らせば,企業経営において,生産手段の公有 化の程度や分配方法等で異なった方式をとること はあり得るのであり,たとえば「労働結合を実施 すると同時に資金結合を実施することができる」 ものとした上で,「どのような結合であっても, 労働者間の自主互利の原則を遵守し,国家の計画 指導を受け,民主的管理制度を有し,公共資金の 留保〔公共提留〕を行い,積立金〔積累〕は集団 所有とし,労働に応じた分配を実行し,または労 働に応じた分配を主とするのであれば,同時に一 定の比率での株金配当があっても,すべて社会主 義的性格の合作経済に属する。」としている。こ こでは,株式合作制を労働結合と資金結合の同時 実施を行うものとして理念的にとらえた上で,労 働に応じた分配の原則の緩和と一定の株金配当を 行うことを容認している。 中共中央 1985 年 1 号文件では,株式合作制に ついて,「この種の方法は提唱に値する」として, 今後は株式合作制を積極的に推進する姿勢が示さ れることとなった。また,同文件では,株式合作 制の実践例について言及し,「ある合作経済では 株式経営〔合股経営〕,株金配当の方法を採用し, 資金を株式とすることができ,生産手段および基 本建設に投入した労働も計算して株式とすること ができ,経営所得利潤の一部を株式に応じて分配 している」と述べている。これは,株式合作制に おいて,出資して株式となし得る対象は,資金, 生産手段および労働(基本建設に投入したものと して計算されたもの(1))であり,また,株式に応 じて分配ができるのは利益の一部であることを明 確にしたものである。 1987 年から国務院は全国で 21 の農村改革試験 区を設定して各種制度の試験実施を行うこととし たが,その中で郷鎮企業制度は重点試験項目の一 つとされ,特に山東省淄博(ズーボ)市周村では 株式合作制の実施,調査が行われた。「周村試験 区での主要な試験内容は,郷鎮企業があまねく株 式合作制を実施する道を詳しく検討することであ る。」(2)とされ,株式合作制を郷鎮企業の普遍的 制度として確立しようとした当時の中央政府の意 図が示されている。なお,当時,郷鎮企業制度の 改革においては郷村集団企業の株式合作化が重視 されていたため,周村でも郷村集団企業の株式合作化のための試験実施がなされた。すなわち,試 験区における株式合作制の制度化のための検討 は,郷村集団企業の株式合作化を主たる課題とし て行われたのである。 こうした経緯を踏まえて,1990 年 2 月に農業 部「農民株式合作企業暫定規定」(以下「暫定規定」 という。)が制定され,さらに 1992 年 12 月には 同じく農業部から「郷鎮企業株式合作制を推進し 改善することに関する通知」(以下「推進改善通知」 という。)が発出された。 この推進改善通知以降,農村の株式合作企業に 関するまとまった公的文書は中央政府からは発出 されていない。このため,推進改善通知が農村の 株式合作制に関する現時点での基本的な規範性文 件とされている(3)。ただし,一方で,暫定規定は 現在でも廃止されておらず,有効である(4)とさ れており,形式面での整備はなされていない。 ところで,暫定規定および推進改善通知はとも に株式合作企業に関する定義を置き,株式合作制 の理念の具体化を図っているが,両者の間には重 要な相違がみられる。そこで,ここでは,両者の 定義を示した上で,その相違について検討するこ ととしたい。 両者の定義はそれぞれ次のとおりである。 ア 暫定規定の定義(暫定規定第 2 条) 「本暫定規定において農民株式合作企業とは,3 戸(5)以上の労働農民が,協議によって資金,実 物,技術,労働力等を株式とし,自主的に組織し て生産経営活動に従事し,国家の計画指導を受 け,民主管理を実行し,労働に応じた分配を主と し,また一定比率の株金配当があり,公共資金積 立があり,独立して民事責任を負うことができ, 法に基づき設立を許可された経済組織である。」 イ 推進改善通知の定義(推進改善通知の一) 「株式合作企業とは,2 人以上の労働者または 投資者が,規約または協議によって,資金,実 物,技術,土地使用権等を株式とし,自主的に組 織して,法に従って各種生産経営サービス活動に 従事し,民主管理を実行し,労働に応じた分配と 株式に応じた分配とを結合し,あわせて公共資金 積立を有する企業法人または経済実体をいう。」 両者にはいくつかの相違が見られるが,株式合 作制の本質に関わる重要な相違点として,次の 4 点が指摘できる(6)。 一つ目は,株式合作企業の構成員の人数につい て,暫定規定では「3 人以上」であったものが推 進改善通知では「2 人以上」に変更されているこ とである。これは,暫定規定では労働結合を強調 する観点から「多数」の意味合いを込めて 3 人以 上とされていたものが,推進改善通知では労働結 合への要請が全体として弱まる中で,多数ではな く複数であれば良いとして構成員の人数に関する 要件が緩和されたものと考えられる。ただし,2 人では多数の者の協同によって事業を実施すると いう協同組合の理念が実質的に放棄されたものと なっているといわざるを得ない。たとえば,2 人 のみの出資によって企業を設立したとすれば,ど ちらか一方が相手方より多く出資すればその者の 出資は過半数を超えるのであり,実質的な経営は その者によって単独になされるという事態も容易 に想定される。すなわち,「3 人」を「2 人」に変 更することによって,協同組合原則の現実的な貫 徹は困難となっているのである。 二つ目は株式合作企業を組織する者が「労働農 民」から「労働者または投資者」に変わったこと である。1983 年 1 号文件で「労働結合を実施す ると同時に資金結合を実施する」とされていたよ うに,株式合作企業では出資者がすなわち当該企 業での労働に従事する労働者であると考えられ, 暫定規定ではそのような規定がなされていたので あるが,推進改善通知では「労働者」のほかに「投 資者」が加えられてこの原則を崩すものとなって いる。推進改善通知の定義の規定ぶりから,投資 者も生産経営サービス活動に従事するものと考え られているとの読み方もあるかもしれないが,こ こでの「生産経営サービス活動」の実質的な主語 は企業であって,企業の活動内容を記載したもの と解するべきであろう。また,投資者が当該企業 での何らかの労働に従事することが想定されてい るのであれば,わざわざ規定上に投資者を加える ことなく,労働者だけでよかったはずである。し たがって,推進改善通知は,株式合作制におい て,労働に従事せずに出資だけを行う者があるこ とを公認したものであるということができる。こ うした出資者が増加すれば,株式合作企業は株式 企業と実態として変わらないものとなろう。
三つ目は,株式取得のための出資対象として は,暫定規定では「労働力」が明記されていたが, 推進改善通知では労働力は削除されたことであ る。そして替わりに「土地使用権」が記載されて いる。暫定規定では,1985 年 1 号文件において 株式化の対象として認められていた「労働(基本 建設に投入したものとして計算されたもの)」と は異なり,企業での生産労働も出資として認める 労働株の導入が意図されていたのである。労働株 の制度が採用されれば,労働者は必然的に出資者 となるので,労働結合と資本結合の同時実施とい う理念に即したものとなる。ただし,推進改善通 知で削除されたのはやはり労働株への利益分配を 具体的にどのように算出するかは現実的に難しい こと,資本充実の原則からは好ましいものではな いこと等の事情が考慮されたものであろう(7)。こ こにおいてもやはり株式合作制の本来の理念より は企業の合理的運営と出資者の利益が優先的に考 慮されたと見ることができる。替わりに土地使用 権が加えられたのは,この当時,農家の土地請負 経営権が徐々に成熟し,その権利の強化が図られ るようになっていた事情(8)を反映したものと考 えられる。 四つ目は,利潤の分配について,暫定規定では 「労働に応じた分配を主とし,また一定比率の株 金配当」を行うこととされているが,推進改善通 知では「労働に応じた分配と株式に応じた分配と を結合」するとされただけで,「労働に応じた分 配を主」とするとはされなかったことである。い うまでもなく労働に応じた分配は社会主義経済の 原則であり,前述したように 1983 年 1 号文件で もこのことが強調されていた。出資者がすべて労 働者であれば,利潤の一部を株式に応じて分配し ても,利潤は結果としてすべて労働者が受け取る のであり,労働に応じた分配を主とするという考 え方に矛盾しないかもしれないが,出資者に労働 者以外の「投資者」が存在し,利潤の相当部分を 株式に応じて分配するようになれば,労働に応じ た分配を主としているとはいえない状況が現れる こととなる。推進改善通知の定義は,こうした事 態も容認し得るものであり,やはり労働者でない 出資者に配慮した規定となっているのである。 このほかの相違点については,必ずしも株式合 作制の本質に関わるものとはいえないが,それぞ れが当時の社会経済情勢等を反映しているものと 考えられるので,次に触れておくこととしたい。 企業の設立運営に関する当事者間の取決めの形 式を暫定規定では「協議」としていたが,推進改 善通知では協議のほかに「規約」が加えられてい る。このことは,企業の運営方法等が明らかでな く紛争が多発していたため,明文の規定による取 決めを行うことが適当と考えられたことによるも のであろう。 「国家の計画指導」を受けることについて暫定 規定には規定はあるが推進改善通知で削除されて いるのは,市場経済が浸透した実態に合わせたも のであることはいうまでもないであろう。なお, 株式合作企業が「独立して民事責任を負う」こと について推進改善通知で記載がないのは,推進改 善通知の規定中の「企業法人」(9)にその意味が含 められているためである。 暫定規定と推進改善通知との以上の比較で明ら かなとおり,推進改善通知の定義では,株式合作 企業の現実的状況等に配慮した結果,労働結合と 資本結合の同時実施という株式合作制の理念的原 則と考えられていたものが崩れ,株式合作制の制 度的内容もかえってあいまいでわかりにくいもの となっている。社会主義的な色彩が薄まり,出資 者である株主の利益が重視されるようになった結 果,当初の株式合作制の理念を十分に貫徹するこ とは現実的に困難であることが認識されるように なったのである。 1992 年の推進改善通知は 1990 年の暫定規定の わずか 2 年後に出されたものであるが,内容的に このような大きな変化が見られるのは,1989 年 の天安門事件から経済的混乱が続いた後,1992 年初めの鄧小平南方講話を経て同年 10 月の中国 共産党第 14 回全国大会で市場経済化の推進が確 認されることとなったという政治的情勢とも無縁 ではないだろう。 いずれにしても,合作制と株式制の結合または 労働結合と資本結合の同時実施といった株式合作 制の理念を制度面で具体化していく試みは,現実 的には理念の一部修正を余儀なくされるなど,結 果として思うようには成功しなかったのである。 換言すれば,現在の株式合作制を,制度形成の当
初に考えられていたような合作制と株式制の結合 という基本的枠組みだけで考えることは適当では ないということであり,株式合作制の性格等を把 握するためには株式合作制の制度的内容を具体的 に検討することが必要とされるのである。 注⑴ ここで株式となし得るのは,企業の施設,資産の形 成に寄与した労働であると解せられるので,企業の生 産労働に従事することをもって出資と認める労働株の 導入は考えられていない。 ⑵ 郷鎮企業年鑑〔53,1990 年版,279 ページ〕。 ⑶ 蔡養軍〔5,89 ページ〕。この後,1994 年 3 月農業部 「郷鎮企業財産権制度改革意見」等で株式合作制につい ての言及がなされるが,これらは株式合作制の運用に 関する注意事項的なもので,株式合作制の概念を新た に形成するようなものではなく,また体系的なもので もない。 ⑷ 暫定規定は,1997 年 12 月 25 日農業部令「規章およ び規範性文件の整理結果(第 39 号)」によって,技術 的な修正はなされたものの,廃止されなかった。 ⑸ ここで戸とは,「農業を営む家庭,すなわち農村を構 成する独立の農家」をいい,「一戸とは一人または複数 人が参加し,共同で生産的経済活動を行っているもの」 であることから,「設立申請人の人数は最低三人」とい うこととなる(王保樹,崔勤之〔37,189 ページ〕)。 ⑹ 本稿で指摘する 4 点のうち,張暁山ほか〔50,20 ∼ 21 ページ〕では,第 2 点から第 4 点までの 3 点につい ての指摘がなされている。これら 3 点についての指摘 事項は基本的に本稿と同趣旨であるが,同論文では結 論のみが簡潔に記されるのみで,理由が十分に示され ていない。そこで本稿では,定義の具体的規定に依拠 し,各種の解釈の余地も勘案しながら,妥当と考えら れる解釈の内容と理由を具体的に示すこととした。 ⑺ 労働株の制度的問題については,石井〔16,274 ∼ 281 ページ〕に詳しい。 ⑻ 農家請負経営における土地の請負期間は従来 15 年で あったが,1993 年 11 月中共中央・国務院「当面の農 業および農村経済発展に関する若干の政策措置」で 30 年に延長された。 ⑼ 企業法人の責任については,民法通則第 48 条に「集 団所有制の企業法人は企業所有の財産でもって民事責 任を負う。」との規定がある。なお,株式合作企業は暫 定規定および推進改善通知においても集団所有制経済と 見なされている(暫定規定第 3 条,推進改善通知の一)。
4.郷村集団企業の株式合作化
中国農村では,前述のとおり,1980 年代初め 頃から各種形態の郷鎮企業が設立されるようにな るが,郷村集団企業の占める地位は依然として大 きく,農村経済で重要な役割を果たしていた。 中国の統計で,郷村集団企業以外に農家連営 〔聯 〕企業および個体企業に関する数値が掲載 されるようになるのは 1984 年からである。1984 年の全国の郷鎮企業数は 607 万企業で,そのうち 郷村集団企業が 186 万企業(全体の 30.7%),農 家連営企業と個体企業(以下「農家連営・個体企業」 と総称する。)はあわせて 421 万企業(同 69.3%) である(1)。企業数ではすでに農家連営・個体企業 が多くなっているが,従業員数では郷村集団企業 の 3,982 万人(同 76.5%)に対して農家連営・個 体企業は 1,226 万人(同 23.5%),生産高では郷 村集団企業が 1,466 億元(同 85.7%),農家連営・ 個体企業が 244 億元(同 14.3%)であり,郷村集 団企業の占める比率が高い。 この後,農村経済の自由化が進展するに伴っ て農家連営・個体企業がさらに増加し,1990 年 には郷村集団企業数が 145 万企業(全体の 7.8%) であるのに対して農家連営・個体企業数は 1,728 万企業(同 92.2%)となるが,従業員数は郷村集 団企業が 4,592 万人(同 49.6%),農家連営・個 体企業は 4,672 万人(同 50.4%),生産高は郷村 集団企業が 5,429 億元(同 64.2%),農家連営・ 個体企業は 3,032 億元(同 35.8%)であり,郷村 集団企業が依然として農村経済で重要な役割を果 たしていることがわかる。 このように,郷村集団企業は農村経済において 重要な地位を占め,その経営動向は農村経済に大 きな影響を与えるものであったが,郷村集団企業 は人民公社時代の社隊企業を基礎としたものが多 く,その運営も社会主義的な集団経済の考え方が 基本とされていた。すなわち,郷村集団企業は郷 (鎮)または村の農民集団経済(2)から分離した存 在ではなく,農民集団経済の一部であり,郷村集 団企業の活動による利益は基本的に農民集団経済 に還元されなければならないというものである。 このため,郷村集団企業の目標は,「企業利潤 および収入の最大化を追求するだけではなく,社 区利益の最大化,社区就業の最大化,社区福利の 最大化,さらには社区生産高の最大化の追求を含 む」(3)ものとされていた。社区とは,基層社会, 社会単位または地域社会を指す概念であって,多義的に使われる用語であるが,この場合は具体的 には郷(鎮)または村の農民集団経済を別のいい 方で表現したものである。郷村集団企業は,利潤 を追求する企業としての存在というだけではな く,郷(鎮)または村の農民集団が所有経営する 企業として,農民集団経済に対する各種の役割が 期待されていたのである。 このように,郷村集団企業の経営を通じて,農 民集団経済を向上させようとする期待には大きな ものがあったが,一方で,郷村集団企業の意思決 定に関する自主性は不完全なもので,大多数の地 域では郷村の党政府機関の責任者等の農村幹部が 投資や人事を含めた郷村集団企業の経営に関与し ていた(4)。もとより農村幹部は一般的には企業経 営の専門家ではなく,そうした者が企業経営に関 与することは企業の効率的経営を妨げ,また,企 業の経営責任をあいまいにする等の弊害があるこ とは否めない。 このため,郷村集団企業のうちには損失を重 ね,資産を流失したりするものが多かった。すな わち,郷村集団企業は「政治と企業が分かれてお らず〔政企不分〕,権限と責任が不明確であり, …“責任のある人には権力がなく,権力のある人 には責任がない”という状況が形成され,“企業 が損失を負担し,工場長は利益を負担し,政府は 責任を負担し,銀行は債権を負担する”という現 象が出現する」(5)事態となっていたのである。 以上のような状況に対応するため,郷村集団企 業の制度的改革が求められることとなったが,そ のための最も有力な手法として考えられたのが郷 村集団企業への株式合作制の導入であった。ただ し,1980 年代においては,株式合作制は制度し て明確なものがなく,その内容もあいまいであっ たため,確立した制度を郷村集団企業に適用する というのではなく,郷村集団企業の実態に即して あらためて株式合作制の制度的内容を決めていく ことが必要とされることとなった。 株式合作制の制度的内容を決めるに当たって は,郷村集団企業の企業的発展を前提としつつ, 郷村農民集団,企業従業員,外部投資者という関 係者の利害調整が図られねばならない。そして, その利害調整は,基本的には企業の株式合作化の 過程,すなわち企業資産を株式化した上で,株式 をどのように分配し,また株式を有する者にどの ような権利を与えるかによってなされることとな る。 株式合作化の際の株式の分配方法および権利内 容については,前節で触れたとおり,1987 年か ら,農村改革試験区の山東省淄博市周村において 株式合作制に関する試験実施が行われており,そ の後,推進改善通知において具体的な規定がなさ れている(6)。株式の分配方法等について周村での 実施内容と推進改善通知での規定内容を整理した ものが第 2 表である。 まず株式の分配については,企業資産の形成の 由来に応じて,その形成した主体に株式を分配す るという原則が採用されていることがわかる。郷 村農民集団の投資等によって形成された資産は, 株式化され,集団株または郷村株として農民集団 の所有とされる。 個人株については,周村では,当該村村民や企 業従業員の労働,従事が企業資産の形成に寄与し たものと認められ,これを個人株として分配する こととされている(7)が,推進改善通知ではこの 考えがなくなり,個人株とされるのは個人が新た に投入した資産についてである。これは,従業員 の労働等が資産形成の上でどれだけ寄与したのか を客観的に計ることが難しく,また企業資本の充 実が重視されるようになったためと考えられる。 企業株は,企業活動によって得られた利益の一 部等を企業内に留め置き従業員の共同所有とする ものである。推進改善通知では企業株は二つの種 類に分かれる。一つは企業の積立によって形成さ れたもので,従業員が当該資産の形成に寄与した という考えから,企業への貢献状況に応じて従業 員個人に分配することも可能だが,当該株式の権 利は属人的で配当が受けられるだけのものであ る。もう一つは国家の税減免によって形成された ものである。これは資産形成の由来からすれば本 来国家に属するものであるが,すでに企業の資産 とされているので,そのまま企業内に留め置か れ,企業株とされたものである。 社会株・社会法人株および外資株は企業に対す る投資に応じてそれぞれの投資者が所有する。な お,周村では外部からの労働を社会株として認め ていた(8)。
次に,株式を有する者すなわち株主の権利内容 についてであるが,株主の権利は通説では利益配 当請求権を中心とした自益権と議決権を中心とし た共益権に区分されるので,それぞれについて見 ていくこととしたい。 自益権については,株式の種類によって内容が 異なっているが,基本的に権利の内容は利益配当 請求権であるということは共通している。株式の 譲渡が可能かどうかという点については,集団 株・郷村株は,農民集団の共同所有であり,また 企業資産の勝手な処分による流失の防止が株式合 作化の目的の一つであることから,譲渡が可能と しても集団資産の流失防止という観点からの制約 が働くこととなる(9)。企業株も株式は企業内に留 め置かれ,譲渡はできない。個人株,社会株・社 会法人株および外資株は譲渡が可能と考えられる が,株式合作企業では株主が従業員であるかどう か等の企業と株主との人的関係が重視されるの で,譲渡には一定の制約があるものと考えられ る。これについては推進改善通知では「株式は規 定された条件の下で,または範囲内で譲渡するこ とができる」(同通知の三)と規定し,暫定規定 では株主総会または董事会に申請して,関係手続 きをとれば株式の譲渡は可能である(同規定第 19 条)としている。 一方,共益権については,株主総会を設立する ことは規定されている(推進改善通知の五)もの の,議決権等についての具体的規定がない。すな わち,株式合作企業では,株主の共益権は制度的 な保証がなされていない。また,一方で,もし株 式合作企業において協同組合のように一人一議決 権という原則で管理運営が行われるとするなら ば,組織運営の基本原理として一人一議決権とい う明文規定が不可欠であるが,そうした規定もな い。このことは,郷村集団企業が株式合作化され たとしても,新たに創出された従業員等の株主が 企業の運営管理に権利者として参画することは保 証されず,多くの場合,企業の運営管理は,当面 は従前と同様,郷村によってなされることを意味 するものであろう。 以上のように,郷村集団企業の株式合作化は, 企業資産をその形成の由来に応じて各形成主体に 分配することによって,企業の所有主体と利益の 帰属を以前より明確(10)にすることは可能となっ 第 2 表 株式合作企業の株式の種類 株式の種類 山東省淄博市周村での実施内容 推進改善通知での規定内容 集団株(周村)・郷 村 株( 推 進 改 善 通 知) 企業の純資産を株式化し,その全部を集団株(所 有権代表は村集団経済組織または郷(鎮)経済 委員会)とするか,または一定の比率で集団株 と個人株とに分ける。 当該企業に対する郷村集団経済組織の直接投資 および追加投入による資産を株式化したもの。 郷(鎮)または村(村民小組)を区域とする農 民集団の共同所有。 個人株 当該村村民の労働年数または当該企業従業員の 従事年数および給料に応じて個人に分配。ただ し払戻しはできない。 個人が資金,実物,技術等で投入した資産を株 式化。資産を投入した当該個人(従業員または 社会の個人)が所有。相続,譲渡,贈与ができ る。 企業株 企業税納付後の利潤から今後一定比率で形成等。 企業自身の積立または国家の税減免によって形 成された資産を株式化。従業員の共同所有。企 業の積立によって形成した株式は,一部を企業 に対する貢献の状況によって従業員個人に分配 することができるが,相続や譲渡はできず,た だ配当が受けられるのみ。国家の税減免によっ て形成された株式は,拡大再生産のために企業 にとどめておくことができるだけ。 社会株(周村)・社 会 法 人 株( 推 進 改 善通知) 社会から資金,設備,技術特許,労働を吸収し て社会株とする。 社会法人(企業法人,法人格を有する社会団体 等)が企業に投入した資金,設備,原材料,発 明権,特許権等の資産を株式化。資産を投入し た当該社会法人が所有。 外資株 − 外国投資者が企業に投入した資金,設備,技術 等の資産を株式化。資産を投入した当該外国投 資者が所有。 資料:郷鎮企業年鑑〔53,1990 年版〕の記述等から筆者作成.
たが,株式形成由来に応じた分配を重視した結 果,株式の種類によって権利内容が異なることと なり,また,株主の共益権は実態として顧みられ ることなく,企業の運営管理の改善には十分な役 割を果たすことができなかったということができ る。 株式合作企業の運営管理については,改組前の 郷村集団企業と同様,場長(経理)責任制がとら れている(11)ことも運営管理の実態がこれまでと 大きく変わらないものであることを示すものであ る。 第 2 図は,郷村集団企業の株式合作化後の所有 と経営の関係を示したものである。同図では郷村 農民集団は株主として株式合作企業に参画するた め,企業の枠の外に出ているが,従来の郷村集団 企業では郷村農民集団は企業の所有者として企業 の枠の中で直接に場長(経理)を選任していた。 また,従来は,郷村農民集団は企業の利益を上納 金として受け取っていたが,株式合作化後は株式 の利益配当として受け取ることとなる。また,企 業の所有関係が明らかになることによって,外部 投資者による投資を呼び込むことが容易になった ことも株式合作化のメリットと考えられる。 ただし,株主の共益権の規定がないため株主総 会の運営は現実的には郷村農民集団の意思に左右 されやすいものとなる。場長(経理)が郷村農民 集団の意思すなわち農村幹部の意向によって選任 されることも実態として以前と変わらず,政治と 企業の分離も不十分であった。 すなわち,株式合作化によって,企業所有は従 来の郷村農民集団から,株式の所有者である個人 等に多様化したが,企業支配は依然として郷村農 民集団に委ねられていたのである。企業経営は郷 村農民集団が選任した場長(経理)によって行わ れた。したがって,株式合作化によって,ただち に経営陣の刷新,経営方法の改善,経営効率の向 上等がなされるというわけでなかった。株式合作 化によって投資を呼び込むこと等により一時的に 資本強化を図ることができるとしても,その後, 自立的かつ合理的に企業経営を行えるような経営 管理体制に改善されたというのではない。郷村集 団企業の抜本的な経営合理化にはさらなる改革ま たは取組が必要であった。 以上のとおり,株式合作制は,主として郷村集 団企業の経営の効率化,企業的発展等を目的とし て導入が進められ,郷村集団企業の実態に即した 制度の確立が求められたのであるが,企業資産の 株式化の方法に重点が注がれ,株主の共益権が事 第2図 農村株式合作企業の所有と経営 ①,②,③株主 ④選任 ⑤場長(経理)責任制 ⑥労働管理 ⑦構成員
実上無視される等,運営管理面では十分な制度化 がなされなかった結果,政治と企業の分離や企業 の効率的経営といった観点からの改革は不十分な ものにとどまった。株式合作制は,現在のとこ ろ,企業が安定的に発展できる制度としては,十 分に確立されないままとなっているのである。 注⑴ 中国郷鎮企業年鑑〔53,1991 年版〕。以下に記述す る郷鎮企業に関する 1984 年および 1990 年のいずれの 数値も同年鑑による。なお,郷村集団企業に関する数 値は,郷営企業と村営企業の合計数値である。 ⑵ 農民集団および農民集団経済組織に関する説明につ いては,第 2 節の注(13)を参照。ここで農民集団経 済とは,この農民集団に関する経済のことである。 ⑶ 中国郷鎮企業年鑑〔53,1990 年版,260 ページ〕。 ⑷ 中国郷鎮企業年鑑〔53,1990 年版,260 ページ〕。 ⑸ 蔡養軍〔5,103 ページ〕。 ⑹ 株式の分配方法および権利内容について,暫定規定 には具体的な規定がない。 ⑺ 労働による企業の資産形成への寄与を株式となし得 るとするのは,中共中央 1985 年 1 号文件の考え方と共 通したものである。 ⑻ ここでの労働は,いわゆる一般的な生産労働ではな く,専門技術性を有する労働と考えられるが,その運 用の実態は明らかではない。 ⑼ ただし,この後,現実的には集団株の売却は進んだ。 周村では,改革初期(1988 年)の集団株の比率は 70% であったが,1994 年には集団株の比率は 10 ∼ 30%と なった。また,江蘇省無錫市における株式合作化への 改革では,改革初期の 1993 年においては集団株の占 める比率は 60.1%であり,個人株は 25.98%であった が,1997 年末には集団株は 28.8%に減少し,個人株は 59.99%に上昇した(余忠ほか〔47,43 ページ〕)。これ は,経営の自主性の拡大や企業資本の実質的増強を図 るために集団株の売却や外部投資の呼び込みが行われ たためと考えられる。 ⑽ ただし,株式の郷村農民集団所有という概念は,具 体的には個々の農民はどのような権利を持つのかと いったように,依然として不明確な点も多く,その面 でのあいまいさは残っている。 ⑾ 郷村集団所有制企業条例第 22 条,暫定規定第 18 条, 推進改善通知の五。場長(経理)は,企業の法定代理 人(郷村集団所有制企業条例第22条,暫定規定第17条, 推進改善通知の五)として企業経営に責任を負うため, 職務としては日本の社長に相当する。ただし,日本の 社長は総会で選出された取締役の中から互選するため 総会によって社長の人選が限定されているが,場長(経 理)は董事会が選任するため場長(経理)の人選に総 会が関与することはできない。このことは,日本の取 締役会と中国の董事会との最も顕著な相違であり,中 国の董事会のほうが日本の取締役会よりもフリーハン ドの余地が大きいといえるであろう。
5.農村株式合作企業の企業形態
( 1 ) 中国企業の企業形態と農村株式合作企業 中国では,かつては社会主義経済の下での所有 制別の企業形態しか認められていなかったが,近 年では,1993 年の公司法(2005 年 10 月に全面改 正。以下,全面改正後の公司法を「2005年公司法」 という。)の制定等により,株式会社等の各種の 企業形態が認められるようになった。 現在の中国企業の法律形態(1)を根拠法規とと もに示せば次のとおりである。 ① 全人民所有制工業企業(1988 年全人民所 有制工業企業法) ② 郷村集団所有制企業(1990 年郷村集団所 有制企業条例) ③ 都市集団所有制企業(1991 年都市集団所 有制企業条例) ④ 株式会社(2005 年公司法) ⑤ 有限責任会社(2005 年公司法) ⑥ 組合〔合 〕企業(1997 年組合〔合 〕 企業法) ⑦ 個人独資企業(1999 年個人独資企業法) このほか,1996 年に郷鎮企業法が定められて いるが,同法は企業関係者の権利義務関係等の企 業形態を定めたものではない。同法によれば,郷 鎮企業とは「農村集団経済組織または農民が主と して投資し,郷鎮において設立され,農業を支援 する義務を引き受ける各種の企業をいう」(同法 第 2 条)のであって,独立した企業形態ではない。 農村株式合作企業(2)は,郷鎮企業のうちで株式 合作制を採用した企業形態であるということがで きる。 農村株式合作企業を,出資(所有),支配,経 営という企業の経済形態(3)の観点から他の企業 形態との比較を行ったものが第 3 表である。な お,同表では,企業形態の相違をより明確にする ために「責任」の欄を加えた。また,経済形態の 欄には代表的な形態と思われるものを記入した。 たとえば,株式会社は資本的集団企業としたが, 実態としては有限責任会社と同様の混合的集団企業と見られるものも少なくない等である。 同表のうち,全人民所有制企業(いわゆる「国 有企業」),郷村集団所有制企業(本稿の「郷村集 団企業」)および都市集団所有制企業は,社会主 義的所有制を前提としたものであり,社会主義企 業の一形態である。所有および支配は国または集 団に属し,国または集団によって任命された者 (場長または経理)が企業経営,生産等を請け負 う。責任はそれぞれの企業財産を限度に国または 集団が負担する(4)。危険負担を個人が負うことは なく,責任の所在があいまいなのが社会主義企業 の欠点といってもよいであろう。 株式会社および有限責任会社は,我が国にお ける 2006 年 5 月 1 日の会社法施行前の株式会社 および有限会社と基本的な考え方は共通してい る。ただし,現実に企業経営を行う経理は,董事 会(董事は株主総会または従業員代表大会で選 出(2005 年公司法第 38 条,第 45 条,第 100 条, 109 条))によって選任され,董事会に対して責 任を負うこととされている(2005年公司法第50条, 第 114 条)。 組合〔合 〕企業は我が国の合名会社に類似し た企業形態であり,出資して経営する者が無限連 帯責任を負う人的集団企業である。個人独資企業 は 1 人の個人が出資,経営する個人企業である。 農村株式合作企業は,暫定規定の定義で想定さ れていたように従業員がすなわち出資者であり生 産経営活動にも従事するということであれば人的 集団企業としての性格を有することとなろうが, 推進改善通知の定義では出資者には従業員のほか にも多様な者が想定されるようになっており,出 資と経営の一部分離が見られるので,企業の経済 形態としては混合的集団企業として分類すること が適当と考えられる。 また,責任については,持株を限度に農民集 団,個人その他の出資者が有限責任を負う仕組み となり,所有制の観点からは社会主義企業の性格 を基本的に払拭したものになっているということ ができよう。 しかしながら,支配と経営の関係を見れば,農 民集団が依然として企業支配を行い,当該集団か ら選任された場長が企業経営等を請け負うという 社会主義企業の性格が実態として存続している。 集団と企業との関係に社会主義的性格を残存させ ることとなったのは,前節で述べたとおり,株主 の共益権に関する取り扱いをあいまいにし,経営 第 3 表 中国企業の経済形態 企業の法的形態 出資(所有) 支 配 経 営 責 任 経済形態 全人民所有制企業(国有 企業)〔1988 年全人民所 有制工業企業法〕 国 国 企業に経営管理 権を付与(2 条) 企業財産を限度 に国 社会主義企業(全 人民所有制) 郷村集団所有制企業(郷 村集団企業)〔1990 年郷 村集団所有制企業条例〕 農民集団 農民集団 場長(経営請負)企業財産を限度 に 農 民 集 団(17 条) 社会主義企業(集 団所有制) 都 市 集 団 所 有 制 企 業 〔1991 年都市集団所有制 企業条例〕 労働者集団 労働者集団 場長(経営請負)企業財産を限度 に労働者集団(18 条) 社会主義企業(集 団所有制) 株式会社〔2005 年公司法〕個人,法人 董事会 経営者(経理) 出 資 額( 株 式 保 有額)を限度に 個人,法人 資本的集団企業 有 限 責 任 会 社〔2005 年 公司法〕 個人,法人 董事会 経営者(経理) 出資額を限度に 個人,法人 混合的集団企業 組合(合 )企業〔1997 年組合(合 )企業法〕 個人(複数) 個人(同左) 個人(同左) 個人の無限連帯 責任(39 条) 人的集団企業 個 人 独 資 企 業〔1999 年 個人独資企業法〕 個人(1 人) 個人(同左) 個人(同左) 個人の無限責任 (2 条) 個人企業 農村株式合作企業〔推進 改善通知〕 農 民 集 団, 個 人 等 農民集団 場長(経営請負)持株を限度に農 民集団,個人等 混合的集団企業 (社会主義的性格 の残存) 資料:筆者作成. 注.「企業の法的形態」欄の〔 〕内は各企業形態の根拠法令であり,条番号は当該根拠法令のものである.
に関する改革が不十分なままに終わったためであ る。 ( 2 ) 協同組合,株式会社との比較 農村株式合作企業は,複数の農家の共同出資に よって設立された企業が,社会主義的性格への要 請に対応する中で,合作制の要素を取り入れたも のであり,その後,現実への妥協の過程でもとも との理念の一部修正を迫られるようになったこと は前述したとおりであるが,いずれにしても一般 的には農村株式合作企業には協同組合と株式会社 の両制度の要素が含まれているものと考えられて いる(5)。そこで,農村株式合作企業の企業形態の 具体的内容を把握するためには,協同組合および 株式会社との比較を行う必要がある。 ここで,協同組合との比較を行う場合,株式合 作企業は基本的に労働者生産協同組合としての性 格を有するものであり,農家,事業者等が構成す る農業,事業協同組合等とは性格を異にしている ことに留意が必要である。 労働者生産協同組合は,組合員はすなわち組合 内部で働く従業員であり,従業員自身で組合の所 有と管理が行われるが,農業,事業協同組合等 は,農家,事業者等の経営の相互扶助を目的とし ており,これらの協同組合が設立された後も農 家,事業者等の経営は基本的に以前のまま存続す る。また,組合の従業員が組合員である必要はな い(6)。このため,労働者生産協同組合と農業,事 業協同組合等とでは組合の事業目的,組織形態等 も異なる(7)ものとならざるを得ず,農業,事業協 同組合等は株式合作企業の比較対象としては適当 ではない。 ところで,中国では,現在,そもそも協同組合 に関する法律が制定されておらず,したがって労 働者生産協同組合に関する法制度も存在しない が,我が国では,組合員が従業員となり,従業員 によって組合の所有と管理が行われる協同組合の 形態として,中小企業等協同組合法における企業 組合がある。現行法制度の中では,株式合作企業 との比較対象としてはこの企業組合が最も近似し ていて適切であると考えられるので,ここでは企 業組合を取り上げて比較を行うこととした。 一方,株式会社との比較については,中国で は,現在,2005 年公司法が実施され,株式会社 に関する法制度が整備されているので,ここでは 中国の株式会社制度との比較を行った。 企業組合,農村株式合作企業および株式会社の 制度的比較の結果を一覧表にしたものが第 4 表で ある。 設立目的について,同表では,企業組合の設立 目的を企業組合定款参考例(全国中小企業団体中 央会平成 12 年 4 月 11 日)第 1 条の規定内容に従っ て相互扶助による協同事業の実施としたが,組合 自体は「一個の完全な企業主体」(8)であって,営 利を目的とした生産等の事業を行う(9)のである から,現実の設立目的は組合員の協同によって営 利事業を実施することにあるものといえる。した がって,設立目的自体に,企業組合,農村株式合 作企業,株式会社の間で,明確な性格上の差異が あるということはできない。 設立必要人数は,基本的には立法政策上の問題 と考えられるが,協同組合的性格を維持する観点 からは,最低人数を 2 人とすることには問題があ ることは前述したとおりである。なお,必要とさ れる人数の中に法人を認めるか,それとも個人の みに限定するかは,当該組織の性格によって異 なってくる。企業組合では,組合員個人の人的結 合を重視する観点から,設立に当たっての発起人 の中に法人が含まれることは認められない(中小 企業等協同組合法第 24 条第 1 項)。農村株式合作 企業については,暫定規定では「労働農民」に限 定されていたものが,前述のとおり推進改善通 知では「労働者または投資者」に改正されてお り,この「投資者」には内外企業等の各種法人が 含まれ,特に限定のない幅広い運用がなされてい る。株式会社の設立は 2 人以上 200 人以下の発起 人が必要(2005 年公司法第 79 条)であるが,こ の発起人の資格には限定がなく,外国人を含め, 自然人,法人いずれであってもよいと解されてい る(10)。 組合員資格・出資者制限も組織の性格に関係す る。企業組合の組合員は,原則として組合事業に 従事することが想定されていることから,個人が 原則とされるが,当該組合事業に必要な物資の供 給等を行う特定の法人には例外的に組合員資格が 認められている(中小企業等協同組合法第 8 条第