ニューラルネットワークを利用した日本の未観測流
域における流況推定
著者
新井 涼允, 豊田 康嗣, 風間 聡
雑誌名
水工学論文集 = Annual journal of hydraulic
engineering, JSCE
巻
75
号
2
ページ
I_307-I_312
発行年
2019-11
URL
http://hdl.handle.net/10097/00130920
doi: 10.2208/jscejhe.75.2_I_307ニューラルネットワークを利用した
日本の未観測流域における流況推定
新井 涼允
1・豊田 康嗣
1・風間 聡
2 1正会員 (一財)電力中央研究所 地球工学研究所(〒270-1194 千葉県我孫子市我孫子 1646) E-mail:[email protected] 2正会員 東北大学教授 工学研究科(〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 6-6-06) E-mail: [email protected] 本研究では日本の未観測流域を対象として,ニューラルネットワークを利用した流況推定手法の構築と 精度検証を実施した.ネットワークの出力値を年流出高 Qyear,豊水流出高 Q95d,平水流出高 Q185d,低水流 出高 Q275dおよび渇水流出高 Q355dから成る 5 つの流況指標とし,入力値を気象,土地利用,地質・土壌お よび地形に関する 25 種類の流域特性指標とした.流況推定精度は,Qyearにおいて最も高く(R2 = 0.76), Q355dにおいて最も低かった(R2 = 0.45).更なる流況推定精度の改善には,学習データ数の増加と,地形・ 土壌・地質・土地利用に関する流域特性指標の精査が必要であることを確認した.加えて,Q355dの推定精 度は,流況指標の中で最も学習データ数に対して感度が高いことを見出した. Key Words: observed streamflow, 5-hold cross validation, geological effect1. はじめに
最近,ニューラルネットワーク(Artificial Neural Network: ANN)を利用して世界全域の流況を推定する研究が Beck ら1)と Barbarossa ら2)によって報告された.これらの研究 は,ANN の出力値を流量観測データに基づく流況指標, 入力値をその流域における気象や地形,土地利用等の流 域特性指標とし,世界全域の膨大な流量観測データを利 用して ANN の学習を実施した.すなわち,この学習さ れた ANN を利用することで,流域特性指標から流況指 標を推定することができる. Beck ら1)は,流況指標として流況曲線に関わる指標や,
流出率,Baseflow Index (BFI)と呼ばれる全流出量に対する 基底流出量の割合,年流出量など,合計 17 指標を対象 とした.その結果,例えば年流出量は決定係数(R2)で 0.88 の推定精度を示した.加えて,4 つの全球水文モデ ルで世界全域における同様の流況指標を計算し,ANN による推定値と比較した.その結果,Beck ら1)は,全て の流況指標に関して ANN の方が全球水文モデルよりも 良好な推定精度を示すことを確認した.Barbarossa ら2)は, 流況指標を月平均流量の年平均値,年最高値および年最 低値とした.その結果,例えば月平均流量の年平均値は 決定係数(R2)で 0.91 の推定精度を示した.最終的に,空 間解像度約 1 kmで流況指標の全球マップを作成した. 以上より,ANN を利用した流況推定手法は高精度な 推定結果を期待できるため,未観測流域における流況推 定手法として有力であると考える.また,筆者の知りう る限りでは,ANN を日本の未観測流域の流況を推定す る目的で利用された事例はない.そこで本研究では,日 本の未観測流域を対象として流況を推定するために, ANN による流況推定手法を構築し,その精度を検証す ることを目的とする.ただし日本の主要な河川には,多 くの場合,利水や治水を目的としてダムや取水堰堤等が 設置されていることから,日本の未観測流域はそれらの 設置がない最上流の小規模流域に限定されると考えた. そのため,まず,利水や治水の影響を受けていない流量 観測地点を選定した.次に,選定された地点における流 況指標と流域特性指標をそれぞれ整備した.最終的に, 流域特性指標から流況指標を推定するための ANN を構 築し,その精度を検証した.
2. 対象流域
国土交通省が公開しているダム諸量データベース (http://mudam.nilim.go.jp)において,日流量が入手可能なダ ム流域の中から,対象流域を選定した.ダム諸量データ ベースの公開状況と流域特性指標の整備状況を考慮して, 対象観測期間を 1993~2015 年までとした.また,日本の 未観測流域は利水や治水の影響を受けていないと考えた ため,当該ダム地点より上流にダムがないことと,発電 取水によって当該ダム地点が減水区間に該当しないこと をダム年鑑3)と国土地理院地図(https://maps.gsi.go.jp/)を活用 することで判断した.また,ダム諸量データベースでは 0.01 m3/s オーダーまでの流量が整備されている.そこで, 各ダム流域における流量のオーダーを調べた.その結果, 流域面積が 5 km2以下の場合,0.01 m3/s オーダーの流量が 流況曲線の多くの範囲を占めるため,流況曲線を正確に 表現することが困難であることが判明した.よって,流 域面積が 5 km2以下のダム流域を対象流域から除外した. 加えて,年間の日流量データが 10 日以上欠損している 場合はその年のデータを除外し,かつ残った流量観測期 間が 5 年未満の場合はそのダム流域を対象流域から除外 した.以上より,ダム諸量データベースから計 215 地点 を対象流域として選定した.対象流域の内訳について表 -1 にまとめ,それらの位置を図-1 に示した.3. データセット
本研究では流況指標を出力値,流域特性指標を入力値 とした ANN を構築するため,それぞれを以下の通り整 備した. (1) 流況指標 本研究では全ての流況指標を流出高の単位(mm/d)に換 算し,年流出高(Qyear),豊水流出高(Q95d),平水流出高 (Q185d),低水流出高(Q275d),渇水流出高(Q355d)とした.ま た,流況指標を年単位で算定したため,1 指標あたりの 全データ数は,地点ごとのデータ期間の総和をとること で(表-1),4,711 となった. (2) 流域特性指標 本研究では気象,土地利用,地質・土壌および地形に 関する全 25 種類の指標を流域特性指標とした(表-2).流 域特性指標のデータソースや解像度については表-2 の通 りである.これらのデータソースは GIS データであるた め,ArcGIS 10.6 を用いて統合化し,HydroSHEDS12)の標高 データを利用することで対象流域の範囲において抽出し た.なお,データによって解像度が異なるため(表-2), 最近隣接内挿法によって 3 s 解像度として扱えるように 調整した.また,後述する河道網理論による減水パラメ ータ(GRFM)と勾配(SLO)以外の流域特性指標を求める際, 抽出した GIS データに対し必要に応じた処理を施した後, それらの空間平均をとった. 降水量と積雪水量はそれぞれ 1 mm/d 以上を示した日 データを対象とし,それらの合計値(Psum,Ssum),平均値 (Pα,Sα)および頻度(Pλ,Sλ)を年単位で求めた.ここでの 頻度は,待ち時間分布の性質を持つ指数分布を参考に, 降水あるいは積雪イベントが次に発生するまでの平均日 数の逆数とした.降水量のデータソースは観測雨量に基 づいた APHRO_JP4)である.積雪水量のデータソースは メッシュ農業気象データ 5)であり,これは熱・放射収支 を考慮した積雪水量モデル 5)によって推定されている. それ以外の流域特性指標は時間変化を考慮せず,流域で 固定値とした.乾燥度指数(AI)は年可能蒸発散量(PET)を 年降水量で除すことによって求まるが,Psumは年単位で 変 動 す る た め , 本 研 究 で は 国 土 数 値 情 報 (http://nlftp.mlit.go.jp/ksj/)のメッシュ平年値 2010 の年降水量 を利用した.高橋ら 9)は低水流出に地質が与える影響を 定量的に評価し,6 つの地質区分ごとに地質パラメータ (bT)を整理した.本研究では国土数値情報の表層地質に 基づいて地質を区分し,その面積率に応じてbTの加重平 均をとった.SoilGrids1km11)は深さ 2 m までの土壌を鉛直 方向に 7 つの層に分け,各層の粘土,シルトおよび砂の 割合を示すデータである.本研究では,それらを深さ方 向に平均化することでそれぞれの割合(CLAY,SILT, SAND)を求めた.Biswal・Marani13)は河道網理論に基づい て出水後の流量逓減に関するパラメータ(GRFM)を導出 した.GRFM の算定手順としてまず,HydroSHEDS12)の流 下方向データを利用しながら,最大長の流路区間の抽出, 表-1 選定された流量観測地点の内訳. 地点数 流域面積(km2) データ期間(y) 中央値 平均値 中央値 平均値 215 34.4 66.3 23 20.3 図-1 選定された流量観測地点の位置.それ以外の区間で 2 番目に長い流路区間の抽出という順 序で対象流域の流路を全て抽出する.その後,長さごと に流路区間数を整理し,その分布特性を基にGRFMを算 定する.なお,この分布特性と GRFM をつなぐ概念は Active Drainage Network と呼ばれるが,紙面の都合上説明
が困難なため,詳細については Biswal・Marani13)を参照 されたい.また勾配(SLO)を,HydroSHEDS12)の流下方向 データを利用して対象流域における最大長の流路区間を 抽出し,その中間地点と最下流地点間における距離と標 高差をそれぞれ計算することで算定した.ここで,最上 流地点ではなく中間地点を採用した理由は,対象流域が 主に山地に位置する小規模なダム流域であり,かつ利用 した流下方向データが高解像度(3 s)であることから,最 上流点が源流点ではないと考えたためである.
4. 方法
(1) ニューラルネットワークの構築 a) 基本構造 本研究では Beckら1)と Barbarossaら2)に倣い,中間層を 1 層とした ANN を構築した(図-2(a)).なお各ニューロン を,図-2(a)に示した通り,ニューロンの位置 i と層の位 置 j によって区別した.入力層では 25 の流域特性指標を 受け取り,出力層では 1 つの流況指標を出力する.その ため,入力層と出力層のニューロン数はそれぞれ 25と 1 であり,中間層のニューロン数は 30 とした.ANN では, 入力値を下流側のニューロンを介して伝播させることで 出力値が得られる.そのとき,中間層および出力層のニ ューロン(i, j)では次の演算が実施される. , , , , , 1 ( ) ( ) l i j i j i j i j i j i y f u f b x w = = = +∑
(1)ここで,yi,jはニューロン(i, j)の出力値,f(ui,j)は活性化関数,
lは 1つ上流の層におけるニューロン数,xi,jはニューロン
(i, j)への入力値,wi,jと bi,jはパラメータでそれぞれ重みと
表-2 流域特性指標.
流域特性指標 表記 単位 データソースと算定の概略 解像度
気 象
年降水量 Psum mm/y APHRO_JP4)を利用.年変動値とした. 180s
年平均日降水量 Pα mm/d APHRO_JP4)を利用.年変動値とした. 180s
年平均日降水頻度 Pλ 1/d APHRO_JP4)を利用.年変動値とした. 180s
年積雪水量 Ssum mm/y メッシュ農業気象データの積雪水量5)を利用.年変動値とした. 約 1km
年平均日積雪水量 Sα mm/d メッシュ農業気象データの積雪水量5)を利用.年変動値とした. 約 1km
年平均日積雪頻度 Sλ 1/d メッシュ農業気象データの積雪水量5)を利用.年変動値とした. 約 1km
年可能蒸発散量 PET mm/y CGIAR-CSI Global-Aridity and Global-PET Database6)を利用. 約 1km
乾燥度指数 AI - PET/年降水量で計算.ただし,年降水量としてメッシュ平年値 2010 (国 土数値情報) の値を利用した. 約 1km 平均気温 Tave ℃ メッシュ平年値 2010 (国土数値情報) の平均気温を利用. 約 1km 最高気温 Tmax ℃ メッシュ平年値 2010 (国土数値情報) の最高気温を利用. 約 1km 最低気温 Tmin ℃ メッシュ平年値 2010 (国土数値情報) の最低気温を利用. 約 1km 全天日射量 SOLAR MJ/m2 メッシュ平年値 2010 (国土数値情報) の全天日射量を利用. 約 1km 日照時間 LIGHT h メッシュ平年値 2010 (国土数値情報) の日照時間を利用. 約 1km 土 地 利 用
閉鎖林の割合 fCF % Global Forest Resources Assessment (FRA) 20007)を利用. 約 1km
疎林の割合 fOF % Global Forest Resources Assessment (FRA) 20007)を利用. 約 1km
農地の割合 fCROP % Global Land Cover-SHARE (GLC-SHARE)8)を利用. 約 1km
地 質 ・ 土 壌 高橋ら11)の地質パ ラメータ bT (mm·d)-0.5 表層地質データ (国土数値情報)に応じて高橋ら9)の地質パラメータを与 えた. 約 1km
岩石の透過率 PERM log10 m2 Global HYdrogeology MaPS (GLHYMPS)10)を利用. 約 1km
岩石の空隙率 PORO - Global HYdrogeology MaPS (GLHYMPS)10)を利用. 約 1km
粘土の割合 CLAY % SoilGrids1km11)を利用.土壌の深さ 2mまでの粘土の割合とした. 約 1km シルトの割合 SILT % SoilGrids1km11)を利用.土壌の深さ 2mまでのシルトの割合とした. 約 1km 砂の割合 SAND % SoilGrids1km11)を利用.土壌の深さ 2mまでの砂の割合とした. 約 1km 地 形 標高 ELEV m HydroSHEDS12)の標高データを利用. 3s 河道網理論による 減水パラメータ GRFM - HydroSHEDS12)の流下方向データを利用.Biswal・Marani13)の手法に従い 算定した. 3s 勾配 SLO - HydroSHEDS12)の標高・流下方向データを利用. 3s
バイアスを表す.このニューロン(i, j)における演算の模 式図を図-2(b)に示した.また本研究の活性化関数として, 中間層では正規化線形関数 fmid(ui,j),出力層では恒等関数 fout(ui,j)を採用し,それぞれ次のように表される. , , ( ) max( , 0) mid i j i j f u = u (2) , , ( ) out i j i j f u =u (3) また,利用するデータの平均と標準偏差をそれぞれ 1 と 0 に変換する標準化を実施することで,ネットワーク性 能の向上や学習の高速化が期待できるとされる14).その ため,本研究では次式を利用して,全ての流域特性指標 と流況指標を標準化した. ˆ ( ) v= −v v σ (4) ここで,v は標準化する指標,v とσはそれぞれその平 均と標準偏差,
ˆv
は標準化後の指標である. b) 学習方法 ANN の学習は,出力層における出力値と真値との誤 差が最小化するように,wi,jと bi,jを最適化することで実 現される.まず,誤差を得るために入力層から出力層へ の伝播によって出力層の出力値を求める.本研究では, 誤差の表現として以下に示す二乗誤差を採用した. 2 1,3 1 ( ) 2 E= y −T (5) ここで,E は誤差,y1,3は出力層の出力値,T は y1,3に対 する真値である.次に,wi,jと bi,jを勾配降下法によって 更新させる.勾配降下法による wi,jの更新は以下のよう に表現される. ( ) ( ) , , , ( ) , t t i j i j i j t i j E w w w η ∂ = − ∂ (6) ここで,t は学習ステップ数,ηi,jは wi,jの更新量の大きさ を決定する学習係数である.式(6)に含まれる勾配 ( ) , t i j E w ∂ ∂ は誤差を出力層から入力層に向けて伝播させ る誤差逆伝播法15)によって求まる.なお,b i,jの更新につ いても wi,jと同様に実施される.基本的に,以上のパラ メータ更新プロセスを学習データに適用することで学習 が進行する.ただし,本研究では学習の進行を最適化す るために,確率的勾配降下法14)を採用した.この手法で は学習データの適用順序がランダム化される.本研究で は学習データ数が多くないため,1 つの学習データに対 してパラメータを逐次更新させるオンライン学習14)を採 用した.さらに,学習の進行に応じて学習係数ηi,jの大 きさを自動調整する AdaGrad16)を適用した.AdaGrad の適 用は,効率的な学習のために有効であることが知られて いる16). (2) ニューラルネットワークの検証 本研究では,ANN の学習精度と汎化性能を評価する ために 5 分割交差検証を実施した.まず,対象流域であ る 215 地点を同地点数になるよう 5 分割した.次に,分 割された 1 つデータ群をテストデータとし,残りの 4 つ のデータ群を学習データとした.学習の後,ANN の学 習精度を評価するために,学習データの推定値と真値に 対する決定係数(R2)と二乗平均平方根誤差(RMSE)を求め た.さらに,この ANN に対する汎化性能を評価するた めに,テストデータの推定値と真値に対する R2と RMSE を求めた.全地点がテストデータに含まれるように,こ のプロセスを 5回繰り返した.最終的に,得られた R2と RMSE をそれぞれ平均した.本研究ではさらに,学習デ ータ群数がテストデータの推定精度に与える影響を評価 した.そこで,上記の交差検証のプロセスにおいて利用 する学習データ群数を 1 から 4 まで変化させることで, この推定精度を算定した. (3) 単回帰分析 ANN では入力値と出力値の関係を把握するのが難し い.そこで,説明変数を流域特性指標,目的変数を流況 指標とした単回帰分析を実施し,R2を算定した.5. 結果
5 分割交差検証の結果を表-3 に示した.表-3 より,全 ての流況指標において,学習データに対する推定精度の 方がテストデータよりも良好であった.また,テストデ ータの推定精度は,Qyearにおいて最も高く(R2 = 0.76), Q95dから Q355dにかけて徐々に低下した(R2 = 0.73~0.45).ま た,学習データ群数を変化させたときのテストデータの 推定精度を図-3 に示した.図-3 より,全ての流況指標に おいて,学習データ群数の増加に伴う推定精度の改善傾 向が確認された.このとき,学習データ群数が 1 と 4 の 図-2 ニューラルネットワークの模式図.ニューロン(i, j)の (a) 構造と(b) 演算.xi,j:入力値,wi,j:重み,bi,j:バイアス,f(ui,j):活性化関数,yi,j:出力値.
x2,j x3,j w2,j w3,j … … 入力層 中間層 出力層 x1,j w1,j bi,j +ui,j f (ui,j) yi,j … … (a) (b) 1,1 2,1 1,2 2,2 3,2 4,2 1,3 j = 1 j = 2 j = 3 i = 1 i = 2 …
場合における平均 R2の差分は Q yearにおいて最も低く (0.07),Q355dにおいて最も高い(0.13)結果となった. 流域特性指標と流況指標間の単回帰分析の結果を表-4 に示した.表-4 より,全ての流況指標は降水量,積雪水 量および乾燥度指数 AI に対して相対的に高い相関関係 を示した.加えて,Q95dから Q355dにかけて,これらの相 関関係は徐々に低下するものの,地質・土壌との相関関 係が徐々に高まる結果となった(表-4).
6. 考察
Beck ら1)は流況指標として Q yearを推定し,R2で 0.88 の 推定精度を得た.Barbarossa ら2)は,Q yearに近い流況指標 として月平均流量の年平均値を推定し,R2で 0.91の推定 精度を得た.これらの研究と比較すると,本研究の Qyear の推定精度は若干低い(R2 = 0.76).この理由として,学習 データ数の違いが挙げられる.本研究で利用した流量観 測地点数は 215 であったが,Beck ら1)と Barbarossa ら2)が 利用した地点数はそれぞれ 4,079 と 6,600 であった.また, 本研究では上流にダムがないことを対象流域の選定条件 としたが,大規模な灌漑や水力発電による流域変更等の 水収支の改変を伴わない限り Qyearへの影響はない.水収 支の観点から Qyearの対象流域の選定基準を見直すことは, 現状よりも学習データ数を増加させる方向に働くため, 更なる Qyearの推定精度の向上につながる可能性がある. 本研究では,低水側の流況指標ほど地質の影響を受け やすいことを確認した(表-4).この結果は,我が国の低 水流出を対象とした既往研究の報告と一致した 9) 17).し かし,低水側の流況指標は流域特性指標と全体的に低い 相関関係を示すため(表-4),Q355dの推定精度は流況指標 の中で最も低い(R2 = 0.45).その一方で,Q 355dは流況指標 の中で学習データ数に対する感度が最も高いことを確認 した(図-3).この事実は,現状より学習データ数を増加 させることで,Q355dの推定精度の大幅な改善に期待でき ることを示唆する. 横尾・沖18)は日本の最上流かつ積雪の影響が少ない 14 ダム流域を対象として,Q95dから Q355dの流況指標と気 候・地形・土壌・地質・土地利用の関係を調べた.その 結果,降水量および AI の影響度が Q95dから Q355dにかけ て低下した点と,地質の影響度が Q95dから Q355dにかけて 上昇した点について本研究結果と一致した(表-4).ただ し,横尾・沖18)は流況指標と地形・土壌・地質・土地利 用に関して,本研究よりも高い相関関係を見出した.横 尾・沖18)が使用したこれらの流域特性指標は,本研究と データソースや算定方法が異なるため,横尾・沖を参考 に流域特性指標を見直すことは,ANN の推定精度改善 に効果的であると考える. 表-3 5分割交差検証の結果.ただし,流況指標はそれぞれ 標準化されているため,平均 RMSE には単位がない. 標準化された 流況指標 平均 R2 平均 RMSE 学習 テスト 学習 テスト 年流出高 Qyear 0.85 0.76 0.38 0.48 豊水流出高 Q95d 0.83 0.73 0.41 0.50 平水流出高 Q185d 0.78 0.66 0.46 0.57 低水流出高 Q275d 0.72 0.56 0.53 0.65 渇水流出高 Q355d 0.63 0.45 0.61 0.73 表-4 単回帰分析の結果.ただし,R2が 0.05以上かつ有意(p < 0.01)な場合についてのみ表記した. 説明 変数 R2 Qyear Q95d Q185d Q275d Q355d 気 象 Psum 0.59 0.46 0.39 0.28 0.16 Pα 0.10 - - - - Pλ 0.46 0.55 0.48 0.38 0.25 Ssum 0.44 0.56 0.47 0.36 0.24 Sα 0.33 0.42 0.36 0.26 0.15 Sλ 0.23 0.32 0.28 0.23 0.18 PET - - - 0.05 0.07 AI 0.47 0.41 0.38 0.30 0.21 Tave - 0.05 0.06 0.06 0.07 Tmax - 0.06 0.07 0.07 0.08 Tmin - - - - 0.05 SOLAR 0.08 0.11 0.10 0.08 0.05 LIGHT 0.20 0.26 0.24 0.21 0.16 土 地 利 用 fCF 0.08 0.10 0.09 0.10 0.08 fOF 0.08 0.10 0.09 0.09 0.08 fCROP - - - - - 地 質 ・ 土 壌 bT - - 0.06 0.08 0.10 PERM - - - - - PORO - - - - 0.06 CLAY - - - - 0.06 SILT 0.07 - - - - SAND - 0.05 0.06 0.07 0.08 地 形 ELEV - - - 0.07 0.09 GRFM - - - - - SLO - - - - - 図-3 学習データ群数を変化させたときのテストデータに対 する推定精度.学習データ群数が 4の場合は,5分割交差検 証と同義である. 0.30 0.40 0.50 0.60 0.70 0.80 1 2 3 4 平均 R 2 利用した学習データ群数 Qyear Q95d Q185d Q275d Q355d Qyear Q95d Q185d Q275d Q355d7. おわりに
本研究では,未観測流域における流況推定手法として ANN を構築し,その精度を検証した.流況指標の中で, Qyearは最も推定精度が高く(R2 = 0.76),Q355dは最も推定精 度が低かった(R2 = 0.45).ANN を利用した既往研究1) 2)と 比較すると,本研究の推定精度の方が若干低いことを確 認した.しかしながら,学習データ数を増加させること と,地形・土壌・地質・土地利用に関する流域特性指標 を精査することで,推定精度の改善の可能性を確認した. 今後はこれらの知見を生かすことで,更なる推定精度の 向上を目指す. 謝辞:対象流域の選定には竹内康生氏((株)セレス)の協 力を頂いた.ここに記し,深く感謝いたします. 参考文献1) Beck, H. E., de Roo, A. and van Dijk, A. I. J. M.: Global maps of streamflow characteristics based on observations from several thousand catchments, J. Hydrometeorol., Vol.16, pp.1478-1501, 2015.
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15) Rumelhart, D. E., Hinton, G. and Wiliams, R. J.: Learning representations by back-propagating errors, Nature, Vol.323, pp.533-536, 1986.
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Mach. Learn. Res., Vol.12, pp.2121-2159, 2011. 17) 虫明功臣,高橋裕,安藤 義久:日本の山地河川の流 況に及ぼす流域の地質の効果,土木学会論文報告集, Vol.309,pp.51-62,1981. 18) 横尾善之,沖大幹:流域の気候・地形・土壌・地 質・土地利用が河川の流況に与える影響,水工学論 文集,Vol.54,pp.461-474,2010. (Received May 31, 2019) (Accepted August 7, 2019)
FLOW REGIME ESTIMATION FOR UNGAUGED BASINS IN JAPAN
USING ARTIFICIAL NEURAL NETWORK
Ryosuke ARAI, Yasushi TOYODA and So KAZAMA
We developed an artificial neural network to estimate flow regime for ungauged basins in Japan. The network estimated 5 flow regime characteristics including runoff height of annual (Qyear), 95 days (Q95d), 185 days (Q185d), 275 days (Q275d) and 355 days (Q355d) by using 25 basin characteristics including climate, land use, geology and topography. The accuracy showed the best in Qyear (R2 = 0.76) and the worst in Q355d (R2 = 0.45). To increase learning data and revise basin characteristics regarding land use, geology and topography had a possibility for improvement of the accuracy. We also found that the accuracy of Q355d had the highest sensitivity for increasing learning data.