常
住
春
の
油 上 , 義 国 坤軸一縛、去年の人は控仁今年の人となった。 身も心も年毎仁古︿二そなれ、新らし︿はご思 ひながらも、百八の鐘の聾を聞いては人の心地何 ご争︿清ι
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しく梁し。深草の政会曾て﹃春たつ心 を﹄ご題して、 乙ほりゐし野中の清水うもごけて もごのこ、ろにかへる春かま ご詠守られた。これ新春の有慌を詠十るご共に 人の心の、びやかかる朕態をも‘最ご巧妙に優雅 に言ぴ査されてあるかさ思ム。張詰めた氷がミジJ
\ご朝日に融ける如︵、心の結ぼれも解げて何 さ浄︿喜ばしい、唯喜ばしい計りであく何慮にか 紳聖な蕗がある、乙れ新春に戚ずる吾等が心の味 切 で あ る o 併し此味が人の世に留ってゐるのは僅少 の時間で、七草がすみ十五日がすむご何時やら消 失して仕舞ふが、若しも斯様奇心で一生を透るこ さが出来たなら、人世は如何に幸繭であらう。世 の中じは之を引期間る妙法は無いのぜあらうかさ思 ふ時﹁設等の願を満足せしむるは唯我れ一人の力 なり常に我党明に接して迷妄の氷を融け春は長へ に放の心にあるべし﹂ごの悌の党一昔が朗々ごして 吾が耳に響︿のである。さらば五同等は疾く悌陀の 大慈悲によりて、寂党常住の衰を求めねばなるま い、水が寒気にさじられて氷ごなる、本質の悌も 迷ふが故に凡夫ごなる、水ご氷ご異る如く凡夫ご 悌ご建った援に見へる、之を天台大師は﹃寒来て 水な結び鐙じて堅氷ごなすが如し﹄さ説いた。之 迷の水を融かす慈悲ある春の日は、経に所謂﹁慧 日大事傘﹄の備陀である。五十年の説教第四十三 年の新春に霊山’宵上鷲の初音高︿法冷華経の春に 逢ひ、迷の氷は悟の水どけて﹁我身は本質の如来 なり﹄ごもとの心に還ったので之を回融の妙法ご 名づ付た、此妙訟を信ずるによりて得たる﹁我が ニの土は安穏じして天人常に充満せり﹄ごの信謹 こそ賓に不断の春の心三宮ムベ3
である、常住不 (io)襲の春なれば、現在未来の隔て奇︿遍一切慮の表 争れば、遠︿西方天岡仁求むるに及ばず、貴賎貧 富の別も無︿、常位即妙商は算盤をごち、長は鋤 鍬をさりて常に悲の光 h リ ド 飽 f 事が出来るのであ る、法華経仁は之を説いて﹃及び余の諸の性蕗じ あり﹄ご云ふ。 久遠本時の別風光殿然さして側々の限前仁作り 人間の悲夏秋冬は悉︿み争寂光の春一を飾る一色彩 山町阿海成く満目の花守らぎるはなし、大型人夏 仁之を抗しへて、 ﹁きれば我等が居住して一繋を修行せん慮は何れ の廃に