<研究ノート> 南雲大理白族自治州における白族の
新文学普及運動をめぐって
著者
甲斐 勝二
雑誌名
中国文化 : 研究と教育
巻
56
ページ
( 35) - ( 43)
発行年
1998- 06- 20
1. はじめに
南 豊 話 の 入 声
大
嶋
広
美
1. はじめに
2. 下入
2. 1. 南豊話の 4 殻 尾
2. 2. 南豊話以外の J 韻 尾
2. 3. 南豊話じ
1
J
化の音声学的考察2. 4. 南豊話の下入の調値
3. 上入の調値
4. 結 論
江 西 省 東 部 に 位 置 す る 南 豊 県 の 方 言 に は 、 周 辺 の 方 言 と は 違 っ た 様 々 な 特 異
な現象がみられる。 1有 豊 話 の 音 韻 体 系 の 特 徴 に つ い て は 大 嶋1995で、既に述べた
が 、 本 稿 で は そ の 特 徴 の 一 つ で あ る 入 戸 に つ い て 取 り 上 げ るO
南 豊 話 の 入 戸 に は 、 二 つ の 特 徴 が あ るO 一 つ は 入 戸 の 歯 茎 閉 鎖 音 韻 尾 ぺ の 一 部 が
-
1
韻 尾 に 変 化 し て い る と し づ 希 有 な 現 象 が み ら れ る こ と 、 も う 一 つ は 、調 値 の 分 裂 は 一 般 に 古 清 ・ 濁 戸 母 を 条 件 に 起 こ る と こ ろ を 、 南 豊 域 関 話 の 入 戸
の 場 合 、 声 調 分 化 が 戸 母 に よ る も の で は な く 、 摂 の 条 件 の 下 で 起 こ っ て い る こ
とである。 例 え ば :
上 入45調 : 作 ゎ? 78A、 来 tコ? 78 A、自 m u?78 A、 竹 田Y ?78 A
下 入23調 : 合 hJ p78B、 爽 k a p78B、 雑 t hat 78B、 乏 f at 78BI J 、
末 mo178B、 活 huo178B、 不 pu178B、 突 t hu178B、
r骨k u178B
上 入45調 は 古 宕 江 曾 梗 通 摂 の 場 合 に 、 下 入23調 は 古 成 深 山 議 摂 の と き に 現 れ
る こ と が わ か る 。 だ が 、 前 の5 摂が声門閉鎖音韻尾司? であり、後の4 摂 の 韻 尾
は 両 庭 音 ・ 歯 茎 閉 鎖 音 韻 尾 - p、 ぺ で あ る こ と か ら 、 こ こ で は 摂 と い う よ り も
韻尾によって調値が分かれたものだと言いなおすべきかも知れな、しブo これらの
特徴は、隣県の南城話、毅}ll話、広高話、宜寅話にはみられないものである02} B
本稿では、大ljI鳥1995で、説明しなかった音声的特徴の部分を補足しながら、 j二
述の南支球関誌の入戸の二つの特徴の変化の過程について考察する。
2
.
下入2. 1. 南豊話の 4 韻 尾
南豊域
i
詩話の 4 韻) 宅は、 上述の通り下入の禽茎閉鎖音韻j宅本-t に133来する。》郊外の太和話と白合話には 4 韻尾が出現しなし、3)ので、 -1 韻j毛は恐らく訴え! 羽
詰一帯特有のものであろう。
南豊話の -1 韻尾は、 韓 国 誌 の よ う に 反 り 舌 で し か も は っ き り と し た [ 1]
音ではなく、軽く弱くわたり音の如く現れるO 南豊話
-
1
韻j宅の発音は、 主 母音を発した後、舌を後ろに引きかっ窪ませ、舌先が破口蓋の中程で! 二i蓋 部 分 に
つかず、に上がった状態に現れ、その後舌先が歯茎の裏に到達してそこで、停止す
るものである。北京訟のr音ほど舌が後ろよりではない。
雨量話に出現する
-
1
韻 尾 は ぺ 韻 尾 に 由 来 す る が 、 等 に よ っ て-
1
殻尾の出現の有無が生じることがなく、また必ず、しも全てのぺ韻尾が
-
1
韻 尾 に 変 化 すョセセ
声母と組み合わさった時・はかなり鮮明なーi 韻
F
さが現れるO 一 方 、 前 母 音[ i ]._,[ aJ
の場合は J 韻尾の出現が後母音ほど多くなく、特に母音[ c :J
に 続 く 場合はーi 韻尾の出現は皆無であるO また、 4 韻尾がたとえ後母音に後続されて
いても、 話者の発音の仕方次第で、現れない( または開こえにくい〉とし、うゆれも
時折観察される0 4 )
南 豊 話 に 」 韻 尾 が あ る と い う 最 初 の 報 告 は 楊1971 であるが、
1
湯氏は、突hul78、 骨 ku178、忽 huJ 78のわずか3 文字しか報告していなし、。南豊話に関する
資料では他に、顔1986&1988 と
i
凍1991があるO しかし、顔氏は南豊話 4 韻 尾の出現については何も触れていなし、。陳氏は、! 県域・古城では [ p,tJ 韻 尾 だ
が、市山では 4 韻尾があるとし、う報告のみであり、どの資料も 4韻 尾 の 現 象
についての細かな説明は加えていない。
2. 2. 南豊話以外の
-
1
韻 尾-1
韻尾を有している方言は南豊話だけでなし、。南豊県からだし、ぶ離れた江西省北部、湖南省東北部、湖北省東南部の草食諾にも現れている。
湖北省通域〈越等1948) :達 dhal 、末 mol 、律 lil
湖南省平江長寿桂橋( 蓋1987) ;抹 ma l 、哲t Jl 、撮 ts::>l
江 西 省 都IWl! ( 李/張1992) :逮 l a1、! 土¥d2i81、
都 呂 玉
i
潜( 楊 1971) :熱 181、i
ヨ
b l、骨 kU81、物 v81修水( 通城1991) :八割:司 al、割長U-01、 一 筆 - il
永修( 顔1988) : 金h01、 骨 ku1、 杭 u1
QセAUIH QYWQI Z ヲuXQ GセG kU81、物 u81 余干〈楊 1971) : 出 t h81
銅鼓( 楊1971) :髪 f a1、日 181、必 pi l、 骨 kU81
龍南、長JJ券 、 長 寧 等 調11994) : 甲[ ( - 河口、割[ ( う ol ?J、 骨[ ( - ) ul ?J
字音の
1
it
l
はないが、平江話( 楊1974) で は [ y J 母音の後のー t 韻 尾 が 」 韻尾に変わりやすいこと、江西省都高土塘話( 際1983&1991) では [ ot ut at uat
o k i ok uok J の韻尾が
4
韻 尾 に 変 わ っ て い る こ と 、 上 高 話 ( Sagar t 1989. p. 186)では、 [ a J 母音の後のーt 韻 尾 が 4 韻尾のようだとし、う報告もあるO
以上のことから、南豊話以外、都呂土塘話やオく修話等で、も -1 韻 尾 が 多 く 現
れ、また声母が無声音以外宥声音〈濁音〉でもみられることがわかるO 濁 音 声
母をもっ方言は、江西省北部と湖南省東北部、湖北省東南部に集中しているが、
まさしくーi 韻尾は潟音地域と重なって出現しているO
2. 3. 南 豊 話 の じ1J 化 の 音 声 学 的 考 察
以下では、 高豊話に 4 韻尾が現れる
n
寺どのような音声的特徴がみられるのかを、音声機器を使って調べた。
最 初 に 、 前 母 音 で 戸 母 が 有 気 音 の 字 音 を 例 に あ げ る 。 前 母 音 の 場 合 は 」 韻
尾の出現のゆれが多く、 -t 韻尾と -1 韻尾の両方を観察することができるO 図
1 と図2 のスペクトログラフは、数字の「七
J
の発音を調査時十こ録音したテーフ。で、写しだしたものである。( 但し音声実験のために録音したものではないので、雑
音が全く入っていないというものではないが、音声機器にかけるときはできるだけ雑音カL
入らないよう努めた〉。字音で調査した際は [t.Ghiむ と 4 韻尾が現れたが、加の
臼に語索を調査した時には t.Ghi t と -t 韻 尾 で 発 音 し 、 発 音 の 速 度 も ほ ぼj司じ ものであるの。
それらの音をスベグトログラフでみると、はっきりとした違いがみられる。
それは、
-
1
韻 尾 が 現 れ な い と き は 普 通 話 の 有 気 音 の 如 く 母 音 を 発 す る 前 に 有 気音 [t.GhJ が少し現れる( 図 1) のに対し、 -1韻尾が現れるときは戸母〈有気音〉
に強いインテンシティと摩擦音が生じ、その分、母音の長さが短くなっている
(図2 ) ことである。声母の力強い呼気を伴う発音により芦母の発した時間が長
図1
「
七
J [t.Ghi t Jt
)
I
I
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図3
r
筆J [ pi tJH
I
,
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輔
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「
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図3
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筆J [ pi l Jt -L e ' E E ,
矛
豪
・ : eB. ‘ a a , ‘ ( " 、 -i a z ? j : i t ' a e f a
-‘つ・
i
tF
くかかった分、主母音を発する時間が急減し、母音を発するカが突如弱くなっ
た と こ ろ で
4
韻尾が出現していることがわかる。他の有気音声母の場合でも同様に、齢i韻尾が現れない時よりも有気音声母の摩擦とカが多く加わっているO
一 方 無 気 音 声 母 の 場 合 は ど う か 。 図3 は城! 努話の「筆
J
[ pi t ] 、 図 4 は城!謁話 「 筆
J
[ pi l ] のスベクトログラフである。[ pi t ] の 場 合 、 最 初 の 閉 鎖 音 が 現 れ た 後i 母音が長く発せられているO 一方
図4 の [ pi l ] の場合、 初 め の 防 鎖 音 [p ] に強いインテンシティ( 矢印〉が現
れ、 i母 音 も 図2と同様短い長さで発音されていることがわかるO つまり、密
2 と図 4のグラフから、口むろの呼気の気圧が高くなったところで声母の閉鎖
が破裂したため、戸母発端部分のl乎気の強さと力が入り、その反動で母音は弱
く弛緩され、胸t韻尾が有声音化 (-1韻尾〉が起こったと考えられる。
雨量話の場合、
-
1
韻 尾 は 〔ε ] 母音の後には現れない。南豊話の主母音[ i ,Y
, u, ,): a, け を み る と 、 [ e] 母音は他の母音と比べ舌面が平らで張りつめた母音で、あるために l音の出現を難しくさせたのであろう。楊1971をはじめ、
今まで報告されている江西省の方言の」韻尾をみても、〔ε ] 母音の後に・
1
韻尾が現れているのは多くない。南豊話の
4
韻尾は、 強い呼気を伴った有気音声母( →濁音声母〉→母音の弱化→・
1
韻 尾 の 出 現 と い う 過 程 で 恕 き た も の だ と考えるO
2. 4. 南豊話の下入の調値
南豊話の下入の読値の高さについてだが、顔1986 と陳 1991が報告した資料に
よると 12調である。筆者が調査したインブォーマントの下入の調値はそれほど
低 い も の で は な し や や 高 め の お 調 の 調 値 で あ っ た 。 下 入 の 声 調 交 替 の 時 は 調
値は3調で、高い調
f
直に変化することはなく調値が安定していること、そして4韻尾が現れないときは3調である( 後述〉ことから、元々から謁値は3認 で
は な い か と 推 定 す るO 南豊話は、 -1韻尾の場合、 2 B ( 陽平: 芦母が有気音の場
合。調値は34調〉と同様、戸母の有気音の強い( 場合によって潟音に近い発音〉状態
によって、調値の初めの部分が下がって調値が上昇型に変化していったと考え
られるO 草案語、特に有気音で調値が分かれている北部の議語の全ての調値が、
調{ 患の最初の部分が下降した上昇調をとっていることと共通している九議語
にみられる戸母の潟音化や調値分化についてはもっと更に検討する必要があり、
そのことについては別稿で取り上げる。
3
.
上入の調値上入の調億は空調であるが、 戸母が無気音〈特に歯茎閉鎖音声母〉の場合しば
しば調値が 5 調になる傾向があるO 主主関話の J 韻 尾 は 、 筆 者 が 今 ま で 聞 い た
ことのある、例えば上海語のようなただ単に呼気を止めて11侯を緊張させたよう
な・? とは音声的に異なるO 特に無気音を発音するときに顕著に現れるのだが、
喉 を か な り 締 め 付 け て 力 強 く 呼 気 を 止 め る よ う な 発 音 で あ る 。 こ の よ う な 発 音
の 仕 方 は 、 陽 平2 A ( 笠調〉、連読変認のi時 の 陰 去 ・ 陽 去 の 末 位 音 節 の 誠 値 互 認
でも同様に現れる0 8 )ぷ喉頭緊張を極度に伴った発音は太和話と白舎話には現れ
ないので、城I * J 話の、あるいは誠関話のインフォーマントだけに見られる特徴
なのかもしれない。声調交替の場合、調{ 産笠調の上入に属する字が非末{ 立音節
に置かれた時は、今まで呼気を力強く高い調値で止めていたのが、曲線を描く
ような降調¥の声認に変化する。
例 : 竹 t s Y?78 A→ 竹 床 t syセウZ IQI Ra
オ_WXa オセエゥ。 iI S
この曲線調値は、かなり張りつめた喉頭緊張度から開放へと急に声門をいき
なり緩めて低い競億へと進んだものではなく、調値が最初の上がるところから
急降下して2調にたどりつくまでII侯頭緊張が緩んで、、なし、。一方、太和話の声
門閉鎖音韻尾は、域関話のような喉頭部分を強く圧迫したような発音ではない
TRセ o
話 の 上 入 の 曲 線 認 値 は 、 太 和 話 よ り も 声 門 を か な り 緊 張 を 起 こ し て い る 故 に 弱
値も一層高くなっている。
単字調では上入・下入の2つ の 調 値 は 古 清 ・ 潟 戸 母 に よ る 分 化 が み ら れ な い
が、声認交替の場合も閉じように、古清・潟声母によって調値が分裂している
様相を呈していないc 南 豊 裁 関 話 入 声 の 二 字 組 の 声 認 交 替 は 以 下 の 通 り ( ニ 字
組の声調交替の調査では連続変調調査表を使用。軽戸を除く) 0
1) 釘 芦 : 上 入 ・ 下 入
HIJ字 後 字 上 入 45弱 下 入 23諒
陰 平 13 13 :45 13: 2'-"""23
陽 平2A 45 34: 45 35: 2セRS@
2 B 34 34: 45 35: 2セRS@
上 声 22 12: 45 12 :23--- 3
陰 去 323 22: 45 22 :23'"'"-' 3
陽 去 212 22 :45 22 :23'""-' 3
2) 上入・下入: 釘芦
前 字 ¥ 後 字 │ 肝 ( 陽 平
A
I
陽平B
J
上 戸l
陰去│
揚去 ( 上 入 │ 下 入 上 入iセZ
1司
3
1
恥
i
下入 23)
い
2 : 1中
3)い
3 :仲
45)い
2:34い
)!
い
い
3 :22れ
i
い
3:叫
下
五
「
戸
3:笠
到
1 3 : ζZ語
上入・下入の声調交替の調値は、単字調とほぼ同じでブミきな調値変化はみられなし、。声調交替については、二字組・三字組の単語の内部構造の違いによる
規郎、強弱アクセント、軽声、変調等細かく論じる必要があるが、ここでは、
声調交替におこる二つの現象について述べる。
一つは、声調交替時の
4
韻尾をもっ下入の調値であるO 下入が、 1) と2)にみられるように、末位音節、非末位音節に位置する時は調値が2調、或いは3
認になるo
-
1
韻尾が非末位音節に震かれた場合、調{ 直の違いだけでなく、 -t 韻尾 は
-
1
韻尾に変化しない( 活用 huot 78B(3調) i UI)6、割麦b t 7 8 A( 3調) ma 778A )
。
二つは、上入と下入が同じ調値になることがある、ということである。上表
では上入が非末位音節に置かれ、しかも[ やや強] 十弱アクセントをもっ場合、
太和話と詞様42調の調値が現れる。また、その調値は同じく[ やや強〕十弱ア
クセントをもっ時の中、 -t 韻尾にも現れるのだが、その時韻尾- p、 -t が脱落
する。例えば「吸引
J
,oi 42調 i n 22調。後字のゼロ声母でi 母音とつながって「吸
J
[,oI p] の ? 韻 尾 が 落 ち る の だ が 、 声 認 交 替 時 に 韻 尾 を も た な い ・ ? 韻 母と同じ交替認値に変化したと考えられる。? 、ぺ韻尾は、しばしば後字の声母
が次涛声母〈鼻音声母〉やゼロ戸母で母音が前字の語末母音と同じ場合に韻尾
脱落が起きるO 中、ぺ韻尾に現れる42調と・? 韻尾の交替調値42認には調値下
降や発音された時の11侯頭の具合等音声的にも違いはみられなし、。そして - p、 -t
韻尾は、上入と異なってたとえ韻尾脱落があろうと曲線下降型の調値を持たな
い。一方太和話は原謁及び芦母を保ち続け、このような変化がみられなし、。
声調交替の場合、ここでいえることは、たとえ上入・下入が非末位音節、末
位音節どちらに置かれでも、単字認と同様、芦母が古清・潟によって調値分裂
を起こしていないということであるO 調
f
直が分かれていたとしづ痕跡が全く見られないことから、南豊話の入声は、陰入と陽入が合流して一つの調値になっ
た9) 後、韻尾によって調値が分かれたと考えられるO
4. 結 論
南 豊 話 太 和 鎮 の 入 戸 の 調 値 の J 韻 尾 の 場 合 は4調、働p 韻尾と -t 韻 尾 の 場
合 は
34W
苦で、調値の高さがほとんど変わらず接近している。調査の時は調値が上 昇 調 か ど う か で 調 値 を 判 断 し た の だ が 、 み な
4 W
奇に開こえる場合が多く、区別し難し、ものであった。域関話も、太和鎮と同様、かつては下入と向じまたは
近い調値をとっていたのが、後に戸内閉鎖、音のピッチによりしかも喉をかなり
緊張させた発音によって調値が高めになったのではなし、かと考えられる。この
現象は、南豊県より少し南に下った江西省南部の安逮話〈安遠県1993) でもみら
れ、 l有豊話と向じく韻尾による声調の分化が起きている。
1
1 l古 伊 母 │ 古 潟 戸 母
- p, -t
I
21誠I
44認 安 遠1
1
-
-
-
-
……-h
i p
--
一一一-
i
-7
I
55調I
55調, 53調( 少数〉安 達 話 で は 、 前 庭 音 ・ 歯 茎 閉 鎖 音 韻j毛 - p、 -t の 場 合 古 清 ・ 潟 戸 母 の 条 件 下
で 調 値 の 分 裂 が 起 こ っ て い る の に 対 し 、 戸 内 閉 鎖 音 韻 尾 ・ ? の 場 合 は 古 清 ・ 濁
声 母 関 わ ず 向 じ55認 の 調 値 で あ る 。 以 前 周 辺 の 客 家 語 と 同 じ く 元 々 は 古 溝 声 母
〈桧入〉の調値は低く、古潟声母( 陽入〉の調値がやや高めであったのが、10) 南
豊話と
i
可様声門閉鎖音韻尾 J が 古 清 ・ 潟 戸 母 問 わ ず に 喉 頭 部 分 の 緊 張 に よ る ピッチによって調値が上昇した可能性が高し、。雨露音・歯茎閉鎖音韻尾の認{ 直が安定していることから、元々は荷j雲音・歯
茎 閉 鎖 音 韻 尾 の3調だったと考えるO 上入・下入が同じ調値であったのが、 - p、
- t韻 尾 を も つ も の は 強 度 の 有 気 音 に よ り23調と調値の発端部分が下がって、 ーl 韻 尾 が 現 れ 、 子 韻 尾 を も つ も の は 、 声 門 に か な り 緊 張 を 伴 っ た 発 音 に よ り 調 値
が空調へと上昇していったと考える。
〉王
1) 大嶋1995で述べたが、 - p韻尾はときどきぺ韻尾に変わるといったゆれがみられるO
! 場声の場合も同様 ( - m>- n)。数字78は調類番号で、ここでは入声( 陰・腸〉を指す。
2 ) 南誠話は李/ 張1992、繋)11話は顔1993、広
1
2
話は広呂県1995、宜黄話は宜黄県1993を参照。本稿で取り上げる南豊城関話、太和話、自舎話は筆者の調査によるO 域開話
のインフォーマントは大嶋1995と同様。太和話は楊老六氏 ( 1994年調査当時47歳。太
iセh○I [ UP j
貴重な御時間をさいて協力して下さった楊氏と李氏に心からお礼を申し上げる。
:3) 城関話と同様、声母が軟口蓋音、特に後母音に後続する場合、ぺ韻尾が -1 韻尾に
近いものになることがあるが、城関誌の如くはっきりとした1 音ではない。
4) 大きな声で発音すると」韻尾が現れなし、。インフォーマントは -1韻 尾 と ぺ 韻 尾 の両方の発音の違いについては何も感じていない。逆に、筆者が真似して・1額 尾 で 発音すると、インフォーマントは発音が正しくないとお答になった。
5) 熊1995の南呂話には-1韻尾が記載されていなし、。また、以下の平江話( 湖南省1993、
中嶋1987) にも 4 韻尾についての記述がみられない。筆者が調査した龍南話には」
韻尾が観察されなかった。 -1韻尾の存在が、調査者によって差がみられるO
6) 本稿のスベクトログラフは、筑波大学域生
f
百太郎教授の研究室の音声機器を使って、 筆者自身が嫌ったものであるO 先生のご厚意に深くおネしを申し上げるO語葉、字音という理由と・1韻尾の出現の有無とは関係なし、。
7) 例えば、 ill
呂片J t huη2 2調 phi r竺互調、「態度J t hai 22調 t h u 2調、 「飯応J f an
22調 th m5調。 22調は、陰去・
i
湯去の変調。8) 例えば、! 凍1991 ( pp. 20- 21) によれば、永修話の有気音声母の陰平の声認は24調、
陰去の声調は334調、修水話の陰去の有気音声母の場合の芦言語は45調である。
9) I隣県の南城話と広畠話は入戸5調 の 一 つ の 調 値 。 両 方 言 と も - p,ぺ韻尾がなく、 ー?韻尾のみで調値は5調。なお、広呂話の入戸の調値の記述が他の文献と異なってい る( 広昌県1995: 入戸5調 、 顔1986: 陰入5調、陽入23調、阪1991: 陰入4調、
i
場入 2調〉。10) 顔1986によれば、隣県の会呂話は陰入1調: 陽入5調 、 尋 烏 話 は
i
寝入2調 : 陽 入5調、定南話は
i
注入1調 : I湯入34調。 参考文献安遠県県志編纂委員会編1993JI安 遠 県 志J、新華出版社
i
凍呂儀1983 i永修話声調的演変」、『江西大学学報j ) ( 社会科学版〉第2期1991 JI務方言概要』、江西教育出版社
護 篤 光1987 i湘都議三界的“ 1 " 韻尾J、IJ語言研究』第1期( 総第12期〉 湖南省公安庁『湖南漢詩方音字紫』編纂組編1993 ! r 湖高漢語方音字索』、岳麓書社 江西省広呂県県志編纂委員会編1995 ! r 広昌県志』、上海社会科学院出版社 江西宜寅県言、編纂委員会編1993 ! l 宜黄県志』、新華出版社
李如龍・張双慶編1992JI客務方言調査報告J、度内大学出版社
iセ QYXW ! l 湘方言調査報告j ) ( 上部
D
、アジア・アフリカ言語文化研究所 大嶋広美1995i
南 豊 音 系j 、問コ山大学学報( 社会科学版) j ) 第3期Sagar t, Laur ent 1989 P H ONOL OG IE E TL E X IQUE D ' U N DIA L E C T E G A N :
S H A N G G A O, C A HIE R S D E L INGUIS T IQUE A S I E OR I E NT A L E v o L
XVI I I, No. 2
通城県方志局主編1991 ! l 通成方言』、中国文史出版社
熊正輝1995JI南昌方言詞典』、江蘇教育出版社
1988
r
江西方言的戸調J
、『江西師範大学学卒I UC哲学社会科学版〉第3 期( 総第51期〉 1993 W稜}ll方言研究』、社会科学文献出版社楊 時 逢1969
r
南昌音系J、中央研究院歴史語言研究所集刊第39本 下1971 [f j江西方言盤調的調類』、6 中央研究院歴史語言研究所集刊第43本 第 3 分
1974 [ f 湖南方言調査報告』、中央研究院歴史詩言研究所存干U66、上冊。
越元任・了聾樹・楊時逢・呉宗済・葦j可鯨1948JI湖北方言調査報告J、 国 立 中 央 研 究 院 歴史語言研究所専刊、高務印書館〈牽聯関風,出版社1972年の重刊を参考〉
鄭 材1994 イ iセャ j ェj
C
増干の、関西客 家 学 研 究 会〈静岡大学非常勤〉