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第2室戸台風による奄美群島の建築物被害について

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第2室戸台風による奄美群島の建築物被害について

著者

福島 正人, 立川 正夫, 吉野 正治, 久米 国幹

雑誌名

鹿児島大学工学部研究報告

2

ページ

129-139

別言語のタイトル

ON THE DAMAGE TO HOUSES FROM TYPHOON

DAINI-MUROTO IN AMAMI-GUNTO

(2)

第2室戸台風による奄美群島の建築物被害について

著者

福島 正人, 立川 正夫, 吉野 正治, 久米 国幹

雑誌名

鹿児島大学工学部研究報告

2

ページ

129-139

別言語のタイトル

ON THE DAMAGE TO HOUSES FROM TYPHOON

DAINI-MUROTO IN AMAMI-GUNTO

(3)

第 2 室 戸 台 風 に よ る 奄 美 群 島 の

建 築 物 被 害 に つ い て

福島正人*。立川正夫*。吉野正治*。久米国幹*

ONTFmDAMAGETOHOUSESFROMTYlPHOON nAmNI−MUROTOn、JAMAMm−GUNTO MasatoFUKUSHIMA,MasaoTACHIKAWA, Sh6jiYOSHINO,andKunimotoKUME

OnSep、15,1961Amami員gunto,themostsoutherlyislandsofJapan,1ocatedbetweenKynshn

andOkinawa,weresubjectedtotheviolentTyphoonnamedDaini-Murotolater、AboutlO,O00

dwellinghouses,mostofthemwerepoorHimsywoodenhouses,wereseverlydamagedanda

thirdofthemwerecompletelydestroyed・

Thisreportmainlybasedontheobservationsofouron-the-scenemspectionofOshima‐

Hont6,mainislandofAmami-gunto,consistsof4parts:1st,out-lineofTyphoonDaini-Muroto

andtheresultingdamageinAmami-gunto;2,.,discriptionofdamagetowoodendwelling

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betweendamagetohousesandsurroundinggeographicalfeatures・ ReceivedMay31,1962 1 . は じ め に

鹿児島の南々西,北緯28.附近にある奄美群島に

は,毎年夏から冬にかけて,決ったように烈しい台風 がやって来る.群島の中心地名瀬から,半径300km

以内を通過した台風を,過去38年間の統計で拾うと,

その数は毎年平均4回に及び,勢力をおとして日本本

土を襲う前のこれ等の台風は,まだ最盛期か最盛期を やや過ぎた時期にあるため,一般に進行速度は遅く, 風は強烈である')’2). 日本本土の工業的発展から大きく取残された島の生 産と生活にとって,この年々の台風が与える影響は大 きい.災害が貧困を生み,貧困が災害を生むという悪

循環がここでは見られる.日本復帰後,復興特別措置

法により,戦前の日本本土の水準をめざして巨額の投 資が行われ,島は活況を呈してはいるが,この基調は 依然として変らず,島の災害の重要な背景となってい る. この報告は1961年9月,この群島を襲った第2室 戸台風による建築物の被害状況を,その直後に行なっ た大島本島の現地調査と,群島の小学校を対象に行な 帳 建 築 学 教 室 つたアンケートによる調査によってまとめたもので, 島の災害の特殊性と,台風対策上の問題点を,多少な りとも明らかにしようと試みたものである. 2.第2室戸台風と被害のあらまし 第2室戸台風は1961年9月7日,マーシヤル群島 附近で発生した.13日午前3時には沖細の南東1,000 km附近に達して,中心気圧890mb,中心附近の最大 暖間風速75m/SCC,25m/sec以上の暴風雨半径370 kmの超A型台風に発達し,その後進路を北西からや がて北,更に北北東に転じ,次第に奄美群島に接近し た.群島がその影響を受けはじめたのは12日の夜半 すぎ,13日から風雨が次第につのり,14日夜半から 15日朝にかけて最高に達した.名瀬では15日午前8 時30分,38.1m/secの最大瞬間風速を観測した後, 午前9時20分には台風眼に入り,午前10時07分, 記録的な最低気‘圧918.3mbを観測した(第1表). なお大鳥本島の南部,瀬戸内町では,同日午前7時15 分に無風状態になったことが報告されている.名瀬及 び種ケ島のレーダーは,台風眼が群島直上を通過する 状況を見事に追跡している(第1図)3). 名瀬で記録した最大瞬間風速38.1m/secは予想外 に小さいが,これは北に湾口を有し,他の三方を200

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住 家 非 住 家 公 共 施 設 農 地 耕 地 林 業 商 工 水 産 農 作 物 畜 産 農 業 施 設 学 校 関 係 県 有 財 産 鹿 児 島 大 学 工 学 部 研 究 報 告 第 2 号 龍**エーロベーン:プロペラ型風向風速計.従来の ダインス計に代ってこの型の瞬間風速計が使用 さ れ る よ う に な っ た . 謡 : 可 航 半 円 : 台 風 を そ の 進 路 を 示 す 線 に よ っ て 2 分 し た と き , 進 路 に 向 っ て 右 側 を 危 険 半 円 と い い , 左 側 を 可 航 半 円 と い う . 危 険 半 円 で は 風 は 台 風 の 進 行 速 度 が 加 速 さ れ , 可 航 半 円 で は 逆 に 風 の 速 度 は 減 じ る . 第 1 表 名 瀬 と 沖 永 良 部 の 風 雨 の 記 録 4 ) ∼300mの丘陵で囲まれた特殊地形によるもので,台 風の可航半円**に入った沖永良部で最大瞬間風速45 m/secを記録していること,大島本島標高300mの E18.7m/s l5ROヲ時20分 NNE38.1m/s 15日08時30分 訳を見ると,住家の被害額が全体の30%に及んでいる ことは特に印象的である.約3,400戸に及ぶ住家の全 壊戸数は,この台風による大阪府(住家全壊約2,300 戸),京都府(同じく約700戸),兵庫県(同じく約 350戸)の住家の全壊戸数を合せたものに匹敵する.

京阪神地域の被害の報導に圧倒されて,奄美群島の災

〃画 瀬 沖 永 良 部 第 1 図 レ ー ダ ー 観 測 に よ る 台 風 眼 の 移 動 (1961年9月14日∼15日) 合計’2,866,892 気圧 918.3mb 15日10時07分 最同 低 値時 933.3mb 15日02時45分 起 上 被 害 区 分 半壊6,348戸, 半壊4,618棟,

綴;蟹戸

牒 撫 擁

千 円 925,669 182,772 400,986 38,455 20,127 35,542 98,450 878,004 100,887 53,315 130,240 2,445 平同瞬同 均上間上 最起最起 大時大時 NNE3L7m/s 15日02時40分 NNE453m/s l5H02時45分 風 被 害 金 額 ’ 備 考 レーダー基地のエーロベーン***が60m/secでスケ ールアウトしたこと,及び被害の状況からみて,場所 によっては瞬間風速60m/sec前後の突風が吹いたこ とが充分予想される. この猛烈な風によって奄美群島が受けた被害は極め

て大きい.大島支庁が発表した被害額(第2表)の内

第2表節2室戸台風による奄美群島の被害額 (大島支庁の調査による) 130 総 降 水 量 同 上 起 時 日 量 最 大 同 上 起 時 一 時 間 最 大 同 上 起 時 1 0 分 間 最 大 同 上 起 時 218.2mm 13日02時27分∼16日04時11分 146.4mm 14日09時∼15日09時 37.9mm ‘15日08時16分∼0ヲ時16分 11.1mm 15日08時20分∼30分 210.5mm 131115時42分∼15日20時40分 161.0mm 14日09時∼15日09時 46.1mm l5RO2時20分∼03時20分 20.2mm 15日02時40分∼50分 雨

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京下 福 島 ・ 立 川 ・ 吉 野 ・ 久 米 : 第 2 室 戸 台 風 に よ る 奄 美 群 島 の 建 築 物 被 害 に つ い て 未エ

卦 ことは,群島全体の被害率を相当低めている. 京都大学石崎溌雄博士は伊勢湾台風の被害調査か ら,最大瞬間風速が60m/sec位になっても,市あるい は郡全休の全壊率は10%程度という結論を発表して いる4).範囲の小さい町村単位では全壊率の値がバラ つくのは当然ではあるが,大島本鮎,喜界,徳之島の約 半数の町村で全壊率が10%を超え,喜界脇に至って は15%に及んでいることは注目されてよい.瞬間風 速が60m/secを大巾に超えるような強風が吹いたと いうことも考えられないわけではないが,台風常襲地 帯で,強風に対する経験が深いにかかわらず,家が貧 弱 で , 一 般 に R 本 木 土 の も の よ り も 弱 い こ と を , こ の 異常に高い全壊率の原因と考えた方が自然である. 害は一般にあまり印象づけられないで終ったが,その 住民が直接受けた打撃の大きさは,この比較だけでも 充分うかがわれる. 3 . 住 家 の 被 害 と 台 風 対 策 に つ い て 3−1.被害のあらまし−異常に高い全壊率 大肋支庁の発表Iこよると,全」災した住家は#、隅全世 帯数約48,000の7%に当り,これに流出,半壊を加 えると,ソミに群島全住家の20%がこの台風によって 大きな被害を受けたことになる.町村の''1には全壊の 中に流失も含めて報告したと思われるものもあり,全 壊のI│」には高潮,波浪によるものの数も含まれている と考えられるが,報告された流失住家の数が非常に少 ないことから推察して,全壊住家の大部分は強風によ って倒壊したものと考えて差支えない. 被害率を市町村別にみると(第2図),台風の中心 3 - 2 . あ る 部 落 で 見 た 被 害 の 状 態 大島水鳥の北部,竜郷村の笠利湾の出口に突出した 川{の端に安木屋場という部蕗がある.南に高さ100∼ 200mの急勾配の丘を背負い,北の海に面した東西に 細長い部落で,台風眼の通過前後に猛烈な東と西の風 を受け,全11t帯数83のうち.8世帯が全壊,24世帯が 半壊した(第3図).建物の倒壊,傾斜方向は東と西 第 3 図 安 木 屋 場 部 落 の 被 害 状 況 が大部分で,風の通過した方向を示しているが,中に は山沿いで,山と反対方向に傾いたものもある(第4 岡). 刈甑・・1 ;遺曲・副固 昌癖蕊謡¥・種3.:#1.| 麓譲溌:;蕊溌’ ’三鐸蕊ミ、訓 i:ー :..;:.: 一 : から束にはづれた再界島の被害が鼓も大きく,大鳥木

脇,徳之‘Ii》がこれに次ぎ,台風のり」心から山にはづれ

た沖永良部,与論の順に被害は少なくなり,台風の進 行右側の危険半円に入った場合の被害が最も大きいと いう,常識的な結論を得ることが出来る.群烏中最も 面祇が大きく,起伏の多い複雑な地形を持つ大島本品 では,市町村間の被害の差が大きいことが目立ち,市 街地が周囲の丘陵で遮蔽された猪瀬市の被害は特に小 さい.世柵数約11,000の名瀬市の被害が少なかった 全 琶 蒔 錘 : 昭 . 弱 . 国 努 調 査 に よ 邑 諏無樫輔数:大島妻方.、台風18号祇曹飲況・戸なご 第 2 図 市 町 村 別 の 住 家 被 害 率 131 鰯 4 図 安 木 屋 場 部 落 の 家 屋 倒 壊 方 向

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間目 訂 1 s 目7更 睡韓趣騒’ 島 市 町 卿 祐穐錘薫包鞘数m今己輔寂:三対す急割合飴 i ロ 2 0 列 d o 名i塁滞 大 和 河 宇j瞳対 X畠承鳥類旅1町 嵯 用 加 晒 卸 刈 ,憲測村 喜辱島暑臥町 1急趨町 癖尾島{天城加 l鰯IlUIH1 叩訓卵帥洞泊町 国 名 町 与捨島与諒ルウ 癖 島 全 ・ 侭 記 号 令 鯉 半 鐘 一 流 夷 , 魔 晶 錘 L 坐 . E 蓋 本

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132 鹿 児 島 大 学 工 学 部 研 究 報 告 第 2 号 住家の規模は大体30,2以下で,周囲は石垣やガ ジュマルの立木で囲われていたが,特に海岸寄りで,

家の密集してない所のガジュマルは,風で無残に枝を

吹き折られ(第5図),風を防ぐ役目は全くはたさな 第 5 図 枝 を 吹 き は ら わ れ た ガ ジ ュ マ ル かつた.建物は規模が小さいだけでなく極めて粗悪 で,建物H体の総合的な水平耐力はほとんど無く,風 に備えて雨戸を打ちつけ,或は控柱や控綱て家を支え たが,控柱を初めの風の方向にむけてつけたため,台 風眼通過後の吹き返しの風に,逆方向からあおられて 倒壊したものもあり,巾には礎石を残して上部が完全 に吹飛んだ,いわば“風による流失,,と呼んでよいよ うな等しい被害例も見られた(第6図,第7図).倒壊 第 6 図 全 壊 家 屋 の 状 況 を ま ぬ が れ た も の は , 山 よ り で 周 囲 に 遮 蔽 物 の 多 い も のが多かった.また明治年代に建てられた水普請の家 が,瓦や建具を飛ばされながら,軸部は無調に残った ものがあり,程度のよい建物は年代に関係なく,それ なりに強度を有している例とも考えられた(第8図). 部落中央にある教会は,飛んで来る砂利のために,窓 ガラスの一部に弾痕のような穴を残し(第9図),妻Ⅲ 宛 第 7 図 礎 石 だ け 残 っ た 住 家 第 8 図 軸 部 に 異 常 の な か っ た 明 治 時 代 の 建 物 蕊 第 9 図 飛 来 し た 砂 利 で 穴 の あ い た 教 会 の 窓 ガ ラ ス 尾根の大部分をはぎとられたが(第3図),これも仙部 には異常がなかった(第10図).水平耐力を老瞳して 設計された建物については,風に関する問題は11II部で はなく,細部構法にあることを示す一例である. 部落のほとんどは,常時強風におびやかされるため か,屋j限を亜鉛鍍鉄板で葺いているが,部分的に鉄板 を引きはがされたもの,尾‘根全体を飛ばされたものな ど,少なからず被害を受けていた.R本瓦は少数例で あるが,被』善は決定的であった.

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福 島 ・ 立 川 ・ 吉 野 ・ 久 米 : 第 2 室 戸 台 風 に よ る 奄 美 群 島 の 建 築 物 被 害 に つ い て 133 第 1 0 図 軸 部 は 無 E I F だ っ た 教 会 3−3.遮蔽物,建築構法と被害について 島の人々が耐風典業として考えていたものは,第一 に立木や石爪(サンゴ礁岩の石虹が多く兄られる)な どの遮蔽物の効果であり,第二に屯い(太い)部材に よる建築構法であると思われる.しかし今度の台風で は,そのいずれにも郁合の悪い被柊状況が兄られた. あまり高くない石虹は,尾,根を守るには充分でなかっ たようだし(第11脚),厚みのないガジュマルの立木 第 1 1 図 サ ン ゴ 礁 岩 の 石 垣 と 飛 ば さ れ た 藁 屋 根 (用) は烈しい風で忽ち枝をもぎとられ,とび散った枝が建 物を傷めるような逆効果のあった話も聞いた. 部然に見る一般の住家には,台風に対する考慮とし て,床細に鹿児,I;も本土でウドコと呼ばれる大材を用い る構法が,かなり徹底しているように見うけられる (第12図).重い床組が建物の飛動を多少防ぐ働きを するとしても,小さな建物ではその効果はたかが知れ たものであり,倒壊に対して柱の傾斜を拘火する力の ないことは当然で,かえって柱との取合部分の断面欠 損で柱の強度を弱めていると思われる.足固めに貫を 用いたものも多く見られたが,一般に足固め‘位置での 第1Z図床組に用いた大材(ウドコ)○印 (安木屋場) の欠損は祥し<,柱が礎石をふみはづすと同時に, の位置で桃の折れている例は少なくない(第13M). 鐸簿。 第 1 3 図 足 固 め 位 置 で 折 れ た 柱 ○ 印 (安木屋場) 牝柱頭は長柄に梁を交叉して然し込み,外雌は胴縁に 6mm厚のたて羽目一屯で,内確を塗壁としたものは ほとんどなく,水平〃に対抗する要素としてはわずか に一JEの板畦と,台風に備えて釘づけされた雨ノー1.以外 に考えられない.外部からよほどしつかり補強しない かぎり,瞬間風速60m/secの風で倒壊するのはむし ろ当然である. この地方の独特な住家の附属建物に,高倉と呼ばれ る高床式倉庫がある.多くは脚部に賞を通した直従30 cmのシイの丸太住で高さ2,余に頑丈な床組を支 え,その上に寄棟の草屋根をかけたもので5),一般に 風で倒れたことがないといわれる建物である.しかし こ の 高 倉 も , 今 度 の 台 風 で は 各 所 で 倒 壊 例 を 出 し た (第14図).この建物の耐風的であるといわれる理由 を考えてみると,床下が吹抜けで壁がなく受風面積が 小さいことと,穀物その他を収納した場合に総重量は 相 当 大 き く な り , 太 い , 柱 の 断 而 か ら 合 力 が は み 出 な

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第 1 5 図 H 本 瓦 の 被 害 ( 浦 上 ) ’二1本水上と迷い,rWi鉛鍍鉄板は瓦棒,平葺など吊子 でfW付ける,匝類のものは非常に少ない.ほとんどが 30÷程度の小波板を,平木の上に30∼40cm間隔に釘 打した小舞(断而2cm×4cm程度)に,直接釘で閉 付けたもので,小舞〕こ保釘〃の大きい堅木を用いた り,!仰先や継目などは-111おきに詔付けるなど,風の 吸上げに対しては相当な港雌がはらわれている.下地 や留付けが充分でないものには,相変らず鉄板がケラ バや軒先からめくり取られるという被告形態が見られ るが,そうでないものは,特に小さい建物では,屋根 面の構成が軸部に対して相対的に丈夫であるため,屋 根をそのまま残して傾斜,倒壊したり(第16図,第 17図),カスガベを打ってないために小屋火が引抜か 134 第 1 4 図 高 倉 の 倒 壊 ( 大 和 浜 ) い 範 囲 で 水 平 力 に 抵 抗 す る こ と が あ げ ら れ る . そ の 外,台風の際には柱脚の通し賃を締めているクサビを ゆ る め , 控 綱 を と る な ど 臨 時 の 処 置 が と ら れ る ら し い.この極の建物が風の息にどのように応答するかは 極めて興味ある問題であるが,柱脚のクサビをゆるめ ることが戒ちに水、ド耐刀に結びつくと考えることは難 か し い 、 結 論 と し て , 以 上 い く つ か の 利 点 は あ る と し ても,高倉についても軸部が特に耐風的に設計されて いるということは困難である. 大島本島瀬戸内町の町勢要覧で一般住家の屋根葺材 の種別を兄ると,草舞が54%で過半を「Iiめ,平木葺が 22%,Tm鉛鍍鉄板が23%,残りわずか1%が瓦葺とな っている.町村間の差は勿論あるが,以上の数から烏 の住家の大体の様子を知ることが出来る.この多数を 占める巾柱或はサス構造による草葺(わら或は茅)屋 根は,風に飛散しやすいためか(第11Ⅸl),火に弱い ためか,或は費用や下間が案外嵩むためか,次第に和 小屋亜鉛鍍鉄板葺に代えられてゆく傾向があり,場所 によっては亜鉛鍍鉄板燕に改められた高倉を見ること も出来る.平木葺は経世さえゆるせば当然亜鉛鍍鉄板 葺に改められるべきものと考えてよい.一方瓦葺は烏 で は 極 め て 評 判 が 悪 い . 高 い 費 用 を か け て シ ッ ク イ で 固めても,その割にシックイの効果が永つづきせず, 強い風にあえば必ず被害を出すことがその理山である らしい(第15図).このようにして,亜鉛鍍鉄板はそ の熱伝導のよさにかかわらず,島の屋根葺材の主流に なりつつある.昭和33年に大火で全市街を焼失した 古仁屋の町などはそのよい例で,再建された建物の亜 鉛鍍鉄板の屋根に塗られた赤や緑が,南の強い日ざし に輝くさまは壮観である. 鹿 児 島 大 学 工 学 部 研 究 報 告 第 2 号 蕊 ” 第 1 6 図 傾 斜 し た 鉄 板 葺 車 庫 ( 古 仁 屋 ) れたり(第18図),屋根全休が吹飛ばされる(第19 図)ような被害形態がかなり見られた. 3-4.台風対策についての2,3の提案 遮蔽物について:ガジュマルの立木の枝が吹きはら われたことは前に述べた.平地に面する部落外周の建 物は,一電二重の立木で風を防ごうとしても無理であ 癖か:寧鯉:.。識鶴へずふ幹〃 蝿犠訟平がへ愈亙蛋

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福 島 ・ 立 川 ・ 吉 野 ・ 久 米 : 鰯 2 室 戸 台 風 に よ る 奄 美 群 島 の 建 築 物 被 害 に つ い て 135 建築椛法について:木造で強風に対して細部に至る まで安全に家を建てることは,決して易しいことでは ない。まして高温多湿で腐朽やI』l蟻害のはげしいこの 地方では,建てたものがその強度を何年保有するかは 大いに問題で,木造(1宅の経済性はあらためて検討.の 必喫があるように思われる.しかしそのような判断は 一先ずおいて,現在そのほとんどをiliめる木造住宅を 11'l来るだけ強くするためには,建築基準法,仇宅金融 公庫標準仕様書,建築学会標準仕様書に示された,布 埜礎,筋述の構法を早急に普及させる必要がある.た だしその場合,構法の詐細にわたってこの地方の特殊 な条件を考え,検討をIjえることが必要であろう. 第一に通風の悪い布基礎は,腐朽や向蟻の答を急速 に捉進する.通風11を思い切って大きくとり,披礎の 高さも允分にとりたい.基礎高さが60cm以上にな ると,蟻.苫が少なくなるという澗代結果もある6).ま た通風口は大きく取るだけでなく,通風がよく,且つ 台風の際に床i、.に風をはらまないように配置を若える べきである(第20図)・第二に筋述であるが,内確や る.もし可能ならば,部落全体として配置!汁1111iを立 て,外周を邸や或る程度厚みのある防風林で州うこと は考えられてよい.伊勢湾台風のあとに,木造住宅の 南側に鉄筋コンクリートのアパートを配置し,木造住 宅に当る風を防ごうという案が検討・されたが,これと 同じ考えである.ただし,防風林による風圧力の低減 や,それが背後何米に及ぶかについては,今後の研究 にまたねばならない. 自蜘 謝 1 7 1 型 屋 根 を そ の ま ま に 倒 壊 し た 建 物 (古仁屋) 第 1 9 図 吹 飛 ん だ 鉄 板 葺 屋 根 朔20図 第18凶束を引抜かれた公lilf住宅(古仁屋) 塗壁の少ない,いわばプラス・アルファーの1Ⅲ力のな いこの地方の住家では,筋違を入れれば,それにその ものズバリの枇刀が集巾してかかることが予想され る,梁が筋述につき上げられないための柱上下の横架 材への緊粘には,特に注意をはらう必要がある.もし 牝上下の金物使用の徹底が難かしいなら,むしろ鉄筋 筋連を普及したらどうだろうか.f台から梁にわたせ ば,引張り筋逸であるから柱の上下は両面カスガイで よい.アンカーボルトに直接取付ける方法もある(第 21図).海岸附近では塊風による金物の腐蝕がはなは だしいが,丸鋼は表而岐が小さくて,その点も有利で ある.防鈷は端部,特に土台部分に注意をはらえばよ い.

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4.学校校舎の被害について 4-1.被害のあらまし 猛烈な白蟻と台風で,ここでは木造校舎はいくら造 っても無駄であることは誰にもわかっていた.しかし 実際に木造からの脱却がはじまったのは,昭和28年 の日本復帰と同時で,復興特別措置法により,鉄筋コ ンクリート或はブロック造など耐久的な校舎の建設が はじめて着手された.35年度までに建てられた鉄筋 コンクリート校舎(わずかのブロック造を含む)の面 積は11,000m2,中小学校の全床面積の75%が新しい 建物に置かえられたことになる.小規模なものを除い て,全校舎が耐久的な建築になるのも,そう遠い先の ことではないようだ. 残された白蟻に喰い荒され,或は軍政下に急造され たバラック校舎は,風が吹くたびに姿を消してゆく. 大島支庁の発表した数字は,二三の町村ではこの台 風で,木造校舎の半ば近くが全壊したことを示してい る(第23図).(全半壊面積が木造校舎面積を越える 町村があるのは,報告が不正確なためか,或はPTA などがなどが建てた建物が含まれているためか,理由 136 鹿 児 島 大 学 工 学 部 研 究 報 告 第 2 号 禍‘18禰On3oo柄1ハv,.とi脹匠用台?↑2画栃tr差諏’言‘百《才・$ 葡訂OBI両込み雁qNSo通20ふへL2牢匡-W&. 第 2 2 図 屋 根 面 揚 力 と 釣 合 う 釘 , カ ス ガ イ の 算 定 図 婚害面溺:大息乏膚.、台風18号椿奮蚊遍"による 欣過攻舎層砂全癒舎面溺魔児息鳳・36華aロ堂凝遥殉鋤字唇調査零シ トきよう 第 2 3 図 中 小 学 校 校 舎 の 被 害 率 度と考えても,その上下を9mm径のカスガイ両面打 とする必要がある.金物を従来の慣習以上に使うこと はなかなか実行困難なことではあるが,全体の工費に 較べて比較的わずかの費用の追加で,建物が数倍も強 くなることを考えて,ぜひ実行したいことである. 一 一 身 一 一 第 2 1 図 鉄 筋 筋 違 を 用 い た 軸 物 の 案 一方風により屋根面に生ずる揚力については,屋根 葺材の葡付だけでなく,その力が柱にまで伝わる点を 考慮して接合部を補強しなければならない.軸部の設 計に用いる屋根血血圧の値は,風力係数−0.5以下に おさえられているが,屋根局部に生ずる負圧を考える ときこの値は適当でない.風洞実験によれば,軒先 や,特に斜め方向から風が吹いた場合のケラバや棟附 近に生ずる負圧は非常に大きく,時に風力係数−2.0 に及ぶことが知られている.一応この−2.0を局部風 力係数として採用し,屋根面高さにおいて風速50m/ secを仮定すると揚力は約300kg/m2になる.野地板 をたるきに,たるきを母屋に認付ける釘の大きさと本 数は,この300kg/m2の揚力と釣合う引抜耐力を持 つように計算されなければならない(第22図).小屋 束は,自重と負担面積の増大から揚力を150kg/m2程 2 20 15 mLヨリグ、守、勺蛙門

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<まはっきりしない)住宅と比較して全壊率が更に高い ことは,校舎の周囲がおおむね空地で風当りの強い こ と と , 建 物 が 大 き い に か か わ ら ず 構 造 的 な 配 慮 が な さ れ て い な い た め と 思 わ れ る . 住 家 の 全 壊 率 の 低 かった沖永良部で,校舎の被害が大きい理山はわから ない. 4-2.木造校舎の被害 倒壊例を二つ見てみよう.いずれも笠利町の小学校 で,第一の例は昭和25,26年の市政下に建築された 木造平家4教室の校舎で,ポ政下に建てられたバラッ ク校介の代表と考えられる.目撃荷の話によると,台 風眼に入る前の強風で半ば傾斜し,無風状態のあと, 今度は逆風に反対側に押し倒され,7,8分で全峻した という(第241叉│).使用されていた筋述の断1mは2× のである(第25灰I). 全島の小度校,1,校に対して行なったアンケート調 査によると(回答率50%),現在残っている木造校舎 は昭和21年から28年までの軍政下に建てられたもの がその半ばを占め,戦前戦,,,のものが,/4,n本復帰 後の校舎は数も少なく,大体,50,2以下の小さなも のに限られるようである.被害は建築年代にはほとん ど関係なく(第26図),全壊が全体の約,/4,−部側 峻,’傾斜など軸部に被告を受けたものを加えると約半 数に及び,ほとんどが屋根に被害を受け,建具以外に 被害のなかったものはおよそ10%にすぎない.隈根 彼害を試くると,このデーターに関するかぎり,1Wi鉛 鍍鉄板が瓦にくらべて秀れているということはいえな い(節27図).また最近のものが被¥fが少ないという

罵慧

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蛎和21∼M8i

3−4.鉄筋コンクリート校舎の問題点 鉄筋コンクリート校舎の被告は若干の雨もりと,建 具ガラスの破損に限られる.雨もりについて特に報告 のあった3棟のうち,2棟は屋根スラブの亀裂による もの(打継ぎケ所か?),あとの1棟は2階バルコニ

全壊-部倒蒐瀞欝熟剖

第 2 6 凶 木 造 校 舎 の 年 代 別 披 害 全 面 姪 ↓ 1 人 エ ー 部 , , I 第 2 4 図 全 壊 し た 木 造 校 舎 そ の ’ (笠利小学校) 10cm,柱上│、・に金物補強はなく,海岸に近いために アンカーボルトはネジ111を認めぬまでに腐朽してい た.第二の例は昭和’1年の建築で,内蟻筈がひどく, L型の束四に長い平家の4教室が,東南の風で北に傾 いた後,北幽風にあおられて北側に完全に例唆したも 福 島 ・ 立 川 ・ 吉 野 ・ 久 米 : 館 2 室 戸 台 風 に よ る 奄 美 群 島 の 建 築 物 被 害 に つ い て キ ー 第 2 5 図 全 壊 し た 木 造 校 舎 そ の 2 (手花部小学校) 些 望 一 第 2 7 図 木 造 校 舎 屋 根 葺 材 の 被 害 傾向も兄られない.鉄板のWl付は,更に険討の余地が あるように思われる. 叡吾 膿へ

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南−4 138 北 鹿 児 島 大 学 工 学 部 研 究 報 告 第 2 号 司嵯 たものと思われるが,一方風下側の建貝が外側に吸什| されたという例も報告されている.普通の戸車を用い た引違い戸では,つの彫りで建具の脱落を防ぐことは 無理で,簡単にはめ込み位置をさけてとめ金具をつけ るようなことでも,風下側建具の脱藩は防げるのでは あるまいか.大体50m/secを越える風を受ける建具 となると,建具の大きさによるが,戸車,蝶番,錠な どの接点には,場合によってはそれぞれ大人の体遁ほ どの横力を受ける覚'悟をしなければならない.一般に 日本の建具が,フスマ,障子などの伝統による影響の せいか,金具を含めてひどく貧弱なのは困ったことで ある.さて風圧はともかく,飛来物に対してガラスが 無抵抗であることは衆知の事実で,窪今度の調査でも, 大事な部屋だけでも雨戸をつけてほしいという要望が きかれた.速度が遅く風の強いこの地方の台風では, 可 航 半 円 に 入 っ た 場 合 も 相 当 な 被 害 が 予 想 さ れ る から,つけるとなると南側だけというわけにはいかな い.内側のガラス戸を風圧に耐えるように設計し,飛 来物はヨロイ戸で防ぐという考もあるが,高価になる ので問題にならないのではあるまいか.雨戸は校舎に かぎらず,台風常襲地帯に建つ鉄筋コンクリート建築 の一番の問題点である. 第 3 表 鉄 筋 コ ン ク リ ー ト 校 舎 の ガ ラ ス 及 び 建 具 の 破 損 個 所 注 . 数 字 は ガ ラ ス 破 損 個 所 の 合 計 数 , ( ) は 建 具 の 破 損 個 所 の 合 計 数 を 示 す . い ず れ も ア ン ケ ー ト に 回 答 の あ っ た も の の う ち , 棟 が 東 西 に 長 い 校 舎 に つ い て 調 べ た . 7 2 1 く 820 8 −に雨がふき込んで滞水し,1階に雨もりしたもの で,いずれも設計,施工上注意すべき問題である. アンケートの回答によれば,建具,ガラスについて は全棟の約半数が被害を受けたようである.(2,3枚 ガラスの割れたものを入れれば,恐らくほとんど全棟 が被害を受けたのではあるまいか?)被害ケ所数を総 計して比較すると,台風通過の中心及至東側にあった 大島本島,喜界烏では南側,西側にあった徳之島,沖 永良部では北側の被害の大きい傾向が見られる(第3 表).すなわち,主に風上側のガラスが飛来物で壊れ 5.地形と風害について 大島本島は,全島の大部分が数100mの丘陵でおお われている.部藩の多くは山ひだや,川のわずかな沖 積地にあって,隣りの部落に行くためにはたいてい山 の一つ二つは越えねばならない.そのような特殊な地 形のために,今度の災害では地形と風について考えさ せられる幾つかの例に出逢った.その中には前に述べ たように,周囲の山で遮蔽された名瀬市や,ひらけた 海岸のために強風をうけた安木屋場部落のように,常 識で充分理解の州来る場合がある.またその反面,笠 利 町 , 用 部 落 の よ う に , 全 く 予 想 外 の 方 向 か ら 風 を 受 けた場合もある. 用部然は大島本島の北端に近く,東を海に面し,酉 に100,余の山を背負った南北に長い海岸に沿った部 落で,現地の人の話によると,午前中に海からの風を 受け,無風状態になったあと,午後になって山に平行 な南南西の強風を受けた.海から直接吹きつけた風に 大して被害を出さなかったこの部落は,西側の山で遮 蔽されたはずの吹き返しの風で,全壊37戸という大 きな被害を受けたという(第28図). 島 名 喜 界 本 島 徳 之 島 沖 永 良 部 0 18(2) 13 8 第 2 8 図 用 部 落 の 地 形 と 風 向 風が比較的せまい地域に集中して被害を出すという 現象は古仁屋の町にも見られる.おおむね三方を丘陵 にかこまれたこの町は,やはり台風眼通過の前後に強 風を受けたが,被害は比較的台風眼通過後の吹返しに 多く,町の西側山沿いから中央にかけて集中し,東側 はその割に被害を受けなかった(第29図). 以上のような被害例を見ると,風は平坦な土地を通 る場合,かならずしも最も強いのではなく,地形によ 建 具 の 位 置

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福 島 ・ 立 川 ・ 吉 野 ・ 久 米 : 第 2 室 戸 台 風 に よ る 奄 美 群 島 の 建 築 物 被 害 に つ い て 139 、 − 第 2 9 図 古 仁 屋 の 地 形 と 被 災 地 域 って収敵加速し,局地的に予想以上の強風が吹き,或 は一見地形的に遮蔽されたと思うような所にも,大き な被害を与えることがあるのではないか,という考え が頭に浮んでくる.そう考えて部落別の全壊率を地図 の上にプロットしてみると,海岸から山に入るにつれ て,かえって全壊率が高くなるという例が決して少な くない(第30図,第31図).建物の程度や,その他さ まざまの条件を異にする各部落について,地形とその 被害を直接結びつけ,結論をH1すことは勿論困難であ るが,海に大きくひらけているから危険だとか,山か げに入っているから安全だというような常識的な見当 は,特に風向の一定しない台風には通用するとはかぎ らないことを,これ等の例から強調しておきたい. 数字は全壊率(%) 節 3 0 図 部 落 の 全 壊 率 と 地 形 そ の 1 数字は全壊率(%) 第 3 1 図 部 落 の 全 壊 率 と 地 形 そ の 2 6 . お わ り に 台風常襲地帯には,それに備えて長年の技術の蓄積 があり,その結果として丈夫な家が建てられているの が当然である.しかし奄美群島に現実にあるものは, そのような技術の蓄祇を許さない“貧困”であった. 最近になって,ようやく辺地に至るまで鉄筋コンクリ ートの校舎が建つようになったが,一般の住民が,安 心して住める家を持つようになるかどうか,それは工 学や技術をこえたはるかに大きな問題である. この報告では現地の人々に多少とも役立つことを考 え,報告書の範囲を逸脱して若干の提案を試みた.特 に木造建築の耐風基準に関しては,今後多くの論議と 研究の必要のある問題であり,その点極めて不充分な 提案にとどまったが,充分批判いただければ幸であ る. 現地凋査は南産研,及び鹿児島大学援助会の研究費 によった.調査の際援助をいただいた鹿児島県大島支 庁をはじめ,各市町村役場,教育委員会,及び現地の 方々に心からお礼を11北上げる次第である. 参 考 文 献 1)和達清夫:日本の気候,昭和33年 2)鹿児島県大島支庁:奄美大島の概況,昭和35年 3)名瀬測候所:台風第18号速報,昭和36年9月 4)石│││奇溌雄他2名:伊勢湾台風による家屋の風害分 布について:n本建築学会論文報告柴第69号, 昭和36年10月 5)野村孝文:南西諸島の民家,昭和35年 6)福島正人:白蟻と蟻害,昭和36年

参照

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