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トランプ政権の通商政策に関する一考察

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2019 年 3 月 March 2019

桜美林大学 経済・経営学系

J. F. Oberlin University Division of Economics and Management Studies

The Journal of J. F. Oberlin University

桜美林エコノミックス第10号(通巻66号)

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トランプ政権の通商政策に関する一考察

田 村 考 司

目   次 はじめに Ⅰ トランプ政権発足以降の通商政策の展開 Ⅱ 『通商政策アジェンダ』の概要 Ⅲ トランプ政権の公正貿易主義とその諸特徴 おわりに

はじめに

 トランプ政権が発足して 2 年目を迎え、グローバリゼーションを進めてきた米国の通商政策は転換期 を迎えている。トランプ大統領は共和党の大統領ではあるが、伝統的に自由貿易主義を掲げる共和党 とは異なった通商政策を目指しており、2018 年に入り、それが本格的に具現化され始めている。11 月 の中間選挙を控えたトランプ大統領にとっては、 “米中貿易戦争”を引き起こすほどの「米国第一主義」 の通商政策によって成果をアピールし、有権者からの支持を獲得したい思惑があったであろう。そして、 中間選挙の結果に関わらず、「米国第一主義」の通商政策は残る任期中も継続していくと予想される。  それでは、こうしたトランプ政権の通商政策はどのように把握されるべきであろうか。トランプ政権の通 商政策に対しては、第 1 に、「保護主義」との評価が与えられることが多い。例えば、渡辺〔2018〕 は、TPP(環太平洋経済連携協定)反対、NAFTA(北米自由貿易協定)再交渉などを掲げて、 白人労働者層の支持基盤を掘り起こしたトランプ大統領の手法を「保護貿易ポピュリズム」であると論 じている。第 2 に、「一方主義」という評価がある。例えば、菅原〔2017〕は、貿易相手国の通商 政策が公正かどうかを米国が判断し、WTO にも縛られない、そして相手国が米国の要求に応じなけ れば一方的な制裁も辞さないという一方主義は、WTO 発足以前に時計の針を戻すものだと述べてい る。第 3 に、トランプ政権が貿易交渉の相手国の選定に当たり、貿易収支赤字、特に二国間の貿易 収支赤字を最重視する点から、「重商主義的」と評されることもある(木村〔2017〕)。  これらの評価からは、一見すると、トランプ政権の通商政策は歴代政権から大きな転換をしているよ うに映る。しかし、他方で、トランプ政権の通商政策の展開は、1980 年代後半~ 90 年代前半にかけ て日本に対して強硬な市場開放を要求した米国の姿と重なる部分も多い。したがって、トランプ政権の 通商政策に対する評価は、中長期的な視点からのも行われる必要があると考える。

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 そこで本稿では、政権自体が不安定であり、通商政策の行方についても流動的な側面はあるものの、 執筆時点(2018 年 10 月)までの事実を基にして、トランプ政権の通商政策の特質について、第 2 世 界大戦後の米国通商政策の展開を踏まえつつ検討したい。そして、トランプ政権の通商政策は、以 前の政権との連続性と断続性の両面を有していることを明らかにしたい。Ⅰでは、政権発足以降の主だっ た通商政策の展開状況を整理し、Ⅱでは、政策展開の土台となっているトランプ政権の基本思想を確 認する。Ⅲでは、1980 年代後半以降の通商政策の中にトランプ政権を位置付けて評価したい。

Ⅰ トランプ政権発足以降の通商政策の展開

 最初に、2017 年 1 月の政権発足から 2018 年 10 月時点までの通商政策の展開を整理しておきたい。 特筆すべき動きとしては、① TPP からの離脱、②米韓自由貿易協定の再交渉と妥結、③ NAFTA 再交渉と妥結、④鉄鋼・アルミニウム製品に対する関税賦課、⑤知的財産権侵害を理由とする対中 国制裁関税であろうか。いずれも「米国第一主義」と称するにふさわしい政策展開となっている。以 下では、これらそれぞれについて見ていきたい。 (1)TPP 離脱について  TPPとは、元々は P4と称されるシンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの 4 カ国の FTA であったが、そこに米国が参加を表明したことから、他の国々も加わるようになり、最終的には、米国 を含むアジア太平洋地域の 12ヶ国の間で締結された自由貿易協定である。TPP 交渉は 2010 年 3 月 から開始され、一時期、漂流が懸念されたものの、2015 年 10 月に大筋合意に達し、翌 2016 年 2 月 に 12ヶ国による署名に至っていた。  しかし、トランプ大統領は就任早々の 2017 年 1 月、大統領選挙期間中に繰り返し表明してきた TPP からの離脱を他の 11ヶ国に通告した。なお、TPP の発効条件は、①全署名国が 2 年以内に批准、 あるいは②合計して全署名国の GDP の 85%以上を占める 6 カ国以上の批准となっていたため、発効 には米国の批准が絶対条件であった。そこで、米国離脱後、残りの 11ヶ国が TPP の再交渉を行い、 米国が要求した事項は凍結して、2018 年 3 月に米国抜きの合意に達し、2018 年中に発効することになっ た。日本などはトランプ政権に TPP 復帰を促しているものの、現時点までではその兆候は見られない。  なお、オバマ政権下では、TPPと並んで、米国とEU の間の自由貿易協定である TTIP(環大西 洋貿易投資パートナーシップ )も交渉されていた。TTIP は 2013 年から交渉が開始され、2016 年まで に計 15 回の交渉が持たれたが、両国間での主張の相違から、2016 年後半ごろに交渉が中断している。  トランプ大統領はこの TTIP について、選挙期間中、明言を避けており、政権発足後も方針を検討 中である旨を述べる程度にとどまっていた。しかし、2018 年 9 月には、トランプ政権は EUとの貿易交 渉を開始することで合意した。 (2)NAFTA 再交渉について  TPP 離脱に続いて、トランプ大統領は 2017 年 2 月、NAFTA 再交渉の意思を表明した。トランプ

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大統領は選挙期間中、NAFTA によって多くの国内雇用が奪われており、加えて、メキシコからの移 民流入についても激しい批判を加えていた。  トランプ政権が掲げた再交渉の第 1 の目的が、協定の「近代化」である。NAFTA 発効から 20 年以上が経過したので、協定内容を見直そうということである。第 2 が、「リバランス」である。 NAFTA3ヶ国間の貿易収支不均衡の是正、とりわけアメリカの対メキシコ貿易赤字を削減しようという ことである。そして、トランプ大統領は、再交渉の結果が米国労働者にとって公正な取引とならなかっ た場合には離脱を通告することを度々表明した。  NAFTA 再交渉は 2017 年 8 月から始まり、途上では利害対立も激しかったが、2018 年 8 月には 米国とメキシコ間、9 月には米国とカナダ間で合意に至った(図表 1)。また、協定の今後の名称は「ア メリカ・メキシコ・カナダ協定」となった。 図表 1 新 NAFTA の主要な合意内容 出所)日本経済新聞朝刊、2018 年 10 月 2 日付け。 (3)米韓 FTA 再交渉について  トランプ大統領は 2017 年 7 月、米韓 FTA の再交渉の意思を正式に表明した。トランプ大統領は、 米国の対韓貿易赤字が FTA 発効の 2012 年以降、拡大傾向にあったことを念頭において、米韓 FTA について、NAFTA に対するのと同様の論理で批判し、見直しを主張したのである。韓国は再 交渉に否定的な姿勢であったが、結局、米国の要求を受け入れた。  米韓 FTA 再交渉は、2018 年 1 月に開催されたが、3 月には大筋合意に至った(図表 2)。このよ うに早期決着に至った要因の 1 つに、以下の(4)で述べる鉄鋼・アルミニウム製品に対する関税賦 課の決定があった。当初、関税賦課の対象国に韓国が含まれていたが、適用除外にすることで韓国 に対して譲歩を迫る取引材料になったと思われる。

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図表 2 米韓 FTA 再交渉の主な合意事項 出所)菊池しのぶ〔2018〕「米韓通称交渉の最近の動向」『みずほインサイト』4 月 3 日より。 (4)鉄鋼・アルミニウム製品に対する関税賦課  トランプ大統領は 2018 年 3 月、鉄鋼やアルミニウム製品の輸入が米国産業を弱体化させ、国家安 全保障の脅威になっているとして、1962 年通商拡大法 232 条の国防条項に基づき、鉄鋼・アルミニウ ム製品に対して輸入関税を賦課することを決定した(鉄鋼製品には 25%、アルミ製品には 10%)。当初、 EU、カナダ、メキシコ、韓国、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジルの 7 カ国・地域は適用除外とさ れたが、6 月には EU、カナダ、メキシコにも関税賦課が発動された。なお、韓国、オーストラリア、ブ ラジル、アルゼンチンは追加関税の適用除外とされているが、その条件として数量割当に合意している。 (5)知的財産権侵害を理由とする対中国制裁関税  トランプ大統領は 2018 年 3 月、中国政府が知的財産権を侵害しているとして1、1974 年通商法 301 条に基づき、中国への制裁措置を発表した(制裁対象となる約 1300 品目リストは4月に公表された)。 5 月には、米中間で二国間協議が行われ、一旦、対中関税の発動は留保されることになったが、その 数週間後には留保は撤回され、米国は 7 月に第一弾、8 月に第二弾の関税賦課を発動した。そして 9 月には第三弾として 2,500 億ドルの輸入品に対する関税を発動した。このような動きに応じて、中国も 対抗措置を講じており、目下、“米中貿易戦争”といわれるような事態を迎えている(図表 3)。

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図表3 米中貿易摩擦の激化 出所)各種資料より作成。

Ⅱ 『通商政策アジェンダ』の概要

 前節で確認した政策展開は、一体どのような通商政策方針に基づいているのだろうか。次節以降 では、USTR(米国通商代表部)の「通商政策アジェンダ」から、トランプ政権の通商政策を支える 論理を見ていきたい。この「通商政策アジェンダ」は、USTR が 1974 年通商法に基づき、年に一度(毎 年 3 月 1 日までに)、議会に提出することが義務付けられた報告書であり、前年の通商政策を総括する と共に、今後の方針を明らかにする内容となっている。トランプ政権下では現時点までに、2017 年版と 2018 年版が発表されている(図表 4)。それでは両年の優先事項について詳しく見ておこう。

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図表 4 トランプ政権下の通商政策アジェンダ 出所)USTR〔2017〕〔2018〕より。 (1)2017 年版  第 1 の優先事項として、「通商政策に関して米国の国家主権を守ること」を挙げている。ここでは 特に WTO における紛争解決制度を取り上げて、WTO に対する米国の主権の優位を堂々と表明して いる。紛争解決制度を定めた WTO 協定・附属書二「紛争解決に係る規則及び手続きに関する了解」 の核を成すのは、「紛争解決機関の勧告及び裁定は、対象協定に定める権利及び義務に新たな権 利及び義務を追加し、又は対象協定に定める権利及び義務を減ずることはできない」としている規定 であるとし、米国が附属書二を受け入れたのはこの規定があるためだと述べる。したがって、「紛争解 決手続きは、WTO 協定上の米国の義務を追加したり、権利を減じるものではない」とするのである。  また、米国議会が、米国は WTO の決定に直接従うことはないとしたことを想起すべきであると述べ、 ウルグアイラウンド協定法において、「WTO の紛争解決報告書において米国に不利な報告が出れば、 国内法上 USTR はその内容を履行すべきかどうか議会の関係委員会と協議し、履行するとされた場 合にはその方法や履行期間について協議すること」とされていること、「ウルグアイラウンド合意が米国 の法律に合致していなければ、効力を有するものではない」とされていることを引用して、WTO の紛 争解決機関が米国に不利な決定を下したとしても、そのような決定が自動的に米国の法律や慣行を変 更させることにはならないとの米国の立場を明らかにしている。  第 2 の優先事項として、「米国の通商法を厳格に執行すること」が挙げられている。米国の各通商 法においては、国内産業に被害をもたらすダンピング輸出や補助金付き輸出のような不公正な貿易慣行 に対抗したり、輸入急増に対処するための条項が規定されているが、それらは WTO 協定を実施し、 市場を歪めないための基盤であるとしている。  また、1974 年通商法の 301 条では、外国の措置が貿易協定に違反し、不当で、合理性がなく、 あるいは差別的なもので、米国の貿易を制限する場合には、USTR は適当な措置をとることができるこ

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ととなっていると述べ、この 301 条を適切に活用すれば、外国がより市場を重視した政策をとるよう導く ための強力な梃子として機能することになると述べている。  その上で、トランプ政権は、これらの通商法の厳格な執行が米国および国際貿易体制にとって重要 であるという。というのも、現代の世界経済では、政府の補助金、知的財産権の侵害、為替操作、 国有企業による不公正な競争、労働法の違反、強制労働その他多くの不公正な慣行によって歪めら れている現象が見られるとの認識を示し、このような不公正な慣行は市場を歪め、資源の最適配分を 妨げ、そのため米国民の生活水準が低下し、成長しようとする経済活動の芽が摘まれることになるとし ている。そして、WTO がこうした不公正な貿易慣行に対して有効に機能しなければ、国際貿易体制 への信頼が揺らぎ、健全な世界経済のためにはならないため、トランプ政権は真の市場競争が行われ るよう積極的に対処すると述べている。  第 3 の優先事項が、「海外市場を開放するための梃子を用いる」である。ここでは、輸出増大の 重要性に触れつつ、しかし現状を見ると、米国の輸出は多くの市場において重大な障壁に直面してい ると不満を述べている。具体例として、高関税や非関税障壁、デジタルデータやサービス取引の不当 な制限、トレードシークレット(営業秘密)の侵害、さらには技術的障壁、為替操作などが挙げられて いる。そして、米国は長きにわたり、外国での公正な競争機会を与えられてこなかったこととして、次 の 2 つの根本的な課題に取り組むとしている。第 1 に、WTO 協定、二国間あるいは複数国間の通 商協定を通じて、自由市場原理を確立していくことであり、第 2 に、貿易政策面の透明性を確保するこ とである。  第 4 の優先事項として、「新規の、より良い通商協定を交渉すること」が挙げられている。1980 年代後半以降、米国は、NAFTA、WTO を創設したウルグアイラウンド諸協定、2001 年の中国の WTO 加盟議定書ならびに一連の通商協定を締結し、これによってグローバリゼーションを進め、特に 輸出機会の拡大という形で実質的な利益がもたらされたとする一方で、2000 年以降、GDP の伸び は鈍化し、雇用機会が弱まり、製造業雇用に至っては大幅に減少する事態を迎えることとなったとし、 これにはリーマンショックやオートメーションによる影響など多くの要因が挙げられるとしつつも、中国の WTO 加盟による影響が大きいとして、様々な指標を示して、現行の国際貿易体制は中国にとっては好 ましいものではあっても、米国にとってはそうとは言えないとして、中国に対して厳しい見方を打ち出して いる。さらに、NAFTA や米韓 FTA にも言及し、カナダとメキシコに対して貿易赤字が続いていること、 対韓国の貿易赤字が拡大したことに懸念を示している。  その上で、通商協定に対するアプローチを考え直す時期に来ているとして、自由で公正な貿易に向け、 二国間交渉に集中的に取り組み、高い基準の公正性を貿易相手国と共有し、不公正な活動を続ける 貿易相手国に対しては、あらゆる法的措置を躊躇なく取る方針であると表明している。 (2)2018 年度  第 1 の優先事項として、「国家安全保障を支えるための貿易政策」を掲げ、通商政策は“より強く より安全な米国”の構築につながるものでなければならないとして、2017 年 11 月に発表された国家安

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全保障戦略を踏まえて、次のようなことを述べている。①米国経済を強化し、国際貿易ルールへの信 頼を高める貿易政策によってこそ、国際貿易体制を強化できる、②貿易に関する主権を擁護し、米国 が同意できない義務を押し付けられないようにする、③中国、ロシア等の敵対的な政策から国益を守り、 不公正な競争者にはあらゆるツールを使って対抗する、④テクノロジーは重要であり、中国の知財侵害 には 301 条を活用して対抗していく、⑤市場を基盤とした政策を採り、互恵関係にある国は真の友好 国として扱うが、不公正な慣行等を執り、互恵関係を拒む国に対しては米国の利益を守るための措置 を採るとしている。  第 2 の優先事項である「米国経済の強化」については、2017 年 12 月に成立した「税制改革法」によっ て法人税率は 35%から 21%に引き下げられ、主要な貿易相手国とは対等の条件で競争できるようになっ たとし、これによって米国経済を強化したと述べ、さらにビジネス上の障害となる規制を撤廃していくとし ている2  第 3 の優先事項である「より良い貿易取引の交渉」については、NAFTA、米韓 FTA の再交渉 を進め、さらに EU 離脱後の英国との貿易・投資に関する協定交渉を検討すると述べている。TPP についても触れており、トランプ大統領は選挙公約として掲げた離脱を決定したが、これによって TPP に参加した 11 か国とはこれまで以上に有利で、公正な関係を築くことができるとしている。米国はこの 11 か国の内、6 か国とは既に FTA を結んでおり、残る 5 か国(日本、ベトナム、マレーシア、ニュージー ランド及びブルネイ)の内、日本については 2017 年 2 月の日米首脳会談で、米国は日本とより緊密な 貿易関係を求めるとの立場を明確にしており、さらに他の TPP 諸国とも、個別に又はグループとして交 渉する用意があることを表明している3  第 4 の優先事項である「米国の通商法を執行・擁護する」は、2017 年度の優先事項「米国の 通商法を厳格に執行すること」の繰り返しであるが、ここでは、これまでに取られた具体的な措置をア ピールしている。通商法 301 条に基づく中国の技術移転、知的財産、技術革新に関係する措置等に ついての通商代表部の調査、通商法 201 条のセーフガード措置(緊急輸入制限措置)に基づく中国、 韓国等からの太陽光パネルや大型家庭用洗濯機の輸入についての国際貿易委員会の調査、通商拡 大法 232 条に基づく国家安全保障上の理由による中国等からの鉄鋼やアルミニウムの輸入についての 商務省の調査等を挙げている。さらに、アンチ・ダンピング関税や相殺関税の発動について、現政権 の 1 年間で 84 件の調査が開始され、前年に比べ 59%も件数が増加したこと、昨年 11 月には商務省 は中国から輸入されるアルミシートの輸入についてダンピング防止関税及び相殺関税の調査を自らの判 断で開始したこと等を挙げている。  また、諸外国の不公正貿易慣行に対処するため、WTO において米国の通商法を擁護していくこと を重視するとし、WTO で争われている中国政府の市場歪曲措置、インドネシアの輸入ライセンス制度、 インドの農産品の輸入禁止措置、欧州連合との長年にわたる係争案件となっている民間航空機への 補助金支給の問題について触れている。  第 5 の優先事項である「多角的貿易システムの改革」については、WTO の重要性を強調しつつ も、「過去 20 年間、WTO は本来期待された通りの機能を果たしておらず、結果として、国益に沿っ

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て行動する米国の能力を掘り崩している」と、2017 年版よりもWTO 批判を強めている。  具体的には、紛争解決手続きへの不満に止まらず、① WTO では 2001 年に開始されたドーハラウ ンドが未だに決着がつかず、現代世界経済にとって必要とされる協定が合意できないこと、② WTO では“途上国”の定義が明確ではないため、中国・インド・ブラジルなど現代世界経済で存在感の大 きい新興国が“途上国”扱いされていること、③中国が自由貿易の価値を謳いながら、実際にはその 取り組みをしようとしていないことを取り上げ、このような課題に取り組む用意があるとしている。  以上が「通商政策アジェンダ」の内容であるが、そこで示された通商政策方針は、Ⅰで確認したよ うに着実に実行されており、今後とも同様の方針に基づく政策展開が進む可能性が高い。

Ⅲ トランプ政権の公正貿易主義とその諸特徴

 本節では、トランプ政権の通商政策を 1980 年代以降の米国通商政策の流れの中に位置づけて、 その特質を検討することにしたい。というのも、トランプ政権は歴代政権の通商政策を批判し、それか らの転換を図ろうとしている反面、1980 年代頃の米国の通商政策に似ている部分もあり、歴史的観点 からの検討が必要であると考えるからである4 (1)基本的性格としての公正貿易主義  「通商政策アジェンダ」で最初に確認すべき点は、トランプ政権の通商政策の基本的スタンスが公正 貿易主義であるということであろう。公正貿易主義とは、自由貿易とは「不公正」な貿易慣行がない 状態の貿易のことであると解して、米国と貿易相手国との間における平等な競争条件の形成を志向す る思想のことである。  公正貿易主義は、米国の通商政策では 1970 年代にその萌芽が現れ、1980 年代後半に本格化し た。第 2 次世界大戦後の米国の通商政策は、世界経済における圧倒的な地位を背景に、一方的な 自由貿易主義を掲げていたが、資本主義の不均等発展による西欧・日本の成長を受けて、その相対 的地位を低下させると、国際競争力を失う産業が増え、貿易収支も悪化し、米国内の保護主義圧力 が高まったことを背景として、通商政策理念の転換が生じたのである。具体的には、1985 年 9 月、レー ガン大統領が「新通商政策」演説の中で、米国の通商政策の重点を自由貿易から公正貿易へと転 換することを発表して以降、公正貿易主義が米国の通商政策の骨格をなすようになり、レーガン政権~ オバマ政権に至るこの 30 年間継続されてきたのである。  トランプ政権の通商政策も基本的にはレーガン政権以降の通商政策と同様のスタンスに立っており、 この意味では歴代政権のそれと比べて、根本的に異なるものではないと言える。実際にも、「通商政 策アジェンダ 2017」の冒頭では、「2016 年、両党の有権者は通商政策の方向性における基本的な変 化を求めた。アメリカの人々は従来の通商政策にますます不満を抱くようになっている。それは、自由貿 易と開かれた市場を信じるのを止めたからではなく、貿易協定からの利益を明白にできなくなっているか らである」としており、政策の主要目的は「全てのアメリカ人にとって自由で公正である形での貿易拡大」 であり、「経済成長と雇用創出、貿易相手国との互恵関係の促進、製造基盤と国防能力の強化、農

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産物とサービス輸出の拡大」であると公正貿易主義の立場を明瞭に表明している。  しかし他方では、「20 年以上にわたり、米国政府は様々な多国間、二国間等の協定を通じて外国 の貿易慣行の是正に取り組み、また国際的な紛争解決メカニズムを尊重してきたが、期待に反して米 国が世界の市場で不公正で、不利な立場に置かれていることがあまりにも多い」と過去の通商政策を 批判して、「米国の主権を守り、米国の通商法を執行し、海外の市場の開放をはかり、新たな通商協 定を交渉する新たな通商政策を取るべきときに至ったことを示すものである」と述べていることから、トラ ンプ政権の公正貿易主義は、歴代政権とは異なる特殊性を有していると考えられる。そこで以下では、 1980 年代以降の政策展開を踏まえつつ、トランプ政権の公正貿易主義が有する特徴について論じる。 (2)輸入保護主義への傾斜  トランプ政権の通商政策に対しては、「保護貿易主義」との評価が与えられることが多いが、実際に もトランプ大統領は、貿易匡正法を活用して、戦後の歴代大統領の誰よりも保護主義に傾斜した通商 政策を推し進めているといえる5  第 1 に、セーフガード措置を定めた 1974 年通商改革法 201 条(エスケープ・クローズ)の活用姿 勢の変化である。セーフガード措置とは、輸入急増によって国内産業に重大な損害が生じた場合に、 輸入数量を制限できるという措置であり、貿易自由化の安全弁として、WTO 協定(GATT19 条およ びセーフガード協定)でも認められている。したがって、201 条もWTO 協定に準拠する限りでは問題 はないのであるが、トランプ政権になって以降、201 条の活用姿勢が積極的になってきている。例えば、 201 条の民間による提訴件数は、1970 年代後半には 42 件もあったが、その後、1980 年代後半~ 2000 年代にかけて件数が減少し、2010 ~ 16 年には提訴が全く行われていない状況であったし、201 条の発動件数も1975 ~ 2016 年までの全提訴件数(76 件)の内、わずか 16 件に止まっていた。しかし、 トランプ政権は、2017 年に提訴のあった 2 件-太陽光パネルと家庭用大型洗濯機-について、いずれ も発動を決定しており、今後 201 条の提訴件数が増大する可能性がある。  第 2 に、アンチ・ダンピング法、相殺関税法の一層の活用である。いずれも外国の不公正な慣行を 匡正しようとする不公正貿易法であり、アンチ・ダンピング法は、輸入品がダンピングされて国内産業に 損害が生じた場合に、アンチ・ダンピング税を賦課できる措置であり、相殺関税法は、補助金付きの輸 入品によって国内産業に損害が生じた場合に、相殺関税を賦課できる措置である。いずれもWTO 協 定(GATT 第 6 条およびダンピング防止協定、補助金協定)で認められているのであるが、米国は、 公正貿易主義に転じた 1980 年代以降、これらを輸入保護主義の手段として活用するようになっていた。 米国は、アンチ・ダンピング税および相殺関税の調査件数が世界で最も多く、課税期間が継続されて いる件数も多いのだが、トランプ政権下でもより一層の件数増加が見込まれている。実際、「通商政策 アジェンダ 2018」では、1 年間で 84 件の調査が開始され、前年と比べて 59%も増加したことを成果と して挙げている。  第 3 に、トランプ政権が輸入制限の手段として、1962 年通商拡大法 232 条を新たに持ちだしている ことである。1962 年通商拡大法は、当時発足した EEC(ヨーロッパ経済共同体)の関税同盟に対抗し、

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自由貿易の拡大を図るために、大統領に対して通商交渉の権限を授与すべく制定された、第 2 次世 界大戦後に成立した最初の重要な通商法である。この 1962 年通商拡大法は、自由貿易主義の政策 理念に基づく通商法であったが、232 条として国家安全保障上の理由に基づく輸入制限条項(国防 条項)が新たに規定された。  この国家安全保障を理由とする輸入制限自体については、やはりWTO 協定(GATT21 条)でも 認められている。しかし他方で、GATT21 条は、その適用方法に関する制限を定めた柱書が存在せ ず、さらには国家安全保障に関する定義が曖昧であるため、その発動が加盟国の広範な裁量に委ね られ、濫用される危険性がある条文である。そのため、米国の通商政策において、232 条が用いられ る事例はほとんどなかった6。ところがトランプ大統領は、この 232 条を活用して、鉄鋼・アルミ製品に 対して、232 条を適用する根拠も明確ではないまま、追加関税を課すと決定したのである。さらに、トラ ンプ大統領は、鉄鋼・アルミ製品に止まらず、自動車・同部品にまで 232 条を適用しようとしており、輸 入保護主義への極度の傾斜を象徴している。  上記のように、「通商法の厳格な執行」により、歴代政権と比べても輸入保護主義を強化することが トランプ政権の公正貿易主義の第 1 の特殊性である。しかし、トランプ政権の公正貿易主義は、輸入 保護主義の側面だけから評価されるべきではない。というのも、公正貿易主義の主要な手段は、先に みた輸入面を対象としたアンチ・ダンピング法と相殺関税法だけではなく、輸出面を対象とした 301 条と いう公正貿易法があるからである。 (3)攻撃的な相互主義の復活  米中両国が互いに報復関税をかけ合うという“米中貿易戦争”は、トランプ政権が 1974 年通商法 301 条の活用姿勢を変化させたことから生じた。1974 年通商法とは、GATT 東京ラウンドのための関 税引き下げ、非関税障壁の軽減・撤廃の交渉権限を大統領に認めると共に、301 条を新たに設けるこ とで通商政策の転換の始まりとなった通商法である。この 301 条は主に、米国の輸出に関連する外国 の「不当」または「不合理」な制限や差別、さらに外国の輸出補助金や供給制限に対抗するため、 大統領に対して、通商協定上の譲許の撤回や停止、関税引き上げや輸入制限等の広範な権限を与 える公正貿易規定である。相手国が「不当」、「不合理」な制限や差別に応じない、あるいは成果 が十分ではない場合には、米国が制裁を発動することになる。  この 301 条は、WTO 協定上も疑義の多い規定である。というのも、貿易相手国の何を、どういう 基準でもって「公正」とするのかを判断するのは米国であり、制裁の脅しの下での貿易交渉となり、 米国が相手国に市場開放や国内制度の変更を強制するという性格を有するからである。  しかし、301 条は、1980 年代のレーガン政権期に入って積極的に活用されるようになり、さらに、保 護主義的な議会によって策定された 1988 年包括通商・競争力法において、301 条を強化したスーパー 301 条、知的財産権保護のためのスペシャル 301 条が新設されている。そして、これらを積極的に活 用したブッシュ、クリントン政権下で、1989 年の日米構造協議、1993 年の日米包括経済協議が行われ、 米国企業の市場参入を抑制している日本経済の構造的障壁を撤廃するよう要求し、日米経済摩擦が

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激化したことは良く知られるところである。  WTO 発足後の 1998 年、301 条は WTO 協定に違反するかどうかをめぐって紛争解決手続きに申 し立てられ、審理の結果、301 条を WTO 協定と整合的に運用するという米国の声明が遵守されるの であれば、協定違反ではないとされた。そうした経緯もあり、2000 年代のブッシュ、オバマ政権期には、 レーガン、クリントン政権期ほどの 301 条の活用は見られなくなっていたが、トランプ政権は再び 301 条 を復活させて、米国の判断を基準として貿易相手国に市場開放を求める攻撃的な相互主義に転じよう としているのである。トランプ政権の通商政策に対する「一方主義」との評価は、この特徴を強調す るのである。そして、こうした攻撃的な相互主義が、歴代政権が行ってきた通商交渉の進め方の変化 を引き起こす一要因になっているようにも思われる。 (4)二国間交渉への傾斜  貿易協定をめぐる交渉は大別して、多角的交渉、地域間交渉、二国間交渉という3 つの枠組みが ある。米国の通商政策は、その時々の世界経済における地位に応じて、いずれかの貿易交渉を使い 分けてきたが、公正貿易主義を強めるトランプ政権は、二国間交渉に傾斜し始めている。  米国は第 2 次世界大戦後~ 1970 年代頃までは、基本的に GATT のラウンドを通じて多角的自由 化を目指す通商政策を採用していたが、米国経済の相対的な地位低下を受けて、1980 年代以降、 戦後の GATT 中心主義の通商政策を見直すようになった。やはり、レーガン大統領による1985 年の「新 通商政策」演説において、GATT の多角的交渉を補完する政策として、地域間交渉や二国間交渉 の積極的採用を宣言しており、この演説を契機として、米国の通商政策はいわゆるマルチトラックアプロー チへ転換したのである。つまり、3 つの交渉枠組みを使い分けることで、米国の交渉力を強化し、米 国に有利な貿易協定の実現を目指していこうとしたのである。  上記のアプローチの下、レーガン政権からオバマ政権に至るまでの歴代政権において増加した協定 が複数国間あるいは二国間の FTA であった。特に 2000 年代以降の米国は FTA 交渉を積極的に 進めるようになり、多数の FTA が締結・発効されてきた7  レーガン政権はイスラエル、カナダとの FTA を締結・発効させ、次の G.H.W. ブッシュ政権はカナダ、 メキシコとの間で NAFTA(北米自由貿易協定)を締結した。クリントン政権は労働と環境に関する補 完協定締結によって NAFTA を発効させ、ヨルダンとの FTA を交渉・締結し、キューバを除く南北ア メリカ 34 カ国を対象とする FTAA(米州自由貿易地域)、シンガポール、さらにチリとの FTA 交渉を 開始した。  これらの交渉は、G.W. ブッシュ政権に引き継がれ、同政権はこれらに加えてオーストラリア、アフリカ、 中米、東アジア諸国など 58ヶ国と精力的に交渉し、11 件の FTAを16ヶ国と締結した。さらに、G.W.ブッ シュ政権は、地域内の各国と個別に貿易投資枠組協定(TIFA)や FTA を締結することによって地 域全体の自由化を促進し、米国との連携を強化するという地域貿易イニシアチィブ構想を提示した8 このように G.W. ブッシュ政権は史上最多の FTA を交渉したが、それを支えたのが「競争的自由化戦 略」であった。その論理は、米国市場の規模と魅力を武器に相手国に市場の開放を競わせ、米国をネッ

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トワークの中心としたグローバルな貿易の自由化を目指すというもので、1990 年代前半におけるマルチト ラックアプローチの成功から引き出された9

 次のオバマ政権は、G.W. ブッシュ政権が締結したコロンビア、韓国、パナマとの FTA の発効に向 けた取り組みをまず行い、いずれも2012 年中に発効した。しかし、この 3 件の FTA は、前政権期に 締結された協定内容を修正したものであり、オバマ政権の独自色は薄かったが、オバマ政権は、新た に TPPとTTIPという広域 FTA(メガ FTA)交渉を開始した。オバマ政権は、G.W. ブッシュ政権 と比べて交渉件数こそ少ないが、米国の FTA 政策の軸足を二国間 FTA からメガ FTA に移行させ ようとしたのである。  上記のように、米国は 1980 年代以降、FTA を通じた自由化を積極的に推進してきたとはいえ、 GATT、そして 1995 年に発足した WTO(世界貿易機関)を通じての多角的交渉を放棄していたわ けではない。レーガン、G.H.W.ブッシュ、クリントン政権期にはGATTのウルグアイラウンドが行われており、 米国の利害―とりわけサービス、知的財産権、投資の新分野のルール化―を反映させるべく交渉に積 極的に参加した。  クリントン政権は、1999 年のシアトル閣僚会議が失敗に終わったものの、WTO の下での最初の自由 化交渉を進めようとし、G.W. ブッシュ政権では 2002 年 11 月のドーハラウンドの開始にこぎつけている。 このドーハラウンドは各国間の利害対立により、2008 年以降は膠着状態に陥ってしまっているが、オバ マ政権も建前として WTO を重視するとの立場を崩さなかった。つまり、米国は 1980 年代後半以降、 地域間交渉や二国間交渉に傾斜して、交渉妥結が難しい多角的交渉から離反する傾向を示すように はなっていたものの、歴代政権は多角的交渉の潜在的な利用価値を無視していたわけではなかったの である。  しかし、トランプ政権は、歴代政権が採用してきた多面的なアプローチを放棄しつつあるように見える。 第 1 に、トランプ政権は、多角的交渉を公然と軽視する意向を示している。「通商政策アジェンダ」で 優先事項として「通商政策における国家主権の擁護」、「多角的貿易システムの改革」を挙げていた ように、WTO が米国の国益に適っていないという見方を公然と表明しており、そのため、紛争解決機 関の上級委員会委員の再任を拒否したり、WTO 離脱すら示唆しているのである10  第 2 に、トランプ政権は、広域 FTA を追求する路線からも転換している。オバマ政権がメガ FTA を重視した背景には、2010 年 1 月の一般教書演説で打ち出された「国家輸出イニシアチブ」があった。 それは、リーマンショック後の未曾有の経済危機対策として、2014 年末までに米国の輸出を倍増させ、 雇用創出を目指すという構想であるが、そのためには経済規模の大きな国・地域との FTA 交渉が必 要不可欠であったからである。また、TPP の背景には、米中間での地域秩序構想の競合の進展があっ た。1997 年のアジア通貨危機を契機として進行した東アジア経済統合の動きに対して強い危機感を覚 えるようになった米国が、TPP を通じて米国主導で作った貿易ルールを東アジア地域に定着させて親 米自由貿易圏を形成し、東アジア地域で存在感を高めている中国を囲い込んで対抗し、貿易ルール順 守を迫る狙いもあったとされる11  しかし、トランプ政権は、輸出増大や中国への対抗という米国の利益を最も反映させることができる

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手段として、二国間交渉の重視を明確にしている。トランプ政権としては、多国間交渉では、第三国 間の連合などによって米国の主張や要求が通りにくく、譲歩を余儀なくされる場合が生じうるが、二国 間交渉では大国である米国が圧倒的に有利な立場となる可能性が高いと考えてのことであろう。実際 にも、NAFTA 再交渉ではメキシコ、カナダを個別分断し、離脱も辞さない姿勢を示して、二国間交 渉を行なうことで、米国が強く要求していた原産地規則を盛り込むことに成功している。  こうした二国間交渉への傾斜がトランプ政権の公正貿易主義の第 3 の特徴であるが、二国間交渉は、 利害対立を第三国に分散できないため交渉の膠着状態をもたらしたり、両国の外交関係を悪化させる 等のデメリットもある。さらに、二国間交渉への過度の傾斜は、米国の国際貿易ルールを主導していく 力を弱めることになっていくと思われる12 5.貿易収支赤字の是正  二国間交渉を重視するトランプ政権のターゲットが、対米貿易黒字を抱える国である。トランプ政権 は米国の貿易赤字を問題視し、その削減を目指しているが、それは次のような考えに拠っている13。一 国の GDP の伸びは雇用、所得、税収の増加をもたらすが、GDP は消費(C)、政府支出(G)、投 資(I)、純輸出(EX-IM)の 4 つの要素によって変動する。すなわち、GDP=(C + I + G)+(EX - IM)式であるので、輸入が輸出を上回り貿易収支が赤字となる場合、成長が阻害されると主張す るのである。そこから、対米貿易黒字国が二国間交渉の相手国として優先的に選定されることになり、 それらの国に対して、公正貿易主義を掲げて、「不公正」な貿易慣行の是正を要求し、市場開放を迫っ ていくことを正当化するのである14。したがって、貿易赤字を米国経済の“損失”あるいは“敗北”と 捉えて、その是正を求めるトランプ政権の姿勢は、「重商主義的」と言っても良いものである。  しかし、こうした論理は破綻していると言わざるをえず、通商政策による貿易赤字の是正は不可能 である。第 1 に、貿易収支の黒字・赤字はあくまでもマクロ経済現象であって、貿易障壁とは通常関 係がないからである。確かに貿易黒字は経済成長のプラス要因ではあるが、GDP =(C + I + G)+ (EX - IM)式は恒等式に過ぎず、何らの因果関係を意味するものではない。逆に、米国の経済成 長で内需が拡大するがゆえに、相手国からの輸入が増大するという論理も成立するのである。これと 関連するが、第 2 に、トランプ大統領は、米国に定着してしまった輸入依存の経済構造に全く考慮に 入れていないからである15。トランプ政権は、巨額な貿易赤字の原因を対米黒字国側の「不公正」な 貿易慣行に求め、それを一方的非難しているが、実際には、1980 年代以降の米国産業の国際競争 力の低下や米国多国籍企業のグローバル展開によって生産の空洞化が生じた結果であること、むしろ、 1990 ~ 2000 年代の米国経済はそうした構造的な貿易収支不均衡を前提として、米国を中心とする国 際資金循環構造を形成することで、成長してきたのである。  したがって、二国間交渉を通じての貿易赤字是正は到底実現しそうもないが、たとえ破綻した論理 であっても、反グローバリズム・反自由貿易感情をもつ有権者の支持を得て当選したトランプ大統領にとっ ては、次のような効果があると思われる。第 1 に、貿易赤字是正という公約は、反自由貿易感情をも つ有権者には響きやすいこと、第 2 に、通商政策は貿易収支動向には大きな影響を与えることはできな

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いが、特定部門の輸出入の構成や水準には効果を与えることができるので、北部・中西部のラストベル トの有権者からの支持を得られるということであろう16。いずれにせよ、米国が計上している貿易収支 赤字を問題視し、その是正を目指している点がトランプ政権の公正貿易主義の第 4 の特殊性である。 6.対中国強硬姿勢  貿易赤字の基準から言えば、トランプ政権が最も重視する相手国は、中国ということにならざるをえ ない。米国の貿易赤字額の約半分は対中国であり、実際にも、トランプ政権は、この対中貿易赤字の 増加が製造業雇用を減少させたと主張している。なお、対中貿易赤字と製造業雇用の関連について は色々な議論があるものの、中国の不公正な貿易慣行に対しては、共和、民主党ともに不満が強いと ころであり、トランプ政権の対中極強硬姿勢は継続していくと思われる。これがトランプ政権の公正貿易 主義の第 5 の特徴であると言える。  ところで、米国の歴代政権は、中国を国際的に孤立させず、世界経済システムに組み込むことを長 期的に目指して関与政策を一定の振幅を伴いつつも、継続的に採用してきた17。例えば、クリントン政 権は 2000 年、中国に対して恒久的に最恵国待遇を付与する「恒久的通常通商関係」を成立させ、 G.W. ブッシュ政権は翌 2001 年、中国を WTO に加盟させる道を開いた。オバマ政権は TPP によって、 米国主導の貿易投資の枠組みをアジア太平洋地域に構築し、中国を囲い込もうとした。  しかし、トランプ政権は、現行の世界貿易システムが不公正な貿易慣行を採る中国を利しているとし て、「通商法の厳格な執行」を掲げて、中国に対して強硬な姿勢を採るようになった。こうした対中強 硬姿勢は、1980 年代後半~ 90 年代前半にかけての日米経済摩擦を思い起こさせるものがある。つまり、 米国は 1980 年代後半~ 1990 年代前半には、301 条に基づく市場開放や制度変更を日本に対して強 硬に要求したが、現在ではそれが中国に変化しているのである。  トランプ政権の対中強硬姿勢の背景として、次のことが指摘されよう18。第 1 は、米国の対中赤字 の内容が変化する兆しがあることである。米国の対中輸入品目は、労働集約型製品や、ハイテク分野 であっても競合が比較的少ない製品が中心であり、米国間で相互補完的な貿易関係がこれまで成立 してきた。しかし、中国の習近平政権は、「中国製造 2025」という、「中国の夢」実現に不可欠な製 造業の強化を狙いとした構想を打ち出している。そのため、トランプ政権は、中国が米国を頂点とする 国際分業にとって脅威となることを防止するべく、301 条を用いて知的財産権問題で強硬な対応を採っ ている。第 2 は、中国の WTO 加盟以降、米国の対中輸出、対中投資が拡大したが、知的財産権 侵害問題など中国市場において多くの課題に直面し、産業界の不満が高まっていることが挙げられよう。

おわりに

 以上、本稿では、トランプ政権の通商政策の本質について、第 2 次世界大戦後の米国通商政策 の展開を踏まえつつ検討してきたが、それは 1980 年代以降の公正貿易主義の流れの中に位置付けら れ、その意味では歴代政権の政策スタンスとの連続性を有している。しかし他方で、極めて攻撃的な 公正貿易主義を採用・実践している点がトランプ政権の特徴となっている。

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 こうした通商政策は、日本にも大きな影響を及ぼさざるを得ない。日本は米国の TPP 復帰を望んで いるが、トランプ政権は日米の二国間交渉を望んでいる。2017 年 2 月 10 日の日米首脳会談において、 日米経済対話という新たな協議を行うことが決定され、4 月に第 1 回日米経済対話が行われたが、日 米 FTA の方向性が示唆された。そして、2018 年 4 月の日米首脳会談では、通商問題について協 議する枠組み(日米貿易協議)について合意し、9 月には日米首脳間で TAG(物品貿易協定)の 交渉開始で正式合意した。安倍首相は TAG について「FTAとは異なる」と主張しているが、その 実態は日米 FTA に他ならない。本稿で検討してきたトランプ政権の通商政策を踏まえるならば、厳し い対日要求が予想されるため、2019 年に入り開始される日米 TAG 交渉の行方に注視する必要があろ う。  なお、本稿では、米国の通商政策の転換が生じた要因については検討を行っていない。米国内の 貧困と格差をめぐる根強い不満の存在が転換要因として一般的に指摘されているが、通商政策をめぐ る国内の諸勢力の動向、議会と行政府の動向などを含め、今後の検討課題にしたい。 ≪参考文献≫ 飯野文〔2016〕「第 11 章 主要国の FTA 政策」小林友彦・飯野文・小寺智史・福永有夏著『WTO・ FTA 法入門』法律文化社。 大木博巳〔2017〕「米国通商政策の二国間主義と対中政策~米国の FTA と貿易」『国際貿易と投資』 No108。 木村誠〔2017〕「米国トランプ政権の通商政策の現状と課題~重商主義的政策への懸念は払拭でき るのか」『国際貿易と投資』No108。 佐々木隆雄〔1997〕『アメリカの通商政策』岩波書店。 菅原淳一〔2017〕「トランプ米政権の通商政策課題」『みずほインサイト』3 月 6 日。 滝井光夫〔2018〕「第 3 章 トランプ政権の貿易政策と貿易紛争」大木博巳・滝井光夫・国際貿易 投資研究所編著『米国通商政策リスクと対米貿易・投資』文真堂。 滝井光夫〔2012〕「米国の FTA 政策」山澤逸平・馬田啓一・国際貿易投資研究会編著『通商政策 の潮流と日本』勁草書房。 立石剛〔2000〕『米国経済再生と通商政策』同文館。 中本悟〔1999〕『現代アメリカの通商政策』有斐閣。 藤木剛康〔2008〕「第 5 章 通商政策」河音琢郎・藤木剛康編著『G.W. ブッシュ政権の経済政策  アメリカ保守主義の理念と現実』ミネルヴァ書房。 藤木剛康〔2016〕「第 8 章 通商政策」河音琢郎・藤木剛康編著『オバマ政権の経済政策 リベ ラリズムとアメリカ再生のゆくえ』ミネルヴァ書房。 増田正人〔2013〕「第 10 章 多極化のなかの通商政策」中本悟・宮崎礼二編『現代アメリカ経済分析』。 三浦秀之〔2017〕「米国のトランプ政権における TPP 離脱と通商政策」『杏林社会科学研究』第 33 巻 1 号。

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渡辺将人〔2018〕「第 8 章 アメリカの通商政策における政治過程」日本国際問題研究所『米国の 対外政策に影響を与える国内的諸要因』。

USTR〔2017〕2017 Trade Policy Agenda and 2016 Annual Report. USTR〔2018〕2018 Trade Policy Agenda and 2017 Annual Report.

Marianne Schneider-Petsinger〔2017〕Trade Policy Under President Trump Implications for the US and the World. 1 米国が主張する中国の知的財産権侵害は、①強制技術移転、②不当な技術ライセンス規則、③買収によるハイ テク技術取得、④サイバー攻撃による営業秘密の窃取である。中国はこれらについて反論している。 2 税制改革法に関しては、その他にも、海外所得の本国還流への課税にも触れられている。 3 この優先事項では、貿易交渉において農産物の輸出アクセスの改善を要求していく旨も述べている。 4 1980 年代以降の米国の通商政策の展開に関しては、佐々木〔1997〕、中本〔1999〕、立石〔2000〕、を参照した。 5 以下の叙述は、滝井光夫〔2018〕を参照した。 6 滝井光夫〔2018〕によれば、1980 年以降、国防条項による調査は 14 件行われ、実際に適用されたのは 2 件の みに止まる。 7 以下の叙述は、滝井光夫〔2012〕、飯野文〔2016〕を参照した。

8 具体的には、米州では FTAA(米州自由貿易地域)、アジア太平洋地域では EAI(ASEAN 行動計画)、FTAAP(ア ジア太平洋自由貿易圏)、中東地域では MEFAT(中東自由貿易地域)などがあったが、具体的な交渉の段階 にまで進んでいたのはクリントン政権から引き継いだ FTAA のみであり、中東やアジア太平洋では構想を提 示する段階に止まった(藤木剛康〔2008〕)。 9 米国が NAFTA と APEC(アジア太平洋経済協力)という地域主義を先行させたことが、難航していた GATT ウルグアイラウンド妥結へ向かわせたという経験があった。 10 こうした一方で、米国は WTO 改革を日欧と進めようとする動きも見せている。9 月の日米欧三極貿易大臣会 合では、中国を念頭において、11 月に WTO 改革を共同提案することで合意している。 11 オバマ政権の外交における TPP の位置付けについては、 藤木剛康〔2016〕、三浦秀之〔2017〕を参照した。 12 Marianne Schneider-Petsinger〔2017〕を参照した。 13 以下の叙述は、木村誠〔2017〕を参照した。 14 トランプ大統領は 2017 年 3 月、国別の貿易赤字の要因を調査する大統領名に署名し、6 月に報告書が作成さ れている。なお、報告書は公表されていない。 15 以下の叙述は、増田〔2013〕を参照した。 16 Marianne Schneider-Petsinger〔2017〕は、トランプ大統領が反自由貿易感情を利用して成功したことは、無 理解(例えば、貿易が雇用・所得に及ぼす影響についての過大評価、貿易赤字を過度に強調する一方でサービ ス収支黒字の無視など)に基づいているが、自由貿易に対する懸念を有効に突いていると述べている。 17 以下の叙述は、大木博巳〔2017〕を参照した。 18 以下の叙述も、大木博巳〔2017〕を参照した。

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図表 2 米韓 FTA 再交渉の主な合意事項 出所)菊池しのぶ〔2018〕「米韓通称交渉の最近の動向」『みずほインサイト』4 月 3 日より。 (4)鉄鋼・アルミニウム製品に対する関税賦課  トランプ大統領は 2018 年 3 月、鉄鋼やアルミニウム製品の輸入が米国産業を弱体化させ、国家安 全保障の脅威になっているとして、1962 年通商拡大法 232 条の国防条項に基づき、鉄鋼・アルミニウ ム製品に対して輸入関税を賦課することを決定した(鉄鋼製品には 25%、アルミ製品には 10%)。当初、 EU、カナダ
図表 4 トランプ政権下の通商政策アジェンダ 出所)USTR〔2017〕〔2018〕より。 (1)2017 年版  第 1 の優先事項として、「通商政策に関して米国の国家主権を守ること」を挙げている。ここでは 特に WTO における紛争解決制度を取り上げて、WTO に対する米国の主権の優位を堂々と表明して いる。紛争解決制度を定めた WTO 協定・附属書二「紛争解決に係る規則及び手続きに関する了解」 の核を成すのは、「紛争解決機関の勧告及び裁定は、対象協定に定める権利及び義務に新たな権 利及び義務を追加し、

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