一七二 、
ゼネラル・モーターズの賃金方式
一四八年協約を中心に一
進
藤
勝
美
一九四八年目ゼネラル・モーターズ社と全米自動車労組︵90︶との協約︵以下GM−UAW協約と略称︶は、エスカレータ ー条項︵①。。B鼠δ同。冨塁①︶と生産性係数︵§箕。ぐ①日Φ産着9自︶の条項を含む包括的賃上げ方式なp・。訂αqΦぎ自雷ωΦ且9・昌︶の稽 矢として広く知られている。前者は生計費の上昇に見合う実質賃金の保証を狙いとし、後者は生産・性の向上に見合う賃金 の引上げを目的としている。 いうまでもなく賃金問題は、労働関係における不断の中心主題であり、何が賃金決定の最終的なぎめ手となるかは容易 に断じ得ないところである。E・デールは、団体交渉における賃金決定の主要な基準として、生計費、生産性、現行賃金率 ︵σqOヨσq・・套①、.︶、支払能力の四つをあげているが、しかしその何れにも尚重大な限界の存することを指摘している。しか し乍らこれら四者のなかでも、生計費がより一般性のある一の有効な基準たり得ることは広く認められている。それ故に GMlUAWの賃金方式︵≦⇔σqΦま馨三四︶における生計費エスカレーターも、賃金決定基準としては別に目新らしい問題 ではない。他方ここでの生産性係数は、所謂刺戟的賃金制にみられる能率基準とは性格を異にしている。すなわち後者で は、賃金が直接それを受取る個々の労働者乃至労働者集団の能率の如何によって・決定されるが、前者では全国生産性指数というより一般的な指数を基準にしている。このような賃上げ方式は朝鮮戦争の時まで他に殆んど例を見なかったといわ れるが、しかし今日では、繰延賃上げ方式&亀多念畠朝窪αq己ぢ白綾。。。︶なる名称の下に広く利用されている。 このようにGM!UAWの賃金方式は、これを団体交渉における賃金決定基準の問題として眺めるならば、結局生計費 基準と生産性基準の巧みな組合せの一具体例たるにとどまるであろう。しかし麟ってこれをアメリカの大量生産産業にお ける代表的な労働関係と目されゐ、GMlUAWの関係の歴史的発展という視角に立ってアプローチするならば、それの 果している役割はきわめて重要であることが理解される。有名な坐り込みストライキ︵ω一け一自○≦旨 の夢見”①︶に始まる両者の関 係は、第二次大戦直后の四七年頃までは、相互に対立意識が強く、不安定な状態が続いてきたのであるが、賃金方式を中 心とする四八年協約の妥結を契機として、安定した平和的な関係へと生長発展してぎているといえる。四八年以降特記す べき紛争を経験していないことはその有力な証左である。換言すればGMlUAWの関係は、この賃金方式の成立を転機 として漸く安定性を得るに至ったものと解されるのである。生計費基準と生産性基準の組合せから成るこの賃金方式が、 GM−UAWの関係の歴史において、このように重要な役割を果していると解される所以はどこに存するのであろうか。 この間の事情を究明するのが本論の主題である。 ① E・デール﹁団体交渉のための経済資料﹂ ︵山田・安達訳︶参照。 ② 右訳書 七五頁。 ③ぎωけ9=ヨΦ暮毛。σQ①ぼ臼。p。・Φとも称する。その内容は生産性係数による賃上げと異ならない。ピ﹂≦■σ黛凱二面∪.ピ.ロユβ ..∪無臼器轟轟⇔σq①ぎ自①pωΦ言ち竃碧亀芝騨σq①国。。$登戸。﹃Ω四島$、、申ζo茸甑図い§・び。同力①謀①ヨ一雪轟蔓一8メ℃℃.αO斥参照。 二 UAWは、四八年のGM社との協約交渉に先立つご年間、交渉主導権を全米統一電機・ラヂオ・機械労組︵巨①。鼠。p。﹃ ゼネラル.モーターズ対全米自動車労組の賃金方式について︵進藤︶ 一七三 、
一七四 劉島。弔電ζp。江器乏。降臼ω。臨︾日巴。ρα︸①Pd国内︶に奪われていた。その間の経緯は凡そ次のようなものであった。 UAWは第二次大戦直面の労働攻勢のトップを切ってGM社に三〇%の賃上げを要求し、四五年十一月、一一三日に及ぶストライキに 突入した。この時の組合側の要求は、戦時生産から平時生産への切替えに伴う労働者の手取糊入の減少を阻止することを主たる狙いとす るものであったが、それに製品価格の引上げを行わぬことという条件をつけたことが、会社側の態度を甚だしく硬化せしめた大きな理由 であったといわれる。この時の交渉は、ついに﹁帳簿公開要求︵βざ。犀讐ひΦげoo犀︶﹂にまで発展し、政府の事実調査委員会の介入を みるに至った。しかし会社側はUAWの要求も委員会の勧告も斥けて、共産党支配のUEWと十八セントニ分の一賃上げで手を打ち、U AWも結局これに追随するの止むなきに至った。つづく四七年のラウンドでは、UAWの立場は一層不利であった。会商の業績は︸段と 向上しつつあったのに対し、UAWは前年のストライキの痛手から立直っておらす、強力な斗争体勢を整えることができなかったのであ る。UAWは二十三セントニ分の一の賃上げ要求を行ったが、会社側はUAWとの交渉が予定されていたその週に、﹁十一セントニ分一 プラス六日間の有給休暇﹂の会社側提案をのんだUEWと再び協約を結び、W・P・ルーサーらのその後の努力にも拘らす、UAWもつ ① いにこれに屈したのである。 かくして両者は四八年三月、優等三度目の交渉に入ったのである。交渉の背景となった当時の諸事惰のなかで次の諸点 は注意を要する。第一に消費者物価の騰勢が依然として衰えず、実質賃金の低下が著るしかった。第二にタフト・ハート レイ法が四七年六月に成立した。第三に、W・.P・ルーサーが左流の反対者を抑えてUAW会長に再選され、彼のリーダ ーシップが漸く不動のものとなった。第四にGM社の第三四半期の財務報告がなされ、臨時の陳腐化償却と附加的減価償 却に一・七五〇万弗を計上し得る.程の好評益をあげたことが明らかとなった。以上の如く・である。 UAWは一三二項に上る協約変更要求を提示した。時間当り二十五セント賃上げ、五セントの社会保障基金設定、休暇 手当の増額、週四十時間の雇用保証、ユニオン・シ.一ップ制などが主たるものであった。他方会社側は、インセンティブ 制研究委員会の設定、チェック・オフ条項の修正、組合委員の減員、見習工訓練計画の拡張、平語に対する不当な攻撃宣 伝の停止など十一項目の反対提案を行った。当時鉄鋼・電気などの産業においても賃上げに関する交渉が行われ、会社側
はインフレを昂進させるという理由で組合の要求を担否し、又同じ自動車産業での大メーカーたるクテイステーでの交渉 も、インフレを理由とする会社側の拒否にあって行づまりとなり、査月、ついにストライキの事態を招いた。 GM社の経営者も同様インフレの阻止が産業の代表者に課せられた重大な使命であることを強調した。しかし同時に労 働者の直面している生計費.の昂騰という事態にも十分な.理解を示し、インフレの責任は両者が分ち負うべきものであるこ とを認めていた。会社側は五月廿一日.の三十八回目の交渉で、こうした見解とそれを実現するための.具体策を提案した。 次の通りである。 ﹁⋮⋮GM社は、諸君がストライキを行う力と責任をもっていることを知っている。ストライキは戦争と同様の多くの様相をもってい る。いっかは衝突が止み、当事者の何れかが自分の方が勝ったと思うかもしれない。しかしそれは相対的なことで、結局両者は共に損失 を蒙らざるを得ない。而もさらに重要なことは国民全体がそれによって損失を受けるという点である。ストライキは商品の不足とより激 しいインフレを齎らすであろう。⋮⋮われわれは石炭産業における交渉がここ六週問以内に片づかなければ、全産業・全国民に重大な影 響を及ぼすだろうということを知っている。⋮⋮恐らくわれわれにとって最も容易なことは、多くの重要産業の経営者がとっている態度 に追随して、諸君の経済要求に﹁ノー﹂と答えることであろう。今後生産が上れば生計費は下降しよう、その間組合と組合員は忍ぶべき だ、と答えることもできよう。しかしそれではすべて.の責任を諸君に負わすことになる。われわれはこの責任を、われわれも諸君と共に 分ち負うべきであると考える。⋮⋮われわれは組合が労働者の問題をつねに次の二つの面からみてきていると考えている。ω時間当牧入 の購買力︵℃昌宇島ぽσq唱。用度。困昏げ。農。臨≦o蒔︶を維持してゆくこと、換言すれば、彼らを消費物価の昂騰からまもってやること、 及び ②時間当牧入の購買力が国の産業能率の増進に応じて増大するよう保証してやること、これである。:⋮・消費物価が時間当り牧入 よりも速かに上進しているという事実によってGM労働者が不利な立場におかれているという組合の主張は正しい。そして又労働者は生 産能率の向上による国民の利益に与る権利がある。:・⋮高論はこれを如何に具現するかにある。⋮⋮今日われわれが努むべきことは、将 来の前進の基礎としてのより大なる安定である。⋮⋮われわれは以上の観点から次のことを提案する。ω公正な基準による粛然当牧入の 購買力を再確立すること、換言すれば、労働者が戦時戦後を通じて消費物価の騰貴により失ったものを健全な基準に基づいて填補さるべ きこと、②協約の有効期間中定期的に生計費の修正を行うことによって、消費物価の変化に対し時閥当出入の購買力を維持してゆくこと、 ゼネラル・モーターズ対全米自動車労組の賃金方式について︵進藤︶ 一七五
一七六 ㈲長期に亘り労働者の生活水準の向上が保証されるように、時間当牧入の購買力を増大させること、傾経営と労働の関係を相当期間安定 させること、以上である。これらの提案はわれわれが労働者と安定した協力的な関係︵・。審三①き匹80℃巽簿一く①H巴帥江。霧︶を確立し得た場 合に始めて成功をかち得よう。それ故に、われわれの提案は、諸君が長期有効協約の交渉に入る意志を持っているかどうかでその成否が ミ 決せられよう。L 交渉は以上の会社型提案を中心に進められ五月廿ご日妥結に漕ぎつけた。その中核をなしているのは次の四つの条項か らなる賃金方式である。ω一九四〇年以降の生計費と賃金の間に生じたギャップを填めること、②賃金がBLSの消費者 物価指数︵CPI︶各一・一四ポイントについて時間当賃率を一セントの割で四半期毎に調整するエスカレーター方式を 確立すること、⑧引下げ調整は時間当五セントを限度とするが、引⊥げ調整には限界を設けないこと、㈲期待し得る生産 性の上進に応じ被用者の生活水準を改善するため、一年につぎ時間当三セントの賃上げを行うこと、以上である。そして この方式の第一回目の適用は、時間当十一セントの賃上げを齎らした。内八セントが第一項のギャップを填めるに必要な 額を示し、残り三セントが四八年度の生産性係数による賃上げ額であった。そして会社側の希望する協約期間の長期化は ニケ年間有効協定となって実現されたのである。 勿論四八年協約はUAWにとって必ずしも満足すべきものではなかった。組合の要求した多くの事項ーユ湯器ン・ショ ップ制、年金保険計画、雇用保障など一がすべて未解決のままで残されただけでなく、賃金方式そのものについても不満 があった。購買力測定の基準を賃金水準の低かった一九四〇年においたこと、生産性係数による賃上げを三セントという 少額に抑えたこと1組合側はこれを繁栄のおこぼれを与えるやり方︵民。匹Φ己箋口熱8q︶だと批判している一などがそれ である。しかし乍らこの方式を支えている基本的な老え方やその方向については寧ろこれを歓迎している。すなわち組合 側は、﹁この方式が、賃金・価格・利潤を相関連する交渉事項とすべきであるというわれわれの年来の主張を、原則的に, 認めたものであるという点で大きな前進であり、﹂﹁有望な端緒︵Q箕。巨ωぼσqげ①αq冒臨轟︶である﹂と述べている。要するに
四八年協約の主たる成果は、包括賃上げ方式の確立と有効期間をニケ年にしたことの二点にあるといえる。 この賃金方式はニケ年の有効期間中に上の表にみるような適用結果を齎らした。つづく五〇年の交渉で会社側は次のよ うに述べている。﹁GM−UAW賃金方式はGM被用者に対し出てない大きな購買力を与えてきている。⋮⋮⋮われわれ 賃金方式の適用結果(註) 当加額 間 時増総 自費当 間計 時生手 時間当基 本ベース
の増額
(生産性係数) 実施時期 11セント 14 P4 P2曹P41414
6セント「5セント 6 6 6 9 9 9 9 ト8 !8i6
15
5 1i5
5 1948年6月 11 9 ii 12 1649年3月 e 6 11 9 !! 12 1950年3月 物価が再び騰勢に転じた為、組合の態度が変り、 用することにきまったのである。 周知の如くGM−UAWの五〇年協約は、 は、 た朝鮮戦争という不測の事態と、 はこの方式が安定した関係を保持するのに寄与する処大であったと堅 砿餉バ く信じている。けだしこの方式は労働者を生計費の昂騰からまもって 4ドセ盗 ⑥ 轟賀邸諏 きただけでなく⋮⋮⋮生活水準の向上をも齎らしたからである﹂と。 辻6・早 む カ け 皿糠 ェ沢 しかし組A口側は必ずしもこれと同じ見解ではなかった。元来組A口は生鷹雪年性係数による賃上げの元方には賛成であっ奈、生計費・イ・
磁淋騨辮 方式に対しては懐疑的であっ為。UAWも当初は、生計費エスカレー nの計に 皿胡寸心 ター方式を当時のインフレに対処するための一時的方策と看醒してい m年ドペ 臥醐抄跡 たようにもみえる。四九年の大会でエメカーター条項反対を打ち出し 艶尚3を ているのも、五〇年の交渉で初めは生産性係数の条項のみの存続を要GD
求したのも、こうした老え方の現れといえよう。しかし五〇年春には 生産性係数を年中セントに引上げただけで四八年の賃金方式は引続ぎ適 有効期間五ケ年という曽てない長期.のものであった。そしてこの協約の実行 長期協約の下での賃金方式のあり方という点で注目すべぎ問題を提起している。それは協約成立後一ケ月にして生じ BLSのCPI基準年次変更の決定に関連して生じたのである。 ゼネラル・モーターズ対全米自動車労組の賃金方式について︵進藤︶ 一七七, ]七八 朝鮮戦争によって生計費指数は四九年の一六五から、五一年には一八○に跳ね上った。そして五〇年九月の賃金の.選択 統制︵。・£①。汁ぞ①8昌腫9ω︶措置に続いて五一年一月には物価賃金凍結令がでた。こうした情況の下で賃金方式はどのように 適用されたであろうか。賃金安定局︵WSB︶は﹁五〇年一月から五二年二月までの生計費の昂騰をカバーする為、この, 間に一〇%の賃⊥げを受けなかったグループにはそれ丈の賃上げを会社と交渉する権利を与える﹂と,いう指令を出した。 又生産性係数による賃上げは五一年六月まで停止させられていたが、結局WSBは、 ﹁それが凍結令公布以前の協約に規 定されており、且価格の引上げを伴わぬ場合に限り許可する﹂ことにしたのである。 他方BLSはCPIの基準年次を、五三年から従来のHΦω①一ωりn巴Oを廃めて一㊤ミーお11一〇〇とすることに決定し た。ここにエスカレーター方式の適用に際し、旧CPIから如何に新CPIに切替えるかという新らしい問題が生じたの である。けだし旧指数と新指数の間には可成りの食違いが生じたからである。ルーサーはこの問題に関し次のように述べ ている。﹁生計費条項はわれわれの協約の不可欠の部分となっている。したがって旧CPIから新CP一への切替えに関 し、意見の一致をみることができないとすれば、それは事実圭の無協約を意味することになろう﹂と。 ここで注目されるのは、このような事態に対してUAWは、 ﹁現行五ヶ年協約は、変貌しつつあるアメリカ経済の正し い認識に根ざす生きた協約︵牙ヨσq匹。2ヨΦ葺︶でなければならない﹂という主張を強く打ち出していることである。 すな わち、協約は、それが交渉に付されていた時には両当事者が共に予測し得なかった情況が、後に至って発生した場合、労 働者の衡平︵①三遠︶が堅持せられる生きた協約たるべきであるというのである。そしてUAWは第十四回大会で、﹁大会 目標として自動車労働者の完全な衡平に関し交渉を再開することを承認し、且交渉が衡平に関する調整で満足すべき結果 に到達しなかった場合は、今後有効期間が二ヶ年を超える協約の交渉には応じないことを経営者側に通告する﹂との決議 を満場一致で採択している。五三年の改訂︵⇔ヨ①巳ヨ①葺ω︶交渉はこうした情況の下で行われたのである。
組合冊は ω現行ご十四セントの生計費手当の内二十一セントを基本賃金に燥入れるこ之、必生産性係数による賃上げ 額を五セントにすること、③エスカレータ﹂条項に関しては、当事者の当初の意図を反映し、且従来の率を維持できるよ うに新CPIへの移行手順を進めることなどを要求した。そして五三年の改訂は、結局 ω二十四セントの内十九セント を基本賃金に繰入れる、働新CP一への切替は、それが旧CPI水準を⊥廻る場合と、下廻る場合で異な?た調整率を用 い、引下げ調整には五セントの限度をおき、且基準時点を五二年十ご月とする、⑧生産性係数による賃上げを年五セント に引上げる、ということで妥結をみた。 つづく五五年と五八年の各三ケ年協約でもこの賃金方式は継続採用されて今日に至っている。但し生産性係数は二・五 ⑭ %︵最低六セント︶に改められ、又生計費手当はBLSのCPI、○・五ポイント毎の調整に改訂されている。 以⊥のように、GM−UAWの賃金方式は、四八年の創出以来すでに十年余を閲して、もばや殆んど揺ぎない地歩を占 めているかにみえる。而もこの間、両当事者はきわめて安定した、平和的な関係を維持発展させてきている。周知の如く こうしたケースは大量生産産業における巨大会社と巨大組合の関係では異例のことに属している。けだしこのような産業 の勢力の中心点︵℃O≦ΦN OΦ口陣Φ居︶における労働関係は、安定的・平和的であるよりは、寧ろすぐれて対立的・攻撃的である のを通例とするからである。GM−UAWの関係も四八年の協約成立までは確かにそうであった。しかし前述の如くこの 時を境にして、両者の関係は漸次安定した平和的なものへと変ってきているのである。次にこの間の事情を、賃金方式を 中心としてみてゆこう。 ①詳しくは男衆■出自ぼ。。8撃匹即U巳∪登℃pけ8琶。︷C巳。㌣ζ鶴づQσq①∋Φ暮男色⇔江。霧=芝刈一白暑昌Ω窪興巴ζ○δ話四p窪d︾慈 −OHOをみよ。 ②一九三七年を一〇〇とする賃金と生計費の指数は、四六年が=一八とご二六、四七年が一二八と一五五、四八年が一二九と一六七と なっている。 ︵岩波新書、世界経済図説 参照︶。 ゼネラル・モーターズ対全米自動車労組の賃金方式について︵進藤︶ ぞ 一七九
一八○ ③中ζ■ω匹Φ閃日き一ω.囚.ω9Φげヨきき餌ω・零閏;=g甲。三①ヨωぎ罫σ。円殉Φ聾δ屋一霞.&二8c。”℃℃盆ひ一な刈 ④この.時の交渉を、著名な調停官チングは、完全に自主的な交渉の好個の例として高く評価している。詳しくは○貿塁・。.Ω臨昌σqり菊午 鼠①ミ餌巳園①自①9δPちαω噂℃や刈。。−刈O参照。 ⑤ ωΦ8犀日碧節づ鎚。爵①ぐ。。”oや。ゆ陣こ℃ホp ⑥ぴ睡山.噛やホN尚更〇年協約における賃金方式の詳細は、石臼。。。目9=碧匹ぴ。。﹃Φ窪一9匹9嵜。づ閏・ζ①ρお窃9℃や認01刈とを 参照。 ⑦労働者の生計費スライト方式に対する反対は、主に﹁短期間であっても生活標準が不変であることが正当であり、又望ましいとする 仮定﹂に対してであった。詳しくは、デール、前掲訳書、四四i四五頁参照。 ⑧こ.の数字はお竃11δoとした指数であるが、ち亀一心011δoの現行指数では四九年、一〇一・八、五一年、一一一・○となってい る。G・コルム・T・ガイガー﹁アメリカ国民の経済﹂ ︵邦訳︶ニニ頁の表参照。 ⑨例えば自動車の価格に制限を設けた場合はそれをつくる人の賃金にも制限を設けるとい つた方式である。 ︵Oぽ昌σqらや。剛f憲’81潔︶ ⑩〇三昌σq”ε■9叶己や8. ⑪ωΦδ隔日きき山。子禽。。”。や9什←やまp ⑫両者のちがいは下の表の如くである。︵ωΦ餅網臼きき山。夏霞。。oで■9辞こ℃﹂ひ㎝︶ ⑬一葺α‘やまP ⑭筈葬”℃.まp ⑮ぴ箪”やまω■ ⑯四八年と五〇年の協約で一・一四ポイントにつき一セントであったのが、新指数への切 替えで○・六ポイントに、五五年の協約ではさらに○・五ポイントに改められた。尚葦五 年協約における賃金方式の詳細は芝⇔σqΦO腎。ロ。δσq団Zo.O”O①⇒三巴ζo詳。話Oo弓.” ζい戸020び臼一89℃℃.=山鼠h 海外労働経済日報・昭三二・二一・所牧、ゼネラル・
次修正醐旧指数
年 178.8 181.6 190.0 190.2 19LO 188.6 188.8 188.3 181.5 189. 1 189. 1 190. 7 190.4 189.6 189.9 190.1 1950. 51. 5L 12 1 12 − 望 1 52 T2ヲ
53.1213 4 略53 モーターズ協約参照。 三 前述の如くGMlUAWの賃金方式は、当初から生計費エスカレーターと生産性係数を不可分の一体とするものであっ 允。しかし他は必ずしもそうでなかった。現に、面面戦争による物価騰黄を契機に、生計費エスカレーター方武は急速に普及したのであるが、それらは多く生産性係数による賃上げの条項を伴わ瞼ものであ,た。生計費エスカレーター方式の 採用は、五〇年六月から急速に増加し、五二年夏には適用総数三百五十万人を超えた。しかしそれがピークで、つづく五 三−五四年には激減し、五五年一月にはその半ばにも達せぬ百七十万になった。而るに五五一圭六年にかけて再び上進し む 五六年暮には三百五十万を数える二度目のピークをみせている。 朝鮮戦争を契機とする生計費エス.カレーター方式普及の主たる要因は明らかに生計費の易騰に存していた。従って戦争 り が終息し、物価が安定性を取り戻した五三−五四年に、こうした方式が可成り多く廃棄せられるに至ったのも蓋し当然の ことといえよう。元来組合は、生計費に結びつけて実質賃金を単純に安定化することには批判的であり、それ故に五〇− 五二年の急速な増加は、特殊な情況の下での便宜的措置と目すべきケースが多く含まれていたと解されるのである。生産 性係数の条項をもたぬ短期協約がその半ばを超えていたのもこうした事情が作用した結果と解される。 ところでそれに続く五五一五六年の増加は一体どのような理由に基づくのであろうか。CPIは五五年の一一四・五か ら五六年の一一六・二と若干の騰貴をみせているが、しかしそれが主たる要因とは考えられない。寧ろわれわれは、五五 一五六年に成立したエスカレーター規定の大部分は繰延賃上げ方式と一体をなしていたという事実に注目したい。すなわ ち、われわれは、二度目の増加が大量生産産業において繰延賃上げ乃至生産性係数による賃上げの方式を多く採用するよ うになったことの随伴的現象に他ならないと老えるのである。 一般に生計費エスカレスー方式は、急激な生計費の上昇に対応する実質賃金の保証を狙いとしていると、理解されてい る。しかしそれ結けではない。より根本的な、労働関係安定化への有効な手掌たらしめようという経営者側の意図も決し て無視できない。けだしそれは、安定化への大きな障害たる生計費の昂騰に対する労働者の不安感を除去しうることは疑 いないからである。そしてこうした経営者側の安定化志向は、いぎおい協約期間長期化の要求となって現われることにな ゼネラル・モーターズ対全米自動車労組の賃金方式について︵進藤︶ 一八
一八二 む る。明らかに長期協約は﹁交渉危機のおとつれる頻度︵島Φ貯ρ器ロQ。hげ貴σq四幽嘉事αq。話窃︶を減らす﹂という効果を齎らす ものである。贈るに五〇一五二年にかけての普及は、急激な物価騰貴に処する一時的弥縫的な方策の現われにすぎず、よ ってそれらは多く短期的で、安定化への積極的な意図に基づくものではなかったのである。 確かに、生計費エスカレーターによる実質賃金の保証は、労働関係を安定きせる為の一つの条件ではある。しかしそれ のみでは、生活水準の向上に関する労働者の要求に応えることがでぎない。生産性係数乃至繰延賃上げの方式が漸次重視 せられるに至った所以はここにある。勿論GMtUAWのように全国水準の生産性指数を基準とすることは、賃上げが労 働者の日常の生産努力に直接結びつかないという点で問題が残るとしても、組合が不断の目標としてきた労働者の経済的 地位の向上を実現する、 一の有効な方策たり得ることは疑いない。かくして労働関係の安定化を志向する長期協約は、生 計費エスカレーターと生産性係数を併せ有する賃金方式の確立によって、単に経営者側の利益たるにとどまらず、労働者 側にとっても利益たり得るのである。われわれがGM−UAWの関係において、賃金方、武を安定化への重要な要因と解す る所以はここにある。そして五五一五六年にかけての生計費エスカレーター方式採用の再増加が、多く長期協約の下での 繰延賃上げ方式に随伴しての増加であったこともこのことを裏書ぎしていると考える。換言するば、GM−UAWの賃金 方式は、それが四八年差協約で始めて登場して以上甘々九年の歳月を経て、漸く、アメリカの主要産業の労働関係当事者 から真の支持を広範にかち得るに至ったと解されるのである。 実質賃金の保証と生活水準の向上は、不断に組合の主要な活動目標とされてぎている。他方最近の経営者は組合の排除 乃至弱体化よりも寧ろ安定した平和的な労働関係の確立を望んでいる。しかしこれら二つの要求を同時に、且長期に互っ て充たしてゆくことはなかなか容易なことではない。GM−UAWの関係はまさに異例のことといっ℃よかろう。GM− UAWの賃金方式と類似の方式を採用しているケースは他にも数多く存在する。しかしGM−UAWのように、当事者が
共に巨大な力を有し乍ら尚十年余に亘って特記すべぎ紛争を経験せずに経過している例は稀である。それ故に、問題は単 なる賃金方式の有無では片づけることかできない。GM−UAWの賃金方式の意義は、寧ろこのような方式を創出し、堅 持してきた当事者の労働関係に対する意識・態度・戦略の如何に存すると考える。次にこの点をみてゆこう。 ハービソンらはGM−UAWの労働関係を典型的な武装休戦型︵、.p毒a梓凄8、、け巻Φ︶として特徴づけている。彼らのい う武装休戦的労働関係というのは、経営者と組合との基本的な利益は対立的である、という仮定の下に生ずる権力斗争 ︵℃。を興。。雪αqσq5の関係を意味する。経営者は自らの地位と権限を確保する為に組合牽制策にたより、組合は組織の保障 と発言領域の拡大を目指して攻撃的態度を堅持する。それ故に休戦は当事者の取引の結果齎らされる一時的且不安定なも のとならざるを得ない。四七年までのGM−UAWの関係はまさしくそうであった。 会社側は組合の指導原理が、ωより少ない仕事でより多くの報酬を得ること、②経営の権限・紀律から蛍働者を解放すること、⑧会社 に対する労働者の忠誠心を弱めることの三つにあると解し、δqσQゴげ耳齢片な態度を以て対処すべしとした。他方組合側は、GM社は真 の組合︵げO昌⇔ ︷一似Φ 自︼P同O昌︶ との交渉を考えていないと信じていた。UAWは交渉によって満足すべき多くの結果を得ているが、会社側 の抱く背盾の動機︵一﹄一R①H一〇H bPO汁一く①︶に対しては強い疑惑の念をもっていた。 しかし四八年の交渉を転機として両者の態度に変化が生じたことは前述の通りである。つづく五〇年の協約では、前文 で次のように謳っている。 ﹁GMの経営者は、労働者が経営者なしにやってゆけないと同様に、経営者も労働者なしにやってゆけないことを承認する。経営者も労 働者も共に同一事業に従事するのであって、その成否は当事者全体の死活問題である。この協約は製晶の品質及び原価が益々満足すべき 域に達し、永遠に事業が繁栄することを目的として両者が協力することを求めるものである。会社は労使の基本的利害関係は同じである と考える。しかし時に見解の相違の生することも止むを得ない。GMの経営者は、かかる相違は両者の真摯且忍耐強い努力によって、必 す平和的且満足のゆくように調整せられうるものと確信する﹂と。 ゼネラル・モーターズ対全米自動車労組の賃金方式について︵進藤︶ 一八三
一八四 し 又GM社の祉長C・E・ウィルソン氏は、五〇年の協約交渉で両者が一致に達した諸点を次のように要約している。 ω時間当亀入の購買力を維持してゆくことは、論理的であり公正且合理的である。②労諜者も他の市民と共に増進しつつある国の繁栄 の分前に与る資格がある。③技術改善により同じ量の人間努力を以てより多く牛産することが健全な経済的社会的目標である。㈲不安定 ︵8。・①o霞一¢︶が人々を悩ましている。㈲対立抗争よりも協力と平和が最も良く従業員・会社・一般大衆の繁栄を健進ずるであろう。 このようにみてくると、両者の態度は確かに協力的平和的な弥のへと変ってきているように解せられる。勿論、それは 表現上のことで内実は巧みに案出された現実的な取引以上にでるものでばないという見方もある。しかしわれわれはそう 簡単に割り切ることはできないと老える。第一に賃盒方式は現実に経営者をして、労働者の生活主体者的側面、市民的側 面を重視するという姿勢をとらしめた。しかも賃金方式のその後の実施過程を通じ、射つづく年金計画・保険計画・補足 的失業補償計画︵ωξ覧①日①艮。q巷①巡覧。団ヨ①葺び魯Φ弾厄§︶などの実現により、それは単なる姿勢たるの段階を超えて、漸 次経営者の意識そのもののなかに定着しつつあるかにみえる。換言すれば、われわれは賃金方式の生成を契機に、GM経 営者の労働観そのものに変化が生じてきていると理解したいのである。第二に、これに対する労働者側も、秩序ある安定 した労働関係の保持が、自らにとっても必要且有益であると老えるようになってきているといえる。周知の如く、,自動車 労働者は、組合運動の初期には、すぐれて英雄主義・急進主義の色彩を帯びていた。会長のルーサー自身か一時共産主義 者と目されたこともあったのである。しかし最近はそうでない。例えばルーサーは五八年に発表した論文のなかで、自由 な労働と自由な経営の相互依存性を説ぎ、自由社会を保持してゆくにはどうしても両者が協力してゆくことを学ぶ必要が あり、然らざればどちらも自、由にはなり得ないだろうと述べている。第三にGMlUAWは実際に十年余に一旦って安定し た関係を堅持してきているという事実に注目したい。すなわち四八年・五〇年・五五年・五八年置四度の交渉が、すべて 平和裡に妥結をみている。GM−UAWの関係では、賃金方式を含む長期協約は、もはや一時的便宜的な取引の結果たる
にとどまらない。それは寧ろ上述のような当事者の態度の変化に支えられて、揺ぎない地歩を占めるに至っているかに解 されるのである。そして皇后に、われわれはこの賃金方式に関する限り、GMlUAWはまさに文字通りの籠球運脚凄艶寓 であったということを改めて注目する必要があると考える。けだし賃金方式も、自らの創始になる場合と他を模した場合 とでは、形の上では違いがないとしても、それを支える当事者の意識や態度において格毅の距りが存すると解されるから である。 これを要するに、われわれはGMIUAWの賃金方式が、両当事者の労働関係安定化思老に繋るきわめて重要な意義を 有していると解するのである。 ① 生計費エスカレータt条項及び繰延賃上げ方式の実施情況に関しではディヴィドらの上掲論文、並びに、竃○⇔子ζピ螢げ。円即①<冨≦ における左記論文参照。.ハぐ弔鋤σq①国。・o巴⇔鉱。ロー図ΦoΦ耳Uo<Φδ℃日Φ三㍉りζ碧。ず一89℃唱・ωひ一⊆。一。。・..∪臥①員①匙芝⇔αq①H⇔oh①霧①。。ぢ一8c。 碧飢ぐ﹃⇔αq①国。。o巴象。旨Ω㊤口。ね①。。層.層U8①ヨび9一〇田噛Oや=ひ心一三ひ刈・ ② ︸■ぜく﹁日ΦΦ5..6げ①Oo曇ぎqo玩Oo巨鑓。ジ..国ゆ即﹂≦亀山舅①一8伊℃.一〇心・ ③国母げδo口碧鎚Uロげ旦。や。登窓.電1おO及びハービソン・コールマン﹁団体交渉﹂︵邦訳︶九七!九八頁参照。 ④詳しくは右訳書、第二章四九頁以下参照。 、 ⑤誠震ぼ。・8⇔巳∪昏旦。や。5℃﹄ρ ⑥ぴ乙噛℃﹄c。■ ⑦6①鮎ρo℃.島﹃や=r笛木正治﹁耳門関係と経営管理﹂︵全訂版︶一九六−一九七頁。 − ⑧日①①す8.9けこやδひ■ ⑨ハービソン・コールマン、前掲訳書、九八頁。 ⑩詳しくは、℃ぽ財娼目織計↓げ①QQq雌9g器pコ餌Oo<①日日窪叶。︷い簿ぴ。目d巳。ロ9出自響O﹃巷■自参照。
⑪磯部佑一郎﹁アメリカ労働斗史﹂二〇一頁。 −
⑫芝巴8同や因窪田Φき.60ぴ。目国9Φ言お謡讐、、﹃qoo・三旬島三巴刎①冨叶δ島−↓冨2①×け↓≦2曙嘱①騨βa詳&ξβω怠①び臼” 一〇㎝Qo一℃℃●ひ凹一ひω. ゼネラル・モーターズ対全米自動車労組の賃金方式について︵進藤︶ 一八五一八六 四 大量生産産業の勢力の中心点では、産業平和は望み難いという一般的な見解に反し、GM−UAWは、四八年以来今日 に至るまで、ぎわめて秩序ある安定した関係を堅持してきている。それはどのような理由によるものであろうか。われわ れはこの小論で、四八年に成立した賃金方式に焦点を置き、それが両者の関係の安定化にどのような役割を果してきてい るかを一瞥した。労働関係の安定化は、形式的には一応長期協約の実現ということになるかもしれない。そして長期協約 が可能である為には、それに相応した賃上げ方式が不可欠となる。このことは今日の職階給を中心とするアメリカの賃金 制度からみて容易に理解できることである。それ故に長期協約との関連ということが、GM−UAWの賃金方式をみてゆ く上での一つのポイントになるといえる。しかし乍ら労働関係の真の安定化は、単にこうした規定のみによって実現せら れるものではない。それは協約に規定された期間に限定されない持続性のあるものでなければならない。われわれが、こ の賃金方式の意義を、寧ろ両者の関係の歴史的発展過程において、この方式を支えている当事者の意識、態度の変化のな かに求めようとしたのはその為である。 勿論安定化の要因をこれのみに帰することはできない。GM−UAWの関係に特有の内在的な組織的要因や、外在的な 環境的諸要因が種々絡み合って作用していることも無視でぎない。しかし少なくともこの賃金方式が、両者の関係の歴史 に一時期を劃する重要な要因をなしていることは否定し得ないし、又その後の、両者の労働関係に対する態度にも大ぎく 作用しているものと解せざるを得ないのである。