高齢 者へ の頸動脈 内膜剥離術 と
冠状動 脈バ イパ ス術 同時手術 の1例
金 子 達 夫,大 林 民 幸,長 澤 城 幸 宮 崎 瑞 穂*,井 上 洋**,小 西 敏 雄*** 群馬県立循環器病 センター心臓血 管外科(院 長:谷 口興一) *前橋 赤十字病院脳神経外科(院 長:塩 崎秀郎) **群馬大学脳神経外科(主 任:大 江 千廣教授) ***横浜労災病院心臓血 管外 科 (平成8年7月24日 受付) 要 旨: 冠 状 動 脈 の左 主 幹 部 狭 窄 を と もな う三 枝 病 変 と頸 動 脈 狭 窄 を 合 併 し た77歳 の 男 性 に,冠 状 動 脈 バ イパ ス 術(CABG)4本 と左 頸 動 脈 内 膜 剥 離 術(CEA)の 同 時 手 術 を 行 い 良 好 な 結 果 を 得 た.CABGは グ ラ フ ト と し て 左 内胸 動 脈1本 と,3本 の静 脈 を中 枢 一 か 所 の 吻 合 で 行 い,ま たCEAは 体 外 循 環 中 に 脳 潅 流 を 併 用 し な が ら静 脈 パ ッチ 形 成 術 を 併 用 し た.術 後 合 併 症 は見 られ ず,自 己 血 輸 血 の み で 経 過 し た.高 齢 者 のCABGで は全 身 動 脈 硬 化 を合 併 す る割 合 が 高 く,個 々 の例 に お い て 慎 重 な 対 応 が必 要 と さ れ る.
Key words:CABG, CEA,同 時 合 併 手 術,高 齢 者 心 臓 手 術 (北関 東 医 学46 (6): 493∼497, 1996) は じ め に 狭 心症 や心筋 梗塞 な どの虚血 性 心疾 患 は,冠 状 動 脈 の動脈硬 化 に よって生 じる疾患 で あ る.こ れ らの 患者 は危 険因子 として,高 血 圧,高 脂血 症,喫 煙 な どを有す るこ とが多 く,心 臓 の みな らず全 身血 管 に も同様 の病 変 の進行 は予 想 され る.今 回わ れわ れ は, 頸動 脈狭 窄症 を伴 っ た冠 状動 脈狭 窄 にた い して一期 的手術 を行 い完治 しえた.あ わせ て冠状 動脈 以 外 に も動 脈硬 化 を伴 う虚血性 心疾 患 に対 す る治療 法 につ いて若干 の考 察 を加 えた. 症 例 症 例: 77歳,男 主 訴: 胸部 不快 感 既往 歴: 39歳 時肺 結核,62歳 時脳 梗 塞 現病 歴 と経過: 1年 ほ ど前 か ら5分 の歩行 で胸 のあ え ぐ ような感 じが出現 した.近 医 を受診 しニ トログ リセ リンを処方 され軽 快 した た め,精 査 目的 で 当院 紹 介 受 診 す る.入 院 後,冠 状 動 脈 撮 影 を行 っ た と こ ろ左 主 幹 部 狭 窄 を 伴 う重 症 三 枝 病 変 を 認 め 手 術 を勧 め られ る.ま た 聴 診 に て 左 頸 部 にbruitを 聴 取 し た た め,頸 動 脈 造 影 を行 っ た と こ ろ左 総 頸 動 脈 に90% 狭 窄 が 認 め られ た.冠 状 動 脈 バ イ パ ス 術(CABG) と頸 動 脈 内膜 剥 離 術(CEA)の 同 時 手 術 を 計 画 し, 術 前 自 己 血 貯 血 を 行 っ た後,手 術 とな っ た. 術 前 検 査: 胸 部 レ ン トゲ ン,安 静 時 心 電 図 に は異 常 を認 め な い.胸 部CTで は上 行 大 動 脈 に石 灰 化 を認 め た が,通 常 の送 血 や 遮 断 な どの 手 術 操 作 は 可 能 と 判 断 した.血 液 検 査 で は,総 コ レ ス テ ロ ー ル239mg/ dl,尿 酸8)7mg/dlと 高 値 を 示 した 以 外 に は異 常 は な か っ た.ま た 入 院 時 は ヘ モ グ ロ ビ ン13.5g/dlで あ っ た が,エ リス ロ ポ エ チ ン を使 用 し2週 間 に800mlの 液 状 自 己 血 貯 血 を 行 い,手 術 前 に は12.59/dlと な っ た. カ テ ー テ ル 所 見: 右 冠 状 動 脈 はAHA分 類 の #1, #2 に最 大60%狭 窄 を伴 う不 整 は あ る が 有 意 で は な く, #4 (後下 行 枝)に80%の 狭 窄 が あ り,左 は#5(主 幹 論 文別 刷 請 求先 〒371前 橋 市亀 泉 町 甲3-12 群 馬 県立 循 環器 病 セ ンタ ー心 臓 血 管外 科 金 子 達 夫
494 金 子,大 林,長 澤,宮 崎,井 上,小 西 部)に80%, #7(前 下 行 枝)に 75%, #9(第1対 角 枝)に80%, #11(回 旋 枝)に90%と そ れ ぞ れ 狭 窄 を 認 め,重 症 三 枝 病 変 を呈 し て い た(図1).し か し左 室 造 影 で は壁 運 動 の 低 下 は な く,心 機 能 は保 た れ て い た. 頸 動 脈 造 影:右 総 頸 動 脈 の分 岐 部 に70%狭 窄 あ り, 内 頸 動 脈 に も不 整 が 著 明 で あ っ た.左 総 頸 動 脈 の 内 外 分 岐 部 に は90%狭 窄 が あ り(図2),ま た脊 椎 動 脈 に も硬 化 が 強 か っ た.さ ら に行 っ たMRIで は,両 大 脳 半 球 深 部 白 質 と左 小 脳 半 球 に 虚 血 性 変 化 を 認 め た. 手 術:両 下 腿 か ら大 伏 在 静 脈,胸 骨 切 開後 左 内 胸 動 脈 を グ ラ フ ト材 料 と し て採 取 した.こ れ と並 行 し て 左 頸 動 脈 を 露 出 し,内 外 分 岐 部 に テ ー ピ ン グ を 行 っ た.人 工 心 肺 開 始 後,左 内 頸 動 脈 にバ ル ー ン カ テ ー テ ル を挿 入 して 送 血 ラ イ ン か ら脳 潅 流 も 開 始 し た.分 枝 前 後 を遮 断 後,総 頸 動 脈 か ら内 頸 動 脈 に か け て 切 開 を お き,肥 厚 し た 内 膜 を 鋳 型 状 に 摘 出 し 内 膜 剥 離 を 行 っ た.切 開 部 分 は,グ ラ フ ト と し て 採 取 し て 残 っ た大 伏 在 静 脈 を用 い,パ ッ チ 拡 大 形 成 に よ り狭 窄 の 解 除 を 図 っ た.こ れ に並 行 してCABGも 進 め,大 動 脈 遮 断 後 順 行 生に 大 動 脈 基 部 か らcrystal-loid cardioplegiaに よ る心 停 止 下 に,狭 窄 部 の 先 の #4,#8,#9,#14に バ イ パ ス遠 位 部 縫 合 を行 っ た.左 前 下 行 枝(#8)に は 内胸 動 脈 を使 用 し,他 は3本 の 静 脈 グ ラ フ トを用 い た.グ ラ フ トの 中 枢 吻 合 を行 う 上 行 大 動 脈 は硬 化 が 強 い た め,回 旋 枝 用 静 脈 グ ラ フ ト1本 の 縫 合 に と ど め,こ の グ ラ フ トの途 中 に 右 と 対 角 枝 グ ラ フ トを そ れ ぞ れ 別 に端 側 縫 合 し,枝 状 に 別 れ る よ う に し た.体 外 循 環 か らの 離 脱 は 問 題 な く, 大 動 脈 遮 断 時 間91分,体 外 循 環 時 間224分,内 頸 動 脈 潅 流 時 間95分,術 中 出 血 量736ml,最 低 直 腸 温25℃ で 図 1 術 前 冠状 動 脈 造影 左: 右冠 状 動 脈造 影.#2に60%と 後 下 行枝 に80%の 狭 窄 が あ る(矢 印). 右: 左冠 状 動 脈造 影(右 前斜 位).主 幹 部 と前 下 行 枝 は重 な って見 に くい が、 対 角枝 と回 旋枝 の狭 窄 が 明 ら か で あ る(矢 印). 図 2 術 前 左 頸 動脈 造 影(側 面) 内外 分 岐起 始 部 に強 い狭 窄 を認 め る(矢 印).
あ っ た.術 前 貯 血 し た 自己 血800rn1以 外 は 同 種 血 無 輸 血 で 経 過 した. 術 後 経 過: 術 後2日 目 に 気 管 チ ュー ブ,3日 目 に ド レ ー ン を 抜 去 し,5日 目 にICUか ら退 室 し た.そ の 後 一 過 性 に 不 整 脈 が 見 られ た 以 外 に は 合 併 症 も な く,リ ハ ビ リ に時 間 を か け た 後1か 月 で 退 院 と な っ た. 術 後 約5ヵ 月 目に行 った冠状 動脈 造影 で は4本 の バ イパス は良好 に開 存 して いた (図3).ま た同時 に 行 った左頸 動脈 造影 で も内外分 岐部 に は狭 窄 を認 め なか っ た (図4). 図 3 術後冠状動脈造影 左: 左 内胸 動 脈 グ ラ フ ト造 影.左 前下 行 枝 へ のバ イ パ ス. 右: 後側 枝 へ の静 脈 グ ラ フ トと、 そ の途 中 か ら対 角枝 と右 後 下行 枝 へ のYグ ラ フ トが 造影 され る.
496 金 子,大 林,長 澤,宮 崎,井 上,小 西 考 察 社 会 の高齢化,医 療技 術 の進歩 と ともに患者 の高 年齢 化 は進 み,心 臓 血管 外科 におい て も75歳以 下 の 手術 は もはや普 通 の こ と とな り,80歳 前後 の症例 に も積 極 的 に手術 が行 わ れ る ように なって きて い る. 手術 リス ク は変わ らない とす る意 見 が多 いが,高 齢 者 で は合 併症 を有 す る可能性 が 高 く,こ れ に対 す る 注意 を払 う必 要が あ る.こ とに虚 血性 心疾 患 の場合 は,元 来 が動脈 硬 化 の進行 した患者 で あ り,心 臓以 外 の血管 の硬 化性 病変 の評価 が 問題 となって くる. Millsら 1)に よれ ば,CABG適 応 とな る症 例 で上 行大 動脈 硬化 を伴 う もの で は,頸 動脈 病変 が79%, また腹部 の閉塞性 疾患 や大動 脈瘤 は93%に 見 られ る とい う.こ れ らにつ いて は,そ の侵襲 の程 度 や手技 的 な要 因か らCABGと の優 先度 が決 め られ る.通常 は麻 酔 をか け る際 の心機 能 の関 係 でCABGを 先 行 させ,そ の まま一 期 的 あるい は二期 的 に動 脈疾 患 に 対 す る手術 を行 うこ とが 多い. 冠 状 動脈疾 患 を有 す る患 者が 頸動脈 狭 窄 ある い は 閉塞 症 を合併 した場合,CABGとCEAの 手 術 時期 につ いて は議 論 の別 れ る点 で あ ろう.頸 動脈狭 窄 が 症候 性 で あ れ ば,一 般 に はCEAを 先行 させ るべ き であ ろ うが,心 機 能 が麻酔 に耐 え られ ない恐 れが あ れ ぼ,同 時手術 が勧 め られ る.ま た今 回の よ うに無 症候 性 で あって も頸動 脈狭 窄が 強 く,CABG手 術 に 際 し体外 循環 中 の低血 圧が脳 循環 に悪影響 を及 ぼす 恐 れ の あ る場 合 も,同 時 手術 の 適 応 と思 わ れ る. Barnes2)は 同時 手術 の ほ うが 周術 期 心 筋 梗塞 と死 亡率 に関 して有 意 に良好 で あ る と述 べて い る.同 時 手術 の 場 合 にCEAとCABGの 順 序 に つ い て は, CEAを 先行 させ るか,あ るい は体 外循 環 下 にCEA とCABGを 行 うか につい て は,一定 の見解 は得 られ て い ない3∼4).われわ れ は体 外循 環 の低 体温 に よる脳 保護 を期 待 し,さ らに一時 バ イパ ス によ り低血 圧 の 影響 を軽 減 させ,CEAとCABGの 同時並行 手術 を 行 っ た. CEAで は術 中 の遮 断 に際 して,バ イパ ス あ るい は シ ャン トを行 うべ きか が 意 見 の別 れ る と こ ろで あ る.わ れわ れ は対 側 の狭 窄 も考 慮 し,体 外循 環 回路 か ら送 血 を行 い,さ らに中等度 低体 温 を併用 して脳 虚血 障 害 を予防 したが,一 般 に は常 温単 純遮 断 で行 われ る こ とが多 い よ うで あ る.ま たヘパ リン使 用 下 のCEAで は縫合 部 か らの出血 は多 く,今 回 も一 層 の連続 縫合 を行 ったが,結 果 的 に止 血 の ため全周 性 に細 かい結 節縫 合 の追加 を必 要 とした. CABGに お いて は,心 停止 の ため の大 動脈 遮 断, 中枢吻 合 の ための部 分遮 断 な ど手術 操作 の加 わ る上 行 大動 脈 の硬化 の有 無 が大切 で あ り,術 前,術 中 に そ の程 度 を把握 してお く必要 が あ る。 われ われ は全 例 に術 前CT撮 影 を行 い上行 大動 脈石 灰化 な どの有 無 を確 認 し,脳 障害 の予 防 に努 めて い る.ま たそ の 程 度 が著 し く危 険 と判 断 された場 合 に は,心 室細 動 下 にinsitu動 脈 グ ラ フ トの みで縫合 を行 い,大 動脈 に まった く操作 を加 えな い方法 を選択 す る こ ともあ る.あ るい は今 回の よ うに健 常 な部分 のみ を使 用 し た り,大 動脈 遮断 をした ま まで部 分遮 断 を行 わず に 中枢 縫 合 を行 う こ ともあ る5).さ らに症例 に よ って は人 工 心 肺 を使 わ ず に手 術 した報 告 もな さ れ て い る6).し か し上行 大 動脈 硬 化例 で は遠 隔期 の血栓 塞 栓症 の合併 が多 い との報 告 が あ り7),慎 重 な経 過観 察 を要 す る. 本 論文 の要 旨 は第88回 日本胸部 外 科学会 関東 甲信 越地 方会(1993年12月 東京)に て発 表 した. 図 4 術 後 左 頸 動脈 造 影(側 面) 分 岐部 の狭 窄 は解 除 され て い る。
文 献
1) Mills NL, Everson CT : Atherosclerosis of
the ascending aorta and coronary artery
bypass. •\Pathology, clinical correlates, and
operative management•\ J Thorac
Cardiovasc Surg 102 : 546-53, 1991.
2) Barnes RW : Asymptomatic carotid
dis-ease in patients undergoing major
cardio-vascular operations. Can prophylactic
endar-terectomy be justified ? Ann Thorac Surg
42 : 36-40, 1986. 3) 田 邉 大 明,外 山雅 章,尾 崎 重 之 ら:頸 動 脈 内 膜 剥 離 術 の 同 時 手 術 を 必 要 と した 開 心 術 症 例 の 検 討.日 胸 外 会 誌43:732-4,1995. 4) 岩 崎 達 雄,大 橋 陽 子,宮 下 徹 也 ら:内 頸 動 脈 内 膜 剥 離 術 と冠 動 脈 再 建 術 の 同 時 手 術 の 麻 酔 管 理.循 環 制 御,17:99-102,1996. 5) 金 子 達 夫,小 西 敏 雄,大 木 俊 英 ら:上 行 大 動 脈 硬 化 症 に対 す る冠 動 脈 バ イ パ ス 術 の検 討.群 馬 医 学,56(SUPPLE):273-276,1991. 6) 山 村 光 弘,青 木 啓 一,高 梨 秀 一 郎 ら:大 動 脈 炎 症 候 群 に伴 う両 側 冠 状 動 脈 入 口 部 狭 窄 に対 す る人 工 心 肺 を 用 い な い 心 拍 動 下A-Cバ イ パ ス 術.日 胸 外 会 誌,42:961-5,1994.
7) Blauth CI, Cosgrove DM, Webb BW, et al : Atheroembolism from the ascending aorta. An emerging problem in cardiac surgery. J Thorac Cardiovasc Surg 103 : 1104-12, 1992.
COMBINED OPERATION OF CAROTID ENDARTERECTOMY
AND CORONARY ARTERY BYPASS GRAFTING FOR AN ELDERLY PATIENT : A CASE REPORT
TATSUO KANEKO, TAMIYUKI OBAYASHI, SHIROYUKI NAGASAWA, MIZUHO MIYAZAKI*, HIROSHI INOUE** and TOSHIO KONISHI***
Division of Cardiovascular Surgery,
Gunma Prefectural Cardiovascular Center, Maebashi, Gunma 371, Japan * Division of Neurosurgery , Maebashi Red Cross Hospital ** Department of Neurosurgery
, Gunma University School of Medicine ** *Division of Cardiovascular Surgery
, Yokohama Rosai Hospital
Combined operation of coronary artery bypass grafting (CABG) and carotid endarterectomy (CEA) was performed for a 77-year-old man who had triple vessel with left main trunk coronary artery disease and severe left carotid artery stenosis. The left internal thoracic artery and three saphenous vein grafts were bypassed with a single prosimal anastomosis as CABG, and CEA was done with vein patch plasty under selective cerebral perfusion using a cardiopulmonary bypass circuit. He recovered without complications and did not reguire no homologous blood transfusion. We consider elderly CABG patients high risk to be at arteriosclerotic complications, so careful management is needed for individual cases.