代替ガスを用いた分析技術の紹介 ―ガスクロマトグラフ質量分析計―
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(2) る (Fig. 2)。複数の化合物を含む試料をキャリアガスとと. 析条件(線速度)の組み合わせにより、カラム効率が変わ. もに、カラムに注入すると、試料はキャリアガスとカラム. る。線速度とは、キャリアガスがカラムの中を進む速度で. 内の液相との間で分配を繰り返し移動する。試料によって. あり、一般的に線速度が速い分析条件だと、キャリアガス. カラム内の移動速度が異なるため、カラムの出口にそれぞ. やサンプルがカラムの中を通過する速度が上がるため、高. れの化合物が到着する時間に差が生じ、結果として各化合. 速分析が可能である。また、カラム効率 (HETP) は理論. 物が分離する。検出器から出力された電気信号を縦軸に、. 段高さと呼ばれ、カラムの分離効率を示すパラメータであ. 試料注入後の経過時間を横軸に描いたピーク例をクロマト. り、低いほど、分離効率が良いことを示す。Fig. 4 は、. グラムと呼んでいる。. HETP と平均線速度の関係図だが、キャリアガス種により、. 2.2 分析結果からわかること. 最適な線速度が異なることが分かる。例えば、水素ガスを. 分析結果の一例を示す(Fig. 3)。何も検出されない部分. キャリアガスとして使用した場合、ヘリウムに比べて、早. をベースライン、化合物が検出された部分をピークと呼ん. い線速度で高い分離能を得ることができるため、サンプル. でいる。また、試料を装置に導入してピークが現れるまで. がカラムの中を通る時間が短くなり、短時間で分析を完了. の時間をリテンションタイム(保持時間)と呼んでいる。. させることができる。GC の分離および分析時間はキャリ. ある条件で分析した際に、溶出にかかる時間は化合物特有. アガスの種類により異なってくるため、使用するキャリア. であるため、同じ条件で同じ化合物を分析した場合は同じ. ガスの種類と分析背景を考慮して、最適な条件を模索する. 時間(リテンションタイム)にピークを確認できる。この. ことが重要である。. リテンションタイムを用いて化合物を同定できる。検出器 が質量分析計の場合は、各化合物のマススペクトル(質量. 3. 質量分析計の原理. 関連情報)から定性を行う。また、ピークの大きさ・面積. 3.1 ガスクロマトグラフ質量分析システム. は検出器に到達した化合物の量に比例するため、既知の濃. ガスクロマトグラフ質量分析システム (Fig. 5) は、2 章. 度の標準試料の面積値と比べることで、定量を行うことも. で示した GC で分離された化合物をイオン化し、質量分析. 可能である。 2.3 キャリアガスの種類 ガスクロマトグラフィのキャリアガスはヘリウムのほか に窒素や水素が用いられる。使用するキャリアガス種と分. Fig. 5 Gas chromatograph mass spectrometer. Fig. 3. Chromatogram.. Fig. 4 Column efficiency (HETP) and linear velocity (conceptual diagram).. 126. Fig. 6 Principle of mass spectrometer.. TEION Cryo. Super. TEIONKOGAKU(J. KOGAKU (J.Cryo. Super.Soc. Soc.Jpn.)Vol. Jpn.) Vol.5656No. No.3(2021) 3 (2021).
(3) 部 (MS) で分析する。GC の一般的な検出器である水素炎 イオン化検出器(FID)や熱伝導度検出器(TCD)に比べ て得る情報が多いため、定性に優れており、定量も可能な 検出器である。 3.2 質量分析の原理 ガスクロマトグラフ質量分析計 (GC-MS) は、イオン化 部、質量分析部、検出部に分かれる (Fig. 6)。質量分析計 には、分離方法の違いでいくつかの種類の装置が存在して いる。本文では、最も汎用的な四重極型質量分析計につい て説明する。 ガスクロマトグラフからの溶出してきた試料はまずイオ Fig. 7. ン源に入り、イオン化される。イオン化された化合物は四. Data from a mass spectrometer.. 重極部でイオンがふるい分けられ、通過したイオンのみが 検出器に入り、電気信号に変わる。 一方、ガスクロマトグラフから流れてくるキャリアガス は、真空ポンプにより、排気される。イオンは、真空状態 でないと、空気やキャリアガスと衝突するため移動するこ とができない。そのため、十分に真空を確保する必要があ る。 3.2.1 イオン化部 質量分析計は電気的な力で質量を分けるため、分子は何 らかの形で電荷をもっている必要がある。そこで、GC で 分離された溶出物はイオン化部で、フィラメントからの電 子流を用いて、イオン化される。イオン源の直後には質量 分離部にイオンを効率よく運ぶためのレンズ系が配置され ている。 3.2.2 質量分離部 GC-MS で一般的なのは四重極分析系である。この四重極 に一定の電圧をかけることで、設定した m/z (m : 質量、z : 電荷) のイオンを通過させることができる。一般的な GCMS のイオン化法では、電荷が 1 のイオンが生成されること が多いため、m/z=質量と読むことができる。 3.2.3 検出部 質量分離部を通過できたイオンはイオン検出器に入り、 電気信号に変換され、電気回路で処理しパソコンに送られ る。 3.2.4 真空系 イオン源で作られたイオンは検出器まで移動させる必要 があるが、空気中では、空気分子などと衝突し、検出器に 到達させることが困難である。そのため、質量分析計の主. している。クロマトグラムは、各点のマススペクトルを合 算したもので描くことが可能で、TIC(トータルイオンカ レントクロマトグラム)と呼ぶ。 一方で、測定後の解析において、特定の m/z のみを取り 出し、クロマトグラムを作ることも可能で、これをマスク ロマトグラム(MC)と呼ぶ (Fig. 7)。 3.4 分析へのキャリアガス種の影響 前述した通り、ガスクロマトグラフ質量分析計はターボ 分子ポンプにより真空に維持されているが、キャリアガス の種類を変更すると、ターボ分子ポンプの排気効率が変 わってしまい、イオン化の効率やイオン透過率が悪くなり、 感度が低下することがある。 各キャリアガスでの特徴は以下の通りである (Table 1)。 イオン化効率の違いや、真空度の違いから感度面ではヘ リウム>水素>窒素の順となる。 しかし、昨今では技術の進化により、質量分析計自体の 高感度化、大容量のターボ分子ポンプの開発により、キャ リアガスだけを代替しても、十分な感度を得ることができ るようになっている。また、爆発性のある水素ガスでも安 全に分析ができるような設計になっている。 3.5 代替ガスを使用するうえでの分析の注意点 3.5.1 水素ガス 水素キャリアは、窒素ガスキャリアに比べ、感度も良好 で、超微量分析以外では十分な感度を得ることができる。 また、ヘリウムと同様のガスクロマトグラフでの分離が可 能である。しかし、水素はヘリウムと異なり、不活性な気 体ではないため、特定の化合物と反応し、ヘリウムの分析. 要部分は真空ポンプで真空引きされた容器の中に収められ ている。真空ポンプは主ポンプと補助ポンプからなり、主. Table 1. ポンプとしては油を使用しない、ターボ分子ポンプが良く. Carrier gas comparison table.. 使われ、その排気口は補助ポンプでさらに真空引きされて. Gas. He. H2. N2. いる。. Sensitivity. ◎. 〇. △. 3.3 分析結果からわかること. Safety. ガスクロマトグラフ質量分析計では、GC で分離された. Vacuum level. クロマトグラムの各点にマススペクトルという情報が付随. 低温工学 56 巻 3 号 2021 号 2021 年 低温工学 56. ◎ ◎. 〇 〇. ◎ △ 127.
(4) % 100. 274. 75. 125. 93. 50. 79. 107. 25. 246. 135 157. 320. 0. 100. 150. 200. 250. 300. 350. %. 91. 100. Fig. 10 Fenitrothion 0.01 mg/L chromatogram (left) and calibration curve (right).. 75 50 25. 79 0. 107 100. 274. 164. 125 135. 157 150. 246 178 195 209 200. 231. 261 250. 288. 320. 300. 350. Fig. 8 Phenthoate spectral pattern. Top: Helium carrier, Bottom: Hydrogen carrier. Fig. 11 Area repeatability (n = 5, 0.01 mg/L) and calibration curve linearity (R2).. Fig. 9. Chromatogram comparison by carrier gas type.. と異なる結果が出てしまう場合がある 。例えば、Fig. 8 は 横軸が m/z、縦軸がスペクトルの強度比を表しているが、 ヘリウムキャリアと水素キャリアの分析で、スペクトルの パターンが異なる結果となっている。水素キャリアで分析 を行う場合は、標準試料での確認を行い、MS の分析条件 の検討が必要である。. Fig. 12. S/N comparison of 59 pesticides (H2/He).. 3.5.2 窒素ガス 窒素は、入手性、安全性が高い一方で、ヘリウムに比べ て、GC での分離が悪くなる。Fig. 9 はヘリウムと、窒素に よる分離の比較である。ヘリウムでは、幅広い線速度で、 高い分離を得られるのに対し、窒素では一部の線速度でし か、高い分離を得ることができないことがわかる。. GC/MS が用いられる。 4.1.1 水素での分析結果 残留農薬分析では、高感度な分析が求められることから、 代替キャリアとして水素が選ばれる。 Fig. 10, 11 に 0.01 mg/L での繰り返し再現性と直線性の結. そのため、窒素キャリアを使用する場合は、GC の分析 条件の見直しが必要である。. 果を示す。ほとんどの化合物で面積再現性 (CV 値) は 10 % 以下であった。また、定量のために各種濃度での面積値か. 4. 代替キャリアガスでの分析事例紹介. ら算出された検量線 (calibration curve) では、すべての化合. 4.1 水素ガスを用いた残留農薬分析. られた。. 物で直線性 (決定係数: R2) は 0.998 以上と良好な結果が得. 食品中の残留農薬は、人体に影響がある可能性があるた. 4.1.2 ヘリウムとの分析結果比較. め、約 800 種類の農薬や動物用医薬品に対し、食品中の残. ヘリウムを用いた残留農薬分析との分析結果の比較を. 留基準及び分析法が定められている。検査方法として、. 行った。ほとんどの化合物で再現性は 10 %を切っており、. 128. TEION Cryo. Super. TEIONKOGAKU(J. KOGAKU (J.Cryo. Super.Soc. Soc.Jpn.)Vol. Jpn.) Vol.5656No. No.3(2021) 3 (2021).
(5) Fig. 13 Chromatogram by hydrogen carrier. Left: Carbon tetrachloride (0.2 µg/L), Right: 1,4-dioxane (5 µg/L). Fig. 14 Mass chromatogram of 1 mg/L 2-methyl-5nitroaniline (left: helium carrier, right: nitrogen carrier).. Table 2 Reproducibility of VOCs (excluding 1,4-dioxane) 0.2 µg/L and 1,4-dioxane 5 µg/L.. Fig. 15 S/N comparison of 27 1 mg/L azo compounds (N2/He). ヘ リ ウ ム と 水 素 で 違 い は 見 ら れ な か っ た 。 ま た 、 S/N (Signal to Noise Ratio) は大部分の化合物でヘリウムの 1/2~ 1/5 になった。 Fig. 12 のように、水素キャリアでの分析はヘリウムキャ リアに比べて、感度(S/N)が少し悪くなるが、再現性は 良好であり、問題なく運用できることが確認できた。. Fig. 14, 15 はヘリウムキャリアと、窒素キャリアでのクロ マトグラム比較、S/N の比較だが窒素キャリアでも十分に 分析できていることが分かる。 窒素キャリアではヘリウムキャリアに対して、S/N で 1/5~1/10 になったが、分析によっては窒素キャリアでも 十分に分析が可能である。. 4.2 水素ガスを用いた水中の VOC 分析. 5.おわりに. VOC は Volatile Organic Compounds の略称で揮発性有機化. 従来の GC/MS では、ヘリウムが主に使用されているが、. 合物を指す。河川水などの水中の VOC を分析する場合は、 検査方法として GC/MS が用いられている。. 装置の高感度化や高性能の真空排気系などの技術の進歩に. 一部の VOC では、高感度な分析が求められることから、. より、代替キャリアガスでも十分な感度を得ることができ. 代替キャリアとして水素が選ばれる。今回は試料導入装置. るようになった。もちろん、ヘリウムでないと分析できな. を含め、ヘリウムを使用しない HS-GC/MS システムで分析. い分析は存在するが、代替キャリアガスを用いた GC-MS の. した。. 高感度化や、別の分析手法の開発を進めることで、有限で. 最も低い定量下限値が求められる四塩化炭素や、最も感 度の低い 1,4-ジオキサンも問題なく検出されることが分. 希少な資源であるヘリウムの消費量を削減していきたいと 考える。. かった (Fig. 13)。その他も水道水質法で求められる基準値. 参 考 文 献. を水素キャリアでクリアすることを確認できた (Table 2)。 4.3 窒素ガスを用いたアゾ化合物分析. 1). 島 津 製 作 所 「 GC 分 析 の 基 礎 」:「GCMS 分析の基礎」 https://www.an.shimadzu.co.jp/gc/support/faq/fundamentals/index.. 繊維や樹脂中に含まれるアゾ化合物は、人体で還元分解. htm(参照 2020-12-20). され、発がん性またはその恐れが指摘されている芳香族ア ミンを生成する可能性があり、検査方法として GC/MS が用 いられる。 アゾ化合物分析では、分析対象物の濃度が高く、高感度 は求められないことから、窒素キャリアでの分析が選ばれ. 平. 松. 良. 朗. 1989 年 1 月生。2013 年京都大学大学院工学. 研究科博士課程修了。2013 年島津製作所入社。GCMS の開発に従 事。. ることがある。. 低温工学 56 巻 3 号 2021 号 2021 年 低温工学 56. 129.
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図
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