寒山詩
多少般数人
天生百尺樹
「寒山詩」は、中国唐代の僧・寒山が詠んだ詩。現在 300篇を越える詩が残されている。小十郎はこの詩 を好み、扇や壺に書き記していた。晩年になり、「寒 山詩」に共感した小十郎が、数多の詩の中から特に 好んだものを選び、書き記したものと思われる。自 分の人生を悔いるような「一為書剣客」や、有為の人 物が役に立てずに埋もれている社会状況を嘆く「天 生百尺樹」等は、小十郎の教育観と通じるものがあ る。(76p「教育者・中川小十郎と園芸の趣味」参照) 多少般数人 百計求名利 心貪覓栄華 經営図富貴 心未片時歇 奔突如烟氣 家眷寔團圓 一呼百諾至 不過七十年 冰消瓦解置 死了萬事休 誰人承後嗣 水浸泥弾丸 方知無意智 「多少般数人」は、名利ばかりを求めて奔走し、70 歳を待たずして死んでいく人間の儚さを詠んだ詩。 「誰人承後嗣」という一文は、ただ自己の栄華のみを 求めただけでは大業を成し遂げることはできず、自 分の後を継ぐものを育むことがいかに重要かを強調 している。小十郎にとっての「教育」というものを知 る上で興味深い漢詩である。 天生百尺樹 翦作長條木 可惜棟梁材 抛之在幽谷 年多心尚勁 日久皮漸禿 識者取將来 猶堪挂馬屋 「天生百尺樹」は、多くの有望なる人物が社会の役に立 てずに「幽谷に在」るような状況を嘆いた詩である。こ のような埋もれた人材を掘り出すことが識者の使命で あり、小十郎の、自分自身がこの役割を果たしてきた という自覚の表れではないかと想像される。教育者と しての小十郎が、園芸を趣味にしていたこととも関連 して、本詩を壺に記して置いていたのではないかと考 えられよう。2 花瓶(寒山詩「天生百尺樹」)
井野祝峰氏寄贈1 瓶(寒山詩「多少般数人」)
一為書劒客二遇 聖明君東守文 不賞西征武不勲 學文兼学武學 武兼文今日 既老矣餘生 不足云 「一為書剣客」は、「不遇」のままに年月 を過ごし、年老いていくことを嘆いた 詩である。花瓶と扇の二点が残存して いることから、小十郎がこの詩を甚く 気に入っていた様子が想像される。ま た、本詩は小十郎自身の人生観と共通 性の多いものであり、彼はこの詩に自 分の人生を投影させていたのであろう。 このように、小十郎の趣味からは、彼 の人生観や社会への思いを読み取るこ とができる。小十郎の趣味である漢詩 は、彼の人物像を読み取っていく上で 欠かせない貴重な史料である。