慶応三年・王政復古政府期における越前藩の政治動向
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(2) 局での政治参加へ向けた過渡期と位置づけること. など、幕末期から明治期へと移行する期間の政治. ができるとの見解を示した。. 勢力の権力移行過程を倒幕派でもなく幕府でもな. 第三章では、王政復古政府期の政治過程を考察. い、公議政体派の越前藩の視点から明らかにした。. した。その結果、従来の後藤を主体とした政治過. また、当該期越前藩研究の論点・争点に対して. 程に加え、公議政体派のなかでも多様な動きがあ. 次の私見を示した。. ったことが明らかになった。また、当該期の政治. ①大政奉還賛同時期. 過程は、公議政体派主体で動いており、倒幕派と. (1)大政奉還による公議政体の実現へ尽力する. の対立関係は表面化していなかった。その背景に. ことを決意したのは、十一月十日に慶喜に直. は倒幕派との共通課題であった軍事的衝突危機と. 接面会したとき. 新政府の正当性という問題による政局の安定の必. (2)大政奉還に関するすべての疑念が解消され. 要性があった。この点に関連して、公議政体派の. たのは十一月十六貝に春嶽が土佐藩の意図を. 政治活動としても辞官納地周旋活動が徳川慶喜の. 完全に理解したとき. 政治参加という一買した目的ではなく、新政府と. ②王政復古クーデター協力理由. して共通した目的をふまえたものへと変化してい. 次の四点の要因から、クーデターを受け入れ、. ったことも明らかにした。. 参加する形の平和的移行によって公議政体を樹. 第四章では、王政復古政府期から維新政府期へ. 立し、新政府の中で慶喜の参画を目指したため. の政局と勢力槍造の変容を越前藩に視点を置き、. (1)薩摩藩の幕府の反正次第の行動. 公議政体派の立場で考察した。また、春嶽の本心. (2)平和的移行の必要性. とそこからうかがえる越前藩の幕末期を通じた政. (3)辞官納地受け入れ・修正の可能性. 治的立場について検討した。. (4)外的要因. その結果、鳥羽・伏見の戦いを契機として倒幕. ③王政復古政府における公議政体派勢力の優劣. 派と公議政体派の勢力構図が逆転し、その後公議. 公議政体派は王政復古政府成立当初からある程. 政体派は政治の場から疎外されていくこととなり、. 度の優位性をもち、倒幕派との協力体制な部分. この勢力構造の変容は越前藩の政治的権威の後退. も持ちつつ政局の安定を目指していた。. ともなった。越前藩をみれば、その背景には徳川. ④越前落の政治的立場. 勢力の衰退があり、徳川宗家を思う越前藩の心性. 『幕府と中央政局両方に配慮し続けた」政治的. にも影響を与え、越前藩の政治的活動そのものの. 立場であり、その背景には徳川寄りの心性が根. 限界をも意味することとなったことを春嶽の本心. 本にはあったことによる。. を通して明らかにした。. 2.今後の課題. 1V.研究の成果と操題. ①当該期の落内の状況や人物の考察. 1.研究の成果. ②別の視点の設置や違うアプローチによる研究. 当該期の越前藩に視点を置いた政治過程の考察. ③様々な対象からの研究を通した幕末史の総体化. を通して、春嶽ひいては越前藩の「幕府と中央政 局両方を配慮し続けた」政治的立場と、両者間を. 主任指導教員 藤井 徳行. 周旋し続けた政治活動を通してみえる苦悩の様子. 指導教員 藤井徳行. 一343一.
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