フランス語化政策が創り出すモントリオールの多言
語社会−移民の言語習得をめぐって−
著者
時田 朋子
著者別名
Tomoko Tokita
雑誌名
dialogos
号
14
ページ
123-139
発行年
2014-02
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006641/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.jaフランス語化政策が創り出す
モントリオールの多言語社会
一移民の言語習得をめく、って− 123 時 田 朋 子 1 . は じ め に グローバル化により、世界の多くの都市は多言語化された社会となって いる。ケベック州のモントリオールも多言語社会のひとつである。モント リオールには、フランス語を母語とする「フランコフオン」が64.5%、英 語を母語とする「アングロフオン」が12.5%、フランス語と英語以外を母 語とする「アロフオン」が23%を占め(StatisticsCanada,2012)、さらに 多 く の 人 々 は 母 語 以 外 の 言 語 も 使 用 す る ◎ 州 の 公 用 語 は フ ラ ン ス 語 で あ り、街に出れば看板などフランス語を目にし、アナウンスや人々の会話か らはフランス語を耳にする。しかし、公共の場においてフランス語のみが 使用されるわけではなく、英語がフランス語とともに日常的に使用されて いる。例えば、商業施設やレストランの入店時の店員の挨拶は「Bonjour! Hi!」であり、病院やサービスを提供する民間企業に電話をかけた時の第一 声は「Bonjour!Hello!」である。2011年の国勢調査によると、モントリオー ルの人々のフランス語と英語の習得率は53.9%であり(StatisticsCanada, 2012)、人口の半数近くがこの2つの言語を習得している。なお、母語別 の2つの言語の習得率は、フランコフオンが47.6%、アングロフオンが 70.2%、アロフオンが52.8%であり(StatisticsCanada,2008)、フランコフオ ンの5割弱およびアングロフオンの7割は英語とフランス語のバイリンガ ル、アロフォンの5割強は母語とフランス語と英語のトライリンガルであ る。124 時 田 朋 子 モ ン ト リ オ ー ル の 多 言 語 化 を 進 め る ア ロ フ ォ ン の ほ と ん ど は 、 移 民 や 2 世である。ケベック州はかねてから多くの移民を受け入れ、その9割はモ ントリオールに定住してきた'・かつてはイタリアやギリシャなどヨーロッ パの出身者が多かったが、1980年代以降、移民の出身地は多様化している。 例えば、2011年の移民51746人の内訳は、アフリカ・中東が39%、中南 米が22%、ヨーロッパが21%、アジアが17%であった(Citizenshipand ImmigrationCanada,2012)。このように、ケベック州が多様な地域から多 様な民族を移民として受け入れ続けてきた結果、モントリオールにはフラ ンス語と英語以外を母語とするアロフオンが増加した。そして、多言語社 会が構築されたのである。 今日のケベック州は、フランス語を公用語と定め、名実ともにフランス 語化された社会として機能している。しかし、州の人口のほぼ半数が住む モントリオールにおいては、フランス語とともに英語も日常的に使用され ており、移民やその子孫たちは自らの母語も使用する,,このようなモント リオールの言語状況はいかに形成され、この均衡状態はいかに維持されて いるのであろうか。本稿は、母語を維持しながらフランス語や英語を習得 し、モントリオール社会のフランス語化、フランス語と英語の日常的な使 用、そして多言語化を進めているアロフオンに焦点を当てる。そして、ア ロフオンにおける、フランス語、英語、母語の習得および維持の理由を順 に分析し、考察をする。 2 フ ラ ン ス 語 本節は、アロフォンのフランス語習得について分析をする。まず、習得 状況について、統計を用いてみてみよう。図lは、国勢調査の結果を用いて、 1971年以降10年ごとのアロフォンのフランス語習得率の推移を示したグ !モントリオールには経済機会が多いため、移民が集中する(Bourhis,1994)。
フランス語化政策が創り出すモントリオールの多言語社会125 ラフである2. 図 1 フ ラ ン ス 語 習 得 率 の 推 移 PtfrfEfF〃1︲︲︲︲︲︲︲Lff″PJ1︲︲もりロ〃JPPJfffDpPfPfffPtf︾F2pl ▲■。pB5。〃
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出典:StatisticsCanada(2008) 図2より、5歳以下は半数を切るものの、それ以外の世代においては全 体的に習得率が高いことがわかる。とりわけ93.1%を占めるlO代および 86.7%を占める6−9歳、つまり学校教育を受けている世代のフランス語 習得率の高さは顕著である。ケベック州では原則として学校教育はフラン ス語とすることをフランス語憲章が規定しており、それが学校教育世代の フランス語習得率を高めているのである。しかし、学校教育を終えた20 代以降については、比率は徐々に低下する。フランス語憲章が定められた のは1977年であり、それ以前は英語で教育を受けるアロフオンが多かっ たため、年齢が高い者にはフランス語を習得していない者もいる。また、 モントリオールで発行されるフランス語新聞LeDevoirが2008年2月1 日付けの記事において報じているように、近年フランス語を習得しない移 民が増えている。学校教育を終えてケベック州に移民をした20代以降の ア ロ フ ォ ン の 中 に は フ ラ ン ス 語 を 習 得 し な い 者 が 少 な く な い の で あ る 。 た だし、50代や60代でも7割ほどが、70代以上でも半数以上がフランス語 を習得しており、比率が低いわけではない。フ ラ ン ス 語 化 政 策 が 創 り 出 す モ ン ト リ オ ー ル の 多 言 語 社 会 1 2 7 こ の よ う な 、 モ ン ト リ オ ー ル の ア ロ フ ォ ン の フ ラ ン ス 語 習 得 率 の 高 さ は 、 ケ ベ ッ ク 州 が フ ラ ン ス 語 化 さ れ た 社 会 で あ る こ と に よ る も の で あ る (Tokita,2004)。かつてのモントリオールにおいて、社会を政治経済的に支 配 し て き た の は ア ン グ ロ フ ォ ン で あ っ た 。 フ ラ ン コ フ ォ ン の 平 均 収 入 は ア ングロフォンの7割ほどであり、商業用看板や広告、商業施設の接客も英 語であった。そのため、モントリオール社会においては、英語の方がフラ ンス語よりも地位が高かった。しかし、この状況は、1960年にジャン・ルサー ジュ率いる自由党が政権を取得し、後に「静かな革命」と呼ばれる、政治・ 経済・制度・文化・宗教などに関する多様な社会改革が進められることに より一変する。フランコフオンは従属的な立場から解放されて州の舵取り を担うようになり、ケベックナショナリズムを開花させるに至った。この ケベックナショナリズムの象徴となったのは、フランス語であった。ケベッ ク州政府はフランス語の地位を高めるために、1969年には「フランス語振 興法」を制定してケベック州におけるフランス語の優位性を示し、1974年 には「公用語法」を制定してケベック州における公用語はフランス語のみ であることを示した。しかし、両方とも法的拘束力が弱く大きな効果が見 られなかったため、フランス語化の徹底を目指して政府は1977年に「フ ランス語憲章」を制定した。フランス語憲章は、立法、司法、行政、教育、 民間企業、商業用看板や広告など広範な分野におけるフランス語の優位性 を法的に定める。こうして、フランス語憲章が定着するにつれ、ケベック 州はフランス語化社会へと変容していった。なお、フランス語憲章は改定 を重ね、1993年に多くの規定を緩和する第86号を採択した後は、現状維 持の状態が続いていた。しかし、カナダからの独立を目指す現ケベック党 政権は、フランス語化をさらに強化する第14号の採択を目指している。 ケベック州のフランス語化は移民やアロフオンに対しても当然及び、ケ ベック州政府は多様な措置を講じている。例えば、移民にはフランス語習 得者を優先的に受け入れる方針をとる。実際に、フランス語をすでに習得
128 時 田 朋 子 していた移民の比率は、2002年には49.1%であったが2011年には63.5% であり(CitizenshipandlmmigrationCanada,2012)、この傾向は年々強まっ ている。ケベック州への移民は増加しており社会における比率が高まって いるため、フランス語習得者を移民として受け入れることにより、政府は ケベック州のフランス語化を強化させているのである。なお、フランス語 習得者とは、フランス語を母語とするフランコフオンや第二・第三言語と してフランス語を習得している者である。そのため、フランス語圏や旧フ ランス語圏出身者が多く、彼らはフランス語文化に馴染んでいるためケ ベック社会に溶け込みやすい。 また、政府は、フランス語未習得者を対象にフランス語教育を実施する。 学齢期の移民に対しては、教育省の管轄のもと、通常学級に入る前に1年 間の受け入れ学級に通学させる。受け入れ学級は、フランス語とともにケ ベック州に関して学習させ、生徒が学校やケベック社会に早く溶け込める ような橋渡し的な役割を果たす。成人に対しては、市民移住省がフランス 語教育のための経済的援助を行う(詳細は時田(2006)を参照のこと)。 さらに、先述のように、フランス語憲章第72条は「プレスクール、初 等教育機関、中等教育機関において、教育はフランス語で行われる」と規 定しており、移民やアロフォンも原則として学校教育はフランス語で受け なければならない。この条項はフランス語憲章制定時に物議を醸したが、 当初想定されたように、ケベック社会のフランス語化を大きく進める役割 を果たした。
フランス語化政策が創り出すモントリオールの多言語社会129 図 3 教 授 言 語 選 択 ( ブ レ ス ク ー ル 、 初 等 ・ 中 等 教 育 機 関 1“% 90% 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% 1 9 7 1 1 9 7 6 1 9 8 1 1 9 8 6 1 9 9 1 1 9 9 6 2 “ 1 2 ” 6 2 0 1 0 ■ フ ラ ン ス 語 口 英 語 出典:Ministeredel'Education,duLoisiretduSport(2012) 図3は、プレスクール、初等教育機関、中等教育機関におけるアロフォ ンの教授言語の時代的推移を示すグラフである。フランス語憲章制定前に フランス語で教育を受けていたアロフォンは、1971年にはlO.1%、1976年 には13.3%と1割程度であったが、制定後の1981年には40.2%、そして 1986年には62.7%と急激に比率が上昇し、その後も上昇を続け、2010年 には84.l%と、今日はアロフオンの多数がフランス語で教育を受けている。 その結果、図2が示したように、学齢期の子どもの9割がフランス語を習 得している現状が生まれたのである。 なお、フランス語憲章第72条には免除規定もあり、少なくても片方の 親がカナダ市民でありカナダで英語の初等教育または中等教育を受けてい る場合、子ども自身または兄弟がカナダで英語教育を受けている場合、一 時滞在者などに適用される。それは、免除規定が適用されるアロフォンは ほとんどいないことを意味し、移民はもちろんのことカナダ生まれの2世 も、学校教育はフランス語で受けねばならない。 以上より、モントリオールのアロフォンのフランス語習得率の高さは、
時 田 朋 子 130 ケベック州のフランス語化政策の結果であることが明らかである。政府は、 アロフォンとはいえ、フランス語をすでに習得している者を移民として受 け入れる方針をとるのみではなく、フランス語未習得の場合にはフランス 語習得の機会を与え、学齢期の子どもたちにはフランス語で初等中等教育 を受けさせることにより、アロフォンにフランス語を習得させている。そ して、モントリオールの4分の1を占めるアロフォンを英語よりもフラン ス語に結び付け、モントリオール社会のフランス語化を推進させている。 S.英語 本節は、アロフオンの英語習得について分析をする。まず、習得状況 について、統計を用いてみていこう。図4は、国勢調査の結果を用いて、 l971年以降10年ごとのアロフォンの英語習得率の推移を示したグラフで ある3. 図 4 英 語 習 得 率 の 推 移 1
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0 1 9 7 1 1 9 8 1 1 9 9 1 2 ” 1 2 ” 6 出典:Marmen&Corbeil(1999),StatisticsCanada(2002,2008) 3ただし、2011年の結果はまだ公表されていないため、最新データとして2006 年の結果を用いている。フ ラ ン ス 語 化 政 策 が 創 り 出 す モ ン ト リ オ ー ル の 多 言 語 社 会 1 3 1 図 4 よ り 、 ア ロ フ ォ ン の 英 語 習 得 率 は 時 代 を 経 て も 大 き な 変 動 が な い こ とがわかる。1971年に70.1%であった習得率は、多少の変動はあるものの 2006年には69.9%であり、この35年間、常に7割程度を維持している。 それでは、世代別の英語習得率をみてみよう・図5は、2006年の国勢調 査の結果を用いて、アロフオンの英語習得率を世代別に示したグラフであ る。 j “ 1
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j 図 5 英 語 習 得 率 : 世 代 別 ' 一 一 一 ニ ニ ー ー ー ニ ニ . ■ ■ ■ = ■ ■ ■ ■ 「 字 子 子 マ 宇 一 ゴ ー 一 一 △ - - ■ ■ ■ 一 一 ■ l ■ L 王 一 一 一 一 ■ 王 ∼ ‐ 一 ℃マ ー マ ー ■ ー ■ 弘8%…了c■坐・
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出典:StatisticsCanada(2008) 図5より、5歳以下は29.4%、6−9歳は47.6%、10代は73.2%、そし て20代に848%と、20代に向かって比率が大きく上昇していることがわ かる◎図3で示したように、2006年に8割のアロフオンが初等・中等教育 をフランス語で受けていることを考盧すると、6−9歳および10代にお ける英語習得率は高い。小学校1年生からの第二言語としての英語教育4 4フランス語教育機関における英語教育は、2006年度より初等教育機関第1学 年から行われている。なお、1981年度から2002年度までは第4学年より、2003 年度から2005年度までは第3学年より、と年々早まってきた。この施行は、英 語を子どもに早くから学習させ習得させたいという保護者からの要望によるもの であった。132 時 田 朋 子 はあるが、それのみならず多くのアロフオンはモントリオールの英語使用 環境を生かして英語を自発的に習得している。例えば、アロフォンの20 歳 の 女 性 は 、 英 語 習 得 に つ い て 、 「 私 は 英 語 を 学 ん で い る と 思 っ た こ と は ない。英語は私のところにやってきて…(…)一生懸命勉強したのではな くて、ただ友達と話したかっただけなの。彼らが英語を話すから、私も英 語を話す努力をするの。」と語っている(Tokita,2004)。20代以降の英語習 得率については、世代とともに低下していくが、50代までは7割以上が、 70代以上も半数以上が英語を習得しており、比率が低いわけではない。 ここで、8割のアロフォンが、その多くが学校教育をフランス語で受け ているにもかかわらず、英語も習得しているという現象に着目したい。そ れを顕著に示すのは、中等教育機関と大学の間に設置されるセジェップ (CEGEP:Colleged'enseignementg6neraletprofessionnel)という、大学 準備教育としての一般教育課程(2年制)と中堅技術者養成のための職業 専門教育課程(3年制)を行う機関における、アロフオンの教授言語の選 択である◎フランス語憲章第72条は、中等教育までの教授言語を原則と してフランス語と規定するが、高等教育については触れていない。つまり、 アロフォンは、セジェップ進学時に教授言語を自由に選択する権利を持つ のである。それでは、アロフォンは、セジェップにおいていかなる教授言 語を選択するのであろうか。図6は、1993年から2010年にわたる、アロフオ ンのセジェップにおける教授言語選択を、中等教育における教授言語と組 み合わせて示したグラフである。
フランス語化政策が創り出すモントリオールの多言語社会l33 図 6 セ ジ ェ ッ ブ に お け る 教 授 言 語 選 択 〈%I 1“;〆一一== go§; 89!〃……-…=
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→仏(中等教育機関)仏(セジェッブ)。。●・・仏(中等教育機関)英(セジェッブ) ‐●一英(中等教育機関)仏〈セジェップ)−英(中等教育機関)英(セジェッブ) 出典:Ministeredel'Education,duLoisiretduSport(2012) 図6より、中等教育を英語で受けたアロフォンのほぼ100%は、セジェッ プにおいても教授言語として英語を選択していることがわかる。しかし、 中等教育をフランス語で受けたアロフオンは、セジェップにおいてそのま まフランス語を選択する者と英語に変更する者に分かれる。1993年以前 よりこの傾向は見出されていたが(Ministeredel'Education,duLoisiret duSport,2012)、2000年前後に半々に近い比率となり、近年はフランス語 選択者の比率が高くなってきている。中等教育を英語で受けたアロフォン の ほ と ん ど は セ ジ ェ ッ プ に お い て も そ の ま ま 英 語 を 選 択 す る に も か か わ ら ず、中等教育をフランス語で受けたアロフォンにはフランス語憲章が適用 されなくなるセジェップ入学時に、教授言語を英語に変更する者が少なく ないのである。そこに、アロフオンの英語習得への意欲や自らを英語環境 に置くことへの意思が見出される(時田、2005)。 モントリオールのアロフォンが英語を習得し続けてきた大きな理由とし て、英語の社会的地位の高さが挙げられる。1970年代以前のモントリオー ルは、アングロフォンが政治経済の分野において牛耳っていた。そのため、134 時 田 朋 子 ア ロ フ オ ン は フ ラ ン ス 語 よ り も 地 位 が 高 い 英 語 を 選 択 し て 習 得 す る 傾 向 に あった。しかし、1970年代からのケベック州政府主導による一連のフラン ス語化政策により、ケベック州におけるフランス語の地位が高まり、アロ フォンもフランス語を習得せざるを得ない状況となった。だが、アロフォ ンは英語の習得を断念しなかった。英語は、カナダ他地域や隣国のアメリ カ、そして国際社会において使用され、テレビや映画、インターネットな どのメディアにおいても主流な言語として使用され、モントリオールにお いても使用され続け、社会的地位は高いままであったからである。今日、 英語は、日常生活やビジネスにおいて共通語であり、特に若者にとっては 将来への道を開く道具として機能する。つまり、アロフォンは、英語の社 会的地位の高さを捉えて常に英語を高く価値付けたため、英語を習得し続 けてきたのである。 4 . 母 語 本節は、アロフオンの母語の維持について分析をする。母語を維持する ことは容易に見える。確かに、母語をすでに習得してから移民した成人に ついてはその通りである。しかし、幼少期に移民した者や2世にとっては、 母語が一般社会において使用される環境で生活する経験がなく母語の使用 機会が限られるため、多くの場合、母語能力を発達させて維持することは 容易ではない。モントリオールのアロフォンはカナダ他地域のアロフォン に比べ、母語を維持する比率が高いと指摘されている0edwab,1999)が、 それはなぜだろうか。 モントリオールのアロフォンの母語維持率の高さに貢献するのは、ケ ベック州の政策である。先述のように、ケベック州は多様な地域から移民 を継続的に受け入れてきた。移民の9割はモントリオールに定住するため、 モントリオールにはアロフオンが増加する◎2011年のアロフオンの母語 の上位5位は、アラビア語が15.4%、スペイン語が13.5%、イタリア語が
フランス語化政策が創り出すモントリオールの多言語社会135 13.4%、中国語が7.3%、クレオール語が5.8%であった(StatisticsCanada, 2012)。これは、モントリオールにおいて、中東のアラビア語圏や南米の スペイン語圏などからの移民が現在増加してこれらの新しい言語コミュニ テ ィ が 拡 大 し て い る こ と 、 お よ び イ タ リ ア や ギ リ シ ャ な ど の 従 来 か ら の コ ミュニティも維持されていることを示す。コミュニティの存在は、母語文 化に触れ、母語を使う機会の増加につながるため、アロフォンは母語を維 持しやすくなる。ケベック州が採用するインターカルチュラリズム政策が、 アロフォンが母語や文化を維持することを保障していることも(詳細はテ イラー&ブシャール(2011)を参照のこと)、母語維持の環境を創り出して いる。 ケベック州の多様な地域からの移民の受け入れやアロフォンの言語維持 の保障については、カナダ他地域の政策と大きな違いは見出せないc異な る 点 は 、 モ ン ト リ オ ー ル に は フ ラ ン ス 語 と 英 語 が 両 方 と も 日 常 的 に 使 用 される言語環境があるということである。アロフオンは公共の場におい て フ ラ ン ス 語 と 英 語 の ど ち ら を も 選 択 す る こ と が 可 能 で あ り 、 そ れ は ど ち ら か ひ と つ の 言 語 や 言 語 文 化 に 同 化 す る 必 然 性 が な い こ と を 意 味 す る 。 それどころか、フランス語と英語の間に「エスニック空間(Anctil,1984; Painchaud&Poulin,1983)」と呼ばれる、自分たちの居場所を見出したの である。そこはアロフォンの文化を追求する空間であり、母語や母語文化 を維持し継承しやすくする‘〕。 しかし、母語の使用や次世代への継承は個人が担うため、環境が整備さ れていたとしても必ずしも継承されるわけではない。アロフォンの若者の 母語に対する意識を調査したTokita(2004)によると、中国出身の20歳の 男性は、母語である中国語を話す理由として、「彼ら(家族)は中国語し か理解しない◎だから僕は彼らと中国語を話さなければいけない。」と話す。 〕真田(2006)は、アロフオンの文学の発展を、モントリオールの言語状況と結 び付けながら論じている。
136 時 田 朋 子 母 語 は 、 家 族 と 話 す た め の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 道 具 で あ る か ら 用 い て い るにすぎず、そうすると今の家族から独立した時に母語を使用し続けるか は疑問である。一方、両親がイスラエル出身でカナダ生まれの17歳の男 性は、「彼ら(自分の子ども)は宗教的なことを知る必要がある。信仰深 くいるために、特にユダヤ系はヘブライ語を話す方がいい。(・・・)結婚し たら、僕は毎週シナゴッグに行くような家庭にしたい。」と話し、母語の 必要性を宗教との関係から捉え、次世代にも母語を伝えたいと考えている。 現段階においても、母語に対する価値観は個人によって異なる。イタリ アとポルトガルにルーツを持つ3世の19歳の女性は、「私はカナダ人とし て生まれ、とてもこの国に誇りを持っている。でも私は自分をイタリア人 だと思うし、イタリアを私の国だと思う。ポルトガルもそう◎私の祖先は そこから来たから。そして私のルーツもそこにある◎だから私はある種の プライドをこれらの言語に感じる。」と話し、イタリア語とポルトガル語 を高く価値づける。一方、母語を低く価値づけるアロフオンもいる。バン グラデシュ出身の19歳の女性は、「ベンガル語ではどこにも行けないわ。 私の母語だから知っているのはいいこと。でも私の母語はすごいという言 語じゃない。多くの人は私の国や言語を知らないから。(・・・)今のところ、 教育において役立っていない。(…)仕事を得られないように、職業にお いても役立たない。」と話しており、ベンガル語への価値づけは低い。母 語は主流社会で用いられないからこそ価値観は異なり、使用の必然性がな いからこそ使用や次世代への継承は個人の価値観により行われる。 モントリオールには、移民の増加により多様なコミュニティが生まれ、 フランス語と英語の間に存在するエスニック空間によりコミュニティが発 展し、近年はインターカルチュラリズム政策の施行により母語の維持が保 障されるため、アロフオンにとって母語を維持しやすい言語環境が整って いる。アロフォンにとって、母語は、家族やコミュニティの人々と使用し、 アイデンティティとも結びつく役割を果たす。しかし、母語に対する価値
フ ラ ン ス 語 化 政 策 が 創 り 出 す モ ン ト リ オ ー ル の 多 言 語 社 会 1 3 7 観 は 個 人 に よ り 異 な る た め 、 母 語 の 維 持 や 次 世 代 へ の 継 承 は 個 人 レ ベ ル の 問題となり、必ずしも継承されるわけではない。 5 . モ ン ト リ オ ー ル が 向 か う 社 会 本稿は、モントリオールの多言語状況を、アロフォンに焦点を当て、フ ランス語、英語、母語の習得および維持の点から考察した。モントリオー ルはフランス語化政策によりフランス語社会となり、アロフォンのフラン ス語習得率は著しく上昇した。そして、2012年9月に発足したケベック 党政権は、フランス語化をさらに強化するための法律第14号の採択を目 指しており、セジェップにおける教授言語の選択制限も検討している。そ れに対して、アングロフオンはもちろんのこと、英語を高く価値づけてき たアロフオンからも反対の声が上がっている。この法律第14号は、モン トリオールにおけるフランス語と英語が日常的に使用される状況を変化さ せ、そこから生まれたエスニック空間の存在をも変化させる。それは、ア ロフォンの母語の維持にも影響を及ぼし、モントリオールの多言語状況を 変化させるであろう。 法律第14号の採択にかかわらず、ケベック州政府のフランス語化の方 針は変わることなく、モントリオールにおいてフランス語は拡大する方向 にある。一方、カナダ他地域やアメリカや国際社会における英語の存在は 拡大し、モントリオールにおいて英語は使用され続けるであろう。そして、 この現状が維持されるならば、エスニック空間は縮小されず、アロフォン が母語を維持する環境は保たれる。こうして、モントリオールは多言語が 使用される社会であり続け、バイリンガルやトライリンガルとなる個人が さらに増加していくであろう。
138 時 田 朋 子 参 考 文 献 Anctil,P.(1984)."Doublemajoriteetmultiplicit6ethnoculturellea Montreal,"Recherchesociographiques,25,441-456. Bourhis,R.Y・(1994)."EthnicandlanguageattitudesinQuebec,"J.W. Berry&J.A.Laponce(Eds.),EthnicityandcultureinCanada:the researchlandscape(pp.322-360).Toronto:UniversityofTronto Press. CitizenshipandlmmigrationCanada.(2012).FactsandFigures2011: Immigrationoverview-Permanentandtemporaryresidents. Ottawa:GovernmentofCanada. Jedwab,J・(1999).L'appartenanceethniqueetleslanguespartimonialesau Canada.Montreal:Centredelanguespartimonialesdel'Universite deMontr6al. LeDevoir.(2008).LesallophonesboudentlefranCais.Montreal.2008年2 月1日. Marmen,L.,&Corbeil,J.P.(1999).LanguagesinCanada:1996Census. Ottawa:PublicWorksandGovernmentServicesCanada. 〃 Ministeredel'Education,duLoisiretduSport.(2012).Indicateurs linguistiquesdanslesecteurdel'6ducation2011.Qu6bec: GouvernementduQuebec. Painchaud,C.,&Poulin,R.(1983)."Italianit6,conflitlinguistiqueet structuredupouvoirdanslacommunauteitalo-quebecoise," Sociologieetsocieties,15,89-104. StatisticsCanada.(2002,2008,2012).2001,2006,2011Census.Ottawa: StatisticsCanada. Tokita,T.(2004).Lesattitudesetlamotivationautrilinguismedes
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