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Terrorists' Attack on the United States on 'September I l
: What Can Be Done About It by Japan
SANO Makoto
HIRAYAMA Kentaro
HORI Hiroshi
佐野: 「同時多発テロの衝撃と世界」ということでシンポジウムを始め させて頂きたいと思います。皆さんご存知のように、9月11日に自 爆テロが起き、悲惨な場面がTVに映されたと、こういうテーマを あげますけれど、やはり日本人24人を始め6000人の犠牲者が出てい るわけで、これは絶対にテロは許せないということでは皆さん一致 しておりまして、同時に犠牲者になった方々には、日本人も含まれ ておりますので、この場で追悼の意を捧げて始めたいとこう思って おります。宜しくお願いします。最初に簡単な紹介をしたいと思っ ております。私の右手側には高畑昭男先生で本学の講師として、元 毎日新聞ワシントン支局長でロンドン、ヨーロッパ各地、中東と回 られ(国際関係に於いては)何でも専門家でおられます。私の左手 側にはNHKの解説員でNHK時代はイラクのフセイン大統領との単 独会見を行なって無事に帰ってきた(笑)平山健太郎先生に今日の メインの講演をして頂きます。一番左に堀宏先生、やはりTBSのキャ スターで頭にアラブの帽子をかぶせるとタリバンの兵士のようで (笑)、事実3回ほどTBS特派員時代のソ連侵攻時代に、私も毎日新 聞の時に隣のタジク共和国のドシャンベまで行ったのですが、アム ダリア川を越えてアフガニスタンに入るのが怖くてやめまして、か なり批判されたのですけれども(笑)、そこから堀先生は入って行っ たという勇敢な先生なわけです。..。ということで多彩な経歴をお 持ちの方々なので、今日は国際関係を中心にした先生方に同時テロ と世界ということで開きたいと思います。それでは最初に平山先生 から我々は確かにテロを許すべきではない、悲惨な憎むべきもので すが、やはりそれだけに目を向けるのではなく、テロを生んだ背景、 テロリストを生んだ土壌というものに我々は目を向けねばならない というふうに考えておりますので、その点で平山先生に最初にテロ の土壌を生んだイスラムーアラブ世界を歴史的な軌跡を辿りながら お話を通して、皆さんに基礎知識を提供したいとこう思っておりま
す。平山先生お願いします。 平山: 9月初旬、騒乱が続いているイスラエル/パレスチナを、半年ぶりに定 点観測し、テルアビブ空港の出発ロビーで帰国便を待っているとき、アメ リカでのあの同時多発テロ事件が発生しました。事件から2時間後には、 イスラエル政府が空港ばかりでなく領空全域を閉鎖しましたが、この措置 がとられる直前、私の乗ったアリタリア空港便は、離陸することが出来、 経由地のミラノに着いて、初めて事件の概略を知りました。後にしてきた ばかりのイスラエルとパレスチナでの反応や、政治的な影響への思いが私 の頭を駆けめぐりました。 いきなり脱線しますが、「イスラム原理主義」という言葉がマスコミに 登場したのは、イランのイスラム革命(79年2月)がきっかけでした。ホ メイニ師の厳しい風貌や言動、革命政府の急進的な「イスラム化」政策な どが1920年代にアメリカで流行した「キリスト教原理主義」を連想させた からです。聖書の記述を丸ごと信ずることを義務付け、公立学校で「進化 論」を教えることや妊娠中絶、同性愛などを激しく排撃する、バプチスト、 メソジストなどプロテスタント系の保守的な「世直し」運動でありました が、この運動に似ていると感じてのことでしょう。「イスラム原理主義」 は、つまり当時のマスコミの造語でありました。そのイランでは、革命後 まもなく、学生らによるテヘランのアメリカ大使館占領(外交官人質)事 件が起き、内戦が続いていたレバノンでは、イランの強い影響を受けたシー ア派の武装組織ヒズボッラーによるアメリカ大使館爆破、ベイルートに駐 留していたアメリカ海兵隊とフランス降下部隊の陣地への爆装トラック突 入(いずれも83年)などが続発し、80年代には、「イスラム原理主義」者 による反欧米テロ活動と言えば、イランやその影響下にあるシーア派が、 あたかも震源地のように見なされていました。この時期、ビンラディンと その同志たちの多くは、皮肉なことに、アメリカのC I Aと密接に協力し ながら、アフガニスタンでソビエト軍と戦っていたのです。
90年代に入るとこの図式が一変します。イランやシーア派に起因する反 欧米テロが、殆ど姿を消してしまいます。レバノン・ヒズボッラーのテロ 類似行為も、南部レバノンに残留していたイスラエル軍相手のものに限ら れるようになっていました。アメリカでの今回の同時多発テロに際しては、 イランはこれを激しく非難してさえいます。ハタミ政権の誕生に見られる ようなr自由化」路線や、アフガニスタンの部族間内戦で、イランの支持 するシーア派(ハザラ族)が反タリバンの「北部同盟」に属していること など、イランの地域戦略にも関連してはいるでしょうが、反欧米テロをめ ぐるイランの態度のこの劇的な変化の、より抜本的な理由は、革命の翌年 (80年)から8年間に亙る隣国イラクとの戦争が終わり、また湾岸危機 (90年∼91年)をきづかけにレバノン内戦も終ったことでしょう。このイ ラン・イラク戦争中、アメリカやフランスは、サダム・フセインのイラク を支持していたのです。つまり、イランの反欧米テロが終息したのは、動 機が消滅、あるいは希薄になったためと言い切ってよいでしょう。 これに代わって登場したビンラディンに代表されるスンニ派「原理主義 者」の反米テロも、やはり具体的な動機がある訳ですが、それに触れる前 に、その源流を一瞥しておきましょう。 オサマ・ビンラディンは、周知の通り、サウジアラビア西海岸の港町ジェッ ダの出身であり、9月11日の同時多発テロ事件で、4機のハイジャック機 に乗っていた実行犯も、19人のうち15人までが、同じサウジアラビア西南 部アシール地方の出身者でした。ビンラディンが、近年、自分の出身地に ついて、メッカやジェッダのあるrヒジャズ」という地域名を用い、サウ ジアラビアという国名を避けているのは、サウド王制を認めないという彼 の政治的なメッセージを含んでいるものでしょうが、国名はさておくとし て、サウジアラビアの国教は、イスラム教スンニ派の中でも最も厳格な戒 律を持つ「ワハブ」派です。このワハブ派の信徒たちを手駒に、アラビア 半島内陸部のネジト地方の豪族であったサウド家が、アラビア半島の大部 分を制覇して今日の王国を築くことになるのですが、この過程では、今日
のタリバンをほうふつとさせる、周囲との悶着を起こしています。19世紀 初頭サウド家の率いるワハブ派の民兵「イフワン」(兄弟たち)が、現在 のイラク南部にあるシーア派の聖廟を、反イスラム的な偶像崇拝であると して、焼き打ちして廻り、オスマントルコ皇帝(スルタン)の命を受けた エジプト軍に討伐された事件が有名です。またサウド家がアラビア半島を 制覇した後、1926年にも、メッカの聖域カーバ神殿に、神殿を覆うキスワ という布地を、それまでの伝統に従い、奉納するため繰り込んできたエジ プト人巡礼団に、イフワンたちが襲いかかり、多数を殺傷する事件も起き てきています。その巡礼団が鐘や太鼓を先頭に鳴り物入りで聖域に繰り込 んだのを、「異教徒もどきの聖域冒潰」と見たからです。(今春、アフガニ スタン中部にあるバーミヤンの大仏が、タリバンにより爆破され、世界の 注目を集めたが、ビンラディン傘下のアルカイダが、タリバンに爆破を命 じたとも言われる。)メッカでのエジプト人巡礼団襲撃事件では、さすが にサウド王制は、犯人らを処罰していますし、これに続くイフワンたちの 反乱を鎮圧してもいます。現実主義に傾かざるを得ない王制と、底辺の 「原理主義者」の問に生れたそうした亀裂は、その後も広がって行きます。 女性の顔まで覆うベールの着用を強い、尾翼の大きな十字マークを嫌って スイス航空の首都リヤド空港への発着を夜間しか認めないなど、「タリバ ン流」の厳しい模範で国内を締めあげながらも、政治、経済面では対米協 調路線に依存せざるを得ないのが、サウジアラビア王制の宿命ですが、イ ラン革命と同年の79年暮れには、メッカの聖域占領事件など「原理主義者」 による王制への「造反」事件が続きます。潤沢な石油収入によるインフラ 整備や無料の教育、医療などバラ撤き福祉政策で繕ってきた亀裂に、油価 低迷、人口の急増という新しい挑戦の中で、サウジ王制が、どう対処して ゆけるかは今後の課題ですが、この亀裂を埋める役割をある程度果たして いたのが、アフガニスタンでのr反ソ聖戦」でした。 イラン革命と同年79年のクリスマス当日、ソビエト軍は当時アフガニス タンを支配しながら、各地のイスラム勢力による反乱に手を焼いていた親
ソ政権を救援する名目で軍事介入。以後10年間に1万5,000人の将兵が死 亡する惨状を残して撤退しました。ソ連軍介入当時米カーター政権の国家 安全保障担当補佐官であったブレジンスキー氏は、rソ連にとってのべト ナム戦争というわなを仕掛け」「ソ連崩壊の糸口を作った」と後に豪語し ますが、そのカーター政権が仕掛け、レーガン政権が引き継いだのが、ア メリカ、サウジアラビア、パキスタンを主なスポンサーとするアフガニス タン・イスラム・ゲリラヘの膨大な軍事援助でありました。無神論のソ連 を当面の主要な敵と見るアラブ・イスラム諸国の「原理主義者」たちは、 その陣営に進んで加わりました。サウジアラビアの王家とりわけ故ファイ サル国王の息子でサウジ謀報機関の長官をつとめるトゥルキ王子と親交の あったオサマ・ビンラディンが、アフガニスタン・ゲリラヘの物資や資金 の調達、アラブ諸国からの義勇兵の徴募などで、すぐれた組織力を発揮し たのも、この時期です。これら外国とくにアラブ諸国からの義勇兵らが、 後にアルカイダの源流になるのです。C I Aや米軍特殊部隊は、これら義 勇兵らにゲリラ戦闘や各種の破壊活動を特訓し、必殺の手持ち対空ミサイ ル「スティンガー」を含むハイテク兵器を供与しました。サウジアラビァ 政府は米国政府と同額の資金を拠出し、パキスタンは、基地や兵靖補給を 受け持っていました。こうして対ソ聖戦は、「勝利」のうちに終りました (89年)が、翌年(90年)ビンラディンー派と王制の間の亀裂は再び広が りました。湾岸危機、つまりイラクのクウェート侵攻でした。 イラク軍の自国への侵攻に脅えたサウジアラビア政府は、直ちに米軍の 来援を要請しましたが、ビンラディンは、トゥルキ王子を通じ、アフガン から帰還した義勇兵が王国防衛に協力するから異教徒の米軍を受け入れぬ よう陳情し、これに対し、トゥルキ王子は、「戦争が終わり次第、外国軍 には退去してもらうから」とその場を凌ぎました。湾岸戦争は米軍の勝利 のうちに終わり、米軍はサウジアラビアに残留しています。亀裂は決定的 なものになり、オサマ・ビンラディンは、イスラム軍事政権の支配するスー ダンに移りました。親譲りの大手土建業者として、ビンラディンは、スー
ダンのインフラ整備に貢献しながら、アフガン帰りの義勇兵のネットワー クを保ち、反米活動に乗り出しました。国際的な圧力でスーダンからの撤 去を余儀なくされると、古戦場のアフガニスタンに戻り、タリバンの最高 指導者オマル師と互いの娘を妻にめとり合う血族のきずなを結んで、タリ バンのアフガニスタン制覇に協力しました。1998年には、エジプト当局の 厳しい弾圧を逃れたエジプトr原理主義」組織rアルジハド」の主導者で、 サダト大統領の暗殺事件にも連座・服役したアイマン・ザワヒリ医師らが 合流しました。「ユダヤ人と十字軍に反対する国際イスラム聖戦」を結成 しました。それぞれ個別に闘ってきたチェチェン、南部フィリピン(アブ サヤフ)、中央アジアなど各地のイスラム・ゲリラが、資金や組織上の助 言を求め、あるいは、「占領軍」や自国政府軍による討伐を逃れて、幕末 のr脱藩浪士」のように、傘下に集まり、テロのrグローバル化」とr民 営化」が進行しました。聖なるアラビア半島からの米軍撤退だけに当初は 絞られていた政治目標は、際限なく拡大・拡散し、「諸悪の根源アメリカ」 への一撃という途方もない目標が浮上してきました。イランー国防衛や周 辺シーア派の利益擁護という、イラン・シーア派の「現実的」な着地点と はきわめて対照的な姿になってしまいました。 アメリカ軍によるアフガニスタンでのテロ撲滅作戦が、空爆という形で 始まった10月7日(日本時間で8日)、カタールに本拠を置くアラビア語 の衛星テレビ「アルジャジーラ」は、攻撃開始を予期して録画されたビン ラディンの映像付きメッセージを放映しました。世界中のテレビ局が、同 じ映像を繰り返し放映していますが、同時多発テロの殆ど「犯行声明」と も受け取られるようなそのメッセージの中でビンラディンが訴えている動 機あるいは怨念は、要約すれば、まず総論で、「80年余りに渡るイスラム 世界の異教徒への屈従」という表現があります。80年前と言えば、第一次 世界大戦での敗北によるオスマントルコ帝国の崩壊ですが、2つの面から その怨念をとらえることが出来るでしょう。ひとつは、戦勝国つまり英仏 両国によるトルコ領土の分け取り、その戦後処理の仕方であり、パレスチ
ナ問題も、イラク・クウェート間の領土問題も、すべてそこに起因すると いう認識です。もう1っは、曲がりなりにも「イスラム国家」であったト ルコの本国自体、初代大統領ケマル(アタチュルク)の政教分離政策が進 められ、エジプト、シリアなどイスラム圏の世俗化にモデルを作りました。 その結果が、民衆を苦しめているという恨みにつながってきます。そして ビンラディンは、各論の部分で、聖地メッカやメディナのあるアラビア半 島が米軍の駐留により汚染されていること、イラクヘの経済制裁や爆撃が、 その民衆を苦しめていることなどを挙げています。さらに最後に多くの言 葉を費やして強調していたのが、パレスチナ問題でありました。「パレス チナ人が平和と安全を手に入れるまで、アメリカ人は平和も安全も得るこ とは出来ないだろう…」 ビンラディンが、パレスチナ問題を闘争目標の目玉に掲げるようになっ たのは、1998年、ザワヒリ医師らエジプト人が合流して以後のことと言わ れます。特に昨年9月、イスラエル占領体制に対する騒乱「アルアクサ・ インティファーダ」が始まって以来、アルジャジーラ・テレビを始めとす る世界のメディアがこの流血騒ぎを、連日のように伝えていましたから、 アラブ・イスラム世界の民心を引き付けているこの問題を前面に押し出し たものでしょう。湾岸危機でイラクがパレスチナ問題を取り上げ、イスラ エルにミサイルを撃ち込みさえした状況と似ています。 湾岸危機では、アメリカは、この関連付けに当惑しながら、その場では 黙殺し、戦争でクウェートを奪還した後、精力的な外交工作で、マドリー ドでの中東和平会議を招集していますが、今回は、作戦発動に僅かに先立 ち、ブッシュ大統領が「パレスチナ国家の樹立を視野においてきた」と初 めて発言するなど、アフガニスタンでの軍事行動へのアラブ・イスラム諸 国の支持を取り付けるジェスチャーを示していました。またこの後、パウ エル国務長官がイスラエルに対し、国連決議に従って「占領体制を終わら せ」、また占領地へのユダヤ人入植地の造成を止めるよう、これもブッシュ 政権としては初めての、注目すべき発言をしています(11月19日)。任期
切れぎりぎりまで、イスラエル、パレスチナ両者間の調停に務めたクリン トン前大統領とは対照的に、最終決着へのビジョンの呈示はおろか、騒乱 の鎮静化にさえ重い腰を上げようとしなかったブッシュ政権だけに、バー ンズ国務次長官補やジニ前米中央軍司令官ら、近く現地に派遣される特使 へのテコ入れの度合いも未知数ですが、ここで、クリントン前政権下での、 イスラエル・パレスチナ間の交渉が、どこまで進んでいたか、振り返って おきましょう。 クリントン政権が発足して8ヵ月後の1993年9月、故ラビン首相とアラ ファト議長の問のあの「歴史的和解」(オスロー合意)が、クリントン大 統領の立ちあいの下ワシントンで調印されました。イスラエル、P L Oの 両者が、互いに相手を交渉相手として認知しあうこと、パレスチナ側が暴 力行為と絶縁することなどを前提に、合意は、占領地のパレスチナ人によ る5年間の暫定自治、この期間内に最終的な地位についての交渉をまとめ るなどの大綱を決め、翌94年、いわゆるr暫定自治区」が発足した。最終 的な着地点はこの段階では明示されていませんでしたが、この期間中に自 治区は次第に拡大され、自治期間の終了時にはヨルダン川西岸やガサの占 領地の大部分がパレスチナ側に返還され、独立に備える暗黙の了解が両者 の間に生れつつあったと見てよいでしょう。イスラエル側とのこの種の合 意に反対し、イスラエル領を含む「パレスチナ全土の解放」にこだわるハ マスなどパレスチナのイスラム過激派は、オスロー合意に基づく「和平プ ロセス」のぶち壊しに務め、イスラエル市民を対象にした自爆テロが頻発 していました。 占領地の返還に反対するイスラエル国内タカ派勢力からのラビン首相に 対する風当りは強かったが、これに対するラビン首相の対応は、同首相の 次のような、苦渋に充ちた、しかし明快な言葉に集約されていました。 「和平プロセスはテロなどなかったように進めて行く。テロに対しては和 平プロセスなどなかったように、厳しく対応する・・一」。ラビン首相は、 占領の終結と境界線の単純化こそが、パレスチナ側との共存、従ってイス
ラエルの安全保障へのカギであることを理解していたのです。自治区の段 階的な拡大は結束通り実行され、アラファト議長傘下のパレスチナ警察も、 イスラム過激派のテロ取り締まりに、効果はともあれ、それなりの熱意を しめしていました。 極右のユダヤ人学生によるラビン首相の暗殺が、その歩みを停めました。 ラビン氏の後継者ペレス首相を翌年の選挙で敗って政権を握ったネタニヤ フ首相は、「合意実行にあたっての双務性」という論点を導入しました。 パレスチナ側が暴力行為に出た場合「和平プロセス」(占領地の段階的返 還)も停止するというものです、その上で占領地でのユダヤ人入植地の造 成を進めました。これが計算どおり、パレスチナ側の暴力行為を誘発し、 和平プロセスを座礁させました。パレスチナ側の不信感はつのり、イスラ ム過激派は支持層を広げていきました。 ネタニヤフ政権の3年間は過ぎ、ラビン路線への復帰を旗印に掲げたバ ラク政権が、パレスチナ側の期待を集めました。しかしバラク政権下でも 占領地への入植は、ネタニヤフ政権を上回るテンポで進められ、去年7月、 クリントン大統領がワシントン近郊のキャンプデービットにイスラエル、 パレスチナ双方の首脳を招いて開いた最終地位をめぐるマラソン交渉も実 りませんでした。9月には騒乱が始まった。バラク政権は、軍事的な報復 で、イスラム過激派による散発的なテロを交えたパレスチナ側の騒乱に軍 事的な報復を加える傍ら、交渉の再開も模索する姿勢を保って、ラビン路 線の踏襲を試みました。今年1月、エジプトのタバで最後の交渉が行われ、 イスラエル側は占領地返還の範囲で大幅に譲歩。領土問題に関するかぎり 「合意も間近」というパレスチナ側との共同声明にこぎつけましたが、数 日後には、バラク首相らが繰り上げ実施を決めた首相公選で、シャロン現 首相に敗れてしまいました。シャロン首相の交渉再開に臨む姿勢は、パレ スチナ側の暴力のすくなくとも1週間に亙る「完全な停止」を前提条件に 揚げるなど、ネタニヤフ路線と同じ「占領地の保持」がその本音であるこ とに疑いの余地はありませんでした。
西岸境界線 (イスラエル提案、キャンブデービット 2000年7月)
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西岸境界線 (イスラエル提案、タパ2001年璽月) ’ ナブルス メ こ 奮1鴛賦議
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1 キリヤト・アルバ ・ Q硫 死海 1ヘブロン 不調に終わったバラク政権時代の2つの交渉で、キャンプデービットと タバのイスラエル提案の間に、極めて大きな違いがあることを、この際改 めて地図でご覧いただきたいと思います。この違いをもたらしたのは、ク リントン大統領が昨年12月23日、初めて双方に呈示したアメリカ独自の妥 協案が下敷きになりました。「自立しうるパレスチナ国家」(Viable Palestinian State)というクリントン大統領の表現は、占領地のほぽ全域 の返還を求めるニュアンスを含んでいたことは明らかです。クリントン大 統領はまた、エルサレムの「聖域分割」(パレスチナ側への一部返還)に ついても踏み込んだ調停を行っています。ラビン、アラファト両氏のあの 歴史的和解(オスロー合意)をまとめ上げた主役であり、タバ交渉にはイ スラエル側代表団のメンバーでもあったヨシ・ベイリン氏(バラク政権の 法務相)に同時多発テロ事件前々日の9月9日、テルアビブで会いました が、「クリントン提案は遅すぎたのではないか?」という私の問いに対し てベイリン氏は、rキャンプデービット交渉の冒頭に呈示されるべきビジョ酉岸自治区現状 ム め ノヘヤ
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ンであった」と断定的に答えてくれまし た。 ヨルダン川西岸自治区の現状を地図で 眺めていただきたいと思います。飛び石 状に分断され、隣国ヨルダンともつながっ ていないし、飛び石をかき集めても面積 は「西岸」全体の41%に過ぎません。間 に入植地やそれらを守るイスラエル軍の 駐屯地、さらにこれらを結ぶ専用道路な どが割り込んでいるからです。独立国家 として自立出来る代物ではありません。 文字通り「収容所列島」です。 アメリカそのものを標的にした同時多 発テロ事件に端を発する一連の国際的な動きが、パレスチナ紛争という永 続的な火種を消す機会になり得るかどうか、そのカギは、やはりアメリカ 政府の、明確なビジョンと指導性でしょう。パウエル国務長官の前記の演 説に先立ち、アメリカ上院議員(定員100人)のうち89人が、同長官に対 し、イスラエルに圧力をかけないようにとクギを差す書簡を送ったと言わ れることからも分るように、また12月に入ってエスカレートの度合いを高 めている自爆テロ/軍事報復の連鎖の中でブッシュ政権が示したイスラエ ル擁護の姿勢からもみてとれるように、先行きは厳しいが、テロを含む暴 力行為の抑制には、動機の消去が不可欠でしょう。ブッシュ政権が掲げる 「世界規模でのテロの撲滅」に当たっても、同じことが言えます。故ラビ ン首相の名言の味わい深さがあらためて感じられます。 日韓併合から日本の敗戦まで35年。その後遺症は未だに消えません。ヨ ルダン川西岸とガザも来年で占領から同じ35年が過ぎようとしています。 「ある民族が他の民族を支配することは許されるべきではない」という故ラビン首相のもうひとつの言葉も、ここで紹介しておきたい。 パレスチナ問題の解決について、日本政府が取り続けてきた「占領地返 還」の基本姿勢は、パレスチナ自治機関に提供してきたさまざまな援助と ともに、概ね正しかった。テロリズムとの戦いで日本が求められる役割の 一つも、その辺にある筈です。 ユダヤ、キリスト、イスラムという三つの一神教の聖域が折り重なるエ ルサレムを抱える土地だけに、その適正な解決が地球規模の重要性をになっ ているのです。 佐野: 平山先生のお話はアメリカが育てたビンラディン派が今度は、ア メリカに歯向かっているということが特徴ですけれども、それから 中東政策についてかなり詳しく話して頂けました。やはりビンラディ ンはパレスチナからイスラエル軍が撤退するというアメリカの中東、 イスラエル政策これが誤りだと。基礎的な知識ということで平山先 生にはお話を頂きました。どちらかと言えば平山先生はかなりアメ リカに厳しい批判的トーンではないかと思いますけれど、そこで私 の隣にアメリカ専門の高畑先生に反論も含めて、アメリカの論理と 言いますか、数千人の命を奪われたアメリカが怒るのは私も当然か と思いますが、そういったアメリカの論理を平山先生への反論的な 意味でお話を頂きたいと思います。 高畑: ありがとうございました。平山先生がビンラディンの弁護人とす れば私は役割上、検事役、アメリカの立場を代表して展開したい。.. と思ったんですが、平山先生がおっしゃったようにアメリカも過去 にいっぱい悪いことやっているんです。だけれども今日のテロ、ア メリカのこれまでの様々な失敗、そういったものをどういうふうに 結び付けて考えたらいいのかというようなお話をして弁護と言いま すか、反論にしたいと思います。
最初に平山先生が自爆テロに対するジョークをおっしゃいました が、私もキリスト教にちなんだジョークといいますか、ブッシュに ちなんだジョークといいますか、それから始めたいと思います。こ れは全くジョークの世界ですが、相対性理論で有名なアインシュタ インと絵の天才で知られるピカソ、それからブッシュ大統領。この 3人がほぼ同時に亡くなりまして、同時に天国に行ったと。天国に は番人がいまして、偽物が天国に入ると困るんで亡くなった人が天 国に入ってくるたびに、いろいろ人定尋問というか、質問をして本 人かどうかチェックするんです。まずアインシュタインが来たとき に、「あなたがアインシュタインなら、相対性理論とはどういうも のですか?」と聞くと、当然アインシュタインですからエネルギー と物質の関係等々...と言うと、番人は入れる。次にピカソが来る と、「本当にピカソなら絵を描いてみて下さい」と紙を渡すんです ね、そうするとピカソがサラサラと描いて、「あ、これは間違いな く天才画家だ」と。次にブッシュさんが来て、番人が彼にどう質問 しようかなと思ったときに、ブッシュさんの方が先に番人にこういっ たんです。「僕の前に入っていったアインシュタインとピカソって 誰?」それを聞いた天国の番人は「あ!これは間違いなくブッシュ さんだ」と、常識を何も知らないんだと(笑)。これはジョークの 世界ですので。 このブッシュさんが大統領になって今回の同時テロが起きたとい うことで世界中が心配したわけです。いきなり興奮して巡航ミサイ ルとか、爆撃を辺り構わずどんどん撃ち込んだり、報復攻撃を見境 なくやるんじゃないかと。国内でもイスラム教徒を全部狩り出して 収容所に入れるとかですね、これはかつて第二次大戦のときに日本 人収容所というのがあって、そこに全部日系人を収めたという実際 アメリカ人はそういうことに走りかねないことがあるんです。世界 中が心配したわけですけれども、取り合えずそういう事態は起こら
なかった。9月11日に同時多発テロ事件が起きまして、軍事作戦が 始まったのが、10月7日、日本時間8日ですけれども、1ヶ月近い 準備を重ねて、その間にパウエル国務長官という黒人初めての外務 大臣にあたる人ですけれども、この人が周辺地域、湾岸、パキスタ ン、インドなど各国に行く。このテロは一体なんだ?とアメリカで 起きたけれども犠牲者は6000人近いということで、80力国近い人が 犠牲になっている、私達日本人の中からも分かっているだけで24人 犠牲になっている。これは私的な話なんですけれども、私、堀先生 と同じ国際基督教大学なんですが、犠牲者の中に1人私と同じ卒業 年次の人がおりまして、それから1周り下の30代のICUの卒業生が 犠牲になっているんです。そういうことを考えると事件が起きたの がアメリカであっても、何かこれはアメリカだけを狙ったテロなの かというと、絶対にそうではないんです。日本もそういう意味では 犠牲者ですし、それからビンラディンの言うところのイスラム教徒 の国々、エジプトとかそういう国の犠牲者もその中に入っていると。 そうするとこの手のテロをどうとらえるかということと、平山先生 がいろいろご説明して下さった国際政治の統合ですね、特に中東、 湾岸を巡る複雑な情勢、それから、ビンラディンそのものを生み出 してしまった80年代ソ連のアフガン侵攻等、こういう問題とは切り 離して考えた方がいいんじゃないか。アメリカも実際そういうふう に切り離してテロに対応する国際連合軍。連合軍というと、どこの 国の軍事作戦をやれというふうに聞こえるかもしれませんが、必ず しもそうではなくて連合といいますが、そういうものをまず作って その中から軍事行動、それからそれ以外の政治、外交活動という面 でいろいろやっていくというのが現状です。こうした私の基本的な 考え方については、入り口でお配りしました毎日新聞の「記者の目」 というコラムのコピーと、それから事件が起きましたときに私が書 いたんですけれども、「テロは断じて許さない」という見出しの毎
日新聞の9月13日付けの社説でございます。この中にほとんど全部 入っておりますので、時間の問題もありますし、繰り返しになるの で避けて、ここでは3つのことを強調したいと思います。 まず第1に今申し上げましたように、今回のテロに様々な言い訳 や論理はありますが、やはりこれは許してはいけない、絶対悪であ る。「どっちもどっち」という考え方を取ってはいけないんじゃな いか。それは日本からも24人が犠牲になっているということを見れ ばもう明らかなわけです。 それから第2番目にこれは「文明の衝突」という、すぐに頭に浮 かんできそうなことなんですが、しかし「文明の衝突」という構図 でとらえてはならない。第1に国連はこの2001年をr文明の対話の 年」というふうにとらえて、昨年のミレニアムサミットから異なる 文明問のいろいろな話し合いを通じて問題を解決しようとこういう ことをやっております。アメリカも当然そういう立場で物事という のはやはり話し合いで解決しなければいけない。 いきなり、例えばここで平山先生と私がお話をしていてもどんな に興奮していても、決して灰皿を投げたり、向こうからボールペン を投げ返すとかそういうことは起きませんね。お酒を飲んでいたり したら別かもしれませんけれど(笑〉。それからさらに興奮してで すね、「表に出ろ」とか、殴り合いになったりと、そういうことは まず滅多に起きない。ところが今回のオサマ・ビンラディン、それ をかくまっているとされるタリバン政権のこれまでのやり方を見て いますと、反対するものはとにかく武力でねじ伏せる。しかも将来 歯向かってくるという可能性があれば殺してしまう。これは国連の 報告で昨日、今日と新聞に出ていますけれども、タリバン軍が北部 同盟の支配地に行くことにとにかく反対しない、あるいはこちらに 寝返るという可能性のある地域は許すんですけれども、その代わり アメリカが攻めてくるとなると、一家庭当たり兵隊を2人だせと、
出せなければ3ヶ月分の収入を払え、そういうかたちでお金を搾り あげる。それはまだマシなんです。ここは絶対言うことを聞かない、 将来歯向かってくる地域ということになりますと、村人の中から若 者や男を全部集めて皆打ち殺してしまう。これはこの国に限ったこ とではなく、例えばボスニア=ヘルツェゴビナの紛争だとか、それ からコソボでも起きていたことなんです。これはイスラムだからと いうわけでも全くないんです。なぜかと言いますと、ボスニア紛争 でもやはりキリスト教徒であるセルビア人という、セルビア正教で すけれども、この人たちがやはり原理主義と言ってもいいくらい過 激な組織になると、そういうことをやっていく。つまり「目には目 を」「歯には歯を」あるいは、武力で相手のノドを掻き切って反対 させない。こういうのはどんな弁解や正当だった口実を付けても、 文明とはやはり呼べないだろう。あるいは、私たちが共存できる文 明、あるいは文化と呼べないんじゃないか。そういう意味で今度の テロとの戦いというものを考えてみますと、「イスラム対アメリカ」 でもない。イスラム教徒の中でも平和を愛する人はいっぱいいます し、平山先生もご存知のようにイスラム教徒の基本というのは、異 教徒との平和的共存がまずあって、攻められてきた時だけ戦うとい う考え方だと思うんです。ですからその意味でも「イスラム教対キ リスト教」の対立でもない。むしろこの問題は「テロリスト対私た ちの文明社会」と、そういうふうにとらえないと問題を解決してい く上での議論も、立場も対応もできないんじゃないかと思うんです ね。そういう意味で今回のテロを「文明の衝突」という構図にはし てはいけないというのが2番目の主張です。 それから3番目の主張として、これはアメリカの戦いではない。 先ほどの2つの流れからして言いますと、どういうふうに対応しよ うかというのは、よく地下鉄内で暴力事件が起きて周りが見て見ぬ ふりをしているうちに、犠牲者が出て誰かが死んじゃうとか、そう
いったところと似たところがある。誰かよその人が迷惑を受けて勝 手に死んでいるんだからこっちは被害を浴びたり、余計なことに係 わらないように、見て見ぬふりをしていってしまおう..。と、そう いう対応がやっぱりテロを何となく許してしまう誤った行動につな がっていくんじゃないか。特に日本に関しては70年代に日本赤軍と いうグループがありまして、これが日本だけでなく海外に出て行っ てイスラエルのテルアビブ空港で乱射事件を起こしたり、バングラ デッシュのダッカという空港では、日本航空機をハイジャックした。 その時の日本政府はどうしたかと言うと、「人命は地球より重い。 仕方がないんだ」と言うことで、そんなことを認める法律が一切な かったにも係わらず、日本国内ですでに捕まっていたテロリストな どを含めて6、7人を釈放して相手に渡してしまう。さらに身代金 として今のカネに直すと何十億円というお金まで払ってそいつらを 皆、中東に。日本製のテロリストをばら撒いてしまったという過去 があるんです。アメリカもいろいろ間違ったことをやっていますが、 日本だって何も関係ないんだからとは言えない。日本から出たテロ リストを中東にばら撒いたことがある。その人たちの残党がいまだ にあちこちに残っていたり、先日、日本に平気な顔して帰ってきて 捕まった重信房子がおりますけれども、今この白鴎大学で学んでい るような若い学生たちは、皆そういう事件が終ってから生まれた人 が殆んどなので分からないかもしれません。アメリカが過去に犯し た外交的間違いとか、政治的失敗とかそういうことを勉強すること も必要だし、当然知っていなければいけないわけですけれども、そ れを「アメリカバカだな」「ブッシュアホやな」ということではな くて、日本も同じようなことを、同列には論じられないかもしれな いけれども、幾多の過ちを犯してきている。そういうことも考えな くてはならないというのが3つ目です。 「私たちの文明」と簡単に言いますけれども、これはどういうこ
とかと言いますと、日本は仏教だし、アメリカはキリスト教が中心 だし、イスラムはイスラム教だし、中国に行きますと社会主義とい ろいろな文明も宗教も文化も違う、だけどその中で統一しているルー ルが幾つかあると思うんです。 私はその中から3つあると思うんですけれども、1つはr対立を 話し合いで解決する」。決して相手を殺すということで対立を解決 してはいけない。これが第1だと思うんです。 第2はr異なる意見をもつ権利を認める」。これはアメリカの建 国史の中でも出てくるんですが、「強大な政府が出現して言論の自 由を押さえ込んでも国家を統一した方がいい」という意見と、rそ うじゃない、国家の統一は遅れても言論の自由をまず保証すること が本当の社会なんだ」と、こういう論争があった。そういう異論を 認める権利というのが、やはり2番目の私たちが文明と認めうるルー ルです。 第3番目は、そうは言ってもやはりそういうルールを破って今回 のようにテロを起こしたり、あるいはイスラムから言えばイスラエ ルのようにいつまでもパレスチナの土地を奪った者がいると、何が 必要かと言えば3つ目のルールというのは、社会全体が認める必要 最小限の暴力をやむをえず制裁として行使する警察活動はどうして も必要なんですね。皆が皆話し合いで解決しようと言っているだけ ではやはり、ピストル強盗が出たり、追いはぎが出たり、殺人をし て逃げ回る人がいる、こういう人を押さえるにはどうしたらいいの かは、やはり警察活動というものが必要で、その場合その警察活動 を社会がきちんと監視したルールの下に行わせるということが必要 だと思うんです。こういう意味でとらえますと、今回のアメリカが タリバンを攻撃するかたちでビンラディン、あるいはその組織であ るアルカイダを「裁きの場に引き出せ」ということで攻撃をすると いうのは、ある意味で国際警察活動の一環として取らざるをえない
のではないか。決して報復のために罪もない人を殺したり、間違え て誤爆して赤十字の倉庫を破壊したりとか、ありがちな事故ではあ りますけれども、こうしたこともミスとしては許される訳ではあり ませんが、そうした行動そのものがやはりテロリストを壊滅し、裁 きに引き出すために必要なんだと、こういうふうに思うわけです。 そういったかたちで言いますと、今回のテロではビンラディン側の 方は「アメリカが悪いんだ」と「私たち自身がアメリカに仕組まれ た」という主張をするわけですけれども、それに乗ってしまうと、 先ほど言ったようにr原理主義対アメリカ」あるいは、ひいては rイスラム対アメリカ」、あるいは「イスラム教対キリスト教」とい う構図に引き込まれてしまうわけです。これは本当に危険なことで、 そうすると私たちの身の回りでも、誰かターバンを巻いた人を見る と「お前はテロリストの仲間だろう!」と排斥したり、差別につな がっていったりするという恐れが非常に強い。そういうことを気を 付けなければならないんだろうというふうに思います。取り合えず、 以上が私の反論と言いますか、意見として申し上げたいと思います。 ありがとうございました。 佐野: 見事なまでのアメリカの論理で、こんな高畑先生とは思わなかっ たんですけれども、アメリカは空爆をやっていますね、これは暴力 だと私は思うんですけれど。ここで長い間アフガニスタンや第3世 界を這いずり回ってきました、ターバンのよく似合う(?)堀先生 に高畑先生に対する再反論みたいなものを、アフガニスタンの立場 に立ったものをお願いします。 堀 検事と弁護士が非常に高適な議論を交わして頂きました(笑)。 高踏的な裁判論議の隙間では往々にして無事の民と申しますか、被 害者が泣いています。今一番の被害者はアフガンの民衆でしょうね。
段々問題が収敏してきました。9月11日に事件が発生して以来、ほ ぼ50日になろうとしています。皆さん大体毎日うんざりするほどア フガンの中継を見せられていますけれども、(スライド映像)日本 の1.7倍の面積があるとか、そんなことは大体嫌と言うほど聞いて いますよね。見方によりましては、岩山の国アフガンなんて言って いますけれども、この辺りは2000mの深い谷ヌリスタン(Nuristan) と呼ばれていまして、化鳥と言ったら宜しいんでしょうか、オバケ の鳥が、昔コンコルドなんてSST(Super Sonic Transport)なんて 超音速小型飛行機が飛んでいた。何となくオバケの鳥が飛んでいる ような、見方によってはここは大きなウチワみたいにも見えると、 こんなふうな感じです。御覧のように海はありません。先ほど平山 先生がおっしゃった大きな川が国境に1本アムダリアに流れてきま す旧ソ連との国境の川アムダリア、真中にルーディゴール、それか らカブールを通るカブール川、これが唯一インダス川に合流してイ ンドに出ます。もう1つ下にヘルマンド川というのがありますが、 これらの川は皆、内陸で消えてしまいます。外に出るのは1本だけ。 このカブール川というのも汚い川でして、ちょうどお茶の水の辺り を通っている神田川ですか、幅も深さも汚さも臭さもあの通りと。 そこで野菜を洗って売っています。それを皆食べていますが、今は 食べる野菜もないかもしれません。このように2000m位の山谷を越 えていきますから反権力間の協力がなかなかうまくいかないんです。 ベトナム戦争のときはベトナム民族がいわば一枚岩でやった。それ がrベトコン・南ベトナム解放民族戦線」というので非常に一枚岩 だったんですが、アフガンの場合には十何部族が宗教の派閥も随分 違ってしまう。 (一アフガンの民族衣装をまとった学生が入室してくる一) 佐野: 堀先生がアフガニスタンからぶん取ってきたという衣装でしょう
か.. (笑) 堀 ぶん取ってきてはいません、平和的に手に入れてきました。アフ ガンの男の衣装です。いかにもだらしなそうですが、岩山に行くに はこういう方が引っ掛からない、この下に穿いているズボンはKO MSHIKIが2人くらい入る広いもので、それを裾を出すのが風俗み たいですけれども、昔からこういう格好なんですね。これがあれば 汗も拭けるし、汚いんですけれども用便の後も手を拭けるし、もう 何でもできると。それから肩に羽織ったのは、純毛の布なんですが、 これは万能の風呂敷であり、布団でもあり、暑いときには日除けに もなります。寒いときには被ります。シシカバブを買ったら包んで 担いで歩きます、それから頭の帽子も純毛です。ちょっと(学生の) 被り方が粋じゃないな(笑)。いろいろな被り方がありますが、そ れこそ焼き栗を入れてフランス人がパリのルクサンブール公園でベ レー帽に焼き栗を入れて歩くのと同じようですが、いろいろな被り 方がありまして、最近では写真がよく出ますけれども...(学生に 向かって)蝋人形みたいに突っ立っていてもしょうがないから、後 ろの方へ歩いてみてよ....。 こちら(地図上)がアフガニスタンとパキスタン国境で、実はビ ザなしの不法越境したときなんで、入ってからも写真を撮らないよ うに気をつけるんです。「お前入ったろ」という証拠を絶対残さな いように...というのが我々のやり方でしてね。私、検事と弁護士 の後には被害者の泣きしか言えないもんで(笑)、行ったと言って も冒険野郎に毛の生えたようなものですから、こういった小物で上 手く誤魔化しているんですけれども(笑)。この部屋の外に幾つか 小物が置いてあります。マザリシャリフという名前が最近出ますね、 ちょっと先にバルフという町がありまして、そこの5000年位前のヌ リスタン遺跡といって、そこの精巧な...本当は盗っちゃいけない
んですが、1つ盗ると手首1本、2つ盗ると手首2本、その辺りは 蛇(ジャ)の道は蛇(へび)で、靴の中に隠したりしてうまくやっ て持ってきたものです。それから鉄砲の薬爽、ラッキョウじゃない (笑)、それからちょっと見て頂きたいのがアフガニというむこうの 通貨です。日本の円に相当します。アフガニスタンなんでアフガニ と言いますけれども、そこにッルッパゲのオジサンの顔が出ていま す。日本で言えば夏目漱石とか、新渡戸稲造みたいな、これが最近 よく話題になる73年に追放されてそれから20数年問、ローマで亡命 しているザヒル・シャーという元国王です。これを担ぎ出そうとい う動きが最近よく出て参りますでしょう。私は85年に行ったときに、 追放された社会主義国家でもあるにも拘らず、追放した元国王の肖 像画が入った通貨が流通しているのかと。それほどに貨幣の印刷技 術もない、インググランド銀行に新しい通貨を注文するだけのお金 もない。よく最貧国と言うんですけれども、最貧国と最裕福な国と が戦争をやっていると、非常に堕落の極致のように私は思うんです が、ただこの地方はご存知のようにかつては肥沃な土地でした。胡 瓜=エビスの瓜とか、胡麻=エビスの麻とか、胡桃=エビスの桃な んて書きますね、エビスが昔の中国にとってはまさに豊かな西域で あったわけで、アフガンと限定は致しませんが、京大の故木原均博 士がタルホ小麦の原生地をつきとめたイランの北部から、ちょうど 地図に載っている辺りです。この辺はもう少し地球の軸が少し傾き が違って、非常に肥沃であった。言ってみればエデンの園に見えて いたかもしれない、そんなところでもあったわけです。 アレクサンダー大王、玄奨三蔵法師、フビライハン、ティムール などは皆この辺りを通っております。ジンギスカンが黄金のテント に黄金の釘を打って泊まったなんていうくらいに、とにかくインド から中国へ、あるいは西欧から中国地方へ来る道であったという意 味では、かつては世界の最も豊な国の1つだったかもしれない、そ
れが今悩んでいると。 テロは先ほどから冒頭に佐野先生がおっしゃっていましたし、我々 にも決して許されない残忍不法なテロに訴えるというのは許されな いけれども、しかしアメリカが「俺の側に付くのか、テロの側に付 くのか」、あの雑駁な「アインシュタインもピカソも知らなかった」 と椰楡される大統領が、何でもあの人は大学のときに、英語といい ますのは日本で言えば国語ですか、それでバツ点をもらったという ぐらいに表現力が乏しかったようですけれども、ユニタリアニズム (unit面anism)なんてことを言いますね。アメリカ1国が良ければ いいと、それで爆弾を落とすというのはどうでしょうか?特に私が 腹が立ったのは、爆弾と一緒に食糧を落とす、これはもう人類とし て人間として堕落の極致ではないかと言う感じがしてなりません。 思いきり殴りつけておいて、小銭を投げてやる、それでお前は喜べ と言われて喜ぶバカは世の中にいますでしょうか。やっぱりこんち くしょうと思って投げ返しますね、小銭くらいは。テロと報復の悪 循環と言いますけれども、それがアメリカの行動の悪いところだと 僕は思います。テロは良くない、非常にけしからない、これを抑え るには国際的な枠組み、国際連合というものもある、国際司法裁判 所というのもあります。ですからそういった機能を十分に使ってやっ たらどうかと。国際連合憲章46条には経済制裁措置をしてもいいと 書いてある。47条にはそれでも駄目なら国際憲章には空から始まる のはおかしいんですけれども、空軍、海軍、陸軍と書いてある。ま た確かに国連軍というのは性格的にどっかの国の紛争に入ってくる ときにはまず、空爆、艦砲射撃、艦載機撃、そして陸兵を揚げると いうことになるんでしょうか。 日本的な常識ですと、陸海空3軍と言うんですけれど、とにかく それがやってもいいとしてありますから、それが国連での安保理な り、総会なりの決議にもっていけるような枠組みを作ってからなら
軍事行動も許されるだろう、でなければ「俺の側に付くのか、テロ の側に付くのか」(ブッシュ大統領)というアメリカー国主義で事 を裁くのは非常に危険であるというふうに私は思っております。日 本がどういう態度をとったかについては、この後議論が進んで行く んだと思いますので、取り合えずそうしたことを申し上げておきま す。 佐野: ありがとうございました。堀先生はかなり明快な発言でアメリカ 批判をやって頂いたんですけれども、アメリカが報復の空爆を始め て10月の7日ですから、今日で20日を過ぎるわけですけれども、依 然としてビンラディンや指導者オマルはどこかの洞穴に隠れていて 一切捕まらない。果たしてアメリカの軍事報復、今、地上戦に特殊 部隊が入ろうとしているニュースがありますけれども、アメリカの 戦略がタリバンを壊滅、ビンラディンを捕獲する、裁判にかけると いう戦略的目標が果たして達成できるのだろうか、今のところ正直 言って高畑先生!アメリカは苦しいですね。どうしますか? 高畑:今のところ期待したような効果は上がっていないと思うんですね。 いくつかの理由があるんですが、これは堀先生に対する反論でもあ るんですが、一応私自身はアメリカでもないにも拘わらず、お二人 からの2対1の攻撃がありましたので、一応反撃をしておかなけれ ばなりません。第一に空爆と食料投下が許せないとおっしゃるのは、 確かに堀先生だけでなくて、そういう人が多いですね。イスラム諸 国にもそういうのはあるんですけれども、アメリカからしますと、 この空爆で爆弾を落とす相手と食料を拾って食べて下さいという相 手は別なんです。何もタリバンに食料をあげて、これからそこで待っ ておれと、爆弾を落とすからというわけではないんです。なぜ食料 投下をしたかというのは、この空爆を続けることによってアフガニ
スタンの2500万人といわれる全人口がそうなんですけれども、その うち500万人位が外に難民として出て行ってしまっている。イラン に150万とか、パキスタンに200万とか300万とか言われていますけ れども、これに対する難民支援、それから国内の避難民支援という のがありまして、難民としてむしろ国外に出てくるアフガン人はま だいい方だと言われるんです。パキスタンでもイランでも一応国際 的な支援を得られますから。ところが、出てくることができない人 がまだアフガニスタンには沢山いる。それはアメリカから見ると、 タリバンという政権が軍事力によって恐怖政治を強いている。その ために出ようにも出れない、あるいは経済が一向に良くならないの で、出るためのお金もないと。こういった人たちに向けて国連難民 高等弁務官事務所とかNGOとかいろいろなところが、これまで空 爆が始まる前からアフガニスタンに入って支援をしていたんですが、 空爆によってやはりそういう人たちが巻き添えを喰わないようにも、 援助関係者が外に出てしまった。そのために食料支援とか、そうい うことができなくなった、だから空爆を止めろという声が強くある んですね。これは現在でもあるんですけれども。これをやっていた ら、国際警察活動というのができない、だから微々たるものではあ るけれども、批判を逸らすためという狙いもあるんですけれども、 食料を投下しつつやるんだと。これは確かに今までの戦争ではなかっ た例ですよね。だけれどもその食料を投下している相手、拾って欲 しい人と、タリバン、攻撃の相手になっている者というのは全く別 なんです。なぜ別かというのは、タリバン政権と言うその恐怖政治 の、あるいは強圧政治、あるいはそのテロリストをかくまっている という政治の構造を潰すために空爆をやるのであって、一般人を狙っ たものではないんだと。これはやっぱり私はアメリカの言う通りだ と思うんです。ただそれを実際に実施するにあたって、全く効果が 上がっていないという感じも非常に強いんですね。この最初の見通
しでは1、2週間空爆をやっていればタリバンの軍事組織というのは、 昔ソ連軍が置いていったお古を使っていますから、すぐにダメにな るだろうという見通しが甘かった側面はあると思うんですね。それ からもう1つの理由は、これはアメリカのみならず、イギリスでも そうなんですけれども、今の一応民主主義を名乗る国の弱さと言い ますか、市街地に空爆ができないんですね。第2次大戦のときに広 島、長崎に原爆を落としたし、東京大空襲ということをやったアメ リカですけれども、20世紀後半から21世紀になってしまうと、民間 人に対する攻撃を加えることはできない。そのためタリバンがどう しているかという昼は市街地に逃げ込む、夜はモスクとかそういう ところに隠れるとか。あるいは地形を利用して沢山ある洞穴に潜む とかですね、そういったかたちで、洞穴とかは相当時間を懸ければ 1つ1つ潰していくことは可能でも、市街地に空爆をすることはで きない。アメリカ及びイギリスにしても、半分片手を後ろに縛られ ているわけです。ですから、その意味でも、その空爆だけで軍事目 的を達成するというのは、極めて難しいというのは、佐野先生に対 するお答えです。 それからもう1つあるんですが、手短に...堀先生が安保理を通 じて問題を解決すべきだとおっしゃったんですが、実はその国連安 保理は過去に2回、タリバン政権に対してビンラディンとその組織 を国際社会に引き渡せという決議をやっています。99年の10月と昨 年の12月ですね、これらはいずれも平山先生が先ほどおっしゃった 93年に起きたアメリカの世界貿易センタービルの爆破事件、それか ら98年に起きたアフリカでケニアとタンザニアの2ヶ所でアメリカ 大使館が爆破された同時テロがあったんですけれども、この2つの 事件の関連でビンラディンがすでにニューヨークの連邦地裁に起訴 されております。これがアメリカの法律の世界だけではないという 意味で、安保理、国連安全保障理事会がタリバンに犯人たちを引き
渡せという決議をしているんです。もう2年以上タリバン政権はそ うした決議を無視しているわけです。従って今回もやはり、その安 保理のきちんとした国際警察活動というものを作って、国連軍みた いなものを作ってというような方法しか後はないんです。それをやっ ていては、間に合わないので軍事手段に入ったというのが、アメリ カの場合の行動だと思われます。以上です。 佐野: 平山先生、アメリカの空爆の前からアラブ諸国に反感が広まって いるようですけれども、最終的にアメリカは苦しんでいるみたいで すけど、アラブ側の反応をこのアメリカの報復爆撃にどのような反 応を示しているのでしょうか? 平山: ビンラディンの総論、各論ともにアラブそのものに対して攻撃を していないんですけれども、アラブの大衆の曲折した感情の中には、 自国の政府に対するいろいろな不満がいかんせん溜まっているわけ です。経済困難、貧民出生、それを一番直感的にビジュアルに分か りやすくするのに、アメリカに擦り寄って利益を搾り取られ、住民 を抑圧しているという意識が分かり易くあるんです。政府がテロに 対する連合勢力に加わるためには、やはりせめて1つぐらいはアメ リカはイスラムの敵ではないんだと、イスラムという宗教ばかりで なしに具体的に先ほど例にあげたように、イスラエルというアメリ カにとっては一種のアキレス腱ですか、それについてアメリカの彼 岸的にイスラエルをかばいたくて来たという従来50数年に渡る体質 をこれを軌道修正すると、各国の政府が随分楽になります。 それからもう1つ、テロに対するイスラムの聖職者、イスラムに は僧侶というのはいないというのが建前になっているんですけれど も、僧侶に近い宗教専従者がいます。ラマというんですけれども、 そのラマというのはカトリック教会だと、例えばローマ法王とかイ
エズス教とかそういう1つの確立された階層、アフガンでしたらア ンダムが正しいと見なすような機関があるんですが、イスラムの場 合には統一した権威、単一の権威というのがオスマントルコ帝国が 解体されてカリツという位置が消滅してから地方にバラバラになっ てしまってなかなかない。そういう中でサウジアラビアとかエジプ トのアズハル大学というイスラム法学の解釈では一応の権威と言わ れているんですが、そこのトップがどういう判断を下すか、パトア といんですが、宗教的な判断を下すというのが、大変注目されてい た。注目を続けてきたんですが、アズハルの20人くらいの命、集団 合議による判断ですが、同時多発テロ事件に続いてその段階からい ろいろ言って結局、ユダヤ人の依枯地だみたいなことを言って、こ れは随分なこじ付けだと思うんですが、サウジアラビアの宗教的な 最高権威がテロについて我々サウジアラビアの体制がほっとするよ うなことを言っているんです。それはこの王国、サウジアラビアに 友好的な国の国民を殺した者は天国を見ないと言っているんです。 これはアメリカを殺すことはイスラム教徒の義務であると、彼はパ トア、宗教判断を下すというような資格は持っていないんですけれ ども、その電波に乗って98年頃からそれを言い始めているんです。 それに対する若干の毒消し作用のようなもので、これは当面サウジ アラビアの支配階級をほっとさせる意見ではありますが、長続きす るものではないんです。サウジアラビアというのは、石油で大変豊 かな時期があってお金がだぶついて大学を卒業しただけで、大学の 授業料はタダですし、1人130万円くらいお祝い金が出るようなそ ういう放漫ばら撒き福祉体制をとっていたんですけれども、段々石 油の価格が低迷しておりますし、オサマ・ビンラディンが52人兄弟 の1人だということからも分かりますように、一夫多妻制でサウジ アラビアの王族だけで3万人もいるんです。その初代国王アルデラ アジリスという人の今の曾孫が大学在学というように、一夫多妻制
でしかも離婚ができますから、一世代で100人くらいずつ子供を作っ ていきますと大変なことになります。今やパーキャピター、1人当 たりの収入がオイルショックの頃の1/3位に低下してですね、そ のくせ教育だけはきちんとしていますから、教育を受けて仕事が見 付からないeducated poorというのが非常に増えたわけです。エジ プトもそうです。その連中が一番原理主義に呼び込まれやすいんで す。ある日本の週刊誌がオウムにそっくりと言っているような、何 か不遇観を、あるいはちょっと変わった知能の優れた者を引っ張り 込むというのに加えて、educated poorというのは引きずり込まれ 易い階層です。それが大変困っていると思います。ビンラディンみ たいなタイプは殺すように思っていても、あからさまにアメリカに 協力してパレスチナを占領してくれというようなハンディゲームを しているような感じですね。以上です。 佐野: 堀先生、このタイトルにあるように同時多発テロの衝撃と世界、 この行く末ですね、堀先生はベトナム戦争にも従軍して、あの世界 最大のアメリカ軍がベトナムの解放戦線に敗れた経緯を通じてつぶ さに見てきて、やはりアフガン、ああいう険しい山地でブッシュア メリカ軍が壮絶な地上戦になると思いますが、堀先生はどうですか、 アメリカは勝ちますか? 堀 どちらも頑張れというか、どちらも退けというか...先ほど食糧 と爆弾の同時投下について高畑先生から明確な反論があったんです けれども、私はそれに関して申し上げたいのは、アメリカの戦略・ 戦術の下手さ、一方でタリバンというのはしたたかな情報戦略を持っ ているんだなと。つまり爆弾は爆弾、食糧は食糧で落としているは ずなんですけれども、一緒に落としている食糧には毒が入っている かもしれないと、タリバンの宣伝がインターネットで世界を駆け巡
る...。そこをまんまとやられている。つい最近にはCIAは改めて 地域の言語のスペシャリストの養成にかかったなんて、ちょっとこ の10年間、湾岸戦争からアメリカはサボり過ぎていたんじゃないか という気がします。タリバンの連中が入っている岩山、私は先ほど は申し上げませんでしたが、人類発生以来とは申しませんが、あそ こに人間が住みだしてから5000年か1万年、ずっと羊の脂を岩山に 垂れ流しています。そこに行きますと岩山の砂がものすごく臭うん です。そういった状況、そういった経験をしたことのプロがあまり にも少ないんじゃないか、だから毒を入れた食糧を落としていると 言われると、なんせ識字率が10%あるかないかですから100人のう ち10人しか字を読めません。もう言われればTVも見ちゃいけませ んから、宗教指導者が言う通りに信じてしまう。それが世界を駆け 巡るというのが状況で、なかなか爆弾だけで解決できるという第1 次大戦型、第2次大戦型の戦争ではないんですね。情報戦というの がものすごく重いウェイトを持っているにも拘わらず、意外とアメ リカは相手をバカにしきっていたのかなという感じがします。それ からナイフでハイジャックできるrローテクハイジャック」なんて いう言葉がありましたけれども、最初に激突した4機に。それでこ ちらがハイテクのピンポイントでやるやると言っておいて、湾岸戦 争から精度が全然進歩していない。それこそ食糧配布をやっていた NGOとか、赤十字の倉庫にまで落としてしまう(赤十字は屋根に 必ず大きく赤い十字を書きます)。 まあ、イスラムの場合には赤い 半月でして、十字はキリスト教のシンボルになりますから。とにか く、それでピンポイント爆撃かなという感じがしてどうもこの戦争 にアメリカはてこずるだろうと。アフガンに入っていたソビエトの 二の舞、自分がベトナムでやられた三の舞をまたやるのかと。あれ で思い出しました、ベトナム戦争でソンミ村での大虐殺というのを やりましたでしょう、あれは民問人に対する過失を十分やっている