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An Idea to Implement Liberal Arts Education in Universities:
Use of Jinjo Shogaku / Kokumin Gakko Language Textbook
On 21 February, 2002, Central Council for Education released a report entitled ‘On the Way the Liberal Arts Education in the New Era Should be.’ Written over eighteen years ago now, the proposals made in the report are still valid. The comment is still true that each university is strongly asked to develop human resources who can see things with broad perspective and make a precise judgment with high ethics. In the report there are four viewpoints to carry out liberal arts education. They are: 1) to produce exciting and provocative classes through curriculum change and/or teaching method improvement; 2) to build up a system to promote positive action of the university and faculty; 3) to establish a responsible implementation system of liberal arts education in each university; 4) to promote students’ exchange with the society and the foreign cultures. They are all ambitious plans.
This article, though, proposes the fifth concrete and ambitious plan to carry out liberal arts education in universities. It insists that universities should make use of the ‘Jinjo-elementary School’s Language Textbook or ‘Kokumin School’s Language Textbook.’ The reason being these prewar elementary school textbooks are optimum to ‘develop human resources who can see things with wide perspective and make a precise judgment with high ethics’ mentioned in the above report. This article will prove this point with a plenty of examples.
ɂȫɔȾ 平成14(2002)年2月21日、中央教育審議会から「新しい時代における教養教育の在り 方について」という答申が出された。18年前の文書ではあるが、その問題提起自体は今日(令 和2年)においても古びてはいない。「第2節 青年期における教養教育」の中の「3 大学 における教養教育」には「(1)大学における教養教育の課題」として「社会が複雑かつ急激 な変化を遂げる中で,各大学には,幅広い視野から物事を捉え,高い倫理性に裏打ちされた 的確な判断を下すことができる人材の育成が一層強く期待されている」と書かれているが至 極もっともである。では、そのような教養教育を大学でどのように実現するかの「具体的な
斎 孝 則
Takanori SAI
方策」が、この答申には4つの観点から詳述されている。第1はカリキュラム改革や指導方 法の改善、第2は大学や教員の積極的な取組を促す仕組みの整備、第3は教養教育の責任あ る実施体制の確立、第4は学生の社会や異文化との交流の促進である。いずれも野心的な方 策である。 しかし本稿は、以上を受けて第5のより野心的かつ「具体的な方策」を提示する。それは 戦前の尋常小学国語読本や国民学校国語読本(以下「国語読本」と略す。)の活用である。 筆者は現代の大学における教養教育実施の具体的な方策に、過去の尋常小学校や国民学校の 国語読本の活用を持ち出しているが、間違いではない。ここで敢えて国語読本を持ち出して いるのは、これら戦前の教科書が文字通り「幅広い視野から物事を捉え,高い倫理性に裏打 ちされた的確な判断を下すことができる人材の育成」に最適だと感じるからである。以下、 この点を縷々証明していく。なお、便宜的理由により、大正7(1918)年∼昭和7(1932) 年に渡って使用された尋常小学国語読本を中心に論じる。 ᴮᴫകજᄑȽᝢ まずは戦前の国語読本が文字通り「幅広い視野から物事を捉え,高い倫理性に裏打ちされ た的確な判断を下すことができる人材の育成」に最適であることを、尋常小学国語読本巻十 二の「目録」(=目次)とその解説により概括的に説明する(なお尋常小学国語読本は全部 で12巻からなる。小学生は尋常小学校の6年間で1年に2巻ずつ学んだ。巻十二は6年生 の後半で使った)。 目 録 解 説 第一課 明治天皇御製 明治天皇御製の和歌10首 第二課 出雲大社 出雲大社の紀行的紹介や起源 第三課 チャールズ・ダーウィン ダーウィンの伝記的な紹介と進化論 第四課 新聞 新聞の出現。編集、印刷、配布など 第五課 蜜柑山 蜜柑山の蜜柑の木、蜜柑を切るハサミの音など 第六課 商業 商人たるものはいかにあるべきか 第七課 鎌倉 尋常小学唱歌「鎌倉」の歌詞 第八課 ヨーロッパの旅 ロンドン、パリ、ベルダン、ベルリンなどの紀行 第九課 月光の曲 ベートーベンの「月光の曲」のエピソード 第十課 我が国の木材 我が国に産する多種の木材の説明 第十一課 十和田湖 十和田湖の湖面の高さ、面積、深さなど 第十二課 小さなねぢ ねぢを主人公とする独特の物語 第十三課 国旗 国旗とは何か。日本と諸外国の国旗 第十四課 リヤ王物語 『リア王』の日本語ダイジェスト
第十五課 まぐろ網 マグロを取る方法 第十六課 鳴門 鳴門を描く詩 第十七課 間宮林蔵 樺太が離れ島であることを明らかにした日本人 第十八課 法律 国民たるもの、必ず守らなければならぬ法律 第十九課 釈迦 苦難の多かった釈迦の伝記 第二十課 奈良 歴史や文学につながる奈良 第二十一課 青の洞門 一生を捧げて青の洞門の岩山に穴を掘った僧の話 第二十二課 トマス・エヂソン 電灯を中心とするエジソンの膨大な発明 第二十三課 電気の世の中 電気の世の中についての博士の講演 第二十四課 旧師に呈す 旧師に差し上げる手紙 第二十五課 港入 懐かしい故郷の港に入る船を歌う 第二十六課 勝安芳と西郷隆盛 江戸総攻撃を回避した二人の会談 第二十七課 我が国民性の長所短所 日本人の長所短所と我々のつとめ 狭い意味での国語の枠を遥かに超えてすこぶる幅広い話題に及んでいることは、一目瞭然で あろう。第一課は明治天皇御製の和歌。和歌が国語の教科書に載っていてもおかしくはない。 第二課は出雲大社の話。旅行記のように始まるが、話は日本神話にまで及ぶ。しかし第三課 では一転してイギリスのチャールズ・ダーウィン。第四課ではさらに転じて新聞の出現やら 編集やらの話。以下、蜜柑山、商業、鎌倉、ヨーロッパの旅と続き、正に縦横無尽。ゆめゆ め小学生向けの教科書と侮っていい内容ではない。むしろ大学生が「幅広い視野から物事を 捉え」るのに最適な教材と言うべきである。 また、「高い倫理性に裏打ちされた」内容であろうことは、拙い説明によっても容易に想 像出来るであろう。実際、第六課「商業」では「商人たる者は(中略)広く公衆のためを計 らなければならぬ」と書かれ、第十八課「法律」では「いやしくも国民たる者は必ず之を守 らなければならぬ」と同じような口調で書かれている。また第十三課「国旗」では日本と 諸外国の国旗について述べたまとめとして、「故に我らは、自国の国旗を尊重すると同時に、 諸外国の国旗に対しても、常に敬意を表せざるべからず」と「高い倫理性に裏打ちされた」 文が書かれている。 それゆえ戦前の国語読本を、「幅広い視野から物事を捉え,高い倫理性に裏打ちされた的 確な判断を下すことができる人材の育成」に最適の教材と呼ぶのである。 ᴯᴫᝊጯȽᝢ 以下、戦前の国語読本が文字通り「幅広い視野から物事を捉え,高い倫理性に裏打ちされ た的確な判断を下すことができる人材の育成」に最適であることを、より詳細に説明する。 まず、「はじめに」で紹介した「新しい時代における教養教育の在り方について」という
中央教育審議会の答申が重視した「新しい時代を生きるための重視した5つの要素」を足掛 かりとしたい。但し、答申の全文を引くとかなりの長文になり、かつポイントが少々見えに くい。ゆえに以下、私なりの抜粋で示す。 1―1 社会とのかかわりの中で自己を位置付け律していく力 1―2 自ら社会秩序を作り出していく力 1―3 主体性ある人間として向上心や志を持って生きる力 1―4 より良い新しい時代の創造に向かって行動することができる力 1―5 他者の立場に立って考えることができる想像力 2―1 他者や異文化、更にはその背景にある宗教を理解することの重要性 2―2 世界的広がりを持つ教養 2―3 我が国の伝統や文化、歴史等に対する理解 2―4 異なる国や地域の伝統や文化を理解し、互いに尊重し合うことのできる資質・態度 2―5 世界の人々と外国語で的確に意志疎通を図る能力 3―1 自然や物の成り立ち 3―2 論理的に対処する能力 3―3 科学技術をめぐる倫理的な課題 3―4 環境問題なども含めた科学技術の功罪両面についての正確な理解力や判断力 4―1 日常生活を営むための言語技術 4―2 論理的思考力や表現力の根源 4―3 和漢洋の古典の教養 4―4 国語力 5―1 修養的教養 5―2 我が国の生活文化や伝統文化の価値 では、これらの要素、国語読本にはどの程度見出すことが出来るだろうか。 ᴯ® ᴮǽ߱ࢠߴޙಇᴮࢳႆᴥऻఙᴦႊଡ଼ᇼంᴥ߱ࢠߴޙّᝣటࢊ̝ᴦ ᴯ® ᴮ® ᴮǽȈ̝ǽɴɷʭɹɬʇʝȉ 「1―1 社会とのかかわりの中で自己を位置付け律していく力」 「4―1 日常生活を営むための言語技術」 「4―4 国語力」 オハナ ト オチヨ ガ オキャクアソビ ヲ シテ イマス。 オチヨ ガ オキャク ニ ナッテ キマシタ。 「ゴメン クダサイ。」 「オチヨ サン デス カ、ヨク イラッシャイマシタ。」 オハナ ハ オチヨ ヲ ザシキ ヘ トオシテ、 オチャ ト オカシ ヲ ダシマシ
タ。 「ドウゾ オアガリ クダサイ。」 「アリガトウ ゴザイマス。」(4‒6) これはすでに「社会とのかかわりの中で自己を位置付け律していく力」をつけるための練 習教材と言えるだろう。さらに「日常生活を営むための言語技術」や「国語力」の育成にも 直結する。現代の大学生にとってさえ良いおさらいになるのではないか。 ᴯ® ᴮ® ᴯǽȈ̡ǽɵʽɶɲʬʘȉ 「4―2 論理的思考力や表現力の根源」 「4―4 国語力」 木 ノ エダ ニ、コトリ ガ 十パ トマッテ イマシタ。 人 ガ テッポウ デ、一ドニ 三バ ウチオトシマシタ。 木 ニ マダ ナンバ トマッテ イマショウ カ。(13) この問いに答えるには例えば「論理的思考力や表現力の根源」と「国語力」といった教養 が必要だろう。小学校1年生から正確に読み、考える力を養おうとする意図がうかがえる。 やはり現代の大学生にも必要な力である。 ᴯ® ᴮ® ᴰǽȈԚ˧ǽɴඩఌȉ 「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」 「オトウサン、モウ イクツ ネタラ、 オ正月 デス カ。」 「モウ 五ツ ネレバ、 オ正月 デス。オ正月 ノ オカザリ ニハ、ドンナ コト ヲ シマス カ。」 「カドマツ ヲ タテマス。」 「ソレ カラ。」 「シメ ヲ ハリマス。」 「ソレ カラ。」(以下、略)(30‒32) 早くも小学校1年生のうちから、正月という「我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」 に資する教材が扱われている。正月のような年中行事の継承が困難な現代にあって、こうし た教材は大学生の教養を深めるにはまことに貴重なものではないだろうか。
ᴯ® ᴮ® ᴱǽȈԚهǽʬʋǽʘǽʨʒȉ 「5―1 修養的教養」 「5―2 我が国の生活文化や伝統文化の価値」 昔、ある所に田や畑をたくさん持っていた人があった。弓を射ることが好きで、鳥や獣物 を射殺して、おもしろがっていた。ある日友達に弓の自慢をして、「お供えの餅を的にして、 射てみましょうか」と言った。友だちは「餅は大切なお米でこしらえたものですから、射 てはいけません」と止めたが、聞かないで射た。 ヤ ハ ウマク アタリ マシタ。アタル ト、モチ ハ 白イ トリ ニ ナッテ、パッ ト トンデ イキマシタ。ソレ カラ コノ 人 ノ 田 ニハ、オ米 ガ スコシモ デキナク ナッタ ト イイマス。(36) 食べ物、特に米を大切にする感覚は「修養的教養」であろうし、「我が国の生活文化や伝 統文化の価値」と言えるだろう。餅が白い鳥になってパッと飛んで行った、という民話的な イメージを通してこうした教養を身につけることは頗る有益であろう。 ᴯ® ᴯǽ߱ࢠߴޙಇᴯࢳႆᴥҰఙᴦᴥऻఙᴦႊଡ଼ᇼంᴥ߱ࢠߴޙّᝣటࢊ˧Ǿࢊهᴦ ᴯ® ᴯ® ᴮǽࢊ˧Ȉ̝ǽʙʮɴɷȉ 「1―1 社会とのかかわりの中で自己を位置付け律していく力」 「1―3 主体性ある人間として向上心や志を持って生きる力」 コウバ ノ キテキ ガ ナッテ イマス。マダ ウスグロウ ゴザイマス ガ、ケサ コソ ニイサン ヨリ サキ ニ オキテ ミヨウ ト オモッテ、 ソット ネドコ ヲ 出マシタ。(略) コウバ デハ モウ シゴト ガ ハジマッテ イル ラシイ。 ハヤク カオ ヲ アラッテ、 ニイサン ト 一ショニ オサライ ヲ シマショウ。 (2‒5) この文章の筆者は兄や工場「とのかかわりの中で自己を位置付け」、早起きや「オサライ」 に励んでいる。他人から言われることなく、「主体性ある人間として」早起きをし、顔を洗って、 おさらいをしようとしている。こうした力は現代の大学生にも決して無益ではないだろう。 ᴯ® ᴯ® ᴯǽࢊ˧ȈԚˤǽˢՠɃȽȪǿ˧ǽǽɁǽȞȭȉ ある ばん、弟 が にわ へ 出て、「一つ、 二つ」と かぞえて いました。 兄 が
「おまえ、 何 を かぞえて いる の だ。」とたずねます と、 弟「星 を かぞえて います。」 兄「こんな くらい ばん に かぞえないで、 ひる かぞえる が よい。」 (53‒54) 戦前の教科書には、一冊につき一つか二つはこんなユーモアのある笑い噺が載っている。 こうしたユーモアが人間形成の役にたつことを、了解していたからであろう。あいにくユー モアという言葉は中教審答申の教養の視点にはふくまれていないが、このような話を現代の 大学生にはぜひ読ませたい。 ᴯ® ᴯ® ᴰǽࢊ˧Ȉ̝ԚǽȨȨᓌȉ 「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」 (略) 二郎「三郎 さん、又 今日 も 舟 を ながして あそびましょう。」 三郎「又 はしりくら を させましょう。五郎さん も なかま に おはいり なさ い。」 みよ子「私 は かちまけ を 見る 人 に なりましょう。」 男の子 三人 は ささ の は を とって、舟 を こしらえました。(60‒61) 笹の葉で舟を作って「はしりくら」をするという「我が国の伝統や文化に対する理解」は、 笹の葉で舟を作った経験を持たないかもしれない現代の大学生にこそ、持って欲しい。 ᴯ® ᴯ® ᴱǽࢊهȈˢǽȝᇞȉ 「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」 うじがみ さま の 森 で、あさ から たいこ の おと が します。今日 は お祭 です。大きな 字 を 書いた のぼり が すみきった 空 に 立って いま す。 おひるすぎ に、 おばさん の うち から おとよ さん と 太郎 さん が き ました ので、三人 で お宮 へ まいりました。 鳥い の あたり は、 道 の りょうがわ に、 いろいろな 店 が ならんで い ます。 おもちゃや には らっぱ や かたな や ひこうき など が ならべて あります。 ほおずき や ふうせん玉 を 売る 店 も 出て います。(後略)(1‒2)
戦前の教科書には「我が国の伝統や文化、歴史等にたいする理解」を促す教材が満載され ていた。子供の視線で書かれてはいるが、このような教材は現代の大学生も興味を持って読 んでくれるのではないだろうか。 ᴯ® ᴯ® ᴲǽࢊهȈԚهǽȝᝈǽ̝ȷȉ 「2―4 異なる国や地域の伝統や文化を理解し、互いに尊重し合うことのできる資質・ 態度」 東京 の 宿屋 で、 山国 の もの と、島国 の もの が おちあいました。 山国 の もの が 「日 は 山 から 出て、 山 へ はいる。」 と いえば、 島国 の もの が 「いや、 海 から 出て、 海 へ はいる。」 と いって あらそいます。 そこ へ 宿屋 の ていしゅ が 来て、 「へええ、 日 は 屋根 から 出て、 屋根 へ はいる もの では ございません か。」(一つ目。二つ目は省略)(53‒54) ユーモラスな「お話」である。しかし、こうしたユーモアを通して、異なる地域の異なる 見方はあらそわず、「互いに尊重し合う」ものであることを学べるのではないか。 ᴯ® ᴯ® ᴳǽࢊهȈԚтǽࠞȟɜȉ 「1―5 他者の立場に立って考えることができる想像力」 私 の うち に 山がら が 一羽 かって ありました。 たいそう よく なれて、 私 の 手 から え を たべる ほど に なって 居ました。 それ が かわい そう に、 ある ばん ねずみ に 足 の ゆび を くいきら れました。 どんなに か 鳴いた の でしょう が、 うち の もの は 朝 まで しらず に 居ました。 きず を 見て やろう と 思って、 私 が かご の 戸 を 明けます と、 山 がら は とび出して、 竹がき の 上 に とまって、 それ から うら の 山 へ とんで 行って しまいました。 これ は 私 が 七つ の 年 の こと でした。 が、 今 でも 山がら の こえ を きく と、 まだ あれ が 生きて 居る だろう か、 足 の きず は どう したろう か と 思わない こと は ありません。
この話を小学校の教材にしようと考えた方も、小学生に「他者の立場に立って考えること ができる想像力」の大切さを訴えたかったに違いない。そしてかつての小学生の心に届いた 教材であれば、現代の大学生の心にも届かないはずはなかろう。(67‒70) ᴯ® ᴰǽ߱ࢠߴޙಇᴰࢳႆᴥҰఙᴦᴥऻఙᴦႊଡ଼ᇼంᴥ߱ࢠߴޙّᝣటࢊ̡Ǿࢊфᴦ ᴯ® ᴰ® ᴮǽࢊ̡ȈԚфǽஓట˧ȉ 「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」 日本の国には、景色のよい所がたくさんありますが、松島・天の橋立・宮島の三つを、昔 から日本三景と申します。 松島は大小二三百の島が、海上三四里の間にちらばっていて、島という島には、枝ぶりの よい松がしげっています。あたりの高い所からもながめますが、多くは舟に乗って、島の 間を通って見物します。晴れた日、月の夜、雪の朝、いつ見てもよい景色です。(以下、略) (56‒57) まことに的確にして美しい描写で日本三景を表しており、「我が国の伝統や文化,歴史等 に対する理解」が自ずから深まるように書かれている。冒頭に引用した中央教育審議会の答 申の中には「世界的広がりを持つ教養が求められている」とあったが、そうした教養の第一 歩は我が国への理解を深めることであるに違いない。小学3年生用教科書の文章だが、現代 の大学生に提示するのに何の不足もない文章である。 ᴯ® ᴰ® ᴯǽࢊ̡ȈԚ̎ǽႊ෩ȉ 「1―3 主体性ある人間として向上心や志を持って生きる力」 「1―4 より良い新しい時代の創造に向かって行動することができる力」 (前略)人の一心というものはえらいもので、三度目に土手の工事はうまくいった。一雨 毎に池の水はふえた。それを見て、村の人は急にあれ地を田にしだした。一冬こして、春 には池の水が一ぱいになった。六月の田植時から七月・八月にかけて、水はありあまった。 そこで一年ましに田がふえたが、おしいことに、庄屋は池が出来上がった年の冬、死んで しまった。長い間の苦労が病気のもとであったということだ。(後略)(75‒76) かつて貧乏村と言われた村の庄屋が、村のことをいろいろと考えたすえ、「どうしても大 きな用水池を掘らなければならないと考え」た。ところが運悪く工事は2度にわたって失敗 した。そのため庄屋の悪口を言う者ばかりで、工事の人夫も「にげてしまった」が、「それ でも庄屋はくじけなかった」。そうしてついに用水池は完成した。あいにく、庄屋は池が出
来た年に亡くなったが、という話である。 貧乏村のこの庄屋は「村のことをいろいろ考え」る主体性ある人間であり、「どうしても おおきな用水池を掘らなければならないと考え」る「向上心や志を持って生き」た。そうし て「より良い新しい時代の創造に向かって」用水池を完成させた。このような人物について 学ぶことこそ、教養の学びと言えるだろう。 ᴯ® ᴰ® ᴰǽࢊ̡Ȉ̝Ԛ˧ǽˢᠴˢᠴȉ 「5―2 我が国の生活文化や伝統文化の価値」 一足一足、遠い所へ進み行き、 一くわ一くわ、広いたんぼをうちかえす。 一針一針、金糸・銀糸でぬいをぬい、 一こて一こて、大きな土蔵の壁をぬる。 ちりがつもって山となり、 しずくがよって海となる。(95) 勤勉、あるいは地道など「我が国の生活文化」を支える基本的な価値が、印象的に歌われ ており、一見、現代の学生たちの日常とはかけ離れているようでも、その根底の意味は十分 了解されるのではないか。 ᴯ® ᴰ® ᴱǽࢊфȈቼԚ̡ǽ˥ȫɘɁȉ 「5―2 我が国の生活文化や伝統文化の価値」 親を思う孝子の心には、頼朝もかんしんして、石のろうから唐糸(からいと)を出して、 万じゅに渡しました。二人がたがいに取りついて、うれし泣きに泣いた時には、頼朝をは じめ、居合わせた者に、だれ一人もらい泣きをしない者はありませんでした。 頼朝は唐糸をゆるした上に、万じゅにはたくさんなほうびをあたえましたので、親子は、 うばもろともに、喜び勇んで木曽へ帰りました。(63‒64) 「親を思う孝子の心」、これもまた「我が国の生活文化や伝統文化の価値」であろう。八幡 様の御加護もあり、無事に母親を見つけ出した万じゅの姫の話を、かつての小学生同様、現 代の大学生にも読んで貰いたい。 ᴯ® ᴰ® ᴲǽࢊфȈቼԚтǽ៹ᔗࡺȉ 「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」
京都を北から南へ流れている川を賀茂川といいます。京都は長い間の都ですから、冠をか ぶって太刀をはいたおくげ様方や、きれいな着物を着て、牛車に乗ったお姫様方の姿を、 此の川の水はいくたびとなくうつしたことでございましょう。又いくさのあった時には、 よろいかぶとの勇ましいなりをした武士の刀や、なぎなたの光も、いくたびとなく此の川 の水にうつったことでございましょう。こんな人、こんな姿は、とうの昔にきえましたが、 川は昔のままに清く美しく流れています。(後略)(69‒70) 「我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」を深める上で、賀茂川に思いを馳せるかよ うな美しい品のある文章は、小学生も大学生も隔てなく味わえるであろう。 ᴯ® ᴰ® ᴳǽࢊфȈቼ̝Ԛ̡ǽᓾȉ 「5―2 我が国の生活文化や伝統文化の価値」 「一雨一雨暖かになって、よいあんばいです。」とおかあさんが誰かにおっしゃっている時、 私は庭へ出ました。雨あがりの庭はぼうっとけむっていました。 池のはたへ行って見ると、しょうぶが小指程に芽を出していました。うちの人はみんな知 らずに居るから、一つ取って行って見せようと思って、手を出すと、 「義一さん、それはお節句に使うのですよ」というねえさんの声がしました。ねえさんは 赤いたすきをかけて、手水鉢の水をかえていました。(100‒102)(後略) 小学生の視点で書かれた文章だが、行き届いた日本語である。菖蒲の節句前の時期におけ る「我が国の生活文化や伝統文化の価値」が味わえるので、現代の大学生の教養教育の素材 としても申し分がない。 ᴯ® ᴱǽ߱ࢠߴޙಇᴱࢳႆᴥҰఙᴦᴥऻఙᴦႊଡ଼ᇼంᴥ߱ࢠߴޙّᝣటࢊˤǾࢊтᴦ ᴯ® ᴱ® ᴮǽࢊˤȈቼهǽ༄ࢱȉ 「3―1 自然や物の成り立ち」 「5―2 我が国の生活文化や伝統文化の価値」 (前略)潮がすっかり落ちて、海はおかのようになった。舟で来た人も、おかから来た人 も入りまじって、何百人か数えきれない程いる。何時か知らない人とも話し合うようになっ て、大きな蛤や馬刀貝(まてがい)でも取ると、おたがいに見せ合う。(中略と)其のう ちに潮がさしはじめたので、みんな舟にもどった。めいめいざるをかしげて、え物を見せ 合った。妹とお松のざるには、やどかりがたくさんいた。珍しかったのは、丸山くんのざ るに、たつのおとしごが一つあったことであった。(13‒15)(後略)
潮干狩りのまことに豊かな描写である。え物を見せ合う楽しさなど「伝統文化の価値」を 感じさせられる。また、教科書ではえ物の挿絵もあり、潮が「落ち」たり「さし」たりする、 といった描写から「自然や物の成り立ち」も学ぶことができる。楽しく教養を身につけるこ とのできる最適の教材である。 ᴯ® ᴱ® ᴯǽࢊˤȈቼ̝Ԛǽʨʴ˂ɁȠȹɦȉ あわただしくかけこんで来た者があります。見れば自国の兵士です。 「かくして下さい。敵が追っかけて来ます。」 マリーはどうかしてかくしてやりたいと思いました。けれども貧しい木こり小屋で、戸棚 一つもありません。(中略) 「ああ、そうだ。」 と言って、マリーはおばあさんのずきんを取って、兵士の頭にかぶせました。 「しばらく、うちのおばあさんにおなりなさい。」(88‒90) マリーはさらに、耳が遠いふりをして、とも付け加える。こうした機転のお陰でマリーと 兵士は敵兵を無事退散させることができた。戦前の教科書では、こうした機転や機知という ものも、生きていく上で必要な力、ないし教養と捉えていたのではないだろうか。 ᴯ® ᴱ® ᴰǽࢊˤȈቼ̝Ԛˢǽ̝ᄍԚஓȉ 「3―1 自然や物の成り立ち」 「5―2 我が国の生活文化や伝統文化の価値」 (前略)それが、朝飯がすむと間もなく、稲の葉がさわさわし出した。 「やはり二百十日だ。風が出て来た。」 と、又おとうさんがおっしゃった。 おじいさんにきいたら、二百十日というのは立春の日から二百十日目の日のことで、此の 日はよく大風が吹くから、厄日といって、農家ではことに心配するのだそうだ。 「どうかひどい風にならなければよいが。」 と、おじいさんが言っていらっしゃったが、其の中に南の空が黄色になって、風がだんだ んはげしくなって来た。垣根も倒れれば、しおり戸も外れる。まして稲田は大波が打つ。 (93‒94)(後略) 「どうかひどい風にならなければよいが。」と生活実感のこもった文章だが、その中に二百 十日を恐れるという「我が国の生活文化や伝統文化の価値」が込められている。この文章の 書き手がおじいさんにきいて二百十日を学んだように、現代の大学生もこのような教材を読
んで「自然や物の成り立ち」を理解し、論理的に対処する能力を身に付けてほしい。 ᴯ® ᴱ® ᴱǽࢊтȈቼ̡ǽ૯ފȉ 「2―2 世界的広がりを持つ教養」 「2―4 異なる国や地域の伝統や文化を理解し、互いに尊重し合うことのできる資質・ 態度」 揚子江ハ支那第一ノ大河ニシテ、其ノ長サ一千三百里、我ガ国ノ最南端ヨリ最北端ニ至ル 長サヨリモ長シ。我ガ国第一ノ長流鴨緑江ノ如キハ実ニ其ノ支流ニモ及バザルナリ。汽船 ハ河口ヨリオヨソ六百里、小舟ハオヨソ九百里サカノボルコトヲ得。 此ノ河ノ上流地方ヨリ木材ヲキリ出シ、之ヲイカダニ組ミテ河ヲ下スコトアリ。イカダノ 大ナルモノハ長サ六七十間、幅三四十間、コレニ土ヲ置キテ野菜ヲ作リ、又小屋ヲ建テテ 豚・鶏等ヲカヒ、一家コトゴトクコレニ乗リテ、流ニシタガヒテ下ル。其ノ家ヲ出デテヨ リ、イカダヲトキテ木材ヲ売ルニ至ルマデ、一年ノ長キニワタルコト珍シカラズトイフ。 (19‒21)(後略) 巻七の第一課は「世界」というタイトルであり、尋常小学国語読本では4年生から視野を 世界に向けるようである。そしてその4年生が読むこの揚子江の文章は固いカタカナで書か れていても、生活感とともに揚子江の雄大さを伝える名文である。大学生に「世界的広がり を持つ教養」を持たせるにうってつけであり、その上「異なる国」である中国・揚子江の汽 船や小舟の動きや木材の切り出し、一家の全員が乗って一年かけて下るこの「地域の伝統や 文化を理解し」、尊重する資質を磨くのに最適の教材と言えるだろう。 ᴯ® ᴱ® ᴲǽࢊтȈቼфǽ֕ᱜȉ 「1―2 自ら社会秩序を作り出していく力」 「1―4 より良い新しい時代の創造に向かって行動することができる力」 台湾の野蛮人にはお祭りに人の首を取って供える風があったが、阿里山の野蛮人だけはこ の悪い風が早くから止んだ。それは呉鳳(ごほう)という人のおかげだという話である。彼 は阿里山の役人になってたいそう野蛮人を可愛がったので、野蛮人からは親のように慕われ た。が、この首取りの悪風をやめさせたいと思い、しばらくは野蛮人が取った首をしまって おいて、それを毎年一つずつ供えさせた。しかし、やがて供える首がなくなった。呉鳳はお 祭のために人を殺すのはよくないということを説き聞かせたが、野蛮人はもう待てないと言 う。呉鳳は「それ程首がほしいなら、明日の昼頃、赤い帽子をかぶって、赤い着物を着て、 此所を通る者の首を取れ。」と言う。翌日、果たしてそのなりをした人が来たので、野蛮人
たちはすぐにその人を殺して首を取った。見ると、それは呉鳳の首であった。 蛮人どもは声を上げて泣きました。 さて蛮人どもは、呉鳳を神にまつって、其の前で、此の後は決して人の首を取らぬとちか いました。そうして今も其の通りにしているのだといいます。(25‒26) 小学校4年生の教科書だが、文字通り我が身を犠牲にして悪風を止めさせた人物を教材と していることは立派である。読む者はこの印象的な話から呉鳳の「自ら社会秩序を作り出し ていく力」や「より良い新しい時代の創造に向かって行動することができる力」を感じるに 違いない。 ᴯ® ᴱ® ᴳǽࢊтȈቼԚ̡ǽ႔Ɂᣄȉ 「5―1 修養的教養」 雪どけ道のぬかるみを 杖にすがりてとぼとぼと、 歩み来れる老婆あり。 ゆききの車馬のたえざれば、 向うの側へ行きかねつ。 老婆の前を右左、 行きかう男女多けれど、 北風寒き町の辻、 身なりいやしき老婆には、 手をかす人もあらざりき。 米を運びし帰り途、 ひらりと下りて自転車を 角の下駄屋にあずけ置き、 すぐに老婆をみちびきぬ。(55‒56)(後略) 物語詩のような詩情が漂うけれども、「修養的教養」を授けてくれる名品である。大学に おける教養教育の素材たりうることに一点の疑いもない。
ᴯ® ᴲǽ߱ࢠߴޙಇᴲࢳႆᴥҰఙᴦᴥऻఙᴦႊଡ଼ᇼంᴥ߱ࢠߴޙّᝣటࢊ̎ǾࢊԚᴦ ᴯ® ᴲ® ᴮǽࢊ̎Ȉቼ˧ǽअൟݪȉ 「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」 「2―4 異なる国や地域の伝統や文化を理解し、互いに尊重し合うことのできる資質・ 態度」 「4―3 和漢洋の古典の教養」 景行天皇の皇子日本武尊が蝦夷を平らげよとの勅命を報じて東国に下り、相模から上総へ 海を渡った時、大風が急に吹き、波が荒れ狂い、船が今にもくつがえりそうになった。この 時、お供に付き従っていた弟橘媛が、 「これ海神のたたりならん。われ皇子の御身代りとなりて海に入り、神の御心をなだむべし。 皇子は勅命を果して、めでたく都に帰り給え。」 といいて、菅筵八枚、敷皮八枚、きぬの敷物八枚を波の上に敷重ね、其の上に飛下り給えり。 ふしぎや、今まで荒れに荒れいたる大海、おのずから静まりて、おだやかなる凪となり、 尊はつつがなく上総の国に着き給いきという。(10‒11) 日本神話におけるヤマトタケルの東征の一節である。戦前の子供たちは様々な日本神話に 触れていたが、現代の大学生はその点では遅れを取っている。その意味でもこの教科書の素 材を使って、「我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」を深め、同時に「異なる国や地 域の伝統や文化を理解し、互いに尊重し合うことのできる資質・態度」を高めてほしい。そ の意味で「和漢洋の古典の教養」を取り入れることは大いに意味がある。 ᴯ® ᴲ® ᴯǽࢊ̎ȈቼԚтǽᆀާࡾکȉ 「4―5 国語力」 「5―2 我が国の生活文化や伝統文化の価値」 一 石安工場と筆太に、 小屋根に上げし看板が 往来の人の目につきて、 安じいさんを知る知らず、 「ああ、あの角の石屋か。」と、 誰もうなづく工場あり。
二 石碑を刻む、文字をほる、 槌音のみ音かしましき 広き工場の片すみに、 安じいさんはせぐくまり、 常に何をか刻みいる、 めがねを掛けてはっぴ着て。(80‒81)(後略) 形式の整った端正な6連の詩の、冒頭2連である。誰もうなづく工場で、めがねを掛けて はっぴ着て、せぐくまりながら常に何かを刻んでいる石屋。これも貴重な「我が国の生活文 化」であろう。「国語力」の育成にも大いに役立つはずである。 ᴯ® ᴲ® ᴰǽࢊ̎Ȉቼ̝Ԛ̝ǽԈ᭛հȉ 「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」 北風は見るからに強そうな軍馬である。北風の主人は若い騎兵中尉で、たいそう北風をか わいがって、まるで我が子のように大事にしていた。ある年戦争が始まったので、北風も外 の軍馬同様、主人に従って戦地へ向かった。戦場をかけまわるのは北風にとって愉快なこと だった。しかしとうとう恐ろしい日が来た。主人の様子がどうも一通りでない。中尉は始終 先頭に立って進んでいた。ちょうど其の時、敵の砲弾が近くで破れつして、その破片がぴゅっ と北風のたてがみをかすめた。北風は、主人の体がくらの上でぐらっとゆれるのを感じた。と、 たづなが急にゆるんで、中尉は後方にころげ落ちた。北風は驚いてすぐに立ち止ろうとした が、味方の馬に追われて、数十間も進んでしまった。あわてて今来た方へ一散にかけ戻った。 主人の姿を見つけると、静かに其のそばに立止った。中尉はあおのけになって倒れている。 北風は、もう一度鼻先をなでてもらいたくなって、そっと顔を主人の肩のあたりへすりよ せた。中尉の手はじっとして動かない。北風はもう一度あの勇ましい号令が聞きたいと思っ て、訴えるような目付で主人の顔を見下し、左右の耳をそばだててみた。しかし聞えるの はかすかな息づかいばかりであった。ちょうど其の時、はるか遠方で味方の万歳の声がわ き起った。戦争なれた北風は、此の声の意味をよく知っていた。そうして之に合わせるよ うに、又自分の最愛の主人に味方の勝利を語るように、一声高く天に向っていなないた。 中尉の顔には満足らしいえみが浮かんだ。(110‒111) この話の別の箇所には「戦場の光景は実に恐ろしい」と書かれ、北風の主人はえみを浮か
べながら戦死する。戦前の小学5年生はこのような文章を学校の教科書で読んでいたのであ る。現代の小中高ではおよそ触れることのないこうした話を、我が国の歴史を理解する意味 からも、現代の大学生にはぜひ読んで頂きたい。 ᴯ® ᴲ® ᴱǽࢊԚȈቼ̡ǽཌྷիަɁݓȉ 「1―3 主体性ある人間として向上心や志を持って生きる力」 「2―2 世界的広がりを持つ教養」 英国の東海岸にロングストーンという島がある。其の一角にそびえる灯台に、年とった燈 台守が、妻と娘と三人で、わびしく其の日を送って居た。(略) ある秋の事である。一そうの船が、俄かの嵐におそわれて、此の島に近い岩に乗上げた。 船は二つにくだけて、船尾の方は見る見る大波にさらわれてしまった。岩の上に残った船 体には、十人ばかりの船員がすがり付いて、声を限りに救を求めたが、何のかいもなかった。 夜がほのぼのと明けた頃、荒れくるう海上を見渡したグレース親子は、ふとはるか沖合に、 かの難破船を見とめた。娘は驚いて、 「まあ、かわいそうに。おとうさん、早く助けに行きましょう。早く早く。」 (略) かろうじてボートはかの難破船にたどり着いた。生き残った船員は涙を流してよろこんだ。 親子は非常な危険をおかして、人々をボートに収容し、又あらん限りの力をオールに注い で、我が家へと向った。(略)こうしてボートは再び荒波を切りぬけて、灯台に帰り着い たのである。(24‒25, 27‒28) 若くして亡くなった英国の国民的ヒロインの話(実話)である。小学4年生以上の教科書 には「世界的広がりを持つ教養」に通じる話が登場するがその一つである。この話の主人公 (グレース・ダーリング)の行動力は、「主体性ある人間として」生きる上で大いに参考にな ると言えよう。 ᴯ® ᴲ® ᴲǽࢊԚȈቼԚ̝ǽᦷɁజȉ 「1―5 他者の立場に立って考えることができる想像力」 「4―3 和漢洋の古典の教養」 これは鎌倉期の話である。旅僧姿に身をやつした時の執権北条時頼が、ひと夜の宿を貸し てくれた、かつての上州佐野の領主常世に恩返しをする。 (前略)諸国の大名・小名きら星の如く並べる中に、常世はちぎれたる具足を着け、さび
長刀を横たえ、わるびれたる様もなく、進みて御前にかしかまれば、最明寺入道時頼はる かの上座より、 「それなるは佐野源左衛門常世か。これは何時ぞやの大雪に宿を借りた旅僧であるぞ。其 の時の言葉にたがはず、真先にかけて参ったは感心の至り。(略)又寒夜に秘蔵の鉢の木 を切ってたいた志は、何よりもうれしく思うぞ。其の返礼として加賀に梅田、越中に櫻井、 上野に松井田、合わせて三箇所の地を汝にさずける。」(71‒72) かつて常世は旅僧に宿を貸した折、寒さをしのぐおもてなしに秘蔵の梅、桜、松の鉢植を 切っていろりにたいたのであった。時代を問わず、小学生・大学生を問わず、「他者の立場 に立って」行動できることの大切さを学ぶことは大事であるに違いない。 ᴯ® ᴲ® ᴳǽࢊԚȈቼԚˤǽȗȾȢȗᕹȉ 「5―1 修養的教養」 「5―2 我が国の生活文化や伝統文化の価値」 (前略)翌日太郎が友だちの正雄・良一と三人連で、学校から帰る時の事であった。「本道 は遠いから近道を通ろう。」と正雄が言うと、良一はすぐ賛成した。其の近道というのは 田のあぜ道で、途中にはかなり深い小川にかけ渡した一本橋がある。太郎は前から父に、 「あの橋は危険だから決して渡ってはならぬ。」と固く禁ぜられていたのであるが、友だち のすすめをことわりかねて、一所に渡り出した。すると橋はまん中から折れて、三人は水 中におちいった。さいわい付近の田で働いていた村の人々に助けられ、何れもぬれねずみ のようになって家に帰った。父は 「お前はどうしたのだ。かねてあぶないといって置いた、あの橋を渡ったのでは無いか。」 とたずねたが、太郎はだまっていた。(92‒94) 太郎はだまっていた。それは「はい」が言いにくい言葉だからである。また太郎は父から 渡ることを固く禁じられていた一本橋を渡って落ちたが、それは「いいえ」が言いにくい言 葉だからである。「はい」も「いいえ」も言いにくい言葉である、これもまた小学生、大学 生を問わず大切な学びであろう。 ᴯ® ᴳǽ߱ࢠߴޙಇᴳࢳႆᴥҰఙᴦᴥऻఙᴦႊଡ଼ᇼంᴥ߱ࢠߴޙّᝣటࢊԚˢǾࢊԚ̝ᴦ ᴯ® ᴳ® ᴮǽࢊԚˢȈቼ̎ᝥǽȉ 「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」 (前略)一昨年植付けた時の覚書だ。あの時、
「こんなに間をおいてよいのですか」 と僕が聞いたら、おとうさんが 「早く間伐して細材を取る目的のところでは、一坪に二本も三本も植えるが、この辺では 太材を取る方が利益だから、こう間をおいて植えるのだ。今にごらん、此のくらい離して 植えても、十五六年目には間伐をしなければならないようになるから。」 といって笑っておられた。(36‒37) 「世界的広がりを持つ教養が求められる」時代にあるからこそ、幾多の歳月を掛けてはぐ くまれてきた「我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」を深める必要がある。この植林 にまつわる文章には、そうした我が国の伝統や知恵が具体的に分かりやすく描かれており、 現代の大学生にとっても十分学ぶ価値に満ちている。 ᴯ® ᴳ® ᴯǽࢊԚˢȈቼ̝ԚфᝥǽɰɱʴʽʒʽȻߵࢳȉ 「5―1 修養的教養」 昔イギリスのある大きな農場で、農場主が大勢の人の耕作を監督していた。ふと見ると、 猟に出たらしいりっぱな騎馬の人たちが真一文字にこちらへかけて来る。農場主はせっかく よく出来ている麦を、たくさんの馬や犬にふみあらされてはたまらないと思って、そばにい た自分の子に、ジョージ、農場の門をしめろ、人が何と言っても決してあけるな、と言いつ けた。騎馬の人たちは繰り返し来て門をあけろと言ったが、ジョージは開けなかった。最後 に目つきのやさしい老紳士が「私は公爵ウェリントンだ。よい子だから私の頼みをきいてく れ。」と言った。少年は帽子をぬいで恭しく敬礼して、静かに口を開いた。 「ウェリントン侯爵ともいわれるえらいお方が、おとうさんの言いつけに背けとおっしゃ ろうとは、どうしても考えられません。僕は、誰が来ても此の門をあけてはならないとお とうさんに言われているのです。」 公爵はひどく此の答が気に入った。そうして自身も帽子をぬいで答礼し、一同を引連れて 立去った。 ジョージは後を見送って、帽子を振りながら叫んだ。 「ウェリントン侯爵万歳。」(120‒121) 相手が誰であろうと親の言いつけを守る。但し、礼節を失することなく守る。そのような 少年の姿勢を学び心に刻むことこそ真の教養教育ではないだろうか。
ᴯ® ᴳ® ᴰǽࢊԚˢȈቼ̝ԚтᝥǽᦪᅓɁˢҒጽȉ 「1―1 社会とのかかわりの中で自己を位置付け律していく力」 「1―2 自ら社会秩序を作り出していく力」 「1―3 主体性ある人間として向上心や志を持って生きる力」 江戸時代の前期に鉄眼(てつげん)という僧侶がいた。一代の事業として一切経を出版す ることを思い立ち、広く各地をめぐって資金を募ること数年、資金が整った。たまたま大阪 に出水があり、死傷者が頗る多く、路頭に迷う人が無数にいた。仏教を盛んにするため一切 経の出版を思い立ったが、それも人を救うためだ、と考えた彼は喜捨してくれた人に志を告 げ、出版の資金を救済に当て、手元には何も残らなかった。鉄眼は屈することなく、再度募 集に着手し努力すること数年、間も無くという所まで来た。が今度は近畿地方に大飢饉が起 きた。鉄眼は再度決意して出来る限りの人々を救い、またもや一銭も手元には残らなかった。 が、鉄眼は第三回の募集に着手した。鉄眼の大事業は思い立ってから17年、ついに一切経 6956 巻の大出版が完成した。 福田行誡かつて鉄眼の事業を感嘆していわく「鉄眼は一生に三度一切経を刊行せり。」と。 (130) 巻十一の掉尾を飾る一文である。当初の自分の目標を変えて人を救う方に「自分を位置付 け律していく力」、被災者の救済という形で「自ら社会秩序を作り出していく力」、そして「主 体性ある人間として向上心や志をもって生き」、遂に一切経を出版した力、はきっと読む者 の胸を打つであろう。 ᴯ® ᴳ® ᴱǽࢊԚ̝ȈቼԚ˧ᝥǽّȉ 「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」 「2―4 異なる国や地域の伝統や文化を理解し、互いに尊重し合うことのできる資質・ 態度」 今日一国家を形成する国々にして、国旗の制定せられざる所なし。国旗は実に国家を代表 する標識にして、其の徽章色彩にはそれぞれ深き意義あり。今我が国を始め主なる諸外国 の国旗に就いて述べん。(略) かくの如く各国の国旗は、或はその建国の歴史を暗示し、或は其の国民の理想・信仰を表 すものなれば、国民の之に対する尊敬は、即ち其の国家に対する忠愛の情の発露なり。故 に我等は、自国の国旗を尊重すると同時に、諸外国の国旗に対しても、常に敬意を表せざ
るべからず。(60‒61, 64‒65) この課の最初と最後の段落を載せた。その間には日本、イギリス、アメリカ、フランス、 ドイツ、中華民国、イタリヤの国旗について簡潔に述べられている。そして、最後の一文に は、「自国の国旗を尊重すると同時に、諸外国の国旗に対しても、常に敬意を表」すべきで あるという、当たり前の、しかし大切なことが書かれている。戦前の小学生が学んだこのこ とを、現代の大学生も改めて学ぶとよいのではないか。 ᴯ® ᴳ® ᴲǽࢊԚ̝ȈቼԚهᝥǽʴʮသ࿎ȉ 「4―3 和漢洋の古典の教養」 「5―1 修養的教養」 (前略)やがて眠から覚めた王は、幾分気も静まったのか、 「此処は何処だろう。一体わしは今までどうしていたのだろう。」といってあたりを見廻し、 そばにいるコーデリヤを見て、 「これはどなたであろうな。笑ってくださるな。どうも娘のコーデリアのように思われて ならぬが。」 コーデリヤは父の手を取って泣きながら、 「其のコーデリヤでございます。」 「涙をこぼしてくれるのか。お前はわたしをうらんでいるはずだが。」 「何でうらむわけがございましょう。何でうらむわけがございましょう。」 王は尚あらぬ言葉を口走ってはいたが、其の言葉の端々にも、前非を悔い、自分を責めて 娘にわびる真心がこもっていた。コーデリヤはそれを聞いて腸をちぎられるような思がした。 その後老王はコーデリヤの孝養によって余生を安楽に送ったという。(74‒76) コーデリヤの涙は嘘のないまことの涙であった。西洋の古典に現れたまことの孝養は修養 的教養を身に付ける良き教材と言えるだろう。 ᴯ® ᴳ® ᴳǽࢊԚ̝Ȉቼ̝ԚфᝥȈӫާᓺȻᛴ᥅ᄱȉ 「1―4 より良い新しい時代の創造に向かって行動することができる力」 「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」 「2―5 互いに尊重し合うことのできる資質・態度」 「この辺の事情をよくよくご推察下されて、特別のご仁慈を以ておだやかに事のまとまる よう今一応ご評議下さることになりますれば、誠に日本国の幸いでござります。また延いて
は徳川家及び江戸百万の民の仕合せ、これは申すまでもござりませぬ。何分今一応のご評議 を推してお願い申す次第でござります。」 西郷はしばらくじっと考えていたが、 「よろしい。とにかく明日の総攻撃見合わせの一事だけは、拙者一命にかけてお引受け申 します。その余のことは拙者の一存にはまいりませぬから、追っての沙汰をお待ちください。」 やがて安芳は西郷に見送られて門を出た。 警衛の兵士らは安芳の姿を見ると一時に押し寄せて来たが、西郷が後に続いている のを見て、一同恭しく捧げ銃の礼をした。安芳は自分の胸を指さして、 「次第によっては、或いは君らの銃先にかかって死ぬかも知れぬ。よくこの胸を見覚えて おいてくれ。」 といいながら、西郷と顔を見合わせてにっこり笑った。(130‒131) この文章の場合、「2―3 我が国の伝統や文化,歴史等に対する理解」に当てはまるこ とは見やすいが、「1―4 より良い新しい時代の創造に向かって行動することができる力」 を養うのに良い素材であろう。人によっては勝と西郷のやり取りから「2―5 互いに尊重 し合うことのできる資質・態度」を学ぶかもしれないし、勝海舟の最後の台詞から(答申の 5つの要素には書かれていないが)「余裕とユーモアの大切さ」を感じ取るかもしれない。 ᴰᴫఊऻɁᝢ 以上、新しい時代の大学における教養教育の具体的方策として、国語読本の活用が有効で あることを多くの引用を用いて詳細に説明し、証明してきた。主観的な説明に偏らぬよう、 中央教育審議会の「新しい時代における教養教育の在り方について(答申)」が重視する5 つの要素を説明の中心に据えた。一方で、説明を行う過程で5つの要素に加え、ユーモアや 機智という新しい時代における教養教育の第6の要素を提案した。それは中央教育審議会の 答申から一歩も出ないのも情けないということもあったが、実は国語読本の文章の中にたく さん一口話のようなユーモラスな文章があったからである。 戦前の教科書などと言うと、WGIP の影響の色濃く残る日本では初めから相手にされない かもしれないが、この素晴らしい宝庫に少しでも脚光が当たることを期待したい。 ऀႊ୫စ 1 新しい時代における教養教育の在り方について(答申) www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/020203/020203a.htm#02 2 文部省(1926).尋常小學國語讀本 巻二 日本書籍
3 文部省(1928).尋常小學國語讀本 巻三 日本書籍 4 文部省(1928).尋常小學國語讀本 巻四 日本書籍 5 文部省(1931).尋常小學國語讀本 巻五 日本書籍 6 文部省(1932).尋常小學國語讀本 巻六 日本書籍 7 文部省(1931).尋常小學國語讀本 巻七 日本書籍 8 文部省(1933).尋常小學國語讀本 巻八 日本書籍 9 文部省(1929).尋常小學國語讀本 巻九 日本書籍 10 文部省(1929).尋常小學國語讀本 巻十 日本書籍 11 文部省(1929).尋常小學國語讀本 巻十一 日本書籍 12 文部省(1931).尋常小學國語讀本 巻十二 日本書籍