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アジ研ワールド・トレンド No.256(2017. 2)
中東は近代以降、諸々の紛争、危機の渦中に
身を置いてきたが、二一世紀に入ってからの混
迷ぶりは目を覆うほどだ。イラク戦争、杉の木
革命︵レバノン︶
、三度にわたるガザ紛争、
﹁ア
ラ
ブ
の
春
﹂、
そ
し
て
リ
ビ
ア、
シ
リ
ア、
イ
エ
メ
ン
での内戦や﹁国家崩壊﹂など、例をあげればき
りがない。
こ
の
混
乱
は、
ア
ル
=
カ
ー
イ
ダ
の
系
譜
を
む
組
織
の﹁
ヴ
ァ
ー
ジ
ョ
ン・
ア
ッ
プ
﹂
を
誘
発、
﹁
ア
ル
=
カ
ー
イ
ダ
よ
り
も
残
忍
﹂
な
ど
と
い
わ
れ
た
イ
ス
ラ
ー
ム
国
や、
ア
ル
=
カ
ー
イ
ダ
で
あ
る
こ
と
を
否定し、
﹁革命家﹂の﹁フリ﹂をするシャーム
・
フ
ァ
ト
フ
戦
線︵
旧
ヌ
ス
ラ
戦
線
︶
を
台
頭
さ
せ
た。
中東には世界中から戦闘員が参集する一方、多
くの難民・移民が周辺諸国や欧米諸国に押し寄
せ、世界中がテロ拡散の脅威に怯えている。
他方、トルコ、イラン、サウジアラビアとい
った国々は、こうした状況を利するかたちで域
内大国としての存在感を強めた。イスラエルも
混乱を﹁いなす﹂ことで安全保障体制を強化し
ている。だが、これらの﹁勝ち組﹂でさえ不確
実
な
未
来
に
向
き
合
っ
て
い
る
こ
と
は、
﹁
ビ
ジ
ョ
ン
二〇三〇﹂を策定し、変革を模索するサウジア
ラビアをみれば明らかだ。
中東の混乱は、
﹁テロとの戦い﹂
、﹁民主化﹂
、﹁宗
派対立﹂といったパラダイムのなかで捉えられ
ることが多い。だが、域内諸国やそれを取り巻
く諸外国の国益や安全保障は、こうしたパラダ
イムやそれにまつわる諸概念が、字義どおりに
体現されることを決して許さない。
テロ、レジスタンス、主権、人権、自由、体
制︵
反
体
制
︶、
神
性、
神
意
︱︱
こ
れ
ら
の
概
念
か
ら作り出される﹁正義﹂は、政敵を貶め、欺き、
そして干渉を自己正当化するプロパガンダに過
ぎず、まったく同じロジックのもとで、それぞ
れ異なった利害を追求する当事者たちが非妥協
的な対立を続けることが、事態を複雑で難解な
ものとしている。イラクとシリアでイスラーム
国に対する﹁テロとの戦い﹂を行うと主張する
当事者たちの同床異夢と傍若無人ぶりがまさに
その典型だ。
むろん、こうした状況は今に始まったもので
は
な
い。
し
か
し、
中
東
情
勢
を
観
察
す
る
専
門
家、
それを報じる記者、そして彼らが発信する情報
に
意
識
的、
無
意
識
的
に
触
れ
る
人
々
の
な
か
に
は、
このことに気づかないまま、プロパガンダに囚
われ、現実がみえなくなってしまっている者も
いる。そして、
こうした思考停止状態こそが
﹁ア
ラブの春﹂以降の中東を迷走させる﹁外的﹂な
原動力の一つになってしまっている。
中東政治を説明する際に安易に引き合いに出
される諸概念に振り回されることなく、背後に
みえ隠れする政治の実態を冷静且つ冷徹に読み
解
く
こ
と
が、
こ
れ
ま
で
以
上
に
求
め
ら
れ
て
い
る。
本特集がそのことを再確認するための新たな起
点となることを願ってやまない。
エ ッ セ イ
アジ研ワールド・トレンド 2017 2
青 山 弘 之
概念をめぐる戦い
―中東を苛む危機はそう呼ぶことができるのかもしれない―
あおやま ひろゆき/東京外国語大学 教授
1968年東京生まれ。東京外国語大学卒。一橋大学大学院修了。1995 ∼ 97年、
99 ∼ 2001年までシリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所(IFPO、旧
IFEAD)に所属。JETROアジア経済研究所研究員(1997 ∼ 2008年)を経て現職。
専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。編著書に『混迷するシリア:歴
史と政治構造から読み解く』(岩波書店、2012年)、『「アラブの心臓」に何が起
きているのか:現代中東の実像』(岩波書店、2014年)など。ウェブサイト「シ
リア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。
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