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戦後復興期の金融構造(2) : 復興金融の展開と問題点

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Academic year: 2021

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戦後復興期φ金融構造.(2>

5

復興金融の展開と問題点 一

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F inancial

Measures

fo r E conomic

Reconstruction

in Japan,

1945---,54

Koichi

SUZ ,UKI

A bstract

When the War ended in 1945, the Japanese Government and the Bank of Japan had to buckle down to the difficult tasks of reconstructing economic activities as well as stopping the postwar inflation. This paper aims to review the financial measures for economic reconstruction in Japan and to analyze the problems of these measures.

The financial policies of te Government and the Bank had two conflicting purposes. The one was to suppress money supply in order to stop inflation and the other was to supply money to the key industries in order to reconstruct economic activities. Japanese policy-makers thought it was necessary, in that case, to depend on regulative

means, not on the market mechanism.

The regulative means included three types: the Bank's preferential treatments on the lending, the regulations on the lending of private financial institutions, and the lending activities of the Reconstruction Finance Bank established by the Government in 1947.

Although the regulative means of the policies had various problems, we should appraise that they contributed greatly to the reconstruction of the Japanese economy. These regulations were abolished in the mid-1950s, when,the Japanese economy had passed through her reconstructive process. However, the Government and the Bank retained their tendencies , afterwards, to depend on regulative means for a long time.This was the most important problem in the monetary field of the Japanese economy.

終 戦 とい う未 曾 有 の 事態 を 迎 え て 、.日本 の 金 融 当局 が 直面 した問 題 は 、 ひ とつ は戦 後 イ ソ ウ レー シ ョ ソを い か に して 収 束 す るか とい う こ とで .あり、 他 の ひ と?は.日 本 経 済 再 建 ρ た め に金 融 面 か らの 支 援 策 を どの よ うに講 じ るか と い う こ と で あ った 。 第 一 の戦 後 イ ソ フ レー シ.ヨソの 問題 につ

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い て は 、 す で に拙 稿 を纏 め て い る の で1)、、ここで は第二 の復興 金融の問題 を取 り上 げ る。

1.戦 後復興期の日本経済

具体 的 な経 済 復 興 の た め の金 融 支援 措 置 に つ い て 述 べ る前 に 、 終 戦 直 後 の 日本 経 済 の 状 況 とそ の 後 の 経 済 復 興 の経 過 を簡 単 に み て お く こ とに しよ う。 終 戦 直 後 の鉱 工 業 生産 の 水 準 は 、 戦 前(昭 和10∼12年 平 均)の10%程 度 に す ぎ な か った 。 戦 時 中 の 空 爆 に よ って 多 くの 工 場 設 備 が 破 壊 され て い た だ け で な く、 終 戦 に よ って産 業 界 が 虚 脱 と混 乱 、 先 行 き見 通 し難 に 陥 っ た結 果 で あ っ た。 さ ら に、 食 糧 不 足 、 労 働 不 安 に よ る勤 労 意 欲 の 低 下 が これ に拍 車 を か け た。 い ま これ を当 時 の 重 要 物 資 の ひ とつ で あ った 石炭 の生 産 に つ い て み る と、 昭和19年(1944年)中 には 月4.4百 万 トソ ・ベ ー ス で あ った も の が 、20年(1945年)9月 に は0.9 百 万 トソを割 り、10月 には さ らに 落 ち 込 ん だ。 月 間 の 石 炭 生 産 量 が1百 万 トソ を越 え た の は 、翌 21年(1946年)に 入 って か らで あ る(表1)。 こ う した 生 産 の 不 振 が 国 民 生 活 を圧 迫 し、 国 民 の 不 安 心 理 を高 め 、 さ らに イ ソ フ レー シ ョ ソを加 速 した こ とは い う まで もな い 。 も っ と も、鉱 工 業 の 生産 活 動 は徐 々 にで は あ って も、 次第 に 回 復 傾 向 を示 した 。 と こ ろで 翌21 年7月 、GHQ(連 合 軍 総 司 令 部)の 命 令 に よ って 戦 時 補 償 の 打 切 り2)が決 定 され た。 そ して こ の こ と が、 他 方 で生 産 再 開 の た め の 重 要 産 業 支 援 の 必 要 を痛 感 させ た 。 しか も 同年10月 以 降 、 消 費財 生 産 は む しろ減 少 に転 じた(表1>。 そ れ ま で の 生 産 回 復 が手 持 ち資 材 の 食 い つ ぶ しに よ っ て行 わ れ て きた もの の 、 そ う した 手 持 ち 資 材 の枯 渇 が 懸 念 され る よ うに な っ た た め で あ った3)。 そ の 間 、 生 産 財 生 産 も停 滞 して い た か ら、 日本 経 済 は 、縮 小 再 生 産 に陥 る こ と が懸 念 され る よ う に な り、 各 方 面 で22年 「3月 危 機i説」 あ る い は 「5月 危 機 説 」 が 言 わ れ る状 況 で あ っ た4)。 こ う した状 況 に対 し、政 府 は 生 産 増 強 対 策 の 重 点 を燃 料 ・動 力 に絞 る こ と と した が 、 と くに21年12月 に は吉 田首 相 の私 的 諮 問 機 関 で あ った 石 炭 委 員 会(委 員 長 、有 沢 広 巳東 大 教 授)の 報 告 に基 づ き、 (表1) 鉱 工 業 生 産 の推 移(月 次 べ 一 ス)* 鉱 工 業 生 産 消 費 財 生 産 財 石 炭 生 産 量 昭 和 昭 和10∼12年=100 千 ト ソ 20年8月 8.7 8.9 12.4 1,673 9月 8.8 11.3 7.1 850 10∼12月 12.7 16.4 8.2 667 21年1∼3月 15.9 16.4 14.4 1,396 4∼6月 24.4 22.4 20.3 1,662 7∼9月 29.2 31.5 21.5 1,726 10∼12月 27.8 30.0 22.8 2,003 21年 24.3 25.1 19.8 1,697 22年 31.7 32.1 25.6 2,264 23年 45.8 39.0 39.3 2,816 *3か 月、各年の計数 はそ の期 間中の月次計数の単純平均 (資料)日 本銀行調査局 厂日本銀行 特別経 済月報」(日本 銀行調査局 『日本金融史資料 昭和 続編』(第1巻)所 収)

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い わ ゆ る 「傾 斜 生 産 方 式 」 の 採 用 を 決定 した 。 この方 式 は 、 あ らゆ る政 策 努 力 を まず 石 炭 の 増 産 に 向 け 、石 炭 の生 産 量 を鉄 鋼 増 産 に 投 入 し、 さ らに 増 産 され た鉄 鋼 資 材 を 石 炭 増 産 用 にふ り向 け 、 そ う した 石 炭 と鉄 鋼 の傾 斜 的 増 産 の効 果 を 、 段 階 的 に 諸 産 業 に及 ぼ して い こ う とい う もの で あ っ た5)。 ・ 昭 和23年(1948年)に な る と 、生 産 の 回復 が 進 捗 す る と と もに 、戦 後 イ ソ フ レー シ ョソ も沈 静 化 に 向 か い 、 さ ら に翌24年 の ド ッジ ・ライ ソ(DodgeLine)に よ っ て 本 格 的 に 収 束 した6)。 し か し、 日本 経 済 は厳 しい デ フ レー シ ョソに陥 った 。 この 苦 境 脱 出 の契 機 に な った の が 翌25年 の朝 鮮 戦 争 の 勃 発 で あ る。 日本 経 済 は 、 朝 鮮 戦 争 に よ る特 需7)に 輸 出 の増 大 とい う要 因 が 重 な っ て 、 企 業 の 生 産 活 動 が活 発 化 す る と と もに、 そ の 収 益 も著 しい 改 善 を示 した。 こ う して 、 翌26年 の鉱 工 業 生 産 活 動 指 数 は漸 く戦 前 水 準 を 回復 す る こ と がで きた 。 日本 の 戦 後 復 興 の過 程 は 、 昭 和20年 代 を も って ほ ぼ終 了 す る。 そ の間 、 金 融 面 か ら復 興 を 支 援 す る た め の 多 くの 施 策 が講 じ られ た。 以 下 、 そ う した復 興 金 融 措 置 が ど の よ うに 展 開 さ れ 、 そ こ に ど の よ うな問 題 が あ った の か に つ いて み て い く こと に した い。 ただ 、 紙 数 の都 合 も あ り、 以 下 で は そ う した 復 興 金 融 が最 も重 要 な役 割 を演 じて い た 、 昭 和20年 代 前 半 を 中心 に述 べ る こ と にす る。 II.日 本 銀 行 に よ る 金 融 措 置 1)貸 出 制 度 日本 銀 行 は 、昭 和21年(1946年)4月 、公 定 歩合 の うち、 商 業 手形 割 引歩 合 を 除 き、 手 形 貸 付 ・ 当座 貸越 の 金 利 を引 上 げ た 。 この引 上 げ の 際 、 従 来 か ら割 引 適 格 で あ った 商 業 手 形 の ほ か に、 新 た に 工 業 手 形 と農 業 手 形 を商 業 手 形 に準 ず る手 形 と して 、 割 引 適 格 と して扱 う こ と に した 。 日本 銀 行 の 商 業 手 形 の定 義 は、 販 売 の 目的 で 買 入 れ た商 品 の 代 金 決 済 の た め に振 出 され た 手 形 で あ る。 これ は 、 い わ ゆ る 「狭 義 の商 業 手 形 」 の概 念 で 、 メ ー カー 振 出 しの手 形 を 含 ま な い 。 これ に 対 し工 業 手 形 は 、 企 業 が生 産 に必 要 な原 材 料 購 入 等 の た め に振 出す 手 形 で あ り、 ま た 農 業 手 形 は 、 農 業 生 産 に 必 要 な資 材 購 入 に際 して 振 出 され る手 形 で あ る。 した が って これ は 、 割 引 適 格 の 範 囲 を そ れ まで よ りか な り拡 大 した もので あ った 。 こ の よ うに 日本 銀 行 が 、 伝 統 的 な 考 え方 と異 な った 方 式 を導 入 した の は、 生 産 資 金 を 円滑 に供 給 したい と考 え た か らで あ った8)。 つ い で 同年8月 、政 府 が 戦 時 補 償 債 務 打 切 りに伴 う方 針 を決 定 す る と、 日本 銀 行 は 、新 た に ス タ ソ プ手 形 制 度 と貿 易 手 形 制 度 を創 設 した 。 前 者 は 、 戦 時 補 償 の打 切 りに よ って 日本 経 済 が 新 発 足 す る た め の基 盤 が 固 め られ た とい う見 地 か ら、 以 後 の生 産 活 動 を支 援 す る狙 い を持 つ も の で 、 緊 急 生 産 部 門9)が 必 要 とす る運 転 資 金調 達 の た め に振 出 され た手 形 に対 し、 日本 銀 行 は 審 査 の うえ適 格 と認 め た 場 合 に は ス タ ソプ を押 捺 し、 取 引 先 銀 行 の請 求 が あ れ ば 、 い つ で も こ の 手 形 を担 保 と して 融 資 に応 ず る とい う も ので あ った 。 後 者 は 、食 糧 な ど 緊急 物 資 を輸 入 す る た め の 見 返 り輸 出 の 円 滑 な遂 行 に資 す る こ と を 目的 と した もの で 、輸 出物 資 製 造 業 者 な ら び に 貿 易 庁 の 代 行 機 関10)等 が 自 ら所 要 資 金 を調 達 で き な い 場 合 に 、輸 出取 扱 機 関(ま た は 輸 入 代 行 機 関 〉 が振 り出 した 手 形 に つ い て 、 日本 銀 行 は これ を担 保 適 格 手 形 とす る と と もに 、 金 利 面 で も優 遇 し よ う とい う もの で あ った。 以 上 の よ うな た 日本 銀 行 の貸 出 制度 は 、 いず れ も経 済 復 興 の た め の金 融 的 支 援 措 置 とみ る こ と が で き る。 た だ 工 業 手 形 ・農 業 手形 の 準 商 業 手 形 扱 い と ス タ ソプ手 形 ・貿 易 手 形 とで は い さ

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さか 性格 が 異 な る。 まず 、前 者 は そ の名 称 が 示 す よ う に、 日本 銀 行 の商 業 手 形 割 引 の延 長 線 上 に あ る制 度 と考 え られ る。 そ もそ も中 央 銀 行 の 信 用 供 与 は 、 古 くか ら商 業 手 形 の 自己 決 済 性 に 着 目 した 「商 業 手 形 中 心 主 義 」 が採 られ て き た11)。 そ の 点 は 、 日本 銀 行 の 場 合 も同 様 で 、 昭 和20年11月 、 戦 時;期か ら の政 府 保 証 軍 需 手 形12)に つ い て の割 引 適 格 扱 い を 廃 止 して 以 後 、「狭 義 の 商 業 手 形 」 の み を割 引 の対 象 と して い た 。 新 し く工業 手 形 ・農 業 手 形 を商 業 手 形 と同 じ よ うに扱 うとい うの は 、 日本 銀 行 の産 業 金 融 へ の 配 慮 を 示 す もの と して も、 そ の 性格 は商 業 手 形 概 念 の拡 大 とみ る こ と が で き る。 これ に対 しス タ ソ プ手形 ・貿 易 手 形 制 度 は 、 政 策 的 に重 要 な 部 門 の資 金調 達 を支 援 す る趣 旨か ら、 日本 銀 行 が そ う した 手 形 を担 保 と して 貸 出 に 応 ず る こ と に した もの で 、 これ は ま さに 「政 策 金 融 」 あ るい は 「制 度 金 融 」 と い うべ き性 格 の もの で あ っ た。 この よ うな 日本 銀 行 の制 度 金 融 は 、そ の後 次第 に拡 大 され 、 そ の 対 象 もま た 多 岐 に わた った 。 い ま 日本 経 済 の 戦 後 復 興 期 とい うべ き昭 和20年 代 に お い て 実 施 され た 、 そ う した 各 種 制 度 金 融 の う ち、 同 年 代 前 半 の主 要 な もの を 整 理 し、 末 尾 に(付 表)と して 掲 げ る。 ま た 主 な制 度 金 融 の残 高 を 年 末 ベ ー スで(表2)に 示 した。 た だ 、 この 制度 は 単 に 日本 銀 行 信 用 の 大 小 の み に 意 味 が あ るわ け で は な く、 そ の存 在 が 市 中金 融 機 関 の 貸 出 に つ い て の意 欲 と能 力 、 つ ま り信 用 の ア ベ イ ラ ビ リテ ィ13)を大 き く した こ とが 評 価 され るべ きで あ ろ う。 以 上 の 各種:制度 や 貸 出残 高 を み て も 明 らか な よ うに 、 昭和20年 代 前 半 に お け る 日本 銀 行 の行 動 は 、産 業 金 融 や 貿 易 金 融 に対 す る支i援を通 じて 日本経 済 の復 興 再 建 に貢 献 し よ う と い う 目的 を持 って い た 。 これ は、 オ ー ソ ド ック ス な 中 央 銀 行 の あ り方 で は な い。 しか し当 時 の 日本 経 済 は、 戦後 の 異 常 な時 期 に あ った。 そ う した異 常 な状 態 の な か で 、 中 央 銀 行 の み が 本 来 の姿 を維 持 し うる こ とは 、 ほ と ん ど;期待 で き な い で あ ろ う。 しか も当 時 は 、 そ う した 産 業 金 融 ・貿 易金 融 支 援 の:態勢 は 極 め て 不 備 で あ った 。 後 述 の復 興 金 融 金庫 は 、 昭 和22年(1946年)1月 、 日本 経 済 再 建 の た め に 金 融 面 か ら重 要 産 業 を支 援 す るた め に設 立 され た 。 しか し、 そ の た め の資 金 は ほ とん ど全 面 的 に 日本 銀 行 に依 存 せ ざ る を え な か った し、 そ の 活 動 は戦 後 イ ソ フ レー シ ョ ソ を激 化 させ る結 果 に な っ た。 そ う した 当 時 の 特 殊 な状 況 を 考 え れ ば 、 日本 銀 行 が制 度 金 融 に大 き く傾 斜 した と して も、 そ れ は是 認 され な け れ ば な らな い で あ ろ う し、 ま た そ れ が 日本 経 済 の 復 興 に果 た した 役割 も評 価 され るべ きで あ ろ う。 しか しそ の こ とは 、 当 時 の 日本 銀 行 の 制 度 融 資 に全 く問題 が な か っ た とい う こ と を意 味 す る もの で は な い。 まず 第 一 に 、そ う した 融 資 制 度 は 当 時 の 金融 経 済 情 勢 が生 ん だ 産 物 で あ る と し て も 、 や や 安 易 に流 れ て い た の で は な い と い う疑 念 が あ る。 た と え ば 、 昭 和25年(1950年)6 月 、 倉 庫 証 券 付 手形 につ いて の 優 遇 措 置 が採 られ る こ とに な った 。 こ れ は 、 生 糸 、毛 糸 、 人 絹 糸 、 ス フ糸 の在 庫 金 融 を支 援 す る こ と を意 図 した も の で 、 倉庫 証 券 付 手 形 を 手 形 貸 付 の 適 格 担 保 と して 認 め る こ とに した もの で あ るが 、 この 制 度 の利 用 実 績 は 実 際 に は な か った。 日本 銀 行 は 、 戦 時 期 に お い て 、 す で に産 業 金 融 に 深 く関 わ っ て い た か ら、 戦 後 に お い て も、産 業政 策 と もい うべ き分 野 に関 与 す る こと に つ い て 、 あ ま り違 和 感 を抱 か な い よ うな体 質 に な って い た の で は な か ろ うか。 第 二 に 、 こ う した制 度 金 融 の残 高 が次 第 に大 き くな り、 日銀 貸 出 に 占め る比 率 も上 昇 した こ とで あ る(表2)。 こ う した状 況 は 、 中央 銀 行 の 金 融 調 節 力 を 弱 め る危 険 が あ る。 もっ と も当時 の 金 融 調 節 は 、 な お統 制 的 方 法 に 依 存 して い た か ら、 制 度 金 融 の存 在 が 直 ち に金 融調 節 上 の障 害 に な った わ けで は な い が 、 そ の 危 険 が な か った と は い え な い。 第 三 に 、 こ う した 制 度 は優 遇 措 置 と して 性 格 を持 つ だ け に 、政 府 や 業 界 か らの圧 力 に 曝 さ れ る傾 向 が あ る

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こ とは免 れ ず 、 そ こに 日本 銀 行 自身 の 判 断 が ど こま で貫 か れ た の か 、 疑 問 視 され る ケ ー ス が 少 な くな い 。 例 え ば 、 昭 和23年(1948年)3月 か ら実 施 され た公 団 認 証 手 形 制 度 は 、 政 府 主 導 で 実 施 され た もの で 、 これ は 昭和22年4月 以 降 、 物 資 の配 給 ・価 格 統 制 機 構 と して 設 立 さ れ た 各 種 公 団 の運 転 資 金 問 題 の解 決 策 と して 考 え られ た制 度 で あ っ た。 これ は、 公 団 に 商 品 を売 渡 し た業 者 が 、 取 引 先 金 融 機 関宛 て に約 束 手 形(;期 間60日 以 内)を 振 出 し、 公 団 が そ の 手 形 面 に ス タ ソプ を押 捺 した もの で 、 市 中 金 融 機 関 が そ の手 形 を 日銀 に持 込 ん だ 場 合 、 日銀 は そ れ を 貸 付 担 保 適 格 と して 扱 うと い う も の で14)、 後 述 の よ うに 、 復 興 金 融 金 庫 の 資 金 負 担 を 軽 減 す る た め 、政 府 主 導 で 導 入 され た制 度 で あ った 。 ま た翌4月 に 実 施 され た 農 業 手 形 制 度 に つ い て も、 当初 、 日本 銀 行 は難 色 を示 して い た よ うで あ る が 、資 金 繰 り悪 化 に悩 む 農 業 系 統 機 関 、 ま た は そ の 影 響 を 受 け た 肥 料 業 界 や 肥 料 配 給 公 団15)、 さ らに は 農 林 省 な どの 強 い 要 請 に よ っ て そ れ が実 現 した の で あ る16)。そ う した経 緯 か ら も推 察 で き る よ うに 、 日本 銀 行 の 制 度 金 融 が 結 局 は 力 関係 に よ っ て決 定 され る と い う危 険 が な か った とは い え な い で あ ろ う。 この よ うな 日本 銀 行 の制 度 金 融 は 、 戦 後 復 興 過 程 が 終 了 した昭 和30年 前 後 に そ の 多 くが 廃 止 な い し取 扱 い 停 止 の措 置 が 採 ら れ た が 、 そ の 後 の高 度 成 長 過 程 で は 、 貿 易 関 係 の 制 度 金 融 が 重 要 な役 割 を 果 た した。 結 局 、 そ う した 貿 易 関 係 優 遇 手 形 が す べ て廃 止 され た の は 、 実 に昭 和47 年(1972年)9月 で あ る。 2)融 資 斡 旋 制 度 昭 和22年(1947年)1月 、 日本 銀 行 は企 業 に 対 す る融 資 斡 旋 活 動 を始 め た17)。 こ れ は 、 市 中銀 行 数 行 に よ る協 調 融 資 の成 立 を 幹 事 銀 行 的 立 場 で 、 側 面 か ら援 助 し よ う と した もの で あ る。 つ ま り、 日本 銀 行 が協 調 融 資 の 旗 振 り役 を演 じ る とい うの で あ る。 そ の 目的 は 、 重 要 産 業 に 積 極 的 に融 資 を 集 中 させ よ う と した もの で 、 ま さ に 「復 興 金 融 」 を推 進 す るた め の 手 段 で あ った。 (表2) 日本銀 行 の主要制度金 融残高 (単 位 ・億 円) 各 年末 輸 出 関 係 輸 入 関 係* 工 業 金 融 農 林 漁 業** 計(A) 日銀貸 出(B) A/B(%) 昭21年 7 一 一 一 7 504 1.4 22年 3 一 47 323 2.2 23年 35 一 3368 519 13.1 24年 127 一 131258 886 29.1 25年 230 33 269 } 532 1,145 46.5 26年 290 75 470 2 837 2,230 37.5 27年 163 1,157 193 一 1,513 2,232 67.8 28年 164 1,278 271 一 1,713 2,987 57.3 29年 348 527 15 一 890 2,433 36.6 *外 国 為 替 貸 付 は含 ま な い。 **農 林 漁 業 関 係 貸 出 は 年末 に は残 高 ゼ ロに な る こ と が 多 い 。 各 年 の ピ ー ク時(月 末 ベ ー ス)の 残 高 は 以 下 の と お り。 昭 魂23年9月 末 〃24年 〃 〃25年 〃 〃26年8月 末 〃27年9月 末 (資料) 19億 円 112〃 120〃 151〃 130〃 日本 銀 行 資 料 に よ る。

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この 方 式 は 、 中 央 銀 行 が個 別 企 業 へ の 市 中 銀 行 融 資 に 直 接 介 入 した とい う点 で は 、 ま こ と に 異 例 な 措 置 で あ るが 、 これ は 必 ず し も 日本 銀 行 独 自 の 発 案 で は な い。 す で に前 年11月 、 経 済 安 定 本 部 が そ の 構 想 を示 し、 そ の 後 、 経 済 閣 僚 懇 談 会 の 了 承 を 得 て い た もの で あ っ た18)。 後 述 の金 融機 関 資 金 融 通 準 則 が 、総 則8に お い て 「融 通 資 金 に 余 裕 の あ る金 融 機 関 は 、 日本 銀 行 の 融 資 斡 旋 に協 力 す る と共 に 、 自主 的 に金 融 機 関 相 互 間 の資 金 疎 通 を 図 り、 以 て必 要 な産 業 資 金 の供 給 を 円滑 に しな けれ ば な らな い」 と して い るの は 、 こ う した 事 情 を反 映 した もの で あ ろ う。 日本 銀 行 が な ぜ こ う した措 置 を 実 施 した の か 。 そ こに は か な り複 雑 な事 情 が あ った 。 まず 、 第 一 に 当 時 の 金 融 情 勢 が そ れ を 求 め て い た の で あ る。 す な わ ち、 当時 は な お金 融 秩 序 が混 乱 し て い た し、 また 大 銀 行 で も資 金 の 余 裕 に 乏 しか っ た か ら、 イ ソ フ レー シ ョソ の進 展 に 伴 っ て大 口化 す る重 要 産 業 の 資 金 需 要 に応 え る こ とは難 しか った。 しか も昭 和21年8月 、戦 時 補 償 の打 切 りに伴 う金融 緊 急 措 置 の改 正 よ って 、 法 人預 金 の大 部 分 が 「第 二 封 鎖 預 金 」 と して 凍 結 され た た め19)、 企 業 の銀 行 貸 出 依 存 が 高 ま っ た。 こ う した状 況 の 中 で 、 重 要 産 業 に対 す る金 融 支 援 の 必 要 性 が広 く認 識 され て い た 。 第 二 に 、 当 時 、 日本銀 行 は 一 方 で イ ソ フ レー シ ョソの 抑 制 に努 め な が ら、他 方 で 経 済 復 興 の た め の 資 金 供 給 の 円滑 化 を 図 る と い う二 正 面 作 戦 を 余 儀 な く され て お り、 日本銀 行 と して は 、 不 要 不 急 の産 業 部 門 に資 金 が 供 給 され る こ と を避 け 、 重 要 産 業 に効 率 的 に資 金 を 配 分 す る必 要 が あ っ た。 また 、 この点 に 関 連 して 、地 方 銀 行 等 の 余 裕 資 金 を重 要 産 業 向 け融 資 や 短 期 国 債 へ の 運 用 に 向 け させ よ う、 とい う狙 い も持 って い た20)。 第 三 に 、 昭 和22年1月 に設 立 され た 、後 述 の 復 興 金 融 金 庫 の融 資 は で き る だ け設 備 資 金 に 限 定 し、 運 転 資 金 は市 中資 金 で 賄 うこ と に して い た か ら、運 転 資 金 に つ い て も何 らか の 対 策 が 必 要 と さ れ て い た ので あ る。 た だ 、 こ う した融 資 斡 旋 は 日本 銀 行 が 採 っ た措 置 で あ っ た とは い え、 融 資 そ の もの は 市 中 金 融 機 関 が 行 うも の で あ った か ら、 融 資 の 主 体 性 は そ の 融 資 を担 当 す る金 融 機 関 が持 つ べ き もの と され た 。 これ は あ る 意 味 で は 当然 の こ とで あ るが 、 後 に も触 れ る よ うに 、 こ の よ うな制 度 の 下 で そ う した 建 前 が ど こ まで 貫 け る か 、 か な りデ リケ ー トな 問題 を 含 ん で い た 。 事 実 、融 資 斡 旋 の 実 態 を み れ ば 、 そ こに 日本 銀 行 の強 い リー ドが あ っ た 事 例 は 少 な くな い21)。 当初 、 日本 銀 行 は 、 同 行 内 部 に設 け た 融 資 斡 旋 委 員 会 が決 定 した 方 針 に基 づ い て 、 同行 の 営 業 局 お よび 各 支 店 が斡 旋 業 務 を行 っ た。 しか し、 そ の 後1年 半 を経 過 して 、23年(1948年)7月 、 融 資 斡 旋 委 員 会 は そ の 性 格 を大 き く変 えた 。 す な わ ち、 この 委 員 会 の構 成 メ ソバ ー に 日銀 の ほ か市 中 金 融 機 関 の代 表 を加 え、 両 者 が 協 議 の うえ 、 融 資 方 針 を決 定 す る こ と に した の で あ る。 これ は 、 融 資 斡 旋 を 日銀 だ け で 具 体 化 して い く こ と に対 す る、 市 中 銀 行 側 の反 発 に応 え た も の で あ っ た22)。 しか し この委 員 会 の 活 動 が続 い た の は昭 和25年(1950年)5月 ま で で 、 以 後 中 断 さ れ て しま った。 こ こ に も、 融 資 斡 旋 をめ ぐ る 日銀 と市 中 銀 行 側 の微 妙 な 関 係 が推 測 され る。 融 資 斡 旋 の対 象 は 、 「事 業 が経 済 復 興 、 も し くは民 生 安 定 に 必 要 で あ る と と もに 、 経 営 振 が 健 全 で 、 生 産 増 強 に寄 与 し う る条 件 も具 備 して い るに も拘 らず 、資 金 調 達 難 の た め、 事 業 の運 営 が 円滑 を欠 く惧 れ が あ る よ うな もの 」(「 斡 旋 融 資 取 扱 要 領 」23))と さ れ 、 具 体 的 に は原 則 と して 、 次 項 で述 べ る 「産 業 資 金 融 資 順 位 表 」 を尊 重 す る形 で 行 わ れ た 。 ま た 前 述 の よ うに 、 融 資 斡 旋 は主 と して運 転 資 金 の供 給 を狙 い と して い た が 、 状 況 に よ って は 設 備 資 金 に つ い て も そ の 対 象 に され た。 日本 銀 行 の 融 資 斡 旋 は 、 昭 和29年(1954年)2月 に廃 止 され た か ら、7年 間 続 い た こ と に な る。 しか しそ の間 、前 半 と後 半 とで は 、 そ の 内 容 に大 きな 差 が あ っ た 。 す な わ ち 、 前 半 は昭 和

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22年1月 か ら25年5月 まで で 、 この 期 間 は 戦 後 イ ソ フ レー シ ヨソが進 行 して い た 時 期 とそ の後 の.ドッ ジ ・ラ イ ソに よ るデ フ レ期 を含 ん で い る。 そ して 日本 経 済 は な お 戦 前 の 水 準 を 回 復 して い な か った 。 こ の期 間 、 日本 銀 行 は広 範:かつ 積 極 的 に 融 資 斡 旋 を行 った 。 後 半 は 、 昭 和25年5 月 か ら29年2月 まで の期 間 で あ るが 、 この 期 間 は朝 鮮 戦 争 勃 発 に よ る特 需 ブー ム とそ の 後 の反 動 不 況 に よ って 特 色 づ け られ 、 日本 経 済 が 漸 く戦 前 水 準 を 回復 した 時 期 に あ た る。 この 時 期 に な る と、 日本 銀 行 の融 資 斡 旋 は 極 めて 消極 的 に な り、 後 述 の よ うな特 定 の 案 件 の み を 扱 う よ う に な っ た。 以 下 、 こ の二 つ の時 期 に お け る融 資 斡 旋 の 状 況 を み て お くこ とに しよ う24)。 イ.前 半 《昭 和22年 ∼25年5月) この 時 期 に お け る融 資 斡 旋 は 、 当初 は 比 較 的 少 な か っ た が 、 そ の 後 次 第 に 、 件 数 ・金 額 い ず れ も拡 大 し、昭 和24年 に は ピー ク とな っ た。 また 融 資 斡 旋 の 大部 分 は 、 前述 の よ うな方 針 (表3) 融資斡旋 成立状況 (単位 、金 額 は 百 万 円) 昭 和 全 国 銀 行 貸出増嬾(B)

塩 。の

件 数 うち 運転 資 金 う ち 運 転 資 金 金 額(A) 構 成比(%) 22年 23年 24年 25年1∼4月 621 2,273 2,449 577 414 1,799 2,028 482 20,095 68,933 162,225 59,081 6.5 22.2 52.3 19.σ 13,655 58,655 138,901 54,268 21,837 213,104 297,704 89,970 ・92' .0 32.3 54.5 65.7 計 5,920 4,723 310,334 100.0 265,479 622,615 49.8 (資料)日 本銀行百年史編纂委員 会 『日本銀行百年 史』(第5巻)p.102 日本銀行統計局 『本邦経 済統計』(昭和30年報)、そ の他 (表4) 融資 斡旋の業種 別 内訳(昭 和23年中) (単位 、 金額 は 百 万 円) 業 種 件 数 構 成 比(%) 金 ・ 額 構 成 比(%) 採 鉱 業 96 4,2 2,674 3.9 鉄 鋼 業 119 5.2 10,945 15.9 機 械 器 具 工 業 512 22.5 12,375 18.0 肥 料 工 業 64 2.8 2,494 3.6 そ の 他 化 学 工 業 241 10.6 4,640 6.7 繊 維 工 業 213 9.4 8,463 12。3 食 料 品 工 業 122 5.4 3,455 5.0 電 気 ・ ガ ス 工 業 61 2.7 2,157 3.1 土 建 請 負 業 40 1.8 438 0.6 水 産 業 107 4.7 5,647 8.2 運 輸 業 77 3.4 1,381 2.0 商業(物 品 販 売) 83 3.7 972 1.4 〃(貿 易 ・倉 庫) 64 2.8 850 1.2 地 方 公 共 団 体 204 9.0 8,515 12。4 そ の 他 と も 計 2,273 100.0 68,933 100.0 (資料)日 本銀 行調査局(昭 稲34年)「 融資斡旋 の沿革」(日本銀行調査 局 『日本金融史資料 昭和続編』(第9巻)所 収) P.296

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に 従 って 運 転 資 金 が 対 象 と され た(表3)。 こ う した 斡 旋 融 資 は 、 日本製 鉄 、 三 菱 重 工 な ど 、 大 企 業 の 運 転 資 金 が 大 き な比 重 を 占 め て い た が 、 そ の な か に は人 絹 工 業 、 肥 料 工 業 、 電 気 事 業 な どの 設 備 資 金 も含 ま れて い た 。 ま た昭 和24年 の融 資 斡 旋 が 多 か った の は 、 ド ッジ ・ラ イ ソの 実 施 、 各 種 公 団 の 廃 止 ・縮 小 、 昭 和24年 度 予 算 の成 立 遅 延 、 復 興 金 融 金 庫 の 新 規 融 資 停 止 とい った 事 情 が重 な り、 企 業 の 資 金 繰 りが 苦 し くな って い た か らで 、 当時 の融 資 斡 旋 の な か に は 、(株)小 松 製 作 所(融 資 …額 、20百 万 円)や トヨ タ 自動 車 工 業(株)(融 資 額 、188.2 百 万 円)の 例 の よ うに25)、 今 日の 日本 を代 表 す る よ うな 企 業 の窮 状 を救 った もの も含 ま れ て い る。 当 時 の融 資 斡 旋 の全 般 的 な 実 情 に つ い て 、昭 和23年 中 の 実 績 を業 種 別 に み る と 、鉄 鋼 業 や 機 械 器 具 工 業 の 比 重 が高 い の は 当然 と して も商 業(物 品 販 売 業)や 地 方 公 共 団 体 な ど も含 まれ て お り、斡 旋 の対 象 とな っ た範 囲 が か な り広 範 に渉 って い るの が 注 目 され る(表4)。 ロ.後 半(昭 和25年5月 ∼29年2 ,月) 以 上 の よ うに 日本 銀 行 は 、 ド ッジ ・ライ ソ に よ る不 況 の な か で 、 大 企 業 の窮 状 を救 済 し な が ら、 他 方 で 政 策 転 換 に呼 応 す る形 で 、 次 第 に 融 資 斡 旋 業 務 か ら手 を引 く方 向 に 動 ぎ 、 こ の 時 期 に 入 る と、 一 般 的 な融 資 斡 旋 は 原 則 と して 行 わ な い 方 針 とな った 。 た だ、 この 融 資 斡 旋 制 度 は 、 ドッジ ・ラ イ ソ以 降 、 中 小 企 業 の資 金 繰 り難 や貿 易 金 融 に つ い て の金 融 相 談 所 的 機 能 を果 た す よ うに な って お り、 そ う した機 能 は 引 続 き必 要 と考 え られ て い た。 そ の 結 果 、 日本 銀 行 の 斡 旋 態 度 は 受 け 身 か つ 消 極 的 な もの に な り、協 調 融資 を 成 立 させ る た め の 場 所 を 提 供 す る とい う性 格 の もの に な っ た 。 した が って 、 融 資 斡 旋 は散 発 に 行 わ れ た に す ぎ な い。 しか し、 それ らの な か に は特 需 関係 資 金(昭 和25年 ∼)、 輸 入 物資 引 取 関係 資 金(昭 和26年)、 商 社 再 建 融 資(昭 和27年)な ど が含 まれ て お り、 斡 旋 融 資 の 内 容 が 前 半 期 と か な り変 わ っ た こ と を示 して い る26)。 さて こ こで 、 以 上 の よ うな協 調 融 資 の 問 題 点 を考 え て み よ う。 これ まで述 べ た と ころ か ら も明 らか な よ うに 、 融 資斡 旋 は 、 日本 銀 行 が 個 別企 業 に 対 す る融 資 に直 接 関 与 す る もので あ った か ら、 そ れ は 、 中 央 銀 行 と して 極 め て異 例 な もの で あ っ た。 この こ と は 、後 に 日本 銀 行 自身 が認 め て い る27)。 しか し、 この よ うな 中 央 銀 行 の あ り方 論 を別 と して も、 この 制 度 に は い くつ か の 問 題 点 が含 ま れ て い る よ うに 思 わ れ る。 まず 第 一 に 、 協 調 融 資 に参 加 す る市 中 金 融機 関 相 互 の関 係 が問 題 で あ る。 これ らの 金 融 機 関 は相 互 に 競 争 関 係 に もあ るか ら、 協 調 融 資 に 参 加 す る か ど うか に つ いて は 、 い ろ い ろ な判 断 が あ り う る。 そ こに 、 中 央 銀 行 が 介 入 す る の で あ るか ら、 い か に 日本 銀 行 が市 中 金 融 機 関 の 自主 性 尊 重 を謳 った と して も、 そ の 実 態 が そ の と お りで あ った と考 え るの は 無 理 で あ ろ う28)。第 二 に 、 協 調 融 資 参 加 金 融 機 関 と 日本 銀 行 の 関 係 に も問 題 が あ る。 例 え ば 、 '協調 融 資 に 参 加 した 金 融機 関 の資 金 繰 りが悪 化 した 場 合 、 そ の金 融 機 関 は そ の 原 因 が'協調 融 資 に あ る と して 、 日本 銀 行 か らの 借 入 れ を 求 め るか も しれ な い 。 事 実 、 協 調 融 資 に 参 加 した 金 融 機 関 には そ れ を期 待 す る 向 きが あ った とい わ れ て い るが29)、 そ れ は充 分 考 え られ る こ とで あ ろ う。 た だ 、 そ う した問 題 点 が あ る と して も 、 当 時 は 戦 後 の混 乱 期 で あ る。 当時 の 特 殊 な 状 況 を考 え れ ば 、 こ う した 「異 例 」 な 方 法 もや む を え な か った と い うべ きか も しれ な い。 た だ 当 時 は な お 、 戦 時期 の金 融 統 制 法 規 で あ った 「臨 時 資 金 調 整 法 」(昭 和12年 制 定)が 生 きて い た し30)、 また 日 本 銀 行 は、 戦 時 期 に お い て 、 す で に軍 需 融 資 指 定 金 融 機 関 制 度 の 下 で 、 軍 需 会 社 に 対 す る協 調 融 資 体 制 作 りを リー ド した実 績 を持 って い た か ら31)、戦 後 の 融 資 斡 旋 も、 日本 銀 行 に と っ て は 、 そ の延 長 線 上 に あ る方 式 で あ った と い って よ い。 しか し前 述 ゐ よ うに、 そ れ は異 常 な 時 期 の 「異 例 」 な 手 段 で あ り、 した が って 、 経 済 復 興 が進 捗 し、 金 融 秩 序 が 回 復 す れ ば 、 や が て 消 え る べ き

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性 格 を持 った制 度 で あ っ た。 そ の 時 期 が い つ で あ った の か。 後 に 金 融 制 度 調 査 会 中 央 銀 行 制 度 特 別 委 員 会 の実 態 調 査 小 委 員 会 の報 告 は 、 そ の時 期 に つ い て 次 の よ うな 判 断 を示 して い る32)。 融 資 斡 旋 は あ くまで ド ッジ ・ライ ソ期 まで の混 乱 時 代 の政 策 で あ るべ き で あ り、29年2月 ま で これ が存 続 した こ とは 、 日銀 が正 常 の 中央 銀 行 の業 務 運 営 とい う こ とに つ い て 、深 い 自 覚 を持 た な か った た め と評 され て も、致 し方 が な か っ た と思 わ れ る。 と こ ろで 、 この 融 資斡 旋 は市 中金 融 全 体 の構 造 に も大 きな影 響 を残 した。 まず 注 目 され る の は 、 斡 旋 融 資 の額 の大 き さ と市 中 銀 行 融 資 全 体 に 占 め る比 率 の高 さで あ る。 昭 和22年 の 融 資 斡 旋 の 成 立 額 を 同年 の全 国 銀 行 貸 出増 加 額 と比 較 す る と、 そ の比 率 は 実 に90%を 越 えて い る。23∼24年 に つ いて は全 国銀 行 貸 出 が急 増 した か ら、 この比 率 こそ下 が っ た が 、 融 資 斡 旋 の件 数 で も金 額 で も 急 増 して い る(表3)。 と くに 、昭 和24年 の 斡 旋 融 資 が 極 め て 大 きい こ と、 さ らに 前 述 の よ うに 、 こ の な か に大 企 業 の 窮 状 を救 った ケ ー ス が い くつ か含 ま れ て い る こ とは 、 ドッ ジ ・ラ イ ソ とい う 状 況 下 で 、 この 融 資 が 当 時 の 産 業 金 融 に と って 決 定 的 な意 味 を持 って い た こ とを 示 唆 して い る33)。 第 二 に 、 これ も既 に触 れ た と こ ろで は あ るが 、融 資 斡 旋 が融 資銀 行 の 自主 性 尊 重 を 建 前 と し な が ら も、 そ の実 態 は 日本 銀 行 リー ドの統 制 的 色 彩 の 濃 い融 資 で あ った 。 これ は、 当時 の 経 済 情 勢 の 下 で は 、 あ る程 度 や む を え な い 金 融 方 式 で あ った ろ うが 、 同 時 に 日本 銀 行 が そ の後 も長 く、 産 業 界 に強 い影 響 力 を持 つ 要 因 に な っ た と考 え られ る。 第 三 に は 、 この 融 資 斡 旋 が地 方 の 余 裕 資 金 を 中 央 に 集 中 し、 そ れ を重 要 産 業 に振 り向 け る こ とを 意 図 し、 事 実 そ う した効 果 を発 揮 した こ とで あ る。 も っ と も、 こ う した地 方 か ら 中央 へ の 資 金 シ フ トは 、 す で に終 戦 直 前 に資 金 統 合 銀 行34) と い う形 で動 き出 して い た か ら、 こ う した考 え方 も戦 後 に な って 生 まれ た もので な い 。 最 後 に、 こ の融 資 方 式 が幹 事 銀 行 に大 き な 力 を付 与 し、 そ の後 の メイ ソバ ソ ク機 能 を定 着 させ る うえ で 大 き な影 響 力 を 持 っ た し35)、 さ ら に は 日本 の 金 融 構 造 の特 色 な い し問 題 点 と され た 、 都 市 銀 行 の オ ー バ ー ・ロー ソ の一 因 で あ った こ と も見 逃 す こ とは で き な い 。 この よ う にみ て くる と 、 日本 銀 行 の融 資 斡 旋 は 、 単 に そ れ が 中 央 銀 行 と して 「異 例 」 な手 段 と い うに 止 ま らず 、 そ の後 の 日本 銀 行 の行 動 様 式 、 日本 の 金 融 構 造 に極 めて 大 きな影 響 を持 っ た も の と考 え られ る。 3)そ の他 日本 銀行 の 重 要 産 業 へ の配 慮 は 、'以上 の 二 つ だ け で は な く、 債 券 売 買操 作 や高 率 適 用 制 度 で も 行 わ れ て い る。 も っ と も こ う した 措 置 は 、 単 に重 要 産 業 の 復 興 を援 助 す る とい う観 点 だ け で な く、 ドッ ジ ・ラ イ ソ実 施 に よ って 、 金 融 面 に 困 難 な状 況 が 生 じた こ と に対 す る 日本 銀 行 の弾 力 的 配 慮 で もあ った 。 イ.債 券 売 買操 作36) 当時 の状 況 下 で は 、本 来 の 意 味 の 公 開市 場操 作 が実 施 され よ う筈 は な い。 しか し日本 銀 行 は 、 何 ら か の 必 要 が あ れ ば 、 市 中 金 融 機 関 と の間 で債 券 売 買 を行 って い た37)。 と くに ド ッジ ・ラ イ ソ に よ って 厳 しい 金 融 情 勢 に あ った 昭 和24∼25年 に は 、 い ろ い ろ な 目的 を持 っ た債 券 買 入 れ が行 わ れ た。 そ の 中 で 注 目す べ き もの に、 い わ ゆ る 「ひ も付 きオ ペ レー シ ョソ」 が あ る。 これ は 、 日本 銀 行 が市 中 金 融 機 関 に 対 し、 債 券 売 却 代 り金 を 特 定 の 目的 に 向 け る と い う条 件 を付 し て 、 そ の 金 融 機 関 か ら債 券 を 買 入 れ る と い う もので あ った 。 そ の 「ひ も付 きオ ペ レー シ ョソ」 の 目的 は実 に多 様 で あ っ た が 、 こ こで は 、 重 要 産 業 向 け融 資 を 円 滑 にす る こ とを 目的 と した オペ レー シ ョ ソに つ い て 述 べ る。 まず 、 昭 和24年6∼12月 に 、 日本 銀 行 は重 要 産 業 の増 資 を 円滑 に し、 また 株 価 を安 定 さ せ る

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目的 で の 、主 と して 生命 保 険 会 社 か ら国 債 を 買入 れ た。 す な わ ち前 者 で は 、 生 命 保 険 会 社 の所 有株 式 の増 資 払 込 み資 金 をi援助 す る た め 、6か 月以 内 の 売 戻 し条 件 付 きの 国 債 買 入 れ を 行 った (な お 、 日本 発 送 電 の増 資 に際 して は地 方 銀 行 か ら も国 債 を 買 入 れ た)。 後 者 に つ い て は 、 証 券 処 理 調 整 協 議 会38)の 株 式 放 出 に よ っ て 株 価 が暴 落 す る こ と を避 け るた め 、 生 命 保 険 会 社 の 株 価 維 持 の た め の株 式 購 入 資 金 を供 給 す る 目的 で 、 国債 買 入 れ が行 わ れ た 。 これ も6か 月 以 内 の 売 戻 し条 件 付 きで あ る。 こ う した 日本 銀 行 の国 債 買入 れ は 、 全 体 で24億 円 を超 え て い る。 また 昭 和24年9月 か ら翌 年4月 まで 、 日本 銀 行 は 、 同行 が 緊 要 と認 め る事 業 債 。利 付 興 業 債 券 の 取 得 お よ び重 要 産 業 へ の設 備 資 金 貸 付 に充 当す る こと を条 件 に 、銀 行 、 信 託 銀 行 、 生 命 保 険 会 社 か ら国債 を買 い入 れ た 。 そ の 総 額 は200億 円 弱 に達 した。 さ ら に特 殊 な ケ ー ス と して 、 昭 和24年12月 、 日本 銀 行 が市 中 銀 行 に よ る炭 鉱 資 材 代 未 払 金 の 整 理 融 資 を斡 旋 す る の に 際 し、 市 中 銀 行 か ら1億77百 万 円 の 国 債 を 買 入 れ て い る。 当 時 、 ドッジ ・ラ イ ソが進 行 して いた 厳 しい 環 境 の な か で 、株 式 ・社 債 の 発 行 が 急 増 した の は 、 こ う した 日本 銀 行 の施 策 が 影 響 した とい って よ いで あ ろ う。 ロ.高 率 適 用 制 度39) 高 率 適 用 制 度 は、 市 中 金 融 機 関 の 日銀 貸 出依 存 を 抑 制 す る 目的 で 、 日本 銀 行 が 戦 前 か ら採 用 して きた方 法 で あ る。 こ の制 度 で は 、 市 中 金 融 機 関 の 日銀 か らの借 入 金 が一 定 の 限 度 を超 え る と、 そ の貸 出超 過 額 に公 定 歩 合(最 低 金 利)よ り高 い 金 利 を適 用 す る と い う もの で 、 そ の 金 利 には1次 高 率 と2次 高 率 が あ っ た。 この 方 法 は戦 時 期 に 入 って 廃 止 され た。 そ の後 、 戦 争 末 期 に な っ て復 活 され た もの の 、 昭 和21年8月 の 「金 融 機 関 経 理 応 急 措 置 法 」40)施行 に伴 う混 乱 防 止 の た め一 時 停 止 され)翌22年3月 か ら再 び実 施 され た。 昭 和22年 の 高率:適用 制 度 の 再 開 に 当 た り、 日本 銀 行 は 、 重 要 な部 門 に対 す る資 金 供 給 を 円滑 に す る趣 旨 か ら、貿 易手 形 ・ス タソ プ手 形 等 を担 保 とす る貸 付 に つ い て は高 率 適 用 の枠 外 と し た 。 また 昭 和24年(1949年)3月 、 日本 銀 行 は 日本 興 業 銀 行 に対 し、 同 行 の預 金 。債 券 発 行i残 高 の12%相 当額 が一 定 金 額 に達 す る まで を 目安 に 、 当 分 の 間 、2次 高 率 を免 除 す る こ とに した 。 これ は 、 同 行 の債 券 発 行 が難 しい 状 況 に あ る に もか か わ らず 、 同行 の 重 工 業 や 機 械 工 業 に対 す る貸 出 が か さみ 、 日本 銀 行 貸 出 に対 す る依 存 が高 ま って い る こ と に配 慮 した もの で あ った 。 こ の よ うな 日本 興 業 銀 行 に対 す る2次 高 率 適 用 免 除 の 措 置 は 、 同 行 が 再 建 整 備 計 画 認 可41)の 条 件 と して 、 預 金 の 受 入 れ を制 限 され た際 に も実 施 さ れ た(昭 和24年7月 ∼25年3月)。 さ らに 日本 銀 行 は 、 昭 和24年8月 以 降 、 市 中 金 融 機 関 が購 繭 資 金 ・漁 業 着 業 資 金 ・造 材 資 金 な ど 、地 方 重 要 産 業 の季 節 的 資 金 需 要 や 災 害 関 係 資 金 需 要 が か さ ん で 、 日本 銀 行 貸 出 に対 す る 依 存 が 高 ま った よ うな場 合 も、 そ れ ぞ れ の 事 情 を勘 案 して2次 高 率 の適 用 を免 除 して い る。 III.金 融 機 関 資 金 融 通 準 則 昭 和22年(1947年)2月 、 政 府 は 「産 業 資 金 の 供給 調 整 に関 す る措 置 要 項 」 を 決 定 した。 これ は 、 一 方 で 産 業 資 金 供 給 を 一 定 限 度 に収 め る とい う、 量 的 規 制 に よ っ て イ ソ フ レー シ ョ ソの進 行 を抑 え る と と もに 、他 方 、 そ の 限 られ た資 金 を で き るだ け 石 炭 ・肥 料 な ど 、経 済 復 興 の た め の重 要産 業 に振 り向 け 、 不要 不 急 産 業 へ の 融資 を 極 力 抑制 しよ うと い う、質 的 規 制 を狙 った もの で あ っ た。 つ ま り、 これ も 厂安 定 」 と 「復 興 」 の 両 睨 み作 戦 で あ る。 大 蔵 省 は 、 同 年3月1日 、 「金 融 緊急 措 置 令」 第6条42)に 基 づ き、 この 要 項 に 伴 う 「金 融 機 関 資 金 融 通 準 則 」(以 下 、 単 に 「準 則 」

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と い う)と 「産 業 資 金 貸 出 優 先 順 位 表 」(以 下 、 単 に 「順 位 表 」 とい う)を 定 め 、3月1日 か ら 金 融 機 関 融 資 に対 す る質 的 規 制 を 開 始 .した43)。 戦 時 に お い て は、 「臨 時資 金 調 整 法 」(昭 和12年 制 定 、23年4月 廃 止)44)に よ る強 力 な 資 金 統 制 が 行 わ れ て い た が 、 この 「準 則 」 に よ る規 制 は 、 そ う した 戦 時 期 の 資 金 統 制 の 考 え方 や方 法 と軌 を一 に す る もの で 、 そ の 実 務 は と もに 日本 銀 行 が 行 っ て い た 。 規 制 方 法 の 概 要 をみ る と、 まず 「準 則 」 に お い て は 、 規 制 対 象 の 範 囲 を、 銀 行 、 信 託 会 社 、保 険 会 社 、 農 林 中 央 金 庫 、商 工 組 合 中 央 金 庫 と し、 これ ら金 融 機 関 は 、① 資 金 吸 収 に全 力 をあ げ、 日銀 貸 出 へ の 依 存 を避 け る よ うにす べ き こ と、 ② 日本 銀 行 の指 導 の 下 に 、 所 属 団 体 の 自主 的 申合 わ せ に よ り、 融 資 残 高 増 加 額 の:最高 限 度 を 定 め 、 こ れ を厳 守 す べ き こ と、③ 融 資 に あ た っ て は 「順 位 表 」 の 定 め る基 準 に従 って 、 優 先 度 の 高 い 順 に資 金 を配 分 す べ き こ と、 を定 め て い る。 ま た 「順 位 表 」 で は 、460業 種 に つ い て設 備 資 金 ・運 転 資 金 の別 に、 甲 の一 、 甲の 二 、 乙 、 丙 の4 ラ ソ クの順 位 を定 め た(表5)。 最 も優 先 度 の 高 い 「甲 の 一 」 に ラ ソ ク され た の は 、 設 備 資 金 ・ 運 転 資 金 と もに 、 石 炭 、亜 炭 、銑 鋼 一 貫 製 鉄 、 普 通 銑 、 平 炉 製 鋼 、圧 延 業 、 過 燐 酸 石 灰 、硫 安 、 石 灰 窒 素 の9業 種 で あ っ た。 これ に よ っ て 、 石 炭 ・鉄 鋼 ・肥 料 の3部 門 が最 優 先 の順 位 で融 資 を 受 け うる体 制 、 つ ま り傾 斜 生 産 方 式 に対 応 す る金 融 体 制 が で き上 が った。 また 最 低 ラ ソ ク 「丙 」 は 、 差 し当 た り融 資 をi控え るべ き業 種 で あ った 。 さ らに 厂特 例 」 と して 、① 日銀 再 割 引適 格 の 商 業 手 形 お よ び これ に準 ず る優浪 手 形 で 日本 銀 行 の 承 認 す る もの 、② 環本 銀 行 の ス タ ン プ手 形 、③ 貿 易 庁 の認 証 あ る貿 易 手 形 、 に つ い て は 、運 転 資 金 の順 位 の 「甲 の一 」 に準 じて 扱 うこ とに な っ て い た(「 準 甲 の一 」 ラ ソ ク)。 この 「順 位 表 」 は そ の 後 、 昭 和22年7月 、 同24年1月 に改 正 され 、 次 い で 同年8月 に は大 幅 に緩 和 され た 。 す な わ ち、 こ の 改 正 に よ って 、 そ れ まで 「丙 」 ラ ソ クで あ っ た貿 易 業 ・問 屋 卸 売 業 な ど が 「乙 」 ラ ソ ク に引 上 げ られ た ほ か 、 「丙 」 ラ ソ ク産 業 に対 す る 貸 出 増 加 額 の 最 高 限 度 も引 上 げ られ(全 貸 出 増 加 額 の2%か ら15%へ)、 さ ら に この 限 度 を超 え る場 合 に は 、 賃本 銀 行 と協 議 す る こ と に な った45)。 当 時 の 銀 行 貸 出 の 実 情 か らみ て 、 「丙 」 ラ ソ ク産 業 に対 す る15%の 制 限 は 極 め て 緩 い もの で あ っ た か ら、 この24年8月 の 制 限緩 和 措 置 に よ っ て 、業 種 別 貸 出 規 制 は ほ と ん どそ の 実 効 性 を 失 う こ と に な った46)。 以 上 の よ うな 質 的 融 資 規 制 に よ って 、 市 中 金 融 機 関 の融 資 内容 が どの よ う に変 化 した の か につ い て は 、 そ れ を チ ェ ッ クす るデ ー タは な い が 、 昭 和22年4∼12月 の銀 行 貸 出増 加額 を各 ラ ソ ク別 に み る と、 「甲 」 ラ ソ ク が全 体 の7割 を 占 め て い る反 面 、 「丙 」 ラ ソ クの貸 出 は6%に す ぎ な い (表6)。 こ う した貸 出 の 内容 か らみ て 、 「準 則 」 の狙 い は お お む ね達 成 され た の で は な い か と考 え られ る。 前 述 の よ うに ㍉ 「準 則 」 に基 づ く業 種 別 貸 出規 制 は、 昭 和24年 半 ば に事 実 上 法 的 規 制 の 意 味 を 失 った が 、 これ に よ っ て規 制 が 全 くな くな った 訳 で は な い 。 以 後 は 、市 中銀 行 の 自主 的 規 制(内 容 は 不 要 不 急 融 資 の抑 制)と い う形 を採 りな が ら、 質 的 融 資 規 制 の考 え方 は そ の 後 も長 く生 き続 け た し、 この 「準 則 」 そ の もの も、 そ の根 拠 法 で あ る 「金 融 緊急 措 置 令 」 の 廃 止 に伴 う措 置 と し て 昭 和38年(1963年)7月 に 正 式 に廃 止 され た 。 「準 則 」 が 実 質 的 意 味 を失 い な が ら、 制 度 と して は そ の 後 も長 く生 き続 け た こ とに つ い て 、 政 策 当 局 は ど の よ うに考 え て い た の で あ ろ うか 。 昭 和36年 、 大 蔵 省 銀 行 局総 務 課 長 が 、全 国地 方 銀 行 協 会 で の研 修 講 義 の な か で 、 この点 に触 れ て い る。 す な わ ち同 課長 は 、 こ の講 義 の な か で 「適 当 な 時 期 に こ の 準 則 を廃 止 した い 」 と述 べ な が ら も、 「準 則 」 の廃 止 に慎 重 な姿 勢 を 採 っ て い る 理 由 に つ い て 「準 則 の 廃 止 に よ っ て不 急 不要 産 業 に も 自 由 に 貸 出 を行 って も よ い の だ とい うよ う

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(表5) 産業資金 貸出優 先順位表 に よる順位別 業種 数 昭 和22年3月 昭 和24年8月 設 定.時* 設 備 資 金 運 転 資 金 設 備 資 金 運 転 資 金 甲 の1 甲 の2 乙 丙 9 60 253 138 9 147 228 76

}謂

178 }・22・ 368 88 計 460 460 577 577 *昭 和22年7月 、 同24年1月 の 分 に つ い て は 省 略 (資 料)柴 田善 雅 厂傾 斜 生 産 と傾 斜 金 融 」(大 蔵 省 広 報 誌 『フ ァイ ナ ソ ス』 平 成5年1月 号 、 所 収) (表6) 産業順 位別貸 出状況(月 中増加額) (単 位 、 百万 円) 甲 の 一 準 甲 の 一 甲 の 二 乙 丙 計 昭和22年4月 48 151 1,476 1 △161 1,515 5月 △540 759 1,454 801 145 2,619 6月 17 474 3,393 1,532 32 5,416 7月 2 △1,574 350 1,946 24 747 8月 352 640 1,310 1,904 431 4,639 9月 614 1,114 3,872 1,424 317 7,342 10月 △626 1,482 5,057 L255 649 7,819 11月 565 971 4,555 2,572 711 9,374 12月 2,627 1,212 10,202 2,049 1,227 17,320 計 3,025 5,229 31,669 13,484 .3,375 56,791 構成 比(%) 5.3 9.2 55.8 23.7 5.9 100.0 (資料)大 蔵 省 財 政 史 室 『昭 和 財 政 史 終 戦 か ら講 和 ま で』(12)p.204よ り作 成 な 安 易 な 印 象 を与 え な い か ど うか と い う こ と」 を見 極 め る必 要 が あ る と述 べ て い る47)。当 時 の 金 融行 政 の産 業 金 融 に つ い て の考 え方 を示 す も の ど して 、 興 味 深 い 。

W.復

興金融金庫

戦 後 の復 興 金 融 の 面 で最 も華 々 しい活 躍 を した の は 、 昭 和22年(1947年)1月 に設 立 され た 復 興 金 融 金 庫(以 下 、 復 金 と いう)で あ る。 戦 後 経 済 復 興 の た め の特 別 融 資 制 度 に つ いて の 検 討 は 、 前 年1月 頃 か ら始 ま っ て い た が 、 そ の後 吉 田 内 閣 が成 立 して 間 もな:い同 年6月 、 政 府 は、 重 要 基 礎 産 業 お よ び生 活 必 需 品生 産 部 門 へ の融 資 を促 進 す る た め 、 復 興 金 融 資 金(特 別 会 計)を 設 置 す る こ と を 決 定 し、 そ れ が具 体 化 す る ま で の 問 、 日本 興 業 銀 行 にそ の特 別 融 資 を担 当 させ る こ とに した 。 この 興 銀 の 特 別 融 資 は 、 同 年8月 か ら開始 され 、翌 年1月 の復 金 発 足 まで 続 き、 そ の 時 点 で の 融 資 残 高 は41億 円 で あ っ た48)。

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上 記 の 復 興 金 融 資 金 設 置 の構 想 は 、 そ の後 のGHQと の 折 衝 の 結 果 、 独 立 の 金 融 機 関 を設 立 す る 方 針 に変 わ っ た 。GHQの 念 頭 に あ っ た の は 、 ア メ リカ の 復 興 金 融 公 社(Reconstruction FinanceCorporation一 →932年 、 不 況 克 服 策 と して政 府 出 資 に よ り設 立)で あ った と い わ れ て い る49)。 こ う して 昭 和21年9月 、厂復 興 金 融 金 庫 法 」 が成 立 し、 翌22年1月 、復 金 が 開業 した 。 復 金 は 、 全 額 政 府 出資 の 純 然 た る政 府 金 融 機 関 で 、理 事 長 以 下 の 役 員 は政 府 任 命 で あ っ た。 そ の 業 務 は 、① 資 金 の融 通 、② 債 務 の 引 受 ま た は 保 証 、③ 社 債 の 応 募 また は引 受 、④ 以 上 に付 帯 す る 業 務 、 と され た。 業 務 に必 要 な資 金 は 、 前 記 の 政 府 出資(資 本 金)の ほ か 、 復 興 金 融 債 券(復 金 債)の 発 行 が認 め ら れ て い た50)。 ま た 、 復 金 の 資 金 計 画 、 融 資 方 針 等 に つ き大 蔵 大 臣 の諮 問 に 応 じる、 復 興 金 融 委 員 会 が置 か れ た 。 「 復 金 の 資 本 金 に つ い で 「復 興 金 融 金 庫 法 」 第3∼4条 は 次 の よ う に定 め て い た。 す な わち 、 ① 復 金 の資 本 金 は100億 円 と し、 全 額 政 府 出 資 とす る、 ② 政 府 は、 設 立 当初 に お い て この うち40 億 円 の 出 資 を払 込 む 、③ そ の残 余 は 主 務 大 臣 の 定 め る と こ ろ に よ り払 込 む。 これ に よ り、政 府 は 40憶 円 の 出 資 を払 込 ん で 、 復 金 が 発 足 した。 しか し前 述 の よ うに、 この と き興 銀 の特 別 融 資 残 高 は す で に40億 円 を超 え て お り、 こ の 当初 払 込 資 本 金 で これ を肩 代 わ りす る こ と は不 可 能 で あ った 。 そ こで 大 蔵 省 は 、 この うち の石 炭 赤 字 融 資12.5億 円 は財 政 か ら補 嗔 され るの で ∼ 短 期 ・確 実 に 回 収 され る もの だ と して 、 復 金 へ の 振 替 え は この 分 を 除 くよ う興 銀 に要 請 し、 興 銀 もこれ を受 け 入 れ て28.66億:円 を振 替 え た51)。 復 金 の 資 本 金 は そ の 後 しば しば 増 額 され た も の の 、実 際 の 政 府 払 込 み は 、 政 府 の財 源 難 か らな か な か 進 捗 しな か った 。 しか し他 方 で 、復 金 の融 資 額 は急 増 した か ら、 い き おい 復 金 債(期 限1 年 、 割 引 債)の 発 行 に よ る資 金調 達 に依 存 せ ざ る を え な か った 。 と ころ で 、 復 金 債 の発 行 限度 に つ い て は、 「復 興 金 融 金 庫 法 」 第18条 で 、 未 払 込 資 本 金 か ら引 受 ・保 証 債 務 を差 し引 い た 額 と 定 め られ て い た か ら、 復 金 債 発 行 を 増 や す た め に は 、資 本 金 を増 額 しな け れ ば な らな い。 事 実 、 復 金 の 資 本 金 は発 足 後 しば しば 増 額 され 、 昭 和23年(1948年)12月 に は 、1,450億 円 に な っ た。 し か し実 際 の 政 府 払 込 み は 、 同 年 度 末 で250億 円 に す ぎ な い(な お 、翌24年 度 に925億 円 の 出資 払 込 み が が 行 わ れ た が 、 これ は ド ッジ ・ライ ン実 施 に伴 う復 金 債 償 還 の た め の もの で あ る)52)。 復 金 債 の最 大 の 問 題 は 、 そ の 消 化 先 で あ っ た。 当 時 の 金 融 情 勢 で は民 間 消 化 を期 待 す る こ とは で きず 、 結 局 そ の 大 部 分 を 日銀 引 受 け に依 存 せ ざ るを え な か った 。 復 金 債 は 政 府 機 関 が発 行 した 債 務 証 書 で あ る。 しか も、 そ の 発 行 額 が 大 き くな った 有 力 な原 因 は、 前 述 した と ころ か ら も明 ら か な よ うに 、 政 府 の財 源 難 に よ る政 府 出資 の 不 足 に あ った か ら、 復 金 債 の 日銀 引 受 け発 行 は 、 事 実 上 、 国 債 の 日銀 引 受 け と同 じ性 格 の もの と考 え る こ と が で き る53)。後 述 の よ うに 、復 金 は 昭 和24年 度 以 降 、 経 済 政 策 の転 換 に よ って 、 新 規 貸 出 を 停 止 した が 、 そ の 直 前 の昭 和23年 度 末 まで の 復 金 債 の発 行 総 額 は1,680億 円 、 同 年 度 末 の 残 高 は1,091億 円 の 巨額 に達 した。 そ して 、 発 行 総 額 の7割 弱 が 日銀 に よ って 引 受 け られ(表7)、 日銀 の 対 政 府 信用 供 与 と と もに 、 銀 行 券 発 行 の 大 き な ル ー トと な っ た54)。 この こ と が 、 い わ ゆ る 「復 金 イ ソ フ レ」 と して 、 復 金 の活 動 に非 難 が 集 ま った原:因と な った の で あ る。 復 金 の融 資 は 、 時 の経 過 と と も に累 増 し、 昭 和23年 度 末 残 高 で1,320億 円 とな った 。 これ は 、 興 銀 が特 別 融 資 を 開始 した 昭 和21年8月 か ら23年 度 末 ま で の全 国 銀行 貸 出 増 加 額 の45%に 当 た る とい う驚 くべ き金 額 で あ る。 この復 金 融 資 残 高 を業 種:別に み る と、 そ の4割 弱 が 鉱 業 で 、 そ の 大 部 分 は石 炭 業 で あ っ た 。 当 時 、 石 炭 の 増 産 が い か に重 要 な政 策 で あ った か が分 か る。 次 い で 、 電 力 業 ・公 団 が高 い 比 重 を 占 め て い る。 た だ 、 この よ うな業 種 別 の 比 率 は、 そ の 時 々 の 事 情 を反 映

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(表7) 復 興金融債 券の発行状況 (単 位 、 百 万 円、%) 昭 和21年 度 昭 和22年 度 昭 和23年 度 金 額 構 成 比 金 額 構 成 比 金 額 構 成 比 発 行 額 3,000 100 55,900 100 109,1◎0 100 (消 化 先) 日 本 銀 行 大蔵省 預金部 市 中 銀 行 農林中金その他 2,824 176 94 6 42,463 9,399 4,038 76 17 7 70,305 4,300 30,350 4,145 64 4 28 4 (資料)前 掲 『昭和財政史 終戦から講和まで』(12)p.680 して 、 か な り変 化 して い る こ と も注 目 され る(表8)。 そ う した 復 金 融 資 に つ い て 、 特 徴 的 な 点 を簡 単 に み て み よ う。 まず 、 石 炭 向 け は 当 初 か ら高 い 比 重 を持 っ て い た。 もっ と も昭 和21年 度 末 で は、 石 炭 の 比 率 は 17%で そ れ ほ どの 高 率 で は な い が 、 こ こに は興 銀 特 別 融 資 の12.5億 円 が含 まれ て い な い(前 述 の よ うに 、 こ の分 は 復 金 に引 継 が れ な か っ た)の で 、仮 に これ を加 え る'と、石 炭 の比 率 は そ の 後 の 計 数 と 同様 、30%台 の 高 率 に な る。 こ う した 石 炭 向 け融 資 は、 炭 鉱 の 設 備 資 金 に 当て られ た ほ か 、 うち1割 強 は炭 鉱 労 務 者 確 保 の た め の 住 宅 建 設 ・補 修 の 資 金 に な っ た。 しか し、 石 炭 向 け融 資 を 大 き く した 、 も う一 つ の重 要 な要 因 が あ った 。 そ れ は 、 石 炭 業 に膨 大 な赤 字 が生 じ、 そ の た め に 不 足 す る運 転 資 金 を 復 金 融 資 で カ バ ー して い た こ とに よ る もの で あ っ た。 実 は 当時 、 政 府 は 低 価 格政 策 の基 底 に石 炭 を置 き、 電 力 ・鉄 鋼 な どの 重 要 産 業 に低 価 格 の 石 炭 を供 給 す る こ と に よ って 、 そ う した 重 要 産 業 を 早 期 に復 興 させ る と い う政 策 を採 って い た 。 石 炭 業 の赤 字 は、 そ う した政 府 の 低 石 炭 価 政 策 に よ る もの で あ り、 政 府 は 、 そ の結 果 と して 生 まれ る赤 字 に 対 して 、 財 政 か らの 補 助 金 と金 融 機 関 か らの 赤 字 融 資 に よ っ て 対 処 す る こ とに して い た 。 つ ま り、 価 格 政 策 か ら生 じ た 矛 盾 を金 融 で処 理 して い た とい って よ い 。 そ して復 金 が そ う した赤 字 金 融 を担 当 させ られ て い た σ この よ うな性 格 の 復 金 赤 字 融 資 は 、 他 の 産 業 部 門 向 け に も あ った が 、石 炭 業 の比 重 は圧 倒 的 に大 き か った55)。 第 二 に 特 記 して お くべ き復 金 融 資 は 、 公 団 向 け で あ る。政 府 は 昭 和22年5月 か ら23年5月 まで に15公 団 を設 立 した。 これ は 、統 制 経 済 を 運 営 して い くた め の 事 業 組 織 で 、物 資 の 集 荷 ・配 給 ・ 保 管 な らび に施 設 建 設 等 の 事 業 を行 った 。 これ らの公 団 の 事 業 は 、 独 占的 な 物 資 の 買 取 り ・販 売 を 目的 と して い た か ら、 巨額 の運 転 資 金 を 必 要 と した が 、 当 初 各 公 団 法 は そ の 所 要 資 金 を復 金 融 資 に よ る こ と と定 め て い た 。 そ の 結 果 、 昭 和24年 度 末 まで の復 金 の公 団 向 け融 資 総 額 は 、1,708 億 円 に達 し、 復 金 融 資 全 体 の57%を 占 め た 。 も っ と も前述 の よ うに、 昭 和23年3月 か ら は、 公 団 の 資 金 決 済 の 大 部 分 が 公 団 認 証 手 形 に よ っ て 行 わ れ る よ うに な り、 復 金 の資 金 負 担 は 大 幅 に軽 減 され た し、 また 、 公 団 向 け 融 資 の大 部 分 が短 期 運 転 資 金 で あ った とい う事 情 も あ り、 昭 和23年 度 末 の残 高 ベ ー スで み る と、 公 団 向 け融 資 は 復 金全 体 の14%弱 に 止 ま って い る56>(表8)。 以 上 の二 つ の事 例 か ら も分 か る よ うに、 復 金 の融 資 活 動 は、 そ の時 々 の政 府 の政 策 や方 針 に よっ

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(表8) 復興金 融金庫 の業種 別融資 の推 移 (単位 、百 万 円 、%) 昭 和21年 度 末 昭 和22年 度 末 昭 和23年 度 末 残 高 構 成 比 残 高 構 成 比 残 高 構 成 比 鉱 業 1,589 26.5 21,941 36.9 51,485、 39.0 (う ち 石 炭) (1,036) (17.3) (19,874) (33.4) (47,519) (36.0) 金 属 工 業 349 5.8 2,122 3.6 4,390 3.3 (う ち 鉄 鋼) (291) (4.9) (1β58) (3.1) (3,526) (2.7) 化 学 工 業 1,222 20.4 5,155 8.7 10,060 7.6 (う ち 肥 料) (561) (9.4) (3,751) (6.3) (6,030) (4.6) 電 力 業 302 5.0 2,807 4.7 22,400 17.0 公 団 一 ㎜ 18,199 30.6 18,182 13.8 そ の 他 2,524 42.2 9,239 15.5 25,449 19.4 計 5,986 100.0 59,463 100.0 131,965 100.0 (資料)前 掲 『昭釈財政史 終戦から講和まで』(12)p.646 て 大 き く左 右 され た 。 実 は 、 復 金 の 融 資 は 、 年 度 毎 、 四 半 期 毎 に経 済 安 定 本 部 が中 心 に な って 策 定 し、 閣 議 決 定 お よ び復 興 金 融 委 員 会 の 承 認 を得 た資 金 計 画 に基 づ いて 行 わ れ て い た。 具体 的 な 融 資 の 決 定 に つ い て も、復 興 金 融 委 員 会 が これ に 当 た っ て い た 。 復 興 金 融 委 員 会 の構 成 メ ソ バ ー は 、 会 長 が大 蔵 大 臣 、 副 会長 が 経 済 安 定 本 部 長 官 、委 員 と して 商 工 大 臣 、 農 林 大 臣 、 日銀 総 裁 の ほ か 、 金 融 界 ・産 業 界 よ りの 学 識 経 験 者7名 が加 わ り、 合 計12名 で あ った 。 さ らに 、 委 員 会 に お け る議 案 の 下 審 査 に 当 た るた め 、 大 蔵 ・商 工 ・農 林 ・運 輸 の 各 省 ∼経 済 安 定 本 部 、 日銀 、 復 金 の 課 長 ク ラ スの ほ か 、 金 融 界 ・産 業 界 か ら25∼26名 の幹 事 が 任 命 され て い た 。 この よ うに み て くる と、 復 金 は 独 立 の 金 融 機 関 と は い って も、 ほ とん ど 自主 的 判 断 の で きな い 機 関 で あ った 。 この 点 に つ い て 、復 金 自身 が 不 満 を洩 ら して い る の は57)、 あ る意 味 で 当 然 で あ る 。 しか し、 復 金 設 立 の 経 緯 か ら考 え て み て も、 復 金 の実 態 は政 府 の 別 働 隊 で あ った。 また 、 あ れ だ け 巨額 の 融 資 の 審 査 が復 金 の 内 部組 織 だ け で 可 能 で あ った か、 と い う点 に も疑 問 が残 る。 そ う した こ とを 考 えれ ば 、 上 述 の よ うな仕 組 み は 、 基 本 的 に は や む を え な か った の で は な か ろ うか。 た だ 、 そ う した仕 組 み が融 資 の 責 任 を 曖 昧 な もの に した こ とは 確 か で あ ろ う。 この 点 は当 時 か ら問 題 に な って い た と こ ろ で 、 昭 和24年2月 か ら、復 金 の 自主 性 を強 め る方 向で 運 営 シ ス テ ム の一 部 手 直 しが行 わ れ た の は 、 そ う した 批 判 に 応 え た もの で あ った58)。 た だ 、 復 金 の 融 資 決 定 に つ い て は、 そ こに 政 治 的 色 彩 が 濃 い と か 、情 実 が 絡 んで い るい る と い う批 判 が囁 か れ て い た が 、 そ れ が昭 和23年6月 、 贈 収 賄 事 件 と して表 面 化 し、 や が て昭 和 電 工 事 件59)と い わ れ る大 型 疑 獄 事 件 に発 展 した 。 復 金 融資 の 性 格 と大 き さ を考 え る と、 起 こ り う る事 件 で は あ っ た が、 戦 後 復 興 に大 き な足 跡 を残 した復 金 に と っ て 、 きわ め て 残 念 な汚 点 とな っ た。 ま た 復 金 の活 動 が イ ソ フ レー シ ョ ソの原 因 に な って い る と い う、 い わ ゆ る 「復 金 イ ソ フ レ」 論 も 多 か っ た。 こ う した状 況 の中 で 、GHQの 占領 政 策 も安 定 重 視 へ 方 向転 換 した た め 、 そ の 積 極 的

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活 動 は 、 ドッ ジ ・ライ ソ実 施 を機 に昭 和23年 度 を もっ て 、 事 実 上 終 止 符 を 打 っ た 。 確 か に復 金 の 活 動 に は 問題 が あ った。 た だ そ れ は 、復 金 の責 任 とい う よ りは 、 政 府 の 責 任 で あ っ た。 復 金 は 、 い ま ま で み た と こ ろ か ら も分 か る よ うに 、政 府 が 実 施 した政 策 の矛 盾 を 金 融 措 置 で 補 正 す る役 割 を担 わ され て い た と もい え る。 しか し、 そ の 融 資 が 重 要 産 業 の 生 産 復 興 、 と くに 石 炭 の増 産 に大 き く貢献 した こ とは 否 定 で きな い 。 そ の 意 味 で 復 金 が戦 後 復 興 に=果た した役 割 は 、 功 罪 相 半 ば した とい うべ き か も しれ な い。 V.総 括 戦 後 の 日本 経 済 は 、混 乱 の な かか ら始 ま っ た。 そ こで 日本 の 産 業 が 直面 した課 題 は 、 戦争 に よ っ て被 災 した工 場 を再 建 し、 軍 需 生 産 を民 需 生産 に転 換 させ る こ とで あ った 。 そ の た め に は 、膨 大 な資 金 が必 要 で あ った 。 しか し、 当 時 の金 融 機 関 の資 金供 給 力 は 極 め て 乏 しか っ た 。 そ の た め 、 結 局 、 日銀 信 用 を注 入 せ ざ るを え な か っ た。 しか しそ れ は 、 イ ソ フ レー シ ョ ソへ の道 で もあ った 。 日本 経 済 は 、復 興 と安 定 の 狭 間 で もが いて い た 。 そ の 矛盾 か ら抜 け出 す 方 法 は 、 一 方 で で き るだ け信 用 の膨 張 を抑 え な が ら、 他 方 で 限 られ た資 金 量 を重 要 産 業 に重 点 的 に配 分 し、 日本 経済 再 生 の基 盤 を造 る こと で あ った 。 そ う した 目的 を持 っ たの が 「復 興 金 融 」 で あ り、 そ れ を 形 か らみ れ ば 「傾 斜 金 融 」 で あ り、 質 的 金 融 規 制 で あ った 。 こ う した 質 的 金融 規 制 は、 目的 と方 法 の違 い は あ って も、 戦 時 金融 統 制 の流 れ を汲 む もの で あ っ た こ と は否 定 で きな い 。 しか し、 当 時 の 混 乱 した 日本 経 済 を 再 生 させ るた め に は や む を え な い も ので あ った 。 つ ま り、 復 興 金 融 は 異 常 な時 期 に お け る特 異 な 金 融 方 式 で あ っ た と い え よ う。 した が っ て 、 そ れ は、 日本 経 済 が混 乱 期 か ら脱 却 し、 市 場 機 能 が 回 復 す る に つ れ て 、 次 第 に 後 退 す べ き性 質 の も ので あ っ た。 事 実 、 昭 和20年 代 末 か ら30年 代 初 め に か け て 、 復 興 の た め の 各 種 金 融 措 置 は次 第 に廃 止 され た。 しか しそ の後 の 動 きを み る と 、政 策 当 局 の な か に質 的 金 融 規 制 の 考 え方 が根 強 く残 って いた 。 市 中 金融 機 関 の 側 に も、政 策 当 局 に依 存 す る体 質 が形 成 され 、 な か な か そ こか ら脱 却 で き な か っ た よ うに 思 わ れ る。 復 興 金融 は 、 日本 経 済 の再 建 に大 き く貢 献 した 。 そ の 方 法 に つ い て は い ろ い ろ 問題 が あ り、個 々 の 手 段 に い ろい ろ批 判 が あ る と して も、 当 時 の 日本経 済 の状 況 で は 、 そ れ は 大 筋 と して や む を え ない もの で あ った ろ う。 問題 は 、 戦時 期 の 金 融 統 制 の 考 え方 や 方 法 が 、 形 を 変 え て戦 後 も引 き継 が れ 、 しか も経 済 復 興 期 を終 え て も、 そ の 体 質 が残 っ た とい う こ とで あ る。 復 興 金 融 の 最 大 の問 題 点 は 、経 済復 興 期 に あ っ た とい うよ りは 、 む しろそ の後 に お い て も、 金 融 統 制 的体 質 を引 きず り、 そ こか ら脱 却 で き な か った点 に あ った と い え よ う。

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