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<令和二年度修士論文(静岡文化芸術大学大学院文化政策研究科)>

大学劇場にみる観客開拓に関する研究

−上海の大学劇場の芸術普及事業に着目して−

Audience Development of University Theaters in China

-Focusing on Art Popularization at University Theaters in Shanghai

覃 剣倫

QIN Jianlun

(論文指導:静岡文化芸術大学教授 永井聡子)

目 次

要旨………1 序章………3 第1章 上海の大学劇場……… 10 第2章 観客開拓と芸術普及……… 17 第3章 上海における大学劇場の芸術普及……… 27 結論……… 44 参考文献……… 48 図表……… 52

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<目次> 要旨………1 序章………3 1 研究背景・目的……… 3 2 先行研究……… 5 3 用語の定義……… 7 4 研究対象と研究方法……… 9 第1章 上海の大学劇場……… 10 1−1 上海と上海の劇場………10 1−2 大学と大学劇場………11 1−2−1 大学の機能と大学開放……… 11 1−2−2 大学劇場の種類……… 12 1−3 研究事例について………13 1−3−1 上海音楽学院賀緑汀音楽庁……… 13 1−3−2 上海戯劇学院劇場群……… 14 1−3−3 同済大学の礼堂……… 15 第2章 観客開拓と芸術普及……… 17 2—1 観客の種類………17 2—2 観客開拓の歴史と様相………18 2—3 観客開拓の方策………19 2—4 芸術普及の種類と目的………20 2—5 中国型芸術普及………21 2—5—1 国民に対する全体性と公益性……… 21 2—5—2 政治性……… 23 2—6 大学劇場を拠点にする芸術普及………24 2—7 観客開拓と芸術普及の相互関係………25 第3章 上海における大学劇場の芸術普及……… 27 3—1 上海音楽学院の芸術普及………27 3—1—1 普及事業の概略と特徴……… 27 3—1—2 賀緑汀音楽庁の芸術普及……… 28 3—1—3 普及事業の方策と課題……… 30

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3—1—4 比較事例……… 32 3—2 上海戯劇学院の芸術普及………34 3—2—1 普及事業の概略と特徴……… 34 3—2—2 劇場群の芸術普及……… 35 3—2—3 普及事業の方策と課題……… 35 3—2—4 比較事例……… 36 3—3 同済大学の芸術普及………38 3—3—1 普及事業の特徴……… 38 3—3—2 礼堂と「高雅芸術進校園」……… 39 3—3—3 普及事業の課題……… 41 3—2—4 比較事例……… 41 結論……… 44 謝辞……… 47 参考文献……… 48 図表……… 52

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要旨 本論文は、大学劇場の芸術普及について考察することを目的としている基礎研究である。大学 劇場や公立文化施設の芸術普及事業に関する研究は極めて少ない。大学劇場の主要な観客は約 20 歳の大学生であり、芸術教育とその場である大学の劇場は欠くことができない。 先行研究では、観客開拓として、観客の性別、年齢、宗教や教育レベルなどによって、様々な 開拓の方策を想定している。「芸術普及」は芸術そのものに注目して研究している。中国では、 特に伝統的な芸術の普及が懸念されているのが現状である。 本論では、中国型芸術普及の特色である国民に対する全体性、公益性、政治性を提示しつつ、 大学劇場の空間の分類も合わせて行い、その特性を抽出する。大学劇場は3つの分類(=音楽 庁 チョウ 、小劇場、礼ライ堂ドウ)から、各大学の芸術普及事業を整理する。音楽庁(=コンサートホール) がある上海音楽学院と東京藝術大学は、音楽を中心にして、いくつかの芸術普及ブランドを構築 している。小劇場がある上海戯ギ劇ゲキ学院と京都芸術大学は、伝統芸能の普及や演劇の上演を重視し ている。そして、礼堂や講堂がある同ドウ済サイ大学と早稲田大学は、学生数に対して客席数の比率が低 いため、新たな普及の方策を考える必要がある。 劇場は専門性の高い場である。一方、大学劇場は芸術教学と芸術普及の場である。したがって、 劇場と大学劇場の概念整理をした上で、大学における芸術普及の意味を、上海と日本の大学劇場 を比較し分析した。最後は、観客開拓において、上海における各大学劇場の種類と芸術普及の現 状に応じるように、筆者が提言した。 キーワード:大学劇場、芸術普及、観客開拓、音楽庁、小劇場、礼堂。

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Abstract

This is a basic research aimed at considering the art popularization in university theaters. There is very little research on art popularization projects in university theaters and public cultural facilities. Compared to public theaters, the main audience of university theaters is students, who are about 20 years old. Their awareness of beauty and consumption are improving at that age. As the "place" (= theater) of performing arts and art education is indispensable.

Previous studies show us, the various measures of "Audience Development", and all base on the gender, age, religion, educational background, etc. of the audience. In terms of "Art Popularization" focuses on the art itself, namely in China, individuals concern about the popular of traditional art.

In this research, the characteristics of art popularization in China was classified. They are nationwide, public interests, and political. According to the type of university theaters, art popularization projects of each university was also clarified. The concert hall of The Shanghai Conservatory of Music and Tokyo University of the Arts, have built several art popularization brands of music. The Shanghai Theater Academy and Kyoto University of Arts, which have some theaters, emphasize the spread and performance of traditional performing arts. Tongji University and Waseda University, where the Assembly Hall (or Auditorium), the ratio of the number of seats to the number of students is very low, it is necessary to consider some new ways to solve the problem.

The theater is a highly-specialized place. On the other hand, the university theater is a place for art education and art popularization. Therefore, after organizing the concepts of theater and university theater, the meaning of art popularization at universities was analyzed by comparing Shanghai and Japanese university theaters.

Finally, based on the study of audience development, corresponding to the types of university theaters in Shanghai and the current status of art popularization, I put forward a few suggestions.

Key words: University Theaters, Art Popularization, Audience Development, Concert Hall, Theater, Assembly Hall.

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序章 1 研究背景・目的 1970 年代末期、中国の改革開放の政策をきっかけに、富裕層が急増し、文化施設などの建設 が進んだ。各地で文化的なランドマークの開発プロジェクトが進み、大規模な劇場建設が始まっ た。経済特区である深シン圳セン市の発展に伴って、1989 年 5 月、深圳大劇ゲキ院インが開館し、「大劇院」と名 付けられた劇場が生まれていく。90 年代から起こった全国的な劇場建設ブームは「大劇院時代」 と呼ばれる1 学校には、学生数の増加に伴い、公演用の施設も増えている。1992 年から 1998 年の間、国家 企業の改制や市場経済改革のため、国内で失業者が多くなった。その状況の改善及び高等教育を 普及するために、経済学者の湯敏は、中央政府に「中国経済を起こす有効手段について-一倍の 学生数に拡大する」2を進言した。翌年に、教育部は「21 世紀向けの教育振興行動計画」3(略称 「計画」)を公布した。湯敏のアドバイスを受けて、各地の大学は当年から学生の募集数を拡大 している。そして、学生数の増加に伴って、新しい問題にぶつかった。つまり、大学における文 化施設の欠如だ。「普通高等学校延床面積指標」4(表1)より、会堂5の延床面積と学生数は、正 の相関関係があることが分かった。即ち、学生数が多ければ多いほど、会堂の延床面積も増える。 それを前提として、大学で文化施設の欠如を解決するために、各大学は新しい文化施設を作った り、元々の出演空間を改修したり、座席数の増築、残響時間の修正、舞台装置の整備など、現在 の舞台公演の様式に応じるように劇場を作ったのだ。表2には、「計画」が公布された約 20 年間 での本科学校数、募集の定員数、普通高等学校と会堂の延床面積の状況を示した。2018 年度は 1998 年度より、学生数は約 5.50 倍になり、会堂の延床面積も約 6.33 倍になった6 一方で、国が芸術普及事業を重視していき、国民に対する「公共文化サービス体系」を築いて いる。2007 年 8 月 21 日に、中共中央弁ベン公コウチョウ庁7と国務院弁公庁8(2007)は、「公共文化サービス 体系建設の強化に対する若干の意見について」(略称「意見」)を公布した。「公共文化サービス

1 盧向東(2010):「中国劇場の大劇院時代」、『建築論壇』、p.111。 2 湯敏(1998):「中国経済を起こす有効手段について-一倍の学生数に拡大する」。中国語では、「関於啓動中国経済有 効途経—拡大招生量一倍」。 3 中華人民共和国教育部(1999):「21 世紀向けの教育振興行動計画」。中国語では、「面向 21 世紀教育振興行動計 画」。 4 中華人民共和国住房と城郷建設部(2018):「普通高等学校延床面積指標」。中国語では、「普通高等学校建築面積指 標」。「普通高等学校」は大学だけでなく、専門学校も含んでいる。 5 会堂は、政治の集会、経済またはアカデミック会議、そして文化イベントなどに使う建物である。 6 筆者が表2より計算した結果である。 7 中共中央弁公庁は、中国共産党中央委員会に直属する事務機構である。 8 国務院弁公庁は、中華人民共和国国務院の事務局である。

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体系」とは、国民の基本的な文化ニーズに応じるように、文化施設を開放し、文化プロダクトや 文化活動を提供することである。「意見」には、「学校などの場に公益性がある文化活動の基盤を 作る」「特殊なグループに対する無料や低価な公演チケット」と「重要な公共文化産品、重大な 公共文化サービスプロジェクトと公益性がある文化活動に対し、政府購入やプロジェクト補助 金などの手段を実施する」などの内容が記載されている9「公共文化サービス体系」は政府が主 導しているが、社会や学校の力も取り入れている。そして、「意見」に基づいて、2015 年 1 月 14 日に、「現代公共文化サービス体系を早く確立する意見について」を発表した。「公益性がある出 演補助制度の完備」「チケット補助と劇場運営補助金などの形で、芸術団体が提供した公益出演 をサポートする」「優秀な伝統文化継承と発展体系を築く」「戯曲など優秀な伝統文化・芸術の普 及活動の強化」「優秀な文化遺産、ハイカルチャーを学校に取り入れる10」と「積極的に全国民の 芸術普及を行う」などの条目も次々出した11。政策面からすべての国民に伝統文化・芸術の普及 事業を提唱した。 公共文化サービス体系のもと、大学や大学の劇場は社会に開放されている。他方で、「大劇院 時代」の劇場建設ブームと大学の文化施設の増加により、芸術活動に参加する観客も徐々に増え ている。中でも、劇場における「芸術普及事業」の増加が目覚ましい。しかし、各大学の芸術普 及事業が主に鑑賞型の舞台公演となり、より多くの人々に行き渡るような事業の多様性が欠け ている。また、大学の種類によって、芸術普及事業の現状も異なっている。特に規模の大きい総 合系の大学は、芸術資源が不足するため、学生の鑑賞ニーズを満たすことが困難である。本研究 は、「芸術普及」領域の基礎研究である。研究の目的として、上海12における大学劇場の「芸術普 及」の状況を明らかにして、今後の展開を分析・考察する。 そのため研究課題(リサーチクエスチョン)は、上海の大学劇場における芸術普及を、より効果 的な観客開拓に結びつけるためにはどうすれば良いか。日本の大学劇場の事例と比較すること で考察する。加えて、この分析・考察を通じて、今後の各大学や大学劇場における芸術普及のあ り方について提言を行う。

9 中共中央弁公庁、国務院弁公庁(2007):「公共文化サービス体系建設の強化に対する若干の意見について」。中国語 では、「関於加強公共文化服務体系建設的若干意見」。 10 第3章3—3—2に記述した「高雅芸術進校園」である。 11 中共中央弁公庁、国務院弁公庁(2015):「現代公共文化サービス体系を早く確立する意見について」。中国語で は、「関於加速構建現代公共文化服務体系的意見」。 12 本論は上海を中心となって、全国の大学や大学劇場における「芸術普及」の現状を把握することができる。

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2 先行研究 この部分では、観客、観客開拓、芸術普及と大学劇場における現在の研究状況を把握し、説明 する。 2.1 観客の研究13 現在、パフォーミングアーツの観客に関する研究には、「観客心理学」、「観客論」、「アートマ ネジメント」と「アートマーケティング」(又は「観客開拓」)などの分野が含まれる。以下は、 「観客開拓」の視点から論じられる。 まず、「観客」の定義ついて、謝大京(2016)は、過去の参加者とアートの受け手だけでなく、 芸術活動に参加する可能性のある人々も含んでいると定義した。市場経済の環境にある現在の 舞台芸術活動は、市場の原則に従う必要がある。そのため、観客がどんな公演を鑑賞するのかは、 作品または芸術団体の存続をある程度決めている。観客は舞台出演の鑑賞者であり、ある意味で はアートプロジェクトの意思決定者である14。そして、観客の特徴について、夏学理(2020)は、 出演空間で観客の一時性を強調した15。つまり、出演空間を離れると、観客がその成り立つ根本 を失う。David P. Hirvela(1995)は、観客の一時性も意識して、観客が舞台芸術を鑑賞する人々 で構成されていると述べていた16。基本的には、同じ公演を見ている観客はお互いを知らない。 他の観客を知っていても、鑑賞中に交流できない。また、観客開拓にとって、観客属性が開拓方 策を決定している。夏学理(2020)は、観客自身の教育レベルが鑑賞活動に決定的な影響を与え ることと指摘した。彼は、米国芸術基金(NEA)の「パフォーミングアーツと博物館の調査」 (Audience Studies of Performing Arts and Museums,1978)と「アメリカ人が芸術を論ずる」 (American For the Arts,2018)のデータより、教育レベルが鑑賞活動に最も重要な要素を明ら かにした。つまり、観客の教育レベルが高くれば高いほど、観客の参与も積極的になっている17 2.2 観客開拓の研究18 英文文献を中心とする観客開拓の研究では、Audience Development という専門用語が用いら

13 ここでは、観客開拓のもとで、「観客」の定義、特徴と観客属性から先行研究を整理する。そして、「観客」種類の 先行研究は、第2章の2—1を参照することができる。 14 謝大京(2016):『アートマネジメント』、法律出版社。中国語では、「芸術管理」。 15 夏学理 編(2020):『アーツマーケティング』、五南出版、p.132。中国語では、「藝術行銷」。 16 P. Hirvela, David. (1996), The Performing Arts: An Audience's Perspective, Kendall Hunt Pub Co.

17 夏学理 編(2020):『アーツマーケティング』、五南出版、pp.135〜138。本文は大学劇場に焦点を当てている。大 学劇場の観客層は主に 20 歳ぐらいの大学生である。これらの高等教育を受けた観客(=大学生)は、芸術活動への参 加率も高くなると思われる。

18 ここでは、観客開拓の定義や目的、そして観客開拓を巡る三つの輪(=教育、芸術的目標とマーケティング)から 整理する。観客開拓の歴史や方策の先行研究は、第2章の2—2と2—3を参照できる。

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れる。日本語では、「観客開拓」と「鑑賞者開発」の両方が使用される。そして中国語では、「 观グァン 众 ヂョン 拓 トゥォ 展 ヂャン 」という言葉で翻訳されていた。中国の学術ウェブサイトの「知チ網モウ」(CNKI)と日本 の「CiNii」により、現在、中国語でこの学問領域に関する論文が 24 件、日本語の論文が 5 件あ る。その中には、観客開拓の方策に関する研究が 9 件ある。 1986 年、英国のアーツ・カウンシルは芸術活動へ国民の参与を測定するために、最初の大規 模な全国調査を行った。参与度が比較的少ないグループ、及び白人のブルジョワや中年者に注目 されてきた。その後、イギリスにおける開拓組織の責任者の調査よると、観客開拓は以下のもの である:

•より多くの人がより頻繁に(More people more often) •マーケティングと同じ(It’s the same as marketing)

•マーケティングはサイズと関わるが、観客開拓は範囲と関わる(Marketing is about size; audience development is about range)

•観客層を開拓する(Building audiences) また、以下のように包摂的な定義もある:

観客開拓とは、既存および潜在的な観客のニーズを満たすために、アート組織が観客との長期 的な関係づけるのを支援する特定の活動を指す。これには、マーケティング(marketing)、試行 錯誤(commissioning)、プログラミング(programming)、教育(education)、お客様対応及び流 通(customer care and distribution)などが含まれる19

一方で、Roberts(1997)20と河島ら(2002)21は、アーティスト、教育関係者、マーケティン グ担当者の仕事と鑑賞者開発22の相関関係も説明した(図1)。教育、芸術的目標とマーケティン グの三つの輪が重なっている。その中で、教育とマーケティングの関係が以下となる(図2): 芸術活動の鑑賞行動の量的拡大と質的向上を目指すため、教育とマーケティングは不可欠で ある。教育は、より少ない人々に非常に個人的及び深い芸術経験を提供することができる。マー ケティングは、多くの人々に芸術活動を参加するように説得することができるが、通常では教育 のような豊な芸術経験を提供することができない。 アーツ・カウンシルの調査では、効果的なプロジェクトは組織と離れず、教育とマーケティン グ部門と共に策定した長期戦略の一部であることが分かっている。Rogers(1998)は、この説を

19 Maitland, Heather. (2000), A Guide to Audience Development, 2nd ed, Arts Council of England.

20 Roberts, Anne. (1997), Nothing by Chance: qualitative research into attendance at new and contemporary film

and theatre at Warwick Arts Centre, Warwick Arts Centre.

21 川崎賢一、佐々木雅幸、河島伸子(2002):『アーツ・マネジメント』、財団法人放送大学教育振興会、pp.122〜 128。

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支持し、観客開拓が全体的で統合された事業であると述べている。観客開拓事業を実施するには、 マーケティング、教育とプログラミングのような、学際的な知識が必要となる23 観客は、社会的背景(background)、経済的状況(economic condition)と年齢(age)などが 異なる。そのため、観客開拓の目的として、Keith Diggle(1994)は、「アートマーケターが最適 な観客に芸術を鑑賞させなければならない。」と述べている24。つまり、芸術作品・ジャンルと観 客属性が合うように考えなければならない。 2.3 芸術普及の研究 現在、芸術普及に関する研究は少ないことが分かった。日中両国でも同じ用語(=「芸術普及」) を使っているが、時には「芸術教育」と「教育普及」も使用されている。ただし、英語では完全 に対応できる語彙がない。そして、「知網」で検索すると、劇場や劇団の芸術普及活動に関する 文章が 13 件、「CiNii」では 5 件しかない。いくつかの調査報告もあるが、この領域の専門書を まだ見つけていない25 2.4 大学劇場の研究 劇場の研究は、「劇場史」、「劇場マネジメント」、「劇場の建築設計」、「舞台デザイン」と「音 響設計」などの幅広い分野を含んでいる。「知網」では、大学劇場に関する研究論文は現在 53 件 あり、そのうち大学劇場の建築設計と改修に関する文章が 27 件、音響設計に関するのが 9 件あ り、大学劇場の運営と管理そして位置付けに関するのが 5 件である。また、現在「大学劇場」の 研究がハードウェアに着目しているものがほとんどで、ソフトウェアに関与する研究が極めて 少ない。一方で、具体的な大学劇場の事例研究では、同済大学の礼堂に関する研究論文が 7 件、 上海音楽学院賀緑汀音楽庁に関するものが 3 件、上海戯劇学院の劇場に関する論文が 2 件ある だけである。いずれもソフトウェアに関するものではない。 3 用語の定義 上記 2.の先行研究をもとに、本論で使用する主な用語を下記のように定義する。

23 Rogers, Rick. (1998), Audience Development: collaborations between education and marketing, Arts Council of England.

24 Diggle, Keith. (1994), Arts Marketing, Rhinegold, pp.33〜34. 25 芸術普及の種類の先行研究は、第2章2—4の一部を参照できる。

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3.1 観客 劇場の観客は、舞台芸術の鑑賞者のことを指す。彼らは演劇の観客であり、コンサートの観客 でもある。大学劇場の観客層は、主に学生と地域の住民からなる。そして、「観衆」「聴衆」「観 者」と「鑑賞者」などの用語があるが、本論では全て「観客」という用語を使用する。 3.2 観客開拓 観客開拓は、芸術形態及び観客層によって、戦略や方法などに多くの違いがあるため、観客の 特徴や種類にも注目して、アートと観客がどのようにつながるのか、理論と事例から分析する。 3.3 芸術普及 「芸術普及」に関連する用語として、「芸術教育」や「教育普及」なども使われているが、本 論では全て「芸術普及」で統一し表記する。「普及」は、より多くの人々がより深くに理解でき るように導く手段である。これを前提として、「芸術普及」とは、より多くの人々が芸術を理解 し受容することであり、そして、第2章に提示した「中国型芸術普及」の特徴と繋げれば、全て の国民を対象として、美意識の喚起や鑑賞力の向上などを普及者が催す、特定の公益性行為とな る。中国では、主にハイカルチャーや伝統芸能が普及内容となっている。 3.4 劇場と大学劇場 「剧ジュチャン场」の用語は「劇場」の中国語訳に由来した経緯がある。日本で使用している「劇場」 は、ギリシア語のθέᾱτρον(théātron)から英語になった theater(または theatre)の訳語であ る。テアトロン(théātron)は「見る」という意味の動詞テアスサイ(Gr theāsthai)からきた ものである。ギリシア劇場においては、それは単に観覧席を意味するものであった。広義に解す ると、どこでも「劇場」と呼ぶことができるが、建築学の上では、常に劇場の機能が注目され、 各空間を分けて議論されてきた。劇場マネジメントが徐々に学問分野となるに伴い、劇場のソフ トウェアとしての人材やマーケティングも注目されている。永井の著作では、人材、空間、作品 と観客、4 つの要素を現代劇場に欠かせないものに取り入れた26 本論では、大学は社会的責任を担っているため、内部使用だけでなく、学外にも開放して利用 できるものと考える。大学の文化施設としての劇場は、大学でのパフォーミングスペースである。

26 劇場の概念整理をした永井聡子著『劇場の近代化』思文閣(2014、p.3)をベースにした論文「Modernization of thatrical space」がイギリス学術誌 Routledge,Contemporary Theatre Review で評価。A History of Japanese Theatre(Cambridge University Press,2017)に収められている。

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そのスペースは教学、公演や稽古などを主目的として、一定の設備があり、個人や団体が運営す る。したがって、観客を集めるために、定期的に芸術鑑賞事業と芸術普及事業を行う場であると 定義する。 4 研究対象と研究方法 本論では、問題意識を明確にし、また研究目的を達成するために、主に文献調査と事例研究を 行った。 文献調査では、「大学劇場」、「芸術普及」と「観客開拓」などの用語をキーワードとして実施 した。具体的には、まず、中国の劇場環境と芸術普及に関する文化政策の「公共文化サービス体 系」を把握した上で、大学劇場における芸術普及事業の必要性を確認した(第1章1—2—1と第 2章2—6を参照)。また、大学劇場における芸術普及活動の様式をまとめ、分類した(第2章2 —4を参照)。 事例研究では、都市と劇場の種類より、調査可能な事例を決めた。まず、中国主要都市の北京 と上海を選んで、上海の位置付け、劇場史、ホール史、演劇史と劇場の運営や管理などの視点か ら、上海の選定理由を説明した(第1章の1—1を参照)。そして、上海の大学劇場の状況を把握 して、三つの劇場種類、すなわち礼堂、音楽庁、小劇場より、事例として同済の礼堂、賀ガリョク緑汀テイ 音楽庁と 上ジョウ戯ギ劇場群グンを選定した(第1章の 1-2-2 と 1-3 を参照)。研究対象は、同済大学、上海 音楽学院と上海戯劇学院の 3 大学、7 つの劇場(=一二九礼堂、大礼堂、済サイ人ジン棟トウ101、賀緑汀音 楽庁、 端ドワンジュイン鈞 劇場、新空間劇場と実験劇場)である。それらの大学と大学劇場で行われる芸術 普及事業(第3章3—1—4、3—2—4と3—3—4を参照)は、代表的な劇場種類であることから、 上海及び中国の大学劇場における芸術普及事業の全体の様子を見ることができると考えた。一 方で、日本の代表的な大学劇場の情報を収集し、対照事例として、東京藝術大学、京都芸術大学 と早稲田大学の3大学及び、6つの劇場(=奏楽堂、春秋座、studio21、大隈記念講堂大講堂と 小講堂、小野記念講堂と小劇場どらま館)を抽出した(第3章3—1—4、3—2—4と3—3—4を 参照)。そして、それらの大学劇場を管理している会社・部門に連絡して、調査票を回収した。 参照可能なパンフレットや報告書などの資料を収集した。

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第1章 上海の大学劇場 1−1 上海と上海の劇場 この部分では、上海の位置付け、劇場史、ホール史、演劇史または劇場の運営と管理から、研 究対象を上海に設定した理由を説明し、上海の劇場文化を示した。 「上海市都市全体計画(2017〜2035 年)」によると、上海は国際的な経済、金融、貿易、テク ノロジーと運輸の核である27。中国の政治や文化の中心地である北京市と比べて、上海には違う 特徴が見られた。歴史的には、5 つの王朝(遼、金、元、明、清)が北京に首都を設立し、豊か な文化遺産を残した。上海は臨海のため、近代欧米諸国がここに租界を設置し、世界に開放した 最初の国際都市28にしていた。世界の国々の文化が上海に集まり、西洋の演劇と劇場文化も広が っていた。 「剧ジュチャン场」という用語は、「劇場」の中国語訳に由来して、上海はこの文字を最初に受け入れた。 1866 年、居留民は上海にライシャム劇場という中国最初の洋風劇場を設立した。この劇場は、 外国人が経営した西洋風のオペラハウスである。1909 年 10 月、上海の新舞台29がオープンした。 中国初の新劇の専用劇場である新舞台に、当時日本の歌舞伎劇場の廻り舞台と西洋のプロセニ アムアーチを参考にして、観客席が方形から半円形となった。一方で、国内初のコンサートホー ルとして上海音楽庁が建設された。その前身は、1930 年3月に、建築家の範文照が設計した「南 京大劇場」である。優れた音響効果のため、徐々に演奏会が始まった。劇場空間は、全体的にバ ロック様式を採用したシューボックス型である。 1906 年、日本に留学中の李叔同、欧陽予倩と陸鏡若などが、東京に新劇劇団「春柳社」を設 立した。翌年に上演した「椿姫」は、中国現代演劇史の新紀元を築いた。その後、『アンクル・ トムの小屋』と訳され、舞台作品になった。日本のみならず中国国内の演劇業界にも影響を与え た。1907 年 10 月、演劇家の王鐘声は、上海に最初の近代演劇学校である「通鑑学校」を建てた。 演劇活動を行うために、「通鑑学校」に国内最初の新劇劇団「春陽社」も設立した。 表330では、北京と上海における劇場収入の構成を比較した。全体的に言えば、北京と上海の 劇場収入の中では、公演収入が最も高い割合を占めていることが分かった。北京の劇場は財政支

27 上海市人民政府(2018):「上海市都市全体計画(2017〜2035 年)」、p.6。 (http://ghzyj.sh.gov.cn/cmsres/1c/1c3ad7e8ebf5486c898c02f06616fb8c/1bc3674ead17e0e475c5f1a3b5982ead.pdf 最終閲覧日:2021 年 1 月 17 日) 28 1843 年の「南京条約」より、上海は租界として西洋との文化や貿易などの交流が始まった。 29 夏月恒、夏月珊と夏月潤などが設立した新式の戯曲(中国伝統芸能の京劇、崑劇など)劇場である。チケットの販 売は中国最初のモデルである。 30 中華人民共和国文化部 編(2016):「中国文化文物統計年鑑」、国家図書館出版社。(「年鑑」の「各地域劇場の基 本情報」より、筆者が一部抜粋。)

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援への依存度がより高いと見える。これと比べて、上海の劇場は公演収入が高くて、アートの市 場メカニズムをさらに重視している。 また、2014 年 3 月には、上海市公演業界協会が「上海市劇場経営管理基準」と「上海市劇場 サービス基準」を発行した。それらは中国の劇場業界に最初の「管理基準」と「サービス基準」 である。「上海市劇場経営管理基準」は、国と上海が共同に公布した「商業公演運営条例」に基 づいて制定されたものである。その中では、劇場の「全体的な目標」「公演活動」「サービス品質」 「内部システム」「人的資源」と「緊急事態」など、明確な管理基準を示した。劇場は、次のよ うな一定の指標を満たす必要がある。例えば、座席率が6割に達する必要があり、公演収入が劇 場収入の6割から8割を占める必要がある。また、毎年一定の公益性あるイベントも行わなけれ ばならない31「上海市劇場サービス基準」には、「演劇サービスの基本要件」「観客受付のサービ ス基準」「公演団体受付のサービス基準」が明記されている。例えば、標準的な言語と手振りを 使用する必要がある。開演前後の流れでは、規範に従わなければならない32 以上では、上海の位置づけ、劇場史、ホール史、演劇史と劇場経営などから、上海は全国的に 重要な先駆者であることが分かった。また、上海は中国の地元文化と西洋文化の交差点である。 上海 京キョウ劇ゲキ院、上海崑コン劇ゲキ団、上海越エツ劇ゲキ院と上海 滬シャンハイオペラ劇院などのような伝統芸能の劇団のみなら ず、上海大劇院、東方芸術センター、上海人民大舞台と上海話ワ劇ゲキ芸術センターなどのようなパフ ォーミング空間もある。様々な舞台芸術を上演するだけでなく、地域文化や芸術の特徴を維持す ることもできる。 1—2 大学と大学劇場 1—2—1 大学の機能と大学開放 大学が誕生して以来、大学は教育と人材育成、または人々を啓発するところと見なされてきた。 英国で生まれたユニバーシティ・エクステンション(University Extension)の理念は、世界で幅 広い影響を及ぼしてきた。日本では、イギリスの経験を参考にして、大学開放論という理論を打 ち立てた。大学開放とは、「大学の持つ資源・機能を学外に向けて、大学が事業として提供する こと」といった意味で理解されている33。大学生に限らず、一般市民に対し広く大学教育の機会 を開放する方策である。中国はまた、「生涯学習社会」を構築するための戦略も提案していた。

31 上海市公演業界協会(2014):「上海市劇場経営管理基準」。(http://spaa.com.cn/page51?article_id=214 最終閲 覧日:2021 年 1 月 17 日) 32 上海市公演業界協会(2014):「上海市劇場サービス基準」。(http://spaa.com.cn/page51?article_id=213 最終閲 覧日:2021 年 1 月 17 日) 33 出相泰裕 編(2014):『大学開放論―センター・オブ・コミュニティ(COC)としての大学』、大学教育出版、pp.13 〜17。

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一般市民でも簡単に芸術資源を獲得するために、「新時代の学校美育の強化と改善に関する意見」 では、「大学における美育施設の建設を強化する。そして、可能であれば、大学と地方自治体が 協力して、劇場、コンサートホール、美術館、書道ホールと博物館を建てて運営する」、「学校に おけるアートスペースの社会貢献機能を十分に把握し、可能であれば、社会(市民)に開放する」 などを提出した34 1—2—2 大学劇場の種類 利用目的、特徴、設計要素などを勘考して、本論の大学劇場は以下5つのタイプに分けて研究 する:①音楽 庁チョウ(concert hall);②礼ライ堂ドウ(assembly hall);③小劇場(theatre);④大ダイ劇ゲキ院イン(opera house);⑤その他、例えば報告庁、多機能庁と学生活動センターなど(lecture hall, multi-purpose hall and student center)35

音楽庁(=コンサートホール)は、優れた音響効果により、音楽演奏においてメリットがある。 他の芸術形式より常にミニコンサートやソロがここで開催されている。現在中国には、11 の音 楽系大学36があり、日常の公演や教学活動のためにすべて音楽庁が建てられた。その中で、浙江 音楽学院と上海音楽学院には、1,000 席以上の大劇院がある。 礼堂は、日本の公会堂や大学講堂の機能に相似している。講演会や式典、公演にも使用される。 多種な機能が必要なため、多目的ホールを参考にしたデザインされている場合が多い。礼堂は総 合系大学に遍在して、建てられた目的も様々である。例えば、大学や学部の創立記念のために、 北京大学百年記念講堂や清華大学新清華学堂はその事例の代表である。個人から寄贈され、功績 を称える場合は、東京大学安田講堂や早稲田大学大隈記念講堂が挙げられる。また、同済大学大 礼堂のような、学校の発展に応じて、古い建物から再建(或は改修)された礼堂もある。 また、小劇場では、強いインターアクション、短い制作期間と低コストなどのメリットがある ため、実験的なパフォーマンスや教学活動において最も適していると考える。これにはブラック ボックスシアターや実験劇場などの形が含まれる。小劇場は小型劇場37とまったく同じではない。 オペラハウスと比べて、座席数が少ないことに加えて、小劇場は舞台(あるいは演者)と観客の

34 中共中央弁公庁、国務院弁公庁(2020):「新時代の学校美育の強化と改善に関する意見」。中国語では、「関於全面 加強和改進新時代学校美育工作的意見」。 35 日本の「文化会館」や「音楽堂」と同じように、中国語に○○「庁」(ちょう)、○○「堂」(どう)、○○「院」 (いん)などの用語もパフォーマンス空間を表す。 36 全国 11 の音楽系大学は、中央音楽学院、中国音楽学院、上海音楽学院、瀋陽音楽学院、天津音楽学院、西安音楽 学院、武漢音楽学院、四川音楽学院、星海音楽学院、ハルビン音楽学院と浙江音楽学院である。 37 中華人民共和国住房と城郷建設部(2016):「劇場建築設計規範」。小型劇場では、座席数が 300〜800 席の劇場を指 す。小劇場は、300 席未満の場合も少なくない。そのため、小劇場は小型劇場とは言えない。それと比べて、日本で は、1000 席以上のホールが大ホールと呼ぶ、500 席〜1000 席未満が中ホール、そして 500 席未満が小ホールと称す る。

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相互作用をより重視して、演劇(及び劇場)における様々な理論的な実践が行われている。現在 の中国は、2 つの演劇系大学と 1 つの映画系大学38があり、全て小劇場を設立している。 大劇院、これはいわゆるオペラハウスである。オペラ、ミュージカル、シンフォニーとバレー など大型な芸術公演を行うため、完備な設備と空間が欠かせない。小劇場よりも多くの座席があ る。現在一般的な形は、ドイツ式の四面舞台とプロセニアムアーチの組み合わせである。大劇院 の建設と運営費用が高いため、大学では比較的稀だ。事例としては、上記の浙江音楽学院と上海 音楽学院が大劇院を設立している。日本では、昭和音楽大学のテアトロ・ジーリオ・ショウワも ある。 最後は、報告庁、多機能庁と学生活動センターのようなアートスペースもある。礼堂と同じく、 多目的な空間である。しかし、礼堂より規模が小さい一方、設備も立ち遅れている。 本論の 3 つの研究対象は、大学劇場の種類を明確にした上で選択した。音楽庁、礼堂と小劇場 の中から、それぞれ 1 つずつ研究対象として選んだ。3種類の劇場は大学では普遍的であるた め、それらの研究が大学劇場全体の様子を見ることにつながる。そして、これらの劇場は、持続 的に公演を提供することができる。また、その特性に応じてさまざまな芸術普及事業も実施され る。 1—3 研究事例について 前文では、研究対象の地域範囲、即ち上海を選んだ理由について説明した。この部分は、上海 39 の大学と 45 の大学劇場(表4)を整理した後、上海音楽学院賀緑汀音楽庁、上海戯劇学院劇 場群と同済大学の礼堂を研究事例として選んだ。 以下では、3 つの大学とそれらが所有する劇場を紹介し、選択した理由も同時に説明する。 各大学や大学劇場における芸術普及事業は、第 3 章で紹介する。 1—3—1 上海音楽学院賀緑汀音楽庁39 上海音楽学院は、略称「 上ジョウ音オン」である。1927 年 11 月 27 日、蔡元培40と蕭友梅41が「国立音 楽院」を設立し、蔡が初代学長を務めた。1956 年、「国立音楽院」は上海音楽学院に改名され た。上海音楽学院は上海で唯一の音楽系大学であり、主に西洋の古典音楽(管弦楽器学部、オ

38 2 つの演劇系大学は中央戯劇学院と上海戯劇学院である。1 つの映画系大学は北京電影学院である。 39 賀緑汀音楽庁以外、2019 年 7 月に上音オペラハウスを竣工した。コロナのため、上音オペラハウスの芸術事業をま だ十分で行なってなかった。本論は研究事例に取り入れなかった。 40 中華民国初期の革命者、教育家である。 41 中華民国初期の音楽家、作曲家である。

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ペラ学部、指揮学部など)と中国の伝統音楽(民族楽器学部)の専門人材を培う。同時に、学 校がアートマネジメント学科も開設した。40 近くの理論的な科目を学ぶことに加え、アートマ ネジメント学科の学生は、学校内外のさまざまな芸術活動の組織と企画にも参加する必要があ る42 また 1953 年、上海音楽学院は音楽庁を建設した。しかし、1958 年、新たな住所に移転した 後、音楽イベントを行う音楽庁の代わりに講堂を使用し始めた。残響時間は 1.2 秒しかないた め、交響曲の演奏には適していなかった。そして 2001 年から、上海音楽学院は講堂に基づい て、新たな音楽庁を再建した。音楽庁はシューボックス型である。音響設計では、ウィーン楽 友協会の大ホール(通称「黄金のホール」)、ボストンのシンフォニーホールとアムステルダム のコンセルトヘボウのようなシューボックス型コンサートホールを参考にしていた。満席時の 中音域の残響時間は 1.8 秒のため、交響楽や室内楽の演奏に適している43。舞台面積は 125m2 (間口 14.9m、奥行き 8.4m)があり、三管編成までも演奏される。観客席は 744 席数あり、2 層構造になっている。2003 年 9 月 20 日、作曲家の賀ガリョク緑汀テイの名を冠して、賀緑汀音楽庁で初演 を行った。そして年間平均公演回数は 180 回以上となっている。現在では、上海音楽学院に属 する上海上音パフォーマンス株式会社が運営している。 1—3—2 上海戯劇学院劇場群 上海戯劇学院は、略称「 上ジョウ戯ギ」である。1945 年 12 月 1 日、李健吾44、黄佐臨45と顧仲彝46 「上海市立実験演劇学校」を設立し、演劇教育家である熊仏西が学長を務めた。1956 年、学校 は上海戯劇学院に改名した。上海戯劇学院は、上海で唯一の演劇系大学であり、舞台、映画、 伝統芸能(京劇、崑劇など)とドラマを巡って、専門的な才能を育成している。さらに、劇 場、劇団と舞台のマネジメント人材を目標にして、アートマネジメント専攻も開設している 47 上海戯劇学院劇場群48は、 端ドワンジュイン 劇場、新空間劇場と実験劇場の 3 つの劇場を含んでいる。

42 上海音楽学院のホームページより。(https://www.shcmusic.edu.cn/view_0.aspx?cid=12&id=0&navindex=0 最終 閲覧日:2021 年 1 月 17 日) 43 蒋国栄、華天礽(2004):「上海音楽学院賀緑汀音楽庁の音響学設計」、第 9 回全国建築物理アカデミー会議論文 集、pp.380〜382。 44 作家及び演劇の実践者である。 45 映画監督である。 46 演劇理論家、教育家である。 47 上海戯劇学院のホームページより。(http://www.sta.edu.cn/1543/list.htm 最終閲覧日:2021 年 1 月 17 日) 48 劇場群は 20 世紀の後半に登場し、街、地域や劇場が芸術の拠点として利用され、同じ機能あるいは相補的な機能 を備えた文化施設である。例えば、○○芸術センター、ブロードウェイシアター、香港西九龍文化区の劇場とソウルテ ハンノなどのようなさまざまな専用劇場が組み合わされている。また、本多劇場グループと上海戯劇学院劇場群などの ような同じ専用劇場の組み合わせもある。

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端鈞劇場は、1956 年に建てられた。2003 年、元の劇場に基づいて再建されて、元教務長及び 演出家の朱端鈞氏を記念するために名付けさせた。再建された端鈞劇場は 288 席を持ち、間口 9.3m、奥行き 12.8m で設計された。日常の教学や学生の卒業式に適している49。新空間劇場 は、1920 年に建てられたボールルームと小さな映画館であったが、1956 年に学校が移転した 後、リハーサル室に変わった。そして 2000 年に劇場として改修された。新空間劇場では、面 積約 100m2、座席数約 130 席の多目的劇場である。席は移動、また取り外しも可能で、主に小 規模な公演で使用される50。1986 年に建てられ、及び 2006 年に再建された実験劇場は、間口 11.5m、奥行き 36m のプロセニアムアーチ構造である。合計 910 席あり、学内外での大規模な 教学活動または公演イベントに適している51。現在、端鈞劇場と実験劇場のロビーで展示の空 間を設置して、普段は公演の舞台デザイン、舞台写真なども展示している。 1—3—3 同済大学の礼堂 同済大学は、略称「同ドウ済サイ」である。1907 年に設立された「同済徳文医学堂」は、1923 年に 同済大学と改名され、29 の学部が設置され、上海にある有名な総合系大学である52。工学、特 に建築学科は、大学の代表的な専攻である。同済大学の建築学科にある教師や学生は、全国で 公共施設における多くの作品を設計し、劇場建築の業界にも影響を与えている。 現在、同済大学の礼堂は3つがある。即ち、一二九礼堂、大礼堂と済人棟 101 である。 1942 年に建てられた同済大学の一二九礼堂は、日本建築家の石本喜久治によって設計され た。そして、「一二・九運動」を記念するために、この名が付けられた。2001 年に大規模な改 修が行われ、現在の建築面積は 9,688m2で、570 の座席数を持っている。同済大学大礼堂は 1962 年に建設され、当時の建築面積が 3,600 m2、3,564 の座席を設置した。過去は学生食堂や 礼堂として使用されていたが、その後、会堂になり、映画上映や小規模な公演なども行われ た。2005 年、学校 100 周年を機に、礼堂の改修工事が始まった。立面のリニューアルや設備の 更新に加え、音環境も改善されて、観客席数が 2,947 席になった53。また、同済大学済人棟 101 は、600 席を持つ劇場空間である。多くのレクチャーやパフォーマンスもここで演じられる。 従って、上海音楽学院と上海戯劇学院は、それぞれ上海で唯一の音楽系大学と演劇系大学であ り、専門的な芸術人材に加えて、アートマネジメント専攻も開設された。また、両大学には専用

49 端鈞劇場の紹介(https://b.xiumi.us/stage/v5/3XDk2/230977476 最終閲覧日:2021 年 1 月 18 日) 50 新空間劇場の紹介(https://mp.weixin.qq.com/s/3GGI9s4mmX81ziHfKRkM6w 最終閲覧日:2021 年 1 月 18 日) 51 実験劇場の紹介(https://mp.weixin.qq.com/s/eTluk8BiPX06EHSo4XhNZA 最終閲覧日:2021 年 1 月 18 日) 52 同済大学のホームページより。(https://www.tongji.edu.cn/xxgk1/xxjj1.htm 最終閲覧日:2021 年 1 月 17 日) 53 同済大学アーカイブス(2015):「同済大礼堂」、同済大学学報。

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のホールや劇場があり、公演回数が多くて、質も高い。同済大学は、上海にある有名な総合大学 であり、礼堂の席数が全国でもトップクラスである。複数の礼堂があり、豊かな公演やプロジェ クトを開催している。

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第2章 観客開拓と芸術普及

2—1 観客の種類

観客の分類では、Keith Diggle(1994)は、Arts Marketingという著作で、観客を「実現可 能な観客」(the available audience)と「実現できない観客」(the unavailable audience)に分 けた。「実現可能な観客」とは、日常生活で芸術の経験があり、芸術活動に消費の欲望を持って いる人々を指す。それと比べて、「実現できない観客」とは、芸術活動に参与せず、または嫌に なる人々である。しかし、「実現できない観客」でもいつか「実現可能な観客」になる可能性が あり、決して諦めてはいけない54。2003 年に発行されたCreative Arts Marketingでは、Diggle

の分類方法に基づいて、「実現できない観客」が初めて観客の一部に含まれ、参加者(attenders)、 意図者(intenders)、無関心者(the indifferent)と敵対者(the hostile)の 4 つのタイプがある ことを提示した。また、無関心者と敵対者が芸術活動に参加することを奨励するためには、マー ケティング活動が必要である55。John Pick(1980)は、参与回数によって観客を 4 つのタイプ

に分類する。つまり、内向く(忠実的な)観客(inward audience)、正式な観客(regular audience)、 予備の観客(occasional audience)および潜在的な観客(potential audience)である56。中国学者

の謝大京は『アートマネジメント』の中でこの分類方法を参考にした。そして、Bonita M. Kolb (2013)は、観客の参与程度に基づいて、5 つのタイプに分類することを提唱した。文化におけ る消費者、愛好家、信徒、マニア、そして二次生産者である57。John Pick と Bonita M. Kolb の

観客分類を比較すると、John Pick は観客の参与頻度に焦点を当てていることがわかる。観客の アンケート調査に基づけば、「ある文化施設への 1 年間の訪問数」「あるジャンルの活動の年鑑賞 回数」などにより現れる。Bonita M. Kolb の分類では、観客参与の頻度と創造性をさらに重視 している。その時には、観客は芸術活動の消費者であるだけでなく、生産者になることも可能で ある。ただし、この分類にも明らかな欠陥がある。それはデータを客観的に反映させることは困 難であるということだ。日本における鑑賞者開発(本論では「観客開拓」という用語を使用する) の研究者の河島ら(2002)は、鑑賞者(すなわち「観客」)の熱心さ・鑑賞行動の頻度を図3の ように段階的に分けて考えた。そして、観客開拓では、鑑賞者を市民全体との関係から次のよう に位置付ける(図4)。美術にせよ、音楽にせよ、実際に美術館やコンサートホールに出かけて

54 Diggle, Keith. (1994), Arts Marketing, Rhinegold, pp.33〜34.

55 Hill, Liz&O'Sullivan, Terry&O'Sullivan, Catherine. (2003), Creative Arts Marketing, Second edition, Routledge, pp.56〜58.

56 Pick, John. (1980), Arts Administration, Spon Press, pp.39〜47.

57 M. Kolb, Bonita. (2013), Marketing for Cultural Organization-New Strategies for Attracting Audiences, third

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鑑賞行動をとる人というのは、全体から見ればごく少数であり、残りの人々は非鑑賞者である。 この非鑑賞者の中には、「説得される可能性のある非鑑賞者」から、「抵抗者」「拒絶者」までい る58 2—2 観客開拓の歴史と様相 観客開拓の起源は、遅くともイギリスのビクトリア朝時代(1837~1901 年)に遡る。産業革 命の進展に伴い、ブルジョワと労働階級の違いがしっかりと確立された。支配者は文化の生産を 独占したが、大衆文化(ラジオと映画など)の普及に伴い、文化の消費が労働階級に広く及んで いた。国民の教化または教養を高めるために、政府は博物館とギャラリーに資金を提供し始めて いた。

Kawashima(2000)59Debi Hayes&Alix Slater(2002) 60は、第二次世界大戦以降イギリス

での観客開拓を 4 つのステップに分けた。戦後の 20 年(1945〜1964 年)は最初期である。その 時期、アーツ・カウンシルは幅広いエリートアート(elite art)を支援し、アートの生産者(アー ティスト)と消費者(観客)の境界線を明確にした。第 2 期(1964〜1980 年)では、文化の民 主化を推進するため、60〜70 年代のコミュニティアーツ運動(community arts movement)を 促進していた。運動の焦点は、支配的な文化に代表されない芸術形態とコミュニティを促すこと。 そして、観客は文化政策の中核になった。第3期(1980〜1997 年)では、収入創出が芸術団体 の主要な目標となり、彼らは積極的に後援を求め、マーケティングの方向性を策定し始めた。そ の時期、イギリスの学者Diggle、アメリカの学者 Morison&Dalgleish の著作61が次々出版され、 観客開拓は専門的な学問となった。第 4 期(1997 年から現在)では、労働党が執政となり、社 会的包摂のツールとして文化の重要性を強調した。周縁化されたグループ(若者、失業者、少数 民族、障害者など)を対象とした観客開拓とアウトリーチ活動が増加した。1998 年、文化・メ ディア・スポーツ省62(the Department for Culture, Media and Sport, DCMS)は、新しい観

客基金63(the New Audiences Fund)を設立した。2000 年の初めに、DCMS は若者を対象とす

58 川崎賢一、佐々木雅幸、河島伸子(2002):『アーツ・マネジメント』、財団法人放送大学教育振興会、pp.126〜 128。

59 Kawashima, Nobuko. (2000), Beyond the division of attenders and non-attenders-a study into audience

development in policy and practice, Centre for Cultural Policy Studies, University of Warwick, pp.11〜18. 60 Hayes, Debi&Slater, Alix. (2002), ‘Rethinking the missionary position’-the quest for sustainable audience

development strategies, Managing Leisure, pp.1–17.

61 下記の著作が出版された:○1 Diggle, Keith. (1976), Marketing the Arts: An Introduction and Practical Guide, Rhinegold. ○2 Diggle, Keith. (1984), Guide to Art Marketing, Rhinegold. ○3 Diggle, Keith. (1994), Arts Marketing, Rhinegold. ○4Morison&Dalgleish. (1992), Waiting in the Wings: A Larger Audience for the Arts and How to

Develop it, American for the Arts.

62 2017 年 7 月 3 日にデジタル・文化・メディア・スポーツ省 (Department for Digital, Culture, Media and Sport) に改称された。

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るプランを制定した。この新しいプランは新世代観客プロジェクト(the New Generation Audiences Project)と呼ばれ、民間部門と公共部門から 250 万ポンドが寄付されていた。過去 10 年間、観客開拓の実践は、実現しやすい目標からより挑戦的で、交際しにくいグループ(周 縁化された人々)に変わっていた。彼らは時に敵対していて、開拓活動の展開も困難となってい た。その代わり、「宣教師」戦略(missionary strategy)が制定され、観客者数も徐々に増えてい る。 イギリスでは、よりクラシックな分類として、観客開拓の形を「宣教師」(missionary)と「主 流」(mainstream)に分ける。「主流」の形は、既存の観客の体験を深めることを目的となって いる。「宣教師」は、観客数を増やすために新規観客を引きつけることである。Kawashima(2000) は、4 種類の観客開拓を区別し、観客開拓の目標、形式と目的によって分析した。彼女はこれら の観客開拓を文化的包摂(cultural inclusion)、拡張マーケティング(extended marketing)、 センス育成(taste cultivation)と観客教育(audience education)として提示した(表5)64

2—3 観客開拓の方策

1950 年代と 70 年代、米国の「文化ブーム」では、新しい観客層が生まれ、彼らのニーズを重 視され始めた。Danny Newman(1977)が提出した DSP 理論(Dynamic Subscription Promotion) は広く使用されていた。この策は「加入者に売る」(‘sell out’ to subscribers)を基本とし、既存 の観客の忠誠を確保できるが、新たな参加者に制限がある65。しかし、Morison&Dalgleish(1992)

は、Danny Newman の名作Subscribe Now!を批判した。特にシングルチケット(single-ticket) の購入は、サブスクリプションを積極に促進する意味がある。シングルチケットの購入は第一歩、 その次がサブスクリプションである。彼らは、生涯学習戦略(Strategy to encourage lifelong learning, or SELL)を提案し、人々に興味、理解と探求(冒険的)を徐々に高めるための足が かりを提供した。また、「入り口の接点」(Point-of-Entry)という概念も示した(図5)。「入り 口の接点」とは、新規観客を芸術の組織に初めて紹介する接点を指す。新しい観客を育成するた めに、観客開拓戦略には重要な要素がある。それは、「入り口の接点」に名前と住所を集まるこ とである。忠誠または承諾された長期的な目標を達成するためのプロセスが個人的なものでな ければならないし、メール、電話および個人的な連絡先で行う必要もある66

64 Kawashima, Nobuko. (2000), Beyond the division of attenders and non-attenders-a study into audience

development in policy and practice, Centre for Cultural Policy Studies, University of Warwick, p.8. 65 Newman, Danny. (1977), Subscribe Now!, Theatre Communications Group.

66 Morison&Dalgleish. (1992), Waiting in the Wings: A Larger Audience for the Arts and How to Develop it, American for the Arts, pp.75〜81.

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Debi Hayes&Alix Slater(2002)は、「宣教師」という形の観客開拓を反省して、観客を様々な グループに分け、リレーションシップマーケティング(relationship marketing)の視点から観 客開拓を研究した。彼らの研究の目的は、集客を兼ねて観客との関係を維持する一方で、観客の 個人的なニーズがその関係のライフサイクルによって変化することを意識する。組織にとって、 観客のライフサイクルを延ばして、それらの変化を予測して対応することが課題である。そして、 観客は以下の 6 つのタイプ(図6)に分類された。異なる忠誠心を持つ既存の観客(Existing audience )、 他 の と こ ろ で 直 接 ま た は 間 接 的 に 競 争 者 に 忠 誠 心 を 持 つ 参 加 者 (Attenders elsewhere)、芸術活動に参加しているが明確な忠誠心を持っていないスイッチャー(Switchers)、 忠実な態度を持つが障壁によって制限されている意図者(Intenders)、芸術に関心がないまたは 知覚障害がある無関心者(Indifferent)、そして芸術活動に参加せず及び芸術に対して否定的な 傾向を持っている敵対者(Hostile)である。その次に、彼らはマーケティング、教育とプログ ラミングの 3 つの視点から方策を提出した67(表6)。 Stephen Cashman(2010)は、観客開拓活動を分類するために線形モデルであるフレームワ ークを導入した。まず観客開拓の可能な目標を決定し、次に処理段階に入る。これには、優先順 位と戦略的意図を決定するためにアンゾフのマトリックス(Ansoff Matrix)を使用した。最後 に、限られた結果の範囲について説明した。その利点は、観客開拓の戦略に関する考慮事項を説 明することである。そして、さまざまな事項を認識した上で観客開拓事業を展開する68 2—4 芸術普及の種類と目的 芸術普及事業の種類69をはっきりさせる前に、分類の根拠を説明したい。本論は普及の意味を もつ芸術公演以外に、大学劇場で行っている普及活動をまとめた上で、三つの根拠(表7)を列 挙する。 まず、普及活動の場によって、「芸術普及を主目的とした展覧会事業」「施設体験型事業」と「ア ウトリーチ事業」がある。「芸術普及を主目的とした展覧会事業」は、劇場ロビーやホワイエな どの空間を利用して、常設や企画などの形で展覧会を行う。そして、施設を体験するために、劇 場・ホールの探検や解説ツアー、バックステージツアーなどを常に行なっている。劇場以外の 様々な場に、芸術組織やアーティストが常にアウトリーチ事業を展開している。やり方は劇場空

67 Hayes, Debi&Slater, Alix. (2002), ‘Rethinking the missionary position’-the quest for sustainable audience

development strategies, Managing Leisure, pp.1–17.

68 Cashman, Stephen. (2010), Thinking BIG! A guide to strategic marketing planning, second edition, Arts Council England.

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財団法人地域創造(2001):「地域文化施設における芸術普及活動に関する調査研究」、p.14。(筆者が中国の芸術 普及の状況によって、加筆する。)

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間に限らず、自由に開催されている。 また、普及方式には、「参与式」と「解説式」がある。 「参与式」は、参加者の協力を望んでいる。一般的には「体験・創作型ワークショップ」であ るが、演劇系、音楽系、舞踊系のそれぞれに違う表現がある。演劇系のワークショップは、脚本、 からだ、声、演技、技術などに関することを含んでいる。音楽系のワークショップでは、楽器演 奏、歌、リズムなど音楽を媒体にすることを含んでいる。そして、舞踊系のワークショップは、 からだ、ダンス、振り付けなどを媒体にすることを含んでいる。 一方で、「解説式」は、「解説付け芸術鑑賞事業」と「教養型セミナー・講座事業」がある。「解 説付け芸術鑑賞事業」は、常に舞台作品を巡って行われる。例えば、プレトーク、アフタートー ク、レクチャーコンサートなど。「教養型セミナー・講座事業」では、演劇講座、音楽講座、舞 踊講座などの形式で開催される。 そして、普及対象によって、「専門人材育成事業」、「一般市民向け普及事業」と「他の特定な 人々向け普及事業」がある。「専門人材育成事業」では、一定の芸術知識を持つ人々の能力アッ プを目指している。公開レッスン、マスター・クラス、演劇・音楽・舞踊などの実技教室、舞台 技術学校と短期の芸術指導者養成コースなど、多数の形で展開している。そして、前文に提示し た芸術普及の対象は学生に限らず、大学周辺の市民の参与も多い。他には、小中高生徒向け、企 業向け、親子で参加する特別プログラムと老人や障害者向けの特別プログラムなど、特定の人々 も参加できる芸術普及事業がある。 では、なぜ芸術を普及するのか?この問題に答える前に、普及される特定の芸術ジャンルを まず答える。日本だと、主に能、歌舞伎、人形浄瑠璃などの舞台芸術である。中国古典芸能の 京劇、崑劇、そしてイタリアのオペラやロシアの古典バレーなど、諸国の文化的なイメージを 伝えるようなブランドである。そのために、芸術普及は古い文化(特に伝統芸能)を再興する ことができて、有益な方法である。一方で、鑑賞者は芸術素養を蓄えることができる。芸術を 通して、自身を探索して、自己認識にも影響を与える。 2—5 中国型芸術普及 2—5—1 国民に対する全体性と公益性 中国の芸術普及は独自の美学のもとで行っているため、「美育」70と離して考えることはでき ない。学校側では、「美育」を実施しているが、学校以外の国民に対しての芸術普及事業も広が

70 「美育」は、「美的教育」の略称である。人々の鑑賞力と美の意識を向上するため、教育手段を使用することであ る。

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っている。

学校の美育事業を論じる前に、「美育」の語源と受容をまず検討したい。「美育」の語源を調べ ると、正式用語の「美的教育」が分かった。その出典は、1795 年に、ドイツの劇作家、詩人のシ ラーが著した『人間の美的教育について』(Über die ästhetische Erziehung des Menschen)で ある。1917 年に、近代中国の教育家の蔡元培(1983)は、シラーの「美育」思想を受け続いて、 「美育で宗教を代える」と言う理念を主張した。「美育」と「宗教」を比較した上で、「宗教」の 諸欠陥を述べた。欠陥を補うために、又は時代の特性と合うために、中国の教育界に「美育」を 提唱した。「美育」は三つの方面から実践されている。即ち家庭教育、学校教育と社会教育であ る71。そして、美学学者の李澤厚(2001)は、蔡元培の理念を認めた上で、人間がテクノロジー の枷をはめていると述べた。テクノロジーの時代が高額消費を招いて、大衆は「審美時代」へも 向いていた。人間性をますます失う中、その窮地を脱する唯一の方法が「美育」である72。また 美育研究者の丁旭東(2017)は、「美育」の目的について、「教」と「不教」の理念を示した。「教」 は、即ち「教える」。学生から反省や鑑賞能力を引き出す。「不教」は、即ち「教えない」。つま り、「美育」を受けた人々が「美」を積極的に探索した上で、習慣を培う73 教育政策と法律の制定に伴って、学校の美育事業も順調に進んでいる。1952 年に公布された 「小学校暫定規定(草案)」や「中学校暫定規定(草案)」74、2018 年に修正された「中華人民共 和国高等教育法」75によると、「徳育」「智育」「体育」と「美育」を提示した。つまり、学校は学 生の人徳を育て、知恵を啓発し体を練る、審美眼を磨くなど、重要な場である。そして、1993 年 に公布された「中国教育改革と発展綱要」76は、「教育や教学中に「美育」の役割を発揮して、各 学校の状況に応じて、豊かな美育活動を展開する」と明記した。学校美育事業の必要性を認識し た上で、2015 年に国務院弁公庁が「全面的に学校の美育事業を改善する意見について」77を発し た。「美育課程体系の構築」「美育教学の改善」と「社会と学校の美育資源の統合」などで学校の 美育改革を推進していた。 一方で、21 世紀に入り、社会側の芸術普及も徐々に成長している。学校の「美育」と共に、中

71 蔡元培(1983):「美育で宗教を代える」、『蔡元培美学選集』、pp.68〜70。中国語では、「美育代宗教」。 72 李澤厚(2001):『美学四講』、天津社会科学出版社。 73 周彩麗、丁旭東(2017):「丁旭東:美育は、芸術のグルメを育成する」、『教育家』、pp.52〜54。中国語では、「丁 旭東:美育応注重培養芸術美食家」。 74 中華人民共和国教育部(1952):「小学校暫定規定(草案)」。中華人民共和国教育部(1952):「中学校暫定規定(草 案)」。それらの総則の第 3 条に参考。中国語では、「小学暫行規程(草案)」と「中学暫行規程(草案)」。 75 全国人民代表大会(2018):「中華人民共和国高等教育法」。総則の第 4 条に参考。中国語から直訳した。 76 中共中央、国務院(1993):「中国教育改革と発展綱要」。(35)に参考。中国語から直訳した。 77 国務院弁公庁(2015):「全面的に学校の美育事業を改善する意見について」。中国語では、「関於全面加強和改進学 校美育工作的意見」。(http://www.gov.cn/zhengce/content/2015-09/28/content_10196.htm 最終閲覧日:2021 年 1 月 19 日)

参照

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