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東南アジアの人口増加と死亡率低下 [Population Growth and Mortality Decline in Southeast Asia]

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東 南 ア ジア研 究 20巻2号 1982年9月

東南 アジアの人 口増加 と死亡 率低下

正 *

Population Growth and Mortality Declinein SoutheastAsia

Kazumasa KoBAYASHI*

Theso-called postwar `population explosion' inSoutheastAsia,asinmanyotherdeveloping reglOnSOftheworld,isgenerallyattributedtoa rapiddeclineinmortality inthepostwaryears. Actualyearlytrends in mortality,however,are notpreciselyknownformostofthecountriesof SoutheastAsia,duetothedeficiencyoftheirvital registrationdata. Thispaperdealsmainlywith lndonesia,Malaysia(Peninsular),thePhilippines,

andThailand,forwhichestimateddataonmor -tality are available for more orlessextended periodsoftime.Thesecountriesshoweddiverse

じ め

第2次 世 界 大 戦 後 DDT や 抗 生 物 質 の 使 用 に よ り,発 展 途上 地 域 に お い て も急 速 に死 亡 率 が低 下 し,東 南 ア ジア もそ の例 に漏 れ な い といわ れ るが , そ の死 亡 率 の年 次 推 移 が比 較 的 高 い確 信 を も って辿 れ るの は ,死 亡 登 録 の完 全 性 の比 較 的 高 い シ ンガ ポ ー ル ,半 島 マ レー シアお よ び ブ ル ネ イ1)の み で , そ の他 の * 日本大学人 口研究所 (京都大学東南 アジア研究 センターを1982年4月1日停年退官);Popula -tion Research Institute,Nihon University,

Misaki-cho 1-3-2,Chiyoda-ku,Tokyo 101,

Japan (RetiredfromtheCenterforSoutheast AsianStudies,KyotoUniversityonApril1,

1982)

1)1970年 について シンガポール,半 島マ レーシア およびブルネイを合わせた人 口は,東南アジア 総人 口の4%にす ぎない。

trendsinthecrudedeathrateduringthepre-war decadesaswellasimmediatepostwar years,in termsofabsolutelevelsandspeedofdecline:a particularlymarked contrastwasappare ntbe-tweentherapid decrease in Thailandand the slow oneinthePllilipplneSduringtlle1920sand 1930S. The differencesand similaritiesin the levelsofmortalityamongthecountriesinrecent yearsarethoughttohavebeendeterminedlargely bytheirrespectivechangesin mortality during the1950S. 東 南 ア ジア諸 国 に 関 して は, い ろ い ろ な方 法 に よ る推 計 値 に よ って ,死 亡 率 の水 準 とそ の 変 化 につ い て , お よ そ の見 当 がつ け う るにす ぎな い。 しか しな が ら,戦 後 も

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年 代 あた りに な る と, そ れ らの諸 国 につ い て も後 述 す る よ うな 死 亡 率 推 計 の た め の基 礎 デ ー タ が か な り蓄 積 され て くる と と もに ,推 計 方 法 自体 も進 歩 して き, よ り多 くの推 計 者 に よ る, よ り長 い期 間 につ い て の推 計 デ ー タが得 られ る よ うに な り,死 亡 率 の水 準 とそ の変 化 に 関 し て 論 ず るた め の比 較 検 討 材 料 がふ え て きた 。 本 稿 は ,登 録 死 亡 率 に よ って ,死 亡 率 の年 次 推 移 が容 易 に観 察 され るよ うな 国 につ い て よ りはむ しろ, い ろ い ろ な方 法 に よ る推 計 に よ って の み年 次 推 移 を 推 察 しう るよ うな 国 に つ い て の 第2次 大 戦 後 最 近 ま で の死 亡 率 の動 向 を 吟 味 しよ う とす る もの で あ るが ,局 知 の - 3 - 143

(2)

某南 アsJア研究 20巻2号 よ うに,戦 後 の東南 ア ジアの死亡 率低下 はい わ ゆ る =爆 発 的な" 人 口増加 の直接 的な要 因 の一つをな した とい う議論 が あるのにか んが み,以下 まず Ⅰにお いて東南 ア ジアにお け る 人 口増加 の趨勢を概観 し,次 に Ⅱにお いてそ れ を男女 年齢構造 の局面 よ り考 察 し, Ⅲにお いて死亡率 の推移 を吟味す る。 人 口増 加 にお いて死亡率 に対す る もう一 つ の コ ンポー ネ ン トで ある出生率 につ いて も観 察 しな い こ と は,甚 だバ ラ ンスを欠 くことにな るが,それ 自体 大 きな問題で ,別 の機会 にゆず りた い と 思 う。

人 口 増 加

1.

基礎資 料 それぞれ の国の人 口の大 きさとその推移 を 知 る手 がか りとな る最 も基本 的な資 料 は,い うまで もな く,各 国で実施 され る人 口セ ンサ スのデ ータで ある。 第

2

次大戦後

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年代 ま で の期 間 で ,東南 ア ジアで人 口セ ンサ スの実 施 されなか った国 は ラオスのみで ,その他 の 国で は

1- 4

回 の人 口セ ンサスが実施 されて い る。 東南 ア ジア諸 国の人 口セ ンサ ス ・デ ー タを 用 い る場合 に,まず第

1

に 留 意 す べ き こ と は,調査漏 れ (厳密 にいえば,数 え足 らなか った分 と数 え過 ぎた分 との差 ,す なわ ちネ ッ トの調査漏 れ) の割合 で あ る。東 南 アジアで は, シ ンガ ポール とブル ネ イの二つ の人 口小 国を除 くすべ て の国で ,そのセ ンサ ス実査人 口の調査漏 れ は無 視 しえぬ程度 に大 き く,何 らか の計算 のなか にセ ンサス実査人 口を組 み 入 れ る場合 に は,その調査漏 れを補正 してお くことが望 ま しい と一般 に考 え られて い る。 セ ンサス実査人 口の調査漏 れの程度 を推定 す るに は,直 接 的な方法 と間接 的な方 法 とが ある。直接 的方 法 とは,人 口セ ンサ ス実施後 比 較 的早 い時期 に,セ ンサスの完全性 の程度

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4

を検証 す るた めの事 後 調 査

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を行 い,その結果 を実査人 口 と 比較 して判断す る方法 で あ る。その事 後調 査 自体 の完全性 が高 い場合 に は, この方法 はす ぐれて い るが,事後調 査 自体 の完全性 に も問 題 が ある場合 に は,誤 った結論 を下 す ことに な り危 険 で ある。 た とえ ば,タ イの

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6

0

年 セ ンサ ス実査人 口の全 国総数 に は,いろい ろな 間接 的推計 に よ って

2- 4%

の調査漏 れが あ った とみ られて い るが ,セ ンサス当局 の実施 した事 後調査 の結果 で は,セ ンサ スの調査漏 れ はほ とん どなか った とい う結 論 を 出 して い る [小林

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1:2

1

-

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2

]

。 間接 的方法 とい うのは,男女年齢 構造 ,前 回セ ンサ ス結 果 との関係 , そ の 他 を 分 析 し て,人 口学 的首 尾一貫性 を検討 す ることを通 して, あ りうべ き調査漏 れ の程度 を推定 す る もので, その具体 的方法 に は さまざまの もの が ある。 前述 の事 後調 査 は,各 国のセ ンサス当局 が 実施 す る もので あるが,間接 的方法 は,セ ン サ ス当局 のみな らず ,国内外 を問わず いろい ろな人 口調査研究機 関や セ ンサス ・デ ータ利 用者個人 によ って,必 要 に応 じて試 み られ る。 今 日,世界主 要 国につ いて,人 口セ ンサス結 果 の このよ うな完全性 の検討 と補正 を組織 的 に行 な って い るの は,国際連合 と米 国セ ンサ ス局 (国際人 ロデ ータセ ンター) とで あ る。 国連 はその結果 を特 に公 表 して いな いが,米 国セ ンサ ス局 はその補正方法 と結 果 の詳細 を 公 表 してお り,利用者 に と って便 利 で あ る。 表

1

は米 国セ ンサス局資料 によ るブル ネ イ, イ ン ドネ シア,マ レー シア, フィ リピン,メ イ

5

カ国のセ ンサス補正人 口を同実査人 口 と 比較 した もので あ る。 ブル ネ イの補 正人 口はブル ネ イ統計 当局 の

1

9

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1

年 セ ンサ ス事後調査 によ る調査漏 れ率公 表値

0

.6

5%

を採用 して求 めた もので あ り,そ の他 の国につ いて の補正人 口は,米 国セ ンサ 4

(3)

-小林 :東南 アジアの人 口増加 と死亡 率低下

蓑1

国別人 口センサスの実査人 口と補正人 口 実 査 人 口 補 正 人 口 調査漏れ率(%) 補 正 率 (%) 国 ブ ル ネ イ イ ン ド ネ シ ア マ レ

シ ア 半島マ レーシア サ ノヾ サ ラ ワ ク フ ィ リ ピ ン セ ンサス期 日 1971年 8月10日 1961年10月31日 1971年 9月24日 1947年 9月23日 1957年 6月17日 1970年 8月25日 1951年 6月 3日 1960年 8月 9日 1970年 8月25日 1947年11月26日 1960年 6月14日 1970年 8月25日 1948年10月 1日 1960年 2月15日 1970年 5月 6日 1975年 5月 1日 1960年 4月25日 1970年 4月 1日 136,256 97,018,829 119,232,499 4,920,605 6,278,758 8,809,562 335,583 456,331 653,604 546,385 744,529 976,269 19,234,182 27,087,685 36,684,486 42,070,660 26,257,916 34,397,374 137,147 102,880,000 125,362,000 5,163,000 6,588,000 9,243,000 352,000 479,000 686,000 573,000 781,000 1,024,000 19,598,000 27,600,000 37,378,000 42,866,000 27,357,000 36,825,000 7 7 7 7 7 7 6 7 7 9 9 9 9 0 6 ・4 4 4 4 4 4 4 4 4 1 1 1 1 4 6 9 9 9 9 0 0 9 9 9 9 9 9 9 2 1 4 4 4 4 5 5 4 4 4 1 1 1 1 4 7 注 :潤(3)は 【1-(1)/(2)]×100,欄(4)は [(2)/(1ト 1]×100により計算。欄(4)は人 口 1人当りの任意の数値 を算定する場合 に,実査人 口を分母 とするとき, どれだけ過大推計になるかの率 と同 じであるo 出所 :UnitedStates[1980:180,198,228,241, ス局 独 白の推 計 方 法 に よ る調 査 漏 れ率 に も と づ い て い る。 イ ン ドネ シア , マ レー シア , メ イの セ ンサ ス実 査人 口調 査 漏 れ率 は4.0- 6.6 % に の ぼ る こ とが示 され て い る。 人 口

1

人 当 りの経 済 指 標 な どの計 算 の場合 , セ ン サ ス 実 査 人 口を分 母 に用 いた場 合 そ の結 果 が 過 大 にな る割合 も, ほ ぼ この程 度 にな るわ けで あ るが, 表 1欄(4)に そ の割合 を示 して お いた 。 以 上 の よ うな セ ンサ ス補 正人 口を , いわ ば とび とび に お か れ た土 台 と して , そ れ に 整合 す るよ うな 毎 年 次 年 央 現 在 の人 口推 計値 が米 国セ ンサ ス局 に よ って算 出 され ,発 表 され て い る。 各 国人 口の 年 次 推 移 を 観 察 した り, 人 口総 数 だ けを 特 定 年 次 につ い て知 りた い と い う場合 に は,人 口セ ンサ ス ・デ - タ に よ ら ず , この よ うな 時 系 列 デ - タ を用 い るの が便 255] 利 で あ る。 国連 で も各 国人 口の年 次 推 計値 (毎

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年 年 央 現 在 ) を発 表 して い るが , これ は国連 の 国 別 将 来 人 口推 計 の 一環 と して行 な って い る過 去 推 計 で あ る。 た だ し, そ の推 計 方 法 の 国別 詳 細 は発 表 され て お らず ,不 明 で あ る。前 述 の米 国 セ ンサ ス局 の年 次 推 計 で も, ビル マ , カ ンボ ジ ア, ラオ ス , ベ トナ ムにつ い て は, この 国連 推 計値 を 全 部 期 間 ま た は一 部 期 間 に 関 して利 用 して い る (稿 末 注 参 照)。

2.

東 南 ア ジア全 域 の人 口の推 移 1950年 以 降 の東 南 ア ジア全 域 人 口総 数 は , 国連 推計 に よ る も米 国 セ ンサ ス局 推計 に よ る も大 差 はな い (表 2)0 1950年 か ら 1980年 ま で の30年 間 に ,東 南 ア ジアの総 人 口 は 1億

8

- 5 -

145

(4)

東南 アジア研究 20巻2号 表2 東南アジア全域人 口の推移 :1950-1980年 (単位 千人) 注 :‥はデータのないことを示す。 出所 :表3およびUnitedNations[1981:18] 千 万 人 か ら

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千 万 人 へ と約

2

倍 の増 加 を みた 。各 5年 間 の年 平 均 人 口増 加 率 は1950年 代 前 半 の2.1% か ら上 昇 し,1960年 代 前 半 に 2.4な い し2.5%の ピー クに達 し, そ れ以 後 わ ず か に低 下 して1970年 代 前半 は2.3% と推 計 され る (表3)。国連 将 来 人 口推 計 は 1975-1980年 の年 平 均 増 加 率 を2.1% と仮 定 して い る (表3)0 146 表3 東南アジア全域人 口の毎5年間年平均人 口増加率 :1950-1980年 (%) 注 :..はデ-タのない ことを示す. 出所 :表2による。 東 南 ア ジ ア の 国 別 人 口の大 小 順 は1950年 以 降変 化 が な く, イ ン ドネ シア , ベ トナ ム , フ ィ リピ ン, タ イ, ビル マ , マ レー シア , カ ン ボ ジ ア, ラオ ス , シ ンガ ポー ル , ブ ル ネ イの 順 で あ る。1950年 と1975年 とにつ いて 構 成 比 を み る と, イ ン ドネ シアだ けで全 域 人 口の46 % お よび42%, イ ン ドネ シア , ベ トナ ム の2 カ 国合 計 で半 数 を少 し超 え60%お よ び57%, これ に フ ィ リピ ン, タ イお よ び ビル マ ま で を 加 え た 5カ 国合 計 で93%お よ び92%に な る。 1960年 代 前 半 に東 南 ア ジ ア全 域 と して人 口増 加 率 の ピー クが くるの は , イ ン ドネ シア とベ トナ ム に お け る人 口増 加 率 の趨 勢 の影 響 で あ る (後 掲 の表 7)。 ま た , 米 国 セ ンサ ス局 推 計 人 口 (表 2)に よ り1960-1979年 毎 年 次 の人 口増 加 率 の推 移 を え が くと図 1の ご と く で,1964-1969年 の あた りで 大 き くえ ぐれ た 形 にな るが , これ は イ ン ドネ シア の み に み ら れ る年 次 推 移 の特 徴 (後 渇 の 図

3

) が反 映 し た もので あ る。 ま た1974-1976年 で 急 落 し, そ の後 反 騰 して い る不 規 則 変 動 は, カ ンボ ジ ア とベ トナ ム に お け る変 動 (表

7

) の影 響 で あ る。 世 界 の発 展 途 上 地 域 ブ ロ ックの な か で , こ の十 数 年 東 南 ア ジ ア は ,人 口増 加 率 が 中 国 に つ いで低 い。図2に示 す よ うに , ア ラブ諸 国 - 6

(5)

-小林 :東南アジアの人口増加と死亡率低下 ⊥ L i I l ⊥" L _L_⊥__」 1リ(,11 日.lGLr) 1(J7t) 197●.I) 1980 II:- ;欠 出所 :表2の米国センサス局推計人口より計算。 図 1 東南 アジア総人口増加率の年次 推移 :1960-.1979年 L m % 4 3 人 目 増 肋 率 の人 口増 加 率 はず ばぬ けて高 く,2) ラテ ン ・ ア メ リカの増 加率 は東 南 ア ジア の それ と平 行 す るよ うに低 下 しつ つ あ るが ,東 南 ア ジアの 増 加 率 の方 が0.3-0.4%ポ イ ン トは ど低 い。 中央 南 ア ジ アの増 加 率 は東 南 ア ジアの そ れ に 最 も近 い。1960年 代 に そ れ ま で東 南 ア ジア よ り も低 位 に あ った の が ,位 置 が逆 転 し, そ の 後0.1%ポ イ ン トは ど東 南 ア ジアの増 加 率 よ り も高 位 を保 って い る。な お,1970-1975年 の 増 加 人 口につ いて観 察 す るに ,東 南 ア ジアの そ れ は世 界 全 域 の それ の9.4%を 占 め , 発 展 途 上 地 域 の人 口増 加 分 (世 界 全 域 の そ れ の 87.9%)のな か で は10.7%に相 当す る。3) 国連 推計 は前 述 の推計 人 口に整合 す る各 5 年 期 間 の 出生 率 , 死 亡 率 の推 計 値 を提 供 して い るが (表4), それ に よ る と出生 率 は1960 1955 1960 196三r) 1970 1975 隼 次 出所 :UnitedNations亡1981:24コより作図。 図2 年平均人口増加率の地域比較,東南 アジアと その他5地域

-

7-1980 年 代 前半 まで人 口1,000人 対40以 上 の高 い水 準 を保 ち ,そ れ以 後 低 下 を 開始 し,他 方 死 亡率 は1950年 代 よ り ほ ぼ直線 的 な低 下 を継 続 した こ とを 示 して い る。前 述 の よ うに,1960年 代 前 半 が人 口増 加率 の ピー クを形 成 した の は, 高 出生 率 が低 下 を 開始 す る直 前 の時期 に相 当 して い る。 表4の発 展 途 上 諸 地 域 の 自然 動 態 率 の比 較 で , ア フ リカ は 出生 率 , 死 亡 率 と もどの地 域 よ り も高 く, ラテ ン ・ア メ リカ は大体 どの地域 よ り も 低 い。 東 南 ア ジア は中央 南 ア ジア, ア ラブ諸 国 (12カ国) と死 亡 率 の水 準 な らび に推 移 が非 常 に よ く似 て お 2)これは高い人 口流入率のためで,自然 増加率では,後述するようにアフリカ の方がはるかに高い。 3)今 日の東南アジアの人 口増加が,発展 途上地域の ``爆発的=人口増加のあた かも代表のどとくいわれることがある が,それは増加率の レベルの点で も, 発展途上地域の増加人口におけるウエ イ トの点で も,あま り妥当なことでは ない。 147

(6)

東南アジア研究 20巻2号 蓑 4 発展途上地域の出生率 ・死亡率の比較 (人口千人対):1950-1980年 ア フ リ カ 惇 テン ・アメ1)カl東 南 ア ジ ア l 中央南アジア l ア ラ ブ諸 国 出生率 l死亡率 l出生率 l死亡率 L出生率 l死亡率 l出生率 l死亡率 l出生率 l死亡率 期 間 出所 :UnitedNations[1981:46,48,58,60] り,死亡率 の広 域 的一様性 が注 目され る。 出 生率 はア ラブ諸 国よ りも若干 高 く,中央南 ア ジアよ りわずか に低 い とい う関係 に ある。

3

. 国別人 口の推移 人 口の年次推計 の精度 は,いつ に当該 関係 期 間 お よびその前後 に どの よ うな頻度 で どの よ うな精度 の人 口セ ンサ スが行 われたか に依 存 す る。そ して また人 口動態統計 が整備 され て いれ ば,よ り高 い精度 の年次人 口推計 が期 待 され る。1947-1979年 にお け る人 口セ ンサ ス実施 の各 国 の状 況 は表

5

に示 す ごと くで あ り,またセ ンサ ス実査人 口の調査漏 れ の評 価 しえて い る もの はすで に表

1

で みた とお りで あ る。この期 問 にセ ンサ ス実施皆無 の ラオス, ただ

1

回 の ビルマお よび カ ンボ ジアにつ いて は,その年次推計人 口の精度 は きわ めて疑 わ しい こ とにな ろ う。 ベ トナム も,全域 にかか わ るセ ンサ スの実施 は当該期 間 の末 期 にかた よ って い るので ,や は りその年次推 計人 口の 精度 はかな り低 い もの と思 われ る。 す で にのべ た米 国セ ンサス局 によ る1950年 以 降毎年次 (年央現在 ) の国別推計人 口を一 覧 した ものが表

6

で あ るが, これ らの人 口が どのよ うに推計 されたか が人 口学 的 に は重要 で あ るか ら,その国別 の注記 を稿末 にかか げ てお いた。前述 の人 口デ ータの あ りうべ き精 度 の概略 な らびに表

6

の推計基礎 か らいえ る 148 こ とは,年次推計人 口のデ ータによ って人 口 増 加 の推移傾 向 を論 じて ある程度意味 の あ る 国 は,ブル ネ イ,イ ン ドネ シア,マ レー シア, フィ リピン, シ ンガ ポールお よびタ イの 6カ 国に限 られ るで あろ う。1979年推計人 口 (義 6)で , これ らの 6カ国の合 計 は,東 南 ア ジ ア全域人 口の73%を 占め る。 しか し, これ ら の国 とて もフィ リピンを除 きいずれ も,そ の 年次人 口推計 に は 1980 (また は 1981) 年 セ ンサス結果 がまだ組 み込 まれて いな いか ら, 1970年代 の年次人 口推計 はセ ンサ ス後推 計 で あ る。 このよ うに,最近 時点 にお け る人 口の 大 きさがセ ンサス結果 によ って確 か め られて いな い こ とは,1970年 セ ンサ ス以後 の年次推 計人 口の値 を いまだかな り暫 定 的な ものに し て い る ことを考 えね ばな らな い。 ただ し, ブ ル ネ イとシ ンガ ポー ル とは登 録人 口動態統計 の登録漏 れ率 は非常 に低 い と考 え られ てい る か ら,1970 (また は1971)年 セ ンサス以 後 の 推計人 口は積上 げ推計 で あ って も,そ の精度 は比較 的高 い と考 えて よか ろ う。 各 国の1950年以後毎 年 の人 口増加率 を表 6 か ら求 めた ものを ,表

7

に示 す。 まず, タ イ とフィ リピンの人 口増 加率 は,1950年代 よ り 1970年代 前半 まで ほ とん どつかず はなれず と い う関係 で推移 し,それ以後 タ イの増加率 は フィ リピンを次第 に引 きはな して低下 を速 め る傾 向 を示 す どと く推計 されて い る (図3)0 8

(7)

-小体 :東南 ア ジアの人 口増加 と死亡率低下 表 5 東南 ア ジア諸 国人 口セ ンサ ス実施 年次一 覧 :1947-1979年 注 :1)半島マ レーシアおよびサ ラワク,2)サパ ー,3)半 島マ レーシア,4)サパ ーおよびサ ラワ ク,5)全 域,6)北 ベ トナ ム,7)北 ベ トナ ム,8)南 ベ トナ ム,9)全 域 出所 :UnitedStates[1980:180,182,198,212,221,228,241,248,255,262;1981:105] - 9 - 149

(8)

東 南 アジ ア研 究 20巻2号 表6 国別年央推計人口:1950-1981年 (単位 千人 ) 注 :‥は推計値の用意されていないことを示す。 各国推計値の算定基礎などは稿末注参照。 出所 :UnitedStates[1980:180,213,222,248; 両 国の年増加率 は1960年代末 か ら3%の線 を 下 回 り,1970年代末 には フィ リピンが2.6%, タ イが2.3%の水 準 まで下 る ことにな る。 マ レー シアの人 口増 加率 は フィ リピン,タ イ両 国に くらべ ,その低下 はゆ るやかで,1960年 代 初 の2.8%か ら低下 して1970年代末 に2.4% にまで しか 到達 して いな い (図

4)。

も っと も, これ は半 島 マ レー シア と東 マ レー シア と を合 わせ た全域 で あ って ,半 島 マ レー シアは 東 マ レー シアに くらべ増加率 は低 い とみ られ るが ,上述 のデー タのセ ッ トで は半 島 マ レー シアだ けの数 字 は用 意 されて いな い。 150 1981:59,67,83,91,99,105] イ ン ドネ シアの人 口増加率 は,タ イ, フィ リピン,マ レー シアよ りも低 い水 準 で推移 し, 1950年代 か ら1970年代 まで の増 加率 の低下 は 非常 に軽微 で ある (表7,図3)。 人 口増加 の推移 に関す る上述 の米 国セ ンサ ス局推計 の一つ の不便 な点 は,人 口増加率 の コ ンポー ネ ン トで ある出生率 ,死亡率 の水準 が発 表 されて いな い ことで ある。 国連推計 の 方 は,毎

5

年間 につ いて 出生率 ,死亡率 の推 計値 をかか げて い るので , い ま こ れ に よ っ て , イ ン ドネ シア, フィ リピン,タ イ

3

国の 比較 を して み る と (表

8)

, イ ン ドネ シ ア の - 1

(9)

0-ノ上林 :東 南 ア ジアの人 口増加 と死亡 率低下 表7 東南 ア ジア国別人 口増加率 :1950-1981年 1978 1 6.

0

人 目 岬 州 卜..1 ビノレマ 1.9 2.0 2.1 2.1 2.2 2.2 2.2 2.2 2.3 2.3 2.3 2.3 2.4 2.4 2.4 -4.5 9.8 2.4 2.5 2.5 2.5 2.5 I_:}}Jl:'・-・'-t 言 -JT:I 】 2.5 【 7 1 2 3 3 3 0 7 7 7 00 0 2 3 2 1 1 0 0 0 1 1 1 1 2 2 2 2 2 2 1 1 1 1 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 シンガ ポール 】

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1.

1

2.3 2.6 2.6 2.6 2.5 2.5 3.1 3.1 3.0 3.0 3.0 3.0 3.0 2.9 2.9 2.9 2.8 2.7 2.7 2.5

2.7 2.5 2.5 2.4 2.4 2.6 2.6 2.6 2.6 2.6 2.6 2.4 2.5 2.3 3.1 3.1 3.1 3.1 3.0 3.0 1.7 】 3.0 1.5 1.6 1.7 1.8 1.8 1.6 ベトナ ム 1.6 2.5 2.8 2.8 2.9 2.8 2.7 2.6 2.5 2.3 2.3 2.3 2.9 1 2.2 2.7 ; 2.1 1.4 】 2.6 -I--=三 2.0 2.3 2.6 2.2 2.4 2.4 2.5 注:.. はデータのない ことを示すO 1950,1955年 の行 の増加率 はそれぞれ1950-1955年,1955-1960年年 平均人 口増加率。1961 -1980年の各行 の増加率 は当該年 か ら翌年 までの1年間の人 口増加率。 出所 :表6による。 I/

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イン ト1・. / ∫ ll 一 三⊥ざ一一一・一一 ・一一 1960 1965 1し)7O lt)7-) 1980 :1:・

出所 :表7よ り。 図3 人 口増加率の年次推 移,イン ドネシア, フ ィリピン, タイ :1960-1981年 - ll-◆ヽ ●\ % vL J 3 ワ ︼ 人 目 増 加

1960 1965

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マ レー シ ア シ ンガ ポ ー ル

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_ -1970 1975 1980 年 次 出所 :表7よ り。 図4 人 口増加率 の年次推移,マ レーシア, シンガポール :1960-1981年 151

(10)

東南 アジア研究 20巻2号 表8 インドネシア,フィリピン,タイ 3国の人口動態率の推移 :1950-1980年 (毎 5年間における年平均値) (人 口 千人対) イ ン ド ネ シ ア t フ ィ リ ピ ン i タ イ 期 間 出生率 I死亡率 憎 加筆 再 生率 F死亡率 憎 加筆 J出生率 !死亡率 増加率自 然 出所 :UnitedNations[1981:48,60] 表9 国別推計人 口,米国センサス局 と国連の比較 :1950-1980年 (単位 千人) ブ ル ネ イ l ビ ル マ USBC E UN iUSBC I UN 年 次 カンボジア tJSBC l tJN インドネシア USBC i UN ラ オ ス U SBC I UN マ レーシア 】 フィリピン USBC E UN rUSBC I UN シンガポール USBC I UN タ イ USBC I UN ベ ト ナ ム U`SBC I UN 注 :USBC は米国センサス局推計,UN は国連推計を示す。 ‥ は数字のないことを示す。

出所 :表6および UnitedNations[1981:18] 人 口増 加 率 が低 位 に推 移 した の は死 亡率 が顕 著 に高 か った た めで , 出生 率 の水 準 は フ ィ リ ピン, タ イ とあま り差 異 はなか った こ とを示 して い る。 な お , 国連 の人 口推 計 デ ー タ は最 も広 く利 用 され て い るの にか ん が み ,東 南 ア ジア各 国 の1950-1980年 毎 5年 の推計 人 口を 152 米 国セ ンサ ス局 推 計 の もの と比較 して表9に 示 す 。 これ を み る と,た とえ ば イ ン ドネ シア につ いて は ,1970,1975年 の人 口推 計 値 は両 者 ほ とん ど差 がな い が , 1950年 で は 3.5% は ど国連 推 計 の方 が小 さ く推 計 され て お り, し た が って , 国連 推 計 は1970年 あた りま で の人 - 12

(11)

-小 林 :東南 ア ジアの人 口増加 と死亡 率低下 口増 加 率 を よ り高 く見 積 も って い る こ とに な る。 マ レー シア につ いて も同様 の傾 向 が指 摘 で き, タ イにつ い て は

,1

9

5

0

年 人 口 は 国連 推 計 の方 が

4%

ほ ど大 き く,

1

9

7

0

年 に は

1

.6%

ほ ど小 さ く推 計 して い るか ら, そ の間 の人 口 増 加 率 は 国連 推 計 の方 が低 く見 積 も っ て い る。 これ ら

3

国 の人 口推 計 につ いて は ,上 記 の よ うな差 異 の あ る こ とに 留 意 が 必 要 で あ る。

男 女 年 齢 構 造

1

. ま え お き 封 鎖 人 口を仮 定 す る と き, あ る時点 tに お け る満 x歳 の人 tjは

,ト x-

1年 前 か ら

ト x

年 前 ま で の1年 間 の 出生 数 と, そ れ が 時点 t に x 歳 で 生 存 す るま で の生 残 率 と に よ っ て 決 定 され る。 す な わ ち ,

5

:

p

(x

十a

,i)

da-

5

:

B(

i

-x-a

)l

(

x

・ a)

da

で 表 わ され る。 した が って ,一 般 に年 齢 構 成 は,過 去 にお け る年 々の 出生 数 の推 移 と, そ れ が現 時点 ま で に生 残 して きた生 残 率 との複 合 され た結 果 を示 す もの で あ る。,い ま , も し 年 々の 出生 数 が 一 定 の ま ま推 移 し,年 齢 別 生 残 率 も不 変 の ま ま 推 移 した とす れ ば ,年 齢 構 成 は ,生 命 表 の静 止 人 口 と 同 一 の も の と な る。 も し年 齢 別 生 残 率 が次 第 に改善 され て き た とす るな らば ,上 述 の場合 に想 定 され る年 齢 構 成 よ りは, よ り末 広 が りの年 齢 構成 を示 す こ とに な る。 何 と な れ ば ,生 残 率 (死 亡 率 ) の改善 は , よ り若 い世 代 ほ ど よ り多 く生 き残 る結 果 を もた らす か らで あ る。次 に ,午 年 の 出生 数 が次 第 に増 加 して きた とす るな ら ば , この場合 も, い うま で もな く, よ り末 広 が りの年 齢 構 成 を示 す こ とに な る し, そ の上 に ,生 残 率 が年 々改善 され て きた とす るな ら ば ,年 齢 構成 は さ らに末 広 が りに な る。 戦 後 の東 南 ア ジ ア諸 国 の経 験 は , この最 後 の場合 に相 当す る。戦 後 の 時 代 の 出 生 数 の 推 移 が増 加 傾 向 を示 して きた か ど うか につ い て , い ま , た とえ ば イ ン ドネ シア, フ ィ リピ ン, タ イの

3

カ国 につ い て推 計 人 口 と推 計 出 生 率 とよ り逆 算 して み る と,少 な くと も

1

9

7

0

年 代 前 半 ま で は, この

3

カ国 の いず れ に お い て も出生 数 は増 加 の傾 向 を つ づ けて きた こ と が分 か る。

2.

タ イ, イ ン ドネ シア,半 島 マ レー シアの 場合 この

3

カ 国を と り上 げ るの は ,セ ンサ ス の 男 女 年 齢 別 人 口の補 正 が施 され て い るか らで あ る。 ブ ル ネ イ と シ ンガ ポ ー ル を 除 くと,東 南 ア ジア諸 国で は , セ ンサ ス の男 女 年 齢 別 人 口のデ ー タ が あ って も, そ の ま まで は誤 差 が 多 くて使 用 困難 で あ る。 そ の誤 差 は完 全 性 と :正確 性 の両 面 の欠 陥 に起 因 す る。完 全 性 の 問 題 はま え に のべ た よ うに調 査 漏 れ の 問 題 で あ るが ,調 査 漏 れ の程 度 は ,一 般 に男 女 年 齢 別 に み る と差 異 が大 きい。 一 般 に女 よ り も男 の 方 が調 査 漏 れ が大 き く,年 齢 で は男 の

2

0

-3

0

歳 代 が特 に大 きい。 正 確 性 の 問題 は主 と して 年 齢 申告 に 関す る もので ,特 に イ ン ドネ シア の セ ンサ スで顕 著 に み られ るよ うに ,末 尾 の 数 字 を 0ま た は5に丸 めて 答 え る 傾 向 が あ る。 この た め ,末 尾 の数 字 0お よび5の年 齢 の人 口 は ,前 後 の年 齢 の人 口 もそ こに加 わ っ て 突 出す る (た だ し,

0

,

5,1

0

歳 で は この 傾 向 は一 般 に弱 い). この こ とは , 末 尾 の数 字 が0,5の年 齢 を境 目 と して行 う年 齢 5歳 階 級 区分 に と って 重 大 な支 障 に な る。 した が って , イ ン ドネ シア , マ レー シア, フ ィ リピ ン, タ イな ど ,セ ンサ ス の男 女 年 齢 別 人 口の デ ー タ の と との って い る国 で も,そ の不 完 全 悼 ,不 正 確 性 に対 して しか るべ き修 正 を 施 し た

で な い と,解 析 的 目的 の た め に は使 用 し が た い っ しか し, そ の男 女 年 齢 別 人 口の補 正

- 1

3-

153

(12)

東 南 アジア研究 20巻2号 表10 実査人 口と補正人 口の男女年齢構造の比較 :タイ1970年 センサス 男 女 男 注 :実査人口に含まれる年齢不詳人 口は案分 してある。 出所 :Thailand[1973:12];UnitedStates[1978:5] の方 法 に は一定 の方 法 とい う もの は な く,補 正 の た め に必 要 とす るデ ー タ の入 手 の程 度 と,男 女 年 齢 別 デ ー タ の 完 全 性 ,正 確 性 の程 度 とを 判 断 して ,適 宜 の方 法 を考 案 す るので あ る。 そ の方 法 の基 本 を のべ る こ とで さえ ,紙 数 を要 す る と と もに ,本 稿 の論 議 の本 筋 か らそ れ た技 術 論 に な るの で省 略 す る。 さて , タ イの1970年 セ ンサ ス の場 令 , そ の男 女 年 齢 5歳 階 級 別 人 口 (全 国) に対 して 施 され た補 正 に は, 主 な もの と して4種 類 あ る [Arnold

e

ial

.

1975;Thailand( NSO)Un-dated;UNESCAP 1976;United States1978] o そ の結 果 は互 い に異 な るが , こ こで は , この うち最 も新 しい推計 で あ る米 国 セ ンサ ス局 に よ 154 女 80 75 70 65 60 55 50 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10% 出所 :人口ピラミッ ドは表10,静止人 口は UnitedStates L1978:8(Table5)コより作図。 図5 タイの1970年人 口ピラミッ ドおよび静止人口 - 14

(13)

-小林 :東 南 ア ジアの人 口増 加 と死 亡 率低 下 る もの

[

Uni

t

edSt

at

e

s

1978] を用 いよ う。 この補 正 で最 も高 い補 正率 が施 されて い るの は,男 子 の 20-24歳 で あ り (17.9%), つ い で 30-34歳 (14.9

%),

25-29歳 (13.6%) な どが 目立 って い る (表10)0 上述 の タ イの1970年男女 年 齢別 人 口に もと づ き人 口 ピラ ミッ ドを え が き, これ に タ イの 1970年生命 表 の静止 人 口 (5Lx)を 重 ね 合 わ す (0- 4歳人 口と

5

エoとを男女 それ ぞれ 同 一 に とる) と,図 5の よ うにな る。 これ は, 1970年生命 表 の死 亡率水 準 が将来 もつ づ くも の と仮 定 した ときに ,1970年 の ()∼ 4歳 人 口 が将来各 年齢 で生 残 す る大 きさと1970年 の各 年 齢 の人 口 とを比 較 して い るわ けで ,そ の関 係 は1970年 人 口が大 きな増 加 の潜在 力を もっ て い る ことを示 して い る。 イ ン ドネ シア,半 島 マ レー シア,タ イにつ いて の補 正人 口の男女 年齢 構造 の比較 を表

1

1

に示 した。 これ らの問 の年 齢構造 の差異 は, 表11 男女年齢 5歳階級別人口百分比 : 1971年インドネシア,1970年半島 マレーシアおよびタイ イ ン ド ネ シ ア 総 数 0- 4 5- 9 10-14 15-19 20-24 25-29 30-34 35-39 40-44 45-49 50-54 55-59 60-64 65-69 70-74 75十 0.27 1 0.37 0.16】 0.27

性比

&^

)

98.4 102.7 101.9 102.1 102.0 99.1 97.4 95.9 94.9 93.8 93.1 91.1 89.1 86.9 81.4 71.9 58.6 ii レ シ′ ア 総数 0-4 5-9 10

-14

15

-19

20

-24

25-2

9

30-34 35-39 40-44 45-49 50-54 55-59 60-64 65-69 70-74 75-79 1 .:喜吊 2;:: 呂:三30日 吉…:95 0.18 ! 0.181 100.0 竺 」 書 0・45F O・19L 聖 上一一一竺 三 総 数 0- 4 100.00 16.71 5- 9】 14.6

4

【10-14 1 タ ⊆15-19 20-24 25-29 30-34 35-39 40-44 45-49 50-54 55-59 60-64 65

-6

9 70-74 75-79 13.03 10.7

8

8.2

6

6.6

3

50.84 8.54 7.49 6.68 5.53 4.24 3.39 5.4

7

4.59 3.48 2.8

2

2.3

4

1.8

4

1.35 0.8

9

0.47 80+ 、 0.2

9

2.79 2.33 1.75 1.41 1.15 0.89 0.64 0.41 0.20 0.ll 49.16 8.17 7.14 6.35 5.25 4.03 3.24 3.13 2.68 2.26 1.73 1.41 1.19 0.95 0.71 0.48 0.26 0.18 103.4 104.6 105.0 105.3 105.4 105.2 104.8 104.4 104.1 103.0 101.6 99.6 97.0 94.3 90.0 84.8 77.3 63.6 出所 :イン ドネ シア

U

nite

d

States[1979a:

6

]

, マ レーシ

アは

Uni

t

e

dStates[1979 b:28], タイ

Unite

d

States[1978:

5

]

。 - 15- 155

(14)

東 南 アジア研究 20巻2号 表 を仔 細 に比 較 す れ ば , い ろ い ろ指 摘 す る こ とはで き るが , もと もと精度 の悪 いセ ンサ ス 実 査人 口を補 正 したデ ー タ につ いて 比較 して い るので あ るか ら,些 細 な 差 異 が ど れ ほ ど の意 味 を もつ か は明 らか で な い。次 に示 す よ うに , 年 齢

3

区分 で 比較 す る 限 り は 三 者 の 問 の年 齢 構成 比 (%) は きわ めて類 似 して い る。4) 年 齢 タ イ イ ン ド 半 島 マ レネ シア ー シア

0-1

4

44

43

45

15-6

4

5

3

55

5

2

6

5

3

2

3

1

0

0

1

0

0

1

00

いず れ も子 供 の人 口の割合 が大 で あ り,子 供 の扶 養 負 担 の大 きい こ とを含 蓄 す る年 齢 構 成 で あ る。 また , これ らの 国 の問 の死 亡率 の比 較 を ,粗 死 亡 率 を も って して も標 準 化 死 亡 率 を も って して も,大 差 な いで あろ う こ とを示 して い る。

死 亡 率 1. 国連 に よ る推計 人 口動 態 統 計 の登 録 死 亡率 を そ の ま ま用 い て ,死 亡率 の水 準 に関す る議 論 を して比 較 的 差 し支 えな い の は ,ま え に のべ た よ うに ブル ネ イ,半 島 マ レー シアお よび シ ンガ ポー ル の みで , あ との東 南 ア ジア諸 国 につ いて は , た 4)この程度の構成比な らば,実査人口のデータに よって も,下記のよ うにほとんど同じ結果を得 る。 年 齢 タ イ 壬;与 誓 言 レ 0- 14 45 44 45 15-64 52 54 52 65+ 3 2

3

計 100 100

1

0

0

ちなみに,フィリピンの1970年センサス実査人 口によって,上記 と同 じ年齢3区分構成比を求 めると,46,51,3% となる。 166 とえ登 録 死 亡率 が公 表 され て いて も,登 録漏 れ率 が大 な るた め , そ の ま まで観 察 す るの は 不 適 当で あ り,登 録 漏 れ を補 正 した補 正 死 亡 率 か , あ るい は登 録 死 亡率 とは無 関係 に推計 した推 計 死 亡率 を用 い る必 要 が あ る。 ま え に のべ た

19

5

0

年以 降 に対 す る国連 に よ る各 国人 口の年 次 推 計 は ,一 つ に は仮 定 せ ら れ た死 亡 率 に も とづ いて い る。 そ の死 亡 率 は

1

95

0

年 以 降各

5

年 間 の平 均 値 を も って 国別 に 示 され て い る

[

Uni

t

ed Na

t

i

o

ns 1

9

81:6

0,

9

2

] 。 す で に表

9

に示 した の も そ の一 部 で あ る。 これ らは ,過 去 の死 亡 率 の実 績 とい うよ りはむ しろ,過去 推 計 のた め に設 け られ た仮 定 的 な死 亡 率 で あ る。 この 国連 の死 亡 率 指 標 に は粗 死 亡 率 と出生 時 の平 均 余 命 との

2

種 類 が示 され て い るが ,推計 の た め に仮 定 され た 死 亡率 水 準 は後 者 の方 で あ り,前者 の方 は人 口推計 の結 果得 られ た もので あ る。 いま

,1

9

5

0-195

5

年 の平 均 の 出生 時平 均余 令 (男 女平 均 )と して 国連 が仮 定 して い る値 を み る と

[

i

b

i

d.

:9

2

],短 い方 か ら長 い 方 へ , イ ン ドネ シア

(

35

.5

年), ラオ ス , ベ トナ ム

(

37

.8

年), カ ン ボ ジ ア

(

39

.

4

年), ビ ル マ

(

40

.

0年),タ イ

(

45

.1

年),フ ィ リピ ン

(

46

.

0

午), マ レー シア

(

48

.5

年), シ ン ガ ポ ー ル

(

6

0

.4

年 ) とな って い る。 ビル マ とタ イ との 間 に一 つ のギ ャ ップが あ って ,特 に イ ン ドネ シア, ラオ ス , ベ トナ ム, カ ンボ ジア の 出生 時 の平 均 余 命 は

,1

9

70-1

9

75

年 に対 す る値 で も,

19

5

0-19

5

5

年 に 対 す る タ イ, フ ィ リピ ン, マ レー シアな どの 出生 時 の平均 余 命 の水 準 に達 しな い , とい うよ うに 設 定 さ れ て い る。す な わ ち

,19

7

0-19

7

5

年 に対 す る出生 時 平 均 余 命 の仮 定 値

[

l

o

c

.c

i

t

.

]

は,カ ンボ ジア

(

40

.

0

)

,ラオ ス

(

40

.4

年),ベ トナ ム

(

44

.5

年), イ ン ドネ シア

(

45

.0

年), ビル マ

(

5

0

.0

年), タ イ

(

5

8

.0

年), フ ィ リピ ン

(

5

8

.4

年), マ レ- シア

(

6

1

.3

年), シ ンガ ポ ー ル

(

69

.5

年 ) の順 で あ る。

-1

(15)

6-これ らの国連 の仮 定 値 に した がえ ば, 旧 イ ン ドシナ

3

国 , イ ン ド ネ シアお よび ビルマを 高死 亡率 国, タ イ,フ ィ リピン, マ レー シア を 中死亡率 国 , シ ンガ ポールを低 死亡率 国 と い うよ うに,

3

大区分 す るこ とがで きるで あ ろ う。 一応 このよ うな 見 当をつ けて お いて , 出 生 率 ・ 死 亡 率 ( 人 口 千 人 対 ) ( 〟 ) 1930 1940 1950 1960 1970 年 次 (i) 出所 :

UNESCAP[

1

9

7

6:2

1

9

,2

2

0

コより作図。 図6 タイの年次別出生率および死亡率の推移 次 に,国連 以 外 の機 関 や個人 によ って個 別 的 に行 われた東 南 ア ジア 諸 国に対 す る死亡率 の推計値 を検討 して み る こ とに しよ う。

2.

タ イの死亡率 タ イの 死 亡 率 の 推 計 と して 主 な も の に

Bo

ur

geo

i

s

-

Pi

c

ha

t

l

19

6

0

],

DasGupt

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l

[

19

7

4

(

1

9

6

5

)

]

,Benj

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n [

19

7

4

],

UNESC

AP[

1

9

76

]

,Uni

t

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a

t

es[

1

9

7

8

]によ る間接

的人 口学 的推計 と,

Tha

i

l

and

[

19

6

9;1

9

7

8

]

な ど人 口学 的標本 調 査 に よ る ものが あ って , タ イに対す る死 亡率 の推計 は東南 ア ジアのな かで最 も盛 んで あ る。

UNESCAP

[

19

7

6

]

の 推 計 は

Bo

ur

geo

i

s

-Pi

c

ha

t

[

19

6

0

]

の推計 と同 じ方法 を用 い,よ り最 近 の基 礎資 料 を追加 して再 推計 した もの で あ る。 これ は

1

9

29,19

3

7,1

9

47,19

6

0

お よ び

1

9

7

0

年各 回 セ ンサスの年齢

5

歳 階級 別女子 人 口を基礎資 料 と し,逆 生残 率法 お よび性 年 齢 補 正 出生率

(

s

e

x-

ageadj

us

t

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t

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)

[

Uni

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t

i

ons 19

5

6:42

]

を利用 して , 各 セ ンサ スの実査人 口の調査漏 れ の補 正 な ら び に各 セ ンサ ス問 の出生 数 の推計 を行 い ,こ れ に もとづ き同 じく各 セ ンサ ス問死 亡数 を推 計 し, これを 同期 間 の登 録 死 亡 数 と比 較 し て登 録漏 れ補 正係 数 を算 出 し, これ を

1

9

2

0-19

70

年 の問 で各 年 別 に補 間推計 し, これ を登 録死 亡率 に適 用 して ,毎年 の補 正死亡率 を求 め るとい う方 法 によ って い る。 上 述 の年 次別補 正死 亡率 を グ ラフに表示 し て観 察 し

,19

2

0-1

9

5

1

年 と

1

9

5

2-19

7

0

年 とに 対 して直線 を 当て はめ る ことが妥 当な ことを 見 出 した (図

6)

。 ただ し,

19

4

3-19

4

7

年 の 戦 中戦 後 の一時上 昇 した死 亡率 は,回帰 計算 か ら除外 した。5) この二 つ の回帰 直線 で は,

1

9

2

0-1

9

5

1

年 の方 がむ しろ傾斜 が急 な の は注 意 すべ きで あろ う。 も し

19

2

0-19

51

年 の傾 向 が その まま持続 した とす れ ば

,19

5

0

年代 後半 に

19

52-

-19

7

0

年 の傾 向線 を切 って それ を下 回 る死亡率 を示 した ことにな る。 また

,1

9

2

0-19

4

2

年 の間 の みの死 亡率 に もとづ く回帰 直線 も,上 述 の

1

9

20-19

5

1

年 の間 の死 亡率 に もと づ く回帰 直線 とほ とん ど一致 し

,1

9

2

0-1

9

42

年 の経 験 に もとづ く傾 向線 を その まま延 長.す れ ば ,

1

9

7

0

年 にお け る期待 値 は人 口

1

,0

0

0

人 対

6

.2

で あ って,6'それ は

1

9

5

2-19

7

0

年 の死 亡 率 に もとづ く前述 の回帰 直線 の場合 の

1

9

7

0

年 5)図6には参考のため出生率の推計値 とその傾向 線 も示 してあるが,出生率は

1

9

4

0

-1

9

4

8

年にわ たって傾向線から逸脱する低下を示 した。 6)回帰直線はy-947.30059-0.47727t,ただ し, E-西暦年次O

- 1

7-

157

(16)

東南 アジア研究 20巻2号 に対 す る期 待 値 9.1よ りか な り低 率 で あ る。 も し,1920-1942年 の死 亡 率 低 下 の この よ うな傾 向 が , か な りの程 度 に真 実 を 反 映 して い る とす れ ば ,戦 前 の死 亡 率 低 下 の方 が戦 後 よ り もむ しろ急 速 で あ った とい え るわ けで , 戦 前 の死 亡 率 低 下 に 関与 した諸 条 件 の研 究 は 今 後 重 点 的 に進 め られ な けれ ば な らな い もの の 一 つ で あ る。 タ イの統 計 局 が1964-1967年 に実 施 した人 口学 的標 本 調 査 で あ る人 口変 動 調 査 (Survey ofPopulation Change,1964-1967年 ) の第 1年 度 調 査 (1964年 7月∼1965年 6月 ) の結 果 と して ,死 亡 率 を人 口1,000人 対10.9と推 計 して お り [Thailand 1969:14], こ れ は 前 述 の 回帰 直 線 か ら求 め られ る同 期 間 の死 亡 率10.7に非 常 に近 い。7) ま た ,DasGupta

e

t

α

J

.[1974(1965):66]が1960年 セ ンサ ス と 国連 モ デ ル生 命 表 とに よ って解 析 的 に推 計 し た1960年 の死 亡 率 は人 口1,000人 対13で あ る が ,回帰 直 線 か ら求 め られ る1960年 の死 亡 率 12.0に近 い。 米 国 セ ンサ ス局 に よ る1960年 死 亡 率 の推 計 値 も人 口1,000人 対12で , これ は 同水 準 で あ る し,同 じ く1970年 の推 計 死 亡 率 人 口1,000人 対10 [United States 1978:6] も回帰 直 線 上 の推 計 値 9.1に近 い。 Benjawan [1974]は1937,1947,1960お よ び 1970年 セ ンサ ス人 口 と登 録 死 亡 数 とを用 い, Brassの方 法 [Brass 1975:117-123]に よ って , これ らの年 次 の 死 亡 率 の 補 正 を 試 み た 。そ れ に よ る と,人 口1,000人 対 の死 亡 率 は 1937年22.1,1947年18.6,1960年12.4,1970 年9.5とな る。8)図

6

の 回帰 直 線 に よ る死 亡 率 は1937年21.9,1947年17.1,1960年12.0,1970 7)ただ し,1964-1967年人 口変動調査はバ ンコク・ トンブ リが調査地域か ら除外 されているか ら, バ ンコク ・トンブ リの死亡率が全国平均 よりも 低い とすれば,人 口1,000人対10.9とい う死亡 率は,あ りうべ き全 国値よ りも少 し高 めである と考え るべ きであろ う。 8)Benjawan[1974:55]の表の男女別 補 正 人 口 および登録死亡数,な らびに同書56ページに記 158 年

9

.1

で あ るか ら, こ こで も両 者 の差 は きわ め て小 さい 。 前 述 の傾 向線 か ら 目立 って逸 脱 す るの は国 連 推 計 の死 亡 率 (表

8

) で あ る。 国 連 推 計 値 は,人 口1,000人 対,1950-1955年21.3, 1955-1960年17.5,1960-1965年14.7,1965 -1970年12.4で あ るが , 回帰 直 線 か ら得 ら れ る死 亡 率 (各 5年 期 間 中央 時点 に対 す る も の) は そ れ ぞ れ 15.3,13.7,12.2,10.6で あ って , 国連 推 計 値 は高 す ぎ る。 ま た , 国連 推計 死 亡 率 の コー ス は下 に 凸 の 曲線 を え が く が,1950年 代 の死 亡 率 低 下 を 急 速 に させ す ぎ て い る。 これ は まえ に のべ た 出生 時平 均 余 命 の上 昇 の仮 定 が急 勾 配 す ぎ る こ とに よ る。 国 連 推 計 値 は一般 に よ く利 用 され るが ,少 な く と もタ イの人 口動 態 率 につ い て はそ の妥 当性 に注 意 す る必 要 が あ り, そ の利 用 に慎 重 で な けれ ば な らな い よ うに思 わ れ る。 以 上 を ま とめて み るに , タ イの死 亡 率 推 移 につ い て の諸 推 計 値 は , 国連 に よ る もの以 外 は互 い に大 勢 に お い て近 似 して お り, そ れ は 図6に示 した傾 向線 に よ って代 表 され る と し て よか ろ う。1951年 と1952年 との間 に , そ の 前 後 の低 下 傾 向 に接 続 しな い一 つ の軽 微 な落 差 が み られ る。 タ イの マ ラ リア登 録 死 亡 数 は登 録 死 亡 総 数 中1947年 で22%,1950年 で19%,1955年 で8 % を 占め , 当 時 の最 大 の 死 因 で あ っ た が , 図7に み る ご と く, そ の登 録 死 亡 率 は19 47-1954年 の間 に特 に急 速 に低 下 して い る。下 痢 腸 炎 ,赤 痢 ,結 核 な どに よ る死 亡 率 の低 下 は, 1948-1955年 の問 で み るべ き低 下 を ほ とん ど 示 して い な い 。タ イの場合 ,全 死 亡 率 の低 下 に お け る マ ラ リア死 亡 率 の低 下 の重 要 性 を 図 7 我の平均登録漏れ率男66.93%,女64.11%を用 いて筆者が算定 した。登録死亡数は1937,1947, 1960,1970年 とも,それぞれ前後3年間の平均 値である。 したが って, 補正死亡率 も, 上記 各年次それぞれの前後3年間の平均値 に該当す る。 - 18

(17)

-小林 :東南 アジアの人 口増加 と死亡率低下 は暗 に示 してい る。 タ イの全 国生命表 はこれ までい くつ も作成 されていて ,人 口セ ンサス ・デ ータ (および登録死亡率 )を用 いて解 析 的に作成 された もの と,人 口学 的標 本 調査デ-タに もとづ いて作成 された もの とが ある。 ここで は前 者 の 代 表 的な もの と して

Be

nj

a

wa

n [

1

9

7

4

]

お よび 米 国 セ ンサス局

[

Uni

t

e

d St

a

t

e

s

1

9

7

8

]

作成 の ものを とり上 げ,後者 に 属 す る もの と しては

1

9

6

4

-1

9

6

5

年 およ び

1

9

7

4

-1

9

7

5

年 につ いての人 口変動謁 5 6 7 8 9 、U 1 「-▲ l モ デ

t

j 命 表 の レ ベ

査結果か ら得 られた生命 表が ある。 こ れ らの生命 表の死亡率の年齢パ ター ン を検討 した い。

Be

nj

a

wa

n

によ る生命 表 は前述 の死亡率 の 補正推計 に整合 す る もので,男女年齢階級別 登録死亡数 の登録漏 れを補正す る方法 に もと づいてお り

,1

9

3

7,1

9

4

7,1

9

6

0

および

1

9

7

0

年 につ いて作成 されて いるが,それ らの死亡率 nqxが

Co

a

l

e

-

De

me

ny

モデル 生 命 表

[

Co

a

le

&

De

me

ny 1

9

6

6

]

WEST

モデ ルにおい

F

. I _ ・ ・ ・ I .I ・1 -. ・ J ];

i

iZI

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L

_

W

N

L

I

I

-

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1

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1

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1

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-

,

-

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J

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J

.

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L

- ,

J

l

出所 :

Th

a

i

l

a

n

d[

1

9

5

3:9

3;Un

d

a

t

e

da

.

:

1

0

0;Un

d

a

t

e

d b

:8

0

コより作図。 図7 タイのマラリア登録死亡率の推 移 :

1

9

4

4

-1

9

5

8

年 10 20 3() 40 5〔) 60 70 年 齢 ∫ 図8

Be

n

j

a

wa

n

による

1

9

3

7

年タイ生命表死亡率 xq. のモデル生命表WEST に対応するレベル て占め る レベルを補間推計 し,その年齢パ タ ー ン (すなわ ち

WEST

モデ ルの死亡率 の年 齢バ ク- ンに対す る相対的なパ ター ン) によ って各生命表の示 す年齢パ ター ンの特徴 をみ ることにす る。 図

8

1

9

3

7

年生命表 につ いての もので ある が, 顕著 な特徴 は qoが相対的 に非常 に低 く す ぎることで, これ は 0歳 死 亡 の 登 録 数 に 対す る補正 が 十分でない こと を 示 して い よ う。9' 5q60お よび 5q65が相 対的に異常 に低 い の は,登録死亡数 が異常 に小 さいことによ る もので ,その理 由は分か らない。以上 の例外 を除いて もなお年齢パ ター ンの不規則 さが 目 立つが, 全体 と して は,

WEST

モデ ルか ら のかたよ りに一定 の方向を示 さない.

1

9

4

7

年生命表 につ いての ものは図

9

に示 す が, ここで も qoは極端 に低 く, このままで は受 け入 れ られない。 4qlも低 くす ぎると考

9

)Be

n

i

a

wa

n

は登録死亡数に対する補正係数とし て,男女とも全年齢にわたって均一のものを用 いている。すなわち

,

1

9

3

7

年については男

1

.

3

5

8

3

, 女

1

4

1

8

0

,1

9

4

7

年 につ いて は男

1

.

3

8

9

8

6

,女

1

4

6

4

6

2

,1

9

6

0

年 につ いて は男

1

.

4

9

4

1

0

, 女

1

.

5

5

9

8

2

,1

9

7

0

年 につ いて は男

1

.

4

0

9

5

3

, 女

1

.

5

1

4

3

9

を使用 している。 - 19 -

1

5

9

(18)

東南 アジア研究 20巻2号 0 10 20 30 40 50 60 70 年 齢 x 図9 Beniawanによる1947年,1960年および1970年タイ生命表 死亡率.q.のモデル生命表

WES

T

に対応するレベル モ デ ル 生 命 表 の レ ベ ル 4 5 6 7 え られ る。 Sq5は 目立 って高 いが, この傾 向 は1960年生命 表 (同図)で もい く分緩 和 され た程度 でみ られ,1970年生命 表で もは るかに 目立 たな い 程度 で あ るが 現 われてい る. 5q70 が異常 に低 いが, このよ うな高年齢 で は基礎 データの精度 に大 きな問題 が ある可能性 が一 般 に大 きいか ら考 察対象 か ら除外 しよ う。 し か し,それで も50歳代,60歳代 の死亡率 の相 対的水準 は次第 に低下 す る傾 向 を 示 して い る。 また全体 と して,年齢か ら年齢- の凹凸 が1937年 の場合 よ りも小 さ くな り,基 礎 デー タの精度 がそれだ け向上 した こ とを 思 わ せ 160 る。なお,1937年 に くらベ1947年 は,也 生 時平均余命 がわず か に 上 昇 して い る (1937年 は男38.9, 女41.7年,1947年 は

40.2,女43.5

年)

が,た とえば5歳 の 平均余命 で は,1937 年 が男45.3,女47.5 年,1947年 が男45.2, 女47.9年 で, ほ とん ど同一水準 に とどま って い る。すで に図

6

の粗死亡率 の年次推 移

(

UNESCAP

推計 ) で みたよ うに,1947 年 の死亡 率 は戦 中戦 後 の高死亡率期 の最 後 の年で あ った。 1947年 と1960年 と の問で は,どの年齢 階級 にお いて も死亡 率 の大幅 な改善 がみ ら れ た (図 9) (qo のみは改善 が ほ とん どないが , これ は前 述 のよ うに1947年 の qoの補正 の過小 な こと によ る). 特 に 5q20お よび 5q25の改善 が い ち じる しく, これに 5q15および 5q30がつづ く。 これ らの年齢層 の死亡率低下 には,結核 死亡率 の低下 が大 きな影響 を もって いたので はな いか と思 われ る。 1970年生命 表 にな ると,若年齢 部分 の不規 則性 が非常 に小 さ くな って い る。30歳代未満 の死亡率 よ りも30-50歳代 死亡率 の レベルが 相対的 に高 いのは,一つ にはモデ ル生命 表 そ れ 自体 の性質 か ら くる もの と思 われ る。すな わ ち,

Co

a

l

e

-

De

me

ny

生命 表の基 礎 と して使 - 20

(19)

-/J、林 ..東南 ア ジアの人 口増加 と死亡 率 低下 用 され た実際生命 表 に は,結核 死 亡率 の高 か った戦 前 の各 国生命 表 が多 く含 まれて いて ,タ イの死亡 率 水 準 は

1

9

70

年 あた りで も,モデ ル生命 表 に用 い られた先 進 諸 国の 生 命 表 で いえばす で に戦 前 に到達 され て いた水 準 で あ るか ら,若 年 層 の結核 死亡率 の 山が存 在 して い た時代 の年齢 パ ター ンと比 較 して い るこ とにな るので あ る。 図

1

0

は 米 国セ ンサ ス局 に よ る

19

7

0

年 タ イ 生 命 表 に関す る もの との比 較 を示 す が , この方 は きわ めて な め らか な曲線 を え が き,

WEST

モ デ ル か らのず れ が老 年 部 分 を除 けば, 非 常 に小 さい

。Be

nj

awan

の生命 表年 齢 パ ター ンとい ち じる しく異 な る こ とにな り, どち らが真実 に 近 いか ,そ の判 断 にせ ま られ る こ モ テ ル

特命

夷の

レ ベ ル CO

9

1

1.

.1︼

. _)H 3() 40 5〔) 60 7() 隼 齢

1

0

米国センサス局および

Be

nj

a

wa

n

による

1

9

7

0

年 タイ生命表死亡率 .q.のモデル生 命 表 WEST に対応するレベル とにな るが

,Benj

a

wan

の生命 表 は

19

6

0

年 と

19

70

年 との問 に は年齢 パ ター ンに あ る程度 の 一貫性 が認 め られ る こ と, 米 国 セ ンサ ス 局 の生命 表 は,結 核 死亡率 の高 か った時代 の年 齢パ タ ー ンに一致 しす ぎて い る こ と か ら,

Benj

awa

n

の生命 表 の方 が よ り真 実 に近 い も ので はな いか と判 断せ られ る。

19

6

4-1

9

6

5

年 お よび

19

7

4-19

76

年人 口変 動 調 査結 果 か ら作 成 された生 命 表

[

Thai

l

and

19

69:33

-3

4;19

78:6

8

-69

]

につ いて も同様 に ,

WEST

モデ ル との年齢 パ ター ンの 比 較 を して みた が ,非 常 に不 規 則 な年齢 パ ター ン を呈 示 し,生 命 表 そ の ものの精度 にか な り問 題 が あ るこ とが考 え られ るた め, この生命 表 は考 察 か ら除外 す る。

3

. フ ィ リピ ンの死 亡率 出生 率 を一定 と し,出生 ・死亡両 率 の登録 漏 れ率 の同一性 の仮定 の もとに ,毎 年 の登 録 死亡率 を

19

03-19

4

0

年 お よび

1

9

46

-1

96

0

年 に つ いて補 正推計 した

Ar

o

mi

n

[

1

9

61:ト7

]の 推計 死亡率 は,戦 前戦後 にわ た る最 も長 期 的 な フ ィ リピン推計 死 亡率 のタ イム ・シ リー ズ ・デ ー タで あ る。 それ に もとづ く回帰 直線10) (図

11

) は

1

9

2

0

年 の死 亡率 が人 口

1

,0

0

0

人 対

26

.3

,1

9

40

年 のそれ が

22

.8

で,戦 前 の死 亡率低 下 傾 向 はタ イの場合 よ り もか な りゆ るや か で あ る。 戦 後 (

19

6

0

年 まで のデ ー タに よ る)の死 亡率低 下 は図

11

に み る ご と く急速 で あ るが ,

1

96

0

年代 に入 り鈍 化 した

。19

5

0

年代 の タ イの 死 亡率低下 は フ ィ リピンよ りも低 位 か らは じ ま り,ゆ るや か に推 移 した。 図

1

1の フィ リピ ンのデ ー タに は国連 推計値 は含 まれて いな い が , さ きに表8に示 した 国連 推 計 の フ ィ リ ピン死亡 率 は

19

5

0

年代 お よび

1

96

0

年代 前半 に つ いて は,図

1

1

に照 ら して若干 過大 推計 で あ

1

0

)

Ar

o

mi

n[

1

9

6

1:

4(

Ta

b

l

e3

)

]

にもとづ く。こ の推計値はMethod Ⅱ によるもので,これは 当該期間登録死亡率の完全性が一定であると仮 定 している。

- 21-

1

6

1

(20)

東 南 ア ジ ア研 究 20巻2号 死 亡 聖

人対

)

( a ) y-1376.80681-0.69582I x -ll----1・-ゝhj 1920 1930 1940 1950 1960 1970 1 年 次 rt) 出所 :フィリピン1920-1960年はAromin亡1961:4(Table3)コ,1961 -1970年はFliegeretal.[1981:24]より,タイは図6より。 図11 フィリピンの死亡率の推移,タイの死亡率傾向線 との比較 : 1920-1970年 1 2 3 4 5 6 7 8 9

0

1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1

1

1 1 1 1 1 1 1 1 1 2 2 モ デ ル 生 命 表 の レ ベ ル 162 0 10 20 30 40 50 60 70 年 齢 ∬ 図12 米国センサス局による1971年イン ドネシア生命表,1970年フィ リピン生命表および1970年半島マレ-シア生命表死亡率.q.の モデル生命表

WES

T

に対応するレベル - 2 2-る。 フィ リピンの1970 年 の 生 命 表 死 亡 率 nqxの年 齢 パ タ ー ン

WEST

モデ ル生 命 表 の レベ ルで 表 わ した もの が ,図12に 示 さ れ て い る。 こ の 生 命 表 の 出 生 時 平 均 余 命 は 男54.2 年 ,女57.5年 で あ る lFlieger

e

tal

.

1981: 124

,

125] 。 図 9に 示 した1970年 タ イ生 命 表 の 出 生 時 平 均 余 命 は男55.5年 ,女 59.8年 で ,両 国生命 表 の 出生 時平均余 命 の差 は1- 2年 の程 度 で あ るが ,両 者 の 死 亡率 の年齢 パ ター ンはか な り異 な って い る (図9と図12)0 フ ィ リ ピ ン の 年 齢 パ ター ンは, タ イの 1960年 の年齢 バ ク-ン に む しろ 似 て お り,

WEST

モ デ ル の年齢 パ ター ンか ら のず れ が非 常 に大 き い 。

4.

イ ン ドネ シアの 死 亡率 1950年代 まで の時 代 につ いて の イ ン ド ネ シアの死 亡率 と し て唯 一 の時系列 デ ー タ は, ジ ャワにつ い

(21)

小林 :東 南 ア ジ アの人 口増加 と死亡 率低下 牝 」

︰や

1人

〓「

人対

)

r

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ー.

-1「

30

2

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20

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5

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9

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8

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1

6

7

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2

I

u

l

t

)

5

0

1

9

6

0

1

9

7

0

1980 年 次 ll) 出所 :

1

)

Widjojo

[

1

9

7

0:1

5

8

],

2)

Vaino

F

1

9

6

3:2

6

],

3

)

Ueda

1

9

6

5:l

o

ョ,4)United States

[

1

9

7

9

a:

7

]

,5

)

UnitedNations

1

9

8

1:6

0

コ,番号のないも のはUnitedNations

F

1

9

5

8:1

5

1

3

イン ドネシアの推計死亡率 :

1

9

5

0

-1

9

8

0

年 て の Widjojo[

19

7

0:15

8

]

によ る推計 死 亡 率 で あ る。 それ によ る と,人 口

1

,

00

0

人対 の 死 亡率 は

,19

3

0

年 まで が

3

4,19

30

年 代 前半 が

30

,後 半

2

8,1

9

40

年代 前半 ,後 半 と も

35,19

5

0

年代 前半

28

,後 半

26

で あ る。 これ らの推計値 は, "測定" され た もの とい うよ り もむ し ろ "仮 定" され た もので あ る。 す なわ ち,

1

9

3

0

年 の ジ ャワ人 口の男 女年 齢 別人 口を 出発 点 と し, 出生 力 と死 亡率 の変 化 を仮 定 して

19

6

0

年 の男女 年齢 別 人 口を推計 し,それ が

1

9

61

年人 口セ ンサ スの男女年 齢 構成 に近 似 す る こ とを も って ,仮 定せ られた 出生 ・死 亡 率 を妥 当な もの と結 論 づ けて い る もので あ る。 ただ し,

19

3

0

年 の男女 年 齢構成 自体 も,仮 定 され た 出 生 力 と死亡率 とに もとづ く安定 人 口モデ ルに よ る もので あ る。上 述 の粗死 亡率 は,推計 過 程 のな かで仮 定 され た 出生 時 の平均余 命 に該 当す る レベ ルの国連 モデ ル生 命 表 を用 いて行 わ れ た人 口推計結 果 と して得 られ た もので , 粗死 亡率 自体 が仮定 せ られた ので はな い。

1

95

0

年以 降 の諸年 次 につ いて の死亡率 推計 値 は, 上 述 の Widjojo を含 めて い ろい ろ あ って ,図

1

3

に示 す ごと くで ある。図 のなか で 4)お よび5)は イ ン ドネ シア全 国 につ いて の 推計値 で ,そ の他 は大体 ジ ャワに限 定 され る もので あ る。 国連 が

19

5

0

代 に推計 した もの [UnitedNations

1

95

8:1

5

] (図

1

3

で番 号 を付 さ な い もの) は, 最 近推計 さ れ た そ れ 以 後 の時代 につ いての死 亡率 に くらべ る と,かな りの過小 推計 に とどま っ て お り,標本 調 査結 果 か らの推計値 (図 申,

3)

を付 した もの) も 同 様 で あ る。 国連 推 計 値 (図 中5)) は 米 国セ ン サ ス 局 推 計 値 (図 中4)) に非 常 に近 く, 前述 の Widjojo の 推計 値 と も非常 に近 い。 図

1

2

で上記 4)お よび5)の番 号 を付 した推計値 に もとづ く回帰 直 線 を求 め,それ を 図

6

で求 めた タ イの死 亡率 の回帰 直線 と比較 す る と, イ ン ドネ シアの

19

5

0-1

9

8

0

年 とタ イ の

1

9

2

3-19

5

3

年 とを重ね合 わせ る と き,タ イ の方 が多少 ゆ るや か な傾 向 を示 す とはいえ , 両 者 はほぼ一致 す る。 イ ン ドネ シアの死 亡率 はタ イよ り も約

3

0

年 の お くれ を もっ て , タ イ とほぼ同 じテ ンポで低 下 して い る といえ よ う 。 米 国セ ンサ ス局作 成 の

1

9

71

年 イ ン ドネ シ ア生命 表死 亡率 のパ ター ンを

WES

T

モデ ル 生命 表 の レベ ルに よ って観 察 す る と (図

1

2

)

, まず特徴 的 な ことは,モデ ル生命 表 の レベ ル

1

3

付 近 よ り レベ

ル 1

付 近 まで分布 の範 囲 が き わ めて広 い こ とで ,特 に老 年 にゆ けばゆ くほ ど死 亡率 が相 対 的 に高 くな る点 は,半 島 マ レ ー シアの男子 の場合 が これ にやや近 い こ とを 除 けば , いままで観 察 して きた事例 (タ イ, フ ィ リピン) と大 き く異 な って い る。 qoは 過小 推計 の よ うに思 われ る。

5,1

0

歳 の死亡 率 が相 対 的 に高 く

,15,2

0

歳 の死 亡率 が相 対 的 に低 いの は, タ イ, フィ リピ ン,半 島 マ レ ー シアのパ ター ンに共通 して い る。

5

.標 準化 死 亡率 の比較

- 2

3

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参照

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