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信楽陶業の生産構造

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信 楽 陶 業 の 生 産 構 造

The  Structure  of  the  Production  of

the  Pottery  Industry  of  Shigaraki

小    牧    実    繁

Saneshige  Komaki

宮    畑

巳 年 生

Mineo  Miyahata 1.は し が き   封 建 社 会 あ るい は そ れ以 前 に お け る工 業 生 産 は 一 般 に市 場 が狭 隘 で,そ の重 点 は量 よ り質 に お か れ,生 産方 法,技 法 は手 工 的 で も っぱ ら経       くり 験 と勘 に よ る秘 伝 的 な もので あ った。 陶 磁 器 工 業 は染 織,和 紙 ・漆 器 の 生 産 な ど と共 に そ の よ うな 工 業 と して 代 表 的 な もの で あ った が,明 治 以 後 の 資 本 制 生 産 の 時代 に入 って か らも,い わ ゆ る伝 統 工 業 の 最 も有 力 な もの と して 特 殊 な 発       く ラ 展 過 程 を示 した 。市 場 の拡 大,こ とに 海 外 か ら の 大 量 需 要 に 応 じて 発展 した名 古 屋 や 四 日市 な どの陶 業 は,質 よ り量 を 問題 と して,伝 来 の 名 工 的 技 能 に よ らな い,完 全 に機 械 化 され た 大 工       く ラ  くの  くらう 場 生 産 様 式 を 採 用 した。 多 くの陶 業 地 が そ の あ と を追 うて い るが,し か しそ れ らが こ と ご と く 名 古屋 や 四 口市 の段 階 に 昇華 す る とは 考 え られ な い。 海 外_II1場か らの大 量の 規 格 品 需 要 に 依 存 す る名 古屋 や 四 日市 な ど とは異 な り,そ の 他 の 陶業 地 は一 般 に国 内 市場 に対 す る依 存 度 が 高 く,製 品 の 種 類 ・形 態 ・色彩 な ど,時 代 や 地 域 毎 の生 活 感 情 や 流 行 を 敏 感 に反 映 して,多 様 化 が要 求 さ れ,量 産 しが た い 事情 が あ るか らで あ る。   陶業 の生 産 品 は 各 種 の 食器 ・家 具 ・装 飾 品 ・ 化 学 用 品 ・電 気 器 具 な どそ の 分野 が きわ あ て 広 く,生 産 方 法 も零 細 な手 工 的様 式 か ら近 代 的 工 場 制 に至 る まで 種 々の 段 階 が あ り,人 と物 が 複 雑 な動 き を 示 す 。 この複 雑 な人 と物 の 動 きを 中 心 と して,各 陶 業 地 の 地 域 的 タイ プ が形 成 され る。   信 楽 は陶 業 地 と して 日本 で も最 も歴 史 の 古 い 土 地の 一 つ とい わ れ るが,そ の 伝統 を うけつ い で 明治 以 後 も窯 煙 を 絶 つ こと な く,現 在 に至 っ て い る。 わ れ わ れ は 信 楽 の 陶業 につ いて 若 干 の 調 査 を 試 み た。 そ の結 果 の一 部 を こ こ に報 告 す る。 皿  土 地 と そ の条 件   近 江 盆 地 周 縁 の山 地 は南 部 で そ の高 度 を最 も 減 じ,最 高 峯 の笹 嶽 で738.gm,そ の 他 は大 部 分 が600Mを こえ な い 高 原状 地形 を示 し,信 楽 高       くの 原 と名 づ け られ て い る。 しか し普 通 単 に信 楽 乃 至 信 楽 地 方 とい え ば,こ の 高原 東 北 部 の,か っ て 信 楽 荘 と よば れ た あ た り一 帯 を さ して い る。 今 の滋 賀 県 甲 賀 郡 信 楽 町 の 町域 で あ る。 この 町 は昭 和29年4月1日,旧 信楽 町 を 中心 に雲 井 村 ・小 原 村 ・朝 宮 村 ・多 羅 尾村 の1町4村 が 合 併 してで きた 。 旧 信 楽 地 区5・ 雲 井 地 区4・ 小 原 地 区6・ 朝 宮 地 区3・ 多羅 尾地 区1の 合 計19集 落 か ら成 る。 高 原 中 央 に は 断層 起 原 と され る東 西 方 向の 低 帯 が あ るが,集 落 は いず れ も この 低 帯 盆 地 部 に あ る。 農 村 乃至 農 山村 的 色 彩 の こい 地 帯 で あ るが,そ の 一 部 が信 楽 陶 器 の 産 地 と な って い る。   す で に奈 良 時 代 今の雲 井 地 区 黄 瀬 に 紫 香楽 宮 が造 営 され た こ とは,こ の地 方 の 開 拓 の 古 さ を 思 わ せ るが,信 楽 の焼 き ものの 歴 史 も紫 香 楽 宮

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30 滋 大 紀 要 第    12  号 1962

信 楽 町 略 図

       ノ へ     み 〆     ≠ 滋諮》》'

賀諾

  x津   津   象  .鰹    水

∼狩

簿

' '   畑     .       , !                                  ぼ       評 ボ 、         上 朝 密 ﹂ 朝 宮 地 区   一         下 朝 宮 ︽ 工 麗 -大 津 市 / . 楽 -      一 ∼       信 袈 窪 ゼ   ・﹁ 曳 至 宇 治 市

石 ㌔v   \                

  ・瀬 田 町

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く も い 駕 し ロ ﹁、 、 、京 ス .え ・ 馳 長 野

∼ . し 趣 ら き 神 西 、 江 田 f ■ '     、 即     ヵ 漆 X ・κ     一       伽     笹 ケ \ -ー ノ ⋮     暫 ﹂   ノ ー ・ ● 言 , . ● . !               !   戸   層   '" . ■ ・ ≒ も 、 覧                   の 津 市 r 田 代     !     ︾ 旧 信 楽 地 区     r     /         畑         小 川 出 ↑       ト 柞 原 ﹂ 原 地 区

 'ハ砂

註 鴇 線 は 陶 窯 地 を 示,す 、       (7) 造 営 用 の瓦 を 焼 成 した には じま る とい う。 しか しそ の 後製 陶 業 は一 時 中絶,そ れ が 再 興 され た の は 鎌 倉 中 期 弘 安 の頃 と伝 え,そ の製 品 は 農 耕 用 の 種 壷 ・種 浸 壷 な ど で あ った。 室 町 時 代 に入 り,茶 道 の 流 行 ・茶 業 の発 展 に伴 い,茶 器 ・茶 壷 を 作 る よ う に な った。 江 戸 時 代 を 迎 え て,将 軍 ・諸 大 名 らに茶 器 ・茶 壺 を納 入 した が,一 方 で は 交 換 経 済 の普 及 浸 透 と共 に,一 般 大 衆 を 相 手 とす る茶 壷 ・水 室 ・梅壷 ・味噌 壺 ・火 鉢 ・摺 鉢 ・徳 利 ・土 鍋 ・皿 ・神 仏用 陶 器 な ど多 種 多 様 な 日用 陶器 を 焼 成 した 。 明 治時 代 に な る と,文 明開 化 の 波 が 高 ま り,鉄 器 そ の他 の 金 属 製 品 の 進 出 に よ って,従 来 の 陶 器 の領 域 が狭 め られ, 信 楽 陶 業 は新 しい 活 路 の 開 拓 を 余 儀 な く さ れ た。 そ の後 の製 品 に は試 行 錯 誤 的 な変 遷 が あ っ た が,大 正 半 以 後 火 鉢 製 造 を 中心 とす る経 営 に 転 進 した。 海 嵐 軸 を 用 い た独 自の技 法 に よ る信 楽 火 鉢 は全 国市 場 に お いて 独 占 的 な 優 位 を 確 立,国 内全 需 要 の9割 を み たす まで に な った。 現 在 は生 活 様 式 の変 化,こ と に電 気 製 品 そ の他 の 暖房 用器 具 の普 及 の た あ に,火 鉢 の 需 要 が減 退,信 楽 陶 器 の製 品 構成 も急 速 な変 化 を 迫 られ て い る。 業 界 は新 な転 換 期 に直 面 して い るわ け で あ る。   信 楽 陶 業 の 長 い 歴 史 を 要 約 す れ ば 以 上 の と う りで あ るが,こ こ で 注 目さ れ るの は この よ うな

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信楽陶業 の生産構造(小 牧 ・宮畑) 31 製 品 そ の ものの 変 遷 とな らん で,信 楽 が 長 期 に わ た って陶 器 の産 地 と して 独 自の存 在 を つ づ け て き た 事実 で あ ろ う。 従 って 次 に は信 楽 開 業 存 一.. 立 の理 由 が 問わ れ ね ば な らな い。   製 陶業 は そ の原 土 が加 工 の過 程 で い ち じる し く重 量 を減 ず るた め,代 表 的 な原 料 指 向 の産 業     く エ と され る。 信楽 地 方 は石 英 粗 面 岩 や花 崗岩 類 が 広 くそ の基 盤 を構 成 して お り,こ れ を母 岩 とす る第一 次 粘 土 と して の 蛇 目粘 土 や 第二 次 粘 土 と して の 木 節 粘 土 が 豊 富 に 分布 して い る。 これ ら の 粘 土 は粘 性 が 強 く,SK26∼28番(1580∼16 80。C)の す ぐれ た耐 火 度 を 有 し,焼 成 中 に形 崩 れ しな い そ の 性 質 を 利 用 して,信 楽 独 自の大 物 を 作 る こ とが で き る。 信 楽 は,起 原 の 古 い陶 業 地 の 多 くと共 通 して,ま ず 原料 の点 で,陶 業       オ      ロへ      立 地 の 好 条 件 を もつ わ け で あ る。              コ     ロ        陶 業 は 原 料 土 と共 に 莫 大 な 量 の燃 料 を 要 す る 。燃 料 は製 造 工 程 中 に重 量 を 全 く減 ず るの で, 陶 業 の 立 地 はそ の 存 在 如 何 に よ って も大 き く左 右 され る。 日本 の主 な 陶 器 産 地 が 黒 松地 帯 に発 見 され るの も黒 松 が 発 熱 量 が 大 で,焔 が長 い と こ ろが ら,登 窯 の燃 料 と して 好適 の た あ で あ る     く う と い う。 信 楽 地 方 は 黒 松 は 少 な い が,赤 松 が繁 茂 して,豊 富安 価 な 燃 料 を 提 供 し,こ れ も陶業       ロの の 発 展 を 助 けて きた 。 しか し現 在 は現 地 で の完 全 な燃 料 自給 は 出来 な い。 今 周 囲 の 山 地 は は げ 山化 して 花 崗岩 地 帯 特 有 の山 形 を 呈 して い る。 こ の は げ 山 化を 促進 させ た原 因 の 一 つ が 陶業 繁 栄 を代 償 と す る 山林 の 過 伐 で あ る こ とは否 め な い。 3魍 …麹 陶業 甦 輿 ⊆圭 い一した もの に薯 信 楽 の有 す る位 置 的条 件 が あ る。 その 地 形 的位 置 は 高 原 上 に あ って,周 囲 か ら弧立 閉 鎖 的 な生 活 領 域 を形 成 して い るが,し か しその1遜 位 置 は 京 都 ま一2k阪な どの 畿 内 の先 進 地 帯 に 近 く,そ れ は 交 通 機 関 の 発 達 しな か った 明 治以 前 に は 陶業 発 展 に 何 よ り有 利 な条 件 で あ った。 中世 の 茶 器 生 産 に は京 都 在 住 の 茶 人 の 指導 が あ り,信 楽 の 名       ロ ラ もま ず そ れ に よ って 高 め られ た。 茶 壺 の製 作 は 信 楽 高原 西 麓 台 地 附 近 一 帯 の 名 産 で あ る 宇 治 茶 の容 器 と して 発 達 した もの で あ る。 江 戸 時 代 い わ ゆ る御 用 壺 の 製 作 の下 命 を得 た のは す で に 信楽 焼 の 声 価 が 高 か った た め もあ ろ うが,そ れ は又 将 軍 諸大 名 が 宇 治 茶 を 愛 用 した こ と との 関連 に お いて 理 解 さ るべ き もの で あ る。 日用 陶 器 の生 産 が盛 ん に な った のは 京 都 ・大 阪 を 有 力 な市 場 とす る こ とが 出来 たか らで あ り,元 文 元 年 諸 国 の もの と共 に大 阪 に 積 登 され た 近 江 の 陶        わ 器 は信 楽 の もの と思 わ れ,寛 政7年 に は,大 阪       くコ ラ 表 会 所 を設 立,問 屋4軒 を 定 あ るな ど,木 津 川 ・淀 川 の水 運 を 利 用 して 信 楽 陶 器 の取 引 は きわ め て 活機 で あ った。   しか し関 係位 置 は不 動 絶 対 的 の も の で は な い。 明 治以 後 の交 通 機 関 の 近 代 化 や,そ れ に 伴 う交 通 体 系 の再 編 成 に よ って,信 楽 の 位 置 的 価' 値 は急 速 に 低下 した。 山 麓 部 と の交 通 は,そ の 垂 直 的 な駆 りの たあ に,経 済 的 に も時 間 的 に も       ロの 相対 的 な抵 抗 度 を 増 し,そ れ が 生 産 に マ イナ ス の 作 用 を及 ぼす よ うに さえ な った の で あ る。   匙質豊 富 獄 屋避 止 と蜷昼L奉 ま也 た 関 係 位 置 一に基 い て長 い歴 史 を 経 過 した 信 楽 陶 業 は,現 在 で は,そ の歴 史 そ の もの を も重 要 な立 地条 件 と して い る。 先 祖 伝来 の 技 術 の 集 積 が 名声 に支 え られ つ つ,伝 統 と な って 結 晶 し,そ れ が信 楽 陶 業 を推 進 させ る力 と な った の で あ る。 危 機 に さ い して は,伝 統 への 自覚 が,か え って創 意 と工 夫 を生 み,新 技 術 の 探 究 と新 製 品 の 発 明 へ と か りた て た。 信 楽 陶 業 は 明 治 初年 す で に み た よ う に,鉄 そ の他 の金 属 製 品 進 出 に よ る陶 器市 場 の 狭 隘 化 に よ って,没 落 へ の 道 に 追 い や られ て い た が,こ の 窮状 打 開 へ の 契 機 とな った の が,製 糸 業 の 発達 に即 応 した奥 田要 助 の 陶 器 糸取 鍋 の         ロの 発 明 で あ り,谷 井 直 方 の 海 嵐 粕 の創 始 で あ つ く の た。 共 に長 い努 力 の結 実 で あ った が,こ れ ら個 人 の輝 や か しい業 績 も伝 統 の 土 壌 の上 に こそ 育 ち 得 た とい え る だ ろ う。 こ とに 海瓶 袖 は火 鉢 に 使 用 され て成 功 を お さめ,信 楽 陶業 の主 力 が火 鉢 とな る素 因 を な した。 大 正9年 に は石 野 里 三 が,す で に先 進 の束 濃 陶 業 地 で 行 わ れ て い た石 膏 型 に よ る機 械 的成 型 法 を 導入,ま た調 土 工 程 の 機械 化 も この前 後 か ら進 行,信 楽 陶業 界 の い       く わ わ ば 産 業 革 命 と な った。 そ れ に 伴 な い皮 下 され 蚤葺 本 も 庵 え,又 熟 練 した 従業 員.も少 くな い数 に 上pた 。 蚤一れ ら も現 在 の 信楽 陶業 立 地 の 要 因 に か ぞ え入 れね ばな らぬ。

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32 滋 大 紀 要 第   12  1962 皿  生産の地域的分 化 と分 業 信 楽 陶 業 の 生 命 は独 得 の 技 法 に よ って,そ の 原 料 土 の 特 色 を 生 か し,大 物 製 品 を 作 る こ とに あ る とい わ れ るが,「昭 和30年 以 降 の 生 産 額 を 示 せ ば 第1表 の 通 りで あ る。 第1表 品 種 別 年 間 生 産 額 (単位 千 円) 鉢 鉢 器 瓶 具 品 鉢 他           用     陶   用 所 火   木               の 計     生 園 台 炭           庭 火 植 衛 花 庭 家 煉 そ 30年 202,950 40,260 翻 13 24:謝 }・・26・ 368,600 31年 225,540 50,120 40,100 15,750 11,240 27,200 29,650 399,600 32年 240,000 76,000 32,000 14,000 20,000 33,600 32,000 447,600 33年 150,500 68,300 27,900 8,700 21,200 21,800 31.600 330,600 34年 154,200 85,000 25,100 11,400 25,600 19,700 17,500 32,100 351,600 35年 135,200 120,400 28,600 11,500 30,300 26,300 19,500 35,300 416.100 36年 122,163 140,532 11,828 13,050 16,582 32,902 48,814 78,752' 464,623   増 加 傾 向 に あ る もの,減 少 傾 向 に あ る もの, 年 々の生 産 量 の振 幅 が大 き く不 安 定 で あ る もの な どさ ま ざ ま で あ るが,す で に以 前 か ら減 少 し て い た火 鉢 の33年 以 来 の急 激 な減 少 と之 に対 照 的 な植 木 鉢 の 増加 が特 に著 しい。 火 鉢 時 代 は す で に去 った が,大 物 主 義 の 信 楽 陶 業 の 原 則 は 一 貫 して い る。 しか し火 鉢 全 盛 時 代 に おい て も, そ の 焼成 の さ い'の窯 内 空所 の利 用 の ため に も小 物 製 造 は必 要 とさ れ て い たの で あ り,現 在 も花 器 を は じめ て各 種 の小 物 が 焼 か れ て い る。 家 庭 用台 所 用 品 の 中 で は低 火 度 製 品 と して の コ ンロ ・燃 焼 器 類,そ の 他 の 雑 品 中で は汽 車 土 瓶 の 占 あ る比 率 が か な り高 い。   信 楽 町 は先 にみ た よ うに,5地 区19集 落 か ら で き て い るが,こ れ らの内 陶 業 の 行 わ れ て い る の は 旧信 楽 地 区 の長 野 。江 田・神 山,雲 井 地 区 の 勅 旨・黄 瀬 ・牧,小 原 地 区 の柞 原 ・小 川 出 な どで あ       ロの る。 森 田九 右 衛 門 日記 に よれ ば,延 宝6年 長 野 ・勅 旨 ・牧 ・黄 瀬 の4ケ 所 が 陶 器 の 産 地 で あ っ た と い う。 た だ し黄 瀬 は く此 頃 は焼 き不 中候 〉 とあ る。 そ の 他 は これ 以 後 産 地 化 した もの で あ ろ うか。 神 山 は享 保 の 頃 に は じま っ た と 伝 え る。 も っと も これ は中 絶 して い た もの の 再 興 と ロ  う い う。 今 は全 く生 産 を み な い 朝 宮 地 区 の 上 朝 宮 で も,寛 政 年 間,高 原 焼 が は じめ られ,一 時 は 窯元5戸 を か ぞ え た。 これ も再 興 し た も の と 資料 信楽陶器工業協同組 合の調査 い う。 明 治 初年 に は小 川 で も焼物 が 作 られ て い   く の た。 産 地 は 必ず し も固定 して い た わ け で は な い の であ る。   しか し信 楽 陶業 の 歴 史 は長 野 を 中心 と して 展 開 した。 長 野 は 神 山 の 分村 と さ れ る が,種 壷 の 作 られ た鎌 倉 時 代 に はす で に集 落 が形 成 さ れて 居 り,そ の 後 の 信楽 陶業 の発 展 と歩 み を共 に し       く    て き たの で あ る。 江 戸 時 代 の 御用 壺 製 作 の 下 命 を うけ た の も,詳 し くい え ば,長 野 で あ った。 安 永6年 黄 瀬 が新 案 構 築 壷 類 製 作 を開 始 す る と こ れ に抗 議,そ の試 み を阻 止 して,御 用 壷 製 造 に伴 う特 権 的 な 立 場 を 公 認 され,茶 壷 及 び これ       く  う と製 作 技 術 の 等 しい 壺 類 の 製 造 権 を 独 占 した。   明治 以 前 す で に信 楽 の 陶 業 は製 品 の 種 類 に よ って産 地 が 分化 して い た。 長 野 は壷 類 を 中心 に 火 鉢 ・植 木 鉢 ・水 鉢 な ど大 物 作 りを,周 縁 地 区 で は行 平 ・土 鍋 ・土 瓶 ・茶 碗 ・皿 ・神 仏用 具 ・燈       く の 明 土 器 な ど各 地 各 様 の 小 物 作 りを 行 って い た。 それ は原 料 土 の 性 質 の 差 異 に も基 く で あ ろ う が,上 記 の歴 史 的事 情 が 技 術 の地 域 差 を 生 じた たあ もあ る と思 わ れ る。 製 品 の種 類 が 大 き く変 った現 在 で も,陶 業 の こ の伝 統 的 地 域 差 は 尚 う け つが れ て い る。   この よ うに製 品の 地 域 的分 化 と密 接 な関 連 を もちつ つ,製 陶業 者 間 に も製 造 品 目 に よ る一 種 の分 業 体 制 が 出 来 上 っ た。 文 化12年 の文 書 に よ

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信 楽 陶業 の 生 産 構 造(小 牧 ・宮 畑) 33 第2表 業 種 別 地 区 別 業 者 数 (昭 和36年 度) 地区 長 野 周 縁 業種 江 田 神 山 勅 旨 黄 瀬   牧   柞 原 小川 出   計 合   計

麟 騰 護

23 34 1 4 3 3 6 1 4 14 27 48 低 火 度 焼 成業 2 12 3 3 4 1 1 24 26 素 地 製 造 業 34 11 3 5 1 20 54 採 土 製 土 業 2 6 4 4 14 16 石 膏 型 製 造業 4 11 1 5 厘 鉢 製 造 業 1 1 絵    付    業 3 3 築   窯    業 4 4 販 売 業(問 屋) 34 1 1 35 計 141 23 22 14 7 4 7 1 78 219 (註)通 商産 業 省 の 工 業 調査 の対 象 とな った事 業 所(業 者)の 外 絵 付 業,築 窯 業 ・販 売 業 を掲 げ た。 る と,長 野 に 多 い 大物 の 壷 類 の 生 産 者 は壷 屋, 周 縁 地 区 に 多 い 徳 利 ・茶 碗 な どの 小 物 の 生 産 者       く の は瀬 戸 屋 と よば れ て い た。 こ の 呼称 は最 近 まで 使 用 さ れ て き た。 この 壷 屋 と瀬 戸 屋 は そ の 製 品 に よ る い わ ば横 の 分 業 で あ って,共 に 原 土 採 掘 ・陶 土 調 整 ・成 型 ・乾 燥 ・素 焼 ・施 粕 ・本 焼 ・ 製 品 の 仕 上 げ ・荷 作 りま で数 段 に 分 れ た製 造 工 程 の す べ て を一 貫 して行 うこ と に変 りが な か っ た 。   しか し現 在 の 信楽 製陶 業 に は この よ うな横 の 分 業 の 外 に,生 産能 率 の 向上 を は か るた め,製 造 工 程 の 一 部 を 分 担 す る縦 の 分 業 も生 じて お り, 第2表 の よ うな業 種 別 区 分 を 行 う こ と が 出 来 る。   焼 成 業 者 は ヤ キ ヤ と よ ば れ る。普 通1基,時 に 2基 以 上 の 登 窯(連 続 窯)を 設 備 す る。 原 土 の採 掘 か ら製 品 化 ま で の 行 程 を一 貫 して 行 う もの も あ るが,多 くは 陶 土 の全 部 又 は一 部 と素 地 の一 部 を購 入 して加 工 を 行 う。 大 物 作 りを 中心 に76 %が 長野 地 区 に集 る。 焼 成 業 者 は 純 生産 者 と製 造 販 売 を兼 営 す る もの に 分 れ るが,こ れ に つ い て は後 に ふ れ た い。   低 火 度 焼 成 業 者 もヤ キ ヤ の一 種 で あ る が,コ ン ロ,煉 炭 用 燃 焼 器 な どの下 級 消 耗 品 的 素 焼 製 品 を作 る。 窯 も焼 成 業者 の よ うな登 窯 で は な く,平 地 窯(単 独 窯)を 用 い,800C。 内外 の低 火 度 で 加 熱 す る。 さほ どの技 術 を必 要 とせ ず, 焼 成 業 者 と異 な り,ほ とん ど長 野 を は な れ て, 周 縁 地 区 に分 散,と くに神 山 に多 い 。   素 地 製 造 業 者(ナ マ ヤ)は 焼 成 業 者 の 下 請 的 性 格 を もち,素 地 の み の 製造 を 行 な い,そ の 半成 品 を焼 成 業 者 に販 売 す る。 明治5年 頃 に は窯 は       ゆゐう ま だす べ て共 同 窯(組 合 窯)で,製 陶業 の 経 営 規 模 は大 して差 が な か った とみ られ るか ら,生 屋 は そ の 後 個人 持 ち の 窯 が 出来 て か ら発 生 した もの で あ る。 四 日市 で は 素 地 製造 業 の 発 生 は 明       く の 治 の 末 頃 とい うが,信 楽 で は お そ くて も明治32 年 以 後 で は な い。 焼 成 業 の 最:も多 い 長野 と 長野 に 最 も近 い江 田 に そ の83%が 集 中す る。   採 土 製 土 業者(ツ チ ヤ)は 原料 部門 を担 当 して 原 土 の 採 掘 調 土 に あ た る。 一 般 に製 陶工 程 中最 も早 く分 化 を とげ た部 門 と され るか ら,信 楽 で も生 屋 に 先 が け て 発生 した で あ ろ う。 長 野 よ り も周 縁 地 区 に 多 い。   絵 付 業 者 は 信楽 の場 合,一 般 に云 うそ れ とは 異 な り,そ の 分担 す る工 程 は狭 く,素焼 の 描 画 彩 色 を受 持 つ だ け で あ る。 信 楽 陶 器 の もつ 独 特 の 味 わ いが,海 肖 紬 に よ る施 紬 の具 合 に あ る とい わ れ る だ けに,下 絵 を 施 す の は製 品 の半 分 位 で あ る。 工 場 専 属 の 画工 は な く,独 立 の 絵 付 業 者 が注 文 に 応 じて 仕 事 を 行 う。   こ の外 直 接 生 産 工 程 に は参 与 しな い が,関 連 業 者 と して,石 膏 型 製造 業 者(カ タヤ),匝 鉢 製 造 業 者,築 窯 業者 な どが い る。 製 品 の 流 通 過 程

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34 滋 大 紀 要 ・第   12 .  号 1962 に重 要 な役 割 を 果 た す 問 屋 に つ い て は 後 述 す る。 IV経 営 規 模   長野 を 中 心 に そ の 周 縁 に分 布 す る信 楽 製 陶 業 者 の 中 に は 明 治10年 頃1戸 で 多 い と き は50人,平       く の 均15人 前 後 を 常 傭 とす る 者 もあ った と い うが, そ れ は きわ あ て 例 外 的 な もの で 一 般 に は家 族 中 心 の経 営 で あ った ろ う。 然 し時 代 が新 し くな る に つ れ て,経 営 規 模 は大 き くな り,業 者 間 の格 差 を 生 じた 。 第3表 は製 陶 業 の主 力 の集 ま る 旧 信 楽 地 区 に つ い て,明 治42年 と 昭 和9年 ・36年 を 比 較 した も の で あ る。 経 営 規 摸 大型 化 の 傾 向 を 知 る こ とが 出来 る。   しか し近 代 企 業 を 基 準 と して い え ば,信 楽 胸 糞 は 伝 統 工 業 と して の側 面 が 強 く,そ の経 営 は 尚 きわ め て 零 細 と い わ ざる を 得 な い。 そ の殆 ん 第3表 ・経 営 規 模 の 推 移   (旧信 楽 町 一長 野 ・江 田 ・糾仙 の 合 計) 年代 経営規模 明 治42年 昭 和9     36 資料 明 治42 1∼4人 110 28 86 5∼9人 0 4 ﹂4 1 2 3 10人 以上 2 18 25 ・昭 和9年 分 → 杉 山 精 一:江 州 信 楽 焼 の立 地 的 観察(二),地 球Vol。26, p.68. 昭和36年 分 →通 商産 業 省 工 業 統 計 調 査 結 果 昭 和g年 の1∼4人 の 業 者 数 が い ち じ る し く少 ない の は,生 塵 をふ くまず,焼 屋 の み に 限定 したた め か と思 わ れ る。 どが 中 小 企 業 の 範疇 に も入 らな い の で あ る。   通 商 産 業 省 の 工 業 統 計 調 査 の 対 象 とな っ た信 楽 製 陶 業 関 係 の 事 業 所 に つ い て,経 営 規 模 別 分 類 を行 う と,第4表 の よ うに な る。 第4表  経営規模(従 業員数)別 事業所(業 者)数 年次 地区 従業員 長 野 田 山 皆 瀬   原 出 計             川 求     覧                  玄 小 江 神 勅 黄 牧 柞 小               周 合 一言ロ 十 昭   和   30「 年   度 1 ∼ 3 入 ( D ) 69 22 12 14 11 3 6 68 137 4 ∼ 9 人 ( C ) 28 0 0 ハ ◎ ー ユ ー 13 41 10 ∼ 19 人 ( B ) 14 1 1 此 2 16 20 人 以 上 ( A ) 6 1 1 7 昭 和36年 度 1 ∼ 3 人 ( D ) ( D + C + B + A ) 合 計 ( C + B + A ) 4 人 以 上 計 48 r O Q U ー ユ ー 16 64 117 27 21 14 11 4 7 84 201 56 18 11 12 7 4 6 1 59 115 4 ∼ 9 人 ( C ) 27 1 6 1 8 35 10 ( 1 19 人 ( B ) 11 4 4 9 臼 10 21 20 人 以 上 ( A ) 6 6 ( D + C + B + A ) 合      計 ( C + B + A ) 、 4 人 以 上 44 5 10 2 1 18 62 100 23 21 14 7 4 7 1 77 177 昭 和36年 に つ い て み れ ば,従 業 員3人 以 下 の 経 営(か り にD層 と よ ぶ)が 圧 倒 的 に 多 く,そ れ が 信 楽 全 体 で は65.0%,長 野 地 区 で は56.0%で あ る が,周 縁 地 区 で は77.7%に も 達 して い る。 従 業 員4∼9人(C層),10∼19人(B層),20 人 以 上(A層)と 経 営 規 模 が 大 き くな る に 伴 い, 事 業 所 数 は 急 速 に 減 少 す る 。A・B層 合 せ て 信 楽 全 体 で 事 業 所 数 の14.6%,周 縁 地 区 で13.0%, 長 野 地 区 で も17.0%を 占 め る に す ぎ な い 。 最 大 の 事 業 所 は 従 業 員150人 。 従 業 員50人 内 外 を 有 して こ れ に つ ぐ も の2,そ の 他 の 事 業 所 は す べ て30人 以 下 で あ る 。   黄 瀬 ・牧 ・小 川 出 はD層 の み で あ る が,C・ B・Aと 上1曽 に 向 う に 従 っ て 分 布 地 域 も 狭 くな

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35 信楽陶業の生産構造(小 牧 ・宮畑) 第5表  業 種 別 経 営 規 模 別 業 者 数(昭 和36年 度) 模 ・観 官 経 る よ に 数 員 従 業 計 20人 以 上      (A) 10∼19人 ・        (B) 4∼9人      (C) 1∼3人      (D) 種 業 区 u 地 場 23 34 2 34 2 4 1 ㎜ F O   -ゐ 恥 6 ハ O   r O 11 10 14 1   1   1 27 2 14 1 34 1 4   56 売 造 業 葉 菜 葉 叢

.・

業 火 地 上 膏 鉢 成 焼   低 素 採 石 匝 長 野 4 14 24 20 14 1   77 3 4 1     2 10 1 2 .5 8 18 20 12 1   59 売 造 業 業 葉 菜 業

業 火 地 上 膏 鉢 成 焼 低 素 採 石 匝 周 縁 27 48 26 54 16   5   1 177 5   1 6 9 9 1     2 21 11 16 6   1   1 35  2 22 19 54 13 5 115 売 造 業 兼 業 業 業

業 火 地 土 膏 鉢 成     低 素 採 石 匝 焼 合 計 ・ (註)  通 商産 業 省 工 業 統 計調 査 の 対 象 とな った業 者 のみ の 数字 。     第1表 の絵 付 業 ・築 窯 業 ・販 売 業 を ふ くん で い ない 。 り、A層 とな る と長 野 以 外 に は存 在 しな い 。   経 営規 模 は,第5表 に示 され て い るよ うに, 業種 に よ って も異 な り,大 規 模 の もの は焼 成 業 に 多 く,低 火 度 焼 成 業 が これ に つ ぐ。 素 地 製 造 業 は すべ てD層 に 所 属 す る。 採 土製 土 業 や 石 膏 型 製 造 業 な どの事 業 所 も一 般 に規 模 が 小 さい 。 採 土 製 土 業C,B層3の うち2は 陶 器 工 業 組 合 経 営 の工 場 で あ る。 業 種 別 の業 者 の分 状 態 が あ る程 度 そ の地 区 の経 営 規 模 の大 小 を 左 右 す る。   信 楽 製 陶 業 は零 細 経 営 が 多 い だけ に,経 営 形 態 も個 人 経 営 が 圧 倒 的 で,組 合 経 営 の2工 場 の 外 法 人 組 織 を と る もの は 長野 地 区で は 株 式 会 社8, 有 限 会 社17,周 縁 地 区 で は江 田 に有 限 会 社1, 合 計26が あ るに す ぎな い。 しか もこれ らの 法 人 組 織 事 業 所 そ の もの が,大 部 分 税 金 対 策 の ため に法 人 に き りか え た もの といわ れ,実 質 的 に は 個 人 経 営 と異 らな い。   経 営 が 不 安定 で 強 力性 に乏 し く,不 況 に さい して は 没 落 窮 乏 に あ え ぐのが,弱 小 企業 の 常 と され るが,信 楽 陶業 界 で も企 業 の 浮沈 が か な り 激 しい。 昭 和30年 と36年 は 急 激 な火 鉢 の売 行 不 振 に苦 ん だ33年 の 前 後 に あ た る が,さ き の 第 4表 に よ って こ の両 年 度 を 比 較 してみ る と,こ の 間 に信 楽 全 体 で は24事 業所(30年 度 総 数 の11 .9%)を 減 少 した。 この 減少 の うち22ま で がD 層 で,C層 以 上 は2に 止 ま った。 しか し地 区 別

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36 滋 大 紀 要 第   11  号 1962 第6表 経 営 規 模 別 業 者 移 動 表 従 業 員 数 に よ る 経 営 規 模 \ \       36年 度   30年 度       牝\ 、 総    数 20人 以 (A) 110∼19杢,)14∼9禿 、)11∼3人 (D) 31年 以 降 廃    業 総        数

6 21 35 115 42 20人 以 上   (A) 10∼19入    (B) 4∼9入   (C) 1∼3人   (D) 31年 以 降 新 規 開 業 7 15 41 137 18 ﹂ 伍 -1 1 4 13 3 2 8 17 6 2 8 91 16 2 4 36 に み る と,長 野 は 各 階 層 を 合 せ て14.5%,周 縁 地 区 で は8.3%の 減 少,そ の 内 容 も 長 野 の 減 少 17事 業 所 の 内,C層 以 上 が4(24.0%)を 占 め て い る に 対 して,周 縁 地 区 で は,C層 以 上 の 通 算 は,か え っ て12.5%(実 数2)の 増 加 を 示 し, と くにB層 の 増 加 が 目 立 つ 。 火 鉢 生 産 を 主 体 と す る 長 野 の 業 者 が うけ た 打 撃 が,周 縁 地 区 の 業 者 よ り り 大 で あ っ た こ と が 察 せ ら れ る。 し か し 長 野 で も,事 業 所 に よ って は,火 鉢 以 外 の 分 野 に 進 出,急 激 な 従 業 員 の 増 加 の あ っ た 例 も少 な くな く,第8表 に み る よ う に 全 体 と し て の 従 業 員 は 増 加 し た 。   そ の よ う な 現 象 もふ くみ,個 々 の 事 業 所 の 各 層 間 の 移 動 は 複 雑 な 姿 を 示 す が,今 そ れ を 信 楽 全 体 に つ い て み る と,第6表 の 通 り で あ る。30 年 度 の 全 事 業 所201中,36年 に も 同 階 層 に 残 留 した の は116(57.7%),上 昇 し た の は24(11.9 %),廃 業 を 含 め て 下 隆 し た の は61(30,4%)で あ る 。 こ の 間 に 新 規 開 業16が あ っ た 。 各 階 層 毎 に み る と 残 留 ・上 昇 ・下 降 の 状 況 は 互 に い ち じ る し く異 な る 。 最 下 層 のP層 に つ い で 最 上 層 の A層 は 残 留 度 が 高 く,し か も こ の 残 留 組 は,表 に は 現 わ れ て い な い が,こ の 間 に い ち じ る し く 大 型 化 し た 。 しか し信 楽 陶 業 の 中 堅 で あ るC・ B層 は 激 し く流 動 し て い る 。30年 と36年 で はC 層 で 半 分,B層 で5分 の4の メ ンバ ー が 入 れ 代 っ て い る。 こ のB・C層 か らは 事 業 の 失 敗 に よ る 脱 落 者6を 出 し て い る 。 わ ず か な 期 間 内 の こ の よ う な 変 化 は,零 細 経 営 を 特 色 と す る信 楽 製 陶 業 の そ の 経 済 的 基 盤 の 脆 弱 さ を 最 も よ く物 語 っ て い る。   工 業 こ と に 伝 統 工 業 の 零 細 性 は そ の 維 持 補 強 の た め 農 家 の 副 業 乃 至 兼 業 の 形 を と っ て,し ば しば 農 業 経 営 と結 び つ く。 陶業 もそ の 例外 で は な い が,信 楽 に つ い て は そ の点 ど うで あ ろ うか 。   古 くは 信楽 の 陶業 も農 業 との 関 係 が深 く,そ れ が半 農 半 工 的 に経 営 され て い た こ と は も ち ろ んで,文 化12年 の 長 野 の文 書 に 製 陶 に つ い て く短 春 二 月 よ り取 掛 料 作 植 付 秋 入 之 節 をは ぶ き 油 断 な く出精 可 仕 〉云 云 の 文 字 が あ る こ とに よ        く コ って もそ の あ り さま を 知 る こと が で き る。 然 し 明 治13年 発 行 の 滋 賀県 物産 誌 は,長 野 地 区 の 人 戸206軒,農91・ 工80・ 商35の 区 別 を 記 し, 工 につ い て は,<陶 器 ヲ製造 シ,又 ハ 大 工 木 挽 ヲ業 トス 〉,商 に つ いて は,<陶 器 ヲ仲 買 シ テ之 ヲ他 国 二 行 売 セ リ〉と述 べ て い る。 勅 旨に つ い て も同 じよ うな 記 載 が あ り,そ の 他 の 周縁 地 区 の 黄 瀬 ・牧 ・神 山 ・小 川 ・小 川 出 な ど につ いて は,そ れ ぞ れ 農 業 戸数 を あ げ,そ の 傍 註 の形 で く 傍 ラ茶 ヲ製 シ,採 薪或 ハ陶 器 ヲ製 造 販 売 ス 〉 な ど と記 して い る。 こ の二 様 の書 き方 は 当時 周 縁 地 区 で は 陶業 が農 家 の副 業 と して営 まれ て い た に対 して,長 野 で は,  (勅 旨 に つ い て は や や 疑 問 で あ る が,)す で に 明 治 初 年,農 業 か ら離 讃 して,陶 業 を専 業 とす る職 業 集 団 が成 立 して い た こ と を示 す よ うに 思 わ れ る。   組 合 経営 の工 場 を除 い て,現 在 信 楽 で農 業 と の兼 業 形 態 を と る製 陶 業 者 は 第7表 の 示 す よ う に69,総 数 の34.3%に あ た る。  しか し長 野 は この 内 の11を 占め るに す ぎず,そ れ は長 野 の 業 者 の9.1%に しか あ た らな い。 長 野 の 業 者 は 農 業 との 兼 業 が 少 な く,そ れ へ の 依 存 度 が きわ め て 低 い の で あ る。 これ に対 して 周 縁 の 牧 ・小 川 の業 者 は す べ て 農 業 との兼 営 で あ り,そ の他 の地 区 も江 田の59.8%を 最 低 と して 平 均 農 業 と の 兼 業 率 は78.9%に 達 して い る。 信 楽 町 全 体 の

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信 楽 陶 業 の 生 産構 造(小 牧 。宮 畑) 37 箪7表 製 陶 業 者 の 兼 業 状 況 (昭和36年)

口・

製 陶 業 者 数 総 数 99 22 21 14 7 4 7 ノ ー 76 75                   1 兼業者数 9 13 20 11 6 4 6 1 60 69 農 業 経 営 規 模 1∼3反 未 満 4 3 2 2 2 2 '  1 12 16 3∼5反 未 満   ∼1町 未 満 6 2 9 2 3 ( 0 2 1 り 臼 ー ハ0 7 7 2 2 3 り 臼 ∩ 4 1町 以 上 り 臼 9 9 6 ハU O 1 1 兼業者1戸 当平均経営 面積 1 8 3 4 0 5 3 8 7 3 4 6 5 4 3 4 7 4 4 5 (註)通 商 産 業 省 の 工業 統 計 調 査 の対 象 とな っ た業者 の 内陶 器 工業 組 合 の 工 場2を 除 い て 調査 第8表  廓業所(業 者)並 びに従業員数の推移 年 代 明 治28年   32   33   38   43 大 正4   9   12   14 昭 和5   10   14   26   30   36 滋   賀   県 8 9 6 3 0 3 6 1 2 9 3 0 3 5 5 4 2 2 2 5 5 2 6 2 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 従 業 員 男 4 2 0 8 7 6 1 8 7 5 9 0 9 6 5 4 7 1 0 6 9 0 4 3 3 3 3 5 7 7 6 6 6 女 計   408 97  501 122  514 52 、412 121  479 108  455 232  803 274  985 316  1024 231  898 304  999 195  804 信   楽   町 事業所数 140 105 111 134 185 201 177 従 業 員 男 351 321 515 647 791 732 693 女 87 101 213 265 170 213 386 i 三 口 438 422 728 912 961 946 1079     資 料  各 年 次 滋 賀 県 統 計書,た 讐 し大 正12年 は 甲賀 郡志,昭 和26年 は信 楽 陶 器 工 業 の概 況(滋       賀県 経 済 部),30年,36年 は通 商 産 業 省 工 業 調査 統 計 に よる。       滋 賀県 の 製 陶 業 は信 楽 に 集 中,こ とに 昭 和 年代 に入 って か ら は信 楽 以外 で は ほ とん ど行       わ れ て い な い か ら,昭 和5年 以 降 の県 の 数字 は信 楽 の数 字,信 楽 の 数 字 は県 の 数字 と考       え る こ とが で き る。 農 家 の1戸 当 り平 均5.9反 に 対 して,陶 農 兼 業     す べ て そ れ 以 上 で あ る 。 長 野 の 場 合 は,も ち ろ 者 の 平 均 は や や 低 くて4,7反 。 長 野 で は4.1反 で     ん,周 縁 地 区 の 製 陶 業 者 の 場 合 で も,陶 業 が 相 あ る が,周 縁 で は 黄 瀬 が 長 野 よ り も低 い 外 は,    対 的 に 家 計 に お け る 位 置 を 高 め て,農 主 工 従 か

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38 滋 大 紀 要 第   11  号 1962 ら,工 主 農従 へ の推 移 を 示 して い る場 合 が 多 い で あ ろ うが,し か し,農 業 は依 然 重 要 な 役 割 を 果 して お り,そ の 半 農 半工 的性 格 は 根本 的 に は 明 治 時 代 とそ れ 程 変 って い な い 。 長 野 の 陶 業 と 周 縁 地 区 の 陶 業 と の差 異 は この よ う な点 に も認 め られ る。 周 縁 地 区 の陶 業 が 農 民 的 性 格 を もつ に対 して,長 野 の それ は企 業 的 性 格(も ち ろん 相 対 的 な 意 味 で)を もっ とい う こ と が 出 来 よ う。 V労 働 力 の 構 成   信 楽 地 方 の 製 陶 業 者 数 は,第8表 にみ る よ う に,明 治 以 来 さ ほ どの 増 加 が な く,明 治 末 か ら 大 正 中 期 に か けて は,か な りの 減 少 さえ 示 して い る。 従 業 員 数 も停 滞,時 に減 少 が め だ つ が, そ の 減少 も業 者 の 場 合 ほ どで は な い 。大 正時 代, 前 節 で ふ れ た 経 営 規 模 の大 型 化 に伴 い,従 業 員 数 は急 激 に増 加 した。 大 正4年 の422人 が8年 後 に は900人 を こえ て い る。 従 業 員 数 は 大 正 末 か ら昭 和初 期 に か けて そ の ピー クに達 した 後, 再 び 停 滞 な い し減 少 した。 各 年 度 の調 査 の精 度 如 何 を問 わず ∫ 表 の数 字 を そ の ま ま信 頼 す る な らば,第 二 次 世 界 大 戦 後 に 回復 に 向 い,昭 和36 年 が戦 前 戦後 を通 じて最 大 数 を 示 して い る 。   今 昭和36年 の従 業 員1079人 を 第9表 に よ って 事業 所 の経 営 規 模 別 にみ る と,事 業 所 数 で は 総 数 の4%に も足 りな いA層 に312人(28.9%) が所 属,以 下 事 業 所 数 と は逆 にB・C・D層 と 順 次減 少,事 業所 で は全 体 の65%を 占あ るD層 に は242人(22.4%)が 所 属 す るに す ぎ な い。   従 業員 を家 族従 業員(事 業 所 の経 営 主 と そ の 経 営 に従 事 す る家 族)と それ 以 外 の一 般 従 業 員 に分 け る と,そ れ ぞれ178人(25.8%),801人 (74.2%)と な る。 家 内 工業 的零 細 経 営 が多 い 第9表 事 業 所 経 営 規 模 別 従 業 員 数 地 区 長 野 周 縁 合 卜 差 両 経 営 規 模 (従業員数) 1∼3人(D) 4∼9人(C) 10∼19人(B) 20人 以 上(A) 4人 以 上 計 (A+B+C) 合        計 (A十B十C十D) 1∼3人(D) 4∼9人(C) 10∼19人(B) 20人 以 上(A) 4入 以 上 計 (A+B+C) 合        計 (A+B+C) 1∼3入(D) 4∼9人(C) 10∼19人(B) 20人 以 上(A) 4人 以 上 計 (A+B+C) 合        計 (A十B十C十D) 家 族 従 業 員 男 62 26 6 0 32 94 78 14 13 0 27 105 140 40 19 0 59 199 女 29 14 4 0 18 47 20 6 6 0 12 32 49 20 10 0 30 79 ト 一言 μ 91 40 10 0 50 141 98 20 19 0 39 137 189 60 29 0 89 278 一 般 従 業 員 男 17 109 84 188 381 398 15 17 64 0 81 96 32 126 148 188 462 494 女 6 41 43 124 208 214 15 24 54 0 78 93 21 65 97 124 286 307 計 23 150 127 312 589 612 ∩ V 1 8 3 4 1     1 0 159 189 53 191 245 312 748 801 合 畳員 t 男 79 135 90 188 413 492 93 31 77 0 108 201 172 166 167 188 521 693 女 35 55 47 124 226 261 35 30 60 0 90 125 70 85 107 124 316 386 十 一三 口 144 190 137 312 639 753 128 61 137 0 198 326 242 251 274 312 '837 1079

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信楽 陶業の生 産構造(小 牧 ・宮畑) 39 だ け に,家 族 従 業 員 が 割 合 多 く,と く にD層 で は117事 案 所 由81(70.4%)ま で が 家 族 労 働 の み に 依 存 す る 。D層 全 体 と し て は 家 族 従 業 員 と一 般 従 業 員 の 割 合 は そ れ ぞ れ78.1%,21.9% で あ る 。 事 業 所 の 経 営 規 模 の 大 き い も の ほ ど, 家 族 従 業 員 の 割 合 が 低 下,逆 に 一 般 従 業 員 の そ れ が 増 加 す る の は 当 然 で あ る が,C層 で は そ れ ぞ れ23.9%,76.1%,B層 で は10.6%,89.4%, 形 式 的 に は す べ て 法 人 化 さ れ て い るA層 で は0 %,100%と な る。 次 に 従 業 員 を 男 女 別 に み る と,全 休 で は 男 子64.2%・ 女 子35.8%と 男 子 が 多 い 。 階 層 別 の 男 女 差 はD層 で 最 も い ち じ る し く,そ れ ぞ れ71.5%,28.5%で あ る が,上 位 階 層 に 進 む に 従 い,そ の 差 が 縮 少 し て,A層 で は そ れ ぞ れ59.0%・41.0%と な る 。 従 業 員 に 男 子 が 多 い の は,技 術 の 修 得 に 長 期 を 要 す る ば か り で な く,信 楽 独 得 の 大 物 作 り は 力 仕 事 で,女 子 に は 不 適 の た あ で あ る 。 規 模 の 大 き い 事 業 所 で 女 子 の 比 率 が 高 くな る の は,規 模 の 大 型 化 に 伴 い,分 業 体 制 も整 い,事 務 関 係 を は じあ 女 子 向 き の 仕 事 も 分 化 して い るか らで あ ろ う 。   地 域 別 に み る と,長 野 に753人(従 業 員 総 数 の68.8%),周 縁 地 区 に326人(31.2%)が 分 布 す る 。 長 野 で は 家 族 従 業 員 と一 般 従 業 員 の 比 率 が そ れ ぞ れ18.7%,81。3%で あ る に 対 し て,周 縁 地 区 で は42.0%,58.0%と な る 。 企 業 的 専 業 的 な 長 野 地 区 と 農 民 的 兼 業 的 な 周 縁 地 区 の 差 異 の 現 わ れ で あ る 。   男 女 別 の 従 業 員 は 長 野 地 区 そ れ ぞ れ65.3%・ 34.7%,周 縁 地 区61.7%・38.3%で あ る。 これ は 全 体 の 場 合 と異 な り,周 縁 地 区 が 長 野 よ り も 分 業 休 制 が 進 ん で い るか らで な く,周 縁 地 区 の 製 品 に は 比 較 的 体 力 の 要 ら な い 小 物,そ れ も さ ほ ど熟 練 を 要 し な い 低 火 度 の も の が 多 く,そ れ が 女 子 の 進 出 を 容 易 に して い る か ら で あ る 。   昭 和32年 信 楽 中 学 在 学 生 の 所 属 す る世 帯 の 成 員 中,製 陶 業 関 係 の 一 般 雇 傭 従 業 員(製 陶 業 従 業 員 中 個 人 法 人 の 経 営 主 と、そ の 家 族 を 除 い た も の)は 第10表 の と う りで あ った 。 昭 和30年 末 の 信 楽 陶 業 の 一 般 雇 傭 従 業 員 は608人 で あ っ た 。 か り に3自年 も そ れ と変 りが な い と す る と,こ の 表 の187人 は そ の37.6%に あ た る か ら,そ の 分 析 を 通 じ て あ る程 度 全 般 の 傾 向 を うか が う こ と が 出 来 る。   さて この187人 中,世 帯 主 が3.5%に 達 して い る。 この こと は 比 較 的高 金 者 が 多 い こ と を意 味 す るが,技 術 や 経 験 が 要求 さ れ る製 陶業 と し て 当然 の こ とで あ ろ う。 しか し反 面給 与 其 の他 前 近 代 的 な労 働 条 件 の 尚 多 く残 存 す る信 楽 の 陶 業 界 か ら,地 元 の若 い 労 働 力 が 逃 避 す る傾 向 に あ る こ と もみ の がせ な い。 最 近 の信 楽 中 学 の就 職 希 塑 の 卒業 生 は ほ と ん どが郷 里 の外 に就 職 先 を求 あ る。 特 殊 化 され た大 物 作 りの技 術 は,信 楽 以 外 に は そ れ を 生 か し得 る労 働市 場 を見 出 せ な い事 情 に あ る と もい う。   世 帯主 以 外 の家 族 の 製 陶 従業 員 に つ い て み る と,世 帯 主 が 製 陶 従 業 員 で あ る世帯 か ら,そ うで ・な い世 帯 よ り も多 く出て お り,中 心 地 区 長 野 で こ とに い ち じ る しい。 製 陶 関 係 労 働 力rの供 給 が かな りに 社会 的 閉 鎖性 を も ち,同 一 家 系 に 固 着 す る傾 向 が あ るこ とが 分 る。 周 縁 地 区 と長 野 で そ の 強 度 が異 るの は,表 示 は しで い な い が,周 縁 地 区 では 経 常 主 同 様,雇 傭 労働 者 も半 農 半 工 が 多 く,こ れ に 対 して 長 野 地 区 で は経 営 者 と共 に 雇 傭 労 働 者 も ほ とん どが 農 業 との兼 業 は な く, いわば全工 な い し全 陶 的性 格 を もつ た め で あ る。   この こ と と関 連 して,戻 傭 従 業 員 の 出 身 地 の 分布 をみ れ ば,そ の64.2%は 長 野地 区 に 集 中 す る。 そ の他 もほ と ん ど周 縁 の製 陶 業 地 で あ り, そ れ 以 外 で は 小 川 ・中野 に僅 少 の分 布 が あ る だ け で,そ れ 以 上 の 広 が りを示 さ ない 。 製 陶 関 係 労 働 力 の供 給 が,地 域 的 に も信 楽 内部 の一 部 に 限定 され て い る こ とが 知 られ る。   従 業 員 は,そ の 総 数 の8%に 達 し な い 事 務 員 を除 い て,他 はす べ て 現 場 の 労働 に 従 事 す る。 現 場 で は分 担 す る製 造 工 程 に 応 じて 職 種 が 分 れ る。 実 態 調 査 に もとつ く正 確 な 数 字 は え ら れ なか った が,原 料 部 門 の製 土 業 や 石膏 型 製 造 関 係 は少 な く,大 部 分 が 成型 工 と焼 成 工 で あ る。 成 型 工 と焼 成 工 の比 率 は お よ そ7:3と い  う。   成 型 工 は ツ ク リと よぶ 。 元 は 手 口 ク ロを ひ い て 陶 土 に加 工 した。 一 人 前 の 者 を細 工 人,そ の 助 手 を ヒデ シ と い い,技 術 は 従 弟 制 度 な い し家 伝 に よ って 長年 刀 を か け て修 倶 した。 大 正9年 以 後 石 膏 型 を 用 い て 機 械 成型 が始 め られ る よ う

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1962 号 11 第 滋 大 紀 要                     。 ﹀ 弘 幽 思 昧 粟 翼 の 綱 聡 ︾ の 綻 謁 や 稟 匪 網 羅 建 磁 鞍 剣 ﹁( V 謹 や 因 習 値 囲 醍 幅 。 伽 羅 層 負 心 罫 犠 N り 'ρ 凝 ム Q 椥 瞳 罫 線 醒 轍 ) 撫 却 蜘 Q 嘩 懲 姻 卦 榔 輝 卦 丑 蘇 迦 ( 甜 ) 卜 oD 一 一 〇 っ ㊤ゆ H ゆ oっ H 守 O ㎝ ◎o ゆ ◎ っ ⑩菖 ⑳ m 寸 cq祠 り 寸 oっ 一 oっ oっ 0 9 O 3 0 9 。o O oD O マ 曾 需       如 卜 O 0 ◎D ゆ 萬 oo 扁 ㎝㎝ oっ マ り、 卜 ◎Q O oり ⑩ 誌 oり 一 〇 っ 寸 oっ き 卜 oっ mcqd 布 ノ マ 輕 瞑 畠    畑 、 ゆ 畏 野 ど       田 H ヨ     遡 ω 一 oりH oo 一 oり σ り oり H 一 d H H ⑩ H ゆ 三       ノ マ   圖 マ 一 マH ◎ り 一 eq m ㎝ eqH ㎝ 一 一 円 HH 囲H HH O Hoり 蛮       音 韻  三  'マ o り 廿H 圃 oo 寸 一 oりoり 一 Neq ㎝cq qe噸 Hq 一 dNd 一 円 H 囲H HH 一 一 一 一 一 目 卜 。 っeq 爵 蟹       糞   鼻 疑   撫 卜 8 菖 O cq d oD 一 ㎝cq 卜 冒 oっ HoDO ゆoっ ㎝oっHO卜 ① り 旨 pりO ㊤ ⑩dd o◎ ゆoつH 卜OcqoDoっ 〇 一 ゆHOH ト ゆd 卜 卜gD eq 鴎 卜oっ oりO囲 eq ㎝ 卜 N ゆ 鷺 oD ㊤O cqHO ゆoっd 卜OO ゆ 旨 oD りO 廿qo 。 っHHマ 89 0っ oっ お N 加       霞 ヨ   韓 田   環 ㌫     蝋 乖 献 駅 無 ㌍ 制 需 献 駅 蝋 様 翠 需 諏 疎 需 献 駅 需 氣 駅 潤 懸 蕪 想 潤 騒 蝋 想 需 如 遇 嫌 報 想 Q 翠 Q 蝋 朝 毎 華 懸 想 無 雑 剃 蝋 毎 週 Q 蝋 毎 週 綱 聡 凶         習 布 如 如螂 ' 2 饗 二 V 裏 禽 哩 喚 網 紐革 畑 野 ゆ 5 ︾ 農 £騨 箱 紐 革 麟 ㌍ 翠 細 田 隷 醒

薬習

簿想

轡辱

( 駆 叩 σっ 叶 N の 黒 田 ) 穏 咲   黎 掴   鷹   皿 .罧   想 罧 醒   談 穏 9 無 40 .

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信 楽 陶 業 の生 産 構 造(小 牧 ・宮 畑) 41 に な って,職 人 的 習練 を必 要 とす る度 合 を減 じ て い るが,作 業 の 機 械 化 に は 限 界 が あ り,成 形 上 の 技 能 と勘 は 今 で も重 ん じ られ て い る。   焼 成工 は ウ ラ シ とよ ば れ る。 施 粕 ・窯 詰 ・窯 焚 ・窯 出 な どを 分 担 す る。 信 楽 の 焼 成設 備 は登 窯 が主 力 を な して い る こ とに 特 色 が あ る。 この 窯 は 燃 料 の 節 約 とい う点 で は,他 の 様 式 の窯 の 及 ば な い と こ ろで あ るが,焼 成 温 度 の調 節管 理 が む つ か しい。 窯 内の 位 置 に よ って 加熱 度 に 高 低 の ム ラ を生 じ易 く,そ れ が 製 品 の 品質 を大 き く左 右 す る。 燃 料 の 投 入 に 細 心 の注 意 と高 度 の 技 術 が 必 要 と され るわ け で あ る。 業 主 自 ら も焼       く ラ 成 工 と して作 業 を 行 う こ とが 多 い。   零 細 観 模 の 経 営 が 多 い の で,製 造 工 程 の 進 行 に伴 う繁 閑 の時 期 は成 形 工 と焼 成工 で は 異 るた あ,両 者 の仕 事 の分 担 には 融 通 性 が あ り,実 際 には そ れ 程 厳 重 に は区 別 出来 な い場 合 もあ る。 事 業 所 の 規 模 の小 さい ほ ど そ うで あ る。   以 上 に あ げ た外 に製 陶業 の従 業 員 に は トビ と よ ばれ る 男 女 の 自由労 務 者 がい る。 焼 成 の 前 後 を 通 じて 繁 忙 期 に 臨時 に雇 わ れ る もの で 男 子 は 窯 焚 ・施 袖,女 子 は窯 詰 ・窯 出 等 に 従 事 す る。 主 に小 事 業 所 の 人 手不 足 を補 う。 元 は多 か っ た が,今 は 男 子10人,女 子20人 位 とい う。 VI製 品 の 流 通 過 程   信 楽 陶 業 は 零 細 小経 営 が 絶対 多 数 を 占あ る陶 業 の例 に もれ ず,問 屋=商 業 資 本 に よ って 支 配         く   さ れ て 来 た。 有 田の 陶 業 が 伊万 里 商 人 に支 配 さ       く う れ た の とは 異 な り,信 楽 の場 合 は現 地 に問 屋 の 成 長 を み た。 信 楽 に お け る 問屋 は寛 永10年 に は       くヨわ す で に 存 在 して いた こ とが 明 らか で あ る。 江 戸 時 代 の 信 楽 陶器 の市 場 生 産 化 の過 程 は問 屋(ナ カ ガ イ と土 地 で は よん で い る 。)の 販 売 権 独 占 強 化 の 歴 史 で も あ った 。 問屋 の資 本 蓄積 は進 ん だ が,領 主 に よ る収 奪 も加 わ って,こ の時 代 を 通 じて 焼 屋 は単 純 再 生 産 の 維 持 さ え 困 難 だ っ た。 事 態 は 明治 に入 って も変 りが な く,営 業 資 金 を 問 屋 か ら前 借,明 治40年 頃 の焼 屋 は ほ と ん どす べ て が そ うで,中 に は 衣 食 の資 料 ま で も問       く ラ 屋 を通 じて 手 に入 れ る もの もあ った。 経 営 は手 工 業 か ら家 内工 業 に進 展,中 に は マ ニ ュフ ァ ク チ ュア の段 階 に進 む 業 者 も現 わ れ た が,い ず れ も問 屋資 本 の支 配 の下 に あ った。 焼 屋 は それ ぞ れ そ の資 金 関係 で 特 定 の問 屋 に専 属 して,そ の トリ ガ マ とよ ばれ,問 屋 の 注 文 に応 じて製 品 を 焼 い た。 仲 買 は信 楽 陶 器 の 名 声 維 持 の た あ と し て,製 品 の検 査 格 付 けを 行 った。 焼 屋 の発 言 権 は ほ とん どみ とめ られ ず,検 査 は しば しば製 品 買 い た た き の ため のア ラ探 しに利 用 され た。   第一 次 世 界大 戦 と共 に到 来 した好 況 が,自 己 資本 の蓄 積 を 可能 とす る機 会 を 焼 屋 に与 えた 。 す で に そ れ以 前 か ら問 屋 の 支 配 を脱 して 産 地 問 屋 に 自由 に販 売(カ ドウ リ)を 行 な い,又 地 方 問 屋 との直 接 取 引 を行 う業 者 も ま っ た くない で         くヨの は な か った が,大 戦 は多 ぐの焼 屋 の問 屋 支 配 か らの 離脱 を一 挙 に 可能 に した。 焼 屋 は旺 盛 な需 要 に よ って 軒並 み 巨利 をえ て,前 借 を返 済,隷 属 的 な取 窯制 か ら解 放 され た。 これ らの焼 屋 仲 間 か らは さ らに商 業 利 潤 の 獲 得 を も 目指 して, 自家 製 品 の販 売 のみ な らず,問 屋 を も兼 ね た 製 造販 売業 者 も現 わ れ た 。 この 動 き に刺 戟 され て 問 屋 の 製 造業 者 化,製 造 販 売 業 者 へ の転 化 も あ った。 従 来 問屋 は焼 屋 ば か りで な く素 地 製 造 業 者 も支 配 して い た が,焼 屋 の問 屋 支 配 離 脱 に 伴 い,素 地 製造 業 者 もま たそ の支 配 を 脱 して,焼 屋 こ とに 製 造販 売 業 者 の支 配 下 に入 る よ うに な   (35) つた 。   焼 屋 の 地位 の上 昇 は,こ の よ うに問 屋 の絶 対 的 勢 力 に一 撃 を与 え,そ の 後 退 を招 い たわ け で あ る 。しか しそ の後 問 屋 は 或 る程 度 失地 を 回 復, 第 二 次 世 界 大 戦前 に お け る状 況 は,問 屋 の勢 力 は尚 強 大 で,第 一 次世 界 人 戦 後 生 じた製 造 販 売 業 者 も生 産 面 よ り もむ しろ販 売 面 に力 を 入 れ て いた 。 昭 和15年 頃 製造 販 売 業 者 は5戸 で あ った が,こ れ に対 して 純仲 買 業 者 は35戸 を か ぞ え, 製 造 販 売 業 者 以外 の 多 くの焼 屋 に対 して 前 貸, 仕 込 を 行 い,製 品 は 取 窯 制 に よ る も のが 多 か っ た と い う。   第 二 次 世界 大 戦 後,第 一 次 世 界 大 戦 後 に起 っ た と類 似 の変 化 が,い っそ うス ケ ール を 大 き く した形 で,再 現 され た。 戦 時 の統 制 経 済 と戦 後 の イ ンフ レー シ ョ ンは 問屋 を無 力 な もの と した が,一 方 焼 屋 に と って は,物 資 不 足 め この 時 機 が製 品の 大 量 需 要 を 招 いて,社 会 的 位 置 向上 の 絶 好 の チ ャ ンス とな った。 製 造 販 売 業 者 に上 昇

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42 滋 大 紀 要 第    11  号 1962 す る焼 屋 が 続 出 した。 昭 和23年 に は製 造 販 売 業 者 は36を か ぞ え た。1之に対 す る問 屋 の対 抗 的 な 動 き,∫問 屋 の 製 造 業兼 営 の 動 きは きわ あ て少 な く,1例 を み た に す ぎな い 。 これ は 戦時 戦 後 の 騨 済 変 動 に よ る問 屋 の 打撃 が大 き く,そ の立 ち 直 りが完 全 に遅 れ た た め と み られ る。 しか し戦 後 の異 常 な ブ ー ム が去 り,と くに火 鉢 需 要 の 減 退 に よ って 市 場 が狭 隘 化 して くる と,販 売 網 や 高 等 技 術 を 欠 如 した焼 屋 出身 の 製 造 販 売 業 者 か らは,た ち ま ち 次 々 に落 伍 者 を 生 じた。 之 に 代 り聞 屋 が 徐 々 にそ の 勢 力 を 回 復,再 び焼 屋 の 系       (36) 列 化 に の り出 した 。   昭 和31年 か ら34年 ま で の満3ケ 年 過 剰 生 産 の 抑 制 と乱 売 に よ る 値 崩 れ を 防止 す る 目的 で,一 部 製 品 に つ い て 陶 器工 業 組 合 に よ る共 同 販 売 制 が試 験 的 に実 施 さ れ た。 こ の試 み は 失 敗 に終 っ た が,そ の 内実 は製 造 販 売 業 者 対 問 屋 の 新 旧 両 勢 力 間 の製 品 販 売 をめ ぐる主 導 権 争 い に 終 始 し       く  た知 が あ った 。 問 屋 の 業 界 支 配 力 の 尚 強 か った 戦 前 には 予 想 も 出来 な い事:態で あ った。 問屋 の 陶 業 界 再 支 配 へ の動 き に もか か わ らず,そ の衰 退 乃 至崩 壊 の 傾 向 が観 取 さ れ る。 現 在 製 造 販 売 業 者 は製 品販 売 の 一 部 を 問 屋 に依 存 す る者 も含 め て23。 これ に対 し問 屋 は36。 しか し中 には ほ と ん ど機 能 を 停 止 して い る者 も あ って,本 格 的 な問 屋 活 動 を 行 って い る の は上 層 の10業 者 く ら い で,下 層 の 焼 屋 が そ の取 窯 とな って い る。         第10表 信楽製品仕向先別 割合       (昭和25年度) 東 海 は トラ ッ ク に よ る も の が 多 く,そ れ 以 遠 で は 鉄 道 に よ る も の が 多 い 。 地 方 名 海 東 畿 州 国 東 関 近 九 中

陣(%)

28。6 19.9 16.6 12.4 8.8

国 方名

陸 北 国 道       海 計 北 東 西 北 /比 率(%)   5。6   4.4   3.1   0.6 100.0        信 楽陶器工業組 合調査   信 楽 陶 器 は そ の40%が 製造 販売 業,60%が 問 屋 の 手 を通 じて 地 方 問 屋 や小 売 高 等 に送 り 出 さ れ る が,取 り窯 に よ る もの は20%程 度 とい わ れ る。  信 楽 陶器 の仕 向先 は,資 料 はや や 古 い が,昭 和25年 第11表 の と う りで あ った。 輸 送 は 近 畿 ・ V皿  む    す     び   信 楽 陶業 は原 料 ・燃 料 ・関係 位 置 な ど立 地 条 件 に あ ぐま れ て 長 い歴 史 を有 し,明 治以 後 もそ の 伝統 を負 うた独rlの 技 術 に よ って 火 鉢 生 産 を 中 心 に,伝 統 工 業 と して の そ の名 声 を高 め る こ と が で き た。 信 楽 の 名 は火 鉢 の 代 名 詞 化 さえ し た の で あ る。 しか しそ の生 産 は分 業 体 制 に よ る 零 細 小 経 営 が 主 体 を な して お り,業 者 の 浮 沈 交 代 が は げ しい。 生 産 の 中心 地 区 長 野 は と もか く' 周 縁 地 区 で は 経 営 は農 業 と未 分 化,陶 農兼 営 に よ って補 強 安 定 化 が は か られ て い る 状 態 で あ る。 生 産 工 程 の一 部 は機 械 化 さ れ て い るが,製 品 の 出来 は 尚従 業 員 の 経 験 や 勘 に左 右 さ れ る余 地 が 大 き い 。従業 労働 力 は 地 元 に 求 あ られ るが, そ の供 給 は社 会 的 に も地 域 的 に も流 動 性 を 欠 き 固着 性 が 強 い 。 近 代 産業 に 比 べ て 労 働 条 件 の 改 善 が お くれ,そ れ が 労 働 力 の 獲 得 を 困 難 に して い る。 零 細 小 経 営 が 主 体 の 信 楽 陶 業 は問 屋 の 介 在 を 必 要 ど し,・多少 の 消 長 は あ った が,第 二 次 世 界 大 戦 前 に は 問屋 の支 配 力 は きわ あ て強 か っ た。 戦 後製 陶業 者 の地 位 が 向上,問 屋 は い ち じ る し くそ の支 配 力 を後 退 させ た。   現在 の信 楽 陶業 は火 鉢 市 場 の縮 少 に よ って 曲 り角 に立 って い る。 ふ た た び 第1表 に か えれ ば,そ の経 営 は植 木 鉢 そ の 他 の多 角 的 生 産 を あ ざす こ とに よ って,昭 和33年 を 鍋 底 に35・36年 と急 速 な立 直 りを 示 した よ うに見 え る。 しか し 新 しい 多 角 的 生 産 は,従 来 の い わ ば モ ノカ ル チ ュア 的 火鉢 生産 に比 べ て,経 営 上 の危 験 の 分 散 を ば か り う る利 点 は あ る に して も,火 鉢 の場 合 が そ の市 場 を独 占 して い た の と異 な り,他 産地 と の競 合 が は げ し く,そ の将 来 は必 ず し も楽 観 を 許 さな い。 最 大 の企 業 は近 代 的 な トンネ ル窯 を新 設,タ イル ・ブ ロ ッ クな どの一 貫 的 な量 産 体 制 に 切 りか えて い るが,信 楽 全 体 の製 陶 業 者 が 今後 どの よ うな体 質 構 造 の 変 化 を と げて 新 事 態 に適 応 して い くか,乃 至 い くべ き か,そ の具 体 的 な 様 相 を見 究 め る に は,い っそ う掘 り下 げ た研 究 を必 要 とす る。

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信 楽 陶 業 の生 産 構 造(小 牧 ・宮 畑) 43 調 査 に 当 って現 地 業 者 の み な さ ん ・滋 賀 県 窯 業 試 験 場 ・信楽 陶 器工 業 協 同 組合 ・同 卸 商 業 協 同 組合 ・信 楽 町役 場 ・滋 賀 県 文書 統 計 課 ・同 中小 企 業 課 の み な さん に い ろい ろお 世話 に な った。 昭 和32年 の 調 査 の さい には 当時 の信 楽 中学 校 の 先 生 ・生 徒 そ の 家 族 の み な さん に も御厄 介 に な った 。 紙 上 な が ら あつ く御 礼 を 申 しあ げ た い。   な お こ の調 査 は一 部 文 部 省 の 科 学 研究 費 交 付 金 に よ っ た。 註 ①  宗 藤 圭,黒 校濃 縮:伝 統産 業 の近 代 化,昭34,   P。1. ②  磯 部 喜 一:日 本 漆 器 工 業論,昭21,p.2-4 ③ 菊 田太 郎:陶 業 に お け る瀬戸 ・東 濃 ・名古 屋 の       関 係,経 済 論叢Vol.38. ④ 辻 本 芳 郎:四 日年 陶 業 の 発 達 と構 造,地 理 学 評       論Vol.25. ⑤ 三 浦 総 子:名 古屋 市 の陶 磁 器 工 業 につ い て一 そ       の性 格 と展 開 過 程,入 文 地理Vol.       12. ⑥ 中 村 新太 郎:笠 置 山 脈 否定 論,地 理 教 育Vol.       12. ⑦ 製 陶 業 の歴 史 につ い て は主 は松 本 雅 男:信 楽 陶   業 の起 原 と製 品 の変 遷,彦 根 高 商論 叢Vol.16.   (以下 松 本第 一 論 文 と略 称)p.241-286に よ る。 ⑧ 辻 本 芳 郎:本 邦 輸 出 陶磁 器 工業 の 生産 構 造,東       京 学 芸 大 学 研 究 報 吉VoL  6.p.242 ⑨ 川 西 正 鑑:工 業立 地論,昭12.P.272 .⑩  信 楽 は繁 木 か ら起 った 名 とい う。 甲賀 郡 志 上   p.412   北 村 弥 一 郎:窯 業全 集Vol.3.所 載 の 明 治42年   の信 楽 焼 製 造 地 視 察 報 告 に よれ ば,信 楽 の 燃 料 価   格 は 瀬 戸 ・多 治見 地 方 に 比 べ て安 く,有 田地 方 と   伯 仲 の 状 態 で あ っ た。     燃 料 費 に つ いて は,小 倉 栄 一 郎:信 楽 窯 業 に 於   け る燃 料 費 の 研究,彦 根 論 叢No.23(p.64-  82)が あ る。 なお 同 論 叢No.10,に は 同著 者 の 信   楽窯 業 を対 象 と した標 準 原価 計算(p.71-94)   が あ る。 ⑪ 松 本 第 一 論 文.P.253 ⑫ 大 阪 市 史Vol.1,  p.778 ⑬  滋 賀 県史Vol.1,3,P.576 ⑭  高 原東 側 山 麓 部 に 関西 線 が 開 通 した のが 明 治22 年,こ れ と結 ぶ 信 楽 線(信 楽 一 貴 生 川 間14.8K)   の 開通 は昭 和8年 だ っ た。 そ の 一 例 で あ る。 ⑮  平 野敏 三:信 楽 焼 に就 て,昭28.p,15-16 ⑯ 松 本第 一 論 文p.270 ⑰ 松 本 雅男:信 楽 陶 業 に於 け る経 営及 び支 配 形 態   の 変遷,彦 根 高 商 論 叢  No.18(以 下 松 本第 二 論   文 と略 称)p.150-154 ⑱   陶 器 大 辞 典Vol.3. ⑲ 陶 器 製造 員数 取 検 査詳 細 書 上 帳 、 明5 ⑳  浅 野 本来:信 楽 や き,昭11,p.36 ⑳  寒 川 辰 清:近 江 輿 地 志 略  信 楽 町 史.p.71 ⑳   甲賀 郡 志 上,p.412  滋 賀 県史Vol.3,  p.576 ⑳  松 本第 一 論 文p.262 ⑳  甲 賀郡.p.415 ⑳  小 野 賢 一 郎:陶 器全 集 所 載  信 楽焼 陶 器 起 元 製   追 書(明5) ⑳ 辻 木 芳郎:四 日市 陶業 の発 達 と構造,p.366 ⑳ 松 本第 二 論 文P.145-146 ⑧ 滋 賀県 史Vol.5p.431 ⑳   焼 成工 程 に つ い て は平 野 敏 三 及 び小 倉 栄 一 郎 の   前 掲 書 に詳 しい 記 載が あ る。      . ⑩  三 瓶孝 子:農 家 家 内 諸工 業 の 変 遷 過 程,昭19.   p.215 ⑳  江 頭 恒 治:肥 前 有 田陶 業 の発 達,経 済 論叢   Vo!.38,  p.145-147 ⑫  松 本 第 二 論文 、p.145 ⑲  松 本 第 二 論文,p.149 ⑭  滋 賀県 内 務 部:滋 賀 県 の農 工 業,明43,p.251 ⑳   松本 第 二 論 文,p.150-151 ⑳ 戦 後 の状 況 に つ いて は 現 地 調査 の 外 に 滋 賀 県経   済 部:策 三 次 信 楽 陶器 産 地 診 断 勧 告書 に教 え られ   た点 が 多い 。 ⑰ 前 掲⑳ の診 断 勧 告 書 に詳 細 な分折 が 行 わ れ て い   る。

参照

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