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生活保護受給者(その他の世帯)の稼働に関する実証分析
政 策 研 究 大 学 院 大 学 ま ち づ く り プ ロ グ ラ ム MJU12609 佐 野 健 二
1. はじめに
生活保護制度は,憲法第25条の理念に基づき,
国民の生存権を保障するものであり,社会保障の
「最後のセーフティネット」と呼ばれている.
しかし,近年の生活保護受給者数の増加は,派 遣切りなどのホームレス対策で,厚生労働省が 2009年に通達を出し,若くて働ける層(稼働年齢 層)にも生活保護受給基準の適用を実質的に緩和 したことが要因であると指摘されている.
そこで,本稿では,稼働年齢層が多いとされる
「その他の世帯」の生活保護受給者に着目し,稼 働率(保護受給しながら稼働している世帯割合)
に影響する要因を実証分析するとともに,稼働イ ンセンティブが低下し,不正受給が発生しやすく なる生活保護制度の問題点について考察を行った.
2. 生活保護の制度と現状
生活保護制度は,何らかの原因で生活困窮に陥 り,自分の力だけでは生活を維持できない国民に 対して,健康で文化的な最低限度の生活を保障す ることを国の義務とし,また,単に生活を保障す るだけでなく,それら国民の自立を助長すること を目的とした制度となっている.
また,近年の生活保護受給者の動向として特徴 的なのが,高齢者世帯が増加するとともに,厳し い社会情勢の影響を受けて失業等により生活保護 に至った「その他の世帯」の割合が増加している.
3. 問題意識
3.1 生活保護における自立
社会情勢が大きく変化していく中で,抜本的な 改正がされていない現在の生活保護制度において,
制度の重要な目的の一つである「自立の助長」は 適切に機能しているのであろうか.
2004年12月「生活保護制度の在り方に関する 専門委員会報告書」によると,生活保護受給者の
自立については,①就労による経済的自立,②日 常生活自立,③社会生活自立の3種類に分類し,
必ずしも生活保護から経済的に脱する就労自立だ けを目標とするのではなく,生活保護受給者の適 性に応じた自立を目指すものとしている.
3.2 制度設計の問題点
現在の生活保護制度では,稼働能力を活用して 収入を得ると,そのほぼ全額が保護費から差し引 かれ,最低生活費を超える収入を得ると,生活保 護が廃止となる.つまり,限界税率が 100%に近 い状態1になるよう制度設計されており,保護受給 中は,稼働しても実質的所得が一定に保たれ,稼 働収入を得ようと努力するインセンティブが低下 する制度設計になっている.また,生活保護受給 者自ら稼働収入を届け出るインセンティブを持た ず,不正受給が生まれやすい状態となっている.
図1 最低生活費と稼働収入の関係
1 実際には,生活保護受給者の稼働収入には「勤労控除」
の制度があり,労働に伴う必要経費等が収入から若干差 し引かれるが,本稿では単純化して限界税率100%の状 態で述べる.
保護受給← →保護廃止
限界税率100%の状態
最低生活費
0 [稼働収入]
[実質的所得] 稼働収入
保護費 稼働収入
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3.3 本稿が着目する「その他の世帯」「その他の世帯」は,稼働年齢層が多いとされ ながらも,稼働率は3割程度であり,実際は稼働 していないその他の世帯が多数を占めている.
その要因として,その他の世帯は保護の世帯類 型上,「高齢者世帯,母子世帯,障害者世帯,傷病 者世帯のいずれにも該当しない世帯」であり,例 えば世帯主と介護の必要な親の世帯構成である場 合なども想定され,「その他の世帯」に分類される 世帯全てが必ずしも稼働可能な状況にあるとは限 らないことに注意する必要がある.
3.4 生活保護を受給しながら稼働すること 保護が開始されると,社会生活を営む上での最 低限度の生活が保障されるため,生活保護受給者 にとって「生活保護を受給しながら稼働すること」
は,本来合理的な選択であろうか.
制度上の理由として,生活保護法第4条と第60 条の規定により「能力に応じて勤労に励む義務」
が課されている.また,生活保護受給者自身の理 由として,保護受給中は実質的所得が増えず,生 活保護に対する社会的な偏見のイメージも根強い ため,「将来的に生活保護から脱したい」と思うタ イプと,最低生活費を超えない程度に働いて,「現 在のまま保護受給を継続したい」と思うタイプの 生活保護受給者が存在すると思われる.
3.5 就労支援を行うメリットとコスト
稼働可能な生活保護受給者に対して就労支援を 行うメリットについて,国や自治体の観点から考 察すると,生活保護受給者が稼働することにより,
支給する保護費が実質的に減額され,財政的な負 担を抑制することが可能となる.次に,生活保護 受給者の観点では,少額でも稼働を積み重ねるこ とによって,稼得能力が向上し,就労による経済 的自立の可能性が高まるものと思われる.
反対に,コストについては,就労支援を充実さ せるために職員を増員する自治体にとっては,人 件費の追加的なコストが必要になることである.
就労による経済的自立の支援を進めていく上で 望ましい状態として,短期的には稼働世帯割合(稼 働率)が上昇することであり,中期的には稼働収 入が増収し,保護を脱する世帯が増えること,長
期的には,真に働けない人しか保護受給しないこ とであると思われる.つまり,最終的には稼働率
が 0%という状態が,真に望ましい状態ではない
かと考察することもできる.
4. 稼働率に影響する要因分析 4.1 労働市場の要因
完全失業率が上昇して労働市場が縮小すると,
稼働能力が低い生活保護受給者は市場から排除さ れる可能性が高いため,「完全失業率と稼働率は負 の因果関係がある」と考えられる.
次に,生活保護受給者が最低賃金で稼働してい ると仮定した場合,経済理論上,最低賃金が上昇 すれば,雇用市場が縮小するため,「地域別最低賃 金と稼働率は負の因果関係がある」と考えられる.
4.2 地方自治体の要因
自治体職員の業務量が多いと就労指導の密度が 低下するため,「職員の業務量と稼働率は負の因果 関係がある」と考えられる.または,自治体職員 が稼働率を上げても自分の待遇は変わらず,職務 への動機づけが困難なため,「職員の業務量に関わ らず,稼働率には影響しない」とも考えられる.
次に,生活保護費は現在,国が 4 分の 3 を負担 し,残り 4 分の 1 を自治体が負担しているが,財 政力が高く裕福な自治体は,比較的容易な保護認 定を行ったり,熱心な就労指導を行わないため,
「自治体の財政力と稼働率は,負の因果関係があ る」と考えられる.または,財政力が低く財政難 の自治体は,生活保護受給者の増加を嫌い,いわ ゆる「水際作戦」が行われている可能性も排除で きず,比較的厳しい保護認定を行っているため,
「自治体の財政力と稼働率は,正の因果関係があ る」とも考えられる.
4.3 生活保護受給者の要因
平均保護受給期間が長くなれば,稼働収入の増 加で保護廃止となる生活保護受給者が増加する,
もしくは稼働意欲が低下すると想定され,「平均保 護受給期間と稼働率は負の因果関係がある」と考 えられる.または,保護を継続させたい生活保護受 給者が存在する場合は,「平均保護受給期間と稼働 率は正の因果関係がある」とも考えられる.
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次に,単身の方が稼働に対する世帯の影響(親 の介護など)を排除できるため,「単身世帯の割合 と稼働率は正の因果関係がある」と考えられる.5. 実証分析
5.1 実証分析のモデルとデータ
実証分析は,中核市の「その他の世帯」の生活 保護受給者を対象に,2008年度~2010年度まで の3年間のパネルデータを作成し,固定効果モデ ルによる推定を実施した.なお,推定式は以下の とおりである.
Y(稼働率)=α+β1(労働市場の要因)+β2
(地方自治体の要因)+β3(生活保護受給者の要 因)+ε
まず,被説明変数(Y)は,中核市毎のその他 の世帯の稼働率(その他の世帯のうち,稼働して いる世帯割合)である.
次に,説明変数としている労働市場の要因には,
完全失業率(都道府県別)と地域別最低賃金,地 方自治体の要因には,職員の業務量(1 人当たり 担当保護世帯数)と自治体の財政力を示す財政力 指数,生活保護受給者の要因には,平均保護受給 期間と単身世帯の割合を採用した.なお,αは定 数項,εは誤差項を示している.
5.2 推定結果とその考察 5.2.1 推定結果
推定結果については,表1のとおりである.
表1 推定結果
5.2.2 労働市場の要因考察
「完全失業率(都道府県別)」の係数の推定値は,
有意にマイナスであり,生活保護受給者の稼働率 が,地域の完全失業率にマイナスの影響を受ける ことが判明した.次に,「地域別最低賃金」の係数 の推定値は,マイナスであり,地域別最低賃金の 上昇が生活保護受給者の稼働率を減少させる傾向 がある.ただし,生活保護受給者が必ずしも地域 別最低賃金で稼働しているとは限らないことに注 意が必要である.
5.2.3 地方自治体の要因考察
「職員の業務量」の係数の推定値については,
マイナスであり,職員の業務量が多いと生活保護 受給者の稼働率を低下させる傾向がある.しかし,
係数の推定値の値は小さく有意でないため,この まま職員を増員しても生活保護受給者の稼働率が 上昇するとは限らないことに注意が必要である.
次に,「財政力指数」の係数の推定値は,有意にプ ラスであり,生活保護受給者の稼働率が,自治体 の財政力にプラスの影響を受けることが判明した.
5.2.4 生活保護受給者の要因考察
「平均保護受給期間」の係数の推定値は,プラ スであり,受給期間が長い程,稼働率が上昇する 傾向がある.この理由として,もともと生活保護 受給者の稼働能力が低く,最低生活費を超える収 入が稼げない,もしくは保護廃止にならない程度 に稼働収入を調整している可能性があることも排 除できない.次に,「単身世帯の割合」の係数の推 定値は,プラスであり,単身世帯が多いと稼働率 が上昇する傾向がある.これは,親の介護や子ど もの世話といった世帯員の状況に稼働率が影響さ れている可能性を排除できない.
6. 政策提言
本章では,これまでに得られた分析結果や考察 をもとに,4つの政策提言を行う.
まず,1 つ目の提言として,その他の世帯の生 活保護受給者の稼働率は,雇用の高さや税収の多 さなど「地域の豊かさ」に影響を受けるため,稼 働率上昇のための方策として,生活保護受給者の 居住地に実質的に稼働する場が無い場合には,市 外転出も含めて求職の場を拡大し,雇用のある地
被説明変数
説明変数 係 数 標準誤差 有意水準
完全失業率(都道府県別) -3.939092 1.517532 **
地域別最低賃金 -0.0455233 0.0859184 職員の業務量(ケースワーカー) -0.0152523 0.0779837 職員の業務量(就労支援員) -0.0003196 0.0006339
財政力指数 38.21154 19.74421 *
平均保護受給期間 0.3889111 0.322353 単身世帯の割合 0.0517043 0.0924201 観測数
決定係数
***,**,*は,それぞれ有意水準1,5,10%を示す.
稼働率
95 0.4308
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域へ移動(転居)すべきであることを提言する.このように転居し稼働を促すことは,自治体の財 政健全化の観点以外に,働くことで稼得能力が向 上する生活保護受給者のためにも有益である.
その場合,移動先の自治体において財政負担が 増加するため,国が4分の3,自治体が4分の1 の割合で負担している生活保護費を全額国の負担 とすべきである.これには自治体にモラルハザー ドが起こり,濫給が起こるとの意見もあるが,本 来,国が直接的に生活保護業務を行うことが最も 適当である.しかし,業務の現場が実質的に近い 自治体が制度運用を行うことが効率的であるため,
保護認定にかかる資力調査(ミーンズ・テスト)
は国が行い,保護認定された生活保護受給者を自 治体に引き継ぐことで,濫給のモラルハザードの 防止が可能になる.また生活保護受給者が就労に よる経済的自立を達成した場合など,「自治体の努 力」に対して報奨金を支払うことや,「自治体の怠 慢」にはペナルティを設けることで,適切な動機 づけを行うことができる.
次に2つ目の提言として,自治体職員の「職務 への動機づけ」が困難な点に対して,支援成果に 応じた報奨制度を取り入れることが有効であるが,
実際には困難であるため,就労支援自体を民間な どに委託する方法を提言する.民間の利点を生か し,支援成果に応じた歩合制を取り入れることで,
職務への動機づけが高まると思われる.
次に,3 つ目の提言として,保護受給期間が長 期化している生活保護受給者に対して,転職の斡 旋など増収支援の強化や職業訓練を行う必要があ る.また,保護廃止にならない程度に稼働収入を 調整している可能性も排除できないことから,稼 働収入の増加による保護廃止となるまでのモニタ リングが重要であることを提言する.
最後に,4 つ目の提言として,稼働インセンテ ィブを高めるための生活保護制度の改革の必要性 である.限界税率が100%に近い状態での現在の 制度は,稼働インセンティブを奪い,不正受給を 生んでしまう.ただし実際は,生活保護受給者の 稼働収入には「勤労控除」という稼働に伴う必要 経費等を若干控除する制度があり,収入全てが保 護費から差し引かれる訳ではない.稼働可能な生 活保護受給者に限定した提言として,稼働収入に
対する勤労控除額を増加させる(限界税率を引き 下げる)と同時に,職の斡旋などで稼働収入を担 保した上で最低生活費を減額することが必要であ る.更に不正受給対策として,現在の罰則を厳罰 化するとともに,生活保護受給者は稼働収入を自 ら届け出るインセンティブを持たないので,本人 以外(例えば雇用主など)から申告させる制度の 創設が必要である.このように複数の案を同時に 組み合わせることが重要である.
図2 限界税率の引下と同時に最低生活費の減額
7. 今後の課題
本稿では,「その他の世帯」の稼働率に着目して,
稼働に影響する要因や生活保護制度の問題点につ いて考察し,稼働率を上昇させるための政策提言 を行ったが,次のような課題も残されている.
稼働に影響する要因として,稼働できる「環境」,
「能力」,「意思(目的)」の条件が必要であるが,
稼働できる能力は,学齢や就労経験などの生活保 護受給者の属性,稼働する意思(目的)は,稼働 期間や稼働収入額の推移などを分析する必要があ る.また,本稿では考察の対象としなかった「稼 働収入が増加して保護を脱した人」も,就労によ る経済的自立を考察する上で分析が必要である.
生活保護に関する情報は非常にデリケートであ るが,「最後のセーフティネット」をより良いもの とするためにも,今後も継続した分析が必要であ り,生活保護受給者に関するデータの蓄積と,今 後の研究に資するための情報の公開が求められる.
限界税率50%の状態 +(最低生活費を減額)
0 [稼働収入]
保護受給← →保護廃止 最低生活費
[実質的所得]
稼働収入
保護費 稼働収入 控除額